<   2014年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧
本当は「親ロシア」ではないでしょう。
ウクライナの国内情勢をずっと、そこはかとなく気にしながら、2月半ばに欧州内の仏蘭西から、10000kmも離れた東の果ての小さな島国、日本に私は戻ってきました。
ソチ冬季五輪を楽しみつつ、閉会式直前の22日にウクライナのヤヌコビッチ大統領が首都から離れ、逃亡したことでウクライナの最高議会(暫定政権)はヤヌコビッチ氏の職を解任し、27日付でおそらくロシア国内に潜伏していると思われるヤヌコビッチ氏が大統領職解任が違法、不当であると、ロシアの通信社経由で声明を発表。ヤヌコビッチ氏はロシアに自らの安全確保と庇護を求めていることも明らかになりました。

一方、ヤヌコビッチ氏が逃亡したことで空き家となった彼の住まいの内部が公開され、その豪勢さを目の当たりにしてしまうと、こんな極東に住んでいようがある世代より上はかつてのフィリピンやらルーマニアの大統領の豪邸の様子が脳内フロッピーからポン!と出てくる感覚を覚えたと思います。まあ、国家安泰と呼べど、それは今のロシアの大統領閣下のお屋敷でも同様なんだろうなあ、と余計な想像をする自由も私たち各自が備えているわけで。

で、ここ数日の日本国内のウクライナ関係の報道を眺めていると、ウクライナの東南、クリミア半島にはロシア系住民が多くおり、彼らは首都キエフでの内乱と暫定政権を認めず、ロシアへの帰属を強く求め、ウクライナからの分離独立さえ希望しているとのこと。昨日だったか、親ロシア派の過激派がクリミアの政府庁舎を占拠した報道まで飛び交いました。

ふぅうううん。

なんだか、日本国内のこの手の報道について、とても薄っぺらたい感覚を覚えました。この件、ロシアというよりソヴィエト時代からの背景を知らないと、まったく違う解釈で、第三者の立場である日本人が(きょうびお得意の、きょうび流行の)電脳域での自己解釈披露遊びが始まってしまうように私には思えました。

ロシア系住民がなぜクリミアにたくさんいるのか?
これ、ソヴィエト時代の強制移住の名残りですよね。私の知人はウクライナ生まれ(苗字の語尾が〜チェンコ)だけれど、ソヴィエト時代に中央シベリアのオムシュクに強制移住させられたひとりですし、別の私の知人はスラブ系ロシア人だけれど、親の時代にチェチェンに強制移住させられ、あの内戦でフランスに難民移住しました。
昨日のクリミアでの武装派による庁舎占拠も、記事を探すとクリミアの「タタール人」勢力とあります。タタールと見聞したら、現在の50歳前後のひとならばモントリオール五輪でコマネチのライバルだったソヴィエトのネリー・キムという体操選手を思い出すかもしれません。当時、彼女はタタール人と朝鮮族のハーフだとやたら宣伝されていたからです(当時の私たちはソヴィエトと言えば、金髪碧眼のスラブ人ばかりだと思い込んでいたこともあってでしょう)。そのタタール人がなぜクリミア半島に?まあ、これも、ソヴィエト時代の強制移住のせいだかおかげでないかと拝察します。(余談、北方領土に金髪碧眼の家庭だらけっちゅうのもソヴィエト時代の名残ですよね)

現在のクリミアは工業で栄え、ロシア系の住民が多く、黒海沿岸にはウクライナ国内なのにロシアの海軍基地もしっかり存在する。そして、タタール系のクリミア住民過激派が庁舎占拠した同日に、プーチプー大統領がウクライナとの国境地帯を含むロシア西部の大部分を管轄下に置く西部軍管区で緊急軍事演習の実施、および戦闘対応能力の点検を命令しちゃったという、不思議。というか、モスクワの大本営におかれましてはなんら不思議がないので、こんな命令が出せる「ワケ」ですよね。

ロシアにもウクライナにも何にも関係ない私がこうして眺めている限り、クリミアの「親ロシア」住民というのは本当に「親ロシア」としてウクライナ中央に反旗を翻しているのでしょうかねぇ?かぢったに過ぎませんが、仏蘭西という国でロシアやチェチェン、コソボからの難民移民さんと関わり、彼らの話を見聞した私の印象だと、クリミアの「親ロシア」さんたちは本当は「親ロシア」ではなく「親ソヴィエト」ではないかと思うのです。というのは、ソヴィエトが崩壊、ロシアと言う名で民主化した後のロシア国内の貧富の差は異常で、悲しくも「貧しい」環境となった国民はゴミ箱をあさってでも食料を探すほどの貧しさを経験しているし、チェチェンはじめ内戦に身内を出兵させたことで相当深刻な悲しみを体験しており、彼らは口を揃えて「ああ、ソヴィエト時代の方がマシだった」と言うからです。強制移住させられようと、ソヴィエト時代にゴミ箱をあさらねばならないほどの貧しさにおとしめられることはなかったと彼らは言います。内戦もなかったから、家族の中から戦争犠牲者も出なかった、と。

ここ数日、日本語で「クリミアの親ロシア派住人」と冠されたひとびとが「ロシアへの帰属を願っている」と繰り返されていますが、冷ややかな目で現在のロシアという国を眺めるならば、どんどん極右に化けているし、ロマノフ家は復活せずに、新しい帝王と貴族が誕生するのも時間の問題のような国内事情です。「クリミアの親ロシア派住人」の多くが、もし近い将来、ロシアの国民になったとしても、彼らが思い描く目に見える改善はゼロではないでしょうか。私ゃ、どうにも彼ら、「親ロシア」と冠されたひとびとのノスタルジーの先は現在のロシアでも、かつてのロマノフのロシアでもなく、1917年からの「ソヴィエトとCOMECON」時代の生活に思えてなりません。

プーチプー皇帝が、そりゃ、クリミア半島をなんとしても、どんな手段を使っても手に入れたいだろうことも私は想像していますけれど。ええ、どんな手段を使っても、です。

そもそも、昨日27日のロシアの通信社経由で発表されたとされるヤヌコビッチ氏声明文が本当に本人の頭と手によるものかも実はわかっていないそうです。ちゃん、ちゃん。

le 28 février 2014, Romain


それにしても、クリミアと聞くと、ナイチンゲールを思い出してしまう自分。
[PR]
by ma_cocotte | 2014-02-28 10:48 | 『?』なオイロッパ | Comments(4)
いろいろと難しい。
先日2月14日に降り始めた雪が降り積もり、15日午前中に予定していた亡き母の法要が中止、延期になってしまいました。
b0070127_12131339.jpg

久しぶりに実家の窓から雪をながめましたが、子供の頃によく見た大きな雪ではなく、本当に細かい粉雪だったので、積もる予感を持ったけれど、まさか「記録的大雪」になるとは思いもしませんでした。そう、子供の頃に見た大きな雪、ぼたん雪と呼んでいた記憶がありますが、あのタイプの雪だと東京都内より私の実家あたりの方が降雪後にしばらく深刻な状態になったものですが、今回は東京都内や都下、太平洋岸の町村が降雪や孤立化で大変なことになりました。あれから12日、きょうの朝になってようやく孤立化解除の方向とニュウスで流れ、少しだけ安心できました。

私はよく、詳しく知りませんが、日本國の仏教の宗派によっては習慣で法要は他界した日より前に行わなければならないそうで、私の母は2008年2月24日に他界したので15日の法要が中止になったことは「深刻」な問題とのこと。
ですが、お寺に相談したら、空いている日時が3月までないとおっしゃるので、どんなバチがあるのか存じませんが、母のための法要は他界した日より後日になってしまいました。(いちおうお寺さんからは他界した日より後でも仕方ない、大丈夫です、という言葉はもらったそうです)

んなわけで、母の命日、2月24日の午後、ひとりでぶらっとお墓参りに行きました。
お寺の境内や墓地に未だ残雪がありました。
b0070127_12265716.jpg

翌日25日はぐんぐんと気温が上がり、お昼過ぎにはコオトをはおらず、ブーツをはかなくても気持良く、気分良く、外出できました。
b0070127_12353299.jpg

この分だと、母の法要の日には雪も溶け、そこはかとなく春を感じられることと思います。

春よ、来い。

le 26 février 2014, Alexandre

[PR]
by ma_cocotte | 2014-02-26 12:38 | 『?』な日本國 | Comments(2)
な の か め
2月11日の午後3時過ぎの新幹線に乗り、
b0070127_20343551.jpg

午後6時半、モンパルナス駅発のロワシ空港行きのバスに乗り、
b0070127_20371051.jpg

b0070127_203818100.jpg

午後8時頃、ロワシ空港に着き、
b0070127_2041079.jpg

出国検査を済ませ、シャトルに乗り、
b0070127_20421582.jpg

手荷物検査を済ませた後、お夕食。
b0070127_20431356.jpg

夜23時過ぎの成田行きに乗り、
b0070127_20442429.jpg

翌日19時半頃、成田に着陸。
預かり荷物を引き取り、入国審査後、午後8時40分過ぎのスカイライナーに乗ったのでした。
b0070127_2046353.jpg

実家に到着したのは午後10時過ぎ。
いやぁ、長旅でございました。約3年ぶりのロワシ空港も何もかもとても進化しており、空港職員の方に導いていただいてようやく少しずつ前に進むことができました。いつもならば仏蘭西共和国内でとらぼーに遭ってしまいますが、今回は飛行機に乗ってからサヴァイヴァアが始まったと申しましょうか。
習慣で着陸一時間ほど前になるとお財布の中のお金をユーロから円、円からユーロに入れ替えますが、機内に持ち込んだバッグの中に日本円を入れたお財布がない!無い、無い、無い!? 焦りました。里帰り直前にココんちのほぼ黒猫が重病になり、どこかふわあっとなったまま、ココんちを出たせいでいつもの習慣を忘れてしまったようです。運が良ければ預かり荷物のトランクの中にお財布が入っているはずですし、運が悪ければココんちのひきだしの中にお財布は置きっぱなし。もし運が悪い場合だと私は一円も現金を持っていないので「成田からどうすりゃいいの?」としばし。クレジットカードで引き落とせばなんとかなるかと思いついたあたりで成田到着。
入国審査ではメガネを外しての本人確認に続き、係の方が「出国記録がありませんね」と来たもんだ。「えええと、2011年2月ですが」と言いますと、「えええ、3年も出国したままですか?」と一言。こちらはきょとーんとしてしまったんですが、3年「も」出国したまんまというのはよろしくないことなのでしょうか?
続いて、預かり荷物の引き取り。団体さんが数組乗っていたこともあり、自分の荷物がなかなか出てこず、どっと疲労が出てしまいました。ようやく自分のトランクを拾い、見通しが良い場所でありながらひとの少ない場所を見つけて、トランクを開けたところ、「運が良かった」。日本円が入ったお財布を見つける事ができました。でお・ぐらあしあす。
その後は、よろよろと地下に降り、いつもどおり、有人券売所で「一番早く都内に入れる切符をください」とお願いして、最新のスカイライナー。快適でござあました。

その後、JRに入ってから東京メトロに乗り換え、自宅に着くまで、必ずしもエレベータがなかったり、エスカレータがあっても上りばかりで下りがなかったり、と無駄に歩かされました。

なんだかなー。
日仏両国の空港内の進化とは反対に、JRの進化は停滞気味のように思えました。

とりあえず、実家に着いた。大雪には参ったけれど、うちはうち。
あっちのココんちを出てから、きょうで7日となりました。



le 18 février 2014, Bernadette

[PR]
by ma_cocotte | 2014-02-18 21:17 | 『旅』 Rien de special | Comments(3)
クレエプを食べずにアングレエムに行った。
2014年2月2日日曜日。
年に一度、まあるいクレエプをむしゃむしゃとたらふくいただくお祝い日ですのに、クレエプをいただかずにココんちから直線距離で90km南東に位置するアングレエム Angoulême という小高い丘に成熟している小都市に行って参りました。
目的は、第41回アングレーム国際漫画祭の最終日に物見遊山。
b0070127_174733.jpg

当初は今年の国際漫画祭には行かず来年に行こうと考えていましたが、第41回の開催テーマが「第1次世界大戦100周年を迎え「漫画、世界への見方」だったので世界中のエラい方々に好戦者が増えていることもあり、行くなら今年ではないかとふと思ったのでした。
さて、ココんちの♂♀がアングレエムに到着したのはお昼丁度。
b0070127_1845740.jpg

国際漫画祭の会場は旧市街全域に相当するので、どこもかしこもサンドイッチを食べ歩きしながら会場を周るひとびとで一杯。午後1時になる頃だったか、突然まとまった雨が降り始めたのでどうなることかと心配になったけれど、小一時間でお天道様がお顔を出してハッピー(ほぼ)エンドの午後となりました。
b0070127_17524433.jpg

b0070127_17555734.jpg

「Espace Little Asia (小アジア会場)」なんぞは入場に行列ができるほどの盛況。
b0070127_1854930.jpg

最終日ですし、日曜日ですし、家族みんなでのお散歩が目立ったアングレエムの午後でした。
b0070127_18115950.jpg


le 3 février 2014, Blaise de Sébaste

[PR]
by ma_cocotte | 2014-02-03 18:15 | Promenons-nous! | Comments(0)
2014年の2月2日は日曜日
b0070127_7372160.jpg

そう、毎年2月2日は仏蘭西の暦においてラ・シャンドルゥル La Chandeleur と呼ばれるお祭り日で、この日にまあるいクレエプをいただく習慣 があります。

十年一昔前までは、2月2日の一週間前くらいになるとスゥパァマルシェにクレエプの特設売り場が設けられ、小麦粉、そば粉にジャムやフルーツ煮の瓶詰め、クレエプ専用のフライパンと道具に加え、シードル酒が並んだものですが、近年は1月6日のガレット・デ・ロワを食べるお祝い日が終わるや否や、クレエプのコーナーがお目見えするようになり、一方で市井のお菓子屋さんやパン屋さんでは2月2日までずーっとガレット・デ・ロワやクロンヌ・デ・ロワが買えるようになりました。習慣なんていとも簡単にチェインヂするものだと実感。

そんなわけで、今年も2月2日を迎える前にクレエプを楽しみました。
写真はデセエルなので、白い、小麦粉のクレエプに猫飼い友さんからいただいた手作りのリンゴ煮とバニラアイスクリイムに地元産のキャラメルソースをかけてみました。大好物なのです。


le 2 février 2010, Théophane

[PR]
by ma_cocotte | 2014-02-02 07:50 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)