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それは、それは、昔の話をほぢくり返して、この世に平和と一致をお与えくださるかしら。
あああ、世知辛いことに振り回されて、忘れるところでした。
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今年10月9日に、ポワティエの大聖堂まで「いつくしみの門扉」をくぐりに行った時、大聖堂内部で中世時代の作品と思われる天井画の修復を見学する機会に恵まれたのでした。

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私はどういう理由だかサダメ(運命)だか、せっかく訪問した名所が必ず何らかの修復中なのです。ロオマのサンルイも、ファティマも、サンチアゴデコンポステッラもそうだった。先ず残念に思うけれど、少し考えて「これは『また、いらっしゃい』というお告げなのだと思うようにして自らを宥める繰り返し。ポワティエもこうして足場だらけでの見学になりましたが、計画では来年春には修復が終わるとのこと。

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↑ これはもしかして聖母の戴冠が描かれているのではないかなあと思います。

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↑ これは下方がはっきりしないのでアレですが、たぶん「天国と父なる神」?

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↑ こりは、我らがジーざっさんざましょ。

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↑ これは大天使のお三方、ガブちゃん、ミカちゃん、ラファちゃん。←それぞれの名前に「エル、=ヘブライ語で「神」のこと」をくっつけてください。



さてさて、ポワティエの大聖堂の天井画は現段階で十分に美しいですが、どういう色が乗せられていくのでしょうねぇ。
修復ですから鮮やかにはならないのだろうと想像しつつも、そーいや、スペインで数年前、ジーざっさんの肖像画を修復したらまったく生まれ変わったジーざっさんの絵になったというスキャンダルがありましたよね・・・まさか、この天井画はあれほどの激変はないと思いますが・・・わからん。

さて、修復されているのは4枚の天井画だけでなくそれを支える柱と壁に描かれている諸聖人も。
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薄くて存在が消えかかっているので確かではありませんが、右は剣のようなものを手にしているので聖パウロ、左はポワティエの守護聖人である聖ヒラリオ教会博士です。

聖ヒラリオ教会博士がなぜポワティエの守護聖人なのかと申しますと、第二代のポワティエ司教だったから。いつの時代にポワティエ司教区のエラいひとだったかと言うと、西暦349年から367年まで。そして、このヒラリオさんはエエところのボンボンで司教になるまで出世街道の真ん中をまっしぐらだったと説明したいところですが、その逆で、ヒラリオさんの司教になるまでは「苦節」で曲がり道クネクネでした。
ヒラリオさん、いちおう315年にポワティエ周辺の貴族の家に生まれています。でも、実家は異教徒だったので、本人の洗礼は345年頃。はい、成人洗礼だったんですねぃ。既に家庭の長、父親だったという説もしっかりあります。そのヒラリオさんが聖職者として実績を重ねているところで、アリウス派という考えがキリスト教において強い力を持ち始め、ヒラリオさんはその思想に納得しませんでした。それゆえ、アリウス派に心酔する当時のロオマ皇帝コンスタンティウス2世がヒラリオさんを東方(現在のトルコ)に左遷、すっ飛ばしてしまったのです。それが355年頃で、ヒラリオさんが再び生まれ故郷に戻ってくるのは361年になります。その5、6年の間、ヒラリオさんが東方で何を体得したかと申しますと、「唄う典礼」です。ヒラリオさんは西方(つまり、ロオマより西)の母国に戻って、礼拝で唄いながら神を賛美することをひとびとに教えました。ですから、今ではもしあの時、ヒラリオさんが東方に左遷されなかったら、西方教会では今も「唄わない典礼」をささげていたかもしれない、と言われています。もうひとつはきょうび、ヒラリオさんよりはるかに有名な「トゥールの聖マルチノ」とヒラリオさんの関係ですな。このマルティノさんはハンガリー生まれで、フランスはトゥールの司教になったことで世界の津々浦々まで知られていますが、ハンガリーからフランスに入国してマルチノさんは最初、ポワティエに寄ったのです。そこの当時の司教がヒラリオさん。ヒラリオさんはポワティエからそんなに離れていないリギュヂェ Ligugé 村の土地をマルチノさんに与え、東方で見聞した「(観想)修道生活」をやってみないか?と提案します。マルチノもその気になって、修道生活をリギュヂェで始めました。ここがおフランスで最初のキリスト教修道院の基礎ができたところなんて話もあります(現在はベネディクト会に受け継がれています)。マルチノはこの修道院で西方におけるキリスト教の修道生活なるものをほぼ熟させた後、トゥールに異動して、司教の座に座ったのでござるな。

以上、あんまり知られていない諸聖人伝。
ヒラリオさんは西方教会(=現代においてはカトリック)だけでなく東方教会(=正教会とも呼ばれる)でも聖人で、東方の世界では「至聖三者ポワティエの聖ヒラリウス」という名称で親しまれているそうです。そういう過去があるせいだかおかげなのか、近年、誰もが知る地中海東岸諸国での東方典礼で生きるひとびとが多くフランス共和国にも難民として移住しており、ココんちあたりでもカトリック教会が東方典礼の移民信者さんのために聖堂を貸したりしていますが、ポワティエでは、流石、大司教区、太っ腹だね。旧市街の聖堂まるごとひとつポンと東方典礼にプレゼントしちゃったのでした。証拠はこれ ← クリック、ぷれぇご。西方教会の建物を丸ごともらったところで、東方教会がそのまま聖堂を使えませんから、リフォームにかなり時間がかかっているようです。でも、聖堂が西方から東方に譲られど、名称は「至聖三者ポワティエの聖ヒラリウス教会」なんざんすね。・・・と、感涙(私だけかw

待降節にいい話ぢゃないか・・・。
おあとよろしいようで。



le 6 décembre 2016, Nicolas de Myrea

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by ma_cocotte | 2016-12-06 17:12 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
マニュエル・ヴァルス 54歳、フランス人になって34年
今さっき、速報で、たぶん、間違いなく、今晩18時半にマニュエル・ヴァルス Manuel Valls 首相が次期大統領に立候補するという情報が届きました。

ふぅううん、そうだとすると、今晩18時半より前にヴァルスさんは首相職を辞するのかな? だとすると、新しい首相は誰だろう?共和国内に住むひとびとにとって大統領職より国内の政治の中心人物である首相の存在が気になるもんです。いずれにせよ、ヴァルスくん同様、フランス社会党の党員の誰かが首相に選ばれることでしょうけれど。

ま、それは国際においてはどうでもいいことですし、国際においてはどうしたってフランス共和国大統領が「気になる存在」です。既に中道より右側で極端なミギを省いた世界においておフランソワ・フィヨン François Fillon が筆頭の次期大統領候補に決定しましたが、中道より左側はヒダリ突き当りまで含めて未だ筆頭候補が決まっておらず、其処此処彼処から立候補宣言者が次々ボコボコ出ており、それが良い芽なのか、雑草の芽なのかも、まだ見定められない感じです。

で、もし、今晩、マニュエル・ヴァルスくんが立候補宣言すると、これまでの芽とは明らかに異なる「金麦の発芽」に値するらしいです。そりゃ、現役首相で、フランソワ・オランド大統領の最重要の片腕がマニュエル・ヴァルスくん(だと思うけど、裏はわからんw)。もしヴァルスくんがしばらく前から次期大統領に立候補するための準備をしていたとするならば(仮定にする必要がないけどさ)、先日のオランド王が次期大統領選挙に不出馬を表明したのもヴァルスくんの立候補の意向を知り、フランス社会党の勝利を導くことを前提に熟考した場合、不出馬を宣言するしかなかったのだろうという筋も見えてくることになります。ただでさえ、フランス社会党内の分裂が甚だしいとウワサが広まっているのに、もしオランド王とヴァルスくんの両方が立候補したら、現時点で仏社会党の負けがはっきり予言できちゃうからです。

そのマニュエル・ヴァルスくんですが、1962年8月13日、スペインはバルセロナで誕生しました。現在、54歳。なぜバルセロナでお誕生なのかと言うと、ご両親が外交官でも留学生でもなく、ヴァルスくんの場合はお父さんがスペイン人だから、スペインのバルセロナで産まれたのです。が、ヴァルスくんを産んだお母さんはスペイン人ではなくイタリア人です。はい、ヴァルスくんはスペインとイタリアのハーフです。1962年の8月24日には幼児洗礼。昔の典礼だから聖堂の入口から祭壇経由で洗礼盤、また祭壇に戻ってとたらいまわしだけど荘厳なお式だったでしょうねぇ。
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この写真 ↑ の右がミサごたえなさるマニュエル・ヴァルスくん。左は妹のジオヴァンナ Giovanna さん。どういう経緯かわかりませんが、ヴァルスくんは高校卒業前後にフランス軍に志願、軍経由でフランスの大学に進学し、20歳の時、フランス国籍を取得しました。

はい、その時までマニュエル・ヴァルスくんは共和国にとって「ガイジン」だったンです。

そのヴァルスくんが次期大統領に立候補するンですよ、奥さん。
これ、エイメリカ合衆国では「できません」
ほれ、アアノルド・シュワルツネガーが一定の人気があったので合衆国大統領に立候補か?とウワサになったところで、先祖遡っての移民歴が原因で立候補できないという話題がありましたよね。ですが、おフランスではそういうハードルが「ない」。存在しないようです。両親共にガイジンで、自身もフランスびとになって34年の移民一世、元ガイジンでも、こうして立候補し、現状だと間違いなく中道左派筆頭の候補者のヴァルスくんが来年の初夏にエリゼ宮殿の最長上、王座に就くこと、かなりの確率で「ありえーる」のです。

すごいですよね、フランス共和国。心が広いのか、懐が大きいのか。
共和国に集うすべての「国民を信じている」がベースですよね。でなけりゃ、数多の共和国民が移民一世の個人を国父にできます?

日本国という国では今でも在日外国人の差別、区別を楽しむ日本国籍者がゴマンといることを思うと、日本国内のそういう快楽をどう解釈すればよろしいのか。解釈に至る前に「恥」の感が発生します。

さあてさて、今晩、ヴァルスくんは出馬宣言するのかなあ。するのよね、きっと、まちがいなく。
私は先週までフィヨンに萌えたけれど、冷静になったら「貧乏人の敵」なので、たとえカトリックを棄てて現在は石工さんであっても、貧乏人のためにイ動いているヴァルスくんに私は同情していく予感がしまーす。あたしゃ、投票権を持たないので無責任どぇすけれど、貧乏なひとが苦しむ悩む姿を私は見たくないの。それだけは世界のどこであろうとはっきりしている私個人のこり固まった考えです、まる


le 5 décembre 2016, Gérald

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by ma_cocotte | 2016-12-05 17:10 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)
国王様、お疲れ様でございました。
昨日の夜8時頃から主だった放送局からいつもの番組ではなく予定外の大統領からのメッセージが放映されました。(フランスではよくあること) 最初、なぜこういう放送になったのかよくわからないままでしたが、画面には共和国国旗とEU国旗を背にしたフランソワ・オランド大統領が映りっ放しだったことで、ようやく私のツルツル脳が「もしかして次期大統領選挙の立候補宣言?」と思いつきました。が、しかし、オランド王の5分足らずの演説の最後の〆は、次期大統領選挙には出馬しない というものでした。«J'ai décidé de ne pas être candidat au renouvellement de mon mandat.»

耳に入った瞬間はこんな私でもヴぃっくりしましたが、数秒後にはオランド王の決断に敬意の感情しか持てず、「これまでおつかれさまでした」とつぶやくに至りました。オランド王は大統領ですから政治そのものだけでなく経済、労働、教育、社会福祉もろもろを突っついたら善玉菌、悪玉菌が飛び出してキリがなくなりますが、私のようなただのおば(あ)さんからオランド王による大統領の御世4年数か月を振り返ると、あまりにも陰惨なテロ事件が続き、そのたびにオランド王は私情抜きに対応してきており、どれだけオランド王の心身に堪えたかと考え始めると、やっぱり「おつかれさまでした」としか言葉になりません。天においては必然だと言われたらそれまでですが、サルコぢ前大統領の御世においてのテロ事件数とその規模はフランソワ・オランド王の御世のそれらとは比較すれば明らかな違いがあり、大統領職を離れ、時を見計らって政界復帰し、政党党首になったサルコぢが近年のテロのたんびに身軽に事件先を訪問しては、市政や諸宗教のエラいひとに会い、時には宗教礼拝にまで参列して自己アピールに必死だったので、その動きを知っているといっそう昨晩のフランソワ・オランド王の不出馬表明に同情を覚えたりもしました。

ウソかホントかわからないけれど、昨晩の生放送後に続いた特別番組の中で、フランソワ・オランド王は不出馬についてひとりで決め、最終的な決断に影響したのは元パートナーのセゴレエヌ・ロワイヤルと二人の間の子供たち四人だったそうです。昨日は一日中、オランド王から笑みが消えることがなく、何かから解放された故だったのかもしれませんね、と。ふぅうううん、なるほどなあ。オランド王と(我らが)セゴ姐二人のマリタル(婚姻せずに子供も存在する男女の同居)関係はオランド王が大統領に着座する以前に解消されており、オランド王が大統領の座に就いた時は無駄にキレいな中年女性をパートナーとして伴っており、その女性とも中途で破局。その破局と前後して女優ちゃんとのスキャンダルも飛んだわけですが、結局、大統領職最後には「元の鞘に戻る」のごとく、セゴ姐と二人の間の子供たちがオランド王個人のチカラになったということで。深いなあ。他人事ながら何か学んだような気になってます、あたしw

セゴ姐はオランド王とは大学生時代からの同級生であり、社会党青年層の同志でもありました。成人してからずっと二人は一緒だったと言っても過言でも大げさでもないように思えますが、書類上で離れたとは言え、おそらく生涯のカウンターパーツのオランド王に慈愛をもっての慰めの言葉をセゴ姐が与えたのだろうなあというのも容易に想像がついたりもします。「もういいンぢゃない?」みたいな、ね。それは、もしかすると「おつかれさま」に繋がるのかもしれませんが。フランソワ・オランド王の身分が何でアレ、フランソワ・オランドそのものの心身の器の大きさを知り尽くしている現時点での筆頭はセゴレエヌ・ロワイヤル女史であることは間違いないかもしれません。二人の間の子供たちの中で既に成人しているお子たちはオランド王またはセゴ姐の活動サポオト職にあったりもしますから、今後は二人のお子たちをどのように成熟させ、完全に独り立ちさせるのかという楽しみが婚姻関係がまったくなくても、両親として共通の喜びと苦悩でもあるのでしょうね。(図らずも感涙w)

昨晩から一夜明け、報道では敵対する左右野党や、オランド王と同じフランス社会党から既に次期大統領候補に出馬宣言している諸氏へのこの件についてのインタビュウも繰り返し流れていますが、オランド王の判断は賢明である、という意見も聞こえ、これまた「なるほどな」と感じ取っているところです。

フランス共和国の大統領職は現在、任期5年で再選回数一回、二期まで。だから、最高10年の間、ひとりの人物が共和国大統領の座に就くことができます。この権利から途中で去る、つまり次期大統領選に出馬しない人物はフランソワ・オランド王が「はじめてのひと」になりました。昨晩はオランド王の不出馬を知った直後から私の脳内映画館では一昔前の仏社会党から大統領選本選に出たリオネル・ヂョスパン元首相の敗退と、ニコラ・サルコぢの決戦敗退の映像が繰り返し上映されました。フランソワ・オランド王はその両者とも異なるクライマックスになりそうです。

オランド王は大統領職を離れた後、どうするのだろう?
サルコぢのように米国かスイスに移住ではないか?なんてキラびやかな妄想は何一つ沸かず、まさか人口より牛馬が多いほどの静かな故郷に引っ込んでしまうのかしら?・・・という妄想が出てくる始末。レ島に移住しちゃったヂョスパン元首相より若いので、田舎に引っ込むには早い気がしないでもない(もう決め付けているw)


le 2 décembre 2016, Bibiane

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by ma_cocotte | 2016-12-02 15:55 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)
モグラの勝利
昨日、2016年11月27日は中道右派による次期大統領筆頭候補選出のための最終予備選(第一回選挙での上位二名による決勝)の日でした。ココんちあたりは朝からずっと好天でしたので、投票場もひとが集まっていると思いきや、第一回投票に比べると閑散としていたらしいです。もともとフランス社会党の党員ばかり住む町なので、第二回投票となりフィヨンvsヂュペと決まったところで、どちらが選ばれても所詮同じ、どちらか勝った方に負けた方が従うのだからさ、という見切りがあったのでしょうね。私も木曜日を境にこの件についてのヒートダウンが甚だしく、正直、ヂュペの逆転勝利もあり得るンではないかい?と内心思っていましたが、私がどう思おうと私はこの仏蘭西共和国では投票権を持たないガイジン。近未来の大統領に「ガイジンは共和国から出て行け」と命じられたら出る立場です。ココんちの仏人♂は午前10時になる前、2ユーロを手に投票場である近所の小学校に行き、フィヨンに投票したそうです。たかが一票、されど一票w

兎にも角にも、昨日は投票締切の午後7時から一時間半後の午後8時半頃にはフィヨン圧勝の報が飛び交いました。地図を添えての対戦結果は以下のとおり。

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藤色がフランソワ・フィヨンで、66.5%
きれいな水色がアラン・ヂュペ、33.5%

と、ヂュペさんが勝利した県は共和国内本土では一週間前の第一回戦より減ったものの、地図の右下に一覧として掲載されている海外領土・海外県では善戦だったように思います。数字から見ても、初選で敗退したサルコぢ、ルメェル、ポワソンがフィヨン支持、ナタリ姫とコッペ(パン)がヂュペ支持を表明していましたから、おそらくサルコぢの支持者の相当数がヂュペに投票してこの数字になったのではないかと思います。そりゃ、自然の成り行きですわな。この数値でまぢ、他人事ながら安心しました。

で、ヂュペの敗因ですが、第一回投票日の翌日月曜から水曜までフィヨンの悪口、うわさ、デマの発信が過剰だったので、木曜夜のデバからいきなり「知性のヂュペ、都会的なヂュペ」をアピールしたところで時間が足りなかったように思います。それと、ヂュペは共和国の未来について「現状維持」の姿勢が強く、それって現政権、仏社会党の方針が現状そのものですから、ヂュペは社会党員ではなく仏共和党員なのに「話がおかしくないか?」となります。初戦第二位で決勝進出を決めた直後にヂュペは「攻める」と宣言したのに、未来については守りに徹していたようです。そう思えたのも、一方のフランソワ・フィヨンは「それって非現実的ではありませんか?」と思えるほど、もし自分が大統領になったらば、ああする、こうする、といろいろな改革案をずぅっと繰り返していたのです。それは予備選始まってすぐ、フィヨンが人気第四位前後をうろうろしていた時からです。昨日までの最後の一週間も、ヂュペ陣営からフィヨンの私生活についてのデマが次々出ても、そんなのは薄笑いの表情のみで開き直りと相手にしない姿勢を貫き、ひたすら「もし自分が大統領になったらば」の改革案を連日、繰り返していました。だから、昨日の、フィヨンの勝利宣言では自分の提案を多くのひとが知ってくれた結果だと。なるほどねぇ。それにしても、フィヨンさんはヂュペさんとそのブレインズに上から叩かれ、横殴りされても、よく耐えましたよね。あれでヂュペ陣営からの攻撃に応戦していたら、昨日の圧勝と認められる数値には至らなかったことでせう。

傍観している私個人の偏見に過ぎませんが、この頃の共和国民は政治においては大きな改革を提案し、私生活においては一昔古い時代のスタイルで生きている人物を大統領に、国父さんにしたいのかもしれない、と思いました。神聖賢愚帝サルコぢ以降、フランソワ・オランド王にしろ、今回の中道右派予備選にしろ、私生活でスキャンダルを流されている政治家の方がマヂョリティです。

さてさて、フランソワ・フィヨンさん。来年の初夏にはエリゼ宮の長上となるでしょうか。

中道右派がフィヨンさんに決まって、次は中道よりヒダリの次期大統領候補が次々と登場します。既に立候補宣言している方々含めて、もちろんオランド王と等しく、私生活スキャンダルの宝庫です。



le 28 novembre 2016, Catherine Labouré

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by ma_cocotte | 2016-11-28 15:38 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)
理想と現実の大違い
私個人の心の中ではかなりどうでもいい事項になってしまった、明日の中道右派の大統領筆頭候補選出最終決戦。はい、フランソワ・フィヨンvsアラン・ヂュペ。

おとといの夜に放映された両者のナマ討論番組以降、なんとなくアラン・ヂュペが挽回しているように思えます。その翌日の昨日の夕方からはフィヨンがパリ、ヂュペがナンシーで決戦前最後の演説をしたので、これについてもニュウス専門チャンネルで「なんとなく視聴」しました。内容はともかく、フィヨンよりヂュペの方が演説のスタイルがよろしい。米国人がスピーチ指導しているのかしらね。目線の動かし方がとてもうまい。フィヨンは原稿凝視する時間が長く、これは米国だったらダメダメです。ところが、スピーチ上手だったヂュペさん、ナマ討論の時はなぜか上半身が右に左にかなり揺れていたので、これはマイナスポイントだった気がします。

王様が存在しない仏蘭西共和国という国は不思議なもので、近隣諸国の王族とヴァチカンの教皇(カトリック教会での最長上さん)について尋常でない意識を持っています。こんなに意識するならば国王をギロチンにかけなきゃよかっただろうに、と思いますけれど、あの革命での行いはそれなりに賛美しているひとがいるにはいます。これも、共和国の観点からであって、そのカトリック教会からの見方をすれば革命から始まった残忍なカトリック聖俗信者への迫害は今でも絶句に値する涙、な~みだの過去なんでありますな。

だから、今も影でコソコソ涙を流している共和国民がたのハツをつかまないと、革命賛美だけでは票獲得に安心できないのが中道よりミギなんです。中道よりヒダリはそこまでの意識はないし、かなぐり無視の票田だったりします。

フィヨンもヂュペも「ロオマ教皇は我の味方」と錦の御旗を掲げたいのは当たり前ですが、仏蘭西のまじめなカトリック信者の多くは田舎に散らばったゾンビですので、フィヨンさんとヂュペさんが次々と提案する難しい話についてよくわかりません。農業改革についても村のたまり場あるバアなんぞでそれぞれのリーダーの話を通して「そうなんだっぺ。んだんだ。」となります。でも、単純な水域だと、どうしたって、誰もが一度は学んだ要理(カテシズムというもので、信者としての生き方のベースがわかりやすく箇条書きされている本)をもとに「他人(ひと)を見る」。その短絡的な域だと、どうしたって離婚経験なしの子沢山で毎週日曜に必ずミサにあずかっているらしいフィヨンさんが「わしらにはいいんでねーの」となるわけです。国父さまはみんなの見本であってほしい、というのも手繰り寄せれば要理やら結婚の準備講座で教えていることにつながったりします。
だから、きょうの時点でもフランスのカトリックヲールドではフランソワ・フィヨン優勢でごわす。

でも、何度も繰り返しになっちゃうけれど、21世紀に入って15年を過ぎた仏蘭西共和国に生活宗旨を守っているカトリック信者(家庭)は5割を大きく切っているので、上に長々書きなぐったことは勝敗を見定める票読みの参考にもなりゃしません。

でも、単純に言えることはロオマ教皇は宗教者であって、フィヨンもヂュペも政治家であることです。

前者はこの世における究極の理想を語るけれど、後者は現実において究極の理想を語るなんてしません。

この点でフィヨンが同性婚法案と堕胎法について曖昧なのはカト的に正解。
明日だけれど、ヂュペ逆転もあるンぢゃないかなあ。ひんやりw
月、火、水と徹底的に低俗なフィヨンについてのウワサ、デマ、批判を流し、木曜からは徹底して人が変わったようにヂュペの知性を売るってなかなかの戦法ですよ。まるで、目からウロコのパウロぢゃん。勉強になりました。


le 26 novembre 2016, Innocent

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by ma_cocotte | 2016-11-26 18:06 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)
たとえ暴言吐こうとも、そこに理がなければやかましいドラに等しいw
昨晩、8時半頃から始まった中道右派大統領候補決定のためのフィヨンvsヂュペ最終ナマ討論番組を「~しながら視聴」しました。あたし、選挙権を持たない共和国での員数外なのであんまり真剣になれないの。先日もつぶやいたとおり、今後、中道左派からそれはあたし個人にとってチャアミングな人物が大統領候補になったら、あっさりフィヨンにさよならすることもよくわかっているので。ええ、柳に風なんです。

で、昨晩。
二時間の長丁場も穏やかに終わったって感じです。
もしこれで一方にサルコぢがいたら、両者がワーワーと同時にわめきたてる頂点が必ずあったと想像するのはあまりに簡単(だって、サルコぢがいるところ、対話の相手が誰であろうと必ずそのシチュエイシャンがあるw)。サルコぢがいると、まじめに第一言語が仏蘭西語でない私には耳からやがて脳までおかしくなります。やかましいドラぢゃね。両者おそらく何かをきちんとしたフランス語で叫んでいるのだろうけれど、私には内容がまったくつかめない。単語も拾えない。それくらいのやかましさでした。ところが、昨日はフィヨンvsヂュペ。何度か同時にしゃべくることはあったけれど、サルコぢみたいな無駄な高波にはならずに済みました。

思うに、だけれど、ヂュペ陣営は昨日木曜夜のナマ討論前日ギリギリまでフランソワ・フィヨンの人格に関わるデマ、ウワサ、批判を次々とあらゆる手段を使って流すけれど、昨日のナマ討論当日は朝から本番まで終始、ヂュペ本人の言動で「知性」しかアピールしないっちゅう作戦だったンでしょうね。だから、昨日のナマ討論番組でヂュペが紳士的に、あの低めの甘い声で理路整然と自己計画を説明するのは好感度アップ効果が増すわけ。・・・・あっは~ん、参謀の誰が仕組んだのか知らないけれど、悪い作戦ぢゃないわよ。今朝のニュウス専門チャンネルの報道だと、昨晩のナマ討論番組終了後、アラン・ヂュペの支持率が40%台に達したのだとか。

おとといまでのアラン・ヂュペ陣営から次々と発出するフランソワ・フィヨンについてのウワサのせいで、フィヨンの味方は「カトリックの生活宗旨を守っているひとびと」であり、ヂュペの味方は「幼児洗礼(良くて堅信)を受けただけでその後は教会から完全に離れているひとびとと非神論&地上天国信者」というお取り巻きのアイデンティティの違いがいっそうはっきりした感があります。だから、今週に入って、今世紀に入って以降、出たり引っ込んだりしている限りなく極右に近い有名政治家(その筆頭はヴァンデに君臨するフイリプ・ド・ヴィリエ元貴族)がフィヨン支持を表明しており、それがわかればもちろんアラン・ヂュペ側は「フィヨンは極右とつながっている。」と騒ぐわけで。でも、アラン・ヂュペの人生そのものはどうにもカトリックで生まれ育ち、今も生きているひとびとには「受け入れがたい」のです。これはどうにも日本人にはわかりにくい点なんですが・・・。

・・・で、ちょっと、しばらく前から気になっていたこと。それは「フィヨンのカトリック(信仰)」について。もちろん、カトリックっちゅうのは(宣教国でない)欧州においては家族宗教であり、代々受け継がれる生活宗教です。これは同じ祖であるユダヤ教でもイスラームでもおんなじ。だから、フランソワ・フィヨンの信仰は「親あっての今がある」というのが大前提になります。そこで、フランソワ・フィヨンの親。お父さんがヴァンデ県の出身だったのです。ああ、なるほどね。今の仏蘭西共和国の中で大革命直後から独自のカトリック信仰を地元民が守っていることで知られているのがヴァンデです。で、ちょいと上に書いたヴァンデの超有名人フイリプ・ド・ヴィリエ(元貴族)とその一族がフィヨンを贔屓するのだな・・・とちょっとね、私はそう思いました。


兎に角、アラン・ヂュペが我こそ、フィヨンよりフランシスコ教皇の考えに近いというアピールは、間違いなくボルドオ大司教でありヴァチカン本丸の枢機卿であるリカアル師がついうっかりプっと噴いています。

ヂュペは今日からまたフィヨンの悪口を次々と噴くのかなあ。
全国紙がこの事実についていい加減にしてくれ、と記事にするくらいですから、止めた方がいいと思うけれど、陣営の作戦であってもこの行為で泥をかぶるのは長上のアラン・ヂュペですからねぇ。

ま、ココんちでは現段階で、あさっては2ユーロ持ってフィヨンに投票!です。



le 25 novembre 2016, Catherine d'Alexandrie

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by ma_cocotte | 2016-11-25 16:26 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)
ゴボウ抜きで飛び出た杭は打たれまくる。
その杭の名前はフランソワ・フィヨンで、アラン・ヂュペのトンカチに打たれ、ピストルで撃たれまくられている状態がずぅううっと月曜から続いています。
先の日曜夜に中道右派の次期大統領候補決定予備選でフランソワ・フィヨンが首位、アラン・ヂュペが二位となり、決定直後にアラン・ヂュペが「私は戦う!」と勝利宣言演説を締めくくったところまではどこか詩的に思えなくもありませんでしたが、翌月曜日からヂュペはただただフランソワ・フィヨンについて公私混同で批判と子供じみた嘘を次々と流し続けて、きょう木曜日。きょうの夜はFrance 2(当初はTF1だったのに)でお二方のナマ討論番組が放映されることになっています。

兎にも角にも、その連日、ヂュペ陣営から発表されるフィヨン批判とウワサがあまりにくだらなすぎて、どうにもヂュペ陣営の戦法は誤っているとしか思えなくなりました。そればかりが流れてきて、肝心のヂュペ本人が「もし大統領に選ばれたらボクはこうしたい、ああしたい」がまったく我々の眼にも耳にも届きません。そりゃ、こちらが努力して探せば見つけられますよ。確かに数日前までのエイメリカ次期大統領戦において勝利したダアナルド・トゥランp氏はずぅううっと自画自賛と他の存在への痛烈な批判と嘘を無駄に叫んだことで勝利したけれど、これは悪例であって善例ではないと捉えた私がココでもやっぱり員数外でした。たった数週間でマネしたアホをこうして共和国ン中で目の当たりにしているのですから。

連日、ヂュペ陣営から発出されるフランソワ・フィヨンについての悪いウワサですが、昨日の午前は「フィヨンは極右とつながっている」、そして昨日の午後にはとうとう「フィヨンは反ユダヤ主義者」ですよ。これには呆れました。この事実を私が知ったのもフェイスブックの壁に届く報道からでしたが、コメント欄を覗くと、この月曜からのヂュペがしかけるフィヨンへのこの攻撃について「お腹いっぱい。吐き気を催してきた」と感じている共和国民が多いことがわかりました。多くのコメント欄に「もうヂュペからのこのやり口を気にするな」という意の内容がありました。

この分だときょうの夜のナマ討論ですが、ヂュペさんの口からは「あなたはカトリックの超伝統主義者」「極右とつながっている」「堕胎法に二枚舌」「LGBT差別者」「反ユダヤ主義者」とばかり出てくるのですかねぇ。うへぇ。

確かに振り返ればこの秋になって以降、中道右派の大統領候補はアラン・ヂュペで決まりだろうという予想が常に流れていたわけで、先の日曜日の第一回投票でフランソワ・フィヨンが首位に躍り出た事実は誰にとっても想定外に値しました。もしかしたらアラン・ヂュペ本人とその取り巻きにとってはこんなに面白くないことはないのかもしれませんが、首位奪還するにせよ、こういうあまりに程度の低いスキャンダル流しで人心を取り戻そうという方法は、「近未来の国父」が行っていいことなのですかね? とても国父に従う羊はマネする気になりませんが・・・ヤギはするでしょうけれどね。

この四日間、フランソワ・フィヨンさんはヂュペさんに同じ方法で仕返すことなく、淡々とこれまでの戦法を続けて今日を迎えました。作戦勝ちに思えます。昨日の夜の時点のアンケート調査で既にフィヨンの支持率70%に届きそうなところだそうで。

今朝早く、私が見たニュウス専門チャンネルでは同じ広場でフィヨン陣営とヂュペ陣営がビラ配りしていましたが、通りすがりのひとびとがヂュペ陣営のひとびとに厳しい顔で言い返していたのが印象的でした。でも、本当にヂュペ陣営が次々と出すフィヨン氏についてのウワサはちょっと考えればブーメランで「そりゃ、ヂュペさん、あんたでしょ? あんたが深海で極右とつながっているぢゃん。」と突っ込めるので、この戦法は自滅ではないかと思います。作戦ミスですよ。

以上、今晩の最終決戦直前のフィヨンvsヂュペのナマ討論、ぼんやり視聴することにします。

ヂュペの声、嫌いぢゃないけど、その声で他人の批判を言の葉に乗せるって悪魔っぽいよねw
ヂュペから出る今日の悪口は何だろう?とちょと思うけれど、まぢ、もう、お腹いっぱい。
ヂュペ陣営はいい加減、自分たちの戦法のせいでフィヨンへの(単純に「かわいそう、気の毒」という感情だけの)同情票が集まっていることに焦らないと、もう挽回の時間はありません。



le 24 novembre 2016, Flora

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by ma_cocotte | 2016-11-24 15:21 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)
仏蘭西の今のコレはエイメリカのアレと似ているかも。
欧州中華思想国である仏蘭西共和国のきょう。Bof
世界に遍く日本語を使うひとびとにとってはエイメリカの大統領選挙の行方と違い、お仏蘭西の次期大統領選挙の、それも中道右派限定の予備選挙なんてどーでもいい、知らなくても生きていけるンですけれども、あたし個人はいつもどおり自分勝手に備忘エントリィざんす。

昨日の晩の私は午後7時頃から午後9時半頃まで、最初にトゥールーズで開催されたアラン・ヂュペの演説、続いてリヨンで開催されたフランソワ・フィヨンの演説をニュウス専門チャンネルを通してぼけーっと視聴しました。トゥールーズもリヨンも共和国内のハブ都市ですが、リヨンの方が区政を如くほどの大都市ですね。ふむ。

まあ、視聴を終えて一夜明け、私は電脳波乗りを繰り返し、ひっくり返ったところの掲載文を読んではああでもないこうでもないとニヤニヤしつつ、こうしてタイプを始めました。タイプする前になんとなーく思ったことは、タイトルにつながることで、どうにも米国に比べたら吹けば飛ぶよな国土の仏蘭西であっても今の段階で花の都パリ(米国だったら大西洋側、太平洋側の商業圏かつ有名大学を抱える諸大都市)と、欧州一の農業国である仏蘭西共和国の中の田舎のニンゲンの捉え方が仏国籍保有者であろうとなかろうとかけ離れていて、それは数日前の米国大統領選挙の結果の分布に重なることでした。

ミッテラン時代の政策で、職種によって拠点を地方分散させたとは言え、こうしてニンゲンがパリと田舎で入れ替わりがあってもまだ「大きな違い」があるのは私個人においては興味深いです。

今朝は仏蘭西語の記事で、フィヨンが(ヂュペ支持を発表した)ナタリ・コシュスコ・モリゼ姫に「もしボクが大統領になってもキミを大臣のいずれかに指名しないよ。なぜならキミは今妊娠中」というもんを見つけました。へー、今年3月に離婚したばかりのナタリ姫、現在妊娠中なのね・・・(別に驚かないけど)でも、この記事は紙の悪い雑誌ではなく全国紙が流した話題ですからね。信憑性はある程度あるのではないかと思います。

そんなナタリ姫の妊娠や今後の就労につながる話題になるのも、おそらくフランソワ・フィヨンvsアラン・ヂュペの対決において同性婚姻法案について意見がはっきり割れているからなのだと思いました。フィヨンは法案見直しを公約に掲げており、今までどおり「父、母の項目を残す」と。一方のアラン・ヂュペはこのまま父母の項目ではなく親1、親2で男女の親であろうが同性の親であろうが記載は「同じ」を貫くと。ふぅううん。田舎に住む私からすると、フィヨンさんがおっしゃるとおり、男女の間に生まれた子供について父母別で記録を残すことは尊重すべきことに思うけれど、都会に住む洗練された方々には万民の平等条件こそがザ・ベストのようです。これについては一度はココんちあたりの高波に乗って同性婚姻反対集会のためパリまで上ったココんちの二人ですが、今は静観に努めています。なぜならうちには子供がいないから。実子も養子もいません。ところがココんちあたりで積極的にこの運動に参加しているひとびとは現実で親であり、子供なんですね。そして、集会の現場には同性愛者であっても新たな家族制度には疑問を持つ方々も多数いらして、真剣度がココんちの脳みそツルツルコンビの意識とはまるで違うのです。当事者でもないハンパな気持でお気軽参加はできない集会だと思いました。

そんな仏蘭西の超ウルトラスーパーど田舎に住む脳みそツルツルの私ですが、運がいいと今になって思うことは仏蘭西に住み始めて最初の土地はプロヴァンス地方で極右政党の市長が治める町だったこと。こういう土地、多くの仏蘭西びとはウワサと知識と屁理屈で「そんな恐ろしいところには住めない」とばかり叫びますが、実際はそんな極右市長の町にも多くのイスラムの生活宗旨を守る移民が生きていました。おまけに南仏はユダヤんも多い。欧州系だってフランスの苗字よりイタリア、スペイン、アルメニアの苗字の方が多いくらい。だから、知りたくなくても彼らと関わっていれば自ずと、イスラムだろうがユダヤんだろうがカトリックだろうがそれぞれの家庭のあり方がわかってきます。だから、今の話に戻って例の同性婚法案反対運動を単純にカトリックに関連づけてあれこれ、つべこべ言っている人は実はこの問題点はカトリックだけでなくイスラムにもユダヤにも深刻な問題であることを知らない。私のような子無しとは別のところで考えが浅いんですわ。・・・ゆえに、今週のアラン・ヂュペがフィヨンの同性婚姻法案再考の提案を受けて「フィヨンはカトリック超伝統主義者だ」とレッテルを貼るのは、実はヂュペがこの運動に参加しているひとびとの構成についてよく知らない証明になります。だいたい今のフランソワ・オランドとその仲間たちの7割がフリーメイソン会員と言われており、そのフリーメイソンの思想において「家族制度破壊」が存在するのですから、世界の波に乗ったというのは言い訳のひとつに過ぎないことも知っているひとは知っているのです。だから、この話題がフェイスブック経由の全国紙記事に載り、それぞれのコメント欄を見ると同性婚姻法案見直しについて「ようやく時が来たね」という意見が多いです。なぜかと言うと、この法案が決定する前に国民投票をフランソワ・オランドが行わなかったことに疑問を持つ共和国民が多いからです。ココんちあたりでも当時、「もしサルコぢが大統領なら国民投票を実行しただろうに、これが社会主義の本性」と批判するひとが結構いて驚いたものです。なぜなら、ココんちあたりは伝統的に社会党優勢の土地だから。

話戻って、今週のアラン・ヂュペくん。
いくらゴボウ抜きで首位に飛び出たフィヨンくんを叩き潰すためとは言え、同性婚姻法案再考と有名なソレムの僧院(カトリックのベネディクト会の壮麗な修道院がある)の近所に住まいがあることで「超伝統主義者」とレッテルを貼るだけでなく、そこに堕胎についてフィヨンは二枚舌だとまでウワサを流し始めたのでした。これも、カト的にはヂュペくんと陣営の的外れがいっそう顕著になりました。ソレムの僧院は確かに歴史においても知られる観想修道院ですが、フォンゴンボ修道院に比べたら別に普通の典礼ですし、ソレムの近所に住んだところで伝統主義のレッテルを貼れる方が摩訶不思議。なんか本当にヂュペの陣営はあのカトリック力満点のボルドオにも関わっているだろうに現代カトリック音痴ばかりだとわかります。ソレムからそんなに遠くない森林の中にあるフォンゴンボ修道院は現在でも第二ヴァチカン公会議前の背面のラテン語典礼をささげていますが、ヴァチカンとの近さは共和国一と言われている員数外にとっての矛盾があるのも事実w 堕胎法についてはフィヨン夫人が40歳代後半で男児を出産したことは彼女個人の宗旨に関わるかもしれませんが、既に堕胎法が存在することと堕胎の選択をする世間全体のニンゲンの思考判断についてフィヨンさんが罪だの科だの口突っ込みましたかね? 突っ込んでいませんよ。21世紀のおフランス、国民=カトリックぢゃありません。ちょっとココんところで気になっているのが、ヂュペがフィヨンを批判すると、同じ話題でヴァチカンから何らかの話題が出ること。きょうは「堕胎」ね。おととい21日にフランシスコ教皇さまが人工妊娠中絶した女性信徒に赦しを与える権限を世界各地の全ての司祭に認めると発表したのだそう。これについては、このエントリィでは深く突っ込みまへん。

以上、長々まとまりのない駄文を書きなぐりましたが、都会に住むひとびとがせせら笑うのも予想つきます。でも、そうは言ってもエイメリカの大統領選挙で田舎もんがトゥランpに票を投げた現実は小国仏蘭西にもつきまとっている気がしてなりません。

加えて、昨晩偶然視聴した「マツコの知らない世界」で東京都内のコインランドリー分布図でマツコさんが空白域を見つけ、それはおそらく田園調布から二子玉川近辺だと。なるほどなあ、仏蘭西でも同じで富裕層の地域に住むとかえって「今を知らなくなる。今に乗り遅れる。」のだと、ココんところのフィヨンvsヂュペ論戦における意見分布図と重ねてしまいました。

あー、そーいえば、環境問題についても今日あたりから全国紙が両者比較を掲げ始めましたが、原子力発電所については両者とも古い原子力発電所はすべて灰炉にすると言っています。どこかのサルコぢがアルザスの原発について、アルザスには海がないからフクシマのように津波はこない。維持する!とそれは面白おかしく漫才のように演説し、観客席から大爆笑という、視聴しているこちらが吐き気を催すようなことをやらかしたことを今でもはっきりフラッシュバック。原発を中心に据えると、心底、ニコラ・サルコぢが予選敗退したことをどこぞに感謝ざます。


le 23 novembre 2016, Clément



こうして連日、仏蘭西共和国次期大統領中道右派の予備選やら決選投票についてだらだら駄文を連投している私ですが、今度の日曜に筆頭候補がわかった後、仏蘭西ではフランソワ・オランド現大統領も立候補するかもしれない中道よりヒダリの次期大統領予備選が始まるのです。つまり、ココんちのようにどこの政党の支援者に登録していないと、ヒダリの選挙戦が始まって、それはチャアミングな候補者が現れたら、現在の「フィヨン贔屓」なんぞいとも簡単に捨てて、そちらの応援に走ることになります。抜本的にココんちあたりは社会党が超ウルトラ優勢の土地なので、おいら、その波に飲まれるンだろうなあ。

そんなもんです、田舎もんw

ココんちあたりのかつてのサルコぢストや同性婚姻法案反対運動に積極的なヒト達はみな、パリやヴェルサイユ、フォンテエヌ・ブロウあたりから移住して来たフアミリィざます。そうそう、昨晩、ヴェルサイユのいくつかのカトリック教会の門前で世俗信者さんたちに突撃調査したら、みんな、フィヨン支持と言ってましたね。そら、そうだ、ヴェルサイユは仏蘭西一番の伝統主義者だらけ教区だもん。彼らにはヂュペ個人の「家庭」のスタイルだけでアウト。
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by ma_cocotte | 2016-11-23 19:03 | よっ、大統領!2017 | Comments(1)
ようやく仏蘭西向けEMSに安心できるようになった。
タイトルの話題。
もしかしたら仏蘭西共和国(本土)の中でも花の都パリではなく地方限定の話題かもしれません。

これまで長らく日本国から仏蘭西向けの小包送付で、日本国内でEMS(国際スピード郵便)またはSAL(エコノミー航空便)の選択が主流で、前者の方がやや高額ながら速やかに届くという利点、後者は届くまでに2週間ほどかかるけれど廉価という利点がありました。繰り返すけれど日本国内で、です。

誰しも仏蘭西で早く受け取りたい、受け取っていただきたいならばEMSを選ぶでしょうし、急ぐ必要のない物品の転送(長期滞在者にありがち)ならばSALを選ぶことも多いです。仏蘭西共和国内の、近所にトリポスト(郵便物集配拠点)がある町だと日本からEMSで送ろうがSALで送ろうが大して日数が違わないこともありますた。

・・・・確かに日数はそんなに差がないのかもしれませんが、日本から同じ郵便局から送ったEMSまたはSALの運命は仏蘭西到着後、運命が分かれていました。それはEMSは私立運送会社(通称 Chronopost)に委ねられ、SALはラ・ポスト(共和国の郵便公社、通称Collissimo)に委ねられるのです。これ、たいした問題ではないように思えますが、実は小包が自宅に届いた時に留守だとまったくその後の動きが違うのですた。少し前までEMSで送った小包を留守で受け取れないとポストに入った知らせの紙にある電話番号に連絡し、再訪日について「協議」しなければなりませんでした。この電話代が留守した側の支払いになり、しかも高額設定(普通の市外局番ではない)。しかも、通話が始まってから5分以上の待機も当たり前(電話代がどんどんかさむ)。そして、集配拠点が私立運送会社なので場所によっては一地方に一拠点なので、こちらの指定日に対して、運送会社が平然と「ああ、その日、うちの車はあなたの住む地方に行かない」と断ってきたりします。どこがEMSなんですかね?

一方のSALはラ・ポスト経由で集配されるので、もし私たちが留守をしたとしても地元の集配所に再送を頼むか、そうでなければ地元の郵便局に荷物を預けてあるので自分で身分証明を持参して取りに行けばいいのです。

こうなっちゃうと、日本国から仏蘭西への小包送付はSALの方が便利(と思ったのは私だけかもしれませんが)。

それに、私だけの偶然かもしれませんが、日本からの仏蘭西への小包をEMSで頼んだ時に限ってなぜか関税に引っかかり、会社がはっきりしないひとから関税を小切手で渡せ、と強く命じられることが数回ありました。必ず小切手で、と言ってくるし、こちらが怪しむと「小切手を渡さないなら、こちらもこの荷物を渡さない」と平気で言ってきました。これには本当にイヤな印象しか残っていません。荷物を受け取りたい(だって、荷物が持ち運ばれてしまったら、また高額の電話代で交渉しなければならなくなります)気持が第一になるので、まとまった金額の小切手を渡すことを選んでしまう自分ですが、本当にスッキリしない。これが本音。

と、こ、ろ、が、です。
最近になって大きな変化があったのです。
それは Chronopost が大手国際運送会社の DPD と合併(いや、吸収されちゃったのかもしれません、でなけりゃ提携)したのです。これまで何のアイデンティティもない白いバンで小包を届けられていたEMS便がきちんとDPDまたはChronopostのロゴが描かれたバンで届けられるようになり、万が一、留守にした場合も郵便局または指定の店舗で荷物を引き取れるようになりました(その代わり、再訪がなくなった(我が地元だけかもしれません)。今までのようにどこにつながっているのかわからない怪しげな電話応対もなくなりました。

そして、ようやく仏蘭西も日本に追いついたようで、EMS-Chronopost も SAL- Colissimo も荷物の集配番号をインターネット上で追跡すれば自分の荷物が今どこでどういう状態なのかわかるし、だいたいの到着日と時間が把握できるようになりました。でも、仏蘭西ではまだこちらが集配時間を指定できるようにはなっていません。集配者は一日に何度も訪問してもくれないので、一日につきワンチャンスです。日曜祝日の配達もありませんし、土曜の午後も彼らは動きません。この点は以前とまったく変わらないし、変わる可能性も限りなく低いです。

それでも、仏蘭西向けEMSを安心してお願いできるようになったのは、こうして超ウルトラスーパーど田舎に住む日本人にとっては本当にうれしいことです。二択できるというのは心理的にありがたいです。

と、きょうは大英帝国から荷物が届くココんちなのでした。
これについても大躍進中のDPD社経由。昨日、大英帝国側からの知らせではココんちに届くのは木曜でしたが、今朝一番でChronopost International (! つまり、海外でDPDから発送しても共和国内ではChronopostに移管されるっちゅうことですな)から届いたメールにはきょう23日の午前8時から18時の間にココんちに届けますよ、と。ほらね、10時間もの間、あたしゃ、ココんちから動けないの。こんなもんです、おフランス。


le 23 novembre 2016, Clément

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by ma_cocotte | 2016-11-23 15:45 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
赤猫ボヂョレ・ヌゥヴォ
ココんちあたりはボルドオに近いせいか、毎年11月第三木曜日に解禁になるボヂョレ・ヌゥヴォについてあまり盛り上がりを見せません。お店によっては毎年11月第三金曜日には跡形もなくボヂョレ・ヌゥヴォ売り場が消えています。

さて、今年のボヂョレ・ヌゥヴォ販売解禁日から五日が過ぎ、ココんちの近所のスゥパアマルシェでボヂョレ・ヌゥヴォらしき一本を見つけました。これです。
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4.40ユーロでした。
なぜ私がこれを手に取り、買ってしまったのか。
それはラベルに猫が描かれていたからです。

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ラベルの文字を和訳すると「赤い猫 ボヂョレ村ヌゥヴォ」・・・ヌゥヴォは「新」です。ボヂョレ・ヌゥヴォの間にvillageが入ると、もう異なるワインなのかどうかも私は知りません。

そんなこと、どうでもいいぢゃない。
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うっ、かわいい赤猫。



le 22 novembre 2016, Cécile




ちょいと待ちゃれ。
こっ、これは肉球ではないか・・・
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赤【肉】玉ワインだ・・・。
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by ma_cocotte | 2016-11-22 23:48 | 『秋』 Rien de spécial | Comments(0)