<   2017年 10月 ( 5 )   > この月の画像一覧
冬時間になりました。
10月最後の日曜日。
こんにちから冬時間となり、日本と仏蘭西の時差は八時間になりました。

今年2017年の晩秋のココんちあたりですが、日中は半袖Tシャツでも汗ばむほど、そうさなあ、25度近くまで気温が上がっても、同じ日に太陽が沈むと凍えるほど寒くなる日が続いています。
b0070127_17180855.jpg
やっぱりというか、いつもどおり、こういう季節の変わり目になるとオイロッパのひとびとは実にうまい着こなしをしてご自分の体温調節をなさる。極東アジア人の私は今世紀のほとんどを仏蘭西で過ごしていてもまだそういう着こなしが身に付かず、冬時間になった今日の朝は「もしかして風邪ひいた?」と不安になる始末です。昨晩の外出で、もう綿やら羽毛が入ったジャケット無しの外出は難しいな、とようやく実感。遅すぎです。

で、話は冬時間。
ココんちには電波時計が3つあります。ひとつは壁掛け時計で、これは乾電池で動く電波時計。
そして、ココんちの仏人♂はカシオのソーラー電波腕時計を使い、私はシチズンのソーラー電波腕時計を愛用しています。
さて、きょうの朝のココんちでは体内時計で動く猫たちが昨日ならば午前6時半ちょうどに私を起こしました。きょうの朝ですから、午前5時半に当たります。寝室の電波時計は見事、午前5時半を差し、私の枕もとの化粧品の景品デジタル時計は午前6時半を差していました。猫の騒ぎで起床したココんちの仏人は自分の腕時計を見て五時半を差していることに大感動。二つの電波時計が我々のノータッチにも拘わらず時間が変更していたことに私も安心しました。そして、猫たちと一緒にこんぴーた部屋に移動し、私のソーラー電波腕時計を見たら、あらま、夏時間のまんまでした。

どーゆーこと?

わかりません。けれど、夏時間のまんま。
竜頭を動かしたけれど、ったく冬時間になりません。
そんなわけで、きょう一日は腕時計と戦う日になりそうです。なんだよ、どこがソーラー電波腕時計だよ。

ま。兎にも角にも冬時間が始まりましたので、外の水道の元栓も閉めなくてはね。



le 29 octobre 2017, Narcisse



[PR]
by ma_cocotte | 2017-10-29 17:29 | 『秋』 Rien de special | Comments(0)
この世界の片隅に、トットちゃん。
昨日の午後遅く、ココんちから車で20分ほどの町まで映画「この世界の片隅に」を観に行ってまいりました。
b0070127_16255422.jpg
これが映画館。なんだか良い感じでしょう?
本当は日本語のまま上映で仏蘭西語字幕のはずだったのに、なぜか仏蘭西語吹き替え版が上映されることになってしまいました。突然私に襲ったハンデではありましたが、ニフォンで産まれ育った私には既に戦前戦中の知識や情報が脳に刻まれていたのでかなりの理解に至れたのではないかと思いました・・・けど、どうかなあ・・・。偶然ですが、2011年1月の里帰りの時、私は広島と呉を訪問していたので、それも今回の映画鑑賞の大きな助けになりました。それこそ大和ミュージアムで当時の資料を丁寧に拝見し、心よぢれ、涙目になったことも映画を見ながらどんどん混ざり合いました。

そして、一夜明けてきょうの朝ですよ。(って、ただ今、午前9時半を周ったばかりですが)
昼ドラ「トットちゃん!」を視聴しつつ、泣けた、泣けた、泣けたあ・・・。週明けすぐにこんなにドラマチックで良いの? 病院に慰問に行ったトットちゃんの歌声に号泣する兵隊さんたち、そして帰宅して愛犬ロッキーが徴用されたことを知ったトットちゃんの号泣に視聴しているこちらも涙、涙、な~みだあでございました。偶然とは言え、昨日の夜の「この世界の片隅に」から「トットちゃん!」の流れに乗ってしまったわたくし・・・ハアドすぎまする。ただ、よくわかることは国の言いなりになる、国を信じて疑わないひとびとが戦時中にいたこと。それは事実です。

そんな思いに浸っている中、昨日日曜、日本国内で行われた選挙結果を知り、我が心身よぢれる思いを実感している今現在です。
なんかをかしくないかい?
週末から投票日当日に超ウルトラ大型台風がぶつかると事前に予報を聞いていたので、これは自民&公明党が優勢だとわかっちゃいたけれど、大勝ってゆーのがどうにも納得行きません。首相続投なのでしょ?例の大阪の開校予定だった私立小学校で児童に教えることって教育勅語も含まれていましたよね。戦時中のトモエ学園で拒んだ当時の教育が21世紀から16年も経った日本国内で美化されているってどうかしていませんかね?

ほんと、気持ち悪い、まる


le 23 octobre 2017, Odeline




[PR]
by ma_cocotte | 2017-10-23 16:46 | 『?』なたわ言 | Comments(2)
決戦の相手が悪かった・・・
と結論付けないと、自分が悲しく情けなるだけの晩でありました。
ええ、昨晩のおマクロン大統領閣下がお出ましになったナマ番組の視聴後感想・・・。

私はフランス共和国という国でガイジンですので、昨晩のこの番組視聴もあんまり真面目になれませんでしたけれども、しっかし、なんだな、大統領になってもマクロンの話術は変わらず、というか、以前にも増していっそう悪化しているかもしれません。

昨晩は母国語日本語であっても難しい話題に追い付けない私が仏蘭西語の、それもおマクロン流のまくしたてる仏蘭西語を聴いたところで限界が見えておりますが、途中から見始めた私の印象では兎に角、おマクロン大統領閣下はお言葉をまくしたて、まくしたて、まくしたて、お目の前のヂャアナリストお三方に言葉を挟ませる間を与えません。ようやくヂャアナリストからの言葉が挟まったところで最後まで聞かずに話し始めるか、ヂャアナリストが話し始めても以前のテーマをぐちぐち話し続けて、ヂャアナリストからの質問が私たちの耳によく伝わらないことばかり。しっか~も、ヂャアナリストからの質問に対しておマクロン大統領閣下の返答が的を外れていることが多く、こちとら最初はおマクロン大統領閣下が話を逸らしているのかしら?と捉えていましたが、これが数度続くと、ただでさえマクロンについて冷ややか、毛嫌いしている私なんぞはついうっかり「もしかして、こいつ、バカ?」と思ってしまいました。不敬罪だわね。

しかも、私の聴解力以前に目が大問題で、私がテレビ画面の前に座って最初に目にしたのが、エリゼ宮内のインタビュウ会場となっていたお部屋の壁面に飾られていた二枚の絵画で、「な、な、なんぢゃこりゃあ?」とお目目パチクリパチクリしたところで、それらの絵画が画面から消えることはなく、番組の最後までその絵画の全体やら一部が常に目に入ってくるとゆう・・・正直、吐き気。これ ↓ の写真の左上がそのうちの一枚。
b0070127_14214990.jpg
http://www.20minutes.fr/societe/2151519-20171016-video-logement-macron-veut-baisser-temps-loyers-hlm-apl

もう一枚は右の側面壁に飾られておりましてね。私だけでしょうけれども、好きになれない絵と言うか、この写真の絵というかポスターもそうですが、エリゼ宮のこの部屋には似合わなくありません? 私にはソヴィエト臭が漂う絵だわあ。大統領の奥さんの趣味なのかしら。趣味ワル・・・

で、インタビュウですけれども、午後9時10分くらいに終わったところで、なんら未来も希望も感じませんでした。なんだな、マクロンはご自分が大統領の椅子に着座したところで終わっちゃってンぢゃないですかね。自画自賛したって彼の言葉から何も臣民を思う気持ちが伝わってきませんでした。年金生活者について、学生の住居難や就労問題、失業者、テロの犠牲となったひとびとについていたわりもねぎらいもないまま、「ボクは間違っていない。僕は凄い」とばかり、他者を遮ってまくしたてたところで、臣民の気持ちは離れて行くばかりです。そりゃ、あんたは成功者ですよ、はいはい、よーくわかってますよ。でもさ、あんたがそこに座っているのは誰のおかげだい?ですよ、まったく。番組の中盤にはヂャアナリスト3方の表情は既に呆れ顔であり、口元にはニヒルな笑みが浮かんでおりました。画面前のこちとら、「ヂャアナリスト三方の方がマクロン大統領よりアタマいいンぢゃないかいね?」と思う有様。

一時間も大統領が一方的に言葉をまくしたてているのを聞いて、こちらの口からは「黙れ、小童マクロン」という懐かしい台詞であり、なんちゅうか、このエントリーのタイトルに戻り、「もし大統領選挙の決選相手が極右でなかったら、このヒト、本当に当選してたかね?」と思わないと、ほんと自分が情けないとしか言いようがないシラケ鳥、飛んでいく、南の空へ、みじめ、みじめ・・・だったのでした。共和国民に同情するあるよ。あと4年半の我慢だよ。ま、マクロンに次はないね、うん。

私はロラン・ヴォキエ Laurent Wauquiez に期待している今日この頃なのさ。うっふん。

le 16 octobre 2017, Marguerite-Marie




[PR]
by ma_cocotte | 2017-10-16 14:46 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(2)
時は前後して、神無月は十月第一日目
昨日日曜日。
ココんちあたりは夜明け前から雨、雨、雨。午後になっても霧雨のまま日が暮れて行きました。

昨日は十月第一日(だいいっぴ)で、しかも日曜日だったせいか、旧市街では午前7時からガラクタ市の開催が決まっていました。が、あの雨でどうなりましたことやら。私もこのガラクタ市をひやかすつもりでいましたが、雨で断念。ココんちから最も近い教会では恒例の聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ祭りが開催されましたが、それにも足を動かせず、そして、毎日欠かさず続けていた山羊のべぇちゃん詣でもおサボリという、結局、丸一日、ココんちの中に閉じこもりで十月一日を過ごしてしまいました。

三つ子の魂百までとはよく言ったもので、こうして仏蘭西に10年以上住み、其処此処で秋らしいイヴェントがいくつあっても、十月一日と聞けばまず「都民の日」を思い出してしまいます。今年は日曜日だから学校や会社がお休みになってもあんまり有難味がないなあ・・・と、ふと。

そして、昨日日曜の午前中はFrance 2で恒例の日曜主日ミサ生中継で、なんとまあ、シャルル・ド・ゴール国際空港のチャペルでのミサが放映され、そこはかとなく正教会っぽい無伴奏の聖歌隊の声がすんばらしく、彼らがエールフランス社員合唱隊であることを(後で)知りました。そうそう、この本当に小さくて簡素な聖堂の主任司祭がシトー会の会員であることも後で知りました。シトー会ってカトリック教¨会で厳しい方から二番目に厳しい修道会でしょうに、こういう世界中の人が交わり、限りなくエキュメニカルだか超宗教のスペースを任せられる司祭に選ばれるってどういう?と思ったり。

で、ココんちにおいては昼食後の微睡ちょいでマルセイユはサンシャルル国鉄駅でのテロ事件を知りました。
この駅、南仏に住んでいた当時はほぼ毎日、私が使っていた駅でして、こうして今、マルセイユから800㎞西に引っ越した後でもココんちの仏人♂が里帰りのたびに必ずこのサンシャルル国鉄駅を使っているのです。あまりにも馴染みありすぎる駅でのテロ事件。しかも、犠牲となったお二人は女性であり、20歳代の若さ。刃物による殺人でしたが、一夜明けた今日になり、首を掻っ切られたと報道があり、悲しみがいっそう増しています。昨日は日曜だったのでサンシャルル駅は週日に比べ閑散としてはいたでしょうけれど、午後1時45分の犯行というのは恐ろしい限り。(ただし、日曜のサンシャルル駅から旧港の道筋は本当に閑散としていますが、サンシャルル駅から商港への道はアラブ市場があるので日曜もある程度賑わってはいます)。

国鉄駅でこのような無差別殺人が発生してしまうと、フランスでもイスラエルのように駅やバスターミナルにも検問&荷物検査所を設けた方が良いのかもしれません。

それにしても、一夜明けた月曜お昼のニュウスでも射殺され布が雑にかぶせられた実行犯の遺体の映像が紹介されており、実にナマナマしいであります。

とうとうマルセイユ・・・ですね、はい。

平和が遠のいて行きませんように。


le 2 octobre 2017, Léger


神無月第二日目も午後に霧雨。
きょうは山羊のべぇちゃんに会ってまいりました。
帰宅すると、昨日のマルセイユで亡くなった女性二人は共に二十歳で、従姉妹だったとわかりました。ロオラさんはリヨンの看護学校の学生、モランヌさんはエクス・マルセイユ大学の医学部生とのこと。かわいそうです。




[PR]
by ma_cocotte | 2017-10-02 20:02 | 『秋』 Rien de special | Comments(2)
コレは違う。事実が違う。
神さまお留守の神無月、十月の第二日目、月曜日。
朝一番で寝ぼけ眼のまま、習慣のRSSを使ってのブログスヲッチ。
聖ピオ10世会は2009年に破門を解かれ、」の短文でさぁあああっと目が覚めました。(おいおい、血の気が引いたンだろ?)

ンなわけないだろ、と自らのブログでおさらい開始(・・・の途中でこうしてタイプing、始め)。

こんな零細ブログでも細々と続けていれば、2009年6月18日を最後に中断したままの 破門→波紋→和解→破壊 なんてカテゴリーがある。
私が読み直した限り、2009年1月22日に故マルセル・ルヴェーヴル師個人の破門が解かれたとあるけれど、彼が創立した聖ピオ十世会そのものとその聖俗会員がヴァティカンに認められ、カトリック教会の内となったという事実は今日に至るまで「ない」です。私は「ないです。」という日本語表現が苦手ですが、こればかりは「ないです。」が良いかも、です(苦笑。

その証拠はヒジョーに簡単で、こんな零細ブログで文章にせずとも、永遠の都ロオマから四方八方、世界の果てまでいずこの(ヴァティカンにつながる)司教様方がこの団体を公式に認め、小教区を任せているか。

ない、です。


le 2 octobre 2017, Léger





【書き忘れた。】

そもそも、カトリック教会の秘跡についても、ですけれど、世界の果てまでヴァティカンにつながる司教様方は誰ひとりとして聖ピオ十世会の聖職者に秘跡を授けるお認めを出していません。彼らは教区長からのお認めなしに勝手にミサをささげ、聴罪し、婚姻など諸秘跡に関わっているわけです。だから、何が有効なのかというと、それら秘跡を受けた聖俗信者に与えられた恵みになります。本当は秘跡を受ける側がきちんとヴァティカンにつながる、ヴァティカンの内にいる司祭からすべての秘跡、恵みを受けることが一番、最善、裁量なンですけれど。これも誤読したまま広めている方が多ござあます。





[PR]
by ma_cocotte | 2017-10-02 15:54 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)