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遅ればせながら、買ってみました。
君の名は。 Your Name.
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さあ、どうでしょう?
私のようなおば(あ)さんでも楽しめるでしょうかしら。
「生まれ変わる」という話題は苦手。
でも、「入れ替わる」というのはNHK少年ドラマシリーズを午後6時に見ていたのでワクワクする。
そして、よぉおおおく知っている四谷界隈の神社が登場するとか。うふふふふ。

このDVD。もちろんフランス語吹き替え版ですが、タイトルはご覧のとおり「Your Name.」と英文のままです。
確かに Ton Nom (名詞のみ)にポワン(=ピリオド)というのはちょっと仏蘭西語的にアレかもしれません。

あたしはもちろん日本語オリジナルで鑑賞します。
今すぐ視聴はかないませんが、できれば今月中に視聴できたら、と希望しています。


le 17 janvier 2018, Antoine Grand



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by ma_cocotte | 2018-01-17 15:24 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)
我がぼやき、天に聞き届けられたようであります。
数時間前に送信したエントリーの続きとなりました。
つまり、三賢王の礼拝のご慶事日にいただくお菓子について。
8日の午後遅く野暮用あって旧市街に行った帰り道にいつもおやつを買うパン屋さんでブリオッシュ・デ・ロワを見つけました。なんと、4.5ユーロ!なんてお財布にやさしいお値段ざましょ。しかも、お店のマダムが親切にも焼き立てを選んでくださいました。地には善意のひとに平和あれ、とはこのこと。

ココんちに戻ってブリオッシュ・デ・ロワをいただくことに。
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どどどどーん。

今回もまた丸と言うより楕円です。
まだどこか温かく、ブリオッシュの甘い香りはたちまち狭いココんちに広がりました。
そして、そして、勝敗ですが、なんとまたわたくしが初戦で勝利となりました。しかも、です。
ブリオッシュ・デ・ロワの中から(いえ、正確にはワタクシの口から)出てきた陶器のお人形さんは、な、な、なんと
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 伝統的な、クレシュに飾ることができるお人形さん!

ひとつ前のエントリーで私がガレット・デ・ロワの中から出てくるお人形さんについて近年はクレシュに飾れる聖劇の登場人物を見ることがなくなり、もしかしたら隣県ヴァンデに行けば土地柄見つけられるかも・・・とタイプして数時間後、ヴァンデに行かずにこうして手に入れることができたのです。

私のボヤキを天主さまが直に聞かれたのか、それとも、急ぎの願い事は聖母マリア様に取次ぎを願うと早いのですから、私のボヤキをついうっかり耳にしてしまったのはマリアさまかもしれません。まっことウソのような本当の話ですわ。これぞ、でお・ぐらあしあす の あヴぇ・まり~あ です。

同じお店でガレット・デ・ロワが6.5ユーロで売られていたので、また買いに行ってしまおうかしら。

8日は午前中から青空が見え、風も止み、今年はじめてお正月らしい陽気をようやく肌で感じられる善き日となりました。

兎にも角にも、こいつぁ、春から縁起がええわいのぉ。


le 9 janvier 2018, Alexia






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by ma_cocotte | 2018-01-09 01:59 | The ou Cafe? | Comments(0)
手作りか、冷凍か、それが問題だ。
2018年初春のガレット・デ・ロワ。
ひとつ前のエントリーでもぼやいたとおり、天候のせいもあり、あまり乗り気になりませんでした。その悪天候だけでなく、今年は1月6日のご慶事直前にニュウス番組の中で昨今は共和国内の生活慣習だけでなく国際において流行しているガレット・デ・ロワについての話題があり、パイ皮、アーモンド餡と何から何まで手作りのお店もあれば、こそこそと冷凍食品のガレットを買い占め、店頭では「手作り」と称して販売しているケーキ店、パン屋さんも多々あると紹介していました。手作りか否かの真贋判別方法も軽く伝授。切断面でパイ生地と餡の間に空気の隙間があったり、パイ皮がボロボロとはがれるのは冷凍食品の可能性が高いのだそうです。本物の手作りは断面がみっちりとくっつきつながっているのだとか。ふぅうううん、なるほどねぇ。この報道を見てしまったせいで、こんな超ウルトラスーパーど田舎に住む私の中でガレット・デ・ロワの実食への気持ちが萎えた・・・。



ンだけれどね、こまごまと用事が一日中入っていた1月6日、そう、伝統的なエピファニ(主の公現)のお祭り日にはガレット・デ・ロワを買わずにいられたけれど、1月7日の朝になり、心のどこかでガレット・デ・ロワをひとつまみしたい気持が芽生えたのでした。ところが、7日は夜明け前から大風雨となり、このような天候でガレット・デ・ロワを買ったところですかさず風雨にあてられサクサクの食感は望めないだろう、と予想しました。花の都巴里なら兎も角、ココんちのような超ウルトラスーパーど田舎だとガレットを買ったところで箱には納めてくれません。

今年は早くプレセピオ(仏蘭西語のクレシュ、=聖誕の馬小屋飾り)もしまったので、ガレット・デ・ロワも今度の買い出しの時にスーパーで買えばいいや、と思い始めた午前11時頃、雨が止んだのでした。これは天主さまが「そちもガレットで三賢王の礼拝を思い起こし平和を祈念せよ」と私に知らせているのかもしれないとちゃちゃっと身支度整えて、二年くらい前だったかガレット・デ・ロワで受賞したお店にガウ!車に乗り込んで数分後に再び雨が降り始め、お店の前に着いた時にはしっかりした降雨。しか~も、目当てのそのお店は休業でごわした。

ちょっと思い巡らして、以前から気になっていたパン屋さんに直行。そちらは開店しており、午前11時を過ぎても奥の釜土でムッシュウがバゲットをせっせと焼いていました。私に応対してくれたマダムはなぜか胸の谷間がしっかり見える装いでして、こちとら、かなりのドン引きでしたが、店内の色目がどこかプロヴァンスっぽいせいで、売り子姐さんがこうもセクシーなお召し物なのでしょうか?正直、アキテェヌ地方北部、あのヴァンデ県境の町で女性のこういうセクシーさはあまりいただけないのだけれど、ご本人のセンスがそうなンだから仕方ありません。
ま、それは横に置いて、ガレット・デ・ロワ。
このブログで何度も繰り返している私のこだわりがあり、それはガレット・デ・ロワがグラム売りであること、中のアーモンド餡が皮まじりのつぶし餡であることなのです。このお店ではグラム売りで、私は12ユーロのガレットを買いました。これ ↓ ね。
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案の定、ガレットは箱ではなく紙袋にポーン。持ち運びはヒトによっては手提げを持つでしょうから、ガレットは縦置きになるというワイルドさです。ガイジンの私はこのおおらかさにヴぃっくりですけれど、おそらく共和国民の方々にはそれが概念なのでしょうねぃ。私は真似して縦持ちはしません。

帰宅してから昼食を終え、ガレットへ。
袋から取り出してみるときれいな丸ではなくそこはかとなく楕円形のガレットでした。手作りなのかもね、とナイフを入れたら、あらま、皮つきのつぶし餡ではありませんか。嬉しい。
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なかなかのおいしさでした。翌朝の今日朝一番の体重測定ではかなりの増量となりましたが、ご慶事ですから良しとしましょう。
そして、ガレット・デ・ロワのお楽しみの陶器人形さん。今年はなんとわたくしがあっけなくひとつめの実食で獲得いたしました。ココんちの仏蘭西びと♂と暮らし始めて初めての勝利です。お人形さんはアステリクス・オベリクスの登場人物でした。

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プロヴァンスに住んでいた当時はガレットの中の陶器人形にはクレシュに使える聖書の登場人物動物だったり、しっかりとガレットの中に勝者となる陶器人形と敗者となる乾燥ソラマメの両方が入ったガレットを其処此処彼処で買えましたが、ココ新天地ではそういう宗教色のおまけを見つけることはまったくありません。・・・あ、もしかしたら隣のヴァンデ県に行けばいとも簡単に見つかるのかもしれません。見つかりそうだな、こりゃw< ← わかるひとにだけわかるしっかりした理由があったりするw
そんなヴァンデ県なら懐かしの聖書にちなんだお人形さんが見つかるかもしれないなんて私が思うのは、偶然、昨日、懐かしい友からメールがあり、そこにはヴァンデ県のショレ近くのイエスさまがご出現された過去がある小村に引っ越し、その小村には修院もあるので毎日ミサにあずかれ私はしあわせです、と書いてあったからかも。ですけれど、あたしゃ、ヴァンデ県にイエス様がご出現した村があるなんて昨日の夕方までまったく知らなかったので、こりは訪問しなくては!とワクワクしている2018年1月8日の朝なのでした。行くぜ、べいべ。


le 8 janvier 2018, Lucien

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by ma_cocotte | 2018-01-08 16:29 | The ou Cafe? | Comments(0)
鬱々から晴やかにようやく
2018年となってこんにちで第六日目。
今年の1月6日はこうして週末土曜にあたり、しかも、キリスト教の生活慣習においてこんにち1月6日は三賢王訪問の祝日です。巷では、近年、ニフォンで大流行のガレット・デ・ロワを今日の善き日にいただくのでした。(註:ただし、日本やフランスのカトリックの典礼暦においては明日の日曜にこのお祝いにつながる典礼となっています。日本のカトリック教会ではこの祭日を「主の公現」と呼んでいます。)んなわけで、最近カトリックに関わっていないおフランスびとはおじいちゃまやおばあちゃまのお話に従ってこんにち1月6日、昔通りにガレット・デ・ロワのお祝いをします。あ¨ぁああ、第二ヴァティカン公会議を快く思ってらっさらない「熱心な」カトリックのご家庭もこんにち1月6日に祈念なさいますです。ココんちは、今年はあんまりガレット・デ・ロワを買う気にならないという心理ですかねぃ。

・・・・とゆーのもw、新年明けてからずぅうううっとカルメンちゃんやらエレアノールちゃんという名の嵐がココんちを覆い続け、連日の大風と大雨です。ひとつ前のエントリーでわたくしが無責任につぶやいたとおりカルメンちゃんよりエレアノールちゃんの方が数段強い性格で、共和国内のほうぼうに深刻な被害をもたらしました。ココんちは難なく今に至ってはおりますが、ココんちは日本語で言うところのオール電化の家なので、万が一、停電になった場合、この真冬では生きていくのが難しい生活環境に陥ってしまうのでした。その方面で運が良い一点は新興住宅地なので電線が地下なのですね。でも、ココからちょっと歩けば、それは古い電柱と電線が巡らされており、強風が吹くと電線がぶつかりあって不気味な音を立てています。ココ新天地に越してきて早や10年。何度か電柱が倒れたり、電線が切れて垂れ下がっているのを目撃したことがありますし、なんと数日前は電線は無事なれど強風によって横倒しになったバス停に出っくわしました。どんだけの強風だったのでしょう。

と、暦において新年を慶ばしく迎えたところで、天候が最悪なのでなんとも気分は沈みがち。これが数日続けば鬱々たる気を実感しなくもありません。いけませんねぇ。日本国での幼き頃の陽光うららかな新年三が日を懐かしんでしまうのも心理的によろしくないではありませんか。でも、天候ばかりはヒトにはどうにもコントロールできません。

そして、こうして迎えた1月6日。
なんと夜明けと共に、東の空には・・・
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初日の出と呼んで良いでしょうか。
しょぼいかもしれませんが、ああ、ありがたや、ありがたや、と頭を垂れ、手を合わせて始まる新年初の週末の始まりです。

はあ、ようやく。
明けましておめでとうございます。

どうぞみなさま、良い週末をはれやかにお過ごしくださいませ。


le 6 janvier 2018, Melaine et Tiphaine


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by ma_cocotte | 2018-01-06 17:58 | 『冬』 Rien de special | Comments(2)
カルメン去りて、エレアノール来たる。
2018年1月3日夜明け前のココんちあたりの外は風が激しく泣いています。



元旦の丸一日をカルメンという名の台風に見舞われ、二日は強風が去ったものの一日中、まるで英国のような細やかな雨が降り続けました。こうして台風一過で元旦三が日の三日目に初日の出を拝めるでしょうと思いきや、二日の夕方から報道でエレアノールと名付けられた台風が間もなく共和国本土に上陸すると流れ始めました。三日の朝は強風の吹きすさぶ音、その強風によって倒れた路上のゴミ箱とその中の瓶が割れる音で目が覚めました。

こうも一日置きで台風お二方の訪問となりますと、比較できるものですわね。
カルメンさんの方は情熱的なお名前ですのに風は低音でしたが、優美な印象の名前を持つエレアノールさんは高い音で吹きすさんでおります。ヒステリーっぽい感じ。ヤざます。

カルメンさんもエレアノールさんも台風ですので、この新年三が日。ココんちあたりは妙に暖かい。気温が高いのです。元旦も日中は10度を超えておりましたが、こんにち三日なんぞ夜明け前から10度を超え、天気予報によりますと午後には15度くらいまで気温が上昇するとのこと。この気温ではヒートテックを身に着けたら汗ばむでしょう。あらららら。

ヒトと言うものは贅沢というか、こうも暖かい三が日だとわたくしは肌にピリッとするほどの寒さで空が辛い青色を恋しく思います。風もそよぐ程度でね。ちょっと汗ばみを感じつつ皇居の玉砂利を踏みたいものです。ないものねだりもいい下限にしなくてゎ。

悲しくも今日も悪天候で、ココんちではこの三が日に初日の出を拝めそうにありませんが、こころだけははれやかに過ごしたいと思います。


みんなたちもどうぞはれやかにお過ごしくださいませ。


le 3 janvier 2018, Geneviève

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by ma_cocotte | 2018-01-03 15:51 | 『冬』 Rien de special | Comments(2)
ヒイラギ と ヤドリギ
12月24日、朝市で手に入れました。
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左の半透明の白い球がちりばまっている植物がヤドリギ、右はヒイラギを混ぜたクリスマスのためのブケーです。
これで、午後に隣村のパン屋さんに予約したケーキとパンを取りに行けば、ココんちのクリスマスの準備がほぼ万端です。わたくしは午後6時からの聖誕のごミサのはじめに日本語で聖書の一節を紹介することになり、ちょっと緊張しておりますが、しかし。

ヒイラギは挿し芽に挑戦するつもりになっています。今の時季ぢゃ、難しいかなあ・・・でも、やってみる、うん。

日本國はすでに日没となりましたね。
みんなたちもどうぞ良い聖夜をお迎えくださいませ。


le 24 décembre 2017, Adéle






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by ma_cocotte | 2017-12-24 19:46 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
「死んだらそれでオシマイのひとびと」にとっての聖夜
私にとっての今年の年末はなぜだか慌ただしく、それは「ポケ森」で遊ぶようになってしまったせいもありますが、少し立ち止まって考えてみたら、今年の待降節は12月に入ってから始まり、クリスマスイヴが12月24日日曜の日没から始まるので例年に比べ待降節の日数が少ないのですね(おそらく)。ココんちの室内の装飾はなんらしないままこんにちを迎えましたが、確かクリスマス近くになると朝市でヤドリ木が配布されるので、今年はそれを多めにいただくことにしようかしら。親戚縁者がいないヒトのクリスマスってこんなものでしょうか。24日の夜に教会に行けば、普段いらっしゃらない「熱心でないカトリック信者さん」方も多くいらして、どこか華やいだ雰囲気に混ぜてもらいながら、ごミサにあずかれればしあわせかも(と、タイプしている今、脳内には「ブラザーサン・シスタームーン」のサン・ダミア~ノでの礼拝シーンが感動的に。



カトリックヲールドで「熱心でない信者さん」と言うのは年に二回、クリスマスと復活祭にだけ教会に顔を出す信者さんを連想します。日本國で例えるならばお彼岸とお盆しかお墓参りしない感覚に近いかも。仏蘭西だとそういう年に二回しか教会聖堂の敷居を跨がない、いえ、違う、礼拝に参加しないひとびとの中には離婚経験者やら再婚済の方もいらして、カトリック教会での決まり事を知らないので普通に子供の頃に教えてもらったように聖体拝領したりします。ほれ、日本でクリスマスに教会に行ったら、みんなが列を作って何かもらっているので、自分もマネして並んでナニカをもらったよ、という話とほぼ同じ。これは無知による行いだから罪になりませぬw でも、もし該当者さんがカトリックでの離婚やら再婚についての決まり事を知ったら、この行いはアウトでごわす。ひとそれぞれに決して何もかもが同じにならない事情がありますから、私個人はクリスマスや復活祭だからと久しぶりに教会聖堂に足を運んだひとびとがそれをきっかけに「始まり」、いずれ通うようになり、「終わる」ようにひとりでも多くそうなりますように、と願いますけれど、悪魔っちゅう野郎は狡猾ですからね。そう簡単にてめぇの思い通りにはさせねえよっ、といぢ悪く微笑むのです。

ここで、おととい土曜の話。
いつもどおり旧市街の向こうに建つ教会で夕ミサにあずかり、その後、旧市街のクリスマス市を冷かしに行きました。市運営の小屋で1ユーロのヴァン・ショ Vin chaud、hot wine=熱したワインをいただいたところで、私の目の前でその小屋の木戸が閉められてしまいました。はい、閉店。土曜日最後の客がワタクシでありました。たった1ユーロのヴァンショですから、口に含んだところでアルコールが鼻腔に登って上手に飲めないし、ちょっと口に含んだところでワインとお砂糖、シナモンの単純な味を見出せますが、あっと言う間に体内からぽかぽかになり、この温かさを体内に携えているうちに家路につけばよろし、とクリスマス市を背に歩き始めました。

すると、旧市街の広場(ココは10年前は車道がありましたが、今は車道をなくし、ロオマのナヴォナ広場をシャビーにした感じになっています)の中心のドでかいクリスマスツリーの根元にヒトがうぢゃうぢゃいるのを発見。でも、何をしているのか、電飾だけの暗闇の中ではよくわかりません。たまたまそのツリーのそばに宝飾店があり、ガードマンさんがいらしたので「これはなんの集まりですか?」と質問したら、「コミュニストですよ」と即答。ああ、ほー、コミュニストですかあ・・・と脳内に単語が滑走。はい、飛び出てきたのは「共産主義者」。社会主義者ではありません、共産主義者です。

それをきっかけにドバドバ思い出したことは(まるで動かなくなった車のボンネットを叩いたら車が生き返るがごとく)、おフランスにおいて共産主義の世界ではクリスマスは「メシア(救世主)誕生の日」ではなく、「家族(=同胞ねw)と愛と絆を確認、深め合う日」なのです。仏蘭西だと社会主義左派から極左さんは12月24日夜から25日を家族や認め合った友人知人が揃って美酒美食をあおり、快楽と悦を極めます。彼らにとってクリスマスと復活祭は年に2度の「愛と結束を確認する日」で全員集まって互いの愛を確認し合うのね。そもそもコミュニストの概念には天国は存在しないので自らは「死んだらそれでオシマイ」、それゆえ「地上で(宗教を信じるバカどもが信じる)天国を実現する」のです、みんなで。こういうお祭りを広めた極左ユダヤん、たいしたもんですよ。余談だけれど、南仏はマルセイユ北部の小村の廃れた教会建造物を共産主義者が買い取り、そこを集会場にして、周囲に共産主義のひとびとが移住して地上天国を表す集落を造っております。地上ではありませんがパリの地下にある共産主義世界は有名だけれど、マルセイユにこのような地上天国実現村があるくらいですから、共和国内のほうぼうにこういう集落が点在しているのでしょう。

おととい土曜の夜、私が目撃した共産主義者さんたちのクリスマスツリーの下での集会には移民さんが多くいました。寂しい思いを忘れられたかもしれないし、こういう集いの直後にひとりに戻って寂しさが再び襲ってくるのかもしれませんが、今が喜びとしあわせでいっぱい!という気持が地上天国の実現のための石であり、木柱なのでしょうね。

傍観している私には彼らおヒダリさん方の思考がどこか途中で止まってしまっているように思えるし、それは例えるならばパウロの目にこびりついたウロコはたまた雪の女王の心かもしれませんが、もっとご自分の頭と心で智をもって思考を深めてみようよ、と。いくら深めても深めても終点は見えないとは思いますけれど。それもまた楽しいと思えるようにな(りたいですよ、アタシもw)



le 18 décembre 2017, Gatien


【追 記】クリスマスの日に救世主のご降誕を祝わず(または、祝えず)、家族愛をにぎやかに確かめ合うひとびとの家庭にはクリスマスツリーはあれど、プレセピオ(仏語だとクレシュ、日本語だと馬小屋飾りとでも申しましょうか)は飾られておりません。そういうひとびとの中にはクリスマスパーリーだと招かれた家にプレセピオを見つけると失礼にも平気で「気持ち悪い」「吐き気がする」「布でもかけて隠してよ」とおっしゃる方々もおりますので、要注意でありんす。そんな底辺を知っておりますと、ミュヂュルマン(=イスラム教徒)やユダヤんのご家庭でも原理教条主義でなければ、やんわりとクリスマスツリーを飾っているお宅もございます。まあ、ユダヤんの生活慣習だとたいていいずれの年もクリスマスとそんなにズレずにハヌカという光のお祭りがあります。窓辺に独特の蠟燭たてを置き、ハヌカ当日まで一本一本灯す火の数が増えていくというもの。エルサレムは砂漠ですのに、雪が降る。冷たい空気にハヌカの灯りは実にこころを温めてくれます。今年
2017年のハヌカは12月12日の日没からこんにち20日の日没までだそうです。
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by ma_cocotte | 2017-12-18 15:34 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
こうしてカトリックで生まれたからにゃ、カトリックで死ぬンだろう。
的な?w

« Comme je suis né catholique, et mourrai catholique »

この台詞は先の土曜に行われたヂャニ・アリデ Johnny Hallyday の葬儀での数ある弔辞の途中で私の耳に届いたものです。別にこれは生前のヂャニの言の葉ではなく、お仏蘭西のそれは壮大で麗しい歴史の中で多くの偉人が口にしたり、書き残したのだそうだ。カトリック家庭に生まれたのでもなく、今後果たしてカトリックとして死ぬかどうかもあやふやである員数外の私でしたが、この一文を耳にすると同時に、なぜか良心が喜び踊る感覚におそわれました。まるで聖母を迎えたエリザベトのように。ヂャニ・アリデの棺は仏蘭西時間の月曜夜にカリブ海に浮かぶサン・バルテレミ島の墓地に埋葬されたのでヂャニについての報道は昨日火曜の夜まで繰り返されました。ですから、こんにち水曜の朝から共和国内は「ほぼ平常運転」に戻るのではないかと期待しています。まぢ、本当に「もう勘弁しちくり」レベルのヂャニアリデ関連ネタの波で、あたしゃ、降参です。というのもですね、月曜の夕方遅く、義母から電話。なんでもヂャニ他界をきっかけに30年も前に離婚した元夫、つまりココんちの仏蘭西びと♂の父親に電話をかけ、二人で平和に語り合ったのだそう。このお二人はまさにヂャニ・アリデとシルヴィ・バルタンと同世代で、彼らの歌をBGMに出会い、恋愛し、結婚し・・・そして、彼らと同じように離婚しての今です。父親は再婚したけれど、母親は再婚しないまま現在に至る。双方とも、ヂャニ他界をきっかけに半世紀近く前のロマンスを思い出してしまったのでしょうねぃ。
はー、そこまでの影響力ですか。
こればかりはガイジンで員数外のあたしにはなんら「分かち合い」できないな・・・と改めて実感しました。

で、土曜のマドレエヌ寺院(なぜ寺院と和訳されているのか存じませんが、ココはヴァティカンにつながるローマ・カトリック教会聖堂のひとつ)でのヂャニの葬儀。マクロン大統領夫妻、オランド前大統領と現在の恋人さん、サルコぢ元大統領と現在の妻であるカルラ・ブル~ニに、現在のフィリプ首相が棺に近い席に並んで座ってらっしゃいました。参列者にはヂャン・レノさんやらキャロル・ブケーさんなど日本でも知られる俳優さんも多々。そして、家族席には亡くなったヂャニ・アリデの最初の妻であるシルヴィ・バルタン、元恋人でヂャニとの間に一女を産んだナタリ・バイェ、そして現在の妻であるレティシアが揃い、それぞれの子供、孫も列席。レティシアと結婚後、養子縁組したヴェトナム人の女児二人ももちろんおりました。おそらく、このお三方だけではなく他の元恋人さんもいらしたのかもしれません。ヂャニ・アリデとレティシアの市民婚を司式したのは当時、ヌイィ市長だったサルコぢ。

こうしてカトリックの聖堂で司祭方が登場してのヂャニ・アリデの葬儀でしたが、ミサではなく、カトリック用語で引っ張ると「みことばの祭儀」のみ。聖書朗読や仏訳を改訂したばかりの主の祈りは唱えても、信仰宣言は唱えず。みことばの祭儀のみだから聖体拝領も無し。聖体拝領がないことに気づいた時にココんちの仏蘭西びと♂は「ユダヤ人が多いから?」とつぶやいていましたが、ヂャン・レノさんや歌手のパトリック・ブリュエルさんはユダヤんなれど、ヂャニ・アリデとレティシアの最初の養女のカトリック洗礼の代父(仏蘭西では洗礼時、本人の性別がなんであれ代父母を選べるし、代父母以外に数名の代父母を選ぶこと、その代父母が異教徒でも可能なので日本のカトリックの習慣と異なります)だったし・・・とこちらの脳を動かしてみると、ああ、もしかして、家族席も政治家さんや芸能人さんのほとんどがカトリック教¨会では「聖体拝領禁止」のお立場だから?と邪推←第八戒に触れまくるw

葬儀のBGMは生前のヂャニ・アリデのコンサートのギタリストたちがエレキではなくアコースティックギタアで次々とヒット曲を弾かれ、ココ数日の追悼番組でうんざりしつつもヂャニ・アリデの歌がそんなに嫌いではない私には好感が持てました。聴いているうちに既に前世紀のことではあるけれど、ダイアナ妃の葬儀礼拝の音楽とどこか重なりを覚えました。ヂャニのヒット曲の合間にクラシックもチェロとピアノ、時には歌唱を交えてありましたし、聖歌隊がイグナチオ・デ・ロヨラのアニマ・クリスティを唄ったのも良かったです。

そうそうそう、葬儀中のどこだったか、カトリックの十字を右手で切るところで、オランド元大統領やマクロン大統領はまったく右手を動かさなかったけれど、オランドさんの恋人さんもマクロン夫人も十字を切ってたよ(笑。翌日だったか、カトリックの葬儀の習慣で式の最後に参列者が棺を聖水棒を持ちつつ十字を切り清めるというものがあるけれど、マクロン大統領がそれをしなかったと報道していました。棺に手を置いただけだったンですと。まあ、そんなマクロンちゃんもヴァティカンと仏蘭西との間の伝統で国家最高権力者に教皇から与えられる勲章はしっかりもらうらしいからね。たいしたもんだと思います。

葬儀をテレビでヲッチしながらつくづく葬儀っちゅうもんはこの世に残された者者の心を慰めるためにあるようにまず思えたし、いやいや、(ヂャニさんの奥様方とお子たちを眺めつつ)ヂャニさんの霊魂は未だ練獄にいるかもしれないからこうしてこの世に残る縁者がヂャニさんの少しでも早い天国入りをこうして祈っているのだと思ったりもしましたが、そうではなく、肺がんと闘い亡くなったヂャニさんは生きながらにして練獄を闘病のうちに経験したのだから既に天国にいるのさ、と想像したり。私だけかもしれませんが、ヂャニ・アリデが今の奥さんレティシアさんと結婚後、ヴェトナムの極貧の環境に生まれた女児を二人引き取り育てていることや、この晩年の数年間は磔刑の十字架の首飾りを常に胸の真ん中の位置に露わに見せていたことなど、ご自分の回心を我々にアピールしていたようにも思えました。放蕩息子のたとえが私のツルツル脳を滑走しました。そして、「カトリックとして生まれ、カトリックとして死ぬ」に至る、と。

ヂャニさんは養女に迎えた二人のカトリック洗礼もしっかり行いました。それを受け付けた教会側もたいしたもんです。私たちの目に見えない、知らない、わからないところで真剣な関りがカトリック教会とヂャニさんの間で続いていたのでしょうね。ヂャニの葬儀で、レティシアさんの首に磔刑の十字架の大きな首飾りがかかっていたけれど、あれはきっとヂャニが生前身に着けていた首飾りだと思いました。あんなに大きな十字架、きょうび高位聖職者が御身につけるくらいで、シスター方の十字架はどんどんちっこくなっているのにね。

ヂャニさんのお葬式、良かったと思いました、まる

RIP


書き忘れそうになりましたが、ヂャニ・アリデの棺が仏蘭西共和国本土からカリブ海のサン・バルテレミ島に移動しましたが、埋葬の前にはサン・バルテレミ島の教会でもう一度葬儀ミサがおこなわれました。二度も見送られるなんて、ヂャニさんって。やっぱ、葬儀っちゅうもんはこの世に残されたひとびとの心を穏やかにするためにあるのかもしれません。


le 13 décembre 2017, Lucie

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by ma_cocotte | 2017-12-13 18:40 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
マッチ一本、いかがですか。
ココんちあたりでは11月の終わりからクリスマス直前まで、そう、今年は12月3日が始まりでしたが待降節の時季、太陽が沈んでからすぐ繁華街を冷かすことに私は妙な楽しみを覚えます。
外気温が0度くらいの道を「ううう、寒いっ」とぼやきながら、肩に力を入れてちょっと小走りに歩くと、ほうぼうのお店のウヰンドウの向こうに暖かい光と談笑するひとびとの様子が見え、そのお店の窓から漏れる光にさえこちらの冷え切った心身を温めてもらっているような感覚におそわれます。で、
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こうして外からお店の中を見てしまうと、つい口から「マッチ一本、いかがですか。」と言の葉が漏れてしまいます。ああ、自分、つくづくアンデルセン童話を親しんだ世代なのだと改めて気づかされもします。そして、いつのまにか皺だらけになった手の甲を見る。

ココんちあたりのような共和国の中でも超ウルトラスーパーど田舎ですと繁華街でも19時にはほとんどのお店がシャッターを下ろしてしまいます。19時過ぎても開店しているのはカフェ街のカフェやバア。くるっと旧市街の繁華街を一周した後、日々節約した小銭を確認して、バアに飛び込み、ひと休み。
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待降節に入るとどちらのカフェにもヴァンショ Vin chaud が用意されています。この時季に地元のカフェでヴァンショの味比べをするのもこれまた楽しいです。このお店のヴァンショは5ユーロで、よそのお店に比べてやや高いですけれど、パリだったらありえねー安さなのかもしれません。あたし、パリに行けないからわかんない。

ヴァンショをちびちび飲みながら・・・というのも、熱々のヴァンショはぐいっと飲むことはかなり難しいです。0度の気温の中でしばし冷やした身体に熱いヴァンショを一挙に注ぐと食道や胃がヴぃっくりしてすぐさま具合が悪くなることが多いので注意を要します。気を付けましょうね。

話戻って、ヴァンショをちびりながら、目の前を行き交うひとびとの様子を楽しむ。
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あまりの寒さで何も考えずに入ってしまったバアですが、こうしてテラス席でもストオヴがたかれ、客のためにひざ掛け毛布も用意しています。そして、右を見ても、手前を見ても、なんだかブルヂョワくっさぁああ。この若い子たちなんて(死語かもしンないけれど)BCBG濃厚。この地元の私立校で幼稚園から中学まで育ち、その後はパリやボルドオの寄宿制高校に進学したのだろうなあ、と軽く妄想。それが、ココんちあたりのおブルヂョワやアリストクラットの子女に敷かれた「生きる道ぃ~」♪

そんな妄想を始めると途端に居心地悪くなるのがワタクシです。
「あーあ」と空を見上げると、惨めな気持ちのワタクシにも頭上からストオヴ。
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でお・ぐらあしあす。ありがたいこってす。
こういう頭上からの電気ストオヴを見つけると、どうしても新教女学校に通っていた当時、午後4時半からの「国際」の講義がチャペルで行われ、その授業が体育の授業の後だったことや教授の声がバリトンだったことで頭上からの温風が眠気にいざない・・・当時の国際のノート、私の居眠りよだれ染みでよれよれのガビガビですよ。その教授も今では北の果ての新教校の理事長センセ。ああ、時は止まらないのだな。


テラス席だからそんなに時間かからずに緩んだヴァンショを飲み干し、犬猫待つココんちに帰宅。
こういう楽しみが待降節まで断続的に繰り返されるのでした。いえいっ!


le 8 décembre 2017, Immaculée conception





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by ma_cocotte | 2017-12-08 14:45 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
夜明けに他の世界に旅立つひとが続く
昨日の朝はこんぴーたに火ぃ入れてフェイスブックを開いたら、作家ヂャン・ドルメソン Jean d'Ormesson の帰天を知りました。本を読まない私がなぜ彼を知っているかと言うと、ひと昔前まで住んでいた南仏蘭西の小さな町の公営図書館に彼の名前が冠されていたからです。図書館の名になるくらいだから既に亡くなっているのだろうと当時は想像しましたが、なんの。生きていた。それからしばらくしてテレビを買ったので、この作家が結構テレビ番組に登場する人物であり、フランス・アカデミーの会員であることも知りました。苗字に「ド」が付いているだけに品の良い紳士に私には見えました。


作家ヂャン・ドルメソンは昨日の夜明け前に旅立たれたのに、昨日は夜になってもニュウスだけでなく討論番組のお題もヂャン・ドルメソンの追悼ばかりでした。最新報道が知りたいのにな・・・と不満を持ちつつ就寝。一夜明け、こんにちは(今こうしてタイプしている時点で外は未だ夜明け前の真っ暗闇ですが)、いつもどおり5時に起床して雑務を終えてテレビに火ぃ入れたら様子がおかしい・・・なんと、かのヂャニ・アリデ Johnny Hallyday がこの深夜に他界したというニュウス。・・・・超ウルトラ号泣です。私ぢゃなくて、ココんちの仏人♂が・・・何せ、ヂャニを疑うことなく信仰していましたから。



ただ・・・、先月のはじめあたりからだったか、ヂャニの入院やら転院について報道が繰り返されていたので、その時点でかなり厳しいとは想像していたし、先週だったかヂャニが退院し自宅に戻ったと報道があったので、もしかして・・・と覚悟は決めてはいましたが、こんなに早く。74歳。

今年はこうして待降節に入って、共和国の超有名作家と超ウルトラスーパー大スタアが天国に旅立ちました。
天国では手が足りないほど多忙なので、天の御使いがお二人をお迎えに来たのだと思うことにしました。
特にこんにち12月6日はサンタクロースの愛称で知られる聖ニコラの祝日なので、ヂャニは聖ニコラの集配のお手伝いに呼ばれたのかもしれません。ヂャニの歌でサンタクロースが世界中の屋根もないところで生きている人たちにプレゼントを配るなんて、ヂャニも喜んでお手伝いを引き受けるにちがいありません。

それにしても、ニュウスがヂャニアリデ帰天の話題しか流していない・・・今日一日、この調子なのだろう。それは、困る。


le 6 décembre 2017, Nicolas





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by ma_cocotte | 2017-12-06 15:02 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)