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は い、動 い て み ま す。
2010年11月27日土曜日の朝、
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午前9時少し手前。
まだ夜が明け切ってもおらず、今にも雪が降り出しそうな空模様と冷気漂う仏蘭西のド田舎。

仏蘭西共和國では現在も二つの暦が機能しており、ひとつは日本國と同じ太陽暦に共和国国定祭日をあてがった暦、もうひとつは全日にカトリックの聖人名が冠されたヴァチカンが定める祝祭日に則った典礼暦です。前者の暦では大晦日の12月31日までまだ一か月近くあるものの、後者の暦ではきょう11月27日の日没をもって新年が始まります。世間でたまに耳にする待降節(仏蘭西語だとラヴァン L'avent)が土曜日の日没を境に始まるのです。
待降節の意味は漢字だと連想しやすく、神の御子イエズスの誕をつ季で、聖教一致時代のかつての仏蘭西ならば国民が皆何かしらの節制をしながら12月24日から25日にかけて始まるお祝い日の準備を待降節の間に行ったのでした。

その名残りもあって、この週末は共和国内のいずれのスーパーマルシェでも出入り口に共和国内の慈善団体の人々が構え、ら・ばんく・ありまんてぇる La Banques Alimentaire、=食料銀行と呼ばれる共和国内の住所不定者や貧者に配布する食料を来店客から集めるイヴェントが行われています。慈善団体の中にはLes Banques Alimentaires http://www.banquealimentaire.org/ というそのものズバリの名称の団体も参加していますが、私が昨夕買い物に出たいつものスゥパァマルシェには仏蘭西赤十字 La croix rouge française の会員方がドドンと陣取ってらっさいました。いくらボランティアが店前にビニール袋を客に渡そうと構えていても、ビニール袋を受け取り、自分のポケット銭から他者のための食料を購入する自由は客側にあります。例えば、カトリックを毛嫌いする共和国民は決して Scours Catholique に援助しませんし、左傾につながるScours Populaire に納得しない右派の無神論者もいます。

食料を選ぶにしても自分が食べたいものを選ぶ人は初心者であり、他者を思い、更には他者の台所の事情まで慮れるようになると、冷蔵庫も火力も必要としないで食べられる食料を選べるようになります。食料ひとつ選ぶにしてもカリタス(互いを思い合う気持)が表れるものなのですし、こころが成長していくのです。待降節は胎内でイエズス様を育てる聖母についても思い巡らすことができる貴重な日々になりますが、妊娠ではなくても、男性も女性も他者の心や空腹を思うことで心が育つ。

政教分離しても、共和国民が待降節を迎えるにあたり、毎年、誰かに働きかけられ、誰かのために自分が動いてみることを繰り返せる。この習慣が廃れないように祈るばかりです。

le 27 novembre 2010, Sévrin

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by ma_cocotte | 2010-11-27 20:23 | 『秋』 Rien de special | Comments(2)
あなたを買えてよかった。
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りんご「ふじ」とスウヰティです。

ふじりんごは仏蘭西共和国内はロワール産、スウヰティはイスラエル産です。
どちらも私の大好物で、共和国内の花の都や移民集うコスモポリタンシティなら兎も角、ココんちのような超ウルトラスーパーど田舎で見つけられたら「これ、さいわい」。ふじは1kgあたり1.8ユーロ、スウヰティはひと玉0.75ユーロ。

ちなみにスウヰティ、ココんち地元では Pomelos vertes という名で出ていました。

le 24 novembre 2010, Fiora

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by ma_cocotte | 2010-11-24 18:59 | The ou Cafe? | Comments(6)
十日後に待降節が始まる。
今朝、私の電脳郵便箱にお届け物がありました。
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仏蘭西ではスゥウル・カトリック Secours Catholique という名で知られ、世界においてはカリタス・フランス Caritas France で誰もがピン!と来る、カトリックにつながる社会福祉団体による、毎年11月第三週恒例の募金キャンペーンのお知らせです。
三枚のポスターとも下方に募金を何に使うのか説明があるので、日本びとに好まれるイメージアピールとは程遠く、おしゃれどころかダサい印象がポスターから醸し出されているかもしれませんが、理屈がないと行動しない仏蘭西びとには集められた浄財の使途が明確であればあるほど御身を喜捨する傾向にあります。
一番上の老マダムが映るポスターには、仏蘭西共和国内に現在、2万人以上の高齢婦女子者がおり、そのうち3/4の老人が独居、孤独の状態にあること、二番目の青年が映るポスターには共和国内では毎年約15万人の青年のうち半数が失業していること、三番目の母娘が映るポスターには現在共和国内に約18万の片親家庭があり、そのうち半分が毎月900ユーロ未満の生活費で生きていることが明記され、もし私達がカリタス・フランスに寄付した場合、浄財によって彼らを援助するとあります。

それぞれのポスターにある Croyez-vous en moi? と言うのは「私を信じていただけますか?」と和訳できますでしょうか。たった三枚のポスターとそこに書かれている数と比率では、日本國内の現状とはかなり異なるのか、少し異なるのか市井に生きる凡な私には比較判断が難しいところです。が、上の社会諸問題に加え、今週はじめにはカトリック修道士だったラベ・ピエエル L’abbé Pierre 師が創立した慈善団体エマウスからは老朽化し生活劣悪環境にある住居群についての改善要求(つまり寄付希望)が発せられてもいます。そして、11月の最終日曜日以降はどこの大規模店舗にもカリタスや赤十字はじめ慈善団体が来客に食料寄付を募る運動も始まります。
私達各自が「できることはする」季の節目が今年もやってきます。


le 19 novembre 2010, Eudes

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by ma_cocotte | 2010-11-19 17:58 | 『秋』 Rien de special | Comments(4)
Air Sarko One ヽ(`Д´)ノ
昨日11月11日、仏蘭西共和国大統領なんかに御身を窶している神聖賢愚帝サルコぢ一世は寵妃カルラを伴って「静かな朝の国 LePays du Matin calme」大韓民國はセォウル Séoul にできたてのほやほやの大統領専用機で向かわれました。
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この大統領専用機はまずカリビアン航空 Air Caraïbes がエアバス社から購入したA330-200を仏蘭西政府が買い取り、内部を改装し大統領専用機に化けたもんだそうです。

昨日の共和国は第一次世界大戦終戦記念日の国定固定祭日だったせいか、世の中平和ゆえニュウスでは繰り返し豪勢な内装と巨大な外観を持つ大統領専用機についての話題が繰り返されました。映像では中華人民共和国主席専用機や米国大統領専用機の姿も映し出され、立派な大統領専用機を所有することは国際的に国力をアピールできるとも流れ、仏蘭西も中国、米国に匹敵、いや、A330機ならば中国や米国以上かもしんないと。ここまで見てしまうと、国営放送やTF1はサルコぢ一族と彼らのお取り巻きからいったいいかほどのお小遣いを頂戴しているのかとどっちらけてしまうのは私だけでしょうか。

一夜明けたきょう11月12日、このできたてほやほやの共和国大統領専用機についてAir Sarko One という渾名を用いての報道が目立ち始めました。( ̄ー ̄) ニヤリ Air France One でもAir République One Air Coq One でもなく、Air Sarko One。国力でも共和国民の力でもなくサルコぢ個人の権力の象徴でしょうか。傍観するガイジンのひとりである私もこんな贅沢な共和国大統領専用機は仏蘭西という国の元首には似合わないと思います。サルコぢの御世が終わったらどこかの帝國にでも売り払い、そのお金を平らに等しい庶民のために使えばいいです。仏蘭西の国力はこんな消耗品で世界に示すのではなく、良心ある人道活動で示すべきです。(`・ω・´)キリッ

以下、大爆笑!




神聖賢愚帝サルコぢ一世が寵妃カルラちゃんと離仏あそばされた翌朝、国営放送 France 2のニュウス ではくりかえし次期大統領選挙の人気予想が流れており、一位は現首相のフランソワ・フィヨン François Fillon 氏で51%、次点は仏蘭西社会党党首のマルティヌ・オブリ Martine Aubry 女史の49%だそう。あれ?サルちゃんはどこよ?

おあとよろしいようで。

良い週末を Bon weekend à tous!

le 12 novembre 2010, Christien

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by ma_cocotte | 2010-11-12 18:36 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(6)
いい歌だなあ。
2010年11月11日、雨の祭日。
今日知って、イントロが耳に入るなり気に入ってしまった一曲を繰り返し、繰り返し。


植木さん: いやいや、待たしてごめん。さあ、行こうか?
ユーミン: 行こうって?
植木さん: しあわせのあるところに決まってンぢゃないの。
いいわあ、この会話。
なぜか私には昭和30年代の会話のように聞こえます。
目の前には喫茶店、そう、例えるならば「ゲゲゲの女房」に出てくる行きつけの調布の喫茶店。

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Still Crazy For You [Single, Maxi]
クレイジーキャッツ&YUMING


2006年4月12日に発売されていたとのこと。
谷啓さんの帰天 をきっかけに出会えるとは。でお・ぐらーしあす。

何度繰り返し聞いても、飽きることなく胸がきゅううううんとなります。
私、心筋梗塞で死んでしまうのかな。

天国は楽しそう。


le 11 novembre 2010, Martin

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by ma_cocotte | 2010-11-11 22:12 | Adieu, 涙の昭和 | Comments(9)
小さなひとびとのひとりとして
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仏蘭西共和国内のそんぢょそこらの墓地で見かけるというか、こんな地味な墓石はこの頃見ないよ!と断言できるくらいごく普通の傾きかけた墓石でありますが、この下に永眠するは仏蘭西共和国第五共和制初代大統領のシャルル・ド・ゴール Charles André Joseph Pierre-Marie de Gaulle 将軍です。共に眠るはイヴォンヌ Yvonne 夫人と次女アンヌ Anne。

今日から四十年前、1970年11月9日に79歳にしてド・ゴール大統領が突然、巴里のはるか東方にある小村コロンベ Colombey-les-Deux-Églises の自宅で息を引き取りました。翌日、ポンピドー大統領によりド・ゴール大統領の帰天が公 となり、11月12日に花の都は巴里の ノートルダム聖堂でド・ゴール大統領の遺言にあった国葬不要の希望に反し、ニクソン大統領やチャアルズ皇太子はじめ海外からの参列者を迎えての国葬、同日に棺は再び自宅のある小村コロンベ・レ・ドゥ・エグリィズに移され、ド・ゴール大統領の遺言どおり地元の教会で 葬儀ミサ が捧げられた後、教会墓地に埋葬されました。

今日のシャルル・ド・ゴール大統領の命日を迎えるにあたり、数日前からテレビの画面には関連番組が放映されていますが、日曜だったか国営放送の番組にド・ゴール大統領のコロンベの自宅が紹介され、リビングの暖炉の上に十数の写真たてが飾られており、その中にチャアチル首相と教皇ピオ十二世 Le Pape Pie XII らしき尊影がありました。そして、1970年当時の共和国内の様子が白黒で映し出され、当時の共和国ではまだ街頭テレビがあり(・・・って、今も田舎のカフェやバアにはテレビを置いてある店が多いけれど)、画面の前で祈る庶民が多々いたことなど、私が未知の仏蘭西市井を知ることができました。ポンピドー大統領による大統領帰天の公式声明 の冒頭
Françaises et français. Général de Gaulle est mort. La France est veuve.
共和国民よ、ド・ゴール将軍が亡くなりました。仏蘭西は未亡人になりました。
と言う一文は名文ですし、彼の重い声とゆったりとした語り口もドラマ以上のドラマになっていますね。

シャルル・ド・ゴールは仏蘭西の英雄でしょうから帰天四十周年という節目の年を迎え、きょうも午前十時半から国営放送France 2では特別番組が放映されてもいますが、命日をきっかけにシャルル・ド・ゴールの葬儀から彼の私生活を紐解くと、脚光を浴びた公生活の陰になった引退から晩年までの生き様がいろいろ見えて来ました。

« Je veux être enterré à Colombey » 私はコロンベに埋葬されたい
なぜド・ゴール大統領が遺言として引退後の住まいとした小村コロンベに埋葬を希望したのかと言うと、1928年に染色体異常の障害児として誕生した次女アンヌが1948年に永眠、このコロンベの教会墓地に埋葬されていたからです。生前からはっきりと未来永劫、巴里のパンテオンへの埋葬を拒んでいたとのこと。

1955年以降、ド・ゴール一家はコロンベに家を持っていたようで、滞在中ならば毎週日曜日に大統領夫妻はコロンベの教会のごミサにあずかっていたこともあり、大統領は生前からご自分の葬儀はこの教会で、花など飾らず簡素に、政府要人を誰も呼ばないようにと遺言として残していました。« À mes obsèques, ni présidents, ni ministres, ni n’importe quels autres représentants de quelconque assemblée » ここまで読んだところで今一度、コロンベの教会でのド・ゴール大統領の葬儀ミサと埋葬式のビデオ を眺めますと司教司式とは言え仏蘭西の市井で垣間見る葬儀ミサと埋葬と同じ・・・むしろ庶民より地味に見えるほどで、典礼文と聖歌は誰もが暗唱し、共に唄えるものばかりです。聖体拝領中の聖歌なんて黒革の聖歌集658番の「主よみもとに」です。言語違えど一緒に唄えるではありませんか。典礼文や主祷文は現在とおんなじですし。

« Sur ma tombe : Charles de Gaulle, 1890-... Rien d’autre »
私の墓には、シャルル・ド・ゴール 1890-...没年以外何も刻まないこと。

写真をご覧になればわかるとおり、大統領の遺言どおり、墓碑には三方の名前と生没年のみです。

勲章も拒んだド・ゴール大統領の名は帰天後、仏蘭西の習慣で各市町村の公道や公共施設、公立校に冠されてはいますが、こうしてド・ゴール大統領のコロンベでの晩年を知ると、現在も住民が600人前後の小村コロンベで近所のパン屋さんのパンとお惣菜屋さんのハムやソシソンと愛妻の手作り料理で大自然の中静かに生き、毎日のように早世した次女の墓を散歩がてらにお参りする「そんぢょそこらのセイタカノッポのムッシュウ」だったように想像します(ド・ゴール大統領が生活していた当時の村の人口は400人弱)。本当に本物の「小さなひと」が我らが先人シャルル・ド・ゴールそのひとなのかもしれません。


きょうはコロンベの教会でミサがささげられるらしく、共和国大統領なんかに御身をやつしている神聖賢愚帝サルコぢ一世が政府要人を率いてなーんにもないコロンベにそれは立派でピッカピカの車でお出ましになってますけんども、
サルコぢがパウロのごとく回心するような奇跡があればいいのに。
どーやら配信されたばかりのBFMニュウスのビデオを拝見すると質素な墓石も立派な墓石に置き換えられたようでございます。昔の墓石の方が良かったね。(-。-) ボソッ

le 9 novembre 2010, Théodore
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by ma_cocotte | 2010-11-09 16:50 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(4)
今もいつも世々に至るまで、生き生きと
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私のそばにもいつも笑顔のひと、


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表情豊かな動物、


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皮肉な笑みを浮かべるひともいます。



こんな生き生きした表情の彫刻を見つけたのは、モワサックの教会の外壁彫刻です。
彫刻全体を拝見すると、おどろおどろしい世界が描かれています。
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陽気な表情の彼らの上には右から順に人の一生を表わしているようにも見えます。

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ディズニイアニメに、巴里のノートルダム聖堂の屋根裏に住むせむし男カジモドの友達が擬人化された教会聖堂美術で、中にはガーゴイル(雨どい)も愛らしい友人として登場していました。
仏蘭西国内の古い教会には動物やヒトを表わした雨どいが多数見受けられるので、散策の時に頭を持ち上げて楽しむことも忘れてはなりません。

こちら ↓ はモワサックの上の扉とは反対側の壁面になります。
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何百年も太陽に照らされ、闇を知り、風雨を凌いでいることで削られ、苔生してもいますけれど、
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下界の諸行無常を眺める彼らの表情はこれまでも、これからも豊かなのでしょう。

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le 8 novembre 2010, Geoffrey
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by ma_cocotte | 2010-11-08 19:44 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(0)
この窓を開いて、
自由になりたい。
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щ(゚Д゚)щ な、なんとっ! щ(゚Д゚)щ 


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お宝発見。


19世紀末のものではないカト。


le 2 novembre 2010, Malachie

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by ma_cocotte | 2010-11-02 23:27 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(2)