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あらまあ、あらにゃあ Voici, Roberto Alagna
連日の雨、雨、雨。
きょうもまた雨。
そんな11月最後の週末ですけれど、今週を振り返ると週始めから、
やたら あらにゃ
それも、ナマあらにゃ でした。
ココで申し上げる あらにゃ とはオペラ歌手のロベルト・アラニャ Roberto Alagna です。
23日月曜日お昼過ぎの国営放送France 3 のニュウスに生出演。
その夜19時からの国営放送France 5 "C' A VOUS" にも登場し、聞いてるこちらがこっぱずかしくなるほどの現在進行形の愛 Mon amour を語っておったわい。
舞台ではなく普段のアラニャさまをご覧になりたい方は以下をクリック!http://www.france5.fr/c-a-vous/?page=emission&id_emission=197
ビデオ開始後29分40秒から最後までロベルト・アラニャさまでありんす。
番組の中でアラニャさまが15歳の時、ピッツェリアで唄ったのが「はじめの一歩」だったと語られています。美味しいピザにアラニャさまの歌声ですか・・・居合わせたかったものです。アンヂェラ・ゲオルギュ Angela Gheorghiu 夫人とのこれまでの13年、そしてこれからも変わらぬ愛については52分10秒あたりから。あっちっち。

23日から今日まで、おそらくアラニャさまは私の知らない番組にも出ずっぱりだったと思われます。というのも、この29日(正確には28日日没)から始まる待降節を目前に控え、お仏蘭西のクリスマス商戦が始まり、この季節に的をしぼってCD, DVD, 書籍が新発売されるからです。アラニャさまもその中のおひとりであり、この11月23日に Sicilien Live DVD ~ Roberto Alagna が発売されたのです。ですから、きょうまで連日アラニャさまが画面に現れたのはバンセン、番宣でございますね。



一年前のちょうど今頃、同じタイトルのCDが販売されましたが、既に400000枚の売り上げを記録しているとか。オペラ歌手であるロベルト・アラニャさまの他の面から光をあてた世界です。ぜひ、あなたも、ぷれ~ご。
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連日雨天のココんちにアラニャさまのシシリアは太陽ですわぃ。暑い、熱い。

le 28 novembre 2009, Catherine Labouré
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by ma_cocotte | 2009-11-28 19:10 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(2)
tétanos - こればかりは、私的に想定外
昨日26日の夕方からココんちの冷蔵庫に、こんなもの。
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破傷風のワクチンです。
詳細を申し上げると、破傷風の第二回目予防接種のワクチンであり、このワクチンを接種後、一か月内に第三回目予防接種ワクチンを打たねば効果がありません。

不肖ま・ここっと、昨日26日、破傷風の第一回予防接種を受けました、まる

というのも、昨日お昼過ぎ、私の不注意で左足人差し指の第一関節をざっくり切ってしまいました。自分では止血ができず、消防署に電話。救急隊員三名がココんちにいらして応急措置をしてくださいましたが、それで済むのかと思ったら救急車に乗せられてドナドナドナと旧市街の公立病院の救急に運ばれてしまいました。

受付での手続きが済み、看護師らしき男性に誘われた先は待合室。そこで診察まで待つこと約2時間。こういう深い切り傷の痛みというのは不定期に突然ズキっと来るものだから、
このままでは失血死ではないか、こんにゃろめ
と悲劇のヒロイン心理・・・なんかには決して墜ちませんけれど、ようやく診察が自分の番になり、担当である女医さんとご対面し、彼女がキズを眺めてすぐ私に向かって「テタノスの注射はいつ打ちましたか?」と。
¢( ・_・) ハテ? テタノス、なんだべ?
こちらもわからぬまま、いちおうBCGの痕と疱瘡の痕を披露したけれどどちらでもないと女医さんはおっしゃる。慌ててココんちを出たものだから辞書もバッグに忍ばせておらず、女医さんにテタノスとはどのような病なのか説明を求めてみました。女医さんの説明が始まって数秒後に「土中の細菌」という鍵語があったことで、こちらの脳味噌の記憶と合致、たぶん破傷風に間違いないとわかりました。破傷風の注射なんて打ったことがあっしにはございやせん。ところが、フランスでは青少年だけでなく成人も十年に一度破傷風接種の義務があるのだそうな。しかも、この日の私のように軽傷とは言え、医師が外科処置を行うにあたり、破傷風接種を受けていない患者の治療はしないのだそうです。ですから、私が破傷風注射を拒んだら治療をしないっちゅうこってす。注射嫌いなんですけれど、足の爪先はぶら~んとした皮膚とどす黒い血が。医師でも看護師でもない私が治せるかどうかもわからないので、予防接種に応じることにし、最初にキズの治療に入りましたが、診察台の上に乗ったこちらはウサギのようなもので、しかもこの女医さんは麻酔もせずに皮膚をはさみで切り落としました・・・。しぃ、しぃ、しぃ、死ぬかと思った。いや、死ぬわけありませんが、何せ生まれてから一度も身体にメスをあてたことがないままこの日を迎え、女医さんはメスではなくはさみで切り落としたから、その記録は更新中。

女医さんの豪快さに、今更ながらフランスという国の多くのヒトの中にはクロマニヨンという狩猟農耕民族の血が濃く流れていることを自覚させられました。実際、ココんちはクロマニヨンからそんなに遠くないし。

治療を終えた女医さんは私に向かって「さあ、破傷風予防接種を打ちましょう。担当は看護婦(註:仏蘭西語だと看護師の単語は性別で分けられるので、あえて看護婦)が参りますから」と部屋から消え、代わりに入ってきたのは体格のすこぶるよろしい看護婦サマ。なんと二本も注射を打つとおっしゃる。は、破傷風ですよ?一本は右の腕に打ち、この日から一か月以内に第二回ワクチン接種、そのまた一か月以内に第三回ワクチン接種をしないと公認されない予防接種なんですと。ワクチン接種証明記録のカードをいただきました。

そして、二本目の注射は今日の傷に即効性のあるお注射だそうで、なんとまあ、お尻にブスリとな。お尻に注射なんて不肖ま・ここっと齢ひと桁の頃に最後でござんしたが、何せこちらは診察台の上。体格の良い看護婦サマにぐいっと横向きにさせられ、ずりっとスパッツをおろされて、ズブっとな。フランスの接種方法は患者に深呼吸をさせ、それと同時に注射液を注ぎ込むというもの、フランスで初めて注射を経験した私には新鮮であり、こんな因幡の白兎状態でも「知る喜び」。

この間に先ほどの女医さんは薬局に提出する処方箋を作ってくださり、それを携えてココんち御用達の薬局へ。キズの消毒薬とガーゼ、傷口を保護する絆創膏と破傷風の第二回ワクチンをいただきました。ワクチンは接種当日まで冷蔵庫に保存することが義務です。

と、ココまで。
救急車の中、病院の救急、薬局でも一度もお財布も銭も触りませんでした。健康保険証のカードと互助組合の登録カードのみをそれぞれの担当者に提示するのみで、費用は患者を経由せずに行われます。このあたりの仕組はフランス式が好きなワタクシ。

それにしても、テタノス tétanos 。
ココんちに戻って辞書で調べたら破傷風とあり、ビンゴ。
テタノスを和訳すると破傷風なんて、医療に携わっていないと病名の発音だけでは想像するのが難しいですね。なぜにまたテタノスを破傷風と名付けたのだろう?昨日、私がした経験を友人たちに話したら、ボリビアでもエイメリカでも破傷風予防接種は成人の義務だそうです。日本國では破傷風なんて過去の流行り病のような捉え方にも関わらず、滅菌された商品があらゆる分野で出回っており、滅菌を重んずる方々から安定した消費を得ていますが、フランスという国の商店にはまだ日本のように滅菌商品が出回っていません。ところが、BIO生産を明記した食品は日本より普及しています。滅菌してお砂場遊びすることと、破傷風予防接種を受けてガーデニングや菜園を楽しむこと、どちらが良いのでしょうね?・・・なんてことが一夜明け今日の思考の課題。第一回ワクチン接種を受けた右腕が重たくて痛いです。注射なんて自分の人生において死の直前だろう、なんて思っていた私が甘かった。昨日の午後は自分の予定を自分の不注意によるケガと自分の思いも寄らない接種で根こそぎ払拭されてしまいました。

====== 十 ======

日本生まれの日本育ちの私にはこんな一日は厄日だと素直に定めてしまいますが、カトリックに生きる方々におかれましては神の大いなる目的の前のひとつの試練なのだから、
ああ、幸せのでお・ぐら~しあす
お手手とお手手を合わせて、あ~めぇん。





le 27 novembre 2009, Séverin
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by ma_cocotte | 2009-11-27 16:52 | 『?』なたわ言 | Comments(18)
+ ヴァチカンに、日の丸の旗、旗、旗 +
今から二時間半ほど前に終わった毎週水曜日恒例、ヴァチカンでの教皇一般謁見の様子です。今日はサン・ピエトロ広場ではなく屋内での謁見になりました。
Audience Générale
Diffusé le 25/11/2009 / Durée 75 mn

http://www.ktotv.com/videos-chretiennes/emissions/nouveautes/audience-generale-audience-generale/00047591
生中継が始まり、教皇さまがお出ましになるなり、ヴぃっくり。
なんと世俗席に日の丸の旗、旗、旗。二十ははためいておりました。
Σ( ̄△ ̄; いったい何ぞや????
ほどなく、新潟教区の長上さまであらしゃる菊地司教さまのブログで判明いたしました。なんと昨年晩秋に長崎で挙げられた列福式の返礼のため、日本から公式巡礼団がローマにいらっさると。
初聖体、そしてローマ巡礼中
(前略)
さて明日の朝から土曜日まで、列福感謝のための公式巡礼団に同行してローマへ出かけております。従って次の更新は、来週の日曜日以降となります。水曜日には教皇様の一般謁見に参加して、列福式の際に製作した聖遺物の顕示台を教皇様に差し上げることになっています。その報告はまた帰国してから。

http://bishopkikuchi.cocolog-nifty.com/diary/2009/11/post-7f7e.html
上のビデオ 開始32分にカーソルを合わせますと、日本國巡礼団の紹介と画面一杯に日の丸が!
紹介してくださった司教さま、ステキかも。(` ´)b

それにしても、目が寄ってしまいそうなほどお側近くでベネさまとわ!ぢゃるるるるるぅ。

le 25 novembre 2009, Catherine
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by ma_cocotte | 2009-11-25 22:27 | 『?』なKTOりっくん | Comments(4)
歩いて一苦、祈って一善。
一年前の11月23日のルルドはこんなお天気でした。
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何もすることができない仏蘭西の日曜日の午後、9月にルルドにいらした教皇さまもすなったという聖母の御出現から150周年記念の免償ヲーキングを私もしてみました。
ルルドの聖域の正門入ってすぐ右の小屋で挑戦すると告げ、必要道具一式(ペンダントと地図)を手に入れたらスタートです。
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地図に掲載されているルルド旧市街の四地点(バジリカ聖堂がある聖域、ベルナデッタ一家が住んでいた牢獄址、ベルナデッタが受洗した教区教会、病院)で決められた黙想やお祈りをし終えてから係員によってペンダントにシールを貼ってもらうと「免償」となります。
正門を出たら、道路に書かれた水色の線を頼りに歩を進めます。
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11月第一週で巡礼最盛期にいちおうピリオドを打つにもかかわらず、この日が日曜日であるにもかかわらず、免償締切日でもある2008年12月8日の記念イヤー閉幕日を目前に歩くヒト、ひと、人。

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ルルドという町は谷底にある町と例えられるかもしれません。丘に沿って造られた曲がりくねった道と坂の上り下りの繰り返し。ここ ↑ はベルナデットの生家です。

こちら ↓ はベルナデットのパパの実家。
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そして、こちら ↓ がルルドの町の小教区教会です。
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この教会は免償ヲーキングラリーのポイントのひとつで、
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ベルナデットが受洗した洗礼盤の前で黙想と祈りを行うと、係員さんがペンダントにシールを貼ってくださいます。

次に向かうは、ベルナデットが家族と住んでいた牢獄跡です。
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ここではベルナデットの遺品が展示されているので見学しながら黙想と祈り。出口にて係員さんがシールを貼ってくださいます。

次がルルド市の病院!
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この坂を下り、商業地区の向こうの丘の上にある病院までの道のりはヲーキング向けの軽装であっても厳しいものでした。

こちらが病院の小聖堂です。
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病院においてのヲーキングラリーの義務はこの祭壇に接吻し、手を置いて黙想することです。
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教皇さまもなさったこと。なぜだかこの中継点ではかなり緊張しましたね。

病院を出、聖域に戻る坂道の途中から。
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遠くピレネーに雪降りつむ。
夜が明けるたびに、ピレネーの雪の裾は広がっており、美しかったこと。

こうして、免償ヲーキングラリーを終えた証明となるペンダントが手に入りました。
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「一日一善、一我慢」は私が通っていた学園で実践されていましたが、この聖母ご出現150周年記念免償ラリーは「おもしろそう!楽しそう!」という気持だけではかなーりハードな内容で、四地点クリア後はへとへとになりました。ですが、へとへとな心身の疲労は就寝前に差し上げてしまえばよろしいこと。こうしてルルドを訪問し、恵み深い一日を過ごせたことに感謝、感謝でありました。

le 23 novembre 2009, Clément
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by ma_cocotte | 2009-11-23 23:51 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(0)
女人、聖域に入るべからず。 ''sacré'' ne se conjugue pas au féminin
2009年11月23日、フランス時間で午後一時手前、国営放送France 3 の全国ニュウスの中で、私個人には うっほうほうほうっほっほ なニュウスが飛び込んで参りました。それはフランス南西部のバイヨンヌ Bayonne 教区内で
l'interdiction pour des filles de s'approcher de l'autel
和訳すると、婦女子が祭壇に近づくことを 絶対禁止 となったのです。
これに対し、カトリック左派のマダムがご自分が通う教会の主任司祭が代わったことを境にこれまで侍者をよろこんでつとめていた娘二人が侍者になれなくなってしまったと、この命令が平等原理に反する毀損であると教会を相手どって訴訟を起こしたそうです。へぇええええ。このマダムに訴えられた教会さん、がんばってください。わたくしは100%、婦女子による祭壇おそばのミサごたえの絶対禁止に大賛成でございます。

この事実が明らかになったのは先週11月20日付の地方新聞 SUD OUEST 紙面 http://www.sudouest.com/accueil/actualite/france/article/775696/mil/5383943.html で、昨日22日が禁止令後初めての主日だったことでバイヨンヌ教区内の教会で捧げられたミサにおいて侍者が男児のみになった事実がきょうのお昼の全国ニュウスで流れたことになります。Edition du Lundi 23 Novembre 2009 : LES FILLES DE COEUR
ビデオ ↑ の中で主任神父さまがカトリックにおける召命 vocation と照らし合わせても今回の決定は正しい、なぜならイエズスさまは男性だったからだ、とおっしゃってますけれど、ご尤も、おっしゃるとおりでございます。いくら婦女子が侍者をおおせつかったところで、堅信後に司祭となることはローマンカトリック世界ではありえません。伝統を重んずるならば初聖体後の男児は侍者、女児は奉納のお手伝いです。この経験を繰り返し積んでこそ召命につながるのでしょうに。

私が子供の頃、学校聖堂においても祭壇手前の柵より向こうに入れたのは修道女方のみ。世俗婦女子たる者、祭壇より向こうの世界を公で語るべからず、でございました。ただし、第二ヴァチカン公会議です。
私個人は婦女子が侍者に加わることは今もって反対で、我が命尽きるとも今もぉいつもぉ世々に至るまでぇ、ずぇったいに反対、とます・もあ、まる!なのです。
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今回の、ミギのみなさま方におかれましては改良、ヒダリのみなさま方におかれましては改悪の長上判断について、教皇ブノワ・セーズが昨年11月30日に任命した新教区長 マルク・エイェ Marc Aillet 司教さまのせいだと騒がれ始めてもいます。新任地に教区長として就任一年にしてご自分のお考えを披露し始めるというのはカトリック教゛会では散見されることなので、騒ぐより「時満ちた」と眺める方が普通でしょう。ま、今年9月に新天地で主任となったココんちがお世話になっている神父さまは就任早々すぐに侍者から女児に遠慮願ってしまいましたけれど。Bravo, mon père!

ところで、エイェ司教さまは教区司祭出身ではなく、聖マルチノ共同体 La Communauté Saint-Martin のご出身です。第二ヴァチカン公会議後の教皇パウロ六世時代の修道生活、聖務日課を当時のまま現在も続けている男子共同体です。エイェ師をバイヨンヌ教区の長上さまとして選ばれた教皇さまのご判断に何の問題がありましょうか?

それにしても、パウロ六世時代ねぇ・・・おなつかしや。
この共同体の神父さま方も神学生も御髪は十分以上櫛を念入りに通した七三分け、万年スータンだとか。щ(゚Д゚)щ かっも~ん

le 23 novembre 2009, Clément
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by ma_cocotte | 2009-11-23 21:47 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)
今日から一年前の今日
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私は ルルド Lourdes にいました。
八年ぶり三度目のルルド訪問とは言え、オフシーズンのルルドは初めてでした。
本当ならば11月はじめから中止となる日没後の聖母行列が隣国イタリアから大きな巡礼団がやって来たという理由で例外的に行われました。
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ハイシーズンのルルドとは異なり、厳しい寒さと漆黒の闇の中での行列です。参列者もハイシーズンの十分の一以下だと思われました。

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ですが、冬の空気のせいか何もかもが美しく、

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あれから一年。
ルルドにいない自分。
ココんちで、日常のうちに、待降節を迎える準備に入ります。

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Le 22 novembre 2009, Christ Roi
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by ma_cocotte | 2009-11-22 23:35 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(0)
日本國では光が当たらない面から光を当てて眺めてみる。
光が当たる先は、こちら ↓  photo @ AFP
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19日、欧州連合(EU)初代大統領に選ばれたファンロンパウ氏であります。

それにしても、日本語標記の ファンロンパウ ・・・・_| ̄|○
アルファベット標記では Herman Van Rompuy です。これをどう発音するかがまず問題で、仏蘭西語だと発音したところで「ファンロンパウ」とは読めません。日本國メディアでは「ファンロンパイ」という表記を選んでいる会社もあり、どうやら y を「ウ」または「イ」の二音に分かれるようですね。仏蘭西では「エルマン・ヴァン・ロンプゥイ」が発音に最も近いカタカナ表記かも。

19日の選出から一夜明け、お仏蘭西でもトップ扱いではないにしてももちろんニュウスで触れている話題ではございますが、まずは以下、日本國の全国紙における関連記事ざます。


EUのファンロンパウ大統領は「妥協の産物」

11月20日11時4分配信 読売新聞

 19日の欧州連合(EU)首脳会議で、初代の欧州理事会常任議長(EU大統領)に知名度の低い小国出身者が選出されたのは、加盟27か国間のバランス重視の結果だ。▼国際社会での存在感より内輪の論理を優先した「妥協の産物」の色彩が強い。▼常任議長には、国際社会でのEUの威信向上につながる指導者として英国のブレア前首相への待望論もあったが、多くの中小国が難色を示した。強力な指導者の誕生で、自国の発言力が低下する事態を恐れたと見られる。その点、典型的な調整型指導者のファンロンパウ氏は、どの国にも無難な候補だったと言える。▼一方で、外交安保上級代表(EU外相)が英国出身のアシュトン欧州委員に落ち着いたのは、国際社会で英国が持つ重みが決め手となったのは間違いない。▼現在、EUの官僚機構である欧州委員会トップは南欧ポルトガルの、民選議会である欧州議会議長は東欧ポーランドの出身者が務めている。「大統領」「外相」に西欧の小国と大国の出身者をそれぞれ据えることで、27か国の地域間バランスも整う格好となった。
(ブリュッセル 尾関航也)




俳句が趣味の「ミスター修理人」 初代EU大統領のファンロンパイ氏

11月20日11時17分配信 産経新聞

 外見通り控えめな性格で、国際的な知名度は皆無に近いが、フランス語圏とオランダ語圏が対立していたベルギー国内政局を円滑にまとめている調整能力が評価された。▼1972~75年、ベルギー中央銀行に勤務し、93~99年の予算担当相時代には大胆な歳出削減を進め、財政再建を果たした。忍耐強く地道な仕事ぶりから「ミスター修理人」と呼ばれる。▼欧州連合(EU)内に敵が少ないことが初代EU大統領に選ばれた最大の理由だ。“ブレア大統領”の誕生を阻まれた英メディアは「首相に就任して1年もたっておらず、敵を作ろうにも作りようがなかった」と揶揄(やゆ)した。▼記者会見では調整型の人らしく、「敗者を生む交渉は良い交渉とはいえない」という持論を披露した。趣味はオランダ語で詠む俳句。母語のオランダ語のほか、フランス語、英語、ドイツ語も操る。
(ロンドン 木村正人)



( ̄~ ̄;) ふぅうううううん。
讀賣も産経も中道よりミギでしょうに辛口と言うか、ε= (´∞` ) Bof と言うか。
EU大統領の人選は最終段階でベネルクス三国(ベルギー、オランダ、リュクサンブルグ)、小国とは言え立憲君主制国家に的がしぼられていたと漏れ聞いてはいましたが、ブレア大統領ですかあ。タニィはローマン・カトリックの永久助祭になるため、そんな暇なんてないんぢゃないの?(-。-) ボソッ

さて、欧州連合初代大統領閣下 Herman Van Rompuy 氏。
日本國では「妥協の産物」「無難な人選」「忍耐強い」「地道」「敵がいない」とされ、仏蘭西では「慎み深い」などと冠せられておりますが、20日付の仏蘭西メディアを見聞しますと、ロンプゥイ氏は
Il sait créer le consensus omnium
らしいです。仏蘭西語だけど途中からラテン語。ロンプゥイ氏は満場一致を生み出す方法をご存知で、二文化融合の国でもあるベルギーにおいて国王からの信頼もこの上厚いそうです。

そして、以下、彼についておそらく日本國のマスメディアでは触れない部分。
un homme simple, modeste
  質素で慎み深く謙虚な男性である。
ancien étudiant du Collège jésuite
  イエズス会中高出身である。
-et de l'Université catholique flamande de Louvain
  カトリック大学出身である。
-adepte de Saint Thomas d'Aquin
  聖トマス・アクィナスの信奉者である。
Ce catholique pratiquant, père de quatre enfants (deux fils et deux filles)
  生活宗旨を守るカトリック信者であり、4人(二男二女)の父親である。
。___φ( ̄^ ̄ ) にゃるほど、大統領はイエズス会士が手塩にかけて育てた男子なんぢゃな。この過去あっての権力にも勝る彼の精神的かつ知的な「縁の下の力」が期待されての選出と。うぅううむ、外れてないロジックかも。とは言え、仏蘭西共和国内におけるイエズス会男子校は既に過去で卒業生が全て帰天したら伝説と化すであろうですが、こうして多くの紙面に Jesuites のキーワードが掲載されるとなると欧州全体ではまだこの経歴は「生きる、生かされる」ということですわな。

そして、ニホーンびとにうれしいことは
Il raffole aussi de l'art japonais du haïku
大統領は俳句という日本芸術をたしなむっちゅうことですなーっはっは。

le 20 novembre 2009, Edmond
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by ma_cocotte | 2009-11-20 21:03 | 『?』なオイロッパ | Comments(15)
スシ、食いねえ。スシ?食わねえ。
16日の夜、衛生放送局 Direct8 の Business というドキュメンタリー番組の中で、花の都はおパリで日本料理店が成功し始めているという話題が流れていました。なんでも今やおパリではピッツェリアの数と「 Sushi 」と看板を掲げた日本料理店の数が逆転したとか。ところが、「 Sushi 」とアルファベット標記された看板を掲げた店舗でも本当に本物のお寿司を出すお店は両手の指の数?いや、片手の指の数で足りるかもしれないそうです。

ん~、これは南仏プロヴァンス地方の現状と似ているかもしれません。

お寿司がなぜこんなにも流行し始めたのかと言うと、二年くらい前から花の都はおパリに住むおスノッブな方々の集いの場においてアペリティフとしてお寿司が好まれるようになったことがきっかけかと思われます。もちろんそれ以前にもお寿司は存在し、私個人が欧州で初めてお寿司を買って食べたのは1999年7月1日、ブリュッセル空港内の売店です。機械が握った鮨飯の上にスモークサーモンが乗っているモノと海苔巻きと海苔の代わりに胡麻を表面にくっつけた巻モノがプラスチックケースに入っておりました。その数年後、大手スゥパァマルシェの鮮魚売り場で、同じタイプのプラスチックケースに入ったお寿司を見るようになりました。もちろん賞味期限が長いお寿司です。月曜夜の番組だと或る工場で製造されており、経営者も登場しましたがお名前から拝察するにヒトが作った国境を越えて世界中から引くことの日本國に散らばる選民のうちのおひとりで、従業員は移民の方々。衛生管理はお仏蘭西の市井に散らばる某中華@アジアの方々の不法調理場とは月とスッポン、天と地底くらい異なり、日本國レベルにもしかしたらプラスαかもしれないくらいの、素人表現なら「無菌」と言ってしまいそうなほどの環境で寿司折りがヒトと最先端機械によって産み出されておりました。この工場の様子は、視聴者には安心材料だったのではないでしょうか。

話戻って、おパリの旧市街。
お寿司が流行したことで、全国紙のおル・フィガロさまなどの記者が身分を隠して、市内に散らばる日本料理店の真贋を確認中とのこと。彼ら仏蘭西びと記者の見極めにおいては、本物の日本料理店はパリ郊外にある ランジス Rungis の卸売市場 (=昭和時代の秋葉原駅前や築地市場を思い起こしてくれたまへ)の定休である月曜日を同様に定休にしているそうです。これを第一定義にして間違いないらしい。

仏蘭西のお寿司屋さんについて素人のワタクシめの真贋の見極めは単純で、マグロのお寿司があるかないかです。現在のココんちの地元の Sushi 店含め、偽のお寿司屋さんのメインはスモークサーモンの寿司と、アボガドとカニカマを使った海苔巻きです。マグロのお寿司はありません。仏蘭西の鮮魚店でもマグロの輪切りを買えるのに、なぜか寿司店には出ない。これも流行のきっかけが華やかな席でのアペリティフに出されるおつまみだったからでしょうか?ちなみにお仏蘭西のヒトビトは輪切りのマグロを塩コショウとハーブ、白ワイン、オリーヴオイルで数時間マリネにしたものを焼いて食べたりしますけれど。ナマでは召し上がらないのかも?

この番組の中でなんとなくわかったことは、お寿司という食べ物の流行が先走りしたことで、仏蘭西びとにはまだ日本料理の料理人と寿司職人の違いがわかっていないことです。残念なことですけれど、現状では流行の食べ物であって、ピッザやドネケバブ、ファラフェルのように定番と化したと宣言するにはまだ早いですし、あの機械で握ったお寿司を本物のお寿司と信じている仏蘭西社会では、仏蘭西向けの応用したお寿司「もどき」が誕生しそうです。

仏蘭西のド田舎に住む私はココ新天地でもアジア系レストランの看板が掲げられるたびに訪問していますが、旧市街にできた Sushi 店にはいまだ行っていません。というのも、今もってこのお店の話題になった時点で「美味しい」という話を聞いたことがなく、他の普通のカフェやアジア系レストランのランチメニュー料金と比較しても割高です。
というか、このたった一軒の Sushi 店に限らず、既に20軒近く訪問したアジア系(中國人、ラオス人、ヴェトナム人、カンボジア人など)のレストランでは、言葉を選ばなければ「ボラれた」と食後に痛感、反省することばかり続いています。
大失敗は2か月ほど前、なぜかラーメンを食べたくなったので、中國系のバイキング形式の店に入ったところ、本当に美味しいからと10ユーロの海鮮麺を勧められ頼んだところ、どんぶりの底にモヤシが沈み、麺とスープは明らかにタイ製の出前一丁海鮮風味、具はスゥパァで売っているフリュイ・ド・メールという単品で売れない海老やイカ、貝を混ぜた冷凍食品を炒めたものでした。これで、10ユーロ・・・_| ̄|○  面倒見たよ。←櫻井センリの声でどうかひとつ。
何度騙されても、ついうっかり日本で食べていたものが恋しくなってしまうと、アジア系食堂に入り、毎度後悔するの繰り返し。いい加減、懲りたまえ、キミ!ですな。花の都はおパリに上ったとしても、私のような者では本物の日本料理店の敷居は私の背よりはるかに高く、ブブカにワザを習ったところで無事に越えられるかどうか。

お寿司も、ラーメンも、おそばもお新香も、次回の帰国まで我慢することにします。
とりあえずは機内食で和食を選ぶことにしましょう。

le 18 novembre 2009, Aude
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by ma_cocotte | 2009-11-18 17:13 | actualite 現時点の現場から | Comments(8)
偏見という名の脇道に迷い込む前に、
ココんところで二度、ライシテ laïcité と教育や病院など公共施設 の問題、ライシテと慰霊 の問題について触れたので、更にライシテがらみの仏蘭西での生活事情について触れ、そこから先はそこはかとなく深刻な脇道に脱線してみようと思います。
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まずは、結婚 Le mariage についてであります。
仏蘭西共和国における結婚は「市民婚 le mariage civil」と「宗教婚 le mariage religieux 」にはっきり分かれており、どちらか一方を挙げただけで二つを包括することはできません。わかりやすく説明すれば、前者は「公」だから共和国内に住む男女が夫婦と名乗るには必須、後者は「私」だから個人の自由、必ずしも挙げなくてよい儀式です。
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市民婚は新郎新婦どちらかが規定された月数を居住した市町村役場の婚姻の間 ↑ において、マリアンヌと呼ばれる女神像の前で、市町村長職の司式で挙げられ、その儀式の中で読み上げられる婚姻に関する仏蘭西共和国憲法に新郎新婦は宣誓せねばなりません。儀式の最後に宣誓書に新郎新婦と双方の証人、そして司式した市町村長のサインをもって婚姻が共和国に認められます。市民婚直後の数ヶ月の間に免許証や通帳、電力・水道請求など役所発行の証明書を提出して名義変更を行うと無料になることが多いです。
一方、宗教婚は個人が信仰する宗教施設で、その宗教の決まりに従って挙げられます。かつて仏蘭西の国教であったカトリックを例に挙げると、原則として待降節と四旬節の期間中を除く土曜日に、教会聖堂において、カトリックの祭壇の前で、カトリック司祭の司式で挙げられなければなりません。司祭の按手をもって祝福された男女は教会聖堂での挙式後、カトリック教会に婚姻を認められることになります。この挙式の証明を役所に提出したところで、仏蘭西共和国にはなんら認めてもらえないので、政府からの恩恵はありません。故に、市民婚はカトリック教会の婚姻の条件をまったく満たしていないので、もし教会で挙式しないまま市民婚のみで男女が夫婦生活に入った場合、婚前同棲の罪にあたるため、カトリック教会であげられるミサにおいての聖体拝領が禁じられます。ついでにカトリック信者の仏蘭西びとが異教徒である異性と婚姻する場合は、信者同士の婚姻と同様に婚姻前に結婚準備講座に通い、挙式においては誓約婚ではないので必ずしも司祭ではなく、永久助祭が挙げることもあります。仏蘭西のカトリック教会の場合、信者同士の婚姻の際は男女双方が自筆で司教宛に誓約書を書き、指導司祭に提出する義務があります。

====== 十 ======

以上、仏蘭西共和国においては日本國のように男女が結婚を欲し婚姻届という名の一枚の用紙を役所に提出すれば婚姻が成立することはなく、必ず役所で正味30分ほどの婚姻の儀式にあずからねばなりません(ただし、Pacte civil de solidarité (PACS、連帯市民契約) を覗く)。原則として土曜日にしか市民婚は行われないために、早いうちに役所に挙式日時を予約せねばならず、その際に提出する書類もかなりあります。中でも慣習証明という仏蘭西の伝統に則った書類は、自分が「清らかな成人である」と世間に認めてもらうために必要な書類で、婚姻の少し前から役所の掲示板に氏名も明らかに貼り出され、それを読んだ市民は婚姻に異議を唱える権利があります。重婚などの予防だそうですが。
例えば私のようなガイジン、しかもEU国以外の国籍を持つ外国人が仏蘭西共和国民と市民婚を挙げた後、長期滞在許可証の条件を配偶者に変更することができますが、その書類は県庁に提出し、場合によっては地元の共和国警察署において担当官との面談が必要となります。いくら役所や警察に教会やシナゴーグ、モスクで婚姻した証明書を持参しても長期滞在許可証の身分を書き換えることはできません。ところが、警察での面談において婚姻の種類を質問されるのも常という不思議があります。しかも、その婚姻の形がしっかりコンピュータに記録されます。仏蘭西はライシテの国なのに。

====== 十 ======

そして、もうひとつ。
共和国内の役所で婚姻する男女の義務は健康診断を受け、その書類を役所に提出しなければなりません。その健康診断の中にはエイズ検査も含まれています。自分は純潔だからと言う理由でエイズ検査を拒むことはできません。

で、エイズ AIDS 。仏蘭西語ではシダ SIDA と呼ばれていますが、もし市民婚を決めた男女が健康診断を受け、どちらかが、または双方がエイズ検査で陽性が出たとしても、仏蘭西共和国内において役所も、カトリック教会も二人の婚姻を無効にはしません。役所の場合、彼らの主治医や専門医が連携しての治療援助をし、教会は心のケアの一端を担うことになります。互いの愛情をわかりあって婚姻を決めた男女を、エイズという病を理由に引き裂くようなことはしません。
愛を病が分かつことができるでしょうか?
不治の病を愛が治すことはあっても。
しかも、病を理由に挙げて、他人が、愛する二人を分かつなんてことは権力がある者や自己の健常や貞潔を過信している者による傲慢な行いになります。

いずれにせよ、仏蘭西においてエイズは俗世間においても、宗教世界においても忌み嫌われている病ではありません。そもそもキリスト教には輪廻転生や因果応報という概念がないこともあり、発症理由を先祖のせいにしたり、発症もしていない子々孫々を疑わせたりする発想が仏蘭西には通用し難いので、聖においても俗においてもSIDA (=エイズ)は単純に「現在、治療が難しい難病」に過ぎません。世界中の人間が善意をもって治療法と治療薬をこの難病で苦しむ人々のために探し続けるのです。

====== 十 ======

と、こ、ろ、が、です。
ここ数年、電脳域の、それも日本語環境において「我こそは本物のカトリックである」と名乗る方々(← 国籍は電脳域なので不明としよう。)が、ご自分の考えと異なる人々に対し、この人々はエイズ菌に冒されており、いずれ地獄に堕ちるとまで日本語の文字で表わしています。エイズ AIDS という現代の難病名を自分が相容れない他人を蔑むために利用しているように私には見えますが、このような考えを日本國内のカトリックで本当に教えているのでしょうか?仏蘭西のカトリックとはまったく異なる考えです。おそらくイタリアや米国など欧米諸国のカトリックとも、アフリカ大陸各国のカトリックとも異なる考えです。たとえ或るヒトがエイズを発症したとしても、その方の魂が善であるならば地獄に堕ちるなんてことはないと考えるのが私個人が知っているカトリックであり、今年三月に私がロオマ巡礼した際も教皇さまからエイズ対策活動を依頼されている世俗団体サンテヂディオ la Communauté de Sant'Egidio の創立メンバーのひとりである責任者が同様のことをおっしゃっていました。日本語で自らカトリック信者と名乗る者が送信しつづけているエイズ蔑視発言とはまったく逆と思われますが、どちらが真実?...なんて、教皇さまにつながるサンテヂディオに決まってンでしょうが。

電脳域とはいえ、あまりのエイズ偏見がカトリックの名を絡めて日本語で流れているので調べてみたところ、日本国内にも存在する一見キリスト教のようでキリスト教ではない或る新興団体において、成年信者のための集団結婚をさせる際、候補者全員にエイズ検査を行っており、団体で最もエラいヒトがその結果を見て結婚相手を選択するのだから誰もが安心して結婚できるのだそうです。つまり、エイズ陽性の男女は「省かれる」のです。だから見ず知らずの結婚相手でも「安心」なんですと。この団体ではエイズは純潔を守らないから発症する病気と教えているそうで、時に輪廻転生やら因果応報まで絡めて蔑視かつ忌み嫌うとか。

「キリスト教」という単語を用いるにしても、エイズという難病の捉え方がこの新興団体とカトリックでは正反対。ところが、電脳域の日本語環境では I'm Catholic と名乗りながらも、実はカトリックではない団体の思想をまるでカトリックの常識のごとく流している人間が世界のどこかにいることになります。日本國がカトリックマイノリティの宣教国であり、おまけに日本語が世界において孤立した島国言語だからこんな大嘘を無責任に流布できるんですかねぃ?世界のマジョリティ言語でカトリックの名を出してこんな愚論を流したら、数秒後に反論がちゅどーんです。

さて、「純潔」という言葉ひとつを取っても、カトリック世界においては聖母=純潔として殊更に重んじられる鍵語ではありますが、同じ「純潔」という漢字と発音であっても、カトリック以外の日本語環境ではその中身がまるで違い、例えば前出の日本国内で活躍する某新興団体においてはこの団体で一番エラいヒトの許可無く性交しないことがイコール「純潔」で、このエラいヒトが命じた相手とのみ交われば純潔は保たれるのだそうです。Σ( ̄△ ̄; 
一方、カトリック世界における「純潔」は無原罪である聖母の生き方に倣うことでありますが、それは決して聖母の処女懐胎をさすのではなく、受胎告知における聖母のように真理を純粋かつ誠実に受け入れ、(神から与えられた)使命を実践する生活態度の積み重ねを生涯続けることを指します。原罪を持つ人間が聖母のごとく無原罪にはなれませんが、魂が肉体を離れる瞬間まで魂をできるだけ聖母のこころに近付ける努力を怠らないことを指します。ゆえにたとえどんな難病に肉体が蝕まれても、天を疑わない人間ならば誰もが平らに等しく、各々の魂を育てる仕事が課せられており、いずれ天に帰れるのです。肉体はいずれ塵に戻るものだから、難病に発症したという理由では決して地獄に堕ちないよ。自分が気に入らない他人にエイズという単語を用いて恐怖に陥れたりするのは、いっくらカトリックと名乗ってはいてもカトリックらしからぬ言動だと思われます。

電脳の世界とは言え、カトリックの名をみだりに軽々しく出しつつ、読者の心に疑いの種を蒔き、善良な人々を薄暗い脇道に引き摺ろうとする日本語の文章にはくれぐれも気をつけましょう。

le 15 novembre 2009, Albert

かつてペニシリンが発見されたように、エイズ治療のための最良最善の医療と薬物が一日も早く見つかりますように。以下は教皇さまもしばしばお言葉に出されるカトリック世俗団体サンテヂディオ Sant'egidio のエイズ問題専門ホームページの英語版です。
http://dream.santegidio.org/homep.asp?Curlang=EN
タイトルは DREAM 、英文和訳ならば「夢」ですが、Drug Resource Enhancement against AIDS and Malnutrition の略称です。主にエイズと栄養失調のための薬剤(資材)開発促進運動です。
日本國内ではカリタスジャパンがカトリック精神の下、エイズ問題に取り組んでいます。
カリタス・ジャパン エイズ啓発活動
http://www.caritas.jp/caritas_japan/caritas_japan05.html
偏見のない、善の目を養いましょう。
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by ma_cocotte | 2009-11-15 21:22 | 『?』なたわ言 | Comments(15)
+ 11月11日の前日に +
神父さまとライシテ Laïcité の話題になりました。
ライシテ Laïcité とは政教徹底分離(法)と和訳するらしいです。仏蘭西共和国の場合、ライシテと聞くとまず1905年12月に制定された政教徹底分離法を各自が思い起こしつつ論を進めることが多いです。
なぜ11月11日の前日、神父さまとライシテの話題になったかと言うと、翌日のミサについて私が質問したからです。「翌日のミサ」というのはすなわち第一次世界大戦戦没者の慰霊ミサです。以前、南仏の小さな町に住んでいた頃、11月11日の第一次世界大戦休戦記念日も、5月8日の第二次世界大戦終戦記念日も、旧市街の教会では慰霊ミサが行われていました。こんな感じ ↓
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ガイジンの私はこんな小さな町でも戦没者慰霊のミサをささげているのだから、その町より大きいと思われるココ新天地の教会でも戦没者のためにミサをささげるのだと仮定して神父さまにミサの開祭の時間を質問したら、神父さまから「ミサはありません」と即答だったのです。それは四十台に入ったばかりの神父様の一存ではなく、市長から依頼がないからあげられないのです。こんなところで政教徹底分離したはずの仏蘭西なのに政教一致なカラクリが見えてくるのです。仏蘭西の都市形成の歴史から各市町村の中心に役所と教会があり、どの教会にもその土地の第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦没者と行方不明者の名前が掲げられています。
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つまり、この世の終わりまで、教会を破壊するような暴君が仏蘭西に現れない限り、戦没者の家族が天に召された後も市町村民が代々、お国のために闘った隣人のために祈りを捧げるという伝統が共和国内に満遍なくあります。
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ところが、おらが町のマダム市長サマは旧市街にある3つの小教区のいずれにも慰霊の依頼をなさいませんでした。もちろん、11月11日午前、旧市街の広場で行われた慰霊式典 にマダム市長サマはマダム県知事サマと共にお出ましあそばされていますたよ。神父さまとは先週、仏蘭西でも話題になった隣国イタリアのプロ無神論不可知論者夫妻による独善闘争 の裁判沙汰に触れ、もしかしたら我らが地元のマダム市長サマも彼らと同類ではないだろうか、という推察に至りました。でなけりゃ、普通、伝統に則って共和国を守るために命を捧げた隣人のために祈りませんか?ちなみにこのマダム市長サマは故ミッテラン大統領やウルワシのセゴ姐と同じPS(仏蘭西社会党)所属です。が、PS出身の市長全員がミサを依頼しないという話は共和国では珍しく、多くのPS出身市長さん達は本人の思想より市民の思いを尊重して依頼するそうです。
イタリアの無神論不可知論夫妻による「磔十字を目にするだけで不快だから世間から取っ払ってくれ」という訴えをEU法廷が支持した件も、イタリア本国内では80%を越える国民がその判決に納得していないという事実もあるわけで、個人思想や願望を披露するために伝統を押さえつけようとすることはココんちの地元の場合は市長としての力、イタリアの場合は支持団体を背後にした医師という優位な社会的立場を悪用して、アルカイーダ(=三角形の底辺)にいる平民に従属を強いていることになりませんかね。

さて、神父さまとのライシテの話題の第二ラウンドが病院におけるライシテの矛盾でした。
徹底政教分離とは言え、現代の仏蘭西共和国内の公立病院に聖堂を置き、司祭を住み込ませることは法律で決められています。公立病院の規模によってはカトリック聖堂だけでなく、新教礼拝堂もあり、カトリック司祭や牧師先生だけでなく、ユダヤ教のラビやイスラームのイマムも病院内で住み込み、天に旅立つ患者さんのために働いています。
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こちら ↑ はココんち地元の公立病院のカトリック聖堂です。歴史上、新教勢力の強い土地でもあるので病院敷地内には新教礼拝堂も建立されています。
こちら ↓ は病院聖堂の聖母子像。
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ガイジンの私にしてみれば、公立病院内に特定宗教の礼拝施設と祭司が存在するだけでも「どこが政教徹底分離ぢゃいっ!?」と矛盾を突っつきたくなりますが、このポイントから更に仏蘭西の公立病院におけるライシテの謎があります。

11月11日の前日、私が雑談した神父様の従兄も教区司祭であり、現在は共和国中西部の県庁所在地の大きな公立病院の住み込み司祭です。彼のように病院や学校、刑務所のために働く司祭を仏蘭西語でオモニエ aumônier と言います。この従兄神父様ですが、教区内でも知られる「万年スータン司祭」なのです。つまりいつでもどこでもスータンという前ボタンが十数個ついたくるぶしまで裾が広がるワンピースをお召しなのです。となると、数年前に共和国内でスキャンダルと化した公立校にスカーフをかぶったまま登校したことで退学になった姉妹の件を思い起こしてしまいますが、なんと、仏蘭西の政教徹底分離法では公立施設にオモニエとして奉仕する聖職者が目に見えてわかる宗教アイテムの着用が許されているのです。と、こ、ろ、が、学校教員や病院の医師・看護師の身分で聖職者や修道者が働く場合には目に見えてわかる宗教アイテムの着用が禁じられており、カトリックの場合は聖職者のローマンカラーやスータン、修道女の制服、そして聖職者も修道者も十字架を見せるべからずなのだそうです。そーいや、先日、国営放送France 5 でカトリック修道女生活を紹介するドキュメンタリー番組が放映され、その中でパリ市内に住む医師免許を持つエルサレム会の修道女が公立病院で勤務を続けているものの、勤務中は白衣の下に十字架を隠している場面が映りました。

ココまでのライシテのネタでも、同じ施設に聖職者や修道者が集うても、オモニエと医師・看護師という肩書きの違いで制限の違いがあることがわかりましたが、これでも政教が徹底分離された国の中の公立施設の話です。

そして、更に、仏蘭西のライシテにおける摩訶不思議。
例えば、こうして公立病院内にカトリック聖職者が住み込み、毎週日曜日に病院内の聖堂でミサをささげたとしても、公立病院の敷地内での布教宣教は絶対禁止なのだそうです。もちろんこの条件は他の宗教の住み込み祭司についても同様です。そんぢゃ、なぜカトリック聖職者や他の宗教の聖職者が公立病院に住み込んでいるのかというと、それは死に行く患者さんのために最後のお仕事を司祭として行うためです。カトリックでいうところの「病者の塗油」、一昔前の「終油の秘跡」を滞りなく全てのカトリックに生きる患者に行うためです。新教においては宗派によって死を目の前にした信者に行う儀式はさまざまでしょうけれど、ユダヤ教における死に行く患者さんへの儀式はもしかしたらカトリック以上に重んじられた儀式でございますね。
神父さまの話では、公立総合病院の、特に精神科や心療内科の患者さんが時にカトリックに興味を持ち、話の機会を持ちたいと希望するのに、公立病院側は政教徹底分離法を理由に、このような患者が希望する司祭との交流の機会を作ら、いや、作れないそうです。で、この件をお話なさる際、日頃はとても穏やかな神父さまもちょっとプンプンな口調だったのでした。

Laïcité ライシテ。カタカナでたった四文字ですが、和訳すれば「政教徹底分離」やら、「非宗教性」やら。仏蘭西におけるライシテの中身は超ウルトラ複雑かつ矛盾だらけで、以上の話なんぞはまだ序の口だそうです。

le 13 novembre 2009, Brice
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by ma_cocotte | 2009-11-13 18:09 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)