おんぼろ浪漫ローマンな『アルル』
Hôtel de Ville d'Arles アルル市役所の裏口(↓)をまっすぐ抜けると・・・・
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向こう側は正面玄関。目の前に大きなレピュブリック(共和国)広場が広がるのであった。

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そして市役所を背にし広場の左にはL'Eglise Saint Trophime 聖トロフィーム教会です。

フランス国内のどのカトリック教会も中央の大扉はたいてい主日ミサのためにのみ開かれます。

アルルの聖トロフィーム教会はこの大扉を囲む彫刻が有名だそうです。
扉の上の半月には「最後の審判」が,扉の両脇には旧約や新約に登場する聖人像の彫刻が並んでいます。


それにしてもやっぱり南仏プロヴァンスの空は真っ青がいい。
灰色の空は巴里に差し上げるよ。

ここは市役所から程近いMuseon Arlatan アルラタン博物館の中庭です。
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掘り起こしたら紀元前のローマ時代の町が出てきちゃった・・・というかそりゃそうだわな。プロヴァンスはローマ時代の遺跡だらけですもん。
この博物館はフランス人が大好きな「生活史の宝庫」です。古代から現代に至るまでプロヴァンス人の生活風習はもちろん,カマルグの地中海人やユダヤ人が残した生活用具が豊富に展示されていることで有名です。
この日も先生に引率された見学の子供たちでごったがえしていました。

フレデリック・ミストラルというプロヴァンス出身の作家がノーベル文学賞で拝受した賞金で創設した博物館でもあります。

b0070127_18153050.jpg路地を迷いながら闘牛場へ。
紀元前1世紀に建設された闘牛場は
「めちゃデカイで」。
最も古い部分は2100年前にできたもの・・・ひょえっっ。
現在,闘牛場は大修復中です。

今もここで闘牛は開催されています。
私は牛を殺さないポルトガルの闘牛なら受け付けます。
フランスやスペインの闘牛はやっぱり「いけません」でしょう。

町に水牛を放ち,カマルグの馬で牛を追い詰めてまとめるという行事もプロヴァンスの町々でよく開かれます。
馬にバケツ一杯のパスティスというお酒を飲ませ,士気を高めたりします。
かなりいろいろな匂いでくさいけどね。
楽しくて面白いです。


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帰り道。
見上げればそこにThermes de Constantin コンスタンタンの共同浴場址です。

4世紀に建造されたそうです。
が,今は壁の穴と言う穴に鳩が
「クルッルゥ♪」。
鳩たちのアパルトマンです。

4世紀の日本は大和朝廷の時代です。

まあ,よろしいぢゃござんせんか。
『ツワモノどもが夢の址』とはこのことなりなり。


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今もローマ時代の城壁がところどころに残り,その中でRenaissance 再生を繰り返しながらアルルの旧市街が生きているのです。

だからこんにちのタイトルなのです。

アルル
おんぼろでも
浪漫がそこここにあって
ローマ時代(Roman ローマン
から呼吸している町です。  

ほら,マクドもあるでよ。(→)

空間だけでなく時も越えて,我が身を異邦人と化してみるのも楽しいアルル散歩なのでありました。
Au revoir!

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# by ma_cocotte | 2005-01-19 17:52 | Promenons-nous! | Comments(5)
『苗字のない国』で天災が起きたのです。
16日夜はスマトラ沖大震災から3週間目ということもあり,国営放送France2で第二回目の「スマトラ救済」特別番組が3時間半にわたって放映されました。おりしもこの2005年1月16日は6000人以上の死者を出した神戸大震災から10年の日。朝からニュースでは繰り返し神戸大震災から10年を迎え,神戸がどう変化し,どのように地震対策に取り組んでいるか取り上げていました。フランスにとっては旧植民地モロッコ,アルジェリアで数年おきに大震災が起きることもあり,日本の最新技術には興味津々であります。

昨晩の番組はあらゆる分野の著名人に混ざって内閣の関連大臣も登場し,現状を訴えました。
たった3週間かもしれませんが,フランスのテレビを見ていると国民が寄付する先をうまく操っているように思えます。大震災発生直後は「国境なき医師団」,「赤十字・赤三日月社」,「スクール・カトリック」など被災地でまず行動する目的の諸団体の名前が何度も繰り返されました。2週間後には寄付が活動予算費用に十分到達した「国境なき医師団」が募金一時打ち切りを公表したことも話題になりました。
b0070127_2063932.jpg第三週目を迎えた昨晩,強調された団体名は「Action Contre la Faim(飢えに対する行動)」と「UNICEF」でした。フランスでは寄付を募る時にかつてのWe are the World のように歌手が集まって一枚のCDを作成するのが恒例で,今回はUniversal Music Franceで発売,収益金は「Action Contre la Faim」におくられることになりました。
特別番組は午後9時頃から始まりましたが,開始当初から強調されたのは「子供の売買」です。この「子供売買」の話題は日本では「地震をきっかけ」と思われるかもしれませんが,決して欧州では地震がきっかけではなく以前から底辺に流れる陰湿な問題でもあります。地震がきっかけとなってあからさまな行動が目に見え始めたというのが正しいでしょう。昨晩の番組ではマフィアが暗躍しているとはっきり言葉となって電波に乗りました。

フランスの現保健大臣Philippe Douste-Blazy 氏の本業は医師でもありますが,彼からは五体満足に現在動いている被災民のメンタリティは決して尋常でないことを私達が気遣わなければならないこと,そして言葉を発する前の子供たち(三歳以下になるでしょうか?)の身元確認が難航を極めていると切実に語られました。

インドネシアのスマトラ最北端のアチェでは人口の半数が亡くなりました。天災はナンピトにも等しくもたらされても,個人の失う「何か」はその個が素数となってかけられた数が「我が身に起こった現状」です。家族全員無事だった人もいれば親も兄弟も親戚も見つからない人もいます。もちろん多くの孤児が存在するわけで,しかも自分の名前もいえない年齢の孤児が多いそうです。人身売買を防ぐためにも身元確認をするのが最優先にもかかわらずうまくはかどらないそうです。

で,この話を見聞して私が思い出したこと。
インドネシアは『苗字(Family name)がない国』なのです。一つ屋根の下に住む家族全員がまったく違う「名前だけ」を持っています。私のジャカルタ出身の友人はEvi Yuriza(エヴィ・ユリザ)と言いますがユリザは苗字ではありません。彼女の言い分だと「苗字がある方が不思議」だそうです。だからフランスで書類作成する度に苦労したそうで,フランスの役人は頭から「苗字がない国なんてあるわけない!」と彼女に声高に言うそうです。私は電話帳はどうなっているのだろう?郵便配達は大変だろう?と想像しましたが,彼らにとってはそれが生まれながらにして自然な習慣なので,エヴィに我が心配を話しても笑い飛ばされてしまいました。(それにしても電話帳はどうなっているのかしら?)
そして今回被災しなかったインドネシアの島には逆に苗字があっても長男,次男,長女,次女という家庭の位置づけで同じ名前を子に与える島もあります。島中,同じ名前だらけだそうです。(日本に例えるなら長男=太郎,次男=次郎・・・という感覚です)
戸籍登録の在り方も日本とフランスでさえ大きな違いがあります。おそらく南アジア諸国とも大きく異なるものでしょう。こういう戸籍登録の背景をすべて日本國や欧米諸国の尺度で見,判断することは良いことではありません。ですから被災地で活動している方々は身元不明者を確認することも,孤児の身内を探すことも,日本や欧米で行うより何倍も苦労されているはずです。

ヒンズー教のカーストには「死ぬために生まれてきた」という階級も存在します。インドの路傍で生活するヒトの多くはこの階級だそうです。マザー・テレサのインドでの活動は有名ですが,イエズス会をはじめとするカトリック修道会もインドで布教活動を長くしています。宣教師が路傍の人々に声をかけお粥を与えると,彼らは真面目な顔をして「私は死ぬために生まれてきた者です」と言うそうです。宣教師が「あなたにも生きる喜びがあるのですよ」と言っても理解できないそうです。死ぬための階層同士が「生の営み」の中で出産を繰り返す現状も私には理解しかねますが,これが宗教なのです。タイで信仰される上座部仏教の輪廻思想もこういう状況になると少女売春や子供売買に対する罪悪感を薄めると言う悪作用に転じるそうです。深刻な飢えを我慢できずに冷静に考えれば大した金額でないのに子供を売ってしまう成人もいるのでしょう。このような生活に密着した宗教文化の中で偶然にも「生」を得,疑うことなく生きている人々が選ぶ「人身を売る」という行為を,頭ごなしに私達の道徳で裁くこともできません。マフィアがそういう思想の弱みに付け込んでいるのも事実です。

これらの背景を尊重しつつ,弱者の尊厳を魔の手から守ることを考えなければならない「私達のスマトラ大震災3週間後」です。
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# by ma_cocotte | 2005-01-18 00:00 | 『?』なアッジア~ん | Comments(25)
アルルの午後3時-遅すぎた昼食-
アルルに着いたのが午後2時近く。
お腹が空いているにもかかわらずピン!と来るお店が見つからず,午後3時近くになって結局外環道路沿いのカフェに飛び込みました。もちろんランチタイムは終了していたけれど,マダムが「Plat du jour(プラ・デュ・ジュウ 今日の料理)なら出せますよ」とおっしゃったので「今日の料理はなんヂャい?」と壁にぶら下がるmenu ムニュをやぶにらんでみました。
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お腹空きすぎて頭回らないよぉ。
えいやっっ!と上から二番目10ユーロのムニュ『Rouille d'encornets-riz pilaf』を何だかわからないけど頼みました。
ほら,このお店の「今日のデセール」もîle flottante 浮き島
みんな,本当に好きなのね,浮島さんを。

昼下がりのカフェ。
このカフェで飼われている犬が私の席のそばで日向ぼっこをしていました。
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なんかしあわせそうだよね,このカフェ犬・・・・。

フランスでは飲食店で犬猫を飼っても差し支えないようです。
鳥かごが置いてあるお店も多く存在します。

職場もOK。農業大臣がオフィスに犬と猫を鎮座させてお仕事しているのを先日テレビで拝見しました。数年前には夫の母が上司に「犬の散歩」を命じられて大喧嘩したという話も耳に届いてしまいました。

先日『ココんちの猫三匹』で紹介したポンポネットもカフェ猫です。
私はマルセイユでカナリア数十羽を放し飼いにしているレストランに入ったことがあります。
BGMはカナリアのさえずり。パンくずを探しに時折テーブルにカナリアが下りてくるのです。

さて,ほどなくして出てきた料理がこれでした。
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Rouille d'encornets-riz pilaf いかのルイユソース ピラフ添え・・・なの???
何せ午後3時。お腹空きすぎてガツガツ食べました。
パンの上に乗っている山吹色のソースはニンニクがぎんぎんにきいたマヨネーズ。Rouille ルイユと言います。そこはかとなくピリっと辛いソースです。
山吹色ソースの下の透明の緑色の液体は「一番搾りのオリーヴオイル」です。

食後は珈琲。手作りのトリュフが添えられていました。美味!
なんとこのトリュフ付の珈琲。1.5ユーロ(約200円ちょい)でした。
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お店を出てちょっと歩いたらおいしそうなヴィエノワズリィを見つけました。
フランスの午後4時はおやつの時間だものね。どうしませう,私の好物ばかりです。
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手前左は Chausson amandes ショソン・アマンド (アーモンドの草履)
その右は Sacristan サクリスタン (アーモンドスライスが乗ったねぢりパイ)
上左は Chausson aux Pommes ショソン・オ・ポンム (りんごの草履)
その右は Croissant Amandes クロワッサン・アマンド (アーモンドクリームがはさまったクロワッサン,私の大好物!)
最上に鎮座ますお菓子は Palmier パルミエ (お砂糖がかかったパイ)

さて♪あなたなぁらどうするぅ?

☆おそらくこの『カフェ飯』は簡単に作れます☆
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# by ma_cocotte | 2005-01-17 00:17 | Ca etait? | Comments(42)
『こんにちは,亡霊さん』-Arles アルルの路地裏-
久しぶりにArlesで散歩でございます♪
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ArlesアルルはMarseilleマルセイユから西へ向かって約90km,Bouche-du-Rhone(ブッシュ・デュ・ローヌ,ローヌ川の口という意)県最西端の小都市で,カマルグに流れる手前のローヌ川下流西岸に広がる町でもあります。「アルル」と聞くと日本人にとっては音楽の授業で聴いたビゼー「アルルの女」を最初に連想するのではないでしょうか?

ローマ遺跡がそこここに点在するアルルの町は同じ県内にあるマルセイユやエクサンプロヴァンスとは一味も二味も違う空気が流れています。マルセイユほど埃くさくないけれども,エクサンプロヴァンスの洗練された雰囲気には届かないとでも申しましょうか。ぶらぶらと歩くだけなら一日あれば2周はできる広さかな?くねった細い路地と石畳,そして今では斜めになった何百年も前の建物群の中を彷徨っても,それがなぜか楽しく感じられるようなArles アルルの町です。

こんにちは春間近,西陽の中のArlesの路地を一緒に覗いてみませんこと?
左上の写真,私がアルル市役所を目指して最初に足を踏み入れた路地です。南フランスの1月,すでに日差しはかなり強いのです。

ふと見上げたら,犬を連れた聖トロフィーム Saint Trophimeさんを見つけました。
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アルル市役所横にある教会の名前も聖トロフィーム教会。西暦250年頃,アルルの初代カトリック司教に任命されたのが聖トロフィームさんだそうだ。
そして聖トロフィームさんと言えば犬と一緒なのだそうだ。

そのせいだとは思わないけどアルルでは猫を一匹も見ませんでした。

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左の建物の2階角が道祖「聖人」置き場です。
が,聖人さんがいないぞ・・・誰かが持って行っちゃったのかな?
フランスの古美術商でおそらく見つかるはず。今の時代もジャン・バルジャンが一杯のフランスです。

上の犬と一緒の聖トロフィームさんも2階の角に雨が降ろうが風が吹こうが何百年もぢっとしているのです。フランスの旧市街に迷い込むと古い建物の二階角にはこのような道祖聖人が鎮座ましています。やっぱり聖母子像が多いかなあ・・・。それぞれの像に歴史が醸し出した味があるので発見してはちょこっと拝むのも楽しいです。


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路地を覗くと手前の建物もかなり古いのに,突き当たりには更に数百年は古いと思われる石壁が見えたりもします。

ここまで年代のギャップが一目でわかる建物が並ぶ路地はマルセイユやエクスの中心街ではあまりお目にかからない。



この路地(↓)もいろんな時代の建物が混在していて突き当たりの路地には「こじゃれたお店」。


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ぶらりとアルルを散歩していたら,エクサンプロヴァンスに住んでいた頃(1999-2000年)を思い出してしまったよ。

私は現代に生きる,身軽な格好をした人間なのに,エクスの町はどこもかしこも中世や近世の匂いが残り,わがアパルトマンでさえ200年以上前の建造物。一階の玄関を入ると右の壁一面に太陽王ルイ14世の木彫がババン!と全面に飾ってある建物でした。

散歩をしていると路地から突然まったく別の時代の服を着た人が飛び出してきそうな予感がしたり,いえいえ,そこらかしこにいろいろな時代の霊がさまよっているようにも思えてしまう。

そんな錯覚。

怖がるどころか「出て来てみやがれっっ」と期待している自分。
本当はおばけが苦手な私なのにね。

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路地のお医者さんの玄関です。
フランスのお医者さんと弁護士さんは金色の四角い看板をこのドアの右にあるように掲げます。

わんちゃんが重いドアの前でぢっとしていました。
おそらく飼い主は診察を受けるため中にいるのでしょう。


キミは『アルルの忠犬』だね。


というわけで,2005年初春のArles路地裏巡りでした。
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# by ma_cocotte | 2005-01-16 00:29 | Promenons-nous! | Comments(18)
『Bonne Maman』のお菓子
水曜日午後,いつもの買出しに行きました。
そしてまた『おいしそうなもの』を見つけてしまいました。
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日本では瓶詰ジャムで有名なBonne Maman社のお菓子です。
「2005年の風味」
Quatre Quarts(キャトル・カール) "Comme je l'aime"
「Comme je l'aime こむ・しゅ・れーむ」というのは「私の好きなように」という意味です。
Bonne Maman (ボンヌ・ママン,優秀なママンという意)が好きなように作ったお菓子なのでせう。
さてこのQuatre Quarts キャトル・カール(4/4という意味,すなわち「1」)は「何ヂャこりゃ?」な命名ですが,昔むかーしからフランス庶民が大好きなお菓子です。
フランスで普通の生活を始めるとスーパーのレジ前で多くのご婦人の籠の中に見かけるのもこのお菓子。たいていは30cmくらいの細長い巨大パウンドケーキです。
ぶっちゃけて言うと「ドでかいマドレーヌ」とでも申しませうか。
おやつにこれを「カフェに浸して」ほおばるフランス人はそこにもここにも,ほら!あそこにもおります。
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Bonne Maman 社のキャトル・カール「私の好きなように」の中はこんな感じ。
よく見かける30cmのキャトル・カールに比べるとかなり小ぶりです。
味は「んままーっっでおみゃあさん」でございました。
日本人のあたくしはがぶりと口にぶち込み。フランス人の夫はおぞましくもカフェに浸してガブリ。しゅわわ~と口の中に広がるバターケーキの余韻を楽しみました。
粉と卵黄とお砂糖とレモン汁あ~んどバターたっぷりという素朴な味。ココんちの地元のスーパーマルシェでは1.94ユーロ。約260円。
そんな安物!」と叫ぶ前にほおばってみまっし。
美味は値段ぢゃないのよん♪

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# by ma_cocotte | 2005-01-15 00:28 | The ou Cafe? | Comments(6)