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葉月八月も14日となり、
今年は7月までに数度の酷暑の数日がありましたが、8月に入ってから連日の最高気温が20度程度の日が続きました。
ぐぁっ、しかし、こんにち14日早朝の天気予報によりますと、きょうは久しぶりの夏日になるそうで、ココんちあたり(そうさな、ラ・ロシェルとポワティエを結んだ線上)も午後には30度を超えるとのこと。

よくわからない心理ですけれど、わたくし、この夏日の予想を知り、なんだかうれしくなりました。
昨日まで10日以上、それは涼しく、今年はもう秋を迎えてしまったのではないかしら?と寒いくらいの横風やら高くなった空を感じ見ては思ったほどで、汗疹が出るほどの酷暑には辟易しているのに、夏らしさを満足しないうちに秋を迎えるのはなんとも胸中複雑でした。

昨日も犬の散歩中に家人とその話題になり、私のボヤキを聞いたココんちの仏人♂(=家人)が「今年は9月に夏らしい日が来るらしいよ」とポツリ。そして、歩を進める農道の際の茂みにドングリを見つけました。
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なんて立派なドングリ。
今は若々しい緑色でも連日20度前後だったらまもなく茶色から焦げ茶に変わっていくのでしょうね・・・しんみり・・・

と、おセンチ(← 昭和の死語ぢゃねー?)になったところでの夏日予想です。うっひょー。
靴の裏底を溶かすほどアスファルトが熱されることには納得行きませんが、それでも8月はやっぱり夏らしくあってほしいです。

閑散としていた旧市街のアイスクリイム屋さんもきょうは繁盛するのではないかしらん?と思ったところで、今日は月曜日だから定休ぢゃん、と気付いた私。ああ、なんて神さまはお商売音痴w

お仏蘭西におかれましては明日15日は聖母被昇天の国定祝祭日でありんす。
被昇天の聖母はフランス共和国の第一守護聖人なのです。
明日も夏らしい日となり、お昼頃にほうぼうの教会の鐘の音を聴きつつ、青い空を仰げれば、と希望します。

ぶんちゃっちゃ、ぶんちゃっちゃ、
マリアさまのこころ、それは青空、わたしたちを包む広い青空ぁああ♪
ぶんちゃっちゃ、ぶんちゃっちゃ♪ ですものね。うっふん。

le 14 août 2017, Kolbe




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by ma_cocotte | 2017-08-14 14:33 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)
ああ、つまんないの。
ああ、今年も葉月八月を迎えてしまいました。一年早い・・・。
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先の火曜から日曜までニオール Niort 市主催の夏のサーカス祭りが開催されていました。
今年で何回目なのだろう?
私はココ3年連続で通っています。
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野外のサーカスや演奏を見聞きしながら、行き交うひとびとを眺めつつ、いただくお酒の美味なこと。
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左は白ワイン、右は地ビール

このサーカス祭り、全ての公演が無料なので限度や限界はありますが、それでも真夏の夜の夢のような世界に浸れます。
わたしゃ、モナコのステファニィ姫(ココで最敬礼)ほどでないにしろ、サーカスが好きなのかもしれません。ワクワクしている自分に驚いたりするもんね。

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今年は前半二日、中日(休業日)、後半三日の日程で、私は前半、後半ともテントの中で行われた演目も拝見しましたが、撮影禁止なので写真は撮れず、残念でした。加えて、今年は去年に比べて天候も悪かったせいか「イマイチ」に思えました。サーカスらしいサーカス、マジックらしいマジックの演目が少なかったので爆笑するチャンスがあまりありませんでした。・・・来年に期待しようっと。

サーカス祭りが閉じ、なんだか私の夏はもう終わったよう・・・こんにちは静かな八月の朝を迎えました、まる


le 1er août 2017, Alphonse







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by ma_cocotte | 2017-08-01 17:58 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)
仏蘭西の超ウルトラスーパーど田舎の「プレミアムフライデイ」
Friday は「フライデー」ぢゃないよ、「フライデイ」

そんなことは横から押し落としての「プレミアムフライデイ」
ちょいと前にこの表現を電脳世界で見聞したわたくしであります。我が母国日本國では毎月最終金曜日には午後3時に就労を終えるとゆうお国からのお勧め。日本国内で勤労経験があると月末の金曜日っちゅうのは残業ほぼ決定で、それは自らが勤務する会社内ではなく世間の銀行などと絡み壮大な流れが根底にあることを知っているので「プレミアムフライデイ」なんぞ勧められたところでそう簡単に実行できンわな、と想像もしました。多分、公務員ではなく一般企業のお給料日が25日から月末にかけてあるので懐事情だけでこういうことを発想、実現したのかもしれない、と思いめぐらしもしましたが、世の中、そういう事情でお金の流れの日程を簡単に替えられるわけでもないし・・・ブツブツブツ。

以上、日本国内の事情ですが、偶然なンだか、ココんち近くのニオール Niort という町(ちょっと詳しく申しますとニオールは県庁所在地である市です)でも毎月最終金曜日の夕刻から市役所から近い市場広場でアペリティフパーリーを開催するようになりました。市報によりますと今年は10月の最終金曜までこのイヴェントを続けるとのこと。へぇ。
知ったからにゃ行くしかありません。昨日は7月の最終金曜日でしたし、前日までの悪天候も去り、好天に恵まれました。
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18時半過ぎに到着したわたくし、とりあえずの一杯はビールではなく手作りの桃入りサングリア(という名前だけれどワインではなくラム酒の味がした)と薄切りのソシソン(数種類がミックス、これはありがたい)にしました。サングリアは2ユーロ、ソシソンは3ユーロと「持ってけ、ドロボ」w
会場はまだ人が少なかったけれど、すでにジャズの演奏が始まっていたし、会場を吹き抜ける風が気持ち良く、しゃーわせでした。
いい気分になったところで、次の一杯に進む。
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よく冷えた辛口の白ワインに、揚げたてあっつあつのアルカスです。
アルカスというのは Arcas と書きます。昨晩はクレオール料理屋台とブラジル料理屋台でアルカスが売られていましたが、わたくしはクレオール料理屋台で買いました。7つで3ユーロ。
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このアルカスは日本人好みだと思います。ニンニクとパセリを加えた鱈のすり身を揚げたもので、私にとってはどこかさつま揚げにつながります。ビールによく合う。パクッパク、行っちゃいますね。でも、このアルカス。南仏時代にお目にかかった記憶があまりありません。大西洋岸で広まったお料理なのかもしれません。私が傍観する限り、大西洋側だとお魚屋さんで味付けされた鱈のすり身が必ず売っており、市井のひとびとはそれを買い、自宅で揚げたり、グラタン皿で焼いたりするようです。兎にも角にも、おいしい。肉食の仏蘭西びとと同居しているとどうしてもお魚を食べる機会が減るのでこういう時に食べなくっちゃね。

会場も午後8時頃には訪問者でいっぱいになりました。
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思うに、ですが、会場は役所に近いし、旧市街の商店街の中にあるので、たいていのお店は午後7時まで開店。ですから、こうして人が集まるのは午後7時を周り午後8時頃になる、と。なるほどね。
私はジャズを楽しみながら、午後9時近くまでココにいました。帰り道には別の広場でコンサートが始まっていました。
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緯度が東京よりはるかに高い欧州だと年間の日照時間の差が大きいので、日照時間の長い夏の間の楽しみ方を住人がよく知っているように思います。
一夜明けたこんにち、7月の最終土曜日は夏のヴァカンスのターニングポイントで前後半の休暇取得者の入れ替え日だそうで、共和国内の有名道路はいずこも渋滞になるとのこと。朝からニュウス専門チャンネルではその情報や、事故にならないよう警告する内容を繰り返し流しています。

さーて、きょうのわたくしはどこでしゃーわせな一杯をいただこう・・・まずはいつもの土曜日にしなければならないことを片付けなけれヴぁ。


le 29 juillet 2017, Marthe et Lazare












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by ma_cocotte | 2017-07-29 16:12 | Promenons-nous! | Comments(0)
田舎、ヴぁんざい。
今週は野暮用あって、ヌゥヴェルアキテエヌ北部の小さな町パルトネ Parthenay に二度参りました。
一度目は午前中に訪問したので用を済ましてまもなくお昼ごはんの時間となりました。お腹ぐぅぐぅぐぅ。
ココんちから車で一時間弱とは言え、私にとってよく知らない町。往路で道に迷った時に路順を教えてもらおうと飛び込んだ薬局のそばにあった定食屋さんでお昼をいただくことにしました。

真面目にまったく知らないお店に飛び込みましたが、シェフらしきムッシュウが「うちのステーキ、でかくておいしいよ」と勧めるので、それにしました。とりあえずビールを頼んで、まもなく目の前に現れたのが、こちら。
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本当だ、何もココまでデカくなくても・・・の牛ステエキです。フライドポテトと茹でインゲンを添えていただきましたが、お肉の下にもぎっしり。ソースはエシャロットを頼んだら、手作りのエシャロットのバタアソテェでした。ステエキはよそのお店の倍以上で、3人分近くありました。

実はココ、パルトネですが、牛肉の産地として共和国内で知られており、このステエキもパルトネ牛。そして、パルトネは日本国でとてつもなく有名なバタアの産地エシレと目鼻なンです。だから、エシャロットのバタアの味もポワトゥシャラント地方独特の味でした。うんまーい。

これだけ食べたのに懲りず、初めてのお店だからとデセールも頼みました。カフェ・グルマンを頼めば珈琲もつくし、小分けされたデセールも複数いただけるから初訪問者には都合が良いのです。珈琲のウマさもわかるしね。
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実は内心、デセールについて期待していませんでしたが、なんとまあ、クレームブリュレ、洋ナシのタルト、ティラミスとすべてのデセールが手作りでした。おいしかった。

こうゆうお食事も花の都パリのお食事を知らない私だから大満足なのですよね。
東京でもNYCでも首都には世界中から一流の調理人が集いお店を持っているのですからして。でも、世界のどこであっても食事をおいしくいただけるということが何より大切なことだと思います。

以上、参考にもアテにもならないココんちの「或る日の昼食」でした、まる


le 28 juillet 2017, Samson



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by ma_cocotte | 2017-07-28 15:24 | Ca etait? | Comments(0)
親を思い出す日
こんにち7月26日に仏蘭西で手に入る暦をながめますと、Anne, J などと記されています。これ、正確には Anne Joachim で、つまりカトリック教¨会の世界のラテン語発音だと「アンナ ヨアキム」にあたります。このお二人は聖人ですが、もそっと核に触れますとかの聖母マリアさまのご両親で、アンナが母親、ヨアキムが父親です。ココでも過去のどこかでこのお二人について触れたことがあったと記憶しています。婚姻後、長年子供に恵まれなかったヨアキム&アンナ夫妻が祈りに祈って誕生した赤子が聖母マリア。アンナとヨアキムは赤子が女児だったにも関わらず、祈りが聞き届けられたことを感謝してマリア(幼児名はミリアムだったそうですが)を初子の男子と同じように神殿に連れていき、神に生贄と共に捧げたとのこと。以上、聖書にはひとっことも書いてありませんが、外伝で今に残るお話でありんす。これ ↓ がユダヤ教の神殿でマリアちゃんを捧げるヨアキム・パパのご絵です。聖霊の鳩ぽっぽがマリアちゃんの頭上に。このご絵、赤ん坊のマリアちゃんがあまりにかわいらしくて、私のお気に入りなのです。過去に、ほうぼうに何度も掲載しました。
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仏蘭西共和国内の旧教の教会聖堂を訪問するとたいてい聖堂内のご像の中に母アンナと少女マリアの像があります。アンナがマリアに本を見せている像など見つけやすいかもしれません。きょうび教育ママの見本は聖アンナか、はたまた孟母三遷の聖モニカ(かのアウグスティヌスのおっかさん)あたりなのかも。例えば、こんな聖像(聖堂の外だけどさ。)オトナの女性が聖アンナで、少女が未来の聖母マリアさまです。
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その聖アンナですが共和国内だとブルタアニュ地方の守護聖女で、ブルタアニュ地方にはサンタンヌ・ドレェ Sainte Anne d'Auray という巨大巡礼地が存在します。国境を取っ払って仏蘭西と言うと「ルルドの聖母」の出現があまりに有名ですが、ここサンタンヌ・ドレェは17世紀に聖母マリアさまのママンがご出現し、多くのひとびとの根っからの改心、つまり回心に導いたのです(← 断定)。

私はサンタンヌ・ドレェには2015年の9月7日に行きました。お天気が良い日でしたねぃ。
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ブルタアニュ巡礼の初日でしたし、あたしゃ「ブルタアニュ」のBの字も知らないのでいろいろ不安もありましたが、この巡礼地はブルゴオニュの某超ウルトラ有名巡礼地(ヒントは聖心)とは違い、相当なトラッドに思えました。抹香を焚いて司祭が導かれる聖務日課をしっかり守っているし、敷地内には永久聖体礼拝所もある。司祭だけでなく修道女会の修院も隣接しているので、ガイドを頼むと聖職者、修道者が案内してくださいます。敷地内には地元戦没者の慰霊聖堂やブルタアニュ地方固有の美術品を展示した博物館もあるので、聖堂訪問はしなくてもそちらでおべんきょできることもあるのではないかと思いますた。はい。

この巡礼地の参道のお土産屋さんにもしっかり聖アンヌとマリアさまの、ブルタアニュスタイルの聖像が売っていました。買えば良かった・・・後悔。
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そして、巡礼地内の博物館で見つけた、これまた大昔の、とってーもブルタアニュな聖像。
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この聖像 ↑ 、脳内をほぐして見ないと、気付くまでにちょいと時間がかかることがあります。一番のオトナの本を持つ女性が聖アンナ、母アンナに寄り添う少女が聖母マリア、その少女が抱きかかえる赤子がヂーザスです。おもしろい。

聖母マリアさまの母上に比べ、ヨアキム・パパの存在が薄く思われますが、それもヨアキム・パパの崇敬はかなり後になって始まったのだそうです。でも、聖アンナや聖母についておさらいすればヨアキムに必ず触れますし、不妊に悩んでいたのは洗礼者ヨハネのパパとママンだけではないということも知ることができました。新約聖書によりますと聖母マリアさまはその洗礼者ヨハネのママンであるエリザベトが懐妊してから3か月もの間、エリザベトのお手伝いに出ていますからね。その日々の中でマリアさまはエリザベトに「ほら、私のママンも高齢出産だったでしょう?」と励ましながら話していたのかもしれません。うん。

私の亡き母も難産で私を出産したのだっけ・・・。今日は私が誕生した当時の親についてあれこれ振り返ってみよう。

le 26 juillet 2017, Anne et Joachim



正教会のイコンのようなご絵を見つけた。





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by ma_cocotte | 2017-07-26 15:12 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(0)
おいしかったですけれど、
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もうやふやふ白くなり始めた今月初日の結婚披露パーリー。
その最後の「イヴェント」で登場しましたデセールがこれ ↑ でござあます。
きょうび日本びとならばひと目でマカロンとわかるかと思います。
でも、この緑色、はて何でしょう?
お店の方に質問したらなんとまあ「お抹茶」ですって。

知ると同時に、私の心の中で「う゛わぁあああああ!こりゃ、入れすぎでしょう!?」の叫び声。
そして、その後に「ま、仏蘭西の田舎だから仕方ないのかな(我が心に、どうどうどう)。

花の都は巴里で活躍される世界の国境を取っ払って有名な菓子職人の方々でしたら、これまた国境取っ払って四次元を飛び交う情けやお報せで抹茶のほんのりとした分量と使い方も知る機会があるのかもしれませんが・・・ココは地の果てアキテエヌですからねぇ。「ほんのり」という感覚も概念にない可能性が高い。

このデセールの中ですが、
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新鮮な果実とチョコレエトクリームで、それをレッドベリー数種のソース(ジュレに近いかも)に乗せてあります。
お口に入れての印象ですが、この色の違いの主張でも想像つくとおり、抹茶もチョコレエトクリームも果実のソースも全部の味がわかりました。噛んで、飲み込む寸前に味が一体化するような感じです。

それにしてもねぇ。
お抹茶をここまで入れずとも、しっかりした主張がお口の中でありますでしょうにねぇ。
この緑の濃さではホウレンソウやミントを想像してしまった私ですが、それは抹茶の存在を既に知っていたからでしょう。

私の周囲の仏蘭西びとたちはこのデセールを「おいしい、おいしい」と食べていました。
それもまた田舎のゾンビだからであってパリの仏蘭西人にどう思われるのか、パリを知らない私にはわかりません。

このデセール。
パーリーの最後のシャンパンセレモニーで登場したのでした。
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新婚のお二人、坊やとしあわせな夏を過ごしてらっさいます。めでたし、めでたし。



le 25 juillet 2017, Jacques








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by ma_cocotte | 2017-07-25 18:32 | The ou Cafe? | Comments(0)
へそで茶ぁ沸かしてまう。
まったくもっての笑止千万。← 嫌味よ、イヤミ。

昨晩のニュウス番組で繰り返されていたことですが、小童!マクロン大統領閣下ちゃまの支持率が早くも就任直後から10%下降し、54%だとか。この数値は神聖賢愚帝サルコぢやフランソワ・オランド王に比べても低いンだとか。
ま、そりゃ、そうだろう。
21世紀に入って16年も経っているのに、どこの誰が39ちゃいの坊やの野望「ボク、ナポレオンになりたい」を心身けずってかなえるのだろう。心身けずって自らの能力と体力を国民のしゃーわせのために削りつくすのが大統領の役目だろうにね。

兎に角、あたし、ココで一度たりとも小童!マクロンについて賛美してないから。
現在まで彼は「アタマでっかちの尻すぼみ」ぢゃん。
キレたらピストル打ちまくる 目ン玉つながりのおまわりさんだっちゃ。

共和国民がマクロンちゃまの御世に我慢するのも残り5年を切りました。長いわね。


le 24 juillet 2017, Christine




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by ma_cocotte | 2017-07-24 15:23 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(0)
小童マクロンちゃまは断捨離が大、大、大好き
先のフランス共和国軍参謀総長辞任の話題。
少し冷静になって思い巡らしたら、エマニュエル・マクロン大統領閣下の粛清は今に始まったのではなく、ちょびっと前のフランソワ・バイルゥ François Bayrou を筆頭に今年5月17日に任命したばかりの MoDem 党(バイルゥが長上)選出の大臣たちが35日後の6月21日に辞任した件を思い出しました。それは表向き、スキャンダル(MoDem党内における資金の不正流用)に端を発していたので、法務大臣となったばかりの党首バイルゥも去るという話の流れになったわけです。

この一件を知った私は「ああ、御用済みでポイっなのね」と正直。
我らが愛する坊やマクロンちゃまが無事、大統領の座に就いたので、もう田舎ゾンビの票なんかいらねーよ、切ってまえ!ということ。愛するかわいい小童マクロンちゃまをゴミ屋敷には住まわせない。マクロンちゃまの周囲の不用品はちゃっちゃと捨てるとな。
同時にマクロン本人だかマクロン周囲のブレインズの狡猾と恐ろしさを実感したのでした。でも、こやつらを畏れないけどねw

というのも、そもそも、前もココに殴り書きましたが、大統領予備選の時点でマクロンがバイルゥと手をつないだのは、マクロンにとって農村部から票を得ることがヒジョーに難しかったから、です。特にマクロンの公私になんら縁のないヌーヴェルアキテエヌね。ココは南部が仏蘭西共和党、北部、中部は仏蘭西社会党が絶対で、中部より下の南東部でバイルゥ率いるMoDem党に一定の支持者がいるのです。社会党政権から離れた新参者マクロンがウマいこと言って騙せるのはバイルゥのMoDem党なンですよ。どーゆー話をマクロン一派がバイルゥに持っていったのか具体的にわからなくても、そこはかとなくミギでそこはかとなくヒダリな思考をバイルゥに話せば「結構簡単に騙せる」というのは今回の大統領選に限ったことではありません。今世紀に入って、いや、前世紀の終わりからかもしれませんけれど、バイルゥの立ち位置はのらりくらりで、大統領選挙のたびに「あれ?前回と考えが変わったの?」という点がひとつやふたつあるのは当たり前でした。まぢ、昭和の化石の私にはバイルゥは日本国で例えるならばかつての民社党かい?と。それくらい綱渡りの揺れ具合が怪しいわけ。だから、今回、バイルゥが予備選段階でマクロン支持を表明したことも「ああ、今はね。いつまで続くやら」とシラけてもいました。

その結果が組閣後たった35日でバイルゥ勢力全員が閣僚から消えたという現実。
このオチを招いた仕掛人って誰だったンだろうなあ。たいしたシナリオライターです。
バイルゥ率いるMoDem党がマクロン支持もあってこうして大統領に当選。おそらく事前に「おマクロンちゃまが大統領当選したあかつきには貴殿には重要閣僚の座をさしあげよう」とお話あって、バイルゥはそんな飴玉に騙されたンではないかと、これまた容易に妄想できるのでした。バイルゥってこれだけ長く、選挙のたびに舞台に上がっているのに未だにどこかあか抜けないし、オドオドしているのも特徴で、彼の醸し出す雰囲気はどこかフランソワ・オランド大統領にも備わっているように思うのです。カリスマやらスタア性に欠けるのかな? MoDem党をマクロンちゃま新党に敢えて飲み込まなかったこともバイルゥには甘い汁が苦菜に転じたわけで、薄暗い密室で「所詮、アタマの違い」とディズニーアニメの悪役のような笑みを浮かべたのは誰なんだろう?5年後に知れるかな?

まあ、マクロンちゃまご一行は頭脳すこぶる良い狡猾者の集まりなので、バイルゥ&MoDem党員に約束果たした35日後に一掃というのは最初からそういうシナリオが存在しており、マクロンちゃまとその仲間たちにとっては完全な想定内だったのだと思います。そして、第二弾が今回の共和国軍方面の人事であり、この度はバイルゥ&MoDemを一掃するよりは手古摺った・・・かもしれません。なぜなら、マクロンちゃまはこんにち金曜日に予定されていたピエール・ド・ヴィリエ将軍さまとの会談をもって、マクロンちゃまから将軍にクビを下したかったのに、その二日前にド・ヴィリエ将軍が自ら辞任しちゃったからね。これはマクロンちゃまとその仲間たちの中におかれましては疳の虫が切れた者数名現れたでしょうね。ド・ヴィリエの野郎、シナリオと演出をぶち壊しやがって!と。(バイルゥもド・ヴィリエのような動きをすれば株上がっただろうに)

でも、ド・ヴィリエ将軍の辞任と同日に信任がすかさず発表と言うのは、すでにマクロンちゃまから新任の将軍さんに話があったことになるし、その翌朝にマクロンちゃまと新しい参謀総長フランソワ・ルコワントル François Lecointre 将軍が南仏はイーストル Istres の空軍基地訪問をスムースに実行なさいましたしね。余談、このイーストルの空軍基地にはココんちの仏人の従妹ちゃんが現在勤務しております。ちょっと前にヨルダンに秘密ミッショーンで飛んだので、昨日、彼女がイーストルにいたかどうか今のところ不明。このイーストル空軍基地、過去にはココんちの仏人の祖父、父も奉職していたのだった。と、ココんちにおいてディープに縁ある場所にマクロンちゃまがいらっしゃった昨日なのでした。

ド・ヴィリエ将軍の辞任劇はシナリオのマイナーチェインジではありましたが、小童!マクロンちゃまと(影の)ブレインズによる粛清・・・ぢゃない、人事刷新は今後も続くと私は見ています。そろそろ大企業の人事に手が伸びるのではないかなあ。 刷新ではなく、人事断捨離。今までの一年、今後の一年でなんら変わらないならマクロンちゃまはポイっと切り捨てますよ、と。
そうゆう思い付きの刷新が世のために善にはたらくならばいいですけれど、個人の野心、野望の実現のためならば近未来はそりゃ恐ろしいこってあります。


le 21 juillet 2017, Victor



でね、昨日の夜8時からのFrance 2のニュウス。
フランス歴史遊園地 Puy du fou の国際的成功について丁寧な報道があったでしょ。
http://www.francetvinfo.fr/france/pays-de-loire/vendee/puy-du-fou-une-recette-qui-s-exporte_2292583.html
欧州では大英帝国とオランダでそっくりのスタイルの遊園地が誕生し、オランダにはニコラ・ド・ヴィリエ Nicolas de Villiers 氏が派遣されているって。彼はド・ヴィリエ将軍の甥ざますね。こんな遊園地についての報道、たんなる偶然のタイミングでしょうけれど、おぢちゃまが仏国軍参謀総長を辞任したところでド・ヴィリエ子爵家は安泰ということでしゅね。





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by ma_cocotte | 2017-07-21 17:18 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(0)
ド・ヴィリエ将軍が去るなり、ルコワントル将軍が選ばれた

55歳ですってよ。
妻あり、4人の娘のパパ。
と、どーでもいいことが気になる。
ま、この世の平和と一致のためにイ動いてくださいませ。







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by ma_cocotte | 2017-07-20 02:15 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
小童っ!の傲慢は日々、膨張し続けております。
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昨日までの熱暑が10度も下がって涼しい朝を迎えることができたのにハエに代わり先ほどからテレビも電脳画面も速報、速報、速報と五月蠅くてなりません。その速報の中身はココでひとつ前に掲載した仏陸軍参謀総長のクビが発表されたことです。なんとまあ、金曜日を迎える二日前に小童!マクロンろん、実行しやがりましたです。たいしたもんだ、小童。



今から数年後になって、あの時のクビについて裏で夫人が強く意見したとか占い師の予言に振り回されただの話が飛ばないといいですけれど。・・・とありえないであろうことを裏返して言いたくなるくらい、小童!マクロンがこうしてひけらかした愚かしい決定が今回の仏陸軍参謀総長のクビ決定だと私は思います。

話が吹っ飛びますが、ちょいと前にカトリック教゛会のヲールドにおいて仏国軍教区の長上である司教さまがストラスブール教区の長上に異動が発表されました。仏国軍の長上だと「司教」ですが、ストラスブール教区の長上ならば「大司教」、俗世の尺度で測れば「栄転」という語が当てはまるのかもしれませんが、しかも発表からかなり早急な異動でもあったので、フェイスブックの仏軍教区ページでは悲しみうろたえる方々の様子を拝察することができました。その彼、リュック・ラヴェル Luc Ravel とおっしゃいますが、かなーり格好いい神父様、司教さまでらして、あたしゃ、数年前にポワティエの大聖堂でナマをお見上げ申し上げたことがござる。胸きゅうぅうううん。外見だけでなく、世界の7つの海にちらばる仏蘭西共和国軍を支えるあらゆる柱のうちの一本としてラヴェル師の導き方はまっことすんばらしかったのです(もちろんその導き方は今、ストラスブール教区で生かされているのでありますが)。

フランス共和国軍において精神的な導き手のリーダーがラヴェル師だったとするならば、実務においての導き手はド・ヴィリエ将軍でしたでしょうに、たった数か月の間にお二人が共和国軍の世界から離れてしまうことになります。うぅううん、これは痛いです。まあ、カトリックヲールド方面は既に新しい長上さまが任命されましたけれどね。なんちゅうか、ド・ヴィリエ将軍の後任には小童!マクロンに「御意」しか言えないマクロンに絶対服従のおぢちゃんだかおばちゃんが任命されるのでしょーから、これからの5年はやはり長く感じることになりそうです。

なんでしょうね。
この頃の地球、プゥチンにしろ、トランpにしろ、ヂョンウンにしろ、なんちゃらアサドやマドゥロと時代逆行を好む君主ちゃんが四方八方でパラサイトしていませんかね?

もしかして地球そのものの終わりがそんなに遠くないのかもねぃ。
フアティマに命乞いすっかね。あたしはしないけど。


le 19 juillet 2017, Arsène ←アルセーヌ!

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by ma_cocotte | 2017-07-19 18:31 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)