犬の散歩から戻ってきたら、
ひとつ前のエントリィの話題について報道が。
マルセイユの路上に突っ込んだ車の運転者は精神科の患者だそうだ。

そして、バルセロオナの容疑者が射殺されたらしい。それもバルセロナからそんなに遠くない所で。国境を越えて仏蘭西には入国していなかったそう。

速報の日本語記事を見つけたので貼っておきます。速報なのでリッチリンク未対応とのこと。同じURLで確定されると良いのですが・・・



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# by ma_cocotte | 2017-08-22 01:37 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
だって、そんなに遠くないもの。
さっき、8月17日に発生したスペインはバルセロナでのテロ事件の実行犯がフランス・スペイン国境の町の出身で、犯行後、フランス側に逃走したのではないかと見聞しました。というのも、マルセイユでお昼頃、車が暴走し、歩行者がひとり亡くなったそうで、「この車はいったい?」と報道が流れ始めたのです。

バルセロナのテロがあってから、我がツルツル脳なりに思い巡らしたことはバルセロナという土地はかつて住んでいたマルセイユあたりでは「近所」のような感覚だったことです。マルセイユあたりからスペイン国境方面に車を走らせると道路標示には「Barcerone」の文字を見つけることができます。これ、スペインのバルセロナです。島国日本だと車道でよその国の都市が表示されていることはまずないと思いますが、フランスのように国境を接しているとこういうことがあります。しかも、マルセイユからだと同じ国であるフランスの首都パリより隣国バルセロナの方が近いのです。マルセイユ-パリは車で7時間ほど、マルセイユからバルセロナまでは5時間です。飛行機だったら一時間のフライト。

もともと地中海沿岸は紀元前からユダヤ人の集落がすでに点在していたこともあり、コスモポリタンです。私が住んでいたマルセイユの北の小さな町でもフランス由来の苗字よりイタリア、スペイン、ユダヤんの苗字の方がマジョリティでした。そうそう、イタリアのヴァンティミリアから地中海に沿ってフランスを抜けてスペインはヴァルセロナまで車で7時間弱です。

話戻って、コスモポリタンですけれど、私の南仏時代の知人にモロッコ系フランス人の女性がいまして、彼女の兄弟姉妹のうち数名はスペイン在住。彼女はモロッコの実家に戻る時はマルセイユから長距離バスでスペインに入り、スペイン在住の家族の家に寄ってジブラルタルまで行き、そこからフェリーでモロッコ入りしていました。それが一番安い里帰りの方法なのだそうです。そういえば、今の、ヌゥヴェルアキテエヌ地方北部に住み始めて南米チリのインディオ移民さんと知り合いましたが、この女性はフランスに子供と共に移住。ですが、夫君はスペインに愛人とお住まい。こうすることで社会保障金額が幾分増えるらしいです。前出のモロッコ系仏人の女性もフランスよりスペインの方が社会保障制度が良いと話してくれたことがありました。

今回のバルセロナ・テロ事件の容疑者はモロッコ系スペイン人の男性らしいですが、この人物の親戚や友人がフランスにもいることはなんら珍しいことではありません。それに、きょうび、インターネットの時代ですから、ISが世界に散らばる戦士たちに指令を出したり、交流するのはインターネットであり、そうこうしているうちに同志として友情みたいなもんが生まれるのも不思議ではありません。そういえば(きょうはそういえば、が多い)、パリの連続テロ事件の時、ユダヤ食料品店を襲った実行犯が犯行前にスペインはマドリッドの同志を訪ね、再度パリを目指したという話がありましたよね。忘れかけてたわい。パリでそうだから、マルセイユに同志ゴロゴロだとしてもちびっとも驚かない。当然だと思います。南仏時代住んでいた町の移民団地を思い出します。

ココんちの仏人♂は母方の祖母がカタルーニャ人のピエノワールだったので、バルセロナで事件と聞くと、ちょっと心がざわつきますが、先ほどお昼過ぎにマルセイユで発生した事故がこれからどういう話になっていくのか気になるところです。

兎にも角にも、ヒトが決めた国境を取っ払って、地には善意のひとに平和あれだよなあ・・・・


le 21 août 2017, Christophe


そういえば(またかいっ!)。。。思い出した、サンチアゴ・デ・コンポステッラに行った時に聞いた話。
スペインは国際においては「スペイン王国」であっても、その国内は自治州制でそれぞれの自治を重んじているので、簡単にフランスとは内政の運びがかなり違うそう。と、言われても、あたしガイジンだからフランスもスペインもよくわかんないw けれども、フランスよりアメリカの制度の方が似ているのかもしれない。




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# by ma_cocotte | 2017-08-21 22:27 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
花の都は別世界


8月15日から二日過ぎて、カトリック専門チャンネルのKTO(カテオと読む)から聖母被昇天の大祝日にパリの司教座聖堂(いわゆるノートルダム・ド・パリ)でささげられたごミサの映像が届きました。流石、流れ石でござあます。

シテ島周辺で聖母行列を行ってからミサに入るので、冒頭、聖堂内はからっぽ。
ビデオでは9分50秒過ぎまで大聖堂前広場での祈祷の様子ですからして、ミサをご覧になりたいのであれば、カーソルを11分頃に合わせると被昇天の聖母の行事にだけお目にかかれるギンギラ銀の聖母子像が聖堂にお入りになるところ。この入祭の聖歌は毎年同じですなあ。でも、感動しちゃう。こんな立派な聖堂も、すばらしい聖歌隊もオルガンも、抹香だってないものね、ココんちあたり。いつか被昇天の日のパリを訪問してみたひ。


ところで、こんにち2017年8月18日。
第一回ワールドユースデイから丸二十年なンですと。
20年前の今日、聖ヨハネ・パウロ二世教皇様がパリにいらっさったのね。

年取るわけだ、自分。



le 18 août 2017, Hélène










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# by ma_cocotte | 2017-08-18 22:46 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
世界の其処此処彼処で
平和を祈念する日が8月15日と言えましょう。
日本國と大韓民国だけぢゃないんだよ。
ヒトが決めた国境を取っ払ったカトリック教゙会におかれまして8月15日は聖母の被昇天の大祝祭日でありまして、ヒトが決めた国境のうちにあるフランス共和国という国ではこの日が「被昇天(の聖母)」の名前を冠したまま国定祭日になっています。なぜかと言うと、「被昇天の聖母」はフランス共和国の筆頭守護聖人だからです。余談、日本國の筆頭守護聖人は「神の母 マリア」なのでカトリックの典礼暦に合わせるとお祝い日は1月1日でごわす。さてさて、お仏蘭西。昨日8月15日は被昇天の聖母の祭日でしたので、宗教離れが年々進められている世間では商店が普通に開店している一方、其処此処彼処に点在するカトリックの教会聖堂ではそれぞれのスタイルで被昇天の聖母のお祝い事を行っておりました。こりについてはお仏蘭西だけでなく、地球のどこであれ、カトリックの環境では何かしら祝賀行事が行われおります。司祭がいらっしゃるところでは必ずごミサ付き(当たり前だのクラッカー)。ココんちあたりでは10近くある教会聖堂でミサが捧げられ、数か所でピクニック(お昼ご飯)を含めた聖母行列と巡礼が実施されました。ココんちあたりは田舎ですから、8月の半ば、ヴァカンスの最中に滞在先のカトちゃん行事に参加するガイジンも多々あり。地元民だけの楽しみではないのですな。善きことかな~。そういう地元民と観光客が交わって聖母被昇天の大祭日を祝うのは田舎だけでなく花の都パリでも同じで、10年未満前だったと記憶していますが、パリのノートルダム(←カトリックヲールドでは司教座聖堂、カテドラル)では前日から聖母を祝すビッグ・エヴェントになっておりやす。こちら ↓ がパリ大司教区の今年度の被昇天祭公式ポスター。

このポスターの行事案内を頼りに検索したら、こんなYouTubeを見つけました。




Vêpres ですから和訳すると夕祷。ポスターに照らし合わせると昨日15日の午後3時45分から始まった(聖務)日課です。けれども、普通の日に行われる夕祷とは祭壇周りもちょと違いますね。流石、パリ大司教区、お金持ちぃ。水色や青を織り込んだ祭服に抹香をふんだんに焚いているなんておいらの地元ぢゃ「見らンねー」です。しかも、私個人は毎年5月に必ず聖母行列を行うガッコで育ったので、こういう荘厳な、知らないひとには「原理的?」と笑われてしまいそうな雰囲気にノスタルヂィを覚えます。まあ、ルルドやファティマ、その他ほうぼうの聖母にまつわる巡礼地に行けば似たような様子を見聞できはしますけれど、花の都のパリでさ、ギンギラ銀の聖母子像が御輿に乗せられ、果てはセーヌ川を船で周するなんて見物してみたいですよ。我が残りの人生の「夢と希望」の事項に加えよう。

話はちょっと難しくなりますが、きょうび、人が決めた国境を取っ払った地球上においては連日、ほうぼうで陰惨なテロ事件が発生しています。だから、世界中で聖母マリアの存在を知っている人たちが聖母にちなんだ祭日に心をひとつにして平和を願って祈ることはとても意味があると思います。聖母を知らないひとなら旧盆でご先祖様に手を合わせて平和を願うでしょう。それくらい、この世の中、なんだか少しずつ平和から遠のいていると想像しても仕方ない現実がパチンコ大当たりのようにチンドンヂャラヂャラですよね・・・。

聖母マリアっておひとはカトリック教¨会だけでなく、正教、プロテスタント諸派、イスラームでも聖典に登場の有名人で、被昇天についてはカトリックだけの解釈になりますが、マリアさまがヂーザっさんのお母さんで、ヂーザっさんはママンからのお話をよく聞き、すぐ実行に移されることは聖書の「カナの結婚」のエピソードでもわかるところです。けど、天国なんて死んでみなけりゃ見えないところですし、この世には「死んだらオシマイ」を信じているひとも数多いるのですからして、誰に祈るとか他人に強いることは喧嘩のもとになりかねない繊細な今日この頃、でも、それぞれ言葉にしなくても平和を祈り、自ら平和を実現できるようにイ動くのは善いことだと私は思っています。


le 16 août 2017, Armel



聖母像や聖体顕示台を御輿に乗せて、それを先頭に聖俗信者が祈ったり唄いながら近隣を周るというのは決して安楽ではなく、私が通っていた学校なんぞ5月の青葉若葉に風薫る季節に聖母行列を行っても、毎年、児童、生徒、学生など誰かしら貧血で倒れたりするのも恒例でした。その学校ではロザリオを唱えながら学園内を一周し、最後にエラい神父様から聖水をもって祝福されてお開きでしたけれど・・・そんなことを年に一回必ず行うのも、学園を運営している修道会がイタリアで創立されたのでイタリアでは大昔っからこの手の行列が行われていたのでしょうね。教¨会用語でロザリオも聖母または聖体行列も信心業やら信心行のひとつでしょうから、決して安楽ではなく、どこか苦痛や不自由が伴うのも仕方ないのかも。なーんて結論づける私は洗脳されているのかもしれません。はっはっは。





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# by ma_cocotte | 2017-08-16 16:11 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
葉月八月も14日となり、
今年は7月までに数度の酷暑の数日がありましたが、8月に入ってから連日の最高気温が20度程度の日が続きました。
ぐぁっ、しかし、こんにち14日早朝の天気予報によりますと、きょうは久しぶりの夏日になるそうで、ココんちあたり(そうさな、ラ・ロシェルとポワティエを結んだ線上)も午後には30度を超えるとのこと。

よくわからない心理ですけれど、わたくし、この夏日の予想を知り、なんだかうれしくなりました。
昨日まで10日以上、それは涼しく、今年はもう秋を迎えてしまったのではないかしら?と寒いくらいの横風やら高くなった空を感じ見ては思ったほどで、汗疹が出るほどの酷暑には辟易しているのに、夏らしさを満足しないうちに秋を迎えるのはなんとも胸中複雑でした。

昨日も犬の散歩中に家人とその話題になり、私のボヤキを聞いたココんちの仏人♂(=家人)が「今年は9月に夏らしい日が来るらしいよ」とポツリ。そして、歩を進める農道の際の茂みにドングリを見つけました。
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なんて立派なドングリ。
今は若々しい緑色でも連日20度前後だったらまもなく茶色から焦げ茶に変わっていくのでしょうね・・・しんみり・・・

と、おセンチ(← 昭和の死語ぢゃねー?)になったところでの夏日予想です。うっひょー。
靴の裏底を溶かすほどアスファルトが熱されることには納得行きませんが、それでも8月はやっぱり夏らしくあってほしいです。

閑散としていた旧市街のアイスクリイム屋さんもきょうは繁盛するのではないかしらん?と思ったところで、今日は月曜日だから定休ぢゃん、と気付いた私。ああ、なんて神さまはお商売音痴w

お仏蘭西におかれましては明日15日は聖母被昇天の国定祝祭日でありんす。
被昇天の聖母はフランス共和国の第一守護聖人なのです。
明日も夏らしい日となり、お昼頃にほうぼうの教会の鐘の音を聴きつつ、青い空を仰げれば、と希望します。

ぶんちゃっちゃ、ぶんちゃっちゃ、
マリアさまのこころ、それは青空、わたしたちを包む広い青空ぁああ♪
ぶんちゃっちゃ、ぶんちゃっちゃ♪ ですものね。うっふん。

le 14 août 2017, Kolbe




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# by ma_cocotte | 2017-08-14 14:33 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)