<   2010年 08月 ( 16 )   > この月の画像一覧
こんにちの収穫
どんだけ?
b0070127_20464527.jpg



こんだけ。

b0070127_20472018.jpg


ココ新天地に越してきて、丸四年。
盛夏も過ぎ晩夏を迎える頃になると苺やフランボワーズは今年二度目の収穫期になります。お花も山吹が二度目の開花を始めました。ココ新天地に引越して初めて迎えた晩秋の頃、ご近所のマダムからいただいたフランボワーズの子株、そして年が明けてすぐに廉価で買った苺の苗(確か6ポット)を庭に植えてほっぽらかしたままなのに、今年はかなりの豊作で、いくら食べ頃の熟した実を摘み取っても翌朝にはまた新たな食べごろの実を見つけることができます。なんてしあわせなンでしょう。

香りは甘く、口に含めば甘酸っぱくさわやかなのにしっかりと重く深い味です。

一方、近所の野生のミュール mûres 黒苺は昨年ほどの豊作ではないようです。
おそらくこの秋以降の道路拡張工事でミュールの藪がつぶされてしまうので、ちょと残念。

le 28 août 2010, Augustin
[PR]
by ma_cocotte | 2010-08-28 20:57 | Ça était? | Comments(6)
それぞれの適材適所
昨日8月26日の仏蘭西はLe mouvement de libération des femmes en France a fêté ses 40 ans‎、つまり女性解放運動勃発から40周年ということで賑わっていました。



上のビデオを眺めているとやたらアヴぉルトマンという音が聞こえますが、アヴぉルトマンとは
avortement と書き、和訳すると堕胎、中絶を指します。毎年、この女性解放運動記念日になるとテレビの画面にはアウシュヴィッツから生還したシモォヌ・ヴェイユ女史と、彼女が保険大臣時代に成功した堕胎の権利法案の成立場面と、アヴぉルトマンの音がやたらスピーカーから流れるのも常です。なぜ女性の地位向上について必ず堕胎の権利が蝶番のごとく流れるのか私には理解できませんが、今年の国営放送での関連ニュウスでは「あなたがたは堕胎の権利しか知らないかもしれませんが」という前置きで、仏蘭西の公衆において婦女子のパンタロン着用に認可 autorisation が下りたのは1962年だったのだ、な~んてトリビアも流れていました。


さてさて、仏蘭西における女性解放運動家ら四十周年を迎えた昨日、かのマザー・テレサ(仏蘭西語だとメール・テレザ Mère Térésa)の百回目のお誕生日だったそうです。マザー・テレサは生前、カトリック修道女として知られていましたが、もし彼女がカトリック修道女であろうがなかろうが堕胎反対の立場を貫かれた方と言ってよいでしょう。ヒトひとりの命の誕生について両極端な考えを説明するために「8月26日」という一日を鍵語に掲げれば語れ、その節目となる40周年(堕胎賛成側)、100周年(堕胎反対側)と60年の差とは言え、同時に祝賀行事になるというのも私たちにとっては何たる偶然ではありますが、天空ではこれもまた必然に過ぎないことなのでしょう。

今年はマザー・テレサ生誕百周年記念の年でもあることから、いちおう今から105年前まではカトリックが国教だった仏蘭西でもマザーテレサの生涯や活動についてのドキュメンタリー番組がたびたび放送されています。

しばらく前になりますが、今年7月8日夜、国営放送France 2の人気番組 Envoyé Spécial、=特派員報告でインドはコルコタにあるマザー・テレサが創立した人命救済のための諸施設とそれらの施設に集う仏蘭西人ボランティアの様子について丁寧に紹介されましたhttp://ow.ly/2vBWb
jeudi 8 juillet
Voyage dans les pas de Mère Térésa
Un reportage de Stéphanie Lebrun et Lise Thomas Richard

http://ow.ly/2vBWb
仏蘭西びとのヴァカンスという習慣は世界中で知られていますが、意外に喧伝されない言葉はVacance Humanitaire、=人道活動のためのヴァカンス、Voyage humanitaire、人道活動のための旅行など(d’)humanitaire 人道(の)が着くヴァカンスや旅行の過ごし方です。仏蘭西語環境でこの手の単熟語を検索すると斡旋団体や業者さえ引っかかりますが、近年、仏蘭西ではインドなど南アジア観光旅行熱が高まっていることに加え、マザー・テレサが時に「世界中で人気の神」格化扱いでもあるため、自分が計画したインド旅行の一部に「ひとかけらのボランティア人道活動 "faire un peu d’humanitaire"」を含めての旅行でコルコタ市内に点在するマザー・テレサ関連施設に寄る仏蘭西びとも多いのが現実です。

ところが、コルコタでの現実は彼らの計画通りに運ぶことは稀であり、マザー・テレサの諸施設にボランティアとして受け容れられたところで、各自の性別を基本に派遣された施設に行っても誰も手取り足取り教えてくれるわけでなく、自分で自分がすべきことを熟考し見つけて動かない限り、ほっぽかされたままであり、いざ自分で発想した動作をしたところで必ずしも弱者が満足してくれないことを実感すると疲れ果てて、現場から逃げ去りたくなる仏蘭西びとも多いようです。


マザー・テレサが創立した施設と言えば「死を待つ人の家」が知られていますが、このドキュメンタリでは同じコルコタ市内の乳児院、孤児院の日常が紹介されます。毎朝、シスター方がコルコタ市内に行き、捨て子を拾うことから一日が始まりますが、貧しい人々の環境では産まれた子供の障害がわかるなり簡単に路上に捨てる習慣があるそうで、マザー・テレサの修道会ではまもなく死を迎えるであろう成人の救済だけでなく、生まれたばかりの赤ん坊も救い、育て、子供たちのできることを身につけさせて社会に戻すことも行っているのです。もう何十年も前、日本國ではじめて北欧について着目された時にやたら「ゆりかごから墓場まで」というフレーズを見聞しましたが、マザー・テレサはインドという貧富差が激しすぎる異教国で、生きる術を知らない貧しい老若男女のための「ゆりかごから墓場まで」を実践された方であることを改めてこのドキュメンタリ番組を通じて知ることができました。




コルコタのマザー・テレサの施設にボランティアに初めて訪れた人々は誰もが少なからず持つ自己能力についての過信を現実そのものに叩かれ、自尊心あるがゆえに心身の疲労と限界を時には激しく、時には静かに悟り、ボランティア現場から何時間、何日間か離れることで冷静に自分、他者、すべてを取り巻く環境などを熟考後、自分ができることを持ち場で「する」ようになり、もし自分に与えられた持ち場が自分には不向きであるなら、その旨を正直に告白する勇気も見出せるようです。休息は決して無駄ではなく、自他の向上のためになくてはならないものであるのです。私達の各自の使命は必ずしもマザー・テレサゆかりのインド・コルコタの地に自らの心身が疲れ果てても踏ん張り続けることではなく、それぞれが世界のどこであろうと少しでも平和に幸せに生きられる土地で自分より「生きることが難しくなっているひとびと」のために働くことです。つまり、マザー・テレサのゆかりの土地に集った人々が全員、命尽きるまでコルコタに居続けるならマザー・テレサの遺した徳は地球上のコルコタ一点に限定でしょうけれど、各自が母国含め世界各地に飛び散り、コルコタのマザー・テレサの施設で学び取ったことを臨機応変応用して生かすならば、マザー・テレサの徳も精神も花の種のごとく世界の各地で芽が出、その土地にあった実りを結ぶことになるのです。

ドキュメンタリ番組の中でもコルコタでのボランティア・リピーターは年に3~6か月をコルコタで生きる老婦人とコルコタボランティア初参加時は医学生だったカトリック修道士(ビデオでは常に白い修道服をお召しで、仏語圏から来訪した青少年指導の使命)の二人で、他の仏蘭西びとは「人道的旅行」でコルコタを選んだだけで、中には二週間のボランティアの途中または最終日に「もう二度とここには来ない」と決めたヒトもいます。ですが、二度とコルコタに戻りたくなくても他者との関係にも余裕を持ちつつ自分をよく生かせるならば、各自の生き方に甲乙も優劣も高低も良悪もつけられません。


昨日の仏蘭西のように堕胎の肯定が女性解放運動に関連付けされることに私は疑問を持っていますし、この半月、共和国内で大騒ぎになっているロマはじめとする遊牧民を祖先に持つひとびとについての社会福祉問題についても共和国側の言い分にも、カトリックや中道より左派の言い分にも私は頷いてしまいますし、何よりこの夏、日本國は大阪であった乳幼児餓死事件にも考えさせられるばかりです。もし仏蘭西だったらあの母親も、子供二人もこんなことになる前に救えたと思われるからです。救済のノウハウは互いに互いを知り、互いに学び合い、互いの不足を補い合うことから始まるのかもしれません。

「誰かが救える生命なら、救うひとりになろうではありませんか」と思う今日この頃です。
それぞれの適材適所は母の胎に命が宿った瞬間から胎児にもあるのではないでしょうか。強者である胎の所有者である女性が胎内の生命を簡単に殺めてよいものなのか。出産まで時に女性が追い詰められるリスクについて保証し、出産後にもし心身の状態で養育が難しいのであれば新しい生命のために救済、代わりに育てる(できれば)公共施設が富裕国であればこそあって当然なのかもしれません。

実は仏蘭西には既に女性の妊娠前後の生活や就労補助も、公立乳児院も孤児院も養護施設も各地方別に存在するのに、未だ女性解放と堕胎の自由が関連付けて賛美されるからアホちゃいまんねんパーでんねんなんですな。傍観していると自己を愛しても愛しても満足できなくて、自己愛を邪魔する何モノも傷つけるためにいっそうの力を得ようとしているように見えたりします。


le 27 août 2010, Monique
[PR]
by ma_cocotte | 2010-08-27 15:00 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
BIOは高嶺の野菜 Fruits et légumes bio, un luxe pour une grande majorité de Français
2010年8月24日。
この日のココんちあたりは朝から秋の到来を確信できるほどのさわやかな一日となりました。そして、今、日没間近午後8時半を過ぎてきょう一日を振り返りますと、なぜかニュウスでは朝から晩まで野菜の話題が繰り返し流れていました。ココんちは晩夏を迎えたこともあり、スゥパァマルシェで地元名産のメロンをひとつ0.98ユーロで買い、夕食に美味しくいただいたのですが、どうもニュウス検索をしてみると、この夏、仏蘭西共和国において野菜、果物が前年比11.1%も急騰し、
b0070127_3392797.jpg


きょうび流行のBIO野菜や果物は普通の野菜、果物に比べて7割も高値で、とても庶民には届かない高級品なのだとマスコミ各社が騒いでいることがわかりました。
b0070127_3304438.jpg
↑ 各項目の左青色がBIO価格、右緑色がBIOでない価格 ↑


24日夜8時からの国営放送France 2のニュウスでは朝市でBIO野菜をお買い求めになる正装の日本人女性が映し出されておりました。@。@ そんな格好で朝市にお出ましなんて。
以下のビデオは衛星ニュウス専門チャンネルBFMのニュウスから。



仏蘭西は日本國より数十歩は遅れているとは言え、年々BIO食品が注目され、BIO専門店や大型店舗内でもBIOコーナーが占める率が高く成り始めており、チェーン店では独自のBIO商品も出し始めてはいます。が、やはりBIO以外の商品に比べると高値で、値段を見ずにBIOマークだけで買える立場の共和国民はまだ少数派なのです。このように野菜、果物が高騰しているにも関わらず、共和国あげての健康啓発の宣伝では常に共和国民が一日五種類の野菜と五種類の果物を食べるように指導していることもあり、お国の勧めに従うとかなり家計にひびくこともきょう一日繰り返されていました。

ココんちの場合、仏蘭西の普通の卵を食べるとま・ここっつぁんが痒みをおぼえることが多いので、某チェーン店オリジナルの廉価なBIO卵(普通の卵の二倍強の値)を買うようになりましたが、それ以外の食品はまだ無条件には購入できません。

きょう一日の報道を振り返ると、親切なことにどの報道番組においてもBIO食品を最も廉価に買えるのは大手スゥパァマルシェでも朝市でもなくBIO専門店と紹介されていたので、私も今度、郊外に点在するBIO専門店に行ってみようと思います。いちおう知っているだけで、ココんちあたりでは旧市街に一軒、外環に二軒、BIO専門店があります。

BIO食品だけで生きられたらどれほどいいかよくわかってはいるつもりですが、数日前、Twitter上で良質食品を買うことも食べることもできない身分の人間が死ぬようになっているのだというキビしいつぶやきを読んだばかりだったこともあり、今日の野菜・果物の高騰と贅沢品BIOの報道で自分の身の程をいっそうよく知れました。

BIO購入者がマジョリティになる日が来ればBIO製品の価格は庶民にも親しみ易い金額になるでしょうけれど、BIOを愛用する人数がマイノリティからマジョリティに逆転するまで私が生きているかどうか、それが問題だ。

le 25 août 2010, Louis
[PR]
by ma_cocotte | 2010-08-25 03:36 | actualité 現時点の現場から | Comments(2)
ロマの王様 Rois des Roms  
で、仏蘭西におけるロマはじめ遊牧民対策について世間で騒がれたせいか、22日夜10時50分頃から民放M6の Enquête exclusive アンケト・エクスクリュシヴ、=独占捜査という番組では一時間半に渡ってロマ族、ツィガーヌ族など旧遊牧民についてのドキュメンタリーでした。
Roms, tsiganes : des vérités qui dérangent
【ビデオ】http://www.m6replay.fr/#/info/enquete-exclusive/16258
【要約】http://www.m6.fr/emission-enquete_exclusive/03-06-2009-roms_tsiganes_des_verites_qui_derangent-12848348.html

日本語ではジプシーと呼ばれることが多い遊牧民は前世紀後半から仏蘭西語では gens du voyage(ぢゃん・でゅ・ヴぉわやあぢゅ、=旅する人々)と呼ばれますが、時に互いの生活にも関わる彼らを仏蘭西ではロマ、ツィガアヌ、ボエミアンなど各出身国別に細分化して呼ぶ機会が多々あります。この番組で主に取り上げられている部族はロマ族 Roms で、彼らの先祖はインド、遊牧の歴史の中でルーマニアに拠点を置いた部族と言われており、現在のルーマニアの国民の約1割がロマ族、そのうち約1万人が仏蘭西に入れ替わり立ち代わり出稼ぎに来ているそうです。

上のビデオの冒頭では不法滞在ゆえに警察の目から隠れているつもりで林の中で隠遁生活を送るロマ族共同体の様子も紹介されています。一日中、焚火を作り、水は汚水も混じる河川水を万事に使用。あの焚火が乾燥した木々の葉に移ったら、欧州の気候の場合、深刻な森林火災になりますが、彼らはそれを知らないし、教えたところで覚えようともしません。市や警察が彼らを見つけ出し、移動を促すと、拒否行動としてこれまでのバラック小屋をいっそう動けないように細工し始めたりもします。

このように数十人から数百人単位で彼らは仏蘭西共和国内の各地にインスタントな共同体を作り、その中には森林内など居住不法な土地を占拠していることもあるのです。この数日の仏蘭西政府によるロマ族を不法居住地から強く移動させることと、これらの方針に従わない彼らを故国(ロマ族ならルーマニア)に送還することは、上のビデオの中で彼らが作る焚火の火力の強さなど目の当たりにしてしまうと納得してしまうのではないでしょうか。

ルーマニアから仏蘭西に「出稼ぎ」にやって来た彼らは仏蘭西ではバラック小屋を自身でこさえて雨漏りにもめげず、上下水道もない環境でも加え煙草で、仲間内でバーベQを楽しんで飢えには至らない生活をし、それぞれがそれぞれの好みで市井で日銭を稼いでいるのです(主に街角や駅構内、列車内の物乞い、信号で待ち伏せしての押し売り車窓掃除や物乞い)。

さて、彼らのルーマニアの実家はというと、ほとんどの家が貧しくとも屋根、壁、床のある家屋で、電気も水道もあります。なぜこれだけの住環境があるのに仏蘭西でのバラック生活を楽しんでいるのかちょっこしわかりかねます。子供がいるのに親兄弟に子を預けて、夫婦で仏蘭西バラック生活をする夫婦もいます。子供が仏蘭西国内で生まれれば子供に仏蘭西国籍が得られることで、その子が成人するまで親は保護者として外国籍のまま共和国内に滞在できるということもあり、彼らは仏蘭西で子作りに励んでもいるようです。共和国内の市町村によっては兎に角、不法かつ居住に適さない土地に居座る彼らを移動させ、成人の就労研修義務と未成年の就学を誓約させ、月50ユーロの家賃で住まいを提供してもいますが、この約束に縛られること自体が彼らには苦手らしいです。それでも面接直後に役所は彼らに食事を用意していました。仏蘭西人の日常よりおいしそうな料理が並んでいましたけれど。


ここで世界にちらばるロマ族の制度について。
インドを源とし、ルーマニアを拠点とした彼らは欧州内に約1200万人散らばっていると言われています。彼らが「自由平等、勝手気ままな遊牧民」かと言うとそうではなく王制をしいているのです。
b0070127_4573140.jpg
↑ ロマ族(王国)の旗。インド国旗にそこはかとなく似ております ↑


ルーマニアのSibiuという町にロマ族の王 Rois des Roms が住んでおり、全てのロマ族の年貢により贅沢極まりない暮らしをなさっているのです。王さまの名前はフロラン・タナズ・シオアバ Florin Tănase Cioabă、1954年の生まれです。上に紹介したドキュメンタリーの中でもロマの王様の豪勢な生活が丁寧に紹介されているので、尚更
ムっとしてしまう
のですが、仏蘭西びとの判断ではロマ族の王制は欧州中世時代の王制に似ているそうです。王様はご自分の1kgの王冠も、メルセデスなど高級車やお城の調度品をお金に代えて臣民に分け与えようという考えはまるでなく、ただ年貢を待つ御身。

ロマ族の王様のお身の回りの何もかもがあまりにも贅沢で、一方、ロマ族の庶民のつましい生活の両方を見てしまうと、彼ら同朋の中での貧富の格差を少しでも狭めるのはルーマニア政府の役割ではないかと思うのです。

先週も仏蘭西からルーマニアに送還されたロマの人々が「国に戻っても職がない」と眉を縦にして嘆いていましたが、仏蘭西でも彼らには職がないけれど、彼らは仏蘭西で銭を稼ぐ術を知っているだけなのです。冷静に眺めればルーマニアという国そのものがまだEU内では発展途上にあり、EU内先進国がこれまでの中国工場をルーマニアや他の東欧バルカン諸国に移動することで救済を始めていますが、ルーマニアそのものが貧しいなら、ロマ族も雨風凌げる我が家を中心に生きることが倹しくも真面目でしょう。ビデオで見る限り、ルーマニアのロマ族居留区の生活は戦後直後の日本よりははるかによろしいです。

番組を見終えての感想は、フランスに出稼ぎに来るロマの人々はもしかして現実から逃避したいがために子供を残してでもルーマニアを離れ、喜捨の精神が残っている旧教国に行き、非現実を楽しんでいるように思えました。あんなに貧しいのに、仏蘭西では高価な煙草を止められない彼ら。どうして彼らが煙草を切らさず吸い続けられるのかさえ、私には疑問です。

貧しい環境を変えるのは他人ではなく自分の知と労ではないでしょうか。
戦後の日本復興が一例だと思います。
今も中世時代の王制の下で生きるロマ族の人々が倣うのは難しいのかな。

le 24 août 2010, Barthermy
[PR]
by ma_cocotte | 2010-08-24 03:18 | actualité 現時点の現場から | Comments(4)
仏蘭西は「ヴァチカンの長女」か「末っ子」か、いや、楽園外の地を這う某か?
2010年8月23日月曜日。
こうして新しい週を迎え、先日16日にこの場でお話した 仏蘭西政府によるロマはじめ遊牧民政策の新しい見解 について、その後は糸を引き引き巻き巻き、いくら巻いても糸玉が大きくなるばかりと共和国内の誰もが予想し始めたようです。

というのも、先週後半になり連日、共和国内に不法滞在のロマの人々が母国だか祖国だかルーマニアに送還されており、22日午前に仏蘭西は北部リル Lilles 教区内の71歳になります修道司祭アルテュウル・エルヴェ Arthur Hervet 師がご自身の政府からの叙勲の栄誉(l'Ordre national du Mérite 勲章)を返還し、共和国内のロマ族擁護と援助の続行を表明しました。
b0070127_23444989.jpg
この方がロマ族擁護のため勲章を共和国に返還されたアルテュウル神父様 FACELLY/SIPA


この数時間後、正午過ぎ、イタリアはローマ教皇の別邸があるカステルガンドルフォにおいて恒例のアンヂェルス Angélus (聖母への祈りの時間)でのお話で、その場に仏蘭西からの巡礼団もいたことから仏蘭西語でここ数日の共和国内におけるロマ族の諸問題について神聖賢愚帝サルコぢ一世の方針とは反対に、何語を話そうが、どこの出自であろうが国境無き博愛精神で弱者救済に努めるように、とのお言葉を下さったのです。お言葉後、しぃいいいん。(ですが、ビデオを拝見しますとB16はすこぶる上機嫌のご様子)

あまりにタイムリィつうか、教皇さまの援護射撃で主日だというのに午後からお仏蘭西は大騒ぎとなりました。しかも、アルテュウル神父さまが勲章を返還する際に神聖賢愚帝サルコぢ一世が「心臓発作でお倒れあそばしませ」とまでマイクに向かっておっしゃってしまったこともニュウスに。ほらね、以下、証拠ビデオ。



上のビデオの後半に登場するエクス・アルル Aix- Arles 教区の大司教さまも政府見解には賛成できないとはっきりとした意見を公表されています。私の南仏時代はまさにエクス・アルル教区内におりまして、私個人はエクス・アルル教区のルルド巡礼団に加えていただいた恩恵もございますが、事実、エクス・アルル教区内の草原の多くにロマやツィガアヌなど遊牧民が寝泊りしており、彼らの生活救済のためにエクス・アルル教区の聖俗が一丸となって働いていることも私はよく存じております。

数時間後にアルテュウル神父さまは「サルコぢなんか心臓発作で倒れちゃえばいいンだ」発言を後悔 しているとだけ表明されてはおりますが、マスコミ側は時間が経てば経つほど「仏蘭西vsヴァチカン」を大きく扱い、なんと「La guerre 戦争」という語まで見出しに踊るほどになりました。サルコぢにしてみればこの土日のカトリック教゛会からの挑発行動にぶったまげ「敵は本能寺にあり」ではなく「敵はヴァチカンにあり」で怒髪天を突いたのか、月曜朝にはサルコぢの臣下であるブリス・オルトゥフ Brice Hortefeux 内務大臣が仏蘭西カトリック司教団団長であるパリ大司教のアンドレ・ヴァントワ André Vingt-Trois 枢機卿に出頭要請。遅くても来週中には仏蘭西カトリックの最長上と共和国内務大臣の会談が行われるとの事で、なんと月曜午後にはヴァントワ枢機卿側は「既に準備万端」と返答されたそうです。

うむぅうう、正義はどちらの上に?

仏蘭西カトリック司教団の背後にはこのお方 ↓ が最高総司令官でございますからして
b0070127_23475262.jpg
世の常をお調べ中の教皇様  © SIPA


兎にも角にも、この週末の二日間で仏蘭西カトリック司祭と教皇さまが仏蘭西政府の遊牧民政策とは反対の立場を表明、世俗にも勧めるまで、仏蘭西共和国の中道よりヒダリ側はサルコぢの今回の対遊牧民政策は2012年の次期大統領選に向け、極右票を割るための作戦だと批判しており、彼らは中道よりヒダリであればあるほどアンチ・カトリックで、離婚、中絶、同性愛何でもオッケーあるねの立場でうれしそうにカトリック司祭や修道者、信者を叩きのめす日常なのに、この週末で「へ?カトリックっておいらの見方なの?」となり、一方、中道より右派はこの週末を境にヴァチカンやカトリックに対し「だったら、お前らがサン・ピエトロ広場にロマ族を集めて養えよ!」と激怒の状態に入っているという世俗はオロオロの状態なのです。良心に従うと 柳に風 の実例がこうして明らかになり始めている今日この頃なのでした。

b0070127_155012.jpg
ミギもヒダリも、いらっしゃ~い —S.RELLANDINI / REUTERS


ワタクシは仏蘭西のカトリック教会はロマ族を共和国内に受け入れるとおっしゃるのなら、生活指導の中に遵法指導を含めていただきたいですね。長年、彼らの共和国内における違法行為が今回の政策方針転換の根幹問題なのですから。


続くぅ。

le 23 août 2010, Rose de Lyma
23日にヴァントワ 23 Vingt-Trois 枢機卿がお呼び出しされたのね。
[PR]
by ma_cocotte | 2010-08-23 17:35 | 『?』なKTOりっくん | Comments(4)
消えつつあるもの。
仏蘭西語環境のFacebookやプロヴァイダートップページの広告で見つけました。
b0070127_1740689.gif

仏蘭西共和国の地方別紋章です。
いずれも伝統に則った紋章が掲載されており、必ずしも近年、例えば車のナンバーに掲載されているア・ラ・モードな紋章ではありません。近年の新しい紋章に目が慣れ、脳味噌も記憶してはいますが、こうして旧紋章を見るとすぐ地方名が口から出てくる老若男女(含むガイジン)はまだ共和国内に棲息していると思います。

上は各地方というか統合地方(例えばPACAはプロヴァンス、アルプス、コートダヂュール地方をあわせた略称)紋章ですが、それぞれの地方、その中の各市町村にそれぞれの紋章があり、どれも地方の特色や守護聖人、紋章学など合わせて生み出された個性ある作品ばかりです。共和国内だと地方都市の道路表記に添えられていたり、
b0070127_1817928.jpg
↑ 和訳すると 聖別されたパンの小道、この小道の両脇は小麦畑です。↑


古い教会聖堂に入るとステンドグラスの一部に県市町村紋章がはめ込まれていることもあります。

b0070127_17581828.jpg
↑ ほら、イエズスさまとマリアさまの下に紋章があるでしょう? ↑


近年のピクトグラム様の紋章には好き嫌いが出ても仕方ないように思いますが、まったくスマートではない重厚な紋章が消えつつあることは寂しいですね。車のナンバーでも旧紋章を掲げている地方(ブルターニュ、ミディ・ピレネ、コルシカなど)がうらめしく思えたりします。私には旧紋章の方がおしゃれなのだけれど。個人のノスタルジックは全体のために抑えねばならんのかのぉ。

le 19 août 2010, Jean-Eudes
[PR]
by ma_cocotte | 2010-08-19 17:59 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)
どこがナチスなんだろう?ひどいレッテルを貼ってくれたものだな、しかし。
いつもの年ならお盆の時期は電脳内の日本語環境は静かなものですが、どうも今年は騒がしいというか、こちらの気に障るネタが漏れ続けているようです。日本國においては65回目の終戦の日、仏蘭西においては被昇天の聖母のお祭り日の翌日にこのような記事を見てしまいました。(毎度のごとく、拙者が気になる点は太字)

フランス:移民政策に強い批判 国連委「ナチスまがいだ」
2010年8月16日 11時10分 更新:8月16日 13時9分

【パリ福原直樹】国内を放浪するロマ族や「非定住者」の違法キャンプの撤去や、移民出身の犯罪者に対する「国籍はく奪」などの政策を打ち出したフランスのサルコジ政権に対し、国内外から「外国人や移民の排斥だ」との強い批判が出ている。国連の差別撤廃委員会では「ナチスまがいの政策」との異例の強い意見が出た。15日には、ロマ族などが高速道路を車両で一時封鎖しサルコジ政権に抗議した。▼仏では7月、アラブ系の移民や、国内を放浪する「非定住者」が、警官に発砲したり商店を略奪する暴動が起きた。これに対しサルコジ大統領は(1)違法キャンプ撤去(2)移民出身者が警官を殺害した場合の国籍はく奪--などの方針を表明。仏政府幹部はイスラム教に基づく「一夫多妻主義」を実践する移民の国籍はく奪も示唆した。▼だが、仏の状況を審議する国連差別撤廃委では先週、多くの委員が「人種や出身による差別の強化だ」と批判。「仏政府幹部には差別撤廃の意欲がない」「国是の平等・博愛の精神を取り戻すべきだ」との意見も出た。同委は27日にも仏に関する報告書を出すが、厳しい内容になるのは必至だ。▼これに加え仏では「国籍はく奪はテロや内乱罪で適用される重罪で、そぐわない。移民出身者だけを差別するのも違法だ」(パリ大学教授)などの批判が噴出。野党第1党の社会党は「移民排斥を訴え、極右票を取り込もうとする政治的宣伝だ」とも指摘した。▼これらに対し、仏政府は「治安安定こそ人権の基本だ」(ルルーシュ欧州問題担当相=閣外相)として譲らず、ロマ族のキャンプ撤去を続けている。国連の批判には、大統領の支持政党の国民運動連合(UMP)幹部が「差別撤廃委の委員らの多くは(アフリカなど)人権を尊重しない国の出身だ」と挑発的な態度を示した。▼一方、報道によると、15日朝、ボルドー(西部)付近の違法キャンプを追放されたロマ族など約250台のキャンピングカーなどが、高速道路の橋の上で約9時間、封鎖を実行。警察が催涙ガスの使用などを警告したため、封鎖は解除された。▼支援団体によると、当局が満足なキャンプ地を提供しないことなどへの抗議で、付近の高速は大渋滞した。



以上、毎日.jp に掲載された記事ですが、同じ毎日.jpに掲載された以下の記事が上の記事の内容の副読記事として良いように思います。

フランス:サルコジ政権が「ロマ」規制強化 人権団体反発
2010年7月30日 21時35分

【パリ福原直樹】フランスのサルコジ政権が、国内を放浪する民族ロマや「非定住者」への圧力を強めている。一部の非定住者が今月、暴動を起こしたのがきっかけで、仏政府は28日、ロマらの違法キャンプを撤去するなどの方針を決めた。だが長い間、差別されてきた人々への強権発動は、国際社会や人権団体から大きな反発を招いている。▼仏中部の町で18日、非定住者50人が、警察署や商店を襲撃したり、駐車車両を燃やす暴動が発生した。その数日前、近くを車で通行中の非定住者の男性(22)が警察の検問を無視して逃走、警官に射殺されており、暴動はこれに対する報復とみられている。▼サルコジ大統領は28日、緊急の閣僚会議を招集し、▽ロマを中心とした300カ所の違法キャンプの撤去▽国外から来たロマが罪を犯した場合、即時の強制送還▽非定住者の納税状況の調査--などの方針を決めた。▼大統領府は、ロマをより簡易に国外追放できる法案を年内にも提出する方針も示している。▼仏は暴動後に開かれた欧州連合(EU)外相会議で、「ロマ問題の解決でEUは協力すべきだ」と主張した。だが60万人と多くのロマを抱えるルーマニアは、「ロマを犯罪集団として扱うべきではない」と反発欧州の人権組織「欧州会議」(47カ国)の幹部も、「仏は非定住者と市民を平等に扱うべきだ」と指摘している。▼一方、仏の人権団体「人権連盟」のサロンクール副会長は毎日新聞に「今回の仏の措置は、暴動を口実にした非定住者やロマの摘発で、差別だ」と批判している。▼フランスの非定住者は一般的には、キャンピングカーで国内各地を移り住む元遊牧民など約40万人を指し、国外から来たロマ2万人とは区別される。今回、暴動を起こしたのは非定住者で、仏の人権団体は、政府の対応を「非定住者とロマを混同している」とも批判している。

◇ことば・ロマ
インドが起源とされる流浪の民族で、欧州には推定で1000万人以上が在住。ルーマニアなど中・東欧を中心に定住する一方、移動を続ける人もいる。欧州で非定住者やロマらはジプシーなどと呼ばれ差別されてきた。





なんか、なんだかなー な記事であります。

正直、十年近く仏蘭西の市井に寄留し、ロマ含め共和国内でヂャン・デュ・ヴォワヤーヂュ gens du voyage(=直訳すると「旅する人々」、ジプシーが差別語ということで使用されるようになった彼らを指す造語) らの行状と、彼らについての定住政策と実際定住策に従って生き始めたヂャン・デュ・ヴォワヤーヂュの内情を垣間見てきた私としては上の記事に出てくる国連や人権団体の主張は「ご尤も、綺麗事、建前、理想論」にしか読めず、国連や人権団体でピチピチ働く方々は本当に仏蘭西共和国内の近年の対ヂャン・デュ・ヴォワヤーヂュ Gens du voyage の諸策についてよくよくご存知の上で意見を述べられているのか疑わしく思います。

私はサルコぢの御世を好ましく思っていませんが、今回ばかりはサルコぢ政権に同情申し上げます。何をもって「ナチスまがいの政策」なのだろう?差別だか弱者だか、差別されている弱者の集まりだか知らないけれど、その枠組みに含まれる人間ならば殺人やら放火やら盗みなどどんな犯罪を犯し続けても世間から差別されていることを理由に無罪放免になるのでしょうか?
事の発端はサルコぢがヂャン・デュ・ヴォワヤーヂュの代表数名をエリゼ宮の午餐に招いた時から決裂は始まっていたと思います。午餐後、サルコぢは会見ではっきりとメルセデス(=ベンツ)を乗り回す彼らを救済することに疑問を持ち始めていると言いました。そうなんですよ、なぜか彼らのほとんどが最新の美しいメルセデスベンツに乗っています。支援者が用意した邸宅に仲間内で入れ替わり立ち代わり数か月住んでおり、邸宅の庭には高級キャンピングカーが数台停車。邸宅にはパラボラアンテナ、居間には大画面テレビ。登校しない子供は日がな一日大画面テレビで衛星放送を楽しんでいます。子供の数は10人を越え、彼らが兄弟姉妹、従兄弟姉妹、それとも同朋とは言え「赤の他人」かさえわかりません。一方、上の記事に登場する非定住者キャンプも記事だけを読めば知らないヒトはスラムを想像するかもしれませんが、現実は水道も電気も引ける場所に豪華キャンピングカーを停泊、日よけを張り、市井の人間には優雅にさえ見える生活を彼らはしています。

以下、15日ボルドーであった「旅する人々」による橋梁封鎖の抗議行動ですが、キャンピングカーやキャラバンを引く乗用車などご覧ください。



定住政策に応じた彼らには家族数に合わせて公団の一室が与えられ、生活保障も他の仏蘭西人、移民や難民と同じ条件であり、もし最低収入条件にあてはまるのならば医療費無料にもなります。非定住の方は具合が悪くなると、街中で盗んだ財布から保険証カードを抜き出して、緊急を装って医院に飛び込んだりします。医院や歯科医院で臭い芝居を怪しんだ受付と彼らの口論を見たことがあるのは私だけではないと思います。

定住しない仏蘭西国籍を持ちながら大陸を自由に行き交う彼らをどう定住している仏蘭西国籍者とまったく平らに等しく扱うのか、そのようなマジックができるものなのでしょうか?彼らが乗り回す高級車も彼らが共和国外で盗んで共和国内に持ち込み、共和国内で勝手に他人の車から取り外したナンバーをくっつけて乗っているし、その逆も彼らの中で行われています。共和国内で彼らが盗んだ金品を大陸の別の国の古美術屋で発見されることも多々。彼らの悪行について背後に大陸各国のマフィアが絡んでいることも指摘され、金銭で援助しても金がマフィアに流れてしまっている可能性もあるとのこと。いろいろ理由をつけて未成年者を学校にも通わせないことで、彼らのキャンプ先に教師や社会福祉関係者を派遣、カトリックやプロテスタント教会でも司祭や牧師、世俗ボランティアを派遣したところで、夜逃げのごとく或る日突然予告無しに跡形もなく消えるのも常です。
この夜逃げのように消えるクセも定住に応じた彼ら同朋にもよくあることですし、同じ団地に住むことになった他の移民や難民と揉め事が起こるのも常で、彼らの居留区内で殺人や放火、暴動に発展したことも過去にあります。

太平洋に浮かぶ島国の、しかもほぼ単一民族がその国土内で生きている日本という国ではユーラシア大陸で国境を自由に越えて旅を続ける彼らの現実を想像することも限界があるかもしれません。が、こういう現実を見聞しているならば、上の記事の内容においてルルーシュ欧州問題担当相が「治安安定こそ人権の基本だ」とおっしゃったことにはうなづけても、他の国連や人権団体の意見にはうなづくことが難しいのです。国を横切る、縦切るだけの通過民だとしても仏蘭西国籍を持っているなら仏蘭西滞在中は仏蘭西の法律と道徳に倣うのが成人ではないのでしょうか。常識ある成人ならどこの国籍であろうと仏蘭西国籍を持っていなくとも仏蘭西に滞在するなら寄留国・仏蘭西の法に遵法しますよねぇ。

以下は或る日突然夜が明けたら80台のキャンピングカーが許可も取らずに違法に土地を占拠。退去の交渉を役所がしたところでそう簡単には動かない(本当は夜逃げするくらいだから動ける)Gens du voyage の生活の様子を紹介したビデオです。



かわいそうですか?

私が傍観している限り、仏蘭西政府はよくやっていると思います。日本國政府では「しない」でしょう。衣食住で不自由ないほどの定住策を打ち出しても彼らが満足できないまま、盗みなどニュウスにもならない犯罪を子供も大人も協力して続け、止めません。

ぱっと見たら彼らの方が贅沢で派手な生活をしているにも関わらず、国連やら他国から「仏蘭西は差別されている彼らにもっと恩恵を」と願われたところで今以上に仏蘭西は彼らに何を与えたら良いのでしょう?盗みもせずに、スーパーどころかディスカウントストアで買い物をする欧州人はいくらでもおり、そういうディスカウントストアでもスリを楽しんでいるのが彼らです。

なんだかなー。


le 16 août 2010, Etienne
[PR]
by ma_cocotte | 2010-08-16 21:50 | actualité 現時点の現場から | Comments(4)
仏蘭西びとも頭(こうべ)を垂れます。
時折、ガイジンは握手は知っていてもお辞儀を知らないと日本語で見聞することがありますが、欧米でも旧教徒がマヂョリティの国では高学歴だろうと無学だろうと日本人のようなお辞儀をします。
昨日8月15日はアサンプシオン Assomption と呼ばれる「聖母被昇天」のお祭り日で、この日に聖母が永眠し、天の門が初めて開かれた日だと仏蘭西では伝えられているようです。事実、普通の地上波のニュウスで繰り返し「今日はアサンプシオン、天の門が開かれた日です。さて~」と各都市での被昇天聖母祭の市井の様子が紹介されていました。

花の都お巴里でも聖母被昇天のお祭りが観光地でもあるノートルダム・ド・パリ近辺で数日に渡って行われ、メインイヴェントが14日夜の聖母子像が船に乗せられてセーヌ川を下りつつ、同乗された司教方がパリ市を祝聖別する儀式であるとするなら、クライマックスは昨日15日午後のシテ島界隈の聖母行列と、その直後のノートルダム・ド・パリでの 荘厳ミサ MESSE à NOTRE DAME Solennité de l'Assomption でしょう。
b0070127_17521739.jpg
Plusieurs milliers de personnes participent à une procession, le 15 août 2010 dans le centre de Paris, à l'occasion de la fête de l'Assomption célébrant l'élévation de la Vierge Marie au ciel Photo par AFP

偶然というかAFP配信の写真↑ でご自分の前を行列が通ると同時に頭を下げる世俗さんの姿が写っていました。日本でも村の鎮守や道祖神の前で手を合わせたり会釈するように、仏蘭西でも街中の十字架やら聖母子、聖人像を見つけると反射的に会釈するヒトがいます。他にもカトリックの生活習慣でこまごまとしたお辞儀などの所作が求められるTPOがありますが、これらの習慣がどう伝えられるかは本で学ぶのではなく、家族はじめとする先人の姿を見て、自分の心で彼らの姿から何か感じ取ったならば自ら倣うことで受け継がれ、今に至っています。これから将来も生かされるには他人にああしろ、こうしろ、と命じるのではなく、自らが習慣にすることで後進に繋がっていくのだと思います。


まあ、聖母被昇天の祝日を迎えるにあたっての諸行事はかなりというかカトリック色100%どころかカトリックという宗教が濃縮凝縮こってりなイヴェントですのに、日本國に限らず仏蘭西も大都市であればあるほど「宗教なんて毒だ。けっ」な人々が多く集い住んでいるにも関わらず、昨日の午後だけでもヴァカンス中で閑散とした巴里に千人も集まり、この行事に参列したそうです(今年のルルドにはこの祝祭日に合わせて三万人もの巡礼者が集ったとのこと)。
昨日の花の都お巴里はあいにくの雨だったそうですが、聖母行列もそぼふる雨の中決行されたと、15日夜のニュウスで紹介されていました。来年の8月15日はどんな天候であれ、今年のように爆弾予告騒動などなく平和な一日を誰もが過ごせるように祈るばかりです。


le 16 août 2010, Etienne
[PR]
by ma_cocotte | 2010-08-16 18:17 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
きょうの善き日に、爆弾
きょうは8月15日。仏蘭西共和国においてはアサンプシオン Assomption、=聖母被昇天の国定祝祭日であり、今年は日曜日と重なったことで例年にも増してお祭り気分が高まっておりました。ココんちの二人もきょうの善き日、知人宅にお祝いの午餐に招かれ、美酒美食と楽しいおしゃべりに酔いしれて参りました。ところが、帰宅後、こんぴーたに火ぃを入れたら何やらソラ恐ろしい情報が飛び交っており、それはピレネー山脈麓のルルド Lourdes という今から152年前に聖母が出現したことで知られる巡礼地に爆弾が仕掛けられたと予告があり、きょうの聖母被昇天の大祝日にあわせてルルドに巡礼に訪れていた約3万人の人々がルルドの聖域に立ち入ることが禁じられたというニュウスでした。

報道を読み返してみると、ルルドの聖域内の四箇所に爆弾を仕掛けたと県知事に公衆電話からの電話が入ったのが15日正午(日本時間の同日午後7時)。電話の向こうの声ははっきりとした地中海訛りの仏蘭西語を話し、午後3時に爆破するので三万人の巡礼客よ、覚悟しろ!と宣言し、切られたそうです。この予告後、ルルドの聖域は巡礼者の入場を禁じ、聖域内はがらんどうになりました。
b0070127_0574348.jpg
Les Sanctuaires de Lourdes ont été évacués suite à l'alerte à la bombe, le 15 août 2010. photo par AFP

ルルドという巡礼地は聖母が出現した場所だけに一年の暦において聖母にちなんだ祝祭日になると巡礼客の数がぐーんと増えますが、きょうの8月15日の聖母被昇天の祝日はヴァカンス中でもあり、被昇天の聖母が仏蘭西共和国の第一守護聖人でもあることからおそらく一年のうちで最高の人出になる日であります。きょうの善きお祝い日は共和国のうちだけのお祝いではなく、この8月15日に合わせてローマ教皇もルルド巡礼されるほどなのです。

そういう日に爆弾をしかけるなんてできることなのでしょうか?

単純に世界中から遠路はるばるルルドなんて辺鄙で小さな町に祈りに来る人々に対してとてつもなくいぢわるですし、もし単なるいたずら電話だとしたら悪ふざけにもほどがあり、成人がする遊びではないと思います。

仏蘭西のカトリック系放送局KTOでは毎日夕方からルルド聖域内の洞窟での「ロザリオの祈り」の生中継を放映しますが、こんな爆破予告がなかったらきょうの中継は洞窟前に集う巡礼者の熱気が画面を通して見る者に伝わってきたでしょうに、なんときょうの生中継は「爆破されて死んでもしあわせ。ありがとう」な先唱者である司教さまと6人の司祭方のみのロザリオとなりました。
CHAPELET à LOURDES
Chapelet du 15 août 2010

http://www.ktotv.com/videos-chretiennes/emissions/nouveautes/chapelet-a-lourdes-chapelet-du-15-aout-2010/00052062
なんだか最後の司祭方の声のみのサルヴェ・レジイナが悲しいですのぉ。
こんなガラガラの世俗席なんて深夜でもありえないルルドですから、このような非日常な状況は後にも先にもきょうだけと願います。

le 15 août 2010, Assunta


【追 記】
17時を過ぎ、ルルド聖域の世俗に対しての立入禁止は解除されたようです。
[PR]
by ma_cocotte | 2010-08-15 23:36 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
靖國でルペン爺が釣れたようである。




インタビュウに答えている爺っつぁまがヂャン・マリ・ルペン氏。
そして、青い襷をかけたムッシュウはブルノ・ゴルニッシュ氏どす。
先の12、13日の極右サミット会議を終え、18日まで日本に滞在とか。

このビデオの中でルペン爺のおっしゃってることは「国境を取っ払っても全ての戦死者に礼をするだけのことである」という域であり、感情はそれ以上でも以下でもないようなので、政治的意味は期待できないと見るのがよろしいでしょうか。この発言を第三者が何かにこじつけるとやじろべえがミギやらヒダリに傾いて見え始めると思います。

le 14 août 2010, Evrard


以下、朝日新聞に掲載された記事を貼っておきますね。ご参考までに。

仏右翼政党党首らが靖国参拝「立場に関係なく当然」

2010年8月15日19時33分

14日昼には、東京都内で12日から開かれた「愛国者の集い」に出席した欧州8カ国の右派政党幹部たちが靖国神社を訪れた。外国メディアら数十人に取り囲まれるほどの注目を集めたのは、仏右翼政党「国民戦線」のルペン党首。参拝後には「立場に関係なく、国のために戦った人に尊敬を持って参拝するのは当然」と語った。 ▼同神社によると、外国の政党幹部の参拝は異例。一行を案内した宮沢佳広禰宜も「国に命をささげた人に敬意を持つのはどの国も共通。(参拝は)歓迎です」と話した。▼「集い」は新右翼団体「一水会」などが主催した。来日した右派は移民制限や反グローバル化を訴え、一定の支持を得ているが、一水会の鈴木邦男顧問は「自国を愛することが他国の排斥につながってはならない。そのためにも愛国者が直接交流することが大切だ」と趣旨を説明した。▼一方、取材した英インディペンデント紙日本特派員のデイビッド・マクニール記者は「日本のナショナリストと連合国側の英国やフランスの愛国者が、手を携えて靖国を参拝する。普通の感覚では理解できない」と話していた。(石川智也)


[PR]
by ma_cocotte | 2010-08-14 23:22 | actualité 現時点の現場から | Comments(2)