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瑞典はストックホルムでテロが発生したようである。
たった今、フェイスブックに届いた情報。
本当???
・・・と、ニュウス検索してみたら、どうやら本当らしい。
だとすると、添付の写真のとおり、きょうの13時(ほぼ)ちょうどに、スウェーデンの首都ストックホルムの、本当に本当の中心でトラックが歩行者に向けて突っ込んだと思われます。

なんだな、おい。
多分だけれど、元はキリスト教が国教だった国々においては来週16日が復活祭の大祝日なので、彼らはそのお祝いができないように欧州のほうぼうで躍起になっているのではないかしらね。彼らが異教の慣習を邪魔するのは毎度毎度の常套手段ですもん。加えて、金曜の午後はユダヤんがシャバットの準備に入りますしね。あーあ。

le 7 avril 2017, Jean-Baptiste de la Salle


*全国紙おルフィガロさまの速報によりますと、既に死者2名確認とのこと。





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by ma_cocotte | 2017-04-07 23:14 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
「玉座の間」
って、いったい、なあに?
読む なり笑いが止まらない、止まらない。ああ、止まらなーい。
夢に出てきそうw

le 23 mars 2017, Alphonse Turibe






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by ma_cocotte | 2017-03-23 23:02 | 『?』な日本國 | Comments(2)
もう、いいかげんにして。 Stop! Ça suffit!
パァパ・フランチエスコが日々、善行と奉献につとめられておりますのに、隣国のお仏蘭西では10月3日にパップ・フランソワ(=パァパ・フランチエスコと同一人物)から仏蘭西の公教育における性差の教え方について名指しで難癖つけられたことで政府上層がパニック状態になり、その話題でマスコ゛ミ主催のお祭り状態がきょうもまだ続いておりましてね(失笑。

かつて一度は「カトリックの長女国」と渾名されたフランスという国では長女だからとカトリック教会にたてついても「たいして叱られないわよ」という驕り高ぶり甘えに満ちた傲慢がしっかりあるので、今回の騒動もそのうちのひとつのように思えてなりません。1905年12月以降、完全なる政教分離法が存在するしぃ、1968年の学生革命で教会にトドメを刺したンだからさーと仏政府は不定期に暴走し、長い歴史でがんじがらめにされていたカトリックの生活道徳に楯突いて新しい教えを生み出そうと躍起になっており、そうゆうことをしても「あたしは長女だからパパ(いや、教会はママンだな)はアタシを甘く見てくれるのよねー」と。ところが、今回のようにママンから「おフランスちゃんのこういう考え方やら行いは間違ってる。ダメダメねー。」と反論が出ると、仏政府は瞬時に塩をかけられたなめくじみたいになって身悶えながら「ママンったら古いわね。理解できないなんてバッカみたい。」と反論が多弁になるというみっともなさ。毎度この手のおフランスvsヴァチカン騒動を傍観している私には仏政府のよぢれ身悶える様子は面白くもあるのですが。

どーなるんでしょー ←抑揚まったくなしでどうかひとつw


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というか、10月3日に始まったこの騒動より前に、既に現在のフランスの公教育の諸問題について共和国内のカトリック世俗が抗議運動を行うことが決定されていたのです。パリでの総決起集会は10月16日日曜に行われます。これが私が手にした勧誘チラシね。10月2日のごミサの後、聖堂の出口で受け取りました。
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公教育だけでなく同性婚姻法への抗議集会でもあり、カトリックだけでなくイスラーム、ユダヤ教の生活宗旨で日常を過ごしている方々も参加しています。彼らには彼らの理詰めの屁理屈がしっかりあり、それぞれが仏政府を論破できる自信があるのも、それが「真理」だから。(「まり」ではなく「しんり」です)政府変われば変わるかも、と絶望しないでいられるのも「真理」を信じるがゆえでしょう。いや、ヒトがそれぞれ真理を信じなくても真理の中身はなんら変わらん。

ココんちあたりもカトリックゾンビが多数参加。
夜明け前にパリに向かうチャーターバスが出るざま。

ただ、公立学校の性教育うんぬんは前世紀後半にはアジャパーのハラホロヒレハレ状態なので、カトリックのおブルヂョワ家庭においては幼稚園・小学校は私立でなけりゃ自宅教育申請しているし、ユダヤ教家庭もユダヤ教私立学校が共和国内で充実しているし、イスラーム家庭は教義によって徹底した父長制度でしっかり伝播されているので、どうしても公立校に子女をいれなきゃならないひとびとへの思いやりとでも言うのですかね。政府にしてみりゃ「余計なお世話。嘴突っ込むな」なワケです。

まあ、ナンピトも(届出やら認証の手続きを守れば)抗議集会は認められるのがお仏蘭西なんざんす。


話戻って、10月3日のヂャウヂアからの航空機内での教皇発言が来る10月16日の抗議集会の主旨と連動しているのか否かは、今の私にはわからん、まる

だけれど、傍観している限り、おフランスの公立校の性教育について多くの方々からナンクセつけられてもしかたないんぢゃないかなあ? だって、ガイジンにしてみりゃ、ありゃ、普通ぢゃないもんw



le 5 octobre 2016, Faustine

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by ma_cocotte | 2016-10-05 17:38 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
天高くなりつつヒト肥ゆる秋
十月も第四日目。
ココんちあたりも急に寒くなった感があります。
ですが、連日、午前中と午後の寒暖差が20度近くあり、午前中のご挨拶ならば「寒くなりましたね」であっても、午後に他人さまと会えば「まだ暑いですわね」と言葉を交わす感じです。

とは言え、急に寒くなると、ヒトの身体もすぐ反応し、お腹の中が空いているというか、どこかチカラが入らないというか。お腹が空いていると、ブルっと寒気を感じたりもし。ですから、思いつく献立もお豆の煮込みですね。十日ほど前までお肉をBBQし、サラダと一緒にむしゃついていたのに、今はサラダよりもスープがいいかしら?と思うようにもなります。

こうして秋となり、食生活が変わりつつ数日が過ぎると、あらま、体重も上昇傾向になりますね。
そのことをわかっちゃいるのに、やめられない。どどんぱ、どん。
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うぅうううん、焼きたてのヴィエノワズリィざます。
たまにいただくと、うんまい。


le 4 octobre 2016, François

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by ma_cocotte | 2016-10-04 18:34 | 『秋』 Rien de spécial | Comments(0)
いかなる神も我々に「互いに殺しあえ」とは命じられない。
« Aucun Dieu ne peut nous demander de nous entre-tuer »

本当にそうよね・・・と、昨日午前にノルマンディーはルーアン近郊の教会で起こった蛮行から一夜明け、この記事の見出しを読み、うなずくばかりでした。

話が昨日のエントリーと重複しますが、昨日午前の事件は午前9時45分(正確には午前9時43分だったらしい)にサンテティエンヌデュルゥヴレイ Saint-Étienne-du-Rouvray という名の町のカトリック教会の小聖堂で朝ミサが始まると同時に容疑者二人がアラビア語を叫びながら飛び込んで来たらしい。日本語の新聞に教会に立て篭もり、篭城という表現が散見されますが、午前10時30分に容疑者二名は警官隊により射殺されているので、わずか45分ほどの間の出来事だったと思われます。

この9時45分から開祭された朝ミサですが、亡くなられたヂャック・アメル Jacques Hamel 神父様は午前9時半に聖堂の扉を開いたそうです。だとすると、ミサ開祭の準備のため、神父様は香部屋に入られ、祭服をお召しになるなどの準備に入られたと思います。昨日の朝ミサの参列者は隣(それとも近所?)の修道院に住む修道女お二人 3人と世俗さん2名、つまり神父様を含め計 六名が小聖堂に集っていました。おそらくですが、修道女方も午前9時半の開扉とほぼ同時に教会に入り、ミサのために祭壇周囲の準備をお手伝いなさっていたのではないでしょうか。
兎に角、そのお二人 3人の修道女のうちのひとり(昨日は心理学士との面談治療を理由に名を伏せていましたが、今朝になってSr. Danielle 、ダニエル修道女と名前が明らかになり、証言のビデオ も掲載されています)の証言から、ミサ開祭と同時にアラビア語で何かを叫びながら刀を振りかざした男性二人が小聖堂に駆け込み、(シスターが小聖堂を離れるために祭壇に背を向けた時には)彼らが既に神父様に蛮行を始めていたそうです。

昨日のこの事件で神父様は頚動脈を刀で切られ絶命。もうひとり、同様に首に刀をあてられて危篤に陥っている人物がいます。おそらく、世俗さん二人のうちのひとりで、女性ではなく男性だと想像します。昨日の時点で、私はこの推察から小聖堂にいた女性3人はいち早く教会の外に出されたのではないかと思いましたが、今朝の報道だと教会からいち早く逃げたのはSr. Danielle おひとりで、他の3名 四名(うちひとりは現在危篤)は小聖堂に残っていたようです。

そして、問題は午前10時半の、警官隊による容疑者二名の射殺が「どこであったのか」という点。わかるひとにしかわからない感覚かもしれませんが、どんな宗教でアレ、聖域内で銃撃というのは「あってはならない」わけで、もし万が一、昨日の惨劇の〆が小聖堂だったら「とてつもなくヤな感じ」が心の中に充満します。この「ヤな感じ」を言の葉に表すのは小説家でもないと難しいかもしれません。
が、今朝の報道によりますと、小聖堂に残った人質が前を歩き、彼らに続いて容疑者二人が教会の外に出たところを警官隊により射殺されたのだそうです。この時点が午前10時半丁度ということになりますわな。警察にはもちろんただひとり聖堂から出られたダニエル修道女がすぐに通報したので、それは午前10時より前でしょうね。そして、30分後に射殺となる。

うむ。

昨日の私はこの事件にぢわぢわとショックをもらいました。
第一報を知った直後は、私の共和国寄留生活でお世話になっている神父様方のお顔を次々と思い出しました。神父様方は皆、昨日、殉教(=実際に電脳内の仏語世界では神父様が21世紀のカトリック殉教者だと騒ぎ始めています)された神父様と同じく、小教区の普通の教会を任され、隣接する司祭館におひとりで住んでいらっしゃるケースが多いです。司祭不足の今、以前ならひとつの司祭館に3、4名の司祭が共同生活していたものですが、今はひとり暮らしがフランスでも普通になってしまっています。
そして、朝ミサですが、カトリックには朝ミサ、昼ミサ、夕ミサなどの習慣があり、平日にささげられる場合はたいてい神父様ご本人の聖務日課にも絡んでいることがあり、神父様がひとりぽっちでささげられることもあれば、今回のように世俗さんが出席可能に扉を開く神父様もいます。その場合は小教区のミサ案内に時間は公開されていますからね。おそらく容疑者のひとりは地元のニンゲンなので知っていたのではないかなあ。

そう、容疑者二人のうちひとりのアイデンティティが公開されたのですよ。もうひとりのアイデンティティは未発表。
アデル・ケルミシュ Adel Kermiche という19歳の青年で、現在、両親はこの町に在住。アデル本人は1997年3月25日にモン・サンテニャン Mont-Saint-Aignan というルーアンの北方の町で生まれました。事件があったサンテティエンヌデュルゥヴレイ Saint-Étienne-du-Rouvray はルーアンを挟んで反対、ルーアンの南に位置する町です。19歳の若さながらこれまで2度、イスラム国亡命に失敗し、平日午前のみの外出以外、家族の監視下にあるという条件で生活していたそうで、身体の足だか手に24時間監視の輪っかがくっつけられていたとのこと。なんか犬みたいでヤだなあと思いましたが、彼ら二人は爆弾と称してアルミホイルにくるんだ何かを聖堂に持ち込み、聖堂内の5名を威嚇したそうです。

出たな、アルミホイル。

この話題は一年以上前になりますか、地中海側で妊娠を装った女性の膨らんだお腹にアルミホイルでくるんだ爆弾を発見したという事件があり、その時にアルミホイルにくるまれた爆弾は監視システムに引っかからないという話が飛び交ったのです。おそらくイスラム国支援者の間でこれが信じられているンですな。なるほど。

昨日は遅くになって、サンテティエンヌデュルゥヴレイ Saint-Étienne-du-Rouvray にあるモスクのイマムが「最高の友を失った」と涙に明け暮れているという記事を読み、同情に堪えませんでした。そして、たった二週間前にお子さんの洗礼を神父様に授けていただいたばかりの家族の証言や涙に暮れる町長さんのインタビュウやら・・・・目頭熱くなってしまいました。

電脳においてイスラム国の拠点がどこにあるのか私は存じませんが、ヨソの宗教の聖域に土足で入り、聖職者殺害の蛮行をなぜ今、命じたのか? それが本当に気になるところです。

フランスの庶民(おそらく地方に生きる庶民)の間では今世紀中に「市民戦争(内戦)がある」という話題が繰り返されており、もしそうなった時に(敵が異教徒であれ、共産党であれ)最初の犠牲になるのはカトリック聖職者であり、続くは修道者だと言われていたので、カトリック聖職者の中には既にそれなりの覚悟をもって日々を祈り生きていらっしゃる方もいます。そういう覚悟を表明せずとも、今回のこのような事件が実現してしまうと、これは市民戦争勃発への引き金が引かれたような錯覚を覚えたりもします。事実、カトリック教会がいくら武器は祈りと兄弟愛のみと繰り返したところで、政治家からは好戦的発言が見え隠れし始めてもいます。

イスラム国の世界には私たち員数外には理解しがたい思考があり、昨日の事件で彼らの兵士二人は射殺という結果に終わり、私たちならば「大事な兵士を二人失った」となりますが、彼らにとっては「我々の兵士は天国に直行し、今は天国で全ての欲求が満たされしあわせである」となります。そして、彼らにとってイスラムに改宗しない「愚かな異教徒」の首を切って絶命させたことはとてつもない「成功」であり、「賞賛される行い」です。つまり、昨日の事件はイスラム国にとっては「成功」ですから、今後、同様の事件が続く可能性があります。

華々しい大都市ではなく、
地方の、田舎の教会での蛮行ですよ。

そんなこと、大都市だろうが田舎だろうがあってはなりません。

でも、現実においては警備の甘ったるい、田舎の教会を守っている神父様、そこに通うひとびとが危険にさらされていることになります。昨日の事件を境に、世界のどこであれ、私たちは恐ろしい時に突入してしまったように思います。エルサレムで大変なことが起こりませんように。(ロオマは二の次だべ)


le 27 juillet 2016, Aurèle




タイトルの話になるけれど、自分を崇めないひとを「殺せ」と命じる神ってアタマおかしいとちゃいますか?

あたしもヒトのこと言えないけれど、聖典だか啓典を見たところで読んではおらず、加えて読解力に問題がある。
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by ma_cocotte | 2016-07-27 16:58 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
我々の武器は「祈り」と「兄弟愛」のみである。
L’Eglise catholique ne peut prendre d’autres armes que la prière et la fraternité entre les hommes.

きょう2016年7月26日はポーランドのクラコフという地方都市で世界中から青少年が集うカトリックの一大イヴェント World Youth Day (略称WYD、仏語略称はJMJ)の開催初日です。仏蘭西という国では元はカトリック国境国ではありましたが、近年の共和国民におけるカトリック信徒率は5割強でイイとこ。そんな現実であっても、きょうから始まる大レースぢゃなくて大イヴェントについて地上波の、普通のニュウスで3番目に紹介されるのだから、カトリックもまだ仏蘭西において捨てたもんぢゃないのかもしんない、と思った矢先に悲惨なニュウスが私の目や耳に入ってきました。

それはお昼少し手前で、どういうわけかマルセイユの地方新聞La Provence のFacebook向けの速報によるものでした。事件はノルマンディー地方のルーアンという都市(ジャンヌ・ダルクが火あぶりの刑に処せられた都市だったかな)の近郊の小さな町サンテティエンヌデュルゥヴレイ Saint-Étienne-du-Rouvray のカトリック教会聖堂に2名の賊が入り、司祭が殺害され、2名の賊は午前10時半に警官隊により絶命されたとのこと。

と、ココまでの報道を読んだところで私は外出。
きょうは火曜日だし、朝に聖堂に飛び込んだところでなぜ神父様が聖堂内にいらしたのだろう?もしかして賊は司祭館に入ったのか?それとも朝ミサだったのかな?などなど思いつつ、日頃、お世話になっている神父様方のお顔を思い出し、とてつもない不安に襲われました。

そして、私は午後2時頃に帰宅し、ニュウス専門チャンネルを見ると、もちろん報道はかなり詳細に進んでいました。案の定、賊は朝ミサがささげられている最中の聖堂を襲い、司式していた84歳になる司祭(ヂャック・アメル Jacques Hamel 師)の首を刀でかっさばいて殺害(一部の日本語の新聞に犠牲となった司祭に「司教」と冠していますが、彼は司教でも、引退司教でもありません)、もうひとり人質となった人物は現在危篤とのことで、この方も神父様と同じく首を切られたらしいです。
そして、賊二人はイスラム国の構成員(この事実は外れて欲しかったです)。
フランソワ・オランド大統領とカズヌウヴ内務大臣がパリから現場にかけつけ・・・現在進行形・・・ですかね。

やっぱり朝ミサの最中だったんだ。
彼らは「アッラー、アクバル」と大声をあげながら刀をふりかざして聖堂内に突入したそうです。

以下、あくまでも私見ですが、市民戦争への引き金が引かれてしまったような気がしてなりません。
というのも、あのイスラエルだろうと、米国だろうと、仏蘭西だろうと、ありとあらゆる宗教の聖所、つまり礼拝所、祈祷所に異教徒が互いに土足で踏み込まないことで「平和を保つ保障」になっていると思うからです。日本びとにとって難しいかもしれませんが、ニースの事件にしろ、シャルリ・エブドの事件にしろ、バタクラン劇場にしろ「聖所」とは異なるのです。ところが、きょうのように、イスラム国につながる人物(おそらくイスラム原理教条過激主義者)が異教(この場合、キリスト教カトリック)の聖所に、しかもミサという神を賛美する儀式の最中にズカズカと入り込み、儀式を中断させ、儀式を司っていた人物を死に至らしめたことになります。

簡単に表すならば「タブーに触った」でしょうかねぇ。
瞬時に塩になっちゃうような取り返しのつかない恐ろしさを覚えます。
これ、いかがなものでしょう?
彼らがやっても、あたしはぜったいやらない。
としか思い浮かびません。他人様が必死に祈っているところを邪魔する気にはなれませんぜ。神社仏閣教会でなくても、家庭でだってお仏壇や神棚に手を合わせている家族をそっとしておくのが互いの思いやりではありませんか?

が、しかし、こんな私が猛烈に不安を覚えることは原理教条過激思想者はイスラームに限らず、キリスト教にだって一定数、存在するわけです(もちろんユダヤにも存在する)。今回のこの事件を境に、そういうキリスト教のパーが共和国内のイスラムの祈祷所(モスクなど)に報復したらとんでもない未来が発生することになります。どこぞの国と同じように過去にカトリックが国教であったことを悪用する政党や政治家ももちろん仏蘭西にだって存在するわけで。

仏蘭西のカトリック中央協議会からは既に「我々の武器は人類における祈りと兄弟愛以外にない」と発表があり、これはどんな挑発があってもカトリック教会は武力、暴力で応じることはないという表明にあたると思います。


今も分刻みで新しい情報がテレビ画面で見聞できますが、こうして仏蘭西の超ウルトラスーパーど田舎に住むガイジンの私がぼんやり思うことは、こうしてノルマンディーのルーアン(ココんちから車で約4時間ちょい)の、旧市街ではなく市街地の普通の、たいしたものが何もない町の教会でこんなことが発生してしまい、しかも実行犯は死亡したとはいえ、異教徒の殺害に成功したという事実になってしまうと、共和国内のあちらこちらに潜伏する彼らが次々と彼らの地元で実行を始めるのではないかということです。

前も書いたけれど、移民や難民の出が多いイスラムを生活信条とするひとびとにとってパリもニュウヨオクも東京も「違いがわからない」に等しいのです。彼らの特徴は自分の知っている範囲で大中小が決まるから、わざわざ上京して犯行などしません。身近で実行する。パリはパリ近郊に住むひとに任せりゃいいんです。オレさまは地元で決行、自爆して、天国に行くぜ・・・なんでしょうけれどね。

現時点では犯人さんは現場で死んでしまい(って、聖堂内で殺害されたのだとしたらそんなことあっちゃいけねーわけですよ)、今頃犯人のお二人さんは天国で70数名の美女といちゃついているのでなぜ今日決起したのか理由を伺い知ることも部外者にはできませんが、もしかしたら犯人たちは今日から「カトリックで大きな集会がある」から自分たちの知っている地理上の範囲内にあるカトリック教会に突入したのではないでしょうかね?

だとすると、ココんちの近所の小教区だってヤバいです・・・。
自警団結成かなあ・・・。


le 26 juillet 2016, Anne et Joachim




彼らは金曜日でなければ、異教徒の祝祭日にやらかすってことだな、こりゃ。Bof


【追 記】
朝ミサは午前9時45分から教会内の小聖堂で開祭だったらしい。
司式は殺害された司祭おひとりで、参列者が教会の隣の修道院に住む修道女2名と二人の世俗さん、計5名が小聖堂にいたとのこと。思うに、神父様と世俗さんのうちのひとりが男性で、このお二人が頚動脈を刀で切られたのではないでしょうか。(あくまでも仮説ですが)シスターお二人と世俗さんの女性3名が(さいわいにも)小聖堂から退出できた?
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by ma_cocotte | 2016-07-26 22:19 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
だから、金曜はダメよ。
金曜日のお昼あたり以降、大都市においてユダヤん商業地区や欧米人が嬉々と集いそうな公衆には今しばらく近づかない方がいいです。金曜日の午前中に祈祷を終えた原理教条過激なミュヂュルマンがぴちぴちと爆弾背負って飛び交うからです。

しばしばカトリックの御方々が主日のごミサの後、「チカラを得た」かのご発言をなさるものですが、ミュヂュルマンにとって金曜の祈祷後の心境はまさにそれに等しいものがあります。チカラを得るなり自爆するのも員数外の私には納得行きませんが、殉教すれば天国直行で70数名もの絶世の美女と交われるのですから祈祷ででヴぉおしゃんし得たチカラをもって天に昇華する「我こそは美しい」ンですかねぇ。

昨日の私は夜9時過ぎてニュウス専門チャンネルを見たところで独逸はミューニッヒ(ミュンヘンのこってす)の惨事を知りました。一夜明けて、遅ればせながら実行犯が18歳のイラン系ドイツ人(ドイツ系イラン人という表記も飛び交っていますが)の青年であり、既に自殺済みであることも知りました。彼は今頃天国で70数名もの美女といちゃついているのでしょうか・・・。

昨日の時点で私個人はイスラムとはまったく関係のない欧州の白いヒトによる犯罪ではないかとも想像していたのに、なんだかな、これぢゃ、週に一度のペースでイスラミストが関わる犯罪があっちこっちで「ある」ではありませんか。来週はココんちあたりなんてことになりませんように。

超ウルトラスーパーど田舎に住んでいても凶悪なテロ犯罪はパリや大都市で起こるのであってウチのあたりはたいちょぷなんて言えませんからね。だって、そういう私たちの地理感覚を彼らの多くは持ち合わせていません。自分の身近で「実現、実行」ですよ。Bof ニュウヨオクの写真を見せて「これがパリ」と言っても信じてくれるし、エッフェル塔の写真を見せて東京タワーだと嘘ついても信じてくれるもんです。そういう無知を互いに善に生かすのであれば善しか生まれないけれど、そういう無知を悪く扱うのであればいずれとんでもないことが起こる。それは地球上のどこであってもそうなんです。

兎に角、しばらくは金曜日の自らの行動に重々注意するにこしたこたあありません。

止めることなく「地には善意のひとに平和あれ」と祈り続けます。



le 23 juillet 2016, Brigitte

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by ma_cocotte | 2016-07-23 20:34 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(2)
地中海の北岸でのこと
土曜の朝は、いつもどおり午前5時半に起床し、テレビに火ぃ入れたら、またも特別報道体制で、それはニースからではなく、地中海は北岸に位置するトルコでク・デタ (これっておフランス語で、Coup d'Etat なんですよね。ナニを今更w)らしきことがあったと。こちとら低学歴でフランス語もこなせないまま共和国内に長期滞在している者なので耳をそばだてたところで、それは世界のどこであっても同じク・デタならではの情報錯綜状態。私の頭では追いつかないわけです。だから、トルコでのク・デタについては(申し訳ないけれど)しばらく静観を決めながらも、トルコについていろいろ脳内フロッピ(死語w)が動きました。

まず、トルコですが。
日本國からトルコと欧州関係を眺めると、最初に思い浮かぶのが独逸だと思います。先日終わったサッカー欧州杯でも独逸にトルコ系の選手が数名いた記憶あり。一方、フランスで移民と言えば北アフリカ(マグレブ3国)を思い浮かべてしまいますが、トルコからの移民はフランスにもかなり多いです。多くは労働移民と思われ、私が住んでいるあたりでもトルコ系の方々のかなりはっきりしっかりした「もの」があります。一昔前ならば石を扱う職人さんはポーランドやポルトガル系でしたが、今、バリバリピチピチの石工さんの多くがトルコ系の青年層です。

トルコもイスラムの国だからマグレブや中近東の移民さんたちと仲がいいのだろう、と捉えてしまいがちですが、
それは違います。
もしそうゆう状況が生まれるとするならば、それは彼らが異教徒を前にした時に、突然「イスラムなコンパトリオット」と化します。こういう化け方は実はマグレブ三国(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)の間でもそうで、彼らは決して仲が良くないけれど、異教徒を交えると「仲良くなる」。でも、マグレブ三国や中近東の移民とトルコからの移民の間には深い溝があります。なぜかと言うと、トルコさんはアラビア語を話しません。トルコさんのイスラム実践生活はマグレブさんから見ると「甘い、なっちゃない」ですし、トルコさんはイスラムでもムハンマドさまの血につながらないからです。トルコさんから言わせると、あっさり「私たちをマグレブ移民と一緒にしないで。彼らが話すアラビア語はちんぷんかんぷんだし、なにしろ現代トルコの祖アタテュルクはコーランを投げつけて政教分離を実行したほどのひとだから、我々のイスラム精神は彼らとは違う」と。

確かにイスラームは民衆の生活スタイルだけでなく、政治、経済、法律も含んだ「この世で最後の完全なる宗教」なので、トルコのようにイスラムを信じていても、政教分離であるというのはイスラームには納得いかない形なのです。

だから、イスラム教のモスクと言っても、フランスだと完全なる住み分けがあり、トルコ人が集うモスクとマグレブが集うモスクが移民が一定数住まう市町には両方ありますし、住まいもトルコマジョリティの団地とマグレブマジョリティの団地に分かれてもいます。余談ですが、近年、コソボやチェチェンなどのイスラムの移民をマグレブマジョリティの団地に住まわせたことで(註・移民難民は共和国入国後、自由に住まいを選ぶのではなく、政府から指定された都市に住むことになります)、現在、しばしば見聞する揉め事はマグレブvsコソボ&チェチェンです。トルコではない)

さてさて、おフランスの市井での話。
トルコの労働移民の流入は現在も進行形なんですが、近年、明らかに変わったことがあります。それは労働者の配偶者にアタマを覆い隠し、ロングスカアトを身に着ける夫人が増えたことです。この様子に、一昔前にフランスに居住し始めたトルコ系のひとびとが首を傾げ始めた。
「あの外見はトルコぢゃない」
そして、そういう疑問や違和感を彼らの中で話し合ったり、調べたのでしょうね。そういう格好をする婦人に一見だと完全に欧州人なトルコ女性が「そういう格好はトルコっぽくない」と意見したら、彼女たちは「夫の望みであり、命令なのでこういう格好しか私はできないのです」と返答したのだそう。そして、古いトルコからの移民さんの説明だと、アンカラ、イスタンブール、イズミールなど大都市圏からの移民とトルコの地方からの移民では「まったく相容れない格差が出てしまった」と。で、彼らは必ず「アタテュルクはコーランを投げつけた」という逸話を喜びをもって語るわけです。

そういう変化が市井に始まって数年後、トルコ本土でアタテュルクの精神から遠のいていく現象が政治の世界で始まり、傍観者としては地方のイスラム原理化傾向の表れの始まりを予感させられたことになります。イスラームの「この世で最後の完全なる包括宗教」から見たら「政教完全分離」はイスラームではないのです。だから、イスラームで決められたことを基本に生まれてから死ぬまで生活実践を怠らないのであれば、一生のどこかで「政教分離っておかしくね?」という疑問や葛藤が芽生えるわけです(ココが運命の分かれ道)。イスラームにわが身と人生そのものを委ねれば、何も考えなくても、悩みもなく、生涯安泰なわけです。自分の魂が肉体から抜けた後の埋葬完了までしっかり決まりがあるのよ、イスラームには。

だ、か、ら、現時点でトルコ政府に対して個人の自由が奪われていくことへの抗議あっての「ク・デタ運動」というのは、昔で言う「西側諸国」にはク・デタ実行者側に同情の余地が大いにあり、なんですよ。それが、今、報道に上っているトルコ側が米国に要求しているギュレン師(=イスラム教指導者、米国亡命者)の引渡し要求ですよね。

日本國で保守層になると、今回のク・デタもトルコ政府に歯向かった連中が「悪い」と先ず捉えてしまうかもしれませんが、冷静に眺めると、今回のク・デタ首謀者側はトルコ政府がアタテュルク精神からどんどん離れていくことへの危機感の表明だったように思えます。うぅううん、もしそうだとすると、私はク・デタ実行者側に同情しちゃうなあ。このままだと、トルコがアタテュルク以前の時代に戻りかねません。イスラム世界にしてみればめでたいことなのかもしれないし、そうなったらトルコはアルファベット表記のトルコ語を衰退させ、地中海を囲むイスラム宗旨国に倣いアラビア語を広めるのかもしれない。(そんなことないだろうけれど)。

地理的に見れば、かのイスラム国に移住を希望する者のほとんどがトルコ経由でシリアやイラクのイスラム国占領地区に入っているのだから、その国境に接するトルコ側の住民がイスラム原理化しているのは自然です。だって、「何も考えないで従っていれば生涯安泰」が彼ら原理教条主義者の売りwなんですから。


兎にも角にも現時点で、トルコ政府がク・デタ事件についてやらかしていることを眺めていると、21世紀から15年過ぎた今でもトルコという国は「チカラで成敗する国」だという印象を持ってしまうし、トルコがいくら否定してもアルメニア系のひとびとを虐殺した過去がオーヴァーラップしてしまいますね。もっと古くはレパントの戦いとかさ、うっかり思い出してしまった。
ですが、「チカラでねぢ伏せる」というのはとてもイスラムであり、旧約聖書的であるので、今のトルコ政府が「欧州と仲良しになりたい」と今も望んでいるのであれば、この二日間にトルコ政府がク・デタ実行者に行っていることは欧米には納得いかないことではないかと思います。(と、ここで米国へのギュルン師引渡し交渉に戻る。)米国はギュレン師をトルコに渡さないと思うよ。今のところ、ギュレン師本人は今回のク・デタ事件の関与を否定しているそうですが、もし関与しているとなると、その昔、大英帝國に亡命していたシャルル・ド・ゴールが仏蘭西本土の救済に働いたこととどこか重なるような気がしないでもありません。

員数外のあたしの暴言になりますが、トルコ政府もイスラム国も「敵とみなしたもの」にチカラをもって、手段選ばずにやってることがそんなに変わりないというのがイタいっす、まる 自らにとって敵対する分子とは言え、ヒトの生命を殺めるのはいかがなものかと思います。

2020年のオリンピック候補地最終決戦はイスタンブールと東京だったよなあ(と、遠い目)


le 17 juillet 2016, Alexis

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by ma_cocotte | 2016-07-17 17:06 | 『?』なメディテらねぇ | Comments(0)
地中海の西岸でのこと
地中海は西岸の、フランス共和国はニースで重篤な事件があったのは先日7月14日の午後11時でした。
こうして週末を迎え、仏蘭西の習慣上、土日の情報量が激減する中、きょうび便利なもので電脳世界では微量ながらも最新(と庶民には思われる)情報が目に入るようになりました。

日曜の早朝に私が見聞したニュウスからぼんやり思うこと。

先ず、昨日土曜の午後、イスラム国(=ISあらためDAESHだけれど、共和国内ではイスラム国 L'Etat Islamique の呼称が戻りつつあります)からニースの無差別テロ事件に関与していることが公言されたという報道。これは正直、どこまで本当かなあ?と。現時点では戦闘劣勢にあるISが当然のごとく、ニースでの惨事の情報を電脳で手に入れたことで「乗っかった」可能性もなきにしもあらず。・・・ですが、だったら同様に他のイスラム原理教条主義過激派グループが名乗り出るだろうから・・・名乗り出ないところを見ると、ISの、例のラマダン月直前の電脳での呼びかけに容疑者が応じての犯行というつなげ方を否定できないように思います。でも、イスラム国が言いだしっぺで、あの呼びかけに世界中のイスラム原理教条過激派が乗っかるのも自然かなあ。

次に容疑者の氏名が Mohamed Lahouaiej Bouhlel モハメド・ラウエジ・ブゥレルで、報道においてはMohamed Bouhlel モハメド・ブゥレルと略され始めている点。モハメドはイスラムを生活実践している家庭 に生まれた男児に命名される最も人気ある男子名で、後半の二つが苗字。チュニジア典型の苗字だと思います。これで思い出したのが、私がマルセイユの職業訓練校で一緒だったチュニジアの女性が仏蘭西国籍取得の際、自分の苗字をフランス風(?)に改め、共和国もそれを了承したことで、彼女のフランスでのIDカードは「新しい苗字」だったことです。もちろん「フランス風」というのは彼女の心象による改変であったことが第一だと思いますけれど、いずれにせよ、フランスという国ではそれが可能で、サルコぢ前大統領の苗字も父親がフランス国籍取得時に「フランス風」に改めて登録したものです。

そして、容疑者モハメッドの元妻が警察に拘留されたらしい。
この女性について名前が伏せられているものの、L'ex-femme de l'homme d'origine tunisienne と表されているので、おそらく彼女は(昨日、私が推察したとおり)チュニジア系の「フランス国籍保有者」ではないかと思います。そして、この二人の婚姻が9年前らしいので、この元妻が「フランス国籍保有者」であることを頼りに、容疑者が仏国移住。長期滞在許可証を彼女の配偶者を理由に申請したのではないかと。もうひとつは彼らの間に二人の子供がいるので、もしこの二人の子供がフランス国内で出生していたら「仏国籍者」になり、両親は彼らが成人するまで未成年の間はフランス国内に滞在する義務が発生するので長期滞在許可を養育を理由に申請できます。まあ、元妻は兎も角、容疑者本人はどちらかを理由に長期滞在申請し、認められたのでしょう。(以上、決して違法ではなく、むしろ共和国に従った手続きになります)。

そして、そして。
どうやら昨日までに5人の、容疑者モハメッドに近しい人物が警察に拘留されたとのこと。うちひとりは元妻だと思いますが。これについては、当然だと思います。どっからどう眺めても容疑者が一匹狼の単独犯だとは想像できません。今朝になって、容疑者が急速に教条原理主義者に化けたと発表があったと繰り返されていますが、だとすると、昨日の、容疑者の住まいがある団地でのご近所のムスリムさんの証言がかみ合わなくなって来ます。引っ越して一年未満だったら、「彼はラマダンをしていない」に納得行きますが、もし長年同じ団地に住んでいて、彼が急に原理教条者になったとするなら、「(去年まで、二年前まで)一緒に礼拝し、共にラマダンも過ごしたのに」と証言するでしょうにね。このあたりは内務省や軍関係者にしか真実が明かされていないのかもしれません。

もうひとつ、きょうの朝、気になったのは、ニースの事件現場にいたひとびとが当日の警備が手薄だと証言し始めていることで、これについてかなりムキになって政府が反論している点です。野党側がこれに乗っかって、現政権(つまり社会党)批判をはじめてもいるのですが。
警備の手薄について私は否定できないなあ。
正直、今年はじめに地元の国鉄駅から新幹線に乗り、パリモンパルナス駅へ。そこからシャトルバスに乗り換えてロワシ(日本ではシャルル・ド・ゴール空港という名前で知られています)に行きましたが、国鉄駅も空港も呆れるほど、がっくりするほど「警備ゼロ」でした。二人並んでだらだら歩く迷彩服を来たおにいさん、おねいさんを何度か見たけれど、あの姿を恐れてテロ実行を諦めるテロリストちゃんはいないと思いました。

そういう立派な施設や首都パリ市内は別にして、地方都市になると警備で顕著になるのが地方警察 Police municipale と中央警察 Police Nationale &憲兵隊 Gendarmerie による共同警備で、地方警察官は他の二者に比べ軽装だし、銃装備していません。普段、こういう花火などのイヴェントで交通規制で活躍するのは地方警察官ですからして、娯楽の少ないフランス共和国で花火が打ち上げられるのは年2回程度、ひとつは7月14日、もうひとつは12月31日。この両者については万民が楽しめる無料イヴェントなので、ひとびとが集い、快く興奮した状態から突然パニックに陥ったことで「警備が誰もいなかった」と証言するひとに罪はなんらないと思います。おそらくニースの場合も警備の主体は地方警察官だったのではないかな・・・とちょっと想像しています。でないと、2kmの暴走という事実がかみ合わなくなるというか。タイヤをパンクさせる方法がなかったのかな・・・などいろいろともやもや。


ニースの病院では16名のご遺体の身元が不明のままだそうです。一方で電脳世界では家族友人を探すひとびとがたくさんいます。どうか無事に見つかりますように。
兎に角、きょうも「地には善意の(すべての)ひとに平和あれ」と心ン中で射祷続けますです。


le 17 juillet 2016, Alexis


これまで何度かココでつぶやいてはいることですが。
単純な話、イスラムでの善は異教徒にとっての悪であり、異教徒にとっての善はイスラムにおいて悪であることが多く、その典型例が名誉殺人(=男性からのプロポーズを断った女性が火達磨などに遭う)や見せしめの処刑行為などです。
それらに加え、イスラム国に限ったことではありませんが、これまで長年のイスパレ問題にも関わることで、彼らの思想に聖戦で殉教した男子は天国に直行し70数名の処女と性的に交わることができるという「なんだそりゃ?」な、それこそコーランのどこに書かれているのか知りたくなる刷り込みと、乳幼児を聖戦のために差し出した場合、彼らの多くは腹巻爆弾の犠牲になるわけですが、その乳幼児もまた天国に直行し「天使になる」という刷り込みがあります。
だから、今回の事件で未成年者の絶命に涙するのは、彼らイスラム原理教条過激派ではない「普通のひとびと」です。彼らの世界では容疑者は殉教であり、今頃、天国で性的に満たされている、即死した子供たちは天国でかわいらしい天使だよ、という確信のみです。


ったく、どーかしている。
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by ma_cocotte | 2016-07-17 15:08 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)
チュニジアからやって来た一匹狼
一夜明けて・・・というか、正確には二夜が過ぎて迎えた週末でしょうか。

昨晩から、ニースの海岸で行われた7月14日(和訳されるとなぜか革命記念日)を祝賀する花火大会の見物客にトラックで突入した人物のアイデンティティカードがなぜか白黒で公開され始めました。なんで白黒なのか理由を知るのは限られた共和国民なンでしょうけれど、彼のカードはあたしの10年滞在許可証カードと同じものでした。だから、彼はチュニジアと仏蘭西の両国籍を持った者でもなければ、仏蘭西で生まれたチュニジア系のひとでもない。彼は仏蘭西はニースに寄留している単なるチュニジア人、ガイジンなのです。

そして、彼は二人の子を持つ父親であり、妻とは最近別居、離婚の話を進めていたらしいです。←コレはもしかすると、マグレブ(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)三国からの移民によくある理由、つまりマグレブの本国では離婚が難しいので夫婦揃って仏蘭西に移住し、離婚申請するパターンだったのかも?しれません。そう仮定すると、配偶者側がおそらく4祖父母のうち少なくともひとりが仏国籍を持っているので、彼女がチュニジアと仏蘭西の二重国籍者になります。だとすると、彼が彼女の特典に乗っかって仏蘭西に入国し、彼女の配偶者として10年滞在許可をもらった・・・となる。これ、私個人としては合点が行くなあ。でなければ、おフランスの長期滞在許可は出ないもの。

ま、こんな私の推測は当たりはずれがあるレベルだから横に置き、次に、今朝も午前5時半に起床後、いつもどおりニュウス専門チャンネルを「~ながら視聴」していたら、この容疑者が住んでいた共同住宅(おそらくHLM、公団)のご近所さんへのインタビュウが繰り返し流されていました。ひとりはマダムで「ああ、あのひと、いっつもひとりぽっちだったわあ」というもので、もうひとりはおそらくマグレブ系のムスリムのおぢさん。このおぢさんの証言だと容疑者はいつも孤独で、礼拝にも来ないし、酒も飲んでいたようだし、ラマダンもしていなかった、とのこと。おいおいおい、どこのイスラム原理教条主義の隠れテロリストが近所のひとの良いムスリムさんと一緒に同じモスクに行き、生温いイマムの説教を聴くのだ?となりますわな。しかも、お酒についてはムスリム、ムスリマさんによくある話で、酒とタバコの臭いを知らないのに、概念にないのに、自分と違う何かが他人にあると根拠なく酒のせいにするという難点です。根拠を示してもらいたいものだな、と正直思いました。もうひとつ、ラマダンについてはモスクでの金曜礼拝不参加と同様に、どこのイスラム原理教条主義の隠れテロリストがラマダン中の日没から夜明けまでご近所を廻ってドンチャン騒ぎしますか?となります。文明の利器でこさえた料理なんぞ、彼らは食べませんよ。ムハンマドさまの時代にガスボンベで調理していましたっけ?

・・・と、団地のおぢさんは典型的なマグレブのヒトの良い、単細胞な自己中さんなのでした。ま、このおぢさんに限ったことではありません。マグレブさんの男女にかなりいます。容疑者もラマダン中一緒に騒げばよかったのにね。あり得ないけどw

そして、容疑者が一匹狼だったので、自宅でこんぴーたを通してのイスラム国からの呼びかけにその気になってしまったのではないかという話。これについては、ラマダンに入る直前に在仏日本大使館からのメールでイスラム国がラマダン中のテロをネットでよびかけているという内容をもらっていた記憶があるので、納得。ですけれど、本当に一匹狼だったのだろうか?という疑問はアリ。だって、トラックで突っ込んだところまでならば一匹狼のガイジンにできないことはありませんが、もしその一匹狼が銃を持っていたとなると、その銃はガイジンの一匹狼がどうやってフランス国内で手にしたのか、となりますよ。支援者、いるよね・・・ふん。

さて、仏蘭西共和国ではきょうから月曜日まで3日間、共和国全体で喪に服すことになっており、月曜日は共和国内で一斉に黙祷を正午に行うそうです。そんな話を昨日耳にしたので、今朝は黒い服を引っ張り出し、それを着て外出しました・・・けれど、私が住んでいるような超ウルトラスーパーど田舎で、しかもゾンビな農民だらけの世界では喪=黒い服という概念がまるでなく、旧市街は華やかな夏らしい装いをまとったひとびとで溢れかえっていました。

ま、黒装束はおされだからあたしゃ、きょう一日真っ黒で過ごすことにするわさ。

兎にも角にも、シューキョーを取っ払って「地には善意のひと(すべて)に平和あれ」です。



le 16 juillet 2016, Carmel
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by ma_cocotte | 2016-07-16 18:40 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)