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歩いて一苦、祈って一善。
一年前の11月23日のルルドはこんなお天気でした。
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何もすることができない仏蘭西の日曜日の午後、9月にルルドにいらした教皇さまもすなったという聖母の御出現から150周年記念の免償ヲーキングを私もしてみました。
ルルドの聖域の正門入ってすぐ右の小屋で挑戦すると告げ、必要道具一式(ペンダントと地図)を手に入れたらスタートです。
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地図に掲載されているルルド旧市街の四地点(バジリカ聖堂がある聖域、ベルナデッタ一家が住んでいた牢獄址、ベルナデッタが受洗した教区教会、病院)で決められた黙想やお祈りをし終えてから係員によってペンダントにシールを貼ってもらうと「免償」となります。
正門を出たら、道路に書かれた水色の線を頼りに歩を進めます。
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11月第一週で巡礼最盛期にいちおうピリオドを打つにもかかわらず、この日が日曜日であるにもかかわらず、免償締切日でもある2008年12月8日の記念イヤー閉幕日を目前に歩くヒト、ひと、人。

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ルルドという町は谷底にある町と例えられるかもしれません。丘に沿って造られた曲がりくねった道と坂の上り下りの繰り返し。ここ ↑ はベルナデットの生家です。

こちら ↓ はベルナデットのパパの実家。
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そして、こちら ↓ がルルドの町の小教区教会です。
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この教会は免償ヲーキングラリーのポイントのひとつで、
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ベルナデットが受洗した洗礼盤の前で黙想と祈りを行うと、係員さんがペンダントにシールを貼ってくださいます。

次に向かうは、ベルナデットが家族と住んでいた牢獄跡です。
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ここではベルナデットの遺品が展示されているので見学しながら黙想と祈り。出口にて係員さんがシールを貼ってくださいます。

次がルルド市の病院!
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この坂を下り、商業地区の向こうの丘の上にある病院までの道のりはヲーキング向けの軽装であっても厳しいものでした。

こちらが病院の小聖堂です。
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病院においてのヲーキングラリーの義務はこの祭壇に接吻し、手を置いて黙想することです。
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教皇さまもなさったこと。なぜだかこの中継点ではかなり緊張しましたね。

病院を出、聖域に戻る坂道の途中から。
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遠くピレネーに雪降りつむ。
夜が明けるたびに、ピレネーの雪の裾は広がっており、美しかったこと。

こうして、免償ヲーキングラリーを終えた証明となるペンダントが手に入りました。
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「一日一善、一我慢」は私が通っていた学園で実践されていましたが、この聖母ご出現150周年記念免償ラリーは「おもしろそう!楽しそう!」という気持だけではかなーりハードな内容で、四地点クリア後はへとへとになりました。ですが、へとへとな心身の疲労は就寝前に差し上げてしまえばよろしいこと。こうしてルルドを訪問し、恵み深い一日を過ごせたことに感謝、感謝でありました。

le 23 novembre 2009, Clément
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by ma_cocotte | 2009-11-23 23:51 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(0)
図書室の片隅から見つけたもの。
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昨年11月の終わり、ルルド Lourdes に行って参りました。
ルルドという町には48の修道院が点在しているそうです。
私は聖域の真裏に位置する小さな修道女会 ↓ にお部屋を借りることができました。
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お部屋はこんな感じ。
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ベッド、机、シャワー&トイレに掃除道具。これにもし小さな本棚があれば1998年にいたパリのモンパルナスにある女子寮と同じです。

もちろん寮ですからお約束の風紀あり。
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第一の約束は、- Le SILENCE 静粛に!
第二番目の約束は Après 22 heures, ne plus prendre de douches 午後10時以降シャワー禁止、更に続くは Respectez les horaires des repas! 食事時間を守りましょう!
きゃああ、うっかりワクワクするほど破り甲斐がございませんこと?
ちなみにこの修道院から聖域に至るまでに三度、門を開け閉めしなければ専用の小道に出られません。塀は・・・そうね、登って飛び降りれなくもなくってよ。 焦ってスカートの裾を引っ掛けませんように。・・・おいおい、状況が違うだろ。

修道院ですから図書室も。むこうの山にはカルメルぐゎ。
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そして、ド根性で本棚からお宝発見。がーぶちょんemoticon-0152-heart.gif 眼福ぅうう。
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教皇JPII からご聖体をいただくスイス兵。「直立のままお口」はお決まりざんす。
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↑ 小柄なB16ですと見詰め合う二人になってしまふ ↑


教皇さまの車が縦目のメルセデスですから1980年代前半でしょうか。ついこの間のようでも、きょうび縦目のメルセデスは滅多にお目にかかりません。こんなことで月日の流れを実感し・・・ぢぃっと手を見る。

le 17 mars 2009, Patrice
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by ma_cocotte | 2009-03-17 06:13 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(8)
なんだかなー、もー。
数日前から巷で話題のこの話題(↓)。


無責任な飼い主減らせ、自民議連が「ペット税」導入論

2008年12月28日03時14分 読売新聞

自民党の動物愛護管理推進議員連盟(会長=鳩山総務相)は、犬や猫などの飼い主に課税する「ペット税」の導入に向けた議論を近く開始する。▼動物を飼ってもすぐに捨ててしまう飼い主を減らし、ペットを取り巻く環境改善につなげる狙いがある。議連では、ペットを購入する際に一定額の税金を全国一律で課すことを想定している。▼近年、ペットの飼い主が「飼うのに飽きた」などといった安易な理由で、ペットを捨てるケースが増えている。2006年度末時点で全国の自治体に引き取られた約37万4000匹の91%が殺処分され、社会問題化している。▼環境省はペットの引き取り数を17年度末までに約21万匹に抑える方針を打ち出しているが、財政難にあえぐ自治体は十分な対策を講じる余裕がないのが現状だ。この自治体の対策費の不足分を補う財源として、ペット税が浮上した。▼ペット税の税収は、〈1〉ペットと飼い主の特定につながる鑑札や体内埋蔵型マイクロチップの普及〈2〉自治体が運営する動物収容施設の収容期間を延長するための運営費〈3〉マナー向上の啓発運動費用――などに充てる方向だ。▼議連では、「ペット税導入には、動物愛護団体からも前向きな声が寄せられている。飼い主ばかりではなく、ペット業者にも『大きく育ち過ぎたから処分してほしい』といったモラルの低下が見られるという。新税導入で殺処分減少に効果があるかどうか、検討したい」としている。



ふーん。
そこはかとなく不透明でよどんでいるように見えます。
ペット税はどこにかかるのでせうか?上の文章だと飼い主とペット業者の双方でしょうか?だとすると(生き物に対してあまり良い言葉ではありませんが)購入時に消費税のごとく扱われるもの?いろいろ検索をかけてみたら、このペット税は自動車税や固定資産税などと同様にペットの飼い主に対して課税されるものらしいです。想定されるこの課税による効果は
マナーの悪い飼い主、動物を虐待する飼い主、すぐに飽きて捨ててしまう飼い主など、こういう性質の方々は税金を払ってまで買おう、飼おうとしなくなるだろうし、逆に本当にペットのことを大事にする飼い主が多くなるだろう
だそうです。そうでしょうか。自己快楽につながるならお金払うのでは。仏蘭西のお金持ちは新車を購入し、税金を払う前に売って、新車を買ってるそう。半年単位で買い替えですってよ。そういう半年で売られた新品同様の中古車を買ったのがココんちです。それに、税金を払う義務だけでペットを大事にする飼い主が多くなるという考えも楽観すぎというか、「お金を払うこと → だから、大事にする」なんて心の貧しいヒトの発想に思えてならないンですが。税収の使用目的を見ますと、マナー向上の啓発費用とありますが、マナーとは具体的にどのようなマナーなんでしょうか?公で他人さまと揉めない基礎はマナーでしょうけれど、動物の虐待や「飽きて捨てる」というのは飼い主が生命の重さや尊さをまるでわかっていないから実行できるのではないでしょうか?ペット業者の「大きくなりすぎて(売れなくなったから)処分して欲しい」だけでなく、純血種を好む客のニーズにこたえて儲けようと考えが優先すると健常でない犬猫が出生したことですでに処分している話も漏れ聞いています。そういう動物を保健所から引き取って養子縁組している人々も日本國内にもいらっさいます。

2006年度の時点で約37万4000匹中の91%が殺処分され、2017年度までにペット引取り数を21万匹に抑えたい、などと読むと過去の『キャンプ』を連想しなくもありません。なんかハツにズキっと来ます。殺処分改善は数字の減少というより、繰り返しますが飼い主の「生命」についての意識にあると思うんだけどなあ。
仏蘭西ですが、野良犬も野良猫も警察や憲兵隊が見つけると、管轄内の動物愛護協会(La Société Protectrice des Animaux 略してSPA)に連れて行き、後はSPAにお任せになります。SPAのホームページの 養子縁組コーナー だけでなく、ココんちあたりだけかもしれませんが、国営放送地方局で毎週末のお昼の時間にこの地方の動物愛護協会であずかっている犬猫などの動物が映し出され自己紹介後、養子縁組希望の方は以下の電話番号へ!というスポット番組が流れます。決して見るからにかわいい子犬や子猫ばかりではなく、中年~老年、時に障害を持つ動物であることもあります。ココんちの一匹もSPAで引き取った猫です。

仏蘭西というかEU諸国では動物を伴ってのEU国内国境越えでも動物用パスポートとマイクロチップが既に義務となっています。ココんちの猫たちもワクチン接種の際、一度にマイクロチップ挿入をお願いしたところ割引になりましたし、マイクロチップのナンバーは農業省に登録され、証明書が後日送られてきました。が、マイクロチップは見た目ですぐわからないので内耳の刺青が見直されてもいますが、どうしても薄くなってしまうことや、数年前には捨てるために耳を切り落とされた犬が発見されたこともスキャンダールで紹介されていたことがありました。これまで共に住んでいた犬猫が邪魔になった途端「捨てよう」と思いついてしまうと、真夜中に車に乗せて自宅から遠く離れた場所に捨てるという桃太郎侍にぶった切っていただきたいようなことをするヒトもいます。

こういうことを思いつく人間、哀れです。

今月初め、東京都下にお住まいの或る著名人が野良猫に餌をあげ続け、集合住宅に住んでいることもあり、同じ建造物に住まう当人以外の9家庭が訴えたというニュウスが流れました。訴えられたご本人は 隣人が嫌がっても猫に餌を与える理由 として
猫にも『先住権』があり、餌をやらないと死んでしまう。
地球には犬も猫も小鳥も、花や植物も同じように生きている。
人間の癪に障るからといって、この世から消してよいはずがない。
とおっしゃったそうです。行を代えてみましたが、はっきりとした3つのテーマがありますよね。一行目はたまたま猫で訴えられたから猫についてのこの世の先住権を出して「食わなければ(ヒト同様)死ぬ」と。二行目はヒトや猫だけでなく他の生き物の生命が平らに等しく地球にあること。三行目は「人間の癪に障る」ことで「殺める」こと、つまり強者の弱さで弱者を殺めることに反対であることを述べてらっしゃる。三行目にドキっとしました、私。
だけど、この訴訟の話題についてたまたま猫に餌を与えているだけだったり、猫と同居しているだけで猫派という枠に押し込められ、その猫派に所属するヒトの主観が強いあまりに世間のバランスから外れているがごとくの扱いや、猫の公衆の粗相の悪さが猫嫌いの五感に響いて癪に障るので猫派はこういう人々のために自分への甘やかしを改めた方がいいという意見も見ました。日本國では野良犬はいないし、散歩も飼い主が丁寧にお掃除していることも事実です。全員かどうかは存じませんが。
一方、仏蘭西ではどうかというと公衆での犬の粗相を掃除する飼い主はまずいませんので、歩道には犬の落し物がごろごろ転がっています。それを踏むとBon chance!と言う習慣もありますが、その後の靴底掃除など犬の臭いと馴染みない者にはチャンスどころか苦行です。特に枯葉のシーズン以降は雨でよれた枯葉と犬の落し物の区別が色だけでなく感触でも分かり難く、しばらくしてから立ち上る臭いで泣けたりします。不思議なのは仏蘭西の犬は♂も♀もしゃがんでpipi (ピピ、小用)します。道路の端に立つ電柱に片足をあげて用を足す♂を見た記憶がない。ああ、よそンちの車のタイヤにピピを引っ掛けている犬が散見されますね。散歩中も犬の飼い主は小用も歩道のど真ん中でさせて、その後は放置で去ります。ココんちの場合、隣家2軒、向かいの一軒には犬がいます。各お宅、犬の用は庭で足させています。片付けもしません。芝や花卉の栄養にでもなるのでしょうか。もし仏蘭西だったら公衆衛生マナーは犬派の方々にまず義務付けしていただきたいものです。犬派だけでなく、警官や憲兵のパトロールは時に馬で行われ、馬の落し物も歩道や公園に放置されたままです。農業国家ですから牛馬羊が車道でお散歩なんてことも地方なら見られ、もちろん落し物があり、走行の車はそれを避けることもできません。臭いですよ。所変われば品も価値も常識も変わって、猫に関わりないヒトから彼らの主観と偏見で猫派という枠に押し込められたり、猫原理主義者扱いされたヒトビトだけに改善を要求できなくもなります。お互いできることをするのが最初の一歩です。
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ノエル直前のクリスマス市に出ていたお子達のためのポニー試乗会。

例えば仏蘭西だったらヒトを犬派と猫派に他人が仕分けすること自体、子供に「あなたはパパとママンのどちらが好き?」とうっかり質問して大人に厳しく注意されることに値しますね。生きているモノの形はどうであれ生命をいとおしむ心が第一です。自分が共に住める条件が合うからたまたま同居しているのが犬であり、猫であり、ハムスターであり、爬虫類であり、各家庭の条件が合えば複数の類の動物と住むだけです。一番お気軽なのは窓辺でスズメに餌付けすることですかね。仏蘭西という国なので心理的な勧めでもあるでしょうが、子供がいる家庭には犬猫両方が飼われていることが多々あります。そして、学校でも定期的に動物と触れ合うアトリエを開いています。外見は違いますが、言葉を借りるなら「地球には犬も猫も小鳥も、花や植物も同じように生きている。」のであり、それぞれに魂があります。それを外見や習性の違いで派に分け、飼い主の特徴づけするのはいかがなものでしょう。
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最近、ココんちの玄関先によく現れる猫です。窓越しにご対面。ココんちから10mちょっと先のムッシュウの家の猫で、ラプラドールとも同居です。

ちなみに私は犬も猫も苦手です。くしゃみや鼻水などのアレルギーも持っています。子供の頃は今にも増して愚か者だったので我侭でセキセイインコを買ってもらい、途中で飽き、母が鳥たちの最期まで面倒を見続けました。が、私が実家を出たところで一人で生活していたら畜生(敢えてこの語を用います)と同居せずに済んだものの、人は一人では生きられず誰かと共に一つ屋根の下に住むことになったなら、自分の我ばかり通せない現実も心身に痛いほどいくつもあります。今、私が猫と住んでいるのは同居人個人の希望だったからに過ぎません。日常の私は例えるなら漫画「綿の国星」のトキオのお母さんです。猫との係わり合いに緊張してしまいます。もちろん犬もそうです。たまたま猫と住んでいるだけで猫派の主観強い者というレッテルを貼られたところでハズレです。動物を毛嫌いする両親と生きてきた私も、新しい同居人のせいで猫と暮らしたことで、こんな畜生でも時には同居人より優しい心といたわりを知っていることもわかりました。魂、心です。外見ではありません。それがわかって嫌いになる方向に自分を誘うことはできず、好きになれる良さを探そうと努力しています。私の両親は戦争を経験し、自分が生きていくことに精一杯で、いくら物質に恵まれた時代になっても他の動物に対し優しい気持を持つのが難しかったことも同情しています。かつて親が口汚い表現で犬猫はじめとする動物を見下すことに私は同調できませんでしたが、それでも私の親なのです。

私はヒトも犬も猫も性格が良ければ好きですが、状況把握もせずに生命を軽んじ、情けもない性格ならそういうヒトも猫も犬も好きになれません。そして、毎年春に木の皮を破って新芽を見せる木々や花々には生きる力を教えてもらっています。

各地で野良猫を捕獲しては避妊手術を行い、養子縁組を続けているボランティアの方々がいますし、殺処分待ちの動物(主に犬、猫)の救済活動を続けている方々もいます。私はそういう活動をしている方々とも交流ありますが、彼らは犬派でもなければ、猫派でもなく、まず第一に生命を考えて、自らが動いています。上に掲載した訴えられた某氏も既に地元行政に相談し、避妊手術や養子縁組活動を続け、当初20匹以上いた野良猫が現在は4~5匹になったと彼を訴えた側が認めてもいます。こういう活動は映画でもゲームでもないので、それこそ個人の癪に障っただけで根こそぎ消したり、リセットしたり、何もなかったことにもできません。こんなことでも各自ができることしかできません。

私個人が私の生活を中心に希望していることは一度同居した人も猫も私も同居前より不幸にならないことを心がけて普通の生活を続けることです。公共においてもマナーを守りつつ、より良い共存をすること。ココんちの来年は今年よりちょっと幸せになれればよいですが。

le 31 décembre 2008, Sylvestre
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by ma_cocotte | 2008-12-31 01:41 | 『?』なたわ言 | Comments(3)
今年は寒いと実感したのだ。
昨日の日曜日、ココんちあたりの最高気温は0度でした。この季節、午前9時頃夜が明けますが、その時点でマイナス3度。その気温をココんちのヴィスタくんが画面に表示した時にいや~な予感がしましたが、案の定、いや~なことが起こりました。なんと、ココんちのホンダくんが突然、死んでしまったのでした。バッテリーが没。ココ新天地に引っ越して3度目の冬を迎え、これまでの2度の冬よりかなり寒いとわかっているのにホンダくんを外に駐車していたことでの意思表示ですね。わがままでデリケートなキミにすまないことをしました。

何度キーをまわしても、バッテリーが赤く表示しているのに、午後になってホンダくんを西陽が覆えば機嫌を直してくらしゃるかもしれないと願ったことも、空しい希望であることがはっきりしました。ちーん。
フランスは飽食ゲップゲップの真っ只中にあり、一夜明けた月曜の朝、電話帳で見つけた出張修理をしてくれるSOS親父も最初の一軒目は思いっきりヴァカンスを理由に拒否、続いて二軒目は運良く受け付けてもらえたけれどバッテリー液補充だけで70.56ユーロだぜ、おい・・・痛すぎる出費です。それに、すぐ、アズスンアズパッシボーでバッテリー交換すべきだとのムッシュウの仰せなのでエンジンを切らないまま、近所の全国チェーン修理工場に参りましたところ、ホンダくんが日本人という理由で受け付けてもらえませんでした。その店の隣のピジョーやらシットロエンの営業所が恨めしく見えましたね。

そんなわけで、ホンダくんのバッテリーのために進路を西へ。
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新教徒の要塞 ラ・ロシェル La Rochelle

そう、その昔、かの紫の薔薇の君、リシュリュウ de Richelieu 枢機卿閣下が坊主兵を引き連れてチュドーン、チュドーンと新教徒相手に闘った戦地でもありんす。
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Le siège de La Rochelle, ordonné par Louis XIII et commandé par Richelieu, commence le 10 septembre 1627 et se termine par la capitulation de la cité, le 28 octobre 1628.

新教の土地柄だけれど、
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見ろよ、青い空...と、白い婦人たちの小聖堂 La Chapelle des Dames Blanches 。複数の白い婦人とはいったい・・・。このように一見古そうな歴史あるっぽい建造物がゴロゴロしているラ・ロシェルであります。
河岸すぐそばのこの教会ですが、写真に撮ったものの、いったい何なのか知りたくても調べるのに苦労しました。
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それもそのはずで1995年に改修工事を開始して、偶然にも今月はじめに13年ぶりにお披露目となったそうで、国営放送France 3 の大西洋地方版で知ることができました。
La Rochelle : l'église St-Sauveur est sauvée !
http://limousin-poitou-charentes.france3.fr/dossiers/49388488-fr.php
タイトルが笑える。「救世主教会が救われた!」です。最初の定礎は1418年だそうで、リシュリュウくんもここで跪いたかもしれまへん。何を祈ったかは触れない。

おめでたいお披露目の月だからでしょうか。きょう、この教会の入り口で仰々しい帽子をかぶった本物の陸軍将官がいらっしゃいました。初めて見たよ、あの派手な帽子。肩章が二つ星だったけれど・・・なんぢゃらほい。

380年も過ぎて盛者必衰の理をあらはした単なる観光地のラ・ロシェル。
大西洋とは言え、ひさしびりの海は広いな、大きいなー。真冬のお空も真っ青。
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冬のおヴぁかんす、観光客がうぢょうぢょでした。

年末、ホンダくんのせいだかおかげで思わぬ散歩ができました、まる
今度は、いつか、ゆっくり行けたらいいのですけれど。

le 29 décembre 2008, David
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by ma_cocotte | 2008-12-29 23:20 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(11)
今更気付いて知ったこと。
聖夜から4夜が過ぎました。
きょう12月28日は聖家族の祝日であります。聖家族というのは24日夜に生まれたイエズスさんと母マリア、養父ヨセフで構成されております。近年妙に存在が薄くなってますヨゼフさまには「がんばれ、ヨセフさん」と声援を送ります。私が子供の頃は黒革の聖歌集291番「かなしみうれい」を朝礼か終礼で定期的に唄ったものだぞ。世界中のユセフさん、がんばってくらしゃーい!ときょう叫びますと、変な働きをしそうなユセフさんも某ポイント(=それこそ聖家族がエジプト亡命した時の通り道)にいたりするので何なんですが。そういう心持のユセフさんは棗を食べて、棗の木にすがってひとり赤ん坊イーサーを産み落としたマリヤムさんに「俺がついてるぞ!」と心馳せてください。兎にも角にも「ちゅどーん!」は止めましょう。

聖夜には 鴨を焼いた ので、新年は豚を焼こうと、この年末のFrance 2で連夜再放送されている中世絵巻ドラマ「呪われた王たち Les Rois Maudits」の中のテンプル騎士団僧侶の火あぶり処刑場面を見つつ決めました。このドラマ、百年戦争史を描いているンですけれど、当時の王侯貴族は処刑をキャバレーショーのごとく扱い、馳走である豚の丸焼きを中心に宴会を開く場面が何度も出てきます。他人の死を笑いながら凝視できるなんて、当時は決して褒められた時代ぢゃありません。こんな愚かな面があまりあるのも過去だから、熟し切っていない時代の一点だからでありましょう。
「新年は豚」と決めてまもなく、ボリビアの友人から小包が届きました。なんと切手は、
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ブノワ・セーズ Benoît XVI

眼福、眼福。南米ボリビアの切手、実に貴重であります。
ふと数字を目にすると「世界まるごとハウマッチ」という番組を思い出します。そして、フランの時代を懐かしんでみたりもして。
あの頃、パンは安かったemoticon-0159-music.gifemoticon-0159-music.gif
「恨まずにいておくれ」と言われても、私はサルコぢを恨みますよ。(` ´)b

ボリビアですがクリスマスには鶏を食べ、お正月には豚を食べるのだそうです。豚は漁るように飯を食べるので、新年に豚を食べると幸福をかき集められるという言い伝えがあるのだそうです。それを知ったらこの年末から新年にかけてロースト・ポーク作りは決定です。懐よりまず心が豊かになりますように。本音は、ついでに懐も豊かになったら超ウルトラうれしい。

ところで、クリスマスを前後してココんちのポストに入っているチラシが寝具まわりのバーゲンのお知らせばかりなのです。シーツ、ふとんカバー、枕カバーはもちろん、フランスでは主流のソファベッドのカバーなども。これはココんちが含まれる地方のみ?それとも共和国の習慣で新年を迎えるにあたり寝具の衣替えなのでしょうか?べらぼうに奉仕価格だったりするので、毎年この時期を待って新品を手に入れるのがいいですね。日々是勉強。

le 28 décembre 2008, Sainte Famille
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by ma_cocotte | 2008-12-28 21:31 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(9)
おぎゃあ
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Joyeux noël !


Bonne nuit...à tout à l'heure.

le 25 décembre 2008, noël

La photo par ma_cocotte@Lourdes
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by ma_cocotte | 2008-12-25 10:07 | 『冬』 Rien de spécial
刻々と、
迫る、その日。
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きょう12月24日は母の月命日にあたります。10か月経ちました。この月日は長いようでもあり、短いようでもあり、よくわかりません。ちょうど 一か月前の24日 はルルド Lourdes という小さな町で母の供養を私なりにしてもみました。他人に勧められての旅でしたが、行って良かった、行けたことに今は感謝しています。この旅を終えてまもなく、我がブログ友達のぱぴよんさんが天国に一人旅に出ました。昨日、久しぶりにぱぴよんさんのブログに行って 一年前の12月のエントリー をおさらいしていたら涙腺が脆くなってしまいました。ぱぴよんさんがその日その日を懸命に生きている!生きていた!

齢のせいか、「去年の今頃は・・・」と自分についても、他者についても振り返ることが多くなりました。私の母についても去年の今頃を振り返って、まさか母本人も二か月後に天国に旅に出るとは思いもしていなかったのではないだろうか、と想像してみたり。私の母のように思いも寄らず2か月後に旅立つのも、ぱぴよんさんのように余命を宣告されたことで旅支度を整えつつ旅に出るにせよ、死ばかりは究極の神秘であって、その旅立ちの瞬間までは誰もが「生きている」のですよね。いえ、「生かされている」のかな?だって死ばかりは自分の予定どおりにはまず行かないのだもの。だとしたら、「生きるように」ともらった生命は大切に。
で、「生きる」とはどういうことなんでしょう?今更、そんなことを考えて、「今を生きる」、「今、この瞬間をどう生きる?」なんて御題が季節外れの運動会のごとく脳内滑走しています。
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ご慶事の前日にそのようなことに思い巡らすのも傍から見ればどうかしているのかもしれませんが、偶然にも母が亡くなったのが24日なのだから、月に一度の特別な日が重なっただけです。ご慶事の直前だからこそ深く思い考える時間があって良いのかも。
今年からひとつの生命の誕生を祝うだけでなく、このご慶事に前後して胎に生命が宿る神秘、死の神秘をひとりの人生の一本道の上の歩みとして考えられる12月24日になりました。そのように考える種を24の付く日に蒔いてくれた母に、ありがとう。

ところで、天国ってこんなところでしょうか?
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教皇さま揃い踏みなんてこの世では決してお見上げ申し上げられないざます。はっはっは。

le 24 décembre 2008, Adèle

【深夜ミサ@ヴぁちかん】
以下のURLで生中継される予定です。2時間15分ほどだそう。
DIRECT DE ROME
Messe de minuit

http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00042395&vl=video_nouveautes
Les trois photos par ma_cocotte@Lourdes
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by ma_cocotte | 2008-12-24 00:32 | 『?』なたわ言 | Comments(8)
真 冬 の 夜 の 夢 。
ノエル直前の週末、人々は数日後に迎える聖夜のための仕込みの最終準備に取り掛かります。本来、節制中なんでありますが、この週末ばかりはどこの商店もヒト、人、ひと。
そんなせわしい週末の夜は恒例のノクテュルン nocturne です。
いつもなら19時ちょっきりに店を閉めるのに、この週末だけは21時までお店を開けてあげようぢゃないのっ!なのです。

夕暮れ時に旧市街を訪れれば、はるか上空から叫び声。
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この勢いで靴が吹っ飛んだらどこに、どれだけの重さとなって落っこちるかも私には想像つきませんが、落ちる先にヂャウヂという青年はいるかもしれません。苗字はブッシュぢゃないけれど。こちら(↓)はもすこしベイビィ向けのお遊びですが、私のおもちゃカメラでは子供が
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完全に、消 エ テ イ ル 。

お仏蘭西は待降節を迎える11月最終週にもなると、肌が痛くなるほど空気がキーンと冷え、日没後の闇がいっそう深く濃くなります。夜明けも午前9時近くですから、早朝に家を出ると真っ暗闇の中、白い息を吐きながら早足で学校に向かう子供たちの姿が妙に幻想的に見えたりもするのです。こんな季節の夕暮れと共に始まる光の世界は冷えた空気のせいもあるのでしょうか。本当にキラキラときれいです。
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旧市街のシャビィなアーケードも待降節に入るとこうしておめかしして、ちったあ見れるアーケードになります。
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確か山小屋風の屋台群はこの日曜日で閉店です。
このお店、気になりました。焼栗、焼ピーナッツ屋さん。
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後ろの巨大な鉄釜、初めて見ました。
たいていの焼栗屋さんはビヤ樽のような達磨ストーヴかスチームドラムみたいな鍋で店構えなんですけれど、栗やピーナツの殻の焼ける匂いとお砂糖の焦げた匂いがたまりましぇん。ぼかー、しあわせだにゃあ。

目に、耳に、鼻に、こういう浮かれ立った雰囲気だと、私も何かひとつ「これぞ、屋台」な食べ物をつまみたくなりましたので、チュロスを買ったあっっ!4ユーロ。お店のマダムが揚げたてのチュロスを一本一本お砂糖にまぶして詰めてくれるのはいいンだけれど、ヒステリックに思えるほどの詰めようで驚き!だけど、どケチな私にはうれしい盛り。
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チュロスを撮ったつもりなのにココんちで開いてみたら、私のおもちゃカメラはしっかり背後のおねいさんにピントを合わせていたのでした。流れ石。

おねいさんと目がふと合えば、バツ悪そうに目を逸らすどころか満面の笑みで「ボナペティ Bon appétit!」と言ってくれるのもココが仏蘭西だからなのかも?


le 21 décembre 2008, Adrien
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by ma_cocotte | 2008-12-21 22:02 | Promenons-nous! | Comments(12)
諸民族大移動、はじまる。
お仏蘭西共和國のお子達はどうやら今日20日から来年1月4日までクリスマス休暇 Noël 2008 に入ったようです。この休暇を仏蘭西では冬休みとは呼びません。冬休みは2月はじめの休暇を指します。そんなわけで昨夕からニュウスでも道路情報スポットでも既に一族結集のための民族大移動が共和国内で始まっていることを繰り返し流しています。

全国チェーン規模のスゥパアマルシェやらイィパアマルシェの多くも賢愚帝サルコぢ一世のおかげで12月に入ってから毎日曜日にほぼ平常営業を行っております。
主日なんぞクソ喰らえ!
我が臣民よ、働け!稼げ!税金払え!
なんですよねー、賢愚帝サルの本心わ。彼が目論む次の伝統破壊は何だろう?
まあ、全国チェーン店の長上さん方が既に賢愚帝サルちゃんとおプライヴェートでお友達だからサルの言うことを聞いているだけなんですけれどね。ああ、お金の流れる先が澱んでいるのがわかりすぎるので、いくら小さくて貧しくて卑しいわたくしどもに「買え、買え!」と鞭を振るうがごとくそっくり返ったお金持のエラい人々に命じられても、あなたがたの言うことを聞くになれないンですわ(なぜか名古屋弁)。

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12月のはじめだったか、今年、仏蘭西びとの多くがクリスマスプレゼントを買うことを控え、来年明けてすぐに始まるソルド(=バーゲン)を待つことにしているというニュウスが流れました。確かにこうしてクリスマスを目前にしてお店を眺めると、値上がりしている商品も見つけたりできます。クリスマスだから少々値が高くても客は買っちゃうだろう、という売る側の魂胆なのかもしれませんが、
買わねーよ。
でございますわよ、ほーほっほ。何せお金がよどんでいる先が幻覚でくっきりはっきり見えますので。そんな澱みに自分のお金を投げることができるでしょうか?賢愚帝、私腹でスーツの型が崩れ、思うように動けないほどではありませんか。
今年のこの「がま口を緩めない」現象に賢愚帝サルコぢ一世は国際的金融危機だの不景気のせいにいきなりしていますけれど、そーかなー?サルが国家元首になってから、ひとつ買うより二つ一緒に買えばお得、という抱き合わせ商法が反乱しているけれど、賢愚帝の御世になってからの単品の値上がりが尋常ぢゃないもの。手ぇ出せませんよ。まあ、過去も今もいつも世世に至るまでシャンゼリゼェのフケで食事したところでご自分の懐に痛みを覚えることのない賢愚帝一族にはわかるまい。
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le 20 décembre 2008, Théophile
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by ma_cocotte | 2008-12-20 18:56 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(0)
ベトレヘムの光 Lumière de Bethléem
2008年12月14日。
ココんちに「ベトレヘムの光 Lumière de Bethléem」がやってきました。
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この灯火、ベトレヘムの聖誕教会の灯火です。
1985年より、毎年第三待降節の日曜日直前ににオーストリアのボーイ&ガールスカウト隊員がベトレヘムの聖誕教会の洞窟から「光」である灯火をウヰーンに持ち帰ることを続けており、全欧州のスカウト隊員の代表がウヰーンにてその光を分けてもらい、各国に持ち帰り、更に各国内で各地方のスカウト隊員がこの光をもらって地元に持ち帰り、地元の老若男女に分け与えるのです。イエズス・キリストが生まれた場所から持ち帰られ、分けられたこの光は「平和の言伝 un message de paix 」とも呼ばれています。

ココんちにもこうして平和が伝えられました。

「ベトレヘムの光」をいただくには、地元のスカウト隊員 が企画する式典にあずかります。
http://www.lumieredebethleem.fr/index.php/
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今年のフランスでは、ウヰーンからいただいた光をまず14日午前、共和国内各地のスカウト隊員が 花の都はお巴里 *今年は11区の聖マルグリット教会 l’Eglise Ste Marguerite に取りに行きました。若いスカウト隊員が丁寧に持ち運んだ光を地元で分けますが、エキュメニカル式典として行われることも常であります。この世の平和を望むなら誰もがこの光をもらって家に帰ることができるのです。
この式典が行われる会場も毎年持ち回りで市内を転々とするらしく、今年の我が地元は旧市街にある修道女会の聖堂が会場でしたが、聖堂内は人で溢れ、特に橙、緑、青、赤、紫の色違いのお揃いのシャツを着た老若男女のスカウト隊員が200人くらい集まり、彼らの威勢のものすごさに圧倒されたま・ここっつぁんでありました。

式典の中で、まだ一桁のお年頃の子供たちが、紙で作った蝋燭を持ち、愛の火も、信仰の火ももしかしたら消えてしまうことがあるかもしれないけれど、希望の火( lumiere de l'esperance )さえあれば、それらの消えた火を再びともすことができるのだ、と私たちに語ってくれたこと、妙に心に響きました。そう、絶望は漆黒の闇の中にいるごとく恐ろしいだろうけれど、たった一筋でも希望という光があるのなら、その希望がやがて闇を広げ、光のマントのように心の大地を照らしてくれるかもしれません。

今年、この企画のメサーヂュは、
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la paix avec vous! 

平和はあなたがたと共に!


クリスマスまで、あと10日です。

le 15 décembre 2008, Ninon
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by ma_cocotte | 2008-12-15 06:01 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(7)