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灰色の空の下
10月も残りわずかとなったところで、ココんちあたりの空は連日、重い灰色のままです。朝はたいてい雨で始まっている今週。ああ、長雨の季節に入ったのですね。

この長雨が上がったところで重い灰色の空模様なのですが、木々の黄葉が一挙に早まるのもこの時季に重なります。本当に冬が来てしまうのだなあ。

ところで、今週に入り、真昼間でもご老人が孫、ひ孫を連れていることを多く見かけるようになり、首をかしげておりましたら、なんと、おフランスの公立校におかれましては今週から万聖節休暇なんざますね。日本の習慣にたとえるならば「お盆またはお彼岸休暇」がわかりやすいかもしれません。フランスの習慣で11月1日の万聖節の前後にお墓参りをするのです。

どうにもココんちには「ひとのこ」いえ「ヒトの子」がいないので、毎度、休暇入りに気づくのが数日遅れてしまいます。


le 26 octobre 2016, Demetrius

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by ma_cocotte | 2016-10-26 18:17 | 『秋』 Rien de spécial | Comments(0)
10月1日が小ならば、2週間後の15日は大なのだった。
西方教会の方ならばこの見出しにピン!と来ることでしょう。
はい、毎年10月1日は典礼暦(仏蘭西の暦でも同じなのですけれど)で小テレジア(=リジュウの聖テレーズ)のお祝い日で、二週間後の今日15日は大テレジア(=アヴィラの聖女テレサ)のお祝い日です。お二方とも女子カルメル会の修道女であり、ヴァチカンから「おとめ教会博士」の称号をいただき、列聖されております。

ココんちの隣村にも女子カルメル会の小さな修道院がありますが、この10年、小やら大のテレジアさまの日の聖務日課に突撃しても、一度たりともわれわれ世俗のもんの目に見える「特別なこと」はなんら無く、修道女たちは「いつもどおり」。カルメル会ってそーゆーもんなのかなあ?と我が内心に概念ができたように思います。

が、2年前の今日、2014年10月15日。
わたくしはポルトガルから国境を越えてスペインに入り、豪雨の中、かのサンチアゴ・デ・コンポステッラに突入したのでございます。その時、バスの中から見つけたカルメル山のマリアちゃん!!!
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二年後の今、思うに、当時の私の老眼が軽くてよござんした。
しかも、動くバスの中でこうして写真を撮れた・・・
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二枚も。
今となっては自画自賛。ありはわたくしにとって小さな奇跡ざんす。

バスの中からこの二枚の写真を撮った時は「もしかして、ココはカルメル会?」と心の中でつぶやいた程度でしたが、数時間後にサンチアゴ・デ・コンポステッラの大聖堂のガイドさんから現地のカルメル会の存在と15日前夜から大テレジアを讃える聖務が修道院に住まう方々によって続けられていることを知りました。(やっぱ、おカルメル会におかれましては世俗の知らない世界があるのよね・・・)

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この2014年の巡礼。
あちらファティマのバジリカ聖堂も大規模工事中ならば、こちらサンチアゴ・デ・コンポステッラの大聖堂も外壁、内装の大工事中で本来の美しい姿を私は拝むことができませんでした。
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これは「また改めていらっしゃい、罪びとよ」という天からの声なのでしょうか。

le 15 octobre 2016, Thérèse d'Avila
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by ma_cocotte | 2016-10-15 15:05 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(2)
聖母の涙雨
2年前の今日10月13日、ポルトガルはファティマでは雨が降っていました。
その日、わたしはこうして ↓ ファティマの聖域にいたのでした。




聞こえてくる歌は言葉は違えど、曲はおんなじ。
カトリック聖歌集622番です。

10月13日という日は1917年以降、ファティマでは特別の日なので、こうして毎年、盛大な集会があるのです。1917年10月13日に何があったのかと申しますと、ファティマで太陽が踊ったのです。もちろん空に太陽がその日もありましたが、いつもなら太陽は東から西に弧を描くように移動しますが、この日、太陽は空の上でぐるんぐるんと大きく動いた。これを美しくダンスと表現して今に至るのです。そもそも3人の牧童に聖母が現れ、メッセージを彼らに与え、彼らが代弁したことがきっかけで、どんどん巡礼者というか野次馬が増えて、5万人もの数になった時、太陽のダンスという奇跡があったのです。同時にこの日を最後に聖母は出現しなくなりました。
話戻って、10月13日のポルトガルはファティマでのお祭りですが、毎年10月12日夕方から13日お昼まで続きます。私が参加した2014年ですが、私の手元の記録によりますと、1枢機卿、22司教、265名の司祭、約300,000人の世俗が集ったとのことです。もちろんポルトガルでは毎年、このお祭りをテレビ中継するのだとか。
この写真 ↓ は2014年10月12日の夜、ロザリオ集会でありんす。
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かなりまとまった雨が降っていたにもかかわらず、多くの方が集まりました。
雨が強く降ろうとも傘をささないでずぶ濡れを選ぶ方が多く、それも苦行というか聖母に捧げる行いのひとつなのでしょう。翌日13日の聖母行列も今にも泣き出しそうな空の下、聖母が移動され、
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こうして ↓ 祭壇近くに安置された直後から雨が強く降りだしたのでした。
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ささいなことだし、単なる偶然ですが、これを奇跡と呼ぶひとは参列者三十万人の中にひとりやふたりいたかもしれません。

今年はファティマの3牧童に聖母が現れて99周年になりますから、来年はファティマの聖母ご出現から100周年記念になります。

2014年、私がファティマに行った時はバジリカ聖堂が大規模修復中で聖堂に入ることはできず、牧童3方のお墓参りだけできました。
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↑ この写真の左はヤシンタ、右はルチアのお墓
そして、この写真 ↓ はフランシスコのお墓

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その時、私が聞いた話ではこの3牧童のお墓を改装中のバジリカ聖堂の祭壇近くに移動するとのことでした。来年は100周年なのでそれに合わせてバジリカ聖堂も再び生かされるのではないかしら?と想像しています。ああ、いつかもう一度、ファティマに行きたいです。
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↑ 雨上がりのファティマ。すこぶるドラマティック ↑


私個人はルルドよりファティマに惹かれているのよね。
薄っぺらたく観光レベルでですけれど。


le 13 octobre 2016, Fauste

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by ma_cocotte | 2016-10-13 21:55 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(0)
もう鬼に笑われた。
昨日の朝、病院に行きました。
眼科の予約が目的です。
いざ、予約をお願いしたら、来年1月13日午前9時に外来に来るようにとお話をいただきました。
昨日は10月10日ですから、予約診察日は来年1月の13日。ざっと数えて、3か月と3日先。

師走に来年の話をすると「鬼に笑われるぞ」と返事をもらったりしますが、10月前半で既に鬼の高笑いが脳内滑走いたしました。はっはっは。


le 11 octobre 2016, Théophane



そして、昨日のお題

あのちょっと見だと理解に苦しむかもしれない聖像ですが、たぶん、聖アンナ像です。
聖像の中心の大きな女性は聖母マリアの母、アンナ。そして、アンナが右腕に抱く冠を頭に乗せた女の子が聖母マリアであり、その女の子の腕の中にいる赤ん坊がイエス・キリストです。ブルタアニュ地方でこういう表現の聖像を多く見つけることができます。なぜかというと、ブルタアニュの守護聖女は聖アンナであり、ブルタアニュにはSainte Anne d'Auray サンタンヌ・ドレィという聖アンナをまつる大巡礼地があるからです。

以下の2枚、わかりやすく比較できると思います。
どちらも聖女アンナ像で、膝上に冠を乗せた聖母マリア、彼女の腕に幼子イエス・キリストです。
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by ma_cocotte | 2016-10-11 15:06 | 『秋』 Rien de spécial | Comments(0)
親亀の腕に子亀孫亀を抱いて
昨日の日曜日。
午後になってお久しぶりにポワティエまで行きました。
ポワティエの旧市街のド真ん中にノートルダム・ラ・グロンドという古い教会がありまして、ココにもまたお久しぶりに足を踏み入れ、久しぶりに抹香より強いカビの臭いもかいだところで、聖堂の隅っこの、昔の洗礼盤がある場所に、このような聖像を見つけました。
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一粒で二度おいしいと申しましょうか。
この聖像一体で複数のエピソオドをおべんきょできる。
ココはポワティエなれどそこはかとなくブルタアニュ臭い聖像でもあります(ヒントになりますか)。

わたくしどもの概念が災いすると中心の女性は聖母マリアさまに決まってンでしょうが!とつぶやきがちですけれど、よくよく凝視しますと、この中心のおねいさんの右腕には赤ん坊を抱っこした子が抱かれているのです。

そんなことできるわけねーけど、できるんです。あの世なら。

と、どうでもいいことに引っかかって、絡んでみた月曜の朝。
こんにちのあたくしは忙しいの。すっぴんの月曜と決めているのにさ。ふん。(鼻からピーナツ

le 10 octobre 2016, Clair

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by ma_cocotte | 2016-10-10 16:28 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)
週末の朝市の市場の手前で、
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写真の左半分の果物はいつも寄っているBIO屋さんで。
週代わりの果物です。一袋5ユーロ。
今週の袋の中身は赤ぶどう、リンゴ3個、レモン2つにキウイが4つでした。

そして、写真の右は露天販売していたブリオッシュです。
一本5ユーロ。
収益の一部が障がい者の生活や教育援助に用いられるとのことでしたので買っちゃいました。
ココんちあたりはヴァンデ県(=ブリオッシュの名産地)に近いので、おいしいブリオッシュに巡り合えることがあります。このブリオッシュも地元の食材でこさえたとのことですので、きっとおいしいでしょう。

秋晴れの美しい週末を迎えることができました。

Bon weekend à tous!


le 8 octobre 2016, Pélagie

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by ma_cocotte | 2016-10-08 18:44 | Promenons-nous! | Comments(0)
暖房をいれようか。
寒いっっ。
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5日と6日の寒暖差は20度近くあったのではないでしょうか。
昨日6日の午後遅く、犬の散歩に出たので、一服しようとそこいらのカフェのテラス席に座りました。その時点で涼しさを感じていたので、日向の席を選び、のどが渇いていたのでMOJITOを注文しました。それが午後5時過ぎ。

「秋の日はつるべ落とし」なんて言葉が日本にはありますが、10000km離れたココでも午後5時を過ぎるとぐいぃいいいんと太陽が傾き、日向を選んだつもりでもいつのまにか日陰の席となり、MOJITOのクラッシュアイスもほどよく溶けたところでいただくと、身体はひんやり。そして、運が悪いことに風が吹き始めました。もう凍えながらMOJITOをいただきました。

思い返せば、一週間前ならば午前中が涼しくても午後は夏日でしたのに、やはりココは仏蘭西。秋は短く駆け抜け、冬がやってくるようです。テラスの楽しみは行き交うひとびとをヲッチすることでもありますが、半袖やショートパンツで闊歩するひともいれば、もうダウンジャケットを羽織り、ブーツ姿のひともあり。昨日の私は夏のTシャツにライトダウンを羽織っていましたが、寒さが芯に沁みました。

そして、春夏の服をすっかり片付け、秋冬の服を出しました。
今まで鈍感ゆえか春の服は秋に着られると信じていましたが、春の服を秋に着ると寒いですね。懲りた。

一夜明けた今日7日もかなり寒いです。
暖房のスイッチを入れましょうかね。


le 7 octobre 2016, Auguste

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by ma_cocotte | 2016-10-07 19:55 | 『秋』 Rien de spécial | Comments(0)
それは地味で、静かなお知らせ
こんにちもまた、朝一番で顔本を覗いたら、
Une française...Qui est-ce ?
「(この)フランス人女性、どなた?」というエントリィが届いておりました。
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まあ、美しい。
質問されたところで私の知らない方でありますが、西方の抹香臭ただよう団体からのエントリィでしたので、ま、耶蘇世界における偉人なのだろうなあ?と妄想しつつコメント欄を見たら(註:私は「読んで」いませんw)、鍵語として Elisabeth de la Trinité がいくつも拾えました。それを検索しましたら、この方はかのブルゴオニュはディジョン Dijon でつとに知られるカルメル会修道女であり、1984年11月25日にロオマでJPIIにより列福されたとのこと。(余談、当時は列福式もロオマで行われていたのかもしれませんね。)
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Élisabeth de la Trinité
(née Élisabeth Catez le 18 juillet 1880 et morte le 9 novembre 1906)


そして、このたび、めでたくも、来る10月16日に福者 Elisabeth de la Trinité 、=三位一体のエリザベトさんはロオマで列聖のよろこびに与るのだそうです。へぇ、そうなんだ、二週間切っているのに、あたしゃ、このご慶事についてまったく知りませんでした。ココんちあたりはブルゴオニュから数百キロメートル西に位置するので地元教区(いちおう大司教区なんだけれどさ)も取り上げもせず、知らせもせず、キミガタはやすらかに生きてろ~なのかしらん。でも、こういうおフランスカトリック教会からのフランス人の列聖であってもそんなに騒がない対応の方が21世紀おフランスの世知辛い世の中に転がってる世俗には普通、日常であって(エラい世俗については知りまっせん)、つい最近ありましたマザーテレサの列聖の前宣伝から本番までの様子はわれわれおフランスのド田舎もんには異常であり、非日常だったとあらためて。なんだったんだろうね、あれ。ある種、集団ヒステリーみたいに見えた。

しっかし、カルメル会グループからの列福、列聖者は途切れることがありませんなあ。毎年、誰かしら列福、列聖されてるもの。流れ石。



le 6 octobre 2016, Bruno

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by ma_cocotte | 2016-10-06 15:33 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
もう、いいかげんにして。 Stop! Ça suffit!
パァパ・フランチエスコが日々、善行と奉献につとめられておりますのに、隣国のお仏蘭西では10月3日にパップ・フランソワ(=パァパ・フランチエスコと同一人物)から仏蘭西の公教育における性差の教え方について名指しで難癖つけられたことで政府上層がパニック状態になり、その話題でマスコ゛ミ主催のお祭り状態がきょうもまだ続いておりましてね(失笑。

かつて一度は「カトリックの長女国」と渾名されたフランスという国では長女だからとカトリック教会にたてついても「たいして叱られないわよ」という驕り高ぶり甘えに満ちた傲慢がしっかりあるので、今回の騒動もそのうちのひとつのように思えてなりません。1905年12月以降、完全なる政教分離法が存在するしぃ、1968年の学生革命で教会にトドメを刺したンだからさーと仏政府は不定期に暴走し、長い歴史でがんじがらめにされていたカトリックの生活道徳に楯突いて新しい教えを生み出そうと躍起になっており、そうゆうことをしても「あたしは長女だからパパ(いや、教会はママンだな)はアタシを甘く見てくれるのよねー」と。ところが、今回のようにママンから「おフランスちゃんのこういう考え方やら行いは間違ってる。ダメダメねー。」と反論が出ると、仏政府は瞬時に塩をかけられたなめくじみたいになって身悶えながら「ママンったら古いわね。理解できないなんてバッカみたい。」と反論が多弁になるというみっともなさ。毎度この手のおフランスvsヴァチカン騒動を傍観している私には仏政府のよぢれ身悶える様子は面白くもあるのですが。

どーなるんでしょー ←抑揚まったくなしでどうかひとつw


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というか、10月3日に始まったこの騒動より前に、既に現在のフランスの公教育の諸問題について共和国内のカトリック世俗が抗議運動を行うことが決定されていたのです。パリでの総決起集会は10月16日日曜に行われます。これが私が手にした勧誘チラシね。10月2日のごミサの後、聖堂の出口で受け取りました。
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公教育だけでなく同性婚姻法への抗議集会でもあり、カトリックだけでなくイスラーム、ユダヤ教の生活宗旨で日常を過ごしている方々も参加しています。彼らには彼らの理詰めの屁理屈がしっかりあり、それぞれが仏政府を論破できる自信があるのも、それが「真理」だから。(「まり」ではなく「しんり」です)政府変われば変わるかも、と絶望しないでいられるのも「真理」を信じるがゆえでしょう。いや、ヒトがそれぞれ真理を信じなくても真理の中身はなんら変わらん。

ココんちあたりもカトリックゾンビが多数参加。
夜明け前にパリに向かうチャーターバスが出るざま。

ただ、公立学校の性教育うんぬんは前世紀後半にはアジャパーのハラホロヒレハレ状態なので、カトリックのおブルヂョワ家庭においては幼稚園・小学校は私立でなけりゃ自宅教育申請しているし、ユダヤ教家庭もユダヤ教私立学校が共和国内で充実しているし、イスラーム家庭は教義によって徹底した父長制度でしっかり伝播されているので、どうしても公立校に子女をいれなきゃならないひとびとへの思いやりとでも言うのですかね。政府にしてみりゃ「余計なお世話。嘴突っ込むな」なワケです。

まあ、ナンピトも(届出やら認証の手続きを守れば)抗議集会は認められるのがお仏蘭西なんざんす。


話戻って、10月3日のヂャウヂアからの航空機内での教皇発言が来る10月16日の抗議集会の主旨と連動しているのか否かは、今の私にはわからん、まる

だけれど、傍観している限り、おフランスの公立校の性教育について多くの方々からナンクセつけられてもしかたないんぢゃないかなあ? だって、ガイジンにしてみりゃ、ありゃ、普通ぢゃないもんw



le 5 octobre 2016, Faustine

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by ma_cocotte | 2016-10-05 17:38 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
10月4日+暦の上では大聖人フランチエスコのお祝い日
きょうの朝一番、顔本からの知らせで昨日10月4日、われらがパァパ・フランチエスコ(ここでうつむきがちに十字を切る)が8月24日に深刻な地震に見舞われたアマトリ~チエ Amatrice を訪問したことを知りました。

毎年10月4日はカトリック教゛会の暦やら西欧の旧教由来の国々の暦でフランチエスコのお名前記念日です。(詳細で表すならばカトリック典礼暦ではアシジの聖フランシスコ、旧教国ではそれぞれの言語に基づく表し方で、たとえば英語ならFrancis, 仏語だとFrançois)

そう、われらがパァパ・フランチエスコの「フランチエスコ」は、彼が教皇に選出された直後に提示した名前で、アシジの聖フランシスコからいただいたものと伝えられております。つまり、昨日は今上教皇ご本人にとりましては年に一度の霊名記念日だったのであります。ならば、そのお祝い日にほうぼうから祝賀の訪問者やら、洗練された食堂での正餐を妄想しがちの庶民でありますが、パァパ・フランチエスコは年に一度のお祝い日にヴァチカン宮殿を離れ、今もなお瓦礫のまま、村民のほとんどが仮設所で寝起きしているアマトリ~チェに行き、被災者や地震犠牲者の遺族と連日、救済復興活動に勤しむ消防隊はじめとするひとびとを慰められたとのこと。

いんやー、教皇さま、たいしたもんだと思いました。

ご自分のお祝い日に受身になるのではなく、おん自ら動いて、その日の善につとめることが耶蘇としての奉献であり、感謝につながると。羊の群れをたばねる羊飼いたる者、こうして見本を示すのが筋道であり、道筋なのでしょう。


le 5 octobre 2016, Faustine

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by ma_cocotte | 2016-10-05 17:17 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)