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滑り落ちたところで浮かんで来たマクロンろん
きょうの朝、小童マクロン大統領の支持率が40%に落ち込んだことを話して数時間。
午後になって飛び込んだニュウスがこちら。

あれ? 写真が掲載されない・・・
では、こちらではどうでしょう。

あんまりよくわからない写真ですが、Paris Match紙の記事です。
最初の写真が載らなかった記事はSPA(動物愛護協会)のもの。クリックすると何枚か写真をご覧になれます。

兎にも角にも何が飛び込んで来たのかと申しますと、マクロン夫妻が動物愛護協会から黒の成犬(グリフォンとラブラドオルの雑種)を引き取り、ネモ Nemo と名付けたのでした。

小童マクロン、初めて一善w


le 29 août 2017, Sabine



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by ma_cocotte | 2017-08-29 02:36 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(0)
滑り落ちて行く、小童マクロンろん。
今月に入って28日目w
葉月八月のはじめにマクロン大統領の人気が落ちていることが市井の話題になり、おヴァカンスのせいなのか一時下火になったものの、ココんところ長月九月を目の前にしてこの話題が蒸し返され始めました。

きょうの朝のニュウスによりますとエンマニュエル・マクロン大統領の人気は40%ぎーりぎりで、就任当初(いつだったっけ?今年の5月?)の人気は60%越えだったのにたった3か月で40%ぎりぎり。このような人気急降下は前世紀終わりのシラク大統領に続いてマクロン氏が二人目らしい。なんでも一番、一等賞が大好きのマクロンくんでもこの話題ばかりは前例があってホっとしているのではないでしょうか。そして、まもなく9月の新年度となって、小童マクロンくんの人気はぶり返しますでしょうか?

私個人は小童マクロンくんについて大統領就任前からの異常な我の強さに付いていけず・・・というか、別に大統領ぢゃなくても、どんな世界であれ、頂点に立つ長上さんやら「上つ者」は頂点にいながらにして裾野に行けば行くほど増える臣民に仕える者になるという離れ業ができないと、臣民がどんどん去るのも時間の問題であり、それまでの安定した三角形からあっという間にカカシ、やじろべえというふーらふらの不安定なアタマでっかちに化けると私は信じているンです。

小童マクロンさんはほうぼうでアタマがすこぶる良いとほめちぎられ、学業を終えてからの職歴が銀行家でそんぢょそこらの銀行員とは一緒にしてくれるな、何もかも抜本的に銀行家なんかと違うとまで言われているのに、大統領の座についても尚、ナポレオンの生まれ変わりに夢見る夢男ちゃんで、その夢の実現のために臣民を捨て駒にすることの繰り返しを止めない。こんな矛盾あるのかなあ。アタマも良くて、お金もあるなら、国庫や国民に頼らないで、自分の好きなところに壮麗なお城を建てて、その中で「ナポレオンごっこ」すりゃいいでしょ。振り回される国民だってあんたよりバカでもそれなりに考え、判断する(自由が我々にはある、うん)。
マクロンろんの我が異常に強いと思うのはたった二代前のサルコぢがケネディ家の1960年代スタイルを真似することに執心して根こそぎ大失敗したことに目が行かないこと・・・というか、ケネディの真似は失敗するのはわかっているが俺様のナポレオンの真似は失敗しないぜ、べいべ、なンですかねぇ。

小童マクロンだけでなく、プゥチンやらトランp、キムなんちゃらにアベと「上つ者」としていかがなものか?と脳みそツルツルでも不安になるエラいひとが次々と沸いて出るのも世紀末が間近いという証なのでしょうか。

そーゆー難しいことの波に私は流されるしかありませんけれど、そんなことより気になることがあり、それは小童マクロン皇帝ご本人ではなく、そうさなマクロンを聖ルイ(9世)王の母ブロンシュさまのごときブリヂット后。それも私が気にしているのは世間で騒がれている彼女のスタイルや服のセンスではなくて、ただただ、ブリヂット后のようなカツラと入れ歯だけはご免蒙るという祈りだけです。すこぶるお金持ちなのだからもそっと自然なヅラと歯を選べないのかね?



le 28 août 2017, Augustin

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by ma_cocotte | 2017-08-28 16:27 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(0)
「そういえば」は続くよ、どこまでも。
そういえば、また思い出したことがありました。
たったひとつの、テロ事件がきっかけで脳内フロッピィがしゃかしゃか動き出し、消えかけの事項が表に出てくることってあるものなのですね。驚いた。

私がスペインのサンチアゴ・デ・コンポステッラに行ったのは2014年の10月で、その時はナント(ナントの勅令のナントね)からポルトガルはリスボンに行き、ファティマに寄りつつ北上しながら国境を越え、スペインのサンチアゴ・デ・コンポステッラに入ったのでした。ですから、お世話になったガイドさんはポルトガル人女性で、彼女はサンチアゴ・デ・コンポステッラにも同行してくださいましたが、かのサンチアゴ・デ・コンポステッラでは地元が認めたガイドしか働けないという絶対条件があり、彼女は私たちと一緒に「地元ガイドから教えられる側」にいました。彼女と私は年齢が比較的近かったせいか、いろいろ雑談もしましたが、彼女の話だとスペイン国籍者とポルトガル人は互いの言語を操れるにも関わらず決して相手の言語を使わないのだそうです。ココでスペイン国籍者と書いたのは、正確には今のスペインは国際において「ひとつの王国」なれど、実は今でも自治州制で、それぞれの生活文化を尊重しあっての平らで等しい民主共同体の集まりであるので、だから、かのスペイン国王もカスティージャの長上さんなんだってよ!程度の意識らしいです。しかも、この自治州という制度はひじょーに政治的でもあるそう。まあ、長期滞在しないとガイジンにはよくわからないアレなんだろうな、と思いました。

で、そのポルトガルとスペインを旅した時、このガイドさんがおっしゃっていたポイントをココんところで思い出しました。
それはポルトガルというのはアラビアというかイスラーム文化を色濃く受け継いでおり、それは地名でもよくわかるし(ファティマもナザレもアラビア語由来)、アルファベットのベースもアラビア語の影響が強いそう。ですが、一方で一時のポルトガルはカトリック国として有名でもあり、アフリカにもかつて植民地を持っていました。このあたりはフランスと似ていなくもない。しかも、今のポルトガルにだってよその欧州列強国に比べればかなり貧しいけれど、他国同様、かつての植民地だったアフリカ諸国からの移民を受け入れる義務は残っています。

ココで余談ですが、おフランスにおける移民制度でかつての植民地には私のようなニフォン人とはまったく別の条件があり、それはフランス国籍希望者本人の両祖父母のうちだれかひとりがフランス国籍を持っていたらそれを理由に仏国籍をもらえるよ、というものね。だから、フランスにはマグレブ(=北アフリカ)圏のイスラム生活文化で育ったひとの入国が今も続いているのです。けれど、これもそろそろ下火かな(アルジェリア独立戦争から何年よ?となるわけで)

ココで話戻ってポルトガル。
ポルトガルもフランスのようにかつての植民地から移民を受け入れているけれど、ひとつだけ大きな違いがある。それは、ポルトガルの旧植民地である国々の今はポルトガル本国より熱心なカトリック国であり、移民としてポルトガルに彼らが移住しても欧州各国で頻発しているテロ事件には至らないとのこと。なるほどねぇ。だって、先日のパルセロオナでのテロ事件。容疑者たちの当初の計画はあのサグダラファミリア聖堂の爆破だったものね。サグダラファミリアはいちおうキリスト教カトリック派の祈祷所ですし、観光の名所でもある。ISがトルコではイスタンブールの聖ソフィア近辺でテロを狙うのも聖ソフィア大聖堂がかつてはキリスト教の正教の祈祷所だったからですかね。だとすると、ISが次にスペインで狙うのはそれこそサンチアゴ・デ・コンポステッラかもしれません。なんてったってレコンキスタ。
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この写真はポルトガルなナザレ Nazaré という漁師町の教会訪問の時に出会ったアフリカからの巡礼者。確かアンゴラから。
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・・・・となると、お仏蘭西だとまさか、まさかのポワティエ? まさかねぇ。

ポワティエも今はヌゥヴェルアキテエヌ地方の一都市です。


le 23 août 2017, Rose


でも、私だけかもしれないけれど、サグダラファミリアにしろサンチアゴ・デ・コンポステッラにしろ世界のあちらこちらのカトリックっちゅうか、イスラム国の戦士さんたちにしてみれば異教の建造物や備品を粉々に破壊したところで、それは人造物だから壊れるものだし、ヒトというか神の創造物はすべて塵に帰るってぇのはユダヤ教、キリスト教だけでなくイスラームの教えの根幹であるわけでさ。・・・と戦士さんを論破してみたくなるよな。

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by ma_cocotte | 2017-08-23 17:53 | 『?』なオイロッパ | Comments(0)
犬の散歩から戻ってきたら、
ひとつ前のエントリィの話題について報道が。
マルセイユの路上に突っ込んだ車の運転者は精神科の患者だそうだ。

そして、バルセロオナの容疑者が射殺されたらしい。それもバルセロナからそんなに遠くない所で。国境を越えて仏蘭西には入国していなかったそう。

速報の日本語記事を見つけたので貼っておきます。速報なのでリッチリンク未対応とのこと。同じURLで確定されると良いのですが・・・



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by ma_cocotte | 2017-08-22 01:37 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
だって、そんなに遠くないもの。
さっき、8月17日に発生したスペインはバルセロナでのテロ事件の実行犯がフランス・スペイン国境の町の出身で、犯行後、フランス側に逃走したのではないかと見聞しました。というのも、マルセイユでお昼頃、車が暴走し、歩行者がひとり亡くなったそうで、「この車はいったい?」と報道が流れ始めたのです。

バルセロナのテロがあってから、我がツルツル脳なりに思い巡らしたことはバルセロナという土地はかつて住んでいたマルセイユあたりでは「近所」のような感覚だったことです。マルセイユあたりからスペイン国境方面に車を走らせると道路標示には「Barcerone」の文字を見つけることができます。これ、スペインのバルセロナです。島国日本だと車道でよその国の都市が表示されていることはまずないと思いますが、フランスのように国境を接しているとこういうことがあります。しかも、マルセイユからだと同じ国であるフランスの首都パリより隣国バルセロナの方が近いのです。マルセイユ-パリは車で7時間ほど、マルセイユからバルセロナまでは5時間です。飛行機だったら一時間のフライト。

もともと地中海沿岸は紀元前からユダヤ人の集落がすでに点在していたこともあり、コスモポリタンです。私が住んでいたマルセイユの北の小さな町でもフランス由来の苗字よりイタリア、スペイン、ユダヤんの苗字の方がマジョリティでした。そうそう、イタリアのヴァンティミリアから地中海に沿ってフランスを抜けてスペインはヴァルセロナまで車で7時間弱です。

話戻って、コスモポリタンですけれど、私の南仏時代の知人にモロッコ系フランス人の女性がいまして、彼女の兄弟姉妹のうち数名はスペイン在住。彼女はモロッコの実家に戻る時はマルセイユから長距離バスでスペインに入り、スペイン在住の家族の家に寄ってジブラルタルまで行き、そこからフェリーでモロッコ入りしていました。それが一番安い里帰りの方法なのだそうです。そういえば、今の、ヌゥヴェルアキテエヌ地方北部に住み始めて南米チリのインディオ移民さんと知り合いましたが、この女性はフランスに子供と共に移住。ですが、夫君はスペインに愛人とお住まい。こうすることで社会保障金額が幾分増えるらしいです。前出のモロッコ系仏人の女性もフランスよりスペインの方が社会保障制度が良いと話してくれたことがありました。

今回のバルセロナ・テロ事件の容疑者はモロッコ系スペイン人の男性らしいですが、この人物の親戚や友人がフランスにもいることはなんら珍しいことではありません。それに、きょうび、インターネットの時代ですから、ISが世界に散らばる戦士たちに指令を出したり、交流するのはインターネットであり、そうこうしているうちに同志として友情みたいなもんが生まれるのも不思議ではありません。そういえば(きょうはそういえば、が多い)、パリの連続テロ事件の時、ユダヤ食料品店を襲った実行犯が犯行前にスペインはマドリッドの同志を訪ね、再度パリを目指したという話がありましたよね。忘れかけてたわい。パリでそうだから、マルセイユに同志ゴロゴロだとしてもちびっとも驚かない。当然だと思います。南仏時代住んでいた町の移民団地を思い出します。

ココんちの仏人♂は母方の祖母がカタルーニャ人のピエノワールだったので、バルセロナで事件と聞くと、ちょっと心がざわつきますが、先ほどお昼過ぎにマルセイユで発生した事故がこれからどういう話になっていくのか気になるところです。

兎にも角にも、ヒトが決めた国境を取っ払って、地には善意のひとに平和あれだよなあ・・・・


le 21 août 2017, Christophe


そういえば(またかいっ!)。。。思い出した、サンチアゴ・デ・コンポステッラに行った時に聞いた話。
スペインは国際においては「スペイン王国」であっても、その国内は自治州制でそれぞれの自治を重んじているので、簡単にフランスとは内政の運びがかなり違うそう。と、言われても、あたしガイジンだからフランスもスペインもよくわかんないw けれども、フランスよりアメリカの制度の方が似ているのかもしれない。




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by ma_cocotte | 2017-08-21 22:27 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
花の都は別世界


8月15日から二日過ぎて、カトリック専門チャンネルのKTO(カテオと読む)から聖母被昇天の大祝日にパリの司教座聖堂(いわゆるノートルダム・ド・パリ)でささげられたごミサの映像が届きました。流石、流れ石でござあます。

シテ島周辺で聖母行列を行ってからミサに入るので、冒頭、聖堂内はからっぽ。
ビデオでは9分50秒過ぎまで大聖堂前広場での祈祷の様子ですからして、ミサをご覧になりたいのであれば、カーソルを11分頃に合わせると被昇天の聖母の行事にだけお目にかかれるギンギラ銀の聖母子像が聖堂にお入りになるところ。この入祭の聖歌は毎年同じですなあ。でも、感動しちゃう。こんな立派な聖堂も、すばらしい聖歌隊もオルガンも、抹香だってないものね、ココんちあたり。いつか被昇天の日のパリを訪問してみたひ。


ところで、こんにち2017年8月18日。
第一回ワールドユースデイから丸二十年なンですと。
20年前の今日、聖ヨハネ・パウロ二世教皇様がパリにいらっさったのね。

年取るわけだ、自分。



le 18 août 2017, Hélène










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by ma_cocotte | 2017-08-18 22:46 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
世界の其処此処彼処で
平和を祈念する日が8月15日と言えましょう。
日本國と大韓民国だけぢゃないんだよ。
ヒトが決めた国境を取っ払ったカトリック教゙会におかれまして8月15日は聖母の被昇天の大祝祭日でありまして、ヒトが決めた国境のうちにあるフランス共和国という国ではこの日が「被昇天(の聖母)」の名前を冠したまま国定祭日になっています。なぜかと言うと、「被昇天の聖母」はフランス共和国の筆頭守護聖人だからです。余談、日本國の筆頭守護聖人は「神の母 マリア」なのでカトリックの典礼暦に合わせるとお祝い日は1月1日でごわす。さてさて、お仏蘭西。昨日8月15日は被昇天の聖母の祭日でしたので、宗教離れが年々進められている世間では商店が普通に開店している一方、其処此処彼処に点在するカトリックの教会聖堂ではそれぞれのスタイルで被昇天の聖母のお祝い事を行っておりました。こりについてはお仏蘭西だけでなく、地球のどこであれ、カトリックの環境では何かしら祝賀行事が行われおります。司祭がいらっしゃるところでは必ずごミサ付き(当たり前だのクラッカー)。ココんちあたりでは10近くある教会聖堂でミサが捧げられ、数か所でピクニック(お昼ご飯)を含めた聖母行列と巡礼が実施されました。ココんちあたりは田舎ですから、8月の半ば、ヴァカンスの最中に滞在先のカトちゃん行事に参加するガイジンも多々あり。地元民だけの楽しみではないのですな。善きことかな~。そういう地元民と観光客が交わって聖母被昇天の大祭日を祝うのは田舎だけでなく花の都パリでも同じで、10年未満前だったと記憶していますが、パリのノートルダム(←カトリックヲールドでは司教座聖堂、カテドラル)では前日から聖母を祝すビッグ・エヴェントになっておりやす。こちら ↓ がパリ大司教区の今年度の被昇天祭公式ポスター。

このポスターの行事案内を頼りに検索したら、こんなYouTubeを見つけました。




Vêpres ですから和訳すると夕祷。ポスターに照らし合わせると昨日15日の午後3時45分から始まった(聖務)日課です。けれども、普通の日に行われる夕祷とは祭壇周りもちょと違いますね。流石、パリ大司教区、お金持ちぃ。水色や青を織り込んだ祭服に抹香をふんだんに焚いているなんておいらの地元ぢゃ「見らンねー」です。しかも、私個人は毎年5月に必ず聖母行列を行うガッコで育ったので、こういう荘厳な、知らないひとには「原理的?」と笑われてしまいそうな雰囲気にノスタルヂィを覚えます。まあ、ルルドやファティマ、その他ほうぼうの聖母にまつわる巡礼地に行けば似たような様子を見聞できはしますけれど、花の都のパリでさ、ギンギラ銀の聖母子像が御輿に乗せられ、果てはセーヌ川を船で周するなんて見物してみたいですよ。我が残りの人生の「夢と希望」の事項に加えよう。

話はちょっと難しくなりますが、きょうび、人が決めた国境を取っ払った地球上においては連日、ほうぼうで陰惨なテロ事件が発生しています。だから、世界中で聖母マリアの存在を知っている人たちが聖母にちなんだ祭日に心をひとつにして平和を願って祈ることはとても意味があると思います。聖母を知らないひとなら旧盆でご先祖様に手を合わせて平和を願うでしょう。それくらい、この世の中、なんだか少しずつ平和から遠のいていると想像しても仕方ない現実がパチンコ大当たりのようにチンドンヂャラヂャラですよね・・・。

聖母マリアっておひとはカトリック教¨会だけでなく、正教、プロテスタント諸派、イスラームでも聖典に登場の有名人で、被昇天についてはカトリックだけの解釈になりますが、マリアさまがヂーザっさんのお母さんで、ヂーザっさんはママンからのお話をよく聞き、すぐ実行に移されることは聖書の「カナの結婚」のエピソードでもわかるところです。けど、天国なんて死んでみなけりゃ見えないところですし、この世には「死んだらオシマイ」を信じているひとも数多いるのですからして、誰に祈るとか他人に強いることは喧嘩のもとになりかねない繊細な今日この頃、でも、それぞれ言葉にしなくても平和を祈り、自ら平和を実現できるようにイ動くのは善いことだと私は思っています。


le 16 août 2017, Armel



聖母像や聖体顕示台を御輿に乗せて、それを先頭に聖俗信者が祈ったり唄いながら近隣を周るというのは決して安楽ではなく、私が通っていた学校なんぞ5月の青葉若葉に風薫る季節に聖母行列を行っても、毎年、児童、生徒、学生など誰かしら貧血で倒れたりするのも恒例でした。その学校ではロザリオを唱えながら学園内を一周し、最後にエラい神父様から聖水をもって祝福されてお開きでしたけれど・・・そんなことを年に一回必ず行うのも、学園を運営している修道会がイタリアで創立されたのでイタリアでは大昔っからこの手の行列が行われていたのでしょうね。教¨会用語でロザリオも聖母または聖体行列も信心業やら信心行のひとつでしょうから、決して安楽ではなく、どこか苦痛や不自由が伴うのも仕方ないのかも。なーんて結論づける私は洗脳されているのかもしれません。はっはっは。





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by ma_cocotte | 2017-08-16 16:11 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
葉月八月も14日となり、
今年は7月までに数度の酷暑の数日がありましたが、8月に入ってから連日の最高気温が20度程度の日が続きました。
ぐぁっ、しかし、こんにち14日早朝の天気予報によりますと、きょうは久しぶりの夏日になるそうで、ココんちあたり(そうさな、ラ・ロシェルとポワティエを結んだ線上)も午後には30度を超えるとのこと。

よくわからない心理ですけれど、わたくし、この夏日の予想を知り、なんだかうれしくなりました。
昨日まで10日以上、それは涼しく、今年はもう秋を迎えてしまったのではないかしら?と寒いくらいの横風やら高くなった空を感じ見ては思ったほどで、汗疹が出るほどの酷暑には辟易しているのに、夏らしさを満足しないうちに秋を迎えるのはなんとも胸中複雑でした。

昨日も犬の散歩中に家人とその話題になり、私のボヤキを聞いたココんちの仏人♂(=家人)が「今年は9月に夏らしい日が来るらしいよ」とポツリ。そして、歩を進める農道の際の茂みにドングリを見つけました。
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なんて立派なドングリ。
今は若々しい緑色でも連日20度前後だったらまもなく茶色から焦げ茶に変わっていくのでしょうね・・・しんみり・・・

と、おセンチ(← 昭和の死語ぢゃねー?)になったところでの夏日予想です。うっひょー。
靴の裏底を溶かすほどアスファルトが熱されることには納得行きませんが、それでも8月はやっぱり夏らしくあってほしいです。

閑散としていた旧市街のアイスクリイム屋さんもきょうは繁盛するのではないかしらん?と思ったところで、今日は月曜日だから定休ぢゃん、と気付いた私。ああ、なんて神さまはお商売音痴w

お仏蘭西におかれましては明日15日は聖母被昇天の国定祝祭日でありんす。
被昇天の聖母はフランス共和国の第一守護聖人なのです。
明日も夏らしい日となり、お昼頃にほうぼうの教会の鐘の音を聴きつつ、青い空を仰げれば、と希望します。

ぶんちゃっちゃ、ぶんちゃっちゃ、
マリアさまのこころ、それは青空、わたしたちを包む広い青空ぁああ♪
ぶんちゃっちゃ、ぶんちゃっちゃ♪ ですものね。うっふん。

le 14 août 2017, Kolbe




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by ma_cocotte | 2017-08-14 14:33 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)
三日間で900g減り、昨日から100g増えた日曜の朝
ったくねぇ、もう。
7月31日から昨日8月5日の朝までで、途中、水曜日に加重があったにもかかわらず、ぴったり1㎏の減量。
これは「特別だった今年の7月」について先の日曜夜のサーカス祭りをもって幕を閉じ、葉月八月一日(はづきはちがついっぴ)から「いつもの毎日」に戻ったので、体重減少は想定の内かもしれません。が、そんな喜びのうちに週末が来てしまった・・・

昨日土曜の夜は夕ミサにあずかった帰りに、あああ、ちょっと一杯のつもりが、あああ。
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500cl のビールに、おつまみのソシソン。
またですか。はい、またです。
夜10時頃まで明るい8月のココんちあたり。青い空の下、どこか秋めいた風にあたりながらの一杯は止められない、とまらない。
昨夕寄ったお店は500clのビールを二つ注文するとソシソンがおまけについてくるのです。今回のソシソンは鴨でした。

と、きょうの朝の体重が100gの増量も原因が昨晩のコレ ↑ だとわかっているし、たった100gの増量だったことは奇跡だと自らに言い聞かせつつ、雲ひとつなく晴れたこんにち、お昼食は何をいただこう、何を作ろう、何を飲もうと既にアタマの中はそのことでいっぱい(ウソ。
日曜の朝はまず「ワイドナショー」を視聴しなくちゃね、はい。

お昼ご飯をこさえる前に山羊のべぇちゃんの食料を集めなくっちゃ。イソイソイソ


le 6 août 2017, Transfiguration


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by ma_cocotte | 2017-08-06 15:46 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)
この八月がつまらなくて良かった。
なぜかと言うと、わたくし、7月の一か月で2㎏も太ったのです。
恐ろしい・・・・
ですが、原因がいとも簡単に見つけられたことが、でお・ぐらあしあす。
先月は第一日目の結婚披露パーリーで始まり、酷暑の日やらそこここかしこのアペリティフコンサートにサーカス祭りを冷かしては、美味美酒を楽しんでしまい・・・それまでの日常とかけ離れた非日常の一か月を過ごしたら、結果「2㎏増し」ざます。

ちびまる子ちゃんの「っざっ!」と青ざめのごとくこの事実に青ざめたわたくしですが、ありがたいことにこの8月は何の予定もなく、以前の日常にいとも簡単に戻れるのです。とかなんとか書きながら、もし酷暑の日が訪れたら美味しい生ビールを探し求めてしまうだろうと容易に想像がつきますけれども、こんにち葉月八月第三日目まで8月に入ってからまるで秋のような陽気が続いています。ありがたや、ありがたや(と、「なんまいだ、なんまいだ」とお手手を合わせてな~む♪の同時進行でどうかひとつ)

2㎏増しの原因についてもそっとクビを突っ込むと、午後6時以降の飲食を続けたことが明らかな原因であります。
でもね、気温が30度を超えた日の夕方にそよ風を感じながら飲むビールくらいおいしいものはありません。
そのビールに合うのがソシソン。日本國で言うところのサラミです。この写真 ↓の中央奥に横たわっているのがソシソン。このお店ではソシソンを注文するとこうして丸ごと出てきて、添えられたナイフで輪切りしながらいただくスタイルです。この時はノワゼット(=ヘーゼルナッツ)入りのソシソンを頼みました。
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でね、ビール。
これ ↑ はキルケニー Kilkenny というアイルランドのビールです。
私はベルギーよりアイルランドのビールが好きかもしれません。
かの有名なギネスの黒ビールも大好物です。
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キルケニー、ギネスに共通した特長は泡がとてつもなくクリーミーなこと。なめらかさが他国のビールとは比べられないように思います。この写真の、ギネスをいただいた時は山羊チーズ入りのソシソンをいただきました。それは、それは、うんまーーーーかったです。

実はわたくし、若い頃からアイルランドにはそこはかとなく縁があり、今年の6月にアイルランド初上陸を予定していましたが、残念ながら私が予約したツアーの人員が満たず中止になってしまったのでした。これはかなりのショック事項ではありましたが、少し考えれば夢のアイルランドにいつか行く夢や希望を持ち続けられるので、双六で初めの一歩に戻ったつもりで実現に向け・・・祈るぞw

さーてと、お昼ご飯の準備に取り掛かろうっと。
いつもどおり、いつもどおり。平常心。


le 3 août 2017, Lydie





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by ma_cocotte | 2017-08-03 17:26 | 『春』 Rien de special | Comments(0)