テレビ婆っつぁまはただただ目を細めるばかり
の週の始まり。

サッカーワールドカップ2018ロシア大会決勝、フランスが20年ぶりに優勝。星二つになりました。


昨日、フランスでは夕方5時から始まった決勝戦。
これまでの私の長い人生、私が応援する何某は必ず敗北するので、私はテレビ試合観戦をせず、テレビのない部屋に閉じこもり、背後から聞こえてくる家人の声でなんとなーく試合運びを妄想することに徹していました。今回のワールドカップ、私が頑として譲らなかった意見は「勝ちたければ必ず、最低でも3点取る」でした。2点先制しても逆転の可能性がありますが、3点先制しても2点差の埋めが可能でも3点に追い付くのはかな~り難しい、奇跡に近いかもしれません。だから、3点。昨日の決勝はフランスが1点先制した時点で私は「はい、目指せ、3点!」。ところが、クロアチアがすぐに1点を取り、試合はニュル(=ゼロ)、振り出しに戻ったのだから、フランスは1+3で四点取らないと我々ヲッチャーは何ら勝利を予感できない、私の脳ではそういうことになります。結果、フランスが4点、クロアチアが2点の2点差で、フランスの勝利。2点差ですから、クロアチアの善戦に敬意を表し、次回4年後のワールドカップでも必ずや決勝リーグにクロアチアの名があるように、と祈りました。

兎にも角にもフランスの「20年ぶりの」優勝です。
20年前の7月、私はパリのモンパルナスにある女子寮のテレビ室でフランスvsブラジルの決勝を観戦していました。私はなんとなーくフランスを応援していましたが、上に書いたとおり、私が応援するすべては負けるのが常だから心底ではブラジルが勝つだろうと思っていたのが正直なところです。同じテレビ室で観戦していた寮生のひとり、トリニダアドトバゴ国籍の女子はブラジルを熱烈に応援していました。当時、同棲していた男性と将来、ブラジルに移住することが彼女の夢、希望だったこともあります。その彼女は20年経った今、トリニダアドトバゴの政府高官。バツいちのシングルマザー。超かっけーですが、今でも底辺でうずくまっている私を気にかけてくれる優しさは20年前と何ら変わらず。
思い返すと、20年前の女子寮のテレビ室で一番はしゃいでいたのが寮の責任者であったシスターで、ヴェールに修道服をお召しでもスキップされたり、翌朝の食堂でもうれしそうにしていましたっけ。今はどうなさっているのだろう。

話戻って20年後。
決勝戦前もテレビでは関連特番しか流れていませんでしたが(ああ、France 2では当然、トゥール・ド・フランス(自転車レース)の生中継が流れていました)、優勝が決まったことでさらに関連特番が延々と放映されていました。パリはシャンゼリゼ通りでの異常な喧騒についての中継を眺めつつ、私は20年前の優勝決定の日をこうして思い出していましたが、手元のタブレットの指を上下させつつ、見てしまったのが、この写真。


フランス共和国の現在の国父であるエマニュエル・マクロン大統領の、ロシアの現場で観戦中のこのポーズです。

若いわ、マクロン・・・

と、口からついこぼれてしまった私。若いわよねぇ、奥さん。マクロンはやっぱりシジューの青年なんですなあ。もうこの時点でわたくし、マクロンについては息子を見るような錯覚に陥りました。そして、試合直後から繰り返される選手たちへの生インタビュウ。はしゃぐ彼らについては「かわいい」と彼らのあどけない様子に私は夏のヴァカンスで目の前で大騒ぎする孫を眺めるおばあちゃんと化しました。こういう感覚、20年前のフランス優勝時には微塵も陥らなかったので、これが最たる私にとっての20年という時の流れなのだと実感しています。

優勝から一夜明けたきょう、16日月曜は夕方にフランスチームがロシアからパリに戻り、シャンゼリゼ通りで優勝凱旋パレードが行われることになっています。チームはその後、大統領府(エリゼ宮殿)で大統領閣下と宴だとか。

んなわけで、きょうも朝からテレビはずぅううううっとこの話題。ニュウス専門チャンネルでもこの話題ばっかり。ということは、フランスというヒトが決めた囲いの中はきょうも平和という証なのだと思います。

私、もっと他のニュウスを知りたいンだけれどなあ・・・・。




le 16 juillet 2018, Carmen




《追 記》


そうそうそう、送信してしまってから思い出した、もうひとつの20年前の今頃のこと。
私のクラスメエトのひとりがクロアチア人の男性で、確かトミスラフという名前。20歳過ぎたばかりであろう彼の夢は将来、スポオツライタアになること。そのためにフランスに、サッカーワールドカップ開催年のパリにやってきたとのこと。彼、今、どこで、どうしているのだろう? 彼の夢がかなっているならば、間違いなく露西亜はモスクワでの決勝戦を直に観戦していたでしょう。おそらくもう彼と私は天国で再会する可能性しか残っていませんが、もし再会できた時はお互い光の玉っころでしょうけれど、2018年7月15日の試合を思い出して光の玉っころなりのハグをしたいです。






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# by ma_cocotte | 2018-07-16 16:29 | 『行け、行くんだ!』 Allez!! | Comments(0)
テレビ婆さんにとってつまらない日
こんにち2018年7月15日があたくし「テレビ婆さん」にとってつっまんなぁあい一日なンであります。
朝、起床してテレビに火ぃ入れたところでどこのチャンネルも、今夕のサッカーワールドカップ決勝の話題です。だから、24時間ニュウス専門チャンネルに換えたら・・・いずれもサッカーワールドカップ決勝の話題。まあ、そういうことはフランスの世の中平和という表れなのだ、と私自身の気持に「どうどうどう」となだめ、言い聞かせて、まもなくお昼。

きょうの朝から目に入るテレビでのこの話題。
ヒジョーに不思議に思うのは、テレビ局がインターネットで拾ったであろう(おそらく)フランス国籍の、齢一桁と思われるお子たちがフランスの国歌(ラ・マルセイェエズ)を嬉々と唄う様子を次々と紹介していることです。子供たちの中にはまるで米国民のように右掌を心の臓あたりに置いて国歌斉唱しています。

式典をまったく行わない、学問だけ教えて道徳は教えないフランスの初等中等教育ですのに、この幼い子供たちはどこで国歌を覚えて、こういう所作で唄いあげるのでしょうね? 素朴な疑問だわあ。

もし、万が一、今宵、フランスが勝利したら、テレビの枠だけでなく、巷の様子が尋常でなくなることはフランスの理だと思われるので、テレビ婆さんはいっそう憂鬱になることでせう。



le 15 juillet 2018, Bonaventure

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# by ma_cocotte | 2018-07-15 18:44 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(1)
朕を「マニュ」と呼ぶべからず。
昨夜から三次元やら電脳域の仏語圏で飛び交っているニュウス。


こうしてココでタイプしている今も、背後のテレヴィヂョンからこれと同じビデオの音声が聞こえています。
「さヴぁ、マニュ?」と、フランス語の世界で大統領のファーストネームであるエマニュエル Emmanuel の愛称は「マニュ」、それにタメ口の「サヴァ」を添えた形でマクロン大統領閣下に握手を求めた青年に対し、マクロン大統領がご自分について「マニュ」ではなく「ムッシュウ」または「ムッシュウ・ル・プレジドン」を添えるよう諭したわけで。マクロン大統領がココは公式の場であることもきちんと理由付けしていたことはたいしたもんです。

この様子は中道より左に行けば行くほど、または自らの居場所が三角形の底辺であればあるほど、喧々囂々と「オートリテールだあっ!」とどよどよと騒がれるのも容易に想像がつきます。きょうび、フランス共和国の公教育では「教育」しか行わないので、もし家庭で行儀作法など教えないといつでもどこでも自分の思うがままにここちよく誰に対しても友達に話す時のように接する未成年がほうぼうにいます。

このビデオを見ていて思い出したのは、共和国内のカトリック教会のヲールドで、今では神父様に対してこのビデオと同じく、市井でポピュラーな愛称で呼び、もちろんTuでの会話をし、神父様より年長の世俗が自分はアンタより年上だから敬語で話せ、とかTuを用いて提案してくるのも当たり前だのクラッカーです。私がココ新天地に越してきてすぐ関わった教会で、世俗の老若男女がミシェルという名の神父様に向かって「ミシュウ」と呼んだり、Tuを用いたタメ口でぺらぺらしゃべる様子に私はヴぃっくらこいた過去があります。それまでは世俗は年を取っていようが口がようやく動く年ごろであろうが、神父様や修道者には敬語を用いることが私には「当然、自然」だったからです。たとえ、神父様や修道者が私たちに親しみをこめて話し続けたとしても、こちらからは「です、ます」で会話する。フランス語だったら彼らは私たちにTuを用いても、私たちは必ずVousで会話する感じ。神父様に敬称(Mr. ~ または Pr. ~など)用いずに家庭や友人に対してと同様の関りを平気で神父様に提案する高齢者はたいてい1968学生革命の強い影響を受けて、それ以前のカトリック慣習に「反吐が出る」と背中を向けているし、若い者は無論、公教育では授業を受けることしか知らないし、家庭においては親または祖父母が68世代、またはそれ以降という慣習の中で自然に日々を過ごしているひとびとです。だ、か、ら、1968以前の環境に背を向けなかったひとに育てられたり、学校教育で関わったひとたちは21世紀から17年過ぎた今でも神父様には敬語で話します。これはたとえ家族、親戚であっても、です。自分の息子がもし司祭になると我が家を離れたら、そこで親兄弟姉妹は「縁が切れた」というか「関係が変わった」ことを自覚します。だから、実の親が出家した息子に Vous を用いて話すようになることもかつては「当たり前」でした。そういう環境で育ち、現在は司祭、修道者になった方々が市井の小教区で世俗と関わるようになり、初対面の世俗さんから「私は年上だから、です、ます、であなたは話しなさいね」と言われても、内心で「ボクのパパもママンも今の僕には「です、ます」で話しているのにな(苦笑)」でしょうけれど、そういう環境で育った方はスマアトだし、事を荒立てたくないので「あなたのおっしゃるとおりにします。ムッシュウ、マッダ~ム」とそれは美しい顔で返答されるのでしょう。うへぇw

こういう幼少期の家庭環境が自らの出家を境に変化する様子は日本国内のカトリック家庭でもよくあることで、たまに神父様方の自叙伝や回顧録で知ることもできます。たいていは親御さんが自らに言い聞かせて子を聖域に送る、という葛藤も描かれていて、涙無しでは読めなかったりします。(余談、そういう慣習のせいで、以前は出家した司祭、修道者は親の死に目、葬儀にも出られないという話も飛び交ってはいました。)

市井での大統領閣下とのやりとりやら教会という今では限られた小世界でのこういう慣習や関わり方を否定するひとびとも今の世の中、それはたくさんいるし、今ではそちらの勢いの方がマジョリティになっているかもしれません。

で、マクロン大統領におかれましては、未だシジュウになるかならないかのお年ごろですのに、最近のガ・・・いや、お子たちのこういうやりとりについて数秒であっても短く、簡潔に作法を教えたことになります。きっと、たぶん、おそらく、この話題は今週末くらいまで尾を引いて、風刺した漫画や人形劇が次々とこさえられるのでしょうね。ヒダリの突き当りからミギの突き当りまで飛び交ういろいろな意見を眺めつつ、「今のフランス共和国」をガイジンのあたしは楽しむことにします。



le 19 juin 2018, Jude







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# by ma_cocotte | 2018-06-19 15:37 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
2018年のラマダンが始まる日に、
フランス共和国におかれましては2018年のラマダンがこんにち5月16日の日没から始まるとのこと(6月14日の日没をもって今年のラマダンは終了)。
そんな日の日没後、サッカー欧州リーグの決勝戦がおこなわれるわけで。
しかも、決勝にはオリンピック・ド・マルセイユ(Olympique de Marseille, 略してOM)が登場。対戦相手はアトレティコ・マドリッド。万が一、OMが負けようものなら、あああ、マルセイユの夜がそら恐ろしいですし、もしOMが勝利したらそれもまたマルセイユの夜がとてつもなく恐ろしい。

外に出ちゃダメよ。

・・・・ただし、試合はリヨンで行われるのだけれど、1200人を超える警官を配備するのだそう。マルセイユからリヨンに来るOMファンは推定13000人、スペインからは10000人とのこと。あああ、おそろし・・・


le 16 mai 2018, Honoré

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# by ma_cocotte | 2018-05-17 01:41 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
コ ノ ゴ ガ ツ
今年、2018年の五月。
仏蘭西の暦におかれましては、国定固定祝祭日が5月1日と8日で、8ひくことの1は7ですから、いずれも火曜日になります。そして国定移動祝祭日が2018年の場合、10日と21日です。5月10日はキリスト昇天祭で復活祭の日曜日から40日後なので毎年必ず日付異なれど木曜日になります。5月21日は聖霊降臨の日曜翌日の月曜日という祭日で、こちらもまた毎年必ず日付が違っても聖霊降臨を祝う日曜日の翌月曜日が祭日になります。

で、今年。
固定祝祭日の1日と8日が火曜日になったことで、日曜と火曜の間の月曜日が就業日、そして火曜と木曜の間の水曜日が就業日、そしてそして、木曜と土日の間の金曜日が就業日と、休・働・休・働・休・働・休・休という日の流れになってしまったのです。となりますと、ココはおフランス。いずれの御時にかココで書き殴った記憶がありますが、共和国民は休みと休みの間に一日だけ就労日があるとその日を休んでしまう方が相当数おり、そうすることを「ポン Pont、=橋」と言い表しているのです。今年の場合、一週間のうち月曜と水曜と金曜が休日にはさまった一日きりの就労日になりますので、ポン、ポン、ポンと3つの橋をかけて8日、いや、先の土曜から数えたら9日の休暇を取っちまうひともいるわけで、まあ、月曜休業の店舗が多数を占める共和国内ではありますが、普段月曜開店のお店でも橋をかけて連休にし、「水曜日からお待ちしておりまーす」とフェイスブックでお知らせちょんまげだったりします。

これもまた、生きている長年の間にたまにやってくる「せらヴぃ」と言われれば、「はい、おっしゃるとおりです」とほほ笑むしかありませんが、しかし。

今年はこの暦の流れにちょいと前、ココで話題にした国鉄とおエールおフランスのストライキが乗っかっているという現実。
毎週、週末前の金曜日と週明けの月曜日の朝になると両社のストライキについての情報が報道で流れます。私にとってはこれらのストライキは他人事ながらムっとなることばかり。以前、どこかに書き散らかしたかもしれませんが、ココんちのように首都や大都市ではなく地方の超ウルトラど零細都市だと、週末だけ自宅に戻り、週明けの早朝に列車に乗り、花の都はパリやら日本語の世界史の教科書に登場するような有名都市に移動し、会社勤務やら学校の寮に戻り週末の帰宅まで過ごす老若男女がかなりいます。ですから、金曜と月曜に国鉄がストライキを決行すると、彼らの移動が難しくなったり、不可能になったりするのです。その証拠に4月の毎月曜、ココんち近くの国鉄駅には列車が一本も通りませんでした。地元紙は「駅が死んだ」と第一面に大見出しを載せたほど。

国鉄の労働者は国家や国父さんである大統領閣下に不満があってストライキ決行しているのに、その犠牲になるのは平民(あたしゃ、国民とは言わないよw)というのはこんなに屁理屈で論破を好む民なのに大いなる矛盾なんぢゃないかと思うンですがねぇ。

そして、おエールおフランスのストライキも先週末だったか現社長が退任したけれども、彼が退任して、もしも社員の給与だか待遇が(彼ら好みに)改善されたとしても、国民どころか世界中の旅人のおエールおフランス離れは加速するばかりだとあたしは想定するンですが。前世紀のように国民が母国のナショナルフラッグの航空会社しか使わないということは21世紀に入って17年も経った今は過去であり、地球を旅することに慣れたひとびとはしっかり脳内で料金とサーヴィス、快適さを考えて航空会社を選び、利用するようになりました。で、現在のエールフランスの価格設定、機内サーヴィスと快適・清潔さはバランスよろしいでしょうか。・・・・私見ですけれど、アンバランス極まりない。私の場合、前世紀の終わりはおエールおフランスの愛用者でしたが、どんどんサーヴィスが悪くなり、最後に乗った時は食事を指定したら馬でも食べないような食物がお盆に乗ってきましてね。それを限りに・・・というか、その後も里帰りのたびに複数の航空会社の提示料金を比較してもおエールおフランスがデラ高い・・・で、機内は汚いし、食事はああだし・・・となるわけで。そーゆーこと(ココ ↑ に書いたのは私が経験したトラブルの中のほんの一部です)を知っているだけに、こうして今、連日、テレビやラジオからAFのストライキやAF労働組合の言い分を見聞しても、なぜだかむなしいわあ、なのでした。

デモやストライキは共和国民平等の権利であることは私も知ってはいるつもりですけれど、それらが暴動にヘンゲしたりするのはまったくもって私には理解不能で、そういう点にぶち当たると私はやっぱりフランスではガイジンなのだとあらためて思い知るのでした、まる


さーて、明日は祭日なので、明日することを今日しなくちゃね。ふぅ。


le 7 mai 2018, Domitille

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# by ma_cocotte | 2018-05-07 17:50 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)