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ダメな人間ほど誰かを見下したくなる。
それがボクだ。
以上、今日の「越路吹雪物語」より。なんだかなあ。とてもタイムリィな台詞なので耳に入ると同時にドキリとしました。こんなことも私には偶然であっても、天においては必然であり、今の私に気づきを与えることを天主さまが許可したのでしょう。

ココ一週間、ヨソ様のブログでの炎上をきっかけに、というか、その炎上より前からうすうす気付いていたことだけれど、或るブログ主さんが発信するエントリー全てから伝わってくるものが異常なほど自己中心、自己賛美であり、一方でその方が他人を文章に乗せると必ず先ずは欠点を紹介し、ご自分との出会いを境に他人様が良く向上したということばかり。「なんだか、このひと、様子がおかしいぞ」と感づいてまもなくの炎上。炎上に気づいてすぐ両者の言い分を見ましたが(読んだ、と言えるかどうかわからない。何せあたしには読解力がない。だから「見た」)、一方はあるコメント交換がきっかけでブログ主さんからブロックされたこととそれについての私見がエントリーされており、私が「様子がおかしいのでは?」と感づいた件の方は昨日まで一日に2~3本のエントリーを繰り返しており、その内容はいずれも一方のエントリーを見たひとが気付く「それについての反論」であり「私は間違っていない、ポワンっ」なのでした。ブロックされちゃった方は半日もしないうちにその事実について触れたエントリーを消去してしまい、いつものエントリー送信に戻っていました。

私のような傍観者かつ員数外には、この ↑ 炎上とそれについての感想を半日掲載後に消去、気持新たにいつもどおりのエントリーに戻った方に安心を覚えますが、延々と自分はなんら間違っていないと相手の言い分の端々に触れてはアグレッシヴにブログ更新している方に不安を覚えます。一般論と言えないかもしれませんが、自分の計画や意向に反する方が現れて「ブロック」の行いに出るのは自分を安心させる手段に過ぎません。ご自分の心身が疲弊している表れです。だから、アグレッシヴな内容をいくら公開しても、傍観者にはブログ主さんの不安定さがどんどん見えてくるわけです。炎上があって後、一方がアグレッシヴになってからのエントリーのひとつひとつのロジックが崩壊するのも特徴なので、読み手は「何が言いたいのかわからない」と距離を置くのも毎度です。なんだかなあ。「一方聞いて沙汰するな」だから勝敗なんぞ傍観者が付けてはならないので「安心」と「不安」で表現してはみたけれど。アグレッシヴさん、気の毒と言うか、あわれと言うか。こちらも下手にRSSリーダーを利用しているのでブログ更新があればチェックするので一週間経っても日に2、3回のブログ更新で「私は正しい」を繰り返すオップレスに降参したところできょうの朝のRSSチェックでようやくそのブログの更新が止まっていたのでホっとしてまもなく、ドラマ「越路吹雪物語」での表題に挙げたこの台詞。・・・実に見事な時系列でありんす。

流石、天主さま、なんでもご存知、全知全能w
ヒトが何より恐れるのは自らが傲慢になることです。
自分の傲慢に気づけないひとほど気の毒で滑稽な存在はありません。
「主よ、あわれみたまえ」でがんす。
ですが、ヒトが傲慢に陥るのはあまりに容易いことも事実。
何より、誰よりも、私、傲慢について気を付けましょう。

さーて、きょうもはれやかに過ごすぞ。
明日の午後、灰をかぶって四旬節に入るだで。

・・・と、こんにち、マルディ・グラ Mardi gras。脂の火曜日です。明日は灰の水曜日、Les Cendres。明日の「灰の水曜日」を境に復活祭(今年は4月1日)まで節制するので、前日の今日は油脂たっぷりの食事をとる習慣が「ありました」。過去形にしておくわね。私もドーナツを買おうかな。鳥のから揚げもいいね。

le 13 février 2018, Mardi gras




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by ma_cocotte | 2018-02-13 17:01 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
この世は儚いものですからパライソの全き幸福を失わぬよう努力なさいますように。
神の御助けにより、この数行をしたためます。パードレたち以下、われヽ二十四名は列の先頭を行く高札に書かれた判決文のように長崎で磔刑を受けるため、ここまでまいりました。わたくしのこと、またミゲル父上のことご心配くださいませんように。パライソ(天国)で、すぐにお会いできることを希望しています。お待ちしています。たとえ、パードレが居なくても臨終には熱心に罪を痛悔し、イエス・キリストの幾多の御恵みを感謝なされば救われます。

この世ははかないものですからパライソのまったき幸福を失わぬよう努力なさいますように。
人からどんな迷惑をかけられても堪え忍び、すべての人に大いなる愛徳を施されますように。

わたくしのふたりの弟マンシオとフェリペを、どうか異教徒の手に渡されぬようご尽力ください。わたくしは母上のことをわれらの主にお願いいたします。母上からわたくしの知っている人々によろしく申し上げてください。罪を痛悔するのを忘れぬよう、再び重ねて申し上げます。なぜなら唯一の重大なことなのですから。アダムは神にそむき罪を犯しましたが、痛悔とあがないによって救われました。 

十二の月二日 安芸の國 三原城にて
以上、日本二十六聖殉教者のひとり聖トマス小崎が京都から長崎に向かう途中、三原城のどこかで母親にあてた手紙です。こんにち2月5日はカトリック教会の典礼暦において日本二十六聖殉教者の記念日とされています。そのため、前日あたりからほうぼうで彼らの生きざまについてのエントリーがあり、私も見聞に励んでおり、この手紙に出会いました。

私個人が日本二十六聖殉教者について知ったのは小学校4年の時の父親参観日に女子パウロ会が臨時書店を校内に開いてくださり、参観後、校舎を出てすぐその書店の前で父が本を買ってくれると私に言ってくれたので数ある本から選んだものが天正の少年使節と日本二十六聖殉教者についての本でした。開いて最初に思ったことは今まで自分が読んだ本の中で最も漢字が多いということ。それでも、父が珍しく本を買ってくれたのだから、と読みました。

彼ら日本二十六聖殉教者は京都から長崎の刑場まで800㎞を徒歩で移動しますが、それには見世物の要素も加わっていたので、途中で耳をそがれたり、冬場だったので素足がみるみるしもやけになり、悪化し、歩くことも難しくなったそうです。確かこの手紙を書いた時、トマス小崎少年は14歳だったと記憶しています。三原には京都を出てから2週間後に入ったそうです。その2週間、彼が何を見、何を聴いたのか。想像する前に「おお、こわ」と思考を止めてしまう自分に情けなくなるばかりですが、私は今のシリア国内に残る善良なひとびとと重なってしまいます。そういう残酷なことを目の当たりにすると、トマス小崎少年の文中にあるように「異教徒になってしまおう」など安楽な道を選んでしまうのもヒトが弱いということなのでしょう。でも、「この世は儚い」ことが絶対的な事実でもあります。この世のすべてはいずれ塵となるわけで。霊魂だけは形を変えることもなく息絶えることもないのさ。

しっかし、私は初老ですのに、今でもこれだけの文章は書けないな。

le 5 février 2018, Louis Ibaraki





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by ma_cocotte | 2018-02-05 20:59 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
立つ鳥跡を濁さず、そして黙って巣に帰り、
庭に穴を掘り、「王様の耳はロバの耳ぃ」と叫ぶのであった・・・・。昨日の午後はちょっとツラい経験をしました。事の始まりは先の土曜の夕ミサ。一年半ほど前、席が近くなったことをきっかけにごミサ前にあいさつするようになったマダムからご自宅でのお茶に誘われました。その土曜の夕ミサに集う常連さんの中でもそのマダムは品も話し方も装いもよその方々とは違い、私は勝手に「マダム・ヂェットセット」と綽名していました。彼女から渡されたご自宅の住所はココんちから旧市街を挟んで向こうにある運河沿いの邸宅です。教会聖堂のごミサでの環境だからマダムは日本でも仏蘭西でも「どこの馬の骨?」である私をご自宅にいざなってしまったのでした。もし教会ではなく市井でしたら、たとえ隣席であっても彼女は私を完璧に無視ですのに、聖堂内で知り合ってしまったからこんなことになってしまいました。本当に申し訳ないことです。昨日の午後はあいにくの雨になってしまいましたが、私は事前にお誘いを断る勇気が持てないままマダムのご自宅にお邪魔してしまいました。そこには土曜の夕ミサに必ずあずかってらっしゃるマダムもいらっしゃいました。彼女もまた、装いもお話の仕方も雰囲気もそんぢょそこらから飛びぬけてらっしゃる。お茶の時間はほぼ三時間に及び、その三時間の話題は私にとって別世界のことばかりでよくわかりませんでした。フランス語の聞き取りだけでもハンデなのに、お話の中身もまったくなんら共通点が見つかりません。お開きの頃には小雨がしっかりした雨になりました。お礼の御挨拶はしましたが、私が発する仏蘭西語が彼女たちに通じたかどうか、私にはわかりません。でも、「立つ鳥、後を濁さず」を心して行えた・・・かも、私の常識がそうであっても、彼女たちの常識では「ありえない」かもしれません。私にはわかりません。ただひとつ、三時間の間になんとなくわかったことは彼女たちはココんちあたりで有名な日本人女性と私を間違えたのかな?ということ。私はその日本人女性ではありませんので、共通の話題もまったくなく、本当に申し訳ないことになりました。私としては跡を濁さずに、まとまった雨の降る中、無事帰宅しましたが、いただいた美味しいお茶もお菓子も胃の中で上手におさまってくれたのかどうかもわからないくらい、胃がキリキリとしました。白髪も増えたかもしれません。子供ならまだしも、成人にとって別世界に長居は禁物だし、お互いのために、というかこういう状況で傷つくのは「馬の骨」側が常ですから、自分の心身のために気をつけねばとあらためて思いました。聡明なマダム方ですから、もう私に声をかけることもないでしょう。ほ。昨日の午後のお茶については「いい夢、見たぜ」です。さあてと、台所に行こう。ココんちあたりは昨日から一夜明け、今日は青空が広がりました。観ろよ、青い空、白い雲、そのうちなんとかなるだろう!です。le 1er février 2018, Brigitte de Kildare
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by ma_cocotte | 2018-02-01 18:19 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
お天道様は未だ岩戸の向こうに。
昨年暮れの冬至を過ぎて、ココんちあたりでは日に一分くらいずつ日が伸びており、日中がむしゃらに何かをして周囲が見えなくなっているミーでも、17時頃になるとふと外の明るさに気づいて「あらま」と日の入りが遅くなっていることを知るのでした。日の入りが明らかに遅くなってはいても、夜明けは相変わらず午前8時を周ってから。午後8時ぴったりだと未だ外は真っ暗です。

睦月一月も残り八日となりましたが、ココんちあたりは相変わらずの悪天候で、お天道様を拝んだ日数は前回と同じく三日。三日と言っても丸一日陽光うららかだったのではなく、太陽が現れても良くて一時間ほどで太陽は厚い雲に覆われてしまい、不気味な強風が吹く繰り返しです。こんにちも仕事に向かう車のタイヤが水をはねる音が私の耳に届いています。きょうも雨かあ、ああ、ヤんなっちゃう。

冬の嵐が立て続けに上陸したことで、昨日あたりから共和国の各地で水害が発生しています。今朝の報道を見たら、フランス共和国内のロオヌ川以外の大河川が通る県のほとんどに増水や洪水の注意報が出ていました。ロオヌ川は土地の高低差が激しく急なので地中海までの流れが快調なのかなあ。花の都巴里はセエヌ川の増水はかなり不気味に増え続けています。

今朝はテレビに火ぃ入れたところで画面真っ黒。
地域再編成したせいなのか、ヌゥヴェル・アキテエヌ地方の周波数だか何やらが抜本的に変更されたらしい。
初期化やら再設定はわれわれが行わなければならないので夜明け前から憂鬱になります。ああ、理系脳が欲しい・・・・

そして、てんてるだいじんさん(←水谷豊っぽく、どうかひとつ)、もういいかげん、岩戸からお出ましくださいな。
強風の音を何日も耳にしていると、魂奪われるような錯覚を覚えます。南仏時代のミストラルで鍛えられてはいるのに、久しぶりのこの感覚。降参。←ようやく我が傲慢に気づく。


le 23 janvier 2018, Satoko Kitahara


しっかし、ココんちあたりは連日の強風雨。そして、昨日は日本各地で大雪。瑠璃色の地球全体どーなっちゃってるのでしょうね。雪は止んでからが深刻です。どうぞおみ足元には重々気を付けてくださいませ。




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by ma_cocotte | 2018-01-23 16:05 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
斯様になれれば、
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2018年も明けて、早や18日。
ココんちの庭の片隅の日陰に今年もニオイスミレが咲き始めました。
何年か前に農道の際に咲くニオイスミレをほぢくり、持ち帰り、庭のほうぼうに置いた記憶がありますが、根をはり、こうして毎年花を咲かせるようになったのはなぜか朝日が数時間当たれば儲けもんのような場所に置いたニオイスミレです。それだけ強いのだから、できればもうすこし匍匐してくれぬものかと願ってはおりますが、それもニオイスミレさん次第というほっぽらかしです。ココ新天地に住むようになって、野に生きる草木花に惹かれるようになりました。ニオイスミレもそう。そして、スイカズラ。心身の根っこが彼らのように強くありたいものです。

で、ココんちあたり。
2018年に入り18日が過ぎて、太陽を拝めた日は三日ほど。
他の15日はかなりの風雨で、きょうの朝もまた風が泣くほどの強さで、雨も混ざっています。
心がかなり強靭でも、流石にこの悪天候には負けそうになります。
天照大神さんはどこにお隠れなンざましょ。お出ましくだされぇえええ。

きょうの午後は外出しなけれヴぁならないので、その数時間だけでも、風雨よ、止まってくださいな。



le 18 janvier 2018, Prisca




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by ma_cocotte | 2018-01-18 15:40 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
我がぼやき、天に聞き届けられたようであります。
数時間前に送信したエントリーの続きとなりました。
つまり、三賢王の礼拝のご慶事日にいただくお菓子について。
8日の午後遅く野暮用あって旧市街に行った帰り道にいつもおやつを買うパン屋さんでブリオッシュ・デ・ロワを見つけました。なんと、4.5ユーロ!なんてお財布にやさしいお値段ざましょ。しかも、お店のマダムが親切にも焼き立てを選んでくださいました。地には善意のひとに平和あれ、とはこのこと。

ココんちに戻ってブリオッシュ・デ・ロワをいただくことに。
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どどどどーん。

今回もまた丸と言うより楕円です。
まだどこか温かく、ブリオッシュの甘い香りはたちまち狭いココんちに広がりました。
そして、そして、勝敗ですが、なんとまたわたくしが初戦で勝利となりました。しかも、です。
ブリオッシュ・デ・ロワの中から(いえ、正確にはワタクシの口から)出てきた陶器のお人形さんは、な、な、なんと
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 伝統的な、クレシュに飾ることができるお人形さん!

ひとつ前のエントリーで私がガレット・デ・ロワの中から出てくるお人形さんについて近年はクレシュに飾れる聖劇の登場人物を見ることがなくなり、もしかしたら隣県ヴァンデに行けば土地柄見つけられるかも・・・とタイプして数時間後、ヴァンデに行かずにこうして手に入れることができたのです。

私のボヤキを天主さまが直に聞かれたのか、それとも、急ぎの願い事は聖母マリア様に取次ぎを願うと早いのですから、私のボヤキをついうっかり耳にしてしまったのはマリアさまかもしれません。まっことウソのような本当の話ですわ。これぞ、でお・ぐらあしあす の あヴぇ・まり~あ です。

同じお店でガレット・デ・ロワが6.5ユーロで売られていたので、また買いに行ってしまおうかしら。

8日は午前中から青空が見え、風も止み、今年はじめてお正月らしい陽気をようやく肌で感じられる善き日となりました。

兎にも角にも、こいつぁ、春から縁起がええわいのぉ。


le 9 janvier 2018, Alexia






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by ma_cocotte | 2018-01-09 01:59 | The ou Cafe? | Comments(0)
手作りか、冷凍か、それが問題だ。
2018年初春のガレット・デ・ロワ。
ひとつ前のエントリーでもぼやいたとおり、天候のせいもあり、あまり乗り気になりませんでした。その悪天候だけでなく、今年は1月6日のご慶事直前にニュウス番組の中で昨今は共和国内の生活慣習だけでなく国際において流行しているガレット・デ・ロワについての話題があり、パイ皮、アーモンド餡と何から何まで手作りのお店もあれば、こそこそと冷凍食品のガレットを買い占め、店頭では「手作り」と称して販売しているケーキ店、パン屋さんも多々あると紹介していました。手作りか否かの真贋判別方法も軽く伝授。切断面でパイ生地と餡の間に空気の隙間があったり、パイ皮がボロボロとはがれるのは冷凍食品の可能性が高いのだそうです。本物の手作りは断面がみっちりとくっつきつながっているのだとか。ふぅうううん、なるほどねぇ。この報道を見てしまったせいで、こんな超ウルトラスーパーど田舎に住む私の中でガレット・デ・ロワの実食への気持ちが萎えた・・・。



ンだけれどね、こまごまと用事が一日中入っていた1月6日、そう、伝統的なエピファニ(主の公現)のお祭り日にはガレット・デ・ロワを買わずにいられたけれど、1月7日の朝になり、心のどこかでガレット・デ・ロワをひとつまみしたい気持が芽生えたのでした。ところが、7日は夜明け前から大風雨となり、このような天候でガレット・デ・ロワを買ったところですかさず風雨にあてられサクサクの食感は望めないだろう、と予想しました。花の都巴里なら兎も角、ココんちのような超ウルトラスーパーど田舎だとガレットを買ったところで箱には納めてくれません。

今年は早くプレセピオ(仏蘭西語のクレシュ、=聖誕の馬小屋飾り)もしまったので、ガレット・デ・ロワも今度の買い出しの時にスーパーで買えばいいや、と思い始めた午前11時頃、雨が止んだのでした。これは天主さまが「そちもガレットで三賢王の礼拝を思い起こし平和を祈念せよ」と私に知らせているのかもしれないとちゃちゃっと身支度整えて、二年くらい前だったかガレット・デ・ロワで受賞したお店にガウ!車に乗り込んで数分後に再び雨が降り始め、お店の前に着いた時にはしっかりした降雨。しか~も、目当てのそのお店は休業でごわした。

ちょっと思い巡らして、以前から気になっていたパン屋さんに直行。そちらは開店しており、午前11時を過ぎても奥の釜土でムッシュウがバゲットをせっせと焼いていました。私に応対してくれたマダムはなぜか胸の谷間がしっかり見える装いでして、こちとら、かなりのドン引きでしたが、店内の色目がどこかプロヴァンスっぽいせいで、売り子姐さんがこうもセクシーなお召し物なのでしょうか?正直、アキテェヌ地方北部、あのヴァンデ県境の町で女性のこういうセクシーさはあまりいただけないのだけれど、ご本人のセンスがそうなンだから仕方ありません。
ま、それは横に置いて、ガレット・デ・ロワ。
このブログで何度も繰り返している私のこだわりがあり、それはガレット・デ・ロワがグラム売りであること、中のアーモンド餡が皮まじりのつぶし餡であることなのです。このお店ではグラム売りで、私は12ユーロのガレットを買いました。これ ↓ ね。
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案の定、ガレットは箱ではなく紙袋にポーン。持ち運びはヒトによっては手提げを持つでしょうから、ガレットは縦置きになるというワイルドさです。ガイジンの私はこのおおらかさにヴぃっくりですけれど、おそらく共和国民の方々にはそれが概念なのでしょうねぃ。私は真似して縦持ちはしません。

帰宅してから昼食を終え、ガレットへ。
袋から取り出してみるときれいな丸ではなくそこはかとなく楕円形のガレットでした。手作りなのかもね、とナイフを入れたら、あらま、皮つきのつぶし餡ではありませんか。嬉しい。
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なかなかのおいしさでした。翌朝の今日朝一番の体重測定ではかなりの増量となりましたが、ご慶事ですから良しとしましょう。
そして、ガレット・デ・ロワのお楽しみの陶器人形さん。今年はなんとわたくしがあっけなくひとつめの実食で獲得いたしました。ココんちの仏蘭西びと♂と暮らし始めて初めての勝利です。お人形さんはアステリクス・オベリクスの登場人物でした。

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プロヴァンスに住んでいた当時はガレットの中の陶器人形にはクレシュに使える聖書の登場人物動物だったり、しっかりとガレットの中に勝者となる陶器人形と敗者となる乾燥ソラマメの両方が入ったガレットを其処此処彼処で買えましたが、ココ新天地ではそういう宗教色のおまけを見つけることはまったくありません。・・・あ、もしかしたら隣のヴァンデ県に行けばいとも簡単に見つかるのかもしれません。見つかりそうだな、こりゃw< ← わかるひとにだけわかるしっかりした理由があったりするw
そんなヴァンデ県なら懐かしの聖書にちなんだお人形さんが見つかるかもしれないなんて私が思うのは、偶然、昨日、懐かしい友からメールがあり、そこにはヴァンデ県のショレ近くのイエスさまがご出現された過去がある小村に引っ越し、その小村には修院もあるので毎日ミサにあずかれ私はしあわせです、と書いてあったからかも。ですけれど、あたしゃ、ヴァンデ県にイエス様がご出現した村があるなんて昨日の夕方までまったく知らなかったので、こりは訪問しなくては!とワクワクしている2018年1月8日の朝なのでした。行くぜ、べいべ。


le 8 janvier 2018, Lucien

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by ma_cocotte | 2018-01-08 16:29 | The ou Cafe? | Comments(0)
カルメン去りて、エレアノール来たる。
2018年1月3日夜明け前のココんちあたりの外は風が激しく泣いています。



元旦の丸一日をカルメンという名の台風に見舞われ、二日は強風が去ったものの一日中、まるで英国のような細やかな雨が降り続けました。こうして台風一過で元旦三が日の三日目に初日の出を拝めるでしょうと思いきや、二日の夕方から報道でエレアノールと名付けられた台風が間もなく共和国本土に上陸すると流れ始めました。三日の朝は強風の吹きすさぶ音、その強風によって倒れた路上のゴミ箱とその中の瓶が割れる音で目が覚めました。

こうも一日置きで台風お二方の訪問となりますと、比較できるものですわね。
カルメンさんの方は情熱的なお名前ですのに風は低音でしたが、優美な印象の名前を持つエレアノールさんは高い音で吹きすさんでおります。ヒステリーっぽい感じ。ヤざます。

カルメンさんもエレアノールさんも台風ですので、この新年三が日。ココんちあたりは妙に暖かい。気温が高いのです。元旦も日中は10度を超えておりましたが、こんにち三日なんぞ夜明け前から10度を超え、天気予報によりますと午後には15度くらいまで気温が上昇するとのこと。この気温ではヒートテックを身に着けたら汗ばむでしょう。あらららら。

ヒトと言うものは贅沢というか、こうも暖かい三が日だとわたくしは肌にピリッとするほどの寒さで空が辛い青色を恋しく思います。風もそよぐ程度でね。ちょっと汗ばみを感じつつ皇居の玉砂利を踏みたいものです。ないものねだりもいい下限にしなくてゎ。

悲しくも今日も悪天候で、ココんちではこの三が日に初日の出を拝めそうにありませんが、こころだけははれやかに過ごしたいと思います。


みんなたちもどうぞはれやかにお過ごしくださいませ。


le 3 janvier 2018, Geneviève

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by ma_cocotte | 2018-01-03 15:51 | 『冬』 Rien de special | Comments(2)
今 コ コ、
と、タイトルの「今ココ」をタイプしつつ、「今ココ」の後は 。 ではなく 、 だよね、とぼんやり。「、」の方が「まだ続く」という感を持ってもらえそうな気がしないでもありません。ああ、そうか。もし「。」を使ったら、語り部はファイナル、終点間近にいるという印象を与えるかしら? うぅうううん。このような楽しみがあるのも日本語でござるな、しかし。


・・・と新年明けて第二日となり、ココんちの周辺は通常に戻っております。今、午前8時過ぎで、外は未だ真っ暗ですが、6時45分過ぎには始発のバスがココんちの横腹を通り過ぎた音が聞こえたし、通勤に向かう車が雨水で濡れた道路を滑っていく音も耳にしました。そう、もしかすると日本国でも報道されたかもしれませんが、共和国本土を冬の嵐が襲い、ココんちも元旦は大嵐の中で過ごすことになりました。あたくしは一歩も家から出ず、一日の歩数100歩に満ちたかどうかw この冬の嵐、カルメン Carmen と名付けられていました。冬の嵐はフランス語のタンペット tempête、英語のテンペスト tempest ですから、2018年の元旦を表すにはBGMをビゼーのカルメン、語りを円形舞台のシェイクスピアでイメージするなんてどうでしょう。

話は年末大晦日に戻りますが、31日の午前中、ココんちあたりは台風が訪れる直前だったせいか、それは陽気うららか、お空は真っ青という状況に恵まれました。小間使いのワタクシは31日午前中に旧市街の朝市で買い物をせねばならず、天気予報の台風上陸にびくびくしておりましたが、その時間にこの天気に恵まれたことはさいわい。もし実家にいたのならば、こういう陽気ならば明治神宮あたりの散策、それが1月2日だったら皇居に行きたいと思いました。ああ、お正月は日本の慣習が一番です。

というのも、こんにち1月2日。ワタクシは午後遅くにお医者様の外来予約が入っております。はい、おフランスでは1月2日から世間はほぼ平常営業となります。日本のようにお正月三が日はゆったりのんべんだらりと過ごすなんて概念が微塵もありません。これ、日本で生まれ育ったミーにはとてつもなくつらいし、こうして10年以上フランスという国に住んでもまったく心身がなじまず、というか、馴染まないというより拒んでいる感覚があります。

本当に正月三が日をだらだら過ごし、1月4日にいやいや出勤したところで半ドンで返してもらえたりしてね。帰りに銀座の初売りを冷かしたり。ああ、当時に戻りたいですわ(となぜか名古屋弁w)。ココで思い出すのが、初売り。私が子供の頃の東京あたりは正月三が日をしっかり休業するお店がほとんどで、そんな不便にも拘わらず、正月三が日に親戚縁者にご挨拶の訪問と(私の実家だけかもしれませんが)お墓参りをせねばなりませんでした。お店が全て閉まっているのにバスや電車の運転手さんが働いていること、子供ながらにとても気になっていたことも思い出します。でも、そんな不便さが「お正月らしさ」でもあったので、今でもなつくかしくなります。実家は辺鄙な土地にあったので、プロパンガスを使っており、なぜか年末年始にプロパンガスが空になったことがあった記憶も蘇ります。どうやってお店が開店するまで過ごしていたのだろう?そこが思い出せないけれど、今、こうして私は生きているので、何とかなったのでしょう。

正月三が日の閉店と言えば、日本橋室町の三井越後屋さんがこのお正月の実行を提案して却下されたという報道もありましたよね。なんだかなあ。室町の三井越後屋さんの初売りが四日というのは私にはなんら不思議ではないし、復活した方が良いような気もしていたのですが。そうは問屋が卸さない・・・とシャレになんねーぢゃんw

フランスでの新年はあまりにあっけなく、優美雅なんて実感する時間も与えてくれません。
ヤだねぇ、本当に。
「ポケ森」で寝正月のイメージをこさえて、元旦に余った食材をつまみつつ、我が心身を慰める・・・しくしくしく


le 2 janvier 2018, Basil



ところで、テレビ。
31日に「キタサンブラック 日本一への道」を最初に視聴してしまい、大感動とその余韻でしばらく動けませんでした。その後続いて視聴したのが「ガキ使」で、なんだろうね、普段の私の笑い声以外の笑い声を何度も発しました。ガキ使を見終えたのが元旦の朝で、続いてようやくの紅白歌合戦。椎名林檎さんのお気に入りドラマが「カルテット」だと知り、こちらは聴くと同時にムチ打ち級の頷き。私は今でも「カルテット」の余韻の中にあって、昨年春から今に至るまであれ以上のドラマに出会っていないンだもの。だったらさー、そこに松たか子に高橋一生にアリスちゃんがいるのだから、すずめちゃんを呼んで「おとなの掟」を唄ってよ、と思いましたよ。ああ、カルテットのDVD、欲しい・・・



元旦は「~ながら視聴」で紅白歌合戦を見終え、「笑点」を視聴しようと思ったところで睡眠。目覚めて、今ココなンですけれど、いえ、「今ココ」なのですけれど(註:私は書き言葉での「ん」が嫌いなのでわざと自分の文章では「ン」とカタカナに変換していたりします)、きょうはできれば「風雲児たち」を視聴できたらと考えています。これ、きっと、三谷さんが子供の頃にNHK金曜ドラマ「天下御免」をご覧になっていて、あのワクワクとした気持をご自分の脚本で復活させたのではないかと期待しているのです。私も三谷さんより年下なれどあの「天下御免」の面白さ、未だに日本一です。

ココまでタイプし終えても、未だ夜が明けない・・・。初日の出を拝める日はいつになるのだろう。


あ、2017年の晦日の夜、ココんちのお台所の電球が突然、爆発後他界し、翌日の大晦日に「これでは縁起が悪い」と電球を買いに出たことを思い出しました。その電球がLEDで、しかも進化したものを選んだので、想定外の出費となりました。と、わたくしの人生における年末の状況、あまり変化無し。おそらく今後もこのような年末の突然の出来事が繰り返されるのでしょう。でお・ぐらあしあすw

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by ma_cocotte | 2018-01-02 16:32 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
Meilleurs Vœux! 謹賀新年

Bonne Année!

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Je vous souhaite une heureuse nouvelle année 2018.

幸多き新年となりますように。

ま・ここっと


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by ma_cocotte | 2018-01-01 15:17 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)