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リンゴは何にも知らないけれど、
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人間にとっては豊作を願うお祭りに心ときめいても、
付き合わされた犬にしてみればお昼も過ぎた頃には、

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もう飽きた。おうちに帰りたい。
と、目が訴えているようにも見えます。


そして、ワンちゃんの頭のはるか上には、はて?
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もうしばらくしたらリンゴの実となるのでしょうか?



そんなリンゴの木のそばのテントの向こうには、
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直径15cm、いや20cmはある円盤がずらららららーっと。
これ、大きな中華なべに注がれた熱い油でふっくら黄金色に揚げ、ザラザラのお砂糖にまぶしていただくドーナツのようなお菓子です。お客さんが注文してから揚げてくださる。

おいぢぞう。

le 27 juin 2011, Fernand

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by ma_cocotte | 2011-06-27 21:36 | The ou Cafe? | Comments(0)
夏となっての第一日目
ココ数日、かなり寒い日が続いていたのでうっかり忘れるところでしたが、昨日6月21日は夏至でした。
夏の第一日目。
仏蘭西共和国において、毎年、夏となった第一日目の夜の楽しみはほうぼうから聞こえてくる歌舞音曲を愛でながらの散策です。今年6月21日のココんちあたりは朝からまとまった雨が降っていたので夕暮れからの散策が億劫にもなりましたが、午後遅くなって晴れ間も見え始めたので夜9時を周ってから旧市街に出かけてみました。

夜9時40分頃の旧市街の入り口。
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物凄い人の数でした。おそらく近隣の小村からも人々が集っていると思われます。

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仏蘭西の超ウルトラスーパーど田舎の宴なので、洗練という言葉から程遠いですけれど、日常であれば週日の夜9時も過ぎれば静寂な街が夏至の晩に賑わうという非日常、楽しかったです。

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旧市街の楽器屋さんのショウウヰンドウも夏至の夜のためにおめかししたようです。

非日常の夏至の夜を終え、夏の第二日目から夕暮れの散策の楽しみはほうぼうから漂ってくるバーベQの香りです。


le 22 juin 2011, Alban

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by ma_cocotte | 2011-06-22 21:43 | 『夏』 Rien de special | Comments(6)
秤の目盛を正すのも狂わせるのもヒトの思いにある。
ココんちでパンを繰り返し作るようになり、失敗についての反省から秤をあらためました。とは言っても、10ユーロほどの素朴な調理用秤です。パンを作るには粉を用いますから、秤を使う時には器をまず乗せ、その後、メモリの位置をゼロにして粉を器に移し計量します。計量を終え、空になった器を秤から持ち上げると、針先がグインっとゼロから動き、その勢いの良さや移動の幅に驚かされたりするものです。

ところで、

====== 十 ======


日本國で栄えている或るSNSの一コミュニティスペースにおきまして、2011年6月9日付で拙ブログについて、掲載されているUPIやル・モンドなど有名な通信社のニュース画像が許可をとって掲載していないだろうに、ぜんぶ許可をとって掲載し、ちゃんと払っているなら、ブログにお金をかけられるかなり裕福な方なんでしょう、という推測の私見が書かれていました。

私は拙ブログに自分の手による写真ではなく、他者の手による写真や通信社・新聞社が掲載した写真と同じ写真を掲載する場合、写真の右脇または下に拝借した先のURLを必ず貼っています。もちろん新聞社側の規約も拝読してから行動に移しています。

拙ブログもウヰンドウズで言うところの右クリックをしても私のような素人が撮影した写真さえコピーできないようにしてありますが、このような手段は有名通信社数社では既に何年も前から実行されていることです。このように拙ブログにおいて写真の根本的掲載元や撮影者につながるURLや名称を公開し、もし団体や個人との間に問題が発生するとしたならば、いずれも私本人に通達または連絡を筋道通して行われます。こんなこと、社会常識です。

そもそもなぜ或るSNSの一コミュニティスペースに、読者ゼロに等しい拙ブログの掲載写真についてまるで違法のような話に摩り替え、しかも私個人が裕福などと懐具合まで自己妄想を付け加えて批判文が掲載されたのかと申しますと、その掲載日2011年6月9日の数日前から、同じSNSの別の位置コミュニティで、日本國内で親しまれている名称で言うところのトリエントミサの和訳典礼文が公開されていたことについて、私が転載者ご本人に転載許可をカトリックの聖側からいただいているのかということと、ご自分のミッション(使命)だとして聖側のどなたから依頼または承認を得ているのかと問い質したからです。

当初、トリエントミサの典礼文は日本國の法律に従った著作権の基準のみに照らし合わせた返答が私にありましたが、私が問うているのはカトリックという世界の中での決まり事や慣習を中心にしてのことで、掲載者ご本人が世俗であることから尚の事、この方に聖側のどなたが依頼または、この方が欲したことだとして、この方がまず聖側のどなたに相談して委任や承認を得ての実行なのか確認したかったのです。もしこの流れがないのであれば、カトリックの世界においては順番を間違えた行いであり、いくらヴァチカンの公式HPに掲載されたトリエントミサ(普通カトリックでは1962ミサ、ピオVミサ、ヨハネ23世ミサという愛称で呼ばれています)典礼のラテン語原文の日本語訳を掲載しても、それはあくまで私訳であり、なんらヴァチカンにつながらない私家訳域に過ぎません。

私個人においては耶蘇女学校の生徒だった頃(学童だった頃ではありません)、在校生全員の必修である宗教の授業中に生徒全員にカトリックの本が渡され、本の表紙裏、題名裏や後ろ扉裏にあるラテン語の承認表記諸々教えられ、この承認なき本はカトリックに非ずとまでビシっと教えられました。(ただし、近年の、聖人伝や聖職者エッセイには必ずしもラテン語の証明や司教認証はありません。が、修道会によっては上長や管区長名が掲載されていることがあります)

この土台が幼い頃から私個人にあり、齢重ねて2009年春、私が地元教区のローマ巡礼団に加えていただいた際、ローマでヴァチカンの仏語部署でミッションを遂行されている仏蘭西人司教様にお目にかかる機会があり、その際、司教様からヴァチカン公用語のひとつである仏蘭西語部署にいる自分は楽をしているが、公用語でない外国語、特に極東アジア言語、とりわけ日本語の翻訳での諸問題はヴァチカンとの間で難しい問題が山積なのでどうか全てがよくはかどるように祈ってください、と日本語なんかカンケーない仏蘭西のド田舎教区のただ死ぬ前にヴァチカンをひと目見たいだけの気持ちで巡礼に参加した金髪碧眼の世俗たちにお願いしてくださったのです。これ、私はお話を伺った現場で末席にいたけれど、ヴァチカンの執務室という現場では相当深刻でありましょうし、そんな現場を見れない私たちにとっては典礼文や祈祷文、公文書にしても各国語訳を検められるヴァチカンの典礼秘跡省 や 教理省の役割を私たちの都合で軽んじたり、端折ってはならないのですよ。

こんなローマでのお話に続いて、里帰りの際に私が通っていた学校のシスターにお目にかかったら、教皇様がご覧になる文章すべての事前検めのおつとめを同じ修道女会のシスターが仰せつかっており、そのシスターが少し前に来日され、日本管区のシスター方にお話してくださり、修道院に戻れないほどの多忙で、お食事もひとりぽっちで摂ることが多くなり寂しいと思うこともあるけれどカトリックのためにはたらきます、ときっぱりおっしゃったそうです(もちろんイタリア語で)。ヨソの修道女会なら兎も角・・・なんて言っちゃいけませんが、私個人がお世話になりっぱなしの修道女会につながる方が教会内で動く諸文書ではたらいていることを知ってしまって私が「ヴァチカンの承認なんて後でどうにかなるわよ」なんて口にしたらバチがたかりそうです。


====== 十 ======


ま、この2011年6月9日の或るSNSの一コミュニティの一コメントで思い出した件があり、それは拙ブログを長くご覧になっている方ももしかしたら思い出されたと思いますが、2009年春の聖ピオ十世会関連の話題です。拙ブログのカテゴリでは、破門→波紋→和解→破壊 

この時、拙ブログで聖ピオ十世会の話題になると必ず現れる論客さん(砂漠の植物の総称をHNにしている方で現在も電脳域で大活躍中)が複数の論客さんと共に現れ、私が拙ブログに掲載したヴァチカンから公文書で指導を受けたウヰリアムソン師の写真を外すよう命じてきたことがありました。

なぜかその時の理由が上の6月9日に或るSNSで掲載された意見と似て遠からぢという不思議。

この方々がしばらく前に、お二方ご本人のブログではなく他人様のブログでなぜか私の批判を長々と書き連ねたこともツイッター経由で知りましたが、お二方はお親しくつながっているのですね。

もうひとつ、この6月9日の或るSNSの一コミュニティーにおける拙ブログ批判発言の元となったトリエントミサ典礼文の日本語訳掲載の件で、掲載を続ける方がご自分の行いを妨害したとご本人が判断した場合、ほうぼうに妨害したとされた人々についての批判を投稿し、反論が来るとご自分が送信したコメントを消すという繰り返しを続けています。偶然ですが、拙ブログに聖ピオ十世会の話題になると必ずおでましになる砂漠の植物名をHNにされる茨城在住の女性とお仲間も拙ブログで同じ事を行うのが常です。

何かお仲間内で決まった電脳域対策マニュアルでもあるのでしょうか?


====== 十 ======


兎にも角にも、写真の転載と公文書和訳の転載は秤にかけたとして同じ重さでも同じ類のものでもありません。カトリックの慣習やカトリック世界での承認までの順番を軽んじたり端折ることを聖域に住んでもいない立場の者が聖職者の指導もなしに行っていいなんて話、聞いたことが私にはありません。あくまでも私のような者は見聞知ったことを重く捉えて動いたとして、それをご覧になった聖職者が「そんなに厳しく捉えなくても大丈夫ですよ。一緒に進んでみましょう」とおっしゃってくださった時点で、我が心身が少しは軽くなるものです。それでも神父様と共に慎重に動くのは言うまでもありません。カトリックのためなのですから。私が電脳域だけでなくこの世から消えてもなんらこの慣習はカトリックのために働く人々の間でつながれていくだけです。

ところが、ヴァチカンの承認を経ても得てもいない日本語私訳が先行し電脳域で紹介されていることについて、その行為を弁護したいがために、私個人の拙ブログの写真掲載事情や私個人の懐が裕福だの何だの取り出したところで、秤の目盛を動かしているのは私個人を批判して弁護に奮闘している一個なのですよ。ご自分が秤の目盛を動かして、読者に天秤にかけて見せ、同じ重さではありませんか、と力説したところで、目盛を調節したのは力説している個人です。目盛を動かしたことを知らないヒトは騙されるでしょうけれど、既にヴァチカンの習慣を知っているヒトにはくっだらない言い訳に過ぎません。力説するヒトがいなかったら見聞しなくて済んだ話です。

====== 十 ======


今回の一件であらためて気づかされましたけれど、ヴァチカンの承認ない典礼文日本語訳の無断公開が「たいしたことない」という発想は1988年当時、ヴァチカンの承認なしに4司祭をおひとりで叙階したルフェーヴル大司教事件後の言い分とねっとりそっくりということ。たいしたことあるのですよ、破門になったくらいですから。

まっこと、薄気味悪い一致であります。


どんなに甘い言葉で追認で何とかなるとか言われようが、私個人について批判があろうが、
あなたがしても、私はしない。


この夏、カトリックから聖書が新たに発売されますが、もし翻訳に携わった方がヴァチカンや司教様、長上様から承認をいただく前に電脳域で訳を次から次に掲載なさったでしょうか?世俗がカトリック世界の中で一番自由な身だから好き勝手していいなんて主張する方にはカリタスのCの字もない、自己の欲求を満たして快感を得ているに過ぎない、憐憫極まりありません。


le 22 juin 2011, Alban



未だ一件も通信社や新聞社、撮影者ご本人から拙ブログの写真掲載について抗議を頂戴したことが私にはありません。今回のようなことがありましても、他人の懐の中や重さまで想像し印象を読者に知らせる下品さを私がまねることもありません。6月9日のコメントは十戒の第8戒において罪になる一例ですがな。善い子はマネしちゃダメよん。

▼ それと、ついでにもうひとつ
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by ma_cocotte | 2011-06-22 15:21 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
30回目の「夏至の日」
仏蘭西で夏至の夜と言えば、フェト・ドゥ・ラ・ミュヂィク fête de la musique 。
この日、誰もが午前3時まで音楽の才能を公衆で披露することができます。場所取りも早いもん勝ち。
この夏至の夜の、共和國の国土全土で繰り広げられる大イヴェント、今年で30周年だそうです。
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http://fetedelamusique.culture.fr/fr/

今年のポスター、夏至の夕暮れを表しているかのようでいいですね。

そして、fête de la musique 開催の三十周年を記念して、どっどーん
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http://www.ecb.int/euro/coins/comm/html/comm_2011.fr.html

記念2ユーロ硬貨が出るそうです。
私の手元にはまだ届いておりませんが、欧州各国のユーロ硬貨の片面の絵柄で仏蘭西はどーも今ひとつなだけれど、コレ、なかなかよろしおす。(100%以上主観のみ)

私の手元にまわって来ないかなあ。まわって来ますように。

le 21 juin 2011, Gonzague

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by ma_cocotte | 2011-06-21 13:59 | 『夏』 Rien de special | Comments(2)
とりあえず、ナマで。 Une pression, s'il vous plaît.
おそらく花の都お巴里では既に廃れた流行だと思われますが、ココのところ、ココんちあたりで立て続けに立ち飲みのビールバアが店開きしました。
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おつまみにセップ茸入りの干しにんにくソーセージを頼んでみました。ビールよりお高い。
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ちょっと前はアイルランド風のバアが何軒か立て続けに開店した記憶がありますが、これまでの仏蘭西の仏蘭西らしいカフェやバアでも生ビールを飲めるのに、なぜか立ち飲みのビールバアがお客さんを集めているのです。



こちら ↓ は上のお店より一年ほど早くオープンしたビールバアです。
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日本國の下町の昭和時代の酒屋さんの店隅の一杯コーナーにどこか似ているといるかもしれません。観察していたら、どうもこの頃の仏蘭西人労働者はそれこそ日本人のように帰宅前に一杯軽く引っ掛けて家路を辿るみたいです。

ところで、仏蘭西のビールのほとんどが修道院の名を冠しています。それ故か、
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壁画にもビールの出来を確かめる修道服姿の僧侶が描かれていました。

ビールが美味しい季節になりました。


le 20 juin 2011, Silvère

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by ma_cocotte | 2011-06-20 05:08 | Promenons-nous! | Comments(0)
これが伝説の、真っ黒チーズケーキ=Tourteau Fromagé
昨日、ココんちのメールボックスに届いたチラシをきっかけに知ってしまった商品。
【まっ黒チーズケーキ】
何度スクロールして広告の最後まで辿り付いたか忘れるほどいろいろ長々と説明がありましたが、作り手さんが「フランス西部ポワトゥー地方に伝わる伝説のチーズケーキ」をブラックココアと濃厚ベークドレアチーズを絶妙のコラボレーションで誕生させたのだそうです(伝説なのに、誕生なのよね)

作り手さんが真っ黒チーズケーキを造るきっかけとなったのはパリでのパティシエ修行時代のルームメートの発言と、花の都はパリのオテル・ド・クリヨン修行中にパティシエから聞いた話。ところが、作り手さんがポワトゥー地方に行きたくてもパリから300km以上離れており、都合あって日本國に緊急帰国。本物を食べられないまま、黒いチーズケーキへの思いが募り、「ポワトゥー地方でおそらく使われていたであろうソディアル社のクリームチーズを贅沢に使用」し、フランス産カカオパウダーとブラックココアで黒いサブレを生み出したのだそうです。


えー、さてー、ココで。
ポワトゥー地方伝統の真っ黒チーズケーキは
Tourteau Fromagé
とぅると ふろまぢぇ
と言う名前で出ています。
こちら ↓ が本物のポワトゥー地方伝統のまっ黒チーズケーキです。
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袋から取り出すとこのような感じです。
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このポワトゥ地方伝統のまっ黒チーズケーキ。地元ポワトゥでは「伝統で」決まった型があるのか、いずれのお店で購入しても直径、高さともほぼ同じです。

19世紀末なら兎も角、21世紀から10年過ぎた現在、ポワトゥー地方伝統のまっ黒チーズケーキ Tourteau Fromagé は共和国内のどこでも手に入ります。大手スーパーマルシェチェーンならば自社ブランドで廉価に販売しており、チーズ専門店では業者名が印刷されたビニール袋に入った形で売られています。
今回、ココで紹介したTourteau Fromagé はスーパーマルシェチェーンとチーズ専門店の間あたりに位置しますでしょうか。ポワトゥー地方で中規模生産している製造元で、私は地元の大手スーパマルシェチェーンで買いました。値段はひとつ1.59ユーロ。

パリとポワトゥー地方第一の都市ポワティエの間にはTGV(仏蘭西国有鉄道新幹線)が通っており、パリはモンパルナス駅から2時間ほどで行けます。
そして、Tourteau Fromagé でググればいくつものレシピが出るので、自分好みのレシピが選べます。

材料の基本は山羊の乳、じゃがいも粉で、黒い部分はカカオではなく180度のオーヴンで時間をかけて焼いたことで生まれた焦げに過ぎません。この焦げは捨てずに一緒に食べますが、苦味は「ない」と言っても過言ではなく、中のチーズケーキが気泡豊かにふんわり軽く、山羊のチーズゆえほどよく酸味もあるので、上の焦げのカリカリ感と、下方の薄いタルト生地のしっとり感が口の中で混ざり合って、美味しいのです。ポワトゥー地方ではおやつの時間にいただく時に、牛乳に軽く浸して食べたりもします。こうすることで味にコクが出ます。

Tourteau Fromagé を切るとこのような断面です。
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上の真っ黒い焦げの厚さが決め手だと思います。これ以上厚いと成功と呼ぶのは難しい。これより焦げ目が薄いと、焦げなどないそんぢょそこらにある牛乳で作ったこんがりときつね色に焼きあがったチーズケーキの方が美味しかったりします。


まあ、おフランスでは sushi と書いて「すし」と発音する、日本のお寿司やお鮨とは一見似ていても、実はまったく違うと言える料理が流行しておりますからして、このようなポワトゥー地方伝統のまっ黒チーズケーキとはまるで違うポワトゥー地方伝統のまっ黒チーズケーキが日本國で売られていてもお互いさまなのかもしれません。チラシ広告にも「違ったらごめんなさい!」とありますものね。

てか、ポワトゥー地方の名前を出さずに売ればよろしいのに・・・
なぜポワトゥー地方の名を出さねばならなかったのだろう?まっこと不思議であります。
だってポワトゥーの民にとって贅沢なココアをふんだんに使ったお菓子なんて、共和国の下から数えて一番かもしれない貧食地帯ポワトゥー地方のケーキ屋さんで見つけることは「まずあり得ない」と言えちゃうかもしれません。


le 16 juin 2011, Régis

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by ma_cocotte | 2011-06-16 19:22 | The ou Cafe? | Comments(4)
ばにらしゅがあ*sucre vanillé*すゅくるヴぁにいぇ
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今年4月はじめに、マダガスカル旅行のお土産だと生バニラをいただきました。
いただいてすぐのバニラは香りというより臭いが強く、正露丸に近い臭いでした。

いただいて数日後に準備したのは、
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二種類のお砂糖とジャムの空き瓶。
そう、バニラシュガーを作ろうと思いついたのです。
が、香りが強烈なだけでなく、バニラ棒の表面がかなりベトベトなので、しばし考えて乾燥させることにしました。電脳域でバニラシュガーの作り方を検索したところ、乾燥したバニラスティックを砕いてお砂糖に混ぜる方法もありました。

バニラを干すこと、約二か月。
梅雨という時季はないけれど、ココ数日、どんよりの日々が続き、ましてや三連休で何もすることがない日曜の午後、こさえてみました。
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分量は適当です。バニラスティックは一本、ポッキンポッキンと折りながら、色が変わるたびにちょこんと乗せる繰り返しです。


どのくらい置いたら、美味しくなりますでしょうか?
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というか、美味しいお砂糖になりますでしょうか?

le 12 juin 2011, Guy

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by ma_cocotte | 2011-06-12 22:51 | Ca etait? | Comments(4)
+πεντήκοντα+聖霊降臨+La Pentecôte+
きょう2011年6月12日は聖霊降臨の祭日です。
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聖霊降臨の祭日はその年の復活祭のお祝い日を元に数えるので、仏蘭西の暦においても聖霊降臨の翌日がLe lundi de Pentecôte (聖霊降臨翌日の月曜日)という国定移動祝祭日になっています。

今頃気づくなんて私の脳みそが蛍光灯だから故ですが、聖霊降臨のお祭り日から遡ること十日前の昇天祭 Ascension の国定移動祝祭日からこの聖霊降臨翌日の月曜日まで、どうも就学年齢の子供がいない共和国民がこぞって7月、8月の大ヴァカンス前に小ヴァカンスを取るのです。ですから、お店は兎も角、お役所関係に行ったところで機能半減状態でございます。復活祭を迎える日が遅かろうが早かろうが、お役所と向き合わねばならない家庭の諸事情は5月末までに速やかに終えることがよろしいかと改めて思いました。

le 12 juin 2011, Guy


写真はルルドのバジリカ聖堂の、聖霊降臨を表したモザイク画です。
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by ma_cocotte | 2011-06-12 16:15 | 『春』 Rien de special | Comments(0)
はじめて見た。
昨日、急なモノ入りがあり、立ち寄ったお店の玄関先で見つけました。
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Distributeur de lait cru


生乳の自動販売機です。
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まず左側でペットボトルを買い、次にペットボトルの右を操作して生乳を購入するようになっています。

仏蘭西では治安の問題もあれば、日本國より後進国でもあるから、自動販売機が日本國のように乱立していないし、ようやく近年になって(それこそサルコぢの御世になって)かなり浸透してきたかな?と思える程度で、こうしてこのような牛乳の自動販売機を見つけて、こればかりはサルコぢさまの購買向上運動の産物ではなかろうか?と思いました。

ココんちなどは百メートルほど先に酪農農家があるので、飛び入りで買えたりしますが、私はまだ飛び込んだことがありません。

le 6 juin 2011, Norbert

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by ma_cocotte | 2011-06-06 14:18 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(4)