三賢王礼拝のお祝い日
2017年もめでたく1月6日を迎えることができました。
こんにちは西方の教会におかれましてはエピファニ l'Épiphanie du Seigneur、=三賢王の礼拝の祝日でござあます。祝着至極なご慶事のこんにち、西欧諸国ではおめでたいお菓子をいただく生活慣習があり、シューキョーを取っ払って今は遊ぶようになりました。

というわけで、今年のココんちでも今日の良き日のおめでたいお菓子、ガレット・デ・ロワを買いました。
b0070127_16301399.jpg

いつもお世話になっている旧市街のパン屋さんで買いました。
このお店のガレットの値段はグラム売りなので、一番小さいガレットをいただきました。
ポワトゥ・シャラント産のAOPバタアを使ったガレットです。

b0070127_16313010.jpg

このパン屋さんのガレットはポワトゥ・シャラント地方で既に受賞経験があるほどで、今年も一口いただくと同時に想像をはるかに超えるおいしさに身悶えました。中の餡もアーモンドの渋皮がまざったもの。私個人はアーモンドの黄身餡より渋皮が混ざり目が粗いアーモンド餡が好みです。

さて、こんにちのガレットを四等分し勝負しましたが、第一回戦に陶器は見つからず。
第二回戦で勝負がつきました。





b0070127_16373394.jpg

ココんちの邪な横柄王くろヴぃすに戴冠。
くろヴぃすは既にココんちの王ですが、新たに王座に就きました。


そして、勝者のガレットから登場したのは、
b0070127_1640202.jpg
PANORAMIX

なんぢゃ、これ?と首を傾げていたら、ココんちの仏蘭西びとからアステリクス&オベリクスの登場人物ではないかと返答をもらいました。なんだかなあ。昭和の化石、前世紀の化石の私としてはガレットの中から聖誕の登場人物やグッズが出てきてほしいです。贅沢な夢のような希望ですね。お菓子そのものはすこぶるおいしいのだから我慢。


le 6 janvier 2017, Gaspard, Melchior et Balthazar

[PR]
# by ma_cocotte | 2017-01-06 16:46 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(0)
初の外食
去年から今年にかけての冬のヴァカンス。二つのビッグイヴェンツ(クリスマス&新年)がそれぞれ前夜祭が土曜日、本祭が日曜だったせいか、仏蘭西共和国平民、庶民の動きはすこぶるスマアトだったように思えました。仏蘭西には日本國のような振替休日制度が存在しないので日曜に国定祭日がぶつかっても翌日月曜は「いつも通り」です。そのせいで、誰もがいつもどおり金曜まで働いて土日を休み、月曜から働く・・・それが2016年から17年にかけての冬休みの形でした。

そういう万民に等しい暦に加え、今年度はどうにも自分自身が年末年始のご慶事の波に乗れないままで、クリスマスの家庭内の設えも最小限、その飾りつけも1月2日に「通常」となった途端、全部、きれいさっぱり片づけてしまいました。本当は仏蘭西やら基督教旧教の生活伝統に従えば「降誕節」という暦が終わる日(2017年は(おそらく)1月10日)に飾りつけを片づけるのですが。

そして、2017年のお仏蘭西の場合、今度の日曜日がエピファニ、=三賢王の訪問のお祝い日だそうで、この日は今では日本國の方がにぎやかになったと思われるほどのお遊び、ガレットデロワというお菓子をいただいてその日一日の王様を決めますが、そのお菓子も新年が明ける前から売り出されるようになり、季節感が薄れた気がしてなりません。もとよりこの冬の二大行事を祝う気になれなかった私なので、エピファニについても例年に比して「モティベイシャンまるでゼロ」。この週末に朝市に買い出しに行き、パン屋さんのショウウヰンドウに並ぶガレット・デ・ロワやブリオッシュ・デ・ロワを直に見たら、ちったあ購買意欲がムラムラっとわくのかもしれません。← 今のところまるでなし。

そんな沈んだ気持のまま、国鉄駅近くの、ココんちあたりで最も美味しいと噂のビストロに行きました。
2017年開店初日。
b0070127_16585192.jpg

店内、静かにジャズ(タモリさんのアクセントでどうかひとつw)が流れていて、次から次に入店する方々の様子を観察するのが私の楽しみでもありますが、真冬のお店から醸し出される独特の空気が好きです。

b0070127_1703811.jpg
b0070127_170499.jpg
b0070127_171624.jpg
b0070127_1712414.jpg


ココんちでは作れないものばかり、すこぶるおいしかったです。

b0070127_1731639.jpg

今年ははれやかに過ごしたいです、まる


le 4 janvier 2017, Angèle de Foligno

[PR]
# by ma_cocotte | 2017-01-04 17:03 | Thé ou Café? | Comments(0)
近くて遠いお隣さん
2017年、新年が明けました。

私は夜明け前に家を出て、近所の教会の午前九時半から始まるミサにあずかりました。ミサの直前に買ったばかりのソーラー電波腕時計が止まっていることに気づき、ライトなパニック。帰宅してから室内のできるだけ明るい場所に腕時計を置いているけれど、冬=万年曇りのココんちあたりにはソーラー腕時計は不向きなのではないかと今更気づきました。幸運だか好運にも先週、長年愛用の自動巻き腕時計が3か月ぶりに手元に戻ってきたので、しばらくはまた愛用の自動巻き腕時計に頼っての毎日になります。

さてさて、2017年元旦の朝。

昨晩はNHK紅白歌合戦を視聴したり、「絶対に笑ってはいけない」の初っ端一時間を視聴して横になったせいか、いつもより遅く、午前6時の起床でした。いつもの雑用をしつつ、テレビに火ぃ入れたら、またもテロの報道。寝ぼけ眼で画面を凝視したらトルコはイスタンブールでテロがあったことがわかりました。

まず思ったことは「トルコは今後、戦場になっていくのではないかしら?」と。
この十年ちょい、ココ新天地であらためてトルコからの(労働)移民さんたちと交流しながら、トルコ国内の都市部と田舎で生活文化上の違いがどんどん大きくなっていることを悟ってはいました。つまり、都市部は欧州化し、田舎はイスラム原理化しているということです。そのニオイがココ1,2年で具体的になり、「イスラム国」によるヒトが決めた国境を取っ払った極端な宣教活動を発端に、ついには武器を用いての戦闘となり、シリアが戦場の中心国となってはいましたが、トルコでの頻繁なテロが気になるところでありました。今までは「イスラム国」戦士がトルコに入国してのテロでしたが、先日の駐トルコのロシア大使の射殺事件など必ずしも「イスラム国」兵士がテロを仕掛けているのではなくなってきた・・・のもポインツ。

そんなところで、元旦早朝のトルコはイスタンブールでの無差別射殺事件です。

なんとなーく、ツルツル脳の私が思い描いたことは、トルコという国はロシアも(正確にはプゥチン大統領)が欲しい領土だろうし、イスラム国にとってもトルコを包括したいのだろうということです。ロシアも、イスラム国もそれぞれの野望のためにトルコ領土内でテロやら(一見、理が通っているかのように見える)動きを繰り返すのではないかと。プゥチン個人の妄想だとトルコとシリアを手に入れたいでしょうねぇ。

話ずれますが、プゥチンが北方領土を返還するわけがない。彼の野望は領土を広げることダニ。

そんな妄想が脳を巡ると、確か2020年の夏季オリンピックの最終決戦は東京とイスタンブールで、東京が勝利したことを思い出します。もしあの時、イスタンブールが勝ったとして、2017年のこの現状だとしたら、オリンピック開催地変換になっていたのではないかと想像します。この一年のトルコ国内での(国際配信されている)テロ事件を振り返ると、いくら警察や国軍を配備しても、瞬間に自爆する彼らを事前に取り押さえられたら「神業」です。

・・・と、「カミワザ」についてちょっと考えたくなった元旦の午後なのでした。

背後からウヰーンからのワルツが聞こえてきますが、ワルツのステップもすっかり忘れたぜ、べいべ。


仏蘭西は明日から通常の毎日が始まります。


le 1er janvier 2017, Sainte Marie, mère de Dieu

[PR]
# by ma_cocotte | 2017-01-01 21:19 | 『?』なメディテらねぇ | Comments(0)
もうひとつの、ナザレ
きょうの朝も夜明け前にぼんやりとこんにちの聖書朗読箇所に目を落としましたら、第三番目の朗読、福音朗読が以下のとおりでした。


福音朗読 マタイ2・13-15、19-23 子供とその母親を連れて、エジプトに逃げなさい。

2・13占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」14ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、15ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

19ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、20言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」21そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。22しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、23ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。




あれあれあれ、昨日、ココにエントリーした聖母像は「ナザレ」の教会にあるものです。けれども、新約聖書のナザレは地中海東岸はパレスチナにあるナザレであり、私が昨日お話ししたナザレは欧州はポルトガル、大西洋岸に面した小さな漁師町のナザレ Nazaré です。この漁師町のナザレは海岸に面したカルティエと、その傍の断崖絶壁の上のカルティエから成っています。
断崖絶壁から下方の海岸沿いのナザレを眺めた写真。2011年10月、私がファティマからサンチアゴ・デ・コンポステッラに行く途中、ナザレに寄り、シャッターを切りました。
b0070127_15242639.jpg


実はポルトガルのナザレの名称はアラビア語のナザレのままですから、地中海東岸はパレスティナのナザレと同じ意味になります。ポルトガル語の中には現在もかなり多くのアラビア語が含まれ同化していることが理由らしいです。余談、ポルトガルのファティマもアラビア語そのもののままです。

上の福音箇所に聖家族(=父ヨゼフ、母マリア、子イエス)がエジプト亡命後、ガリラヤ地方のナザレで暮らし始めたとあります。私の記憶が確かならばヨゼフさまは大工を生業にし、生計を立てていました。地図でイスラエルのナザレを見ると、地中海とティベリア湖の丁度真ん中あたりで、当時の聖家族は「静かな田舎暮らし」をされていたのではないかと想像します。

で、ポルトガルのナザレ。イスラエルのナザレとは異なり、大西洋に面していますが、ココに暮らす民の成人男性のほとんどが漁師であり、彼らの妻は周辺で採れた果物を干したり、家の中で手工芸を行い、それらをナザレに来る巡礼客をターゲットに露店で売り、家計を助けています。ポルトガルの国全体が他の欧州国に比べ貧しいですが、そのポルトガルの中でもナザレは特に貧しい集落なのだそうです。「貧しい小さな町」というあたり、どこかジーザっさんが育ったナザレと似ているかもしれません。
b0070127_1536653.jpg

この写真 ↑ は断崖絶壁の上にある広場の露店です。干し果物屋さんで、左の女性が「ナザレのおんな」。
「ナザレのおんな」には21世紀から15年を過ぎた今でも継続している伝統があります。それは、夫が亡くなった後、ナザレのおんなは一生涯、頭の先から足のつま先まで黒装束で固めるという習慣です。一目でわかる「未亡人」。ですから、ナザレの町を歩いていると海岸沿いでも、断崖絶壁の上の集落でも黒装束の女性に割と出会います。
b0070127_15421531.jpg

↑ 土産物屋の店番をしているこの方もそう。
しちりんでイワシを焼いているこの方もそう ↓
b0070127_15425065.jpg

一見穏やかなナザレの海ですが、時折、突然の高波が襲い、漁師さんが生命を落とされることがかなりの率であるのだそうです。そういう生活文化史の中で未亡人の黒装束の習慣が生まれたのだとか。

さて、妻たちの露店の話でナザレには観光客ではなく巡礼客が押し寄せることを書きましたが、なぜ巡礼客なのかと申しますと、このナザレにはあのファティマよりかなり前に聖母が出現されたのですね。断崖絶壁の上にそれは立派な教会聖堂があり、その中に聖母出現を表す絵画が掲げられています。
b0070127_15511723.jpg

コレ ↑ がそう。ナザレの断崖絶壁と海が描かれていますね。右の白馬が立つあたりにはおんぼろの祠が今も残っています。中に祭壇があり、地下に聖母子像が安置されています。
b0070127_15552021.jpg


ナザレは日本語の「ひなびた」という言葉が妙にしっくりくるように思えました。
b0070127_1559978.jpg

b0070127_1605883.jpg

いつかまたできれば訪問したいです。


le 30 décembre 2016, Sainte Famille

[PR]
# by ma_cocotte | 2016-12-30 16:04 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(0)
剣で刺し貫かれた心
きょうの朝、いつもどおり、今日の福音朗読箇所を読み進めていたら、こんにちの福音朗読はルカ2章の22から35節です。この箇所、教゛会ではあまりにも知られた箇所で鍵語は「シメオン」。こんな話なんざんす。文中の数字は節数です。


福音朗読ルカ2・22-35 異邦人を照らす啓示の光

2・22モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はイエスを主に献げるため、エルサレムに連れて行った。23それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。24また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。25そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。26そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。27シメオンが〝霊〟に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。28シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。
29「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
この僕を安らかに去らせてくださいます。
30わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
31これは万民のために整えてくださった救いで、
32異邦人を照らす啓示の光、
あなたの民イスラエルの誉れです。」
33父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。34シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。35――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」





以上。これを読みつつ、最後の最後のシメオンがマリアさまに話されたこと。「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」で、脳裏ににぼわああんとこれ ↓ が浮かびました。
b0070127_227487.jpg

聖母マリアさまです。
ファティマからサンチアゴ・デ・コンポステッラに向かう途中に寄ったナザレという漁師町の教会で出会った聖像です。
b0070127_2284399.jpg

剣を抱き、胸の中心からは血が流れ、天を仰ぐマリアさま。私たちの心の中の思いを知り、天を仰いで涙しているのでしょうか・・・。


le 29 décembre 2016, David

[PR]
# by ma_cocotte | 2016-12-29 22:23 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(0)