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ヂャウ・ハランバン夫人、フランスを出て、日本に行く前にフランスに戻るの巻
TGVの空港駅で偶然出会ったエストニアからのローマンカラーズさまに 旅まるごとを祝別していただいた ヂャウ・ハランバン夫人は、そこから空港内の目的地に連絡電動豆電車に乗って移動することになりました。その車内に、数時間前の乗換駅から空港駅までヂャウ・ハランバン夫人の隣席にいたマドモワゼルがおりました。ヂャウ・ハランバン夫人が乗換駅でTGVに乗り、着席する前にトランクを棚に乗せようとしてよろけたところにさっと手を差し伸べてくれたのがこのマドモワゼルでもありました。もちろんフランス語で彼女は夫人に温かい声をかけてもくれましたが、彼女の見た目の第一印象がフランスびとというよりアイルランドびとっぽかったことがヂャウ・ハランバン夫人にとっては新鮮でもありました。数時間の隣人ではありましたが、その時の流れの間にこのマドモワゼルがオーストラリアのパスポートを持っていたり、英文の本を読んでいることがわかりました。こうして同じ豆電車で再会したのも何かの縁かもしれません。TGVの中で助けていただいたことのお礼を述べつつ、フランス語も英語も流暢なんですね?とヂャウ・ハランバン夫人はマドモワゼルに話してみました。すると、マドモワゼルがご自分の父上が仏蘭西びとで、母上がオーストラリアびとであること、更に現在父上は仕事でイスラエルに在住し、母上はパースに住み、ご自分はこれからシドニーの大学寮に戻るところなのだと説明してくれたのでした。その説明を一分未満で聞いたにも関わらず、ヂャウ・ハランバン夫人は地球を一周した気分になってしまったのでした。そして、一つ屋根の下で作られた一家族なのにこのようにグローバルな感覚があることも、決して自分の物差しでは計りきれるものではないことを改めて実感したのでありました。

本当に再会できるのかは神のみぞ知ることですが、互いに「オ・ルヴォワァ Au revoir」と挨拶し、シンガポール航空でシドニーに戻るマドモワゼルとヂャウ・ハランバン夫人は別れ、自分が乗る航空会社のカウンターに行き、手続きを済ませました。その時、先程TGVの中でヂャウ・ハランバン夫人が「人間おきあがりこぼし」と化す原因となったトランクを秤に乗せると、どうも規定より数グラムほどオーヴァーしているようで、受付のおねいさんが機内持込はできないことを告げて来ました。そこをなんとかゴリゴリして、ヂャウ・ハランバン夫人はトランクをひっぱりつつ、出国手続きをし、免税店を冷やかし、ながーい動く廊下を過ぎて、機内持込手荷物検査となりました。この検査を済ませれば、搭乗時刻を待つのみになるのです。

と、こ、ろ、が、荷物、あのトランクにクレームがついてしまい、蓋を開けての検査になってしまいました。検査官さんたちが問題と指摘したのはコレ(↓)でした。
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日本風に言うと「栗餡」の缶詰、フランス風に言うと「黒粒粒ヴァニラ入り栗ペースト」の缶詰です。これがヂャウ・ハランバン夫人のトランクに2缶入っていました。未開封の缶詰であっても、中身は液体扱いになるので機内持込は禁止。もしヂャウ・ハランバン夫人がこの場でこの2缶を諦めれば隣の待合に行けますが、もしこの缶詰を諦めたくないならば
はじめの一歩からやり直せ
と、言ってきやがりました。この場合、「はじめの一歩」は航空会社の受付カウンターになります。あそこでこのトランクを預ければ、缶詰も日本に持っていけるよ、とおっしゃるのです。ただし、はじめの一歩に戻るまでにあるいくつかの警察やら関税審査官との交渉は自分ひとりでやれ、と。この機内持込手荷物検査に至るまでの長い道程や、退屈な行列待ちや、面倒臭さを振り返ってしまうと、ええいっ!こんな缶詰諦めてやるっ!とも思いましたが、こういう困難に向かわず楽を安易に選ぶのはそそのかしのようにも思えたし、搭乗時間までかなりの時間的余裕もあったので、ヂャウ・ハランバン夫人ははじめの一歩からやり直すことにしました。思い起こせば、数グラム超過しているという事実に素直に従えば、こんな思いをせずに済んだのです。この事実は天罰か、はたまた世の中がそんなに甘くないことを天が我に教えてくらしゃったのかもしれません。

はじめの一歩に戻るまで警官やらに説明するのは気が重くもありましたが、はじめの一歩まで戻ってトランクを預け、数十分前に既に通ったルートと、同じ関門を潜り抜ける作業を繰り返すことになりました。最後の関門はもちろん手荷物審査でしたが、今度は荷物には問題なく、ヂャウ・ハランバン夫人そのものに びーっ とブザーが鳴ってしまいました。奥から体格の良いサツのおねいさんが現れ、ボデータッチが開始されました。ゲンナリです。確かにヂャウ・ハランバン夫人の旅はローマンカラーの神父さまに祝福されたはずなのに、フランスを出国して日本に行く前にフランスに戻るという不思議体験をすることになってしまいました。

でもね、これを繰り返したことで、ヂャウ・ハランバン夫人は偶然にもン十年来の友人の妹に出会い、その後、成田まで彼女と二人、時を忘れるほど楽しい旅を続けることができたのでした。

こうして、栗餡缶詰のせいで不思議体験したにも関わらず、栗餡缶詰のおかげで懐かしい友と再会できたヂャウ・ハランバン夫人でした。・・・変なの。

le 7 octobre 2008, Auguste
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by ma_cocotte | 2008-10-07 17:28 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(15)
初秋の、そぼふる雨の中、
と或る駅で降り、
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この乗り物に乗り換えて、某所に参りました。

時間を追うごとに雨足が強まっているのに、ヒト、人、ひと。
しかも、月曜日なのに子供がうぢゃうぢゃうぢゃ。これには、ビビデバビデブゥでした。

オバさんのド根性で、雨ニモマケズ、風ニモマケズ、夢の世界を転がり続けましたが、しばらくするとどうも靴が重たくなってきました。天気予報で雨と予報されているのに、革底の靴を選んだ自分にようやく気づき、飛び込んで買ったのがコレ。
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ちょぉおおお、かわゆぅううううううい。


その場で靴を履き替えて身を軽くして、秋雨に濡れて参って、コレを食べたのでした。
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・・・・う、うまっっ。

いろいろな事情でしばらく販売されていなかったらしいこの食べ物が再開していたのでした。夕方には胡麻チュロスも食べました。抑えるところは抑えた、ぞっ、と。

夢の国の時の流れは遅いのか早いのかわかりませんが、我が身を例えるならば「不思議の国のアリス」のうさぎさんであります。
Mon Dieu, mon Dieu, je n'ai pas de temps!
ああ、時間がないっっ!
腕時計をはめていたのに、時間を忘れ、気づけば滞在12時間。
「せっかくの日に雨降りで残念だなあ」とボヤいてくれた留守番の父に、おみやげはコレ。
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おブラックおペッパー味の パップコーン だす。

これは、うまま щ(゚Д゚)щ  お酒飲みには麗しの美味つまみざますよ。

こうして、非日常は半日ではありましたが、ヂャウ・ハランバン夫人は幸せでした、まる

le 30 septembre 2008, Jérôme
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by ma_cocotte | 2008-09-30 09:25 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(4)
おいしうございました、なのだ。
これは、それは、おいしうございました。 げふ
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もそっと、ちこう寄ってみませう。
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想定外のご馳走でございました。

先の日曜日、母の納骨が、母の生前の性格とそっくりな気まぐれ天気の下で滞りなく行われ、その日の夜からかつて母が元気だった頃のように、就寝時には全室の電気をきちんと消灯するようになりました。母が実家からいなくなって、ひとつ屋根の下のけぢめがついたものの、父の心のうちではまだけじめがついておらず、彼岸のうちに仲人夫妻の墓前に母についての一連のことを無事済ませたことを報告することで夫としてのけぢめがつくと決めていたようでした。母の帰天後、残された父を案じてか、かつての会社の仲間からの誘いにも「妻の納骨が済むまでは控える」と返事していたようで、繰上げで一周忌も済ませたこともあり、この彼岸明けから父は少しずつ老人なりに社会復帰するつもりなのだそうです。

幼少期を親から離れて山奥の豪雪地帯の疎開先で過ごした父は、どうも思いつきでぶらりとどこかに寄ったりするのが苦手なようでしたが、こうして愚娘が戻ってきていることですし、仲人の墓参帰りに寄ったのが東京都内の某デパートで開催中の「秋の大北海道展」でした。その会場で見つけたのがこのお弁当です。

ここに寄ったことで、当初寄るつもりだった線路向こうのデパートに寄るのを止めた父。愚娘がその理由を聞いたら、ライバル店舗の紙袋を見たら気を悪くするだろうと思ったのだそうです。夕食の席で、「うまい、うまい」とこのお弁当をほおばりながら、「ああ、良かった。これで一安心だ」ばかりを父は繰り返しました。母の納骨の日の前日、父は熟睡できないほどだったので、こうして仲人への墓参も済ませて、ある種の達成感みたいなものを感じているのかもしれません。ビールもひさしぶりに美味しく飲めたかもしれません。

一夜明け、きょうはま・ここっつぁんが持ち帰った半生パンにハムとチーズを乗せて焼き、「美味しい、美味しい、おいしかった」と、塩っぱくて重い、かりかりもっちりのパンをほおばった父でありました。もちろん巨人×阪神戦を見ながら、です。父にとって、
巨人軍は永遠です。
なのです。長島さん、命。巨人のみなさん、頑張ってくださーい。

le 27 septembre 2008, Vincent
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by ma_cocotte | 2008-09-27 20:51 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(4)
ヂャウ・ハランバン夫人の「眼々が福々」の巻
さわやかな青空が広がった9月24日、
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ヂャウ・ハランバン夫人は生まれて初めて大相撲なるものを観戦したのでありました。
国技館に入館するため列に並びますと、ブースの中には
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ヂェシィ高見山さま

高見山関はヂャウ・ハランバン夫人が子供の頃のスゥパアスタアでありました。お忙しいでしょうに、満面の笑みで、笑いをさそうようなことをおっしゃり、握手までしていただきました。ヂャウ・ハランバン夫人のすぐ前には赤ちゃんを抱っこした方がおりましたが、親方は赤ちゃんのもみぢの手をとって握手。・・・・・・ぶるん、ぶるんと・・・・赤ちゃんの腕があんなに動くとはヂャウ・ハランバン夫人は知りませんでした。

ヂェシィ親方が教えてくださった場所を抜け、
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ムッシュウの後ろに従って参りますと、
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やがて、目の前に広がるこの世界、
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想像していたより土俵が小さく見え、驚いたヂャウ・ハランバン夫人なのでした。

・・・・さてぇ、
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by ma_cocotte | 2008-09-24 23:02 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(8)