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小童っ!の傲慢は日々、膨張し続けております。
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昨日までの熱暑が10度も下がって涼しい朝を迎えることができたのにハエに代わり先ほどからテレビも電脳画面も速報、速報、速報と五月蠅くてなりません。その速報の中身はココでひとつ前に掲載した仏陸軍参謀総長のクビが発表されたことです。なんとまあ、金曜日を迎える二日前に小童!マクロンろん、実行しやがりましたです。たいしたもんだ、小童。



今から数年後になって、あの時のクビについて裏で夫人が強く意見したとか占い師の予言に振り回されただの話が飛ばないといいですけれど。・・・とありえないであろうことを裏返して言いたくなるくらい、小童!マクロンがこうしてひけらかした愚かしい決定が今回の仏陸軍参謀総長のクビ決定だと私は思います。

話が吹っ飛びますが、ちょいと前にカトリック教゛会のヲールドにおいて仏国軍教区の長上である司教さまがストラスブール教区の長上に異動が発表されました。仏国軍の長上だと「司教」ですが、ストラスブール教区の長上ならば「大司教」、俗世の尺度で測れば「栄転」という語が当てはまるのかもしれませんが、しかも発表からかなり早急な異動でもあったので、フェイスブックの仏軍教区ページでは悲しみうろたえる方々の様子を拝察することができました。その彼、リュック・ラヴェル Luc Ravel とおっしゃいますが、かなーり格好いい神父様、司教さまでらして、あたしゃ、数年前にポワティエの大聖堂でナマをお見上げ申し上げたことがござる。胸きゅうぅうううん。外見だけでなく、世界の7つの海にちらばる仏蘭西共和国軍を支えるあらゆる柱のうちの一本としてラヴェル師の導き方はまっことすんばらしかったのです(もちろんその導き方は今、ストラスブール教区で生かされているのでありますが)。

フランス共和国軍において精神的な導き手のリーダーがラヴェル師だったとするならば、実務においての導き手はド・ヴィリエ将軍でしたでしょうに、たった数か月の間にお二人が共和国軍の世界から離れてしまうことになります。うぅううん、これは痛いです。まあ、カトリックヲールド方面は既に新しい長上さまが任命されましたけれどね。なんちゅうか、ド・ヴィリエ将軍の後任には小童!マクロンに「御意」しか言えないマクロンに絶対服従のおぢちゃんだかおばちゃんが任命されるのでしょーから、これからの5年はやはり長く感じることになりそうです。

なんでしょうね。
この頃の地球、プゥチンにしろ、トランpにしろ、ヂョンウンにしろ、なんちゃらアサドやマドゥロと時代逆行を好む君主ちゃんが四方八方でパラサイトしていませんかね?

もしかして地球そのものの終わりがそんなに遠くないのかもねぃ。
フアティマに命乞いすっかね。あたしはしないけど。


le 19 juillet 2017, Arsène ←アルセーヌ!

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by ma_cocotte | 2017-07-19 18:31 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
小童っ!マクロンの粛清が始まるらしい。
2017年7月17日月曜の朝。
フェイスブックの壁に並んだ報道記事で気になったのが、コレ。



今度の金曜日、今の陸軍参謀総長、仏共和国軍の頂点であるピエール・ド・ヴィリエ将軍がマクロン大統領の「み旨のまま」にならないことでほぼ絶対間違いなくクビになるであろう、という話題でありんす。
ひとつ前の拙エントリィにつながりますが、ココんちあたり、つまり今のヌゥヴェル・アキテエヌ Nouvelle Aquitaine 地方の北西部はヴァンデ県に接しており、地方違えど、電話の局番違えど(註:ヴァンデは02始まり、ヌゥヴェルアキテエヌは05始まり)、ひとびとの往来はすこぶる活発であり、こちらにはヴァンデの出の苗字、あちらにはヌゥヴェルアキテエヌ由来の苗字の家庭が多かったりするほどです。ココんちの苗字もヴァンデの出なんざんす。そーんなココんちあたりでは将軍さまのド・ヴィリエ de Villiers の苗字にぴくーんと反応してしまいます。なぜなら、ココんちあたりでド・ヴィリエと言えば、隣県ヴァンデ一の名門(子爵家)であり、「シシャクってなーに?」と口にする共和国民にも「ほら、ピュイ・デュ・フゥ Puy du Fou のオーナーさんちだよ」と言えば「うぉおお」と歓声があがります。

そのピュイ・デュ・フゥってなーに?とガイジンさんから質問が飛ぶことでしょうけれど、それは一言でゆーならば遊園地。ちょっと詳しく説明するならば仏蘭西歴史遊園地なンであります。


私の記憶が確かならば、お仏蘭西ではディズニーなんちゃらよりピュイ・デュ・フゥに人気があります。おいらも南仏からココ新天地に引っ越してまもなく、神父様に連れて行っていただいたのであったw ロオマにおける迫害時代から中世、近世時代を巡り、〆がミソでヴァンデ戦争なのだな。革命政府に迫害されるひとびとの様子をよぉおおく知ることができるのぢゃった。・・・この遊園地を運営するのはピエール・ド・ヴィリエ将軍さまの兄上であるフイリップ・ド・ヴィリエ子爵氏。フイリップ兄は元政治家で、今世紀の初めには共和国大統領選挙の候補者でもありました。貴族の出であること、フイリップ兄の子息の不祥事も相俟って、政治家フイリップ・ド・ヴィリエの評判はすこぶる共和国全体で悪い。ですが、ヴァンデ県はもちろんココんちあたりでド・ヴィリエ家を悪く言う人は少ないし、この一族を悪く言う人はたいてい中道よりヒダリの限りなく突き当りに近いアタマの持ち主だったりします。この温度差だけでも、知らない人が知らない土地で流すウワサの威力はハンパないとよくわかります。一方聞いて沙汰すンな(於一のママン)ですな。
ココんちあたりでド・ヴィリエ家の評判と言えば、そりゃあ、今は共和国で一番人気の遊園地を運営するオーナー一族で、遊園地のおかげで周囲の多くの民も恩恵にあずかっているという潤滑なお金の循環ゆえの賛美がまず第一。この遊園地の人気が安定したところでド・ヴィリエ家はなんと私学運営に着手したのです。その学校は芸術に力を入れた初等教育校。


・・・で、わたすの大切な友人夫妻が自分の子女をこの学校で学ばせようと引っ越してしまったのさ・・・。友人の家庭はカトリックトラディシオナリスト(伝統主義カトリック)なのに、この学校へ。ド・ヴィリエ家は熱心なカトリック家庭で知られていますが、この学校ではカトリックとのリンクをしていません。このあたりのケジメがド・ヴィリエ家、たいしたもんぢゃないか、と思うところでもあります。熱心過ぎて私学だから創業家の宗旨を持ち込むことの方がこの世の通例でしょうにね。余談、フイリップ・ド・ヴィリエ氏も伝統カトリックヲールドの中に住まう方なので子沢山ですが、あたしが小耳に挟んだ話だとお嬢様お二人が修道女で、おひとりは観想修道女会、もうおひとりはアフリカで宣教女としてイ動かれているとのこと。これまたウワサだけれど、フイリップ氏より上越で奥さまがカト的にすこぶるたいした方なのですと



でも・・・ココで冒頭のピエール・ド・ヴィリエ将軍さまの話題に戻りますが、自分のゆーことを聞かない将軍のクビを切ってまえ!としか思いつかないエマニュエル・マクロン大統領と、仏国軍頂点の立場であるド・ヴィリエ将軍さまが常に自分の後に続く軍人を思い、熟考して、最善の策を今や上司となった小童!マクロンにはっきりと進言するという現実に共和国民はどう思い、どう捉えるのでしょうかねぇ。日本国には「氏より育ち」と言う表現がありますが、ピエール・ド・ヴィリエ将軍は氏も育ちも良くて、今の彼が「生かされている」←誰に?w ように私ゃ思えて仕方ないンですが。あのさ、今までも、今も、小童!マクロンがイエズス会の中高に通ったことで、イエズス会が「真のエリート」養成校だからマクロンも真のエリートみたいな流れが出来ちゃってるけれど、従軍経験もない39ちゃいのマクロンが自分の思い通りになってくれない、「御意、大統領閣下、ああたのおっしゃるとおりでござあます。」と言ってくれるどころか反論しやがった奴をクビにしちまおうとしていること、どこが「真のエリート」なンですかね? 大統領の権力を悪用しているだけぢゃありませんか。三文ゲームに向き合った初心者が間違ってパワーを使っちゃう感じぃ。

一方のピエール・ド・ヴィリエ将軍さま。
フェイスブックで公開されている以下の内容が共和国民の間で静かに広がっているのでした。


Confiance コンフィアンスは和訳すると「信頼」が良いと思います。この場合においても。
仏蘭西語がよくわかンなくても、出だしが モン・シェエル・カマラド Mon cher camarade だけでもグっときます。「私の愛する同僚よ」と和訳するのが今ドキかなあ。昔だったらカマラドを戦友と訳したかもしれないし、きょうび軍から離れた世界ならばカマラドは学校ならば「同級生」、会社なら同じ部署で一緒に働く仲間たちに充てられると思います。で、天下の欧州一の陸軍と例えられる仏共和国軍陸軍の頂点に立つ人物が自分の孫のような青年兵士に向かって「同僚」と呼びかける。そして、彼らの将来の道しるべとなる言葉で語る。このConfiance 信頼の内容なんて、あーた、どこのミサの説教よ?これを話された神父様に会ってみたーい!と勘違いするほどですぜ。ド・ヴィリエ贔屓のバイアスがかかっているせいですが、私はこんなわかりやすく簡潔な「信頼」についてのお話だけでも、青年兵士たちの顔は聞き終えるまでに輝き、目ヂカラがいっそう強くなったと思いますよ(もちろん、よだれ垂らして熟睡しているだろうひとも数名いたでしょうけれどね)

兎に角、今の大方の予想がその通りになるとしたら、今度の金曜日にピエール・ド・ヴィリエ将軍はクビ、次に選ばれるのは「21世紀のイマドキの皇帝になりたい大統領の掌で転がる犬」の軍人ちゃんなンでしょう。国境取っ払ってどこぞのお露西亜の大統領の目論見と同じぢゃんね。露西亜と仏蘭西の中華思想の対立が浮き彫りになるのも時間の問題ぢゃないかと思いました。どこで浮彫になるってそりゃ、シリアざましょ。プゥチンは小童マクロンを蛇のごとくペロリと飲み込みたいだろうなあ。プゥチンが何を駒にするのか、ちょいと楽しみだったりする。

それにしても、小童!マクロンろんですが、青少年期に「僕は大きくなったらナポレオンになる!」と望んだとして、それをかなえるためにそれはアタマの良いオトナになり、皇帝も王も存在しない今の共和国で大統領の座に就いたにもかかわらず、年上だろうが年下だろうが「このハゲェエエエエ!あんたのアタマの良さは俺様の10分の一ぃいいい♪」と心の中で叫んでいるなら、巨人化した傲慢が良心をねじ伏せ抑え込んでしまっているのではないでしょうか。・・・ま、小童マクロンのそんなところは大統領選挙の予備選の生討論番組で見抜けてたよね。極右のおんな党首マリィヌが大統領の座に就くことを阻止するために投票有権者が小童マクロンに票を投じるしかなかったのも「天においては必然」であり、これから5年の国父マクロンの時代がこの世に必要だったのかもしれませんが、それにしてもこれから39ちゃいの小童マクロン大統領が「粛清まがいゴッコ」を始めるとなると、ガッコあたまの彼にそんな暴力の機会を与えた5年がとてつもなく長いです。ツルツル脳のわれ思うに、アタマが良くてもマクロン大統領は従順と服従の違いをまったく理解していないンではないかなあ。ご自分の周囲には服従する者だけを置きたいのでしょう。それぢゃ、栄華の終わりのダビデ王ぢゃん。小童よ、旧約読み直したら。

次の大統領選挙にピエール・ド・ヴィリエ将軍さまが出馬してくれないかしら?とフェイスブックに掲載されている彼の「説教集」を斜め読みしつつ、ついうっかり希望してしまいました。実現することはまずない、まる


le 17 juillet 2017, Charlotte


これ ↑ をタイプしながらちょっと思い出しましたが、フランソワ・オランド王の御世にマリアーヂュ・プル・トゥース Mariage pour Tous 同性婚姻法のドタバタがあり、この法案に反対するひとびとが国民投票を提案したのに当時の仏社会党政権はそれをまったく無視して押し切りました。その時に、政治通のマダム(この方、現在は隣村の補佐市長におなりあそばした)が一言「もしサルコぢだったらこういうことはしないわっ!民意をもっと聞かれる」とおっしゃっていたのです。・・・やっぱ、マクロンは仏社会党の流れなんだなあ、とふと。臣民の意見が聞けないまま、権力で片づけるって民主共和に歩み寄るどころか、遠のき始めている気がする。




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by ma_cocotte | 2017-07-17 16:49 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(2)
祈りに祈って、天に聞き届けられて
おとといの結婚式。

新郎の親族は誰一人参列しませんでした。母上は隣町にお住まいなのにまったく現れず。
新婦の親族は2歳半になるお二人の息子のベビーシッターも兼ねてパリ近郊在住の実の妹さんがひとり。グアドループに住む母上は欠席でした。
だから、聖堂には主に新婦が地元のカトリック共同体で関わるひとびとが集まっていました。地には善意のひとに平和あれ、ですな。
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↑婚姻式が終わった直後、縄紐を引っ張り手動の鐘を鳴らす司式司祭↑

そもそもなぜ私がこの結婚式に関わったのかと言うと、一か月ちょい前にたまたま「久しぶりにココんち近所の教会のミサに行ってみようか」という気持になり、久しぶりの近所のミサで新婦に会ったのです。彼女とはしばらく前から挨拶を交わす程度の間柄でしたが、その彼女が近寄ってきて近々、教会で結婚することになったので婚姻ミサに参加してくれるよう私ども夫婦に話してきたのでした。その時の雑談で、彼女がひとりで結婚準備をしていること、彼女は地元出身ではないのでお店を見つけるだけでも大変でインターネットを頼りにしていることがわかりました。そこで「私にできることは何かないかな?」と思い巡らして、私から聖堂内装飾やブケーなどお花について手伝えるかもしれない、と話し、その場で私の連絡先を渡してその日は別れました。

ココんちから最も近い教会は毎月第一、第三日曜しかミサをささげていないし、6月の第三日曜を最後に9月まで閉鎖とのこと。私はこの一年、土曜の夕ミサにあずかることを好んでいるので滅多にココのミサにあずかっていないし、彼女はココで必ず見る顔ではありません。だから、たまたま久しぶりに会ったところで近未来の教会での結婚の話もどこまで本当かどうかもわからず、こちらは連絡先を渡したのだから、あとはなるようになれの気持でした。

それからしばらくして、6月の半ば手前にココんちのポストに結婚式の招待状が入っていたので、それをきっかけに連絡を取ると、新婦からあらためて結婚式のお花についてのお願いがありました。最初の打ち合わせは6月19日の午後4時、彼女の家で。この日の午後、温度計は42度を指していました。だから、この暑さがいつまで続くのか、もし挙式日の7月1日までこの酷暑が続いたらどうしましょう!と先ず悩みました。しかも、昔の聖堂ならば石造りなので外気温より10度近く低く、ひんやりと花を守ってくれますが、結婚式を挙げる教会は最近の建造物だから室内の温度も湿度も外気の影響を強く受けます。これらについては結婚式が午前中ではなく午後の、それも午後遅く16時に行われることになっていたので、前日までに揃えた花はガレージに保存し、もし当日、しおれていたら臨機応変に私が近所の花屋さんを巡って補うことにしました。
そして、ブケーについては花嫁さんの希望や夢はあれど、いちおうこちらからドレスの裾の長さや膨らみ具合を質問しました。

その時に新婦から、ご自分はとうとう教会での結婚が実現することになったのに、何もかもうまく運ばず、そのことを祈りのうちに神さまやマリアさまに相談していたら、突然、あなた(=まここっつぁん)からお花のお手伝いの提案があり驚いた、と。そして、ドレスについては3回ほどあった結婚準備講座に参加し、そこには複数のカップルがいたけれど、講義後の食事会での雑談で他の女性たちからドレスはどこで買うのか?あーだ、こーだと金額が絡む話題ばかりで疲弊してしまい、神父様には講座には参加しても講義後の食事会は欠席することを伝え、そういう気持についても神様やらマリアさまに祈り伝えたそう。すると、突然、彼女の知人からサント Saintes (ユネスコ遺産で有名な大聖堂がある町)に良い花嫁衣裳屋さんがあると情報が届いたのだそう。

そして、お花の話題に戻れば、結婚式の直前になり、いつもお世話になっている修道女から修院の庭に咲くマーガレットの花を根元からごっそり切ってくださった・・・のも祈りのおかげ~だそう。

いや~、お祈りってすごいですね。

それだけで驚いちゃいけない。
私に届いた招待状には結婚式後の披露宴先に国鉄駅そばのレストランの名前がありました。ココはなかなか評判の良いお店で、ココんちでも誕生日や結婚記念日に何度か選んだお店です。けれども、このお店、確か土曜日は完全休業ではありませんでしたっけ?・・・と、そのことも私が彼女に話したら、それもお祈りが通じて実現したのだそう。なんでも新郎新婦お二人でこのお店でお食事をしたらあまりのおいしさに感動し、その場でお店に7月1日土曜の夜のパーティーをお願いしたけれど、その時は「その日は休業日だし、調理人がヴァカンスに入るので」とやんわり断られた。ところが、数日後にお店から電話があり、調理人さんのヴァカンスを一日繰り延べしたので土曜の夜、特別に開けましょう、と話があったのだそうです。

これには私もヴぃっくりざます。彼女曰く、これもお祈りのおかげ。
こういうことってあるンですね。
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↑お店の立て看板に Soirée Privée の文字↑

もし私だったらこういうことがあっても「らっきぃ」としか思わないけれど、何事にも祈りが聞き届けられた、と思えるのは凄いことだと思います。
そんな新婦が結婚式の準備で子供のように駄々をこねたことがひとつ。
それは聖堂内の聖母像に飾る花を祭壇下の花より豪華にしたいということ。

これはダメ、ダメ、ダーメでしょう。
私が断ったら、彼女は「だって私は神様より聖母に向けていつも祈っているから」と。私は彼女に「でも、あたし、聖母教ぢゃない」
聖母は我々の祈りを神さまに取り次ぐのであって、実現を決めるのは神さま唯おひとりってことを忘れちゃいけねーよ。そもそも結婚式だって聖母像の前でなく、祭壇の前で行われるのにさ。ぶつぶつぶつ。

それでも、新婦は頑なに譲らず、百合の花は聖母だけに飾ることになりました・・・・
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私が最初、聖母像の花を最も華やかにすることに意見したことで、装飾の準備に取り掛かった金曜午後の初っ端に彼女から聖母像の花はご自分で造ると強い申し出があったので「どうぞ、お好きなように」と返事し、私は自分の仕事に取り掛かっていたのですが、ほどなく彼女からギブアップの声があり、イチから私が生け直したのでした・・・。これは祈りのおかげなのかなあ・・・違う気がするけど。

いずれにせよ、結婚式も披露パーリーも無事に終わり、このヴァカンスの間に新婚旅行を兼ねてルルドに旅をする。もちろんそれは聖母へのお礼参りというのは彼女の中でロジックだろうし、彼女のすべての望みと願いを拒まずに助けたご夫君はたいしたもんだと思います。残るは彼の洗礼のみとなりましたぜ。祈りはいつ届き、取り次がれ、聞き入れられ、実現するのだろう。楽しみ、楽しみ。


le 3 juillet 2017, Thomas


余談、
偶然ですが、こんにち7月3日は聖トマの記念日。このトマはじーざっさんの弟子のひとりの疑り深いトマです。だから、今日の典礼の福音朗読はヨハネ26章の24から29節なンですね。なーんだか、本文のなんちゃらに通じる気がしてならない。私はほんと、見ないと信じないひとだなあ。
ヨハネによる福音
20・24十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。25そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」26さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。27それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」28トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。29イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」




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by ma_cocotte | 2017-07-03 20:31 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
ようやく、ほ。
こんにちの朝一番で天気予報を見たら、今日のココんちあたりの予想最高気温は21度くらいとのこと。
先週月曜日の午後、ココんちあたりは42度でしたから、たった十日ほどで10度もの気温差です。昨日も20度ちょいでしたし、おとといの夕方、外出した時は夏の装いだと震えるほどの寒さで、上手にキャベツしている欧州人の着こなしにあらためて敬服。キャベツというのは重ね着の譬えで、外気温に合わせて一枚一枚着脱すればいいだけのこと。そんな単純なことがどうにも私は苦手です。

私は南仏に住んでいた頃に気温が33度を超えると身体のあちらこちらに湿疹やら蕁麻疹のようなものが出ることを知り、それについてもまた苦労しているにも関わらず、先の熱暑(というかその前兆)から身体のほうぼうの痒みに疲れています。どうしても肌の柔らかいあたりに湿疹が出てしまいます。加えて、山羊のべぇちゃんのごはんに、と毎日午前中、庭の草木を刈り取ることが習慣となり、そのせいで手足にかぶれが出ているようです。手袋をはめて作業すりゃあいいことなのでしょうが、どうにも手袋だと実感できないのではめずに作業してしまいます。悪い習慣だけれど、やはりヒトと自然の間に人工物があると何かを実感できないのです。

しっかし、先週後半近くまで続いた熱暑が収まり、心底からありがたく思っています。
というのも、この週末、7月1日に知人の結婚式があり、ブケーや教会装飾など私が手伝うことになっているからです。お花の仕入れは金曜午前に予定していますが、その計画を立てたのも熱暑の最中だったので挙式の前日に花を仕入れたところで翌日午後遅くの婚姻まで花がもつのか、不安いっぱいでした。もし昨日、今日のように最高気温が25度未満であれば、花はひんやりと暗いガレージに置けば大丈夫の「はず」(苦笑。
きょうも午後遅く、花嫁さんと教会で待ち合わせして、二人一緒にイメージを膨らまして、明日の花の仕入れに挑むことになりました。ただ、このように極端な温度差のせいか、おとといから天候が不安定で、青空が見えるのに大雨が降る、雷が鳴る、突風が吹くがランダムに繰り返されています。できるだけ物事がよく運びますように、と射祷しながらこの身を捧げ動かすしか最善策はなさそうです。

祈り~。

少し思い巡らしたら、ほっとできるのは知人の結婚式が無事行われた後・・・と思ったところで、そーいや、今度の月曜の夕刻に或るご家族とのフェアウェルパーリーがあり、それはお料理持ち寄りが条件だったことを思い出しました。火曜日は恒例の買い出し日だし・・・と、どんどんノーメークで一日のんべんだら~りの日が先に延びていくのでありました。


あ、こんにちは聖ペトロと聖パウロご両人の大祝祭日ですな。キミガタ、ほっとするのは天国で、ということですな。はーっはっは。
めでたい。祝着至極ぅ。



le 29 juin 2017, Pierre et Paul




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by ma_cocotte | 2017-06-29 15:47 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)
とっけんかいきゅう
15日ぶりにココんちのインターネットが使えるようになってワタクシの最初の電脳内読書がコレでした。

どえりゃー長い作文を最後まで拝読いたしました。
「ったくの別世界。アデュウ」、これが私の読後感想です。
もし櫻蔭、東京大学を卒業したひとならば、運転中の他人を叩いても、耳がおかしくなるほどの大奇声を発しても、口に出すのも恥ずかしい下品な言葉を奇声に乗せても、他者に関わる人物を脅しても構わないのだとしたら、それは日本の国内でヒトが作り上げた特権が発生しているのではないかと思います。彼女たちが生活する特権階級の外ではこれらのことは恥ずべき態度です。国会議員ならばこういう行いをし、一生口からこぼすことのないひどい言葉を発しても当然なのでしょうか。学歴が櫻蔭にも東京大学にも引っかからなくても、肌の色が何色でも、どこの国籍であっても、幼い頃からの躾がなされていればいずれの言動も他者を傷つけるものであり、どんなに美人を自称したところで自らの出自を第三者に知らせていることくらい、オトナになれば自然に心身に沁みついていることだと思います。

大昔、知人から成績ばかり良くても他人に挨拶もできない、電話できちんと応対もできないような成人を関西では「ガッコあたま」と呼ぶと教えられたことがありました。上に添付した作文の筆者や話題の豊田女史はその「ガッコあたま」の一例かもしれません。

正直、添付した長すぎる文章を拝読しながら、筆者の中高校生、大学時代の思い出話になんら分かち合うエッセンスを私の脳と心の中からなんら見つけ出すことができませんでした。それはおそらく私が筆者やその友人である豊田女史と違い、正真正銘の低学歴でブスだからです。

でもさ、全国模試で一番を取りたくてズルをして上位になるなんて馬鹿丸出しですよね。
修学旅行中の夜の自由行動の話も名門女子校の高校生の「知られざる性欲」を知らせ、それが大学卒業まで開花しっぱなし・・・紙の悪い本を幼い頃から熟読していたのでしょうか。

善悪が逆転している世界はカルトの始まりです。

こういう方々に嫌われる私はしあわせです。

下世話ですけれど、学費の無駄遣いの具体例がコレだと思いました。
櫻蔭&東京大学に合格、卒業しても、こんなに作文が下手なのはマークシートで点数を稼いでいたからでしょうか。


シジュー過ぎていても遅くない。「恥を知れ」


le 24 juin 2017, Jean Baptiste





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by ma_cocotte | 2017-06-24 18:27 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
なぜノートルダム「寺院」なのだろう?

昨日の午後に発生した、花の都はパリのノートルダム「寺院」前広場での蛮行事件。
一夜明けたきょうはニュウスを見れば必ず現場の周囲に配置された防犯カメラが記録した蛮行と、その直後の警官による容疑者への発砲の様子が繰り返し紹介されておりまして。ぼーっと見ながら、こりゃ、警官に勘違いされたら、こんなにもいとも簡単に発砲されちゃうンだなあと実感しました。私のような落ち着きのない顔が平たい黄色いヒトなんて警官の脳が「チョー危険」と発信した途端のパーン!でしょうねぃ。それと、昨日のこの発砲事件ですが、今まであそこで何もなかったのが不思議なくらいで、正直、「驚いた」という表現より「ああ、やっぱりね」みたいな感情が脳を過りました。昨日の私は外出を繰り返していたので、この事件を知ったのも午後6時前後だったと記憶していますが、ミーのフェイスブックの壁をスクロールしていたら、仏蘭西の司教団からの知らせでノートルダムで毎日行われている夕祷は中止となりました、という報告がありました。これ、毎日、テレビのカトリック専門チャンネルでナマ放送されているので、放映中止のお知らせも兼ねていたようです。こうゆうことがあるととばっちりは世俗にあり、いつもだったら、当たり前に夕方6時にノートルダムに飛び込めば、抹香の薫りとパイプオルガンの調べ、優秀な方々による先唱やら歌唱など心身で察することができ、なんだか清められたようでカトリック信者でなくてもその場に居合わせて運が良かったと思うひとも少なくないのにね。今朝は在仏日本大使館から緊急メールが届いており、

報道等によれば、6月6日午後、パリ中心部のノートルダム寺院前で、男が金づちのような物で複数の警察官に襲いかかったことから、警察官が男に発砲し無害化した事件が発生しました。現在、現場はパリ警視庁の警察官により封鎖されており、捜査が行われている模様です。当分の間、現場付近には近づかないようにお願いします。

2017年6月6日在フランス日本国大使館より



と、記されておりました。せっかく6月の美しい季節、パリを訪問したのに、限られた時間の中で観光名所のノートルダム「寺院」に近づくことも、中に入ることもできないなんて悲しいかもしれません。ですが、ノートルダム「寺院」前のあの広場ってパリ警視庁からそんなに離れていないですよね。容疑者は40歳のアルヂェリア人男性(仏国籍も所有しているのかどうかまだわからない)で、どこぞの大学に留学中だとか。その彼があの広場で観光客を縫って警官に走り寄り、飛び込むようにしてハンマーを警官の脳天あたり目がけて振るったンですね。「シリアのため~」と叫びながら。これを知った時は軽くポカーンとなりました。シリアのためにフランス共和国内の警官を殴ってもシリアの国内情勢はちびっとも変化しないぜ。殴るなら、海軍や空軍の軍人でしょうにね。でも、そういうどこか的外れなところはマグレブからの移民さんにはよくある当たり前。でも、笑える勘違いは良しとしても、笑えない勘違いはよろしくない。しっかし、ラマダンに入ってから欧州のあちらこちらでのイスラム国が関わっているらしきテロが多すぎであります。今年のラマダンは一年で最も日照時間が長い時季にぶつかってしまい、仏蘭西あたりだと外がしっかり暗くなるのが22時あたり、夜が白むのは午前6時ですから、北欧だと23時でも薄明るいだろうし、午前5時には白んでいるでしょうね。(私が夏至の日にエジンバラにいた時は24時でも銀夜でした) だから、世の中が真っ暗の間にいくら腹持ちの良い食事をフルコースで食べても、日中の我慢はかなり厳しいのではないかと想像します。いっくら数珠をつまびいても解消するかどうか。ラマダンの間、信徒は口腔内に出たツバも飲み込んではいけないのだよ。空腹による苛立ちも加わっての蛮行なのかなあ。確かに私が南仏に住んでいた時、ラマダーンの間の市井は要注意で、路上での喧嘩やほうぼうの家庭から聞こえてくる罵声や不穏な音などは当たり前でもありました。当時はたいていイスラームを生活宗旨とする方々の間でのこういう奇行でしたが、イスラム国がその苛立ちを「十字軍に向けてやっちまえ」とそそのかす行いは、彼らが崇拝する神さまが求めていることではないと思うよ、まる

le 7 juin 2017, Gilbert


夕祷(仏語で Vêpres ヴェップル)はミサではなく聖務日課(仏語で Offices )のひとつなので、今回のようなことがあって世俗さんや観光客があの聖堂で参列できなくても、ノートルダムだったら多分、右隣にある司祭館の小聖堂で司祭方がおつとめしたと拝察します。大聖堂を壊せば礼拝できなくなる、と考えるイスラム国は甘いンだよっっ。ミサも聖務日課も野外でできるし。ふん。それにしても、表題に記したけれど、なぜノートルダム「寺院」なんでしょうね。ローマ法王の「法王」と同様に和訳で既に決まった用語なのでしょうね。でも、変なの。


・・・あ。でも、イスラム原理教条主義者だったら「寺」を襲撃するよね。明らかに拝む先が神ではないからさ。



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by ma_cocotte | 2017-06-07 15:46 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
無理なこぢつけ
こんなことだから電脳内の日本語世界で「これだからおフランスのカトリックって・・・」と批判されたり、バカにされても仕方ないと思いました。
何が?って、ヴァティカンにおわしますフランチエスコ教皇さまとフランスは花の都パリのエリゼ宮殿にお住まい始めた小童!エマニュエル・マクロン大統領の(5つの)共通点です。第一の鍵事項は「イエズス会」だそう。以下の添付記事が原文ですわ。



なぜ2者の第一の共通点が「イエズス会」なのか。
それは教皇様が着座までイエズス会に奉献した修道司祭であり、小童マクロンが故郷アミアンのイエズス会運営中学・高校に在籍していたからだそう。これ、カトリックについてよく知らないと納得しちゃうのかもしれませんが、ちょいっとしたカトリック通だとこのリンクは「無理なこぢつけ」だったりします。なぜなら、召命あってイエズス会に入会するのと、親やら本人の希望でイエズス会の学校を選ぶのでは次元が違うから。はっきり言って、小童マクロンを中心にしてこの話題にするならば、フランチエスコ教皇さまの中学・高校はアルゼンチンのサレジオ会運営の男子校であって、教皇さまが中高時代に関わった司祭方の多くはサレジオ会員だったのです。イエズス会の司祭が青少年時代の教皇様を導いたのではありません。イエズス会とサレジオ会って今でこそ、ちょびっとは協働していたりもしますが、前世紀終わり、いや、今世紀に入っても「イエズス会はヒダリなら、サレジオ会はミギ」と聖俗信者の笑い話にもなっていました。実際、JR四ツ谷駅の線路上にかかる四谷見附橋から赤坂離宮を眺めつつ、この与太台詞をつぶやくとまさにその通りで、橋のヒダリにイエズス会の管区長館、橋のミギの学習院初等科の裏にサレジオ会の管区長館がござる(ついでに、橋のミギにはパウロ会の管区長館もある)。1980年代初めまでさかのぼってしまうと、この配置に加え、赤坂離宮を眺める我々のヒダリ背後にヴァティカン大使館と(今は潮見に引っ越してしまった)日本司教団のビルヂングがありました。今の雙葉幼稚園の建物のすぐそばね。偶然にしろ、当時のJR四ツ谷駅周辺のカトリック関連施設の配置図はなかなかのムフフな面白さがありました。イエズス会管区長館から上智大学を通り過ぎ、ホテルニューオータニの左手前にはメリノール会の日本管区がありましたっけねぇ。つまり、赤坂離宮のちょいっとヒダリに位置するけれど、イエズス会よりはちょいっとミギ位置ですかね。

まあ、そんな日本国の、それも東京での与太話はほっぽらかしても、元はカトリック国教国だった仏蘭西という国の中で、カトリック系の雑誌が掲げたこの記事の、この無理なこじつけには花の都のどっぷりカトちゃんだけでなく、地方にちらばるカトリックゾンビだって失笑ですわな。この雑誌、どういう編集長と編集スタッフが集ってンだろう。イエズス会運営校の過去にすがっている連中かなあ? 共和国内のイエズス会運営校の現実に目をそむけるな、ですよ。ほとんどつぶれて無くなってますがな(お仏蘭西の場合、大都市圏に数校残っているだけ)。

フランチエスコ教皇様が外遊の前後に必ず、御膝元ロオマのサンタマリアマッヂョーレ教会を訪問し、祈りと沈黙の時間を持つなんて行い(信心業、信心行と言っていいかもしれませんが)はイエズス会というよりサレジオ会が児童、生徒に教え込む習慣とリンクするのも普通のカトちゃんならば簡単に見抜けたりします。イエズス会のガッコ、それもフランスの、マクロンが通った時代のような共学化されて、半私立となったカトリック校では聖像やら聖堂で祈るなんて習慣教えないってヴぁ。そもそも校内に十字架も聖像も置いてあるのかさえ、疑問。それを言っちゃ、フランチエスコ教皇様の青少年時代と年代の差があること、教皇様の初等、中等教育は南米であって、小童マクロンのそれは1968学生革命以降のフランス共和国内だから、フランスのカトリック教育界としては「イタい、イタすぎる」ところを突っついて、比較できないから、こんな無理なこじつけを第一共通項としての記事になるのよね。

こんな記事を読んで納得するひとが増えるからさ、司祭の召命の神秘が色褪せて、果ては司祭も職種のひとつで自分が選ぶもの、自分の理想と違えば還俗してウン十倍の給与を得られる職に就けばいいとかワケわからん潮流がどんどん大河に化けて行ってしまうわけ。これからも還俗する司祭やら、陰でコソコソ悪いことする肩書きカトリック司祭が増殖するンぢゃないかなあ。

まあ、そういう秘跡についての何やら薄っぺらたさに危機を感じ取ってらっさるのが歴代の教皇様ですし、先のベネディクト16世教皇様がカトリックのヒエラルキィの上層に向けてかなりの改善を求められた後、現在のフランチエスコ教皇様がヒエラルキィの底辺にうごめく無数の凡信者にもできる「言動の提案」を毎週、一般謁見やら日曜正午のアンヂェラスで続けられているというのも明らかですね。

あくまでも私見ですが、私はフランチエスコ教皇様が家庭とサレジオ会で信仰生活の基礎を徹底的に教えられ、成人後に心身もってイエズス会で奉献生活することに導かれての今があるってぇのは羊飼いの中のリーダーとして「最善のバランス」だったと思います。まあ、枢機卿会もその成育歴含めてホルヘ・マリオ・ベルゴリオに清き一票を投じたのでせう。ベネディクト16世が選出の時、決選投票で負けたのがベルゴリオでしたからにぃ。でも、先にラッツィンガア、続いてベルゴリオという流れはドンピシャで、これがもし逆だったらと思うと意味もなくゾっとしたりもする。カト的な表現を借りるならば「良心の黄信号」ってやつですか? やっぱ、教会人事にも聖霊がしっかり働いているンだねぇ(今月6月はカトリック教゛会では「聖心月」であり、昨日は移動祝祭日なれど聖霊降臨の主日であり、こんにちのおフランスはその翌日ゆえ国定休日でやんす。)

で、も。
少し遠くからフランチエスコ教皇様を眺める、と。
2013年3月13日に教皇座に着座したのですから、既に4年。
未だルルド巡礼を実行なさらないあたりは、彼って、とても、ヴぇりぃ、イエズス会だわよね。← これってミソであり、鍵w

御後よろしいようで。ちゃらら~ん。


le 5 juin 2017, Boniface



【与太つぶやき】

もし、次期教皇が中米生まれのサレジオ会司祭になったら(わかるひとには具体的に思い浮かべられるそのお顔w)、世間の新聞雑誌はいとも簡単にフランチエスコ教皇もサレジオ会出身だったんだぜ、と記事にするのかしらねぇ? なんかイエズス会については良くも悪くも特別な持ち上げやら偏見が世知辛い世の中にはびこっているように思えてならないのですが・・・と気づけたのも、こんな記事の無理なこぢつけ。
ちなみに、イエズス会に入会すると、フランチエスコ教皇様の世代だと叙階(=司祭になる前)の修練期にイエズス会運営の学校に派遣され、教職や寮の舎監として数年過ごす務めが発生していますよね。だ、か、ら、もし小童マクロンがイエズス会の学校の教員だったら、フランチエスコ教皇様と共通項になるけれどさ、どっちかって言うと小童マクロンよりブリジット夫人の方がそのイエズス会のガッコの教員だったんだから、「教え子に苦労しました」なーんて共通項が教皇様との間にあるのではないかしらね。(ウヰキなので信憑性に欠けますが、ブリジット夫人は少なくともイエズス会運営の学校2校で教職を務めておりました)




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by ma_cocotte | 2017-06-05 15:44 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
霊的読書(れいてきどくしょ)
霊的読書を(好んで)続けているひとと、知識と教養で極めるひとが発する文章または言の葉。
読んだ後に脳と心に生まれる感想が大きく違うことにようやく気付き始めた私です。
そりゃ、もちろん、読む側が既に霊的読書を経験しているかどうかにもよるのでしょうけれど。

巧く表現できませんが、「霊と肉」の違いかもしれないな、と、まず。
霊はアノ世の域で、霊魂そのものの善次第だから、性別も成育、学、職などのこの世の歴も、身体の個性も関係ない。
ですが、肉はコノ世なので、性別も年齢も、成育歴、学歴、職歴も絡む。

何かひとつのお題でも、霊の域まで高められると解き放たれるけれど、肉に拘るならば読んだところで、聴いたところでこの世のしがらみの中にある、いる。

最初は肉に絡みながら読み手のハツを掴み、読んでいるうちに霊の域にいざなうような進め方をできるひとはたいしたもんだと思います。

肉の域にとどまるひとが描く世界を好むひとは、上に書いたような霊の域について「うへぇ、気持ち悪い。やめてよ」とシャットアウトに務めるひとですね。結局、肉の世界、性別、年齢、成育歴、学歴、職歴に拘っていることになります。

読後感想を分かち合うのは難しい。
この世で傍観するならば、たいてい肉の世界のひとが霊的読書を積んだひとびとを教養で押さえつけて「おしまい」。
でも、例えばカトリックにおける勝利はこの世においては「目に見える敗北」ですからね。

わかるひとにしかわからないつぶやきでした、まる


le 29 mai 2017, Ursule

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by ma_cocotte | 2017-05-29 18:15 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
セイクスピアに毒されたひと
お誕生前からお誕生後、今に至るまでエマニュエル・マクロン大統領の演説のスタイルや仕草に違和感を持っていましたが、仕草については「愛してるのサイン」「貴様と俺とは同じ石工組合員w」とうすうすわかったので横に置いても、あの集会での演説と周囲の興奮っぷりがどうにも員数外の私には「キンモー」とつぶやいてしまうほどの「何か」がベースにあるのです。この半月、マクロンの嫁さんが25歳年上で、略奪婚で、とほうぼうから聞こえてきて、マクロン夫妻の出会いの場がイエズス会運営の中等教育校で、当時のマクロン夫人は国語教員であり演劇部の顧問、そして小童マクロンはその学校の生徒であり、演劇部員だということを見聞しました。それが、ウソか真か良く知りません。

でも、演劇部だったとすると、もしウヰリアム・セイクスピアなんざ演じていたなら、大統領戦での小童マクロンのナルシスなパーフォーマンスや演説の仕方、語の選び方など「ああ、だから、なるほど」とストーンと腑に落ちたりします。

おそらくマクロン大統領は15, 6歳当時、セイクスピアにどっぷりだったのだろうけれど、今の奥さんと一緒に頑張り、楽しんだ美しい時だったから、20年以上経っても台詞やト書きを、演じ方を忘れるどころか「りぴーと・いっと・あふたあ・みぃ」なんだ・・・妙に納得。台詞に自分を重ね、涙がこぼれてしょーがなかったンだろうなあ。ナルシストぉおおお。セイクスピアの英語はThy, thou, theeを使いますからね。言い回しやら用いる単語が優美にいざなう時もある。ああ、懐かぴぃ。(でも、あたしはさらに古いカンタベリー物語も好きよ。ちょーさー)

しっかし、ますます「黙れ、小童!」だわね。自分の言葉で語ってよ、あたしたちのために~。
騙されたらあかんで。5年の辛抱。


le 20 mai 2017, Bernardin

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by ma_cocotte | 2017-05-20 22:02 | 黙れ、小童!マクロンろん | Comments(0)
何、的外れなことを言っているンだ!?
そう、口からこぼすにしろ、手でタイプするにしろ、表現するのはあまりに簡単です。
加えて、きょうび、日本国内の他人との関わり方で推し量ると、こう言ってしまえば、その表現に「上から目線」という対人関係が見え隠れし、宣告された側がたいてい黙るという流れになります。

少し考えてみると「的外れ」という表現の的は自分のおへそですよね。
余談、仏蘭西という国は「欧州のへそ」、「欧州における中華思想国」と例えられることがしばしばあります。
だから、フランス語で自分の意見を表現したところでなぜか「的外れ」とシャッターを下ろされることがない。もし、シャッターを下ろすとしたら、「あなたは私とは違うから相手にしない。時間の無駄。」ということ。そういう、仏蘭西の生活文化の事情を知ったひとは最初から自分の生活空間と別世界のひととは交わらないし、不幸にもその空間に上下関係が発生するなら、下の者は上の者から目を合わせてくださって、声をかけられるまで自分からどんな感情を抱こうとも動きません。こういう現実をほうぼうで見かけるたびに、日本国内の人間関係の方が平らに等しいと思うことがしばしばあります。

ひとつのテーマにしても、民衆の声を聴き、民衆の立場になって考察するのか、それとも、あくまでもリーダーとして民衆を自分と同じ域まで引っ張るのかは、それこそ他者に対して「上から目線」できるヒトの思考次第ですし、民衆の立場になるつもりもなく、自分のアイデンティティより下にいる者を引っ張るつもりもなく、「ひとことで片づける」「一掃する」のも「上から目線」できる者に与えられた特権です。だいたい、家族だろうが他人だろうが、他者について「自分より下」という感覚がある点で、「自分の後(あと)に続く者」と捉えるのとまったく違うし、前者の世界は延々に三角形なのに、後者のイメージは三角形の底辺が頂点に引っ張られるので常に形が変化する、広がりも見いだせます。三角錐と三角柱、円錐と円柱の違いみたいなものでしょうかね。

世の中、頂点世界を世に広める人もいれば、底辺世界で広まっていることを見上げたところのより狭い世界に知らせる人もいます。

その「人」がどういう能力を持つのか、それはヒトが決めた国境や身分だけではわかりません。
はっきりしているのは「切り捨てる」のが最も簡単な手段です。

民衆でもわかる文で、民衆に知らせ、興味を持ってもらわなければ、世の中、ずっと停滞のままではないでしょうか。
長い演説や説教で目下に広がるひとびとが次々と船を漕ぎ始めるより、時追うごとに彼らがイキイキ前のめりになるっちゅうのはたいしたワザをタレントとして持っていると思います。メランションなどそういう技を持っていたかもね。私が今住む町での大統領戦第一回投票の結果が一位が小童マクロン、二位がメランションだったのも今になってようやく意味がわかってきた(遅すぎw 


le 20 mai 2017, Bernardin



聖木曜日に行われる洗足式は決して儀式ではありません。
義務だから仕方ないと思う聖俗信者が集うなら儀式に過ぎないのでしょうけれどね。


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by ma_cocotte | 2017-05-20 16:32 | 『?』なたわ言 | Comments(0)