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開かずの押入れから、
お久しぶりでございます。
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半年ほど前の里帰りでは、永眠した母の身辺整理が中心になってしまい、既に予定していた自室についての諸事を何もできぬまま実家を離れた私でした。こうして今、再び里帰りできたことで、今回は前回できなかったことから動き始めました。今更、読み返したい本を探すため、ひさしぶりに押入れの扉を開き、探索を開始しましたが、目的の本は見つからず。その代わり、思いもかけぬものがいくつも出てきました。
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な、なんぢゃこりゃぁああ!?

真ん中の写真はナマです。長崎での叙階式ミサですね。按手なさるJPII。写真の右下のヨハネ・パウロⅡ世来日記念グッズは、
どなたからいただいたのだらふ?
まったく記憶にございません、なのだ。これは三折りになっておりまして、開くと冒頭の「色男さん、いらっしゃーい」な ご尊影、ご尊影のページを返すと、
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来日年と月が掘り込まれたコイン、ステッカーに、「きょうこうさまのゆびわ」という絵本が入っておりますが、ステッカーが置いてある場所には教皇さまの写真と言葉が書かれた葉書が入ったプラスチック額が納められていました。

ココであったが百年目、いや、四半世紀になりますでしょうか。
これだけでもハツがバクバクと動揺したのに、押入れ探検を続けていたら、んなもんが。
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教皇さまが来日された時の生パネルと、私のランドセル。

パネルの裏を見たら、下級生から私宛のメッセージが書き込まれており、彼女の父上が報道関係者だったのでこのパネルを私にもくださったことを思い出しました。教皇さまの日常が垣間見れるような自然さだけでなく、左右の助さん、格さんに、今更ヴぃっくり。向かって左は濱尾司教さまでございますな。お懐かしふございまする。

ランドセルはビニール袋の中から出て参りましたが、デイパックに目が慣れてしまったせいか、ランドセルがとても小さく見え、このランドセルを重たそうにのけぞって背負った自分がいかに小さく、子供だったのかあらためてわかりました。

モノを探すのも、掃除するのも億劫になってしまう私ですが、今回は鉛の腰を持ち上げて動いたところで押入れが玉手箱に代わったようなうれしい勘違いをしつつ楽しんで作業することができました。

le 2 octobre 2008, Saints Anges Gardiens
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by ma_cocotte | 2008-10-02 08:32 | 『旅』 Rien de special | Comments(20)
白い日、赤い日、黄金の日
まもなく半年振りに東の果て、日出づる國に向かいます。
母のせいだか、おかげだか、今年は二度も里帰りすることになりました。

母の足腰が弱って、それまで二階の寝室に寝ていたのに、一階のリビングに介護用ベッドを入れ、母はそこで寝起きし、やがて寝たきりになってしまいました。父は添い寝はせず、二階の寝室で寝起きしていましたが、父が二階に向かう時も母がいる部屋の照明は薄明るくつけたままにして、決して消灯しませんでした。
母が今年2月24日に帰天して、私が26日夜10時過ぎに帰宅すると母はリビングで両肩に重たいドライアイスを抱えてカチコチになって横になっていました。脳を検体したことで、頭にはガーゼが巻かれ、更にりんごを保護するようなネットをかぶされていました。なんでも家を出るまでお線香を絶やしてはいけないそうで、渦巻状のお香が焚かれていました。その時も父から母が横たわっている部屋の電気を決して消さないでくれ、と言われました。翌々日、母は骨壷に入って実家に戻り、棺に入れられて家を出るまでと同じ部屋にしつらえられた仮仏壇にちょこんと置かれました。日が暮れて、各自が寝室に戻る時間になったら父が母の骨壷が置かれている部屋の電気を消さないでくれ、と言ってきました。3月の終わり、私が実家を出る日までそれは守られ、私がまもなく帰宅してもそれは守られていて、納骨の日まで守られるでしょう。でも、母の骨壷がお墓の下に収められたら、もう夜間に電気をつけておくことがなくなってしまいます。浄土宗では仏壇の中央に掛け軸のようなものをかけるそうですが、納骨の時、そのかけじくも持参して入魂(?)もしていただくそうです。(お盆にちょうちんをお墓に持って行き、お墓の前で火をいれて持ち帰るようなものでしょうか?)

納骨をしてしまうと、母が本当に実家から離れてしまうような気がして気持複雑だったりします。納骨の日まで、身体の自由が母の思うようにならなくても、おそらく母の健全な心は毎晩、一階でひとりぽっちになってしまっても薄明るい光が点っていたから、娘(=私のこと)が子供の時のように真っ暗が怖くて泣いたりせずにいられることを父に感謝していたかもしれません。ふと、日没後のお墓は真っ暗で母が寂しい思いをしないかな、と心配になったりします。日中は、母の葬儀でお経をあげてくださったお坊さまや他のお坊さまが入れ替わり立ち代り墓地のお掃除をしているそうです。お坊さまはハンサムな青年でしたから、お昼間は母も母なりに楽しめるでしょうけれど。(ああ、なんだか「もーれつア太郎」ちっくな話だ)

母の死から約一ヶ月、私は実家にいたものの、再び10000kmも離れた住まいに戻ってしまったこともあり、動かない母も、骨になった母もしっかりと自分の目で見たのに、ふとまだこの大地をつたって行けばどこかで母が元気にしているのでは?と思ったり、わがままなもので実家を出て10年近くなるのに母の味が恋しくなってどうしても食べたくなったりしまうけれど、母から料理を習ったこともないのでそれは叶いません。母はどこにいるのかなあ?ココんちの近所の神父さまは母は既に天国にいて光のように輝いているんだ、と慰めてくださいました。母校のシスターは私の母が10年近く闘病し、晩年は寝たきりでこの世で既に煉獄を知ったからもう天国ですよ、とおっしゃいます。でも、娘の私は母のわがままや毒っ気な部分を知らなくもないので、今もまだ母が煉獄にいるのではないかと疑ったりしてしまいます。煉獄滞在中の魂は祈れないそうだから、祈りを配達しないといけませんね。

で、これ(↓)、ご存知ですか? 江戸の下町の耶蘇教会の聖堂出入り口で見つけました。
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う よ し ま り 祈 に 為 の 魂 霊 の 獄 煉

と書いてあり、額の下方の右側のポケットに数字が書かれた玉がたくさん入っており、無意識にひとつひき、番号を確認して、額に書かれている意向を読んでひと祈りを捧げ、玉は左側の箱の穴の中に戻します。ちょっと寄って見ましょう。
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どうやら煉獄の魂のために祈る意向は80種類あるようです。日本語の表現からして昭和20年代のものでしょうか。玄関先なのでつい引いてみたくなっちゃうし、煉獄滞在中の魂も知らない人からの祈りの花束を喜んでいることでしょうね。
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母は今どこかなあ?

どうもまだ不安。私のこんな複雑な思いに安らぎを与えてくださったのは9月12日から15日までフランスに滞在された教皇さまの説教でした。「聖母に向き合い、聖母を愛しましょう。聖母は私達みんなの母なのですから」と。それが本当なら聖母は私の母の母でもありながら、私の母でもあります。この世で母を見つけられなくなってしまった私も母である聖母に甘えて愚痴れるのかもしれません。私の母は母で、天国で既に聖母といつも一緒なら幸せでしょう。教皇さまに慰められました。畏れ多いことです。

13日のパリ・アンヴァリッドのごミサでは白の祭服、
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00040858&vl=video_nouveautes
14日、ルルドのごミサは赤の祭服、
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00040861&vl=video_nouveautes
15日のルルドのごミサは金色の祭服、
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00040884&vl=video_a_la_une

でした。どのごミサも説教で感動し、泣けました。
この4日間で私も「みんなのお父さん」B16をますます好きになりました。

以下がフランス滞在中の教皇さまの関連ビデオ一覧です。だうぞ。
http://www.ktotv.com//cms/pape_france
13日夜ルルドでの 光の聖母行列 ←クリック! や14日午後の 聖体顕示式 ←クリック! もぜひ。超ウルトラ感動。
щ(゚Д゚)щ 香炉が4つだよーん。
ではでは、あとでね。
 
le 16 septembre 2008, Edith
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by ma_cocotte | 2008-09-16 04:43 | 『?』なたわ言 | Comments(31)
天の門が万民に開かれる日に。
こんにち8月15日は天国の門が万民のために開かれる日なのだそうです。
フランスはこの日が国定祭日で、どこのカトリック教会でもミサがあげられます。天気にも恵まれたので、自転車を漕いで近所の教会のごミサに行ってみました。
聖堂に入って奥、真正面のステンドグラス。
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聖母の戴冠 だにゃ。

ミサが始まる前、先唱者がきょうの被昇天の聖母の祝日には天の門が開門するということを説明しました。聖歌322番の歌詞に「あめのきさき 天の門 海の星と 輝きます」とありますが、もしかして「天の后=天の門=海の星」という並列の一格だったのですね。ようやく気づきました。生きているうちに知れて良かった。

この話を聞いてすぐ、今年2月の終わりに旅立った母の魂がまだ天にたどりついていないのなら、ぜひきょうの開門に飛び込んで欲しいと思いました。ただ、私の母はヒトが押し寄せるところが苦手ですから、こういう時に限ってへそを曲げたり躊躇したりするので、天の門の向こう側にいらっさる聖母に母を導いていただけたら、と、祈りましたよ。

偶然にもきょう は日本國では第二次大戦が終わった日でもあります。
日本のカトリックでは8月6日から15日までを「平和旬間」と定めていて、各自が祈りつつ平和を考える期間でもあります。この間、歴史においては広島、長崎の原爆忌がありますし、暦を眺めればアウシュヴィッツで帰天したエディット・シュタイン Edith Stein (9日)やマキシミリアノ・マリア・コルベ Maximilian Marie Kolbe 師(14日)の名前もあります。彼らの生き様や歴史を振り返りつつ心にうつりゆく思いを祈りに変えながら15日を迎えますが、日本にもゆかりあるコルベ師が囚われの身となる直前、最後のごミサの説教でこのようなことを述べていたことを知りました。
兄弟のみなさん、本当の成長とは何でしょうか。
キリストを信じる者の成長は目には見えません。魂の成長なのです。
わたしたちの仕事が全部できなくなる時が来ても心配ありません。
主イエズス・キリストを信じる心さえあれば、必ず大きな実を結びます。
皆さん、今、平和が押しつぶされようとしています。
でも、私達は神さまが望まれる平和を守って生きていきましょう。

本当の平和は毎日あなたがたの心の中に生まれ、育てられるのです。
自分の幸せのためではなく、人々への平和のために、自分自身を捧げましょう。

日々の行いを通して、私達はキリストに近づくことができます。
これこそ本当の成長であり、最高の喜びです。

心にしみいるというか、深いですよね。
現在、グルジアとロシアの間で戦争が行われていることもあって、コルベ神父さまがおっしゃる「今、平和が押しつぶされようとしています」以降のお話は私達に何ができるのか教えてくださっているように思えます。カトリックにおいて「神」なる存在は「愛」そのものですが、「平和」は各自の心で育てる、つまりひとりひとりが「平和」なんですよね。愛と平和は同じものではないけれど、切っても切れないお友達とでも申しましょうか。文章内の「神」と「愛」という語を互いに置き換えると「愛が望まれる平和を私たち各自が守って生きていく」のですし、「人々(各自の心の中の)神と平和のために自分自身を捧げてみる」と私たちがキリストに近づけるとコルベ師がおっしゃっています。なーるほど。敵の存在の中にも神を意識すれば殺める気にもなりません。何よりまず、自分の中で平和をはぐくめば自ずと幸せを感じるでしょうから、それで終わらせるのではなく、同じ幸福感を他者にも感じてもらうようにすれば、平和の鎖がつながっていく。

簡単のようで難しいから戦争になるのでしょうが、そこには野心や利権があるのも誰もが知るところであり、功名で得る幸せは本当の幸せでも平和でもないのでしょう。

ここ数日、ニュウスでグルジアの様子を見るたびに永井隆氏が残した言葉「「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである」を思い出します。魂はないけれど建造物が破壊され、魂が抜けて色が変わった遺体をいくつも見ました。魂が抜けた身体が朽ちるのは時間の問題のみですから、本当に「滅び」ですね。爆薬を吸った大地から産み出される作物も食べたところで死につながったりもします。

フランスでは今日8月15日の祭日について正教で盛大に祝われる大祝日なのだと必ずと言って良いほど説明に付け加えられています。グルジアもロシアも正教国なのだから、もしこの大祝日に休戦をしているのなら、当事者ひとりひとりが自分の心の平和を育て、平和を望んでいる愛を喜ばせてくださいよ。

le 15 août 2008, l'Assomption

きょう8月15日、フランスでは電気とガス料金が一斉値上げとなりました。ガスが5%、電気が2%の値上げですって。きょうくらい出血大サーヴィスの無料にして、明日から値上げすりゃあいいのに。やっぱりサルコぢが神なんてあり得ない。平和(=共和国民)に愛を感じない。けっ。


そうそうそう、そうだった。もうひとつ。
昨晩、映画「薔薇の名前」がFrance 3 で放映されたので観ましたが、もちろんフランス語吹替版でしたが、ラテン語の部分で字幕が出ない・・・・これってなぜ?知ってて当然なのか、知ってる奴しか見ないと思われているのか。謎だ。

【追 記】
TF1ニュウスで紹介されたこの夏のルルドの様子です。
Les pèlerins se pressent à Lourdes
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3943836,00-les-pelerins-se-pressent-a-lourdes-.html
14日夜の行列と15日午前に行われた野外ミサ。

Déjà 15.000 pèlerins en chemin pour Lourdes
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3940911,00-deja-15-000-pelerins-en-chemin-pour-lourdes-.html
ルルドでのボランティアについて。

【追 記-その2】
16日13時のTF1ニュウスで紹介されたコルシカ島の聖母行列です。
La Vierge, sainte patronne de tous les corses
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3944266,00-la-vierge-sainte-patronne-de-tous-les-corses-.html
コルシカ島そのものの守護聖人が聖母なので、各市町村で聖母行列が行われるのが伝統だそうです。映像はバスチア市で、銀で作られた聖母像。マンマとかマードレとイタリア語がフランス語に混ざるのがいかにもコルシカです。

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by ma_cocotte | 2008-08-15 22:03 | 『?』なたわ言 | Comments(9)
仏 の 来 仏 。 ホトケノライフツ。
この月曜日、 ほとけ さまが蘭西にいらっしゃいました。
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Photo par © RAVEENDRAN / AFP

ダライ・ラマ Le dalaï-lama 師、73歳。
ニュウデリィからパリのロワシ(=シャルル・ド・ゴール)空港まで6時間、この日から24日まで共和国内に滞在されます。かの北京オリンピックが24日までの開催ですから、ダライ・ラマ師は北京オリンピックが閉会するまで共和国内にいらっしゃることになります。

仏蘭西ではダライ・ラマ師の今回のご来仏について、「非暴力の世界的象徴 figure mondiale de la non-violence 」による「本質的に宗教色濃い12日間の訪問 une visite de 12 jours à caractère essentiellement religieux 」と位置づけられており、蘭西の聖皇帝サルコぢ一世サマにおかれましてはこれを理由にダライ・ラマ師とは会談しないそうでございます。が、サルちゃん以外の内閣やら国会議員ズはダライ・ラマ師と会合を持たれることになっておりますし、サルちゃんの奥さん(流行歌手のカルラ・ブルニ Carla Bruni さん)は8月22日、南仏はラングドック地方エロゥ Hérault 県ロクルドンドゥ Roqueredonde でのお寺 Le temple Bouddhiste de Lérab Ling (↓)の落成式に出席されます(歌は唄わないと思います。奥さんのニウCD、良かったら買ってあげてね)。
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時の流れが前後いたしますが、ダライ・ラマ師はこんにち12日はヴぬ・え・さぶろん Veneux-les-Sablons という巴里南東はセーヌ・エ・マルヌ Seine et Marne 県内にある町の複数のお寺を訪問することになっております。600人ほどの信者と共に私的宗教行事が行われるとか。24日までダライ・ラマ師の共和国内滞在中の主な日程は以下のとおりです。
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気になるのはこのAFP の図の中にもこんな一文があります。La visite sera principalement consacrée à des themes religieux 、つまり、主に宗教的テーマについて捧げられた訪問予定 とでも申しましょうか。AFPに限らず今回のダライ・ラマ師の来仏に関する記事を眺めるとこれに似たり寄ったりな一文が必ず出てきます。なんちゅーか、マスコミを掌握し切れていない神聖皇帝サルコぢサマから各社に送られた要望の妥協点がこの一文ではないのかとついうっかり思っちゃって書いちゃったりなんかして。
cf. http://www.tibetan.fr/?La-presidence-du-Senat-interdit-a

もちろん今回のダライ・ラマ師のご来仏におかれましては、駐仏中華大使からもコメントがありました。こんなことをおっしゃってる。
"Le Tibet est une affaire purement chinoise et le dalaï-lama quelqu'un qui a une double face et un double langage."
チベットは全くもって中國の内政問題であり、
ダライ・ラマなる人物は二つの顔と二枚舌を持った人物である。
と。まあ、おっしゃったことは承っておきますが、こんなことを発言したら国土面積と人口だけで超大国である中國大使閣下の徳のなさが露見されるに過ぎませんけどねー。なんだな、中國さまにおかれましては抜本的にダライ・ラマ師と歩み寄るつもりなんかサラサラないということがこの発言からも臭い立っているに過ぎないかもしれません。そんな次元のことはダライ・ラマ師にしてみれば「中國で祈れないなら戻れません。戻りません。」なんでしょうけれど。

政治的次元を横において、仏蘭西におけるチベット仏教について眺めてみますと、1960年に布教が始まり、今年で48年目を迎えました。大きなお寺はもちろんですが、フランス語でルフュッヂ refuge と呼ばれる仏教の集会場を含めて共和国内を眺めると驚異的な発展を遂げているのではないでしょうか(約400箇所)。マスコミに登場することが多いマチュ・リカール Matthieu Ricard 師を共和国内の長上として仏蘭西びとの得度者もかなり存在します。おそらくチベット仏教という枠に限定するならば、日本國より仏蘭西の方がチベットを身近に感じられることが多くあります。それはダライ・ラマ師がたびたびお気軽に仏蘭西におみ足を運ばれることでもわかります。1982年以降、ダライ・ラマ師のご来仏は10回以上になるそうです。
仏蘭西に移住したのは仏僧侶ばかりではありませんから、既に確固たるコミュニティ La Communauté Tibétaine も存在します。アジア系移民を中心に現在、共和国内で仏教を宗旨としている国民は約770.000人になります。どうかひとつ仏教の抜本的根本思想を元に動いて、和平のために各自が動いていただきたいものです。

ダライ・ラマ師が訪れる共和国内の町々に平安がもたらされますように。

le 12 août 2008, Janne-Françoise de Chantal

以下、昨晩(11日)、TF1 の20Hニュウスで流れたビデオです。来仏直後のダライ・ラマ師の様子もご覧になれます。
Le bouddhisme, une religion qui monte
http://videos.tf1.fr/video/news/france/0,,3938486,00-le-bouddhisme-une-religion-qui-monte-.html
ほえー、約150,000の仏蘭西びとが仏教に改宗したそうですよ。ほえー。
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by ma_cocotte | 2008-08-12 17:15 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(6)
引いてもダメなら、押してみな。
ココんちのポストに入っていた広告の或るページです。
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キッチンと食卓関連のジャンキーなものが一杯。欲しいものばかりですけれど、その中でもここに目が行ってしまいました。

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台所で使う刃物が6種類入って、ぬぁんと 
3ユーロ95ッサンチーム でっせー、奥さん?
狂高騰し続けるユーロが171円@ユーロだとして、この包丁6本セットの値段を四捨五入して4ユーロとしても、

684円 どっぴゃくはちぢゅうよえん でっせ、でっせぇ?

こんな「もってけ、ドロボー」価格に魂を奪われるのは、そうわたくし、ま・ここっつぁん。天下無敵のドけちが店に飛び込まなくてどーするよ?すぐ頭から飛び込みに行って来ました。落下地点で手に取りましたのがこれ(↓)。こちら、現場です。
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ヾ(T▽T)ノ゙ 嗚呼、なつかしの 日本語 だらくぇえええ。ヾ(T▽T)ノ゙


プロの切れ味6点セット


な、なんて甘美な響きなのでせう。藤山寛美。.......見たひぃ、松竹新喜劇ぃ。
買ったところで不安になるほどの廉価ですけれど、買ってしまいましたんがな。
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ココんちに持ち帰り、中を見てみますと、和食のレシピまでついておりました。フランスでの調理ですが、ご高齢のマダムであればあるほど調理の基本はナイフとピーラーのみの二本使いで、その手さばきたるや達人でございます。ココんちでは包丁代わりにドイツのH社の包丁もどきを5年以上使っておりましたが、包丁の先端も欠けたこともあり、この激安6本セットを買ってみましたが、切れ味はもちろん、
ε= (´∞` ) Bof...悪い
どうしたものかと考えているうちに思い出したことが、確かのこぎりにおいて日本國と欧州では逆という話。つまり、日本國では確か手前に引くと切れますが、欧州では身から押し出した時に切れるという話です。長年使い慣れたドイツ製の包丁もどきを扱う時と逆を想像しつつ包丁を操ってみたら「切れる」ではありませんか。やってみるもんですね、はい。
それにしても、この包丁を推薦なさってる
島田源一 さんってどなた?

le 29 juillet 2008, Marthe

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by ma_cocotte | 2008-07-29 17:29 | 『?』なたわ言 | Comments(6)
よっ、空 ノ ム コ ウ 。
7月14日は革命記念日でしたので、深夜に恒例の打ち上げ花火です。
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おらが町では23時過ぎから花火の打ち上げが始まりました。

この日はフランス共和国中の主だった市町村で花火が打ち上げられるので、
宇宙から眺めるフランスはまるでお花畑のようかもしれません。

私も久しぶりに花火を、子供のような表情で仰ぎました。
今年は、母が向こう側から同じ花火を眺めているのかな。

江戸は新盆なので、この13日からお盆に入っています。
私の母にとって初めてのお盆でもあります。
この花、見えますか?
ふと、空に広がる花火を見て、そう思いました。
花火よ、花束となって天まで届け。


le 15 juillet 2008, Donald


花火を見終えて、深夜のカフェで軽く一杯。
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なんとなくだけど、キールを頼みました。
シロップを選べたので、桃のシロップを白ワインで割ってもらいました。
口に含んだら、母が好きだった日本酒のようなさわやかな香りがふわっと広がりました。
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by ma_cocotte | 2008-07-15 07:11 | 『夏』 Rien de special | Comments(4)
何事も買った私の責任なのよ。@ふらんす
19日、ポストに入っていました。(^_^)
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5月31日にAmazon.fr で注文したヒルデガルド・フォン・ビンゲン Hildegarde von Bingen のCD。恥ずかしながら、生まれて初めてワールドワイドだと聞く Amazon を利用して購入いたしました。「ちょっと日がかかりすぎぢゃねいか?」と思われますが、実は注文してすぐの確認メールに書かれていた到着予定日は6月9~11日の間でした。初めての買い物でもあったので11日になっても届かなかった時には不安になりました。翌12日にAmazon.fr からメールがあり、注文した三枚のうち一枚の入荷が遅れているせいで発送できないとありました。しかも、その一枚をキャンセルすることも、三枚キャンセルするのも可能だとのこと。そして、変更のタイムリミットまでに変更がなければ、二度に分けてお送りいたしましょう、とまでおっさる。こんな決め細やかな心優しい申し出をいただけるなんて、仏蘭西の現実世界では考えられないことでございます。例えば、お店で店員さんを通して買ったものを後日引き取ったり、配達を客であるわたくしが願ったとします。商品の現物引渡しの日に行かないのも客の勝手であり、現物が約束の日に届かずに文句を言わないのも客の自由であって、客に頼まれた業者はその約束当日に何らかの事情(到着遅延など)で商品を渡すことができなくても、その日に客の自宅に配達できなくても連絡しなかったりします。つまーり、客が店に足を運んだり、または、電話を店にかけるというアクションをしたことで、店側が理由を話してくれることもありますが、まず
謝ることはありませんっっ。
こういうことが常識だと思われるフランスという国に住んで数年経ち、インターネット販売とは言え、目に見えない「何か」にこうも親切にされるとホロっとしてしまいますわね。だって、Amazon.fr サマったら、発送した直後にその事実までメールで知らせてくださったのですよ。この実体なくともハートヲーミングな接客精神をフランス共和国内のナマの動く店員に沁み込ませるにはどーしたらよろしいのでしょうねっっ!?

そもそもこんなことでブツブツ言いたくなるのも、ちょっと聞いてくださいます、奥さま。
ほれ、先日、お話した リシュリュウ卿 のこと。そう、この世でもっとも美しい紫の薔薇と呼ばれるCardinal de Richelieu カーディナル・ド・リシュリュウ の苗を近所の演芸、いえ、園芸店で見つけたので買い求めましたのよ。蕾が出て、ふくらんで、ガクが割れたのはよろしいのですけれど、咲いた花が、どっからどう見ても
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白い薔薇

そこはかとなく紅をさしたような白さではありますが、仏蘭西びとはこれが紫色に見えるのでしょうか?もちろん買い求めたお店に苗鉢を持って行きましたが、同値段の別品種に交換するのは「客の自由」であって、客が求める「本物のリシュリュウ苗の仕入れ」の要求には応じないと返事されましたのね。「もしかしたら白い蕾がそのうち真紫になるかもしれませんよ」と言われながら。(●`皿´ ●#) キィーッ

ああ、もし青紫の美しいリシュリュウ薔薇が咲き、その香りの中でヒルデガルド・フォン・ビンゲンの音楽を聴きながらカモミール茶をすすりつつ、ケルゴナン les moniales bénédictines de Kergonan の女子修道院で作られる 薬膳ビスキュイ をつまめたら...。
私はどうなっちゃうんだろ?ヾ(`◇´)
エラそうな店員の愛想のない対応も赦せる広い心が持てるようになれるのかも。

le 20 juin 2008, Silvère
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by ma_cocotte | 2008-06-20 20:27 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(14)
この紋所が目に入り始めたら、
サッカーも面白いけれど、紋所(エンブレム)からいろいろな方向へ興味が広がり始めました。
先日語った ロシアチームのエンブレム の不気味さというか威圧感ですが、1917年の革命後ソヴィエトという社会共産主義時代を経た後、ロシアという民主国家を(建前上)名乗っているはずなのに、エンブレムのほとんどが帝政ロシア時代のロマノフ家の紋章そのものだということがわかりました。
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なぜだろう?この紋章を見たら、パチンコに行きたくなったというか・・・例えば、聖アンドレのところに球が入ると、ダヴィンチの絵みたいに動くのかなあ。赤い部分に描かれている人物が聖ゲオルグだということも知りました。馬に乗っている聖人というと、どうしても聖マルチノを思い出してしまう私ですが、拡大して見ると、馬上のヒトが悪魔を槍でツンツンしているので、「馬に乗った聖ミカエルか?」と思いきや、聖ゲオルグさんですと。フランス語で呼ぶところのヂョルヂュだにゃ。どんなヒトなのか聖人伝を探してみよう。
それにしてもロマノフさんちの双頭のワシさん(↑)ですが、ココんちの近所のモザイクなジーザっさん(↓)と所持品が同じようです。
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さて、昨晩の試合がこれまた妄想ワクワクな取り組み(お相撲?)で、ドイツvsオーストリアでした。ゲルマン対決、いや、ハプスブルグ?脳裏にはアルプス越えをするタラップ大佐一家が・・・。ヴァスイストダスのアフトゥングで、アウフヴィーダーゼーエンのゲーエンガンゲンゲガンゲン。脳内運動会が止まりません。予選だというのに、観客席にはドイツの女帝アンジェラ Angela Merkel さまが ドドンとお出まし
試合をきっかけに、オーストリア・チームのロゴを調べたら、こんなん出ました(↓)。
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¢( ・_・) アヤヤ? カマトン、鎌にトンカチですか・・・・いえ、トンカチではなく斧でしょうか。オーストリアというと、神聖ローマ帝國やら、女帝マリア・テレジアにシェーンブルグ宮殿、「マリア・アントニア王女しゃま、僕の妻になってくらしゃい。@7ちゃいのヲルフガング」という妄想域に私は突入してしまいますが、カマトン、カマオノ。どちらかというと、ロシアのワシがカマトン&オノを持ち、21世紀に入って極右が強くなっているオーストリアの鳥さんが真の王権のタマコロを持っていた方がピンと来ますが。しかも、両足を鎖につながれているとなると、このオーストリアの鳥さんのお名前は
ぺ.....ペ ト ロ
ロマノフに続きまして無知晒しまくっているま・ここっつぁんであります。教えて、エラいヒト。

こうして見ますと、おフランスのかのブルボン家の百合の紋章って単純に思えますが、王家と皇帝家では身分の違いから表示する条件が違うのかしら?知りたくなって参りましたね。 
紋章を見ていて思い出したのが、ココんちの近所のキャラメル会で展示されている石碑(↓)。
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おもちゃカメラと素人であるミーによる撮影なので申し訳ございませんが、上方に目ぇをこらしますとうっすら二つの紋章が左右に見えます。この石板、1675年3月14日にこの土地の上にカルメルの女子修道院が築かれた時の石(Pierre de fondation)だそうで、1880年に見つけられた当時の記録がこれ(↓)になります。
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すごくないかい?

しばしば日本國の学び舎の壁に「定礎」と石がはめ込まれていますが、同じ意図になりますでしょうか。UがVの文字が散見されるので、ラテン語ですよね。ぱはっぷす、めいび。

せんろっぴゃくななぢうご年って、サンキン、三金いや、Sun King、太陽王の御世ぢゃ。

紋章3つのうち、真ん中のロゴはきょうびキャラメル会で好んで用いられているトレードマークだと思いますけれど、三金(ひつこい!)、いや、太陽王の時代に既にあったとなると、近未来を予見したようなスマートさ。おっされ~。おぬしもやるよの。(わけ、わからん)


今宵はここまでにしとうございますのも、ほれ、イタリア対フランスの試合ぢゃけね。

昨晩は地の利でオーストリアに勢いがあったとは言え、ドイツが無難に一点ゲッツで勝利。
ドイツの試合というのは品行方正なので安心して観戦していられたりしますが、どうも毎回、ドイツの監督さん Joachim Löw がテレビ画面に映るたびに、なぜこんなにも「恭兵柴田」にお似ましなのか。ウリが二つではござらぬか。そのことばかりが気になってならないのです。次回のドイツ戦はシュークルートを食べながら観戦しましょうかね。

le 17 juin 2008, Hervé
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by ma_cocotte | 2008-06-17 21:41 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(12)
寒い冬でなくても、求められ、求めよう。
ココんちを出てから26時間。
夜10時過ぎに実家に到着し、翌日の午後2時過ぎから母の納棺の「儀式」でした。それが葬儀屋さんによる提案なのか、浄土宗の習慣なのかも知らぬまま、その時間になってしまいました。葬祭会館のスタッフの方々が拙宅にいらっしゃる少し前、母の妹二人と義妹がやって来て、母の棺に納めるものを見繕ってくれました。長いこと、男(=父)の一人暮らしだったこともあり、荒れ果てていると言っても過言ではない両親の寝室ではありましたが、叔母たちが母の枕元からまだ仕付け糸がついたままの色留袖を見つけ、それを棺に入れることにしました。母が私がいつか結婚したら披露宴で着ようと考えていた着物だと記憶しています。まもなくスタッフの方が脳を献体したことでガーゼに包まれたままだった頭髪を整え、私のせいで何日も巨大なドライアイスを乗せられてコチコチになった母からパジャマを脱がせ、寝たきりになる直前までお気に入りだった服に着せ替えてくださいました。お化粧もして、母の鏡台の引き出しにあったお気に入りの口紅も唇に乗せることができました。棺に母を納めてから、おそらく三途の川を渡るための諸道具を次々と納め、清めた水を含めたコットンで母の手や足を拭くよう促されました。母の手は両肩に乗っていたドライアイスのせいでかちこちで冷たかったけれど、母の足はつめたくてもまだふっくらしていたこと、今もよく覚えています。
この時、母に服を着せ、色留袖を足から腰のあたりまでかけましたが、天国に行って困らないように洋服や着物にあう靴や草履、バッグなどを棺に入れようとしたら、最近の火葬で禁じられているものばかりで棺に納めることができませんでした。眼鏡も入れられませんでした。おしゃれな母なので、あちらで完璧なおしゃれのお披露目ができないこと、気の毒に思いました。

母の葬儀が済んだところで、いつまでもぼーっとしていられませんでした。私の実家滞在は一か月ほど。役所などの諸手続は父と手分けできましたが、どうしても母の身辺整理は娘であり、同性である私に一任されてしまいました。母の葬儀の翌日だったと記憶していますが、まず三面鏡の整理から始めました。ひきだしを掃除していると、お粉や口紅などのにおいがまざって「母の香り」がしました。使いかけの化粧品も母が触らなくなって数年経つので、ほとんどの化粧品を潔く捨てるしかありませんでした。「ママ、ごめんね」とつぶやきながら、ひとつひとつゴミ袋に入れました。今では滅多に見ることのなくなった美しい革や石をあしらった携帯お粉のためのコンパクトが見つかった時にはすぐ自室に持って行きました。母の愛用のオーデコロンもこれからは私が身にまとうことにしました。

三面鏡の整理を終え、続いて母の洋服の整理に取り掛かりました。
母は着道楽でもあったので、洋服棚、箪笥、押入れからどれほどの服が出てきたか。それらの服を着れるもの、着れないものにまず分けました。着れない服が入ったゴミ袋は20以上軽くありました。着れる服を私が着れるもの、その他の服を季節ごとに更に分け、季節別にした服を更に色別に分けて数箱に収めました。この仕分け作業の時も、繰り返し「ママ、ごめんね」とつぶやいていました。洋服を広げては汚れなどの確認をしましたが、洋服をきっかけに思い出すことがいっぱいありすぎて、ありすぎて。第三者が私のその様子を見たら「この子は働いていない」と思ったことでしょう。母が棺の中で着ていた服のベルトがこの最中に見つかり、母に悪いことをしたと泣けたりもしました。

そこまでの作業を数日かけて終えたところで、叔母に電話をしました。叔母からすぐさま古着は誰も引き取らないから清掃センターに電話して、こちらが料金を払って引き取ってもらうように言われました。

正直、ショックでした。

私がまとめた服を叔母が確かめて、欲しいと思ったものは一着ぐらいは形見として受け取ってくださるかと思った私が甘かった。正直、素直にそう思いました。電話を切って、箱に収められた母の服を見るとどうしてもゴミとして出す勇気が持てませんでした。

母の服を見ているうちに、結婚直後、夫婦揃って体格がよくなりすぎたため着れなくなった服を私の中学時代の恩師が働いていているボリビアに送ろうと思い立った時のことを思い出しました。母校にメールでその旨を話したところ、「貴女の気持はありがたいが、無事に着くか確証できないほどの土地であり、今一度貴女のまわりに目を向けて欲しい」と返事をもらいました。 cf. ボリビアはコチャバンバの話
その後、われらが地元の赤十字に服を持って行きました。確か木曜午後が受付時間で、その時間にあわせて行くと、既に赤十字の門前には複数の移民さんがいました。私の車を見つけると、今すぐここで品を見せて欲しいとおっしゃる。なぜなら、その頃、赤十字が古着を引き取る側からも会費を募るようになっており、彼らはそれを惜しんでこうして門前で待ち伏せするようになったのです。結局、私が持って行ったものは全て赤十字の敷地の中に入る前に引き取られてしまいました。叔母の話で行き場のない母の服を見つつ、あの時の品物を調べる人々の真剣な顔、喜ぶ顔を思い出し、母の服を彼らなら喜んでくれたかもしれないと思いましたが、今の自分は南米でもなければフランスでもなく日本にいるのです。まずは日本で誰かに喜んでもらえないだろうかと考えてみました。

母の服は40代以降の女性なら着ていただけると思いつつ、ふと日本國にも私服の修道女が多々いらっしゃることを思い出しました。脳裏に思い浮かんだ修道女会はふたつありましたが、学生時代から現在に至るまでお世話になりっぱなしの先輩が卒業された学校のシスターが私服だったこともあり、すぐ先輩に電話をすると、先輩が二つ返事で同窓会担当のシスターにお話を持って行ってくださいました。シスターからのお話では送料を出せないこと、内容を確かめてシスター方がおめしになれない服(=派手な服)は、その会が関わるその先の団体に委ねることさえ受け入れていただければ、とのこと。それを伺っただけでも母の服が再生するという喜びに私は満たされ、父にその旨を話すと永遠に「カト無視」の父でさえ喜んでくれました。その後、母校にも連絡したところ、母校のシスター方は制服であっても、同窓会とローマ本部直轄の活動団体が市井のフリーマーケットなどで販売し活動費用にあてることができるので引き取りたい、と返事を下さいました。なんという助け!母の洋服をもう一度箱から出し、今度は修道女方がおめしになれそうなものとそれ以外に分け、段ボール箱2箱をシスター方へ、ひと箱を母校に送りました。先輩から介護が必要なほどご高齢なシスター方もいらっしゃると伺ったこともあり、未使用のパジャマや介護用下着、靴下なども箱に詰めました。

その週末、たまたま母校に伺い、応接室でお茶をいただいている最中に私が送った箱が届くという偶然があり、シスター方が大きな箱をご覧になっただけで大喜び。母校には福祉施設もあるので、定期的に品を探しにいらっしゃる外部の方もいるとか。
更にその翌日の早朝、2箱送った先のシスターからも電話をいただきました。初めての会話なのに、先輩を介していることもあってか、母の帰天のことも含めて慰めになる言葉をたくさんいただきました。中でも、
しばらくしたら、あなたはおかあさまをたくさんご覧になるわよ。
という一言には泣けました。修院のシスター方がみなさんで母の服をおめしになってくださると。シスターが「でも、おばあちゃまばっかりでごめんなさいね」とおっしゃったことにはこちらが電話に向かってお辞儀してしまいました。母がどれほど喜んでいることでしょう。私の母は派手好きというか個性ある服を選ぶヒトだったので、シスター方にどこまで派手目の服を受け入れていただけるかが私の心配でもありました。その不安を母校のシスターにも話したところ、この私服着用が認められている修道女会のシスター方は小学校低学年の目を養うためには修道服より私服が良いとカトリック校会議でおっしゃったそうで「心配に及ばず」と励ましていただきました。

私としてはたとえシスター方におめしいただけなくても、その先で有効利用していただけるならそれで満足すると決めていたので、兎に角、私が母ダッシュであるシスター方をたくさんこの目で拝見することができる、という言葉だけでどれほど救われたことか。

次回の帰国では前回の帰国で時間がなくて手をつけることができなかった和装箪笥の中の整理をしなければなりません。着物をおめしになる修道女方っていらっしゃる?

それにしても、母の代わりに私ができること、天国の母に喜んでもらえることをひとりで考えるのは寂しいです。

le 15 juin 2008, Germain

【 余 談 】
相談申し上げた先輩に我が母校のシスターが制服を着用していると話したら、
ええっ!? お金かかるでしょ?
とすぐさま叫ばれた。こちらは同時に (@。@) キョットーン でしたが、制服の方が私服より経費がかかるのでしょうか?母校の場合、その昔は在校生の制服もシスター方の縫製によるものだったそうです。最近こちらのドキュメンタリー番組でヴァチカンの内情が放映されたけれど、あの中は何から何まで手作りだんべよ。特に布地はシスター方の手による縫製と刺繍のみです。手縫いの制服の方が私服よりは経費がかからないというのは私の思い込みだったのかも。先輩がそう叫んだ瞬間、わが脳内スロットマシーンと化し、チーン!と出てきたのが、母校のシスターの制服が以前は冬は黒、夏はオフホワイトだったのに、現在は一年中、ねずみ色だということ。一年中同じ制服ならばそれだけでも節約になるのかもしれません。私の時代の校長様が鬼太郎のねずみ男とウリフタだったんですが、制服がねずみ色になってしまったら本当に本物ですよ。

いや、そうではなくて、制服って維持が大変なのかなあ。
 
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by ma_cocotte | 2008-06-15 22:33 | 『?』なたわ言 | Comments(40)
寒い冬には着物がない。
エキサイトブログのログインページを開くと Africa Mission 2008 への誘いが見られるようになって一か月以上が過ぎたと思います。時をほぼ同じくして、5月28日から30日まで、第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)が横浜で開催されたこともありますし、来月7月7日から9日まで北海道は洞爺湖でG8サミットが開かれることなど、これらの各行事が互いに強め合って、大きな実行力と化す働きをしているかと拝察します。

フランスでも近年のG8サミットが環境問題を主テーマにしているという前提で、サミット数か月前になると大統領閣下のおんお口から環境問題に関わる発言が増えることもヲッチャーから指摘されていたりもします。
G8サミットまで一か月となり、この6月3日からローマでFAO(食糧サミット)が開幕したためか、6月に入った今週、フランス国内の地上波各局のニュウス番組で「食料危機 Crise Alimentaire」についての特集を流すようになりました。
TF1 : La faim, un fléau qui touche 860 millions de personnes
France 2 : Sommet de la FAO à Rome
このFrance 2 の特集記事の右サブメニュウのVIDEO欄の上から3つめのビデオ『La crise alimentaire en Egypte エジプトにおける食糧危機』ですが、数度、テレビ画面でも拝見しましたが、脳ツルの一凡女は矛盾を感じてなりません。ウルトラ大金持の一家が登場しますが、はっきりと「食糧問題は大したことではないし、それを考えるのは政府であって、自分は責任者ではない」と断言していたりします。施し月にしか施せないイスラームが増えたことは、イスラーム学者の著書でもかなり前に拝読しました。ラマダーンが施し月でそれが信者の義務だからラマダーン中にしか哀れみを持たないという思想の表れがこのエジプトのビリオネアーの発言だとするなら、なんと
ε= (´∞` ) Bof
でありましょう。期間限定なんぞしないで、今の私たちにできることは何なのか?できないことを無理にしなくとも、できることなら他人に失笑されようが「小さな善行」として捧げられるものではないでしょうか。例えば、シラク前大統領夫人が創設された Pièces Jaunes ピエス・ヂョオヌ という活動はピエス・ヂョオヌという愛称があるサンチーム(=1ユーロ以下の金額コイン)コインの寄付によって高齢者や児童病棟の援助を行う活動です。度々、灰色告発が世間を賑わしますが、それでも続いている慈善事業だったりします。
ヒトとして何かできる、何かする。
さて、自分は何をする?
そんなことを考えさせられるここ数日を過ごしていたりしますが、ブログ散歩中に或る言葉を見つけて、ぶったまげました。こんな言葉です。
典礼がなし崩し的に陳腐化される状況に憂慮しています
いまどき言うか!「寒い冬には着物がない♪」って
私はしばらく前から改めてグリゴリオ聖歌とラテン語に
立ち帰ることにしています

cf. おつるの秘密日記 酒と薔薇と愛の日々「荘厳な 教皇様のミサ
http://blog.zaq.ne.jp/otsuru/article/407/
今時、言う と思いますよ。この広い世界なら。日没後の砂漠がどれほど冷えるか、日本國より北にある北朝鮮も寒いでしょう。日本國よりはるか南でも高山地帯なら寒いし、空気も薄い。どれほど身体に負担がかかるでしょうか。

この「寒い冬には着物がない」という一文、読むなり「ちいさなひとびとの」という新しい聖歌の歌詞だとわかりました。黒革聖歌集で育った私には「新しい聖歌」という感覚です。確かに子供の頃、この聖歌を初めて朝礼時に習った時、私の心にも違和感がありました。世間知らずだったからです。成人して海外に出ることができ、市井を眺めたら、寒い冬でなくても路上で大変な思いをしている人をたくさん見ました。この歌詞の言葉とおり受け止めて、他の現実(それこそ飢餓)を指しているのではないという反論があるかもしれませんが、日本語の聖歌だから、この詞を失笑して、ラテン語聖歌を賛美できるというのも矛盾しているかと思います。神戸や新潟の震災、自宅に戻れず、硬い床の上で寒さと空腹と自然災害の恐怖でどれほどつらい思いをされた方がいるでしょう。いえ、「された」という過去形ではなく、現在もそのトラウマでご自分と向き合って闘っている方だっているのです。

フランス共和国の守護聖人のひとりにSaint Martin サン・マルタン、日本語とラテン語で表現すれば聖マルチノがいます。西暦317年、ハンガリーに生まれた彼が軍人となってフランス駐留になったのが338年、酷寒のアミアンで馬上のマルチノは寒さに震える乞食を見つけてしまった。が、何も持ち合わせていないマルチノは咄嗟の思いつきで自分のマントを刀で真っ二つに裂き、半分を乞食に与え、その場を去りました。その夜、同じ半分のマントを羽織ったキリストがマルチノの夢枕に立った・・・この精神を賛美するフランス人はたくさんいるというか、仏蘭西共和国内で Martin という町名が一番多いこと、Martin という苗字が常に上位にいることで、いかに仏蘭西びとにとっての「目標、誇り」であるかは言わずと知れたことだったりします。

聖マルチノは乞食の空腹を満たせなかったけれど、寒さを少しでも凌げるように自分のできることをしただけです。聖マルチノが実行したことは「寒い冬には着物がない」から「自分ができることをした」のです。その善行は日本語の聖歌で唄って失笑されるものですか?ラテン語聖歌やらラテン語のみのミサを決めたエラい方々だって聖マルチノの精神を常に胸に置いていたでしょう。

そもそも教会博士である聖ヒラリオ Saint Hilaire がアリウス派を否定したことで東方に長く滞在し、そこで聖歌の素晴らしさを知って、仏蘭西はポワチエに持ち帰ったのですよ(ニケア・コンスタンチノープル信条を持ち帰ったのもヒラリオだにゃ)。その後、ヒラリオはマルチノと出会い、マルチノにポワチエ郊外のリギュヂェという土地で修道生活なるものを始めるよう持ちかけたのです。西暦4世紀の西欧でのキリスト教礼拝はユダヤ教礼拝に近い形、もしくは円陣集会であり、典礼言語は必ずしもラテン語ではござらん。キリスト教なるものに2000年の歴史があり、その間に典礼所作やら典礼内に用いられる所作の改革はいくらでもありました。聖歌が用いられたのだって聖ヒラリオが東方に行かなかったら現代のカトリックで唄われていたかどうかだってOnly God knows だったりします。が、聖マルチノの善行が嘘か真か夢枕であれキリストに喜ばれたという事実は今もいつも世々に至るまで、キリスト教世界では目標とされる逸話でしょう。例えば、かの有名なマザー・テレサもその実践者であり、エマウスの創始者ラベ・ピエールもそう。ですが、名前が公表されなくても、賛美されなくても、実践するのは私たちひとりひとりではありませんか。

この歌詞「寒い冬には着物がない」が聖歌であることとカトリック典礼の問題点はリンクづけできます?TB先のブログ主さんご本人のご意見ではなく更にその先のご意見なので確かめようがございませんが、拝察するにグレゴリオ聖歌の曲調に、ラテン語に訳して「寒い冬には着物がない」と乗せたら差し支えありませんか?くりかえさせていただきます。
いまどき言うか!「寒い冬には着物がない♪」って
いまどき、言いますよ。これからも言います。この地図(↓)に食糧危機国がひとつもなくなるまで、誰かが世界のどこかで言い続けますよ。たとえあなた方が言わなくても。
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こういうことをおっしゃる方、B16が繰り返される「カリタス」の精神はどこにあるのでしょう?

それとも、ご自分が好まれるごミサ「だけ」でこういう歌詞内容を唄ってくれなければいい、ということでしょうか?宗教の枠組みを越えて、貧富の差に関係なく、カリタスの精神は心に宿っているものです。日本國内のカトリックだけが「今時言うか!」と国境を越えた他のカトリック諸国にさえ「我、関せず」を表明するなら、日本のカトリックなるものはそういう傲慢な、他者を思わない、自分の希望ばかりを主張するエゴイストな宗派なのでしょう。

....私が知るカトリックと違う。残念です。
マリアさま、できることは何でもします、よろこんで。

le 5 juin 2008, Igor
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by ma_cocotte | 2008-06-05 18:51 | 『?』なKTOりっくん | Comments(219)