これこそ複数国籍の「功罪」ではないのかしらん?
先の日曜日に大相撲九月場所が終わり、一年ほど前からココんちのSFR(=共和国の大手電話通信会社)のチューナー548番でNHK Worldを選んでは連日の大相撲ダイジェストを楽しんでいたワタクシ。今場所は超ウルトラ久しぶりに3横綱が揃ったせいか、全体が引き締まっているというか、単純に力士の勢いが強烈で、興奮する取り組みばかりでした(が、昨日、貴乃花親方の引退発表があり、ちょいと胸中複雑。場所中の親方、美しかった、花があったもんねぇ)。

まあ、それは横に置い・・・いや、置く前に今場所が盛り上がったのは、3横綱の、唯一の日本人横綱である稀勢の里の復帰、復活も盛り上がりの炎をいっそう高く躍らせたのではないかと個人的に思うところ。で、立ち合いの不成立が少なくとも3力士に対してあった横綱白鵬についても彼の贔屓筋とそうでないひとびとの意見が二分したことなども、もう棺桶に片足突っ込んでいる世代の私なんぞは前世紀の大横綱・大鵬やら力士からプロレスラーに転向した力道山や曙などなどにあった批判や誉め言葉諸々がわが脳内フロッピーからひょんに飛び出ても来ました。

そんな脳状態で数日目を迎えた今朝からおフランスの報道を賑わしているのが、かつてフランス社会党のスタアのひとりだったマニュエル・ヴァルスがフランスを去り、祖国スペインに戻り、スペインの政界にデビュウするというスクープ。


記事の中見出しを読んだところでどっちらけの感情しかわかんわな。
彼、マニュエル・ヴァルスについてはココでもかつて何度か話題にしたことがあります。スペイン人の父親とイタリア人の母親との間に誕生し、高校生になる年頃までスペインで育ちました。(もちろんスペイン語、イタリア語は現在もペッラペラ)この彼が確か高校入学をきっかけだったかフランスに移住し、成人を機にフランス共和国の国籍を取得。以前から没頭していた社会党でぴっちぴちと大活躍し、首相の座まで射止めた。で、大統領選に立候補し、なぜだかそン時、ヴァルスは現在の自分は共和国国籍のみであり、スペインやらイタリアの国籍は捨てた、とウワサを広めました。彼が複数国籍者だと知っていたあたしは「ウソ言っちゃいけねーよ」と苦笑いでしたが、彼の陣営が流すその噂を信じたひとびともそりゃ一定数存在しました。まあ、私は先の大統領選の最初っからマニュエル・ヴァルスにはドン引きだったので、冷ややかな目でこの噂を眺めれば、ヴァルス陣営が極右票の一票でもヴァルスに流すための愚策だったのだろうなあ、と思うわけで。

きょう、ココでは当時の話題はそこまで。っちゅうか、大統領選予備選で落選したマニュエル・ヴァルスがそれと同時に雲隠れしたのでした。彼が再びマスコミの前に姿を現したのが、ほれ、スペイン北東部カタルーニャ地方の独立運動というか騒動が欧州連合を巻き込んでようやく沈静したかなあ???と我々が思おうとしたあたりです。私の記憶が確かならば、マニュエル・ヴァルスが立派な顎髭を蓄えて、バルセロナだったか美術館に現れた・・・という、それはvery 文化人となっての「復活」でした。一方、写真週刊誌ではこんにちまで一定のリズムでマニュエル・ヴァルスが大統領候補だった当時のパートナーと別れて新しい愛人とスペインでねっとり蜜月だということが繰り返されてもいました。そういうどうでもいい話と同時進行で、バルセロナ市長選にマニュエル・ヴァルスが立候補するらしいよ、とも既に流れてはいた・・・

けど、本当に(ほぼ確定で)彼はバルセロナ市長選挙に立候補すると今日の朝、報道が飛び交った・・・

大統領選の時にはさ、フランス共和国が第一、唯一です、と繰り返していたマニュエル・ヴァルスが(そんなに心酔していない我々にとっては)あっさりと「今のボカぁ、スペインしかありまっしぇん。カタルーニャ独立なんてさせまっしぇん」ですからね。二枚舌と断定できなくもない。

私は以前、マルセイユの近郊に住んでいたので、イタリア国境からスペイン国境までフランスの地中海海岸沿いを車で6時間あれば十分ということもよく知っているし、近所はフランスオリジナルの苗字よりイタリア、スペイン、ユダヤん、アラブんの苗字の家庭の方がおマヂョリティだったことも現実だったし、彼らがそれぞれの母国の親戚の家庭とあまりにも気軽に行き来しているのも目の当たりにしていたので、今更、ヴァルスがフランス捨ててスペインに戻るのも「よくあること」ではあっても、彼の場合はさー、なんだろね。そんぢゃ、もし、万が一というレベルだけれど、先の大統領選挙でヴァルスが大統領に選ばれ、今、共和国の首長、長上、国父であり、エリゼ宮殿の殿様だったら、ヴァルスは今日、フランスを捨てて母国スペインに戻るンですかね?(今日の時点で共和国大統領のマクロンくんはエイメリカはニュウヨオクの国連で演説中w)

ったく、マニュエル・ヴァルス個人のとてつもない野心が表面で煮えくり返っていて、あたしゃ、すこぶる気分悪いです。

バルセロナ市民も、市長選で当選するためにあっさり「僕の第一の母国おフランスぅ」を捨てた人物に市の長上の座を任せるンですかね? ヤだわあ。

お相撲の世界で力士が親方になるためには日本国籍取得が義務と幼い頃に知り、単純に「大変だなあ」と思ってはいましたし、オトナになってから日本国籍を取得するためには生まれながらの国籍を破棄せねばならないという厳しさも知りました。だから、私はフランスびとと結婚した今も日本国籍者であり、フランスには仏人配偶者としての長期滞在許可証を10年単位で更新する形です。
最近はテニスの大坂さんが複数国籍者で、おそらく21歳時に国籍選択の義務が課せられ始めるので、それもまた他人事とは言え大変だろうと予想しますが、今日になって複数国籍者であるマニュエル・ヴァルスがあまりにも軽々と母国スペインとフランスの間をふーらふらしているので、二重国籍も考え物だなあ、と思った次第。本人のモティベーション次第で優先順位を替えられることはよくわかりました、まる


le 26 septembre 2018, Côme et Damien



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# by ma_cocotte | 2018-09-26 17:45 | 『?』なオイロッパ | Comments(0)
ハ ズ カ シ ナ ガ ラ、

今回のパリ上京で、私は生まれて初めてセーヌ河を船で巡りました。
午前11時半に乗船し、一時間のツアーです。
この日のお天気は雲ひとつない快晴で、しかも9月第二週ですのに気温は30度近く。ですから、船の屋根の上に迷わず行きました。早めに並んでいたこともあり、船頭の席に。ゆっぴー。これ ↓ は対面の、ツアー終盤目前の船。左が船首どす。
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船はエッフェル塔近くの岸から出発するので、最初に仰ぐパリの観光名所はもつろん、エッフェル塔。
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実はあてくし、エッフェル塔にも行ったことも、登ったこともござあません。こんなに近くからエッフェル塔を見たのは初めて。続いて目にしたのは先日、別のエントリーで紹介しました正教会のカテドラル。カテドラルを見終えて、正面に向き直り、まず目にしたのはアレクサンドル三世橋のキンキら金の彫刻でしたが、
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実はこの写真 ↑、マジックというか目の錯覚というか、こうしてキンキら金のアレクサンドル三世橋を見つけたところで、実はこのアレクサンドル三世橋の手前にもう一本、橋があったのでした。橋げたが地味なので一本に見えてしまうわけで・・・。

アレクサンドル三世橋のそばにはグランパレやプチパレがあり、その先にはコンコルド広場のオベリスクを左に、右にはアッセンブレ・ナシオナル。


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そして、まもなくオルセー美術館が右手に。
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オルセー美術館の建物はその昔、駅舎でしたが、今回はセーヌ河から見上げての眺めだったので、このようなものを見つけました。

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「ポワティエ、リモージュ」です。私はこの日、ポワティエ経由のTGVでパリに上京。モンパルナス駅からのパリ入りでしたが、昔はポワティエからの列車はオルセー駅に発着だったのですね。知る喜び。

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ココはパリ造幣局でしたっけ。まもなく左にノートル・ダム大聖堂が。

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これまた運がいいことに、わたくしが乗った船は11時半出発。ノートルダムの先、サンルイ島でUターン、折り返し地点。つまぁり、正午にノートルダム周辺をまわるので、正午を告げる鐘の音を聴くことができました。ノートルダムの鐘はしばらく前に交換したので、私にとっては初めての新しいノートルダムの鐘の音でした。そうゆう情報が脳にあると、鐘の音が以前より軽く聞こえなくもない。そりゃあ、錯覚だろうよ、はい。

そして、ノートルダム大聖堂を川の上から仰いだことで、修復中の屋根の上の諸聖人の銅像を見ることができました。ありがたいやね。
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船はサンルイ島で折り返し、往路とは反対側の島べりを走るので、復路ではコンシェルジュリ(大革命時にルイ16世国王や王妃が幽閉されていた牢獄)やパリ市役所も拝めました。

で、一時間。
かな~り楽しかったです。
先ず思ったことは、接待にいいやね、ということ。まずこの一時間でさらっと名所を見て、興味あるところにご案内するといいかも。私個人は上に挙げた観光名所は陸路やら地下鉄駅の名前で旧知ではありましたが、セーヌ河からそれらを眺めると新しい発見がかなりありました。だから、「かな~り楽しかった」なのです。もひとつ、この日はさいわいにも天候、気温とも最良で、風もありませんでした。加えて、私はずっと船の頭の野外にいましたが、都心の川特有の臭いがまったくありませんでした。これってスゴい・・・と思うのは私が日本人だからでしょうか。

セーヌ河をすべる船での一時間、お勧めです。


le 17 septembre 2018, Hildegarde


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# by ma_cocotte | 2018-09-17 20:19 | 『旅』 Rien de special | Comments(0)
ハ ジ メ テ ヅ ク シ

先日の花の都おパリ日帰り旅。
「本日のメインエヴェント」を夕刻に終えた後、私にとって初めてパリ1区、2区をまたぐサンタンヌ通り rue Sainte Anne に行きました。ここは日本の食材や雑貨店だけでなくレストランも多々あることで知られています。私は凱旋門のそばの駅から、これまた初めて利用となったRERに乗り、オペラ座近くへ。そこからサンタンヌ方面に向かいましたが、何せあたしゃ生粋の田舎者ですンで、道を迷いながらなんとかサンタンヌ通りにたどり着くことができました。

で、サンタンヌ通りに入ってすぐ、日本を連想するカフェを見つけました。その名は Aki 。日本でも、仏蘭西でも、Ovni 紙を開いたことがあれば、Aki さんの広告をご覧になっているかと思います。

ちょうど午後4時も過ぎ、いえいえ、午後5時手前になってしまっていたので、遅めのキャトルール(Quatre heure,=おやつ)。なにしろいつもより遅めに昼食を終えたこともあり、この時間まで飲まず食わず。入ったお店にはそれはそれは美味しそうな食べ物がだだだだぁああっとありまして、全部いただきたく思いましたが、私が選んだのはあんぱんと抹茶オ・レ。

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おいしかったあああ。あんぱんも、抹茶も何年ぶりだろう? 5年? いえいえ、それ以上?
ココんちの田舎者仏蘭西びと♂が食べた苺ショートケーキを私はひと口いただきましたが、うぅううううん、うまいっ。仏蘭西の都会は存じませんが、私が住む超ウルトラスーパーど田舎の零細市ではショートケーキが「ない」ので、本当に涙が出そうになりました。(私は昔から初めてのケーキ屋さんでは必ずショートケーキとシュークリームを買うことにしています)

ココで小休止後、サンタンヌ通りで歩を進めると、同じ系列のパン屋さんがあり、そちらでは持ち帰りでねじりパン、メロンパン、どらやきを買いました。いずれもココんちに戻ってからいただきましたけれど、おいしうございました。メロンパン、ぐぅううううっど!

今後またパリに行く機会が私にあるのか(ないだろうな、と思いつつも)、もし次のチャンスにはまたここ、Aki さんに寄りたい、いえ、寄ります。


le 15 septembre 2018, Dolorès

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# by ma_cocotte | 2018-09-15 14:39 | 『旅』 Rien de special | Comments(0)
時間がない、時間がない
と、アリスのうさぎさんではありませんが、野暮用あってココんちからパリまで日帰り旅をしてまいりました。

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今回、聖堂訪問はコチラのみ。はい、不思議のおメダイ聖堂です。
いつもでしたら、巡礼者が右往左往と上手に歩を進めることが難しいのに、この日は午後三時半開祭のごミサ直前でしたので、みなさま、このように既にご着席。周囲を見回すと、ロザリオを片手に祈ってらっさる方が多ござあました。


le 13 septembre 2018, Aimé




あ、書き忘れました。
この日帰り旅の午前中お昼近く、セーヌ川に浮かぶ船からロシア正教会のカテドラルをお見上げ申し上げましたよ。ツルッツルでキンキラキンの屋根は本物のたまねぎのようでした。って、お昼前の空腹のせいでそう見えたのだな、うん。

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# by ma_cocotte | 2018-09-13 14:16 | 『旅』 Rien de special | Comments(0)
自分の頭の中の仮説と真理は切ない関係
フェイスブックでつながる知人から読書記録としてこの本を教えられました。

その知人は某耶蘇女学校の宗教科教員なので、読後感想で一例として「平和」を授業でお題にしたとして、多くの人たちは自分が考える「平和」はそこに集う他者が思い描く「平和」と同じだと思ってしまいがちだけれど、実はそれぞれの「平和」は皆違う。だから、授業で教師が「平和」を生徒に教えておしまいではなく、或る程度の定義に導いた後、生徒たちにそれぞれが思い描いた「平和」を言葉にしてもらい、互いに分かち合うことで自分と他者の「平和」の共通点と共通しない点を見出すことがよろしい・・・というようなことを述べておりました。

と、この一個人の読後感想についてだって同意するひともいれば、根本どころか抜本から否定するひともいるでしょうね。私個人はそれが自然だと思うというか信じています。

タイトルにした「自分の頭の中の仮説と真理は切ない関係」については冒頭に紹介した本の見出しから造ったに過ぎませんが、真理についてはココで何度か同じ話題を私から出したことがあります。それは例えば「神はいる」についてココんちの仏人がそう言ったとして私が「えええ?本当?」とつぶやいたとします。すると、彼はこう言います。「いいよ、別にボクが神はいないと否定してもそれ(=神はいる)は何ら変わらぬ事実(=la vérité)だから」と。私は未だこの本を読んでいませんから、果たして筆者の学者先生がココんちの発したところで数秒で消える言の葉と同じ導きをしているのかどうかも存じませんけれど、私はタイトル「自分の頭の中の仮説と真理は切ない関係」の前半である自分の頭の中の仮説ってぇのは多分にそれぞれの成育歴や就労歴によって異なると人生折り返した今では確信に至っていたりもします。

今世紀に入って、仏蘭西に住むようになってから、電脳域で日本語の文章を拾っては読むことを日課にはしていますが、物事の思考の導き方だけでなく美意識など必ずしも話題の提供者と共に頷けることもないし、私のようにこうしてブログを楽しんでコメント交換も続けていると、中には私のコメントでの意見に同意してくださったようで実はそうではなかったということも10年以上前にあり、とてもつらい思いを経験したこともありました。まあ、電脳域ではなく現実の三次元世界でも他者との関わりで価値観やら美意識、金銭感覚など諸々のことで自分の脳内意識と他人様のそれらが違うことも身に染みてわかったというか、これは生涯続くのでしょうね。それがこの世に生きているという現実なのだと私は思うようになりました。

ただ、ここ数年思うことは電脳内の日本語領域を通り過ぎ、垣間見ている限り、誰かが誰かの価値観やスタイルを「それは違う、間違っている」と断定し、ココまではわからなくもないけれど、徹底的に、執拗に叩きのめすかのごとく「あなたは違う、間違っている」と繰り返しながら、自分の意見の同調者を増やそうとしている件が増えているように見ています。

今の私が猛烈に反省している点は「うちのような庶民~」というフレーズで、そのフレーズをきっかけに電脳内で「私も庶民なンですぅ」と知り合ったひとと直に対面したら、その方々は私よりはるかに富裕で、彼らが直で見た私はどンだけド貧民なのだろう?と後になって考えることばかり。この例が何度か続いた時に上に挙げた「平和」ではありませんが「庶民」についてもそれぞれの脳内で思い描く基準もろもろは必ずしも同じではないということにこんな私でもちょびっとは気付けたのでした。それ以降、ブログでもSNSでも私から「うちのような庶民」を口でも手でも表すことは止めました。


ヒトが造った国境、身分を取っ払っても、個々にはそれぞれの成育歴があるし、個々それぞれの死の瞬間まで魂は成育し続けるのですから、みんなが違うのは当然ですし、何を基準にするのかも難しい。自分はフランスに住んでいるから、自分は仏語やら仏文学を学んだから、と他人に決まり事を強いるのも何か違うと私は思うし、そういうことを強いることができるのは公文書においての私利滅却の状態くらいではないかなあと。まあ、こういう私見についても「私はあなたに同意する、しない」に分かれて自然なのです。オトナなンだからTPOによって使い方を調節するのも当然でしょうし。ヒトのノビシロやら自由意志は互いに尊重すっことですわね。天主さまは個人の自由意思を何より尊重するンだよねー(って、カテキズムのどっかに書いてあった)。

ほんと、生きるって難しいですね、はい。


le 3 septembre 2018, Grégoire



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# by ma_cocotte | 2018-09-03 18:38 | 『?』なたわ言 | Comments(0)