<   2012年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧
やふやく、雪。
1月も残り一日となった月曜の朝遅く、雪が降り始めました。
b0070127_19261547.jpg

あまりに粉雪なので、私の腕では上手に写真を撮ることができません。
粉雪がどんどん強く降るようになり、積もるまでそんなに時間がかからないと思われます。


b0070127_19263299.jpg

例年ならばココんちあたり、仏蘭西中西部は11月の終わりから12月にかけて初雪を見るものですが、この冬はきょうが初めて。雪が降らないだけでかなり寒い日もありましたが、草花は勘違いして既に芽を土中から出したり、花を咲かせたままだったり。



白い薔薇はアイスバアグという名だけれど、雪の中で本物の名前のとおりに咲く薔薇となりました。
b0070127_192649100.jpg



オリーヴの葉も雪をまとい、重そうです。
b0070127_19491744.jpg


le 30 janvier 2012, Clarisse

[PR]
by ma_cocotte | 2012-01-30 19:26 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(6)
この形が今の仏蘭西なのかもしれません。
2012年となり一月も残り8日となりましたのに、昨年の出来事を持ち出すことはナンなんでございますけれど、昨年11月の終わり、26日に仏蘭西はブルゴオニュ地方の町クリュニ Cluny にて、1981年から1995年まで仏蘭西共和国大統領であったフランソワ・ミッテラン François Mitterrand 氏の夫人ダニエル Danielle さんの葬儀が行われました。
以下のビデオは葬儀の模様について24時間ニュウスチャンネルで放映された報道です。



ビデオでご覧のとおり、葬儀は町の広場で行われた友人葬でした。仏蘭西社会党の党員が中心となり、ダニエルさんに縁ある方々が次々と弔辞を述べるというお式で、参列者の中にはミッテラン大統領の隠し子として知られるマザリィヌ・パンヂョ Mazarine Pingeot さんの姿もありました。葬儀後、ダニエルさんの遺体はクリュニ市内の墓地にあるご両親のお墓に埋葬されました。

ダニエルさんの葬儀の報道をテレビ画面で眺めつつ、現場にはダニエルさんの子供ではないけれど、夫君ミッテラン大統領の娘であるマザリィヌ嬢の姿もあったので、日本風に言うならば「なさぬ仲」でありながら既に赦しがあったのね、と感動したけれど、ダニエルさんの埋葬が夫君ミッテラン大統領が眠る隣ではなく、ご両親の墓所と聞き、正直、驚きました。
なぜなのでしょう?
はるか昔のことのように思えますが、1995年5月に大統領の任期を終えたミッテラン大統領が帰天したのは翌年1996年1月8日で、まるで大統領として燃え尽きてしまったのではないかと思えたほどでした。



ミッテラン大統領の葬儀は1996年1月11日で、棺の埋葬先は大統領の故郷シャラント県のジャルナック Jarnac にあるご実家のお墓でした。
以下、クリックし、最下段までスクロオルするとミッテラン大統領が眠る墓所の写真があります。
http://www.ville-de-jarnac.fr/ville-de-francois-mitterrand

調べてみたところ、ミッテラン大統領が眠るジャルナックと夫人ダニエルさんが眠るクリュニの間は約470kmとのこと。まあ、肉体は朽ちますが霊魂は永遠に共にあると思えば、ご夫妻の埋葬地が遠距離なんてどうってことないことなのかもしれませんが、こうして1996年のミッテラン大統領の葬儀と2011年のダニエル夫人の葬儀の様子を見比べても、前者はカトリックの葬儀で、後者は友人葬と時の流れというか、仏蘭西人の意識の変わり様を感じ取れたりもします。一昔前ならば宗教葬が当たり前だった仏蘭西も、きょうび友人葬が主流になったのかもしれません。

1905年以前に建築が終了した教会聖堂は共和国と宗教団体の共同財産ということもあり、近年、無宗教葬の斎場として市役所が聖堂を貸し出すなんてことをしている市もござあますからして。

le 23 janvier 2012, Alphonse

[PR]
by ma_cocotte | 2012-01-23 01:33 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
いつも一緒に、えーんやこーら。
仏蘭西でよく見かけるルモルク・アンファン Remorque enfant です。
b0070127_281734.jpg

自転車の後ろにつなげたスペェスに赤ちゃん、子供を乗せて、オトナが自転車を漕いで引っ張るというもの。
人力車だけれど、自転車が一緒という。
公道に出る時は赤い旗を翻すことが決まりです。
写真では赤い旗だけでなく、自家用車に常備を義務付けられた蛍光の安全チョッキを背後に付けていますね。

地方にも寄りますが、冬場に見るのは珍しいかも。
ですが、復活祭も過ぎ日が伸び、自然も美しく、風が心地よくなると、ルモルク・アンファンをつけて自転車を漕ぐ美男美女とすれ違うものです。

年も明け、日が少しずつ伸び始めたので、美しい季節が待ち遠しいであります。

le 16 janvier 2012, Marcel

[PR]
by ma_cocotte | 2012-01-16 02:19 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(4)
松の内の中日に思い出しました。
昨年9月のアルザス旅行の時、オディヰル山の天辺で2012年のカレンダーを買ったことを。
b0070127_19191867.jpg


一月を開いてみた。
b0070127_19201079.jpg

かわいらしい。
19世紀終わりから20世紀はじめ頃の一月のアルザスではこんな子供達の様子を伺えたのかもしれません。


私が買ったカレンダーのイラストはアンシおぢちゃん Oncle Hansi の手によるものです。
b0070127_19302798.jpg

ちょっとお高かったけれど、アルザス地方のお店で売られているアンシおぢさんのイラストが描かれた食器類に比べればお安ぅございますし、カレンダーの12枚の絵がいずれもよろし。

b0070127_19254564.jpg

アンシおぢちゃんは1873年2月23日にアルザスはコルマァで生まれ、 1951年6月10日にコルマァで息を引き取られたそうです。本当の名前はジャン゠ジャック・ヴァルツ Jean‐Jacques Waltz と、名前はフランス語でも、苗字は獨逸という典型的獨逸国境のお名前であります。アンシおぢちゃんの人生は常に反獨逸・仏蘭西愛国主義だったことで第二次世界大戦中は獨逸側に睨まれ、スイスに亡命していたとのこと。終戦後、故郷に戻り、生涯を終えられたことはアンシおぢちゃんにとって幸せだったのではないかと思います。

今年一年はアンシおぢちゃんのイラストを見ては、ほんわか心が和めます。
ひとりひとりのこころが平和でありますように。
アンシおぢちゃんの生涯を知り、いっそうそう思いました。

le 9 janvier 2011, Alice

[PR]
by ma_cocotte | 2012-01-09 19:38 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(0)
「国家統一の象徴」を掌で転がす男 
b0070127_21314160.jpg
AFP/MICHEL EULER

きのう、1月6日、サルコぢ一世が仏蘭西共和国の守護聖人のひとりである聖女ヂャンヌ・ダルク Jeanne d'Arc の600回目の生誕記念日だからとヂャンヌ・ダルクの生誕地であるドンレミ Domrémy 村におでましになりました。






サルコぢ帝がおっしゃいますに、仏蘭西を愛したヂャンヌ・ダルクは国家統一の象徴 Le symbole de "l'unité nationale" なンだそーです。

いくら大統領選挙が目前だからって突然、ヂャンヌ・ダルクのお誕生日祝いのために生誕地まで行くものなんですかねぇ。私ゃ、2009年にロカマドゥルという絶壁の途中にある聖母マリアゆかりの巡礼地を訪問したけれど、あの聖ルイ王なんぞは母上の信仰もあり、繰り返し巡礼のためにおみ足運ばれたそうです。戦争の勝敗に関係なく、です。私は仏蘭西びとの神父様に私たちの目に見える勝利ばかりが正義ではなく、私たちの目には敗北に見えてもそれは天の神にとっては正義であることもあると教えられたけれど。

そもそもサルコぢ帝が大統領就任直後に離婚しておきながら、勲章欲しさでヴァチカンにのこのこ詣で、平気でラテラノ聖堂で叙勲式ミサにあずかった時から腸煮えくり返り級で、
腸煮えくりの証拠→ サル式ローマの就日
勲章を手にして帰国した途端にコレ→ http://malicieuse.exblog.jp/7871817 をお披露目して、その後のカトリックを見下した言動は両手足の指では足らぬほど。そして、大統領任期終了前にたふたふ聖ヂャンヌ・ダルクを手のひらで転がしての選挙利用ですからね。これは前回の大統領選挙時の作戦と同じく、極右政党支持票を割るためでしょ。馬鹿らしい。宗教をこんなにも軽々しく悪用する国家元首って、社会主義を理想に掲げるチャベスさんご一行サマくらいぢゃありません?

・・・・ま、いいや。

昨日でサルコぢの大統領任期が残り 160日 だったから、きょうで残り159日だ。ぽん。
もう少しの我慢我慢(いっきゅう)。

ワタクシ個人的には昨日のドンレミ村訪問で、サルコぢ帝の右横でナディヌ・モレノ Nadine Moreno が止まることなくヘラヘラヒョコヒョコしていたので、ワタクシのサルコぢへの不信は既に壁にぶち当たっていたのに壁突き破って向こうに転げてしまいました。サルコぢ帝はセクシィ・ガウヂャスなラシダ・ダティ妃、健康美のラマ・ヤデ姫に次々と選んだり飽きたり捨てたりしながら、現在はパッパラパーなナディヌ・モレノおばさんですから。Bof もちろん腸煮えくり返りました。
まじめにワタクシはナディヌ・モレノが苦手です。もしワタクシの目の前にナディヌ・モレノと緑の党のセシル・デュフロ Cécile Duflot が現われた日にゃあ・・・。ああ、息切れしてきた。

ナディヌ・モレノがサルコぢ帝の周りをブンブン飛んでいる限り、残り大統領任期159日に日数がプラスされることはまずありますまい。

le 7 janvier 2012, Raymond


【追 記】
サルコぢ帝ドンレミ訪問の翌日、花の都巴里のヂャンヌ・ダルク像の前で極右政党フォン・ナシオナル。



マリィヌさまのお車はシトロエンなのですね。___φ( ̄^ ̄ )
[PR]
by ma_cocotte | 2012-01-07 22:10 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(0)
L'Épiphanie 三賢王礼拝の祝日
仏蘭西の暦において毎年1月6日はレピファニ L'Épiphanie と呼ばれ、クリスマスに誕生した幼子イエズスがいる厩に東方から三人の賢者が祝賀に立ち寄られたことを思い起こす日です。この日の仏蘭西ではガレット・デ・ロワ Galette des rois というお菓子をいただくことが習慣ですので、どこのケーキ屋さんにもパン屋さんにもガレット・デ・ロワが店頭に並びます。
b0070127_2215138.jpg



旧市街の古いケーキ屋さんでは量り売り。イエズスさまに関わるお祝い日ですから良心を生かしています。
私も一枚、買ってみました。5.5ユーロ。
b0070127_2213370.jpg

まあるいガレット・デ・ロワのどこかに小さなお人形さんが入っており、いただいた時にお人形に当たった人は1月6日一日中、王様になれます。だから、紙でできた王冠が添えられているのです。


ガレット・デ・ロワを買った帰り道、王冠をかぶった少年に出会いました。
b0070127_2244034.jpg
学校の帰り道なので、もしかしたら学校でガレット・デ・ロワをいただいてお人形が当たったのかもしれません。かわいらしいこと。


ココんちについて紐を外し、
b0070127_2272557.jpg

古いお店に行くと、独特のお菓子の包み方があり、これがまたよろし。
包みを開いたら、

b0070127_2283214.jpg

お店の方が軽く温めていただくよう勧めてくださったので、そのとおりにしました。
今年は私が王様。お菓子の中から出てきたお人形さんはホルスタイン牛でした。

le 6 janvier 2012, Balthazar, Gaspard et Melchior

[PR]
by ma_cocotte | 2012-01-07 02:31 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(6)
600回目のお誕生日
b0070127_1611215.jpg
わたくしは1412年1月6日に生まれました。


きょう、1月6日は仏蘭西だけでなく世界で知られるヂャンヌ・ダルク Jeanne d'Arc の誕生日なのです。今年2012年は、もしヂャンヌが生きていたら600歳のお祝いでもあり、生家のあるドンレミ(正しくはドンレミ・ラ・ピュセル Domrémy-la-Pucelle )村ではカトリックの聖女にも列せられたヂャンヌ・ダルクの生誕祝賀行事を例年にも増して厳かに行うことになりましたが、なんとこの祝賀式典に大統領選挙を160日後に迎えるサルコぢ帝がおでましになるとのこと。サルコぢ帝がお誕生日当日にドンレミ村を訪問することで、これまでずっとヂャンヌ・ダルクを党の守護聖人として称えてきた極右政党フォン・ナシオナル Front National の党首マリィヌ・ルペン女王ご一行は一日ずらし翌7日にドンレミ詣でをするとのこと。

なんつうか、生誕600年という節目の年に祝賀式典を政治利用されるヂャンヌ・ダルクの運命というのも、私達には珍妙に見えても、天空では必然なのでありましょう。
b0070127_16275517.jpg


・・・・変なの。

le 6 janvier 2012, Balthazar
[PR]
by ma_cocotte | 2012-01-06 16:11 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
2012年の第三日目。
b0070127_19544640.jpg

朝から小刻みに雨が降ったり止んだり、太陽が顔出したり引っ込めたり、強風が吹いたり止んだりと薄気味悪い天気となった2012年1月3日でしたが、ワタクシ事もあり、2012年はじめての外食となりました。

とりあえず、麦酒ね。
b0070127_1945625.jpg


外食慣れしていない者はフォミュル Formule と呼ばれるメニュを選ぶことが無難です。
まずは前菜。
私は砂肝と林檎のサラダ、
b0070127_19471518.jpg



家人は鶏の肝臓のパテ。
b0070127_19473979.jpg




続きまして、主菜。
私はシュークルート。
b0070127_19481443.jpg



家人は焼きハム。
b0070127_19484181.jpg



そして、デセールは、私がクレェム・キャラメル、家人は赤い実のソースがけ生チーズ。
b0070127_19494572.jpg

おいしうござあました。


日本國ならば新年明けて三が日はゆったり、のんびり、だーらだらできますけれど、仏蘭西のお正月は元日のみのお祝いで、翌日から世間は平常に動き始めます。ですから、この1月3日も慌しくお昼をいただいて、夜まであっちだこっちだと動き回り、ヘロヘロでグッナイとなり、翌朝寝坊しました、まる

le 4 janvier 2012, Angèle

[PR]
by ma_cocotte | 2012-01-04 19:53 | Thé ou Café? | Comments(4)
ショコラにまみれて。
仏蘭西でご慶事と言えば、ショコラ chocolat、=チョコレエトをいただくことです。
b0070127_1884630.jpg

仏蘭西共和国においてショコラは贅沢品ですので、税率(TVA)も19.6%
どうりで食料品の中でチョコレエトのお代の割高感を感じるわけです。スゥパアマルシェに並ぶメーカーの板チョコでさえ日本國のように手軽に買える値段ではありませんもの。

昨年末、旧市街の食器屋さんで素朴なショコラフォンデュのキットを見つけました。近年、電動のショコラフォンデュ・マシィンが店頭に並ぶようになりましたが、いつもにも増して蝋燭のともし火が似合う年末年始には昔ながらのマニュアルなショコラフォンデュを楽しみたいものです。

b0070127_18254674.jpg

スゥパァでリンツの調理用板チョコを買い、新鮮な果物、干し果物や砂糖漬け果物、木の実で楽しみました。ぎもヴ guimave、=マシュマアロゥも美味しいですね。



le 2 janvier 2012, Basile

[PR]
by ma_cocotte | 2012-01-02 18:31 | Thé ou Café? | Comments(4)
壽 ことほぎ
b0070127_1637090.jpg


Bonne Année!

Je vous souhaite une heureuse nouvelle année 2012.

謹 賀 新 年

ま・ここっと


le 1er janvier 2012, Sainte Marie, mère de Dieu

[PR]
by ma_cocotte | 2012-01-01 16:39 | 『冬』 Rien de spécial