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はじまりました。
仏蘭西共和国で秋分を過ぎたら毎年恒例の、
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葡萄酒廉売会


9月も終わりになり郵便ポストを開ければワイン廉売会のちらしばかりが入っておりますから、共和国内の大規模小売店舗で一斉開催と言ってもよろしいでしょう。仏蘭西語ではこの初秋恒例のワインのバーゲンをご覧のとおり la foire aux vins と呼びます。

全国チェーン規模の超大型店舗 hypermarché や大型店舗 supermarché の中には駐車場にテントを張り、特設会場を造っての大安売りです。この時季、ココんちあたりのド田舎ですと、お昼休みに廉売会に立ち寄ったスーツ姿のムッシュウがワイン壜を片手に握り締めてぶら~りと歩いていたりもします。もちろん木箱ごと何箱も買って車の荷台に詰め込む方々も仰山おります。

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仏蘭西で葡萄酒を買うなら今が楽しいです。

le 29 septembre 2010, Michel
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by ma_cocotte | 2010-09-29 16:46 | 『秋』 Rien de spécial | Comments(2)
樹齢800歳の木は静観しているのでした。
きょう9月27日を仏蘭西の暦で眺めると Vincent de Paul ヴァンサン・ド・ポルとあります。日本國においては羅典語に置き換えてヴィンセンシオ・ア・パウロと言う名前で親しまれているカトリックの聖人のお祝い日がきょうなのでしょう。

調べてみたところ、今年はヴァンサン・ド・ポル(1581-1660)の帰天後350年という節目の年であり、彼の叙階の日(9月23日)から410年目でもあるそうです。どうりで昨日の日曜日、ヴぁちかんでも、ほうぼうの教会でもヴァンサン・ド・ポルにちなんだお説教やイヴェントがあったわけで。そして、どうりで、どうりで、今年の巡礼旅行にヴァンサン・ド・ポルの生誕地 Le Berceau de Saint Vincent が含まれていたわけです。

はい、わたくし、今年の9月8日から9日にかけて仏蘭西の南西部にあるヴァンサン・ド・ポルの生家を訪問しました。このおうちがヴァンサン・ド・ポルが生まれ育った家です。
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おうちに入るとすぐ右が食堂です。
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16世紀から17世紀にかけての仏蘭西の田舎暮らしは、電気を蝋燭に置き換えてこのような感じだったのでしょうね。窓はガラス窓だったのかしら?


歩を奥に進めるとすぐ左のお部屋にはヴァンサン・ド・ポルの遺品が置かれていました。
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案の定と言うか、やはりヴァンサン・ド・ポルのくたびれた革靴がありました。革は破れ、穴ぼこだらけ。他の聖人や福者はじめカトリックではたらかれた方々の資料館を訪問するとたいていくたびれた靴が展示されています。清貧のうちに、兎に角「歩く、歩く、歩く」が帰天後も語り継がれる聖人方の特長なのでありましょうか。


ヴァンサン・ド・ポルの生家の突き当たりは現在、お祈りできる空間になっていました。
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生家を出ると右遠方に大きな木、ちょっと気になる木がありました。
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樹齢約800年の柏の木 le chêne だそうです。ヴァンサン・ド・ポルのお誕生は1581年4月24日ですから、今から429年前なので、この木は赤ん坊のヴァンサン・ド・ポルも、牧童だった頃のヴァンサン・ド・ポルも、カトリック司祭になるために実家から旅立つ日のヴァンサン・ド・ポルも知っていたことになります。「ええ、本当?」と言う言の葉が胸中脳内駆け巡るものですね。

ヴァンサン・ド・ポルは1600年9月23日、19歳の時に司祭に叙階されましたが、その後、船旅の途中で海賊に襲われ、チュニジアで奴隷として売られ、二年間、苦難の中に生き、その後、運良く仏蘭西に戻ることができたことで本当の「回心」に至り、その後は貧者の救済のために祈りと黙想を続けながら全身全霊を捧げ尽くしたそうです。

なかなかそう簡単にできることぢゃないわな。

1625年にラザリスト会 Lazaristes という名の男子修道会を創立、1633年には女子修道会である愛徳姉妹会 la Compagnie des Filles de la Charité を創立しました。そして、ヴァンサン・ド・ポルが生きた時代から約200年後の1833年にフレデリク・オザナム Frédéric Ozanam という学生がヴァンサン・ド・ポルの精神を受け継いだ聖ヴァンサン・ド・ポル会 la Société de Saint-Vincent-de-Paul を創立しました。ゆえに、現在の聖ヴァンサン・ド・ポルの生家内にはバジリカ聖堂だけでなく各修道会の修道院や神学校、老人介護施設と幼稚園から高校までの教育施設及び寮を含む児童施設もあり、ヴァンサン・ド・ポルゆかりの三つの会が協力してはたらいています。
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私が泊まったのは、敷地内の聖ヨゼフ宿泊所です。

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ここはサンチアゴ・デ・コンポステッラの巡礼道の途中でもあるので、サンチアゴ巡礼者の宿泊施設も兼ねています。ヴァンサン・ド・ポルの生家には年に50000人ほどの巡礼者が訪れるそうです。

きょうは縁ある方々が集ったことでしょう。

le 27 septembre 2010, Vincent de Paul
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by ma_cocotte | 2010-09-27 23:19 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(0)
きょうの朝は外気温4℃の朝を迎え、
昨日はアルプスとピレネーで初雪が降ったのだそう。
どうりでスープや豆料理が美味しく感じられるわけで。
9月最後の日曜日、ココんちあたりは外気温一桁で夜が明けました。
まだ庭の苺もフランボワーズも美味しくいただけますが、この様子だとまもなくこれらの実が自然の温度で冷凍され、今年の収穫もおしまいとなりましょう。夏に種をまいたゴーヤは実るのが難しそう。これがとても残念でなりません。

さて、今朝は第三回目のパン焼き研究。
第一回目と第二回目を反省しながら、ボタンをポッチンポッチン。

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第二回目に焼いたパン ↑↓ が第一回目より美味しかったので、きっときょう焼きあがるパンは第二回目より美味しい・・・と良いのですが、焼けてみないとわかりません。

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ちなみに第二回目の粉は Francine 社の PAIN Tout prêt です。お水375ccを加えるだけ。
ただし、私が購入したパン焼き機には12種類の焼き方があり、ここに焼き加減と焼き上がりの重さを掛け合わせての完成パンになるわけで。もう、私はツルツル脳のくせに頭ん中でこんがらがっております。第二回目は「短時間で焼ける普通のパン」で焼いたので第一回目のパン・ド・カンパアニュほどではないにしろまだ重いので、今回は同じ粉で「普通時間のフランスパン」で焼いています。

le 26 septembre 2010, Damien


【追 記】三度目にしてようやくほぼ納得のパンがふんわりと焼きあがりました。
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お水を数度分けて粉と交互に入れるようにし、時間に余裕をもって通常時間の設定に、焦げ具合をしっかりという設定を合わせてみました。第二回目と今回(第三回目)では同じ粉なのに、設定が違うだけでこんなにも焼き上がりが違うとは。勉強になりました。
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ブリオッシュの素も買ったので、めげずに飽きるまで続けてみます。
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by ma_cocotte | 2010-09-26 17:25 | mon chemin du pain | Comments(10)
いつもの、ストライキとデモ行進-振り回される60歳
きょうのお昼手前に旧市街に行ったら、はるか遠方に
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ぞろぞろぞろ

彼らが歩く方向と逆の方向に参りましたら、

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仏蘭西社会党(PS)、仏蘭西共産党(PC)や緑の党他、中道より左の政党や労働組合旗がひらめいていました。

きょう23日はサルコぢ政権が進める法定退職年齢を60歳から62歳に引き上げることを柱とした年金制度改革に反対するストライキとデモ行進が共和国内で一斉に行われたので、こうしてココんち近くの旧市街でもそれなりに大規模な抗議運動が午前中から繰り広げられていたのでした。

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興味深いことはデモ参加者のために大きな屋台があり、珈琲やサンドウヰチがふるまわれており、サルコぢ政権が進める改革に不満持つ者が一致団結しての抗議行動だろうに、どこかお祭りのような雰囲気が屋台の周りでは漂っていたことです。午後一時頃だったか、デモ隊が解散し、帰路に着く参加者の顔も多々拝見しましたが、達成感が伝わるすがすがしい顔ばかりでした。

共和国ではデモは結果がどうであれ、こうして自分たちの意志を表現することに意義があるので、運動後にも関わらずすがすがしさが漂っているのだと思われます。

彼らが家路に着いた後、閑散とした集会場所には貼られたばかりの仏蘭西共産党の主張ポスター。
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で、今回の大規模ストライキの原因であるサルコぢ政権が進める法定退職年齢を現行の60歳から62歳に引き上げることについてですが、ココんちの仏蘭西びと♂の母親が1949年2月生まれの61歳で公務員なのであります。実は二年前には息子であるココんちの仏蘭西びとに2010年春に定年退職すると予告していた彼女、現在、それが取りやめになり62歳まで就労が延長の状態の中にあります。こちとら、一度決まった退職日が延長になったと聞いた日にゃあ、やっぱり仏蘭西っちゅう国は日本國とは異なることを感じ取りはしましたが、まさに今回の法改正問題で明日はどうなるかわからない身であるご本人は、なんと来週までスペインの孤島でおヴァカンス中という、これまた仏蘭西らしいというか、やっぱりあの方は無責任一代女なのだわ・・・と改めて判断すべきなのか。

それは兎も角、60歳退職が62歳に引き上げられると野党や労働組合は文句を言い、逆に定年が例えば65歳から60歳に引き下げられると野党や労働組合は文句を言うので、いったいキミがたは何歳まで働きたいのか?と質問したところで現制度に不満足なだけであること、これは世界共通かもしれません。先ほど、国営放送の夜のニュウスにはアナキストのArlette Laguiller アルレット・ラギイェ女史が久しぶりにナマで登場でしたが「死ぬまで働く」と繰り返しおっしゃってました。うむぅ、仏蘭西にも早期退職制度もあるだけに「死ぬまで働く」というのもどう捉えればよいのでしょうか。給与、年金などお金を考えないのがラギイェ女史が考える理想世界なのでしょうか。

労働組合側は10月上旬にまたこの法改正について抗議運動を起こす構えだそうで、一方、サルコぢ政権側は抗議運動参加者が減少傾向にあるとし、法改正支持者が増えていると宣伝(ま、サルちゃんのいつもの手だな)。

どうなることやら・・・って、おそらく間違いなく法改正可決でしょうけれど、ストライキでこちらの予定がうまくいかなくなるのは勘弁です。なぜか虚しくなるし、疲労困憊するのだな。

le 23 septembre 2010, Mauricette
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by ma_cocotte | 2010-09-23 23:38 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
これで、ちょっこし、ひと安心。
今回の巡礼の思い出として、スペインはバスク地方で愛されているアランチャズの聖母 Nuestra Señora de Aránzazu を模した木像を買ってまいりました。体長は18cmほど、アランチャズの大聖堂に置かれている本当に本物のアランチャズの聖母像でさえ体長は30cmあるかないかだそうです。
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↑ 写真真ん中の縦長長方形の中に本当に本物のアランチャズの聖母像が鎮座しています ↑
白い置物の上方のほんのチビっとの白い部分がアランチャズの聖母像です。ちっこ~い


アランチャズの聖母は、イエズス会を創立したイグナチオ・デ・ロヨラにも愛されたとのこと。
彼が生まれ育ったロヨラ城にもアランチャズの聖母像らしき像 ↓ がココとイグナチオが回心した部屋に置かれていましたし、ロヨラの村に入る道の際にもそっくりの聖母像が鎮座していました。バスク地方で愛される聖母なのでありましょう。
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私個人は、木の持つ温かさとふっくらと丸く素朴な聖母像に「肝っ玉母さん」を感じ取って一目惚れで、未だリビングに聖母像がないココんちに置きたくなりました。だから、買っちゃった。
昨日は野暮な用でココんち旧市街の司祭館に参りましたので、そのついで(野暮用のついでなんて聖母に失礼でありますが)、神父さまに聖別祝別をお願いいたしました。
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↑ 神父さまのお支度を待つマリアさまとちびイエズスさま ↑


やがて神父さまはストラという司祭が秘跡を行う際に首にかける長いストールにチューしてからご自分の首にかけ、祈祷書片手にお祈り、最後はご像に聖水で十字を切り、みんなで主祷文と天使祝詞を唱えて儀式はおしまい。聖水でキラリとちびっこイエズスさまの頭が光っていたのが印象的でした。

こうして、アランチャズの聖母はココんちのリビングにお座りあそばされたのでした、まる
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神父さまに聖水を用いてお祈りしていただいたのですから、もうこの木彫りの聖母子像を捨てることはもちろん、燃やすこともできません。教会法でブッブブーでござーますからして。

それにしても、ココんちの猫暴力が限りなく心配でありますが、非武装防衛だからにゃあ。(嘘

le 22 septembre 2010, Maurice
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by ma_cocotte | 2010-09-22 17:51 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(0)
絶壁におわしますロカマドゥルの聖母は「海の星」なのだ。
さて、ロカマドゥル。
ロカマドゥル Rocamadour は中央山脈の南、トゥルゥズの北、大西洋に向かうよりは地中海に向かう方がちょっとだけ近いような、つまり共和国の内陸の岩山脈地帯の絶壁に造られた村です。ロカマドゥルの絶壁の頂上から海は見えませんが、なぜかロカマドゥルは仏蘭西共和国海軍の巡礼地であり、年に一度、海軍人がロカマドゥルに集ってのお祭りがあるのだそうです。
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ま、ちょっと考えてみると、聖母は【行く手示す「海の星」】と譬えられますので、納得でしょうか。

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古くはシャルル・マーニュの甥であるブルターニュ伯ロラン Roland ↑ が732年のポワチエの戦いでの戦勝を感謝してロカマドゥル聖域に置かれている黒い聖母子像にお礼参りした記録があり、その後はフィリップ美男王の三男であるシャルル四世(彼もまた仏蘭西語ではCharles le bel シャルル美男王と呼ばれる)やヂャン二世 Jean le bon 、ヂャン善良王も巡礼、更には聖ルイ王 Louis IX が母と共に繰り返しロカマドゥルを巡礼した記録が残っているのだそうです。

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洗礼者ヨハネ像の背後が聖ルイ王、左が母ブロンシュの肖像画


あ、ルイ十一世も巡礼に。
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んなわけで、昔から軍人に馴染みある巡礼地だったことで今も海軍に巡礼の習慣が受け継がれていると思われます。
今年、ロカマドゥルの聖域では9月4日から12日までが聖母週間 Semaine Mariale でしたが、クライマックスの二日間にあの小さく狭い聖域に共和国中から海軍人が集ったことになります。その事前準備だったのでしょうか。9月6日午後三時過ぎ、聖域でこのような方々が聖堂から現れ、私達のそばを通り過ぎていきました。

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海に縁があるので、聖母聖堂の天井から船の模型が下がっているのです。
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le 21 septembre 2010, Matthieu
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by ma_cocotte | 2010-09-21 16:32 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(4)
ようやく買ってしまいました。
なんて変な日本語なのでしょう。
ですが、ようやく手に入れました。
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Machine à Pain パン焼き器


なんと、仏蘭西ではよく知られる Moulinex 社製ですのに定価99ユーロが39.5ユーロ引きで
59.5ユーロよ、奥さーん
「持ってけ、泥棒!」価格なので失敗しても「ま、いっか」と泥棒ならば諦めがつくものかもしれませんが、そこはスーパーウルトラどケチのま・ここっつぁんの問屋では卸しません。帰り道に全国スーパーチェーンオリジナルブランドのお水を加えるだけでよい「パンの素」を購入、恐る恐る第一実験に入りました。

美味しく焼けますように。

le 21 septembre 2010, Matthieu


【追 記】

で、午後十時過ぎ。

焼けた。
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出した。
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切って、見た。
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・・・けど、ε= (´∞` )    ┐(-д-`;)┌    _| ̄|○

初焼きなのでご寛恕のほろろのとほほだな・・・よよよ。

そうそう、このパン焼き器、園芸店で買いました。
仏蘭西の園芸店にはなぜかパンの素コーナーがドドンとあり、お勧めのパン焼き器も売っていたりするのです。
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by ma_cocotte | 2010-09-21 03:50 | mon chemin du pain | Comments(5)
公で許される、個々の「こころ」
きのうは【ぢょるね・でゅ・ぱとりもわあぬ Journées du patrimoine 、文化遺産探訪デー】だったこともあり、午後六時から旧市街の公立病院の聖堂でコンサートがあったので、行って見ました。

こちら ↓ は公立病院敷地内のプロテスタント礼拝堂だそうです。
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新教の礼拝堂なのに入口の上に聖像らしきものがあるとなると、ここも旧市街の新教礼拝堂同様、革命前までは旧教聖堂だったのかもしれません。

プロテスタントの礼拝堂から駐車場を挟んで反対側にカトリックの聖堂があります。
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手前の三階建ての建物(病棟)の向こう側に聖堂入口があります。
建物の向こう側から塔を撮った。こちらからならば逆光ではありません。

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ここが公立病院内のカトリック聖堂の通用口。左が住み込み司祭の住居です。
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日本國では臨床施設があれば「病院」と呼ばれることが一般ですが、仏蘭西では臨床施設があっても公立ならばオピタル hôpital 、私立ならばクリニック clinique の名称が用いられることが普通です。1905年12月以降、仏蘭西共和國には政教完全分離法(ライシテ laïcité)が存在しますが、ガイジンには不思議なことに公立病院には必ずカトリックはじめ祭司が住み込み、敷地内に各宗教の礼拝堂が必ずあります。が、私立病院には必ずしも宗教関連施設がありません。ココんち近所の公立病院には新旧教の礼拝堂がこうしてありますが、巴里はじめ大中規模都市になると公立病院内にはイスラームのイマムも、ユダヤ教のラビも住み込みではたらかれています。


さて、午後六時。カトリックの聖堂の中に入りますと、コンサート。
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祭壇の右に蒲鉾アーチがありますが、今もしっかり開閉扉のついた柵があります。
おそらく昔は病院ではたらく修道女方の専用席だったのでしょう。病棟につながる扉も奥にあります。

午後六時であることと、晴天に恵まれたことで、壁には西の日差しによる美しい世界が。
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眼福ですなあ、でお・ぐら~しあす。

le 19 septembre 2010, Emilie
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by ma_cocotte | 2010-09-19 20:30 | Promenons-nous! | Comments(0)
ナマ「生き字引」、ココに現る。
きょうが【ぢょるね・でゅ・ぱとりもわあぬ Journées du patrimoine 、文化遺産探訪デー】ということで思い出したことがありました。それは一年前の9月第三土日の同じお祭り日に旧市街のカトリック聖堂で行われた司祭の祭服展示会に現れた老ムッシュウのことです。
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説明は教会の関係者ではなく、仏蘭西政府側の文化専門職のマダムによるものでしたが、

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例えばマダムが「この祭服はいつ頃のものか・・・」とつぶやくと、ムッシュウがすかさず「○×司教さまにいただいた祭服ですよ」と返答される。ムッシュウの脳内に記憶されている事項は専門職のマダムが得た知識よりはるかに詳細なのです。

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ムッシュウがなぜこんなにも詳しいのでしょう?
ムッシュウ曰く、「私は生まれてすぐこの教会で洗礼を受け、初聖体も堅信もこの教会、結婚もこの教会、数年後の葬式もこの教会なんだな」とニヤリ。なるほど、ムッシュウの人生=教会の歴史の一部であり、ムッシュウの存在そのものが教会の細胞のひとつなので、教会の記憶はムッシュウの記憶でもあるのです。

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ムッシュウにはそんなこたあ当たり前のことだけれど、私にしてみれば感動でした。


le 19 septembre 2010, Emilie
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by ma_cocotte | 2010-09-19 05:17 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)
さて、どこでツルツル脳に皺を刻もうか。
アレ から一年。
またアレの二日間がやって来ました。
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ぢょるね・でゅ・ぱとりもわあぬ Journées du patrimoine 、文化遺産探訪デー。
仏蘭西共和国内の文化遺産、文化施設のほとんどを無料で楽しめる二日間です。

昨年の私は普段入れない 県庁舎 に参りましたが、今年はどうしようかな。
いちおう、旧市街で最も古い教会聖堂の案内板をチェックしましたが、
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昨年は司祭装束の展示と講義でしたが、今年はステンドグラスの講義と座談会、補修を終えたステンドグラスの聖別ミサが日曜夕方に大司教さま司式で行われるとのこと。そして、土曜夕方にはバロック音楽会が催されるそうだ。こりゃ、行かねばの。

これから旧市街の観光案内所に行き、関連パンフレットをもらってこようと思います。
空は晴天、空気は清涼。文化探訪には最適。

le 18 septembre 2010, Hélène
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by ma_cocotte | 2010-09-18 17:14 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)