Confiture de lait -牛乳のジャム-
発売から一年くらいになるでせうか。
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Bonne Maman社の
Confiture de lait コンフィチュウル・ド・レ
いわゆるひとつの「牛乳のジャム」です。
ぎ,ぎうにうのジャムぅ!?
と思わず牛乳ジャムと同じ色になってツッコんでみたいところですが,
これはまさしく「牛乳のジャム」なのであります。
もしドボンと顔を突っ込んだら,ねヴぁねヴぁベットベトになります。
味はそうさなあ・・・ずばり「不二家のミルキー」!!!

ミルキーだけぢゃないのだよ,ママンの味は。
Goutez la! (グテラ!お試しあれ!)
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# by ma_cocotte | 2005-01-27 03:01 | The ou Cafe? | Comments(19)
私の一生に付きまとうことになりそうな「1999年1月26日」という日付
1999年1月26日は私が生まれて初めて滞在許可証を携えてフランスに入国した日付です。それまで何度かフランスに入りましたが,いつもヴィザ無しで済む3ヶ月未満の滞在でした。1998年末,東京・麻布のフランス領事館で留学に関するヴィザ申請書類を提出し,数週間後私のパスポートに貼られたものは「仮滞在許可証」というもので,フランス入国後すぐ正式の滞在許可証を申請せねばなりませんでした。私が住むことになった南仏エクサンプロヴァンスの町には運良く県庁支所があるのでそこで申請したにもかかわらず,マルセイユ移民局医院での身体検査,移民局への出頭などすべて役所が決めた指定日時を守って動かないとあっという間にすべてが水の泡となって一からやり直しとなる恐ろしい手続きでもありました。

身体検査は氷雨降る夕方に長距離バスに乗ってマルセイユに行きました。誰もが「恐いよ」という町・マルセイユに緊張して道に迷いながらもやっと医院に着いたら,看護婦さんがいきなり紙コップを私に出して「pipi,pipi! おしっこ,おしっこ!」と指先で紙コップを叩きながら怪しく冷たく言ったこと,その時の彼女の気だるく薄笑いを浮かべた顔は今でも思い出せます。その検査が無事に終わって数週間後,今度は移民局への書類検査のための出頭でした。マルセイユに一人で行ったことがなくて,メキシコ人の男の子とドイツ人の女の子が一緒について来てくれました。それでも緊張してメトロに乗り,初めて訪問したマルセイユの移民局で建物の外まで溢れるアラブの人々の頭数を目の当たりにして面食らいました。

更に数ヵ月後,発行された正規学生ヴィザはフランス入国日に遡ってのカウントでの満期設定,その後フランス国籍者と結婚することになり市民婚姻の申請書類も,結婚後の配偶者ヴィザ申請も全てにこの「1999年1月26日」という私の入国年月日が明記されています。

配偶者10年ヴィザが私におりるまで約2年を費やしました。3ヶ月ごとに仮配偶者ヴィザの更新。これも一度でも怠ると一からやり直し,いえ,「偽装結婚」と疑われてしまいます。ココんちから約40kmのIstresという町の県庁支所に何度通ったことか!一度はせっかくIstresまで行ったの突然の県庁職員ストで閉鎖されていたこともありました。地元警察へも2度出頭。ムッシュウがコンピュータにパチパチと打つ私のアイデンティティはこの入国日「1999-1-26」という数字と共にパリのフランス内務省に同時登録されているのだなあ・・・とムッシュウの手元と画面を交互に凝視したこともありました。ですから2012年に満期を迎える配偶者滞在証明書にもこの1999年1月26日という数字がしっかりとタイプされています。

さてこんにちは2005年1月26日。
2005-1999=6・・・ですから今日は私のフランス入国記念日。
丸6年かあ・・・。

短くて1年,長くて1年半のフランス滞在だろうと想定して1999年1月26日早朝フランスはシャルル・ド・ゴール空港に到着。そこでポン!とパスポートに何の感情もなく押印された日付が6年経った今も私のアイデンティティにきつく絡みついているのも不思議に思えます。このまま日本人の私がフランスでの生活を続けるとなると,おそらく私の一生にまとわりつく「1999年1月26日」という日付なのであります。
まさかこんなことになろうとは・・・・。
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昨日,隣町のIKEAで見つけた水差しです。ココんちで増え続ける観葉植物にこれで水をあげようかなあ・・・と衝動買いです。
左のFaux Pooh(フォ・プゥ=偽ぷろすぺえる)は夫の母からいただいたもの。
ドアストッパーにしています。
彼らの下に引いてある足拭きマットもIKEA製。
ココんちの三匹が爪を研いだりもしますがなかなかお気軽便利な一品です。
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# by ma_cocotte | 2005-01-26 03:34 | 『?』なたわ言 | Comments(15)
チャ~リィ,天使達に叱られそうな予感
ココ一週間,ココんちのチャ~リィはそこはかとなく「投げやりな人生」を送っているのである。
モロッコ経由インドの無謀極まりない旅から遠の昔に戻りドッシリ腰を下ろしたら,これがあなた,持ち上がらないのである。しかも椅子にドッカリ座ったチャ~リィが背もたれを退屈しのぎにギッタンバッコンと繰り返したところ,突然バッコーん!とふんぞり返ったままチャ~リィは元に戻れなくなってしまったのだ・・・。
おーい,おーい,誰かぁ助けてくれぇっっ
チャ~リィは確かエグゼクティヴなはずなのに思いっきりおマヌケなシチュエーションなのでR。
・・・・・・・・・・ぷっっ。(←おならぢゃないよ)

なぜふんぞり返ったおマヌケちゃ~りぃが誕生したのか?
それはお天気のせいである。
本来,太陽燦々の南仏プロヴァンス地方なはずなのに先週末からこの地にはそれは強い北風が吹き一週間後に止んだものの,翌日には氷雨が振り出したのだ。
「た,太陽のないプロヴァンスなんて森永スイーツガールがいない小田急ロマンスカーみたいなものよ」
どうひっくり返ろうがフランスで異邦人の私が留学先に南仏を選んだのは「いつもカラっとお天気」だったからであり,こうして暗くどんよりな日々が続くと南仏に住んでいる意味はまったくないのであるある。いっそいつもどんより天気の花の都おパリに引っ越せば心くすぐりまくるミーハー文化的生活が待っているのだからして。
あなた,日焼けした人間が顔色が悪くなるとどんな色になるかご存知?賞味期限が切れかかった鳥レバーみたいな顔になるのよっっ。
そうなっちゃうとチャ~リィはもうだめ。ふんぞり返ったまま動かないよ。
一日平均歩数100歩未満だ。
とは言っても腹が減るのは生きている証拠。
てなわけで,敬愛なる天使たちよ。(My dear angels とでも訳しますか?)
キミたちのお尻に椅子がはまったままでも腹で茶ぁ沸かせるほど人生を馬鹿にしたような料理を気まぐれに紹介しようぢゃないか。
見たまえ,キミたち達。こんにちはこれだ。
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Les Pâtes à la sauce de Roquefort  ロックフォールチーズのパスタ
「ヤっダあ,ロックホールってぇ青カビチーズでしょ?あれを食べる人を見るとケ・モ・ノってぇ感じぃ」
と言ってるそこのおみゃーさん。
一度これを食ってみてけれ。(註:「食って見て蹴る」の意ではないのでそこんとこよろしく)
たまには獣さんと「んままー」な気持を分かち合ってみようぢゃん。
キミも「・・・騙された」と思って人生を変えてみないか? By ちゃ。(←チャ~リィを略したつもり)


+「なんだ,ざっけんなヴぁッキャろー」なパスタを作りましょ+
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# by ma_cocotte | 2005-01-24 00:36 | Ca etait? | Comments(36)
北風がやっと止みましたのでお茶をずびびび。
北風が1週間近く吹き続けました。風速は毎日90-120。

そんな北風が止んだ土曜日の朝,ずっと閉めっぱなしであった北側の雨戸を久しぶりに開け,窓を全開にして空気の入れ替え。雨戸を開けるなり猫は喜び家駆け回っておりましたが,掃除機を熱心にかけすぎた私は腰が痛いのであります。
寄る年波がざぶんざっぶ~んと土用波ぃ♪
てなわけで光り輝く午後はお茶を飲みながら,先週末日本より届いた玉手箱から取り出したるお煎餅をかぢかぢ。
はあ・・・日本恋しやほーやれほ・・・。
そういえば先日,地元のスーパーマルシェでこんなものを見つけました。
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Delacre社謹製 年末年始限定お茶請け菓子詰め合わせ

缶は二種類あったけれど蓋をぢぃっと見たら,
ベッドの上で笑う猫を発見!
これだけを決め手に私の実生活とはかけ離れた雰囲気醸し出し度100%マックスのこの缶カンを買ってしまったのでありました。そして私のラッキーカラーである緑とオレンジ色の組み合わせにもちょいと惹かれましたのね。
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蓋を開けるとこんな感じのお菓子が二段入っていました。
味は今ひとつかふたつ・・・いや,みっつかよっつ。
日本のデパ地下で購入できるフーシェの詰め合わせの方がはるかに美味しいわん。

グルメ王国と言われるフランス共和国でも「はずれ」のお菓子はございましてございますのだ。

Bon weekend à tous!
ぼん・うぃけんど・あ・とぅーす! 皆様,よい週末を!
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# by ma_cocotte | 2005-01-23 00:41 | The ou Cafe? | Comments(48)
Mendiant-物乞いの話-
もう今はやうやう白くなった昔のことです。JR御茶ノ水駅の御茶ノ水口の真正面で毎朝フラダンスを踊っているおぢさんがいました。髪はレゲエな太巻き,ロングコートは妙につやのあるカーキー色,歯がないのか上下からギュっと押さえつけたような人相ですが,彼はいつも微笑みをたたえておりました。私は通勤途中なので横目でちらりと見ながら足早におぢさんの近くを通り過ぎていましたが,ある日突然このおぢさんが御茶ノ水駅前から消えてしまったのです。そんなおぢさんのことも私は簡単に忘れること数年数ヶ月,JR有楽町駅ガード下でおぢさんがフラダンスを踊っているのを発見した時にはびっくらこきました。「御茶ノ水からここまでどうやって越してきたんぢゃ?」と。おぢさんはいわゆる浮浪者ですね。数ヶ月かけて御茶ノ水から有楽町まで歩いたのかもしれません。(数ヶ月かけなくても歩ける距離だけど)

私にとって生まれて初めての海外旅行はUnited States & Canadaでした。西海岸で歩道の向かいからTシャツ姿の黒い巨漢におののき,NYCではSaint Patrick教会の付近で浮浪者を見つけるとできるだけ離れて歩道を歩いたものです。そして初めてのフランス旅行ではパリ・ノートルダム寺院の広場のそこここにいる物乞いはもちろんのこと,大通りの歩道のド真ん中で正座し頭を地面にこすり付けひれ伏してお金を求める女性を見た時の驚きは今も忘れることはできません。

フランスにもMendiant マンディアンと呼ばれる物乞いが現在も多く存在します。教会や銀行の前で「J'ai faim, SVP(私は空腹です。お願いします)」とダンボールに書いて座り込んでいることが多いです。観光地は一年中彼らは存在しますが11月末の待降節を迎える頃になると小さな町にも物乞いが現れます。おらが町にも昨年の待降節を過ぎてから朝市の度に物乞いが現れるようになりました。想像するに30歳台の男性で,右上腕半分から,右足上腿半分から下はありません。しかも右腕も右足もハムの塊のように丸く膨れ上がっています。たいていの物乞いは欧州人かジプシーですが,彼はジプシーです。手も足も医者ではなく仲間に切られたのです。フランス国内を車で走り信号で運悪く止まってしまうと頼みもしないのにフロントガラスの掃除を始める男性も,進路妨害をするように不自由な身体を引き摺って金を無心する人ジプシーです。「ジプシー」と日本語だと一言で表せますが,フランスでは大きく
Gitan ジタン スペイン系ジプシー
Bohémien ボヘミアン ルーマニア系ジプシー
Tzigane (Tsigane)ツィガーヌ 東欧系(ハンガリー近辺)ジプシー
の3族に分けています。おらが町に現れた物乞いはほぼ間違いなくボヘミアンです。というのはボヘミアンは生まれた子供の手足を切り落としたり変形骨折させることで金を得る手段にしているのです。身体が不自由な赤ん坊を抱いて,切り落とされた片足を道路に投げ出して物乞いをしている女性もパリあたりではよく見かけます。彼らが不自由な身体を晒して得た金は彼のモノにはならず,彼の後に控える親分(マフィア)に行ってしまいます。数年前政府がこの事実を公表したこともあり,彼らに同情し銭を置いていくフランス人は激減しました。
b0070127_3125399.jpgヴィクトル・ユーゴーの「ノートルダムの鐘」のエスメラルダもジプシーですが,なぜフランスにジプシーが多いのでせう?
右の地図を見れば一目瞭然で,東欧から南欧に抜けるためにも,南欧から東欧,北欧に抜けるためにもフランスを通らねばなりません。そして南仏カマルグにSaintes Maries de la Merというジプシーの聖地があり,毎年5月に欧州中のジプシーがこの地に大巡礼をするのです。というわけで,一年中フランス国内に居残るジプシー家族が多く存在します。
そしてもうひとつの理由はフランスがカトリック国であることです。世界中どこの物乞いもそうですが,ローマン・カトリック教会のそばに座り込んでもプロテスタント教会の前には座らないものです。それはなぜかというとカトリックには「哀れみの御心」という精神があるので弱者を見ると無条件に施します。が,プロテスタントは我が身を高めてこその信仰なので,物乞いがうっかりプロテスタント信者に無心してしまうと軽作業所に連れて行かれ「ここで働きなさい。そうすればお金を得る喜びをあなたは知るでしょう」なんて言われてしまうのです。だから物乞いさんはプロテスタント教会の門前にはもちろんプロテスタント国にはあまり存在しません。プロテスタントが多いライン川以北ではジプシーは激減です。

さてフランスでは「日本人=金持ち」で有名です。日本人の財布をスレたら大手柄です。なぜなら日本円はどこの両替でもすぐに換金できますが,他のアジア通貨はできません。盗んだ重い財布に円以外のアジア通貨が入っていてもスリの実にならないのです。
というわけで私がマルセイユに行くとスリはもちろんですが,たいてい背後から数人のアラブ系男性陣が私を追い越し,クルリと突然振り返って「1ユーロください」とニヤリと笑いながら銭乞いをしてきます。私はもう慣れましたが,フランス語もわからず異国人になじみのない日本人観光客には相当恐い経験になります。
先日マルセイユに行った時も同じことがもちろんありました。いったいどこから私の後をつけていたのかわかりません。1区の広場への階段を下り終えた辺りで10人近くの男性が私を追い越し,その中の12,3歳の少年が突然「1 euro, s'il vous plâit! Madame.(1ユーロください,マダーム)」と。更に「J'ai soif.(喉が渇いているんです)」
運良く夫がそばにいたので,
「Jeune homme(シュノーム,わけーもんよ),1ユーロは7フランだぞ!!!!!」
と叫んだら一斉に逃げていきましたが。
欧州でユーロ通貨施行以前,アラブ系の少年達は人込みで「1フランください」と銭乞いをしていました。1フランと言われればフランス人はたいてい哀れんで差し出すものです。ユーロを使い始めて3年が経ち,少年達は通貨単位だけを変えて「1ユーロくれ!」と銭乞いします。1ユーロは6.55957フランですからね,
ざけんな,ヴァッキャローォっっ!
ざますよ。
せっかくのフランス旅行,ブランドのバッグやブ厚いシルクスカーフ,フランス人が誰もはかない妙に尖ったハイヒールを身につけて闊歩したい気持も理解できますが,日本人がそうすることで物乞い・銭乞いのターゲットになる率はググーんと上がることをお忘れなきやう。
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# by ma_cocotte | 2005-01-22 03:20 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(34)