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もったいないけれど、
食べちゃった。
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すこぶるおいしかったでっす。

le 28 avril 2015, Chanel

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by ma_cocotte | 2015-04-28 00:10 | The ou Cafe? | Comments(3)
インシャッラー
「インシャッラー」というのはアラビア語で、和訳すると「神のみ旨のままに」となるそうです。

おとといの水曜日午後だったか、仏蘭西共和国の内務省から先の日曜日に花の都は巴里の13区にある二つのキリスト教の教会(ひとつはコプト教会、ひとつはカトリック教会)でテロが未遂に終わったと世間に公表されました。

驚きましたねー。

だって、日曜日はカトリックだと主日、プロテスタントだと聖日と呼ばれる7日に一度の祈祷日、完全休業日という伝統が仏蘭西という完全政教分離の国でもちょびっとは今も残っているからです。この主日と呼ばれる日の午前中に仏蘭西共和国内にあるほとんどの教会聖堂または礼拝堂でミサやら礼拝がささげられるので、いずれの集まりにもたいてい100人くらいは参加していることになります。

もし容疑者がこのミサまたは礼拝中を狙って教会の中で発砲したら、どのような惨劇になったでしょうか。想像したくありませんね。

容疑者は24歳になるアルジェリア&フランスの両国籍者。パリ市内の学生寮にひとり住まい。一年ちょい前からイスラム原理教条過激派、アルカイダ、ISなどほうぼうにのめりこんでおり、トルコへの渡航歴や携帯電話にはトルコやシリアとの交信履歴が残っているとのこと。

なぜ日曜午前に決行されるはずだった2キリスト教教会の襲撃が未遂に終わったのかというと、この容疑者は同じ日曜の早朝に恋人(欧州系)を射殺。その直後、腕を下ろすと同時にピストルの引き金をひいてしまい、自らの足に誤射。あまりの痛さに自分で救急車を呼んだのです。救急隊が車内で彼のアイデンティティを確認。病院搬送後に、記録を警察に伝え、警察が病人のIDを調べたら、既にテロリスト一覧にその名があったとさ。彼の車内からはカラシニコフ、防弾チョッキ、そして警察官の腕章が出てきたときたもんだ。

おそらく容疑者は恋人を殺害した後、教会に向かい、テロを実行するつもりだったのではないでしょうか?

きょうの朝になり、仏蘭西国内の報道で「なぜ容疑者は恋人をテロ実行前に殺害したのだろう?」と疑問点を挙げていますが、日本人ならば「心中のつもりだったんぢゃない?」とすぐ思いつくことも、仏蘭西という国ではそう安直に思いつかない国なのかもしれないとこんなことで気づきました。
まあ、この容疑者の日曜朝からの行動のロジックがハチャメチャで、果たしてこの人物は「生きたいのか?死にたいのか?」もよくわかんない。思うに、防弾チョッキを着用して他者を乱射するとして、今年一月の2前例の諸先輩方に倣い、篭城&攻防戦で仏蘭西共和国の「公務員」である警官や軍人に自らの生命を奪ってもらい、彼が心酔するせまっこいイスラム原理教条過激派の「この世の楽園」において殉教者としてあがめてもらおうとしていたのではないでしょうかねぇ。(で、彼が今年1月に殉教した3先輩に倣ったように、今後も自分に倣う青少年が増えれば「喜び」ということで。

ひっかかる点は容疑者が警察官の腕章を持っていたこと。案の定、警察内部に支援者がいるということですよね。この辺の事情は遡ったり、視野を広げると雇用&失業問題にまで発展するのもお仏蘭西であります。

主日に警官の腕章をつけた人物が市井にいるというのも仏蘭西と言う国では摩訶不思議の域ですが、先のチュニジアの博物館襲撃事件を思い出すと教会前の道路や広場を走って横切る際に警官の腕章がちらつけば一般人は「どうぞお通りください」という心理になるものです。テロリストにしてみればターゲットに直撃しやすくなります。


兎にも角にも、もし容疑者が自らの足を誤射していなければ、先の日曜日の共和国は大変なことになっていたと簡単に想像がつきます。一つの教会に100名が集っていたとして、2教会ですからね。
そして、偶然なのか、必然なのか、確か同じ日曜日の夕方、ISがリビアでキリスト教徒のエチオピア人30名(28名という説もある)を処刑したとビデオ公表をしました。もし同じ日の午前中にパリのキリスト教聖堂でテロが実現していたら、このダブルブッキングがどれほど世界に衝撃を与えることになりますでしょうか。

実はISはダブルブッキングでキリスト教徒の主日を破壊するつもりになっていた・・・としたら、どんだけ彼らは憐れなニンゲンなのだろう、と私は思います。

内務省が日曜のテロ未遂事件を公表した翌朝からこの話題が常に飛び交っていることになりますが、誰もが容疑者の自らへの誤射について「(われわれにとって)運が良かった」と述べています。イスラムの原理教条過激派のひとびとが常に異教徒への恐怖を示しての改宗強要について神の思し召しの代理とイイワケしていますが、先の日曜日については容疑者が思いがけず自らの足を誤射してしまったことが「かみさまのみ旨」「かみさまの思し召し」のように見えてなりません。私たちの目には見えない神様が200余名もの生命を救ったのかもしれません。死んでみなきゃ、その事実はわかりませんけれどね。独善ですんません。

le 24 avril 2015, Fidèle

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by ma_cocotte | 2015-04-24 15:52 | actualite 現時点の現場から | Comments(2)
ひょんなことで知り、そのひょんなことで思い出しました。
1879年のこんにち4月16日、ルルド Lourdes での聖母出現で知られる少女、ベルナデット・スゥビル Bernadette Soubirous が天国に旅立った日だったのですね。

実は、フランシスコ教皇さまの人気の高さで忘れてしまったかもしれませんが、前の教皇ベネディクト16世のお誕生日がこんにち4月16日。ベネさまはこんにち88歳におなりあそばしました。祝着至極。

私はベルナデット・スゥビル(カトリックヲールドでは聖女)の祝日は2月18日と信じ込んでいたので、たまたま今日も彼女を祝うと知って、思い出したのが2013年9月に行ったヌヴェール。そう、ベルナデットがルルドを離れて以降、生涯を過ごしたブルゴオニュ地方の町です。

ベルナデットが生涯を過ごした修道院には息を引き取った部屋も、土葬された場所もきちんと保存されており、修道院の聖堂にはベルナデットの不朽体が最初の墓所から移動され、安置されています。

この並木道の突き当りがベルナデットが埋葬されていた場所です。
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ここに埋葬された、と。
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そして、この部屋でベルナデットは天国に旅立ちました。
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現在は小聖堂ですが、右奥に見える祭壇はベルナデットが使用していたベッドで造り直したものだそうです。祭壇そのものが聖遺物になるのかなあ。

と、ココまでタイプしつつ、もしかして以前も同じようなことをエントリーしたかなあ?とぼんやり。
ま、そうだとしても、ご寛恕のほど。
いずれにせよ、こんにちはベルナデットの帰天日で、ベネさまの88回目のお誕生日でございます。

le 16 avril 2015, Benoît-Joseph

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by ma_cocotte | 2015-04-16 16:25 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
特別だった金曜日
先週の金曜日。
2015年4月3日金曜日。

ユダヤ教では過越祭。
キリスト教の多くの派では聖金曜日。
イスラームにおいて毎週金曜日は厳しく守る祈祷日。

その前日の明け方に、ケニヤの大学であのような悲劇がありました。
彼らにしてみれば、その日しかなかったンでしょうね。

過越は旧約聖書の出エジプト記12章から書かれているとおり、玄関に子羊の血を塗った家庭(=ユダヤ)の子は助かり、それ以外の家庭(土着のエジプト地中海人)の子供(おそらく長男)たちはすべて、天使によって生命を奪われたとあります。遡るとエジプトは3大一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム)の啓典に登場する重要人物アブラハムの長男イシュマイルの母親ハガルが生まれ育った土地なんですよね。イシュマイルの子孫が現在のアラブ人です。ユダヤ人はアブラハムの正妻の息子イサクの子孫。

そして、聖金曜日はイエス・キリストが処刑された日です。
この日の午後3時に彼は息を引き取りました。新約聖書を読むと、シャバット(ユダヤ教が厳しく守る祈祷日)が金曜の日没から始まるので、ユダヤ人たちが日没前に全てを済ませようと焦る様子も描かれています。

le 9 avril 2015, Demetrius
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by ma_cocotte | 2015-04-09 15:27 | 『?』なたわ言 | Comments(0)