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言葉ぢゃなく態度で示すにしても、信望愛がなかったら...
そうそうそう、こんにちは五月三十一日。
今年のきょうは聖体降臨の祝日となりましたが、例年のきょうはVisitation de la Vierge Marie、聖母がエリザベト宅を訪問したお祝い日であります。
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↑ これもまた ルルドの大聖堂のモザイク壁画 『聖母マリアの訪問』

典礼暦と照らし合わせると、3月25日に大天使ガブリエルから聖霊によって神の子を身ごもったと告げられた少女マリアが5月31日、既に閉経した齢にもかかわらず子を身篭り6か月目を迎えたエリザベト叔母を訪問したことになります。マリアを迎えた瞬間、エリザベトはご自身と胎内の子が聖霊に満たされ喜び躍っていることをマリアに話します。この日から3か月、マリアはエリザベト宅に滞在したそうですから、高齢のエリザベトの生活を手伝いつつ、エリザベトの無事の出産を支え、元気な男児ヨハネを産湯につけたのかもしれません(現在も欧州では出産までの日数を10か月ではなく9か月と数えます)。5月31日の聖母の訪問 Visitation de la Vierge Marie の祝日にヒトは男子であれ、女子であれ、年長であるエリザベトを励まし手伝う少女マリアの行いが神と隣人に対する愛の業であることを思い起こし、自らも倣い実行します。「神と隣人に対する愛の業を自ら行う」にあたり、私たちがまず振り返る時点は3月25日のお告げの日であり、大天使ガブリエルがマリアにその旨を伝えた直後、マリアは当初戸惑ったものの、同時に心の中で祈り熟考し、神からの思し召しについて「私は主のはしためです。あなたのお言葉のとおりなりますように」と「神の母」となる使命を受け入れたことです。この世であり得ない、信じられない、確認できないことを天使から言葉のみで伝えられたマリアが、その言葉を信頼するまでの数秒、数分間、心と脳の中を疑いも戸惑いも駆け巡らせたものの、理解できないことは天使に率直に質問し、天使から誠意ある返答をもらったマリアは自らの心身をこの世にいる限り見えず、確認することもできないもの、すなわち神に我が身を委ね奉献するという決心を天使のみ前に宣言し、その後のマリアは祈りつつ、言葉と行いによって信仰を表現し、一生を終えました。

以上、聖母とエリザベトにまつわる話と、今年の今日、移動祝祭日で聖霊降臨の日 pentecôte にあたることで ひとつ前のエントリー に絡めると「聖霊」と「神または国家からの求めに対し、それを民が受け入れること」と「自己の利や功名を求めない奉仕」という共通点が浮かんで来ます。聖母もエリザベトも聖霊をいただいたことを他人に吹聴したり、聖霊をいただいたことで腹を突き出すほどふんぞり返って平凡な人々を裁くこともなく、逆に身を前に屈めてご自身がご自身で身を持って聖霊をいただいた者としての役割を果たしました。仏蘭西は1905年以降、徹底政教分離国家ではありますが、2003年の異常気象で高齢者や障害者が犠牲になったことで彼らの慰霊の奉仕を健康に恵まれた共和国民が行うにしても、他の祭日を選んでも良かったでしょ?復活祭やクリスマスを「家庭の日」という言葉に変えられるように、聖霊降臨にまつわる祝日に政府は共和国民に無料勤労奉仕を求めました。それは、神が聖霊と共にお告げの天使を遣わしてこの世に生きるマリア、エリザベト、弟子たちに行動を求めたエピソードに通じるように思います。フランスが徹底政教分離したとは言え、キリスト教生活文化が大地に沁み込み、ヒトから人へ連綿とこの逸話と精神が受け継がれているから、たとえ「信仰を忘れた」ヒトでもこういう応用ができるのかもしれません。「神」や「マリア」「聖霊」などヒトによっては嫌悪を表わす言葉を出さずとも、「奉仕」という行動で他者の心を揺り動かし、その輪が広がることを仏蘭西を育てている民が知っているとするなら、それは利を最優先する国に生きる民にはうらめしくもありますが、うらめしがってばかりいないで、自らが動き、大地を活用し、互いの心を育てないと国そのものの変化に期待はできないでしょう。

さて、世界にちらばる平らで凡な人々は男子であれ、女子であれ、カトリックを知ってしまったからにゃあ、本人が聖母に倣い、ヨゼフに倣います。多くのカトリック校の校訓には男子校であれ、女子校であれ、聖母に倣う言葉とヨゼフに倣う言葉が含められています。聖母からは無原罪や従順、恭順など謙虚さを知り、ヨゼフからは信頼、勤勉、勤労、奉仕を知り、心身で得、育てるのです。マリアとヨゼフは2つの人格なのに、カトリックの学校は預かった子女にこの二人の人物についてひとりで目指せ、と求めるのです。女子にはマリア「だけ」、男子にはヨゼフ「だけ」に倣え、とは教えず、男女とも平等にこの会ったこともない男女にできるだけ倣うのです。先に行く者が後に続く者と並んで歩けるようになるまで導くにしても、「聖霊を祈りによって求め」と「上つ者の求めに対し、それを学園または教会に集う子女が受け入れること」と「勤勉、奉仕による実践」が繰り返されます。自分自身が聖母やヨゼフそのものに近づくにはいくら他人から要領を教えてもらったとて、本人が動かない限り、何も変わりはありません。髪型や化粧、服装で聖母やヨゼフを演じられることはクリスマス会で十分分かりすぎていることだけど、もしその大役を意地悪同級生が演じたとしたら?そーそーそーゆーことがあったわよ、ウチのガッコでも、教会でも

近年2000年の間にキリスト教書物数あれど、カトリック教会の中には文学だけでなく法律書やら勧告書、指針までありながら、電脳域が存在して以降、素人さんは法律書や勧告、指針を文学のように読んで、司祭や教導職を介せず、自己の欲望達成のために話を変えてのお披露目が散見し始め、それは以前なら点でちらばっていたのに線になりつつあります。線をどこから辿っても起点に辿り着けます。その起点が気づいておらずにまだ快楽的に遊んでいるけどさ。
字面を追って頭に詰め込み他人の考察についてあれやこれやと批判することに必ずしも信仰は要りません。信頼がなくても書いてあることを元に正誤判断すればいいだけです。例えば信仰箇条を信じておらずとも、信仰宣言に書いてあることを信じていないだろ?と異教徒でも批判できるし、たとえ自己がカトリックとまず名乗り、現存する文書だけを自分が照らし合わせて他人を持ち上げることも貶めることも簡単だし、目に見えることだから仲間を集めやすいです。でも、聖母ご自身に「私」が倣うなら、目に見えない、確認しようのないもの(=神)が天使(教会)を仲介して届けた求めを聖母(=私)は熟考し、それでもわからないことは天使(=聖側に住まう方々)に聞き返し、彼から返事をいただき、私ができることを私がすると決意し、私の心身を神に委ね、奉献するのです。行動している私自身だけがわかるあらゆる不足は祈って求める。自分が満ち足りているなら、他者のために祈る。それが「聖霊、来たりませ」と・・・2009年5月31日の話題に戻ってしまうのだ。これぞ、ロヂックや。カトリックで言うところのカリタス(Caritas, フランス語のcharité)、共和国政府が言うところの連帯(solidalité)を誰もが五感で確認でき、喜び合えるのです。ただし、2004年以降、共和国に設けられた「聖体降臨翌日の月曜日」という移動祝祭日に「慰霊と弱者を思うための無料勤労奉仕« Journée de solidarité »」が5年目を迎えた今年、ほぼ消滅を確認したという事実でわかることは、言葉ではなく態度で示す、しかも他者を思って自己の利や功名を滅しての勤労奉仕(=奉献)は偽善では続かないこと、逆に良心の呵責を感じたら存続が難しいことです。今の世の中で自己の利や功名を滅しつつ自己のタレントを社会に捧げることで、自己が幸せを実感できるでしょうか?ここまで来ると、現イエズス会総長ニコラス師が日本国内のイエズス会員に送った言葉や仏蘭西の移民難民居住区で奉献奉仕するアンリ・カンタン師を思い出してしまいます。cf. ヒトをヒトが決めた枠から出し「ひとつ」にまとめようとするヒト もちろん「詠み、いや働き人知らず」の方々の地道な社会司牧活動も。彼らは口に出さずとも聖母の生き様も、ヨゼフさまの生き様も、イエズスさまのこの世での生き様も知り、倣えばこそご自身が一生を捧げて動き働き続け、自分が一歩でも先に行くなら後ろに続く者を手取り足取り導けるのでしょう。なぜなら聖母やヨゼフに倣えば、それは自ずと神への信頼、奉献を身を持って表わせるから。使命を下したモノへの信頼が自らの心身になかったら、もらった使命の全うは難しい、続かない。常に自分を信じて他人を疑ってばかり。2006年12月以降、電脳の日本語環境で騒がれている 聖母のアイデンティティの話題 について信仰宣言文を引き合いに出してのカトリック聖職者批判が今もまだ続いているけれど、もし聖母やヨゼフを否定していたら社会司牧という奉献奉仕を続けられるでしょうか。言葉にせずとも御身を持って信仰宣言していると拝察するのは私だけですか・・・そんなことないでしょ。

カトリック典礼暦において五月はまるごと聖母月なので、聖母を知る誰もがカトリック信者であろうとなかろうと聖母の生き方を思い巡らしつつ祈り、内省し、行動にうつす繰り返しになります。その五月最後の日が固定祭日として聖母がエリザベトを訪問した日に当てられており、こうして五月の31日間を聖母のエピソードを踏まえて自分の言動を振り返り、心をあらためて、翌日から聖心月と名付けられた6月の30日間を丁寧に過ごす。そして7月、お仏蘭西は
おヴぁかんす。
口八丁手八丁で自我の利や功名という欲望のために嘘をつくのも、その欲望を満たすために他のモノに泥を塗ることにお構いなしになったら、いくら自身の信仰歴を掲げて祈祷文やら典礼文の正誤判断ができても、そんな方々はなんら聖母にもヨゼフにも諸聖人にもつながらず、つまり神につながっていないことに気付かされた2009年5月31日でした。こんな機会を暦をもってくださった神さま、ありがとう。たくさんのお恵みを、私たちのため。
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私たちがこの世にちらばる口先手先ビトに気をつけられるように祈りましょう、主の平和のうちに。

と、なぜ聖母像を前に祈るんぢゃ?なぜなら聖母マリアさまは暁の星、海の星、私の前の闇夜を照らし道を示してくださるのです。道の果てには神さまがいらっしゃる・・・・って、文字を読めない子供でもカトリック校や教会学校に関わったら知ってるぞぃ。洗礼を受けずとも誰もが知り、信頼し、祈り、倣い、奉仕できることです。

le 31 mai 2009, Lise-Marie ← Lise はエリザベトの愛称、Marie は聖母です。
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by ma_cocotte | 2009-05-31 17:12 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
主は昇り、聖霊くだりて、我らが祭日のほぼ復活。
仏蘭西のこんにち、日曜日は聖霊降臨 Pentecôte、明日はらんでぃ・ど・ぱんとこっと Le lundi de Pentecôte、聖霊降臨翌日の月曜日という移動祝祭日であります。
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↑ ルルドの大聖堂のモザイク画 「聖霊降臨」 ↑

それはそれは長いこと、仏蘭西におかれましては復活祭から40日目の木曜日が昇天祭、更に10日後の日曜日が聖霊降臨の祝日なので翌月曜日が「Le lundi de Pentecôte、聖霊降臨翌日の月曜日」という国定移動祭日とされていましたが、2004年からこの移動祝祭日の名前が « Journée de solidarité »、つまり「連帯の一日」と当時のラファラン首相の御名のもとに代わり、前年夏の異常気象で亡くなった15000人の高齢者や障害者の慰霊のため、毎年この「聖霊降臨翌日の連帯の一日」に健常な共和国民は労働奉仕することになりました。ところが、この日の労働報酬は pas payé 無給で、世間を見回すと学校は休校日なのに親は仕事に出、商店は開業しても、トラックの運行は日祭日同様禁止という矛盾のままの新制度実施で、毎年「聖霊降臨翌日の月曜日」の国定祭日だった日が近づくたびにテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、井戸端でこの日が祝日なのか否なのか活発に討論されることも共和国内周知の事実でありましたが、結局、この新しい連帯の一日に労働奉仕する共和国民は年々減り、施行から6年目にあたる今年、灰色だった祝祭日は再び「ほぼ以前のような国定移動祝祭日」に戻ったのだそうです。

ううむぅ。
まっこと珍妙な経緯であったココ数年の「聖霊降臨翌日の月曜日」騒動です。
カトリック的には聖霊が我々に下ったありがたい日の翌日に「奉仕」というのは何とも心くすぐるし、中道より左の「なんクリ」や思いっきり非カトの方々にしても前年の異常気象で亡くなった方々を思って働くという意向は労働意欲をモリモリできますが、こうして奉仕活動が先細りし、2003年までの伝統に戻った真の理由は何なんざんしょ?

この日、労働奉仕する環境が潤滑ではない?
うぅううむ、確かにそうではあるのだが。

le 31 mai 2009, Pentecôte
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by ma_cocotte | 2009-05-31 04:21 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
アトスの門が今開く。 Les trésors cachés du Mont Athos révélés à Paris
5月19日、夜8時のニュウスだったと記憶しています。




ギリシャは、アトス山(Άγιο(v) Όρος Áyio(n) Óros、=聖なる山)とエーゲ海の間のわずかな平地、その秘境にござる東方正教会の数ある修道会の中でも最も厳粛な聖務日課を今もいつも世々に至るまで守る男子修道院内の様子が初めて「西」のテレビニュウスで丁寧に紹介されました。修道院の長上さまに認可を求めたことで許可がおりての異教徒の訪問だそうで、この映像の中に食堂が映し出されますが、カトリックは同席できないのだそうです。この習慣は差別ではなく区別ですので誤解なきやふ。

アトス山の男子修道院ですが、院内の近代設備は畑での労作のために必要なトラクター一台のみ、電気はまったく用いられず、長上の許可が下りない限りは禁域(l'interdit sans l'autorisation)のため、女人禁制はもちろんのこと、修道院の伝統でもある(巡礼の)旅人も受け入れません。現在、この修道院に住む僧は105名、最年少者が19歳、最年長者が90歳とのこと。院内の案内役となった仏蘭西人司祭はシモン Simon とおっしゃり、現在41歳。彼がこの修道院に住み始めたのは24歳の時で、聖母マリアのお導きによるものだそう。
この映像の冒頭でフランス人スタッフが修道院に入るシーンがありますが、修道院側が待ち合わせ場所に指定したのがガソリンスタンドで、迎えに来た橋渡し役の司祭が真っ暗闇の中、運転する姿が後部座席からの視線で映し出されます。スピーカーからは聖歌が流れ、左の手には数珠を持ち、つまびきながらの運転。きょうび、西の神父さまもなさるのでしょうか?バックミラーにロザリオを絡める習慣は仏蘭西にも残っておりまするぞ。

さて、このようにアトス山の聖域がテレビで紹介されたのも、花の都お巴里は8区におぢゃるプチ・パレ Petit Palais におかれまして、4月10日から7月5日までアトスの僧院とビザンチン帝国の秘宝展 Le Mont Athos et l'Empire byzantin, Trésors de la Sainte montagne が開催されているからなのです。上の映像でアトス山の秘宝たる秘宝は本棚の向こうの隠し部屋にあることを知れ、異教のオナゴが知る喜びに感謝できますが、こりゃ、天晴れにすばらしいよの。拝見したいのぉ。嗚呼、一年で最も美しい「六月の巴里」に久しぶりに上ってみたくなりました。

le 29 mai 2009, Aymer

「負けず嫌い」が災いし、 東よ、これ ↓ でどうぢゃ?



電気が通ってる・・・・ウワァァーーーー。゜(゜´Д`゜)゜。ーーーーン!!! ぐやぢぃ ← 嘘



美しい。まっこと ぢゃ。


日本國ではまだ Into great silence が売られないのか、口惜しゅうございますな。
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by ma_cocotte | 2009-05-29 15:57 | 『?』なメディテらねぇ | Comments(2)
あら、おたくも?
で、昨晩はどうなさいました?
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la fête des voisins
ら・ふぇと・で・ヴぉわざん
mardi 26 mai 2009

ココんちあたりでは2009年5月26日18時半から通りを閉鎖しての会となりました。ゆえに昨日午前中に通りの角にあるココんち前に市役所がこんなもんを置いていきおったわい。
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昨日は夕方まで雨が降り、止んだものの強い風と肌寒さで盛会にはほど遠く散会してしまいました。
ココ新天地に引越してまもなく3年になりますが、地元でこの企画が行われたのは初めてです。フランス語で言うところのLe lotissement、分譲住宅地なので、ほぼ同時に人が住み始めて3年を迎えるにあたりようやく実行に踏み切れたのかもしれません。

この la fête des voisins という政府推奨の企画を私は知らなくもありませんでした。が、この企画が誕生したのは1999年、花の都はお巴里の17区なので満9歳。どうもHLM(公団)を中心に年々、地方に伝播しているお祭り企画でもあるようです。cf. http://fr.wikipedia.org/wiki/F%C3%AAte_des_voisins

早い話、ご近所付き合いの強化イヴェントで、そこには弱者救済も含まれており、フランスの第三標語のフラテルニテ fraternité、=友愛よりソリダリテ solidalité、=連帯を共和国に集う民が自覚せよ、という願いを込めて政府が共和国民に一押ししているようです。http://www.immeublesenfete.com/

個人が尊重される国として知られていたフランスでだんだんとこのような他者との関わりを促す企画が政府も後押しして共和国民に勧められているのに、かつて「向こう三軒両隣」やら「水打ちするならお隣の分まで」が当たり前だった日本國では年々、町会イヴェントに勢いがなくなって来ているという事実。私自身が日本國でも新興分譲住宅育ちで、今も実家に戻るたび、ご近所との関わりが元気に生きていることを実感しますが、日本國全体を眺めると隣家との関わりさえなくとも生きていける環境の方が増えつつあるのでしょ?他人との関わりをできるだけ減らして生きて行ける。東京に近いにも関わらず私の実家あたりはその波に乗り遅れているようです。昨年、母の通夜も葬儀もご近所の方々が手伝ってくださいました。どの方も私の両親とほぼ同世代、昭和一桁から第二次世界大戦開戦までに生まれた方です。この分譲住宅を見つけて集ったのは若い夫婦ばかりで、各家庭に誕生した子が私を含めた第二世代。第二世代はほぼ全員、新天地に出たので、実家周辺は70台の高齢者居住区と呼べるかもしれません。現在も町会費を集めるのも当番制、ゴミ置き場のお掃除も当番。冬の間、拍子木を持っての夜回りも男性が続けています。盆踊りや運動会もあります。その会場となった運動場が高齢者施設建設のため閉鎖になるという回覧板が周って来たのも、偶然、私が帰省していた時で寂しい風が心を横切りました。母の葬儀の際、疎遠になってしまったご近所の方々に挨拶できて良かった。あの時を思い出すとなんとなく映画「三丁目の夕日」のような独特の連帯を感じ取って、親の世代の先人に感謝もできました。母のおかげですね。こういう生活環境をウザったく思うのが「今の日本人」だとするなら、私は祖国でも「ガイジン」なのかもしれません。紙切れだけの日本人。

さて、おフランス。
中道から左派の方々がフランスの暦の色を変えようとしています。生活文化の面からフランスを眺めると宗教離れが進んでいるとは言え、拭い去り切れていません。ところが、移民や難民の受け入れが続いていることで、どうもフランス古来の、キリスト教と関わる暦に違和を唱えるフランス国籍者が増え始め、彼らに同情し、自分が新しくなり彼らと交わろうとするウルトラ・フロンセ(先祖代々フランスびと)もいます。そんなおフランスの方々は復活祭やクリスマスも「家族のお祭り」という中身に変え、共産思想の人でもクリスマスは「家族の絆を強める日」と目をらんらんと輝かせるのです。昨晩の la fête des voisins (適訳が見つかりませんが、「ご近所祭り」?)も社会党員が長上の市町村で、長上が種を蒔き、役所の職員が水をまき、根が市内に網羅しており、中道より右の世界では根の張り方が今ひとつのようであります。

フランスでは神聖賢愚帝サルコぢ一世が「理想と平和」のコミュノタリズム Communautarisme 再建を促していたりもしますが、近所との連帯による居住区の活性を促す意図ならばともかく、かつてのゲットーの復興にならないことを祈るばかりです。・・・と、ココんちあたりを眺めると、ガイジンの私が住みやすい空気ではなかったりします。私には残念だけど、彼らには満足なのかも。う~ん、難しいけど、私ゃ、おフランスではガイジンだもの。・・・となると、私は日本國でもフランスでもガイジンにゃのだ。私っていったい・・・・?



ε= (´∞` ) なにがボン・クラーヂュ、シュシュだ。...Bof


le 27 mai 2009, Augustin de Cantorbéry
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by ma_cocotte | 2009-05-27 22:30 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
アッパレ街道、まっしぐら。
私は洋食のナポリタンスパゲッティーが好きです。
私が物心ついた頃、洋食屋さんで食べられるスパゲッティと言えば、ケチャップで炒め、ウィンナーとたまねぎとピーマンがたっぷり入ったナポリタンでした。今も時折無性に食べたくなり、スパゲッティーを少しやわらかく茹でて作ることがあります。がつがつとナポリタンを食べ終わると、ケチャップのせいで口のまわりが円を描いたかのように橙色になり、共に食事したヒトと互いの口の周りを見て、まるで子供のようだ、と指をさしつつ、子供のように笑うのも常です。

ナポリタンを好きなのは洋食を知る日本びとだけかと思ったら、本物のイタリアびと、かのシルヴィオ・ベルルスコーニ Silvio Berlusconi 首相がどうやらナポリターナを誰よりも愛して止まないそうです。さっき、そんな話が国営放送のニュウスで流れました。France 2 : Silvio Berlusconu : l'affaire Noémi
今年9月29日に73歳を迎えるベルルスコーニ氏が妻であるヴェロニカ Veronica さまから離婚を求められたのは今月はじめだったと記憶していますが、離婚の原因はベルルスコーニ氏の「恋人」の存在で、その名はノエミ・レチツィア Noemi Letizia という名のナポリ出身の女子大生モデル、おん年
十八歳 であらせられるぞっ!
どうだ、参ったか!
参ると言うより、アッパレ、しるヴぃお。ぶらヴぉ、しるヴぃお。それって犯罪、しるヴぃお?


パリのシルヴィオはイタリアのシルヴィオと同じであった

かのラジオ・ヴァチカン Radio Vatican でもベルルスコーニ氏と未成年ノエミちゃんのスっキャンダールについて電波に乗せたほどです。首相に道徳上の特権はない、きっぱり。
5月24日、日曜日だったにも関わらず、ベルルスコーニ氏はノエミちゃんとの関係の潔白を証明するために召喚されたのだそうです。ベルルスコーニ氏は18歳のノエミちゃんとの関係を否定、France 2 のインタビュウにもフランス語で証明。ベルルスコーニ氏と友人でもあるノエミちゃんの父親は「ウチの子供たちはベルルスコーニさんのことを「おぢいちゃんみたい」と言っています」と娘ノエミちゃんとベルルスコーニ氏との間は潔白であると主張しているとか。来月7日に欧州議会選挙を控えており、ベルルスコーニ氏自身も候補者のひとりであるため、ベルルスコーニ氏の党への信頼を失墜させるための罠だという話もあるそうです。

いずれにせよ、72歳のベルルスコーニ氏と18歳のノエミちゃん、年齢差は54歳。

ノエミちゃんとの仲が原因で離婚を求めたと言われるベルルスコーニ氏の妻ヴェロニカさまは1956年7月19日生まれの52歳で、ベルルスコーニ氏とは20歳違いとなり、それだけでも
天晴れぢゃ、ベルルスコーニよ щ(゚Д゚)щ
ぢゃが、ノエミちゃんはナポリターナ、ヴェロニカさんはボロニェーゼでどちらもスパゲッティ。今のベルルスコーニ氏は牛ひき肉たっぷりのトマトソースより、ほんのり甘いケチャップがお好みのようです。こうなったら嘘でもいいよ、べーね、べーね。いや、
どこがベーネだ、ベルルスコーニ?
それにしても、いやはやシルヴィオ・ベルルスコーニよ、どこへ行く?

le 27 mai 2009, Augustin de Cantorbéry

エントリーから二日経ち、べべんべんべん、以下、ご参考までに。

伊首相、少女との関係が真実なら「辞任」と発言
5月29日16時11分配信 ロイター
[ローマ 28日 ロイター] イタリアのベルルスコーニ首相(72)は28日、18歳の少女との「不適切な関係」について、これまでの説明にうそがあれば辞任すると述べた。▼ベルルスコーニ首相は、議会ですべてを説明すると約束したが、日時は設定されていない。▼同首相の少女との関係は、ベロニカ夫人が女性問題を理由に離婚を要求して以降、政治問題化。野党民主党のフランチェスキーニ書記長は、選挙遊説中に「このような人に、みなさんの子どもたちの教育を任せられますか」と問いかけた。▼一方、ベルルスコーニ首相の子どもたちは、こうした批判に反論。前妻との娘マリーナさんは「激怒している。いいえ、それ以上」とコメントし、ベロニカ夫人との3人子どもたちも、「安定した家庭環境で、多くの価値観を教えられてきた」との声明を発表した。▼イタリアでは16歳以上ならば性的な関係を持つことができるが、成人年齢は18歳。ベルルスコーニ首相は、少女が17歳だった頃から、一緒にいるところを写真に撮られている。


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by ma_cocotte | 2009-05-27 05:18 | 『?』なオイロッパ | Comments(6)
四年ぶり。四百日ぶり。
いとしの、ケンタ君。KFC France
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最後に食べたのは昨年の春、日本國で。
共和国内で最後に食べたケンタ君は・・・・2005年3月 だあっっ!
証拠↓
今日はちょっと贅沢をして・・・Fast Food Restaurant
この証拠を読みますと、2005年当時、マルセイユに一軒しかなかったケンタも、2009年現在、マルセイユ市内に4軒もできたそうです。私は土曜の夕方のケンタに入りましたが、店内でお食事するお客さまの多くがアングロフォン(英語をしゃべるヒト)たちでした。フランスの鶏肉はとーっても美味しく、庶民の家庭での調理は 鶏の丸焼き が主で、鶏のから揚げはここ10年くらい、アジア諸国の料理が庶民の食卓に浸透していくテンポに乗って仏蘭西びとが覚えた味覚ではないかと思われます。スーパーの精肉売り場にはオーブンにぶちこむだけで済むように首と足を処理し紐で形良く結ばれた鶏肉の丸を簡単に、廉価に買えることもあり、ココんちでは鶏の丸焼きばかり食べています。日本國の我が実家なら近所に数軒あるケンタも、仏蘭西のココんちからは高速に乗って一時間先にたった一軒です。こうしてケンタの看板を偶然見つけて飛び込み、久しぶりに食べたケンタは本当に美味しかったです。

さて、こちら ↓ はココんちの仏蘭西びと♂が頼んだサンドウヰチ Zinger
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鶏はオリジナル味を選びました。超美味だったけれど、贅沢を言わせてもらえるなら、もうちょびっとチーズを蕩かしていただければ無敵。

le 25 mai 2009, Sophie
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by ma_cocotte | 2009-05-25 20:41 | The ou Cafe? | Comments(4)
ぶぅるぶる、あずなヴぅる が ぶぅるぶる。
しゃるる・あずなヴぅる Charles Aznavour という歌手をご存知ですか?



シャルル・アズナヴゥル Շառլ Ազնավուր は1924年5月22日、パリに生まれたアルメニアびとです。彼の本名をどう発音するのか私にはわかりませんが、アルファベットで表記しますと Shahnourh Varinag Aznavourian、アルメニア語表記ですと Շահնուր Վաղինակ Ազնավուրյան となります。彼が誕生する9年前の1915年、キリスト教を信仰するアルメニア人への虐殺が地中海東北の大地で行われたことで仏蘭西に亡命したアルメニアびとのうちの二人がシャルルの親になります。



このビデオ ↑ でセリーヌ・ディオンも証言していますが、シャルル・アズナヴゥルという歌手について私に教えてくれたのは「私のお母さん」・・・そうそう、私も!と頷いてしまった私。フランス語も話せないのに「ケ・セラセラ (なるようになるさ)」という和製仏語が口癖だった私の母。昭和九年生まれの母が、戦争で何もかも失った0地点から再生して、日比谷公会堂で「美しき青きドナウ」をセーラー服姿で唄った思い出を抱えて社会に出て、今は無き交詢社で「洋モノ」を次から次と知り、そのひとつが「シャンソン」でした。シャンソン歌手のレコードを集めては聴いたけれど、シャルル・アズナヴゥルの美声に母は腰を抜かしてしまったんでしょうね。メロディーも米国由来の音曲とどこか異なり、歌唱法も日本人と違えば、シャルル・アズナヴゥルが音に乗せて発する声の重さや甘さは世間知らずの母の心に着弾した「平和な爆弾」だったのかもしれません。
母から「シャルル・アズナヴゥル」という名前を教えてもらっても、エイメリカかぶれだった私は彼について知ろうとも思わず、どこかの少女漫画の中で彼の名前がコミカルに扱われていたことくらいしか子供の頃の記憶から引っ張り出せません。縁あってこうして仏蘭西に住むようになり、シャルル・アズナヴゥルという歌手について知りたくなくても知ってしまうようになりました。唄うだけでなく、しゃべるシャルル・アズナヴゥルをテレビ画面を通して拝見し、彼がいかに共和国民から尊敬され、慕われ、愛される大歌手であるかよくわかりました。

昨晩、民放の雄 TF1 で深夜までシャルル・アズナヴゥルの85回目のお誕生日をお祝いする特別番組 85 ANS DE CHARLES AZNAVOUR ← クリック、ぜひぜひ! が流れました。このお誕生日会のため、仏語圏の有名人が一同に集まり盛大なショウとなりましたが、観客席には20歳前後のお仏蘭西びと、びと、びと。20歳になるかならないかのお子たちがステージ上の85歳のおぢいちゃんに熱すぎる視線を投げているという・・・まっこと日本びとには信じられないような事実がテレビ画面に流れました。例えば66歳のヂャニ・アリデ Johnny Halliday に奇声を発する仏蘭西のお子たちにもヴぃっくりですが、85歳のシャルル・アズナヴゥルに熱視線を投げるって一体....。昨晩のこの番組の本当に本当の最後で、この85歳という誕生の節目を祝うCDが発売され、今回発売のCDの売り上げ金も前回の80歳記念CD同様、がん研究に寄付されることが発表されました。

シャルル・アズナヴゥルが大歌手であることは世界中の多くの人が知っていることかもしれません。が、そんな大歌手シャルル・アズナヴゥルが一度だけ、誰の目から見てもわかるほど大きくブルブル震えて唄ったことがありました。証拠はこちら ↓ 。



そう、今から7年前。アルメニアを訪問されたローマ教皇ヨハネ・パウロ二世の前で「アヴェ・マリア」という彼のオリジナル曲をお披露目した時です。マイクを持つ手がブルブルと震えてしまうシャルル・アズナヴゥル、傍観する者は広くも深くも、あらゆる面から「人としての生き様」について考えさせられる数分でありました。虐殺から逃れて新天地フランスで新たな人生を歩み始めたアルメニアの血を引く男女が、愛し合い、家庭を持ったことで生まれた命をシャルル自らがどう使っているのか。他人に対してもご自分に対しても甘やかすことをしない方だと拝察しています。最後の最後まで光を失わない方でしょう。いつまでも母の分までシャルル・アズナヴゥルの美声に酔いしれていたいです。あ、私の方が先に一人旅に出るのかも。



le 23 mai 2009, Didier
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by ma_cocotte | 2009-05-23 20:24 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)
無菌かつ純潔の國だ、か、ら、...
新型インフルエンザ(H1N1)の話。
私がこの病気を意識したのは4月19日にあった 例の件 を知ったことがきっかけでした。ほぼ同時に在仏日本大使館から「メールマガジン号外」として「新型(豚)インフルエンザに関するお知らせ」が豆に届くようになり、大使館から最後に受け取ったメールは18日付の第21号で、そこにはこんな一文が。
フランスにおいては、5月1日に2名の感染者が初めて確認されました。5月18日11時時点における新型インフルエンザの感染状況は、「感染確定事例」が15名、「調査中事例」が21名、「疑いが濃厚であるが確認が不可能な事例」が5名とされています。
これまで丁寧に事細かな情報を頂戴したことに感謝してはいますが、私の記憶が正しければこのインフルエンザの報道が公になって数日、大使館から数時間おきにメールが届き、おそらく息を「吸って吐いて」のひと呼吸の途中で新たな情報メールが繰り返し届くせいで自分の呼吸のリズムが狂わされ、流行感冒とは別の、自分がどこかに追い詰められていくような危機を心に感じました。この春、弱毒性ながら感染力は季節性のインフルエンザよりも強力と言われるインフルエンザが世界各地で蔓延し始めていることはよくわかってはいますが、だからと言って我が身を守るとしても外出から戻ったら「手を洗い、うがいをする」しか今の私にはできません。というのも、花の都お巴里なら可能でしょうけれど、ココんちのような仏蘭西のド田舎の薬局でマスクは必ずしも売っていません。パラファーマシーでも、スーパーでもマスクが売られている事実を見た記憶が私にはありません。仏蘭西に寄生して10年近くになりますが、マスクをかけた一般老若男女を外で見たことが私にはまだ一度もありません。建物の中ならば、ある。歯医者さん。開業医はもちろん病院内でもマスク姿の職員を見たことが無いのも、私が入院もしていなければ手術室にも入っていないからでしょう。公衆で健常者がマスクをかけて歩くという行為はもしかしたらアジア諸国特有の生活文化なのかもしれません。もしかして共和国内とは言え治外法権の日本國大使館や領事館ではどなたもマスクをかけて働いてらっしゃるのでしょうか?まさかね。

そんなわけでウヰルスから身を守る術のない私は日常の習慣である「帰宅したら手洗いとうがい」を続けつつ、テレビ画面にたまに流れるこの流感に注意を促す政府広報CMを見、「もしもらっちゃったら病院に行こう」とインフルエンザに限らずどんな病気でも自覚したら「自分が当然行うこと」を我が心に言い聞かせつつ時間ばかり過ぎて行きましたが、先週末あたりから電脳上とは言え、日本國内での(私見ですが)インフルエンザパニック、国民の 過剰過敏反応の様子を見聞してしまうと、最早、距離やら時差があるとは言え同じ地球上の出来事というより、他の孤立した星で起こっている大騒ぎお祭りのように思えます。そして、たふたふ今日の朝、国営放送France 2 の午前8時のニュウス で「日出づる國」におけるインフルエンザパニック に関する映像が流れました。なんでも発症人数では現在のところ世界第四位だとか。cf. Japon: quatrième pays en nombre de cas confirmés
まったくもって不思議であります。仏蘭西の国土は日本の1.5倍、人口は半分にもかかわらず疑症例数含めても50人未満。とっころが、現実で仏蘭西共和国の環境を眺め回すと、ココんちの近所にはメキシコびとがゴーロゴロで、メキシコと交易しているので行ったり来たりの人々もうんざまんざいます。墨仏家庭もうぢゃうぢゃですし、何よりメキシコ近くのカリブ海上に仏蘭西海外領土県がいくつもあり、お仏蘭西の空港の無防備さを重ねれば、どう考えても仏蘭西の方が日本よりこの新型インフルエンザなるものが蔓延しておかしくありません。なぜ日本國で、そりゃ黄金週間にエイメリカ大陸に洋行した日本在住者は多いでしょうけれど、ここまで発症者が出ているのでしょう?

きょうび島国日本に住むヒトビトが過剰なほどの清潔、無菌好きなことで知られていますが、もしかしたら免疫力が低下しているのでしょうか?おそらく日本國は世界で最も民間に予防医学や健康管理が浸透している国だと私は思います。特に他人さまに不快を与えないように、迷惑をかけないようにと自己を無臭にするための商品や食品の豊富さは帰国するたびに驚かされます。そして、日本国内の店舗に並ぶ完璧に洗われ、美しく包装された形良い生鮮食料品を見ても、日本の国民ひとりひとりが無菌、滅菌を真剣に心がけていることが伝わってくるものです。仏蘭西にこの感覚はないに等しい。虫喰いがある形の悪いリンゴも、泥もねっとりついたままでナメクジが隠れたレタスも仏蘭西ならば店舗に普通に、堂々と並んでいるのですからして。

それにしても、今の日本國において物事の考え方が抜本的に不思議かも。
今回のインフルエンザにしても、感染者が通う学校名が明らかになったことで、この学校は「近隣に迷惑をかけないため休校」に し、「すべて学校の責任」だと公に発表したそうです。生徒が海外渡航を学校側に希望し、それを許したのが学校だから学校の責任なのだそうです。でも、生徒がいつ「海外に病気をもらいに行きたいので行かせてください」と学校に許可を求めたのでしょう?もしそんな希望だったら学校は認可を出しますか?大きな夢の実現のために生徒は渡米を望んだのでしょ?
それに、うつりやすい病気を生徒が発病した場合、本人の自宅待機だけでなく時には校内感染が広がることを防ぐために学級閉鎖または休校かつ自宅待機にしませんか?確か教育機関においては授業を行うにあたり受講者の最小人数が決められており、もし流感や交通ストライキなどでその人数に満たなければいずれにせよ授業を行うことはできません。近所に迷惑をかけないための休校とするなら、近所がない荒れ野か砂漠のど真ん中に学校を作れば近所迷惑をかけずに済みますが、そこに集う教職員生徒全員が永遠に健常なんて魔法学校ぢゃありませんか。不老不死でスカイ?

この学校の生徒と学校の関係が二者の問題ではなく、学び舎の外に住まう他人サマに最も気を使う と言う、いつのまにかあらぬ方向に話にずれていったのも「うちの子供が同じ電車を利用した可能性がある。感染したらどうするのか?社会的責任を考えろ!」という抗議の電話が複数かかって来たことにもあるようです。・・・・_| ̄|○  こういう電話をかけられるくらいなら、ご本人含め、ご家族全員無菌ハウスに住んで在宅勤務と通信教育がよろしいですわね。食料も宅配で、いや、宅配では菌がついているかもしれないから、無菌ハウス内で栽培(無菌ぢゃ美味な食物は収穫できまい)。家族全員が無菌ブロイラーになったとしても、いつかは無菌ハウスの中で家族が生の終わりを同時ではなく、ひとりひとりの天命で向かえる時が来ます。お墓も無菌ハウス内に自分たちで作るのですよね。菌を他人が無菌家庭に運んで来たら、その人を呼んだ自分の責任になります。菌を持つ外部の人間ではありません。最後まで生き残ったひとりはどうするのでしょう。埋葬しないと菌がわきます(いや、埋葬しても菌はわく)。誰のせい?
・・・なぜにこんなアフォな電話をかけられるのだあ? ヽ(`Д´)ノ
某SNSでも日本国内の或る教会がインフルエンザ予防のためミサを行わなかったことで、もしミサをあげたら教会が無責任だという意見が書き込まれていました。なんか変です。教会というところは歴史を顧みると、流行病にかかったヒトビトを最期まで看病し、戦争中はけが人を介抱し続けました。教会は門戸を最後まで世間に開いていた のです。もし教会が悪い菌を栽培して、天井から蒔いたり、床から立ち上らせたりしているなら教会に責任を問えるでしょうけれど、病気ばかりは自己責任、いえ、運命です。外出から戻ったら手洗いとうがい、ビタミンを大目に取り、疲労を貯めず、十分な睡眠をとるなど十二分に気をつけても罹ってしまうことがあります。誰の責任でもありません。

私はかつて、二週間のエイメリカ・カナダ旅行から帰国した五日後に風疹を発病しました。会社に復職したばかりで再び自宅待機一週間となりました。恥ずかしかったし、会社にも申し訳なかったけれど、休暇を認めた会社の責任ではありません。私の運命です。風疹を発症してすぐの初診の際、この風疹はエイメリカでもらったものか?と医師に質問したところ、旅行に行く前に日本でもらい、発症までの潜伏期間中に旅行したことになる、と返事をいただきました。もし旅先で風疹を発症していたらその場で入院ですから大変なことになっていました。こんな苦しい病気を発病したことは運が悪いことなのか、それとも苦しくても帰国後発症したのだから運が良かったことなのか。今の私は後者の思いしかありません。それに医師からそう説明されたところで、日本のどこで風疹をもらったのか特定できないし、特定できたとしても私が責任転嫁した相手が更に責任転嫁先を探すのでしょうか?そんなことしても高熱や心身の痛みは自分自身が経験することに代わりはありません。

こうして日本國のインフル・パニックを眺めていると、日本が菌から守るため鎖国してしまいそうですね。島国とは言え、海も空も空気も世界と繋がっているのに。いったい誰が何を守るためにこんなに大騒ぎして、恐怖に導くような危機感を日本國国民に与えているのでしょう?神聖賢愚帝サルコぢ一世でさえ、まだそんな恐怖を共和国民にくださらないぞよ。もしかしたら数か月後には十分に十二分にインフルエンザ予防を国民に強いた日本國が正しかった、間違っていなかったのであり、予防を怠った他国は愚かで間違っていたと日本國から証明されるのかもしれませんが。マスク、寄付してください。

le 22 mai 2009, Emilie



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by ma_cocotte | 2009-05-22 22:57 | 『?』な日本國 | Comments(21)
http://www.pope2you.net/
さっき、ニュウス専門チャンネル BFM tv で知りました。
http://www.pope2you.net/ がきょう誕生したことを。
早速、まい・こんぴーたで確認。щ(゚Д゚)щ 
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↑ 黒山羊さんも開いてヴぃっくりウサギさん ↑


...泣く子もこの画面を見たら涙が枯れるまで泣くであろう。

この Pope2You は Pope to you で、フランス語だと "du pape à toi"(教皇さまからあなたへ)または 'le pape pour toi'(あなたのための教皇さま)と2訳を紹介していますが、青少年向けのヴァチカンちゃんねる なのだそうです Le Vatican lance Pope2you.net, un site Internet pour les jeunes。優しく易しい言葉で教皇さまご自身の信仰を若者に紹介するサイトが昇天祭から一般公開というのも粋なはからいでござんすね。このホームページはイタリア、フランス、スペイン、英米、ドイツの五ヶ国語から選択して楽しむことができます。
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5月21日、ココんちあたりの教会の昇天祭のミサにおいて初聖体式が行われました。この教会では14人のお子たちのお祝いとなりました。このお子たちも http://www.pope2you.net/ の登録者になるのでしょう。

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この青少年向けWEBサイトの開設は第二ヴァチカン公会議で挙げられた「世界にちらばるキリスト教徒のコミュニケーションの困難」という問題の改善のため、今年1月23日YouTube に専門チャンネル The Vatican を開設したことに続く具現であり、今度の日曜日24日がカトリック教会において LA 43ème JOURNÉE MONDIALE DES COMMUNICATIONS SOCIALES(第43回社会における交流の日(?)正式訳を存じません。おゆるしを。)にあたることで三日前の昇天祭に一般公開を決めたのだそうです。

このチャンネル公開が発表になった同じ5月20日に、アイルランドでは青少年に関わるカトリック・スキャンダル が露見したことになります。翌21日になって日本語で「アイルランド カトリック」の鍵語でニュウス検索しても欧州で大騒ぎの事件には引っかからずなぜか北アイルランドの住宅事情1件が引っかかりました。続いて、Pope2You のネタを期待して「ヴァチカン」または「バチカン」の鍵語でニュウス検索しても映画「天使と悪魔」が上位に出てくるばかり。
日本のマスコミっていったい..._| ̄|○
アホちゃいまんねんパーでんねん級? 日本國におけるマスコミュニケェシャンの向上を祈りませう。

le 22 mai 2009, Emilie
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by ma_cocotte | 2009-05-22 03:41 | 『?』なKTOりっくん | Comments(4)
蜥蜴の尾ならば切り捨てられるのに、
2009年5月21日。今年はきょうが昇天祭 L'ascension、カトリックのお祭り日ですが、仏蘭西の国定移動祝祭日でもあります。
こちら ↓ はルルド Lourdes の大聖堂内のモザイク壁画、キリストの昇天を表したものです。
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石のかけらで描く絵画で、ヒトの表情もヒトがまとう衣の美しさも柔らかく表現できる。凄いことです。Bravo!

神の子イエズス・キリストは天に帰られたものの、
神なき残された大地では昨日の夜から新たなカトリックスキャンダールが流れ始めました。
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ルルドの大聖堂の中段からルルド旧市街を眺める

それはきょうび欧州国内でカトリック濃度の一、二位を常にポーランドと争っているアイルランドで、1930年から1990年までの60年間にアイルランド国内のカトリッック系教育施設216校で、司祭や修道者によって児童、学童、生徒に行われたあらゆる暴力の記録が昨日2009年5月20日、公表されたことです。ニュウス映像の一例はこちら ↓ 。




仏蘭西での関連報道の一例は以下、国営放送France 2 のニュウスビデオをご覧ください。
Des milliers d'enfants irlandais violés
http://info.francetelevisions.fr/video-info/?id-video=MAM_1500000000003181_200905211313_F2&ids=MAM_1500000000003181_200905211313_F2&id-categorie=REPORTAGES_INFO_MONDE


France 2 の関連記事はこちら ↓
Enfance maltraitée: un rapport accable l'Eglise
http://info.france2.fr/europe/54540788-fr.php
60年に渡るアイルランド国内のカトリック校における事件簿ですが全5巻、約2600ページにもなり、昨日の一般への公開・発表まで9年間調査し続けた結果でもあるそうです。

一夜明け、きょうの朝、英語「Catholic Ireland」の鍵語でググると、この件について1074件ヒット します。仏蘭西語「Catholique Irlande」の鍵語でググると、95件。日本國ではいかがでしょう?

こういう事件が公になって短絡的にカトリック批判を始める方がほうぼうから湧き出るだろうことは容易に想像つきますが、声を張り上げる前にひとつ気をつけねばならない点があり、それはアイルランドの場合、国家とカトリックの関係が密のためアイルランド政府の教育機関への批判も同時にあがっているためカトリックだけのせいにできない点です。

きょうの朝はカトリックにまつわる国定祭日の朝でもあるので、恒例というか国営放送France 2で毎朝流れる生トーク番組 Les 4 Vérités (四つの真理・誠意)のゲストは仏蘭西カトリック司教団の広報担当ポドヴァン司教 Mgr. Bernard Podvin でした。内容はまたも教皇のアフリカ発言、ブラジルでの堕胎についての破門、FSSPX 司教のウヰリアムソン問題に加えて、昨日、世間に投げられたアイルランドスキャンダルという餌についてでした。いい加減、ひつこい。今年発生したカトリックスキャンダルズが蜥蜴の尻尾なら切ってしまえるのに、どうもヂャアナリスト側はこれらのスキャンダルを牛の涎はたまたスライムのように扱いたいようです。なんつうか、この広報担当の司教さまは今年からこのミッションを受け入れられていますが、運命的に踏んだり蹴ったりつうか、「堕胎が破門なのに、幼児性愛者や小児に暴力を振るう者が破門にならず観想修道院で司祭や修道者のままでいるのはおかしい」とカトリック教会に裁きを具体的にさせようという魂胆見え見えの意地悪くて無知なヂャアナリストの攻撃の矢面になってしまっても、こうして生きている司教さまそのものが矢を直に受ける「信仰の盾」と化して、ヂャアナリストの愚か、いや、無知な質問にズバっと言い返し、諭すところは天晴れでござんす。直接だろうが、間接だろうが、
事実を知ったヂャアナリストよ。
以降、同じ質問をしたら罪だぞぃ。
それとも、番組を見なかったことにしてとぼけるかい?ヽ(`Д´)ノ

どんな問題、スキャンダルにせよ、カトリックを知らない者、時には「我こそはカトリック I'm Catholic / Je suis catholique.」と名乗る者が、この世の悪事についてカトリックという三次元に「裁き」を求め、その思考で止まってしまったり、勝手にピリオドを打っていることが問題なのです。カトリックの世界の中に自分が存在していると自覚するなら、その「裁き」の先に何があるのか。「裁き」という浅瀬で見限ったり、陸に自分だけが戻る。浅瀬の先の深みには「赦し」があり、そこに至るまでの道程は決して安楽でなく、そこに至るまで罪を犯したヒトが歩む様子を傍観するなら「償い」という言葉があてはまるのかもしれません。その他者による償いの過程を自分が嘲笑するのか、手を差し伸べるのかは私たちひとりひとりが考えねばならないことでしょう。

le 21 mai 2009, L'Ascension

昨晩から繰り返しこの事件に関するニュウス映像を眺めていると、司法に貢献した犠牲者のひとりが自分は神を信じているけれどカトリックはもう御免だ、と言い、こうして長年に渡る聖職者、修道者の悪行が公になったことで使命を果たしたかのようなコメントを残していますが、もし彼が本当に本当のクリスチャンだったら司法が結審した時点から先を慮るのではないでしょうか。凡女ながら彼の主張には矛盾を感じます。
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by ma_cocotte | 2009-05-21 15:42 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)