2005年新春アラブんの主張「学校給食をハラルに改善せい!」
タジーヌ料理もどきの『モロッコめーめー』(骨付肉の干果物煮)を紹介したのはつい数日前。
わたくしはそれはおいしくいただきましたのよ。
が、しかし、but ばっと、mais め・・・早い話「でも」
ココんちの欧州人♂は「プルーンが入ってるから僕,食べないよ。嫌いだ。」とぼそり。
人間、誰にも嫌いなものはある。食べられないものもある。
ちなみに私の場合はおいしいものが好きで、まずいものが嫌いである。
そーんな話が出たところで2005年1月6日午後1時、わたくしは国営放送France2のニュースを見ておりました。昨年末に模様替えをしたこのニュース番組、最後にLe face à face du 13H(13時の対談)というコーナーがございます。これ、プチ討論番組で私好みのなかなか面白いコーナーなのです。
さて、番組案内HPから1月6日「13時の対談」の内容を写します。
Le face à face du 13H... Faut il introduire de la viande Halal dans les cantines scolaires pour les enfants musulmans ? Face à face, Jean Yves VAYSSIERES, de l’Union des familles laïques et Mouloud AOUNIT, secrétaire général du MRAP...

-13時の対談・・・イスラム教徒の子供のために学校給食にハラル肉を導入せねばならないのか?一般信徒家族の会ジャン・イヴ・ヴァイシエール氏とMRAP代表ムゥルゥド・アウニット氏との対談である。
まず上記仏文中のキーワードを説明します。
La viande Halal:イスラム教義に基づいて処理され、かつ、祈祷済みの食肉
Laïque:非聖職者、つまり一般信徒の意。自分の信仰する宗教が何であれ自分が「聖職者」でなければナンピトも「ライック」とフランスでは呼ばれます。つまり私もライック市民です。
MRAP (Movement contre le Racisme et pour l'Amitié entre les Peuples):人種差別に対抗し人類友愛のための運動組織

・・・とでも訳しましょうか。
さて番組ですが、まず現場レポートが流れました。フランスのとある地区の公立幼稚園・小学校でイスラム教徒の父兄数名が「イスラム子弟は学校給食で野菜しか食べられない!ひどい!」と主張し始めました。というわけで現地で数名の関係者への突撃インタビューも撮りました。
アラブんAママン「ウチの子は給食で野菜しか食べられません。何を食べても差し支えない欧州人がイスラムに合わせて下さい。」
アラブんBママン「家庭での食事でハラルを守りますが、子供が通っているのは公立学校ですから・・・」
ここから「13時の対談」のスタジオ生討論です。
ヴァイシエール氏:フランス共和国の公立学校は全ての共和国民(Républicans)に平等のライック学校です。ですから全ての宗教の園児・学童が平等に選択できるメニューを用意すべきです。
私が知る限り,フランス国内の公立校(幼稚園から大学、専門学校全て)の食堂ではいつもメニューが数種類あり選択できるようになっています。幼稚園、小学校の昼食は給仕人がつくフルコース料理ですが、これも前もって申請するとその子供の生活習慣にあったメニューが用意されます。
アウニット氏:私も共和国民です!でもイスラム教徒なのでハラル肉しか食べられません。イスラム教徒の子供もそうです。同じテーブルにいながらイスラム教以外の子供が食べる豚肉を見て、子供たちが家庭で「僕もあれを食べてみたい」と言うのです。そういうものをイスラムの子供に見せないでください

ヴァイシエール氏:公立校はすべての共和国民に平等だからこそ「立」と呼ばれるのではありませんか?
・・・とヴァイシエールさんが言い終わるか終わらないうちに
アウニット氏:イスラム教徒の子供は野菜しか食べていないのに同じ金額の給食費とはどういうことか?このフランス共和国にイスラム教徒は何人いると思っているんだ?イスラムに思いやりを持ってください!
アウニットさん、とっちらかっちゃいました。司会者のHondelatte氏が両手を広げて止めに入り、ほとんど無理やりタイムアウト宣言して番組が終了しました。

フランスは総混血・移民国家ですし、共和国民ひとりひとりの宗教を問うたら大変なことになります。一応カトリックがフランスにおける第一信者数、次にイスラム教、その後プロテスタント,ユダヤ教、エホバちゃん、モルモンもん、仏教、シーク、そーか&まひかり,むにゅむにゅもにょもにょ・・・もいるでよ状態です。それぞれの家庭や個人が信仰に基づいた習慣を持っています。

フランスでは中学以降はセルフサーヴィス式の食堂を利用することになりますが、もちろん自分でメニューを選べますし、帰宅して昼食をとることも、外食することもできます。ちなみにココんちのお気に入りの屋台ピザ屋さんは公立高校と中学校の間の路上で店開きをしていますが、お昼は中高生を目当てにしたサンドイッチ屋に変身します。屋台にはしっかりはっきり「HALAL肉使用」と大きく明記してあります。ですからほとんどの生徒がこだわりなく好きなサンドイッチを食べることができます。公立校に通うカトリックの子供にすれば血のしたたる肉を食べたければ家庭で食べればいいことです。ですから公である学校では自分より厳しい生活をしている仲間の食生活に合わせています。
ココんちの近所の公立学校の門前に掲示されるメニュー表を見ても牛肉・鶏肉・七面鳥・白身魚など・・・(私は何を作ろうか迷った時にはこの掲示板を眺めることにしています)。

アウニット氏の意見では公立校でも食品規定のゆるいカトリックがイスラムの習慣だけに合わせ豚もろもろを学校で食すな・・・というわけです。牛を食べない仏教徒やヒンズーの子供たちの気持をアウニットさんは考えているのでしょうか?同じフランス国民である彼らを思えば公立学校で牛肉も食べてはならないはずです。

学校に限らずフランスではレストランでステーキを頼めば「血が入っていてもかまいませんか?もちろん血をきちんと除いた肉も用意しています」と必ず質問してくれます。スーパーや朝市の精肉コーナーでは簡単にHalal肉は手に入ります。個々の客に気を使っています。フランスは十二分に歩み寄りの努力をしていると思うけどなあ・・・。

フランスの公立幼稚園・小学校の給食は教室から校内レストランに移動して食事を取ります。フルコースです。席は人種や宗教によって分けていません。子供はテーブルマナーを身に着けるため着席したままで、成人の給仕人が子供ひとりひとりに料理を出します。ですから同じテーブルで欧州系の子供にハムをつかったサラダ、イスラム教の子供にはツナのサラダという状況もあります。例えば隣の友達の皿に乗っているハムやソシソンが目に入ってしまってそれを食べたいと思うのも子供の素直さ故です。誘惑という大それたものなのでしょうか?もし子供が豚肉を食べたいと家庭で言ったとしても、それは「家庭での躾・教育」の問題であって,親が信仰上の生活指導をするのではありませんか?
果たして公立学校がイスラムだけのためにフランスの食習慣を変える必要があるのでしょうか?イスラム風食生活にあわせるのがフランスの公立学校の役目なのでしょうか?だとしたら公立校に通うユダヤ教徒や仏教徒の食生活もイスラム教徒と平等に考えなければなりません。それとも公立の学校で国民ナンピトにも平等に教育しているのに、食事の時には宗教別のテーブルにするのでしょうか?楽しい食事のひとときなのに国境のような境ができてしまうのでしょうか?これまた変な話です。

アウニットさんは「人種差別に対抗し人類友愛のための運動組織」代表のはずですが、彼の発言を聞いていると人類友愛どころか思いっきりイスラムだけは共和国で「別格」という外壁を作っています。インタビューに登場したアラブんマダムBのように「イスラムの習慣は家庭で守っています。公立学校はです。」とはっきり言う「新種イスラムさん」がフランス国内に多くいるのも事実です。こういう発言をする新種イスラムさんはフランスで教育を受けた世代に多く、母国で教育を受けて移民してきた人々と同じ信仰を持っていても生活面で意見を異にすることが度々あります。彼女の意見のように共和国民の多くが「公」で何かを我慢し、家庭ではそれぞれの出身国の習慣を細々と静かに守っているのにね。この生活姿勢はイスラムに限ったことではありません。同じイスラム教徒でもトルコ、イラン、マグレブ、シリアそれぞれ皆、習慣も味覚も違います。(そして彼らはイスラムの名の下であっても決して仲がいいわけではありません。)
公における平等」についてあらためて考えさせられた数分間の討論でした。
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というわけで,おらが町の高校前の屋台でピザを買うとこの箱(↑)に入っています。
この笑いを誘う絵は私のお気に入り♪
食後の生温かいぬくもりとピザの匂いが残る空き箱はほぼ黒猫イネスのお気に入り♪

上記の「番組案内」HPをクリックし1月6日を選択するとビデオの後半でおそらくこの討論場面もご覧になれるかと思います。フランスのテレビニュースをご覧になりたい方も「ぶっちぎれるアラブん」アウニットおぢさんをご覧になりたい方もぜひクリック!
大地震の被災地についての現場ビデオも開始後すぐ流れるはずです。
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# by ma_cocotte | 2005-01-07 16:22 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(6)
Thé blanc -昨日見つけたもの-
昨日は水曜日だったのでココんち恒例の買出し日。
日差しが柔らかくなった頃,出陣しました。
おかげさまでお正月気分はすっきり抜けた感じです。

年末からテレビCMで気になっていたものを買ってしまいました。
これです。Nouveau!(新製品)
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b0070127_18235425.jpgLipton "Thé blanc"
リプトゥンの「白茶」です。
テトラなティーバッグが巾着のようでかわいいのだ。
Thé d'Asie avec de longues feuilles argentées
「銀色に染まる長い葉でできた亜細亜の茶」とサブ・タイトル。
・・・ポエムや。
昔,1998年だったか,エクサンプロヴァンスに住む台湾通のフランス人にこの白茶をご馳走になったことがあります。
もちろん台湾直輸入の本物の白茶。
生まれて初めて口にした白茶のおいしさと,
そこはかとなく丸みのある口当たりに感動した私。
その後いろいろ探してまわりましたが,その人が見せてくれたような白銀の羊草のような茶葉には出会えませんでした。
で,2005年。
ティーバッグとはいえ「白茶」という語に惹かれて買ってみました。
口に含むとやはり台湾の白茶と同じよう。
白桃のような甘くさわやかな香りに満たされます。

ま,いいんぢゃないかな?

ほっと一息の1月6日午前10時半。
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# by ma_cocotte | 2005-01-06 18:37 | The ou Cafe? | Comments(12)
予測すること。予防すること。
2005年1月5日,スマトラ沖大地震・津波発生第11日目。
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今朝のYahooニュースに載ったタイ被災地での医師救護団の写真です。
そして同日朝,国営放送France2の「地震関連HP」に載った写真を以下に紹介します。

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インドです。
いちおうこの地方は「観光地」ではありません。

b0070127_18505247.jpgモルディブです。
海抜0mゆえの水と一体となった美しいリゾート地です。
近年,フランスで大人気の「天国に近い島」です。
今回の津波の高さは最大5mありました。
私の身長の約4倍の波。助かるはずはない。

b0070127_18524972.jpgスリランカです。
津波で横倒しになった鉄道です。
先日,少女がひとりここから奇跡的に助かりました。
彼女の両親,姉は亡くなりました。
偶然,祖父と巡り合えた途端,彼女は現実がわかって泣き始めました。

b0070127_18542229.jpgタイです。
最初の医師団の写真もタイです。
全身防御の欧州系医師団がドライアイスの中で遺体身元確認作業を行っています。
本文を読むと,遺体の状態は骨まで組織分解され始めています。


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フランスで公表された被災国は7か国です。
震源地から同心円内は地学的に影響を受けていることになります。


こうして震災から11日経た今も約8000km離れたフランスのトップニュースはこの大地震についてです。これまでしばしばフランスのマスメディアでは被災地の現状を原爆投下直後の広島,長崎に例えました。

ここで私は考えてみました。
私の実家は関東ですが,今月末に広島・長崎旅行を予定していたとする。でも恐るべきかな,年末に原爆が投下された。果たして私はそれでもこの計画を決行するだろうか?
しません。絶対。
今回の大地震で重要な点はこうして被災地の惨状を原爆やテロ,戦地と比較しながらも,原爆やテロ,戦争はあくまでも人災であり,大地震と津波は天災であるという違いなのです。人災はヒトの手によって計画的に本人の思惑で実行できますが,天災はいつ起こるのか,それがどの程度の被害をもたらすのか,私たち人間には予想がつかないことを忘れてはなりません。

タイの首相が「大丈夫です。観光客の方々,Welcome!」とインタビューに答えている場面はフランスでも流れました。現在のタイはアジア一の観光立国です。しかも今回の大地震で壊滅的被害を受けた地域はタイの国庫を潤すリゾート地ばかりです。数年前に日本の援助を打ち切ったタイとしては大きな打撃であることは間違いありません。でも同じタイ国内で上の写真のようにまだ遺体確認作業を行っているのは事実です。地続きです。

私がもしこの同心円の中に住んでいたら,タイのシュショさんのように簡単に「大丈夫ですよ」とは言えません。それはなぜかといえば,震源地がたまたまこのポイントだっただけで,月の満ち欠け,発生時刻,風向き,潮流が偶然にも被害を及ぼさなかっただけだからです。単に「運が良かった」だけです。この同心円の中にいながらまったく別の断層,水で人々が生活しているのでしょうか?
タイのシュショさんはこういうメッセージを発表する時に,現地の上下水道の仕組をなぜ私達に説明しないのでしょう?とてつもなく危険極まりないように思います。上下水は浄水しながら循環しているはずです。被災地の土地に沁み込んだ湿気や水は地下水になるものもあれば天に昇って雲にも化します。
原爆投下直後,広島も長崎も川辺や岸辺に多くの遺体がしばらく残っていました。現在もインド洋地震で果たして海や川の中にどれほどの遺体が残っているのでしょうか?行方不明者数を考えると相当数です。潮流でどこの浜に辿り着くのでしょう?(いやだよね,せっかくの観光で海に入ってうっかり死体の肉片や骨を触ってしまったら。)

昨晩私がテレビで見たインドネシア・スマトラの現状ですが,リゾート地ではないせいか遺体はまだ放置されたままです。もう水を含んでぶよぶよで簡単に分断できます。その死体の体液を含んだ水は地中に,川下に流れています。スリランカの被災民たちは地下から湧く泉から泥のまざった水を汲んで生活用水としています。トイレは板を組んだ囲いのみで穴に排泄します。もちろんトイレットペーパーも,それを流す水も下水道も,手を洗う水もありません。まだ水が町から引いていない地域もあります。町民は膝の高さの泥水の中を歩いています。青年が食卓塩程度の袋につまった消毒粉をまいていましたが,あれに効き目があるのかは虚しい疑問です。この泥水には人間,動物のし尿が混ざっています。高波は最大5mでしたから,あの瓦礫にも,無事だった家屋の屋根にも,やしの木々にも,し尿の混じった泥がこびりついています。風が吹けばそれは埃となって飛沫し,雨が降れば水滴となって地面に落ちます。その汚水は水蒸気となって雲になります。雲の流れに国境はありません。今一度,上の被災国の地図を見ても,今回被害が少なかった地域に同じ雲は届かないのでしょうか?海水も川の水も別のものでしょうか?そんなことはないと思います。ロシア・チェルノブイリの事故を思い出すと,放射能雲は欧州に届いたという話を聞いています。

さてフランスでは繰り返しépidémie感染症または伝染病)という言葉を流し続けています。

この感染症・伝染病は天災の副産物です。早い話,ほぼ天災なのです。だから人間がコントロールできません。どんなにお金を投じても,ナンピトにも平等に感染症は忍び寄ります。疲労や心労がたまって体内免疫が弱くなっていれば,ここぞとばかりに感染症はたかります。
これまでコレラ,赤痢,チフスなどの病名が挙げられていますが,この病名はあくまでも予想です。こうして震災から11日を過ぎても高温多湿地帯に数千人の行方不明者,放置遺体が残っています。もちろん動物の遺骸も多くあるはずです。この遺体と自然が生み出す「伝染病」はいったいなんでしょう?それは「神のみぞ知るもの」です。予想病名が的中して,それが発症し,すぐに抗生物質が用意できれば「運がよい」。でももしエイズや鳥インフルエンザのように新種の病が発症した場合,私達はどう対処すればよいのでしょうか?
タイのシュショさんは「伝染病を発生させません」と断言したそうですが,これは希望観測発言です。というのは感染症というものはこの世に発症しないかぎり対処法がないからです。

命を失わなかった人々が病院に担ぎ込まれても3日は遺体の間で診察を待つような現状だそうです。臨床系医師だけでも不足しているのに,万が一「感染症」が発症した場合,基礎系医師,薬学系,生物学系,化学系のスペシャリストがすぐ一同に介して「新薬」を生み出せますか?新薬というものは通常,治験を経ます。市販許可が出るまで10年なんて当たり前です。治験の間は患者は実験扱い。「万が一」(つまり死に至る副作用がありうるということ)のため署名をします。どう考えても伝染病が蔓延する方が新薬開発よりはるかに早い。

欧米の学校ではディベートという授業があります。あるひとつのテーマに対して,二つの仮説を立てながら議論しあいます。日本人はディベートを経験する機会が少ないため,この二仮説設定に疎いとよく言われます。
「大丈夫です。通常通りです。遊びに来てください」
とタイの首相のように言葉にするのは簡単ですが,これだけ大きな地震があった後です。もし地震が再発したら,もし感染症が発症したら・・・と対極仮説を予測しても足が向きますか?
私は我が身がかわいいし,せっかくの観光なら瓦礫のない綺麗な道を通りたいし,防波堤もしっかり整ったリゾートで「この世の楽園」を味わいたい。もし今月「元」楽園に行って再び同規模の地震と津波が来たとしたら,やっぱり同じ現状の繰り返しになるのではないかしら。まさか犠牲者が一人も出ないという奇蹟は起こらないでしょう?これもOnly God Knows,神のみぞ知るですね。同じ人間が現時点で「大丈夫です!」とは言えません,普通なら。

それに突然雨が降ってもせっかくの観光なのに恐怖に陥りたくない。笑って「ぬれちゃったね。すぐ乾くよ」と言いたいよねぇ。

もしタイのシュショさんがおっしゃっていることが真実ならば近いうちに「感染症の恐れはない」とWHOなど国連機関から公式宣言が出ることでしょう。現時点ではあくまでも感染症発生の「可能性はある」のです。
その確固たる宣言が出るまで被災地を傍観できる母国がある幸運な私達は,その被災地にこれからも住まなければならない方々への救済の道を探ることが「最良の救援」です。
健康あっての経済交流です
感染症が脳にまわるようなものだったら交易なんてできません。
今回の地震で日本人の個人旅行者の犠牲者が多いのは事実です。
被災地に派遣される公務員や駐在員には国家間で決められた厳しい保険制度もあります。万が一の場合は労災も下りるでしょう。ですが,個人旅行で万が一大変なことになった場合,南アジア諸国では日本人が満足いく賠償金がおりることはまずありません。

もし我が身にたったひとりでも愛するヒトがいるのなら,気になる人がいるのなら,これらのリスクを今一度考えてから被災地観光に出発することです。
どうしても「今,旅立つのだ!」なら誰も止めません。
なぜならそれは「成人」が決めた行動だからです。万が一,新種伝染病を日本に持ち帰っても「成人の日本人」として責任のある行動を取ってください。「自分が伝染病を発症したら最初に誰にうつるのか?」と想像するのを忘れないでください。

私にとって成人式ははるか昔の思い出ですが・・・私なら「今は行かないよ。」
2005年1月5日正午,外ではサイレンが響いています。
テレビからはモーツァルトレクイエムのキリエ(「主よ,哀れみたまえ」という意)が流れています。
被災地と被災民へ3分間の「黙祷」です。
そして私は被災地で救援活動を行っている世界中の人々に神の加護があるようにささやかですが祈ります。
*11日前の大震災をきっかけに感染症についてまとめましたが,世界中のどこであろうと,このような天災があれば感染症が発生する可能性はあります。
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# by ma_cocotte | 2005-01-05 20:00 | 『?』なアッジア~ん | Comments(42)
まここっつぁん『西に輝くひとつ星となる』の巻
2005年お正月のまここっつぁん。
「ここぉは地の果て,アルジェ~リア♪」の隣国モロッコで輝く星となって皆を更に西へと導くことにしました。というのはですね,昨年11月初めまでマルセイユの職業訓練校に通っていた私ですが,ラマダンの間,クラスメートのアラブんマダムズ(アルジェリア人とチュニジア人)の雑談に耳を傾けていると彼女たちを虜にした味は「モロッコ料理」なのです。「美味」と聞けば食ってみたいべよ?

もちろん今回も例によって手抜きかつ「もどき」くんなモロッコ料理です。
というのはモロッコ料理に欠かせないタジーヌという土鍋が私の手元にありません。タジーヌというのはハクション大魔王のあくびちゃんの頭が鍋になったような鍋です。日本人にとって「なんぢゃこりゃ?」と思わずつぶやいてしまう鍋であることは間違いない。

私はいつもどおり圧力鍋で代用。もちろん普通のお鍋でたいちょぷ,たいちょぷあるよ。

で,これざますね,今回は。
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ばばん!と「骨付き肉のプルーン煮
ずばり申し上げますが,
腰が抜けるほどめちゃくちゃおいしいので覚悟して作成せよ


▲「ついてきたまえ,キミ」なレシピ▼
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# by ma_cocotte | 2005-01-04 00:30 | Ca etait? | Comments(38)
2005年1月3日になりました。
こんにち,フランスの夜明けは午前8時44分。
暦ではフランス共和国の守護聖人のひとりでもある聖女ジュヌヴィエーヴの祝日です。
今年の1月2日は日曜日だったため,こんにち3日が御用始。学校も今日から始業です。
そしてこんにち1月3日は私の誕生日です。

フランスに住んでいるとはいえ,私の『素』である両親が住む日本を思うと私の誕生日はフランス時間の1月2日午後4時から始まりました。
フランスではおやつを「Quatre Heures(キャトゥルーゥ,4時)と呼び,昨日も4時すぎに例の「ガレット・デ・ロワ」の残りをむしゃむしゃ食べたらカッキーン!なんと陶器の人形が出てきました!
「神さまからの誕生日プレゼントだ!めっるし,もんせにょ~る」
b0070127_1494788.jpgなんて心でつぶやいた途端,なぜかミストラルが吹き始めました。天気予報によると風速90だそうです。これも神さまからの「お祝い」でせうか?夜9時も過ぎてテレビをぼーっと眺めていましたがいつのまにかうとうとうと・・・。
夜中に突然夫の声で起こされました。
「Bon Anniversaire!(ボン・アニヴェルセール!お誕生日おめでとう)」
午前0時丁度だそうです。うっすら目を開けたものの「5年前エクサンプロヴァンスのアパートで同じネタをしたよね?」と憎まれ口を言いつつ,あっという間に深い眠りに落ちました。

今朝は目を朧げに覚ましたらプロスペエルが私のそばで添い寝をしていました。珍しい・・・。ぷぅは今日が私の誕生日だということを知っているのでしょう。寝ぼけながらぷぅのしっぽやらお尻を触ったら,私の手を甘噛みしてきました。
「ありがと,ぷぅ」
それをきっかけに我が身を起こし,猫の朝ごはん♪
外はまだ闇夜。時計を見たら午前7時すぎでした。

お正月3が日生まれということもあり,私の誕生日を「誕生日」として祝ったことは数えるばかりです。戦争を経験した両親は複雑な家庭環境でそれぞれ育ったこともあり,自らの誕生日についてはもちろん,私の誕生日についても希薄です。新宿淀橋区生まれの父は第二次大戦開戦後ひとりで疎開。新潟の山奥の他人の家で図体は大きくなりつつ気持は小さくなって生活し,その間空襲で東京新宿の実家は全焼,子供の頃の写真はもちろん全て灰になりました。そして戦争が終わればドサクサで新宿の土地は奪い取られました。母は疎開はしなかったものの,戦時中に次々と生まれた腹違いの弟妹をはじめ複雑な巨大家族(祖父は長男でしたから)の中で育ちました。私の両親は二人とも生まれも育ちも「誕生祝い」どころではなかったわけです。ですからこの両親から製造された私は誕生日プレゼントはおろか「誕生日おめでとう」という言葉をもらったことも「あったかな?」と思ってしまうくらいの気まぐれ度。幼い頃はよそんちの誕生日イヴェント話を聞くとたまに羨ましく思ったりもしました。が,今は両親の育った時代,環境もささやかながら理解できるので,両親への不満が私の口から出ようものなら天罰がタカリマスです。

実家の習慣で新年の親戚周りは2日と3日だったので,私への誕生日プレゼントはイコールお年玉だし,祝詞は「あけましておめでとうございます」が「誕生日おめでとう」より優先でした。正月三が日ですから友人を招いて自宅で誕生会なんて開いたこともありません。子供の誕生会というのも不思議なもので「招いて招かれて」成り立つもので,子供の頃何度か誕生会に呼ばれたもののそのうちよばれなくなりました。そんな時代を過ぎて就職しても御用始は1月4日ですから誰からも「お誕生日だったんですね」という言葉を私はいただくことになりました。

それでも日本では誕生日が正月3が日と言えば「おめでたいわね」と言ってもらえるし,学校でも「早生まれのおちびちゃん」の始まりとして「遅生れのおねえさま」より体力や学力が劣っても大目に見てもらえます。私にとってそれはなんとなくうれしいとずっと思いつつ成長してきました。

ところがフランスで「私の誕生日は1月3日です」と誇らしげに言ったとしても,熱心なカトリック信者から「ジュヌヴィエーヴの祝日と一緒ね」という返事くらい。あくまで仕事も学校も通常どおり「日常の一日」であります。
そしてフランスの学校制度なら1月3日生まれはクラスの中で1月1日,2日生まれがいない限り「一番年上の子供」になります。一クラス20名程度のフランスぢゃ,ほぼ間違いなく私はクラス一の「姐さん」です。

文化風習なんてこんなもん。
日本にいた頃ずっと信じていて,しかも私にとってささやかな自慢だったかもしれないことは,一歩日本から出たら「何の特別でもない」のです。ちぇ。
もしフランスに生まれ育ったなら相当違う幼児体験をしたのではないかしらん?と思うことしばしばです。

昨年末,歯医者さんでかぶせものを作るように指導されました。先生は「ヴァカンス後に予約を入れましょう」と予約ノートを開き,1月3日以降の時間を促しました。私は内心「自分の誕生日に大口開いて歯をいぢくられるのはいやだなあ」と思い,1月4日午後3時に予約をいれました。

2005年1月3日,フランスのマスメディアはインド洋大地震の第一次募金活動キャンペーンの日です。外はあいかわらず窓を振るわせるほどの強い風が吹き荒れています。でも陽光はまばゆいばかり,南仏の春はそこまで来ています。朝8時前には重たいリュックを背負った子供たちが学校に向かう姿が見られました。車が行き交う音も昨日よりはるかに耳に残ります。

フランス人にとって今年のヴァカンスは昨日まで。
こうして私の誕生日1月3日はちびっとムカっとするくらい何もかも普通に,平凡に,静かに過ぎていくのでした。
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「お祝い」知らずの私には「おめでとう!」という言葉もプレゼントも何故かこそばゆく「大の苦手」でもあります。おまけに「おめでとう」と言われると内心にそこはかとなく「罪悪感」に似たような何か変な感情が芽生えます。一種のトラウマですね。おそらく一生抱えるのでしょう。
「三つ子の魂,百まで」とはよく言ったもんだと今更,先人に頭(こうべ)垂れる私なのでありました。ちゃんちゃん♪
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# by ma_cocotte | 2005-01-03 23:59 | 『?』なたわ言 | Comments(8)