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怒髪天突き、牛乳の雨が降る。
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先週末、旧市街の街中で見かけた光景です。
誰もがココにペットボトルや水筒を持っていくと、牛乳で満タンにして返してくれるという。
牛乳は有料ではなく、無料です。
牛乳を配っている方々は近郊の酪農経営者です。

この前日にはブルターニュの肩にあたるモンサンミシェルのあの潟に百万リットルの牛乳が放出されたこともニュウスで流れていました。共和国の酪農地帯において牛乳が豊作であるにもかかわらず、店舗に出回る牛乳の値段が横ばい、または値上がりしていることに酪農主がこのような形で抗議行動を起こし、牛乳販売業や乳製品加工業者が不正に稼ぐ悪徳にあると訴えているのです。
おっしゃるとおりざます。
共和国の庶民は何か月も保存がきく加工乳や粉末乳を主に飲んでおり、日本のように数日後に賞味期限が来る牛乳は酪農国でもあるのに共和国では贅沢品なのであります。牛乳が豊富に取れる時だけで構わないので、価格を下げていただければ庶民も普段は味わえない甘く濃い、新鮮な牛乳を味わうことができます。私もたまには美味しい牛乳を気軽にいただきたいです。

結果がどうであれ、意志を表明する権利が共和国民すべてにあります。
その表現方法は自由ですが、豊作とは言え、テレビの画面からとは言え、取れたばかりの牛乳がシャワーのように大地に撒かれてしまうことは、かつて南仏に住んでいた頃、輸入野菜や輸入魚介類に抗議する農園主や漁業従事者が道路に野菜や魚を撒き散らかして抗議した際、それを拾う仏蘭西人が多々いたことをこの目で見ている私個人には善行に見えませんが、こうして町の一角で取れたばかりの牛乳を無料で希望者に配布してくださることは、庶民にはうれしい抗議運動に見えます。

金の亡者となった牛乳販売業社や乳製品加工業者が儲けたお金はどこに行くのでしょう?

le 23 septembre 2009, Constant
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by ma_cocotte | 2009-09-23 03:35 | actualite 現時点の現場から | Comments(4)
時は光陰、矢の如し。
2009年夏、
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雨上がりの日曜日、
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老いも、
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若きも、
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若すぎても、
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自分のためだろうが、
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暇だから、だろうが、
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お父さんのためなら「エーンヤコーラ」だろうが、
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絵を描きたくなったら、
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この際、釣りも兼ねて、
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みんな、集まれー。
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りんぐ、りんぐ、りーん060.gif060.gif
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ちりりりりーん060.gif060.gif

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どーぉ?あなたも一杯?一服していかない?



あまりにのんびりしているせいか、
あまりに好き勝手なことをしているせいか、
こういう日に限って時の経つのが早すぎるのです。
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2009年夏の思ひ出。

le 18 septembre 2009, Nadège
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by ma_cocotte | 2009-09-18 22:52 | 『夏』 Rien de special | Comments(0)
カ ザイ道具ではなく カ゛ ザイ道具のための

仏蘭西の田舎のお絵かき好きは写生に出るために
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このような三輪車を使うようです。
前輪が二輪、後輪が一輪というあまり日本では見ない三輪車でせうか。
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どちらで売っているのでしょう。
普通の自転車屋さんでは見たことがありません。

こちらは折りたたむと持ち運べるイーゼル&画材入れ。
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どなたがこのやふな道具を発明したのでせう。
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使い方は、こむヴヴれ comme vous voulez 、あなたのお好きなやふに。

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仏蘭西の田舎の夏休みなんて、こんなもの。
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去年もこうだったから、来年もこうでせう。

le 11 septembre 2009, Adelphe
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by ma_cocotte | 2009-09-11 05:02 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)
それぞれの、さまざまな、里帰り。
フランスは9月2日に中学と高校が新学年を迎え、翌日3日が幼稚園と小学校の新学年の始まりとなるようです。2009年の夏のヴァカンスは終わってしまいました。
聞いた話では仏蘭西共和国民成人が年間に取れるヴァカンスは五週間だそうで、夏のヴァカンスは2~3週間取る成人が多いようにお見受けします。

仏蘭西におけるカトリックの世界も同様のようで、7月、8月の間の約一か月、聖職者方や修道者方もしっかり夏休みを取られれます(引くことの観想修道者)。とは言え、毎日のお勤め(聖務)を休むことはありませんから、日曜日になりますと聖堂には日頃お目にかからない神父さまや修道者を見つけることがあります。
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ミサ直前にマダムから第二朗読をお願いされてました。(^_^)
この灰色の修道服はどちらの修道会でしょう。
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こちら ↓ 共同司式の神父さまですけれど、夏になるとココんち地元でお見かけします。
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いつも髪の毛を七三にきちんと分け、ローマンカラーで現れます。この神父さまとは別にもうひとり、まとまった休暇のたびにグレーのシャツにローマンカラーで教会に現れる方がいらっしゃり、この方は先唱はなさっても祭壇の向こうにまだ立つことはありません。いつもローマンカラーで、髪型も少しクラシックなこのお二人はどこかの修道司祭だと拝察し、先日、ココんち近所の神父さまにこのお二人について質問したら、ぬぁんと
NÉOCATÉCHUMÉNAL ネオカテきゅメナ ..._| ̄|○
日本語に訳すところの、すぃんきゅーどーきょーどーたーい 新求道共同体 !?

いぃ、いぃ、いっつのまに仏蘭西にぃ!?

正直、ぶったまげました。動揺を隠すまでに数分。これまでお仏蘭西国内において、移民のために新求道共同体の礼拝が土曜夜にあるらしいという噂を聞いてはおりましたが、まっさかあのどこからどー見ても伝統主義の修道司祭にしか見えない風貌のお二人が、
щ(゚Д゚)щ ねおかてぇええええ? щ(゚Д゚)щ 
教えてくださった神父さまが更にネオカテキュメナルの拠点がミュウルゥズ Mulhouse にあると教えてくださったので調べてみましたら、あった。ミュウルゥズの聖女テレーズ小教区 Paroisse Sainte Thérèse de Mulhouse、ここが仏蘭西のネオカテ拠点のようです。が、調べてみるとそこはかとなく変で、1995年11月にストラスブゥルの大司教さまに認可されたレデンプトリス・マアテル Redemptoris Mater という教区立神学校 がいつのまにか消え、隣県のミュウルゥズにその消えた神学校と似たような「それらしき施設」があるみたいなのです。実際、今年初めまで私は仏蘭西国内にネオカテキュメナルを教える教区神学校はない、と漏れ聞いていました。なんだかキツネにつままれたようです。
で、ココんちの旧市街でしばしばお見受けするお二人ですが、この地元出身で、普段はミュウルゥズで修行中なのだとか。
そのうちこちらでネオカテキュメナルなごミサを披露される可能性は大ださふでございます。

...と、聞いたところであまり興味ありませんけれど・・・機会があったら一度は行ってみませうか。

le 3 septembre 2009, Grégoire


さて、9月は新学年の始まりなので、教会でも新規募集。
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Servants de messe : Les personnes (baptisées, à partir de 8 ans) qui souhaitent poursuivre ou découvrir l'activité de servant de messe ( servant d'autel pour les garçons, servante de la liturgie pour les filles) sont priées de s'inscrire pour l'année
侍者:ミサに仕える活動について熱心に求める気持または興味がある人(受洗者、8歳以上)の年間登録をお願いします。(男子は祭壇での侍者、女子は奉納のお手伝い)

女子はこれ ↑ をしずしずと恭しく一番後ろの席から祭壇の前まで運ぶンだにゃあ。
無事におつとめした後、親の元に戻る子供たちの誇らしげな笑顔は本当にかわいいです。
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by ma_cocotte | 2009-09-03 01:49 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
寝惚け眼で雨戸を開けたら、
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ゴミ箱の向こうに 何かがいる!?


カメラ片手に私なりにすっ飛んで行きました。
傍目にはえっちらおっちらカールくんに抜かされる天地さん
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Bonjour, madame.

朝も早いと言うのにさわやかな笑顔でご対面となりました。...けれど、
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あなた、ナニモノ?

朝日を浴びるその姿、葦毛を思い起こす銀灰色のそのボディ。
あてくし好みではございませんか。щ(゚Д゚)щ かっも~ん щ(゚Д゚)щ
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視野を広げてみましたら、遠方にももう一頭。
こちらは白ソックスをはいた栗毛さん。(^_^)
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ココんちが田舎であることは我が心の深淵から理解していますが、こうして予告なく馬やロバが路上にボトンとおりますとまだぶったまげる私であります。
ココんちあたりは午後に温度がぐーーーっと上がっても朝晩は涼しくなりました。
きょう日曜日の天気予報でも快晴、最低気温8度、最高気温26度だとか。
昨夕も夕食後、ミュールの収穫に。取れるわ、取れるわ。
しかも艶ある真っ黒の実、大粒、甘い。久しぶりの豊作です。感謝。

もう一か月もすれば木の実を拾う季節になります。

le 30 août 2009, Fiacre

そういえば今日の聖人Fiacre は農作業の守護聖人 Saint patron des Jardiniers ではありませんでしたっけ?
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by ma_cocotte | 2009-08-30 16:56 | 『夏』 Rien de special | Comments(4)
今日から、ラマダン。 Le ramadan commence samedi en France
今年もイスラーム世界のラマダン(節制月)が始まります。
ラマダン رمضان ‎、le ramadan は、イスラームの生き方の基本である六信五行のうちのひとつで、五行の第四戒である斎戒にあたります。約一か月後のラマダン明けのお祭りの夜イィドリ・フィトリ عيد الفطر ‎、la fête de l’Aïd el-Fitr まで夜明け"lever de l'aube"から日没"coucher du soleil"まで食欲だけでなく性欲などすべての欲望から逃れ、自らを穢れのない状態にすることにあります。ただし、体液による穢れ(例えば女性の生理)があった場合、斎戒が成立しないため、その日数分は日を改めて行わなければなりません。確か夜明けから日没の間は喫煙もならず、ところが、空腹ゆえにもし唾液が口腔内に発した場合、それを飲み込めないために路傍にツバを吐くことが欧州人との揉め事のひとつになっていました。今はどうなんでしょう?そして、移民第二世代より後、仏蘭西で幼児教育から受けているイスラーム教徒の子女がラマダンでも日中にガムや飴玉を食すことが増えたことを嘆く親御さんがかなりいましたね。実際、私ゃ、その手の愚痴を聞いていますが。

イスラームの暦は太陰暦に基づいているため、年々、太陽暦を元にすると十一日ずつ短くなります。この斎戒月はイスラーム暦(ヒジュラ暦)の第九月にあたります。今年のラマダン月ですが巴里あたりで午前5時15分頃に夜明け、午後9時頃に日没となるそうです。うーん、ココんちは巴里より南ですが、今のところ日没は9時半手前くらいですね。この30分、断食している人々には長く感じられるのではないでしょうか。そもそも赤道近くの砂漠地帯でイスラームという宗教が生まれたので、発祥の聖地近辺にお住まいの方々には一年中どの季節であろうと日照時間に差がさほどありませんけれど、欧州に移住したイスラーム信者にとっては(傍観している私には)日照時間の差は大問題です。11日ずつ短くなると言うと、来年以降の数年はもっともつらいラマダン月を味合わなければなりません。お察し申し上げます。

さて、仏蘭西ですけれど、約350万人から500万人のイスラーム信者が共和国内にお住まいです。この150万人の差はありすぎぢゃなーい?と思いますけれど、イスラームの方々って移民であれ、難民であれ、欧州中に親戚が分散しているケースが多く、しかも地中海側のマルセイユ、大西洋側のボルドーの国際港のアフリカ方面へのフェリーの往来は飛行機に匹敵ですし、節約を好むアフリカ出身者は自家用車または国際バスでスペインを横切り、ジブラルタルまで行き、そこからフェリーで対岸に行きます。これが一番安いらしい。移民本人から聞いているからウソではないと思う。つまり、150万人の動きはそれこそ彼らの祖であるアブラハムのノマド生活を連想したりもしますが、ちょっと違いますね。(アブラハムは一族を連れたノマド、仏蘭西のイスラーム移民は親戚の分散による放射旅行ですからして)


こうして仏蘭西に居を定めているイスラーム信者のうち、今もラマダン月に断食を守る人は70%だそう。
22日朝の国営放送France2 のニュウスではマルセイユのアラブ居留区の様子が紹介されましたが、マルセイユには約200,000人のイスラーム信者が住んでいるそうで、今年の場合何が心配かと言うと、この熱暑で日中の労働に差し障りが出そうなことだそうです。
なるほどー。___φ( ̄^ ̄ )
少し前というか、今も確かにイスラーム移民の失業者はかなりいるし、イスラーム生活慣習においては既婚女性の労働が必ずしも喜ばれないこともあります。が、一方で以前は旧フランス植民地から、今は主にトルコから労働移民を受け入れていることがあり、特に建築業界で力持ちの彼らを頼っていたりします。そうかと言って雇用主の多くは欧州人ですから、ラマダンを雇用主はしないし、仏蘭西の暦はカトリック典礼暦が元なのでイスラームに優しい暦ではありません。こりゃ、難しい現実ですが、今朝のニュウスに登場した工事現場の責任者である欧州人の話では、彼らの様子を観察しつつ休憩をうまく取り入れるとのことでした。それにしても難しい、大変ですよ。だってラマダンは水分摂取も厳禁ですから。

ラマダンが始まりましたし、熱暑は木曜夕方あたりから収まってはいるものの夏は夏ですし、日照時間に変わりはなく午前5時から午後9時まで何も摂取しないイスラーム信者さんがたんと其処此処彼処におります。これまで私が仏蘭西で垣間見たラマダン月を思い起こせば、アパルトマンの窓から女性のヒステリックな声が聴こえてきたこともあれば、路上でほんの些細なことで男性同士が相手が動けなくなるまで殴りあいを始めた現場を見たのは数え切れないほどです。一方で仏蘭西共和国の教育施設や就労施設にいればラマダンを理由に欠席することさえできませんが、異教徒の中でもまるでなんら節制していないがごとく穏やかに振舞うイスラーム男女もいます。個人差あれど、安直に一絡げにして「だから、イスラームは・・・」と賛美したり、批判したりするのも考えものです。

イスラームの世界においても富裕と貧困の格差が開いたことで、富裕層のラマダン月の過ごし方が決してイスラームとして褒められるものではないという批判もありますし、ラマダン明けのお祭りに壁も扉も精神的に取っ払って、一銭でも自分より貧しいものを招いて施しを与えること(つまり自分も誰かから施されるのが現実)を万民で祝う宴に紛れ込むのも楽しかったりします。

彼らのためにも「慈悲深い神 Dieu "Miséricorde"」が穏やかな暑さの夏に変えてくださいますように。

le 22 août 2009, Fabrice
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by ma_cocotte | 2009-08-22 17:06 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(9)
免許、も、ラッタッタ。
よ、う、や、く。
手元に届きました。自動車運転免許証、permis de conduire 。
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これで欧州15か国内を自由に運転する認可が国から私に許可されたことになります。
長かった。長すぎました。

仏蘭西国内ではIDカードのかわりのひとつである免許証が普通郵便で届きました。日本國だったら(簡易)書留で送られてくるでしょうに。
自動車運転免許取得までのシステムが日本國と仏蘭西の間では何から何まで違うと言っても過言ではありませんが、すこし前、路上運転実技試験に思いもかけず合格し、その足で教習所と言っても、住居の1Kに相当する建物のみ、敷地内に仮免前の運転練習場というものは仏蘭西には存在しませんの受付で審査官から渡された合格証明を見せたところ、15日後に県庁に出向くようにと、その際に必要な書類と25ユーロを持参することを教えられてココんちに戻りました。どうせおヴァカンス真っ最中だし、15日と言われたら20日後に行かないと不快を感じるのはガイジンかつ庶民の私とわかっていたので、15日をはるかに過ぎて県庁に行きました。バカな私は25ユーロと引き換えに免許証をもらえるものと信じていました。ところが、直前になって必要書類に書き込みを始めると、その書面に封筒持参とあります。なんのこっちゃない、25ユーロの支払いを確認してから免許を作り始めるので郵送でブツを返送するというシステムなのです。

ココまでの話で日本國における免許システムにどれだけ遅れているかわかります。
しかも上の写真で一目瞭然。仏蘭西の免許証は三つ折の紙で、写真が貼られたページのみパウチで補強してあります。しかも書換がありませんから、しばしばスーパーマルシェのレジで小切手で支払うご老人が縁がよれよれの白黒写真が貼られたボンロボロの免許証を店員さんに渡している姿を思い返したりもします。あの写真と現在の人相で必ずしも同一人物と確認できるとは思えんのですが。
母が昨年2月24日に永眠し、その後、自分が悲しんでばかりいられなくなる手段として免許証を取ろうと決めました。途中、母の納骨で1か月強ものブランクも空けましたが、これを言い訳にしたところでも長すぎ。日本だったら嘲笑されるほど時間がかかりました。が、自由・平等・博愛に連帯が加わったスローガンを掲げる21世紀の仏蘭西共和国において、共和国内に生きる成人には何事にも平等ゆえの優先順位があり、最も優遇されるのが未成年の子供を持つ成人、次に配偶者のいる成人、続いて職業など公的義務を持つ人、最後に家庭人となります。今の私は末席。ですから、路上講習も社会人や高校生が優先し、空いている場所を与えられたら「はい、従います」と言うのが私のような末席です。土曜日の講習なんて一度もありませんでした。しかも、この仏蘭西における平等ですが、労働者、つまり自動車教習所職員の権利も尊重せねばなりません。ですから、こちらが気に入った教員がいたとして指名したところで、その教員がご自身の家庭環境に合わせて1~2週間のヴァカンスを小刻みに取ることは仏蘭西においては当たり前だのクラッカーなんですわい。この条件に従うのみの立場の人間が免許取得までにかかる歳月・・・これも世界最初に民主革命があった仏蘭西の「先進的平等」ゆえなのです。自己中心で言わせてもらえば、超不平等なんだけれど。連帯的立場になると、なるほど納得なんですな。

ガイジンの私はその長期間、何度も止めようと、諦めようとしました。
なにぶん、日本で既に運転経験がある身としてはオートマチックに身に着いてしまった運転癖を改めることだけでも年齢のせいもあって苦労し、疲れました。路上教習とは別に道路標識試験 L'examen de code (40問中35以上の正解が必須)については言葉のハンディキャップが付いてまわり、これも能力の限界(元々脳みそツルツルなのにさ)を感じました。結果、道路標識試験が2度目、路上運転試験は一度だけで合格。フランス人の平均よりもしかして「お、お、おばちゃま、モア・ベタアよ」な結果となりました。何しろチキンどころかウズラハートの私なので、路上試験直前にスランプ、その前の週まで得意だった縦列やバック走行が苦手になりました。このスランプに追い討ちをかけたのが、実習までの待ち時間に受付に現れた女性が昨年夏から秋にかけて道路標識試験準備の教室で一緒だった超ウルトラ美女のメロディちゃん。なぜいつも模擬試験で優秀な点しか取らなかった彼女が今ココにぃ?とワケを秘書のマダムに伺ったら「路上に合格したからよ」と涼やかに。そう言われたところで、だって彼女と一緒だったのは昨年夏の、私が実家に戻る前ぢゃん?と指折り数えれば10か月です。10か月もの間、若くてかわい奇麗なメロディちゃんが何してたの?と疑問ばかり湧いてしまうので、路上運転中に助手席に座る指導員に質問したら、もし路上試験に落ちてしまうと次回の路上試験は3か月後と仏蘭西の法で定められていると教えてくださいました。さっ、三か月ぅううう?ですが、この話に基づけば若くてかわい奇麗なメロディちゃんが昨年10月に初めて路上試験に挑んだとしたメロディちゃんが合格できず、1月に再試、4月に再々試、7月に再々再試験というのは、あらま、計算ぴったりではありませんか。となると、私が今回の路上試験に落ちたら次回は今年10月、それに落ちたら来年1月ということになります。それを想像しただけで試験前なのに奈落の底にドボンチョなのでした。
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路上運転試験ですが、旧市街の或る駐車場に指定時間に勝手に来てね、だけです。ココ ↑ がそう。市内の数ある教習所のうち3学校から代表教習員1名と教習者、ココに地方から派遣された審査官が助手席に座っての試験でした。こちとらこの世の最期の日のごとく緊張し、奈落の底でドヨヨン状態なのにさ、助手席の審査官と後部座席に座る教習所のセンセったらずーっと「今年のヴァカンスはどんな計画?」なんて雑談を続けています。しばらくして、審査官が「あなた、日本人だけど、宮崎駿の映画っていいよね?」という話になり、「Gauche(左)、Droite(右)、Tout droit(真っ直ぐ)って日本語でなんて言うの?」と質問、それに私が返答して以降は試験終了までずっと日本語で「ミギ!ヒダリ!マスーグ!」の繰り返しで、終わってしまった。トホホ。駐車場に戻り、ブレーキをひき、エンジンを切って「あたくしの演技終了!」と宣言になりますが、すぐ、審査官から「Madame, c'est favorable (奥さん、合格です)」と言われた時、でお・ぐら~しあす!でしたわよ。これ以上、教習費用でへそくりに羽が生えるのは勘弁でしたし。

が、標識試験にしても、路上試験にしても合格を申し渡されてしまうと、そこで風船がはじけたような感覚に襲われるのも仏蘭西かもしれません。たかがDVDを見ての無人模擬試験の繰り返しとは言え、ひとつの部屋に高校生や免許点数を失ったムッシュウやマダムと同席しただけでも異国人の所作見物を楽しめたし、路上教習中は高校や個人のお宅に教習生の送り迎えを私自身が経験しました。日本だったら自宅近所の公道で教習所のマイクロバスに乗って通うのが主流でしょう?こういう点も、仏蘭西はまだ互いに人助けするチャンスをワザと残している国のようにも思えます。迎えに行ったところで誰もいない、すっぽかされたこともあったけれど、それが迷惑と簡単に怒らないフランス人というのも今の日本から見たら奇怪かもしれません。

些細なことだけれど、免許取得を通してプラスα、いろいろ学ぶことができました。
亡くなった母がシジューを過ぎて突然、四輪免許を取った女性でした。最初、ラッタッタ(原動機付自転車)の免許取得を目指していたのに、免許をもらったと同時に母が「四輪がいいと思うの」と教習所に登録しました。普段はおっとりなのにそういう時だけは妙にすばしっこく動く女性でした。今思うと、高校生になった私の送り迎えも考えてくれていたのかも。そういう私は就職試験に合格した数分後に母からまとまった金額が入った封筒を渡され、自動車教習所に登録に行くよう命じられました。あの時も母はすばやかった。どういう運命なのか、母の帰天をきっかけに今になって母と同じ立場で運転免許取得に挑んだこと、不思議に思います。

le 20 août 2009, Bernard

さて、ようやく手に入った私の運転免許証ですが、資格はクラスB ↓ です。
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カテゴリB1の車種ですけれど・・・このイラストはもしかして、懐かしのコレ ↓ ですよね?
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三輪の軽トラック!
仏蘭西語だと・・・トロティネット trottinette で良いのでしょうか?仏蘭西でもあまり見なくなったこの手の自動車ですが、この写真は今年3月、ローマ市内の朝市で見つけました。日本國ではどうでしょう?頭の固い私はなぜか三輪トラックというと小さな港の魚市場を思い出します。腰越とか土肥とか館山とか・・・美味しいシラスが食べたくなりましたな。
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by ma_cocotte | 2009-08-20 22:51 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(16)
暑い。熱い。...厚い?
ココんちあたりはココ数日、夏らしい青空が広がり、気温も35度近くまで上がっています。
今朝はどんよりと曇り空で始まりましたが、そのせいか蒸し暑く感じます。
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午後2時過ぎ、旧市街のアイスクリーム屋台も繁盛です。

ココ数日暑いとはわかっていても、それは夏だから、と自分に言い聞かせていた自分ですが、庭の水撒きをしていて芝が枯れ始めたことでこの暑さが深刻であることにようやく気付けました。フランス語で夏の高温になり過ぎる異常気象をカニキュル Canicule と言いますが、この火曜日にこの異常気象が木曜日まで続くことと、注意報が出た県と、対処法を共和国民に発表しました。
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共和国においてこの手の注意報 Alerte は四段階に分かれており、緑→黄→橙→赤の順で深刻度が増して行きます。ですから、赤は日本語で言うところの警報にあたり、オレンジは警報に限りなく近い注意報に当たるかと思います。今回の予報では最高気温が36~39度、瞬時においては40度になる可能性があり、夜間も20~22度の域であると予想されています。

熱暑についての対応ですが、▼十二分な水分補給 ▼日中最も気温が上昇する時間帯の外出を避けること ▼定期的に肌に湿気を与えること ▼一日に少なくとも2~3時間、冷房がある施設で過ごすこと、等が挙げられています。子供を含めた詳細事項は以下のとおり ↓
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▼自動車や乳母車に長時間滞在しないこと 
▼一日に最低2リットルの水を飲むこと。酒類、油脂、甘味の摂取を控え、軽食を心がけること。
▼天然素材の軽い服と帽子を着用すること
▼涼しく、影のある場所を探すこと
日中は雨戸と窓を閉め、夜間は空気の入れ替えのためそれらを開けること
▼定期的に霧吹きまたはシャワーを浴びること
▼親、隣人、医師に助けを求めることを躊躇わないこと
できれば、日に2~3時間、涼しい場所(スゥパァマルシェなど)に滞在すること

です。日本國のひとびとが「おや?」と思うであろう点を赤色にしてみました。
そうなんですよね、これだけ、35度にもなるほど暑いのにココんちには冷房はおろか扇風機もありません。でも、日本の都内で感じるような高温による不快ほどの不快を感じないでいられます。おそらく北海道とほぼ同緯度のせいかもしれませんし、夜明けあたりは気温が13度くらいであるからかもしれません。つまりお天道様の動きと共に気温が20度近く急上昇なのです。振り返ってみると2003年に死者を出すほどの異常気象に見舞われたことを境に日曜大工店や電気量産店で扇風機や冷房が数種類、売られるようになりました。家庭用の冷房装置は床に置くタイプで日本のような壁に据え付ける型とは異なります。扇風機は「あ~」と声を出しても日本の扇風機ほどビブラートが起きません。(どこで試したのか、まここっつぁんよ)大規模店舗やカフェの冷房化が進んだのも近年5年、つまり2003年の異常気象後だと思います。そんな庶民生活ですので、フランスでは今もこのように「できれば si possible 」という前置きをつけて冷房がある施設におみ足運んでくださいね、と書かれているのです。仏蘭西の現状は日本の昭和50年代にあたるでしょうか?穿った見方をすれば、スーパーや映画館など涼しい場所に少なくとも一日につき2~3時間滞在せよ、というアドヴァイスは神聖賢愚帝サルコぢ一世から裏指令があったように思えたりもします。暑さゆえ決して外に出るな、と臣民に命じてしまったらサルコぢ帝のお友達の多くが減益になりますのでね。

2006年7月末にココ新天地に越してから4度目の夏を迎えますが、この暑さのせいかリビングが南に面しているお宅のほとんどが日中雨戸を閉めています。今世紀に入ってからの住居建築なので雨戸がシャッター式のため、ゆるく閉めると隙間から風が入ります。勧めには窓も閉めるようにとありますが、窓まで閉めている家庭はどれほどか。上の地図でオレンジの注意報域の場合、南より西からの陽光が熱波をもたらすので、要注意です(私も経験者のひとり)。もうひとつ暑さから身を守れる場所があります。それはガレーヂですね。石(ブロック)作りの家屋のガレーヂは夏の間、ひんやり涼しいものです。

兎にも角にも、暑い、熱い。
2003年ほど深刻な暑さに至らないと聞いても、あぢぃいいいい。
この暑さでは近所のおたくのプールがうらめしく思えたりするほどです。
それほど暑い夏なのに、ハリネズミのハリィったら、手に取るなり
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ころーん。


ほんと、かわいいです。
くるまってしまったら暑そうだけれど、皮膚呼吸だから暑くはない???

le 19 août 2009, Jean Eudes
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by ma_cocotte | 2009-08-19 21:35 | 『夏』 Rien de special | Comments(9)
二年ぶりの豊作
どうしちゃったンでしょうか、ココんちあたり。
葉月八月になるかならないかのうちに秋の気配を感じましたのに、ここ数日は35度ほどに。そんな汗疹の発疹危険温度の暑さの中、外に出ましたら、
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火事か、狼煙か。


後でわかったことはダンボール工場での火災だったとか。
お天道様が沈むのは22時手前にはなったものの、ここ数日の暑さは午後9時を回っても34度なんてこともあり、夕食後、そこはかとなーく涼風を感じられる頃にココんちあたりを散策。というのも、八月半ばの今、農道際のミュール mûre の収穫時期なのです。ココんちの窓から遠方にはおぢいちゃまとお孫ちゃんが摘み取る姿が見えます。私もふら~っと出てみてヴぃっくりうさぎさん。
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今年は豊作、大豊作?

黒光りし、粒の一粒一粒がぷっくりと膨らんで艶ある果実は実に甘く、つまんではお口にぽん!袋にポン!昨年、一昨年はこうして摘みに出ても柔らかく甘い実を見つけられませんでしたが、今年はうっほっほっです。
近い将来、道路整備されることになっているので、この野生の果実を摘む楽しみも先が見えています。それを思うと、フランスでは聞くことのないヒグラシの秋を告げる声が脳裏を過ぎりもしますが、あの黒煙から3時間過ぎてもまだ遠方には白煙が。
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土曜日が聖母被昇天の祭日だったこともあり、この土日は妙に静か。大型車両は許可なしで日祭日は走行できないので、二日続きだと移動途中のドライヴインで仮眠して動くことも難しいから、おそらくフランスの国境手前には大型車両が列を成して連休明けを待ち、運転手さんは海水浴か・・・それもいいぢゃーん?
さて、ココんちに戻ってミュールをざるにあけてみました。
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こうして写真で改めますと、ほんと、豊作。
ココんちあたりの狩猟民族を祖にする方々はこの実にお砂糖をかけて食べるそう。まだ黒くなる前の赤い実や、薄緑の実、花も咲いていましたから、もうしばらくミュール摘みを楽しめそうです。

le 16 août 2009, Armel
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by ma_cocotte | 2009-08-17 00:45 | 『夏』 Rien de special | Comments(4)
お蔵の中から、
ココんちにいらしたマリアさま。
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今年7月26日の昼下がりから拙宅にいらっしゃいます。
板に写した絵らしく、裏にはこのようなシールが貼ってありました。
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シールの下にピントを合わせると「04」と彫られた傷。
マルセイユの聖具商で売られていたもののようですが、住所からマルセイユに区政がしかれる前の時代のようで、地図で調べたら一区の、私の記憶に残っている教会 の近くにあったお店のようです。
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上の絵はご存知の方にはすぐ連想できるでありましょう1465年頃、フラ・フィリッポ・リッピ Fra Filippo Lippi(1406-1469)によって描かれた「聖母子と天使」の模写かと思われます。本物はイタリアはフィレンツェのウフィツィ美術館に収められています。
ココんちに持ち帰った板絵は、一目惚れとでも申しましょうか。絵画を囲む額縁の造りにも惚れました。この絵をどこで見つけたかと言いますと、こちら。
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ココんちに近い観想修道女会です。
Vide Grenier ヴィド・グルニエ、=お蔵一掃と称して二日間、骨董市が催されたのです。
この写真は日常は禁域である回廊から聖堂鐘楼を仰いで撮ったものです。

上の絵以外に、市で見つけてココんちに持ち帰ったものは、
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かわいいでしょう?聖水入れ bénitier です。

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これも、べにちえ。一目惚れ。
どちらも聖水入れですから、独特の汚れが残ったままです。

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こちらも、なんとなく、買ってしまいました。
遠方から見た時はタウ τ に見えましたし、近くで見た第一印象はなぜだかエディット・シュタイン Edith Stein、ですが、よーく見ると小テレーズの修道名(聖い面影の幼いイエズスのテレジア)を表現した粘土板でしょうか?おそらくシスターの手作りだと思います。

駐車場にて。
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ビンゴぉっっ!


le 15 août 2009, Assomption

さてさて、こんにちは聖母被昇天の大祝日でござーますからして、
カステルガンドルフォでのアンヂェリュスもぜひぜひ。イタリア語のままです。
DIRECT Angélus à Castelgandolfo
Diffusé le 15/08/2009 /

http://www.ktotv.com/videos-chretiennes/emissions/nouveautes/direct-angelus-a-castelgandolfo/00046479

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by ma_cocotte | 2009-08-15 16:03 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)