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やったね、ウシムラくん!
きょうの朝はほぼ午前6時半に起床。
一時間を過ぎたところでこんぴーたに火ぃ入れたので、「ウシムラくんの金メダル」を知り、うれしくなりました。

「ウシムラ」はもちろん内村航平選手の苗字をさします。
なぜ「ウシムラ」と表したのかと申しますと、昨晩、おフランスでのテレビ中継で最初から最後まで「ウシムラ」で貫き通したからです。確かに Uchimura をフランス語で発音すると「ウシムラ」なのかもしれませんが、本当の発音は当然「ウチムラ」ですし、テレビの生中継から聞こえてくる現場のアナウンスに注意するとしっかり「ウチムラ」が用いられています。もちろんおフランスおテレヴィヂョンの中継は「現場で行われている」のですから、マイクの前にいる少なくとも二名の人物とその周辺の中継スタッフも「ウチムラ」という音をイヤというほど耳にしているはずなのですが・・・

聞く耳持たない、フランス人

なんですねぇ、呆れるほど本当に。
ココ数日、報道を賑わしているおフランスおテレヴィヂョンのオリンピック中継担当アナウンサーらによる差別発言についても、私のようにフランスのどこであろうと三角形の底辺で一生を終えるひとびとと共に暮らしているとあまりに当たり前で、怒る気になったのはフランスに長期滞在が決まった最初の5年未満かなあ?と失笑する程度です。教養ある三角形の頂点に近い世界に生きるフランス人には「ユユしき問題。至急、動きます」でしょうけれど、三角形の底辺のひとびと、特に中高年齢者にとって今もアジア諸国のすべてが「元インドシナ植民地」であり、極東の島国の日本なんてスーパーで安い世界地図を買ったら「存在しない国」だし、まあ、良くて「日本は中国の一省」ですよ。現在のフランス共和国内の公立校の教育だったらココまでの偏見は心に芽生えないでしょうけれどねw

だ、か、ら、ブラジル「なんか」で、日本「なんか」の選手の苗字は正しく発音せず、フランス語読みで貫き通せるのもおフランスの中華思想、ココにあり!と白い目で傍観。公共放送でこの程度だから、普通の家屋の玄関の向こうのリビングでどんだけひどい話題が飛び交っていることでしょう。今更、怒る気にもなれないし、黄色い肌の顔が平たい族が通じない仏語発音で雄たけびあげたところで、彼らはそういう点から絡んでくるもんです(あくまでも三角形の底辺世界でのことですから、三角形の頂点に生きる仏人と「一緒にしないでください」)

昨晩、おフランスでの体操男子個人についての放映は途切れ途切れで、途中で(個人的には幸運にも)7人制ラグビーのフランスvs日本をテレビ観戦することができました。たった30分の試合時間ながら最高の逆転勝利で、とどめのゴールで日本が快勝しました。どうにもこういう試合を見ていても、世界の強豪国は日本を見くびっており、傲慢が原因で「勝てる試合を逃した」ように見えます。が、昨日のフランスチームは後半、言葉悪いけれど「ガキの試合」と思えてしまう群がりだったので素人でも彼らの焦りがわかったのではないでしょうか。日本はド根性見せた気がします。あのまま、押して押してトライでも「ス・テ・キ」でした。

そして、ラグビー中継が終わった後、おフランスおテレヴィヂオンは再び、男子体操中継。
女性解説者らしき方がどうも「ウシムラ贔屓」と思われ、5秒に少なくとも一度は「ウシムラ」の名を出す。これがずっと繰り返されていたので、こちらの脳内は「ウシムラ大運動会」になりましたが、最後のロオテエションとなり、日本人選手二人は鉄棒。で、田中選手の演技を見終えたところで、私はテレビのスイッチを切りました。なぜかというと、私の人生、私が応援すると「盛者必衰の理をあらはす」ンですね。私はウシムラ選手の金メダルを希望していたので、必衰されちゃ困る。だから、テレビを消しました。

そして、このエントリーの文頭に戻るのでした。

ああ、めでたい。祝着至極のお慶びですわよ、本当に。

きょうは良い一日を過ごせそうだ(今、午前9時を過ぎたところ)


le 11 août 2016, Claire

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by ma_cocotte | 2016-08-11 16:04 | 『行け、行くんだ!』 Allez!! | Comments(0)
本当のところがわからない。
さっき、私のFBウォールにAleteia の仏語版から、シリアはアレップのキリスト教徒居留区においてイスラム聖戦主義の攻撃が激化しているという報せが届きました。http://fr.aleteia.org/2016/08/09/alep-les-quartiers-chretiens-menaces-par-les-djihadistes/

先々週の仏蘭西はノルマンディ地方ルーアン近郊で発生したイスラム聖戦主義者によるカトリック教会襲撃事件で司祭が死亡し、事件がたった一時間足らずで終結を見たという件は瞬時に地球のほぼ全域に知らされましたが、シリアからイライラの、そう、旧約につなげると三日月地帯あたりのキリスト教聖俗信者の死者数は現在も曖昧なままです。

日本を知るひとびとにとって8月15日を目前にこのような報道が届くと、言葉に表せない複雑な思いに陥ると思います。イスラムの聖戦なるものはこの地球すべての生きとし生けるもの、その生きとし生きるものが創造した人工物もすべてがイスラムのうちに「ある」「生きている」が実現するまでの戦いなので、悲観的に片付けるならば「終戦はない」と判断するのも、私がイスラムで生きていないためです。繰り返しにしかなりませんがイスラムが地球を完全包括するにせよ、手段をまちがえてはいけません。彼らが完全包括実現のために実行している行いで「イスラムによる平和で、自然で、しあわせな世界」は実現しませんよ。

世界中で次々とイスラム原理教条過激派によるテロ事件が発生していることで、イスラム信者(という表現もイスラムにおいては納得いかない表現です。なぜなら、彼らにとってイスラームは宗教の域を超えているからです)から「イスラームは平和そのものである」という話が飛ばされていますが、この現状ではその証拠を異教徒に、というより、この地球で智を持つすべてに具体的に示す「時が来た」と思います。

というのもね、大昔からイスラームの方々と関わった私が感じ取っていることは彼らは言葉につまると「コーランに書いてある」と始まるので、「それは、コーランのどこですか?教えてください」と質問すると、たいていはコーランに書かれていないことがたびたびあったから。本当にこの世で最後の最高最善の宗教さえ越えた成熟した存在がイスラムだとするなら智と理をもって万民に証明するのが神から与えられた役割ではないですかね?

言い逃れを信じてくれないひとびとをやたらめったら殺めれば平和がやってくるなんて神の思し召しとは信じ難いっすよ。


le 10 août 2016, Laurent de Rome

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by ma_cocotte | 2016-08-10 16:42 | 『?』なメディテらねぇ | Comments(0)
平成の「玉音放送」
昨日の午後になって今上天皇陛下の「お気持ち」なるビデオメッセージをオソレヲヲクモカシコクモ(ココで最敬礼)お見上げ申し上げました。http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12

なんで名詞なのに「お気持ち」なのだろう? 「お気持」ではないの?と、ふと思ったンですが、半万年以上昔に三流校の現国(註:現代国語の略)で習ったことなんて今アテにしてはならんと自戒しつつ、拝聴。←コレについては、上に掲げた宮内庁HPを拝見すると正式には「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」であって「お気持ち」ではありません。ふぅううん、ま、アナウンサーの標準語のアクセントもアヤフヤになってしまっているきょうび日本ですから「おきもち」を漢字にかえても「ち」がくっついているなんてことは「見逃すのが優しさ」、それがきょうびの日本なのでありましょう。

そうしながら、どうにももしかしてこれは玉音放送ではないかしら?とふと我が頭に思い付きました。

そして、昭和二十年八月十五日の玉音放送からまもなく71年になりますが、平成の、平成28年の玉音放送はラジオから流れる音声ではなく、天皇陛下の「御尊影」が動くビデオメッセージであることも今更オソレヲヲクモカシコクモ(ココで最敬礼)気づいたのであります。

そして、フランスなんかに自分が長期滞在しているせいか、欧州内のいくつもの王国で近年、王様や女王様が生前退位されていることに慣れてしまっていたのか、それとも私が単純バカだから、日本國においても天皇陛下が生前退位のご意向をあらわされたら「御意」でなされるのかとばかり信じていたら、日本においては「それはあってはならない」ということが今回の件でわかり、またひとつ「知る喜び」でした。

大英帝國の法律のように「前例があり、前例に従う」なら歴史を遡るのが最優先になるのかもしれませんが、日本國のようにご維新を境に大日本帝國憲法制定やら天皇が現人神と神格化されたことで、それまでの過去の生前退位の事実が分断されちゃったわけで、しかも不思議なことに71年前に大日本帝國憲法から日本國憲法に遷り、天皇は現人神ではなく象徴天皇にキャラが変わったにも関わらず「生前退位」については「そのまんま」だったというのは、ツルツル頭の私でも「なんだかなあ」とオソレヲヲクモカシコクモ(ココで最敬礼)ついうっかり思ってしまいました。

昨日の夜になって日本国内で放映されたこの件についての番組を視聴していたら、これが天皇陛下としての「終活」のひとつではないのでしょうか、という話がありました。そういえば、しばらく前に天皇陛下が火葬を希望されている旨、報道がありましたっけ。墓所も天皇と皇后が隣とは言え、別の墳墓にするのではなく、天皇皇后両陛下が「ひとつのお墓に入る」ことを希望されたとも拝聴した記憶があります。

そして、昨日のビデオメッセージでも天皇家の葬儀と服喪の習慣にも触れられていたので、もしかすると「終活」準備のクライマックスが今回の「お気持ち」を公にすることだったのかもしれないと三角形の底辺に生きる私は想像(いや、妄想)しました。

私にとってはるか高い、高みの、天岩戸の向こうの問題なので、「あっしにはかんけーねーこってす」と申し上げるのが本当のところですが、天皇陛下がビデオメッセージの最後に「国民の理解を得られることを、切に願っています。」と結ばれたことで、三角形の底辺であっても日本国籍者である私が天皇陛下のために考えなければいけないのだと思いました。

松島屋のおだいふくを食べながら考えたかった・・・。


le 9 août 2016, Thérèse-Bénédicte


余談。
もし今上天皇陛下が生前退位となった場合の名称、呼称について上皇や法皇は天皇よりチカラある、位が上のイメージがあるのでいかがなもんぢゃろの?という記事が散見されてたけれど、上皇ぢゃダメなのかしらね?歴史を振り返って上皇で怪しいチカラを持っていたのって悪の後白河くらいなんぢゃねーの?と思うのですが。それとも、きょうびの日本らしく万民にわかりやすいように、ナントカのひとつ覚えで「名誉」をくっつけて「名誉天皇」・・・? これは私個人はカンベンです。


皇后陛下は「皇太后」だから、なんの問題も発生しないのよね・・・。
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by ma_cocotte | 2016-08-09 18:15 | 『?』な日本國 | Comments(0)
お祭りが次々と中止になり、
南仏はコートおダヂュウルにござあますニースや、花の都おパリから西に向かって数時間のノルマンディはルーアン近郊で発生したテロ事件があったせいか、今週に入り、共和国内各地からその土地の名物、風物でもある祭りなど諸行事が次々と安全性の面から中止を発表しています。昨日はベルギー国境に近い共和国の大都市のひとつであるリル Lille から名物行事中止の発表がありました。

これ、本当にどう捉えていいのかわからない。難しい。

それはなぜかと申しますと、共和国内の自治体が安全性を理由に中止するという判断は正しいけれど、例の世界に散らばるイスラム原理教条過激派にしてみれば「成功」どころか「勝利」に値するからです。

員数外の私たちにはナニが勝利なのかわかりにくいかもしれませんが、そもそもイスラム原理教条主義というものは地球そのものがイスラム世界になること、この世に生きるヒトすべてがムスリム、ムスリマになり、イスラムで決められたことが地球上で自然に実行される世界を作ることなんですわな。だから、コーランにも、イスラム法にも、ムハンマドさまの人生にもなんら関連しないお祭りは「この世から消滅させなければならない」わけです。

だから、彼らにとってイスラームでない国で開催される諸行事は「消す」。

オリンピックも彼らにとっては「消す対象」のひとつです。
ムハンマドさまが天使に腕を抱えられてオリンピックに参加したという記録があれば「消す対象」にならなかったンですけれどね。だから、日本国内のお祭りだって「消す対象」なんですよ。

イスラームはこの世で最後の完全包括(宗教)世界なので、宣教と実践を通してこの世が包括されることを目的にするのは決して間違いではありませんが、イスラム原理包括主義の何が間違いなのかと言うと手段です。イスラム法を犯した者への死刑も彼らは肯定しますが、それを公開し、目の当たりにした老若男女に恐怖を与えて従属させることを繰り返して、この世全体の平和が生まれるという方法はいかがなものでしょう。

と、議論したところで、彼らはこの手段が正しいと主張するだけで、その手段に「聖戦」と命名し、実行するわけで。

共和国内の夏の行事が次々と中止になっていることに味をしめた彼らは、今後も成功を収めたテロ手段を世界中で繰り返しながら、この世から異教の祭りを消し去ることに徹するンぢゃないかな。そうすれば、いずれ世界中が唯一の神と預言者の最高位であるムハンマドさまを賛美、礼拝が実現するのだと彼らは信じているのですからして。

あーあ。なんだかなあ。

あたしゃ、彼らの手段に納得いかない。



le 6 aoùt 2016, Sauveur

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by ma_cocotte | 2016-08-06 15:42 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
不完全ナマ中継
昨日は午後2時から、ノルマンディ地方はルーアンの司教座聖堂で、7日前の朝、テロリストの蛮行により亡くなったヂャック・アメル Jacques Hamel 司祭の葬儀が執り行われました。



テレビではニュウス専門チャンネルの itele がカトリック専門チャンネルの KTO と連携しての生中継。午後1時半には生中継が開始されていたと思われます。(というのも、私は午後1時半頃、外出先の街頭テレビで生中継をチラっと見たから)

カトリック司祭の葬儀の最後の最後には列席の司祭全員でサルヴェレジィナ Salve, Regina というラテン語聖歌が唄われるのが常なので、昨日の私はそれを楽しみに待っていましたが、残念にも itele も KTO もその歌唱の前で生中継が終了してしまいました。一夜明けて今日の朝になり、こうしてYouTube の KTO で昨日の録画をおさらいしましたが、やはりサルヴェレジィナまでの記録が残っていませんでした。本当に残念。

なぜ生中継が尻切れトンボになってしまったのかと言うと、もちろん葬儀が長引いたことで放映時間制限に引っかかってしまったことと、葬儀ミサの最後に参列者ひとりひとりが聖水をもって棺に向かい十字を切るという儀式があったからだと思います。この儀式はカトリックの葬儀なら必ず行われることで、仏教の葬儀に照らし合わせると焼香が似通っているかもしれません。
昨日のアメル師の葬儀は聖堂内に約1700名の参列者、聖堂の外には雨が降っていたにもかかわらず100名ほどのひとが集まったので、1800名ものひとが最後の聖水の式に参加すると相当の時間になります。昨日の生放送はこの聖水の式の途中で終わってしまいました。

それでも、私個人が興味深く見たことは、この葬儀ミサにはベルナアル・カズヌゥヴ内務大臣とロラン・ファビュビウス前外務大臣が参列していたこと。そして、最後の聖水の式でカズヌゥヴ内務相はカトリック信者と同じく聖水(棒)を持ちアメル師の棺に向かって十字を切りましたが、ロラン・ファビュウスは聖水棒にはまったく触れず、その代わりに棺のそばまで近寄り、数秒、棺に手を乗せたのでした。

へぇえええ。

フリーメーソン会員で知られるカズヌゥヴはこうして聖水をもっての十字を切ることに躊躇いはないけれど、ユダヤんのファビュウスにとっては十字切りにはいくら儀式と割り切っても「できない」何かがあり、ユダヤんがお墓に石を置いたり、手を置いてしばし射祷する行いに倣っているんだな・・・とあたしゃ、妄想しました、まる


le 3 aoùt 2016, Salomé



こんな ↑ 下世話な、誰からもミッションをもらってもなく、老婆心のねぢ曲がった好奇心での感想なんぞは横に置いて、昨日は主司式だったルーアンの大司教様のお説教で「こんなことは二度とあってはならない Plus jamais ça ! 」「悪魔よ、去れ Va-t'en Satan! 」などの語気強い言葉が聖堂の中で響き渡ったことが印象的でした。悪魔の存在はユダヤ教でもイスラームでも信じられているし、今の時代になって実はカトリックが悪魔の恐ろしさについて曖昧に、軽んじている傾向が世間で散見されるので、大司教という長上が「悪魔よ、去れ」という一文を用いたことは今となっては新鮮というか、目からウロコでした。
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by ma_cocotte | 2016-08-03 16:16 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
もし私がイスラムの蛮行について話すのであれば、私はカトリックの蛮行についても話さなければならない
Si je parle de violence islamique, je dois parler de violence catholique

これ↑ は恒例、教皇外遊時の飛行機内での同行ヂャアナリスツとの一問一答のお時間での教皇様のお返事。
教皇様、よくぞおっしゃいました。そのとおり。

一方的に潔癖を主張している団体やヒトくらい信用できないもんってないわ。
気持悪い。
「私は知らない」「私ではない」「私は彼らと一緒ではない。他をあたってくれ」はペトロを最後にしよーよ。

そんなペトロだって「神に赦されている」ところがキリスト教のポイントなンですけれどね。

いずれにせよ、今、こうして生きていて、あらゆる状況において、もしかして自分、愚かだったペトロになっていないかしら?と振り返ることも大切だと思います。

ま、いいや。


le 1er août 2016, Alphonse

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by ma_cocotte | 2016-08-01 17:12 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
こんにち7月29日金曜日は「節制と祈りの一日」
仏蘭西語だと、
une journée de jeûne et de prière vendredi 29 juillet


あらららら。おーらららら。
お昼のニュウスで気づかされた時には焼き鳥を口にくわえていたアタクシ。
がーん。
そうだったのでした。
仏蘭西にもカトリック中央協議会なるものが存在し、そちらのエラい神父様のお名前でフランスと善意ある世界のひとびとにきょう7月29日金曜日一日を先日26日の教会テロを思い、節制と祈りを実行する一日にしようという提案が我々にあったのでした。冒頭の jeûne  という単語が「節制」に当たりますが、これ、病院用語だと断食が適当になります。例えば血液検査などのために前日から jeûne を求められる場合が多く、検査直前の登録で「あなたはjeûneしましたか?昨日の(せめて夕方から)飲みも食べもしていませんね?」と確認されるのが常です。

で、カトリックヲールドでも昔はjeûne と言えば「断食」でしたが、最近は「節制」という表現に変わっています。個人によって断食が難しいのであれば、断食とは別の形で節制を行い、自らに厳しく接することを表しています。

もうお昼を食べちゃった私は何か別の節制を探すことにしましょう。
歌舞音曲を避ける・・・? それぢゃ、甘いか。

そして、きょうのお昼の、フランス国営放送のニュウスを見ていたら、またもカトリックの話題に触れ、26日の教会テロをきっかけにカトリックの聖堂を訪問するひとが増えているのだそうです。きょうは金曜日ということもあり、(ここでは説明を省きますが)初金という名の信心行につながる曜日なので朝ミサをささげている教会が多く、報道でもその様子が映し出されますが、司式する聖職者にしろ、参列している世俗にしろ、26日以降、心に傷が少なからずあり、慟哭の中にいる方が多いらしい。うむ、私も比べるのは難しいけれど、日本の相模原での事件とルーアンの教会テロについて考えに考えてしまっていたりもするので、そのうちのひとりかもしれません。

ひとそれぞれですが、教会訪問するにしても、きょう一日、節制するにしても、どちらをしなくても、脳と心で思い巡らし、考えることが大切で、それが「祈り」そのものではないかと思いました。ですが、悪の方面に陥るのではなく、どうするにせよ、善に向かうことですよね。

そして、そして、きょうのお昼のニュウスではフランシスコ教皇さまがアウシュヴィッツを訪問されたことについて繰り返し紹介されています。ひとりぽっちで収容所のアーチをくぐり、ベンチにひとりぽっちで座ってしばし黙想。そして、歩を進めている時は目の前にある当時の建造物の断片に触ったり、接吻されたり。もちろん日本にもゆかりある聖マキシミリアノ・コルベ師が帰天された独房にも入り、お祈りの時間を持たれたこともニュウスで紹介されました。欧州はまだ午後1時を過ぎたばかりで、教皇様は午後もアウシュヴィッツ・ビルケナウにいらっしゃるそうなので、きょうの夜のニュウスではまた新たな知らせがあると思います。

それにしても、ショックだな・・・やっぱり、自分。


le 29 juillet 2016, Marthe

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by ma_cocotte | 2016-07-29 20:14 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
二人目。
おとといのノルマンディはルーアンの南に接するサンテティエンヌ・デュ・ルゥヴレイ Saint-Etienne-du-Rouvray の教会で起こったテロ事件について、二人の容疑者のうち、まだ人物確定に至っていなかった二人目の「イスラム国兵士」について調べがついたというのが、きょうの朝のトップニュウス。

その報道を流すテレビの画面が興味深いというか、その該当者の母親と、該当者の寝室が紹介されました。
床に直に置いたマットレスが印象的かな・・・典型的移民家庭っぽいと「それを観た時」の第一印象でした。

さて、その二人目。
アブデル・マリク・ナビル・プチジャン Abdel Malik Nabil Petitjean という名で、19歳。
サヴォワ地方のエクス・レ・バンの出身とのこと。

そこまで知っての二つの疑問は彼の苗字にプチジャン Petitjean とあるので、ウルトラフロンセな、つまりとてもおフランスな苗字であること。そして、エクス・レ・バンはサヴォワ地方で、私の記憶が正しければスイス国境に近い都市なので、事件があったノルマンディ地方とはパリをはさんで真逆の土地にあたること。

なんでまたノルマンディに?

記事を読んでいたら、彼もまた今年6月下旬にトルコ経由でシリアに入ろうとして見つかり、フランスに強制送還されたひとりとのこと。もしかしたら既に昨日、発表された第一の容疑者であるアデル・ケルミシュ Adel Kermiche と同い年ということもあり、どこかで(もちろん電脳域も含めて)意気投合した結果が、おとといのあの蛮行であり、二人が同時に絶命するという運命に至ったのかもしれません。

エクス・レ・バンの家に残る母親は、息子の死を知り、「私の息子が?ありえない! Mon fils? Impossible! 」と先ず言葉を発したとのこと。そして、事件の直前にメールが母親への愛情を語るメールが届いていたことも明らかにしました。このお母さん、お名前がヤミナ Yamina で、典型的なマグレブ出身の女性名を持ってらっしゃる。もしかすると、息子アブデルは欧州系男性との間に誕生した男児かもしれませんね。(そのうち明らかになるでしょう) 名前を検索すると、なかなかのハンサムさんです。

きょうになって、犯行を実行した男性が二人とも19歳とわかり、わが心、苦しくなっています。

とりあえず、ココまで。そんぢゃ。


le 28 juillet 2016, Samson

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by ma_cocotte | 2016-07-28 17:12 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
だから、金曜はダメよ。
金曜日のお昼あたり以降、大都市においてユダヤん商業地区や欧米人が嬉々と集いそうな公衆には今しばらく近づかない方がいいです。金曜日の午前中に祈祷を終えた原理教条過激なミュヂュルマンがぴちぴちと爆弾背負って飛び交うからです。

しばしばカトリックの御方々が主日のごミサの後、「チカラを得た」かのご発言をなさるものですが、ミュヂュルマンにとって金曜の祈祷後の心境はまさにそれに等しいものがあります。チカラを得るなり自爆するのも員数外の私には納得行きませんが、殉教すれば天国直行で70数名もの絶世の美女と交われるのですから祈祷ででヴぉおしゃんし得たチカラをもって天に昇華する「我こそは美しい」ンですかねぇ。

昨日の私は夜9時過ぎてニュウス専門チャンネルを見たところで独逸はミューニッヒ(ミュンヘンのこってす)の惨事を知りました。一夜明けて、遅ればせながら実行犯が18歳のイラン系ドイツ人(ドイツ系イラン人という表記も飛び交っていますが)の青年であり、既に自殺済みであることも知りました。彼は今頃天国で70数名もの美女といちゃついているのでしょうか・・・。

昨日の時点で私個人はイスラムとはまったく関係のない欧州の白いヒトによる犯罪ではないかとも想像していたのに、なんだかな、これぢゃ、週に一度のペースでイスラミストが関わる犯罪があっちこっちで「ある」ではありませんか。来週はココんちあたりなんてことになりませんように。

超ウルトラスーパーど田舎に住んでいても凶悪なテロ犯罪はパリや大都市で起こるのであってウチのあたりはたいちょぷなんて言えませんからね。だって、そういう私たちの地理感覚を彼らの多くは持ち合わせていません。自分の身近で「実現、実行」ですよ。Bof ニュウヨオクの写真を見せて「これがパリ」と言っても信じてくれるし、エッフェル塔の写真を見せて東京タワーだと嘘ついても信じてくれるもんです。そういう無知を互いに善に生かすのであれば善しか生まれないけれど、そういう無知を悪く扱うのであればいずれとんでもないことが起こる。それは地球上のどこであってもそうなんです。

兎に角、しばらくは金曜日の自らの行動に重々注意するにこしたこたあありません。

止めることなく「地には善意のひとに平和あれ」と祈り続けます。



le 23 juillet 2016, Brigitte

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by ma_cocotte | 2016-07-23 20:34 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(2)
地中海の西岸でのこと
地中海は西岸の、フランス共和国はニースで重篤な事件があったのは先日7月14日の午後11時でした。
こうして週末を迎え、仏蘭西の習慣上、土日の情報量が激減する中、きょうび便利なもので電脳世界では微量ながらも最新(と庶民には思われる)情報が目に入るようになりました。

日曜の早朝に私が見聞したニュウスからぼんやり思うこと。

先ず、昨日土曜の午後、イスラム国(=ISあらためDAESHだけれど、共和国内ではイスラム国 L'Etat Islamique の呼称が戻りつつあります)からニースの無差別テロ事件に関与していることが公言されたという報道。これは正直、どこまで本当かなあ?と。現時点では戦闘劣勢にあるISが当然のごとく、ニースでの惨事の情報を電脳で手に入れたことで「乗っかった」可能性もなきにしもあらず。・・・ですが、だったら同様に他のイスラム原理教条主義過激派グループが名乗り出るだろうから・・・名乗り出ないところを見ると、ISの、例のラマダン月直前の電脳での呼びかけに容疑者が応じての犯行というつなげ方を否定できないように思います。でも、イスラム国が言いだしっぺで、あの呼びかけに世界中のイスラム原理教条過激派が乗っかるのも自然かなあ。

次に容疑者の氏名が Mohamed Lahouaiej Bouhlel モハメド・ラウエジ・ブゥレルで、報道においてはMohamed Bouhlel モハメド・ブゥレルと略され始めている点。モハメドはイスラムを生活実践している家庭 に生まれた男児に命名される最も人気ある男子名で、後半の二つが苗字。チュニジア典型の苗字だと思います。これで思い出したのが、私がマルセイユの職業訓練校で一緒だったチュニジアの女性が仏蘭西国籍取得の際、自分の苗字をフランス風(?)に改め、共和国もそれを了承したことで、彼女のフランスでのIDカードは「新しい苗字」だったことです。もちろん「フランス風」というのは彼女の心象による改変であったことが第一だと思いますけれど、いずれにせよ、フランスという国ではそれが可能で、サルコぢ前大統領の苗字も父親がフランス国籍取得時に「フランス風」に改めて登録したものです。

そして、容疑者モハメッドの元妻が警察に拘留されたらしい。
この女性について名前が伏せられているものの、L'ex-femme de l'homme d'origine tunisienne と表されているので、おそらく彼女は(昨日、私が推察したとおり)チュニジア系の「フランス国籍保有者」ではないかと思います。そして、この二人の婚姻が9年前らしいので、この元妻が「フランス国籍保有者」であることを頼りに、容疑者が仏国移住。長期滞在許可証を彼女の配偶者を理由に申請したのではないかと。もうひとつは彼らの間に二人の子供がいるので、もしこの二人の子供がフランス国内で出生していたら「仏国籍者」になり、両親は彼らが成人するまで未成年の間はフランス国内に滞在する義務が発生するので長期滞在許可を養育を理由に申請できます。まあ、元妻は兎も角、容疑者本人はどちらかを理由に長期滞在申請し、認められたのでしょう。(以上、決して違法ではなく、むしろ共和国に従った手続きになります)。

そして、そして。
どうやら昨日までに5人の、容疑者モハメッドに近しい人物が警察に拘留されたとのこと。うちひとりは元妻だと思いますが。これについては、当然だと思います。どっからどう眺めても容疑者が一匹狼の単独犯だとは想像できません。今朝になって、容疑者が急速に教条原理主義者に化けたと発表があったと繰り返されていますが、だとすると、昨日の、容疑者の住まいがある団地でのご近所のムスリムさんの証言がかみ合わなくなって来ます。引っ越して一年未満だったら、「彼はラマダンをしていない」に納得行きますが、もし長年同じ団地に住んでいて、彼が急に原理教条者になったとするなら、「(去年まで、二年前まで)一緒に礼拝し、共にラマダンも過ごしたのに」と証言するでしょうにね。このあたりは内務省や軍関係者にしか真実が明かされていないのかもしれません。

もうひとつ、きょうの朝、気になったのは、ニースの事件現場にいたひとびとが当日の警備が手薄だと証言し始めていることで、これについてかなりムキになって政府が反論している点です。野党側がこれに乗っかって、現政権(つまり社会党)批判をはじめてもいるのですが。
警備の手薄について私は否定できないなあ。
正直、今年はじめに地元の国鉄駅から新幹線に乗り、パリモンパルナス駅へ。そこからシャトルバスに乗り換えてロワシ(日本ではシャルル・ド・ゴール空港という名前で知られています)に行きましたが、国鉄駅も空港も呆れるほど、がっくりするほど「警備ゼロ」でした。二人並んでだらだら歩く迷彩服を来たおにいさん、おねいさんを何度か見たけれど、あの姿を恐れてテロ実行を諦めるテロリストちゃんはいないと思いました。

そういう立派な施設や首都パリ市内は別にして、地方都市になると警備で顕著になるのが地方警察 Police municipale と中央警察 Police Nationale &憲兵隊 Gendarmerie による共同警備で、地方警察官は他の二者に比べ軽装だし、銃装備していません。普段、こういう花火などのイヴェントで交通規制で活躍するのは地方警察官ですからして、娯楽の少ないフランス共和国で花火が打ち上げられるのは年2回程度、ひとつは7月14日、もうひとつは12月31日。この両者については万民が楽しめる無料イヴェントなので、ひとびとが集い、快く興奮した状態から突然パニックに陥ったことで「警備が誰もいなかった」と証言するひとに罪はなんらないと思います。おそらくニースの場合も警備の主体は地方警察官だったのではないかな・・・とちょっと想像しています。でないと、2kmの暴走という事実がかみ合わなくなるというか。タイヤをパンクさせる方法がなかったのかな・・・などいろいろともやもや。


ニースの病院では16名のご遺体の身元が不明のままだそうです。一方で電脳世界では家族友人を探すひとびとがたくさんいます。どうか無事に見つかりますように。
兎に角、きょうも「地には善意の(すべての)ひとに平和あれ」と心ン中で射祷続けますです。


le 17 juillet 2016, Alexis


これまで何度かココでつぶやいてはいることですが。
単純な話、イスラムでの善は異教徒にとっての悪であり、異教徒にとっての善はイスラムにおいて悪であることが多く、その典型例が名誉殺人(=男性からのプロポーズを断った女性が火達磨などに遭う)や見せしめの処刑行為などです。
それらに加え、イスラム国に限ったことではありませんが、これまで長年のイスパレ問題にも関わることで、彼らの思想に聖戦で殉教した男子は天国に直行し70数名の処女と性的に交わることができるという「なんだそりゃ?」な、それこそコーランのどこに書かれているのか知りたくなる刷り込みと、乳幼児を聖戦のために差し出した場合、彼らの多くは腹巻爆弾の犠牲になるわけですが、その乳幼児もまた天国に直行し「天使になる」という刷り込みがあります。
だから、今回の事件で未成年者の絶命に涙するのは、彼らイスラム原理教条過激派ではない「普通のひとびと」です。彼らの世界では容疑者は殉教であり、今頃、天国で性的に満たされている、即死した子供たちは天国でかわいらしい天使だよ、という確信のみです。


ったく、どーかしている。
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by ma_cocotte | 2016-07-17 15:08 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)