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「微笑む豚」噺の続き、
ココんちの地元の朝市で売られている lapin ラパン、=うさぎちゃんたちです。
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せつないほどかわいい と思います。


でも、朝市のお惣菜屋さんの店先には、
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Fricassée de lapin du Lubéron
リュベロンのウサギのホワイトソース煮込み
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おいしそうだけど、おいおいお....(T_T) 複雑ぅ。
そういや、南仏に住んでいた頃、ココんちの仏蘭西人♂のママンのお家に行くとにんにくの利いたウサギのホワイトソース煮が出たことがありましたよ。鶏肉のようなんだけれど、モソっと咽喉あたりに残る感じは鶏レバーのようかも。美味しいンですけれどね・・・かわいいウサちゃんを見てしまうとなるべく食べたくないな、と思ってしまったりしますし、スーパーで「因幡の白兎」状態で並ぶウサギを見ると泣けてきますよ、あたしゃ。

le 20 décembre 2007, Théophile
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by ma_cocotte | 2007-12-20 02:06 | Thé ou Café? | Comments(12)
ご慶事には『尾頭付き』ですわよね。
ノエルまで一週間となりました。
そろそろご慶事に向けて本格的準備に入らねばなりません。
お買い物♪ お買い物♪ ですが、こんな広告がココんちのポストに入っておりました。
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内臓抜き お かしら つきの  半頭分


.....いやはやなんとも。
豚半頭分の売りなのにお頭はひとつ付いているという摩訶不思議。

b0070127_4234981.jpgフランスのテレビでもたまに時代劇ドラマが放映されますが、中世時代劇となると必ずと言って良いほど宴の場面に豚のお頭付きの丸焼きがメインディッシュとして登場します。「宴」と言っても、時には異端者の火炙り刑を見物しながらの宴だったりするので、そういう場面に慣れないガイジンにはそのようなものを眺めながら酒を飲みつつ食事をすることができる自体、信じられなかったりいたしますが、牛より豚が宴の人気メニュウだったことは「知る喜び」でございました。

← この本「Gastronomie de Moyen-Age 中世の美食」の表紙の中の「おかしら」はいのししでしょうか。キバが見えますね。
冬と言えばいのしし料理の季節でもあります。トマトソースとたっぷりの野菜でコトコト煮た料理です。身体が芯から温まり、なかなかの美味です。

今年の冬は寒いです。寒すぎです。

le 18 décembre 2007, Gatien
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by ma_cocotte | 2007-12-18 03:40 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(16)
次から次へと濃い客ばっか、
ついこないだおチャベスが来たばっかなのに、今度は
コロネル・カダフィ かよっっ!
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Nicolas Sarkozy accueille Mouammar Khadafi le 10 décembre 2007 à l'Elysée à Paris
Eric Feferberg AFP



こってり 濃すぎ


つぅか、
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おっさん、顔を いぢりすぎ。


カダフィっつぁんをボカして正解、AFP
いんやー、おとといだったかポルチュガルの会議場で挨拶をするカダフィ将軍と皇帝サルコ一世の動く映像なんてものを拝見しましたが、この顔にピントがあって動くとオカルトだぞ。カダフィ将軍の現在の御尊影を拝してしまいますと、ヂャニ・アリデのいぢり具合なんてまだカワイイもんよ、おまいさん。

さて、カダフィ将軍。
Mouammar Kadhafi さんは北アフリカはリビアの君主であらせられます。
1969年9月1日のクーデタ後、おカダフィさまはずーっとリビアで一番エラいヒトです。この方の息子さんは花の都おパリにお住まいですが、確か数年前シャンゼリゼ通りを左側通行で逆行しても無罪放免だったという記憶がほんのちっぴり脳裏に残っております。そいつの親がこうして12月10日、34年ぶりに公式来仏しやがったのですが、この40年近い君臨においておカダフィさまが裏で関わったとされるテロ支援についての信憑性ある噂の数は数え切れず、今回の来仏で皇帝サルコ1世がおカダフィさまを「我が良き友よ」と歓待したことを批難するヒトは数え切れないほどであります。誰もが口にするのは
大統領は人権より金を重んじた。
であります。っま、そっ言われちゃってもしょーがないっかなー♪と思いますよ。なんでもおカダフィさま、今回の来仏で100億円以上を携え、なんとエアバス機を21機(約30億円)と原子炉を購入してくださったさふでございます。おまけに戦闘機も御所望なんですと。これまたついこないだの皇帝サルコ一世が好きなヒトだけ誘っての中國公式訪問 に続き、お金をたんまり懐に突っ込んでくださるヒトが皇帝さまにおかれましては「我が良き友」の第一条件であって、誰が何と言おうと「人権問題」と「商談」は別問題なのだそうです。これまでの言動から薄々気付いてはおりましたが、この皇帝、魂を売っちゃったとしか思えんの。大統領就任後、モロッコ、中國、アルジェリア、ヴェネズエラにリビアとコテコテドロドロベットリネットリんちょな外交相手先でございますわね。後で大きくて重すぎる見返りがフランスに跳ね返って来て、それに向き合うのは皇帝ではなく共和国の三角形底辺の人々のような気がします。三角形の頂点はなんせ皇帝に気に入られようと必死ぶっこいているもの。必死のぶっこき方は
金、
良心でも誠意でもないわけよ。ε= (´∞` ) 最低としか言えない。
こんなマネ、マネ、マネーの自己満足外交をいつまでおル・モンドさまやおリベラシオンさまがキレずに見ていられるのか、カウントダウン状態に入ったかもしれません。セゴ姐曰く、
経済・軍事契約締結のために人権の伝統を踏みにじっていいのか
ご尤もでございます。セゴ姐の公約は「フランスの伝統は守る」だったもの。

...次に控えし濃ゆい来客は誰だろ?

le 11 décembre 2007, Daniel
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by ma_cocotte | 2007-12-11 04:57 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(4)
今年の12月はわかりやすい。
12月も3日を過ぎました。ε= (´∞` ) 早いものね、一年って。
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フランスの生活習慣では暦の上でAvent アヴァン、=待降節に入るとクリスマスと新年の準備に入ります。家の中を飾り付けたり、少しずつご馳走の下準備に入ったり、などなど。このAvent アヴァンはカトリックの典礼暦に基づくもので、たいてい11月後半から12月はじめの日曜日のどれかからAvent が始まります。この日曜日をもってカトリック暦では一足早く新年に入るのだそうです。この日からクリスマスまで節制しつつ、24日の深夜にクライマックスのごとく大祝賀できるようコツコツと準備するのです。

今年2007年のアヴァンは12月2日でした(カトリック的には既に2008年)。師走の入り、12月1日が土曜日ということで、ココんちの地元では12月1日から旧市街にFoire de Noël フォワァル・ド・ノエル、=クリスマス市が立ち始めました。12月に入ると同時に市が立つとは今年の暦はわかりやすくてよろし。どんよりと重い曇り空の土曜日の午後、クリスマス市の初日をひやかしに行ってみました。
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今年の冬はとても寒いので、甘いもの屋さんで揚げたてのチュロスやベニェ(=ドーナツ)、焼き立てのクレープやワッフルを買ってほおばりたくなります。どこのお店もVin chaud ヴァン・ショ、ホットワインを置いています。ヴァン・ショですが、各店でまったく違う味が楽しめる飲み物です。飲み比べを一度にしたら酔っ払っちゃいますね。

こちら(↓)は「サンタクロースの帽子屋さん」
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こちら(↓)は私個人が興味あります「モロッコの焼き物屋さん。」
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お皿だけでなく奥の棚に見えるアクビちゃんのようなタジーヌ鍋が欲ぢい。仏蘭西と縁が深いマグレブ三国(アルジェリア、モロッコ、チュニジア)の中でモロッコ料理が一番美味しいというのは誰もが認める事実だったりしますが、このタジーヌ鍋で作られる蒸したお料理は絶品であります。初日だったのでまだ品物が全部出揃っていません。また覗かなくては。

こちら(↓)も地中海沿岸のお菓子屋さん。大好物。
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白蜜に長期間漬ければ漬けるほど柔らかく、美味になる中東のお菓子。腹持ちが良いのでラマダーン時にはイスラームの方々は日没と共に明け方までこれをずーっとつまんでいるので断食なのに太ったりするのです。太るってわかっていてもついつい手が出るお菓子です。南仏にいた頃は気軽に手に入るお菓子だったけれど、ココ新天地に引っ越してからは貴重な出店だったりします。

中東のお菓子屋さんの真向かいにはPain d'épice パンデピス、=香料パン屋さん。
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パンデピスというのは蜂蜜とお砂糖をたんまり入れて焼いたケーキが基本。そこにドライ・フルーツやナッツ、チョコなどいろいろな味を加えて楽しめるお菓子です。長期保存が可能なお菓子だったりもしますが、お仏蘭西人はこの焼き菓子にバタアを満遍なく2mmくらい塗ったくり、それをカフェオレやらショコラ・ショ、牛乳に浸して口にいれ、「C'est bon!美味い!」という荒業をやってくれます。パンを飲み物に浸した瞬間、表れる油膜を見た段階で
щ(゚Д゚)щ Non, merci! いや、結構です。
丁寧にご遠慮申し上げるあてくしであります。ケーキだけで十分ベトベトにド甘いあるよ。

さて、最後はこちら(↓)。
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なんてこたあない緑の木々。よく見ると根がありません。これがお仏蘭西のクリスマスツリーです。家族で選んで、パパが肩にかついで家に持ち帰り、家族揃って飾りつけ。
もういくつ寝ると、ノエルなんでしょ?
ノエルに向けて、心のお掃除もせねばの。

le 3 décembre 2007, François-Xavier
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by ma_cocotte | 2007-12-03 21:50 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(17)
カっとして、グっと来て、パっと断交を宣言しちゃうのだから。
今から10日ほど前の11月19日、突然、ヴェネズエラのおチャベス大統領閣下がご来仏あそばして、5年以上前からコロンビアの極左組織に誘拐拉致されたままのイングリット・ベタンクール女史の救出をほのめかしました。フランス皇帝サルコぢ一世が住まうエリゼ宮殿においてもその意向は大歓迎され、フランスで母上の救出を祈るベタンクール女史の二人の子供や支援者もモアイにお似ましのおチャベスさまを潤んだ目で神を仰ぎ見つつおチャベスさまの今後のご活躍に祈りを捧げたのでありました。
ところが、です。
ヴェネズエラにお戻りあそばしたおチャベスさまがコロンビア政府と極左ゲリラ(コロンビア革命軍、FARC)の仲介交渉を始めるに当たり、どうもコロンビア政府を無視してコロンビア国軍との交流をとり始めたことで、コロンビア政府側が大統領の名の下にチャベス大統領を介した交渉を打ち切ると21日に発表しました。今後はおチャベスさま抜きで交渉を続けるそうです。この世には時差がありますので、おチャベスさま来仏3日未満でこんな展開を見たのです。コロンビア政府の措置を知ったフランス皇帝サルコぢ一世におかれましてはコロンビア政府に「おチャベスさまに今のあなた方は従うべきです」とご進言。コロンビア側は皇帝サルコぢ一世の意見を受け入れませんでした。
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↑ 左がウリちゃん、右がチャベたん ↑
こんなべっとりねっとり密蜜な時もありますた。

Photo par AFP

つくづくおチャベスさまの感情は蛍光灯のごとく、電流の流れの悪い豆電球に譬えられます。25日、おチャベスさまはスペイン、コロンビアの二国との関係を凍結すると発表しました。なぜなら15日前の11月10日、チリのサンチアゴでスペイン国王から Por qué no te callas! 黙らっしゃいっ! とテレビ生中継中の会議の席上で一喝されたこと、続いて4日前にコロンビアに人質救出交渉の仲介役から外されたからです。「スペインはベネズエラの尊厳を傷つけた」「コロンビアはベネズエラ国民の顔につばを吐きかける行為をした」ので「スペイン国王が謝るまで」「コロンビア政府の人間は信用できない」、ゆえにスペインおよびコロンビアとの関係をベネズエラは凍結するンだそうです。「ベネズエラの尊厳」というよりおチャベスさま個人のプライドを傷つけられたことでおチャベスさまのご体内の「お疳の虫」が治まらないだけぢゃないのかすらね?

それでもスペインもコロンビアも 無視 しか示さなかったことで、おチャベスさまのご体内の電圧器まで調子が悪くなり始め、とうとう28日になっておチャベスさまはコロンビアとの国交断絶を宣言しちゃったのでした。コロンビアのウリベ大統領の任期中はぜーったい国交を回復しないって決めちゃったんだそうです。凄いよね、おチャベスさまは自称「我こそは本物のマルクス主義者」だよ。他者を威圧するほどエラいけど、底辺の人なんだよねぇ。

なぜかわざわざパリまでいらして『イングリッドは生きている。私はそれを確信している。』と滞在先ホテルに入る手前でつぶやいた(!)のがベネズエラに生中継されるという演出までしてベネズエラ国民に「我こそは全知全能」をアピールしたおチャベスさまは28日には「僕に縁を切られたら60億ドルの両国間貿易に打撃をもたらしちゃうンだからね♪」と断交宣言の中で述べて、ベネズエラ国民にまたも「我こそは全知全能」を見せ付けました。とっころが、
今もって、コロンビアからは無反応。
チャベたんは無視されてるらしいよ・・・・。おばちゃんはスペインやコロンビアがベネズエラにイヂメなんかしていないと思うよ。おチャベスさまは過去にもメキシコやペルーからの大使を召還し、ベネズエラ国民には「全知全能の絶対権力」を見せつけ国内を威圧していましたが、国際的に傍観するとおチャベスさまがそうしたところで貿易にはほとんど影響がなく、今回の「おチャベスさま断交宣言ショウ」が興行されたからとて両国間の外交のみの対立のみで経済はプルンとも動かないでありましょう。
おチャベスさまってハッタリかまし屋だよね。(-。-) ボソッ
フランスの共和国民の反応はベタンクール女史を救ってくれると宣言したおチャベスさまを「信じ」、「従おう」と主張する人と、救うにしてもそこに民主主義はあるのか?目の前の甘いエサに騙されずフランスは熟考して前進すべし、と慎重論を唱える人に二分しつつあります。確かにベタンクール女史の子供の立場になれば「一日も早い救出を願う」のは当然なんではありますが、子供達が「ママンを救ってくれるおぢちゃん」を盲目的にお慕い申し上げ始めているのもテレビの画面からぢっとり感じ取れる現状です。
こちら(↓)、昨晩放映された生討論番組のビデオです。深夜の大舌戦!
Ce soir (ou jamais!) : L’Amérique latine de Chavez
さて、現代フランスの帝政の中におります一ガイジンとしましては、皇帝サルコぢ一世が内政におかれましては極右でありながら、外交におかれましては 中國さま やベネズエラさまとベットリぬるぬるしつつ任期一年未満の小ブッシュにワンワンという理解に苦しむ「珍帝」にしか見えません。本当にこの地球は21世紀から7年、まもなく8年目に入るのか・・・おフランスはどうも近世どころか中世時代にタイムスリップしつつあるのではと思いつつ、私は少しずつ荷物をまとめようかな・・・と。

le 29 novembre 2007, Saturnin
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by ma_cocotte | 2007-11-29 18:37 | 『?』なチュウナンベエ | Comments(6)
そーいや、サルちゃんは今、どこに?
おかみさーん、中國ですよ。
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Copyright © 2007 AFP

なんとサルコぢ大統領閣下、共和国内がストやら、暴動やら、物価急騰の暗い話題でどろどろの中、それは内政問題だからとフィヨン首相にお任せして、閣下ご本人は日曜日から3日間、中國にいらっしゃいます。26日月曜日には約200億ユーロ(¥160くらい=@ユーロ)の商業契約を両国間で結ばれました。中國さまはエアバス社のA320機を160機を120億ユーロでご購入くださったそうです。
さらに原子力関係で AREVA が中國さまから80億ユーロもの契約を取り付け、原子力廃棄施設建設のために150億ユーロを双方で出し発展に努めることもお約束。ついでにEDF(フランス電力)が中國の電力会社株を約30%取得したのだとか。更に、更に、コンテナ輸送のCMA-CCM、Alcatel-Lucent テレコム、Sanofi-Aventis 製薬会社が中國さまと契約を結び、中國内に工場など拠点を建設するのだそうです。ε= (´∞` )bof。

なんちうか、この契約の基礎固めはサルコぢさまが内相時代の中國訪問で造られていたのかもしれませんね。「あてくしが大統領になったあ暁にゃあ」と、自分に投票してくれる中國人受け入れでも内約していたらスッキャンダールだぞ。内相だったらそれが思いのままだったりしますんでね(おフランスの移民管理は内務省一括)。

さて、ハンガリー亡命貴族を父に持つサルコぢさまがフランス共和国大統領におなりあそばして最初に選んだアジア訪問先はこのように中華人民共和國でした。離婚したばかりのサルコぢはこの訪問に母上と次男を同行しました。
こちら(↓)で、中國でピチピチのおサルコちゃんを拝見できます。
TF1 : La première visite officielle de Nicolas Sarkozy en Chine
このニュウス(↑)で流れたサルコぢさまの演説でやたら「フランスは目が覚めた」とかおっさってますが、阿片でも吸ったんですかね?(-。-) ボソッ

この「ニコラ・サルコぢ新フランス大統領お披露目ショウ」が中國で開催されるにあたり、数日前、ご立腹された方がいらっしゃいました。
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我らが アラン・ドロン Alain Delon さまであります。
Photo AFP : Olivier Laban-Mattei

全国紙おル・フィガロさまには Alain Delon furieux contre les «charlots» de l’Elysée エリゼ宮の『シャルロ』に対し、激昂のアラン・ドロン という見出しが載ったほどであります。何がアラン・ドロンさまを激怒させたのかと言うと、この中國訪問直前に招待状もなくエリゼ宮スタッフがアラン・ドロンさまをエリゼ宮に呼び出し、口頭で"Viendra ? Viendra pas ? 来るの?来ないの?"とサルコぢ大統領閣下の中國訪問随行を求めてきたんだそうです。これに対し、アラン・ドロンさまは先約があるという理由で拒否、なんとその先約とは11月25日がアラン・ドロンの娘アヌゥシュカ Anouschka ちゃんのお誕生日でありました。シャルロ Charlot というのはフランス国内で造られた単語で「チャーリー・チャプリンの映画のような現実」を指します。アラン・ドロンさまはこの件ではっきり«très humilié まったくもって恥だ»と述べてらっしゃいます。そして、正直に「話が遅すぎる」とも。

サルコぢ大統領閣下の目論見ではアジアでは伝説的美男子超ウルトラスーパー大スタアであるアラン・ドロンさまを随行すれば、それだけで中國さまに生プレゼントができると考えられたようです。アラン・ドロンは«l’image de la France フランスのイマージュ»そのものなのだから、と。アラン・ドロンに断られたことでサルコぢさまのご一族随行者以外では環境相、経済相、ラファラン前首相。もっちろん、法相のラシダ・ダチ Rachida Dati がべっとりフジツボで大統領閣下にくっ付いていることは今もいつも世々に至るまで変わらない事実であります。

なんちか、サルコぢさんってどこの親父もご自分と同じ感覚で、家庭が二の次、三の次とでも思っているんでしょうかね?で、家庭の二の次、三の次以降にすることが「正しいこと」で「余に倣え」とでも?そりゃ、おフランスの芸能人の多くが自由恋愛を経験し、離婚再婚も繰り返しちゃあいますが、その繰り返しで既に懲りている人もいるって、恋愛中のサルちゃんには理解できないのかもしれません。未熟者めが。サルコぢ一世の帝政ならば大統領の命令に娘の誕生日も諦めて中國にアラン・ドロンがほいほいと付いて来るもんだ、と閣下が見積もっていたとするなら、暴君サルコぢ一世の慢心・傲慢も病的ですわな。ミ○(;`_´)o パーンチ

大統領閣下の中國滞在最終日の火曜は上海らしいです。

来年8月の北京オリンピック開催まで中國に大統領がいらしても、フランス国内はなんら変わらないような気がしてきました。どうぞラシダちゃんと心行くまでごゆっくりなさいませ。

le 26 novembre 2007, Delphine
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by ma_cocotte | 2007-11-26 16:35 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(8)
おチャベスさまの、ご来仏。
昨晩、ヴェネズエラのチャベス大統領閣下殿様が来仏あそばされました。
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Copyright © 2007 AFP

今回のチャベスさまの来仏の主たる目的ですが、サルコぢ大統領閣下との『対等な面会』ではなく、イングリッド・ベタンクール Ingrid Betancourt という一女性について、でなのであります。
この女性、フランスとコロンビアの二つの国籍を持ち、2002年当時、コロンビアの次期大統領候補のひとりでありました。ところが、2002年2月、コロンビア最大の左派ゲリラFARC(コロンビア革命軍)に誘拐されたまま、いまだ行方も生存も不明のままです。今年46歳を中南米のどこかで迎えられたと思われます。フランスにはベタンクール女史の二人の子供(メラニ Mélanie と Lorenzo ロレンゾ)、そしてこの二人の父親である前夫と中道左派より左が中心となって救出運動(主にデモ行進)を繰り返し行っています。
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私が住む町の役所も、市長がPS(社会党)なので正面玄関にこのようなベタンクール女史救出をアピールするポスターが常に掲げられています。誘拐後こんにちまで、テレビやラヂオの報道番組では定期的に長女メラニィが出演し、母親がコロンビアで行方不明になっていることをフランス共和国民が忘れないで欲しい、一日も早く救出して欲しい、と訴え続けています。
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左がメラニィちゃん、真ん中がロレンゾくん
@11月19日パリで行われた救出祈願デモ
Photo par Reuters

この件についてフランス共和国政府がまったく動いていないわけではありませんが、2003年夏、フランス当局がベタンクール女史を救出しようとした作戦を試みたことでブラジル政府が主権侵害を理由にフランスに抗議した事実もありました。この時、フランス政府の言い分はベタンクール女史の家族の要望を受けて、ゲリラ側との解放交渉をする目的でコロンビア国境近くのブラジル側アマゾン川中流のマナウスに軍輸送機ヘラクレスを派遣しましたが、この救出作戦が失敗に終わったことが、おル・モンドさまの報道で明るみになったのでございますね。で、当時外相だったド・ヴィルパン氏(後の首相)がブラジル政府に事前に承諾を得ていたと正当な作戦だったと主張したましたが、ブラジル政府は駐伯の大使を呼び、説明を求める一方、ブラジルの下院外交国防委員会は「ド・ヴィルパンの嘘つき」と批難し、フランスから事前連絡がなかったと主張しました。これを受けてド・ヴィルパン氏があっさり事前連絡が「できなかった」と謝罪して炭火が消えたかのようになった、なんてことがかつてあったのです。
で、おコロンビアのおゲリラですがベタンクール美女史の解放条件として、病気中の幹部の治療と多額の身代金をフランス側に要求。前出のおフランス救出隊には医療チームが参加していたという噂もありました。

大統領選に立候補宣言しながらも誘拐されて見つからないままのベタンクール女史ですが、コロンビア国内ではこの誘拐事件についてあまりニュウスになっていないようです。現在のコロンビア大統領はアルバロ・ウリベという新自由主義者を自称する方で、2002年8月に就任。この方のご両親はゲリラに殺されており、その恨みを背景に対ゲリラ武力行使強硬を唱えての就任にも関わらず、就任後すぐ極右武装集団AUCの武装解除交渉に成功したことで一時は65%もの驚異的支持率になったほどです。ベタンクール女史はウリベ現大統領に比べると穏健対話を左派ゲリラに求めていたのに誘拐されてしまったのです。

イングリッド・ベタンクール女史の誘拐から5年以上が過ぎ、突然チャベスさまから絶望しそうになっているフランスに残された家族に「ママンは生きているよ。おぢちゃんが救出してあげよう。」と話が持ち込まれたのでありました。
11月20日午前0時54分着の AP 電によりますと、
"Ingrid est vivante, j'en suis certain", a déclaré le président vénézuélien à des journalistes devant son hôtel parisien. Ses propos étaient retransmis en direct sur la télévision publique vénézuélienne.
『イングリッドは生きている。私はそれを確信している。』とパリの宿泊先前で報道陣に向かい、ヴェネズエラ大統領は宣言した。彼の談話はヴェネズエラ公共テレビ局に生中継された。
ε= (´∞` ) Bof。 どうやら自らが救世主であることを自国民にアピールするのが深層目的のようでございますね。マルクス教徒のチャベスさまがどのように極左ゲリラからベタンクール女史生存の情報を得たのでありましょうか。こんな宣言をするためにパリにおみ足運び、家族を慰め癒す救世主を演じるなら、いっそナマのベタンクール女史と一緒に来仏あそばされた方がフランスの平らで凡な民に神を忘れさせられるほどの存在になれたでありましょうに。そして、マルクス教で頭飛ばしの大躍進出世、つまり世界の全ヒダリから崇敬のナマ神扱いになれましたものを。リビアからブルガリア人を救った前妻を持つサルコぢとまさに「対等の分かち合い」もできたでしょう。このもったいぶった来仏がおチャベスさまの自国民向けパーフォーマンスだけで「なかったこと」にならないよう、真のベタンクール女史救出が一刻も早く実現するよう祈ります。

さて、おチャベスさまと言えばスペイン国王陛下に Por qué no te callas! 黙らっしゃいっ! と公の席で一喝されたことが記憶からなかなか消えてくれない事実ではありますが、なんとこの国王陛下の Por qué no te callas! 黙らっしゃいっ! がスペインで大人気となり(そりゃ、なるわなヾ(`◇´)、この"Por qué no te callas!"をあしらった商品が大ヒット、おまけにきょうび、この一喝が着メロとして出され、事件から10日経つか経たないかのうちに約50万人がダウンロードし、150万ユーロ(2億5千万円弱)の収益を得たそうです。更におまけに「www.porquenotecallas.com」がオンライン競売に出されており19日時点で入札価格は1万ユーロ以上に跳ね上がっているそうで。なんつうかスペイン・ラテンなノリがリアルになっているなあ、と思う次第。誰も「そういうことをしたらチャベスさんをいぢめていることになりませんかあ?」と言わないところが国力は日本よりないにしろ成熟したオトナの感性の国ですわなあ。

おあとよろしいようで。(-。-) ボソッ

le 20 novembre 2007, Edmond
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by ma_cocotte | 2007-11-20 15:54 | 『?』なチュウナンベエ | Comments(4)
ぢわぢわと。
例の お薬水 を買った頃、恥ずかしながらはじめて私はコレ(↓)を買いました。
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この紋所が目に入らぬか?

紋所の中身が目に入った時を想像すると身がよぢれたりいたします。ヾ(`◇´) 
そう、萬金油、タイガーバームです。
半月ほど前、外国人向けのフランス語講座に出席した時、トルコ人の女性が足のむくみに悩んでいると話したところ、すかさずタイ人の女性がタイガーバームの小瓶を携えてトルコ人女性のむくみの部分に塗り、マッサージを始めました。このマッサージを2~3日続ければ治る!と、タイガーバームの小瓶を気前良くトルコ人女性の手に握らせました。タイ人女性の話で、おらが町のはずれにあるアジア食材店のレジ近くでタイガーバームを見つけられる、と聞いたので、慢性肩こりと腰痛持ちの私は早速そのお店を訪ねてみました。が、レジ近くを見回してもタイガーバームらしき物は見当たらず、しばし視野を広げたり狭窄してもみました。いい加減見つからないので、レジの男性に尋ねると、なんとレジ机の下からカラフルな小箱を取り出してくださいました。
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5.95ユーロ。適正価格でしょうか?ムッシュウは「サロンパスもあるよ」とおっしゃってました。そう言われてみると、フランスでこの手の筋肉痛の痛みを緩和するお薬を見たことがありません。帰宅して肩やら腰やらふくらはぎやら塗りましたが、塗ってしばらくするとぢわぢわと患部に染み入る感じが実感できました。ハッカの香りですーっと涼やかなのに、ほっかほかと奥に沁みていくような不思議な感じです。イイものが地元で買えると知ることができました。鼻づまりに効きそう。(^_^)

ところが、です。

タイガーバームを地元で買えることを教えてくれたタイ人女性はもう地元にはいません。ちょっと前、フランス人のご夫君とタイに移住してしまいました。というのも、フランスではよくある話ですが、このご夫妻も母国で既婚歴のあるアジア(または東欧)系女性とフランス人男性の中年再婚カップルです。タイ人女性は一度は子供を母国に残したまま単独でフランスに住み始めたにも関わらず、数年後に母国に戻るというパターンです。このタイ人女性の場合、タイの実家に子供二人を預けたまま来仏し、結婚を契機にフランス国籍取得のための準備にも入りましたが思うように進まず、そうこうしているうちに子供が恋しくなり、ご夫君が定年を迎えたこともあり、ご夫君を説得しての帰国だそうです。

こうすることでタイ人女性がこれまで続けてきたフランス国籍取得の準備はチャラになってしまいます。今年5月、サルコぢが大統領になって以降、共和国内の外国人長期滞在者への滞在条件はどんどん厳しくなっているのも事実です。フランス共和国内で適用される社会保障制度を駆使すれば、難民であろうとガイジンであろうと「普通の暮らし」ができた共和国ですが、その恩恵にあずかれる条件や日数設定が厳しくなっているのです。来月だったか、外国人滞在希望者に対してのフランス語学力試験が各地で実施されます。おまけに、ガイジンだけでなく共和国民全体に関わることでは共和国内の物価が恐ろしい勢いで上昇しており、生きるためのエネルギー源である食生活に目に見えて響き始めているのです。(なんと今月は毎日どこかでストライキ。きょうは国鉄ストライキの第四日目ざます。毎日ストライキなのも新しい大統領のおかげ、いや、せいだな。)

このタイ人女性の言い分では、この半年でフランスの国内物価が急上昇し何を買うのも不安になるけれど、タイに戻れば不安もなく美味しく物が食べられるし、丁度時同じくして夫が定年になったこともあるので子供と親が待つタイに戻るのだそう。このフランス人の夫さんはタイの田舎でスーパーマーケットを始めるつもりらしいです。それもフランスでは難しいけれど、タイなら簡単に実現することなのだそうです。このタイ人女性と似たような話をメキシコ人女性からも数か月前に聞きました。フランスでの生活が苦しくなり始めているので、メキシコを生活拠点にしつつ、フランス人のご夫君と墨仏間輸出入業を始める計画を立て、我らが地元の商工会議所の起業講座に登録したそうです。

確かにヴァカンス明けの9月以降、何もかも値上がりし続けています。ぢわぢわと生きていくための苦しさを実感していたりします。このままだと共和国の庶民が飢える日が来そうです。
大統領閣下、
ブリオッシュも値上がりしていますので、パンの代わりになりません。

le 17 novembre 2007, Elizabeth
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by ma_cocotte | 2007-11-17 20:49 | 『?』なたわ言 | Comments(4)
「母国にいられなくなる」という事実。
旧ソヴィエト連邦内の一国、グルジアで非常事態宣言が発令されたそうです。
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La police géorgienne tente de disperser des manifestants,
le 7 novembre 2007 à Tbilissi.
Photo par Zviad Nikolaishvili@AFP

ロイター電にはこの件についてこんな感じで書かれていました。


グルジア大統領、全土に非常事態宣言を発令

2007年 11月 8日 12:24 JST [トビリシ 8日 ロイター] 

グルジアのサーカシビリ大統領は7日、大統領辞任を要求する反政府デモ隊鎮圧のため機動隊を投入し、全土に非常事態宣言を発令した。
2003年に権力の座に就いて以来、最大の政治危機に直面している同大統領は、米国との関係強化を進めることに不満を持つロシアがグルジア国内の騒乱を煽っていると非難している。
ノガイデリ首相は、当局がクーデター計画を未然に防いだと述べ、アルベラゼ経済発展相は、15日間の非常事態宣言下ですべての独立系テレビのニュース番組は放送禁止となることを明らかにした。
サーカシビリ大統領は、反政府活動にはロシア情報機関が関与している証拠があるとして、ロシア外交官3人を国外追放するとともにロシアから自国大使を召喚した。

Cf. http://jp.reuters.com/article/domesticEquities/idJPnTK806499920071108




私個人といたしましてはソヴィエトがああなっちゃった後、ゴルバチョフ氏とシュワルナゼ氏というのは改革のヒーローズのように見え、後にシュワルナゼ氏がグルジアの大統領におなりあそばしたと漏れ聞いて「グルジアは平和になってよござんしたね」と安堵した時期がありました。ところが1992年から2003年まで11年もの長い間、シュワルナゼ氏が国家元首の玉座に長居しすぎたせいかグルジア国内が不安定になり、シュワルナゼ氏が玉座を去って後、ますます不安定になってしまい、とうとう非常事態宣言発令という深刻事態にまでなってしまいました。(シュワルナゼ氏ご本人は失脚後、ロシア国内にお引越しちゃったと漏れ聞いておりまふ)。

さて、グルジアですが、お仏蘭西語だと Georgie ヂョルヂィという国名になります。
ヂョルヂィという国名を聞いてちょっと思い出したことがありました。

今年の7月はじめ、地元の納涼会に行きました。初夏の夕暮れ、みんなで一品持ち寄りでのバーベQパーチィです。30人以上集う盛会になりましたが、その宴席の隅に3歳になるかならないかの子を連れ、臨月を迎えた大きなお腹を抱えるマダムと彼女のご夫君がいました。彼女のそばに彼女が持ってきてくれたパイが置いてありました。私はそれをひとつ摘み、ポン!と口にいれたら、酸味のあるチーズが口でほろっと溶けてとても美味しい料理なのです。フランスではじめて食べた味だったので彼女に質問したら、グルジアのパイだと教えてくれました。フランスの中西部のド田舎町でカスピ海の向こうのグルジア料理を味わえるというのも摩訶不思議な気分になりました。
このグルジアからいらしたマダムの話によりますと、一年ほど前、この一家はグルジアを「追われ」、フランスに入国したそうです。なぜフランスに来たのかというと、ご夫君がBrigade Criminel (ブリガァド・クリミネル)だったためグルジアに「いられなくなった」のだそうです。ブリガァド・クリミネルという職種は日本語に訳すと何が適当でしょうか。「国家警察の刑事班所属隊員」かしら・・・兎に角、ごっつい職というか、心に疚しいことがあるヒトの前でこの職を挙げたらちびる職だと思われます。
このご夫妻、フランスに移住してからSecours Catholique スクゥル・カトリック、=日本のカリタスの好意で日常生活指導や仏蘭西語の勉強を続けているのだそうです。そこはかとなくロシアっぽい雰囲気のマダムは美しい笑顔でご自分たちの事情を話してくださいましたが、その間、ウクライナっぽいゴツさが漂うご夫君は無言のまま。もしかしたらブリガァド・クリミネルだったかしら・・・なんて内心思ってしまったりもしました。それから一時間以上もして宴会も盛り上がっていたところ、突然このご夫君が私に日本語で話しかけてきたのです。
щ(゚Д゚)щ 驚きましたねぇ。
旧ソ出身でカスピ海の東岸の本当に小さい国から地中海やらアルプスを越えてフランスに亡命状態の彼がですよ、いっきなりフランスから自分の母国を飛び越したはるか向こうの国、日本の言葉を話し始めたのです。それも流暢なの。
なんとこのご夫君さん、グルジア国家警察時代に水道橋の講道館に柔道留学なさってたそうであります。いや~、膝ポン!なお話ですわよね。私の知らない世界ではありますが、聞けば納得の留学事情といいましょうか。柔道や空手のような武器を使わない護身術や「警棒」をつかっての防衛はきょうび欧州各国の警察で流行の技であります。なんとあのヴァチカンのスイス兵(=ガーブチョンズ)におかれましてもこれらの武術取得は必須だとも伺っております。

そういう交流が国境を越えてできるのに、グルジア国内ではクーデターの危険があるとかで大統領閣下が非常事態宣言を発令しているというこの矛盾。

そもそも、日本人が自分の生業のせいで母国にいられなくなることってあるのでしょうか?私なんぞこうして海外に住んでいますが「何かあったら母国にとっとと帰る」と勝手に心に決めており、その思いが海外で生きていける強い支柱の一本であったりもします。日本に帰りたくても帰れなくなったらどうしよう。「日本に帰れて当たり前」と思っていた私は平和ボケ婆です。

現在のグルジア国内の問題は親エイメリカの大統領閣下に対し、ロシア政府が納得しておらず、親ロシアなグルジア国民に国内反乱を起こさせるようロシア政府が裏で操っているという話まで聞こえております。となると、前出のおらが町に住むグルジア男性は親ロシアな刑事さんだったためにグルジアにいられなくなってしまったのでしょうか。だいたいグルジアの国が二分するのもソヴィエト時代に共産党が国民を東西南北に強制移住させた結果ぢゃないかね。
ほんと、旧ソ連内ってソ連時代のツケだらけだと思うよ。(-。-) ボソッ
グルジアの非常事態宣言について日本國での報道はあっさりしたものですが、お仏蘭西には他にも多数のグルジア難民がいるせいか、関連報道もかなり詳しく流れています。ここ数日の暴動で360人以上が負傷し、既に109人が入院中だとか。
グルジアのみんなたちがプロの操り師が操作する操り人形にならず、
自分で自分の平和を考えることができますように。
そしておらが町の彼らがいつか一時でいいから帰国できる日が来ますように。

le 8 novembre 2007, Geoffroy
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by ma_cocotte | 2007-11-08 18:40 | 『?』なアッジア~ん | Comments(2)
これぞ、怠慢
10月31日だと言うのに、こんなもんを見つけました。
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この「Joyeuse Fêtes ヂョワユゥズ・フェット」、すなわち「クリスマスと新年おめでとう」の電光看板は数年前まではフランス語でAvent アヴァンと呼ばれる「待降節」直前に掲げられたものでした。待降節は移動カトリック暦になりますが、たいてい11月最終日曜日あたり、今年2007年は12月2日から待降節が始まります。確かこの電光看板を市町村内に掲示できる日付も政府が決めていたはずですから、今年は共和国内中どこの市町村のメインストリートにもこの手の電光掲示板が既に掲げられていると思われます。

おととしだったかその前年まで待降節頃に設置されるクリスマス関連商品の大テント小屋がハロウィン直前に据えられてそのまま年末まで開店していたことに驚きました。確か昨年はそれまでどこのスーパーやらイーパーマルシェでも待降節頃にチョコレート売り場が拡大されていたのにハロウィン前から化粧箱入りのチョコレート売り場が拡大されたのに驚きました。そして、今年はチョコレート売り場だけでなく、あのフォワグラが既に店頭に出ています。
今からフォワグラを食べ始めたら、新年明けた頃には自分の肝臓が
フォワグラ肝になってしまいます。ヾ(`◇´)
とうとうフランスはハロウィンも含めて「Joyeuse Fêtes ヂョワユゥズ・フェット」と称するようになってしまったのですね。私がフランスに住み始めた頃はまだハロウィンはアメリカニゼの最たるもので、これを喜んで受け入れたら自らを商業主義者と認めることになって恥だ、とまで共和国民は主張していたものでした。ところが年々ハロウィン商戦は活発化し、とうとう今年はひと夏かけてエイメリカにフランス魂を売りに行ったサルコぢ大統領閣下のせいだかおかげでハロウィンは「Joyeuse Fêtes ヂョワユゥズ・フェット」の仲間入りとなりました。その証がまさにこの電光看板掲示許可でありましょう。
嘆かわしや、おフランス。よよよのよ。
フランスでは長い生活文化において10月31日のハロウィンではなく、11月1日のToussaint トゥッサン、=万聖節と翌日2日のDéfunts デファン、=死者の日を祝うことになっていました。カトリック教会ではこの両日にミサがあげられ、2日の日には前もってこの一年に帰天した親類縁者の名前を知らせておくとその人のために祈ってくださいます。ちなみに11月1日は現在も共和国の国定祭日です。そんなわけで先週土曜日から秋休みにお子たちは入っておりますが、今年の11月1日は木曜日ということで、多くの役所や企業は翌日金曜日に橋をかけて11月4日まで四連休に入りました。
また、Pont ポンかよっっ! ミ○(;`_´)o パーンチ
Pont ポンというのはフランス語で「橋」のことで、火曜日か木曜日が祭日にぶつかると、月曜日または金曜日に橋をかけて連休にしてしまうことをポンと呼ぶのです。まじ、フランス人は休みを作るためならなんでもします。

この調子だと一年中「Joyeuse Fêtes ヂョワユゥズ・フェット」と称して、フォワグラが売られる日も来るでしょう。そうなったら本当にアメリカ商業主義がフランスに浸透したことになりますわね。ε= (´∞` )
フランスの魂を買い戻してくださる方は現れないのでせうか。

le 1er novembre 2007, Bénigne
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by ma_cocotte | 2007-11-01 05:07 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(18)