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冬時間になりました。
10月最後の日曜日。
こんにちから冬時間となり、日本と仏蘭西の時差は八時間になりました。

今年2017年の晩秋のココんちあたりですが、日中は半袖Tシャツでも汗ばむほど、そうさなあ、25度近くまで気温が上がっても、同じ日に太陽が沈むと凍えるほど寒くなる日が続いています。
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やっぱりというか、いつもどおり、こういう季節の変わり目になるとオイロッパのひとびとは実にうまい着こなしをしてご自分の体温調節をなさる。極東アジア人の私は今世紀のほとんどを仏蘭西で過ごしていてもまだそういう着こなしが身に付かず、冬時間になった今日の朝は「もしかして風邪ひいた?」と不安になる始末です。昨晩の外出で、もう綿やら羽毛が入ったジャケット無しの外出は難しいな、とようやく実感。遅すぎです。

で、話は冬時間。
ココんちには電波時計が3つあります。ひとつは壁掛け時計で、これは乾電池で動く電波時計。
そして、ココんちの仏人♂はカシオのソーラー電波腕時計を使い、私はシチズンのソーラー電波腕時計を愛用しています。
さて、きょうの朝のココんちでは体内時計で動く猫たちが昨日ならば午前6時半ちょうどに私を起こしました。きょうの朝ですから、午前5時半に当たります。寝室の電波時計は見事、午前5時半を差し、私の枕もとの化粧品の景品デジタル時計は午前6時半を差していました。猫の騒ぎで起床したココんちの仏人は自分の腕時計を見て五時半を差していることに大感動。二つの電波時計が我々のノータッチにも拘わらず時間が変更していたことに私も安心しました。そして、猫たちと一緒にこんぴーた部屋に移動し、私のソーラー電波腕時計を見たら、あらま、夏時間のまんまでした。

どーゆーこと?

わかりません。けれど、夏時間のまんま。
竜頭を動かしたけれど、ったく冬時間になりません。
そんなわけで、きょう一日は腕時計と戦う日になりそうです。なんだよ、どこがソーラー電波腕時計だよ。

ま。兎にも角にも冬時間が始まりましたので、外の水道の元栓も閉めなくてはね。



le 29 octobre 2017, Narcisse



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by ma_cocotte | 2017-10-29 17:29 | 『秋』 Rien de special | Comments(0)
この世界の片隅に、トットちゃん。
昨日の午後遅く、ココんちから車で20分ほどの町まで映画「この世界の片隅に」を観に行ってまいりました。
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これが映画館。なんだか良い感じでしょう?
本当は日本語のまま上映で仏蘭西語字幕のはずだったのに、なぜか仏蘭西語吹き替え版が上映されることになってしまいました。突然私に襲ったハンデではありましたが、ニフォンで産まれ育った私には既に戦前戦中の知識や情報が脳に刻まれていたのでかなりの理解に至れたのではないかと思いました・・・けど、どうかなあ・・・。偶然ですが、2011年1月の里帰りの時、私は広島と呉を訪問していたので、それも今回の映画鑑賞の大きな助けになりました。それこそ大和ミュージアムで当時の資料を丁寧に拝見し、心よぢれ、涙目になったことも映画を見ながらどんどん混ざり合いました。

そして、一夜明けてきょうの朝ですよ。(って、ただ今、午前9時半を周ったばかりですが)
昼ドラ「トットちゃん!」を視聴しつつ、泣けた、泣けた、泣けたあ・・・。週明けすぐにこんなにドラマチックで良いの? 病院に慰問に行ったトットちゃんの歌声に号泣する兵隊さんたち、そして帰宅して愛犬ロッキーが徴用されたことを知ったトットちゃんの号泣に視聴しているこちらも涙、涙、な~みだあでございました。偶然とは言え、昨日の夜の「この世界の片隅に」から「トットちゃん!」の流れに乗ってしまったわたくし・・・ハアドすぎまする。ただ、よくわかることは国の言いなりになる、国を信じて疑わないひとびとが戦時中にいたこと。それは事実です。

そんな思いに浸っている中、昨日日曜、日本国内で行われた選挙結果を知り、我が心身よぢれる思いを実感している今現在です。
なんかをかしくないかい?
週末から投票日当日に超ウルトラ大型台風がぶつかると事前に予報を聞いていたので、これは自民&公明党が優勢だとわかっちゃいたけれど、大勝ってゆーのがどうにも納得行きません。首相続投なのでしょ?例の大阪の開校予定だった私立小学校で児童に教えることって教育勅語も含まれていましたよね。戦時中のトモエ学園で拒んだ当時の教育が21世紀から16年も経った日本国内で美化されているってどうかしていませんかね?

ほんと、気持ち悪い、まる


le 23 octobre 2017, Odeline




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by ma_cocotte | 2017-10-23 16:46 | 『?』なたわ言 | Comments(2)
決戦の相手が悪かった・・・
と結論付けないと、自分が悲しく情けなるだけの晩でありました。
ええ、昨晩のおマクロン大統領閣下がお出ましになったナマ番組の視聴後感想・・・。

私はフランス共和国という国でガイジンですので、昨晩のこの番組視聴もあんまり真面目になれませんでしたけれども、しっかし、なんだな、大統領になってもマクロンの話術は変わらず、というか、以前にも増していっそう悪化しているかもしれません。

昨晩は母国語日本語であっても難しい話題に追い付けない私が仏蘭西語の、それもおマクロン流のまくしたてる仏蘭西語を聴いたところで限界が見えておりますが、途中から見始めた私の印象では兎に角、おマクロン大統領閣下はお言葉をまくしたて、まくしたて、まくしたて、お目の前のヂャアナリストお三方に言葉を挟ませる間を与えません。ようやくヂャアナリストからの言葉が挟まったところで最後まで聞かずに話し始めるか、ヂャアナリストが話し始めても以前のテーマをぐちぐち話し続けて、ヂャアナリストからの質問が私たちの耳によく伝わらないことばかり。しっか~も、ヂャアナリストからの質問に対しておマクロン大統領閣下の返答が的を外れていることが多く、こちとら最初はおマクロン大統領閣下が話を逸らしているのかしら?と捉えていましたが、これが数度続くと、ただでさえマクロンについて冷ややか、毛嫌いしている私なんぞはついうっかり「もしかして、こいつ、バカ?」と思ってしまいました。不敬罪だわね。

しかも、私の聴解力以前に目が大問題で、私がテレビ画面の前に座って最初に目にしたのが、エリゼ宮内のインタビュウ会場となっていたお部屋の壁面に飾られていた二枚の絵画で、「な、な、なんぢゃこりゃあ?」とお目目パチクリパチクリしたところで、それらの絵画が画面から消えることはなく、番組の最後までその絵画の全体やら一部が常に目に入ってくるとゆう・・・正直、吐き気。これ ↓ の写真の左上がそのうちの一枚。
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http://www.20minutes.fr/societe/2151519-20171016-video-logement-macron-veut-baisser-temps-loyers-hlm-apl

もう一枚は右の側面壁に飾られておりましてね。私だけでしょうけれども、好きになれない絵と言うか、この写真の絵というかポスターもそうですが、エリゼ宮のこの部屋には似合わなくありません? 私にはソヴィエト臭が漂う絵だわあ。大統領の奥さんの趣味なのかしら。趣味ワル・・・

で、インタビュウですけれども、午後9時10分くらいに終わったところで、なんら未来も希望も感じませんでした。なんだな、マクロンはご自分が大統領の椅子に着座したところで終わっちゃってンぢゃないですかね。自画自賛したって彼の言葉から何も臣民を思う気持ちが伝わってきませんでした。年金生活者について、学生の住居難や就労問題、失業者、テロの犠牲となったひとびとについていたわりもねぎらいもないまま、「ボクは間違っていない。僕は凄い」とばかり、他者を遮ってまくしたてたところで、臣民の気持ちは離れて行くばかりです。そりゃ、あんたは成功者ですよ、はいはい、よーくわかってますよ。でもさ、あんたがそこに座っているのは誰のおかげだい?ですよ、まったく。番組の中盤にはヂャアナリスト3方の表情は既に呆れ顔であり、口元にはニヒルな笑みが浮かんでおりました。画面前のこちとら、「ヂャアナリスト三方の方がマクロン大統領よりアタマいいンぢゃないかいね?」と思う有様。

一時間も大統領が一方的に言葉をまくしたてているのを聞いて、こちらの口からは「黙れ、小童マクロン」という懐かしい台詞であり、なんちゅうか、このエントリーのタイトルに戻り、「もし大統領選挙の決選相手が極右でなかったら、このヒト、本当に当選してたかね?」と思わないと、ほんと自分が情けないとしか言いようがないシラケ鳥、飛んでいく、南の空へ、みじめ、みじめ・・・だったのでした。共和国民に同情するあるよ。あと4年半の我慢だよ。ま、マクロンに次はないね、うん。

私はロラン・ヴォキエ Laurent Wauquiez に期待している今日この頃なのさ。うっふん。

le 16 octobre 2017, Marguerite-Marie




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by ma_cocotte | 2017-10-16 14:46 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(2)
時は前後して、神無月は十月第一日目
昨日日曜日。
ココんちあたりは夜明け前から雨、雨、雨。午後になっても霧雨のまま日が暮れて行きました。

昨日は十月第一日(だいいっぴ)で、しかも日曜日だったせいか、旧市街では午前7時からガラクタ市の開催が決まっていました。が、あの雨でどうなりましたことやら。私もこのガラクタ市をひやかすつもりでいましたが、雨で断念。ココんちから最も近い教会では恒例の聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ祭りが開催されましたが、それにも足を動かせず、そして、毎日欠かさず続けていた山羊のべぇちゃん詣でもおサボリという、結局、丸一日、ココんちの中に閉じこもりで十月一日を過ごしてしまいました。

三つ子の魂百までとはよく言ったもので、こうして仏蘭西に10年以上住み、其処此処で秋らしいイヴェントがいくつあっても、十月一日と聞けばまず「都民の日」を思い出してしまいます。今年は日曜日だから学校や会社がお休みになってもあんまり有難味がないなあ・・・と、ふと。

そして、昨日日曜の午前中はFrance 2で恒例の日曜主日ミサ生中継で、なんとまあ、シャルル・ド・ゴール国際空港のチャペルでのミサが放映され、そこはかとなく正教会っぽい無伴奏の聖歌隊の声がすんばらしく、彼らがエールフランス社員合唱隊であることを(後で)知りました。そうそう、この本当に小さくて簡素な聖堂の主任司祭がシトー会の会員であることも後で知りました。シトー会ってカトリック教¨会で厳しい方から二番目に厳しい修道会でしょうに、こういう世界中の人が交わり、限りなくエキュメニカルだか超宗教のスペースを任せられる司祭に選ばれるってどういう?と思ったり。

で、ココんちにおいては昼食後の微睡ちょいでマルセイユはサンシャルル国鉄駅でのテロ事件を知りました。
この駅、南仏に住んでいた当時はほぼ毎日、私が使っていた駅でして、こうして今、マルセイユから800㎞西に引っ越した後でもココんちの仏人♂が里帰りのたびに必ずこのサンシャルル国鉄駅を使っているのです。あまりにも馴染みありすぎる駅でのテロ事件。しかも、犠牲となったお二人は女性であり、20歳代の若さ。刃物による殺人でしたが、一夜明けた今日になり、首を掻っ切られたと報道があり、悲しみがいっそう増しています。昨日は日曜だったのでサンシャルル駅は週日に比べ閑散としてはいたでしょうけれど、午後1時45分の犯行というのは恐ろしい限り。(ただし、日曜のサンシャルル駅から旧港の道筋は本当に閑散としていますが、サンシャルル駅から商港への道はアラブ市場があるので日曜もある程度賑わってはいます)。

国鉄駅でこのような無差別殺人が発生してしまうと、フランスでもイスラエルのように駅やバスターミナルにも検問&荷物検査所を設けた方が良いのかもしれません。

それにしても、一夜明けた月曜お昼のニュウスでも射殺され布が雑にかぶせられた実行犯の遺体の映像が紹介されており、実にナマナマしいであります。

とうとうマルセイユ・・・ですね、はい。

平和が遠のいて行きませんように。


le 2 octobre 2017, Léger


神無月第二日目も午後に霧雨。
きょうは山羊のべぇちゃんに会ってまいりました。
帰宅すると、昨日のマルセイユで亡くなった女性二人は共に二十歳で、従姉妹だったとわかりました。ロオラさんはリヨンの看護学校の学生、モランヌさんはエクス・マルセイユ大学の医学部生とのこと。かわいそうです。




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by ma_cocotte | 2017-10-02 20:02 | 『秋』 Rien de special | Comments(2)
ぐぐぐぐっと寒くなりました。
一週間前までは袖なしのブラウスを着ていたのに、今週は半袖のシャツでも寒いくらいの気候になりました。
ですから、土曜の夕ミサの帰りに旧市街に寄ってちょっと一杯ひっかけるのも昨日が最後かもしれません。
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昨晩寄ったお店は50clのビールを二つ頼むと、おつまみのソシソンがおまけになるのです。注文してからソシソンが切られるので、柔らかく美味しいこと。太るとわかっていてもついつい。ソシソンとビール、白ワインの相性はとても良いと私個人は捉えています。

で、昨日。
夕方過ぎに晴れ間が落ち着きましたが、それまでは空は青いのに豪雨や雹が降るという空でさえ雲行きが追い付かない天気が数時間続きました。そのような豪雨が突然止んで快晴になり、また数十分後に豪雨・・・ココんちあたりはかなり大英帝国の気象に近い土地柄ですが、ココまで極端なお天気は稀です。

昨夕は青空が落ち着いたものの、気温がぐっと下がったように思います。
私は欧州人のようにキャベツ着こなしを体得していないので、昨日は半袖のTシャツにGジャンを羽織っての外出。こうしてバアの窓際でビールを飲みながら外の歩道を行き交うひとびとを眺めたら、すでにかなり厚めのスカアフを巻いたり、薄手のダウンジャケットで身を包む老若男女を多く見つけました。9月9日にもう冬の予感でしょうか。そうそう、隣のお店ではテラス席にもう松明のストオブを置き、火を入れてお客様を迎えていました。


朝も9月に入り、夜明けが午前7時過ぎになりましたし、昨日はこのバアを去る午後8時半には薄暗くなりました。
今年の夏は本当にもう終わってしまったと感じ入った土曜の夜でした。


le 10 septembre 2017, Inès

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by ma_cocotte | 2017-09-10 16:23 | 『秋』 Rien de special | Comments(0)
滑り落ちて行く、小童マクロンろん。
今月に入って28日目w
葉月八月のはじめにマクロン大統領の人気が落ちていることが市井の話題になり、おヴァカンスのせいなのか一時下火になったものの、ココんところ長月九月を目の前にしてこの話題が蒸し返され始めました。

きょうの朝のニュウスによりますとエンマニュエル・マクロン大統領の人気は40%ぎーりぎりで、就任当初(いつだったっけ?今年の5月?)の人気は60%越えだったのにたった3か月で40%ぎりぎり。このような人気急降下は前世紀終わりのシラク大統領に続いてマクロン氏が二人目らしい。なんでも一番、一等賞が大好きのマクロンくんでもこの話題ばかりは前例があってホっとしているのではないでしょうか。そして、まもなく9月の新年度となって、小童マクロンくんの人気はぶり返しますでしょうか?

私個人は小童マクロンくんについて大統領就任前からの異常な我の強さに付いていけず・・・というか、別に大統領ぢゃなくても、どんな世界であれ、頂点に立つ長上さんやら「上つ者」は頂点にいながらにして裾野に行けば行くほど増える臣民に仕える者になるという離れ業ができないと、臣民がどんどん去るのも時間の問題であり、それまでの安定した三角形からあっという間にカカシ、やじろべえというふーらふらの不安定なアタマでっかちに化けると私は信じているンです。

小童マクロンさんはほうぼうでアタマがすこぶる良いとほめちぎられ、学業を終えてからの職歴が銀行家でそんぢょそこらの銀行員とは一緒にしてくれるな、何もかも抜本的に銀行家なんかと違うとまで言われているのに、大統領の座についても尚、ナポレオンの生まれ変わりに夢見る夢男ちゃんで、その夢の実現のために臣民を捨て駒にすることの繰り返しを止めない。こんな矛盾あるのかなあ。アタマも良くて、お金もあるなら、国庫や国民に頼らないで、自分の好きなところに壮麗なお城を建てて、その中で「ナポレオンごっこ」すりゃいいでしょ。振り回される国民だってあんたよりバカでもそれなりに考え、判断する(自由が我々にはある、うん)。
マクロンろんの我が異常に強いと思うのはたった二代前のサルコぢがケネディ家の1960年代スタイルを真似することに執心して根こそぎ大失敗したことに目が行かないこと・・・というか、ケネディの真似は失敗するのはわかっているが俺様のナポレオンの真似は失敗しないぜ、べいべ、なンですかねぇ。

小童マクロンだけでなく、プゥチンやらトランp、キムなんちゃらにアベと「上つ者」としていかがなものか?と脳みそツルツルでも不安になるエラいひとが次々と沸いて出るのも世紀末が間近いという証なのでしょうか。

そーゆー難しいことの波に私は流されるしかありませんけれど、そんなことより気になることがあり、それは小童マクロン皇帝ご本人ではなく、そうさなマクロンを聖ルイ(9世)王の母ブロンシュさまのごときブリヂット后。それも私が気にしているのは世間で騒がれている彼女のスタイルや服のセンスではなくて、ただただ、ブリヂット后のようなカツラと入れ歯だけはご免蒙るという祈りだけです。すこぶるお金持ちなのだからもそっと自然なヅラと歯を選べないのかね?



le 28 août 2017, Augustin

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by ma_cocotte | 2017-08-28 16:27 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(0)
「そういえば」は続くよ、どこまでも。
そういえば、また思い出したことがありました。
たったひとつの、テロ事件がきっかけで脳内フロッピィがしゃかしゃか動き出し、消えかけの事項が表に出てくることってあるものなのですね。驚いた。

私がスペインのサンチアゴ・デ・コンポステッラに行ったのは2014年の10月で、その時はナント(ナントの勅令のナントね)からポルトガルはリスボンに行き、ファティマに寄りつつ北上しながら国境を越え、スペインのサンチアゴ・デ・コンポステッラに入ったのでした。ですから、お世話になったガイドさんはポルトガル人女性で、彼女はサンチアゴ・デ・コンポステッラにも同行してくださいましたが、かのサンチアゴ・デ・コンポステッラでは地元が認めたガイドしか働けないという絶対条件があり、彼女は私たちと一緒に「地元ガイドから教えられる側」にいました。彼女と私は年齢が比較的近かったせいか、いろいろ雑談もしましたが、彼女の話だとスペイン国籍者とポルトガル人は互いの言語を操れるにも関わらず決して相手の言語を使わないのだそうです。ココでスペイン国籍者と書いたのは、正確には今のスペインは国際において「ひとつの王国」なれど、実は今でも自治州制で、それぞれの生活文化を尊重しあっての平らで等しい民主共同体の集まりであるので、だから、かのスペイン国王もカスティージャの長上さんなんだってよ!程度の意識らしいです。しかも、この自治州という制度はひじょーに政治的でもあるそう。まあ、長期滞在しないとガイジンにはよくわからないアレなんだろうな、と思いました。

で、そのポルトガルとスペインを旅した時、このガイドさんがおっしゃっていたポイントをココんところで思い出しました。
それはポルトガルというのはアラビアというかイスラーム文化を色濃く受け継いでおり、それは地名でもよくわかるし(ファティマもナザレもアラビア語由来)、アルファベットのベースもアラビア語の影響が強いそう。ですが、一方で一時のポルトガルはカトリック国として有名でもあり、アフリカにもかつて植民地を持っていました。このあたりはフランスと似ていなくもない。しかも、今のポルトガルにだってよその欧州列強国に比べればかなり貧しいけれど、他国同様、かつての植民地だったアフリカ諸国からの移民を受け入れる義務は残っています。

ココで余談ですが、おフランスにおける移民制度でかつての植民地には私のようなニフォン人とはまったく別の条件があり、それはフランス国籍希望者本人の両祖父母のうちだれかひとりがフランス国籍を持っていたらそれを理由に仏国籍をもらえるよ、というものね。だから、フランスにはマグレブ(=北アフリカ)圏のイスラム生活文化で育ったひとの入国が今も続いているのです。けれど、これもそろそろ下火かな(アルジェリア独立戦争から何年よ?となるわけで)

ココで話戻ってポルトガル。
ポルトガルもフランスのようにかつての植民地から移民を受け入れているけれど、ひとつだけ大きな違いがある。それは、ポルトガルの旧植民地である国々の今はポルトガル本国より熱心なカトリック国であり、移民としてポルトガルに彼らが移住しても欧州各国で頻発しているテロ事件には至らないとのこと。なるほどねぇ。だって、先日のパルセロオナでのテロ事件。容疑者たちの当初の計画はあのサグダラファミリア聖堂の爆破だったものね。サグダラファミリアはいちおうキリスト教カトリック派の祈祷所ですし、観光の名所でもある。ISがトルコではイスタンブールの聖ソフィア近辺でテロを狙うのも聖ソフィア大聖堂がかつてはキリスト教の正教の祈祷所だったからですかね。だとすると、ISが次にスペインで狙うのはそれこそサンチアゴ・デ・コンポステッラかもしれません。なんてったってレコンキスタ。
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この写真はポルトガルなナザレ Nazaré という漁師町の教会訪問の時に出会ったアフリカからの巡礼者。確かアンゴラから。
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・・・・となると、お仏蘭西だとまさか、まさかのポワティエ? まさかねぇ。

ポワティエも今はヌゥヴェルアキテエヌ地方の一都市です。


le 23 août 2017, Rose


でも、私だけかもしれないけれど、サグダラファミリアにしろサンチアゴ・デ・コンポステッラにしろ世界のあちらこちらのカトリックっちゅうか、イスラム国の戦士さんたちにしてみれば異教の建造物や備品を粉々に破壊したところで、それは人造物だから壊れるものだし、ヒトというか神の創造物はすべて塵に帰るってぇのはユダヤ教、キリスト教だけでなくイスラームの教えの根幹であるわけでさ。・・・と戦士さんを論破してみたくなるよな。

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by ma_cocotte | 2017-08-23 17:53 | 『?』なオイロッパ | Comments(0)
だって、そんなに遠くないもの。
さっき、8月17日に発生したスペインはバルセロナでのテロ事件の実行犯がフランス・スペイン国境の町の出身で、犯行後、フランス側に逃走したのではないかと見聞しました。というのも、マルセイユでお昼頃、車が暴走し、歩行者がひとり亡くなったそうで、「この車はいったい?」と報道が流れ始めたのです。

バルセロナのテロがあってから、我がツルツル脳なりに思い巡らしたことはバルセロナという土地はかつて住んでいたマルセイユあたりでは「近所」のような感覚だったことです。マルセイユあたりからスペイン国境方面に車を走らせると道路標示には「Barcerone」の文字を見つけることができます。これ、スペインのバルセロナです。島国日本だと車道でよその国の都市が表示されていることはまずないと思いますが、フランスのように国境を接しているとこういうことがあります。しかも、マルセイユからだと同じ国であるフランスの首都パリより隣国バルセロナの方が近いのです。マルセイユ-パリは車で7時間ほど、マルセイユからバルセロナまでは5時間です。飛行機だったら一時間のフライト。

もともと地中海沿岸は紀元前からユダヤ人の集落がすでに点在していたこともあり、コスモポリタンです。私が住んでいたマルセイユの北の小さな町でもフランス由来の苗字よりイタリア、スペイン、ユダヤんの苗字の方がマジョリティでした。そうそう、イタリアのヴァンティミリアから地中海に沿ってフランスを抜けてスペインはヴァルセロナまで車で7時間弱です。

話戻って、コスモポリタンですけれど、私の南仏時代の知人にモロッコ系フランス人の女性がいまして、彼女の兄弟姉妹のうち数名はスペイン在住。彼女はモロッコの実家に戻る時はマルセイユから長距離バスでスペインに入り、スペイン在住の家族の家に寄ってジブラルタルまで行き、そこからフェリーでモロッコ入りしていました。それが一番安い里帰りの方法なのだそうです。そういえば、今の、ヌゥヴェルアキテエヌ地方北部に住み始めて南米チリのインディオ移民さんと知り合いましたが、この女性はフランスに子供と共に移住。ですが、夫君はスペインに愛人とお住まい。こうすることで社会保障金額が幾分増えるらしいです。前出のモロッコ系仏人の女性もフランスよりスペインの方が社会保障制度が良いと話してくれたことがありました。

今回のバルセロナ・テロ事件の容疑者はモロッコ系スペイン人の男性らしいですが、この人物の親戚や友人がフランスにもいることはなんら珍しいことではありません。それに、きょうび、インターネットの時代ですから、ISが世界に散らばる戦士たちに指令を出したり、交流するのはインターネットであり、そうこうしているうちに同志として友情みたいなもんが生まれるのも不思議ではありません。そういえば(きょうはそういえば、が多い)、パリの連続テロ事件の時、ユダヤ食料品店を襲った実行犯が犯行前にスペインはマドリッドの同志を訪ね、再度パリを目指したという話がありましたよね。忘れかけてたわい。パリでそうだから、マルセイユに同志ゴロゴロだとしてもちびっとも驚かない。当然だと思います。南仏時代住んでいた町の移民団地を思い出します。

ココんちの仏人♂は母方の祖母がカタルーニャ人のピエノワールだったので、バルセロナで事件と聞くと、ちょっと心がざわつきますが、先ほどお昼過ぎにマルセイユで発生した事故がこれからどういう話になっていくのか気になるところです。

兎にも角にも、ヒトが決めた国境を取っ払って、地には善意のひとに平和あれだよなあ・・・・


le 21 août 2017, Christophe


そういえば(またかいっ!)。。。思い出した、サンチアゴ・デ・コンポステッラに行った時に聞いた話。
スペインは国際においては「スペイン王国」であっても、その国内は自治州制でそれぞれの自治を重んじているので、簡単にフランスとは内政の運びがかなり違うそう。と、言われても、あたしガイジンだからフランスもスペインもよくわかんないw けれども、フランスよりアメリカの制度の方が似ているのかもしれない。




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by ma_cocotte | 2017-08-21 22:27 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
三日間で900g減り、昨日から100g増えた日曜の朝
ったくねぇ、もう。
7月31日から昨日8月5日の朝までで、途中、水曜日に加重があったにもかかわらず、ぴったり1㎏の減量。
これは「特別だった今年の7月」について先の日曜夜のサーカス祭りをもって幕を閉じ、葉月八月一日(はづきはちがついっぴ)から「いつもの毎日」に戻ったので、体重減少は想定の内かもしれません。が、そんな喜びのうちに週末が来てしまった・・・

昨日土曜の夜は夕ミサにあずかった帰りに、あああ、ちょっと一杯のつもりが、あああ。
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500cl のビールに、おつまみのソシソン。
またですか。はい、またです。
夜10時頃まで明るい8月のココんちあたり。青い空の下、どこか秋めいた風にあたりながらの一杯は止められない、とまらない。
昨夕寄ったお店は500clのビールを二つ注文するとソシソンがおまけについてくるのです。今回のソシソンは鴨でした。

と、きょうの朝の体重が100gの増量も原因が昨晩のコレ ↑ だとわかっているし、たった100gの増量だったことは奇跡だと自らに言い聞かせつつ、雲ひとつなく晴れたこんにち、お昼食は何をいただこう、何を作ろう、何を飲もうと既にアタマの中はそのことでいっぱい(ウソ。
日曜の朝はまず「ワイドナショー」を視聴しなくちゃね、はい。

お昼ご飯をこさえる前に山羊のべぇちゃんの食料を集めなくっちゃ。イソイソイソ


le 6 août 2017, Transfiguration


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by ma_cocotte | 2017-08-06 15:46 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)
この八月がつまらなくて良かった。
なぜかと言うと、わたくし、7月の一か月で2㎏も太ったのです。
恐ろしい・・・・
ですが、原因がいとも簡単に見つけられたことが、でお・ぐらあしあす。
先月は第一日目の結婚披露パーリーで始まり、酷暑の日やらそこここかしこのアペリティフコンサートにサーカス祭りを冷かしては、美味美酒を楽しんでしまい・・・それまでの日常とかけ離れた非日常の一か月を過ごしたら、結果「2㎏増し」ざます。

ちびまる子ちゃんの「っざっ!」と青ざめのごとくこの事実に青ざめたわたくしですが、ありがたいことにこの8月は何の予定もなく、以前の日常にいとも簡単に戻れるのです。とかなんとか書きながら、もし酷暑の日が訪れたら美味しい生ビールを探し求めてしまうだろうと容易に想像がつきますけれども、こんにち葉月八月第三日目まで8月に入ってからまるで秋のような陽気が続いています。ありがたや、ありがたや(と、「なんまいだ、なんまいだ」とお手手を合わせてな~む♪の同時進行でどうかひとつ)

2㎏増しの原因についてもそっとクビを突っ込むと、午後6時以降の飲食を続けたことが明らかな原因であります。
でもね、気温が30度を超えた日の夕方にそよ風を感じながら飲むビールくらいおいしいものはありません。
そのビールに合うのがソシソン。日本國で言うところのサラミです。この写真 ↓の中央奥に横たわっているのがソシソン。このお店ではソシソンを注文するとこうして丸ごと出てきて、添えられたナイフで輪切りしながらいただくスタイルです。この時はノワゼット(=ヘーゼルナッツ)入りのソシソンを頼みました。
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でね、ビール。
これ ↑ はキルケニー Kilkenny というアイルランドのビールです。
私はベルギーよりアイルランドのビールが好きかもしれません。
かの有名なギネスの黒ビールも大好物です。
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キルケニー、ギネスに共通した特長は泡がとてつもなくクリーミーなこと。なめらかさが他国のビールとは比べられないように思います。この写真の、ギネスをいただいた時は山羊チーズ入りのソシソンをいただきました。それは、それは、うんまーーーーかったです。

実はわたくし、若い頃からアイルランドにはそこはかとなく縁があり、今年の6月にアイルランド初上陸を予定していましたが、残念ながら私が予約したツアーの人員が満たず中止になってしまったのでした。これはかなりのショック事項ではありましたが、少し考えれば夢のアイルランドにいつか行く夢や希望を持ち続けられるので、双六で初めの一歩に戻ったつもりで実現に向け・・・祈るぞw

さーてと、お昼ご飯の準備に取り掛かろうっと。
いつもどおり、いつもどおり。平常心。


le 3 août 2017, Lydie





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by ma_cocotte | 2017-08-03 17:26 | 『春』 Rien de special | Comments(0)