Macarons♪ マカロン♪ まかろん♪
12月10日から3日間私が住む町で Foire de Noël が始まりました。先週末,隣町 Vitrollesで開かれたノエル市 に比べると小規模ですが,雰囲気も出店もまったく違うので楽しめます。日没後ふらりと覗いてみました。

見つけたよ,マカロン♪
b0070127_2374993.jpg
この町から約300km北上した古城砦の町システロン近くの小村に住むおぢさんの手作りですって。今日は甥子さんが店番でした。

もちろん買ってしまいました。

b0070127_2385730.jpg

  モカ,フランボワーズ,プラリネ,
  アーモンド,ピスタッシュ,ヴァニラ,
  キャラメル,ショコラ


外はさくさく,中はもっちり・・・ああ,しあわせ。
僕らはみんな生きている。生きているから食べるんだ。
生きてるってすばらしい・・・。


■Sisteron システロンという町とジュリエット・ビノシュ■
[PR]
# by ma_cocotte | 2004-12-11 04:56 | Thé ou Café? | Comments(27)
僕,日本で稼がせていただきヤした。
フランス人はトーク番組が好きらしい。b0070127_1803245.jpg
政治討論,文化討論からお笑いまで夜10時過ぎから深夜にかけて毎晩のようにトーク番組が放映されます。生番組がほとんどですがはっきり言っておもしろいです。ちなみに昨晩はカトリーヌ・ドヌーヴがFrance2の「Campus」という文芸討論番組に出演。美しすぎる・・・発言がしっかりしてらっしゃる・・・シンプルな黒のタートルに70歳近くてこの迫力と知性的発言の数々,他の有識者相手にライトな口論までやってのけましたわ。ほれぼれの感激しっぱなしで思わず画面をぱちり。私の場合きれいな人とおいしいものの写真は興奮してぶれる,すまんの。

ところで日本でも有名なフランス人の俳優や歌手がトークショーに出ると必ずと言っていいほど「japon(日本)」というキーワードが耳に入ってきます。フランスでも芸能人がトーク番組に出るのは宣伝を兼ねている場合が多いこともあるのでしょう。「日本でかなり売れたそうですね」と司会者がほぼ絶対間違いなく切り出します。兎にも角にも「金儲け」=日本という単純方程式です。

さてこの方も昨年から今年にかけて多くのトーク番組に登場。どのトーク番組でも「日本で相当売れたそうですね?」と司会者がニヤリと「故郷に錦を飾った彼」に質問を投げかけました。

このひとです。ご存知?
b0070127_4104062.jpg
彼の名はエリ・スムーン
漢字では書けないのでアルファベットで書くと Elie Semoun です。彼はコメディアンとしてフランスで大活躍,なんと女装コントで有名です。コメディアンとしての地位を確立した彼は昨年ついに甲高い声を生かしてCDを出したのです。彼が唄うボッサノバが心地よいこと。音がはずれるところがなぜかええんぢゃ。

ボサノバ好きの日本でこのCDを発売したらかなりのセールスだったようで貧乏暇なしのフランス人にしてみればホックホク♪
トーク番組で視聴者と「ぼちぼちでんな」の喜びを分かち合ってしまうのも自由・平等・博愛の国フランスならでは。だって彼が儲かれば税金をどっぱり納めます。国民のほとんどが何らかの形で生活保護の世話になっているフランス共和国ですもん。日本に行く芸能人に「がんばって,あなた。稼いできてね」と思わずBGMはテレサ・テンで国民が見送ってしまいます。

このエリくん。フランスのコメディ映画でも欠かせない存在の「おとぼけキャラ」ね。腹よぢれるほど笑わせてくださいます,エリくん。
が,エリくんは「Elieくん」で「エリアくん」なので「ユダヤ人」です。
フランスで名前がElieで苗字がSemounなら「お,もろユダヤんぢゃん!」と物心つけば誰もが簡単にひらめきますが日本ではひらめいてます?
エリくんのCDは
  「フランス人がフランス語で唄う心地よいボサノバ」
として日本で売られております。果たして彼がユダヤ系と知って一度手にしたCDを手放すなんてことを日本人はするのでしょうか?

b0070127_17561220.jpg
兎にも角にもエリくんのCDですが「お勧めの一枚」ざますよ。
キャンドルとワイン・・・フォワグラかぶりついて一曲いかが?
お子ちゃまなキミには無理かな?
←「Chansons」 Elie Semoun
[PR]
# by ma_cocotte | 2004-12-10 18:31 | 『?』な日本國 | Comments(8)
ブログを始めて3か月-つれづれなるままに-
私が生まれて始めてブログを始めたのが今年9月8日のことだったと思います。

「だったと思います」と言わなければならないのはもうそのブログは存在しないからです。あるきっかけでブログを始めたわけですが,長い間細々とHPを作っていたもののブログは初心者の私です。右往左往,紆余曲折,叱咤激励があったからこそ今日まで続けることができました。

この3か月ブログを通じて素晴らしい話に出会いました。ブログを続けていくうちにテーマカテゴリーが増えたこともあり,同じブログ内での「表現」に限界を感じて「猫」は独立。こちらは現在もマイペースでほのぼのとした世界を作り続けています。

旧ブログを閉じ新たな一歩を踏み出して2週間が過ぎました。私自身もようやくブログ作成のコツをつかみ始め手ごたえを感じたところで旧ブログを閉じることは正直言ってつらく悲しいものがありました。本文は引越すことができても私にとってわが身を成長させる術であるコメントのすべてを失ってしまったからです。これだけは一生の心残りになります。

ブログを始めて2週間足らずでアラシにあったこともありました。生まれて始めて「殺す」「猫を三味線にする」諸々の言葉を送りつけられ,フランスに住んでいるとは言え心の奥底から不安,不愉快になりました。この時はブログの諸先輩方々に多方面から多様な方法でお力をいただきました。当時のエキブロ会員が約80000人,一割の奇人変人ではなく9割の方々の善意善行を信じて続けてみよう,とブログを閉鎖せずに続けてきました。

私の記憶が確かならば11月はじめ頃からでしょうか。奇妙なTBが私の旧ブログのTB欄に載るようになりました。ブログを始めて2ヶ月も過ぎると日頃からコメントを交換しあっている方々とのTB交換が多いのですが11月はじめだったと思います。急に見知らぬ方々からのTBが旧ブログのトラックバック欄に載るようになりました。ブログを開いた私自身が滅多に見ない下方にあるトラックバック欄を見た段階でその事実がわかるわけです。というのも「TBしました」というコメントなんてありません。どんな内容だろう?とmoreをクリックしてTB先に行くと,まず驚くのがエキサイトブログ以外のブログです。文章を拝読するとどこにも私の文章との関連付けについて書かれていません。ブログによってはなぜ私のブログの内容にTBしたのか理解できないTBです。気持悪いので失礼ながらTBを数回消しました。

ある時はTB先を拝見したら私のHNとブログ名が明記され,文章は丸ごと全文転載(もちろん私に転載許可を得る旨のコメントは一切ありません),そのブログには
この婆さんは馬鹿すぎて文章は読むに値しないぞ
と書いてありました。読むに値しない文章をTBする必要があるのでしょうか?もちろん私のブログのコメント欄に「TBしました」なんてメッセージは残されていません。つまり私のブログを訪れた方がそのTBに気づき,そのTB先に飛ぶと私の文章と人格を「馬鹿だ。読むな!」と読者に警告していることになります。
私はもちろんそのブログ主に面識はありません。会話もしたことがありません。もちろん彼(女)も私を見たことがない「はず」です。見たこともない話したこともない一人格をどうして「婆さん」「馬鹿」と断定できるのでしょうか?疑問を持たずにはいられませんでした。「言葉の暴力」とはこういうことを言うのだろうとも思いました。見知らぬ人物に私のHNとブログを「」で嘲笑されたこの件で私は旧ブログを閉鎖する決心をしました。本当に無念です。

こんなこともありました。ある日突然,コメント欄に「最近あなたの言葉遣いが良いのはなぜ?」と書かれたこともあります。私はブログを始めて数ヶ月のみですからブログに私のアイデンティティのすべてを書いてはいません。私の氏素性も職歴も知らないで「言葉遣いが良い,悪い」とコメントする人が存在することにも驚きました。ブログは自由な文章表現の場だと私は思っていました。もちろんインターネット表現には禁止用語が存在します。そういう言葉が載ったブログに対してプロヴァイダー側が制裁勧告を出していることも知っています。でも私の文章を読んで乱暴,キレうんぬんと想像するのは書き手の意図だけではなく,読み手が自由に「作り上げたイメージ」もあると私は思います。

11月はじめから旧ブログに数度にわたってTBを続けている方がいました。エキサイトブログの会員ではありません。彼(女)は決して「TBしました」というコメントを残しません。その方のブログを拝見してもどこにも私のブログのことはもちろん文章内容についても書かれていません。内容を読むと私のブログ内容とはまったく違う話題です。なぜTBするのでしょう?
しかも気持ち悪い話は更に続きます。私は11月末にブログを引越しました。もちろんその方には引越しした旨は伝えていません。
ところが引越したばかりのこのブログにこの方は再びTBしてきました。どうやって私の新しいブログを見つけたのでしょう?おそらく初心者の私が知らない術があるのかもしれません。もちろんその方はいつもどおり「TBしました」の挨拶もなく,いつもどおりその方の文章には私について何が書かれているわけでもありません。そしていつもどおり私の文章の内容とその方の文章はまったく内容が違うものでした。

一日「放置」しました。
見えない相手とはいえ,いきなり消すのは失礼だと私が思ったからです。

でも翌日消しました。

インターネットの世界というのは相手の見えない世界です。学校で何年も机を並べても,会社で長い間同じチームで働き喜怒哀楽を共にしても,他人の性格のすべてを知ることはできません。ましてインターネットです。相手がタイプしている時の表情さえも見えません。

9月からブログを始め,いろいろなブログを読んでいるうちにある一人の人格が10人近い人格を演じていることを発見したこともあります。ブログをエキサイト社だけで数個持ち,外部コメントも駆使し,名前も性も年齢も生活環境も変え,いろいろなブログにさまざまな人格に化してその人はコメントを残しています。ある時は自分自身にコメントを残し,自分自身でもう一方の自分に返事をしたり・・・一人芝居もしています。そのヒトにとっては楽しくて仕様がないのでしょうね。
私にはまったく理解できない行為ですが,これも他人に言わせれば趣味のひとつなのでしょう。

相手がわからないブログだからこそ,コメントを交わすうちに自然と似たような考えやツボ,求めるものを持った人々が集まると私は信じています。
でもそういうブログだからこそ落とし穴もあります。そういう人格を装っている人も残念ながら中には存在するからです。

最近私自身が嫌になっていること。それは「見えない相手のために」その人を思いやった文章を書かなければならないことです。そうしないとアラシに遭う可能性がある,そうしないとブログ上でつるし上げられることもある・・・という言葉の数々が私の頭をよぎるようになりました。ここまで私が考えあぐねたところで,果たしてその相手が私を思いやってくれるのかどうかなんて知る由はありません。

インターネットというものは一方的な世界で作り上げられ成り立つものなのですね。

相手が見えないブログです。私はブログだからこそ,物心つく前から両親に習った,学校で習った,社会で習った「礼儀」だけは守っていきます。私が守るのです。

そしてこうして海外に住んでいると日本語はその美しさ,鷹揚さはもちろん,個人によって

文字(漢字,ひらがな,カタカナを書き手が選べる)も
文法(てにおはの入れ替えは書き手によります)も
文章表現

も自由に使いこなせるすばらしい言語だと私は確信しています。
自由に心に浮かぶ思いを「言の葉」にできる日本に生まれたことを誇りに思います。人格にもつながる個々の日本語表現は尊重すべきものです。

現在約100000人のブログ主が存在するのなら個々のアイデンティティと生活環境は万差億別です。そのインターネット先の人格が本当に存在するのかどうかも神のみぞ知ることです。まして個々の文章表現はグループにまとめることはできないでしょう。

この考えを常に脳と心に置いてブログをもうしばらく楽しんでいきたいと思います。


                      -2004年12月8日無原罪の聖母の祝日に-
[PR]
# by ma_cocotte | 2004-12-08 23:59 | 『?』なたわ言 | Comments(38)
マルセイユで見つけた宝石
b0070127_4454674.jpg
12月8日はカトリック暦で「Immaculée Conception 無原罪の聖母」の祝日。

すべての人間が生まれながらにして持つ原罪をマリアはその生から死に至るまで持っていなかったとカトリックでは信じられています。

芳しい美しく咲き誇る白百合は「無原罪」のシンボルです。
こんにちは大天使ガブリエルが受胎告知のために白百合を携えマリアの前に降り立った日を思ってみましょう。(ただし、受胎告知の祝日 Annonciation は3月25日)
めでたし聖寵みちみてるマリア
主、御身と共にまします
と天使はマリアに告げました。
今でも多くのカトリック信者が好んで唱える天使祝詞はこの言葉で始まります。

天使から「神の子」の妊娠を告げられたおとめマリアはこの時15歳くらいだったそうです。
主の降誕まであと17日
南仏は今日も雨です。
[PR]
# by ma_cocotte | 2004-12-08 04:56 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(6)
窓の外は雨。だから Jacques Prévert

朝の食事

彼はカップに珈琲をいれた
彼は珈琲が入ったカップにミルクをそそいだ
彼はカフェオレに砂糖を落とした
小さなスプーンで彼はそれをかき回し
カフェオレを飲んだ
そして彼はカップを置いた
私には何も話さずに
b0070127_2312156.jpg 
彼は煙草に火をつけた
彼は煙で輪を作った
彼は灰皿に灰を落とした
私には何も話さずに
私を見ることもなく

彼は立ち上がり
頭に帽子を乗せた
彼はレインコートを羽織った
なぜなら雨が降っていたから

そして彼は雨の中を去っていった
言葉もなく
私を見ることもなく

そして私は両手で頭を抱え

そして私は泣いた
                    -ヂャック・プレヴェエル『言の葉』より-
                 


Déjeuner du matin -Jacques Prévert

Il a mis le café
Dans la tasse
Il a mis le lait
Dans la tasse de café
Il a mis le sucre
Dans le café au lait
Avec la pitite cuiller
Il a tourné
Il a bu le café au lait
Et il a reposé la tasse
Sans me parler

Il a allumé
Une cigarette
Il a fait des ronds
Avec la fumée
Il a mis les cendres
Dans le cendrier
Sans me parler
Sans me regarder

Il s'est levé
Il a mis
Son chapeau sur sa tête
Il a mis
Son manteau de pluie
Parce qu'il pleuvait
Et il est parti
Sous la pluie
Sans une parole
Sans me regarder

Et moi j'ai pris
Ma tête dans ma main
Et j'ai pleuré.
                  -dans "Paroles" par Jacques Prévert, 1946


C'est un TB de "Jacques Prévert" par Madame Oeuf. Merci à vous avec gros bises.

■雨といえばヂャック・プレヴェエル■
[PR]
# by ma_cocotte | 2004-12-07 17:28 | 『?』なたわ言 | Comments(4)