『苗字のない国』で天災が起きたのです。
16日夜はスマトラ沖大震災から3週間目ということもあり,国営放送France2で第二回目の「スマトラ救済」特別番組が3時間半にわたって放映されました。おりしもこの2005年1月16日は6000人以上の死者を出した神戸大震災から10年の日。朝からニュースでは繰り返し神戸大震災から10年を迎え,神戸がどう変化し,どのように地震対策に取り組んでいるか取り上げていました。フランスにとっては旧植民地モロッコ,アルジェリアで数年おきに大震災が起きることもあり,日本の最新技術には興味津々であります。

昨晩の番組はあらゆる分野の著名人に混ざって内閣の関連大臣も登場し,現状を訴えました。
たった3週間かもしれませんが,フランスのテレビを見ていると国民が寄付する先をうまく操っているように思えます。大震災発生直後は「国境なき医師団」,「赤十字・赤三日月社」,「スクール・カトリック」など被災地でまず行動する目的の諸団体の名前が何度も繰り返されました。2週間後には寄付が活動予算費用に十分到達した「国境なき医師団」が募金一時打ち切りを公表したことも話題になりました。
b0070127_2063932.jpg第三週目を迎えた昨晩,強調された団体名は「Action Contre la Faim(飢えに対する行動)」と「UNICEF」でした。フランスでは寄付を募る時にかつてのWe are the World のように歌手が集まって一枚のCDを作成するのが恒例で,今回はUniversal Music Franceで発売,収益金は「Action Contre la Faim」におくられることになりました。
特別番組は午後9時頃から始まりましたが,開始当初から強調されたのは「子供の売買」です。この「子供売買」の話題は日本では「地震をきっかけ」と思われるかもしれませんが,決して欧州では地震がきっかけではなく以前から底辺に流れる陰湿な問題でもあります。地震がきっかけとなってあからさまな行動が目に見え始めたというのが正しいでしょう。昨晩の番組ではマフィアが暗躍しているとはっきり言葉となって電波に乗りました。

フランスの現保健大臣Philippe Douste-Blazy 氏の本業は医師でもありますが,彼からは五体満足に現在動いている被災民のメンタリティは決して尋常でないことを私達が気遣わなければならないこと,そして言葉を発する前の子供たち(三歳以下になるでしょうか?)の身元確認が難航を極めていると切実に語られました。

インドネシアのスマトラ最北端のアチェでは人口の半数が亡くなりました。天災はナンピトにも等しくもたらされても,個人の失う「何か」はその個が素数となってかけられた数が「我が身に起こった現状」です。家族全員無事だった人もいれば親も兄弟も親戚も見つからない人もいます。もちろん多くの孤児が存在するわけで,しかも自分の名前もいえない年齢の孤児が多いそうです。人身売買を防ぐためにも身元確認をするのが最優先にもかかわらずうまくはかどらないそうです。

で,この話を見聞して私が思い出したこと。
インドネシアは『苗字(Family name)がない国』なのです。一つ屋根の下に住む家族全員がまったく違う「名前だけ」を持っています。私のジャカルタ出身の友人はEvi Yuriza(エヴィ・ユリザ)と言いますがユリザは苗字ではありません。彼女の言い分だと「苗字がある方が不思議」だそうです。だからフランスで書類作成する度に苦労したそうで,フランスの役人は頭から「苗字がない国なんてあるわけない!」と彼女に声高に言うそうです。私は電話帳はどうなっているのだろう?郵便配達は大変だろう?と想像しましたが,彼らにとってはそれが生まれながらにして自然な習慣なので,エヴィに我が心配を話しても笑い飛ばされてしまいました。(それにしても電話帳はどうなっているのかしら?)
そして今回被災しなかったインドネシアの島には逆に苗字があっても長男,次男,長女,次女という家庭の位置づけで同じ名前を子に与える島もあります。島中,同じ名前だらけだそうです。(日本に例えるなら長男=太郎,次男=次郎・・・という感覚です)
戸籍登録の在り方も日本とフランスでさえ大きな違いがあります。おそらく南アジア諸国とも大きく異なるものでしょう。こういう戸籍登録の背景をすべて日本國や欧米諸国の尺度で見,判断することは良いことではありません。ですから被災地で活動している方々は身元不明者を確認することも,孤児の身内を探すことも,日本や欧米で行うより何倍も苦労されているはずです。

ヒンズー教のカーストには「死ぬために生まれてきた」という階級も存在します。インドの路傍で生活するヒトの多くはこの階級だそうです。マザー・テレサのインドでの活動は有名ですが,イエズス会をはじめとするカトリック修道会もインドで布教活動を長くしています。宣教師が路傍の人々に声をかけお粥を与えると,彼らは真面目な顔をして「私は死ぬために生まれてきた者です」と言うそうです。宣教師が「あなたにも生きる喜びがあるのですよ」と言っても理解できないそうです。死ぬための階層同士が「生の営み」の中で出産を繰り返す現状も私には理解しかねますが,これが宗教なのです。タイで信仰される上座部仏教の輪廻思想もこういう状況になると少女売春や子供売買に対する罪悪感を薄めると言う悪作用に転じるそうです。深刻な飢えを我慢できずに冷静に考えれば大した金額でないのに子供を売ってしまう成人もいるのでしょう。このような生活に密着した宗教文化の中で偶然にも「生」を得,疑うことなく生きている人々が選ぶ「人身を売る」という行為を,頭ごなしに私達の道徳で裁くこともできません。マフィアがそういう思想の弱みに付け込んでいるのも事実です。

これらの背景を尊重しつつ,弱者の尊厳を魔の手から守ることを考えなければならない「私達のスマトラ大震災3週間後」です。
[PR]
# by ma_cocotte | 2005-01-18 00:00 | 『?』なアッジア~ん | Comments(25)
アルルの午後3時-遅すぎた昼食-
アルルに着いたのが午後2時近く。
お腹が空いているにもかかわらずピン!と来るお店が見つからず,午後3時近くになって結局外環道路沿いのカフェに飛び込みました。もちろんランチタイムは終了していたけれど,マダムが「Plat du jour(プラ・デュ・ジュウ 今日の料理)なら出せますよ」とおっしゃったので「今日の料理はなんヂャい?」と壁にぶら下がるmenu ムニュをやぶにらんでみました。
b0070127_532451.jpg
お腹空きすぎて頭回らないよぉ。
えいやっっ!と上から二番目10ユーロのムニュ『Rouille d'encornets-riz pilaf』を何だかわからないけど頼みました。
ほら,このお店の「今日のデセール」もîle flottante 浮き島
みんな,本当に好きなのね,浮島さんを。

昼下がりのカフェ。
このカフェで飼われている犬が私の席のそばで日向ぼっこをしていました。
b0070127_58553.jpg
なんかしあわせそうだよね,このカフェ犬・・・・。

フランスでは飲食店で犬猫を飼っても差し支えないようです。
鳥かごが置いてあるお店も多く存在します。

職場もOK。農業大臣がオフィスに犬と猫を鎮座させてお仕事しているのを先日テレビで拝見しました。数年前には夫の母が上司に「犬の散歩」を命じられて大喧嘩したという話も耳に届いてしまいました。

先日『ココんちの猫三匹』で紹介したポンポネットもカフェ猫です。
私はマルセイユでカナリア数十羽を放し飼いにしているレストランに入ったことがあります。
BGMはカナリアのさえずり。パンくずを探しに時折テーブルにカナリアが下りてくるのです。

さて,ほどなくして出てきた料理がこれでした。
b0070127_593134.jpg
Rouille d'encornets-riz pilaf いかのルイユソース ピラフ添え・・・なの???
何せ午後3時。お腹空きすぎてガツガツ食べました。
パンの上に乗っている山吹色のソースはニンニクがぎんぎんにきいたマヨネーズ。Rouille ルイユと言います。そこはかとなくピリっと辛いソースです。
山吹色ソースの下の透明の緑色の液体は「一番搾りのオリーヴオイル」です。

食後は珈琲。手作りのトリュフが添えられていました。美味!
なんとこのトリュフ付の珈琲。1.5ユーロ(約200円ちょい)でした。
b0070127_5101387.jpg
お店を出てちょっと歩いたらおいしそうなヴィエノワズリィを見つけました。
フランスの午後4時はおやつの時間だものね。どうしませう,私の好物ばかりです。
b0070127_5105395.jpg
手前左は Chausson amandes ショソン・アマンド (アーモンドの草履)
その右は Sacristan サクリスタン (アーモンドスライスが乗ったねぢりパイ)
上左は Chausson aux Pommes ショソン・オ・ポンム (りんごの草履)
その右は Croissant Amandes クロワッサン・アマンド (アーモンドクリームがはさまったクロワッサン,私の大好物!)
最上に鎮座ますお菓子は Palmier パルミエ (お砂糖がかかったパイ)

さて♪あなたなぁらどうするぅ?

☆おそらくこの『カフェ飯』は簡単に作れます☆
[PR]
# by ma_cocotte | 2005-01-17 00:17 | Ca etait? | Comments(42)
『こんにちは,亡霊さん』-Arles アルルの路地裏-
久しぶりにArlesで散歩でございます♪
b0070127_351356.jpg
ArlesアルルはMarseilleマルセイユから西へ向かって約90km,Bouche-du-Rhone(ブッシュ・デュ・ローヌ,ローヌ川の口という意)県最西端の小都市で,カマルグに流れる手前のローヌ川下流西岸に広がる町でもあります。「アルル」と聞くと日本人にとっては音楽の授業で聴いたビゼー「アルルの女」を最初に連想するのではないでしょうか?

ローマ遺跡がそこここに点在するアルルの町は同じ県内にあるマルセイユやエクサンプロヴァンスとは一味も二味も違う空気が流れています。マルセイユほど埃くさくないけれども,エクサンプロヴァンスの洗練された雰囲気には届かないとでも申しましょうか。ぶらぶらと歩くだけなら一日あれば2周はできる広さかな?くねった細い路地と石畳,そして今では斜めになった何百年も前の建物群の中を彷徨っても,それがなぜか楽しく感じられるようなArles アルルの町です。

こんにちは春間近,西陽の中のArlesの路地を一緒に覗いてみませんこと?
左上の写真,私がアルル市役所を目指して最初に足を踏み入れた路地です。南フランスの1月,すでに日差しはかなり強いのです。

ふと見上げたら,犬を連れた聖トロフィーム Saint Trophimeさんを見つけました。
b0070127_4593572.jpg
アルル市役所横にある教会の名前も聖トロフィーム教会。西暦250年頃,アルルの初代カトリック司教に任命されたのが聖トロフィームさんだそうだ。
そして聖トロフィームさんと言えば犬と一緒なのだそうだ。

そのせいだとは思わないけどアルルでは猫を一匹も見ませんでした。

b0070127_4195059.jpg
左の建物の2階角が道祖「聖人」置き場です。
が,聖人さんがいないぞ・・・誰かが持って行っちゃったのかな?
フランスの古美術商でおそらく見つかるはず。今の時代もジャン・バルジャンが一杯のフランスです。

上の犬と一緒の聖トロフィームさんも2階の角に雨が降ろうが風が吹こうが何百年もぢっとしているのです。フランスの旧市街に迷い込むと古い建物の二階角にはこのような道祖聖人が鎮座ましています。やっぱり聖母子像が多いかなあ・・・。それぞれの像に歴史が醸し出した味があるので発見してはちょこっと拝むのも楽しいです。


b0070127_4263974.jpg

路地を覗くと手前の建物もかなり古いのに,突き当たりには更に数百年は古いと思われる石壁が見えたりもします。

ここまで年代のギャップが一目でわかる建物が並ぶ路地はマルセイユやエクスの中心街ではあまりお目にかからない。



この路地(↓)もいろんな時代の建物が混在していて突き当たりの路地には「こじゃれたお店」。


b0070127_573868.jpg
ぶらりとアルルを散歩していたら,エクサンプロヴァンスに住んでいた頃(1999-2000年)を思い出してしまったよ。

私は現代に生きる,身軽な格好をした人間なのに,エクスの町はどこもかしこも中世や近世の匂いが残り,わがアパルトマンでさえ200年以上前の建造物。一階の玄関を入ると右の壁一面に太陽王ルイ14世の木彫がババン!と全面に飾ってある建物でした。

散歩をしていると路地から突然まったく別の時代の服を着た人が飛び出してきそうな予感がしたり,いえいえ,そこらかしこにいろいろな時代の霊がさまよっているようにも思えてしまう。

そんな錯覚。

怖がるどころか「出て来てみやがれっっ」と期待している自分。
本当はおばけが苦手な私なのにね。

b0070127_439517.jpg

路地のお医者さんの玄関です。
フランスのお医者さんと弁護士さんは金色の四角い看板をこのドアの右にあるように掲げます。

わんちゃんが重いドアの前でぢっとしていました。
おそらく飼い主は診察を受けるため中にいるのでしょう。


キミは『アルルの忠犬』だね。


というわけで,2005年初春のArles路地裏巡りでした。
[PR]
# by ma_cocotte | 2005-01-16 00:29 | Promenons-nous! | Comments(18)
『Bonne Maman』のお菓子
水曜日午後,いつもの買出しに行きました。
そしてまた『おいしそうなもの』を見つけてしまいました。
b0070127_33386.jpg
日本では瓶詰ジャムで有名なBonne Maman社のお菓子です。
「2005年の風味」
Quatre Quarts(キャトル・カール) "Comme je l'aime"
「Comme je l'aime こむ・しゅ・れーむ」というのは「私の好きなように」という意味です。
Bonne Maman (ボンヌ・ママン,優秀なママンという意)が好きなように作ったお菓子なのでせう。
さてこのQuatre Quarts キャトル・カール(4/4という意味,すなわち「1」)は「何ヂャこりゃ?」な命名ですが,昔むかーしからフランス庶民が大好きなお菓子です。
フランスで普通の生活を始めるとスーパーのレジ前で多くのご婦人の籠の中に見かけるのもこのお菓子。たいていは30cmくらいの細長い巨大パウンドケーキです。
ぶっちゃけて言うと「ドでかいマドレーヌ」とでも申しませうか。
おやつにこれを「カフェに浸して」ほおばるフランス人はそこにもここにも,ほら!あそこにもおります。
b0070127_332129.jpg
Bonne Maman 社のキャトル・カール「私の好きなように」の中はこんな感じ。
よく見かける30cmのキャトル・カールに比べるとかなり小ぶりです。
味は「んままーっっでおみゃあさん」でございました。
日本人のあたくしはがぶりと口にぶち込み。フランス人の夫はおぞましくもカフェに浸してガブリ。しゅわわ~と口の中に広がるバターケーキの余韻を楽しみました。
粉と卵黄とお砂糖とレモン汁あ~んどバターたっぷりという素朴な味。ココんちの地元のスーパーマルシェでは1.94ユーロ。約260円。
そんな安物!」と叫ぶ前にほおばってみまっし。
美味は値段ぢゃないのよん♪

[PR]
# by ma_cocotte | 2005-01-15 00:28 | The ou Cafe? | Comments(6)
国ができること。お金持ちができること。私ができること。
フランスが太平洋上で核実験を行ったのは確か1995年でした。
この核実験直後,江戸は飯田橋でフランス語教師とこの話題になりました。フランス国籍の先生はズバリ
「あれはフランス政府とシラクがやったことで,僕が実行したわけではない。僕は核爆弾使用に反対だ。ボタンを押したのは僕ぢゃない!」
と私に言いました。
あれから10年が経ち,私はこうしてフランスに住んでいます。
昨年末のスマトラ沖大震災後,フランスの動きと日本の動きをインターネットをはじめとするマスメディアで私は毎日眺め,ブログを徘徊しては各人のエントリーも拝読しています。地震から2週間が過ぎ,なんとなくいろいろわかってきたことがあります。この2週間,私は地震直後のフランスの動き感染症について自然保護の在り方を私なりの「たわ言」で書き残しました。今日はとうとう「寄付金の話」に触れちゃいます。

地震発生からすぐ日本が巨額の援助を申し出た直後,ブログ検索をしたら「我が母国・日本を誇りに思います」という文章を多く見つけました。その数日後には民間団体への寄付の話が話題の中心になり「自分の寄付した金がいったい何に使われているのか?」という使途不明金に関する不安を語るコメントが目立ち始めました。更に先週あたりからはシューマッハが10億円寄付を表明したのを皮切りに「日本の有名高額所得者が被災地に寄付した?しない!それはユユしき問題ぢゃ!」という話題です。

フランス政府ですが,1月12日の国営放送France2の記事によると約6600万ドルを共和国政府が寄付するそうです。約2億5000万ドルという世界一高額の即刻寄付を決めた日本国民が見ると「そんな額ぢゃ国を誇りに思えないだろ?」と言われてしまうのでしょうか?
フランスの国土は日本の約1.5倍。
国民数は日本の約半分です。
日本の消費税はどんな商品にも平等に5%ですが,フランスは商品を「生活必需品」と「贅沢品」に分け,生活必需品にかかる税金(TVA)は19.6%です。
北欧には敵いませんが,生活保障制度もいきわたり,国民の多くは何らかの形で国の恩恵にあずかっているのがフランスです。税金の使途というのは国民に還元されるのが主目的だとフランス人は考えています。国内での災害で税金が使われるのは納得いきますが,フランスから約300人の犠牲者が出たとはいえ高額の国庫金(=税金)が寄付と言う形で他国に行くことに庶民は少なからず疑問を持ちます。それでも国民が選んだ大統領と彼が選んだ内閣で決められたことです。納得のいく額なら笑顔で送り出し,納得できなければデモ行進とストライキではっきり意志表明をするのがフランス国民行動です。
フランスで「日本国政府は世界一の寄付をした」とニュースで何回も流れました。もし私がフランス人の前で「日本を誇りに思うわ」と言ったとしたらフランス人は私に何と言うでしょう?
「本当に日本国政府は大したものだね。ところであなたは被災地のために何をしたの?
と百発百中言ってきますよ。
冒頭に書いた「フランスの核実験とフランス国籍の一個人の意見」はネガティブな譬えになってしまいますが,今回のように被災地への寄付というポジティブな場面でもフランス人の考えは同じです。
フランス共和国政府が決めたことは私自身が決めたことではない!
なのです。国家の金庫の中身の1サンチーム(ユーロの最小単位)まで国民は知る由もない。グロン・ゼコールを修了した超ウルトラエリートに任せるのがフランス庶民です。ぢゃ,フランス庶民はどうするのでしょう?自分のお財布の中身を見て,自分の頭で計算して,「自分なりの気持」を捻出するのです。
b0070127_19152656.jpg先週土曜日夜France2のトーク番組に「国境なき医師団」創設者のひとりであるBernard Kouchner氏(→)が生出演しました。「国境なき医師団」は医師を派遣するのを目的とした団体であり,現在のところスマトラ沖被災地に派遣する費用(予算)を十分に満たす寄付を集められたので「とりあえず寄付をお断りします」と彼がはっきり理由を述べ,更に「寄付の気持があるならば被災者の生活を考える団体(赤十字社,スクール・カトリック等)へそのお金を送ってください」と視聴者に促しました。その直後,司会者が突然「視聴者の皆さん,手元の携帯電話を出してください。そして私が言う通りに動いてください」と自分の胸から携帯電話を取り出しました。Kouchner氏も他のゲストもそうしました。司会者は電話番号の数字をゆっくりと言い,視聴者が彼の言うとおりに番号を押すと自動的に1ユーロ寄付できるのです。この番組の推定視聴者数は4百万人だそうです。半数が実行したとしてもこの瞬間に200万ユーロが振り込まれたことになります。市井の人々の善意です。

フランスではシューマッハのように高額所得者が10億円を寄付するのは「寄付できるのだからどうぞ?寄付したいのだからすれば?」という言葉がまず庶民の頭に浮かぶことであって,金額は二の次,三の次。寄付をする人の私生活批評に及ぶことはまずありません。収入が多ければ誰もが莫大な税金を国と地方自治体に納めなければなりませんし,その人が納めた税金が庶民に還元されているのもフランスの国民は実感しています。1月12日付の「小泉めるまが」を拝読しても,民営化大好き小泉首相の「らいおんはーと」は相変わらず「民間,民意」の単語羅列です。このままどんどん国からのありがたみを感じなくなっていく日本国民はどう暴走するのでしょう?

というわけで,1月12日時点でフランスは政府から6600万ドル,民間(私献金)から約1億2635万ドルの寄付が被災地に送られるそうです。
世界における大国であり,先進国であり,国民への社会保障がしっかりした国であればあるほど,国民から集めた税金を国外に出すことは難しいはずです。ちなみに,
オーストラリア   7億6千万ドル(政府),1億720万ドル(民間)
ドイツ   6億6500万ドル(政府),3億3000万ドル(民間)
アメリカ   3億5000万ドル(政府),3億5000万ドル(民間)
大英帝國   9380万ドル(政府),1億8700万ドル(民間)
EU   6億2700万ドル
中華人民共和国   8300万ドル(共産党←「政府」ぢゃないよ)
だそうです。
日本は5億ドルが政府から支援金として供出されると正式発表されましたが,日本国内では民間からいくら寄付が集まっているのか国際的には未発表のやうでございます・・・・。

○寄付がしたいのならヴェルサイユへいらっしゃい○
[PR]
# by ma_cocotte | 2005-01-14 00:08 | 『?』な日本國 | Comments(25)