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近くて遠いお隣さん
2017年、新年が明けました。

私は夜明け前に家を出て、近所の教会の午前九時半から始まるミサにあずかりました。ミサの直前に買ったばかりのソーラー電波腕時計が止まっていることに気づき、ライトなパニック。帰宅してから室内のできるだけ明るい場所に腕時計を置いているけれど、冬=万年曇りのココんちあたりにはソーラー腕時計は不向きなのではないかと今更気づきました。幸運だか好運にも先週、長年愛用の自動巻き腕時計が3か月ぶりに手元に戻ってきたので、しばらくはまた愛用の自動巻き腕時計に頼っての毎日になります。

さてさて、2017年元旦の朝。

昨晩はNHK紅白歌合戦を視聴したり、「絶対に笑ってはいけない」の初っ端一時間を視聴して横になったせいか、いつもより遅く、午前6時の起床でした。いつもの雑用をしつつ、テレビに火ぃ入れたら、またもテロの報道。寝ぼけ眼で画面を凝視したらトルコはイスタンブールでテロがあったことがわかりました。

まず思ったことは「トルコは今後、戦場になっていくのではないかしら?」と。
この十年ちょい、ココ新天地であらためてトルコからの(労働)移民さんたちと交流しながら、トルコ国内の都市部と田舎で生活文化上の違いがどんどん大きくなっていることを悟ってはいました。つまり、都市部は欧州化し、田舎はイスラム原理化しているということです。そのニオイがココ1,2年で具体的になり、「イスラム国」によるヒトが決めた国境を取っ払った極端な宣教活動を発端に、ついには武器を用いての戦闘となり、シリアが戦場の中心国となってはいましたが、トルコでの頻繁なテロが気になるところでありました。今までは「イスラム国」戦士がトルコに入国してのテロでしたが、先日の駐トルコのロシア大使の射殺事件など必ずしも「イスラム国」兵士がテロを仕掛けているのではなくなってきた・・・のもポインツ。

そんなところで、元旦早朝のトルコはイスタンブールでの無差別射殺事件です。

なんとなーく、ツルツル脳の私が思い描いたことは、トルコという国はロシアも(正確にはプゥチン大統領)が欲しい領土だろうし、イスラム国にとってもトルコを包括したいのだろうということです。ロシアも、イスラム国もそれぞれの野望のためにトルコ領土内でテロやら(一見、理が通っているかのように見える)動きを繰り返すのではないかと。プゥチン個人の妄想だとトルコとシリアを手に入れたいでしょうねぇ。

話ずれますが、プゥチンが北方領土を返還するわけがない。彼の野望は領土を広げることダニ。

そんな妄想が脳を巡ると、確か2020年の夏季オリンピックの最終決戦は東京とイスタンブールで、東京が勝利したことを思い出します。もしあの時、イスタンブールが勝ったとして、2017年のこの現状だとしたら、オリンピック開催地変換になっていたのではないかと想像します。この一年のトルコ国内での(国際配信されている)テロ事件を振り返ると、いくら警察や国軍を配備しても、瞬間に自爆する彼らを事前に取り押さえられたら「神業」です。

・・・と、「カミワザ」についてちょっと考えたくなった元旦の午後なのでした。

背後からウヰーンからのワルツが聞こえてきますが、ワルツのステップもすっかり忘れたぜ、べいべ。


仏蘭西は明日から通常の毎日が始まります。


le 1er janvier 2017, Sainte Marie, mère de Dieu

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by ma_cocotte | 2017-01-01 21:19 | 『?』なメディテらねぇ | Comments(0)
ヤな想像をしてしまった。
きょうは朝10時半過ぎくらいに、先日19日夜に独逸は首都ベルリンで開催されていたクリスマス市にトラックを暴走させ突入し、12人の死者(重軽傷者を合わせると約60名)を出した容疑者が伊太利の大商業都市ミラノで発見、射殺されたという速報が私の耳に届きました。きょうはたまたまテレビのニュウス専門チャンネルをつけっぱなしだったこともあり。

驚きました。
ベルリンの事件の翌日から容疑者はパキスタン人ではなくチュニジア人で、2011年に北アフリカから難民船に乗り、まずはシチリアの諸島に上陸。その後、独逸まで歩を進めたとか、今もチュニジアで生活する容疑者の兄弟二人の証言など繰り返し紹介されながら、容疑者の行方を追っていました。なんとなーくに過ぎませんが、私は灯台下暗しで、容疑者(アニス・アムリ)は独逸の、それもベルリン市内のどこかに潜伏しているのではないかしら?と想像していましたが、なんとイタリアはミラノにまで移動していたとゎ。

これ ↓ は仏語版の国際手配書ですな。この写真も事件翌日くらいから関連報道で必ず掲載されていました。
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容疑者がチュニジア人とわかってから不思議に思っていたことはチュニジアの第二外国語はフランス語なので欧州に移住するにしても仏蘭西に入国するチュニジア人が多い(チュニジアはフランスの旧植民地だから仏国籍取得でも特別優遇があるので長期滞在が難しくない)のに、なぜ容疑者は独逸に入国したのかな?ということ。もしかしてチュニジア出国前後から既に欧州でテロる使命をもらっていたので独逸に入国したのかなあ? それとも、1992年生まれなのでもう仏蘭西語を話せない世代であり、祖父母にひとりも仏国籍を持つ者がいないので、「欧州入国ならどこの国でも同じ」だったのか。

そういう事件前のことを置いて、今度は事件後に「なぜイタリア?」とこれまた首をかしげることになりましたが、きょうは12月23日、クリスマスの二日前ということで、ゾ。背中にヤなとろみの汗が浮き流れました。まさか、容疑者はミラノから更に南下して、25日正午にヴァチカンの聖ピエトロ広場で行われるロオマ教皇による「ウルビ・エ・オルビ」に何かをやらかす計画だったのではないか、と地獄に落ちそうなほどの悪い想像をついうっかり自然に頭に思い浮かべてしまいました。だって、年に一度、12月25日正午に行われる恒例の「ウルビ・エ・オルビ」の行事を見物したいがために世界中からの巡礼観光客が広場に集うのです。もしそこでテロられたらどうなりますか。

ですが、この私の悪い妄想は外れました。
どうやら容疑者はチュニジアから難民船に乗って最初に上陸したのがイタリア領土の島だったことで、同志がイタリア国内に多々滞在している。なので、彼らを頼って容疑者はイタリアに入国したらしいです。・・・・でもさ、その同志って「同じココロザシ」なのかしらね?・・・だったら、やっぱりあさってのヴァチカンで大変なことになりかねなかったのでは・・・と思うのですが、今は午後12時半を回ったので、お昼のニュウス番組で新たな情報を知りたく。


le 23 décembre 2016, Abashade

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by ma_cocotte | 2016-12-23 20:36 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
ヤな悪寒、ヤな予感
おとといの午後遅く、フェイスブックで偶然、シリアはダマスの警察署に女児が「両親を探している」と飛び込み、その直後に自爆したというニュウスを目にしました。その記事に添えられた写真のうち一枚がかろうじてわかる女児の頭部とミンチになった身体の写真でした。乳幼児のお腹にダイナマイトを巻き付け敵を脅す、更にはその場で爆発するという方法はヒトが決めた国境を取っ払ったイスラーム原理教条過激派が生きる世界での伝統だということをよく知っていますが、もういい加減、この慣習を捨てることはできないものかと改めて思いました。(もちろん彼らが生きる世界において乳幼児の殉教はそのまま天使にヘンゲ(変化)するという教えがあるので、乳幼児がオトナが信じる聖戦のために生命を落とす慣習はヨソ者がつべこべ動いたところでなんら廃れないとわかってはいます)。

この報道を見てから1、2時間後だったか、今度はトルコは首都アンカラで在トルコのロシア大使が射殺されたことを知りました。知ると同時に、私のツルツル脳には横浜生麦事件や大津事件が滑走し始めました。(上手な言い方が見つかりませんが)民間人なら兎も角、外交官に対しての殺害(未遂も含めて)があると、世の中の流れが大きく変わります。この事件については翌朝になり、ロシア大使を警備していた男性が突然、大使に発砲したと。その際、「アッラーアクバル」、「アレッポ(云々)」を大声で叫んだとか。トルコ人はアラビア語でなくトルコ語を使うので、イスラム教徒が多い国と言えども、実はアラビア語に堪能なトルコ人はそれほどいません。シリアは隣国ですがアラビア語を用いる国。でも、両国民の間には高い垣根だか深い溝があるのです。フランスに住むトルコ人がしばしばアラビア語を話すミュジュルマンと一緒にしてくれるな、と言うのは意志の疎通が必ずしもスムースでないのだよ、という表れでもあります。まあ、それは横に置いても、冒頭に書いたとおり、ココ十日間に次々と届くシリアはアレップ(アレッポ)での惨状はひどすぎます。嘘か本当かわからないけれど、例えば一集落に100人が住んでいたとして、そこに1、2名の「イスラム国戦闘員(支持者)」がいたら、アサド政府軍またはロシア軍は集落全員を殺めているそうです。だから、私たちの目に届く映像でも、生き残りたいシリア人は他人の目に届くところにシリア国旗を背景にしたアサド大統領の肖像写真を掲げて、公衆を難なく横切るわけです。私はココんちの近所にアサド親子の洗脳教育で育ったシリア人母とパレスチナ移民父を持つ娘をどうしても思い出してしまうのですが、あのおばさん、今、どうしているのだろう?あいかわらずユダヤんや異教徒差区別を周囲のひとに強く同意を求めているんかいな? アレップの惨状を見ながら、アサドへの忠誠と礼賛で嬉々としているのかな? 彼女は私が嫌悪するタイプの存在のひとりですわい。二度と関わりたくない。兎に角、アレップの、特に東部で身動きできなくなっている庶民の無事を願えば願うほど、ロシア軍、アサド支持者について疑問を持つのは当然で、果たしてトルコでロシア大使を殺めた人物が心の内でどこまで追い詰められてああいう行いに至ったのかが知りたいところです。

さて、昨日の朝。
午前五時過ぎに起床後、テレビに火を入れ、いつものニュウス専門チャンネルに合わせたら、トルコでのロシア大使射殺だけでなく、前日の夜、隣国は独逸の首都ベルリンで、大きな教会前広場に立つクリスマス市にポーランドナンバーの大型トラックが突入し、少なくとも12名の死者が出たという報道が繰り返されていました。この手の報道は実感をつかむまで私はどうしても数分を要してしまいますが、悲しい現実であると悟りました。その報道で、この事件が限りなくテロであろう、と推測されていましたが、聞いているこちらとしては「ポーランド人がキリスト教のお祭りのための市を妨害する?」とどうにも脳内で混乱が始まったのでした。なぜなら、ポーランドという国はきょうび欧州で一番の「カトリック大国」で、それまでの「カトリックと言えば、アイルランド」を抜きん出ているのです。そして、移民についても元はコメコン(ソヴィエト連合)のポーランドは西欧に比べていくぶん勢いに欠けるので深刻化していない。肌が白くて目の色が明るいポーランド人がイスラム原理教条過激派に化けるというのはどうにも想像するのが難しい。西欧諸国のようにカトリックだろうがプロテスタントだろうが幼少期に洗礼を受けた成人の方がマイノリティになっているならば、15、6歳を過ぎた青少年がイスラム原理教条に心酔し、テロリストに化けるのもわからなくもありません。でも、ポーランドという国の国民が西欧人のような心境になるのはまだ数年先のように思えます。

そんなことを頭の中で考えていたら、昨日の午前6時過ぎだったでしょうか。報道で、このポーランドナンバーのトラックからポーランド人男性の遺体が見つかったと明らかになりました。つまり、実行犯はトラックを強奪、その場で運転手を殺害し、自らが運転してクリスマス市に飛び込んだ、と。凄いところに目をつけたな、おテロリスト集団め、と思いました。なぜなら、西欧で(特に大型車両の運行規制が多々ある仏蘭西共和国内で)、高速道路や市街を結ぶ道路の脇に点々と長距離トラック向けの休憩所があります。だから、テロリストはそこで待ち伏せしていれば、いとも簡単にトラックの乗っ取りは可能になります。何もどこぞの運送会社に登録し、運転手になる必要も手間も要りません。これ、盲点。たいしたもんだと正直、思いました。

昨日の共和国のマスコミの中心は当然ながらベルリンでのテロ事件、トルコでの外交官射殺事件ばかりが中心になりましたが(きょうの朝はベルリンばっか)、ココんちは数時間インターネットが不通になったにも関わらず、私がたまたまフェイスブックでキリスト教系のシリア情報発信ページを見ていることで、アレッポでの最新被害についても知ることができました。その写真にも頭蓋骨が半分吹っ飛んでしまった乳幼児の姿がありました。血の色がない写真は一枚もありませんでした。今のアレッポは廃墟同然です。ちょっと前までそれはエレガントな商業都市だったのに。・・・もう半世紀近く前のレバノンはベイルートの風景がオーヴァーラップしました。この世で形あるものは必ず滅びるのですから、壮麗な遺跡が失われたことについて延々と悔やむのはヒトとして間違っているとはわかっていても、なぜわざわざヒトが野心のために破壊せねばならないのか、ヒトの魂を奪わねばならないのか、理解できません。

兎に角、連日、見聞する報道は知れば知るほど「戦争に刻々と近づいている」という印象を拭えないままです。19世紀ではなく今は21世紀ですから、そう簡単にイクサは始まらないとわかっていても、「待てよ、これ、やっぱりイクサになるンぢゃないかな?」「日本国はどちらに付くのかな?」と思ってしまいます。国際において毎度、音痴な日本国ですから、今回はロシア、シリアにくっ付いて、米国と西欧の連合を敵に回すのかしらねぇ。あーあ。いずれにせよ、エイメリカvsロシアになったら、地球そのものが亡くなるだろうし・・・きょうから新約聖書の黙示録を読むことにしよう。


le 21 décembre 2016, Pierre Canisius

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by ma_cocotte | 2016-12-21 16:06 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
ヴぃくりぽーん!だけれど、嫌いぢゃないので、ま、いいや。
昨晩6時半ちょっきりから、予想どおり、マニュエル・ヴァルス元首相が次期大統領選挙に出馬を表明。それゆえ、ヴァルスくんは首相の座を離れねばならず、昨日の午後からオランド大統領がいったい誰を新しい首相に任命するのか「これから始まる大レース」予想状態になりました。興味深かったのは新しい首相に女性政治家が指名されるのではないかという話で、その中にはオランド王の元パートナーであるセゴ姐の名前もありました。

が、さっき。午前9時頃だったかな。オランド王がこういうつぶやきをご自身のおフェイスブックに投稿なさいました。
François Hollande
J'ai nommé Bernard Cazeneuve Premier Ministre et je l'ai chargé de former le nouveau gouvernement.
ひょえぇえええ、おどろき、もものき、さんしょのき♪ ざます。まさか、ベルナアル・カズヌゥヴ Bernard Cazeneuve 現内務大臣が首相に任命されることになろうとゎわわわわ。というのも、近年の残忍なテロ事件を筆頭にベルナアル・カズヌゥヴさんのテレビ画面登場率はすこぶる高く、しかも、お仕事が結構スマアトなもんだから悪い印象を持つことが難しく、昨日までの下馬評でも内務大臣としての務めがあまりにハアドだからカズヌゥヴ氏は優秀なれど内務大臣職に留まるであろう、とされていたから。あたしもそう思いました。ですが、一夜明けて、首相任命。来年の初夏に新しい大統領さんが着座するまでの任期ではありますが、首相としてのカズさんのすばらしい働きを拝見できたら、と願っています。

兎にも角にも、私はカズさんを嫌いではありません。
かっけーと思ってます。もしカズさんが石工ぢゃなかったら、べたボレだったのだけれどなあw


le 6 décembre 2016, Nicolas de Myrea


【追記】
午前10時30分頃、新しい内務大臣にブルノ・ルルゥ Bruno Le Roux 氏が任命されたと発表がありました。ですから、カズさんはきょうから首相一筋でござんす。
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by ma_cocotte | 2016-12-06 17:45 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
チクワの穴をゴボウ抜き
昨日11月20日は中道右派7名の次期大統領立候補者の第一回予備選挙の日でした。
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ココんちあたりは夜明け前から悪天候でしたが、ココんちの仏人♂は朝一番に2ユーロ片手に投票所へ。おフランソワ・フィヨン François Fillon に投票したとのこと。いい子だっっ!

そして、夜になり、開票速報ナマ番組がFrance2とニュウス専門チャンネル3社で放映。
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あんれま、フィヨンさんがぶっちぎりの第一位ではありませんか。
番組始まってすぐ早くも40%越え、そして、第二位のアラン・ヂュペ Alain Juppé が25%前後で、第三位のニコラ・サルコぢ Nicolas Sarkozy が20%前後。他の4候補はぐーんと下がり、ブルノ・ルメェル Bruno Le Maire とナタリ・コシュスコ・モリゼ Nathalie Kosciusko-Morizet 姫が3%前後で争い、その後には限りなーく極右に近いキリスト教民主党のお魚さん(フランス語で言うとポワソンさん Jean-Frédéric Poisson )、そして最下位にパン・オ・ショコラは15サン(ちぃむ)のコッペ(パン) Jean-François Copé さん。

私の記憶が確かならば、公開ナマ討論中継全3回の開始前までおフランソワ・フィヨンの人気は第4位あたりでした。首位と第二位は常にアラン・ヂュペとニコラ・サルコぢが争っていた感じ。ところが、先週はじめに突然、全国紙おル・フィガロさまがやたらとフィヨンの人気が首位になったと報じ始め、一方、カトリック全国紙のラ・クロワはなぜかカトリックに絡めながらアラン・ヂュペ推しを始めました(これは昨日の選挙が終わった今も進行中。摩訶不思議)。そんな中、先の木曜夜9時頃からFrance 2で最後の、第三回公開ナマ討論が放映されたのです。選挙権を持たない私もその番組を視聴していましたが、ニコラ・サルコぢの態度が悪くてねwww いや、それは私の印象に過ぎませんが、表情は「我、ココにあらず」でつまんなそうな顔つき、そしていつもにも増して落ち着きのない動きを続けていたのです。こちとら、サルコぢはわかりやすい、もう死に体でココに二時間以上突っ立ってんだなあ、とね。捨てたんですよね、サルコ。一方で第三回討論でも真面目にぴちぴちとがんばっていたのは、意外や、ナタリ・コシュスコ・モリゼ姫ではありませんか。先のパリ市長選挙で移民一世のイダルゴちゃんに負けた世間を知らないナタリ姫はこうして大統領予備選でも浮かばれないのに言いたいことはしっかり強い語調で言い続けた。大したもんです。もしかしたらナタリ姫には未来があるかもしれません。

さて、話戻って昨日。
選挙当日まで、下馬評では首位と三位がフィヨンまたはヂュペ。なぜかサルコぢは二位の座を動かないままでした。ですから、多くのひとはおそらく一位がヂュペ、二位がサルコぢ。もしおル・フィガロが口走り始めたフィヨンが首位に抜きん出たことが本当だとしたら、一位がフィヨン、二位がサルコぢ・・・でも、それはあり得ないンぢゃない?という心の声だったかもしれません。

結果、結局、今度の日曜の最終決戦はフィヨンvsヂュペになりました。サルコぢが二位の椅子から離れた!
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コレ ↑ は上位三名が共和国内のどの件でトップ当選だったか示す地図でござんす。
青がフランソワ・フィヨン。
オレンジがアラン・ヂュペ。
黄色がニコラ・サルコぢ。
地図の左に縦に並んでいる島々は共和国の海外県です。そして、右の黄色に染められた島はコルシカ島。ひえぇええ、サルコぢ皇帝の最初の妃の出身地ですわい・・・二人の王子を産んだ後、身を潜めた最初の妃よ。こんな結果ってあるの?
そして、共和国本土の左下のオレンジ、ココはアラン・ヂュペの本拠地ボルドオを囲む一帯ですわね。共和国の地方再編でボルドオはヌゥヴェルアキテエヌ地方という巨大地方に変身しましたが、この地図を見る限り、ヌゥヴェルアキテエヌ地方全体がヂュペを支持したのではなく、ヌゥヴェル・アキテエヌ北部(旧ポワトゥ・シャラント地方)はいずれの県もフィヨンを支持したことになります。昨晩もポワティエ(=ヌゥヴェルアキテエル地方のハブ都市)を拠点にしているヂャン・ピエル・ラファラン元首相が相変わらずのハイテンションでアラン・ヂュペ支持でがむばってましたけれど、ラファランが騒げば騒ぐほどアラン・ヂュペの支持者は老人層なのかなあ?と中青年層はドン引いてしまうように思えました。一方のフィヨンは中継先も若い世代が多い。これはフィヨンの子女の年齢層と合致するのではないかなあ。兎に角、この地図を見てしまうと「フィヨン、地震クラスのぶっちぎり」の首位です。


さて、落選した3位以下の立候補者に投票したひとびとがこのお二方のどちらに投票するかで今度の日曜の最終決戦勝利者、=次期大統領候補(中道右派大代表)の予測ができることになります。昨日はフィヨンさんがある意味、地震に喩えられるほどのぶっちぎりで首位になったとは言え、3位のサルコぢがヂュペを支持すると宣言したら、ヂュペが今度の日曜日に首位になる可能性がどーんと高くなります。
昨日は来週の決戦がフィヨンvsヂュペになると発表後、次々と落選した候補の敗退宣言がありましたが、最初に行ったブルノ・ルメェルはフィヨン支持、次に登場のナタリ姫はヂュペ支持、そして、トリを飾るニコラ・サルコぢはなんとまあフィヨン支持を宣言したのでした。・・・ですから、単純計算するならば、最終決戦はおフランソワ・フィヨンの「楽勝」になります。キリスト教民主党のお魚(ポワソン)ちゃんとパン・オ・ショコラは15サン(ちぃむ)のコッペぱんの敗戦宣言も、最終決戦で誰を支持するのかも月曜朝の時点で私個人は未だ知りません。ただ、たぶんですけれど、お魚ちゃんは深海で極右政党のFN支持を決めている臭いがするので、今度の日曜の決選投票には「行かない」ということでしょうか。コッペぱんについては知らないけれど、ユダヤんつながりでサルコぢを支持するつもりがサルコぢ落選となったわけで、そのサルコぢがフィヨン支持と発表したのだからコッペぱんに投票したひとびとはフィヨンに流れるのではないかなあ・・・でなけりゃ、よくて五分五分にコッペぱん支持票が分かれるか。いずれにせよ、サルコぢ支持者たちの投票予想のような影響力はまったくない。血を吸い過ぎてヨロヨロの蚊みたいなもんだな。

ま、ココんちは今度の日曜日も、迷わず、フィヨンにガウっっ!(ひゅるるるる~)ざます。

政治とはまったく関係ないレベルで、おフランソワ・フィヨンさんの奥様は大英帝國人(正確にはウェールズびと)で、名前がペネロオプ!!!← 萌えぇえええっ。奥様が大英帝國びとぢゃ、そう簡単に国境閉鎖できないというフィヨン家のハンデがガイジンの私にはうれしいでありますw(余談、フィヨン氏の弟さんも英国女性と結婚しているンです)。 そして、おフランソワとペネロオプお二人の間には5人の子女がおり、末っ子の坊やは長子(正確には長女マリィさん)が20歳、フランソワ・フィヨンが47歳の時に誕生したお子なんざますね。サルコぢが大統領だった当時、フィヨンは首相を務めていましたが、激務であってもこの末っ子くんの登下校の送り迎えにできるだけ関わっていたという美談、あたしゃ今でも忘れません。これ、カト的に信頼の萌え事項w
それと、票を得るためかどうか存じませんがフランソワ・フィヨンがかのソレム Solesmes の修道者たちと蜜であるという噂もあたくしにとってはがーぶちょんであります。というか、フィヨンさんの私宅はソレムにあります。この秋のうちでも、フランソワ・フィヨンの方がヂュペよりはるか先にフランスの司教団に親書を送っていましたし、ここ数日、ラ・クロワがやたらヂュペとカトリックの関係を喧伝していますが、そのカトリック団体ってドコ?(ニヤリ、だってねぇ、奥さん。ヂュペはフランスの司教団に訴えられて敗訴してんのよ。うふふ)ですもん。私個人はなぜ全国紙ラ・クロワがヂュペ推しなのか理解するのが難しいです。普通、カトリックならフィヨンでしょ、まる


兎にも角にも、今度の木曜夜にフィヨンvsヂュペのナマ討論が放映されることになっているので、楽しみです。ヂュペの声はキライではないけれど、サルコぢほどではないにせよ、限りなく黒に近い灰色ですからね、我が良心が黄信号発してます。


le 21 novembre 2016, Dimitri

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by ma_cocotte | 2016-11-21 16:13 | よっ、大統領!2017 | Comments(1)
11月20日には投票所へ、ガウっっ!
昨日のお仏蘭西は国定固定祭日でした。第一次世界大戦終戦(休戦)記念日。そして、暦の上では聖マルチノ(仏語だとサン・マルタン Saint Martin)のお祝い日でした。世界中のマアチンやらマルタン、マルチ~ノさん、おめでとさんでござんす。

今年の11月11日は金曜日でしたから、今日の土曜日はいつもならば動いているところでも休業して連休にしてしまっていたりします。それでも、ココんち旧市街の朝市はいつもの土曜より幾分小さめながら営業。でも、天気予報では生憎の雨模様らしいです。きょうの朝市に行こうか行くまいか悩みつつ、行ったところで朝市の出入り口に例の人々がビラ配りしているのだろうなあと思うと、大根足がいっそう重くなります。例の人々というのは来年に選挙を控えている共和国大統領選挙で中道右派政党 レ・レピュブリカン Les Républicains (=和訳すると共和党)の党員でもあるアラン・ヂュペ Alain Juppé の 支援者さんたち です。 彼らはこの夏の終わりくらいから土曜の朝市の出入り口に立ち、敬愛するアラン・ヂュペが次期大統領になれるよう熱心に支援を求めるビラ配りをし続けています。ココんちあたりはアラン・ジュペが長年市長職にあるボルドーから北に向かって車で3時間ほどの所ですので、もしかするとココんちあたりにもジュペ贔屓がかなり潜伏しているのかもしれません。

昨晩は寝ぼけ眼でテレビ画面を眺めていたら、その中道右派(レ・レピュブリカンとキリスト教民主党)の大統領予備選立候補者7名の人気投票で現在のところ、第一番の人気がアラン・ヂュペで36%、第二位がニコラ・サルコぢ Nicolas Sarkozy 前大統領で26%、第三位がフランソワ・フィヨン François Fillon が20%なのだそう。この状態で11月20日の中道右派大統領候補決定選挙になるのか、それとも、まだ7候補の順位逆転はあるのか。

この順位を見たココんちの仏蘭西びと♂が突然、「ボクは11月20日、フィヨンに投票してくる」とつぶやきました。それを聞いて私は「あら、あーたはレ・レピュブリカンの党員でもなければ、支援者でもないぢゃないの!それでも投票するの?」と苦笑いしたら、彼曰く「IDカードを持参し、2ユーロを払えば誰でも投票できンだよ」とのこと。へぇえええ、そうなんだ。

ま、この時点で彼の口からヂュペに投票するなんて出ようもんならば、家庭崩壊(と言ってもココんちには彼と私しかヒトはいないンだけれど)でしたら、フィヨンに投票するならば、私は三軒家万智のごとく彼に向かって「ガウっっ!」ひゅるるるるるぅ です。なぜなら、私は昔からフランソワ・フィヨン贔屓だからです。一方、私が昔っからアラン・ヂュペを毛嫌いしているのは(ただし、サルコぢよりヂュペの方がかなりマシです)このブログでも明白で、先月から活発化している共和国大統領予備選ネタで常に1、2位をヂュペとサルコぢが争っている点は変わらねど、この二か月ほどで人気四位あたりだったフィヨンが第三位につけていたブルノ・ルメール Bruno Le Maire と逆転したのは吉報に思えます。

私はたまたま仏蘭西共和国に長期滞在しているガイジンですので選挙権を持っていませんし、新しい大統領が「黄色いお前はとっとと出て行け」と命じてきたら、とっととこの国から出て行くので、今度の大統領選挙でも私は員数外の傍観者に過ぎません。

ただこうして眺めていると、第二位のニコラ・サルコぢは悪役、ヒールのダークサイドにしか私には見えず、この下品なサルコぢをはさむ二人が天から指す光で輝いているように見えるのです。一位のアラン・ヂュペはシラク大統領時代の首相経験者であり、三位につけているフィヨンはサルコぢ大統領時代の首相経験者なので、どうしてもフィヨンの方にサルコぢの影がかぶりがちなんですな。でも、実際はサルコぢとヂュペの方が「おぬしも悪よのぉ。ぶゎははははは」仲間なんだけれどさ。

そのフランソワ・フィヨンの本拠地はサルト Sarthe 県で、ほれ、あの有名な24時間耐久レースの開催地ル・マン Le Mans がある県で、フィヨン本人も趣味のひとつが車のレース。ココんちあたりとル・マンはココんちから北に向かって車で3時間弱なので、ええと、ココんちあたりを中心にすればボルドーもル・マンもほとんど同距離なんですわ。なのに、旧市街ではアラン・ヂュペ応援団ががんばっている・・・というのが現状の現実ですかね。ふぅうううむぅううう。

余談、西方教会との関係はヂュペよりフィヨンの方がハニーです。
そりゃ、そうだわな。ヂュペと西方教会は不動産の一件で裁判沙汰になり、西方教会が勝っておりますけんw

11月20日の投票まで8日となり、ココんちの貴重な一票はフィヨンさんに投げられるので家内安泰。
ですが、私の友人、知人はかつてのサルコぢストが複数おりまして、彼らが今回、誰を応援しているのか未だ私は知りません。カト(=西方教会)的観点ならば、フィヨンぢゃろ、おい!なんですが、あんまり政治の話をしたくないしなあ、あたし。

私個人は員数外ながら次期大統領にフィヨン、その後継にブルノ・ルメールでどうかひとつ、と夢見ています。寄留民にも、夢ぐらい見させろよw



le 12 novembre 2016, Josaphat

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by ma_cocotte | 2016-11-12 15:37 | よっ、大統領!2017 | Comments(2)
われらがオバ美がいるではないか!
そうだ。
そうだった。
われらがオバ美が次期大統領候補に選ばれますように。
The Internet Really, Really Wants Michelle Obama to Run for President in 2020 @TIME

木曜日の朝、いい目覚めになりました。
まるで闇に一筋の光が差したかのよう。でお・ぐらあしあす。


le 10 novembre 2016, Léon



私はずっと前からオバ美の大ファンなのでした。うふ。
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by ma_cocotte | 2016-11-10 15:00 | 『?』なエイメリカ | Comments(0)
あの世から大橋巨泉さんや植木等さんが降臨してきそう
な事態ですわよね、奥さん?

そう、エイメリカの大統領選挙の結果です。まぢ、はらほろひれはれ。びっくりしたなーもー。
あんれま、ダアナルド・トゥランp Donald Trump が勝ってしまったでゎないですか。

トゥランpの当選を知ったと同時に私の脳には、トゥランp最初の業はワシントンDCのポトマック河畔のどこかに、過去のいずれの大統領の像よりも大きな自分の像を置くのではないかという妄想でいっぱいになりました。かつてのソヴィエト&コメコン国、イラク、中国そして今の北朝鮮のように。それはいつか首に鎖をつながれたまま倒れ、大地にぶつかり粉々になる運命・・・なんてなw

しばらく前に私のFBヲールに複数の日本人からトゥランp候補がもし大統領になったらばこれまでの米国にはびこっていた学歴偏重の伝統を覆し、多くの機会が万民に与えられることになるという意見が届いていたので、それ(だけ)については「なるほどな」とまず思ったけれど、エイメリカの学費諸々知らなくはないので、トゥランpが大統領になったところですぐに万民に出世の機会が与えられることは夢のまた夢だと私ゃ考えました。

それに、トゥランpの何かがニコラ・サルコぢの何かと合致しているという私の勘違いが拭えないので、私はトゥランpを「毛嫌い」しているに値します。

本当にほうぼうで飛び交っていますが、9歳児でもよくわかる語だけでトゥランpは多くのエイメリカ国籍者を魅了したのも否定できません。今回の選挙結果地図を眺めると、確かにヒラリ・クリントンが勝った州は高学歴者が集う街が点在しているし、世界に名だたる大学がある州でもあります。一方のトゥランpが勝った州は商業よりも農業立国が中心ですな。

私がトゥランpを毛嫌いしたきっかけになったのは、トゥランpのこれまでの女性蔑視やいやらしい話です。あれを見聞してもなお、トゥランpに貴重な一票を投じるヒトの気が知れないとボヤきたいくらいです。変態サルコぢくらいが手を取り合うであろうトゥランpの口から出る下品な話を見聞しても見ない振り、知らない振りができるってどういうことよ?と。
でも、涼やかにエイメリカを眺めれば、それが事実なのだから、ああいう下品な話をなんとも思わないひとが多く住んでいるのだろうな、と想像するしかありません。

今朝は午前1時から午前4時頃までFrance 2 の米大統領選特番を「ながら視聴」していましたが、投票権を持つ移民二世(=つまり米国で生まれた成人)がもしトゥランpが当選したら、選挙権を持たない親は国外追放になり、自分と離れ離れになる、一家離散だと発言していたことにもらい泣きでした。トゥランpのこういう、移民難民に向けての酷な提案もどこかサルコぢにつながるので吐き気がします。

あれだけの夢想としか思えない公約をどれだけ実現するのでしょうかね。
日本から米軍が撤退する。
ロシアと手を結んで、シリアやイラクで「イスラム国」に戦いを挑む。← 外交音痴の域をはるかに超えたパーですわな。エイメリカがアサド支持になるンですか?

私はトゥランpはあくまでも共和党の踊り子であって、彼を踊らせるブレインズが肝なのだと見ています。彼らがもし存在しないのならば、トゥランpの時代に第三次世界大戦が始まるかもしれないし、寝ぼけたトゥランpがうっかり核のボタンを押すかもしれません。

おそろしい時代が近づいているなあ。


le 9 novembre 2016, Théodore



嘘か真か存じませんが、今朝、こちらのテレビ画面でブッシュ家のみんなが白票を投じたと流れました。大統領選で白票を投じるってどうゆう? 多くの共和党員がもしかして白票を投じたのでしょうか? なんだかな、もう。
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by ma_cocotte | 2016-11-09 20:10 | 『?』なエイメリカ | Comments(0)
10月4日+暦の上では大聖人フランチエスコのお祝い日
きょうの朝一番、顔本からの知らせで昨日10月4日、われらがパァパ・フランチエスコ(ここでうつむきがちに十字を切る)が8月24日に深刻な地震に見舞われたアマトリ~チエ Amatrice を訪問したことを知りました。

毎年10月4日はカトリック教゛会の暦やら西欧の旧教由来の国々の暦でフランチエスコのお名前記念日です。(詳細で表すならばカトリック典礼暦ではアシジの聖フランシスコ、旧教国ではそれぞれの言語に基づく表し方で、たとえば英語ならFrancis, 仏語だとFrançois)

そう、われらがパァパ・フランチエスコの「フランチエスコ」は、彼が教皇に選出された直後に提示した名前で、アシジの聖フランシスコからいただいたものと伝えられております。つまり、昨日は今上教皇ご本人にとりましては年に一度の霊名記念日だったのであります。ならば、そのお祝い日にほうぼうから祝賀の訪問者やら、洗練された食堂での正餐を妄想しがちの庶民でありますが、パァパ・フランチエスコは年に一度のお祝い日にヴァチカン宮殿を離れ、今もなお瓦礫のまま、村民のほとんどが仮設所で寝起きしているアマトリ~チェに行き、被災者や地震犠牲者の遺族と連日、救済復興活動に勤しむ消防隊はじめとするひとびとを慰められたとのこと。

いんやー、教皇さま、たいしたもんだと思いました。

ご自分のお祝い日に受身になるのではなく、おん自ら動いて、その日の善につとめることが耶蘇としての奉献であり、感謝につながると。羊の群れをたばねる羊飼いたる者、こうして見本を示すのが筋道であり、道筋なのでしょう。


le 5 octobre 2016, Faustine

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by ma_cocotte | 2016-10-05 17:17 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
小さき花の、
こんにちは10月1日。

首都圏ですと「東京都民の日」です。
私は東京都民ではありませんのに、学び舎が東京都内に在ったので園児、児童、生徒、学生と毎年10月1日が休日でした。そんなことどうでもよいことです。耶蘇教゛界では同じくこんにち10月1日は小テレジアの祝日です。
「小テレジア」って誰よ?
小テレジアとは「小さき花のテレジア」ですよ。
「え?誰、それ?」
ええと、小さき花のテレジアは「幼きイエスのテレジア」ですよ。
小テレジア=小さき花のテレジア=幼きイエスのテレジアなるお方は、この方 ↓ 。
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フランス共和国の中ですと、「幼きイエスのテレジアって誰よ?」と質問してくる仏人が結構いるので、「ほら、ノルマンディはリジュウ Lisieux のテレーズよ」と返答したところで、理解に至る仏人はこの10年で五割を切ったあるね(失笑。たぶん、日本語で表すところの「テレジア」はラテン語で、共和国内での「テレーズ」は Thérèse で、IDが仏蘭西で生まれ育ち亡くなった彼女の本名に含まれる Thérèse と同じになります。

日本國国内ですと、きょうび「幼きイエスのテレジア」で彼女を指すことにほぼ統一されたように思えますが、昭和を生きたカトちゃんやらあたしのような昭和の耶蘇学校在学者には「小さき花のテレジア」もしくは「小テレジア」の方が脳内でピンと反応するかもしれません。

「小テレジア」と彼女が呼ばれるのは「小さき花のテレジア」を略したわけでなく、彼女が奉献生活を送った女子カルメル会の創立者の名前がラテン語で表すと同じく「テレジア」であり、彼女もまた聖女であるので、彼女については「大テレジア」という愛称があるのです。ちなみに大テレジアのお祝い日はこんにちから二週間後、10月15日でごわす。もしお友達の名前がテレーズやテレサだったら大小どちらにゆかりがあるのか伺ってからお祝いした方がいい場合もありますし、聞いたところで「そんなの知らない」と返答されることもきょうび21世紀の仏蘭西だったらよくあることです(むしろこの反応がマヂョリティ)。

そして、「小さき花の」の冠も、昭和に育った日本婦女子にはどこか懐かしい響きで、当時は同じ冠の幼稚園などが各地に点在していたものです。もし昭和時代に耶蘇学校や教会学校に通っていたら、同級生やお仲間の女の子の洗礼名が「小さき花のテレジア」だったケースが多々あると思います。当時は女児の幼児洗礼で人気の名前のひとつが「小さき花のテレジア」だったのですね。今の人気のおクリスチャンネームは何なのかしら?

こんなことでも昭和は遠くなりにけりざます。

どうぞ良い週末を。


le 1er octobre 2016, Thérèse de l'Enfant-Jésus

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by ma_cocotte | 2016-10-01 16:20 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)