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Guerre de Vendée 血の臭いが消えた夢の址。
先日、ココんちから近くて遠い隣県 Vendée ヴァンデ (85) を紹介しました。ヴァンデ県は日本人には馴染みの薄い観光地でありますが、フランスに興味を持つ方々の中にはヴァンデというキーワードで Guerre de Vendée ヴァンデ戦争と呼ばれる1793年から1796年、1799年から1800年と二度勃発した市民戦争を思い起こされるようです。
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大西洋に突き出るブルターニュ地方を腕に例えるならその脇の下に位置するヴァンデ県は現在に至るまでカトリック信仰篤い土地と知られ、16世紀に huguenot ユグノー(カルヴァン派)の影響が近県に及んでもヴァンデの人々は改宗せずカトリックのままでした。ところが1789年フランス革命勃発後、革命政府によってカトリック弾圧が始まり(三分制で第一身分はカトリック僧侶、第二身分が王侯貴族)、教会破壊や没収、聖職者への強制還俗などの威圧に反発した司祭と彼に従う平民(主に農民)が王党派と組んでゲリラ闘争となりました。その時の反革命政府側の拠点となったのがココんちの隣県ヴァンデ県です。

ココんちから20分ほどのヴァンデ県はヴァンデ県南部にあたり、ロワール川より下に位置するので、ヴァンデ戦争の話で必ず登場するロワール川以北を拠点とするふくろう党とは別の反乱ゲリラになります。革命政府は1793年3月19日に「武器を所有している反乱者全員を処刑し、その財産を没収する」という厳しい処置を決めましたが思うようにならず、8月にヴァンデそのものの破壊(というより壊滅)命令を出しました。これによって政府軍はヴァンデ県で産業・文化・生活破壊だけでなく無差別虐殺を行い、約30万人の老若男女乳幼児在県者が犠牲になりました。この虐殺から逃れた人々も更に革命政府軍による虐殺に追い込まれ、革命政府の捕虜となった人々はナントに送還され河川上で銃殺溺死刑に処せられました。死ぬ者に衣服は要らないと剥ぎ取られ、全裸で廃船に乗せられ、川のド真ん中で船を沈没させ、川面に浮いてきた者は銃殺したのだそう。この処刑で亡くなった人々は約6000人。
(((゜Д゜;;))) ガクガクブルブルな恐ろしすぎる話でございます。
その後も革命政府はヴァンデ県に「地獄部隊」と名付けた連隊を派遣し、市町村破壊と無差別虐殺を続けました。1794年に入り、革命政府軍の司令官が捕虜の農民ゲリラ兵と面談したところ、この農民から自分達がゲリラ戦に加わったのは自分達の信教の自由を認めてもらいたいだけであり、それさえ許してくれれば自分達は王党派から抜けると聞き、ヴァンデ県でのカトリック信仰に寛容さをちらり示したところ、みるみるうちにゲリラの力が脆く分散してしまったそうです。こうして信仰の自由を得た農民が去ってもまだ王党派による反政府ゲリラ戦は続きましたが、その中で元祖・国民公会の衰退による混沌の数年、その後1801年のナポレオンとローマ教皇との和解により、ヴァンデ県内の優先復興が挙げられたことでこの市民による内戦は完全終結となりました。

このヴァンデ戦争、現在のフランス共和国で祝う革命記念日を作った人々が行った無差別市民虐殺であるためフランス国内で触れるに触れられない歴史における事実としても知られています。上に書いた話はざっとあらましだけですが、こりゃ、ひでーや・・・とぼそっとつぶやいてしまうような自由の弾圧を自由を勝ち得たヒトが自分達の言うことを聞かない人々に行っていたわけで。「行っていた」なんて表現で言えるような上品な行動内容ではありませんが。

フランス共和国中西部にあたる諸都市はフランスの歴史の中で舞台になった拠点が点在しています。ポワチエ、ラ・ロシェル、ナントなどは日本國で学ぶ世界史にも登場する都市名です。大して広大な土地に点在しているわけではありませんが、ポワチエはカトリック都市として知られ、ラ・ロシェルはプロテスタント都市として有名、ラ・ロシェルの上にあたるヴァンデ県はカトリック信仰を守るがためにとてつもない犠牲者を出した土地でもあります。

で、おらが町近辺は、と申しますと、ポワチエとラ・ロシェルの間になるのでほどよく新旧半々だったそうです。いつって言いますと太陽王の時代前まで。なんと太陽王ルイ14世の時代(1643-1715)、彼がナントの勅令を破棄したことでフランス中西部一帯のプロテスタント信者にカトリックへ改宗するように命令し、それに応じなかった人々をルイ14世は全員殺してしまったのだそうです。
(((゜Д゜;;))) な、なんて時代だあっっ!
ルイ14世による虐殺を境にカトリック『ほぼ』一色になったものの、77年後のフランス大革命によって革命政府はわが地元、ド田舎のカトリック聖職者に還俗や蟄居を命じまして、それに応じなかった3司祭が処刑されています。このお三方 ↓
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真ん中が主任司祭 Jean Goizet 師で、
両脇が助任司祭 Pierre Landry 師と Jean-Philippe Marchand 師。

これがまた調べると (((゜Д゜;;))) ガクガクブルブルなお話で、1792年8月10日をもって身分制が崩壊した後、まず9月2日から5日にかけてパリ市内の修道院数箇所で修道者を虐殺、それに続いて共和国内の約3000人の聖職者、修道者が処刑されました。これをMassacres de septembre 9月の虐殺と呼びます。この犠牲者のうち191人が1926年10月17日、教皇ピオ11世によって列福されました。上のお三方も福者らしい。( ̄人 ̄) 
9月2日がこの191人の福者のための祝祭日。

こんな事実を知ってしまうと、あのおフランス革命っていったい....?

ルイ16世の首を落とした後、本来の目的を見失い過ぎていないか、と思えなくもありません。

732年、カールマルテルがイスラームを撃退し、その後百年戦争やら宗教戦争の戦場となり、ルイ14世によって血に染められたり、革命政府によって血の川が流れ、ナチスにも占拠されたココんち周辺、今は社会主義者がマジョリティの土地となりました。どれかの戦さで虐殺された犠牲者を先祖に持つ住人が多いため、宗教には懲り懲りアレルギーなヒトが多いのだそう。その反動か政治熱心な地方と化し、日本國でも知られるミッテラン元大統領(中道左、Charente 県)、ヂャン・ピエール・ラファラン元首相(中道右、Vienne 県)、セゴレーヌ・ロワイヤル女史(中道左、Deux-Sèvres 県)は皆、フランス中西部が地盤。ラ・ロシェルやニオールなど左派都市に持ち上げられたヴァンデ県の長は、というと、フィリプ・ド・ヴィリエ Philippe de Villiers とおっさる右突き当たりひとつ手前のガッチガチのドつき王政復古派カトリック信者さんだったりします。この方も先の大統領選挙に立候補されたのですよ。先日、ヴァンデ県が経営する観光施設、てか、元カトリック歴史建造物を数軒訪ねてみましたが、しっかり入場料を取り、土産物を充実させ、入場料を払った客にだけイヴェント参加&公開など、おフランスにしては珍しく商売上手な県なのであたしゃヴぃっくり。隣県なのにこの違いっていったい。電話局番が違うだけぢゃなかった。

今もヴァンデはわが道を行く。ヴァンデ独自の個性発揮中のようでございます。

le 26 août 2007, Natacha
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by ma_cocotte | 2007-08-26 02:48 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(6)
Commented by rice_shower at 2007-08-26 08:10 x
勉強になるエントリーであります。
ところで、“右翼、左翼”の本来的定義がフランス革命を起源にする、という事を知らない人が結構多いんですよ、日本では。
ただ、知ってはいても理解出来ていないのは学者、政治家、外交官などにも居て、アメリカが一貫して立派な“左翼国家”だったことを認識せず(険峻な価値対立が生じた際、止揚されて来たのは保守思想だった。 結果、過剰な保守はカルト化した)、平気で親米保守とか、親米右派などという論理破綻を標榜しているんだな。
Commented by ma_cocotte at 2007-08-26 20:29
>rice_showerさま、
私はエイメリカは政教一致国家、フランス語で言う Judéo-Chrétien
かなあ、と思いますが、フランスのJudéo-Chrétienとは形の異なる
Judéo-Chrétienではないか、と。何が違うのかというとおそらくrice-
showerさんが指摘される部分なのかも・・・・と。しばし熟考。
それにしてもフランスの人権宣言とはいったいなんぢゃらほいにゃのか?
Commented by rice_shower at 2007-08-26 23:47 x
Judéo-Chrétienは英語に訳すとJudaism-Christianityでいいのかな? これがなぜ“政教一致”という意味になるのか、キリスト教に無知な私には分からんが(antonianさんにもマックス・ヴェーバー読んで勉強してレベルの高い話が出来るようになる、と決意表明したのだが、最初のページで挫折した。 いつの日か脳の調子が良いときに再チャレンジと思っておる)、それはさておき。
国民の半数近くが進化論に否定的だというし、現大統領はEvangelicalsらしいし、重要な政治的意思決定を宗教的価値観に強く依拠しているのかも知れないが、実際に施行される政策は、概ね世界で最も革新的な(摂理-神意-に反する、materialistic、physical)ケースが大半ではないか。 革新的であることこそがレゾンデートルの国。
だから本来的な意味で左翼国家なのだ、と考える訳です。

Commented by ma_cocotte at 2007-08-27 16:21
> rice_shower さま、
政教一致の意味ではなく中身に影響している、というのが私の考えです。
独立宣言の時点、つまりその基礎の段階から「神が常に共にいる」国家が
エイメリカだと私は考えていたりします。
私は難しいことが語れないので申し訳ありませんが、現代エイメリカの
政治家における宗教勢力分布を軽くまとめたエントリーがありますので
ご笑覧ください。

http://malicieuse.exblog.jp/6370125/

近年、政教分離民主主義を訴える派閥がエイメリカ国内の裁判所から
ユダヤ教、キリスト教関連の彫像を撤退せよ、という要求も出ていると
漏れ聞いたことがあります。
私はエイメリカが軽々しく口にする正義は「=神」を指しており、国民の
士気を高めるために悪用していると思います。勝ち数が多いのも勘違い
させるには好都合すぎましたね。
Commented by すちーぶ at 2008-06-04 16:32 x
おはつ です。流れ流れて、ネット遊び。

★ なるほどね。私は、米国では差別されるだろうな。
だって、ピューリタンでないと政治家にはなれない。
日本人カトリック者   名古屋教区・港教会、所属。

★ 日本は、他アジア諸国と比べて、極端に
プロ・アマ  数、少ない国。で 織田豊臣・両 時代。
俺たち、何で殺されたんだろう。

★ 仏教国と言うのに、キリスト教式の
結婚式が、極東アジアトップと言うのもなぁ

使徒7章50節をして、霊名に持つと、
とんでも??? が、おきそうで????
Commented by ma_cocotte at 2008-06-04 18:12
☆ すちーぶさま、
現代アメリカにピューリタンに属する者がどれほどいるかご存知ですか?
(甘く見定めても)戦後の大統領にピューリタンはひとりもいません。ε= (´∞` )
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