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波蘭大司教の首がすっ飛ぶという波乱万丈
まさかクリスマス一連行事の最終日でもある今日「三賢王の訪問の祝日」の日に、任命されてまもないポーランドはワルシャワの大司教さまの首がヴァチカンによってすっ飛ばされるとは思いませんでした。
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今日の朝バチカンからのブーメランで首が飛ばされてしまったのはこの大司教さま Stanislaw Wielgus 師です。67歳だとか。昨年12月6日大司教任命式を終えワルシャワ大司教座についた彼が20数年前のポーランド共産政権時代に秘密警察に加担していたことが「今更」バレて、ポーランド国内がそりゃあ大騒ぎになったのです。

フランスでは昨日6日のお昼のニュウスあたりからこのスキャンダルが語られ、ヴァチカンの教皇さまは「新しくワルシャワ大司教となった彼を信頼している」と述べているにもかかわらず、ポーランド国民の3人に二人はWielgus 司教が大司教となることに不満を覚えると述べている、と伝えられていました。まあ、昨日の段階では「過去の罪を赦し、お心広いおヴァチカンなのねぇ、ほほほほ」みたいな感想しか持てなかったのですが、一夜明けたフランスでは一転してWielgus 大司教が1月7日付でクビになった旨がトップニュウスとして流れ続けました。
なんだか不思議ですよね?
20数年前の過去がWielgus 師が大司教に就任するまで温存され、就任後一か月間でスキャンダルとなり、教皇の温情が述べられた翌日にクビ発表。・・・時間かかりすぎ。
別にポーランドの共産主義崩壊から今日に至るまでの20数年間にいっくらでも「あの神父さまは元SB(ポーランド秘密警察の略)ですよ」とチクることができただろうし、教会はともかく司法で裁くこともできたでしょうに。それがポーランドの自由化の証なんだろうから。1980年頃というのは前教皇ヨハネ・パウロ二世による対共産主義運動の鍵となる年代でもあるそうで、共産主義時代のポーランドにおいて約10%のカトリック司祭が共産主義側に組していたのだそうです。その10%のカトリック司祭のひとりが今日クビをすっとばされたWielgus 師なのです。
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Wielgus 師ご自身も昨日までの教皇さまの「余はWielgus 大司教を信頼しておる。」という言葉を信じていたので、今日7日午前11時からの主日ミサもワルシャワ大聖堂で司式するつもりだったそうですが、ヴァチカンからのブーメランがWielgus 師のクビに直撃したことでこのごミサはワルシャワ前大司教である Jozef Glemp 枢機卿が代行されたとか。ヴァチカンから発表されたWielgus 師クビの理由は「ポーランド国民の声の強さに従った」故だそうで、ということは、ポーランド国民の切実なる訴え、「元秘密警察に関わった大司教への不安」が教皇のWielgus師の過去を赦すこころまで動かしたことになります。一般にカトリック司祭が共産主義政権下における国家秘密警察への加担というのは、告解という信者が罪を告白して司祭を通して神に赦してもらうという儀式において、信者から聞いた罪を守秘するのが司祭の使命であるにもかかわらず、この聴罪内容を警察に漏らすというものですね。かつてのソヴィエトが得意とする教会へのお願い事がコレでした。今の露西亜もそうか?(`Д´#
アカい神父さまにはうっかり罪も告白できませんね。
20数年前は黒いスータンの下はマッカッカな司祭だったろうけれど現在は薄桃色くらいの立場でいたWielgus 師が信者の不信感によってクビが飛ばされた、となると、現在私服でマッカッカな神父さまのクビも信者が不信感を聖座に話せばバチカンからブーメランが飛ぶのでしょうか。これは、メモメモ。___φ( ̄^ ̄ ) ですね。

le 7 janvier 2007, Raymond

ウインドウズの環境で ぽーらんど と打って変換すると 波蘭 と出ます。ハランバンジョウのハランと同じだ!と爆笑したら、ハランバンジョウのハランは 波乱 でした。ぬか喜び。

b0070127_23474457.jpg数日前ココんちでのGalette des Rois 王様ゲームで敵の口から出てきたのはこの人形でした。KIRIKOU という子供向け映画に登場するキャラクターらしいのだけれど、上半身スッポンポンのボインなおねいさんです。「こ、こんなものをウチの子供にうっかり見せられません!」なんて日本の誰かさん方のようにフランスで訴えたとすると、「来年は腰巻も取ったものをガレットに入れますよ、まっだーむ」と言い返すのがフランス人だな。昔なら、だけど。

Photos Reuters 2007
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by ma_cocotte | 2007-01-07 22:41 | 『?』なKTOりっくん | Comments(127)
Commented by あぐねす at 2007-01-08 18:34 x
いやあ、このニュース、RFIでききました、すきゃんだるー!じゃないですかっ!
パパ・らッティは、信頼して(?)彼を任命したのにねえ。
Wielgus師、初めは、秘密警察とのかかわりを全く否定してたのに、首になるほんの前に、白状しちゃったみたいですねえ。何でも、まだ哲学科の学生の頃から20年間も関わってたみたいで、特命任務を担当してたとか。すごいスパイですねえー。うそついてただけでも、落第じゃー。
これで、今まで司祭、司教ってやってきたんだから、怖いー。
でも、共産時代を知る人たちの中には、ちょっとは理解できる、って人もいるそうだけど、パパさんの決定をくつがえすことができるなん、ぽーらんど人強し!日本も、どう?この大司教、かなりヤバイって、騒いだらどうなるかな。(日本人はおとなしいからダメか)

今回のフェ-ヴ、は・ず・れ!ですねえ。次回は、是非飼い葉桶幼子が当りますように!私は、第3弾突激です。


Commented by ma_cocotte at 2007-01-09 04:31
▲あぐねすさま、この事件、不思議ではありませんか?
自由化されてから何の逆密告もなかったのでしょうか?
共産政権側(いや、たぶん今のロッシャもまだそうだろうけど)告解を
もらす使命が聖職者に与えられるみたいっすね。・・・だったら破門
だよね?
土曜日までフランスではラッツィが彼を信頼しているというヴァチカン側の
♪あわれみのみここ~ろ、われーらのねっがーい、みそなわしたまひーて♪
のごとく流れていたのに、一晩明けてクビがチョンパされちゃったわけで。
このシナリオは臭いよね、ぜったい。(って妄想に入るのはあたすだけかい?)
今朝のニュウスではワルシャワの街角で「ネオカテキュメーヌなんたら」と
書いた旗を持ったヒトとそうでないヒトが殴り合ってたけれど、1980年代
のJPII の反共活動にミソがある、という話も出ています。ネオカテに
絡むのかなあ・・・って、ネオカテって現在世界のどこで生き残ってんだ?
JPII の列福絡み?10%のスパイ聖職者のひとりがワルシャワ大司教
だっただけなので他の方々はどーなるんでしょうか?

つづく
Commented by ma_cocotte at 2007-01-09 04:35
▲ で、ドメスティクな話題に参りましょー!

 >日本も、どう?この大司教、かなりヤバイって、騒いだらどうなるかな。

あたくしはピッタウ大司教さまは大好きでっし。Et toi? ヾ(`◇´)
ニホーンの場合は某所フォサ司教もヤバすぎだよね。
いや、マジにヴァチカンからブーメラン直撃していただきたいのですが。

な、なぜあてくしの家に飼い葉桶のイーススさんがいないことを
ご存知なのーっっ!!!!!????? マリアさまよりデカい牛はゲット済み。
Commented by しぇリ~ at 2007-01-09 05:22 x
びっくり!そんなに即効だったとは。
告解も「赤」の聖書にないというころでしょうか??
Commented by ma_cocotte at 2007-01-09 06:02
▲しぇリ~さま、今朝はフランス以外EU諸国の一面はこのクビ事件
だったみたいですね。フランスは昨日が日曜日だったのでテレビニュース
でこればかりが流れていました。
とは言え、私には話の流れが見えていないので、このドラマはいったい
どういうシナリオなのか?と静観中です。
ただ、私がいつも読んでいるブログにこんなことが書いてありました。

Italy's La Repubblica newspaper, without naming sources, said the Pope only received an 80-page fax about Wielgus' spying on Saturday evening. The fax was sent by the Polish government and translated into Benedict's native language, German.

(cf. : http://whispersintheloggia.blogspot.com/2007/01/re-ratzi-didnt-know.html )

土曜夜に80ページのファックスって・・・途中でインクが切れはしなかったか?
紙は大丈夫だったのか?なんて別次元の心配をしてしまいますた。
が、ご親切にも独逸語訳で送付とは。しかも読むなりクビ決定。
告解は聖書には載っていない事項ですが、守秘義務を守らない司祭って!? いいのか、おい?ですね。中國さん、たいちょぷなんでしょうか。
Commented by マックス at 2007-01-09 23:50 x
 初めまして。ここに訪問なさる方々は、よくカトリック教会のことや教会法のことまでご存じなので驚きました。突っ込んだ会話ですね~。新求共同体(ネオカテキメナート;略してネオカテ)は、高松教区で問題を起こしています。日本の司教様方は、司祭不足でネオカテの司祭に協力を求めているようですが、小教区内(一般的にいう教会)が、ネオカテ派と反ネオカテ派に分断してしまい、困っているようです。司教は困りませんが、それを取り巻く邦人司祭が困ります。そのような点では、日本の司教様方はももう少しは、司祭団の声を聞くべきです。
 今回のスタニスワフ・ヴェルグス司教の辞任というか、国民感情には勝てなかったというか、1980年代まで多くの人々やポピエウシュコ神父のよう国家によって殺されていった人達が多くいます。ワルシャワの旧市街では、先日この人達の写真と経歴を書いたパネルが所狭しと並べられていました。左翼政権下の元で命をかけて信仰を守っていった人もおれば、裏切って来た人もいたわけで・・。そのような人が、高位聖職者になってのうのうと生きてきたのに対して国民は疑問と反感を抱かざるを得ないでしょうね。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-10 03:35
▲マックスさま、はじめまして。
私はネオカテキメナートについてよく知らないのですが、漏れ聞いたこと
ではミサの所作が違うとか?私はネオカテを認めたのはJPII の功罪では
ないか、と思ったりもするのですが、昨日見たニュウスではワルシャワの
公道でネオカテキメナートについて何か書かれた幟を持ったヒトに殴り
かかるヒトの姿が映り、今回の事件にネオカテが何か絡んでいるのか
と気になりました。マックスさんは何かご存知ですか?
高松は事件後、サレジオ会の溝部師が司教になられ、青少年指導も
サレジオ会司祭が関わるようになったのを教区HPで拝見しました。
この教区にできた神学校はその後どうなったのでしょうか。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-10 03:35
▲更に、マックスさま

  >そのような人が、高位聖職者になってのうのうと生きてきたのに
  >対して国民は疑問と反感を抱かざるを得ないでしょうね。

ここが私には不思議なのです。12月6日に任命ミサが行われて一か月
の間にこうなった。大司教座に就く以前にいくらでもこの司祭の過去が
暴かれるチャンスはあっただろうに(しかも昔であればあるほど生き証人
は多い)と。つまりこの司祭を温存し、大司教座にまで持ち上げて、
落とした・・・なーんてのは妄想ですね。ヾ(`◇´)

マックスさん、ポーランドカトリック事情の詳細、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。m(_ _)m
Commented by マックス at 2007-01-10 05:47 x
 「ネオカテ」・・私は個人的には、大嫌いです。最近、ポーランドでもネオカテの神父が、各小教区を廻って宣伝し、そこの教会の助任などにあとの指導を任せるという形で、グループを形成しています。土曜日の夜から泊まり掛けで来ているのを見掛けますが、どう見ても変な団体です。しかし、ma COCOTTEさんが仰る通り、JPⅡは彼らを買っていました。「オプス・ディ(神のわざ)」というグループや「フォコラーレ」なども同様でした。良し悪しは、別にして日本の「ネオカテ」については、ホスチアを種なしパンで焼いて、それをミサの時に使用し・・ここまではよしとして・・・聖変化後、硬かったので祭壇の角で割っていたらしい。また、御血をカリスに残したまま何日も放っておいて、被せていたプリフカトリウムに御血が浸みてしまったのを某司祭が目撃したのを聞きました。
Commented by マックス at 2007-01-10 05:47 x
教皇の前には、善しと見えても、このようなことを平気で行っている「ネオカテ」の司祭は、どう転んでもおかしいでしょ?前教皇が全てをご存じであったわけではなく、また、オスカー・ロメロ司教(エルサルバドルで貧しい民衆のために立ち上がり、政権から殺された司教)とも意見の相違があったのも事実です。教皇だから全てをご存じであったわけでもなく、誤解や思い違いもあった筈ですから、これを簡単に前教皇の功罪と見てはいけないと思います。また、スタニスワフ大司教とネオカテの関係に関しては、尋ねてみましたが判りませんでした。
Commented by マックス at 2007-01-10 05:48 x
仰る通り、今までにも間諜疑惑があったから今回、ポーランドのマスコミがすっぱ抜いた形になりましたが、事実確認はしていたはずです。ここら辺りになってくると、少々、書き込みたいが書き込めないようになります。裏もあれば表もあると言うことです。高松教区の国際神学校の件も話すと長くなりますので割愛しますが、まだ、存続しているのかどうかは知りません。高松教区内の教会立て直しのために他教区から司祭が入ってもいる様子です。司祭が少ないから外国のワケのわからない団体を受け入れてしまった前司教には、少なからず責任があるとは思いますが・・・。司祭の数を保つためにはそれしか手がなかったのかも判りません。誰も責められは出来ないようにも思えます。
 「首がすっ飛ぶ」という言い方は品がないので(笑)、もう少しなんとか・・していただけたらよかったなぁ~と思います。書き込んだのは、日本にも今回の教会内の問題に関して関心を持っておられる方々がいるのだという再認識させられたからです。日本のたいていの信者さん達は感心がないと思いますよ。司祭が告解を漏らしたならば、聖職停止じゃなかったかなぁ?破門ではなかったような気がします。調べてみましょう。また。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-10 06:21
▲マックスさまはポーランドにお住まいなのですね。
私はフランス在住ですが、まだこちらでネオカテ系の聖職者には出会った
ことがありません。マックスさんからネオカテの所作を伺って驚きました。
種無しパンというのはユダヤのマッツォのようなパンでしょうか。
固いし、あぶらないと湿気た感じになります。御血を飲み干さないのも
ネオカテ独特ですよね。
「クビがすっ飛ぶ」ですが、フランスのニュウスではdémissioner (辞職
させる)という語を使っていたので敢えて使いました。土曜日の流れから
してあまりの急変だったこともあります。日本にはこのニュウスはNHKで
流れたらしいですが、Yahoo Japan の海外ニュースからは引けない
みたいです。
高松教区の神学校は以前HPがありましたが、現在は高松教区HPの
リンクからも外されています。溝部司教が仙台教区から異例の早さで
高松教区に異動になりましたよね。日本の教区人事はまったくもって
謎です。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-10 06:33
▲フランスでは司祭不足のためポーランドから司祭を派遣していただいて
いるとニュウスでも流れましたが、本国でネオカテ系が増えているのであれば
派遣どころではありませんね。まずは自国の伝統を守らねば。伝統破壊
は後々大変だと思います。

私個人はJPII の列福列聖の動きには「ちょいと待て」派なので、今回の
事件でも指摘されている1980年代のJPIIによる反共運動はじめJPIIが
「格好いい教皇」時代についての美談には「?」な部分が多いです。私が
知る聖職者方は暗殺未遂後のJPII にカリスマな部分が見えるようになって
きた、とおっしゃったりしますが、それはJPIIを支えるブレインの結束の
賜物だと拝察しています。今回の事件もJPII列福に絡むのでしょうか?
ただJPIIによって共産主義がカトリックから決別されていることが日本の
カトリックではうやむやになっていないか、と思われるので、そこら辺の
事情も知りたかったりもしますが、知る必要ないことなんでしょうね。
Commented by あんとに庵 at 2007-01-10 12:47 x
ポーランドネタはしゃるろとっかさんからチラッと聞いてほげぇ??となっておりました。今は忙しくて自分のブログを書く気が起きないんで、精神的に休み中なんで人様ントコばかりちょっかい出してますが、これはかなり気になりますよね。
ポーランドの歴史は大国に蹂躙され翻弄され続けた土地ですし、色々あるんだろうなぁとは思いますが、知っていながら首チョンパまで泳がせていただろうなと思う影に「なんらの取引」「二重スパイ?」等々妄想したくもなりますよねぇ。まぁでかい共同体の運営にゃぁそれなりの老獪さが求められるんだろうな。パパラッツィの苦悩にならなきゃいいけど。
Commented by あんとに庵 at 2007-01-10 12:53 x
ネオカテは閉塞したヨーロッパで確かに目覚しい活動をしたと、つまり若い人たちの心をゲトしたとか、わかりやすさを探求したとか、それなりに部分的には理解できる所もあるのでしょうが、やはり秘蹟そのものへの態度としてどうなの?という両刃の剣的な存在ではあるでしょうね。

まぁ、信徒側からのそういう運動はフランシスコ会創設期のアレにも似ていますが似て非なるところはフランシスコが秘蹟をもっとも重んじていた所ですね。ネオの場合どうも漏れ聞く考え方は人間中心的でなぁ・・。人間様の都合から出て来た部分のみが目に付くのでなんか?と思ってはしまいます。



Commented by マックス at 2007-01-10 17:00 x
ma-cocotte さん、あんとに庵さん おはようございます。
訂正があります。告解の漏洩問題は、教会法のcan1388の第1項に出ていました。「秘跡的告白の秘密を順守する義務を直接侵犯する聴罪司祭は、使徒座に保留された判事的破門制裁を受ける。ただし、単に間接的に侵犯する者は、犯罪の軽重に応じて処罰されなければならない。」とありますから、聖職停止ではなくて、「○○さんが、告解でこう言った」となれば、教皇の判断によって破門です。名前を言わなくても、誰かと判るような内容であれば、それなりに・・ということらしいです。謹んで訂正させて頂きます。けど、大昔、それこそキリシタン時代日本でイエズス会の神父が告解を聞いた内容を本にしていました・・・。
 
Commented by マックス at 2007-01-10 17:06 x
 日本の教会では、「何か面白い風変わりなことをする神父」に人気があります。教会事務(秘跡台帳の仕事)をすっぽかして、歌のCDを出してみたり少女趣味的な本を書いたりしてる神父様に人気があるようです(笑)。そのような乗りで「種なしパン」などを用いて、ミサ聖祭を行っている神父様方もいると聞きました。しかし、彼らが言っている「種なしパン」とは、「ユダヤ人が言うところの種なしパン」とはかけ離れています。単に酵母を入れていないパンであって、イスラエルに行ったら出てくるあのような種なしパンとは異なります。
 そうねぇ~今回の件では、私的には「辞任した方がいいと思うなぁ」と思っていました。秘密警察の間諜だった司祭が本当に10%もいたならば、彼らもいっそのこと・・とも考えるでしょうねぇ。感情的には。しかし、彼らとて、拒否したら殺される可能性が目前にあったわけです。「なぜ殉教でもしなかったのか?」と考えるのは、そのような目に遭ったことのない意見だと思います。
Commented by マックス at 2007-01-10 17:17 x
 「ネオカテ」「フォコラーレ」「オプス・ディ」など風変わりなことをやる団体に対して、イエズス会の食卓で非難めいたことを言った会員が、他の会員から「若い人達が何故、彼らの元に赴くのかを考えた方が良いかも」と言ったそうです。若者に人気があるのは結構ですが、「ネオカテ」のように秘跡をオモチャのように取り扱うのは大問題です。また、新興の団体には「お金持ちの信者しか相手しない」「仲間内のみが仲間」という風潮も経験しました。
 JPⅡに関しては、彼も人間でしたから間違いや誤解などもあったことだと思います。しかし、前教皇の功績は偉大であったと思います。帰天直後に「すぐに列聖を!」という横断幕があったでしょ。これは行き過ぎにしても、前教皇は、ポーランド訪問の際、若者に「何か言いたいことがあれば、直接私に言ってきなさい」と言っておられました。また、同郷人には非常に気さくな御方でした。「またね~」というのを「パパ~」というのを使っておいででした。この辺りは、海外放送には乗らなかったでしょうね。
Commented by マックス at 2007-01-10 17:25 x
 列福があるかないかは、わかりません。しかし、彼が祈りの人であり、個人的には質素な物を使用しておられました。ヴァチカン放送で流されるロザリオの祈りに使用しておられたロザリオや個人の祈りに使用しておられた物は、真珠や高価な材料の物ではありませんでした。一般的な信心用具屋にも置いていない安物のロザリオでした(数珠玉でできています)。ポーランドでは、150円しません。一番安い物でした。「教皇は、贅沢な暮らしをしている。教皇は財産を売り払ってテントに住め」と言った、日本の某司教がいます。この御方、御自分がそうなさっておられるのであれば納得も行きますが、この方の黙想会はホテルで1泊2日、2万円以上でした(笑)。また、葬儀の後にも同様に「何という豪華な葬儀。キリストは裸で・・」と言った司祭もいます。教皇が望んでそのようにしたわけではないのは自明。一国の元首でもあるわけですから仕方ないように思います。
Commented by マックス at 2007-01-10 17:32 x
 あんとに庵さんは、霊名がアントニオさんなのでしょうか?フランシスコ会のことをよくご存じですね。そう、宗教改革者は教会を批判、非難して改革を訴えました。しかし、聖フランシスコも教会改革を行ったと言われますが、彼は教会を非難中傷はせず、自分の生き方をもって改革を行いました。おそらく、あんとに庵さんの文面からは、「若者」「運動」「新興」という言葉がポイントになるのかと思いますが、仰るその通りだと思います。
 はぁ~溜息が出る教会情況ですね・・・日本は。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-10 22:03
▲あんとに庵さま、

  >知っていながら首チョンパまで泳がせていただろう

私も実はそう妄想しています。ψ(`∇´)ψ
土曜夜の80ページファックスまで教皇がご存じなかった、という話は
「そりゃないだろよ」です。土曜日は一日中、教皇さまの大司教への
赦しと慈愛がアピールされたニュウスが流れて一夜明けての心変わり
ですからね。12時間未満での独断なのか?・・・独断ぢゃないだろー?
しかもクビが飛んだら、世間は一切追究しないってぇのも「?」かも。
おフランスぢゃアンタッチャブルな扱いですよ。土曜日はあんなに騒いで
いたクセに。(`Д´#
大司教がこういう形になる、というのが聖俗全てにインパクトあるドラマ
であることは間違いないと思います。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-10 22:03
▲ JPII の諸改革ってパウロ六世育ちの私にはついていけない部分が
かなりあります。「神は愛。単純に神を愛しましょう」と言えるのは
小テレーズや神学を学んだ聖職者だからであって、成人洗礼の方に
「神は愛。難しいことはわっかりませーん。覚えるつもりもありまっせーん」と
強く言われた後に階位制批判や聖職者独身制批判などされてもなあ、と
思います。こちらが説明しても途中で「あ、難しい。もういいよ」と避けられ
ちゃうんだからして。
ネオカテってどんなんだろう。狂ったように唄ってミサする人達とは
また別モンですかね?
Commented by ma_cocotte at 2007-01-10 22:19
▲マックスさま、まずあんとに庵さんはフランシスコ会第三会員で
らっしゃるのですよ。
叙階された聖職者の守秘義務については厳しくて当然だと思ったりも
しますが、共産主義政府側の要望は常に「聴罪の横流し」みたいですね。
だからポーランド国民側も不安を第一に挙げての運動を起こしたのかな、
と拝察します。スパイ行為で秘跡に絡むのはこのポイントでもありましょうし。

 >歌のCDを出してみたり少女趣味的な本を書いたりしてる神父様に
 >人気がある

大爆笑しました。某H司祭ですよね。インスタント洗礼でも知られております。
最近小耳に挟んだのは両形態のごミサが複数の教区教会で行われて
いたにもかかわらず、カリスを倒してしまったりとトラブル続きで某大
司教が両形態ミサを控えるようにと達しを出されたとか。
私は教区についてよく知りませんが、日本の教区って面白すぎです。←他人事

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-10 22:21
▲ >「教皇は、贅沢な暮らしをしている。教皇は財産を売り払ってテントに
 >住め」と言った、日本の某司教

M司教ですね?ふっふっふ、この話題になるとヤめられない、止まらない♪
になりますよね。突っ込みどころ満載ですもの。
JPII の葬儀は教皇の葬儀では最も質素な葬儀でしたがそれをクリティック
する司祭というのは派手な時代をご存知ない神父さまなのかもしれませんね。
スータンのポッケの中に真珠のロザリオが納まっていたりなんか
して。真珠のロザリオが欲しくなりました。(私はミーハーなもんでヾ(`◇´)
Commented by マックス at 2007-01-10 23:06 x
macocotteさんへ
 そう、H神父やM司教が誰だか予想も出来ませんが(笑)・・。多分そんなところです。H師は、「インスタント洗礼」=簡単受洗させてしまうってこと?あの方は、御病気を持っていらしゃるそうで、子供の多動症に似た御病気だそうです。所属教会の信徒の方は、ご存じなので、右往左往させれれているそうです。この方、毎年夏になると奄●大×の無人島に若者を引き連れて行くそうですが、小教区の神父様が非常に怒っていらっしゃったらしいです。秘跡を授けたあとの書類関係を全くもって、提出しなかったと言って、「無責任や」とカンカンでした。その前の神父さんも葬儀の最中に若者が庭でギター持って歌い出したとか・・・非常識きわまります。Mさんは、頭が、お●しい方と思います(笑)。暇のものだからカト新に投書してみたりしていますが、まったく・・・。取り巻きのご婦人方が主任司祭の悪口を言おうものならそのまま真に受けて投書しなさる。単純細●なのでしょうね。昨日は、白いっていっていたと思ったら今朝には黒いという御方・・・。腹が立って来た!!葬儀批判の司祭も結構なお歳の方でした。海外宣教に出ておられる方です。ブラジルに・・・。
Commented by にまめ at 2007-01-11 01:00 x
マックスさま仰る神父さまか分かりませんが、自分のご母堂に「聖Hママ」と説教で仰った神父さまは居られますよ。取り次ぎを祈る信徒さんがたのブログなどもお見かけしますが、神父さまのご家族がそういう崇敬の対象となるとは、余程の人徳か奇跡を起こされたか、そういったことなのでしょうか?大変珍しいことにお見受けしていますが。
Commented by マックス at 2007-01-11 01:13 x
 にまめさん へ
 はじめまして。HやMは、管理人さんの予想通りです。それだけ、彼らの愚かな行為は知られているということです。ブラジルの宣教師は、Sとだけ申し上げておきます。カトリック新聞に御自分でそのような記事内容を書いていましたので、ここで名前を出しても構わないようなものですが・・・武士の情けです。自分の母親に「聖××ママ」とかって仰っておられる神父はマザコンじゃないですか?取り次ぎを頼む信徒も、愚にも付かない行為だと思います。勝手に彼ら家族がそう思ってるだけです。
Commented by マックス at 2007-01-11 01:13 x
ミサの説教で、何を言っても良いというものではなく、その日の朗読箇所や、福音箇所の解説と生活に関して話すのが普通だと思うのですが。 某教区には「キリストの声を聞いた」「聖母マリアの声を聞いた」という女性信徒がいます。私も何回も彼女を見ましたが、ミサが終われば教会前で取り巻きだけと数時間も立ち話・・・誰も相手にしない(笑)。で、教会の大掃除の日には、絶対手伝わない(笑)。知っている司祭達は全く相手にもしていません。というのは、本当にキリストの声を聞いたならば、そのような行動はしないはず(笑)。変な人が多いですよ。
にまめさん、いったい、どこのブログですか?一回見てやろう~。
Commented by あんとに庵 at 2007-01-11 01:57 x
まぁダンテもベアトリーチェをほとんど聖人扱いしておりましたがな。もっともセイントとまでは書いていたかどうか?個人の内面として「この人は確実に天の国にいる」と思うのは自由。しかし「聖人」の称号は厳密なんで、これはもとより西洋の称号使用の厳密さがない文化特性から生じたものなんでしょうな。とはいえ、なくなられたご家族を思う気持ちをくさすのは腰が引けますです。(・・が、うーん@なやましいぞ)

音楽のCDって、うちの師匠も出していた_| ̄|○そういうのやりたくなるときがあるんだろうなぁ・・・。あと多動性児ってのはわたくしめもそうだったんで、親近感を覚えるものの、なんというか秘蹟においては荘厳にメリハリ欲しいもんです。どうも深みってものがないのはどういうこった?秘蹟性において謙遜であるなら自ずと深みは生じるものでして。うちの師匠はもらって困るような音楽CDは出すけど、秘蹟においてはラッツィの弟子か?ってなぐらい厳密なんじゃな。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-11 03:38
▲マックスさま、上石神井駅から関町に向ってミギに折れるのと、ヒダリに
折れるのでは学習内容が相当違うのでしょうか。
H神父さまは求道者のインスタント洗礼だけでなく、信者にはご自身の
教会への転籍勧誘を積極的に行っているみたいですよ。やり手ですね。
ブラジルへの宣教師を調べてみたところ、教区司祭が多いようですね。
私は教区についてよく知りませんが、MさんにしてもHさんにしても日本
特有のカトリックというか、オトリマキの方々の多くが実はカトリックを
知らない方が多いように拝察しています。
聖女Hママのお取次ぎについては H の部分を はれ というひらがな
にして日本語グーグルするとかなりひっかかります。何でも育ったご家庭は
教会のごとく開放され、そこでもHママは素晴らしかったとHさんが
説教壇からあの口調で話される・・・大丈夫なんだろうか、市谷駅前の
修道女会。以前はこんな感じではなかったはずなんですが。加えて
四谷の男女P会との連携でナマ神としてのHさんの布教は万全かと思われ。
・・・止まらなくなりますね、この話題。ψ(`∇´)ψ
Commented by ma_cocotte at 2007-01-11 03:42
▲にまめさま、はじめまして。
どうやら都内某所のHさん母息子で断定でござんすね。
神父さまが説教壇から」生母を聖母」化しちゃって良いのでしょうかねぇ。
聖母は確かに取り次ぎくださる、願いが早く届くなど昔から民衆信仰で
あったものですが、「新興な信仰」でしょうか。誰か止めた方がいいように
思うけれど・・・教区ではアリだったりなんかして。んなわけないだろ。ヾ(`◇´)
Commented by ma_cocotte at 2007-01-11 03:51
▲あんとに庵さま、リジューの小テレジアのバジリカ聖堂に行くと祭壇の
左右にテレーズの両親の写真が掲げられていたりしますが。H司祭は
奇怪言動が目立ちすぎだと思います。もちろんヨソモノのあてくしは彼の
インターネット説教を聞いても、エッセイやら詩を拝見しても「・・・ついて
行けないワ」となぜか思ってしまうけれど、あてくしとは逆にH神父さまに
しか付いて行けない信者さんがウヨウヨとこの神父さまが主任司祭で
ある教会にいらっしゃるのですね。
H司祭が有名なのは、司式がドラマチックなことっすね。
入祭して、祭壇に向ってのお辞儀の仕方などを見ただけで泣き出す
信者がいるんだってさ・・・ごミサに与るというよりその集団ヒス的な様子
を垣間見てみたい気がする。
Commented by あんとに庵 at 2007-01-11 12:27 x
ぶっちゃけて言えばキリスト教なんてそういう要素を内包しているわけで、パパボーイズと呼ばれるJPIIフリークも似たようなもの。現実に生きている個人のカリスマに引かれて熱心ってのはよくある光景ですな。しかしついていく相手を間違えるとトンでもなことになるし、熱しやすく冷めやすい大衆心理によってサヴォナローラみたいな目に最終的にあってしまうこともありますし。
ですから教会は通常そういうのは危険だと常に警告していかなきゃならない。秘蹟が重要であって人ではないと。
その辺りを件の神父が自覚しているのかどうか?ラスプーチン(教派が違うか(^^;)になるか?フランシスコになるか?サヴォナローラになるかは、本人次第ってことでしょうね。
まぁカリスマを利用するのは、たやすくもあるケド、最終的に扱い難しいですね。
Commented by マックス at 2007-01-11 17:02 x
ma_cocotteさん、あんとに庵さん おはようございます。
 わたし・・その聖女にお会いしたことあります(爆笑)。帰天なされたのですか?

 〉 信者にはご自身の教会への転籍勧誘を積極的に行っているみたいですよ。やり手ですね。

● 信徒は、特別な理由がある場合を除いて、居住区の小教区に行くべ  し(所属教会は、属地法適用!)。

 〉 ブラジルへの宣教師を調べてみたところ、教区司祭が多いようです   ね。
● 「ささ×」さんとだけ。ヒント=TVの水戸黄門の助(助三郎)。

Commented by マックス at 2007-01-11 17:03 x
 〉 私は教区についてよく知りませんが、MさんにしてもHさんにしても日  本特有のカトリックというか、オトリマキの方々の多くが実はカトリック  を知らない方が多いように拝察しています。

● 同感、同感 (握手!)。信徒のみに非ずですよ。聖書の言葉を・・ミサ 中の朗読にしても・・・まともに聞いている人が何人いるでしょう?サロン 信者、有閑マダム、カトリックは気品あるもの(雰囲気信者)が多いよう に思います。信仰なんてどうでもいい、御言葉なんてどうでもいいと思  っているような信徒を集めるためにHさんやMさんを神はお遣わしに・・  (笑)。同じ、歌を歌っている神父さんでもフィリピンにいらっしゃるイエズ ス会師の歌は、タガログ語ですが大変きれいな旋律で、天使祝詞は聞 いていて涙が出るほど美しいです。が、奴らの歌は、俄(ニワカ)有名人
 、スター気取り的なものしな内側にはない人が多いような気がします。 
  
Commented by マックス at 2007-01-11 17:07 x
 あんとに庵さんもご存じか知りませんが、間接的なお仲間内に、T神父というのがいて、阪神淡路大震災の頃、よくケーブルTVに出ていました。この方は、弾けるコードが決まっているので、何を聞いてもみな同じ で、すごい、エコーがかかってある(笑)。友人宅では、彼が出てきたら「チャンネルかえよ・・・」といって、他の番組を見ていました。エコーがない生を聞いたら・・本業の神学、哲学もさっぱりなの。なんで、こういうのが神父になるのかねぇ?不思議に思うわ。世界七不思議です。
Commented by にまめ at 2007-01-11 19:14 x
聖女さまについてのページにリンクしておきました。
↑HNをクリックどうぞ。そこから繋がるところを刻々とごらんください。

イエズスさまの福音が、家庭の内輪話と化しているように思えなくも無い、読んでいて珍妙なものを感じます。読んでいると、だんだん聖書箇所の本来の意味から独特の方向にスライドしているように感じます。どこでこういう話し方を教わるのか、いや、そういう思考回路なのか、判断が尽きかねるところですが、結局説教の内容は何だったんだろうか?という感想は常につきまとうところ。
聖職者のカリスマ信者さんてのは、プロテスタントでもよくお見かけしました。特に福音派とか聖霊派系統ですが、Y井戸の絶叫系はドン引きました。数年後、カトリック教会で異言が授かる系統の集会に出くわしたときも気味悪くて逃げました。信仰が足りなかったんでしょうか。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-11 22:14
◆あんとに庵さま、思うに教区の商業化が容認されつつあるのでは?
・・・なんて抜本的に性根腐りまくった話で、ノアの箱舟のごとく洪水でも
起こされて一掃されねばならなそうだにゃあ。(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
信者を転籍させて栄えれば教区の場合、ダイレクトに懐肥えますからねぇ。
それにしても例のM司教。ご自身は一泊2万円の練成会なんぞ催して、
教皇さまにテント住まいを提案されるというのは聖マルタンや聖フランシスコ
の天誅をくらっていいかもしれませんね。弱者と強者が、弱者=司教で
強者=教皇という思い込みがあるのでしょうか。だとしたら終わってまふね。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-11 22:22
◆マックスさま、えええええ!? ま、まさか教会のごとく開放されていた
H家で???ヾ(`◇´) 聖女Hママは昨年11月だったか帰天され、
その日ボクは川越教会で「通夜の予行演習をしてもいいですか・・・」と
ボクの母について熱くあつ~く語られたのですよ。・・・なんでフランス在住の
あたすが知っているのだ?ψ(`∇´)ψ

 >信徒は、特別な理由がある場合を除いて、居住区の小教区に行くべし
 >(所属教会は、属地法適用!)。

これについては私は子供の頃、ボンクリの子に厳しく言われたことが
ありました。今の日本でこれをうっかり口にすると原理主義やルフェー
ヴル派と勘違いされたりしますので要注意です。
ですが、イタリア人は今も小教区について厳しいですね。それだけ
まだカトリック環境が充実しているということかも。

ブラジルの神父さまはY教区でらっしゃいますか・・・_| ̄|○
ちょっと最近、別のところでこの教区が話題なのです。
Commented by マックス at 2007-01-11 22:24 x
にまめ さんへ
 有難うございました。まぁ、3週も続けて・・よく、内輪の話を通常の説教でやりますねぇ~。呆れました。が、長崎教区の司祭研修会の講師に招かれたと書かれてありましたが、長崎教区はなにをどう道間違えて、そのような人選だったのでしょう?(笑)。所詮日本の教会のレベルはこんなもんか?と思いたい。「●霊運動」ですか?あの人達は、へんでしょ?あの人達も・・か?これも神戸市にある大きな教会の主任司祭が熱を上げてしまって、小教区内が分断してしまったことがあります。「神やキリストさんに祈って、聖霊に祈らないのはおかしい」というのが彼らの言い分でしょう?三位一体やったら、そのどの位格に祈ってもいいんじゃない?
にまめ さん, そんなに信仰に対して小心になる必要はないと思いますよ。「異言を語る」賜を持った人がいたとして、その通訳も「異言を通事できる」賜を持った人がするわけでしょ?そうしたら、一人の異言を数人で通事してもらって、全員が全く同じ回答だったら信じますが、そんなことを絶対彼らはしないでしょ?うそがばれるからです。
 
Commented by マックス at 2007-01-11 22:24 x
さらに、最近ここ数年の間に「バッスーラ(イエズスから直接啓示を受けているという正教のおばさん)」にドップリ浸かっているカトリック信徒が出てきています。信徒のみならず、某教区の某観想会の院長がはまっています。会場を提供した神父さんに「このポスターは、バッスーラのものですよね」と言いましたが、彼は知りませんでした。全くもって、そこら辺りのことにも注意をして欲しい。羊の囲いに入ってくる泥棒がいることを忘れてしまっています。アフリカ人司教のミ●ンゴは、統一教会の合同結婚式で結婚したでしょ?すったもんだの挙げ句、最近は、米国で司祭の妻帯を!といってみたり、勝ってに叙階をしているようです。アホやがない。信仰には理性が必要です。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-11 22:33
◆更に、マックスさま、

 >サロン 信者、有閑マダム、カトリックは気品あるもの(雰囲気信者)
 >が多いよう に思います

これは首都圏の狂ったお受験ブームも絡んでいるように思います。
カトリック系幼稚園に就職したいために洗礼を受ける大学生もいますしね。
母校のシスターなど「騙されるのには慣れた」なんておっしゃるくらいです。
OFM関連で最近話題になったのは本田神父さまによる「イエズスさまは
マリアさまがレイプされて生まれた子」と説教壇から語ったことですね。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-11 22:38
◆にまめさま、ボンクリ家庭におけるカトリック生活は大切な事項だと
思うのですが、Hさんちはなんかちょっと違う気がしますね。息子の
召命までは理解できなくもないのですが、この息子さんご本人の
臨死体験みたいなものまで「聖人伝」になっている気がしてならないん
だけれど。これにキャアキャア喜んでいる修道女もたいちょぷなんだろうか。
気味悪い。
プロテスタントの聖霊派などについては三位一体の三角形のバランスが
悪すぎだと思います。確かに聖霊の部分がユダヤ教やイスラームとも
共通する唯一神のアイデンティティにあたるとは思うけれど・・・疑問。
Commented by マックス at 2007-01-11 22:56 x
ma_cocotteさん・・・本多師がホントにそのようなことを言ったのですか?どこからそのような話が漏れ聞こえるのでしょうか?某カトリック大学神学部で、某現教授が「無原罪の御宿り」を否定するような発言を授業中に行いました。「それはおかしいんじゃにですか?」と詰め寄ったら「そんなこと、どうでもいいじゃないですか」と開き直られました。神学と信仰箇条が一致しないような神学部ってあるの?活動会の修道女のレベルって・・・・と思います。理性がない方が多い。感情が全て。日学の会計係の修道女が貯金通帳から自分のためにお金を引き出し、挙げ句の果てに所属修道会の幼稚園の先生に配布するテキスト代までここから引き出していました。これも、管区長や司教レベルにまで話は届きましたが、お咎め無しでした。挙げ句の果て果てには、「ものを盗んだら大罪ですか?」と来た。ここまで腐った人間達が風呂敷被ってシスターでございか?笑うわ。そうそう、今朝のyahooニュースでネットでの中傷誹謗もいじめになるらしいです。気を付けなきゃ。けど、事実は事実だし、これは非難中傷ではなく、悪くても「悪口」どまりかな?
Commented by ma_cocotte at 2007-01-11 23:16
◆マックスさま、
私が先日エントリーしたこちら↓から
http://malicieuse.exblog.jp/6237774

鹿児島の郡山司教さまの日記に飛ぶことができますので、ぜひご一読ください。
本田司祭発言についてはあんとに庵さんもご自身のブログでご意見を
書かれています。そちらもぜひご覧ください。
某耶蘇大学って関町ですか?尾張ですか?同志社だけだと信じて
いたのに腰抜けます。(T_T)
「ものを盗んだら大罪ですか・・・」と開き直る修道女ですか・・・。
まさかHさんの隣の修道女会ではないでしょーねー????
泣けてきますよ。・・・あ、あの修道女会は私服オッケーでしたね。
風呂敷を被る義務はありません。ヾ(`◇´)
Commented by にまめ at 2007-01-11 23:30 x
マックスさま>
元々、宗教関係の人には声をかけられる方なんです。が、こちらから積極的な関わりを持とうと思わなくても、関わりになった結果として「相手さんが隠していることの発覚」などといったオチがつく、で、あちらこちらジプシーしているのです。カトリックとの関わりが一番長いのですね。でも、やっぱり小心になります…相手さんが確信犯でないこともありますし。
ただ、悲しいけど、「言ってることと違うじゃないか」となると私が離れるしかないですから。

OFM・H師のは、K教区のK司教さまのページにあったのですよ。
↑のところから飛んでみてください。ちょっと過激な反応があったみたいで、司教さま大変そうだったみたいです。

ma_cocotteさま>
プロテスタントのペンテ●ステ派の方は数人お会いしたことありますが、ナチュラル・ハイみたいになってる人がいました。あまり度を越すと、精神のバランス崩さないか心配だと思っていたら、やはりその系統の教会さんで分裂があったり、信徒さんの脱会もあるようですね。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-12 01:28
◆にまめさま、

>ナチュラル・ハイみたいになってる人がいました。

カトリックにもカリスマティックという唄うミサがあるらしいけれど、
ハイになるやら、クエーカー現象になる方もいるとか。
ラッツィ認可あり、というアピールなんだけれど、ラッツィはこのごミサの
司式はしたがらないと思うんだけどなあ。
H司祭司式については入祭のお辞儀だけでウルウルするんだって。
祭壇に向ってふかぶかのお辞儀がぐーっと来るそう。
演歌歌手系の演出ですかね。
Commented by マックス at 2007-01-12 02:30 x
にまめ さんへ

 そうでしたか。「宗教」は本来よいもの善なるものの筈なのです。しかし、その後に「団体」と付くと違ってきます。私もカトリックに行ったら差別や不正義などないと思っていました。が、逆にもっとドロドロしていましたし、しています。「それなら、やめれば?」と思いますが、私が信じているのは、「イエズス・キリスト」であって、「キリストを信じている」と言っている人を信じているわけではないということです。カトリックは神の民(団体性)を重んじますが、最終的にはやはり私がイエズスを誰というか?何と思っているか?ということに帰結すると思うので頑張っています。言動の不一致があって当然と思わなければ、完全一致は人間世界には望むべきもありません。私はカトリックに来て良かったとは思いますが、出会いたくない人達と出会ってしまった気はします。仏教で言うところの四苦八苦の怨憎会苦(おんぞうえく=憎い相手と会う苦しみ」という意味)ですね。
一番大切なことは、キリストとの出会いがあったか?ということだと思います。
Commented by マックス at 2007-01-12 02:43 x
ma_cocotteさんへ
 見ました・・聖ヨセフ石工説。カトリック新聞クリスマス号だったか、最新号だったかの主日の解説があるでしょ?あそこに、福岡教区だったかの司祭が同じ石工と書いていました。「読みながら根拠は?」と思いましたが、その上の記事を見たらHの方でしたので、こんな連中しか書かないんだろうなぁ~と思いました。
 日本のカトリック大学は、(神学部、且つヴァチカンの神学士号が取れる)のあるのは、上智+南山です。大阪教区立の英知大学は神学部はなくなってしまって文学部キリスト教学科になってしまったんじゃないかな?
Commented by マックス at 2007-01-12 02:44 x
 〉 「ものを盗んだら大罪ですか・・・」と開き直る修道女・・Hさんの隣の修道女会ではないでしょーねー????
 ● 違います。名誉のために。
 
 その他、修道女関連では、親爺が兵隊に殺されて有名なっ た風呂敷被ったオバァ~がいます。有名でしょ?(笑)。内容のない本を 書いたり、ラジオに出たりしてる方。他の修道女とは違った高級服地の 修道服を着用し、儀式用にと勝手に衣裳をあつらえ、海外に行く時は私 服に化粧・・しないと直視できない顔なのか!?・・この、オバァ~は被 差別部落主義者でごさいます。「部落出身者なんか絶対にうちの修道会には入れません!」とやったらしいよ。それも、他修道会のシスターに(笑)。これが、日本の有名なシスターです(大爆笑)。
Commented by マックス at 2007-01-12 04:37 x
本田師への反論
 今も当時も家畜小屋は、家の中にあり(盗難防止)、壁に取り付けられたスラブありのものでした。その、スラブの部分に人が寝起きした。「宿屋がなかったので」という一節は、「上に部屋がなかった」とも解せらしい。上は人がいっぱいで、下部の家畜小屋にしか居場所がなかったと考えられる。
 羊飼いは、当時は罪人と捉えられていたのは事実。彼らは牧草を求めて荒野に出入りしなければならなかったので、当時は悪霊は荒野や海に棲んでいると信じられていたため、その荒野に出入りする牧夫は穢れていると考えられていた。東方の博士は、星占師であり、ならず者であったか否かはわからない。
 聖ヨセフの石工説は、何を根拠にって感じ。
 イエズスが、当時、私通の子と考えられたのは無理もないこと。しかし、それをそのまま、レイプされて身ごもった子と考えるのは短絡的。神の全能を本田師は信じていないことになる。
 上記の家畜小屋の件よ宿屋の件は、いつぞやNHKでやっていました。
Commented by 伊望 at 2007-01-12 14:36 x
難しい問題ですね。

正教会の場合、特にロシア正教会の場合ロシア共産革命後軟禁中に永眠した聖ティーホン総主教のあとをついだセルギイ(ストラゴロドツキー)総主教、そのスターリンとの妥協について今でも賛否両論です。

彼を非難する人は『殉教してでも信仰を守るべき高位聖職者が共産主義者と妥協』といい弁護する人は『存続の危機に立たされた教会を守るため、非難を一身に負う覚悟で、妥協した』といいます。

高位聖職者に限らず秘密警察との関係を持っていた(いる?)聖職者の話は結構聞きます・・・勿論秘密警察への協力者は私欲ではなくて人を助けるためにあえて十字架を負った方もいるのではないかと思います。

このワルシャワの大司教様はどちらだったのでしょうね?
Commented by ma_cocotte at 2007-01-12 18:00
◆マックスさま、にまめさん宛のコメントではありますが、信仰の基本はまず
「神と私という二者関係」であって、その関係を持つ人々のつながりの
ように私は捉えたりします。二者の関係においてはそれこそ告解の守秘
などが関わり、これは他人がクリティックできない「基礎」があるのでは?と。
ところが近年のエキュメニカル運動などでカトがプロテスタント的生活を
受け入れすぎて、罪などについて信者同士でクリティック、果ては裁く
のが散見されているように思います。私個人は世俗信者の罪の裁き合い
には違和感を覚えています。
英知ですがこれほど方針が変わった大学はありませんね。現在のHPを
見ても創設者も創設目的もうやむやになっています。天国の枢機卿さまも
お嘆きでありましょう。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-12 18:06
◆マックスさまはH司祭隣の修道女会の政治的活動をご存知ですか?
ごミサも、修道院聖堂を使っての集会も反戦活動が絡むものです。が、
ここの長上さまは私達に非武装を強いながら、別所では南米ゲリラ支援
講演を続けられています。
Sr. W については私の母校のシスターから伺っていました。都内での
会合で一緒になり終了直後、Sr. Wはばっちりお化粧&私服で去った
そうです。我が母校のシスターは目の前で変身を見てしまい未だショック
だそうで。修道女会によって世俗会化が急速に進んでいるので各会の
方針格差が露わになりすぎました。こうなると観想修道会に入るしか
ないのかもしれません。
マックスさんのお話から拝察するにSr. W の対局がSr. H田でしょうか?
Commented by ma_cocotte at 2007-01-12 18:14
◆更にマックスさま。本田師珍説ですが、3賢王が星占いや呪術師だった
としても当時世界のほとんどが精霊信仰が主だったでしょうから不思議
ではありませんよね。訪問することが現代で言う「改宗」に当たるのかも
しれません。
ヨゼフさまの石切り職人についてやエルサレムの親戚に無視されたなど
はあまりにあまりな妄想域ではないか、と思います。聖書の日本語翻訳に
おいて世俗で都合の悪い語を日本で差し支えない語に改めるという
運動がありますが、これを行ったら日本の孤立化はますます進みますね。
単立や日本発祥のプロテスタントならともかく国境を越えた宗派である
カトリックや正教会がこれを行ったらどうなってしまうのでしょうか。
原著で読むしかないでしょう。この点でカトリックにおけるラテン語復活
運動は大賛成です。現在私の指導司祭はラテン語ギリシャ語対訳聖書を
常に携えていらっしゃるのも安心事項です。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-12 18:25
◆伊望さま、威政者と殉教に絡む話は常に二分をもたらすものですね。
日本の歴史を振り返っても考えさせられることが多すぎて、短絡的に
殉教に至った人々ばかり賛美できない、というのが私の心境です。
生きながらえた方々をクリティックする気にはなれません。

ポーランドですがコメコン時代に約10%の聖職者が秘密警察側について
いたそうです。この大司教さまはそのうちのひとりに過ぎず、私としては
なぜ大司教任命式までその事実が取り沙汰されなかったのかが不思議
です。しかも首都ワルシャワの大司教に任命されるなんて。昨晩もこの
大司教さま司式の最後のミサで参列者が野次を飛ばして、うつむいて
しまう大司教のビデオが流れました。果たしてこのシナリオを書いたのは
現ポーランド政府なのか(大司教任命式には大統領夫妻が参列していました)、
ヴァチカンなのか、新聞社など民衆なのか、知りたいところです。

この大司教さまが拷問に遭われて死に直面したのでしょうか。
神学生時代からの関与のまま司祭職についたという話もあります。
しばらく注目ですね。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-12 18:42
◆伊望さま、
こちらのリポートをぜひご覧ください。
http://whispersintheloggia.blogspot.com/2007/01/from-polish-desk.html
Commented by マックス at 2007-01-12 21:34 x
ma_cocotteさん
 そうですねぇ~私も最終的には、・・と言うよりは、最終基本とでもいいましょうか、行き着くところは「神と私」だとは思います。が、カトリックではやはり、「神の民」が先行します。というのは、もし、信仰が個人が先行されたら新教のように聖書の勝手な解釈が許されてしまうようなものだと思います。が、H、M、Wのように「これがカトリックの人達(?)の言動?」と思われると、ハッキリと「違う」と言いたいです。でも、カトリックという大きな船には、天の邪鬼や意地悪、アホ・・・一生懸命に櫓を操っている人もいます。それもひっくるめてカトリックです(そう習った!)。けど、個人的には、H、M、W等は認めてあげない(笑)。

 〉 昨晩もこの大司教さま司式の最後のミサで参列者が野次を飛ばし   て、うつむいてしまう大司教のビデオが流れました。

こうなると、可哀想、気の毒に思います。彼だけが、ヴァヴェウのヤヌシュ神父だけが、協力者であったわけではないし、今、一番辛いのも彼等じゃないかな?殺される直前にまで至ったのかどうかも彼等にしか解りません。あぁ~辛い。
Commented by マックス at 2007-01-12 21:46 x
ma_cocotteさん、日本語訳の聖書ですが『新共同訳』は、さておいて(笑)。日本聖書協会訳は、逐語訳なので聖書を勉強するにはこちらの方がいいかも。しかし、新教のものなので旧約は足りませんし、新約も注意しながらならばこちらの方が良いと思います。あの!毒舌でありながら、非常に優秀な田川健三が誉める邦訳聖書は、フランシスコ会訳です。教文館から出ている『日本語対訳 ギリシア語新約聖書』も良いです。値段もいい(高価)。雨宮慧の『主日の福音』(A~C年)、オリエンス宗教研究所もお値打ち品。しかし、ma_cocotteさんは、フランスにお住まいなので・・・。ポーランドでは、最近、エルサレム・バイブルのポーランド語版が出ました。日本語訳は、出たら・・・・買うか?聖書を読まない、感心ない・・・教会事情・・・売れないやろなぁ~。はやく、フランシスコ会訳の新旧合本が出るのを待ちましょか・・。
 Wは名前を読み聞くだけで、胸くそ悪い!まだ、マシですがO教区のTも似たようなもの。お兄ちゃん神父に「お前、そんな化粧してどうするのか?そんなので天国に行けると思うのか」って言われちゃったみたい。ヒント=A・Dの「死」の二番煎じ。
Commented by にまめ at 2007-01-12 22:45 x
於とまさま>
於とまさまの仰る、カトリックのプロテスタント化は憂いています。
プロテスタントの中での分派、分裂はかなりで、共同体同士そして共同体内部での裁き合いには凄まじいものがあります。そして1人カリスマ牧師が居ると、その取り巻き、そして取り巻きの取り巻き、そういう人間関係が先に立って、そして先生の著書を売る、説教テープを売る、講演会のチケットのノルマがある、カウンセリング講習の案内は来る…。お気に入りの信徒さんを新教系の出版社に就職させて、神学校に自分のお弟子さんを講師で入れるはいいが、その後に乗っ取り。いろいろなものを見てきました。
どうも某カトリック系出版社の出版内容やら修道会さんやら、一部のある活動に力を入れている教会さんなどを見ていると、どこか似ているなあ、と思います。

マックスさま>
http://www.jca.apc.org/gendai/salon/ezln/kaiho.html
http://tokyo.catholic.jp/text/heiwa2006/heiwa2006.htm

お一人の方がされている活動内容として、とても分かり難いのです。
カトリックではよくあることなのでしょうか?

>雨宮慧の『主日の福音』(A~C年) ...ψ(。。)メモメモ...
Commented by ma_cocotte at 2007-01-12 23:05
◆マックスさま、私個人ですが玉造のM司教さま、H司祭がいらっしゃる
教会隣の修道女会長上の言動に引っかかりを覚えています。M司教さま
もですが、H枢機卿さま発言も考えてしまったりします。ご参考までに。

http://www.geocities.jp/amsf_stm/untitled_71htm.htm

ワルシャワ大司教の件はWielgus師がローマに滞在し教会側との
話し合いをすることで、ポーランド国内が落ち着くようになるといいですね。
これが大司教さま、国民双方にとって最良の方法だと思います。

現在私の手元の日本語聖書は日本聖書協会の1955年訳旧約と
1954年訳新約です。最近ジェンダフリ問題でカトリック側でも要理指導者
によってはヒトの創造も1章のみで、順番が明確な2章は読まれなかっ
たりするらしいです。・・・日本は大丈夫なんだろうか?

私の母校の修道女会はフランスのみ私服が認められていますが、
仏国内のみで彼女達が本部に行く時は制服ベール着用になるそうです。
フランスは政教分離法が徹底しているための措置ですが。日本で私服、
化粧する必要が修道女にあるのでしょうか?疑問です。
Commented by あんとに庵 at 2007-01-12 23:16 x
フランシスコ会訳の合本は数年前から編集開始したはずだが、なんせあの大量の注をも一度やりなおさにゃいかんとか、色々なんで、時間かかっとるようですな。アントニオ神学校奥深くにあるホルヘのごとき聖書研究所の主、老神父が老体に鞭打って、教区とパウロ会の協力を得て進めている途中だということまで知っているけどその後どうしてるか知らないや。

H神父の過激さは、なんというか、喩えが悪すぎるが、それまで女と付き合ったことがない男が、いきなりしたたかな女に夢中になってしまうみたいなもんかも。わき目もふらず「解放の神学」に夢中になってしまっている辺り、なんともわたくし的には「もうちょっと距離置いて付き合ってみる冷静さもあった方がいいと思うよ」とか言いたくなります。
Commented by あんとに庵 at 2007-01-12 23:29 x
マリアがレイプとか、不義密通とか、ローマ時代のキリスト教への悪口を2000年後にいわれてもな。笑うしかないっすな。

しかし、元ネタに帰りますが、同時代的に生きるものとして、信徒を人質に取られているみたいな状況下で果たして頑固に信仰を貫けるかどうか?或いは政府にたてつくことが出来るかどうか?その時代を生き抜いたものにしか判らぬことはありますね。
ただ、共産主義時代、当然、対バチカン工作員ってのもいたでしょうからねぇ。どうなっているのか?ポーランド人も皆知りたいところではあるでしょうね。
まぁポーランドの友人は「マスコミ人のほうがもっと元工作員沢山いると思うよ」と指摘してましたけど。火の粉が自分達に来ないようにスケープゴートを立ててるってこともアリ?戦前の朝日新聞と戦後の朝日の豹変みたいにねぇ。
Commented by マックス at 2007-01-13 00:24 x
にまめ さんへ
 下さった、HPアドレスの上記の南米のお話は、海外に派遣されている修道女の話であって、彼女個人の意志で彼の地に赴いているわけではありません。修道会の意向があってのことだと思います。下の方の、HPには行き当たりませんでしたが、おそらく「正義と平和協議会」に関する記事ではないかと思いました。「正義と平和協議会」は、日本では受け入れない司祭、信徒も多いです。が、ヴァチカンの組織の中にもきちんとあります。カトリックには、社会教説と呼ばれる、教皇が出した文章があります。カトリック系の書店に行けば必ず有ります。たとえば、『働くことについて』(ヨハネパウロ二世)など。しかし、信徒は言うに及ばず、聖職者もあまり読みません。何故なら、「教会は社会問題を扱うところではない」と考えている人が多いからです。また、そのような人に限って、イエズスの生きた社会、時代的背景に関して、聖書に関して、何の知識も持ち合わせていない御方が多いと思います。栗林先生の『茨冠の神学』などを立ち読みしてくだされば、羊飼いのイメージもドット崩れ去ります。
Commented by マックス at 2007-01-13 00:49 x
ma_cocotte さんへ

 〉 玉造の・・教会隣の修道女会長上の言動に引っかかりを覚えていま  す。
 聖職者や修道者、教会の中にも差別主義者や非福音的、反福音的な考えを持っている方もいるかと思います。自分が蒔いた種は、自分が刈り取る時が必ず訪れます。「歯ぎしり」する時には、もう遅いということを彼等が考えないだけのことです。フランスにお住まいならモーリス・ズンデル神父さんをご存じでしょ?既に亡くなられていますが、彼の著作は非常に優れています。日本では、福岡カルメル会が訳してくださっています。『現存のあかし』は私の座右の本です。東京のドンボスコ社で扱っています。上・下巻あります。1冊1.500円です。

 〉 ワルシャワ大司教の件はWielgus師がローマに滞在し教会側との
  話し合いをすることで、ポーランド国内が落ち着くようになるといいです  ね。これが大司教さま、国民双方にとって最良の方法だと思います。
 
  私もそうあって欲しいと思います。ポーランドのマスコミでは落ち着き はじめました。

 
Commented by マックス at 2007-01-13 00:49 x
〉 最近ジェンダフリ問題でカトリック側でも要理指導者によってはヒトの  創造も1章のみで、順番が明確な2章は読まれなかったりするらしい  です。・・・日本は大丈夫なんだろうか?

 あの発想は、「男女平等」を強調したいあまりに、そのようにフェミニスト運動が盛り上がって、女性から見た聖書なるものもあるそうな(アホくさ)。創世記の人祖想像の物語は、要点だけ述べると、“ 男と女は同じ材質で想像されており、平等なものだ ”ということです。それを知らない人達が、大騒ぎをしているに過ぎない。区別と差別は違います。性差の重要性を忘れています。


 〉 私の母校の修道女会はフランスのみ私服が認められていますが、
  仏国内のみで彼女達が本部に行く時は制服ベール着用になるそうで  す。

 場合によっては、ハビトを着用できない場合があります。共産圏では修道院や教会内ではカラーやハビトは着用できますが、屋外ではむつかしいとか聞きます。言いたいのは、「自分の都合によって、ハビトを着たり、着なかったりするな」ということです。知っている、修道女会では、遊びに行く時は着ないそうです(笑)。

Commented by マックス at 2007-01-13 00:50 x
 〉 日本で私服、化粧する必要が修道女にあるのでしょうか?疑問で  
  す。
 僧職の身分を表すものが、普通の衣類感覚になって来たということでしょうか?また、神父には香水を付けてみたりしている方もいます。臭いで、あれは・・。女性は化粧をしたがるものなのでしょうね。私は男なのでよく解りません。けど、某修道女会(ヒント:『不在の部屋』)は私服ですが、聖体拝領の時に、「私服で、オバサンだが着ているものが違う」と思ったことがあります。あとで、聞いてみると某会の方々でした。
ma_cocotte さんのことは、よく存じませんが、居心地の良い場所を感謝します。
Commented by マックス at 2007-01-13 00:54 x
にまめ さんへ!!!

 大間違い!『茨冠の神学』は、『荊冠の神学』でした。ここの謹んで訂正させて頂きます。モーリス・ズンデル神父著、福岡カルメル会の『現存のあかし』上・下巻あります。1冊1.500円です。東京のドンボスコ社で扱っています。これは、たいへん良い本です。日本はこのような本が売れない、読まない、なんでやろ?
Commented by マックス at 2007-01-13 01:33 x
にまめ さんへ  業務連絡です。

 貴女の指摘してくださった、http://www.jca.apc.org/gendai/salon/ezln/kaiho.html
をよく読んでみました。酷い話もここまで来たら立派なものです。
彼女の言及する点を全て否定はしませんし、賛同できる筋もありますが、表現方法があまりにも下世話な表現方法でしかありません。前教皇が、聴衆に「黙れ」というような言葉を使うとは到底考えられません。日本語でも嫌いな相手が「静かにしてください」と言ったのを「『黙れ!』と言った」と言い換えるのに似ている思いがしました。彼女は、前教皇がお嫌いなのでしょうね。跪いている賓客に「おまえはだめだ」とかって普通、行いますか?このおばさんは、偏見の人間です。人間は、どこかで、持ち上げられると調子に乗って、「自分は偉いんだ」「何を言っても許される」と誤解してしまうのでしょうね。
Commented by あんとに庵 at 2007-01-13 02:52 x
「荊冠の神学」は新教出版からでていますね。プロテスタントの組織神学の教科書かなんかになっていたりする有名な書ですね。わたくしもよく書名だけは聞いていました。ボフの解放の神学と共に語られることが多いですね。被差別部落問題に興味のある方用という印象ですが、どうなんでしょうか?ボフや田川健三のようなバイアスがあるんでしょうか?
(田川は面白いけど、アレは「田川節が炸裂してるな!」と思いながら読むものだしなぁ・・ボフさんはボフさんだし・・)

社会問題は現実に生きている世界でやっているからという人も多いのでは?あと日本の正平協は思想的に偏りすぎて、現実の困った人に対するメッセージが希薄な印象を受けます。これは日本の左翼全体が、本当の意味でのその運動性を失っていることとパラレル。過去の戦争責任話ばかりしてぜんぜん労働者の味方ではない労働組合とか。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 03:52
◆あんとに庵さま、なんとかカトから新旧一冊聖書を出してちょ。
実は先日、旧約聖書で見当たらなくて困った書があったのぢゃ。持ち運び
しやすい大きさが良い。茶バネ装束の老司祭の編纂作業・・・老司祭は
ショーン・コネリ、侍者にクリスチャン・スレーターだな。夢に出てくるとええな。
日本はあまりに三面記事なニュースが氾濫している一方で、カト信者は
国民の0.3%。日本万民に分かりやすいのは三面記事的聖書解釈
なのかも(本田師を弁護してみたつもりヾ(`◇´)
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 04:07
◆マックスさま、
H神父さま教会隣の修道女会の長上が現在

http://www.jca.apc.org/gendai/salon/ezln/kaiho.html

これ↑の論者です。スペインの本部の方針の代弁とは考え難いかも。
ご自身の修道会が経営する学校は女子校なのにジェンダフリを他の
修道会に厳しく指導するのも不思議ですし、修道会内共和制や階位制を
軽んじるのもこのシスターの考えです。ですからこの講演↑でも「教皇さん」
や過激な口調が強く出ているのだと思われます。

この方の文章を拝読すればするほどシスターのイメージがガラガラ崩れます。
Commented by あんとに庵 at 2007-01-13 04:15 x
ま・ここっとつぁま>
うんにゃ、やっぱりどっから見てもホルヘだぁなぁ・・。>某老神父

旧約の初めの頃の訳なんぞ「モイゼ」とかだからなぁ。表記統一もしてると思います。気が長いのは「神学大全」もだけど。私が生まれた歳に初版ってのがあったぞ。をい。第二バチカン前じゃないか。カトギョーカイは翻訳者不足だよな。

三面記事というより、ムーレベルな気もするね。トンでも系。「ダヴィンチコード」が流行るわけだよ。
Commented by マックス at 2007-01-13 04:17 x
  あんとに庵さん・・・もしかしたら、N・Tさんですか(笑)。違っていたらゴメンナサイ。
 『荊冠の神学』は勿論、被差別部落問題・・・というよりも差別者問題と言った方が正しい・・・を扱った著作ですが、聖書の世界における被差別社会なども扱っています。今まで、このように「聖/俗、浄/不浄」に始まって、宗教界に於ける差別、聖書の中における差別ときちんと順序立てて取り組んできた著作は無かったんじゃないかな。また、キリスト者が被差別部落とかかわってきたが、やはり差別意識は隠せなかった賀川問題も論じています。その意味では、カトリックも反省がない。南関東のカトリックがMのS村、山上卓樹から広まって行き、その拠点が被差別部落であったことを隠している気がします。部落の人達は、「カトリックの中に解放を求めていた」にもかかわらず、市民権が出来たら、神父はそっちに走ってしまった現金さ・・。未だにHPを見ても全く、それには触れていない頑なさが、カトリック教会の中に温存されていると言うしかない!!もっと具体的なことがありますが、ことがことなので書けません。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 04:19
◆マックスさま、
私の母校の日本管区では私服着用は認められていません。もちろんお化粧もなしで、年に一度いつでも長上の転勤命令に従えるようにと身の
周りを指定カバン一つ内に納められるだけに整えるという日があるそうです。
曽野氏の「不在の部屋」は残念ながらまだ拝読していません。もしかして
彼女の母校ですか?ここのシスターの厚化粧とマニュキュアについても
私の母校のシスターが共同勉強会後すぐ授業中に聞かせてくれました。
上の過激発言シスターが長上のスペイン系修道女会は内部で保守派
と長上に従う改革派に二分されてしまったようです。(゜Д゜)アワワワワ
なんというか、長上さまは解放の神学の影響なのか教皇さま含めて
肩書きある方々を受け付けなくなってしまってらっしゃる。M司教と仲良しでらっしゃる。あんとに庵さんもコメントされていますが、日本の正平協は
思想的に偏り過ぎてバチカン本部との思想のリンク付けが難しくなって
いると拝察します。プロテスタントしないままの労働組合的団体にさえ
見えます。憂慮。
Commented by マックス at 2007-01-13 04:24 x
 異なった視点からですが小沢昭一さんの『芸能入門』もその意味では、表題と中身は雲泥の差ですが、差別問題に取り組んだ書き物としての位置は、大きいです。感心ない人には、大きくもないでしょうが。
 田川健三氏の本は、『イエスという男』を初めて読んだ時に、笑いました。著名な神学者を滅多斬り!!その後も、彼の著作を古書店や新刊で入手しては笑っています。しかし、彼の偉さは、知らないことは自分で調べるか、知らないっていうでしょ。正誤表も自分で発送するくらい律儀な人。ですが、はやく、『マルコ福音書注解』の中と下巻を出して欲しい。
 
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 04:27
◆あんとに庵さま、
 >三面記事というより、ムーレベルな気もするね。トンでも系。
 >「ダヴィンチコード」が流行るわけだよ。

でもそうすることでワイドショー好きとかスピリチュアル好きが「カトって
いいかもー♪」とか思って「洗礼っていうの?受けてみよっかなー」に
つながる。で、インスタント受洗してから「神は愛。神さまはみんなが好きなの。
何しても許してくれるの。教皇ってなーに?叙階なんて知らなーい。
難しいこと嫌いだから聞かせないでね」になるんだよな・・・ゲロゲロ。
「シスターはあたしたちとどこが違うのー?家を出ただけでしょー」というのも
あるぞ。

モイゼ・・・懐かしい。
ちなみに私はマタイ福音というよりマテオ福音と呼ぶ方が好きだったり
する。イエスもイエズスに戻して欲しいあるね。だめ?無理?えーん。(T_T)

しかしなんだな、そちらは夜明け前なんぢゃありまへん?

Commented by マックス at 2007-01-13 04:39 x
ma_cocotteさんへ
 〉 彼女の母校
 の彼女は、どの彼女(笑)?S氏の母校には違いありません。「解放の神学」に関しては、元来の発想からそれてしまった気もします。一人歩きとでもいいましょうか。神学校で神学校長が発言したら「抑圧だ!」と神学生がのたまう。こうなると、収拾がつきません。何からの解放なのか?と言うことではないでしょうか。私は、「本来の人間の姿への解放」だと思います。言葉足らずでしょうが。洗礼は「原罪と自罪による償いからの解放」、赦しの秘蹟は「罪からの解放」、叙階や修道誓願は、「自己からの解放」だし・・そうでない人も沢山いるのは、なが~い上の書き込みから自明(笑)。
 
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 05:10
◆マックスさま、
あ、曽野さんの母校です。三光町。
ここのシスター(マザー?)の第二ヴァチカン以降の変わり様はあまりに
有名かも。続くは前出のニカラグア好きの「教皇さん」発言のシスターが
いらっしゃる修道会の自由化かも。

>「解放の神学」に関しては、元来の発想からそれてしまった気もします。

おおおおお、私も同じ印象です。マルセイユのSJなんて完全に分裂してしまい、
解放神学系は移民団地に潜伏状態で修道院を見つけられませんでした。
・・・って日本のSJもそーですね。以下自粛。
神学校長が発言したら「抑圧だ!」ってカトリックではありませんね。
もしかしてここ↓でしょうか?
http://bishopkikuchi.cocolog-nifty.com/diary/2006/11/post_3215.html

私の母校のシスターは二言目には「院長さまに伺うわ」です。まだ長上制
が残っている修道会のようです。それでいいのだ、と私は思うのですが。
召命が少ない一方で高齢化が問題のようです。
Commented by マックス at 2007-01-13 05:38 x
ma_cocotteさんへ
・・・実は、わたし、記事を書き上げたんです。カトリック新聞のために。あのM君がよく出てくるコーナーに(笑)。召命問題の根底問題と減少(現役引退=退会。を含む)には、長上の権威と権力の履き違いがあるんじゃないかって。また、退会してしまう終生誓願者にはウツになっての退会が多い。しかし、文字数が限られてるので、曲解される可能性が非常に大きすぎて「どうしようかなぁ~」と迷っているところです。また、これを投書した時点で、ma_cocotteさんに私の素性がばれるし(笑)。
 「院長様に伺って」というので、思いだしたのは、「シスター!今日はいいおてんきですね!」と言ったら、シスターが「院長様にうかがってきます」というデ・メロの本の一節。
Commented by あんとに庵 at 2007-01-13 12:11 x
マックス様>
N・Tさんではないです。(おそらく研究者の某女史と思いますが)優れた研究家ですよね。一度だけ研究会でお会いしたことがあります。

荊冠・・に関しては昔プロテスタントの学者さんから読むといいと勧められました。未だ果たしていないのですが「これだけは読んどけよ」シリーズの一つだった記憶があります。(田川とか青野とかも勧められてそっちは読んだ)

部落差別の問題は大変に難しく、コメント欄で扱うには大きいしここでコミットするにはま・ここっとさんに迷惑がかかる場合もあるのでなぁ。

田川氏はいい意味で「批判者」だと思います。批判することであぶりだしていく手法は日本ではぎょっとされるとは思いますが、傍観者的に読むと面白いですね。特にあの書きっぷりが読ませる個性を持っている。とはいえずっと読むと疲れるのでいつも途中でやめちゃうんだけど。(ニーチェ並にアジテーターだからな)
Commented by あんとに庵 at 2007-01-13 12:19 x
ま・ここっとさま>
パソ仕事し続けて夜が明けたでした。ブログ書く気も起きないくらい。ブログは完全にサボり中。

>ワイドショー好きとかスピリチュアル好きが「カトって
いいかもー♪」とか思って「洗礼っていうの?受けてみよっかなー」に
つながる。で、インスタント受洗してから「神は愛。神さまはみんなが好きなの。

まぁ釣りの段階ではそれでもいいんですがやっぱり最終的には「それは釣りなんだ」、釣ってのちの導き方が問われるとは思います。自分達が先に解放されることを考えているような、つまり聖の立場によって自らの解放のみ求めているような聖職者が多いのか、マックスさんが指摘するような体たらくになってしまうんでしょうな。

確かに聖職も人の子。大変なこともあることは皆が承知しているわけなのですが、結局は聖域を利用しての個人的な自分探しに「弱者」もが利用されているような現状が累々とある気がしてなりません。正平協の働きもその本来性を失っているのはその性でしょうね。だから容易くイデオロギーな人にオルグされちゃう。聖域には聖域の言葉があるはずであり、聖域による「解放」のやり方があるはず。
Commented by マックス at 2007-01-13 18:36 x
ma_cocotteさん へ
「抑圧だ!」発言は、あそこではなくて、ブラジルから帰国していた神父に直接聞いた話です。しかし、まぁ、昨晩~今朝まで、今まで書き込まれた・・・これって、なんていうの?「ここですか?」っていうアドレス・・・大風呂敷Sr風おばさんの話や、Car・H師の話には呆れました。「わしら日本人もアジア人やけど、アホやったんや・・・知らんかった・・」と思いました。また、某大陸の方々がCarに選出されなかったのにご不満のようですが、ローマで勉強している某大陸系の司祭は、絶対に食事の時のサービス当番をしないらしい。理由は、「おれたちゃ、本国へ帰りゃ、司教の席が待ってんだ。他人へのサービスなんか、どうしてしなきゃ、いけないんだ。ええ!」という。また、あの・・アホたれ・・大司教ミリンゴは、どうしようもないでしょ?『笊で水』みたいなもの。すくい難い。今も、結婚させ~とか女性を叙階(もどき)させてるらしい・・。
Commented by マックス at 2007-01-13 18:47 x
つづき・・。某大陸で、数十年働く神父の話によれば「この大陸の人達には、徳というものが理解出来ない」とのことでした。全部が全部ではないにしろ、そのような方が多いそうな。ラテンアメリカ、アジア、アフリカの方が、信徒数が多いと言ってみても、だからといって総数に比例させて各大陸から枢機卿を選出していたのでは、どうなるでしょう?しかし、配慮には欠けるとは思います。Mも属する某国司教団は、教皇訪問の祭に、「日本にはなんの問題もありません」って言っちゃうんだから立派。某・・・某ばっかりやなぁ~・・坊主が世界の宗教者会議で、他国の参加者から「日本には部落差別というものがあるが・・」と発言されて、「そのようなことはありません」と言ったのに似ています。女子P会の会員発言で、差別発言が表沙汰になってしまて、みんなで頭に灰をかぶったとか、F会修道女も同様な発言をして、某団体が事情聴取に来たら、ビビッテしまって。「恐かった」と言っていましたが、自分たちが何を言ったかを全く反省していないようでした。「恐い、恐い」しか言わない。

 
Commented by マックス at 2007-01-13 19:02 x
・・つづき。その程度の意識しかない。全くもって、何を専門にしておられるのか?部落問題を話し出したら、左系みたいに言われますが、決してそうではないと思います。

あんとに庵さん へ
 「腹が減っているので何か食べ物を」と言う人に、「神様がお恵み下さるようにお祈りしましょうね」って、感じですか?【ま・ここって】さんが仰るような「ワイドショー好き」「スピリチュアル好きが」「カトっていいかもー♪」「洗礼っていうの?受けてみよっかなー」「神は愛。神さまはみんなが好きの」族を増やした者の責任は計り知れなく大きいと思います。また、きちんと結婚講座を出来ない司祭やその教会法的手続きを知らない司祭が多い。Hを先頭に。「おめぇ~『・・・忘れてました。東京に戻って、翌日から休暇だったものですから・・・』って言ってる場合か?」と某師は怒っておられました。書類提出もなぁ~んにもしないで式だけ挙げて上げてたみたい。
 あんとに庵さんの家のお犬さんは島犬って、種類なんですか?
 業務連絡=メール送りました。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 19:06
◆あんとに庵さま、貴ブログ最新エントリーを拝読。コメント残しましたです。
ユーロが強すぎやら、親中が年々強くなってきてニホーンびとには非常に
住み心地悪いおフランスになりつつありますざます。

>釣りの段階ではそれでもいいんですがやっぱり最終的には「それは
>釣りなんだ」、釣ってのちの導き方が問われるとは思います。

おっしゃるとおりだと思います。釣る方が安直に洗礼を授けるのには甚だ
疑問ありですし、甘い餌のみに目がくらんでいる釣られる立場のヒトには
なぜか私が「教皇が何?避妊はダメなんてイエスは言ってないとか言いたいなら
プロテスタントでいいんじゃん?」なんて毒を吐く立場がアタシ・・・ってぇ
のが納得いかん現状ぢゃ。司祭なしの公教要理なんて許されるように
なったからだ。びえーん。やはり「行き過ぎた諸改革の再検討」ですよね。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 19:19
◆マックスさま、私はフランスなのでカト新はインターネットのみでの拝読
なのです。・・・あ、で、マックスさんのお立場は郡山司教さまのコメントの
やり取りでわかりました。マックス神父さまの「クビがすっ飛ぶはよろしくない」
という勧めに口ごたえしましたことお許しください。
私は男女サレジオ会とイエズス会の聖職者方しか存じ上げないので、
郡山司教さまやマックス神父さまなど教区の神父さま方とこうしてコメント
交換でき、とてもうれしいです。一時は正平協系のあまりに表立った喧伝
で、日本教区そのもの全体に疑問を持ち、信じられなくなってしまった私です。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 19:30
◆マックス神父さま、
近年の私服&化粧、共和制を選んで、背後に特定政党が見える行き
過ぎた社会司牧を好む修道(女)会には「だったら還俗しろよ」と言いたく
なりますが、二言目に「長上さまに」とおっしゃる御簾の向こう系シスター
方にもほどほど世間を知っていただきたいな、と思ったりします。という
のは、正平協の現実などを話すと「聞きとーない」になる方もいらっしゃる。
でも知らないうちに院内に毒が入ってから騒ぐのですから、イタ過ぎ、
時既に遅し、です。こうなると観想修道会が究極なんだろうなあ、と
現代だからこそそう思ってしまったりしますね。(←世俗の戯言です。m(_ _)m

前出のH 枢機卿発言要旨ですがまとめているのが真生会館関連の
グループです。脚色ありかと拝察しますが、ラッツィに投票しなかった
と臭わせる文面まで載せるのには驚きましたし、ラテン語の教授だった
H 枢機卿がラテン語反対という分断ロジックが私にはさっぱりわからず、
H 枢機卿ご自身が分断ロジックなのかとこの要約だと疑ってしまいます。
その点、ピッタウさんのロジックはわかりやすいのでありがたいです。
Commented by マックス at 2007-01-13 19:48 x
ma_cocotteさんへ
 ・・・残念ながら、わたし、教区司祭ではありません(笑)。あんとに庵さんにメアドを送っていますので、もし、旧知のお友達なら、メアド受け取って下さい。活動会にもまともな方は沢山いらっしゃるのはご存じの通り。また、観想会もピンキリです。私は個人的に某観想会修道院が好きで、と申しますか、院長さんが非常によくできた方で、この方から頂くお便りは短いのですが、深いものがあります。エディットシュタイン(十字架の聖テレジア・ベネディクタ)の著作は現代に必要な霊性や視点をついていると思います。ところで、ラテン語の話ですが、ラテン語でどこまでやるのでしょう?歌くらいならいいかもしれませんが、ルフェブール異端のようになってしまっては(笑)。未だに背面式でやってるかも。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 19:48
◆もいっちょ、マックスさま、

カトリックにはカトリックなりの「弱者救済」という考えや方法があるのに、
なぜか我らが母國においてカトリックがエキュメニカルと称して異教の
「弱者定義」や「弱者救済法」に流れていることにも問題があると思います。
少なからずかつて多くの宣教者が訪れた時代を振り返ると新旧共に
弱者救済のスピリットが今のスピリットとは違う。もちろん「弱者救済」
という同名の箔なんですけれど、中身が違うということを検証すべき
なのでは、と思います。妄想論、理想論に過ぎないかもしれませんが。
Commented by マックス at 2007-01-13 20:00 x
 ・・つづき。Car・H師の発言でラッチンガー枢機卿が教皇に選ばれるとは、思っておいでではなかったようですが、誰が考えてもラッチンガー枢機卿しかいなかったと思います。私個人的には、これでよかったように思いました。ラッチンガー枢機卿は、わたしの大学時代の先生でもありましたから(『キリスト教入門』を校内の古書市で購入した師弟関係)・・笑。JPⅡの考え、意識の後継者は彼でした。右傾向と言われますが、それでいいと思います。今の、カトリック教会内は自由奔放主義というか、新教の信徒や仏教僧にまで聖体拝領をさせてしまう司祭がいます。理由は、「(拝領できないのは)可哀想だから」だそうです。めちゃくちゃ状態に陥ってしまっている感じです。成人洗礼でしたので、VATⅡ以前の昔のことは知りませんが、きちんとしたことをやりたい性分なので、周囲からも煙たがられています。だから、海外へ島流しでした(笑)。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 21:36
◆マックスさま、・・・教区司祭が消えたっ!となりますと、わたくしの妄想
ではマックス→マクシミリアンの愛称→仁川(ただし日本の、ですヾ(`◇´)
で、ゼノさん?なんですが、これもハズレだったらもうわっからーん。
まさかSJですか?(というのは郡山司教さまのところで「わしゃあ」と
使ってらした)仁川には先輩夫妻が所属しておりまする。

ルフェーヴル派についてですが、某所で教皇ラテン語復活計画について
ピオX怪復活とはまったく関係ない、と書いたところ、物凄い反撃に遭いまして
現在に至るまで根に持たれている私です。なんでも彼らの言い分では
ラテン語ミサ許可により司教認可不要で好き勝手にオブスノルドできる、
これによってピオはバチカンに認可される、というものです。_| ̄|○

続きます。
Commented by マックス at 2007-01-13 21:39 x
ma_cocotteさんへ
 〉 ◆もいっちょ、マックスさま、・・・
  ・・・内容が高度すぎて、解りづらいです。アホに噛んで含めるようにお願いします。
 むかしは、医療面や社会福祉、ゼノ修道士や北原怜子さんのような方々の活躍がありました。先の2項目に関しては、今でも行われていますが、昔のようにかどうかは判りません。【使徒職】が「事業」や「仕事」になってしまっている気も致します。その前に、信仰の有無にも問題があろうかと思いますよ。ですから、暴挙発言などが、公の場に登場してもなんの批判も加えられない。加えない方にも責任があります。「人は、死後の世界には感心があるが、今をどう生きているかには、関心がない」と前出る神父は語っています。本当に司祭らしい司祭を見なくなりました。
Commented by マックス at 2007-01-13 21:39 x
・・・続き。むかし、下井草教会にいらしゃったサレジオ会の神父様は、告解の時にでもきちんとされておられました。また、SJの神父様には、「今日までの告解を致しました」と言いましたら、「まだ、あるんじゃないですか!?」と言われて、笑いそうになったこともあります。質実剛健、気丈な方もいなくなってしまいました。ゆる~い・・・どの部分か言いませんが・・・方が、増殖中。
 今の中央協議会の場所(潮見)も、たしか、北原怜子さんやバタヤさん達が購入した土地じゃなかったですか?貧者の土地を・・・逆やろ?
Commented at 2007-01-13 21:41 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 21:42
◆マックスさま、前出↑は
日本在住の自称カトリック信者の方々による反論でしたが、私が聞いた
話では近未来にモツ・プロプリオされるであろうラテン語復活によって
ピオいらずが加速するということです。あまりに話が違うのでありますが、
日本の平信者の言い分よりフランス司教団とは言え神父さまから伺った
話の方が信用できるかなあ・・・(ダメですかね?)日本にはピオとカトリックに
二股かけている成人洗礼信者さんも多いみたいなので、ピオが教皇庁
認可されるように願っているのはJPIIであり、ラッツィが認可するのは
間違いないとまで言い切られます。私から聖職者方どなたに質問しても
「ルフェーヴルには関わってはならん」と返事を頂戴するのですが、
それも下級聖職者だからであって、教皇庁はそうではない、とまで
インターネット上で反論されちゃいました。そもそも下級聖職者って
ナンだよ?なんですがね、私には。

地元の神父さまに質問したら司教認可まったくなしのミサなんてあり得ない、
と語調強く諭されてしまいました。なんか日本のカトリックはミギもヒダリも
結局長上を煙たがっていますよね。変なの。
Commented by マックス at 2007-01-13 22:00 x
  わたし、横文字が全く出来なんです。「ピオ」ってなんですか?
 ルフェーブル派というか、日本にもいます。知っている人で、数世紀昔のミサをしている神父さんが。勿論ラテン語でやってるみたいです。だからといって、ラテン語のミサをしては行けないどころか、推奨されていたんじゃないかな?確か。けど、ルフェーブル派のやってるのは、復古主義どころの話でもないようだし、船上で女性に叙階を行った話もありますし、・・・これは、例の不届き至極なSrの講話にも登場してきた、インドネシア人の女性司教・・と彼女は言っていましたが、一体何者なのでしょう?そんなに、女性、女性と安直な安物のフェミニスト運動をやりたいのであれば、聖公会にでも行ったらいいねん。あの方、司祭になってふんぞり返るタイプじゃないですか?ものの言い方を聞いて、読んでか?いたら判ります。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 22:27
◆マックスさま、
「弱者救済」などが社会司牧系を経由して、なぜかエキュメニカルという
名の下にカトリック的というよりプロテスタントや浄土真宗など仏教系の
倫理観を受け入れすぎた形になりつつあるように見えるのです。
東北の某教区のカト教会が聖堂内から聖櫃、十字架の道行きなど
すべて取っ払い、ミサの時のみ赤いランプをつけるという聖俗逆転を
始めているそうです。聖像も取っ払っているカト教会があるそうです。
なんか変ですよね。そこまでプロテスタントの礼拝堂化する必要がある
のでしょうか?こんな愚行、日本だけだと思います。

SJ は告解好きですよね。私の指導司祭はごミサを忘れて、他の神父さま
から「告解せい」と私の目の前で注意されてました。あったりまえかψ(`∇´)ψ

中央協議会については潮見に引っ越したことで一度終わっちゃった気が
します。番町に置いておくべきでした。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-13 22:34
◆で、マックスさま。ピオですがSSPXのことです。マックス神父さまが
ご存知の神父さまとはN 神父さまですよね?現在、都内に潜伏中
です。(K司教さまはご存知だと思われ。匿名にしても匿名になっとらんか?)
シスター・アマゾネス(Hレレ師隣の修道女会長上のことです)は司教
会議にも出席できるほどの権限もあれば、宣教修道女会会長としての
力もあります。大奥の栄華のごとくではありますが、私の友人に送られた
SJの老司祭の言葉を借りるなら

>>>>>> 十 <<<<<<

娘よ、歴史を振り返ってごらん、滅びに至るものは全て栄華を極める。
苦しみの中にあるものは神を求めるが、栄華の中にあるものは神を求めない。
神は愛を与えるが、栄華は与えない。
栄華を与えるのは悪魔なのだ。
悪魔はあらゆるものを住処とする。そして力を得る。
最も力を得る住処は正義である。
娘よ、正義の中に住む悪魔の声に耳を傾けてはならない。

>>>>>> 十 <<<<<<

この神父さまのおっしゃるとおりだと思います。
Commented by マックス at 2007-01-13 23:17 x
SSPX?新しい言葉ですか?余計に難しくなってきました。N師は、なんや珍しい名字でした。東京にいるって聞いています。フマネヴィテ研究所も解散というか見捨てられてしまって・・・・跡形もない。
 アマゾンドットコムかアマゾン半漁人かわかりませんが、権力者には謙遜も清貧もありません。あるのは見栄と自我だけです。また、あの半漁人は、三位一体を「父と母と子である聖霊」と書いていましたね。この時点で異端や。反論も参加者からはなかったようでしたね。

 東北のなんという教会でしょうね?ミサの時だけ聖体顕示ランプですか?教会法違反ですね。それさえも知らない司祭が担当ですね。
 カトリックもなんや正統的なことを行うだけでは、信徒が飽きるからなのか?変わったミサの仕方をして神父も参加者も喜んでいます。ミサをイベントのように扱っています。秋田の涙を流すマリアさんのところは、お寺そのものですよね(笑)。これもインカルチュレーションの一環?
Commented by ma_cocotte at 2007-01-14 03:42
◆マックスさま、
Society of Saint Pius X's の略らしいです。
N 師は都内A区ですね。ボスコ丼の聖人をやたらリンクして活動中と
思われ。フランスでもピオはなぜかボスコとかサビオをリンク付けします。
聖堂内装飾ですがS教区内の複数の教会が実行しているそうです。
変だと思いませんか?他の教区の跪き台撤去やら両聖体拝領やら
変な話ばかり聞きます。カトリックにおけるエキュメニカルの意味も日本
独特の解釈があるのかもしれません。秋田についてはもう別のしゅーきょー
かもかもです。ムーヴメントが人工的過ぎかも。
Commented by マックス at 2007-01-15 20:46 x
ma_cocotteさま
 足立区かぁ・・。優秀な人だけに紙一重・・・・。I司教様もN師のことに関しては、全くなにも口にはされませんでした。私らは、よく虐められましたが・・。聖職停止には引っ掛からないのかなぁ?という気もするのですが、教会法もあちこちに関連事項があって、索引でもありゃ判りやすいのですが、・・・日本語も持って回った言い方で解りづらいし・・。
 日本の教会は何をして良いのか判らない状態に陥っているのだと思います。「生きる」というよりも「何かをしていないと不安」「今まで通りのようなことだけでは満足できない」んじゃないかなぁ~。何か変わったことをして、信者の注目を引く。それで足止めをしている感じがします。だから、Hみたいなのが人気者(お調子者)として取り上げられるわけです。
Commented by マックス at 2007-01-15 20:46 x
ポーランドでも新しい教会は跪き台は、・・無かったように思います。両形色(「両形食」は誤り)も、その意味が解って、人数に問題がなければいいと書かれています。が!!ある時、某女子修道会に家賃を支払って住まわせてもらっている男子修道会の神父が「ここのSr方は両形色・・・」と言いました。見ていたのですが、きちんと左手で御血のしずくが垂れないようにすればいいのに、・・・嫌な予感的中、床に落ちたんです。Srは見て見ぬふり、あとの始末は私がしました。表現方法は稚拙なのですが「典礼は心」だと思うのです。準備も全て。「この水が、このワインが何になるのか?」を考えろっちゅうねん。これも、変わったことがしたいというだけのSrの遊びのような気がしました。嫌だ嫌だ。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-16 00:06
◆マックスさま、
 >日本の教会は何をして良いのか判らない状態に陥っているのだと思います。

都内某教区司祭が分教会の入院患者への訪問を怠って(以上は信者の
言い分)、(以下、おそらく教区&本人の言い分)ご自身から分教会出張
を解任していただくよう動いたらしいです。
よくわからないのですが、特定地区を定めた形での支援活動より教区
所属信者の信仰指導をするのが司祭職の「主」ではないか、と私は
思うのですが、修道司祭ならまだしも教区司祭が面倒臭がって行かない
というのは摩訶不思議なのです。フランスだと地元の神父さまは家庭
訪問やら病院巡回でばたばたしているのに。そういうことで日本の神父
さまも忙しくなって欲しいです。その点、郡山司教さまのHPは昔ながら
の教区司祭の生活ぶりを垣間見れるのでほっとします。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-16 00:11
◆で、マックスさま、フランスも跪き台のある教会の方が珍しくなりました。
30年ほど前に左傾思想が人気になった時にとっぱらった教会が多い
らしい。でもフランス人信者の凄いのはガタボコの石の床に跪かれる。
改革運動の抵抗はこうやって表現するんだなあ、と感心したりします。
南仏では聖堂から告解ボックス(笑)を取り除いたところも多いですが、
西南部ではまだ残っています。
日本では跪いたまま口でご聖体を頂戴したい運動を展開している信者
さんもいらっしゃるようです。知れば知るほどびっくりワールドが日本の
カトで展開中かもかも、です。
Commented by マックス at 2007-01-16 06:41 x
最近の日本人司祭には、「ミサのインテンチオ(ミサの意向)=ミサ謝礼」を呉れる病人のところには、病人訪問はするが、くれない病人のところには行かない。「私だって、糖尿病と高血圧を持ってるんだ!」とぬかしくさった、・・・表現が下品ですね。おぬかしになられた、東京都K区A教会の主任司祭がおいでのようです。もう、10年以上も前に「おれは、5千円以下のミサはしない」、精神薄弱の信者さんが持って来た教会維持費の500円を見て、「こんな目腐れ金」と言ったのも先の主任司祭のお仲間の御様子です。K司教様の教区は、諸島が多く、巡回教会も多いです。多い小教区は1人で7つくらい教会を担当しています。高齢化も進み、在宅信徒の方も結構いらっしゃいます。車で片道、30分以上掛けて行かなければならない村にも信者さんが一人いらっしゃるとかもありました。
 某大司教区のある小教区では、「信徒による宣教」とかいって主任が病人訪問しないで、信徒にやらせている人もいます。「今日は自分の休日なのでミサはしない」とか平気で言う教区司祭もいます。なんのために司祭になったのか不思議です。
Commented by マックス at 2007-01-16 06:52 x
 しかし、大都会は別にしても、山間部や地方に行けば教会維持費が少なくて、司祭の給与も出せない小教区があります。そのあたりも、教区長が考えなければならないのではないでしょうか?阪神淡路大震災で、教会の倒壊で合併された小教区があります。信徒も「地元に教会があれば行くが、隣まで行かなければならないのならば、行かない」という人も出てきました。きちんと、説明が成されなかったのでしょうね。教会再建には相当大額が必要であるとか、信徒で賄いきれるのかとか?要は、信仰が有るか、無いかです。イエズスに弟子達が「私たちにもっと信仰を増やしてください」と言った時に、イエズスの答えは、信仰は増える減るのような質のものではなく、有るか、無いかのどちらかでしかない、と言われたのは事実です。「病人、年寄りは大事にしておけよ」とは、曾野綾子さんと一緒に目の不自由な方と行く巡礼を企画しておられた故・坂谷師の言葉です。病人訪問や結婚講座、公共要理、おさらい会・・主任の仕事じゃないの?教会から給与をもらってるんでしょ?働かなきゃいけないんじゃないの、主任司祭・・。
Commented at 2007-01-16 07:05 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ちまめ at 2007-01-16 13:04 x
ま・ここっとさま。まっくすさま。

別のK司教さま教区の者なんですが、小教区司祭さまが今エラいことになってます…。
主日は一日5回巡回ごミサの有様、以前より痩せられ、おいたわしや。

[壁]ノ_・。)

最初、8つの教会に9人の司祭さまがありました。
しかし、みんなお年寄り。病気で日本の土となられたり、帰国されて亡くなったり、別の教区に異動されたりで。
異動になった司祭さま(来日40年超)は、一番年寄りの司祭さまを老々介護されつつお仕事されてて、当時の教会事務の女性も在宅介護経験者、私は当時、在宅介護者でした…。要理をやるために教会に出入りしつつ、何かと3人うっかり脱線し、介護苦労話に明け暮れてしまったものです。
あとネオカテ司祭らは…ノイローゼで自らT教区に帰ってしまった方のときは小教区仰天でした。それはともかくとして、故S司教さまが引退後に来てくださるおつもりだったのが、いきなりご帰天。

そのとき以来、残ったF会老神父さまがたの苦難は始まったのでした。
Commented by ちまめ at 2007-01-16 13:16 x
>「私だって、糖尿病と高血圧を持ってるんだ!」

(`□´)コラッ!

そうでありつつ、年寄り信徒さん方のために懸命にやっている老司祭さまがたがおりますがな。

地元司祭さまの主日スケジュールは朝9時のA教会ミサに始まり、そこから4教会を巡る。
そして地元教会の夕ミサには隣の市の教区司祭さまがやって来られる。だけど、その教区司祭さまかて、糖尿ですがな!運転中にで低血糖で意識失いかけたって、フラフラで車降りてこられましたがな。その司祭さまは、教会の仕事の他に福祉施設の仕事も持っております。
そして地元司祭さまに話を戻せば、足がご不自由ですがカーナビ頼りに、どんな山深い老人施設にもご聖体を持っていかれる。ちょっと前までごミサにおられた皆さまの多くがお年を召して、在宅か施設の床に臥す身ゆえ、「神父さまに会いたい、寂しい」と教会に電話かけてこられる。時間が許す限り、神父さまはそういう信徒さんのところへ行っております。
おそらくは、ご自身が本当に動けなくなるまでされますよ。
Commented by ちまめ at 2007-01-16 13:35 x
んだが、その教区司祭さまは、地元に留学で来られる学生さんで長期休暇の時に帰れなかったり、故国からの援助が見込めない人を教会に住まわせて、個人的に面倒みておられる。これ下手な団体さまの運動よりはずっと地味かつずっと目立たないが、年金生活者が多くを占める信徒さんも、そっと助けておられる念。

社会的弱者を救う運動にも時にアジテーターは必要だけど、アジテーターであるだけの人はいずれ本当に仕事している者とは区別されるもんです。O教区のアジテーターが居なくても、カトリックの持つ考えで十分に社会貢献・援助は出来るもんで、それは地域社会との融和なしに有り得ないと思う。しかし成り上がり都会者は先ずもって「自分らの思想ありき」で弱者の救済なんてのはただの『手段』だし、おためごかしの綺麗事言っててもまずは「良い事やってる自分」に安心したいからそういう運動をしとる人が多い。

本当に、「悲憤」というのを覚えます。
Commented at 2007-01-16 20:45 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by マックス at 2007-01-16 21:02 x
 日本の教会で、考えなければならないことは、今となっては遅い気も致しますが・・。海外からの宣教会や、修道会の来日によって、海外から資金がもたらされて聖堂は建っていきました。邦人司祭も一時は召命もあり、教区がどんどん増えていきました。が、その後、宣教会も本国での召命の減少や、邦人司祭の召命減少で現在に至ります。しかし、「教会」は、いちど創立した教区はなくすことはしません。ですから、信徒数が数千人の教区もあるわけです。数千の信者なら、ヨーロッパでは小教区に均しい数です。その数千の信徒もその何%が信仰を守っているのでしょう?司祭数は減る(と言っても、司祭数と信徒数の比はカトリック国とかわりません)一方、小教区の統廃合が必然的に行われても仕方がないかもしれない情況になってきています。そもそも、親が信者の子供には洗礼を授けることになっています。
Commented by マックス at 2007-01-16 21:03 x
・・が、家庭での子供への信仰教育がないために、また、子供の反抗期や教会拒否・・(そりゃ、教会も面白かったり、楽しかったら子供も来ますよ。が、旧態依然とした司祭の・・)・・、それに輪を掛けて、Hさんのような方がインスタント洗礼を授けていらしゃるとなると、この先は言わずもがなです。あの方、「一時に80人が受洗」とかで、注目されていましたが、その後のケアなんて無いのでしょうね。おそらくきっと。司祭も信徒も自覚が足りない気がします。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-17 01:45
◆マックスさま、ちまめさま、
拝読しての感想は「福音宣教」の考え方や手段が日本では独自のもの
になりつつあるのかなあ・・・ということです。ちまめさんの地元の神父さま
のように山の中までご聖体を運ばれるのは欧州型神父さまだけど、80人
という数字や洗礼のみで「勝負しよう」とする神父さまは日本型かも。
私の独断かもしれないけれど秘跡というのはヒト一人の一生に当てはめる
ものだから、それをうまく潤滑するのが司祭の役目だと思うのだ。
例えば教会で結婚したのに「子供には洗礼授けません」なんてカトリック
のロジックではない。こういう発言が出た時にビシっと言えるのが神父
さまだと思う。でも、そう言われても「それもアリですね~」なんて甘い
こと繰り返しているとヒト一人の一生が分断されるわけだから続かなくなる。
なんちゅうか子供のお受験のためやカト系幼稚園教員になりたいがための
受洗って考え物ではないかと思う。増やすことも大切かもしれないけど
手塩にかけて育てることを怠っちゃいかんぢゃないですかねぇ。
そういうことから考えるとユダヤ正統派で長年かけて成人改宗させるのは
正論だと思います。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-17 01:49
◆20H45鍵さま、
おお、ご覧になりましたか。「護盾」
私もこれを読んでしまった時には驚きました。
護盾さん、薩摩の司教さまの発言にも厳しい批評をほのめかされて
話題になりました。
ここまでのこだわりは私にはまったく理解のできねーことでっす。(楊枝、ひゅっ!
Commented by マックス at 2007-01-17 05:35 x
〉 「子供には洗礼授けません」。

 といった知人がいたので「子供がカトリック系の幼稚園や学校に受験に行ったとしても宗教の欄にに『カトリック』って書かないでね」って。

某日、電話があって、「公共要理で聖書の勉強がしたい」というお母さんからでした。「これは、あれだな」と思ったので、「洗礼を受けたいのですか?」と問うたところ、「はい」と仰るので、「どうしてですか?」と問いただしたら「子供が幼稚園に上がるので」とのお返事。丁重にお断り申し上げました。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-18 01:15
◆マックスさま、日本の場合、教会結婚で誓約したことを忘れるご夫婦が
多いように思います。フランスの場合、結婚講座の段階で子供の教育に
ついての厳しい話がなされた段階で「もう来ないカップル」がいます。日本
の場合、結婚、お受験、就職のため我慢される方がいたりなんかして。
なんか違うぞっと。ヾ(`◇´)
Commented by ちまめ at 2007-01-18 01:45 x
自分の知ってる小教区の信徒さん方の名誉のために、書いておくだけですが、信徒さんがたはちゃんとお子さんに洗礼・堅信とされてます。が、ちょっとでも将来のある人はみんな都市部に行ってしまう。私の高校時代の友人もほとんどが関東に出てしまいました。そういうことだから、盆暮れの時期には地元の人口が増え、教会にこられる人たちも増えます。だから田舎の教区は年寄りだけになるわけです…。召し出しがナカナカ無くて、ネオカテの神父さんがたがやってこられたものの、小教区から失踪するなどのことがあり、故・S司教さまが引退後に来られる…それが頼みの綱でしたが、突然のご帰天でした。

致し方ないことだけど、個人的にそれに凄く望みをかけていました。
そして震災。K司教さまは着座早々から大変だったこととお察ししています。先日、教会事務の方と地震のときのお話をしたときは、初対面なのに旧知の仲のように話し込んでしまいました。いろいろあり過ぎで、まず地元はその収拾から始めねばいかんところから、今になっても「緊急事態」であることは変わりなく…と。でも皆、それなりに懸命にされてると思います。本当にそれはそう思います。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-18 04:23
◆ちまめさま、教会で結婚式する場合、結婚準備講座というものがあり、
その中で家族計画や子供の教育について触れます。昨年末教育基本法
改正が取り沙汰された時に複数の司祭がインターネット上でカトリック
独特の「家庭、学校、教会」の三つ巴の話題を出されました。7つの秘跡
は家族の中で繰り返されることで永遠でもあるのですから、結婚したものの
「子供の洗礼は子供に決めさせます」というのは双方信者の場合は
あってはならん、なんですが・・・あるみたいです。ε= (´∞` )
片親が信者の場合も難しかったりするみたいですね。
ちまめさんがご存知の小教区できちんと守られているのは教区司祭の
時には甘く時には厳しい慈愛あっての事実だと思います。栄えて
いくのではありませんか。良かったね。
Commented by 下北半島 at 2007-01-19 19:17 x
 わけの解らない話は放っておいて・・。信者同志の結婚は、・・・片方は信者であっても、『約束書』って書くんじゃないの?約束だべ。けど、問題なのは結婚当事者の意識の問題さ!自分が自分の信仰を大事にしていりゃ、いいものだと信じていたら、子供に洗礼授けるのはほんとだべ?約束手にサインせねがったら、式は挙げてもらえねぇべ。だから、一時しのぎでサインするのし。秘跡に関しては、神父も「甘い」「辛い」もあっはいけないことさね。きちんとするのが司祭さね。だべ?また、日本の性教育も全人教育と言いながら全く違ったことやってらね。小学校からSEXの授業さね。娘の教科書見て、わ、どってんこいちまった!。カトリックの学校では、授業で『保健体育』があるべし、また、『宗教』もあtるべし・・・修正してるのかや???
Commented by ma_cocotte at 2007-01-20 00:05
◆下北半島さま、はじめまして。
私の友人たちの場合、相手が信者でなくても約束書を書いているみたい
です。その中のひとつが子供にカトリック教育を与えることだ、と聞いた
ことがあります。片方が未信者だと誓約にはならないけれど、カトリック
信者同士の場合は「誓約婚」になると神父さまから教えられました。日本
の場合は両方が信者でなくても教会婚を受け付けるところがあるので、
その場合はどうなのでしょうね。これ、日本だけに許されていることらしいです。
http://bishopkikuchi.cocolog-nifty.com/diary/2006/09/post_f13f.html

私が通っていた小学校は道徳の授業の代わりに宗教でした。
噂で聞いた話ではあるカト系中高では宗教の授業は省かれたそうです。
Commented by 下北半島 at 2007-01-20 01:37 x
おばんです。真夜中電気くわ点けてたらカ~チャンに「なに・・!」って怒られて・・。はじめまして。ここさ来る人たちゃ、よく知ってるべな。どってんこいたじゃ!が、違うことも書いてる人さある。うちのカガもわもカトリックの信者なのっし。「約束書」は書いたし、わらし子にも洗礼授けてもらったじゃ。もう、結婚してらね。あのね、わたしら夫婦は結婚講座のお手伝いもしてるじゃ。相手が信者と未洗者でも「約束書」は書くの。信者が約束するわけさね。で、未洗者同志の結婚は教会では認められてねはで、日本の教会さ、特別許可貰って宣教にしてるのっし。管理人様の仰ってる「誓約」の意味は、秘跡(信者同志)になるか準秘跡(未洗者の混じる結婚)になるかってことさね。
 信者のみんながみんなこれさ、守れば文句は言わねはんで、守ってけろじゃ。守らね奴の多いはんで、マックス様とやらも怒ってんでねがい?
Commented by ma_cocotte at 2007-01-20 16:51
◆下北半島さま、私が思うにですけれど、7つの秘跡のうちどこから
カトリックとしての歩みが始まるのかヒトそれぞれだと思うのです。
日本の場合は幼児洗礼もいれば結婚をきっかけに受洗を考えるヒト、
臨終洗礼者も多い。このあたりは幼児洗礼が原則として当たり前の欧米
カトリックとは大きく異なる点だと思います。7つの秘跡を眺めるとやっぱり
ヒトの一生に照らし合わせて考えるべきですが、欧米なら単純な輪と
結婚によって新しい家庭を持つことで連鎖していきますが、どうも日本の
場合はこの連鎖を理解していないヒトが多すぎるような気がします。それは
多分、一生に一度の結婚式をおしゃれな教会で挙げてみたい、そのため
ならば何だってする!というカトリックではあってはならない根底野望
があり、それを見抜くのはニンゲンには難しいだろうなあ、と思います。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2007-01-20 16:52
◆下北半島さま、私の周りだけかもしれませんが、何度騙されてもひとつ
でも芽が出れば私はうれしい、と激怒していいだろうに祈り続ける神父さま
には頭下がりますです。
これは結婚ばかりでなく前出のお受験やら就職に洗礼を利用とする日本人
についても聖俗共にカト側が考えねばならないことでしょうね。少なくとも
下北半島さんがおっしゃる秘跡と準秘跡に当たる婚姻については、口酸っぱく
しつこいくらい繰り返しても今の日本ならいいような気がします。
Commented by はてな。 at 2015-12-29 21:51 x
はじめまして。超亀レス失礼いたします。

>確かに聖職も人の子。大変なこともあることは皆が承知しているわけなのですが、結局は聖域を利用しての個人的な自分探しに「弱者」もが利用されているような現状が累々とある気がしてなりません。

ええ、hさんとか。
説教がまるで自己宣伝。本が売れてウマー?
司祭職を自己実現のために利用してるのではないかと感じることもあり、コメントしてしまいました。絶賛ブログしかみかけないので、私がおかしいのかしらん?と思っていたところでして、ついコメントしてしまいました。

Commented by ma_cocotte at 2016-01-01 17:22
+ はてな。さま、はじめまして。

私個人は貴コメントにうなずくばかりですが、近年はたとえ私たちにとって
摩訶不思議な羊飼いさんを見つけたとしても、その方は福音宣教しているのだから、と
生温かく見守ることを勧められたりしますね。

私個人は自己啓発セミナーっぽい話にとどまる羊飼いさんにはそれなりの距離を置いています。
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