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私はどの立場なのだろう?
ココんち近く、旧市街の美術博物館にて。
一枚の壁に並んでいた三枚の絵を左から順に。
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確か三枚の絵の共通テーマが貧困 la pauvreté でした。
田舎町の美術館に常設展示された絵画なので、描かれている建造物は旧市街のどこかで見たようにも思えます。このような光景は遠い昔の過去とは言い切れず、装束を変えれば現在もココんち界隈で見る様子でもあります。フランスにおいては貧困は過去ではなく、今も身近にあり、探す必要はありません。

このような一枚の絵を観て、おのおのが心に思い巡らすこともひとつではありませんし、描かれている人物の誰に自分をあてはめるのか、それともあてはめずに単に傍観するヨソモノに過ぎないのか、あるいはかつて貧困を経験した家族や友を思い起こすのか、それもおのおの異なることでしょう。

おのおのの立場は千差万別であれど、「施す者と施される者」とか「見下げる者と見上げる者」、「強者と弱者」という意識に留まってしまうと傲慢や卑下など要らぬ感情が心に生まれかねません。それでは「施される者、見上げる者、弱者」と仮定したところで、弱者とされた人のズルさで嘆く人も数多いたりもします。

しばらく前、司祭館で神父さまと面談している最中に呼び鈴が鳴り、神父さまが玄関先に出ると「弱者」と思われる人がおり、困っている自分に施しをくれ、とおっしゃる。神父さまが「お金はさしあげられませんが、一緒に食事をいかがですか?」とお話した途端、その「弱者」と思われる人は「あ、いいです」と言い切らぬうちに神父さまに背中を向けて門を出て行きました。
それより前、まだ私が南仏に住んでいる時、婚姻準備の勉強のため修道院に行くと、シスターがどこか落ち込んでおり、聞けば、住む所もない子供を数名抱えたジプシーの母親が洗礼を受けたいとやって来たので修道院の一室を与え、三食をシスター方のお食事から分け、住み込みのまま洗礼の準備と子供たち(そのうちひとりは自閉症症状を持つ男児)の教育をし無事受洗。それでは、堅信の準備をしましょう、とシスターが話したところ、翌朝、全員が跡形もなく、お金を持ち出して消えていたのだそうです。夜逃げですな。ところがシスターはこれが初めてではないとおっしゃる。初めてではないし、こういうことがあったからとてこれからも困った人が現れれば同様にし続けるとまでおっしゃる。
さらに何年も何年も前、東京の某教会の神父部屋(と、若者は呼んでいた)に入り浸っていた頃、やはりドアのノックの音を聞いてドアを開けると独特なニオイを携えた方が無心する場面に何度も遭遇したことがあります。神父様はご自分のお財布から出すこともあれば、お財布を覗いてから「少し待ってください」とその人に告げ、小走りに裏のレジデンスに行き、院長様に事情を話して戻って来たこともありました。そういう人の中には何を思ってか二度、三度と同じ事を繰り返すことがあり、優しさあれども甘やかすことはしない神父さまが厳しく諭す様子も私は見たことがあります。

凡人の私にはいずれの場合も神父さまもシスターもあまりに人がよろしすぎるのではないかとついうっかり思ってしまうけれど、どなたも同様に「騙されるのが私でよかったのです」とおっしゃる。そう聞いて、自分が必ず施す側と信じ込んでいるなら、騙される自分についてだけの善行を思い描いたりします。

が、最近、ふと気付いたことですが、貧富というのは目に見えるものだけでなく、心の価値さえ計れるということ。そうだとするならいくら外見が富裕であっても心が貧しく、飢え乾いて水を求めている人もいるかもしれません。逆に見た目はあまりに質素でも、心が豊かな人もいるでしょう。心の貧富はどう見抜くかは、互いが交流することにあります。となると、「施す者と施される者」、「見下げる者と見上げる者」、「強者と弱者」という目で判断できる関係においても、互いの「善意」が必須なのではないでしょうか。数学に例えると両者が「善(+)」ならば足したところで「二つの善」、かけたところで「善の二乗」だけれども、どちらか一方が「悪(-)」ならば足したところで善は減り、善(+)に悪(-)をかけたら善は悪に変わってしまいます。数学では空しい結果になるけれども、ヒトには知が与えられているのだから知を用いれば悪を善に変化させることもできるはず。それは時間も労力もいることだろうけれど、悪と悪が足されて二つの悪と化したり、悪と悪が掛け合わされていっそう強い悪になることは善人であるならば知力をもって避けねばなりますまい。そう、「地ニハ善意ノ人ニ平和アレ」を信じるならば。もし自分がこの世の由無しごとで他人の傍目に「弱」の立場になったとしても、決して善の心だけはこの心身から失ってはならないのです。・・・っと、弱っちい自分にビシビシ言い聞かせつつ、今年も十一月という月を数時間後に迎えます。

おフランスには21世紀に入り、そして「金が全て」の神聖賢愚帝が共和国大統領なんかに身を窶して以後、ハロウヰンが無理に庶民に浸透し、本当ならば待降節と共に訪れるクリスマスの準備が前倒しされて10月最終週から大規模店舗にはお菓子、香水、おもちゃや仮装商品の特別コーナーが設けられるようになりました。その勢いに負けまいと、テレビのCMではスクール・カトリック Secours Catholique (仏蘭西のカリタス組織)の浄財を求めるコマーシャルも流れ始め、なぜかそのコマーシャルの中にはスクールカトリックでは遺言書作成のお手伝いをするというものまであります。

自分を中心にするなら或る対人関係で自分が凸でも、他の対人関係では凹かもしれません。上の一枚目の絵は勝手口の様子ですが、お手伝いさんはこの状況では施す者でも、扉の向こうでは主に仕える者です。三枚目の絵も修道女方が待ち求める人に善意を示しても、修道院の中では神に仕え、人と人の間では従順を伴う共和の中に生きてらっしゃる。相手の凸や凹を自分の凸凹に合わせればひとつの四角になります。ですが、凸の自分が凹の他者に合わせて、自分も凹になったところで、合わさるどころか内側に隙間ができ、他者が自分のように凸になったところで今度は両脇に隙間ができてしまいます。目に見えない凸凹なれど、こうして表現するとひとつになるのは難しい。個々の間の互いの違いを認め合うだけでなく、個々を取り巻く不況や格差など人ひとりの思惑では生み出せもしなければ消せない現状も、その中で互いに思いやり、善と善をつなげれば、心だけは豊かでいられるかもしれません。「~かも」という仮定は、まず自分が実践すれば消せます。

今年は11月29日の待降節のはじまりまで心身、物資ともども自分にできることを、自分に無理のないテンポで準備に入る。十二月を人は師走と言うけれど、師歩でいいぢゃないの?十一月に良い準備をして、十二月は一日、一日丁寧に過ごしてみよう、なんてどうでしょ。
よっこらしょっ、と。

le 31 octobre 2009, Quentin
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by ma_cocotte | 2009-10-31 19:44 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
今は、十月でした。
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2008年10月6日月曜日、雨。
東京都下の或る神学院にて。

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うへぇ・・・・


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43回目の帰天の日、ごミサにあずかり、



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ごミサの後にこの聖堂の真下にある聖堂に参りまして、ご挨拶




雨が上がった外界に出、道を左に曲がり、坂を上った先にある女子修道院へ。恩師である修道女お三方と奇跡に等しい再会。シスター方からの厳しくも愛情ある言葉に泣く、泣く、泣く。昨年春に亡くなった私の母より年上の恩師が、今も恩師より年長のシスター方の介護をし、隣接する幼稚園では親御さんに要理を教え続けているそうな。別れ際に「修道会のために、召命のために祈ります」と申し上げたら、「ありがとう・・・あ、でもね、数はもう結構。ひとつでいいから良い種をいただけますように。」というご依頼。深いであります。その後、再びココ ↑ に戻って資料館見学。それまで知らなかったことをたくさん知ることができた。
そして、同じ敷地の中の建て直されてまもない教会聖堂へ。
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日没前だけれど、あまりにも恵みある一日に感謝。



聖堂の通用口。扉の際にステンドグラス。美。
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「信仰」を表わす「楯」



そして、聖堂を出、外壁を眺むれば、
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Ego vobiscum sum

私はいつもあなたがたと共にいる
マテオ28・20


le 29 octobre 2009, Narcisse




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by ma_cocotte | 2009-10-29 17:40 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(10)
田舎の学校、田舎の子、そして
ココんち近く。旧市街の美術博物館にて。
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昔の学校の様子を描いた絵のようです。
お役所の抜き打ち検査を想像してしまいました。フランスでは今もよくあることです。

こちらは昔の、ココんちあたりの男の子らしい。首にかけるおメダイの習慣は今と同じ。
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こちらはどうもお教室の壁にかけられたフランス生活文化史の説明画みたいです。
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この説明画がもしポスターで売っているのならば迷わず買いました。
6つのパートの内、左下は9世紀の教会聖堂内部の様子で、右に当時の司教様の装束、左にベネディクト会修道僧の姿が描かれています。
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そして、右下のパートは9世紀当時の学校の様子が描かれており、トンスラに白装束の修道僧が子供達に勉学を教えています。
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もし私たちにわからないことや知らないことがあった時、文章のみで有識者から説明されると想像どころか妄想に至ることもあるけれど、もし絵画や写真などイマーヂュを添え、心を込めて言葉で説明されれば、その教えを見聞した者は想像をめぐらしても妄想には及ばないのです、と、2006年までココんちの♂♀がお世話になったローマ人宣教修道女から教えられたことをふと思い出しました。かつてその童貞様が宣教に出られた南太平洋の小島でも、アフリカのルアンダでも、紙芝居を携えて青空の下で子供達に最初に聖書や聖人のお話を教え、その後文字を教え、それから朗読を教えたのだとか。宣教を終え、住み始めた南仏の小村の修道院でも毎月末になると翌月の典礼暦に合わせた絵や写真を要理部屋の壁に貼りかえる。70歳を数歳過ぎたシスターの代わりに、絵画やポスターの張替えをするのが私たちの役割でもありました。良い思い出です。
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2006年5月21日、エクサンプロヴァンスで。

私達の本当の母のように、本当の母より厳しく私たちを育ててくださったこのシスターも私たちより3か月遅れで南仏を去り、今は故国イタリアで生活していらっしゃいます。メール交換は今も続いており、私たちが「会いたい」と書くと、決まって「天国で会いましょうね」と返事が送られて来ます。

le 29 octobre 2009, Narcisse
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by ma_cocotte | 2009-10-29 04:43 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
ああ、秋休み。それは、墓参り休み
昨日から仏蘭西は冬時間となり、日本國との時差は日本時間から引くことの八時間となりました。そんなヒトが決めたルールなどおかまいなしの無原罪の猫に一時間早く起こされ、目も覚め切らぬままテレビに火を入れたところ、いつもの朝の情報番組の司会者がいつものウヰリアムではなくチエリである・・・・¢( ・_・) ハテ?
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Σ( ̄△ ̄; ...あ、やふやくこの時点で昨日のごミサの最後に神父さまが子供達にとって良い休暇になりますように、と送り出された言葉の意味がわかりました。手帳で確認したら、
VACANCES SCOLAIRES
TOUSSAINT
du Samedi 24/10 après la classe au Jeudi 5/11 au matin
日本語で説明すると、
万聖節休暇 :
10月24日土曜日放課後から
11月 5 日木曜日朝(=校門が開く時間)前まで
ですね。万聖節となぜか日本語では「節」を用いているとは言え、万聖節 Toussaint の祭日は11月1日で暦に名前が掲載されない全ての聖人のために祈り、その翌日2日は暦を見るとデファン Défunts と書かれており、これは全ての死者のために祈る日に当てられています。このように私たちより先に天に帰った諸聖人やらご先祖さまを思い起こし感謝する日は仏蘭西の習慣だと年に一度ですから、日本びとならばお盆とお彼岸にする務めを仏蘭西びとはこの祭日の前後に行うことになります。お墓参りには鉢植えの菊 を携えます。
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私個人は母の他界を境に大きく死生観が変わったように 思います
ココ新天地にココんちの♂♀が引越してきたのが、2006年7月28日ですから、最早「新天地」とは呼べなくもありますが、まだまだ地元の生活文化を知り尽くしたわけではありません。主要道路から脇道に入り、農道の先の草原に点在する教会群など、立ち寄るたびに歴史の重みを感じます。

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中世時代の教会でしょうか。あの太陽王の使者が太陽王のお妾さんを迎えにくる途中、ちょっくらちょいと寄られたかもしれません。ああ、もしかしたら更に遡ってヂャンヌ・ダルクも、ひと祈りと寄られたかもしれません。いえいえ、シャルル・マーニュが戦の道すがら、「ココに教会を寄進しよう」とおっさったかも。

ヒトの仕業か、はたまた酸性雨のせいか、全知全能の神の思し召しか、こうして教会聖堂の外装の鋭さが丸味を帯び、やがては元の姿がどのようなものだったのか想像することが難しい教会が共和国内各地に点在していることになります。
こちら ↓ は上の写真の教会とは別の教会です。
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生物の肉体は朽ちる、塵に戻りますが、その生物の中でも神から知を与えられたヒトのタレントによって造られた建物もやがては朽ちる運命にあるのでしょうか?

古い教会であればあるほど最初の礎から建て増しを繰り返して現在の姿があります。
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この教会も主祭壇の下のアーチ様の入口 ↑↓ に歩を進めますと、
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「ツワモノどもがユメの址」があり、この方がルイ・ド・モンフォールのご像そばにいらっしゃいました。
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T'es qui? あなた、だーれ?


誰だっていいぢゃない。
既に天にいらっしゃるのだから。

le 26 octobre 2009, Dimitri

主祭壇右奥にはご聖櫃。手前に ヂャンヌ・ダルク 。真のお務めに感謝。
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余談ですけれど、聖櫃を仏蘭西語では タベルナクル Le tabernacle と言います。妙に覚えやすい単語でした。
食べるな!

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by ma_cocotte | 2009-10-26 17:19 | 『秋』 Rien de special | Comments(0)
【 父 子 猿 】 Les Sarkozy père et fils
今週のお仏蘭西は神聖賢愚帝の第二皇子の話題でウザかったです。
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この方がヂャン・サルコヂ、本名 Jean Sarközy de Nagy-Bocsa、現在、仏蘭西共和国大統領なんかに身を窶してらっさる真の神聖賢愚帝サルコぢ一世の次男であります。1986年9月1日生まれの23歳。2008年9月10日 水曜日 より 既婚

動かないご尊影ならば、日本婦女子が好まれる雰囲気を携えているかもしれません。
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動くと 親父、いえ、神聖賢愚帝と鬼よりまし、いえ、おにまし。

2006年9月にパリ第一大学の法学部に登録したヂャン皇子は今年9月、3度目の第二学年の登録をなさったとか。そんなヂャン皇子が近く、大手企業約2500社が集まるパリ郊外デファンス地区の発展監督庁トップにほぼぜったい間違いなく選出されるのだそうです。ヂャン皇子は「大学第二学年」というお煎餅を裏表焼いて更に表をもう一度焼く立場でありながら、既にかつて神聖賢愚帝が市長であったヌイイ・スュル・セエヌ Neuilly-sur-Seine 市の幹部でもあります。

この噂が共和国内に流れたと同時に、共和国内ではやたら モナルシ monarchie という単語が飛び交い始め、眼にも耳にもウザいほど痛いのです。モナルシ monarchie はご想像どおり、君主制であり、仏蘭西だと「王制」の意が強く濃いかもしれません。つまり、共和国大統領なんかに身を窶している真の神聖賢愚帝サルコぢ一世が本性を見せ「絶対王朝を興すための動き」を開始したと考える共和国民が少なからず存在するのです。もちろん弱冠23歳のヂャン皇子が発展監督庁責任者になることについての就任反対署名運動も共和国内各地で始まり、ヂャン皇子の就任後押しをしていると噂になっている父上、神聖賢愚帝サルコぢ一世は「朕の愛息を狼の群れに投げ入れるべきではないっっ!」と防戦の多弁を開始しました。
あほらし。Σ( ̄△ ̄; 
いちおう、選出にあたって同庁内で民主的選挙が行われるのだそうですが、今年12月で任期満了の現長官(65ちゃい)は「ヂャン皇子のように高貴(!)な人間の昇進に年齢は関係ない」と断言。アホちゃいまんねん、プァーでんねん!いったいサルにどのような催眠をかけられたンでしょうかね?ヂャン皇子のママンは確かコルシカ出身でっせ。(-。-) ボソッ
あほらし。ヽ(`Д´)ノ
大統領なんかに身を窶した神聖賢愚帝が今も上皇である支持政党UMPの幹部はヂャン皇子について神聖賢愚帝の若かりし頃よりはるかに才能がござるから、ま、えぢゃないか?と口だけ笑みを浮かべてスーラスラとおっしゃる。
あほらし。ε= (´∞` )
野党はこぞって、長官就任より先に大学を終えるべきだと主張しており、脳みそつるつるの私もその意見に大賛成だったりします。ところが、当のヂャン皇子は世間の抗議運動に逆ギレしてしまい、「自分の名前にサルコぢ Sarkozy があると長官選出選挙資格がなくなるんだな、え?」と反論に出ました。誰もそんなこと触れていないンですがねぇ。こんなヂャン皇子でもUMPの優秀な政治家さんたちは「私のかわいいヂャンはお父上よりお優秀です」と口だけ笑みを浮かべて繰り返すんだから、どんなまじないをサルにかけられたンだか。
あほらし。 ┐(-д-`;)┌
こういう時代に逆行するような話題、たいちょぷなんでしょうか。
そのうちヂャン皇子が仏蘭西共和国の長上となり、国教がユダヤ教となり、地中海を東西から挟むのかいな?シャレになんねー。

le 25 octobre 2009, Enguerran

そんなわけでこんなお仏蘭西は今日から冬の時代、いえ、冬時間です。
日本國との時差は日本時間から引くことの八時間となります。
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by ma_cocotte | 2009-10-25 03:40 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(6)
心の、眼の、福の心の
2009年10月18日午前、ヴぁちかんは聖ピエトロ大聖堂内の Très-Saint Sacrement ← どう日本語訳するのが適当でしょうか? 祭壇にて。




dans la basilique Saint-Pierre, à l’autel du Très-Saint Sacrement


司式司祭はエイメリカはミズゥリ州セントルイス大司教 レイモン・レオ・ブァアク Raymond Leo Burke 枢機卿さまです。そう、今年7月2日、イタリアはフィレンツェのサンティ・ミケエレ・エ・ガエタアノ教会 Chiesa dei Santi Michele e Gaetano で 日本人神学生に叙階の按手をされた枢機卿 さまです。

さて、つい40年前まで遍く世界でささげられていたこのミサの形は日本國ではトリエント・ミサという名称で知られているようですが、仏蘭西ではピ・サンク Pie V (ピオV世)と呼ばれていることが多ございました。「-ございました」と過去形になるのは、最近になって教皇ブノワ・セーズ Benoît XVI (ベネディクト十六世)がこのピオV世ミサを「ヨハネ二十三世ミサ」と表現されることが目立ち始めたので、仏蘭西もソレに倣い、まず司祭方におかれましては世俗がピ・サンクの話題を出しますと「ああ、ぢゃん・ヴぁんとわ Jean XXIII ですね。」と返答することが増えております。こちらがなんのこっちゃかわからずにポカンとした顔をすると、その表情をご覧になった神父さまが「古い形のミサとは言え、1962年に当時の教皇ヨハネ23世が制定された典礼ですから、ぢゃんヴぁんとわ le missel de Jean XXIII です」といっそう詳しく教えてくださいます。そこから先の、まるで一休さんと和尚さんのような問答は各自のセンス次第ですし、ボケと突っ込みももちろん聖俗双方のセンスです。

ええ、ええ、もちろん背面ミサ典礼を le missel de Jean XXIII 、略して「ぢゃん・ヴぁんとわ」とお口から出すことについて世間では賛否両論やら激論やら。中には一方的に、問答無用の
ぴ 否、 ぴ 否、 ぴ 否
しかおっさらない方々もおります。
仏蘭西国内で ぴ を連続で連呼しますと、ぴぴ pipi (幼児語の「おしょうすい」)と勘違いされてご不浄に導かれてしまいますので気をつけましょう。
呼称がピ・サンクだろうがヂャン・ヴァントワだろうが、背面のミサであれノブスオルド(聖俗対面)のポルシス Paul VI (パウロ六世)ミサだとしても、問題は儀式の形骸化にあり、どの典礼の形であっても、その場に集う者全員が心をこめて神を仰ぎ賛美と感謝を捧げなくっちゃね。

le 24 octobre 2009, Florentin
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by ma_cocotte | 2009-10-24 04:59 | 『?』なKTOりっくん | Comments(4)
Остров は Ostrov
良い映画でした。


仏蘭西では L'île リル、「島」というタイトルで上映されました。



舞台は孤島のロシア正教会男子修道院。




見終えたところでまだ余韻の中。
自分の心をがんじがらめにしている、自らの愚かさ故に犯してしまった同朋の銃殺という罪の重さ。
そこからの解放、罪の赦しを神に求めること。その「罪の赦し」はすなわち罪深い魂が神に迎えられる、そう「死」なのです。
自死を試みたところで神に魂の受入を拒まれればこの世に生き続けなければならないことも熟知している主人公が孤独の中で祈り続け、労作に励み、聴罪し、時には彼の祈りによって奇跡さえ起こる。最後の最後に自分の罪からの解放を知った主人公は死期を悟り、その日のための準備に入るのでした。

映画の中のどの会話も魂のビタミンが濃く秘められていると思いました。ぜひ。

le 22 octobre 2009, Elodie
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by ma_cocotte | 2009-10-22 20:04 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)
No more 【10.11 麹町の変な乱】
気騒ぎ。
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ご自分の良心に対して背を向けた疚しい言動を、自分の妄想のみで他人に油泥を擦り付けるとは、ご自身の心に神も守護の天使も不在であるとご自分で公衆において証明しているようなものです。
珍妙滑稽 とはこのこと。
右の写真 ↓ は長崎での叙階式のナマ写真。当時のローマ教区長が按手されています。
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このローマ教区長から直に叙階されたローマ・カトリック修道司祭から私は教会学校リーダーとなるお話をいただき、熟考の末、神父さまの求めを受け入れたまでです。私自身の至らなさは私がお目にかかったこともない方々にほうぼうで喧伝されなくても、私自身も、責任司祭も、先輩方も、当時の子供達も重々わかりすぎていることです。この方々あればこその今の私であり、だからといって今の私がまだまだ未熟でありすぎることも、私に関わる世界中の全ての友や既に天で永息している方々が私以上にわかっていることです。

何の面識もなく、私自身に何ひとつ事実確認もしないまま、ご自分の妄想のみを「~でしょう」の語尾で公共に疑いの種を蒔き、放流された実しやかなウソに世間の同意を得ようと不眠不休で勤しむ方々におかれまして、その使命はどなたからいただいたものですか?互いに「教皇忠誠派である伝統的カトリック信者」と紹介しあっている各々方ですからもちろん所属教会主任司祭ですよね?本物の伝統主義者が司祭を軽んじてこんな遊びに興じたところで、後に続く羊の見本にも手本にもなりません。Innocent な羊を脇道にそらせようと必死の羊の皮をかぶった山羊がどうも電脳域に放牧されています。

単に羊飼いの存在が見えない「世俗だけのお戯れ」ならば、それは
カトリックせいかつゴッコ
です。お休み時間が過ぎたらお教室に戻って教導職の教えを耳かっぽぢって良く聞かれ、実践なさいますよう。
お教室に入る前に羊の皮を脱ぐことを忘れずに。
ご自分で脱げないなら告解室という所で脱がせていただけますよ。

こんな睡眠時間を惜しんでまでの遊びがすぎると授業中に居眠りばかり、ご自分が真剣になるべきはどちらの時間でしょう?教導職とのお授業に真剣でないから公衆でカトリック社会性に欠如したことを続けられると傍観者に判断されてもそれは自ら披露したこと。誰のせいでもありません。あ、羊を甘やかした羊飼いのせいかな?山羊の放置も羊飼いの責任かもしれません。

先に麹町教会の一件とは関係のない拙エントリーに場違いなコメントが続くことを管理者として憂慮し、過去の関連エントリー二つのうちどちらかに意見を書いてくださるよう申し上げましたが、その拙エントリーより後発の無関係エントリーに複アカコメントをひとつのIPアドレスから送信するとは、何たる愚行。それも所属教会の主任司祭から直のミッションですか?んなわけあるまい。

====== 十 ======

きょうから拙ブログ内で訪問者によって開催された 日本国内からの送信による複アカ祭り について、現在、ひとつ ふたつのIPを拒否設定、他のIPやID・URLの拒否設定をかけないままにしてあります。既に別エントリーで私がほのめかしましたとおり、IPアドレス検索の術は当方にありますこと、ご承知おきくださいませ。

さて、羊の皮をかぶった山羊さんたちへ。このエントリーのコメント欄が
あなた方の お砂場 であり、お遊戯室 です。
====== 十 ======

*コメント欄をご覧の親御さま、教導職のみなさま方*
きょうはようこそおでましくださいました。ご足労、感謝いたします。
このような参観でございますので、コメントを書かれる前にその文面をご自身の良心と照らし合わせ、互いの冷静かつ真摯な意見を互いのために交換し、ここに集う私達が天主さまに喜ばれるよう成長いたしましょう。

勝手ながら、このエントリーでの 鍵コメントは削除 いたします。
鍵コメントは個人面談に値するかと思いますし、既にご存知のように鍵コメントだけで該当者の妄想を私達が手伝ってしまうことになります。
みなさま方のご理解に感謝いたします。 Merci!

le 21 octobre 2009, Céline

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麹町主任司祭からいただいた「キリストに倣いて」、光明社製。

自らの利の花を咲かすための「疑いの種」を電脳域に蒔く前に筆跡鑑定なさいませ。
大阪やら福岡やら横浜やら茨城の本物の伝統主義教皇忠誠派の世俗信者方も、伝統にのっとって東京教区の、しかも修道会管轄小教区への疑問や不満はまずご自分が所属される教会の神父さまにお話し、後は聖側の判断に委ねるしかありません。それが不満なら今一度、召命をよーーーーーーーーーく聞いて、ご自分の立場を現状から変えることです。独身男性ならば早くて7年で叙階でしょ。たった7年なんてカトリックの歴史の中では光陰のごとしです。貴方が最短で7年後に堂々と分を踏まえて動かれるなら世俗の誰が文句をいいましょう?え?世俗婦女子?伝統主義の婦女子は静粛に。誓願無き婦女子はただただ祭壇より前で従順と謙遜をもって仕えるのみ。
そんなカトリックの伝統も知らないの? ε= (´∞` ) Bof

【註】 写真内の書類は麹町教会の場合、成人第三者への開示、発行を希望する本人からの理由明示なくしての発行は禁じられています。そして、一理由における発行部数も厳しく決められております。
本物の伝統主義者の方々がご存じないとは・・・・
何故? ナニユエって読んでね、svp

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by ma_cocotte | 2009-10-21 16:27 | 『?』なKTOりっくん | Comments(29)
角を曲がれば~♪ 
永遠の都ローマ。
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ヴィットォリオ・エマニュエェレII世記念堂前の大ロータリー ↑ を右側通行の自動車に従って参りますと、突き当たりにパードレ・ピオが玄関で迎えてくださる 蝋人形館 があり、そこを左折した先に、ドドンと教会。
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遠景から一枚撮っておいて良かった。この教会がフランシスコ会の教会であることを知ったのはこの教会の前を数歩過ぎたところで、でした。私達の巡礼の訪問スポットでなかったにも関わらず、要領よく中に入られた司教さまと永久助祭さまが団体の一番後ろを歩いていた私に教えてくださった。流石、習慣が身についたお方は通り過ぎる場所でも、実にスマートに聖櫃や祭壇にカーテシなさいます。
何せロオマの右も左もわからぬまま道を登ってしまった田舎者、ガイドさんに従うのが精一杯。確かこのフランシスコ会の聖堂前を過ぎ、橙色の建物のあたりを右に曲がるとこのような路地に入ってしまいます。
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時刻によってはかなり薄暗い路地でも先の陽光に不安も吹き飛びます。路地を抜けると小さな広場があり、突き当りには
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PONTIFICIA VNIVERSITAS GREGORIANA


少し角度を変えますと、右手前はフランシスコ会になります。
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確か大学とフランシスコ会が渡り廊下でつながっており、雨の日も風の日もフランシスカーンは濡れることもなく飛ばされることもなく苦のない極楽でおべんきょできるのです。サボれませぬな。
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玄関先のローマンカラーの方が妙に ロンバルディ 、ウリフタのロンバルディでした。え?ロンバルディ?
この日は教皇様がアフリカから帰国された日の翌々日だったかと記憶しております。

というわけで、角を曲がればグレゴリオが見えるのでした、まる

le 20 octobre 2009, Adeline
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by ma_cocotte | 2009-10-20 17:53 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(3)
...初めて見た
嘘!
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うそ!
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ウソ!
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妻と三子女の父親である一医師と大司教さまの問答

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ルルドの奇跡認定医のひとりである先輩からの推薦のスピーチ

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フランシスコ会第三会員でもある教区司祭からの推薦のスピーチ

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推薦してくださったお二人の善意をもってダルマチカを羽織り、

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生まれたてのホヤホヤの永久助祭さまです。


儀式の最後に、大司教さまから渡されたご自分へのミッションが書かれた手紙を会衆の前で読み上げたので、おさぼりできません。大司教さまが閉祭の祝別の際、最後に彼に向かって一言、
Travaillez! 働きなさい!
きびしーっっ!しぇーっっ!

以上、全部、嘘。
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...というのは、大嘘です。ごめんなさい、神さま。 


le 19 octobre 2009, René
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by ma_cocotte | 2009-10-19 17:42 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)