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白黒ハッキリしようぢゃないか
7月29日、朝から繰り返されるニュウス番組のトップはイスラエルvsパレスチナぢゃないよ、ハマスが原因のガザ空爆についてです。おそらく、昨夕にイスラーム世界でラマダン(約一か月間の日中断食生活、ただし日没後の彼らは腹持ちが良いごちそうを夜明け寸前までたらふく食べていることを頭の隅に置きませう)が明けたことで激化を免れないと前提しての報道なんだろうなあとぼんやり。

これ ↓ は7月28日付のアルジャジーラ英語版の報道ビデオです。



欧州では日本國に対しての中韓朝問題についての報道に疎いのと同じく、日本ではイスラエルvsパレスチナ問題についての情報が希薄であることをココ数週間、電脳日本語圏で飛び交うイスラエル批判や「ご尤もな平和論」で脳みそツルツルの私なりに察しました。

日本國に生まれ、教育を受け、労働した私なので気づけたことかもしれませんが、日本人はどうしても判官びいき、勧善懲悪の概念で平和を探そうとします。だから、「パレスチナに同情する」「イスラエルは悪」と先ず前提し、知識豊かな脳みそから過去のイスラエル建国のいきさつ、国際法を例に出したり、米国(だけ)との癒着を挙げてイスラエルが悪いと日本語で流す。

ところが、自国内にパレスチナ難民もいればユダヤ難民(へー、彼らは難民なんですか?)も抱え、自国民と共存している国々のアタマのイイひとたちは日本人のような判官贔屓やら勧善懲悪でイスラエルvsパレスチナ問題を分析したりしません。世の中には白と黒があり、最善最良は灰色と考え、最善の灰色を作り出そうと知恵を出し合うのです。日本人のように起承転結のストーリー作りで事実を無駄に膨らますなんてことも欧州人には理解できない点ですからね。黒を熟考し、白を熟考し、灰色を見出すに徹する、ですよ。

へー、そんなことありませんよ。「イスラエル悪、パレスチナがかわいそう」と公言している第三国の人間はいくらでもいますよ。」とおっしゃるひとも多々いますけれど、そういう方々の多くは反米、嫌米で「米帝」という単語を好んで用い、地中海東岸がとっても静かな時でも米国批判をしていたりするもんです。天秤の左側に多いですかねぇ。(先の7月23日午後6時からのパリ旧市街セーヌ左岸でのデモ行進は仏共産党や労働組合員が主導による親パレスチナ反イスラエルデモでした。)その証拠にイスラエルの悪口に米国を必ず絡めても、露英仏との関係には全く触れない。これ、有識者ならばすぐに見抜ける彼らの独善で、真の目的は「打倒米国」。日本人が打倒米国だか打倒米帝のためにイスラエル&パレスチナ問題を絡めて利用しているというのは、地中海東岸に住む日本人にとってなんて悲しいことだろうと思います。

イスラエル側は過去の教訓で、一般家屋、公共施設ともシェルター配備、数年に一度交換する防毒マスクも国民、長期滞在者全員に配布しているし、空襲警報システムも万全。今朝の報道でもイスラエル側で空襲警報のサイレンが作動したビデオが流れていましたが、防衛が万全なので市民の犠牲者数が少ないのです。

単に犠牲者数だけでパレスチナ人でもイスラエル人でもない日本人である自分がどちらを庇う、贔屓するか決められません。というのも、私、ガザ出身のパレスチナ人の同級生もいれば、アシュケナジやらミズラヒのユダヤ人の友人、知人も身近にいるからです。彼らが私に「どちらの味方になりますか?」と問うこともありません。誰もが願っていることは一日も双方の投爆が止まり、平穏な生活を取り戻すことです。

それにしても、ハマス。
なんとかなりませんかね、彼ら。
何も知らない女性、子供を騙して、イスラエル側の予告ターゲットに置き去りにするなんてこと、大のオトコがすることぢゃねーだろ、と思います。(どーせ「クアルンには~」と先ず口に出して、そんな愚かなことがイスラム世界では正しいと言い張るんでしょーけれど)
ったく、彼らは決してレジスタンスぢゃないですよ。
理由は歴史修正主義だから、まる


le 29 juillet 2014, Marthe

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by ma_cocotte | 2014-07-29 16:37 | 『?』なメディテらねぇ | Comments(0)
きょうは楽しいお祭り日
ココんちから南西に20kmほど下ったところにル・ヴァノ・イルノ Le Vanneau-Irleau という、そうさな、森と沼に囲まれた土地の中心にひとつの教会が建ち、周囲に古い民家が点在する小村があります。
そんな静かな村で、年に一度、ココいら辺で最も美しい季節に一年を締めくくるかのごときお祭りと収穫市が催されます。村の人口の何十倍ものひとがこの一日めがけて四方八方からやって来ます。今年2014年は7月18日が村のお祭り日でした。

そりゃ、村は大騒ぎさ。
川をまたぐ唯一の歩道橋もこれでは渡れないではありませんか。
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この日を楽しみに訪問するひとびとの目的は、はるか昔の生活を懐かしみながら地元の産物を廉価で見つけられること。
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↑ 水上の、ドナドナ ↑


今となっては究極の非日常のみんなたち ↓
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そして、川の両岸を囲むように、田舎なりに「ありとあらゆるお店」が出るのです。
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にんにく&玉葱屋さん

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山羊乳のチーズケーキ屋さん(おいしいよ~)

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瓶詰めのパテ屋さん

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蜂蜜屋さん

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牛乳のチーズ屋さん

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メロンがメインの八百屋さん


と、食材のお店だけでなく、
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ロバ乳の石鹸屋さん

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牛革の靴屋さん

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どういう理由か、絵本屋さん


などなどなど。

年に一度のお祭り日の夜中まで、村人たちは心身を完全に昇華し、それぞれがヴァカンスに入るのでしょう。

ぼんぬ・ヴぁこんす! Bonnes Vacances

le 28 juillet 2014, Samson

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by ma_cocotte | 2014-07-28 17:17 | Promenons-nous! | Comments(2)
ぶらりコニャック、ごくりコニャック
或る夏の昼下がり、ココんちから90kmほど南下し、コニャック Cognac という名の町を訪ねました。
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どこかで見たことがある看板のロゴ。
はい、ココ、コニャックはあのコニャックのコニャックなのです。

そう、洋酒のコニャックが製造されている町、それがココ、コニャックなのです。
コニャックの町に入るまでの街道沿いは一面の葡萄畑でありましたよ。今の時季は葡萄畑の間にひまわり畑が点在し、それは美しい景色です。(写真はない)

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コニャックという町はフランス国王フランソワ一世(1494年9月12日 - 1547年3月31日)の生誕地としても知られているそうです。ココ ↑ がフランソワ一世が生まれたお城だそうだ。

ま・ここっつぁんの町探訪恒例の教会訪問。
旧市街のど真ん中にある聖レヂェ教会 L'église Saint Léger に寄ってみました。
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主祭壇より右脇祭壇の方が豪勢に見えるが、しかし。

その後、ぶらぶらと川沿いまで歩き、ヘネシー Hennessy 社で工場見学&試飲ツアーに参加しました。
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This is the Hennessy & Co.

なんでココは仏蘭西なのに英語なのよ?となりますが、それには理由があり、ヨソのコニャック製造会社は兎も角、ヘネシー社の創業者はアイルランド貴族リチャアド・ヘネシー Richard Hennessy なのです。ゆえに本社と工場を往復するために乗る船の名前もRichard Hennessy号。
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工場見学では古い樽も間近に拝見することができました。
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船に乗り、再び本社に戻って最後にちょっと一杯、いえ、二杯
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おいしかったでおま。


le 26 juillet 2014, Anne et Joachim

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by ma_cocotte | 2014-07-26 01:17 | Promenons-nous! | Comments(5)
夏を迎えました。
暦の上で、ではありますけれど。
2014年6月21日夜7時40分、ココんち近くの旧市街。
雲ひとつない青空が広がりました。気温も夏らしい暑さ。
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これまで何度か夏至のたびに触れましたが、仏蘭西共和国という国では毎年夏至の晩、ら・ふぇと・ど・ら・みゅぢーく La fête de la musique という共和国民総出の野外音楽祭が夕方から深夜過ぎて、所によっては明け方まで共和国内の至る所でくりひろげられる習慣があります。
今年の夏至は土曜日、週末にぶつかったので例年に増しての人ごみとなりました。
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事前に申し込んで場所をもらったら、
踊ろうが、
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芝居をしようが、
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演奏しようが、
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カラオケ使って唄おうが、
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演奏しながら唄おうが、
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どうぞお好きに、ご自由に、なのであります。




って、ココんちに郵便物を配達してくださるムッシュウが絶唱していたぜ、べいべww かっけーっっ!
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今年の夏至の夜は夏らしい夜でした。
つばめの声を耳にしなかったことだけ少し残念に思いました。

le 22 juin 2014, Auban

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by ma_cocotte | 2014-06-22 20:08 | 『夏』 Rien de spécial | Comments(2)
な の か め
2月11日の午後3時過ぎの新幹線に乗り、
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午後6時半、モンパルナス駅発のロワシ空港行きのバスに乗り、
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午後8時頃、ロワシ空港に着き、
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出国検査を済ませ、シャトルに乗り、
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手荷物検査を済ませた後、お夕食。
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夜23時過ぎの成田行きに乗り、
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翌日19時半頃、成田に着陸。
預かり荷物を引き取り、入国審査後、午後8時40分過ぎのスカイライナーに乗ったのでした。
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実家に到着したのは午後10時過ぎ。
いやぁ、長旅でございました。約3年ぶりのロワシ空港も何もかもとても進化しており、空港職員の方に導いていただいてようやく少しずつ前に進むことができました。いつもならば仏蘭西共和国内でとらぼーに遭ってしまいますが、今回は飛行機に乗ってからサヴァイヴァアが始まったと申しましょうか。
習慣で着陸一時間ほど前になるとお財布の中のお金をユーロから円、円からユーロに入れ替えますが、機内に持ち込んだバッグの中に日本円を入れたお財布がない!無い、無い、無い!? 焦りました。里帰り直前にココんちのほぼ黒猫が重病になり、どこかふわあっとなったまま、ココんちを出たせいでいつもの習慣を忘れてしまったようです。運が良ければ預かり荷物のトランクの中にお財布が入っているはずですし、運が悪ければココんちのひきだしの中にお財布は置きっぱなし。もし運が悪い場合だと私は一円も現金を持っていないので「成田からどうすりゃいいの?」としばし。クレジットカードで引き落とせばなんとかなるかと思いついたあたりで成田到着。
入国審査ではメガネを外しての本人確認に続き、係の方が「出国記録がありませんね」と来たもんだ。「えええと、2011年2月ですが」と言いますと、「えええ、3年も出国したままですか?」と一言。こちらはきょとーんとしてしまったんですが、3年「も」出国したまんまというのはよろしくないことなのでしょうか?
続いて、預かり荷物の引き取り。団体さんが数組乗っていたこともあり、自分の荷物がなかなか出てこず、どっと疲労が出てしまいました。ようやく自分のトランクを拾い、見通しが良い場所でありながらひとの少ない場所を見つけて、トランクを開けたところ、「運が良かった」。日本円が入ったお財布を見つける事ができました。でお・ぐらあしあす。
その後は、よろよろと地下に降り、いつもどおり、有人券売所で「一番早く都内に入れる切符をください」とお願いして、最新のスカイライナー。快適でござあました。

その後、JRに入ってから東京メトロに乗り換え、自宅に着くまで、必ずしもエレベータがなかったり、エスカレータがあっても上りばかりで下りがなかったり、と無駄に歩かされました。

なんだかなー。
日仏両国の空港内の進化とは反対に、JRの進化は停滞気味のように思えました。

とりあえず、実家に着いた。大雪には参ったけれど、うちはうち。
あっちのココんちを出てから、きょうで7日となりました。



le 18 février 2014, Bernadette

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by ma_cocotte | 2014-02-18 21:17 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(3)
太った。
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三日間で、1.7キログラム、まる

le 26 décembre 2013, Etienne

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by ma_cocotte | 2013-12-26 23:54 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(2)
二年と八か月ぶりではなかろうか。
私は冷たいアイスコーヒーを飲みました。
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9月の第三週目を過ぎた頃だったか、ココんちに近い旧市街にアイスコーヒーを出すお店ができたのです。
お店の名前は French Coffee Shop と言い、どうやらボルドオ方面で誕生したお店だそうで、なぜか花の都お巴里には未だ進出していないようです。

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開店してまもないこともあり、お客様は外まで行列。
ですが、アイスコーヒーを知らない田舎の仏蘭西びとは温かい珈琲を注文しているひとが多かったです。

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私が頼んだアイスコーヒーはミディアムサイズで4ユーロちょい。地元のカフェの相場からしますと生ビールの約2倍、グラスワインの1.5倍という高価なお飲み物なんざます。

実家では毎日、アイスコーヒーを風呂上りに飲んでいた自分ですから、二年八か月ぶりのアイスコーヒーをとても美味しくいただけましたけれど、このお値段ではお気軽に立ち寄れそうにない。しゅぅうううん。

le 4 octobre 2013, François

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by ma_cocotte | 2013-10-04 23:24 | Thé ou Café? | Comments(0)
あっと驚く、くまごろう
新しいロオマ司教さま(フランシスコという名前で出ています)が即位されて100日を過ぎたそうです。
確かラッツィンガ名誉教皇さまがベネディクト16世教皇として着座されてまもなく、教皇さまと同じ装束のかわいらしいテディベア が話題になりました。・・・なんてことを思い出したところで、偶然にもFacebookのスイス兵ページでその、つまり、テディベアの話題が掲載されました。
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新しいロオマ司教さまよりお贅沢な装束ですけれど・・・


はい、なぜならこの教皇熊さんは新しいロオマ司教さまではなくベネディクト16世教皇さまがモデルで、スイス兵制度の創立500周年を記念して、2006年につくられたのだそうです。

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はぁはぁ。


スイス兵テディベアのかわいらしいこと、この上ない。
かぼちゃパンツのふくらみ具合もたまらんわい。

いずれのテディベアも独逸はヘルマン Hermann 社で作られました。

かわいいねぇ。

le 21 juin 2013, Louis de Gonzague

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by ma_cocotte | 2013-06-21 02:50 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(2)
L'adoration 聖体礼拝
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2013年6月2日午後5時に始まる旧市街の聖堂での聖体礼拝に行ってみました。

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先にフランシスコ教皇さまが信仰年の今年6月2日日曜午後5時から世界一斉に聖体礼拝をしませんか、という提案があり、実現となりました。
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仏蘭西共和国内はロオマ時間と時差がないので、各教区、小教区で同時に行われ、一時間の聖体礼拝に引き続き晩課 vêpres も。

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貴重な体験であり、貴重な時間でございました。

le 3 juin 2013, Kévin

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by ma_cocotte | 2013-06-03 20:51 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
国父オランド王はなぜ国民の求めに応じることが「できない」のだろう?
昨日、2013年5月26日、仏蘭西共和国は花の都巴里で、既に成立しちゃっている同性婚合法化法に抗議する大規模な抗議集会が開催されました。参加者は警察発表では150000人、主催者側発表では1.000,000人・・・この差はいったい? 以下の写真は昨日午後5時半頃のニュウス専門チャンネルで生中継された映像です。
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前回 3月24日の集会 に超ウルトラスーパーど田舎からバスに乗って参加したココんちの♂♀は今回不参加。ながら、連日ラジオやテレビ、インターネット画面で見聞する関連報道が気になってはいました。今回について、開催一週間ほど前から仏蘭西共和国の現政権、つまり仏社会党政権がこの件でかなり神経質になっていることがわかってきました。
ヒジョーにムカついたのは政権を掌握していることを悪用して、マスコミを使い、この運動がイコール極右であるという喧伝が始まった点です。ココんちの二人は「あたしたち、極右だったっけ?」と苦笑い。一応共和国民であるココんちの仏人♂は前回の大統領選挙で予選も決戦もフランソワ・オランドに投票しているのですよ。

ソレとコレは別でしょう。

政治思想で同性婚支持、反対につながるというのは愚かな発想としか言えません。現に仏社会党の中に同性婚反対者もいれば、サルコぢ前大統領が院政のUMPにだって同性婚支持者がいます。宗教の水域においても、支持者、反対者両方おり、しばらく前になりますが、仏国営放送の前会長がテレビ番組で自分はカトリック・プラティカント(=生活宗旨を守る信者)だが同性婚法案には賛成だ、とはっきりおっしゃった。

兎にも角にも、テレビだろうがラジオだろうが新聞だろうが現政権の意向を受け入れる媒体はこの一週間、繰り返しこの「同性婚合法化法についての抗議集会」が極右であると繰り返し、現政権の主だった大臣があらゆる番組に出て、同じ主張を繰り返しました。もちろん昨日から一夜明けたきょう27日朝から繰り返し流れるニュウスのトップ項目は昨晩、巴里で繰り広げられた極右と警察の戦いの様子です。

がね、しかし、一度だけとは言え、この集会に参加した田舎者、しかもカトリック・ゾンビと都会人に失笑されるひとりとして書きますが、正式の集会は午後6時で終了。この時間に前後して巴里旧市街外環道に駐車されているバスに地方からの参加者は乗り込んで帰路につきます。そのバス停まで動く人の波と逆行して、なぜか集会が終了したのに都心に向かう人の波があります。つまり、ヒトが入れ替わるのです。
地方から参加したひとびとが去った巴里で、日没後に極右と警官隊が闘っても、それと田舎のカトリックゾンビを一絡げにしてしまうのはあまりに悪意があります。
ついでに、前回3月24日の集会中、演台にイスラム系のご夫妻や移民がのぼると明らかに妨害する連中が人並みの端っこにいたけれど、主催者側は彼らに交わること、関わることをしてはならないと参加者に繰り返していました。ま、そんな勧めがなくても、演台にのぼる方々の意見を拝聴したい者は妨害する彼らに冷たい視線を投げるのは当たり前です。

そういうことを横において、反対集会に参加しているひとびとがフランソワ・オランドという名の国父とエロ首相に希望しているのはただひたすら「国民投票」です。
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報道ではまるで同性愛者の100%、同性愛者は全員、この同性婚法案に賛成しているような話にしていますが、同性愛者の中には反対しているヒトもいます。(もちろん逆も存在するのは当たり前)

結果がどうであっても、この反対運動の勢いからして国民投票を行うのが民主共和の国のあり方ではないでしょうか。この調子だと、近未来の巴里でプラハの春やらアラブの春、天安門のような愚行が起こりえるかもしれず、どうしたことか、先週半ばに仏国内でこの件でナニが起ころうと「○×の春」は使用するべからず、とエラい大臣さんがおっしゃったことも報道され、いったい仏蘭西の今の政権、社会党のどこが民主共和なのかとひとしきり。

国民投票をあくまでも拒否し、あらゆる手段を使って印象操作をして、党意の実現・・・一党独裁にさえ見える。今回もまたフランソワ・オランドに投票して後悔しているココんちなのでありました。だからといって、次々届くサルコぢ2017年復帰には応じませんから。ふん。

le 27 mai 2013, Augustin de Cantorbéry

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by ma_cocotte | 2013-05-27 17:10 | actualité 現時点の現場から | Comments(0)