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ぐぐぐぐっと寒くなりました。
一週間前までは袖なしのブラウスを着ていたのに、今週は半袖のシャツでも寒いくらいの気候になりました。
ですから、土曜の夕ミサの帰りに旧市街に寄ってちょっと一杯ひっかけるのも昨日が最後かもしれません。
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昨晩寄ったお店は50clのビールを二つ頼むと、おつまみのソシソンがおまけになるのです。注文してからソシソンが切られるので、柔らかく美味しいこと。太るとわかっていてもついつい。ソシソンとビール、白ワインの相性はとても良いと私個人は捉えています。

で、昨日。
夕方過ぎに晴れ間が落ち着きましたが、それまでは空は青いのに豪雨や雹が降るという空でさえ雲行きが追い付かない天気が数時間続きました。そのような豪雨が突然止んで快晴になり、また数十分後に豪雨・・・ココんちあたりはかなり大英帝国の気象に近い土地柄ですが、ココまで極端なお天気は稀です。

昨夕は青空が落ち着いたものの、気温がぐっと下がったように思います。
私は欧州人のようにキャベツ着こなしを体得していないので、昨日は半袖のTシャツにGジャンを羽織っての外出。こうしてバアの窓際でビールを飲みながら外の歩道を行き交うひとびとを眺めたら、すでにかなり厚めのスカアフを巻いたり、薄手のダウンジャケットで身を包む老若男女を多く見つけました。9月9日にもう冬の予感でしょうか。そうそう、隣のお店ではテラス席にもう松明のストオブを置き、火を入れてお客様を迎えていました。


朝も9月に入り、夜明けが午前7時過ぎになりましたし、昨日はこのバアを去る午後8時半には薄暗くなりました。
今年の夏は本当にもう終わってしまったと感じ入った土曜の夜でした。


le 10 septembre 2017, Inès

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by ma_cocotte | 2017-09-10 16:23 | 『秋』 Rien de special | Comments(0)
滑り落ちて行く、小童マクロンろん。
今月に入って28日目w
葉月八月のはじめにマクロン大統領の人気が落ちていることが市井の話題になり、おヴァカンスのせいなのか一時下火になったものの、ココんところ長月九月を目の前にしてこの話題が蒸し返され始めました。

きょうの朝のニュウスによりますとエンマニュエル・マクロン大統領の人気は40%ぎーりぎりで、就任当初(いつだったっけ?今年の5月?)の人気は60%越えだったのにたった3か月で40%ぎりぎり。このような人気急降下は前世紀終わりのシラク大統領に続いてマクロン氏が二人目らしい。なんでも一番、一等賞が大好きのマクロンくんでもこの話題ばかりは前例があってホっとしているのではないでしょうか。そして、まもなく9月の新年度となって、小童マクロンくんの人気はぶり返しますでしょうか?

私個人は小童マクロンくんについて大統領就任前からの異常な我の強さに付いていけず・・・というか、別に大統領ぢゃなくても、どんな世界であれ、頂点に立つ長上さんやら「上つ者」は頂点にいながらにして裾野に行けば行くほど増える臣民に仕える者になるという離れ業ができないと、臣民がどんどん去るのも時間の問題であり、それまでの安定した三角形からあっという間にカカシ、やじろべえというふーらふらの不安定なアタマでっかちに化けると私は信じているンです。

小童マクロンさんはほうぼうでアタマがすこぶる良いとほめちぎられ、学業を終えてからの職歴が銀行家でそんぢょそこらの銀行員とは一緒にしてくれるな、何もかも抜本的に銀行家なんかと違うとまで言われているのに、大統領の座についても尚、ナポレオンの生まれ変わりに夢見る夢男ちゃんで、その夢の実現のために臣民を捨て駒にすることの繰り返しを止めない。こんな矛盾あるのかなあ。アタマも良くて、お金もあるなら、国庫や国民に頼らないで、自分の好きなところに壮麗なお城を建てて、その中で「ナポレオンごっこ」すりゃいいでしょ。振り回される国民だってあんたよりバカでもそれなりに考え、判断する(自由が我々にはある、うん)。
マクロンろんの我が異常に強いと思うのはたった二代前のサルコぢがケネディ家の1960年代スタイルを真似することに執心して根こそぎ大失敗したことに目が行かないこと・・・というか、ケネディの真似は失敗するのはわかっているが俺様のナポレオンの真似は失敗しないぜ、べいべ、なンですかねぇ。

小童マクロンだけでなく、プゥチンやらトランp、キムなんちゃらにアベと「上つ者」としていかがなものか?と脳みそツルツルでも不安になるエラいひとが次々と沸いて出るのも世紀末が間近いという証なのでしょうか。

そーゆー難しいことの波に私は流されるしかありませんけれど、そんなことより気になることがあり、それは小童マクロン皇帝ご本人ではなく、そうさなマクロンを聖ルイ(9世)王の母ブロンシュさまのごときブリヂット后。それも私が気にしているのは世間で騒がれている彼女のスタイルや服のセンスではなくて、ただただ、ブリヂット后のようなカツラと入れ歯だけはご免蒙るという祈りだけです。すこぶるお金持ちなのだからもそっと自然なヅラと歯を選べないのかね?



le 28 août 2017, Augustin

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by ma_cocotte | 2017-08-28 16:27 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(0)
「そういえば」は続くよ、どこまでも。
そういえば、また思い出したことがありました。
たったひとつの、テロ事件がきっかけで脳内フロッピィがしゃかしゃか動き出し、消えかけの事項が表に出てくることってあるものなのですね。驚いた。

私がスペインのサンチアゴ・デ・コンポステッラに行ったのは2014年の10月で、その時はナント(ナントの勅令のナントね)からポルトガルはリスボンに行き、ファティマに寄りつつ北上しながら国境を越え、スペインのサンチアゴ・デ・コンポステッラに入ったのでした。ですから、お世話になったガイドさんはポルトガル人女性で、彼女はサンチアゴ・デ・コンポステッラにも同行してくださいましたが、かのサンチアゴ・デ・コンポステッラでは地元が認めたガイドしか働けないという絶対条件があり、彼女は私たちと一緒に「地元ガイドから教えられる側」にいました。彼女と私は年齢が比較的近かったせいか、いろいろ雑談もしましたが、彼女の話だとスペイン国籍者とポルトガル人は互いの言語を操れるにも関わらず決して相手の言語を使わないのだそうです。ココでスペイン国籍者と書いたのは、正確には今のスペインは国際において「ひとつの王国」なれど、実は今でも自治州制で、それぞれの生活文化を尊重しあっての平らで等しい民主共同体の集まりであるので、だから、かのスペイン国王もカスティージャの長上さんなんだってよ!程度の意識らしいです。しかも、この自治州という制度はひじょーに政治的でもあるそう。まあ、長期滞在しないとガイジンにはよくわからないアレなんだろうな、と思いました。

で、そのポルトガルとスペインを旅した時、このガイドさんがおっしゃっていたポイントをココんところで思い出しました。
それはポルトガルというのはアラビアというかイスラーム文化を色濃く受け継いでおり、それは地名でもよくわかるし(ファティマもナザレもアラビア語由来)、アルファベットのベースもアラビア語の影響が強いそう。ですが、一方で一時のポルトガルはカトリック国として有名でもあり、アフリカにもかつて植民地を持っていました。このあたりはフランスと似ていなくもない。しかも、今のポルトガルにだってよその欧州列強国に比べればかなり貧しいけれど、他国同様、かつての植民地だったアフリカ諸国からの移民を受け入れる義務は残っています。

ココで余談ですが、おフランスにおける移民制度でかつての植民地には私のようなニフォン人とはまったく別の条件があり、それはフランス国籍希望者本人の両祖父母のうちだれかひとりがフランス国籍を持っていたらそれを理由に仏国籍をもらえるよ、というものね。だから、フランスにはマグレブ(=北アフリカ)圏のイスラム生活文化で育ったひとの入国が今も続いているのです。けれど、これもそろそろ下火かな(アルジェリア独立戦争から何年よ?となるわけで)

ココで話戻ってポルトガル。
ポルトガルもフランスのようにかつての植民地から移民を受け入れているけれど、ひとつだけ大きな違いがある。それは、ポルトガルの旧植民地である国々の今はポルトガル本国より熱心なカトリック国であり、移民としてポルトガルに彼らが移住しても欧州各国で頻発しているテロ事件には至らないとのこと。なるほどねぇ。だって、先日のパルセロオナでのテロ事件。容疑者たちの当初の計画はあのサグダラファミリア聖堂の爆破だったものね。サグダラファミリアはいちおうキリスト教カトリック派の祈祷所ですし、観光の名所でもある。ISがトルコではイスタンブールの聖ソフィア近辺でテロを狙うのも聖ソフィア大聖堂がかつてはキリスト教の正教の祈祷所だったからですかね。だとすると、ISが次にスペインで狙うのはそれこそサンチアゴ・デ・コンポステッラかもしれません。なんてったってレコンキスタ。
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この写真はポルトガルなナザレ Nazaré という漁師町の教会訪問の時に出会ったアフリカからの巡礼者。確かアンゴラから。
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・・・・となると、お仏蘭西だとまさか、まさかのポワティエ? まさかねぇ。

ポワティエも今はヌゥヴェルアキテエヌ地方の一都市です。


le 23 août 2017, Rose


でも、私だけかもしれないけれど、サグダラファミリアにしろサンチアゴ・デ・コンポステッラにしろ世界のあちらこちらのカトリックっちゅうか、イスラム国の戦士さんたちにしてみれば異教の建造物や備品を粉々に破壊したところで、それは人造物だから壊れるものだし、ヒトというか神の創造物はすべて塵に帰るってぇのはユダヤ教、キリスト教だけでなくイスラームの教えの根幹であるわけでさ。・・・と戦士さんを論破してみたくなるよな。

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by ma_cocotte | 2017-08-23 17:53 | 『?』なオイロッパ | Comments(0)
だって、そんなに遠くないもの。
さっき、8月17日に発生したスペインはバルセロナでのテロ事件の実行犯がフランス・スペイン国境の町の出身で、犯行後、フランス側に逃走したのではないかと見聞しました。というのも、マルセイユでお昼頃、車が暴走し、歩行者がひとり亡くなったそうで、「この車はいったい?」と報道が流れ始めたのです。

バルセロナのテロがあってから、我がツルツル脳なりに思い巡らしたことはバルセロナという土地はかつて住んでいたマルセイユあたりでは「近所」のような感覚だったことです。マルセイユあたりからスペイン国境方面に車を走らせると道路標示には「Barcerone」の文字を見つけることができます。これ、スペインのバルセロナです。島国日本だと車道でよその国の都市が表示されていることはまずないと思いますが、フランスのように国境を接しているとこういうことがあります。しかも、マルセイユからだと同じ国であるフランスの首都パリより隣国バルセロナの方が近いのです。マルセイユ-パリは車で7時間ほど、マルセイユからバルセロナまでは5時間です。飛行機だったら一時間のフライト。

もともと地中海沿岸は紀元前からユダヤ人の集落がすでに点在していたこともあり、コスモポリタンです。私が住んでいたマルセイユの北の小さな町でもフランス由来の苗字よりイタリア、スペイン、ユダヤんの苗字の方がマジョリティでした。そうそう、イタリアのヴァンティミリアから地中海に沿ってフランスを抜けてスペインはヴァルセロナまで車で7時間弱です。

話戻って、コスモポリタンですけれど、私の南仏時代の知人にモロッコ系フランス人の女性がいまして、彼女の兄弟姉妹のうち数名はスペイン在住。彼女はモロッコの実家に戻る時はマルセイユから長距離バスでスペインに入り、スペイン在住の家族の家に寄ってジブラルタルまで行き、そこからフェリーでモロッコ入りしていました。それが一番安い里帰りの方法なのだそうです。そういえば、今の、ヌゥヴェルアキテエヌ地方北部に住み始めて南米チリのインディオ移民さんと知り合いましたが、この女性はフランスに子供と共に移住。ですが、夫君はスペインに愛人とお住まい。こうすることで社会保障金額が幾分増えるらしいです。前出のモロッコ系仏人の女性もフランスよりスペインの方が社会保障制度が良いと話してくれたことがありました。

今回のバルセロナ・テロ事件の容疑者はモロッコ系スペイン人の男性らしいですが、この人物の親戚や友人がフランスにもいることはなんら珍しいことではありません。それに、きょうび、インターネットの時代ですから、ISが世界に散らばる戦士たちに指令を出したり、交流するのはインターネットであり、そうこうしているうちに同志として友情みたいなもんが生まれるのも不思議ではありません。そういえば(きょうはそういえば、が多い)、パリの連続テロ事件の時、ユダヤ食料品店を襲った実行犯が犯行前にスペインはマドリッドの同志を訪ね、再度パリを目指したという話がありましたよね。忘れかけてたわい。パリでそうだから、マルセイユに同志ゴロゴロだとしてもちびっとも驚かない。当然だと思います。南仏時代住んでいた町の移民団地を思い出します。

ココんちの仏人♂は母方の祖母がカタルーニャ人のピエノワールだったので、バルセロナで事件と聞くと、ちょっと心がざわつきますが、先ほどお昼過ぎにマルセイユで発生した事故がこれからどういう話になっていくのか気になるところです。

兎にも角にも、ヒトが決めた国境を取っ払って、地には善意のひとに平和あれだよなあ・・・・


le 21 août 2017, Christophe


そういえば(またかいっ!)。。。思い出した、サンチアゴ・デ・コンポステッラに行った時に聞いた話。
スペインは国際においては「スペイン王国」であっても、その国内は自治州制でそれぞれの自治を重んじているので、簡単にフランスとは内政の運びがかなり違うそう。と、言われても、あたしガイジンだからフランスもスペインもよくわかんないw けれども、フランスよりアメリカの制度の方が似ているのかもしれない。




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by ma_cocotte | 2017-08-21 22:27 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
三日間で900g減り、昨日から100g増えた日曜の朝
ったくねぇ、もう。
7月31日から昨日8月5日の朝までで、途中、水曜日に加重があったにもかかわらず、ぴったり1㎏の減量。
これは「特別だった今年の7月」について先の日曜夜のサーカス祭りをもって幕を閉じ、葉月八月一日(はづきはちがついっぴ)から「いつもの毎日」に戻ったので、体重減少は想定の内かもしれません。が、そんな喜びのうちに週末が来てしまった・・・

昨日土曜の夜は夕ミサにあずかった帰りに、あああ、ちょっと一杯のつもりが、あああ。
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500cl のビールに、おつまみのソシソン。
またですか。はい、またです。
夜10時頃まで明るい8月のココんちあたり。青い空の下、どこか秋めいた風にあたりながらの一杯は止められない、とまらない。
昨夕寄ったお店は500clのビールを二つ注文するとソシソンがおまけについてくるのです。今回のソシソンは鴨でした。

と、きょうの朝の体重が100gの増量も原因が昨晩のコレ ↑ だとわかっているし、たった100gの増量だったことは奇跡だと自らに言い聞かせつつ、雲ひとつなく晴れたこんにち、お昼食は何をいただこう、何を作ろう、何を飲もうと既にアタマの中はそのことでいっぱい(ウソ。
日曜の朝はまず「ワイドナショー」を視聴しなくちゃね、はい。

お昼ご飯をこさえる前に山羊のべぇちゃんの食料を集めなくっちゃ。イソイソイソ


le 6 août 2017, Transfiguration


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by ma_cocotte | 2017-08-06 15:46 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)
この八月がつまらなくて良かった。
なぜかと言うと、わたくし、7月の一か月で2㎏も太ったのです。
恐ろしい・・・・
ですが、原因がいとも簡単に見つけられたことが、でお・ぐらあしあす。
先月は第一日目の結婚披露パーリーで始まり、酷暑の日やらそこここかしこのアペリティフコンサートにサーカス祭りを冷かしては、美味美酒を楽しんでしまい・・・それまでの日常とかけ離れた非日常の一か月を過ごしたら、結果「2㎏増し」ざます。

ちびまる子ちゃんの「っざっ!」と青ざめのごとくこの事実に青ざめたわたくしですが、ありがたいことにこの8月は何の予定もなく、以前の日常にいとも簡単に戻れるのです。とかなんとか書きながら、もし酷暑の日が訪れたら美味しい生ビールを探し求めてしまうだろうと容易に想像がつきますけれども、こんにち葉月八月第三日目まで8月に入ってからまるで秋のような陽気が続いています。ありがたや、ありがたや(と、「なんまいだ、なんまいだ」とお手手を合わせてな~む♪の同時進行でどうかひとつ)

2㎏増しの原因についてもそっとクビを突っ込むと、午後6時以降の飲食を続けたことが明らかな原因であります。
でもね、気温が30度を超えた日の夕方にそよ風を感じながら飲むビールくらいおいしいものはありません。
そのビールに合うのがソシソン。日本國で言うところのサラミです。この写真 ↓の中央奥に横たわっているのがソシソン。このお店ではソシソンを注文するとこうして丸ごと出てきて、添えられたナイフで輪切りしながらいただくスタイルです。この時はノワゼット(=ヘーゼルナッツ)入りのソシソンを頼みました。
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でね、ビール。
これ ↑ はキルケニー Kilkenny というアイルランドのビールです。
私はベルギーよりアイルランドのビールが好きかもしれません。
かの有名なギネスの黒ビールも大好物です。
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キルケニー、ギネスに共通した特長は泡がとてつもなくクリーミーなこと。なめらかさが他国のビールとは比べられないように思います。この写真の、ギネスをいただいた時は山羊チーズ入りのソシソンをいただきました。それは、それは、うんまーーーーかったです。

実はわたくし、若い頃からアイルランドにはそこはかとなく縁があり、今年の6月にアイルランド初上陸を予定していましたが、残念ながら私が予約したツアーの人員が満たず中止になってしまったのでした。これはかなりのショック事項ではありましたが、少し考えれば夢のアイルランドにいつか行く夢や希望を持ち続けられるので、双六で初めの一歩に戻ったつもりで実現に向け・・・祈るぞw

さーてと、お昼ご飯の準備に取り掛かろうっと。
いつもどおり、いつもどおり。平常心。


le 3 août 2017, Lydie





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by ma_cocotte | 2017-08-03 17:26 | 『春』 Rien de special | Comments(0)
へそで茶ぁ沸かしてまう。
まったくもっての笑止千万。← 嫌味よ、イヤミ。

昨晩のニュウス番組で繰り返されていたことですが、小童!マクロン大統領閣下ちゃまの支持率が早くも就任直後から10%下降し、54%だとか。この数値は神聖賢愚帝サルコぢやフランソワ・オランド王に比べても低いンだとか。
ま、そりゃ、そうだろう。
21世紀に入って16年も経っているのに、どこの誰が39ちゃいの坊やの野望「ボク、ナポレオンになりたい」を心身けずってかなえるのだろう。心身けずって自らの能力と体力を国民のしゃーわせのために削りつくすのが大統領の役目だろうにね。

兎に角、あたし、ココで一度たりとも小童!マクロンについて賛美してないから。
現在まで彼は「アタマでっかちの尻すぼみ」ぢゃん。
キレたらピストル打ちまくる 目ン玉つながりのおまわりさんだっちゃ。

共和国民がマクロンちゃまの御世に我慢するのも残り5年を切りました。長いわね。


le 24 juillet 2017, Christine




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by ma_cocotte | 2017-07-24 15:23 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(0)
小童マクロンちゃまは断捨離が大、大、大好き
先のフランス共和国軍参謀総長辞任の話題。
少し冷静になって思い巡らしたら、エマニュエル・マクロン大統領閣下の粛清は今に始まったのではなく、ちょびっと前のフランソワ・バイルゥ François Bayrou を筆頭に今年5月17日に任命したばかりの MoDem 党(バイルゥが長上)選出の大臣たちが35日後の6月21日に辞任した件を思い出しました。それは表向き、スキャンダル(MoDem党内における資金の不正流用)に端を発していたので、法務大臣となったばかりの党首バイルゥも去るという話の流れになったわけです。

この一件を知った私は「ああ、御用済みでポイっなのね」と正直。
我らが愛する坊やマクロンちゃまが無事、大統領の座に就いたので、もう田舎ゾンビの票なんかいらねーよ、切ってまえ!ということ。愛するかわいい小童マクロンちゃまをゴミ屋敷には住まわせない。マクロンちゃまの周囲の不用品はちゃっちゃと捨てるとな。
同時にマクロン本人だかマクロン周囲のブレインズの狡猾と恐ろしさを実感したのでした。でも、こやつらを畏れないけどねw

というのも、そもそも、前もココに殴り書きましたが、大統領予備選の時点でマクロンがバイルゥと手をつないだのは、マクロンにとって農村部から票を得ることがヒジョーに難しかったから、です。特にマクロンの公私になんら縁のないヌーヴェルアキテエヌね。ココは南部が仏蘭西共和党、北部、中部は仏蘭西社会党が絶対で、中部より下の南東部でバイルゥ率いるMoDem党に一定の支持者がいるのです。社会党政権から離れた新参者マクロンがウマいこと言って騙せるのはバイルゥのMoDem党なンですよ。どーゆー話をマクロン一派がバイルゥに持っていったのか具体的にわからなくても、そこはかとなくミギでそこはかとなくヒダリな思考をバイルゥに話せば「結構簡単に騙せる」というのは今回の大統領選に限ったことではありません。今世紀に入って、いや、前世紀の終わりからかもしれませんけれど、バイルゥの立ち位置はのらりくらりで、大統領選挙のたびに「あれ?前回と考えが変わったの?」という点がひとつやふたつあるのは当たり前でした。まぢ、昭和の化石の私にはバイルゥは日本国で例えるならばかつての民社党かい?と。それくらい綱渡りの揺れ具合が怪しいわけ。だから、今回、バイルゥが予備選段階でマクロン支持を表明したことも「ああ、今はね。いつまで続くやら」とシラけてもいました。

その結果が組閣後たった35日でバイルゥ勢力全員が閣僚から消えたという現実。
このオチを招いた仕掛人って誰だったンだろうなあ。たいしたシナリオライターです。
バイルゥ率いるMoDem党がマクロン支持もあってこうして大統領に当選。おそらく事前に「おマクロンちゃまが大統領当選したあかつきには貴殿には重要閣僚の座をさしあげよう」とお話あって、バイルゥはそんな飴玉に騙されたンではないかと、これまた容易に妄想できるのでした。バイルゥってこれだけ長く、選挙のたびに舞台に上がっているのに未だにどこかあか抜けないし、オドオドしているのも特徴で、彼の醸し出す雰囲気はどこかフランソワ・オランド大統領にも備わっているように思うのです。カリスマやらスタア性に欠けるのかな? MoDem党をマクロンちゃま新党に敢えて飲み込まなかったこともバイルゥには甘い汁が苦菜に転じたわけで、薄暗い密室で「所詮、アタマの違い」とディズニーアニメの悪役のような笑みを浮かべたのは誰なんだろう?5年後に知れるかな?

まあ、マクロンちゃまご一行は頭脳すこぶる良い狡猾者の集まりなので、バイルゥ&MoDem党員に約束果たした35日後に一掃というのは最初からそういうシナリオが存在しており、マクロンちゃまとその仲間たちにとっては完全な想定内だったのだと思います。そして、第二弾が今回の共和国軍方面の人事であり、この度はバイルゥ&MoDemを一掃するよりは手古摺った・・・かもしれません。なぜなら、マクロンちゃまはこんにち金曜日に予定されていたピエール・ド・ヴィリエ将軍さまとの会談をもって、マクロンちゃまから将軍にクビを下したかったのに、その二日前にド・ヴィリエ将軍が自ら辞任しちゃったからね。これはマクロンちゃまとその仲間たちの中におかれましては疳の虫が切れた者数名現れたでしょうね。ド・ヴィリエの野郎、シナリオと演出をぶち壊しやがって!と。(バイルゥもド・ヴィリエのような動きをすれば株上がっただろうに)

でも、ド・ヴィリエ将軍の辞任と同日に信任がすかさず発表と言うのは、すでにマクロンちゃまから新任の将軍さんに話があったことになるし、その翌朝にマクロンちゃまと新しい参謀総長フランソワ・ルコワントル François Lecointre 将軍が南仏はイーストル Istres の空軍基地訪問をスムースに実行なさいましたしね。余談、このイーストルの空軍基地にはココんちの仏人の従妹ちゃんが現在勤務しております。ちょっと前にヨルダンに秘密ミッショーンで飛んだので、昨日、彼女がイーストルにいたかどうか今のところ不明。このイーストル空軍基地、過去にはココんちの仏人の祖父、父も奉職していたのだった。と、ココんちにおいてディープに縁ある場所にマクロンちゃまがいらっしゃった昨日なのでした。

ド・ヴィリエ将軍の辞任劇はシナリオのマイナーチェインジではありましたが、小童!マクロンちゃまと(影の)ブレインズによる粛清・・・ぢゃない、人事刷新は今後も続くと私は見ています。そろそろ大企業の人事に手が伸びるのではないかなあ。 刷新ではなく、人事断捨離。今までの一年、今後の一年でなんら変わらないならマクロンちゃまはポイっと切り捨てますよ、と。
そうゆう思い付きの刷新が世のために善にはたらくならばいいですけれど、個人の野心、野望の実現のためならば近未来はそりゃ恐ろしいこってあります。


le 21 juillet 2017, Victor



でね、昨日の夜8時からのFrance 2のニュウス。
フランス歴史遊園地 Puy du fou の国際的成功について丁寧な報道があったでしょ。
http://www.francetvinfo.fr/france/pays-de-loire/vendee/puy-du-fou-une-recette-qui-s-exporte_2292583.html
欧州では大英帝国とオランダでそっくりのスタイルの遊園地が誕生し、オランダにはニコラ・ド・ヴィリエ Nicolas de Villiers 氏が派遣されているって。彼はド・ヴィリエ将軍の甥ざますね。こんな遊園地についての報道、たんなる偶然のタイミングでしょうけれど、おぢちゃまが仏国軍参謀総長を辞任したところでド・ヴィリエ子爵家は安泰ということでしゅね。





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by ma_cocotte | 2017-07-21 17:18 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(0)
小童っ!の傲慢は日々、膨張し続けております。
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昨日までの熱暑が10度も下がって涼しい朝を迎えることができたのにハエに代わり先ほどからテレビも電脳画面も速報、速報、速報と五月蠅くてなりません。その速報の中身はココでひとつ前に掲載した仏陸軍参謀総長のクビが発表されたことです。なんとまあ、金曜日を迎える二日前に小童!マクロンろん、実行しやがりましたです。たいしたもんだ、小童。



今から数年後になって、あの時のクビについて裏で夫人が強く意見したとか占い師の予言に振り回されただの話が飛ばないといいですけれど。・・・とありえないであろうことを裏返して言いたくなるくらい、小童!マクロンがこうしてひけらかした愚かしい決定が今回の仏陸軍参謀総長のクビ決定だと私は思います。

話が吹っ飛びますが、ちょいと前にカトリック教゛会のヲールドにおいて仏国軍教区の長上である司教さまがストラスブール教区の長上に異動が発表されました。仏国軍の長上だと「司教」ですが、ストラスブール教区の長上ならば「大司教」、俗世の尺度で測れば「栄転」という語が当てはまるのかもしれませんが、しかも発表からかなり早急な異動でもあったので、フェイスブックの仏軍教区ページでは悲しみうろたえる方々の様子を拝察することができました。その彼、リュック・ラヴェル Luc Ravel とおっしゃいますが、かなーり格好いい神父様、司教さまでらして、あたしゃ、数年前にポワティエの大聖堂でナマをお見上げ申し上げたことがござる。胸きゅうぅうううん。外見だけでなく、世界の7つの海にちらばる仏蘭西共和国軍を支えるあらゆる柱のうちの一本としてラヴェル師の導き方はまっことすんばらしかったのです(もちろんその導き方は今、ストラスブール教区で生かされているのでありますが)。

フランス共和国軍において精神的な導き手のリーダーがラヴェル師だったとするならば、実務においての導き手はド・ヴィリエ将軍でしたでしょうに、たった数か月の間にお二人が共和国軍の世界から離れてしまうことになります。うぅううん、これは痛いです。まあ、カトリックヲールド方面は既に新しい長上さまが任命されましたけれどね。なんちゅうか、ド・ヴィリエ将軍の後任には小童!マクロンに「御意」しか言えないマクロンに絶対服従のおぢちゃんだかおばちゃんが任命されるのでしょーから、これからの5年はやはり長く感じることになりそうです。

なんでしょうね。
この頃の地球、プゥチンにしろ、トランpにしろ、ヂョンウンにしろ、なんちゃらアサドやマドゥロと時代逆行を好む君主ちゃんが四方八方でパラサイトしていませんかね?

もしかして地球そのものの終わりがそんなに遠くないのかもねぃ。
フアティマに命乞いすっかね。あたしはしないけど。


le 19 juillet 2017, Arsène ←アルセーヌ!

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by ma_cocotte | 2017-07-19 18:31 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
小童っ!マクロンの粛清が始まるらしい。
2017年7月17日月曜の朝。
フェイスブックの壁に並んだ報道記事で気になったのが、コレ。



今度の金曜日、今の陸軍参謀総長、仏共和国軍の頂点であるピエール・ド・ヴィリエ将軍がマクロン大統領の「み旨のまま」にならないことでほぼ絶対間違いなくクビになるであろう、という話題でありんす。
ひとつ前の拙エントリィにつながりますが、ココんちあたり、つまり今のヌゥヴェル・アキテエヌ Nouvelle Aquitaine 地方の北西部はヴァンデ県に接しており、地方違えど、電話の局番違えど(註:ヴァンデは02始まり、ヌゥヴェルアキテエヌは05始まり)、ひとびとの往来はすこぶる活発であり、こちらにはヴァンデの出の苗字、あちらにはヌゥヴェルアキテエヌ由来の苗字の家庭が多かったりするほどです。ココんちの苗字もヴァンデの出なんざんす。そーんなココんちあたりでは将軍さまのド・ヴィリエ de Villiers の苗字にぴくーんと反応してしまいます。なぜなら、ココんちあたりでド・ヴィリエと言えば、隣県ヴァンデ一の名門(子爵家)であり、「シシャクってなーに?」と口にする共和国民にも「ほら、ピュイ・デュ・フゥ Puy du Fou のオーナーさんちだよ」と言えば「うぉおお」と歓声があがります。

そのピュイ・デュ・フゥってなーに?とガイジンさんから質問が飛ぶことでしょうけれど、それは一言でゆーならば遊園地。ちょっと詳しく説明するならば仏蘭西歴史遊園地なンであります。


私の記憶が確かならば、お仏蘭西ではディズニーなんちゃらよりピュイ・デュ・フゥに人気があります。おいらも南仏からココ新天地に引っ越してまもなく、神父様に連れて行っていただいたのであったw ロオマにおける迫害時代から中世、近世時代を巡り、〆がミソでヴァンデ戦争なのだな。革命政府に迫害されるひとびとの様子をよぉおおく知ることができるのぢゃった。・・・この遊園地を運営するのはピエール・ド・ヴィリエ将軍さまの兄上であるフイリップ・ド・ヴィリエ子爵氏。フイリップ兄は元政治家で、今世紀の初めには共和国大統領選挙の候補者でもありました。貴族の出であること、フイリップ兄の子息の不祥事も相俟って、政治家フイリップ・ド・ヴィリエの評判はすこぶる共和国全体で悪い。ですが、ヴァンデ県はもちろんココんちあたりでド・ヴィリエ家を悪く言う人は少ないし、この一族を悪く言う人はたいてい中道よりヒダリの限りなく突き当りに近いアタマの持ち主だったりします。この温度差だけでも、知らない人が知らない土地で流すウワサの威力はハンパないとよくわかります。一方聞いて沙汰すンな(於一のママン)ですな。
ココんちあたりでド・ヴィリエ家の評判と言えば、そりゃあ、今は共和国で一番人気の遊園地を運営するオーナー一族で、遊園地のおかげで周囲の多くの民も恩恵にあずかっているという潤滑なお金の循環ゆえの賛美がまず第一。この遊園地の人気が安定したところでド・ヴィリエ家はなんと私学運営に着手したのです。その学校は芸術に力を入れた初等教育校。


・・・で、わたすの大切な友人夫妻が自分の子女をこの学校で学ばせようと引っ越してしまったのさ・・・。友人の家庭はカトリックトラディシオナリスト(伝統主義カトリック)なのに、この学校へ。ド・ヴィリエ家は熱心なカトリック家庭で知られていますが、この学校ではカトリックとのリンクをしていません。このあたりのケジメがド・ヴィリエ家、たいしたもんぢゃないか、と思うところでもあります。熱心過ぎて私学だから創業家の宗旨を持ち込むことの方がこの世の通例でしょうにね。余談、フイリップ・ド・ヴィリエ氏も伝統カトリックヲールドの中に住まう方なので子沢山ですが、あたしが小耳に挟んだ話だとお嬢様お二人が修道女で、おひとりは観想修道女会、もうおひとりはアフリカで宣教女としてイ動かれているとのこと。これまたウワサだけれど、フイリップ氏より上越で奥さまがカト的にすこぶるたいした方なのですと



でも・・・ココで冒頭のピエール・ド・ヴィリエ将軍さまの話題に戻りますが、自分のゆーことを聞かない将軍のクビを切ってまえ!としか思いつかないエマニュエル・マクロン大統領と、仏国軍頂点の立場であるド・ヴィリエ将軍さまが常に自分の後に続く軍人を思い、熟考して、最善の策を今や上司となった小童!マクロンにはっきりと進言するという現実に共和国民はどう思い、どう捉えるのでしょうかねぇ。日本国には「氏より育ち」と言う表現がありますが、ピエール・ド・ヴィリエ将軍は氏も育ちも良くて、今の彼が「生かされている」←誰に?w ように私ゃ思えて仕方ないンですが。あのさ、今までも、今も、小童!マクロンがイエズス会の中高に通ったことで、イエズス会が「真のエリート」養成校だからマクロンも真のエリートみたいな流れが出来ちゃってるけれど、従軍経験もない39ちゃいのマクロンが自分の思い通りになってくれない、「御意、大統領閣下、ああたのおっしゃるとおりでござあます。」と言ってくれるどころか反論しやがった奴をクビにしちまおうとしていること、どこが「真のエリート」なンですかね? 大統領の権力を悪用しているだけぢゃありませんか。三文ゲームに向き合った初心者が間違ってパワーを使っちゃう感じぃ。

一方のピエール・ド・ヴィリエ将軍さま。
フェイスブックで公開されている以下の内容が共和国民の間で静かに広がっているのでした。


Confiance コンフィアンスは和訳すると「信頼」が良いと思います。この場合においても。
仏蘭西語がよくわかンなくても、出だしが モン・シェエル・カマラド Mon cher camarade だけでもグっときます。「私の愛する同僚よ」と和訳するのが今ドキかなあ。昔だったらカマラドを戦友と訳したかもしれないし、きょうび軍から離れた世界ならばカマラドは学校ならば「同級生」、会社なら同じ部署で一緒に働く仲間たちに充てられると思います。で、天下の欧州一の陸軍と例えられる仏共和国軍陸軍の頂点に立つ人物が自分の孫のような青年兵士に向かって「同僚」と呼びかける。そして、彼らの将来の道しるべとなる言葉で語る。このConfiance 信頼の内容なんて、あーた、どこのミサの説教よ?これを話された神父様に会ってみたーい!と勘違いするほどですぜ。ド・ヴィリエ贔屓のバイアスがかかっているせいですが、私はこんなわかりやすく簡潔な「信頼」についてのお話だけでも、青年兵士たちの顔は聞き終えるまでに輝き、目ヂカラがいっそう強くなったと思いますよ(もちろん、よだれ垂らして熟睡しているだろうひとも数名いたでしょうけれどね)

兎に角、今の大方の予想がその通りになるとしたら、今度の金曜日にピエール・ド・ヴィリエ将軍はクビ、次に選ばれるのは「21世紀のイマドキの皇帝になりたい大統領の掌で転がる犬」の軍人ちゃんなンでしょう。国境取っ払ってどこぞのお露西亜の大統領の目論見と同じぢゃんね。露西亜と仏蘭西の中華思想の対立が浮き彫りになるのも時間の問題ぢゃないかと思いました。どこで浮彫になるってそりゃ、シリアざましょ。プゥチンは小童マクロンを蛇のごとくペロリと飲み込みたいだろうなあ。プゥチンが何を駒にするのか、ちょいと楽しみだったりする。

それにしても、小童!マクロンろんですが、青少年期に「僕は大きくなったらナポレオンになる!」と望んだとして、それをかなえるためにそれはアタマの良いオトナになり、皇帝も王も存在しない今の共和国で大統領の座に就いたにもかかわらず、年上だろうが年下だろうが「このハゲェエエエエ!あんたのアタマの良さは俺様の10分の一ぃいいい♪」と心の中で叫んでいるなら、巨人化した傲慢が良心をねじ伏せ抑え込んでしまっているのではないでしょうか。・・・ま、小童マクロンのそんなところは大統領選挙の予備選の生討論番組で見抜けてたよね。極右のおんな党首マリィヌが大統領の座に就くことを阻止するために投票有権者が小童マクロンに票を投じるしかなかったのも「天においては必然」であり、これから5年の国父マクロンの時代がこの世に必要だったのかもしれませんが、それにしてもこれから39ちゃいの小童マクロン大統領が「粛清まがいゴッコ」を始めるとなると、ガッコあたまの彼にそんな暴力の機会を与えた5年がとてつもなく長いです。ツルツル脳のわれ思うに、アタマが良くてもマクロン大統領は従順と服従の違いをまったく理解していないンではないかなあ。ご自分の周囲には服従する者だけを置きたいのでしょう。それぢゃ、栄華の終わりのダビデ王ぢゃん。小童よ、旧約読み直したら。

次の大統領選挙にピエール・ド・ヴィリエ将軍さまが出馬してくれないかしら?とフェイスブックに掲載されている彼の「説教集」を斜め読みしつつ、ついうっかり希望してしまいました。実現することはまずない、まる


le 17 juillet 2017, Charlotte


これ ↑ をタイプしながらちょっと思い出しましたが、フランソワ・オランド王の御世にマリアーヂュ・プル・トゥース Mariage pour Tous 同性婚姻法のドタバタがあり、この法案に反対するひとびとが国民投票を提案したのに当時の仏社会党政権はそれをまったく無視して押し切りました。その時に、政治通のマダム(この方、現在は隣村の補佐市長におなりあそばした)が一言「もしサルコぢだったらこういうことはしないわっ!民意をもっと聞かれる」とおっしゃっていたのです。・・・やっぱ、マクロンは仏社会党の流れなんだなあ、とふと。臣民の意見が聞けないまま、権力で片づけるって民主共和に歩み寄るどころか、遠のき始めている気がする。




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by ma_cocotte | 2017-07-17 16:49 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(2)