入り江の午後6時 -Cassis カシ-
マルセイユは地中海を背に三方を山で囲まれており,特に南に連なる山々は険しく白い岩山で,南に向うためにはトンネルもなく,曲がりくねった車道が一本だけ通っています。この山道を登り下りた最初の町がCassis カシ,美しい入り江と城砦を持つ本当に小さな町です。

私がCassisに着いたのは夕方5時過ぎ,夕暮れ間近の町には夕食前のお散歩をする人々。

カシの海岸 散歩する パパと子供の 二人連れ 
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・・・貫一&お宮ではなかった。

Cassisも地中海の入り江を背に三方を山で囲まれています。手前の山の頂上には昔の貴族の館。山と同じ色の城砦です。
その向こうに見えるバラ色の石でできた岩山にはChemin de Crète (シュマン・ド・クレト,クレタ島への小道)と呼ばれる隣町La Ciotat ラ・シオタに抜ける山道が通っています。シュマン・ド・クレトの頂上から眺める地中海は海からのぼりたつ蒸気のせいで空と海が一体となった混じりけのない青色になります。おそらく天国はこんなところではないかしら?と錯覚するような畏敬を感じぜずにはいられないほどの絶景です。

Cassis の城砦。
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おそらくその昔はお腹が空こうが何の用があろうがこの絶壁からおりなくて済む身分のヒトが住んでいたのでしょう。通りすがりのマダムに伺ったら伯爵の館だったそうです。やっぱりね。

城砦を背に入り江を眺めました。日暮れを待つひととき。
突き当たりの山の向こうがマルセイユです。
船の中にはもくもくと明日の準備をするムッシュウ。
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Cassisのメインストリートは入り江のまん前。
あともう少し暖かくなって海を眺めながら飲むカフェは美味しいだろうなあ。
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入り江から路地が三方に広がって町を作っています。
ふらふらと当てもなく路地を彷徨うのもこれまた楽しい。
Cassisの路地には画廊,レストラン,雑貨小物屋さんがぽつんぽつんと点在していました。ちょっとした観光町です。
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チョッカれば地中海。
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# by ma_cocotte | 2005-03-13 00:16 | Promenons-nous! | Comments(16)
移動祝祭日 Pâques の準備 「ショコラだ,わっしょい!」
かのE. ヘミングウェイの遺作は「移動祝祭日」です。1921年から1926年にかけて彼が過ごしたパリでの思い出が下地となった小説。彼が言う「移動祝祭日」は春の訪れを告げる復活祭を指しています。復活祭だけでなく月の満ち欠けで算定されるため毎年日付が変わるキリスト教の祝祭日を「移動祝祭日」と呼びます。

今年のPâques(パック,復活祭)は3月26日の日没後に始まります。カトリックではまず土曜日から日曜日にかけての深夜,復活徹夜祭と呼ばれる特別のミサを行います。幼児洗礼を受けなかった成人が受洗するのは復活徹夜ミサであることが多いです。
家庭では復活祭を迎えるために今年は2月9日から精神的にも肉体的にもさまざまな準備をしていますが,復活祭当日は午前中に教会のミサに参列した後,家長の家に家族全員が集まって正午餐会を開くのが慣わしです。この日,大人は子供達のために庭の茂みの中にたまご型のチョコレートを隠して子供達に探させるというちょっとした喜びを準備します。

そんなわけで今年も復活祭まで約2週間となり,どこのスーパーもショコラティエ(チョコレート専門店)も復活祭に向けてたまご型のチョコレートが並び始めました。

マルセイユ8区,日本國領事館そばのカルフールのショッピングモールで見つけました。
隅から隅までずずずいーっとショコラたまごだらけ。
このChocolatier ショコラティエはLeonidas レオニダスというお店で,フランスではたいていどこの町にも一軒はあるベルギーチョコレートのお店です。なんとオラが町の市役所前にもかわいらしい店構えのレオニダスがございます。おそらくフランス人に最も親しまれているベルギー風プラリネチョコレートのお店と言えばこのレオニダスでしょう。

ウィンドウには夫婦鶏ショコラ。「チョコはカスガイ」
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「持ってけ,泥棒!」と叫ばれたら私は泥棒になっても良いぞ・・・。キミも私と一緒に泥棒になってみんかね?

復活祭は欧米人にとっては何百年も大切に守ってきたお祝い事なので,各国で独自のお祝い菓子や料理があるのでしょう。おいしいことはいいことだ。
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# by ma_cocotte | 2005-03-12 06:42 | 『春』 Rien de special | Comments(8)
「お」カルフールは「お」そんぢょ「お」そこらにあるスーパーマーケットです。
3日吹き続けた北西風ミストラルもようやく止み,こんにちは朝からそこはかとなく「春ららら」。
というわけでいつもなら地元のE. Leclerc (E. ルクレール,フランス最古のスーパーマーケットチェーン)で買出しするところ,偶然にも同日朝,日本國ではカルフール・ジャパンがイオン傘下になってしまったことを知り,隣町のCarrefour カルフールに行ってまいりました。
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2005年3月10日お昼過ぎ,
隣町 Vitrollesのカルフール
です。
来る3月27日の復活祭(Paques パック)プロモーションとして,入口すぐの左右の棚は突き当りまで卵型チョコレートが所狭し,天井低しと陳列されていました。端から端まで,上から下まで全てのチョコを食べ尽くしたいものだ・・・。

フランス生まれのスーパーマーケット,Carrefour カルフールが日本に進出したのは2000年12月のことです。今でも「カルフール日本進出」というキーワードで私が思い出してしまうことは,日本に住む友人が開店まもないカルフールを見物後,私宛に「カルフールってタダのスーパーぢゃん?」と書いたメールを送ってきたことです。フランスに住む私にしてみれば彼女の驚きこそ「へ!?」でした。だってカルフールはフランス本国でも「タダのスーパー」なんだもん♪私は2001年はじめのこのメールのやり取りで既にカルフールの将来が見えたような気がしました。私が長く愛読しているメルマガ『国際派時事コラム・商社マンに技アリ!』の著者・泉幸男氏も日本に進出したカルフールへの疑問を2001年はじめ『カルフールへの恨み言』というタイトルでご自身のHPに掲載,昨年末には曽野綾子氏が12月10日付の産経新聞の連載コラム「透明な歳月の光138」に「カルフール」と題した記事を載せています。開店当初から方々で懸念されていた「カルフールの将来」が2005年3月10日朝,現実・事実となって発表されたことになります。

私の日常ですが,カルフールよりフランス最古のスーパーチェーン E. Leclerc を贔屓にしています。程よい広さの店内で合理的に買い物ができるからです。上の写真の天井を見てもわかるとおりカルフールは平屋の倉庫型店舗で,建物内に入ると広い遊歩道の左右に小売店舗が並び,その途中からカルフール店内に入るという仕組です。これはフランス中どのカルフールもほぼ同じ作りです。隣町のカルフールは店の端から端まで500mは軽くあり,このだだっぴろいカルフールでの買い物は本当に体力がいるのです(事実こんにちも疲れ果てております)。きちんと買い物リストを持参しても,私だって人間ですからうっかり売場を見落とすことがあります。今日も食料品を選び終えCD売場に着いたあたりで,スープを買い忘れたことに気付きました。振り返って見ると,運が悪いことにスープ売場は視界に入る生鮮食料品売場の向こう,100m以上戻らなければならないのです。もしCD売場の更に100m先にある雑貨売場にも用があるとなると果たして私はこの店内をナンビャクメートル歩くことになるのだろう?結局スープはあきらめました。私にとっては後日地元のE.Leclercで要領よく買う方がよっぽど楽なのです。カルフール一筋で何度も通いつめ,店内全ての商品配置を把握しない限り,カルフールで短時間かつスマートな買い物はまずできません。

そしてカルフールだけでなくフランスのスーパーチェーンは決して「お客様は神様」ではありません。カトリック国・フランスにおいて神様は「天にまします神様」だけであり,あくまでも人民は「自由・平等・博愛」なのです。だから立場違えど店員と平等の客自分でカートに入れた何十もの商品を支払い時にレジのベルトコンベアに自分で置き換えねばなりません。そしてレジを通した何十もの品物を再び自分で袋に納めます。どうも日本のカルフールはこの習慣を日本では「神様であるはずのお客さま」にさせてしまったようですね。
・・・あっちゃー。日本の神様たちはこういう作業が好きではありません。

フランス感覚の低層階かつ横広の売り場面積も,客への対応も,日本人の買い物感覚にはそぐわなかったのは間違いないでしょう。

フランス=高級という単純な連想を持つ日本人が想像した「日本上陸のカルフール」はせめてパリの高級百貨店プランタンやギャルリ・ラファイエットに匹敵する存在であり,カルフールが「Made in おフランス」である以上,店の雰囲気はあくまでも天井にステンドグラスが輝くようなアールヌーヴォーでなければ日本人は満足できなかったのかもしれません。
でも日本のマスコミで紹介されるフランスを日本人が鵜呑みにして「お」パリの高級ブティックに行っても店内は現金で買い物をする日本人観光客で溢れ,普通のフランス人にはまず会えません。一方,フランス国内でスーパーに行けば良質を廉価で,しかも小切手かカルトブルー支払いで要領よく買い物をする「ナマのフランス人」を見ることができます。

カルフールはタイ,中国,台湾などのアジア諸国で大成功を収めています。もちろんどの国でもカルフールは「タダのスーパー」ですから,それぞれの国の日常の食卓に乗るものが主力製品で売られています。世界中で成功したフランス・カルフール社にとって唯一のドボン国は日本國・・・今回も日本海から東シナ海にかけての透明バリア現象でしょうか。日本に再進出する北欧家具店イケアは果たして大丈夫?

それにしても「タダのスーパー」であるカルフールに日本人消費者は一体何を期待したのでしょう?日本國にはフランスのタダのスーパーは上陸してはいけなかったのでしょうか?銀座や青山の美しい通りに軒を並べる高級ブティックだけが日本人の心を掴んで大成功を収めることができるのですね。つい数日前3月7日産経新聞に掲載された石原慎太郎東京都知事のエッセイ『日本よ』の「日本人の感性」で知事が語られていることが今回のカルフールの一件に通ずるようにも思えます。日本人の高級=欧米幻想もそろそろ払拭する時期が来たのではないでしょうか。今年は第二次大戦終結から60周年です。

イオンがカルフールを傘下に入れたことで,カルフールのおいしいオリジナル食料品がイオン各店舗に廉価で並ぶのはその味を知る私にとっては喜ばしいことです。日本の「スーパーオリジナル食料品」は買い手が不安になるのか美味しくないのか私は存じませんが,「安いもの=不安」という心理は日本人独特の感覚のように思います。兎にも角にもフランスの「スーパーオリジナル食料品」は廉価良質美味ですぞ。温めるだけで「んー,せ・とれっとれっぼ~ん!」であります。フランスから10000km離れた日本に住む方々とフランス庶民の食材の美味しさと便利さを分かち合えたら本当にうれしいことです。


Ce sont des Track Backs aux
 *Excite : 経済 『カルフール日本法人を買収 イオン、業務提携も発表』(共同通信)
 *Excite : 経済 『<イオン>カルフール8店舗買収を発表』(毎日新聞)
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# by ma_cocotte | 2005-03-11 00:35 | 『?』な日本國 | Comments(34)
働き盛りの貴兄・貴女よ。これを聴いてはなりませぬぞ。
3月に入って1週間も過ぎたのに今年の南仏はかなり寒いです。日差しは確かに強くなっているのにミストラルという北西風が止むことを知りません。いつもなら真冬でもサラダを躊躇いなく食べることができる気候の南仏なのに今年はスープが美味しく感じられる,それほど寒いのです。早く本来の南仏らしく暖かくなりますように。

さて,ヒトは豆を巻いて鬼を掃うと心地よい音楽が聴きたくなるのでしょうか?
節分が過ぎてからというものブログ散歩をするたびに音楽の話題に出会うことが多くなりました。身も心も軽やかになる春を迎える準備として気分が高揚する「今年のMy music」を選ぶのも楽しいものです。

今朝ココんちのポストを覗いたら南太平洋はNouvelle Calédonie(ヌゥヴェルカレドニ,=ニューカレドニア)からの郵便物が入っていました。Yoopii!ユッピー!梱包の中身は節分過ぎてまもない2月10日に夫が注文したCDです。

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Guregele "The Best of Guregele"

これ↑をクリック!
CDリストの次にある♪-Ecouter内の2曲をぜひご視聴くださいませ。(視聴なのに全曲流れます)
・・・聴いて後悔なさった方もいらっしゃるはず。
この自ずとウキウキしてしまうトロピカ~ルな曲調を聴いてしまうと,3月に入ってもコートを羽織り肩に力を入れて北風に向っている自分がなんとも情けなく,馬鹿らしくなってしまいます。「今年はガンガン働くよーっっ!」という意気込みの貴兄貴女には勧めることはできません。まっこと残念でございます・・・。ヴぉーッふぉッふぉっ。

この独特のメロディはKanak(カナック)と呼ばれ,現在もフランス共和国海外県・領土であるNouvelle Calédonieに古くから伝わる民族音楽とフランス語の歌詞が融合した心地よさが特長です。このメロディをうっかり聴いてしまうと『部屋のヒーターの温度をがんがんに上げアロハを着てビールをかっくらいたいwithピーナッツぼりぼり気分』になってしまうことでしょう。

残念ながら(いや,喜ばしいのかもしれない)このCDはアマゾンや一般のCDショップでは手に入らず,Mangroveによるインターネット販売のみで購入可能です。実は先月オーダーしてからしばらくナシノツブテだったので,ドけちなまここっつぁんがとてつもなく不安になり数日前にE-mailで問い合わせたところ,すぐにニューカレドニアの担当者から誠意ある返答メールが届きました。信用できる会社です。梱包も丁寧なものでした(おらもヴぃっくり,フランスぢゃないみたいだ・・・)。

なんだか脳内アッパッパーになるこのカナックのメロディは『2005年度ココんちメインミュージック』になりそうです。いいのかなあ・・・。
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# by ma_cocotte | 2005-03-09 00:07 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(16)
トゥーロンの水兵さん -Les matelots à Toulon-
大西洋と地中海の間に位置するフランス共和国はその国土の形からL'Hexagone(エグザゴォヌ,六角形)という別名で呼ばれています。その一辺である地中海沿岸側には大商港Marseille マルセイユと軍港Toulon トゥーロンが存在,この2都市は共和国の要所でもあります。
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ココんちからイタリア国境に向って約80kmほど石灰山の間の高速を走るとToulon に至ります。Toulonが醸し出す雰囲気は商港を抱えるMarseilleのコスモポリタンかつ解放的なものと明らかに違い,トゥーロンの町には制服姿のアメリカ軍人やらフランス人でもかなりムキムキな男女が颯爽と闊歩,米語も耳に入ってくるし,海岸沿いもそこここに「立ち入り禁止」区域の標識が立っているので「たかが観光」「のんびりお散歩」と言えどもぢわぢわと緊張してしまうのも事実です。特に航空母艦Charles de Gaule シャルル・ド・ゴールの港内碇泊中はいつもにも増して緊張感が高まるToulonです。

私は「Toulon」と聞くとなぜか「Les Miserables レ・ミゼラブル」というミュージカルのオープニングをBGMつきで思い出してしまいますが,あの舞台の薄暗さと重い曲調はまさにトゥーロンの独特な雰囲気を表しているのではないでしょうか。

上の写真はフランス共和国海軍の水兵さん(matelot,マトゥロ)です。制服のセーラーカラーと赤のボンボンつき帽子がかわいいでしょう?
以前はフランス国籍を持つ男子には義務兵役が課せられていたので,夫の叔父は海軍に入隊を決め,この制服を着ました。現在も夫の祖母の車(ルノー・トゥインゴ)のインパネには彼女の息子が兵役時代にかぶった帽子の赤いボンボンが「運転のお守り」としてちょこんと鎮座ましています。

日本女子に生まれ人生も半ばを過ぎたであろう私における人生の後悔は少女時代にかわいいセーラー服を着ることができなかったことです。幼稚園はいちおうセーラーカラーでしたがワンピースだったので「正統」ではなく,小学校からずっと同じブレザーとジャンパースカート姿で高校までの学業を終えました。東京都内にはかわいらしいセーラー服が制服の女学校が多々あり,それをかわいく着こなす女の子をちらりと見ては羨ましく思ったものです。私にとって「女の子のおさげにセーラー服」も日本に残してもらいたい文化(?)のひとつです。
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# by ma_cocotte | 2005-03-07 00:44 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(89)