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9月に入って、ぼそぼそぼそ。
私にとって9月 長月は嫌いな月ではありません。
8月の終わりになると9月が待ち遠しくなり、オフコースのI love youや竹内まりやのSeptemberやらEarth Wind and Fire のSeptemberが壊れたジュウクボックスのごとく繰り返し繰り返し鼻歌になって出てくるのが毎年恒例です。

今年の9月を迎えて7日となりましたが、ココんちあたりは今週に入って酷暑のぶり返しです。連日午後になると35度前後ですからアスファルトの温度がどれだけ上昇していることか。犬の散歩もよくよく考えて時間を選ばないと、犬が散歩の途中でおかしくなってしまいます。こんな異常気象を毎日午後遅くなって感じながらも、午前中と来たらかなり涼しく、寒いに限りなく近い体感です。一日の間にこれだけ極端な温度差があるせいか、身体が追いつかないように思います。気をつけなくっちゃね。

と、家の中で避難中の午後。
昨日は「ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子」と「マツコの知らない世界」のおいなりさんを視聴しました。極端な午後だったわw 「ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子」はこの夏のドラマで私個人は1、2位に位置づけです。もうひとつは「伝七捕物帖」だから、甲乙つけられない。そりゃ、よよよい、よよよい、よよよいっよい、めでてぇなあ。いや、ちょっと違うか。兎にも角にも、昨晩は「ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子」の最終回を視聴しつつ、さすがに吐き気をそこはかとなく催しましたがな。映像的には最終回はソレまでに比べりゃ目を背けたくなるようなもんではなかったように思うのですが、なんぢゃろね、台詞にやられての吐き気だったのかなあ?不思議。でも、しっかり最後まで視聴し、それなりの〆だったので、続編やらスピンオフを見たくもなりました。感想として残すならば、脇役さんについてのストーリーのつめが甘かったように思えてしまうのが残念かなあ。中途半端に消えてしまった気がしてなりません。

そして、犬の散歩をしてから、マツコさんのおいなりさん。
私個人においては歴史に残したい回、テーマでした。
今度の里帰りの時にどれだけ紹介されたおいなりさんを味見できるか・・・これが課題だ。と言える位、私はおいなりさんが好きなのでした。

と、以上、どうでもいい話でした。

一日も早く酷暑が去ってほしいです。ほんと、つらいわ。

そうでした、ココんちのいちじく。
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50は軽く実ったものの、小粒のまま熟しません。
酷暑と水不足が災いしているのだと思います。
いくつでも構わないからふっくらと熟してくれるとよいのですが・・・
期待薄いかも。



le 7 septembre 2016, Reine

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by ma_cocotte | 2016-09-07 19:44 | 『夏』 Rien de special | Comments(2)
大聖女の功罪なのかもしれないけれどさ。
昨日は午前十時から仏国営放送総合(France 2)で生中継されたコルコタの(マザー)テレザの列聖式とそれに続く主日ミサを私は毎度のごとく「~ながら視聴」しました。こんぴーたにおいてもYouTubeのヴァチカン公式チャンネルからライヴ中継されていたので便利でした。コレ ↓ ね。デオ・おグラアシアス。


おフランスでは一週前の日曜の午前にマザーテレサの生前についてドキュメンタリー番組が放映され、その翌日からコマアシャルで次の日曜日の午前十時から列聖式生中継放映と繰り返されていたせいか、傍観していると現実でもテレビ画面の中でもどこか多くのひとびとがヒステリー状態になってしまっているのではないかと想像するほどでしたが、こうして列聖式のライヴ中継を見たら、参列者はサンピエトロ広場内に納まっていたので想像より参列した一般人が少ない。現実に目を覚ますことができました。やっぱヴィジュアルって大事だね。聞いただけぢゃ妄想が災いします。

まあ、昨日は「これをもってマザーテレサは聖人になりました、まるっ」程度の締めくくりの心持だったのは私だけではないと思うし、一方で今もって「とうとうマザーテレサは聖人になったのだ」と興奮が冷めないままのひとびとも世界中にたくさんいらっしゃるのだと察します。

昨日はたまたま「マザーテレサ」で検索したらマザーについての批判文書が上位を占めていたのでちょいとヴぃくーりもしましたし、私個人の彼女への冷めた、ドンビキの感覚の理由の根と比べ、その批判が私のソレとはツボ違いに思えたのでちょっと安心したりもしました。

私のようなおば(あ)さんが未成年時にたまたまカトリックミッションスクールに籍を置いたことで、はるか昔のマザーテレサの来日やその後の各国訪問、ノーベル平和賞受賞の前後もライヴで知ってはいました。当時の批判の素は単純に2点だったと記憶しています。それは彼女が集金上手であることと、臨終洗礼がマザーテレサが有名になって以降減ったことです。

集金上手については私としては19世紀の天才がドンボスコなら、20世紀の天才がマザーテレサ程度にしか想像つきません。で、それの何が問題なのかもよくわからん。というのも、きょうび列聖審査や会議には必ず列聖にネガティヴな立場の人物が委員に存在しているので「福者某は金集めに熱心で、祈りに欠けていた。清貧から見ていかがなもんだろ?」と問う者が複数いるわけです。そういう反論者からの意見も含めて最終的に列聖が決定し、教皇がお認めするわけですから、世界に散らばるシモジモがブーブー言い続けるのは愚。意外と列聖認定は「お友達サークルでわいわい」としか概念にないひとびとが列聖について疑いと教会批判を延々と述べまくるのが世の常だったりしますね。

次に臨終洗礼については、むしろこちらの問題の方が「お金集めの天才」の話題より重要なことなのかもしれません。
昔だったら、政教一致の国においては、国民の生から死までカトリックが包括していたわけで、病院で誕生した赤ん坊がすぐ病院内の聖堂で洗礼を受けることも当たり前、孤児院に引き取られた子供が洗礼をすぐ授けられてしまうのも当たり前でした。が、これは「政教一致の、カトリックが国教の国」だからであり、宣教先の異教国の場合はどうなのだろう?と一呼吸置くのが考察する道筋の出始めではないかと思います。

マザーテレサが生涯のほとんどを過ごしたのはインドであり、インドにおいてキリスト教、カトリックはマイナー宗教です。ヒンズー教の生活文化ゆえか、インドは貧富の差が大きい国でもあるので、世界中のキリスト教新旧あらゆる派閥の団体が宣教師をインドに派遣しました。マザーテレサも最初は富裕層の女子を教育する学園に派遣されたカトリックの宣教女のひとりでした。彼女はインドで日常を過ごすことで、インドには「生まれながらに死ぬために存在する階級」が存在することや障がい者として生まれた赤子を捨てる習慣もあることを、インド国内にありながら富に恵まれた学園、修道院を囲む塀から飛び出したことで現実を知り、塀の外の広い世界でそのような枠に追い込まれた弱者たちへの救済の思いがどんどん心の中で強くなり、最後には彼女が奉献生活をしていた修道会から一度出、新たにインド巷の貧困者を救済するための修道女会の設立となったわけです。

日本ではどういう理由、心理なのかマザーが創立した「死を待つ人の家」についてばかりクローズアップされますが、おフランスではなぜか「死を待つ人の家」より路上に置き去りにされた乳幼児、障がい児の施設について強調されることが多いです。

個人的に思うに、ですが、カトリックの慣習からして、もし乳幼児の施設に引き取られた乳幼児や障がい児には洗礼が授けられているでしょうが、死を待つ人の家に引き取られた成人男女には洗礼を必ずしも授けておらず、彼ら本人の意思と意志を引き取った側の施設職員が何より尊重するというベースです。乳幼児と成人を分けて考える。もちろんわれわれがカトリック信者ならば死にゆくひとを前に愛があればあるほど天国に直行してもらいたいから臨終洗礼を授けたくなる気持ちは当然、自然です。が、おそらくマザーテレサの判断は引き取った成人がもし意識清明ならば本人の宗旨を尋ね、そのご本人が信じる宗教を尊重して「死に行く人の死」を見送り、その方のこの世の人生を締めくくられていたのだと思います。これがもし、マザーがご自分の施設に運ばれた死にいくひとびと全員にまず必ず洗礼を授け、洗礼を授けられた者のみが施設の敷居をまたげ、治療をはじめとする恩恵にあずかれるといたならば、ネットで批判をしている人物の数が幾分減ったのかもしれません。(つまり、乳幼児施設で行っているであろうことだけれど、このcan、can、canな文章に吐き気を催すわい。特権の押し付けぢゃんね。)

ここまでの話でもカトリックを知らないとよくわかんない話ですが、さらによくわかんない話を進めると、カトリックにおいて死んだひとの葬儀の形式はたいした問題ではないのです。なぜなら葬式は亡くなった本人とって秘跡ぢゃないんです。でも、ひとの死の前にいただく秘跡は死に行く本人にとってとても重要で、それは今の時代だと「病者の塗油」と呼ばれるもので、一昔前だと死の直前に一度だけ受ける秘跡でした。(余談、ルルドの聖母出現で有名な聖女ベルナデット・スゥビルは危篤時にこの秘跡を受けた後、元気に生還し、この不思議を二度繰り返し、3度目の病者の秘跡をいただいた後、帰天したのでした。これについて二度の生還時にベルナデット本人が笑い話にしていたそうです。)この病者の秘跡には通常、ゆるしの秘跡(告解)と聖体拝領がトッピングされるわけでして、異教国においてはどうしても死に行くひとを見送るために、そのひとが異教徒であるならば先ず臨終洗礼、続いて聖体拝領、告解、病者の塗油で「A Dieu、A Dios」となります。この臨終洗礼について、意外や布教国(=いずれの御時にかカトリックが国教国だったフランスのような国)の教区司祭だと「そんなこと、神学校で教えてもらってませんよ」なんて平気でおっしゃることがあるのが現実でして、司祭であるにもかかわらず彼らの概念に臨終洗礼そのものがまったくなかったりするので、宣教国からフランスはじめカトリックおマヂョリティ国に宣教国から移住しているカトちゃんズはこの点に「お気をつけあそばせ」だったりします。彼らは素直に、ご自分が病院に呼ばれるのは既に幼児洗礼を受けた人物が人生最後の告解、聖体拝領、病者の塗油を司祭であるご自分が司るから、と捉えています。そもそもフランスの公立病院では司祭にこれが許されていても、病室域において入院患者に宣教すること、洗礼を授けることは禁じられているのですから臨終洗礼の概念が植えつけられたところで病院ではそれを実行するのが限りなく難しいとなります。これまた余談ですが、フランスでは年々成人洗礼者数が増加しているという現実があるので、臨終洗礼について教区司祭も知る時期に入っていると思います。死を前にして希望するフランス人はひとりやふたりいることでしょうし。もちろん毛嫌いし、神やらカトリックについて口汚い言葉を止めずに息絶えるフランス人も何百人、何千人と存在します。

で、話戻って、インドにおいて、マザーテレサが引き取った死に向かっているひとびとに臨終洗礼を授けなかったことについて私個人はそれでいいのではないかなあと思います。ご本人が望んでいないのに無理に水をぶっかけてもねぇ。ですが、もし自分と血がつながっているひとで、ほうぼうのカトリック信者さんから「臨終洗礼を授けた方がいい。これは特例だから世俗のあなたが授けてもかまわないのよ」とルルドの水が入ったプラスチック壜を握り締めさせられたら、自分の死に行く身内を思って水をぶっかけるかもしれないし、その人物個人のキャラから考えて動かないかもしれないし、もし意識が既にないのならぴゅっぴゅっぴゅっと動いちゃうかもしれないけれど、それが果たして私個人の思いなのか、聖霊の働きなのか
わかんない
この「わかんない」は実はマザーテレサも同じ気持、考えだったンではないですかねぇ。はい。祈りに祈って出た見解が、死に行くひとご本人の意志を尊重するので、あたしは無理やり彼(女)に水をぶっかけない、なんでしょう。

それはたぶん、もしマザーテレサご自身がイスラム主義国で死に行くひととなり、イスラームの施設で終末を過ごすことになり、お世話してくださるムスリム、ムスリマから「イエス(=アラビア語だとイーサー)は神の子ではなく、ムハンマドさまより下位の預言者だと誓いなさい。誓わなかったらあなたを救いません」と言われたら?マザーテレサご自身が信じ、唱えるクレド(信仰箇条)の文面と矛盾してしまうではありませんか。これを仮定すると、ご自分の施設に次々と運ばれてくるひとびとに正論を独善で押し付け、うなずかせていいものかどうか。

臨終洗礼についてもし小教区に知らせがあれば受洗者リストに載り、年度末に統計の人数に加算され、数値が増えることになるけれど、その数を強く意識するのもいかがなものでしょう。その数だけで自ら安心できるというのも一種、病気だと私は思う。信仰というのはそういう目に見えるものの上に「ある」なんだろうし、数字で悲喜こもごもというのはちょっと、かなり「天国は遠い」気ガス・・・w

それに洗礼を受けてようが、いまいが、死んだ直後の私審判についてこの世に生きている最中のわれわれが正しく確認できないわけで・・・。そうかと言って、洗礼の有無に関係なくすべての霊魂は天国に入るという万民救済を説かれるわけわかんねー聖職者もきょうびいるし、その説教に魅了されて洗礼を受ける羊もいるし。

知らないよねぇ、そんなの。
自分が死ななきゃ真実はわからんぜよw
でも、自分がどんなパーな話を信じようが信じまいが真理にブレはなんら無しですぜ。


le 5 septembre 2016, Raïssa




しゃべくりついでに、ヴァチカンが問題視しているのは「マザーテレサ教」ですよね。ほれ、「パードレ・ピオ教」もそのひとつ。列聖した人物が信仰対象になって神についてはその聖人が信じていたし、私たちにも信じるよう勧めたので「あたしもカトリックを信じる」というヤツ。


それ、違うから。
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by ma_cocotte | 2016-09-05 18:25 | 『?』なKTOりっくん | Comments(3)
さよなら、ヨハネ。さよなら、夏。
そうでした。
こんにち8月29日は典礼暦において「洗礼者ヨハネの殉教 Martyre de saint Jean-Baptiste」の記念日でした。新約聖書だとマルコの6章17-29節にその様子が述べられています。
そのとき、ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアと結婚しており、そのことで人をやってヨハネを捕らえさせ、牢につないでいた。ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。そこで、ヘロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。ところが、良い機会が訪れた。ヘロデが、自分の誕生日の祝いに高官や将校、ガリラヤの有力者などを招いて宴会を催すと、ヘロディアの娘が入って来て踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。そこで、王は少女に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」と言い、更に、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と固く誓ったのである。少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」と言うと、母親は、「洗礼者ヨハネの首を」と言った。早速、少女は大急ぎで王のところに行き、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と願った。王は非常に心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、少女の願いを退けたくなかった。そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね、盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した。ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、やって来て、遺体を引き取り、墓に納めた。
この箇所を読んでいたら、2011年に行ったアルザスはオディール山の修院の渡り廊下を埋める洗礼者ヨハネについての古びた壁画を思い出しました。こんなところ。うすぐらー。右の牢の中でうなだれているのがヨハネ。
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この壁画 ↓ は【少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」】と尋ねているシーンだと思います。確か、少女の名前はサロメ。
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そして、首を落とされる直前のヨハネ。
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洗礼者ヨハネの斬首について、子供の頃から何度も聞かされてはいても、どうにも納得行くようで行かない話です。母親の言いなりのサロメもひどいし、ヨハネの首をねだったサロメに「それはできん」と言えなかった王もひどい。これではサロメの母親であるヘロディアが一番強い者ではありませんか。恐ろしい現実ですね。


le 29 août 2016, Jean-Baptiste



余談。
先週から日曜までひどい酷暑で、とんでもありませんでした。
ココんちの犬が熱射病症状を起こしたほどです。
が、日曜日のお昼頃から気温が平常に戻り、ヒトも犬も快適に過ごせるようになりました。
もう目の前に9月が迫っていますし、先の酷暑が最後でありますように。
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by ma_cocotte | 2016-08-29 23:26 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
この場合、帰国子女の前例はなんら関係ない。
今日の朝一番でコレ ↓ を読んでしまいました。
森永卓郎の戦争と平和講座
第72回 非暴力の前に不服従から始めよう
コレ ↑ 、明らかに論点がズレています。
もし文科省が日本国内の全児童について小学生6年間の間に海外の日本人家庭に在住し、現地校に通う義務を発するなら兎も角、日本国内の公立小学校に通う児童全員に第二外国語として英語を学ぶことを義務にするのだから、筆者の幼少時の経験と今後の日本国内の児童が教育において課せられる義務はまったく異なるものです。

筆者のように「小学校1年生をアメリカで、4年生をオーストリアで、5年生をスイスで過ごし、すべて現地の公立小学校に通った」ことで、世界のどこであろうと家庭においては日本語を用い、その結果、ご自分の思考回路が特殊になり、それが今に役立っていないという事実は第三者として「ご尤も」です。

ですが、日本国内に居住し、家庭では日本語を使い、学校においても第一言語として日本語を用いた授業を受け、週にヒトこま、フタこまの英語の授業があると仮定するならば、あくまでも第一言語は日本語であり、第二外国語が英語になります。週に一、二時間の英語の授業で英語圏、米語圏の生活文化を題材にした読書、作文、会話を学ぶことは児童に興味を与える手段になります。

森永氏個人が海外生活においてそれぞれが短期間(一年程度)で、英語圏、独語圏、仏語圏を渡り、児童が家庭では日本語、現地の公立校で現地の第一言語での日々を過ごしたところで、それは言語の遊牧民児童のひとりですし、その後の成育歴などが加わって、成人後にも児童の言語教育についてトラウマを抱いてしまうことはわからなくはありませんが、その経験は決して「一般」に化けないと思います。

英米語の言語に関わらず、音楽や美術の芸術分野、スポーツ分野など何事も家庭と学校が未来ある子供にできるだけ出会う機会、試す機会を与え、児童本人に興味を持たせ、将来の糧にすることを導くのがThe best ですよ。別に小学校の6年間で英語の授業を受けたところで苦手に思う子もいれば、なんら将来に役立てようとしない子もいるでしょうけれど、それが普通であり、自然ですよね。全員が興味を持ち、優秀になるなんて予想の方が異常です。

国際においては齢一桁のうちから英米語に触れさせている学校、家庭が多く存在するのですから、極東の島国である日本国もできる範囲で国際化にもう一歩進むのは大いに賛成です。


le 26 août 2016, Césaire



以上、あくまでも言語学的に、です。
終戦直後の国際事情など関係ないので、別に日本国内の初等中等教育において第二外国語が英米語であろうと中国語であろうとかまいません。言語学においては生後9歳までの第一言語が生涯にわたっての第一言語になるという説がありますから、海外在住の日本人家庭においてはたとえ家庭内が日本語であろうと幼稚園、小学校と一日の大部分を過ごす場所で現地語で10歳になるまで過ごしたら、その人物の思考は現地語で先ず行われている可能性が高いという仮説になります。まあ、この説が正しいとすると、幼少期に森永氏のように短期間で多数の語学圏を渡ったとすると、成人してから思考において混乱が起こり、それをスマアトにするまでそれなりの苦労が生じるのもわからなくはありません。
ですが、日本国内で生まれ、生活しており、その多くが自宅において日本語を第一言語にしており、公教育において週1、2時間の「英語の授業がある」というのは、完全に第一言語が日本語、第二言語が英語ですからね。得手不得手程度ですよねぇ。いくら日本で生まれ育って、日本の公教育を全て受けても「国語」が苦手なひとも多くいるのですから。英語の授業は古文、漢文と似たような立場ですよ。
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by ma_cocotte | 2016-08-26 16:19 | 『?』な日本國 | Comments(0)
酷暑に逆戻り
ココに「ほぼ、夏はおしまい」と送信した翌日からココんちあたりの気温はぐぅうううんと上がり、23日から連日、午後は37度超えでございます。暑い、暑過ぎる。

先ほど、おルモンドさまから今度の土曜まで酷暑が続くと情報が送られてまいりました。
もう、ふらふら・・・


le 25 août 2016, Louis

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by ma_cocotte | 2016-08-25 01:55 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)
サルコぢ屋、復活w
昨日は午前中、私はココにくだらないことを書き散らかしましたが、昨日は午後になってオリンピック閉幕を待っていたかのように政治ネタが共和国内を飛び交いました。オリンピック出場の選手団の帰国が今日火曜日なので、今日の午後以降、彼らのナマ出演が報道番組を埋めるせいもあるのでしょう。

兎にも角にも、昨日の午後はニコラ・おサルコぢ Nicolas Salkozy 前大統領が所属政党の党首の座を降り、次期大統領選挙の候補者に専念すると発表したのです。なんなんですかねぇ。私個人にとってサルコぢは過去の人物であって、今後の未来を担うために再びしゃしゃり出てくるキャラではないのですが。7月14日のニースでのテロ、7月26日のノルマンディ地方で起こった教会襲撃テロ事件をきっかけにサルコぢさんは直後の慰霊ミサに必ず登場する行動を見せてはいましたが、そういう方面で「次期大統領復活当選」の可能性をサルコぢ本人や周囲の参謀&ブレインズが見出したのでしょうかねぇ。
ゲロゲロ。
しかも、昨日の午後になってサルコぢの党首退任と次期大統領選立候補の話題が突出したことで、昨日の午前中から報道されていた仏蘭西社会党員であるアルノ・モントブ Arnaud Montebourg 氏が次期大統領選に立候補を宣言したことがちっこくなってしまいました。それでも、昨晩の仏国営放送の20時ニュウスにはアルノ・モントブ氏がナマ出演をしましたけれどね(昨日の朝に既に出演打診、決定していたのだろう)。

私個人の感覚で見ればサルコぢよりモントブの方が日本人受けする外見だし、今年の10月に54歳になるモントブの方がサルコぢより若々しくも見えます。サルコぢが醸し出すあの下品さと落ち着きのなさが改善できればよろしいのにね。・・・と、以上、第一印象ですけれど、あたしはモントブは大嫌いなので、モントブが次期大統領にでもなったらまたも「仏蘭西はもうおしまい」な気持になること間違いありません。なぜならモントブの私生活が日本で生まれ育った私にはどうにも動物的で、それはもしかするとサルコぢより動物的ではないかと思うからです。アルノ・モントブって方は常に目立っている存在ではないと思いますが、水面上に登場するたびに彼のそばにいる女性が違うので、こちらの目はそんな点でパチクリになるのです。安っぽい源氏物語仏蘭西版みたいなおっさんがモントブ・・・。ですが、私個人のこんな不快感は仏蘭西で生まれ育っていないが故に芽生えるものであって、きょうび多くのお仏蘭西びとには彼個人の私生活うんぬんは「関係ない」のです。それはサルコぢ、オランドの前例でわかっちゃいるンです。果たして、モントブが次期大統領選挙において仏社会党公認候補になるかどうかは現時点でわかりませんけれど、もしサルコぢvsモントブの最終決戦になったら、投票権のない私にはさいわいです。

・・・と、結局、こんにちもどーでもいい話でした。



le 23 août 2016, Rose de Lima

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by ma_cocotte | 2016-08-23 16:37 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(0)
ほぼ、夏はおしまい。
リオでのオリンピック夏季大会も就寝中に終わってしまいました。今朝になって、日本側が漫画世界を中心にしたアピールだったことを知りました。漫画の文化は私のような高齢者でも「ベルサイユのばら」やらかぢっているので、4年後の日本國民の中心は漫画で育った日本人が国を動かす中心でイ動いていることでしょう。そう思うと、素人ながらこういう表現は4年後の未来へのつなぎとして当然なのかもしれないと思いました。まあ、個人的には和太鼓や和楽器、日本らしいお祭りを応用して今を表現したらおもしろいのではないかと思ったりもしますが、そんなのはかなりのマイノリティな位置付けだとわかっちゃいるんですよ、これでも。

さて、ココんちあたりは先週15日以降、かなり「秋の気配」が「夏の暑さ」を圧している感じがします。太陽の日差しの強さは夏のままですが、風がぐっと冷たくなった気がします。近所の野生のミュールが次々と黒くなり、粒をふっくらさせても来たので、タッパーや袋を持参でミュールを摘む老若男女の姿も増えました。ああ、そして、日照時間がグーンと短くなり、夜明けが7月に比べ一時間近く遅くなりました。午前6時でも外は真っ暗です。

今年の夏は悪天候のせいもあり、本当に短かいものでした。
夏らしい日は一か月あったかなあ?

8月も後半に入り、共和国内の多くのご家庭では9月の新学期前の準備に取り掛かる頃となり、市井の大型店舗や専門店でも学校で使用する文房具や衣料の大バーゲンが始まりました。仏蘭西では日本ほど文房具文化が発達していないこともあり、学校でなくても主婦が家庭で用いる文房具を探すなら「イマでしょ」なのです。この時季を逃すと、店舗の端っこの文具コーナーであまりに選択肢の少ない品から選ばなければならなくなります。日本の文房具文化、ヴぁんずぁああい!なのです。(なので、日本からは文房具を仏蘭西びとにおみやげにするととても喜ばれます。)

私は例年7月、8月はココんちで過ごし、9月にカトリック文化を目当てにした旅に出ていましたが、今頃になって今年にその計画を立てていないことに気づきました。2008年から続けていたのに八年目の今年でストップとなりました。記録更新できずに寂しくも思いますが、8年続けられた方が奇跡に思えるので、でお・ぐらあしあす。早ければ来年から再スタアト、振り出しに戻りましょう。

なんてことを朝から考えていたら、きょう8月22日が旧教典礼暦で「天の元后聖マリア」のお祝い日と知り、それについて仏蘭西語ではMémoire de la Vierge Marie Reine と表すことを知りました。だから、お名前や洗礼名が Marie Reine (ラテン語だと Maria Régina)さんは今日一日、お祝いの電話がかかりっぱなしだったり、花束が届いたり、おいしいごちそうに招かれたりとうれしい一日になります。しっかし、きょうが「天の元后聖マリア」のお祝い日だなんて知りませんでした。まあ、世界中のマリア・レジィナさん、おめでとうございます。

さてと、くだらないおしゃべりを止めて、掃除、掃除。


le 22 août 2016, Marie Reine

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by ma_cocotte | 2016-08-22 15:28 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
8月15日の朝に、なんだかな。
2016年夏、8月15日月曜日。
仏蘭西は日本國から遅れること7時間で朝を迎えます。
伯剌西爾は仏蘭西から遅れること5時間で朝を迎えます。

こんにち8月15日、仏蘭西におきましては「聖母被昇天」の国定祝祭日です。
被昇天の聖母は仏蘭西の筆頭第一守護聖人です。

そして、こんにち8月15日。日本國では終戦記念日です。
国定の休日ではありません。
日本は敗戦だったので、祝えないし、お祭り気分になれないからでしょうか。
71年も経ったのだから、8月15日を国定休日にし、日本國のできるだけ多くの国民がこの日一日、戦争と平和について考える日にすればよろしいのに、と思うのですが・・・。

さて、2016年8月15日。
夏季オリンピックが伯剌西爾はリオ・デ・ヂャネイロで開催中。
きょうの朝一番でメダル獲得順位を調べたら、
1位 米国
2位 大英帝國
3位 中華人民共和国
4位 露西亜
5位 独逸
6位 仏蘭西
ですってよ、奥さん。そして、7位が伊太利亜で、続く8位が日本。

昨日14日までと大きな順位変動があり、14日の日程が終了して、仏蘭西が10位から一気に6位に上昇したのです。天においては必然でこの世においては偶然なのでしょうけれど、1位から6位まで第二次世界大戦戦勝国で占められてしまったではありませんか。しかも、数時間前に突然、仏蘭西が組するなんて、第二次世界大戦で亡命政府の仏蘭西が戦勝国に含まれたがごとくです。

なんだかなあ、これ。
日本國の選手の皆さん、がんヴぁってください。

です。


聖母被昇天の祝祭日もお昼を周りましたが、残り半日、何事もありませんように。


le 15 août 2016, l'Assomption

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by ma_cocotte | 2016-08-15 19:51 | 『行け、行くんだ!』 Allez!! | Comments(0)
やったね、ウシムラくん!
きょうの朝はほぼ午前6時半に起床。
一時間を過ぎたところでこんぴーたに火ぃ入れたので、「ウシムラくんの金メダル」を知り、うれしくなりました。

「ウシムラ」はもちろん内村航平選手の苗字をさします。
なぜ「ウシムラ」と表したのかと申しますと、昨晩、おフランスでのテレビ中継で最初から最後まで「ウシムラ」で貫き通したからです。確かに Uchimura をフランス語で発音すると「ウシムラ」なのかもしれませんが、本当の発音は当然「ウチムラ」ですし、テレビの生中継から聞こえてくる現場のアナウンスに注意するとしっかり「ウチムラ」が用いられています。もちろんおフランスおテレヴィヂョンの中継は「現場で行われている」のですから、マイクの前にいる少なくとも二名の人物とその周辺の中継スタッフも「ウチムラ」という音をイヤというほど耳にしているはずなのですが・・・

聞く耳持たない、フランス人

なんですねぇ、呆れるほど本当に。
ココ数日、報道を賑わしているおフランスおテレヴィヂョンのオリンピック中継担当アナウンサーらによる差別発言についても、私のようにフランスのどこであろうと三角形の底辺で一生を終えるひとびとと共に暮らしているとあまりに当たり前で、怒る気になったのはフランスに長期滞在が決まった最初の5年未満かなあ?と失笑する程度です。教養ある三角形の頂点に近い世界に生きるフランス人には「ユユしき問題。至急、動きます」でしょうけれど、三角形の底辺のひとびと、特に中高年齢者にとって今もアジア諸国のすべてが「元インドシナ植民地」であり、極東の島国の日本なんてスーパーで安い世界地図を買ったら「存在しない国」だし、まあ、良くて「日本は中国の一省」ですよ。現在のフランス共和国内の公立校の教育だったらココまでの偏見は心に芽生えないでしょうけれどねw

だ、か、ら、ブラジル「なんか」で、日本「なんか」の選手の苗字は正しく発音せず、フランス語読みで貫き通せるのもおフランスの中華思想、ココにあり!と白い目で傍観。公共放送でこの程度だから、普通の家屋の玄関の向こうのリビングでどんだけひどい話題が飛び交っていることでしょう。今更、怒る気にもなれないし、黄色い肌の顔が平たい族が通じない仏語発音で雄たけびあげたところで、彼らはそういう点から絡んでくるもんです(あくまでも三角形の底辺世界でのことですから、三角形の頂点に生きる仏人と「一緒にしないでください」)

昨晩、おフランスでの体操男子個人についての放映は途切れ途切れで、途中で(個人的には幸運にも)7人制ラグビーのフランスvs日本をテレビ観戦することができました。たった30分の試合時間ながら最高の逆転勝利で、とどめのゴールで日本が快勝しました。どうにもこういう試合を見ていても、世界の強豪国は日本を見くびっており、傲慢が原因で「勝てる試合を逃した」ように見えます。が、昨日のフランスチームは後半、言葉悪いけれど「ガキの試合」と思えてしまう群がりだったので素人でも彼らの焦りがわかったのではないでしょうか。日本はド根性見せた気がします。あのまま、押して押してトライでも「ス・テ・キ」でした。

そして、ラグビー中継が終わった後、おフランスおテレヴィヂオンは再び、男子体操中継。
女性解説者らしき方がどうも「ウシムラ贔屓」と思われ、5秒に少なくとも一度は「ウシムラ」の名を出す。これがずっと繰り返されていたので、こちらの脳内は「ウシムラ大運動会」になりましたが、最後のロオテエションとなり、日本人選手二人は鉄棒。で、田中選手の演技を見終えたところで、私はテレビのスイッチを切りました。なぜかというと、私の人生、私が応援すると「盛者必衰の理をあらはす」ンですね。私はウシムラ選手の金メダルを希望していたので、必衰されちゃ困る。だから、テレビを消しました。

そして、このエントリーの文頭に戻るのでした。

ああ、めでたい。祝着至極のお慶びですわよ、本当に。

きょうは良い一日を過ごせそうだ(今、午前9時を過ぎたところ)


le 11 août 2016, Claire

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by ma_cocotte | 2016-08-11 16:04 | 『行け、行くんだ!』 Allez!! | Comments(0)
本当のところがわからない。
さっき、私のFBウォールにAleteia の仏語版から、シリアはアレップのキリスト教徒居留区においてイスラム聖戦主義の攻撃が激化しているという報せが届きました。http://fr.aleteia.org/2016/08/09/alep-les-quartiers-chretiens-menaces-par-les-djihadistes/

先々週の仏蘭西はノルマンディ地方ルーアン近郊で発生したイスラム聖戦主義者によるカトリック教会襲撃事件で司祭が死亡し、事件がたった一時間足らずで終結を見たという件は瞬時に地球のほぼ全域に知らされましたが、シリアからイライラの、そう、旧約につなげると三日月地帯あたりのキリスト教聖俗信者の死者数は現在も曖昧なままです。

日本を知るひとびとにとって8月15日を目前にこのような報道が届くと、言葉に表せない複雑な思いに陥ると思います。イスラムの聖戦なるものはこの地球すべての生きとし生けるもの、その生きとし生きるものが創造した人工物もすべてがイスラムのうちに「ある」「生きている」が実現するまでの戦いなので、悲観的に片付けるならば「終戦はない」と判断するのも、私がイスラムで生きていないためです。繰り返しにしかなりませんがイスラムが地球を完全包括するにせよ、手段をまちがえてはいけません。彼らが完全包括実現のために実行している行いで「イスラムによる平和で、自然で、しあわせな世界」は実現しませんよ。

世界中で次々とイスラム原理教条過激派によるテロ事件が発生していることで、イスラム信者(という表現もイスラムにおいては納得いかない表現です。なぜなら、彼らにとってイスラームは宗教の域を超えているからです)から「イスラームは平和そのものである」という話が飛ばされていますが、この現状ではその証拠を異教徒に、というより、この地球で智を持つすべてに具体的に示す「時が来た」と思います。

というのもね、大昔からイスラームの方々と関わった私が感じ取っていることは彼らは言葉につまると「コーランに書いてある」と始まるので、「それは、コーランのどこですか?教えてください」と質問すると、たいていはコーランに書かれていないことがたびたびあったから。本当にこの世で最後の最高最善の宗教さえ越えた成熟した存在がイスラムだとするなら智と理をもって万民に証明するのが神から与えられた役割ではないですかね?

言い逃れを信じてくれないひとびとをやたらめったら殺めれば平和がやってくるなんて神の思し召しとは信じ難いっすよ。


le 10 août 2016, Laurent de Rome

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by ma_cocotte | 2016-08-10 16:42 | 『?』なメディテらねぇ | Comments(0)