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三賢王礼拝のお祝い日
2017年もめでたく1月6日を迎えることができました。
こんにちは西方の教会におかれましてはエピファニ l'Épiphanie du Seigneur、=三賢王の礼拝の祝日でござあます。祝着至極なご慶事のこんにち、西欧諸国ではおめでたいお菓子をいただく生活慣習があり、シューキョーを取っ払って今は遊ぶようになりました。

というわけで、今年のココんちでも今日の良き日のおめでたいお菓子、ガレット・デ・ロワを買いました。
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いつもお世話になっている旧市街のパン屋さんで買いました。
このお店のガレットの値段はグラム売りなので、一番小さいガレットをいただきました。
ポワトゥ・シャラント産のAOPバタアを使ったガレットです。

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このパン屋さんのガレットはポワトゥ・シャラント地方で既に受賞経験があるほどで、今年も一口いただくと同時に想像をはるかに超えるおいしさに身悶えました。中の餡もアーモンドの渋皮がまざったもの。私個人はアーモンドの黄身餡より渋皮が混ざり目が粗いアーモンド餡が好みです。

さて、こんにちのガレットを四等分し勝負しましたが、第一回戦に陶器は見つからず。
第二回戦で勝負がつきました。





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ココんちの邪な横柄王くろヴぃすに戴冠。
くろヴぃすは既にココんちの王ですが、新たに王座に就きました。


そして、勝者のガレットから登場したのは、
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PANORAMIX

なんぢゃ、これ?と首を傾げていたら、ココんちの仏蘭西びとからアステリクス&オベリクスの登場人物ではないかと返答をもらいました。なんだかなあ。昭和の化石、前世紀の化石の私としてはガレットの中から聖誕の登場人物やグッズが出てきてほしいです。贅沢な夢のような希望ですね。お菓子そのものはすこぶるおいしいのだから我慢。


le 6 janvier 2017, Gaspard, Melchior et Balthazar

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by ma_cocotte | 2017-01-06 16:46 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(0)
初の外食
去年から今年にかけての冬のヴァカンス。二つのビッグイヴェンツ(クリスマス&新年)がそれぞれ前夜祭が土曜日、本祭が日曜だったせいか、仏蘭西共和国平民、庶民の動きはすこぶるスマアトだったように思えました。仏蘭西には日本國のような振替休日制度が存在しないので日曜に国定祭日がぶつかっても翌日月曜は「いつも通り」です。そのせいで、誰もがいつもどおり金曜まで働いて土日を休み、月曜から働く・・・それが2016年から17年にかけての冬休みの形でした。

そういう万民に等しい暦に加え、今年度はどうにも自分自身が年末年始のご慶事の波に乗れないままで、クリスマスの家庭内の設えも最小限、その飾りつけも1月2日に「通常」となった途端、全部、きれいさっぱり片づけてしまいました。本当は仏蘭西やら基督教旧教の生活伝統に従えば「降誕節」という暦が終わる日(2017年は(おそらく)1月10日)に飾りつけを片づけるのですが。

そして、2017年のお仏蘭西の場合、今度の日曜日がエピファニ、=三賢王の訪問のお祝い日だそうで、この日は今では日本國の方がにぎやかになったと思われるほどのお遊び、ガレットデロワというお菓子をいただいてその日一日の王様を決めますが、そのお菓子も新年が明ける前から売り出されるようになり、季節感が薄れた気がしてなりません。もとよりこの冬の二大行事を祝う気になれなかった私なので、エピファニについても例年に比して「モティベイシャンまるでゼロ」。この週末に朝市に買い出しに行き、パン屋さんのショウウヰンドウに並ぶガレット・デ・ロワやブリオッシュ・デ・ロワを直に見たら、ちったあ購買意欲がムラムラっとわくのかもしれません。← 今のところまるでなし。

そんな沈んだ気持のまま、国鉄駅近くの、ココんちあたりで最も美味しいと噂のビストロに行きました。
2017年開店初日。
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店内、静かにジャズ(タモリさんのアクセントでどうかひとつw)が流れていて、次から次に入店する方々の様子を観察するのが私の楽しみでもありますが、真冬のお店から醸し出される独特の空気が好きです。

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ココんちでは作れないものばかり、すこぶるおいしかったです。

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今年ははれやかに過ごしたいです、まる


le 4 janvier 2017, Angèle de Foligno

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by ma_cocotte | 2017-01-04 17:03 | Thé ou Café? | Comments(0)
タイムリィな隠れ蓑
ココ数日くらい、戦争をまったく知らない私が「もしかすると戦争前夜とはこういうことなのかもしれない」と妄想したことはありませんでした。私にとって生まれて初めての衝撃と実感かもしれません。

それは、今のシリア情勢が発端です。

きょうから四日前、確か火曜日だったと記憶しています。
ロオマ教皇がシリアのアサド大統領に枢機卿(俗世間で言うところの最高幹部職)を仲介し親書を送り、そこにはアサド大統領に人道を第一に尊重できないかと強い希望が書かれていたという報道を私は目にしました。個人的にはこれが発端です。それから数時間経たないうちに、今度はシリアはアレップ(日本語だとアレッポ)で虐殺があったらしい、という速報を知りました。はっきりと Genocide の文字を見たので、これは見過ごせない重大な知らせだと察しました。そのうちに虐殺はアサド政権とロシアによる反アサド派の市民を標的に(その周辺のひとびとも含めて、つまり、結局は無差区別)に実行されたというニュウスが流れ始めました。これが本当ならば明らかにあってはならないことです。そもそもイスラム国殲滅を第一義にアサド大統領とロシアのプゥチン大統領が組した時点で気持悪さはほぼマックスでした。アサド大統領親子の偏ったイスラムにおける選民思想と国民洗脳を知らない欧州人はいませんからね。そのアサドの野望にを助けるプゥチン大統領の野望は間違いなくアサドの野望を包括するものです。私個人はプゥチンは21世紀型の帝政ロシア復活のために「南下政策」が必須で、できればシリアまで南下したいのだろうと想像しています。ついでにイライラも政情安定を旗に手に入れたいのではないですかねぇ。イスラム国に戦勝すりゃ、それは夢ではないかもしれません。どこぞの米国みたいに治安のためにロシア軍無期限駐在の形を取りつつ、どんどんロシア社会を「ソヴィエト式」に実行すればいいだけなんですから。ソヴィエト式ってなーに?ですけれど、土地の人間を入れ替えるのです。スラブ系を次から次にシリア、イライラに引っ越させればいいンですよ。

その話は横において、そのプゥチン大統領の来日が15日。北方領土問題、共同経済活動についての話し合いが主軸で、シリア情勢について安倍首相は人道状況のさらなる悪化を強く懸念しているとロシアの建設的対応を強く求めたのだそうです。私はてっきり安倍首相がロシア支持をプゥチン大統領に明言し、北方領土返還につなげようとしているのではないかと心配しましたが、シリアの市民(虐)殺について意見することに間に合ってよかったです。

兎に角、欧州ではシリアのアレップの、特に東部の住人が八方塞がりで脱出できない状態になっていること、その住人が次の虐殺のターゲットではないかと噂されていることが繰り返し報道されているのに対し、プゥチン大統領ご本人が滞在する日本国ではシリアのことより北方領土返還ばかりが話題になっていることがとても引っかかりました。だったら、アレップで動けなくなっているひとびとを殺さずに救出し、取りあえず、申し訳ないけれど、北方領土に避難してもらったらどうなのだろう?という思いが私のツルツル脳に走りました。で、彼らのために日露両国で生活や教育、就労援助を行う。・・・・ノーベル平和賞、ゲットできるかもしれないわw

これまた、そんな妄想は横に置いて、今回の日本国内での日露首脳会談は前々から決まっていた日程でしょうけれど、ロオマ教皇からアサド大統領への手紙に始まり、シリアはアレッポでの虐殺疑惑報道からまもなく、プゥチン大統領がモスクワから時差足すことの6時間の日本に移動できたことは、プゥチン大統領個人には好都合だったのではないかと思えてきました。なぜなら、この5日間の欧州のエラいひとびとの動きを知ると、もしプゥチン大統領がモスクワにいたら、例えば独逸のメルケル女帝などモスクワ日帰り訪問しかねなかったと想像します。独逸と露西亜の時差は二時間ですが、更に六時間足した先に日本があり、流石に時差8時間、飛行時間ほぼ半日の日本までプゥチンを追っかけはできません。とは言え、プゥチン大統領が日本滞在中に遅刻を繰り返したのも、欧州でのシリア問題加熱の様を見れば、遅刻の理由はシリアにありとわかります。もし本当にアサド大統領が反アサド派を中心とした自国民を虐殺し、その行いをロシアが加担していたとなればアサド大統領は明らかに罪びと、彼を幇助したロシアも罪になります。だから、日本滞在中のプゥチンさんにはそれなりの諜報機関もろもろからひっきりなしの情報が届き、プゥチンさんは自己救済のためにもすばやく駒を動かさねばならない「今」なンでしょうね

今週の水曜日だったか、今はクリスマス目前の華やかな夜を楽しむ時季ですのに、花の都パリではシリアはアレップでの惨状に抗議し、エッフェル塔の夜のイルミネーションを完全消灯しました。たいしたもんだと思います。日本国もシリアは遠い国かもしれませんが、善良な市民の生命を守るためにもっと強い意志表示をしてくれたら、と願います。

そうそう、おとといだったか、パリ市長イダルゴちゃんにロオマ教皇から親書が届き、全文40数ページだったと言う話を漏れ聞きました。中身はなんだろう? そりゃ、シリアの難民救出のための援助依頼ぢゃない?とかなんとかボソボソボソ。これ、このまま、消えちゃう話題なのかなあ? 

それにしても、アサド大統領はロオマ教皇から「人道を第一に尊重せよ」と手紙を読むと同時に「どこでばれた?いや、すでにロオマ教皇は知っている」と内心、気がおかしくなりそうだったのではないかなあと想像しています。アサドとプゥチンがシリア国内でやってること、ヴァチカンに筒抜けのバレバレだったんだよね。

ミュヂュルマンのアサド大統領には関係ないとわかっていますが、歴史を振り返ればいずれのオオイクサにもクリスマス休戦という事実があります。シリア国内にもキリスト教徒の国民がいるのですから、これからクリスマスまでの7日間、どうか彼らを殺さないでください。武器も持たず、動かさず、目の前のイスラム国浪人兵士たちを英知をもって戦ってください。


le 17 décembre 2016, Judicaël

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by ma_cocotte | 2016-12-17 21:51 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
親にもらった権利をありがたく政治利用するw
まったくもって変な話である。
フランスの中道よりヒダリの政治家の多くが自称カトリックまたは自称キリスト教徒と名乗っているけれど、それはその政治家自身の意志や意思ではなく、本人が生まれた当時の世間の生活慣習や親をはじめとする家族の意向でまだ自覚ないであろう赤ん坊の自分がキリスト教の聖堂に連れて行かれて水をぶっかけられて祭壇に乗せてお祓いと祈祷してもらった・・・それから10数年後、自らの意思で社会党や共産党の思想に心酔し、カトリックやキリスト教の生活慣習から離れ、その世界におけるタブーを破っての「今がある」というのが彼ら、フランスの中道よりヒダリの方々の実体です。票を稼ぐために自称カトリックを用いる政治家は多々います。自分は生まれたての赤ん坊だったので親が勝手に決めた洗礼の事実を利用しているわけ。そういう彼ら、決してフランス語で言うところのカトリック・プラティカント、クレティアン・プラティカントではありません。つまり、日曜日に主日礼拝に通ってません。これってキリスト教に限らず、ユダヤ教や稀にイスラームの信者である有名人だって同じですよね。必ずしもユダヤ教やイスラームの生活スタイルを守っているのではなく、成人して独立するまでの青少年期は親の元で割礼に始まり信仰に基づいた厳格な生活を守っていても、たいていは高校入学後の政治運動、大学入学後の一人暮らしをきっかけに「実家のシューキョー」から離れたひとがおフランスの中道より左派の各政党に集っているわけです。中道よりヒダリでカトリックプラティカントだったのはミッテラン大統領くらいぢゃなかろうかね?(そのせいでミッテランさんの本妻は彼と一緒ではなく、宗教色のない葬儀と実家の墓への埋葬を遺言したわけで)

カトリックの慣習について重箱の隅を突っつけば、幼児洗礼は親(少なくとも片親)がカトリック信者でないと受けられないし、その親は教会で婚姻の秘跡にあずかる前の勉強で生まれてくる子供の養育義務についてしっかり教え込まれるわけで、そこには子供の幼児洗礼、初聖体、堅信までは親の責任であるという務めがあります。堅信という秘跡は教会世界においての成人を意味するので、そこから先の堅信を済ませたひとは自分で「生きる道を探求」せねばならず、それに親が強い口出しをするのは「よろしくない」ンですな。(堅信はユダヤ教だとバルミツバの習慣と捉え方に近しいと思います)

というわけで、おフランス中道よりヒダリで、国際的に有名であろう政治家さんたち、例えばオランド現大統領、彼の元パートナーのセゴレエヌ・ロワイヤル女史、次期大統領選に出馬表明したマニュエル・ヴァルス、エンマニュエル・マクロンの成育歴に上にあげたカトリックの決まりごとが当てはまることになります。しかも、オランドさん、セゴ姐、ヴァルス、マクロンなどそれぞれの実家は「熱心(すぎるほどの)カトリック家庭」w 自らの社会党支持運動のせいで実家と絶縁されてしまった左派政治家もいます。ああ、仏社会党を辞め、限りなく共産党に近い思想を掲げているヂャン・リュック・メランション Jean-Luc Mélenchon もそうね。彼もすでに次期大統領選に立候補済み http://www.jlm2017.fr/
ダニエル・シュトラスカーンとブノワ・アモンはユダヤんなのでユダヤ教の慣習(生まれてすぐの割礼からバルミツバ)があてはまりますね。ああ、中道ミギの立ち居地ですがヂャン・フランソワ・コッペ(パン)もユダヤん。忘れちゃいけない、サルコぢは割礼と幼児洗礼を受け、両親の離婚後はユダヤんのママンに育てられたキフキフ(=アラビア語で五分五分)ですが、大統領になってケネディを真似するあまりカトリックっぽさをアピールしながら、重婚ing♪

ですが、彼ら、中道よりヒダリの自称カトリックの政治家さんですが、堅信以降(つまり、高校生になって以降)の教会からの離れっぷりはそれは華々しいものでして、もしフランス語が読めるのでしたら、興味ある政治家の名前を検索すればどんだけカトリックの教義から外れた生き様をそれぞれが証しているかよぉおおくわかります。離婚もしているし、重婚もしているし、未婚のまんま同棲と出産もしている(以上、カトリック教会では「それは、罪ですね」のうちの数例にあたります)。

昨日、首相に任命されたベルナアル・カズヌゥヴの場合はカトリックを本人が名乗ったとしても幼児洗礼だけの可能性が高い。少なくとも片親がマルクス主義者で、アルジェリアで1963年生まれのカズさんですからねぇ。そのマルクス主義者の親は当時のアルジェリアでどのような働きをしていたのでしょうね。それの方が興味ありありw もしカズさんがカトリックだとして、アルジェリアのどこかの教会での籍を調べたら初聖体、堅信は未記入だと想像しますが。ちなみに、カズさんは1995年に最初の結婚をし、二人のお子さんのパパですが、2015年に再婚したことで、初婚の相手と離縁です(これもカトリック教会生活ではアウト)。

大雑把に話せば、カトリックという宗教においては幼児洗礼の子が堅信にあずかって以降、死ぬまでの放蕩についてほおっておきっぱなしが基本です。もしご本人が教会に戻って来たい気持ちがあるならば、自分の罪に向き合い、認め、償うという務めが発生し、償いまでが済んだことを聖職者が認めたら、当人はその後、何もなかったように教会生活をすることになります。共産党に傾倒しようが、地上天国万歳と賛美しようが、地下に潜って頭蓋骨を拝んでいる石工さんだろうが、息を引き取る瞬間まで改心を告白し、赦してもらえる機会が与えられているのもカトリックざんす。だから、オランド王やセゴ姐、ヴァルスにカズさんやミギのヂュペも含めて、ご自分が息を引き取る瞬間に人生における罪を赦してもらえなくもない。ご本人が求めれば、が条件です。

こういう細かい事情があるのですから、次期共和国大統領選挙の候補者について「カトリック信者」のレッテルで平らに等しく並べたら、カトリック・プラティカントの、例えばフィヨンさんは内心ムっとなるかもしれません。カトリックと名乗りながら本当は石工なのに平気で聖体拝領している姿くらい、カトリック・プラティカント、すなわち普通のカトちゃんにとって気持ち悪いことはありません。「受洗しているのだから聖体拝領は権利」なんて反論、浅はか過ぎて恐ろしい・・・。ですが、一方で、教会聖堂内の冠婚葬祭の現場での聖体拝領で離婚経験者、重婚者などなどが「聖体拝領できちゃう」ことについてはまったくもって別次元にしっかりした「できてしまう理由」があります。コレについてはココで書きません。

そんなことより、ココで書き忘れてはならないことは、お政治家の自称カトリック宣言と周囲のレッテル貼り。中道よりヒダリではなくミギつきあたり、フランスの極右政党FNの支援団体にカトリック教条伝統主義の団体がくっついていますけれども、その極右政党党首の女性は離婚しているし、再婚もしています(これ、カト的には「重婚」)。なぜヴァチカン本丸との間に距離と溝があるカトリック教条伝統主義の団体が彼女のその点について向き合わないのか、普通のカトちゃんズには不思議すぎて失笑事項だったりします。ヴァチカンは優しくても甘くありません。

でも、政治の世界がこの世の中心ならば、次期共和国大統領選挙の候補者は中道のミギつきあたりからヒダリつきあたりまでほとんどがカトリックかユダヤんですよ。だって、彼らは生まれてすぐ、
洗礼受けてる、割礼受けてますからw
ただ、常日頃、感じ取り、思っている点ですが、中道よりヒダリの政治家さんたちの貧困や労働問題の救済案について同情を覚えられるのは、今はヒダリの彼らも幼少期はキリスト教をベースにした道徳、教育で育っているであろうこと、です。まあ、フランス共和国の近代史において、それまでの過去において教会が行っていた慈善行を完全政教分離した政府が奪い、真似て、病院、初等教育をはじめとする公共施設を次々とこさえていますからね。ああ、フランスの市民婚の儀式なんて、まるでカトリックの婚姻を茶化した「偶像崇拝ショー」ですよ。


le 7 décembre 2016, Ambroise de Milan



余談。
オランド大統領とセゴ姐の間のお子達は幼児洗礼は受けていないけれど、ヴェルサイユにあるイエズス会のガッコで育てられているのよね・・・。ボソボソ
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by ma_cocotte | 2016-12-07 17:41 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)
ヴぃくりぽーん!だけれど、嫌いぢゃないので、ま、いいや。
昨晩6時半ちょっきりから、予想どおり、マニュエル・ヴァルス元首相が次期大統領選挙に出馬を表明。それゆえ、ヴァルスくんは首相の座を離れねばならず、昨日の午後からオランド大統領がいったい誰を新しい首相に任命するのか「これから始まる大レース」予想状態になりました。興味深かったのは新しい首相に女性政治家が指名されるのではないかという話で、その中にはオランド王の元パートナーであるセゴ姐の名前もありました。

が、さっき。午前9時頃だったかな。オランド王がこういうつぶやきをご自身のおフェイスブックに投稿なさいました。
François Hollande
J'ai nommé Bernard Cazeneuve Premier Ministre et je l'ai chargé de former le nouveau gouvernement.
ひょえぇえええ、おどろき、もものき、さんしょのき♪ ざます。まさか、ベルナアル・カズヌゥヴ Bernard Cazeneuve 現内務大臣が首相に任命されることになろうとゎわわわわ。というのも、近年の残忍なテロ事件を筆頭にベルナアル・カズヌゥヴさんのテレビ画面登場率はすこぶる高く、しかも、お仕事が結構スマアトなもんだから悪い印象を持つことが難しく、昨日までの下馬評でも内務大臣としての務めがあまりにハアドだからカズヌゥヴ氏は優秀なれど内務大臣職に留まるであろう、とされていたから。あたしもそう思いました。ですが、一夜明けて、首相任命。来年の初夏に新しい大統領さんが着座するまでの任期ではありますが、首相としてのカズさんのすばらしい働きを拝見できたら、と願っています。

兎にも角にも、私はカズさんを嫌いではありません。
かっけーと思ってます。もしカズさんが石工ぢゃなかったら、べたボレだったのだけれどなあw


le 6 décembre 2016, Nicolas de Myrea


【追記】
午前10時30分頃、新しい内務大臣にブルノ・ルルゥ Bruno Le Roux 氏が任命されたと発表がありました。ですから、カズさんはきょうから首相一筋でござんす。
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by ma_cocotte | 2016-12-06 17:45 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
それは、それは、昔の話をほぢくり返して、この世に平和と一致をお与えくださるかしら。
あああ、世知辛いことに振り回されて、忘れるところでした。
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今年10月9日に、ポワティエの大聖堂まで「いつくしみの門扉」をくぐりに行った時、大聖堂内部で中世時代の作品と思われる天井画の修復を見学する機会に恵まれたのでした。

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私はどういう理由だかサダメ(運命)だか、せっかく訪問した名所が必ず何らかの修復中なのです。ロオマのサンルイも、ファティマも、サンチアゴデコンポステッラもそうだった。先ず残念に思うけれど、少し考えて「これは『また、いらっしゃい』というお告げなのだと思うようにして自らを宥める繰り返し。ポワティエもこうして足場だらけでの見学になりましたが、計画では来年春には修復が終わるとのこと。

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↑ これはもしかして聖母の戴冠が描かれているのではないかなあと思います。

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↑ これは下方がはっきりしないのでアレですが、たぶん「天国と父なる神」?

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↑ こりは、我らがジーざっさんざましょ。

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↑ これは大天使のお三方、ガブちゃん、ミカちゃん、ラファちゃん。←それぞれの名前に「エル、=ヘブライ語で「神」のこと」をくっつけてください。



さてさて、ポワティエの大聖堂の天井画は現段階で十分に美しいですが、どういう色が乗せられていくのでしょうねぇ。
修復ですから鮮やかにはならないのだろうと想像しつつも、そーいや、スペインで数年前、ジーざっさんの肖像画を修復したらまったく生まれ変わったジーざっさんの絵になったというスキャンダルがありましたよね・・・まさか、この天井画はあれほどの激変はないと思いますが・・・わからん。

さて、修復されているのは4枚の天井画だけでなくそれを支える柱と壁に描かれている諸聖人も。
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薄くて存在が消えかかっているので確かではありませんが、右は剣のようなものを手にしているので聖パウロ、左はポワティエの守護聖人である聖ヒラリオ教会博士です。

聖ヒラリオ教会博士がなぜポワティエの守護聖人なのかと申しますと、第二代のポワティエ司教だったから。いつの時代にポワティエ司教区のエラいひとだったかと言うと、西暦349年から367年まで。そして、このヒラリオさんはエエところのボンボンで司教になるまで出世街道の真ん中をまっしぐらだったと説明したいところですが、その逆で、ヒラリオさんの司教になるまでは「苦節」で曲がり道クネクネでした。
ヒラリオさん、いちおう315年にポワティエ周辺の貴族の家に生まれています。でも、実家は異教徒だったので、本人の洗礼は345年頃。はい、成人洗礼だったんですねぃ。既に家庭の長、父親だったという説もしっかりあります。そのヒラリオさんが聖職者として実績を重ねているところで、アリウス派という考えがキリスト教において強い力を持ち始め、ヒラリオさんはその思想に納得しませんでした。それゆえ、アリウス派に心酔する当時のロオマ皇帝コンスタンティウス2世がヒラリオさんを東方(現在のトルコ)に左遷、すっ飛ばしてしまったのです。それが355年頃で、ヒラリオさんが再び生まれ故郷に戻ってくるのは361年になります。その5、6年の間、ヒラリオさんが東方で何を体得したかと申しますと、「唄う典礼」です。ヒラリオさんは西方(つまり、ロオマより西)の母国に戻って、礼拝で唄いながら神を賛美することをひとびとに教えました。ですから、今ではもしあの時、ヒラリオさんが東方に左遷されなかったら、西方教会では今も「唄わない典礼」をささげていたかもしれない、と言われています。もうひとつはきょうび、ヒラリオさんよりはるかに有名な「トゥールの聖マルチノ」とヒラリオさんの関係ですな。このマルティノさんはハンガリー生まれで、フランスはトゥールの司教になったことで世界の津々浦々まで知られていますが、ハンガリーからフランスに入国してマルチノさんは最初、ポワティエに寄ったのです。そこの当時の司教がヒラリオさん。ヒラリオさんはポワティエからそんなに離れていないリギュヂェ Ligugé 村の土地をマルチノさんに与え、東方で見聞した「(観想)修道生活」をやってみないか?と提案します。マルチノもその気になって、修道生活をリギュヂェで始めました。ここがおフランスで最初のキリスト教修道院の基礎ができたところなんて話もあります(現在はベネディクト会に受け継がれています)。マルチノはこの修道院で西方におけるキリスト教の修道生活なるものをほぼ熟させた後、トゥールに異動して、司教の座に座ったのでござるな。

以上、あんまり知られていない諸聖人伝。
ヒラリオさんは西方教会(=現代においてはカトリック)だけでなく東方教会(=正教会とも呼ばれる)でも聖人で、東方の世界では「至聖三者ポワティエの聖ヒラリウス」という名称で親しまれているそうです。そういう過去があるせいだかおかげなのか、近年、誰もが知る地中海東岸諸国での東方典礼で生きるひとびとが多くフランス共和国にも難民として移住しており、ココんちあたりでもカトリック教会が東方典礼の移民信者さんのために聖堂を貸したりしていますが、ポワティエでは、流石、大司教区、太っ腹だね。旧市街の聖堂まるごとひとつポンと東方典礼にプレゼントしちゃったのでした。証拠はこれ ← クリック、ぷれぇご。西方教会の建物を丸ごともらったところで、東方教会がそのまま聖堂を使えませんから、リフォームにかなり時間がかかっているようです。でも、聖堂が西方から東方に譲られど、名称は「至聖三者ポワティエの聖ヒラリウス教会」なんざんすね。・・・と、感涙(私だけかw

待降節にいい話ぢゃないか・・・。
おあとよろしいようで。



le 6 décembre 2016, Nicolas de Myrea

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by ma_cocotte | 2016-12-06 17:12 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
マニュエル・ヴァルス 54歳、フランス人になって34年
今さっき、速報で、たぶん、間違いなく、今晩18時半にマニュエル・ヴァルス Manuel Valls 首相が次期大統領に立候補するという情報が届きました。

ふぅううん、そうだとすると、今晩18時半より前にヴァルスさんは首相職を辞するのかな? だとすると、新しい首相は誰だろう?共和国内に住むひとびとにとって大統領職より国内の政治の中心人物である首相の存在が気になるもんです。いずれにせよ、ヴァルスくん同様、フランス社会党の党員の誰かが首相に選ばれることでしょうけれど。

ま、それは国際においてはどうでもいいことですし、国際においてはどうしたってフランス共和国大統領が「気になる存在」です。既に中道より右側で極端なミギを省いた世界においておフランソワ・フィヨン François Fillon が筆頭の次期大統領候補に決定しましたが、中道より左側はヒダリ突き当りまで含めて未だ筆頭候補が決まっておらず、其処此処彼処から立候補宣言者が次々ボコボコ出ており、それが良い芽なのか、雑草の芽なのかも、まだ見定められない感じです。

で、もし、今晩、マニュエル・ヴァルスくんが立候補宣言すると、これまでの芽とは明らかに異なる「金麦の発芽」に値するらしいです。そりゃ、現役首相で、フランソワ・オランド大統領の最重要の片腕がマニュエル・ヴァルスくん(だと思うけど、裏はわからんw)。もしヴァルスくんがしばらく前から次期大統領に立候補するための準備をしていたとするならば(仮定にする必要がないけどさ)、先日のオランド王が次期大統領選挙に不出馬を表明したのもヴァルスくんの立候補の意向を知り、フランス社会党の勝利を導くことを前提に熟考した場合、不出馬を宣言するしかなかったのだろうという筋も見えてくることになります。ただでさえ、フランス社会党内の分裂が甚だしいとウワサが広まっているのに、もしオランド王とヴァルスくんの両方が立候補したら、現時点で仏社会党の負けがはっきり予言できちゃうからです。

そのマニュエル・ヴァルスくんですが、1962年8月13日、スペインはバルセロナで誕生しました。現在、54歳。なぜバルセロナでお誕生なのかと言うと、ご両親が外交官でも留学生でもなく、ヴァルスくんの場合はお父さんがスペイン人だから、スペインのバルセロナで産まれたのです。が、ヴァルスくんを産んだお母さんはスペイン人ではなくイタリア人です。はい、ヴァルスくんはスペインとイタリアのハーフです。1962年の8月24日には幼児洗礼。昔の典礼だから聖堂の入口から祭壇経由で洗礼盤、また祭壇に戻ってとたらいまわしだけど荘厳なお式だったでしょうねぇ。
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この写真 ↑ の右がミサごたえなさるマニュエル・ヴァルスくん。左は妹のジオヴァンナ Giovanna さん。どういう経緯かわかりませんが、ヴァルスくんは高校卒業前後にフランス軍に志願、軍経由でフランスの大学に進学し、20歳の時、フランス国籍を取得しました。

はい、その時までマニュエル・ヴァルスくんは共和国にとって「ガイジン」だったンです。

そのヴァルスくんが次期大統領に立候補するンですよ、奥さん。
これ、エイメリカ合衆国では「できません」
ほれ、アアノルド・シュワルツネガーが一定の人気があったので合衆国大統領に立候補か?とウワサになったところで、先祖遡っての移民歴が原因で立候補できないという話題がありましたよね。ですが、おフランスではそういうハードルが「ない」。存在しないようです。両親共にガイジンで、自身もフランスびとになって34年の移民一世、元ガイジンでも、こうして立候補し、現状だと間違いなく中道左派筆頭の候補者のヴァルスくんが来年の初夏にエリゼ宮殿の最長上、王座に就くこと、かなりの確率で「ありえーる」のです。

すごいですよね、フランス共和国。心が広いのか、懐が大きいのか。
共和国に集うすべての「国民を信じている」がベースですよね。でなけりゃ、数多の共和国民が移民一世の個人を国父にできます?

日本国という国では今でも在日外国人の差別、区別を楽しむ日本国籍者がゴマンといることを思うと、日本国内のそういう快楽をどう解釈すればよろしいのか。解釈に至る前に「恥」の感が発生します。

さあてさて、今晩、ヴァルスくんは出馬宣言するのかなあ。するのよね、きっと、まちがいなく。
私は先週までフィヨンに萌えたけれど、冷静になったら「貧乏人の敵」なので、たとえカトリックを棄てて現在は石工さんであっても、貧乏人のためにイ動いているヴァルスくんに私は同情していく予感がしまーす。あたしゃ、投票権を持たないので無責任どぇすけれど、貧乏なひとが苦しむ悩む姿を私は見たくないの。それだけは世界のどこであろうとはっきりしている私個人のこり固まった考えです、まる


le 5 décembre 2016, Gérald

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by ma_cocotte | 2016-12-05 17:10 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)
国王様、お疲れ様でございました。
昨日の夜8時頃から主だった放送局からいつもの番組ではなく予定外の大統領からのメッセージが放映されました。(フランスではよくあること) 最初、なぜこういう放送になったのかよくわからないままでしたが、画面には共和国国旗とEU国旗を背にしたフランソワ・オランド大統領が映りっ放しだったことで、ようやく私のツルツル脳が「もしかして次期大統領選挙の立候補宣言?」と思いつきました。が、しかし、オランド王の5分足らずの演説の最後の〆は、次期大統領選挙には出馬しない というものでした。«J'ai décidé de ne pas être candidat au renouvellement de mon mandat.»

耳に入った瞬間はこんな私でもヴぃっくりしましたが、数秒後にはオランド王の決断に敬意の感情しか持てず、「これまでおつかれさまでした」とつぶやくに至りました。オランド王は大統領ですから政治そのものだけでなく経済、労働、教育、社会福祉もろもろを突っついたら善玉菌、悪玉菌が飛び出してキリがなくなりますが、私のようなただのおば(あ)さんからオランド王による大統領の御世4年数か月を振り返ると、あまりにも陰惨なテロ事件が続き、そのたびにオランド王は私情抜きに対応してきており、どれだけオランド王の心身に堪えたかと考え始めると、やっぱり「おつかれさまでした」としか言葉になりません。天においては必然だと言われたらそれまでですが、サルコぢ前大統領の御世においてのテロ事件数とその規模はフランソワ・オランド王の御世のそれらとは比較すれば明らかな違いがあり、大統領職を離れ、時を見計らって政界復帰し、政党党首になったサルコぢが近年のテロのたんびに身軽に事件先を訪問しては、市政や諸宗教のエラいひとに会い、時には宗教礼拝にまで参列して自己アピールに必死だったので、その動きを知っているといっそう昨晩のフランソワ・オランド王の不出馬表明に同情を覚えたりもしました。

ウソかホントかわからないけれど、昨晩の生放送後に続いた特別番組の中で、フランソワ・オランド王は不出馬についてひとりで決め、最終的な決断に影響したのは元パートナーのセゴレエヌ・ロワイヤルと二人の間の子供たち四人だったそうです。昨日は一日中、オランド王から笑みが消えることがなく、何かから解放された故だったのかもしれませんね、と。ふぅうううん、なるほどなあ。オランド王と(我らが)セゴ姐二人のマリタル(婚姻せずに子供も存在する男女の同居)関係はオランド王が大統領に着座する以前に解消されており、オランド王が大統領の座に就いた時は無駄にキレいな中年女性をパートナーとして伴っており、その女性とも中途で破局。その破局と前後して女優ちゃんとのスキャンダルも飛んだわけですが、結局、大統領職最後には「元の鞘に戻る」のごとく、セゴ姐と二人の間の子供たちがオランド王個人のチカラになったということで。深いなあ。他人事ながら何か学んだような気になってます、あたしw

セゴ姐はオランド王とは大学生時代からの同級生であり、社会党青年層の同志でもありました。成人してからずっと二人は一緒だったと言っても過言でも大げさでもないように思えますが、書類上で離れたとは言え、おそらく生涯のカウンターパーツのオランド王に慈愛をもっての慰めの言葉をセゴ姐が与えたのだろうなあというのも容易に想像がついたりもします。「もういいンぢゃない?」みたいな、ね。それは、もしかすると「おつかれさま」に繋がるのかもしれませんが。フランソワ・オランド王の身分が何でアレ、フランソワ・オランドそのものの心身の器の大きさを知り尽くしている現時点での筆頭はセゴレエヌ・ロワイヤル女史であることは間違いないかもしれません。二人の間の子供たちの中で既に成人しているお子たちはオランド王またはセゴ姐の活動サポオト職にあったりもしますから、今後は二人のお子たちをどのように成熟させ、完全に独り立ちさせるのかという楽しみが婚姻関係がまったくなくても、両親として共通の喜びと苦悩でもあるのでしょうね。(図らずも感涙w)

昨晩から一夜明け、報道では敵対する左右野党や、オランド王と同じフランス社会党から既に次期大統領候補に出馬宣言している諸氏へのこの件についてのインタビュウも繰り返し流れていますが、オランド王の判断は賢明である、という意見も聞こえ、これまた「なるほどな」と感じ取っているところです。

フランス共和国の大統領職は現在、任期5年で再選回数一回、二期まで。だから、最高10年の間、ひとりの人物が共和国大統領の座に就くことができます。この権利から途中で去る、つまり次期大統領選に出馬しない人物はフランソワ・オランド王が「はじめてのひと」になりました。昨晩はオランド王の不出馬を知った直後から私の脳内映画館では一昔前の仏社会党から大統領選本選に出たリオネル・ヂョスパン元首相の敗退と、ニコラ・サルコぢの決戦敗退の映像が繰り返し上映されました。フランソワ・オランド王はその両者とも異なるクライマックスになりそうです。

オランド王は大統領職を離れた後、どうするのだろう?
サルコぢのように米国かスイスに移住ではないか?なんてキラびやかな妄想は何一つ沸かず、まさか人口より牛馬が多いほどの静かな故郷に引っ込んでしまうのかしら?・・・という妄想が出てくる始末。レ島に移住しちゃったヂョスパン元首相より若いので、田舎に引っ込むには早い気がしないでもない(もう決め付けているw)


le 2 décembre 2016, Bibiane

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by ma_cocotte | 2016-12-02 15:55 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)
モグラの勝利
昨日、2016年11月27日は中道右派による次期大統領筆頭候補選出のための最終予備選(第一回選挙での上位二名による決勝)の日でした。ココんちあたりは朝からずっと好天でしたので、投票場もひとが集まっていると思いきや、第一回投票に比べると閑散としていたらしいです。もともとフランス社会党の党員ばかり住む町なので、第二回投票となりフィヨンvsヂュペと決まったところで、どちらが選ばれても所詮同じ、どちらか勝った方に負けた方が従うのだからさ、という見切りがあったのでしょうね。私も木曜日を境にこの件についてのヒートダウンが甚だしく、正直、ヂュペの逆転勝利もあり得るンではないかい?と内心思っていましたが、私がどう思おうと私はこの仏蘭西共和国では投票権を持たないガイジン。近未来の大統領に「ガイジンは共和国から出て行け」と命じられたら出る立場です。ココんちの仏人♂は午前10時になる前、2ユーロを手に投票場である近所の小学校に行き、フィヨンに投票したそうです。たかが一票、されど一票w

兎にも角にも、昨日は投票締切の午後7時から一時間半後の午後8時半頃にはフィヨン圧勝の報が飛び交いました。地図を添えての対戦結果は以下のとおり。

b0070127_14551225.jpg

藤色がフランソワ・フィヨンで、66.5%
きれいな水色がアラン・ヂュペ、33.5%

と、ヂュペさんが勝利した県は共和国内本土では一週間前の第一回戦より減ったものの、地図の右下に一覧として掲載されている海外領土・海外県では善戦だったように思います。数字から見ても、初選で敗退したサルコぢ、ルメェル、ポワソンがフィヨン支持、ナタリ姫とコッペ(パン)がヂュペ支持を表明していましたから、おそらくサルコぢの支持者の相当数がヂュペに投票してこの数字になったのではないかと思います。そりゃ、自然の成り行きですわな。この数値でまぢ、他人事ながら安心しました。

で、ヂュペの敗因ですが、第一回投票日の翌日月曜から水曜までフィヨンの悪口、うわさ、デマの発信が過剰だったので、木曜夜のデバからいきなり「知性のヂュペ、都会的なヂュペ」をアピールしたところで時間が足りなかったように思います。それと、ヂュペは共和国の未来について「現状維持」の姿勢が強く、それって現政権、仏社会党の方針が現状そのものですから、ヂュペは社会党員ではなく仏共和党員なのに「話がおかしくないか?」となります。初戦第二位で決勝進出を決めた直後にヂュペは「攻める」と宣言したのに、未来については守りに徹していたようです。そう思えたのも、一方のフランソワ・フィヨンは「それって非現実的ではありませんか?」と思えるほど、もし自分が大統領になったらば、ああする、こうする、といろいろな改革案をずぅっと繰り返していたのです。それは予備選始まってすぐ、フィヨンが人気第四位前後をうろうろしていた時からです。昨日までの最後の一週間も、ヂュペ陣営からフィヨンの私生活についてのデマが次々出ても、そんなのは薄笑いの表情のみで開き直りと相手にしない姿勢を貫き、ひたすら「もし自分が大統領になったらば」の改革案を連日、繰り返していました。だから、昨日の、フィヨンの勝利宣言では自分の提案を多くのひとが知ってくれた結果だと。なるほどねぇ。それにしても、フィヨンさんはヂュペさんとそのブレインズに上から叩かれ、横殴りされても、よく耐えましたよね。あれでヂュペ陣営からの攻撃に応戦していたら、昨日の圧勝と認められる数値には至らなかったことでせう。

傍観している私個人の偏見に過ぎませんが、この頃の共和国民は政治においては大きな改革を提案し、私生活においては一昔古い時代のスタイルで生きている人物を大統領に、国父さんにしたいのかもしれない、と思いました。神聖賢愚帝サルコぢ以降、フランソワ・オランド王にしろ、今回の中道右派予備選にしろ、私生活でスキャンダルを流されている政治家の方がマヂョリティです。

さてさて、フランソワ・フィヨンさん。来年の初夏にはエリゼ宮の長上となるでしょうか。

中道右派がフィヨンさんに決まって、次は中道よりヒダリの次期大統領候補が次々と登場します。既に立候補宣言している方々含めて、もちろんオランド王と等しく、私生活スキャンダルの宝庫です。



le 28 novembre 2016, Catherine Labouré

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by ma_cocotte | 2016-11-28 15:38 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)
理想と現実の大違い
私個人の心の中ではかなりどうでもいい事項になってしまった、明日の中道右派の大統領筆頭候補選出最終決戦。はい、フランソワ・フィヨンvsアラン・ヂュペ。

おとといの夜に放映された両者のナマ討論番組以降、なんとなくアラン・ヂュペが挽回しているように思えます。その翌日の昨日の夕方からはフィヨンがパリ、ヂュペがナンシーで決戦前最後の演説をしたので、これについてもニュウス専門チャンネルで「なんとなく視聴」しました。内容はともかく、フィヨンよりヂュペの方が演説のスタイルがよろしい。米国人がスピーチ指導しているのかしらね。目線の動かし方がとてもうまい。フィヨンは原稿凝視する時間が長く、これは米国だったらダメダメです。ところが、スピーチ上手だったヂュペさん、ナマ討論の時はなぜか上半身が右に左にかなり揺れていたので、これはマイナスポイントだった気がします。

王様が存在しない仏蘭西共和国という国は不思議なもので、近隣諸国の王族とヴァチカンの教皇(カトリック教会での最長上さん)について尋常でない意識を持っています。こんなに意識するならば国王をギロチンにかけなきゃよかっただろうに、と思いますけれど、あの革命での行いはそれなりに賛美しているひとがいるにはいます。これも、共和国の観点からであって、そのカトリック教会からの見方をすれば革命から始まった残忍なカトリック聖俗信者への迫害は今でも絶句に値する涙、な~みだの過去なんでありますな。

だから、今も影でコソコソ涙を流している共和国民がたのハツをつかまないと、革命賛美だけでは票獲得に安心できないのが中道よりミギなんです。中道よりヒダリはそこまでの意識はないし、かなぐり無視の票田だったりします。

フィヨンもヂュペも「ロオマ教皇は我の味方」と錦の御旗を掲げたいのは当たり前ですが、仏蘭西のまじめなカトリック信者の多くは田舎に散らばったゾンビですので、フィヨンさんとヂュペさんが次々と提案する難しい話についてよくわかりません。農業改革についても村のたまり場あるバアなんぞでそれぞれのリーダーの話を通して「そうなんだっぺ。んだんだ。」となります。でも、単純な水域だと、どうしたって、誰もが一度は学んだ要理(カテシズムというもので、信者としての生き方のベースがわかりやすく箇条書きされている本)をもとに「他人(ひと)を見る」。その短絡的な域だと、どうしたって離婚経験なしの子沢山で毎週日曜に必ずミサにあずかっているらしいフィヨンさんが「わしらにはいいんでねーの」となるわけです。国父さまはみんなの見本であってほしい、というのも手繰り寄せれば要理やら結婚の準備講座で教えていることにつながったりします。
だから、きょうの時点でもフランスのカトリックヲールドではフランソワ・フィヨン優勢でごわす。

でも、何度も繰り返しになっちゃうけれど、21世紀に入って15年を過ぎた仏蘭西共和国に生活宗旨を守っているカトリック信者(家庭)は5割を大きく切っているので、上に長々書きなぐったことは勝敗を見定める票読みの参考にもなりゃしません。

でも、単純に言えることはロオマ教皇は宗教者であって、フィヨンもヂュペも政治家であることです。

前者はこの世における究極の理想を語るけれど、後者は現実において究極の理想を語るなんてしません。

この点でフィヨンが同性婚法案と堕胎法について曖昧なのはカト的に正解。
明日だけれど、ヂュペ逆転もあるンぢゃないかなあ。ひんやりw
月、火、水と徹底的に低俗なフィヨンについてのウワサ、デマ、批判を流し、木曜からは徹底して人が変わったようにヂュペの知性を売るってなかなかの戦法ですよ。まるで、目からウロコのパウロぢゃん。勉強になりました。


le 26 novembre 2016, Innocent

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by ma_cocotte | 2016-11-26 18:06 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)