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こんにちの、
いちま~い
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http://www.gala.fr/l_actu/on_ne_parle_que_de_ca/mariage_royal_une_soiree_sous_l_egide_du_prince_harry_227618


にま~い
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abacapress.com




さんま~い
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ハリィの右手の行方をぜひとも知りたい。



そこに愛がないなら、やつぱり「チョイ悪」ですわよねぇ。(=^・^=)


le 30 avril 2011, Robert

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by ma_cocotte | 2011-04-30 20:33 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)
高砂や、この浦舟に帆を上げて
2011年4月29日午前11時から倫敦はウヱストミンスタ大聖堂で挙げられた婚姻式において、
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Kate Middleton's bouquet, say florists, follows the 'language of flowers, a code made popular by Queen Victoria.
Photograph: Ian West/AFP/Getty Images

花嫁の手にはワイヤリングバンチングのオーヴァルブケーでしたね。

ブケーはhyacinth ヒヤシンス、lily of the valley スズラン、Sweet William ナデシコ、sprig of myrtle ギンパイカ(フトモモ科の低木)の若枝と蔦の葉で組まれており、マグノリアの若枝はどうもヴィクトリア女王がご自身の婚姻で持たれたブケーに組まれていたマグノリアの若枝を大地に刺したことで大木となった木からつまれたもののようです。ブケーの担当はShane Connolly 氏。

婚姻の日を境に愛称ケイト Kate で呼ばれることがなくなったケンブリッジ公爵夫人キャサリン Catherine, the Duchess of Cambridge ご自身が、婚姻の日のウェディングブケーに用いる花を決める際、ヴィクトリア女王の定められた花言葉を照らし合わせて選ばれたそうです。スズランは"trustworthy 信頼"、 ギンパイカは"hope and love 希望と愛"など。



そして、大聖堂内の装飾で用いられた植物についても花言葉を考慮したとか、しないとか。と言うのも、シデには"resilience 快活"、メープルには"humility and reserve 謙遜と慎み"という花言葉が添えられていますが、ライラックには"youthful innocence 若気の純真(・・・と、できるだけ良い和訳を選んでみた)" や"disappointment 失望"という花言葉があるのです。うみゅみゅみゅう。

何はともあれ、復活祭直後の、ケンブリッジ公爵夫人と同じ名前の聖女シエナのカタリナのための祭日(4月29日)にこうして婚姻のお式にあずかられたのですからして、どうぞ善い道をお二人で歩まれ、大英帝國のよき國父母となられますように。

le 30 avril 2011, Robert

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by ma_cocotte | 2011-04-30 16:51 | 『?』な大英帝國 | Comments(0)
Veillée Pascale+復活徹夜祭+
2011年4月23日夜9時20分過ぎ。
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今年はココんちから車で10分程の隣村にある女子カルメル会の聖堂で 復活徹夜祭 の御式にあずかることにしました。午後9時過ぎてもココんちあたりはまだこの明るさです。


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21世紀も10年過ぎ、今時珍しい手書きの聖週間の行事案内。いかにもおフランスな筆記癖でございます。


午後9時半から式が始まり、最初に聖堂を出、日常は世俗にとって禁域に等しい修道院の中庭に移動し、復活徹夜祭の最初に行う「光の祭儀」という式にあずかりました。
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写真は午後十時十分前の空模様。今の時季、30分ですとーんと日が暮れます。ココんちあたりではこれから夏至まで今よりもう一時間近く陽が伸び続けます。


午後9時半から始まった復活徹夜祭、閉祭は午前0時半でした。
なんと三時間の長い夜。
いつもならば小教区教会の復活徹夜祭にあずかり、成人洗礼式を拝見しますが、今年は初めて観想修道会の聖堂での復活徹夜祭にあずかり、洗礼式の代わりに司祭が聖別した洗礼盤と水に、参列者全員が各自、指をその水に浸して自らに十字を切るという式や、修道女方がひとりひとり名乗って誓約を新たに更新するという儀式を拝見することができました。とても貴重な経験でした。

le 24 avril 2011, Pâques

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by ma_cocotte | 2011-04-24 21:02 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
+聖金曜日の午後三時+
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イエズスさまが十字架の上で息を引き取ったのは午後三時頃と新約聖書にも書かれているので、同じ時刻にイエズスさまの死を想起する十字架の道行き Le chemin de croix が行われました。

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十字架の道行きというのはイエズスさまが刑場に向かい、十字架に磔され息を引き取り、埋葬されるまでを14の出来事に分け、そのひとつひとつのお話を振り返りながら祈りを捧げますが、ココんちあたりではお話がひとつ進むたびに最初にひざまずき、しばし黙想した後に起立してエピソードを拝聴し祈ります。14回、これを繰り返すことになります。
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パパやママン、おにいちゃまやおねえちゃまがお祈りしている間に、お子たちは
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ずっと小テレーズの御像のそばにいたり、パドヴァのアントニオ像のそばから離れなかったり、
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いったい何を思っているのやら。

le 23 avril 2011, Georges

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by ma_cocotte | 2011-04-23 04:19 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
Le Vendredi saint + 聖金曜日
2011年の聖金曜日 Le Vendredi saint を迎えました。
朝、テレビに火を入れたら、花の都はお巴里の司教座聖堂には、磔十字の破片を集めてリース=英語のwreath。形が途切れることのない輪であるため欧米のフラワーアレンジメント世界でリースは「永遠」を意味します)に収めた聖遺物があり、毎年、聖金曜日の儀式の際に私たち世俗の前に出されると紹介していました。

そんな画面を見ながら、私の脳みそが働き、思い出したのは昨年9月に行った仏蘭西は西南部の小都市 モワサック Moissac の聖堂で見たモノモノです。
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当時の報道、新約聖書のマルコ伝の15章の25節から、またマテオ伝27章の35節から読み勧めると、イエズスさまの処刑は午前9時からお昼前までに行われ、イエズスさまが息を引き取ったのは午後3時過ぎとわかります。

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そして、同じく新約聖書のヨハネ伝19章25節に、イエズスさまの十字架のかたわらには母マリアがいたとあります。この日は日没と同時にユダヤ教の安息日に入るので、日没前にイエズスさまは磔十字からおろされました。

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イエズスさまの亡骸を見るマリアさま、何と言う表情でありましょう。

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そして、埋葬。
日没前に済ませ、立ち会った者者は安息日に入る時間までにしっかり家に戻りました。もし本当に今の時季だったとすると、イスラエルあたりの日没は午後7時から8時の間でしょうか。小三時間で慌しくイエズスさまを埋葬されたと思われます。

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現状では、三日後にイエズスさまが死者のうちからよみがえられることになっています。m(_ _"m)


le 22 avril 2011, Alexandre

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by ma_cocotte | 2011-04-22 16:57 | 『春』 Rien de special | Comments(0)
咲いた!
ココんちあたりのお子たちは先日16日から5月1日まで復活祭休暇となりました。今度の土曜日没から日曜一杯が世に言う復活祭で、17日から一週間は聖週間 La semaine sainte という名で親しまれています。キリスト教の世界ではこの聖週間の7日の間の木曜日には最後の晩餐、金曜日にはジーザっさんの磔と死にまつわる行事があったりします。聖週間を含め復活祭にまつわる祝日は全て移動祝祭日なので毎年ずれますが、今年は2011年は特に遅い復活祭となりました。

ココんちにおいても、今日遅らばせながら17日(正確には16日の夕)に教会で聖別された枝を一年前にいただいた枝と差し替えて、一年前の枝を土の中に埋めました。

4月第三週ではありますが、ココんちあたりはまだ5度以下で夜が明けますが、太陽がある日の午後は二時も過ぎれば20度を超え、初夏の頃のようにさえ感じられます。そのここちよさは私たちだけでなく動植物も感じ取ってか、きょうの朝は雨戸を開けたらテッセンの花が開いていました。
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テッセン(クレマチス)は花びらは風にも弱く繊細なのに、大地に埋めた根はすこぶる丈夫で、私たちの目に見える枝葉が枯れたように見えても、実は元気。枝の表面もパサパサしていても髄が一点、緑であれば必ず春に花を咲かせてくれます。いい花です。
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左の蕾は今にもはじけそうです。明日には花と化しているかもしれません。

le 19 avril 2011, Emma

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by ma_cocotte | 2011-04-19 23:55 | 『春』 Rien de special | Comments(0)
お話は、時の過ぎ行くままに
先週半ばからテレビをつけるとやたらお仏蘭西の福耳、クロオド・アレグル Claude Allègre 氏を見るようになりました。彼 ↓ です。
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Claude Allègre | Paris, France | 03/09/2007 | © Eric Fougere/VIP Images/Corbis

1997年6月から2000年3月までヂョスパン首相の下、教育相を務めた仏蘭西社会党員で、専門はgéochimiste、和訳すると地(球)化学でしょうか。私が先週、はじめてテレビ画面でアレグル氏を見たのは13日17時半からの国営放送France5の生インタビュウ番組C à dire?! セタディル?!(和訳すると「いったいどういうこと?!」が生き生きしているでしょうか)でした。
C à dire?!
Sujet: Nicolas Hulot, Fukushima et le débat sur le nucléaire

http://www.france5.fr/c-a-dire/index-fr.php?page=emission&id_article=1479
お題はご覧のように、Fukushima、つまり原発事故の話題が含まれています。なぜこうも連日、彼がテレビやラジオに出ずっぱりなのか?(きょう17日もたった今、生番組 C politique (政治ですよ!)に彼が出ていました)というと、それはおそらく今月8日に彼の最新の著作が発売されたからなのです。
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タイトルの「Faut-il avoir peur du nucléaire ?」は和訳すると「原子力を恐れなければならないのか?」で、何とタイムリィなお題でありましょうか。そもそも1937年生まれのアレグル氏が仏蘭西社会党に入党したのは1973年、36歳の時で、それまでのアレグル氏は地球化学の研究者でした。まさか今年3月11日の東関東大震災から一か月も経たない4月8日までに企画、執筆、印刷全てがこの仏蘭西で行われるなんてこたああありえませんから、偶然のタイムリィな出版だと思われますが、今年3月11日の震災から第三日目の14日以降、福島の原発事故を絡めての仏蘭西共和国民のパニクり方を眺めれば、アレグル氏の最新作の売れ行きはテレビなんかに出ずともドドーンと馬鹿売れではないかと思います。

が、こうして先週13日から繰り返しアレグル氏の語りを拝聴していると、ニフォン人のミーとしましては何とうれしい弁護でありましょーかと涙ちょちょぎれもののわかりやすい説明で、おい、そこのパー、耳かっぽぢってよーく聞けよ!とつぶやいてしまうほどでした。それと同時に脳みそツルツルの私にさえわかってきたことは、どうやら仏蘭西びとの多くが福島原発の放射能によって死者行方不明者数約3万人であると思い込み、あのようなパニックと過剰な憐れみショーをほうぼうで繰り広げているということです。これをアレグル氏ははっきりと約三万人の死者行方不明者は地震と津波によるものであって、福島原発事故が原因ではないと説明しました。そんなの、当たり前ぢゃんか!と思うのは自分が日本人だからであって、欧州の臍の中心で、仏蘭西が世界中で一番美しく聡明な国であると思い込んでいる人々に、【①日本の首都のすぐそばでこの世の終わりのような大地震があり→②その一時間後に20mもの津波が押し寄せ→③その翌日にはFukushimaという原子力発電所がある町で爆発があり→④直後から日本では次々と遺体が発見されている】という時系列を30字以内で語ってみたまえ!と命じたら、【福島原発の放射能によって死者行方不明者数約3万人である】と要約してしまっての今があるようなのです。日本人には上の【 】内の①~④は起承転結を思い出し、③は「転」と捉えるでしょうに、仏蘭西びとにはあくまでも時間を追っての要約になるのか、まあ、時系列やら循環ロジックから眺めれば決してハズレではないものの、現実はハズレなのでR!と繰り返し説明してくださっているのがアレグル氏なのですね。

とっころが、アレグル氏にインタビュウする司会者やらヂャアナリストが必ずしも聡明ではないようで、特にきょう、さっきまでFrance5で放映されていたC politiqueの女性司会者ヂェラルディヌ・ミュルマン Géraldine Muhlmann のニュルさ(ちょっとそこのマダム、ニュルはnul ね)はパアの私でも失笑もので、中でも番組中、アレグル氏に「FukushimaはHiroshimaではないのですね?」という質問を投げた時には私ゃ、この十年でこれほど呆れた質問した司会者がいたであろうか?と笑ってしまいました。あまりにお子ちゃまでもしないような質問ばかり出るので、仕舞いにはこんな私でもヂェラルディヌちゃんが哀れになり、これまでの質問は彼女自身がわからないことではなくて、たぶん、きっと、共和国庶民の疑問をヂェラルディヌちゃんが代表としてクロオドおぢちゃんに聞いているのよね?と思おうと努力しまちた、まる
そう思わなくちゃ救われないほどのくだらない質問ばかりだったぞ、ヂェラルディヌ。
いやあ、France5も質が落ちましたねー。
くだらなさも受け入れつつ怒髪天突いたり落胆し、失笑してアレグル氏を交えたFukushima原発問題トークを楽しむならば昨晩16日にFrance2で放映されたOn n'est pas couché をぜひ。ワタクシ個人が毛嫌いするおル・フィガロさまの政治記者エリク・ゼムゥル Eric ZEYMOUR 氏が登場するので番組内、声高の激論になってますけれどね。あのヂェラルディヌちゃんの甘たるい綿菓子質問集よりはいいかも、です。

そっれにしても、福島原発での放射能漏れで約三万人の死者行方不明者とか、福島原発の事故が原爆であるという誤解とか、いったいどうすればこのような妄想になるのか。このような思い込みの伝染は日本國から約一万キロメートル離れた国での風評被害と呼べるのでしょうか。

クロオド・アレグル氏がいずれの番組でも繰り返されることは福島の原発事故は決してカタストロフではなく"l’accident grave"(深刻な事故)であるということです。これは3月11日の地震、津波直後から仏蘭西共和国内のマスコミが好んでアポカリプス Apocalypse(=ヨハネ黙示録、この世の終わりを指す)やカタストロフを用いていたせいですよ。無責任極まりない。Bof


le 18 avril 2011, Parfait

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by ma_cocotte | 2011-04-18 03:40 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
ドロっと ++S P E C U L O O S ++
買いましたよ。
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SPECULOOS なるビスキュイの元祖Lotus 社のSPECULOOSペースト。
ココんち近くのスゥパアマルシェでは、2ユーロ15で出ておりました。

赤いシャッポを取り、オソルオソル中を覗いてみる。
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そして、指でひとすくいして口に含めば、塩キャラメルビスキュイの味が濃ゆ~く、ね?

これは危険。おいしすぎる。
食べ続けたら、
ぼぼぼぼーん
間違いありません。
危険度はニュテラ Nutella以上でしょう。


le 13 avril 2011, Ida

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by ma_cocotte | 2011-04-13 20:52 | The ou Cafe? | Comments(14)
告げられて、できることだから動いたのに。
先日3月25日に私の身の上に起こったことをココに記しました。http://malicieuse.exblog.jp/15109060/

3月25日から2週間経っても、私の手元にカルト・ブルーが届かず、ココは仏蘭西だからと2週間と一日目の土曜日の郵便屋さんの来訪を待ったところで私宛の郵便物はなかったので、小切手帖に掲載されている「お客様サーヴィス」の電話番号に電話してみました。
Σ( ̄△ ̄; しまった・・・土曜午後から日曜全日に仏蘭西郵便 La Poste は働かないのだった。
そして、きょう。月曜の朝を迎えたので、改めて小切手帳を開き、掲載されている「お客様サーヴィス」に電話し、3月25日に私がどう動いたか話し、とどのつまり、そちらは既に私宛にカードの郵送を済まされていますか?と質問したら、電話の受話器の向こうから「抜本的に何の届出もありません。これから作成しますので、おそらく水曜日か木曜日にあなたの手元にカードが届くでしょう」と、私が以前のカードの暗証番号をまだ覚えているかどうかだけ確認されて電話が切られてしまいました。


ええええっと、この二週間と言うか、私のカルト・ブルーが使えないことに3月25日の夕方に気づき、その足で旧市街の中央郵便局まで行き、事のいきさつを話し、係りのムッシュウが作られた書類に私がサインをしたという過去はいったい何の意味があったのでしょう?あのムッシュウ、私がサインした書類をどこに忘れてしまったのでしょう?こんなことなら最初から電話した方が良かったのでしょうか。

ほんと、仏蘭西と言う国は疲れます。
月曜からこんな疲労をもらって、私ゃ、ぐったりですわい。

le 11 avril 2011, Stanislas

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by ma_cocotte | 2011-04-11 18:23 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(4)
ココしばらく脳味噌に引っかかっていること。
2011年も第四の月を迎え、早や十日。
先月は20日、27日と二週に渡って統一県議会選挙も行われたこともあり、選挙直前からこの県議会選挙の更に向こうにある次期大統領選挙まで視点を据えて、各党党首や有名党員がテレビ画面やらラジオスピーカーを通して大舌戦を繰り広げました。

私は仏蘭西の地図を半分に縦切りすると左側、つまり大西洋側寄りの超ウルトラスーパーど田舎に今住んでいますが、今年2月に私が里帰りから戻ってから、旧市街から放射状に伸びる街道沿いの個人店舗が軒並み閉店した現実を目の当たりにしました。街道の一本はリモーヂュ Limoge という日本國でも陶器産業で知られる都市につながる大通りで、この通りにあったパン屋さんとお総菜屋さんが2月に閉店しました。きょうび、神聖賢愚帝サルコぢ一世の御世になってから、本来、値上がりしないはずのパンをはじめとする食品が異常な値上がりをし、サルコぢ一世は小麦の高騰などを理由にしていますが、こんな嘘は畑のない花の都お巴里で通じても、酪農と穀倉広がる地方で通じるわけありません。ココんちの500mほど先には酪農家があるけれど、乳製品を作る大会社が以前のまま廉価で農家から牛乳を買い取り、なぜか値段を吊り上げて全国チェーン規模の店舗で販売しているという矛盾。

今年三月末の報道で、食料品の価格がこの数年で3割値上がりしたと発表されました。3割も値上がりしているのに、サルコぢ一世はあいも変わらず私たちに購買意欲をそそのかすことで懸命です。食料品の高騰、原料の高騰すれば、全国チェーン店のように大量生産、量販店が優位になり、市井の個人商店の品は値上がりし続けます。物価が30%高騰しても、庶民の懐具合は近年さして変わらないまま、日常の食生活の我慢を強いられるから、庶民はどうしても全国チェーンの店舗で、個人商店に比べて廉価なパンや食料品を買うようになってしまいます。何せ、サルコぢ一世が大統領の座に着いてから私たちに勧めるLe pouvoir d'achat ル・プヴォワアル・ダシャ と呼ばれる購買運動のおかげだかせいで、大規模食料品店では、例えば二つ買えばひとつおまけで3つの商品が手に入るなどの抱き合わせ売りを行ってもいるから、このマジックにだまされて赤字になる庶民もかなりいたりします。

で、今の現実。
市井の個人経営の小売店舗は軒並みつぶれ、廃業。サルコぢ一世のお友達たちが創業者や社長の大企業の懐は膨らんでいるのです。

このカラクリ、私には超ウルトラスーパーに薄気味悪いです。

でもね、昔なら小腹が空いたら考えずにまずパン屋さんに飛び込んでバゲットを一本買い、次にパン屋さんの店先から見えるお惣菜屋さんに寄ってハムを切ってもらい、お惣菜屋さんの玄関先からすぐのカフェやバアの椅子に座って生ビールやコーヒーと一杯の水を頼みつつ、その場で自分でサンドイッチを作って食べる・・・なーんてことが今の、仏蘭西の田舎の庶民には勇気ある行動なのですよ。以前なら誰もが気軽にできたこういうことが、今や親から仕送りをもらえる身分の学生ならできるかなあ?ってうらやむ。こんな現実をサルコぢ一世は仏蘭西の生活も亜米利加に追いついただの喜んでいるみたいですが、こんなことでアメリカニゼを共和国庶民に押し付けるくらいなら、仏蘭西びとは亜米利加に距離を置いて以前と同じ食生活を楽しみたいですよ。
あー、だんだんムカついてきた。 ヽ(`Д´)ノ
ココんちあたりは仏蘭西社会党帝国でもあるので、サルコぢ一世については既に「嘘つき」と誰もが言っているし、もし有権者である共和国民に良心あるならば誰が「嘘つき」を再び大統領の座に座らせます?
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Extrait du site Scorbut.be

サルコぢに再び大統領座に座ってもらいたいと願っている人々はサルの一族と、サルの世界にひろがるお友達でしょ。ああ、戦争大好きな人間も。だって、私たちがサルコぢに勧められて投げるお金はどっからどう見ても外貨と化して外に流れているようにしか見えないもの。2011年4月、サルコぢ一世の御世の残り日数を指折り数える共和国民はひとりやふたりではありません。
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これ↑ は3月に配布されたから、引くことの一か月でサルの任期は残り13か月だよーん。長いわね。


le 10 avril 2011, Fulbert

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by ma_cocotte | 2011-04-10 19:14 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(0)