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呼ばれちゃいましたか?


電脳徘徊中に見つけたYouTube画面をさりげにぽちっとしたら、この映像。
ドラマチックなバックグラウンドミュウヂックに乗せて、カトリック司祭が祭服を装着していく様子がキリリっと表現され、まずはスータンの背中にドキっ!続きましてはアミクトゥスの小さく赤い十字の印に萌え、金糸銀糸の織り込まれた美しいチングルムに萌え、ストラに唇が寄せられる瞬時には「ああ、あたくし、もうダメ」のハァハァ状態となり、カズラを召され香部屋から出られた神父さまったら戦場に向かわれるの!? あたくしも着いて参りますぅううう!とまで観る婦女子のハツをバクバクにつのらせながら、ビデオのオチはぬぁんとVocation (召命)ぢゃった。_| ̄|○ 現実的にはスータンをお召しになるほどの神父さまがいらっしゃるカトリック聖堂ぢゃ、香部屋には世俗婦女子は入れまい。
なんというコマアシャルぢゃ、畏れ多くも、こんにゃろめ。
てなわけで、この勇ましいコマアシャルの依頼主は合衆国軍大司教区 Archdiocese for the Military Services, USA と思いきや、エイメリカはブルックリン教区 Roman Catholic Diocese of Brooklyn でございました。щ(゚Д゚)щ カッモ~ン。
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ホームペエジのVocationをクリックしますと、Are you being called? 呼ばれていませんか?と問いかけが出て参ります。各々方、いかがでございましょ?
お呼びでない・・・お呼びでない?
こりゃまたしっつれいいたしましたーっと。
もし呼び声が聞こえてしまったのなら「空耳、ソラミミ」とツンツンデレデレデレしないで素直に向き合ってみるのもよろしいかもしれません。

le 31 mars 2010, Benjamin
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by ma_cocotte | 2010-03-31 22:53 | 『?』なKTOりっくん | Comments(5)
ナルドの壷はマダガスカルに。
あらためまして、南仏蘭西はオトザルプ Hautes-Alpes 県のギャップ・アンブラン教区 diocèse de Gap et d'Embrun に所属する二教区司祭と一神学生によるちょっとコンテンポラリにアレンジした Spiritus Dei という名のCDがこのたび3月29日に発売されるというお話。二日前にはYouTubeで探せなかったビデオクリップもこの日曜日の午後には見つけることができました。


このビデオ ↑ の冒頭に登場される蝋燭に火をつけ、祈る司祭はギャップ教区の教区長であらせられるヂャン・ミシェル・ディ・ファルコ・レアンドリ Mgr Jean-Michel di Falco Léandri 司教さまです。

ビデオの中では秘跡に照らし合わせた中世と現代の聖堂の様子や、教区周辺の美しいアルプスの大自然と聖堂建築が紹介されていますが、CD発売後の初の日曜日となった28日、国営放送France 2の日曜午後の名物トーク番組Vivement Dimanche!のメインゲストはなんとこのヂャン・ミシェル・ディ・ファルコ・レアンドリ司教さまでした。

司教さまご自身は生まれも育ちもマルセイユのこともあり、他のゲストにはマルセイユの名物市長ヂャン・クロォド・ゴダン Jean-Claude Gaudin 氏、番組の観客席にはギャップとアンブランの市長お二人も座ってらっしゃり、おいおい、仏蘭西のどこが完全政教分離なんだよ?と突っ込み入れられそうな画面でした。
番組でわかったことですがマルセイユ市長であるゴダン氏はCatholique pratiquant 、生活宗旨をきちんと守るカトリックだそうで、政治の世界に入る前はマルセイユ市内のマリスト会の中学校で地理史の教員を15年勤められたとのこと。意外や、意外。

そしてディ・ファルコ司教さまは実のご両親はカトリックであってもまったく教会には無関心であり、幼少時はお隣の家族に連れられて主日のミサにあずかっていたのだそうです。家庭内では「なんとなくカトリック」環境であっても司教さまになられるほどの方が育つこともあるのですね。ディ・ファルコ司教さまはギャップ教区長に着座する前は花の都はパリでリュスティヂェ Jean-Marie Lustiger 枢機卿の下、補佐司教のおひとりであり、KTO(カトリックテレビ局)開局などマスメディア方面で活躍された方としても知られています。

マスメディア方面に慣れていらっしゃる司教さまだからこそ、ご自身の教区から二人の司祭とひとりの神学生の歌手デビュウを後押しされたのかもしれませんが、
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左から Dinh Nguyen Nguyen 神学生、Charles Troesch 師、Jean-Michel Bardet 師

真ん中にいらっしゃる最も長身の神父さまは少年時代はかの木の十字架合唱団 Les Petits Chanteurs à la croix de bois の団員だったそうです。

CDの収益金はマダガスカルの貧困、特に初等中等教育援助に用いられるとのことです。
復活祭直前、聖週間が始まった月曜日に初売りざます。m(_ _"m)

le 29 mars 2010, Gwladys
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by ma_cocotte | 2010-03-29 02:57 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(2)
一年前の3月25日の夕方は、
永遠の都ローマ旧市街の、教皇庁立仏蘭西神学校 聖堂のこの天井画の下で、
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傍らの聖母子に見守られつつ、
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枢機卿さまと司教さまの司式によるAnnonciation 神のお告げをお祝いするミサに神学生方と一緒にあずかりました。その日の典礼は仏蘭西語でありましたが、キリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス、アニュス・デイなどはラテン語で、時には複数の神学生がベネディクト会士のように世俗席から動き、祭壇の手前で円陣を組んで上半身を伸ばしたり屈めたりを繰り返しながらの先唱で行われました。美しかったのぉ。

le 25 mars 2010, Annonciation
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by ma_cocotte | 2010-03-25 20:25 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(2)
そちらは台風襲来、こちらは春雷襲来
きょうからちょうど一か月前の2月24日。
その日は母の3回目の命日でしたが、生前の母がしばしば「ハワイに行ってみたい」と願っていたことなどを胸に秘めつつ、私は日本國のと或る南の小島へ。
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ぶぅううううううん。

この日まで日本國における私の訪問南限は熊本県でしたが、大きく南下。
生まれて初めて東シナ海を眺めることもできました。
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この水の色で真冬の二月を思い起こすのは難しい。

私の南限記録更新から一か月、かの島はもう本格的夏に入ったらしく、天気予報では台風一号の来襲も報じられたそうです。一方、日本國は北に住む友人からの情報によりますと今宵、数十センチの降雪が予想されているとか。
改めて日本國は東西にとても長い国なのだと覚えました。

ココんちは日本國の北海道の北部とほぼ同じ緯度ですが、もしかしたらお江戸よりは温暖で、きょうは午後から雷という予報が出ているのでした。今、窓の外を眺むれば、怪しい西風が強く吹き始めました。こりゃ、来るな、来るぞ。

世界は広いな、大きいな。

le 24 mars 2010, Catherine de Suède
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by ma_cocotte | 2010-03-24 23:58 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(0)
オレンジの街路樹を思い出しつつ、血オレンジをいただく
一年前のきょうはローマ巡礼第三日目で、朝もはよからヴァチカンに。
ローマ市の西に位置する宿舎を出たのは午前七時過ぎ。
午前7時15分、バスの車窓からヴァチカン初日の出、拍手パンパン。
いえ、大きなドーム屋根が聖ピエトロ聖堂と知るなり初シャッターを押しました。
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左に見える背の高い松の木々。あまりにも背が高い松の並木はローマの歴史を全て知っているのでしょうね。


そして、上の写真から30秒後、バスの車窓からの眺め。
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花の都お巴里ではamari
見ないギャップと申しましょうか。奥はヴァチカン市国、手前は伊太利亜。歴史的建造物である聖ピエトロ聖堂の右手前が自動車修理店、そして修理店の左隣には集合住宅。この白いアパルトマンの最上階には住めるものなら住んでみたいものです。見よ、屋上のテラス!手前が排気ガスの環状道路でも、隣からガソリンの臭いが届いても、背後は聖ピエトロ聖堂ざます。裏飯屋。


ローマ滞在中、連日、バスでの移動でした。
バスの車窓からのローマの眺めで今も思い出すのが、エイメリカ大使館やら領事館近くの通りが他の何十、何百のローマ市内の通りとは建物も人々も醸し出す雰囲気がまったく違い、その大通りの歩道と車道の境がオレンジの並木だったことです。三月の第三週というのに既にどの木も大きなオレンジの実がたわわになっており、どこかおひなさまの橘の木にも似ており堂々と美しい立ち姿でした。

地中海側の南仏蘭西でもオレンジの街路樹をまだ私は見たことがありません。ローマでオレンジの街路樹を見た時、ローマが南に位置することを実感しました。
ローマでオレンジと言えば、宿泊先の修道院での夕食のデセールに毎度、血オレンジが出たことも忘れられません。丸のまま実を手に取り、日本のみかんのように指で皮をむいて豪快にいただきますが、外見は普通のオレンジと変わらないのに、中身はどす黒いほどの深い赤紫色で、口に房を含むと味も普通のオレンジより一層深くて重い味なのです。美味しい。血オレンジ(仏蘭西語でオランヂュサングゥイィヌ Orange Sanguine )は仏蘭西でも三月半ばには店頭に出ることもあり、見たら買う!です。この三月も一度だけお店で見つけたので、買いました。おいしうございましたよ。

いつかまたローマの美しいオレンジの並木道を拝みたいものです。
拝めるかなあ、拝めないだろうなあ。

le 23 mars 2010, Victorien
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by ma_cocotte | 2010-03-23 23:11 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(4)
キミが、ウソを、ついた。だから、
この結果なのだ@仏蘭西地方選挙2010
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21 régions métropolitaines sur 22 à gauche

仏蘭西共和国内の22地方のうち、仏蘭西共和国大統領なんかに御身を窶している神聖賢愚帝サルコぢ一世が院政を若く政党UMPがトップ当選したのは独逸と国境を接すかのアルザス地方だけです。他の薄い桃色はPS(仏蘭西社会党)で、右下の濃い桃色は仏蘭西社会党の重鎮ロラン・ファビウス Laurent Fabius 氏をユダヤん絡みで批判し仏蘭西社会党からおん出されたヂョルヂュ・フレシュ George Frêche 氏が第一、第二投票ともUMP、PSを抑えてトップ当選したラングドック・ルシヨン地方です。驚きですよ、この結果は党派を超えたフレシュ氏への人望の表れでしょう?

そもそも 2007年の仏蘭西共和国大統領選挙 で「私は善良なUMP党員どぇーす」と愛国心と弱者救済を掲げて庶民気取りで現れた真の神聖賢愚帝サルコぢ一世に清い一票を投じたところで、その翌日から清い一票が汚泥に絡められていくことを実感し、数か月後にはマスゴミが「サルコぢはいつから仏蘭西の良心(良心=天主というカトリック的思考が抜本にあると思われる)になったのだ!」と騒ぎ、続いて其処此処彼処で共和国民が「サルのウソに騙された」とぼやき始めたのをこんな仏蘭西の超ウルトラスーパーど田舎に住むガイジンである私でさえ3年もの間目の当たりにしているし、この三年間でサルコぢの公私混同と共和国民のサルコぢへの失望がどんどん鮮明になってもいるのだから、今回の選挙結果はわかりきったようなものでしょう。

つまり、共和国内の有権者各自の支持政党以前の問題で、仏蘭西共和国民は各自の良心の声に従った結果がこれです。サルコぢが2007年共和国大統領選挙で社会党支持者や極右政党FN贔屓を釣る公約を掲げ、彼を信じて票を投じたヒトを裏切ったのだから、彼らが元の巣に戻るのも自然でありんしょ。大統領を志す者が有権者数を利用して釣堀なんぞ楽しんで自己快楽に変えていること自体がどーかしています。何が「仏蘭西に第二のケネディ家が誕生した」だ。忘れないぞ、TF1!一族で児童劇団とは片腹痛いわ。その後、お金の流れはサルコぢ家とそのおとりまきで澱んでヘドロとなっていることも誰もが知るところ。

ガイジンの私には仏蘭西国内政治は他人事ながら、今回のUMP惨敗という結果を喜んだところで私は社会党支持者でもFN支持者でもありませんが、例えばポワトゥ・シャラント Poitou-Charentes 地方でセゴ姐に票が集まるのも彼女の母性ある言動や市井での貢献を見ていれば民の気持ちがわかる気がします。一方、サルコぢ院政が続くUMPでサルコぢ人脈がブイブイ言わせて風切ってふんぞり返って歩いている限り、いくらシャルル・ド・ゴール将軍 général de Gaulle に通ずる政党であろうとUMPに票を投じるなんて良心の声を軽んじた盲目行為だと思います。カトリックの洗礼を受けていようがいまいがヒトひとりがカトリック精神に生きるなら政治思想においては柳の存在であり、政党を第一に盲目支持するなんてありえないわけで。どの政党であろうと良心が喜び躍る案件には「いいンぢゃなーい?」とつぶやくものではないでしょうか。仏蘭西共和国も元々は千数百年もの間カトリックが国教だった国だから、信仰生活を多くの共和国民が忘れたり軽んじても、良心の声を聞く耳を今も丁寧に扱っているのだと思います。サルコぢ一世も今回の結果をきっかけに目を覚まし、少しは良心の声を聞く耳をご自分で掃除することです。皇帝が掃除なんてサルコぢの辞書には一アルファベットもないでしょーけど。

さて、次期大統領選はどうなりますでしょう。
このでもなお神聖賢愚帝サルコぢが出馬、いえ、出猿しますか。

le 22 mars 2010, Léo
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by ma_cocotte | 2010-03-22 17:51 | actualité 現時点の現場から | Comments(2)
日出づる國、南の果ての市場にて
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頭と手足の数が合わない...。

le 22 mars 2010, Léo


そっれにしても、この陽差し、この空の色で同じ日本國内の如月二月です。
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いつか二月の北の日本に行ってみたくなりました。
かつて私は黄金週間の弘前に行ったことがありますが、
二月の南の島よりはるかに寒かったことだけは確かです。
青森から弘前の列車はストーヴが焚かれ、仕事帰りのムッシュウたちが売店で買った熱燗とつまみを片手に列車に乗り込む姿を今も忘れることができません。肴はあぶった・・・なんでしたっけ?え?豚の耳。びゅうううん。
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by ma_cocotte | 2010-03-22 03:41 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(0)
シモーヌ・ヴェイユ女史、「不朽の存在」となる。 Simone Veil chez les Immortels
いや、正確にはもちろん違います。
シモーヌ・ヴェイユ Simone Veil 女史におかれましてはかのアカデミィ・フォンセーズ l'Académie française の会員、すなわち Les Immortels のひとり Une immortelle に選ばれたのです。1635年にリシュリュウ枢機卿により創立されて以降の歴史において全会員中、第六番目の女性会員となられたそうな。(第一番は1980年に会員となったマルグリット・ユルスナ Marguerite Yourcenar 女史)
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© REUTERS/ Charles Platiau

今(仏蘭西時間15時半)、神聖賢愚帝サルコぢ一世の御前で演説なう。
Simone Veil entre à l'Académie française
http://culture.france3.fr/livres/actu/simone-veil-entre-a-l-academie-francaise-61885166.html?onglet=videos
仏蘭西に寄留しているパーでガイジンのミーには別世界の話題でありますが、こうしてシモーヌ・ヴェイユ女史の演説に耳を傾けておりますと、なんですな、女史の声の周波数が妙に耳に心地よく私には感じられます。清流とでも表現すると良いのでしょうか。

そして、員数外のペーペペーな私が、今日のシモーヌ・ヴェイユ女史のご慶事について調べてみたところ、こんにちのシモーヌ・ヴェイユ女史がお召しのアカデミィ・フォンセーズ会員制服(=アナビヴェル un habit vert、緑の礼服と呼ばれる)はカアル・ラガアフェルド Karl Lagerfeld 氏の手によるものなんですと。ええなあ。
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AFP PHOTO / POOL / PHILIPPE WOJAZER

さて、シモーヌ・ヴェイユ女史。1927年7月13日生まれ。旧姓はヂャコブ Jacob。ニースで育ちましたが、第二次大戦時にアウシュヴィツ・ビルケナウでの生活を経験したユダヤ系仏蘭西びとであります。彼女がつとに有名なのは1974年、女性ながらにして保険相 ministre de la Santé だった当時、妊娠中絶を仏蘭西共和国において合法化したことでしょう。そんなわけで先日の国際女性デーになると毎年、ニュウスで年間の中絶数が発表になるという今があるのですな。女性の権利と堕胎中絶の問題が一緒くたに語られることに大きな疑問を感じるのは私だけかもしれませんけれどね。Bof

上の写真でわかるとおり、シモーヌ・ヴェイユ女史とヂャック・シラク前大統領は公私共に親しく、現在もアカデミィ・フォンセーズのヴェイユ女史の演説をシラク前大統領も現場で拝聴してるなうなんですけれど、シモーヌ・ヴェイユ女史の子息のひとりがヂャック・シラク氏の顧問弁護士なんですな。

だから、何?なんですけれど。Bof、ぼふ、ボフ

le 18 mars 2010, Cyrille


員数外の私は immortelle という鍵語で久しぶりにララ・ファビアンのインモテルだ。




あ、午後4時3分前にシモーヌ・ヴェイユ女史の演説が終了いたしました。
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by ma_cocotte | 2010-03-18 23:52 | actualité 現時点の現場から | Comments(2)
ま・ここっとのここっとのなかににここっと。
久しぶりに二月のほとんどを日本で過ごしたことで、久しぶりにおでんや鍋料理を美味しくいただくことができました。前々から日本の土鍋をココんちでも使いたいと考えてはいるものの、土鍋の重さやデリケエトな造りを考えるとなかなか仏蘭西に持ち込むのは難しく、土鍋の代わりになる鍋はないかとしばし考え、代替の鍋として仏蘭西伝統の重たいお鍋を買ってみました。
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お鍋本体だけでなく取っ手のついた蓋ごとオーヴンに入れても大丈夫なのだそうです。
蓋を開けたところ、
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あらま、親鍋の中に子鍋が二つ。

二つのチビ鍋にも蓋がついており、親釜さんと同じくオーヴンに入れても大丈夫だそうです。
うれしいおまけではありませんか。この子鍋がおまけのお鍋はココんち近所のスーパーマルシェで39.99ユーロで売られていました。これが安いのか、高いのか私にはよくわかりませんが、ココんち周辺のスーパーマルシェ数軒の比較では最安値でおまけつきというお徳品でした。これでようやくココんちでも土鍋っぽい良さを食卓で味わえそうです。

このお鍋。お料理好きの方がご覧になると、蓋に会社名が浮き彫りされている某ブランドのお鍋を連想されるようです。仏蘭西語で鍋を表わす単語が思い出せなくても、その蓋に浮き彫りにされている名前はすぐにお口から出るくらい世界的に知られている製品だそうです。
さて、ココんちの郵便受けに入っていた広告をご覧いただきましょう。
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右がそのブランド、左がココんちあたりのスーパーマルシェの広告に掲載された無印のお鍋です。どちらも黒の外見ですが、ブランドものが149ユーロ、無印が23.90ユーロです。このお値段の違い、お料理にどれだけの違いが表現されるのでしょうか。

どちらのお鍋を用いて鶏の丸焼きを作っても、どちらも美味しいのは間違いないと想像するのですが。決定的な違いを知りたいところですが、作り手の愛情一番と信じたいところです。

le 18 mars 2010, Cyrille
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by ma_cocotte | 2010-03-18 01:01 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(6)
ヂャウ・ハランバン夫人、仏蘭西の宅配事情を改めて知る。
ヂャウ・ハランバン夫人はいつも機内で到着以降の切符の確認とお財布の中の銭交換(ユーロ⇔円)を行うことにしています。今回の旅の復路においても、画面に映し出される地図が北欧になり、矢印が南下になったあたりでその作業をもぞもぞ始めました。

ヂャウ・ハランバン夫人は飛行機を降りてから仏蘭西国有鉄道の車両に乗り換えココ新天地まで戻ることになっており、乗車券は既に昨年11月に買い求めてありました。これ ↓
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この写真でみんなたちに着目していただきたいのは、乗車券入れの広告であります。
一行目の
Avec le service bagages à domicile, voyagez léger
と言うのは和訳すると
荷物宅配便で、軽い旅をなさいっ!
で、二行目の
Votre bagage peut être livré en 24 heures, porte à porte
は和訳すると
あなたの荷物はおそらく24時間で配達されることができます(ドア・トゥ・ドアで)
となります。

2008年秋の前回の帰国だったか、同年春の前々回の帰国だったか記憶が定かではありませんが、復路においてパリの空港の受付でヂャウ・ハランバン夫人が空港内に宅配便サーヴィスがないかと質問したら、受付の美しいブラックビューチィなおねいさんに「・・・ふっ、マダム、ここは日本ではありません」と涼やかに返答された経験が既にあったので、今回の帰りの機内でこの広告に気付いた時、ヂャウ・ハランバン夫人の心は喜び躍ったのでした。なんてステキな情報なのぉっ!空港到着後、国鉄駅に移動したヂャウ・ハランバン夫人はこの広告 ↑ を片手にまっすぐ国鉄駅の乗車券購入ブースに練馬大根足を運びました。とは言え、乗車購入ブースのどの受付の表示を凝視しても宅配便コーナーなんてありません。偶然、受付終了と言う看板を出そうとした受付担当のムッシュウがいたので無理に宅配便コーナーの場所を質問すると、隣のマダムを指して「彼女に聞いてみて」とおっしゃる。その言葉に恭順し、隣のこれまたブラックビューチィなおねいさんに「おら、この広告を見ただ。おらもこのシステムの恩恵にあずかりたいっぺ」と話すと、おねいさんは両腕をカウンターに置いて、ぐっと上体を動かし、「その荷物はどこにあんのよ?」とヂャウ・ハランバン夫人に質問してきたので、夫人は自分のスーツケース、ヂャウ・ハランバン氏のスーツケースの二つを照会しました。すると、おねいさんは一層前に乗り出して、その二つのスーツケースを見、「ああ、どっちも25キロね」と言い、どっかりと椅子に大きな桃尻を戻すとこんぴーたをはじき始めました。ヂャウ・ハランバン夫人は顎が外れそうになりました。仏蘭西国鉄さんはスーツケースの中身が空っぽでも形だけで25kgと職員が目分量で判断することが平気なんですな。すかも、数秒後におねいさんがヂャウ・ハランバン夫人に「荷物ひとつにつき36ユーロかかるかしらねぇ・・・」と小声を発してきました。荷物二つでナナヂュウオイロっすかあ?

ヂャウ・ハランバン夫人は長旅で疲弊している自覚もあったのでついうっかり契約を結んでしまいそうになりましたが、何が脳に働いたのか、夫人の口からおねいさんに「荷物は明日届くのですね?」という質問が飛び出たのでした。すると、ブラックビューチィなおねいさんが夫人に今日は水曜日ですから、この荷物を業者に渡すのが明日。翌日は金曜日ですし、土日に私達は働きません。ですからあなたがこの荷物を受け取るのは早くて来週月曜日です。いいですか、この金曜日から私たちが重要なイヴェントの中にあること忘れないでください。」と言い放ちおった。
アホか、金曜日から冬休みってことだろが・・・┐(-д-`;)┌
来週の月曜日なんて帰宅から第6夜が明けた日ではないか。こっちの時差ボケさえ既に治療済みだわい。
21世紀も9年を過ぎて、ようやく仏蘭西の旅において荷物の宅配便が始まったのかと思いきや、これでは決して宅急便ではありませぬ。宅配遅延便でも遅延は「私達の大切な権利」のために客が赦さなければならない事項なんでござるぞ。

70ユーロも支払って、荷物の到着が6日先なんて誰が浄財を払うのでしょう。
こんなことがあったので重い荷物を抱えて帰宅する道を選んだのに、駅前にはタクシーが無く、仕方なく夜道を往路同様トボトボとココんちに向かって歩き始め、道の途中の真っ暗闇の中で鼻血ボトボトなんて、あああ、やっぱりヂャウ・ハランバン。

le 15 mars 2010, Louise
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by ma_cocotte | 2010-03-15 17:03 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(5)