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我々の武器は「祈り」と「兄弟愛」のみである。
L’Eglise catholique ne peut prendre d’autres armes que la prière et la fraternité entre les hommes.

きょう2016年7月26日はポーランドのクラコフという地方都市で世界中から青少年が集うカトリックの一大イヴェント World Youth Day (略称WYD、仏語略称はJMJ)の開催初日です。仏蘭西という国では元はカトリック国境国ではありましたが、近年の共和国民におけるカトリック信徒率は5割強でイイとこ。そんな現実であっても、きょうから始まる大レースぢゃなくて大イヴェントについて地上波の、普通のニュウスで3番目に紹介されるのだから、カトリックもまだ仏蘭西において捨てたもんぢゃないのかもしんない、と思った矢先に悲惨なニュウスが私の目や耳に入ってきました。

それはお昼少し手前で、どういうわけかマルセイユの地方新聞La Provence のFacebook向けの速報によるものでした。事件はノルマンディー地方のルーアンという都市(ジャンヌ・ダルクが火あぶりの刑に処せられた都市だったかな)の近郊の小さな町サンテティエンヌデュルゥヴレイ Saint-Étienne-du-Rouvray のカトリック教会聖堂に2名の賊が入り、司祭が殺害され、2名の賊は午前10時半に警官隊により絶命されたとのこと。

と、ココまでの報道を読んだところで私は外出。
きょうは火曜日だし、朝に聖堂に飛び込んだところでなぜ神父様が聖堂内にいらしたのだろう?もしかして賊は司祭館に入ったのか?それとも朝ミサだったのかな?などなど思いつつ、日頃、お世話になっている神父様方のお顔を思い出し、とてつもない不安に襲われました。

そして、私は午後2時頃に帰宅し、ニュウス専門チャンネルを見ると、もちろん報道はかなり詳細に進んでいました。案の定、賊は朝ミサがささげられている最中の聖堂を襲い、司式していた84歳になる司祭(ヂャック・アメル Jacques Hamel 師)の首を刀でかっさばいて殺害(一部の日本語の新聞に犠牲となった司祭に「司教」と冠していますが、彼は司教でも、引退司教でもありません)、もうひとり人質となった人物は現在危篤とのことで、この方も神父様と同じく首を切られたらしいです。
そして、賊二人はイスラム国の構成員(この事実は外れて欲しかったです)。
フランソワ・オランド大統領とカズヌウヴ内務大臣がパリから現場にかけつけ・・・現在進行形・・・ですかね。

やっぱり朝ミサの最中だったんだ。
彼らは「アッラー、アクバル」と大声をあげながら刀をふりかざして聖堂内に突入したそうです。

以下、あくまでも私見ですが、市民戦争への引き金が引かれてしまったような気がしてなりません。
というのも、あのイスラエルだろうと、米国だろうと、仏蘭西だろうと、ありとあらゆる宗教の聖所、つまり礼拝所、祈祷所に異教徒が互いに土足で踏み込まないことで「平和を保つ保障」になっていると思うからです。日本びとにとって難しいかもしれませんが、ニースの事件にしろ、シャルリ・エブドの事件にしろ、バタクラン劇場にしろ「聖所」とは異なるのです。ところが、きょうのように、イスラム国につながる人物(おそらくイスラム原理教条過激主義者)が異教(この場合、キリスト教カトリック)の聖所に、しかもミサという神を賛美する儀式の最中にズカズカと入り込み、儀式を中断させ、儀式を司っていた人物を死に至らしめたことになります。

簡単に表すならば「タブーに触った」でしょうかねぇ。
瞬時に塩になっちゃうような取り返しのつかない恐ろしさを覚えます。
これ、いかがなものでしょう?
彼らがやっても、あたしはぜったいやらない。
としか思い浮かびません。他人様が必死に祈っているところを邪魔する気にはなれませんぜ。神社仏閣教会でなくても、家庭でだってお仏壇や神棚に手を合わせている家族をそっとしておくのが互いの思いやりではありませんか?

が、しかし、こんな私が猛烈に不安を覚えることは原理教条過激思想者はイスラームに限らず、キリスト教にだって一定数、存在するわけです(もちろんユダヤにも存在する)。今回のこの事件を境に、そういうキリスト教のパーが共和国内のイスラムの祈祷所(モスクなど)に報復したらとんでもない未来が発生することになります。どこぞの国と同じように過去にカトリックが国教であったことを悪用する政党や政治家ももちろん仏蘭西にだって存在するわけで。

仏蘭西のカトリック中央協議会からは既に「我々の武器は人類における祈りと兄弟愛以外にない」と発表があり、これはどんな挑発があってもカトリック教会は武力、暴力で応じることはないという表明にあたると思います。


今も分刻みで新しい情報がテレビ画面で見聞できますが、こうして仏蘭西の超ウルトラスーパーど田舎に住むガイジンの私がぼんやり思うことは、こうしてノルマンディーのルーアン(ココんちから車で約4時間ちょい)の、旧市街ではなく市街地の普通の、たいしたものが何もない町の教会でこんなことが発生してしまい、しかも実行犯は死亡したとはいえ、異教徒の殺害に成功したという事実になってしまうと、共和国内のあちらこちらに潜伏する彼らが次々と彼らの地元で実行を始めるのではないかということです。

前も書いたけれど、移民や難民の出が多いイスラムを生活信条とするひとびとにとってパリもニュウヨオクも東京も「違いがわからない」に等しいのです。彼らの特徴は自分の知っている範囲で大中小が決まるから、わざわざ上京して犯行などしません。身近で実行する。パリはパリ近郊に住むひとに任せりゃいいんです。オレさまは地元で決行、自爆して、天国に行くぜ・・・なんでしょうけれどね。

現時点では犯人さんは現場で死んでしまい(って、聖堂内で殺害されたのだとしたらそんなことあっちゃいけねーわけですよ)、今頃犯人のお二人さんは天国で70数名の美女といちゃついているのでなぜ今日決起したのか理由を伺い知ることも部外者にはできませんが、もしかしたら犯人たちは今日から「カトリックで大きな集会がある」から自分たちの知っている地理上の範囲内にあるカトリック教会に突入したのではないでしょうかね?

だとすると、ココんちの近所の小教区だってヤバいです・・・。
自警団結成かなあ・・・。


le 26 juillet 2016, Anne et Joachim




彼らは金曜日でなければ、異教徒の祝祭日にやらかすってことだな、こりゃ。Bof


【追 記】
朝ミサは午前9時45分から教会内の小聖堂で開祭だったらしい。
司式は殺害された司祭おひとりで、参列者が教会の隣の修道院に住む修道女2名と二人の世俗さん、計5名が小聖堂にいたとのこと。思うに、神父様と世俗さんのうちのひとりが男性で、このお二人が頚動脈を刀で切られたのではないでしょうか。(あくまでも仮説ですが)シスターお二人と世俗さんの女性3名が(さいわいにも)小聖堂から退出できた?
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by ma_cocotte | 2016-07-26 22:19 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
だから、金曜はダメよ。
金曜日のお昼あたり以降、大都市においてユダヤん商業地区や欧米人が嬉々と集いそうな公衆には今しばらく近づかない方がいいです。金曜日の午前中に祈祷を終えた原理教条過激なミュヂュルマンがぴちぴちと爆弾背負って飛び交うからです。

しばしばカトリックの御方々が主日のごミサの後、「チカラを得た」かのご発言をなさるものですが、ミュヂュルマンにとって金曜の祈祷後の心境はまさにそれに等しいものがあります。チカラを得るなり自爆するのも員数外の私には納得行きませんが、殉教すれば天国直行で70数名もの絶世の美女と交われるのですから祈祷ででヴぉおしゃんし得たチカラをもって天に昇華する「我こそは美しい」ンですかねぇ。

昨日の私は夜9時過ぎてニュウス専門チャンネルを見たところで独逸はミューニッヒ(ミュンヘンのこってす)の惨事を知りました。一夜明けて、遅ればせながら実行犯が18歳のイラン系ドイツ人(ドイツ系イラン人という表記も飛び交っていますが)の青年であり、既に自殺済みであることも知りました。彼は今頃天国で70数名もの美女といちゃついているのでしょうか・・・。

昨日の時点で私個人はイスラムとはまったく関係のない欧州の白いヒトによる犯罪ではないかとも想像していたのに、なんだかな、これぢゃ、週に一度のペースでイスラミストが関わる犯罪があっちこっちで「ある」ではありませんか。来週はココんちあたりなんてことになりませんように。

超ウルトラスーパーど田舎に住んでいても凶悪なテロ犯罪はパリや大都市で起こるのであってウチのあたりはたいちょぷなんて言えませんからね。だって、そういう私たちの地理感覚を彼らの多くは持ち合わせていません。自分の身近で「実現、実行」ですよ。Bof ニュウヨオクの写真を見せて「これがパリ」と言っても信じてくれるし、エッフェル塔の写真を見せて東京タワーだと嘘ついても信じてくれるもんです。そういう無知を互いに善に生かすのであれば善しか生まれないけれど、そういう無知を悪く扱うのであればいずれとんでもないことが起こる。それは地球上のどこであってもそうなんです。

兎に角、しばらくは金曜日の自らの行動に重々注意するにこしたこたあありません。

止めることなく「地には善意のひとに平和あれ」と祈り続けます。



le 23 juillet 2016, Brigitte

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by ma_cocotte | 2016-07-23 20:34 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(2)
地中海の北岸でのこと
土曜の朝は、いつもどおり午前5時半に起床し、テレビに火ぃ入れたら、またも特別報道体制で、それはニースからではなく、地中海は北岸に位置するトルコでク・デタ (これっておフランス語で、Coup d'Etat なんですよね。ナニを今更w)らしきことがあったと。こちとら低学歴でフランス語もこなせないまま共和国内に長期滞在している者なので耳をそばだてたところで、それは世界のどこであっても同じク・デタならではの情報錯綜状態。私の頭では追いつかないわけです。だから、トルコでのク・デタについては(申し訳ないけれど)しばらく静観を決めながらも、トルコについていろいろ脳内フロッピ(死語w)が動きました。

まず、トルコですが。
日本國からトルコと欧州関係を眺めると、最初に思い浮かぶのが独逸だと思います。先日終わったサッカー欧州杯でも独逸にトルコ系の選手が数名いた記憶あり。一方、フランスで移民と言えば北アフリカ(マグレブ3国)を思い浮かべてしまいますが、トルコからの移民はフランスにもかなり多いです。多くは労働移民と思われ、私が住んでいるあたりでもトルコ系の方々のかなりはっきりしっかりした「もの」があります。一昔前ならば石を扱う職人さんはポーランドやポルトガル系でしたが、今、バリバリピチピチの石工さんの多くがトルコ系の青年層です。

トルコもイスラムの国だからマグレブや中近東の移民さんたちと仲がいいのだろう、と捉えてしまいがちですが、
それは違います。
もしそうゆう状況が生まれるとするならば、それは彼らが異教徒を前にした時に、突然「イスラムなコンパトリオット」と化します。こういう化け方は実はマグレブ三国(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)の間でもそうで、彼らは決して仲が良くないけれど、異教徒を交えると「仲良くなる」。でも、マグレブ三国や中近東の移民とトルコからの移民の間には深い溝があります。なぜかと言うと、トルコさんはアラビア語を話しません。トルコさんのイスラム実践生活はマグレブさんから見ると「甘い、なっちゃない」ですし、トルコさんはイスラムでもムハンマドさまの血につながらないからです。トルコさんから言わせると、あっさり「私たちをマグレブ移民と一緒にしないで。彼らが話すアラビア語はちんぷんかんぷんだし、なにしろ現代トルコの祖アタテュルクはコーランを投げつけて政教分離を実行したほどのひとだから、我々のイスラム精神は彼らとは違う」と。

確かにイスラームは民衆の生活スタイルだけでなく、政治、経済、法律も含んだ「この世で最後の完全なる宗教」なので、トルコのようにイスラムを信じていても、政教分離であるというのはイスラームには納得いかない形なのです。

だから、イスラム教のモスクと言っても、フランスだと完全なる住み分けがあり、トルコ人が集うモスクとマグレブが集うモスクが移民が一定数住まう市町には両方ありますし、住まいもトルコマジョリティの団地とマグレブマジョリティの団地に分かれてもいます。余談ですが、近年、コソボやチェチェンなどのイスラムの移民をマグレブマジョリティの団地に住まわせたことで(註・移民難民は共和国入国後、自由に住まいを選ぶのではなく、政府から指定された都市に住むことになります)、現在、しばしば見聞する揉め事はマグレブvsコソボ&チェチェンです。トルコではない)

さてさて、おフランスの市井での話。
トルコの労働移民の流入は現在も進行形なんですが、近年、明らかに変わったことがあります。それは労働者の配偶者にアタマを覆い隠し、ロングスカアトを身に着ける夫人が増えたことです。この様子に、一昔前にフランスに居住し始めたトルコ系のひとびとが首を傾げ始めた。
「あの外見はトルコぢゃない」
そして、そういう疑問や違和感を彼らの中で話し合ったり、調べたのでしょうね。そういう格好をする婦人に一見だと完全に欧州人なトルコ女性が「そういう格好はトルコっぽくない」と意見したら、彼女たちは「夫の望みであり、命令なのでこういう格好しか私はできないのです」と返答したのだそう。そして、古いトルコからの移民さんの説明だと、アンカラ、イスタンブール、イズミールなど大都市圏からの移民とトルコの地方からの移民では「まったく相容れない格差が出てしまった」と。で、彼らは必ず「アタテュルクはコーランを投げつけた」という逸話を喜びをもって語るわけです。

そういう変化が市井に始まって数年後、トルコ本土でアタテュルクの精神から遠のいていく現象が政治の世界で始まり、傍観者としては地方のイスラム原理化傾向の表れの始まりを予感させられたことになります。イスラームの「この世で最後の完全なる包括宗教」から見たら「政教完全分離」はイスラームではないのです。だから、イスラームで決められたことを基本に生まれてから死ぬまで生活実践を怠らないのであれば、一生のどこかで「政教分離っておかしくね?」という疑問や葛藤が芽生えるわけです(ココが運命の分かれ道)。イスラームにわが身と人生そのものを委ねれば、何も考えなくても、悩みもなく、生涯安泰なわけです。自分の魂が肉体から抜けた後の埋葬完了までしっかり決まりがあるのよ、イスラームには。

だ、か、ら、現時点でトルコ政府に対して個人の自由が奪われていくことへの抗議あっての「ク・デタ運動」というのは、昔で言う「西側諸国」にはク・デタ実行者側に同情の余地が大いにあり、なんですよ。それが、今、報道に上っているトルコ側が米国に要求しているギュレン師(=イスラム教指導者、米国亡命者)の引渡し要求ですよね。

日本國で保守層になると、今回のク・デタもトルコ政府に歯向かった連中が「悪い」と先ず捉えてしまうかもしれませんが、冷静に眺めると、今回のク・デタ首謀者側はトルコ政府がアタテュルク精神からどんどん離れていくことへの危機感の表明だったように思えます。うぅううん、もしそうだとすると、私はク・デタ実行者側に同情しちゃうなあ。このままだと、トルコがアタテュルク以前の時代に戻りかねません。イスラム世界にしてみればめでたいことなのかもしれないし、そうなったらトルコはアルファベット表記のトルコ語を衰退させ、地中海を囲むイスラム宗旨国に倣いアラビア語を広めるのかもしれない。(そんなことないだろうけれど)。

地理的に見れば、かのイスラム国に移住を希望する者のほとんどがトルコ経由でシリアやイラクのイスラム国占領地区に入っているのだから、その国境に接するトルコ側の住民がイスラム原理化しているのは自然です。だって、「何も考えないで従っていれば生涯安泰」が彼ら原理教条主義者の売りwなんですから。


兎にも角にも現時点で、トルコ政府がク・デタ事件についてやらかしていることを眺めていると、21世紀から15年過ぎた今でもトルコという国は「チカラで成敗する国」だという印象を持ってしまうし、トルコがいくら否定してもアルメニア系のひとびとを虐殺した過去がオーヴァーラップしてしまいますね。もっと古くはレパントの戦いとかさ、うっかり思い出してしまった。
ですが、「チカラでねぢ伏せる」というのはとてもイスラムであり、旧約聖書的であるので、今のトルコ政府が「欧州と仲良しになりたい」と今も望んでいるのであれば、この二日間にトルコ政府がク・デタ実行者に行っていることは欧米には納得いかないことではないかと思います。(と、ここで米国へのギュルン師引渡し交渉に戻る。)米国はギュレン師をトルコに渡さないと思うよ。今のところ、ギュレン師本人は今回のク・デタ事件の関与を否定しているそうですが、もし関与しているとなると、その昔、大英帝國に亡命していたシャルル・ド・ゴールが仏蘭西本土の救済に働いたこととどこか重なるような気がしないでもありません。

員数外のあたしの暴言になりますが、トルコ政府もイスラム国も「敵とみなしたもの」にチカラをもって、手段選ばずにやってることがそんなに変わりないというのがイタいっす、まる 自らにとって敵対する分子とは言え、ヒトの生命を殺めるのはいかがなものかと思います。

2020年のオリンピック候補地最終決戦はイスタンブールと東京だったよなあ(と、遠い目)


le 17 juillet 2016, Alexis

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by ma_cocotte | 2016-07-17 17:06 | 『?』なメディテらねぇ | Comments(0)
地中海の西岸でのこと
地中海は西岸の、フランス共和国はニースで重篤な事件があったのは先日7月14日の午後11時でした。
こうして週末を迎え、仏蘭西の習慣上、土日の情報量が激減する中、きょうび便利なもので電脳世界では微量ながらも最新(と庶民には思われる)情報が目に入るようになりました。

日曜の早朝に私が見聞したニュウスからぼんやり思うこと。

先ず、昨日土曜の午後、イスラム国(=ISあらためDAESHだけれど、共和国内ではイスラム国 L'Etat Islamique の呼称が戻りつつあります)からニースの無差別テロ事件に関与していることが公言されたという報道。これは正直、どこまで本当かなあ?と。現時点では戦闘劣勢にあるISが当然のごとく、ニースでの惨事の情報を電脳で手に入れたことで「乗っかった」可能性もなきにしもあらず。・・・ですが、だったら同様に他のイスラム原理教条主義過激派グループが名乗り出るだろうから・・・名乗り出ないところを見ると、ISの、例のラマダン月直前の電脳での呼びかけに容疑者が応じての犯行というつなげ方を否定できないように思います。でも、イスラム国が言いだしっぺで、あの呼びかけに世界中のイスラム原理教条過激派が乗っかるのも自然かなあ。

次に容疑者の氏名が Mohamed Lahouaiej Bouhlel モハメド・ラウエジ・ブゥレルで、報道においてはMohamed Bouhlel モハメド・ブゥレルと略され始めている点。モハメドはイスラムを生活実践している家庭 に生まれた男児に命名される最も人気ある男子名で、後半の二つが苗字。チュニジア典型の苗字だと思います。これで思い出したのが、私がマルセイユの職業訓練校で一緒だったチュニジアの女性が仏蘭西国籍取得の際、自分の苗字をフランス風(?)に改め、共和国もそれを了承したことで、彼女のフランスでのIDカードは「新しい苗字」だったことです。もちろん「フランス風」というのは彼女の心象による改変であったことが第一だと思いますけれど、いずれにせよ、フランスという国ではそれが可能で、サルコぢ前大統領の苗字も父親がフランス国籍取得時に「フランス風」に改めて登録したものです。

そして、容疑者モハメッドの元妻が警察に拘留されたらしい。
この女性について名前が伏せられているものの、L'ex-femme de l'homme d'origine tunisienne と表されているので、おそらく彼女は(昨日、私が推察したとおり)チュニジア系の「フランス国籍保有者」ではないかと思います。そして、この二人の婚姻が9年前らしいので、この元妻が「フランス国籍保有者」であることを頼りに、容疑者が仏国移住。長期滞在許可証を彼女の配偶者を理由に申請したのではないかと。もうひとつは彼らの間に二人の子供がいるので、もしこの二人の子供がフランス国内で出生していたら「仏国籍者」になり、両親は彼らが成人するまで未成年の間はフランス国内に滞在する義務が発生するので長期滞在許可を養育を理由に申請できます。まあ、元妻は兎も角、容疑者本人はどちらかを理由に長期滞在申請し、認められたのでしょう。(以上、決して違法ではなく、むしろ共和国に従った手続きになります)。

そして、そして。
どうやら昨日までに5人の、容疑者モハメッドに近しい人物が警察に拘留されたとのこと。うちひとりは元妻だと思いますが。これについては、当然だと思います。どっからどう眺めても容疑者が一匹狼の単独犯だとは想像できません。今朝になって、容疑者が急速に教条原理主義者に化けたと発表があったと繰り返されていますが、だとすると、昨日の、容疑者の住まいがある団地でのご近所のムスリムさんの証言がかみ合わなくなって来ます。引っ越して一年未満だったら、「彼はラマダンをしていない」に納得行きますが、もし長年同じ団地に住んでいて、彼が急に原理教条者になったとするなら、「(去年まで、二年前まで)一緒に礼拝し、共にラマダンも過ごしたのに」と証言するでしょうにね。このあたりは内務省や軍関係者にしか真実が明かされていないのかもしれません。

もうひとつ、きょうの朝、気になったのは、ニースの事件現場にいたひとびとが当日の警備が手薄だと証言し始めていることで、これについてかなりムキになって政府が反論している点です。野党側がこれに乗っかって、現政権(つまり社会党)批判をはじめてもいるのですが。
警備の手薄について私は否定できないなあ。
正直、今年はじめに地元の国鉄駅から新幹線に乗り、パリモンパルナス駅へ。そこからシャトルバスに乗り換えてロワシ(日本ではシャルル・ド・ゴール空港という名前で知られています)に行きましたが、国鉄駅も空港も呆れるほど、がっくりするほど「警備ゼロ」でした。二人並んでだらだら歩く迷彩服を来たおにいさん、おねいさんを何度か見たけれど、あの姿を恐れてテロ実行を諦めるテロリストちゃんはいないと思いました。

そういう立派な施設や首都パリ市内は別にして、地方都市になると警備で顕著になるのが地方警察 Police municipale と中央警察 Police Nationale &憲兵隊 Gendarmerie による共同警備で、地方警察官は他の二者に比べ軽装だし、銃装備していません。普段、こういう花火などのイヴェントで交通規制で活躍するのは地方警察官ですからして、娯楽の少ないフランス共和国で花火が打ち上げられるのは年2回程度、ひとつは7月14日、もうひとつは12月31日。この両者については万民が楽しめる無料イヴェントなので、ひとびとが集い、快く興奮した状態から突然パニックに陥ったことで「警備が誰もいなかった」と証言するひとに罪はなんらないと思います。おそらくニースの場合も警備の主体は地方警察官だったのではないかな・・・とちょっと想像しています。でないと、2kmの暴走という事実がかみ合わなくなるというか。タイヤをパンクさせる方法がなかったのかな・・・などいろいろともやもや。


ニースの病院では16名のご遺体の身元が不明のままだそうです。一方で電脳世界では家族友人を探すひとびとがたくさんいます。どうか無事に見つかりますように。
兎に角、きょうも「地には善意の(すべての)ひとに平和あれ」と心ン中で射祷続けますです。


le 17 juillet 2016, Alexis


これまで何度かココでつぶやいてはいることですが。
単純な話、イスラムでの善は異教徒にとっての悪であり、異教徒にとっての善はイスラムにおいて悪であることが多く、その典型例が名誉殺人(=男性からのプロポーズを断った女性が火達磨などに遭う)や見せしめの処刑行為などです。
それらに加え、イスラム国に限ったことではありませんが、これまで長年のイスパレ問題にも関わることで、彼らの思想に聖戦で殉教した男子は天国に直行し70数名の処女と性的に交わることができるという「なんだそりゃ?」な、それこそコーランのどこに書かれているのか知りたくなる刷り込みと、乳幼児を聖戦のために差し出した場合、彼らの多くは腹巻爆弾の犠牲になるわけですが、その乳幼児もまた天国に直行し「天使になる」という刷り込みがあります。
だから、今回の事件で未成年者の絶命に涙するのは、彼らイスラム原理教条過激派ではない「普通のひとびと」です。彼らの世界では容疑者は殉教であり、今頃、天国で性的に満たされている、即死した子供たちは天国でかわいらしい天使だよ、という確信のみです。


ったく、どーかしている。
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by ma_cocotte | 2016-07-17 15:08 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
チュニジアからやって来た一匹狼
一夜明けて・・・というか、正確には二夜が過ぎて迎えた週末でしょうか。

昨晩から、ニースの海岸で行われた7月14日(和訳されるとなぜか革命記念日)を祝賀する花火大会の見物客にトラックで突入した人物のアイデンティティカードがなぜか白黒で公開され始めました。なんで白黒なのか理由を知るのは限られた共和国民なンでしょうけれど、彼のカードはあたしの10年滞在許可証カードと同じものでした。だから、彼はチュニジアと仏蘭西の両国籍を持った者でもなければ、仏蘭西で生まれたチュニジア系のひとでもない。彼は仏蘭西はニースに寄留している単なるチュニジア人、ガイジンなのです。

そして、彼は二人の子を持つ父親であり、妻とは最近別居、離婚の話を進めていたらしいです。←コレはもしかすると、マグレブ(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)三国からの移民によくある理由、つまりマグレブの本国では離婚が難しいので夫婦揃って仏蘭西に移住し、離婚申請するパターンだったのかも?しれません。そう仮定すると、配偶者側がおそらく4祖父母のうち少なくともひとりが仏国籍を持っているので、彼女がチュニジアと仏蘭西の二重国籍者になります。だとすると、彼が彼女の特典に乗っかって仏蘭西に入国し、彼女の配偶者として10年滞在許可をもらった・・・となる。これ、私個人としては合点が行くなあ。でなければ、おフランスの長期滞在許可は出ないもの。

ま、こんな私の推測は当たりはずれがあるレベルだから横に置き、次に、今朝も午前5時半に起床後、いつもどおりニュウス専門チャンネルを「~ながら視聴」していたら、この容疑者が住んでいた共同住宅(おそらくHLM、公団)のご近所さんへのインタビュウが繰り返し流されていました。ひとりはマダムで「ああ、あのひと、いっつもひとりぽっちだったわあ」というもので、もうひとりはおそらくマグレブ系のムスリムのおぢさん。このおぢさんの証言だと容疑者はいつも孤独で、礼拝にも来ないし、酒も飲んでいたようだし、ラマダンもしていなかった、とのこと。おいおいおい、どこのイスラム原理教条主義の隠れテロリストが近所のひとの良いムスリムさんと一緒に同じモスクに行き、生温いイマムの説教を聴くのだ?となりますわな。しかも、お酒についてはムスリム、ムスリマさんによくある話で、酒とタバコの臭いを知らないのに、概念にないのに、自分と違う何かが他人にあると根拠なく酒のせいにするという難点です。根拠を示してもらいたいものだな、と正直思いました。もうひとつ、ラマダンについてはモスクでの金曜礼拝不参加と同様に、どこのイスラム原理教条主義の隠れテロリストがラマダン中の日没から夜明けまでご近所を廻ってドンチャン騒ぎしますか?となります。文明の利器でこさえた料理なんぞ、彼らは食べませんよ。ムハンマドさまの時代にガスボンベで調理していましたっけ?

・・・と、団地のおぢさんは典型的なマグレブのヒトの良い、単細胞な自己中さんなのでした。ま、このおぢさんに限ったことではありません。マグレブさんの男女にかなりいます。容疑者もラマダン中一緒に騒げばよかったのにね。あり得ないけどw

そして、容疑者が一匹狼だったので、自宅でこんぴーたを通してのイスラム国からの呼びかけにその気になってしまったのではないかという話。これについては、ラマダンに入る直前に在仏日本大使館からのメールでイスラム国がラマダン中のテロをネットでよびかけているという内容をもらっていた記憶があるので、納得。ですけれど、本当に一匹狼だったのだろうか?という疑問はアリ。だって、トラックで突っ込んだところまでならば一匹狼のガイジンにできないことはありませんが、もしその一匹狼が銃を持っていたとなると、その銃はガイジンの一匹狼がどうやってフランス国内で手にしたのか、となりますよ。支援者、いるよね・・・ふん。

さて、仏蘭西共和国ではきょうから月曜日まで3日間、共和国全体で喪に服すことになっており、月曜日は共和国内で一斉に黙祷を正午に行うそうです。そんな話を昨日耳にしたので、今朝は黒い服を引っ張り出し、それを着て外出しました・・・けれど、私が住んでいるような超ウルトラスーパーど田舎で、しかもゾンビな農民だらけの世界では喪=黒い服という概念がまるでなく、旧市街は華やかな夏らしい装いをまとったひとびとで溢れかえっていました。

ま、黒装束はおされだからあたしゃ、きょう一日真っ黒で過ごすことにするわさ。

兎にも角にも、シューキョーを取っ払って「地には善意のひと(すべて)に平和あれ」です。



le 16 juillet 2016, Carmel
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by ma_cocotte | 2016-07-16 18:40 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
夕方になって、
昨晩のニースでの事件で10名の青少年が死亡したと発表がありました。そして、50名近くの青少年が重篤な状態らしい。

そして、そして。
容疑者が「チュニジア系の仏蘭西人」ではなく、10年の長期滞在ヴィザを持つチュニジア人なのだそうだ。
この10年ヴィザは私が持っているものと同等ではないかと思います。つまり、仏国籍者が持つブルーのアイデンティティカードではなく、10年滞在許可証であるピンク色のカードを彼が持っていたということ。あらま。

以前教えられた話ですが、仏蘭西共和国の旧植民地の国籍者は祖父母4人のうちいずれかひとりが仏蘭西国籍を持っていたら、それを理由に自分も仏蘭西国籍を申請できるのです。だとすると、旧仏蘭西植民地であったチュニジアで生まれたこの容疑者の場合、祖父母4人とも仏蘭西国籍を持っていなかったのか、それとも、チュニジアから仏蘭西に入国した今、仏蘭西国籍を申請中のどちらかではないかと思うのですが・・・チュニジアの独立は1956年3月20日ですから、容疑者が31歳だと祖父母がギリギリで仏蘭西植民地時代の誕生の可能性があります。1955年生まれだとしても今年61歳ですものね。ミュヂュルマンは早婚が多いので、ほぼまちがいなく祖父母4人のうちひとりは仏国籍を持っているだろうに・・・うぅううん、員数外の私には不思議。

それにしても、10年長期滞在ヴィザのガイジンによる犯罪というのはちょっと驚かされましたね。

10年ヴィザの申請が厳しくなりそうだな、こりゃ。


le 15 juillet 2016, Bonaventure



兎に角、今は祈らねヴぁ。
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by ma_cocotte | 2016-07-15 23:57 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
冷静になってみると、
昨日の夜のテロ事件が共和国内での同時多発テロになっていないことが奇跡だと思う。
ニースだけ、というのがむしろ不思議です。



le 15 juillet 2016, Bonaventure

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by ma_cocotte | 2016-07-15 18:25 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
「ああ、やっぱり」としかつぶやけない。
きょうの朝の私は5時半過ぎに起床。掃除を終え、テレビに火ぃ入れて、いつものニュウス専用チャンネルに合わせたら、Attentat à Nice の文字。早朝の寝起きですからいつも以上に働かない私の脳がぼんやりと「ニースでテロ」と和訳しました。この時点でかなり目が覚めはしましたけれど、その後、ニュウスを視聴していても情報がどんどん変わっていく・・・そんな中、こうしてココにタイプし始めたあたくしです。

まず、事件ですが、ニースの旧市街突き当たりの海岸沿いの大通りプロムナアド・デザングレ Promenade des Anglais でテロが発生。昨日は日本語で言うところの革命記念日(仏蘭西では14 Juillet, カトォズ・ジュイイェと単純に「7月14日」という国定祝祭日)だったので、夜は恒例の花火大会が共和国内のすべての県庁所在地や主要都市で開催されました。ニースでは午後10時半頃から花火大会が始まり、テロ発生は花火終了直後の午後11時頃だったらしいです(現時点の報道です)。容疑者は白い大型トラックで会場に近づき(その近づき方が既に人殺しを目的とした運転という説も@現時点)、会場の治安をあずかる警官隊の20mほど手前で停車後、無差別に発砲を開始。警官隊との銃撃戦となり、容疑者はトラック車内で絶命・・・となったらしい。

現時点(仏蘭西時間の午前7時過ぎ、日本時間の午後2時過ぎ)でニュウス専門チャンネルからわかることは、
① 容疑者は31歳。ニース生まれのチュニジア系男性
② 死者は80人弱(まだ正確な数字は出ていません)
③ 18人が重篤患者として病院に運ばれている
④ 今月26日に解除予定の戒厳令を3か月延長。
でしょうか。この内容が繰り返されています。

思うに、トラックで突入後の乱射というのは新しいケースですし、加えて近年マジョリティだったモロッコ系移民ではなくチュニジア系が実行者というのも「新しい」です。(これについては一昔前ならばイスラム原理教条主義者=アルジェリア系で、モロッコ系は穏健と思われていたのに、近年、大逆転していることになります。チュニジアはマグレブ三国の中では最も教育熱心で他国に比べ男女同権の意識も高かったせいかアルジェリア、モロッコとは少し異なる位置でした。←けれど、例のチュニジアの春だかなんだかを境に状況が悪化した。残念なこってす。)

まだ午前7時過ぎなので、今後、詳細がどんどん公表されていくと思います。とりあえず、以上。


le 15 juillet 2016, Bonaventure


【追 記】
午前8時の時点で死者数が84名になりました(各全国紙一律の数値なので確かだと思います)。

* 私個人の昨日から今日ですけれど、 *
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by ma_cocotte | 2016-07-15 14:50 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
「私は日本人だ。撃たないでくれ。」
先日のバングラデシュは首都ダッカでのテロ事件で伝わってきた表題の言葉。
なんとも首を傾げてしまう言の葉である。

イスラームの原理教条主義者に「私は日本人だ」と告げたら、それは「私は異教国の異教民だ」と自ら宣言したことになるので、命乞いどころか逆効果になってしまう。その異教国の異教民に対し、イスラム原理教条過激派は銃殺なんぞしません。刀をもっての処刑になり、たいていは頚動脈を切る・・・だけで済まされずに斬首されることもあります。(もちろん麻酔はしません)

日本國内では未だあまり知られていないのかもしれませんが、地球上(いや、地下も含む)に遍く存在するイスラームの原理教条主義者の理想はこの世界がムハンマドさまが生きていらっしゃった時代そのものに「なる」ことです。だから、もしこの世で彼らの聖戦が達成され、神のみこころに叶ったイスラームの勝利となれば、この世に車も武器も必要なくなって平和が「やってくる」ンですよ。

自分が日本人だと告白することで、日本と寄留国が友好関係にあるから「救われる」という思考は政府間や経済界、識字でき、高学歴者が集う環境では通じても、三角形の底辺(アラビア語で言うところのアルカイダ)で生きるひとびとには理解の外であることが多いです。先進国のおフランスだって、東西南北、私が常に寄留している超ウルトラスーパーど田舎のひとびとには日本が中国の中の一州だとか、インドシナの一部とか信じているひとが必ず一定数います。私なんか日本人ですと名乗った直後に「本当に独裁政治はイヤよね。あなたもつらくて理想国家のフランスに移住したのでしょ」なんて言われたことありますからね。街中で安い世界地図を買ったところで極東の日本がまったく存在しないこともあります。極東の島国の日本なんてガイジンからすれば「そんなもん」なんですよ。日本の名を出せば救われるなんて、いわゆるひとつの「島国伝説」です。

もひとつ、昨日、気になったのはバングラデシュ政府が自国内にイスラム国(IS)要員はまったく存在せず、テロ実行者は高学歴の富裕層だからISではないと言ったとか。これは「はぁ?」「ぽっかーん」レベルですよね。インターネットというヒトが決めた国境を越えた次元が存在する今、バングラデシュのようなイスラム教国内にIS支持者がゼロと宣言できるなんて「不自然」ですよ。イスラムだろうがキリスト教だろうが普通の信者と教条原理主義者の境目は「曖昧」と捉える方が自然です。学歴や家庭環境で判断はできません。実行者の学歴や出自を挙げたところで、そんぢゃ、かのアルカイダを創立したビンラディンは?となります。彼は高学歴の超ウルトラリッチな一族の生まれではありませんか。

今のフランスぢゃ、共同住宅を抱える市町村ならば必ずそこにはISに近い人物がいる、という仮定になります。先日のパリ近郊で起こった警官夫妻刺殺事件だって、この警官が市内の移民訪問をしていたことで、「ISから指示をもらったことでの刺殺対象者」に選ばれてしまったわけです。

兎に角、根本の話になりますが、ラマダーン月の期間中は異教徒がイスラム教国や欧米のイスラムの居留区に滞在する場合、イスラム教の信者でラマダーン(日中の断食)に励んでいる方々を刺激する行動を控えることが第一です。これは「他者を思いやる」ことに通じる行いだと思います。もし、金曜日(=イスラム教の祈祷日)に、日本国内と同じように一週間の労働を共に慰労したいのであれば、ホームパーティを行う方が文字通り「無難」です。ラマダーン中ならば日没後はイスラームで生活しているいずれの家庭でも翌朝の日の出まで宴会が催されますから、家の中の声もお互い様で済みます。

確かにイスラーム教国の中の富裕な国々ではラマダーンの間は外国人労働者に日中の全てを任せ、イスラム教徒は家屋の中で何もしないで涼んでいることでイスラーム世界の中で質素を心がけている国々から「それではラマダーンの意味がない」と批判もあるとのこと。バングラデシュは決して富裕なイスラム教国ではないと拝察しますが、いずれにせよ、ISからはラマダーン開始前にラマダーン月にテロるようインターネット上で指令が出ていたわけですし、異教国の大使館が集まるエリアで、外国資本の西洋料理を振舞うレストランで、異教の民が日没前から楽しむ・・・というのはラマダーンを実践している普通のひとびとの目にはどう見えるのか、今一度よく考えることが務めではないでしょうか。世界のどこであれ、滞在している国の普通の人々の生活を第一に慮ることが訪問者の義務かもしれません。


le 5 juillet 2016, Zoé

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by ma_cocotte | 2016-07-05 16:52 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(6)
次は我が身。他人事とは思えません。
先の月曜夜にパリの西、イヴリン Yvelines 県内の普通の町マニャンヴィル Magnanville で、その日の仕事を終え自宅に入ろうとした警官、 Jean-Baptiste Salvaing がイスラム原理教条過激主義者、Larossi Abballa に刺殺され、その後、警官宅に立て篭もった同容疑者が警官のパートナーである Jessica Schneider (彼女も警官)の頚動脈を切り殺害するという事件がありました。容疑者は特殊部隊(RAID)との銃撃戦の末、死亡。犠牲となった二人の間の、3歳になる男児だけ無事救出されるという結果になりました。瞬時に孤児となった男児については今後、共和国が育てる(おおまかなところでは例えば学費がすべて無料)と大統領自身から発表もされました。

今、私はライヴ配信で、Yvelines 県の県庁所在地であるヴェルサイユで行われている、犠牲となったお二人の追悼集会を拝見していますが、配信が始まってまもなく到着した二つの棺が並べられているのを目の当たりにすると心底からこみあげてくるものがあります。

火曜日の朝、私は5時半に起床しましたが、テレビに火を入れてまもなく画面から何かの異常を感じ取りました。それがこの報道でした。事件の現場はパリの近郊とは言え、どちらかと言うと私が今住んでいる土地の住宅地の雰囲気となんら変わりません。容疑者は(おそらく彼らの間の師弟関係で)上にあたる人物から「誰でもいいから殺せ」と指令を受け、彼は警官を選んだのかもしれません。私が現在住んでいる住宅地にも軍人や警官、消防官、教員もいますし、私の住む町にはイスラームの信者もたくさんいます。既にシリア難民の家族も複数生活しています。

私事ながら、時代違えど、私の夫は警官の息子であり、3歳当時はパリの西ナンテエルに住み、父親はパリ警視庁に通勤しており、身分は犠牲となった警官と同じでした。この事件を知って以降、私の胸中はかなり複雑であり、今もその中にいます。とても遠いところで発生した他人事とは割り切れません。

今後、近所で同様の事件が起こる可能性はある。「無い」なんて私には断言できません。

数日前に日本国内でパリに在住する日本人女性についての番組があったと漏れ知りましたが、日本でも仏蘭西でも優美な生活をしているそうで、フランス人である夫君は金髪碧眼、つまり欧州系。そういう環境設定の方が私にとっては「遠くて他人事」に思えてなりません。今の時代にフランス共和国内で「私の配偶者の親族に公務員はいません」「私の生活環境にイスラム系移民はいません」と断言できる環境の方が特殊な、特別だと思います。日本もそろそろ「フランスで生きる日本人」の人物像について観点を変える時期が来たのではないでしょうか。

21世紀に入って15年を過ぎたフランス共和国内に住む日本人にはイスラーム生活を実践しているフランス国籍者と婚姻している方が多くいますし、共和国軍人や警官と生活している方もいます。その中には団地に住んでいる方々もいます。ココんちの仏人のように南仏のマルセイユ近郊の公立校で育った立場だとクラスの半分は移民。それが「普通」でした。それから30年以上過ぎた今、いずれの市でも平等に移民を受け入れるようになっているのですから、庶民の生活において欧州系でない生活スタイルのひとびとと関わることは避けて通れません。避けて通っている日本人もいるのかもしれませんが(それこそ私にとっては別世界です)。

そして、犠牲となった警官とパートナーもそうですが、婚姻(ココでは市民婚)せずに家庭を持つひとびともフランスには多くいます。もう何年も前にココのどこかに書きなぐりましたが、婚姻しない男女が子女と共に生活していることをマリタルと呼びます。そして、婚姻も市民婚ではなくパックスという簡略した同居関係のスタイルも共和国では認められており、近年、共和国内に住む日本人も婚姻ではなくマリタルまたはパックスの形で長期滞在しているケースが多いです。

こうして時は流れているし、私たちは生きているのだと実感します。
脳内の凝り固まった思い込みは現実によってほぐされ、活性しなければなりません。

さて、昨日は事件があったマニャンヴィルで、イスラームの方々が沈黙の行進を行いました。彼らにとって今はラマダーン月の断食中で日中は絶食しているので、中には歩行がつらい方もいるでしょうに、ラマダーンの断食月は本来、他者を思いやることを強く意識する意味があるのに、このような陰惨な事件があったことはイスラームの方々の心にも傷を与えたと思います。

こういう事件があるたびに、私の脳内には「地には善意のひとに平和あれ」という言葉が過ぎりますが、この言葉はヒトが作った国境や身分を超越して、地球のすべてのひとびとにあたるのだと私は信じています。

今回の件はテロの形がどんどん陰惨に化けていると感じ、本当に恐ろしくなりました(現在進行形で恐ろしいと思っていますが)。こういうことがいくら繰り返され、ひとびとを恐怖によって服従させようという環境の中から平和が芽吹くこと、いえ、根をはることはありません。平和を育てるにはひとりひとりがどういう心にならねヴぁならないのか・・・もうしばらく喜んでその思考の中にいることにします。


こうしてタイプしている間に、二つの棺は再び車に乗せられ、ヴェルサイユから去っていきました。


le 17 juin 2016, Hervé




【追 記】
*両親を失った3歳半になる遺児は父方の祖父母に引き取られたとのこと。
*お二人の葬儀は来週月曜日午前10時、Jean-Baptiste Salvaing の故郷である南仏エロ Hérault 県
はモンタニャック Montagnac の市役所広場で行われ、その後、モンタニャックの墓地に埋葬されるとのこと。
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by ma_cocotte | 2016-06-17 19:17 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)