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フランチエスコよ。この際、茶か黒かはっきりしてもらおうぢゃないか。
今年も10月4日がやってまいりました。フランスの暦におかれましてはこの日はFrançois d'Assise フランソワ・ダシズ、=アッシジのフランチエスコの祝日です。私にとってフランチエスコはあまりよく存じ上げない聖人ですが、なぜか毎年10月4日が来るとフランチエスコねたを書きたくなります。てなわけで、今年も
別角度からフランチエスコさまをチクチク行ってみよーっっ!
アッシジのフランチエスコ(Francesco d'Assisi、本名はジョヴァンニ・ディ・ベルナルドーネ Giovanni di Bernardone)は1181年或は1182年に生まれ、1226年10月3日に帰天したカトリック修道士です。世界中のどこでもしばしば耳にするFranciscans、フッランシスカーン、=フランシスコ会の創設者で、イタリア共和国を守護する聖人だったりします。

今は昔やふやふ白くなった2004年は12月20日のネタ、Treize Desserts en Provence-13種類のデセール においても、南仏で古くから伝わるノエルのためのデセールに歴史ありすぎる四大貧乏修道会の名前が出てきますが、そのひとつがおフランシスコ会であります。フランシスコ会はフランチエスコがこの世に存命だった1208年に福音書の三節を自らの戒律とし活動を始めたことが起源なんでありますが、それから799年後の現在、フランチエスコそのものの流れをくむフランシスコ会はカトリック教会内に3会存在しています。1208年の流れそのままくむのがコンヴェンツァル会、1517年に正式に独立した改革派、1525年創立のカプチン会です。

さてさて、ここから《今年のフランチエスコ・つんつくつん♪》です。
ひとつだったフランシスコ会が3つに分かれた今、フランシスコ会士の装束も微妙に、いや、あからさまに違ったりします。それは形ではなくて色なのです。電脳域ではしばしば改革派の装束を「茶バネ」と表現したりしていますが、昆布、いや、コンヴェンツァルは黒または灰色のお召し物でございます。証拠と言っちゃなんですが、今年6月17日に教皇さまがアッシジ教区を訪問された時のビデオをご覧あそばせ。
Rencontre de Benoît XVI avec le diocèse d'Assise
いっや~、いるところにはいると申しましょうか、これだけまとめて茶バネやら鼠男が揃うと壮観というか、これで全員の頭がトンスラだったら言うことございませんわね。ね?

今年で799年もの歴史のあるフランシスコ会でござあますから、聖人やら福者の数もスロットマシーン。もちろん創立者フランチエスコは聖人ですし、フランスの聖堂ならまず置いてある聖像、パドヴァの聖アントオニオ(なんだけど、実はポルトガル人なのよね、彼)やリヨンで帰天した聖ボナベントゥラもおフランシスコ会の修道者でありました。最近ではコンヴェンツァル会の聖マキシミリアノ・コルベや聖人ではありませんがカプチン会出身の ラベ・ピエール もおフランスでも知られたフランシスカーンであります。

b0070127_22403893.jpgここで問題なのが1525年をもって3つに分かれたフランシスコ会以前にこの世にいらした聖人方のお召し物なのでありますが、色にすべきか、にすべきか、であります。
フランチエスコはもちろんですが、パドヴァのアントオニオは1195年-1231年、ボナヴェントゥラは1221年-1274年7月15日にこの世で活躍されており、いずれも「世界でたったひとつのフランシスコ会」の時代の方々なんでありますが、面白いことにおフランス国内の教会内に置かれている聖像やステンドグラスの彼らのほとんどが茶バネ装束なンであります。おフランスは共和国民がえてして忘れっぽいチキン頭のせいか、ほとんどどこの教会にもアントオニオさまがいらっしゃいます。目印は幼子イエズスさまでしかね。

←個人的に大爆笑のお顔が船酔い色のアントオニオさま。
『船に弱いアントオニオさま』はまんざら嘘ではない事実であります。ちなみに、このアントオニオさまはフランチエスコ学園茶バネ組のようですね。ヾ(`◇´)


こつら ↓ はポワチエはSainte Radogonde 聖女ラドゴンド教会 に鎮座ます
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ヾ(o゚ω゚o)ノ゙ 清貧のの字もないアントオニオさま。ヾ(o゚ω゚o)ノ゙

サンダルまでブランドもんに見えてよっっ。ヾ(`◇´)


↑ このアントオニオさまの装束はどっからどう光を当てても茶バネ一族。私の記憶が確かならば茶バネな改革派は14世紀後半からフランシスコ会内部の腐敗に厳しい批判を向け、会則(特に清貧)を厳格に守ろうという精神の下に分かれたはずなんだが。このアントオニオさまのお召し物はあまりにバブリィ。かつておフランスの世の中がバブっていた時代に寄進された聖像なのでせうか。

おフランスではあまり聖像でお見かけしないアッシジの聖フランシスコですが、ココんち地元の教会(19世紀末建造)のステンドグラスには、このように
b0070127_20554734.jpg
♪♪\(^ω^\)バネなフランチエスコさま。( /^ω^)/♪♪

左におわしますはヂャン・マリ・ヴィアンネ、右は預言者エリアぢゃよ。


とっころが、ココんちの地元で上の茶バネ教会と同時期に建造されたもうひとつの教会では
b0070127_20563769.jpg
ヾ(T▽T)ノ゙ 昆布、いや色のおフランチエスコさま ヾ(T▽T)ノ゙

右はドミニコ・ドミちゃん....だと思う (-。-) ボソッ


実はこの2教会、同一の寄贈者、その名もおナポレオン三世だったりします。寄贈するにあたりお気を使われて片方は茶バネ、片方は昆布のお召し物をフランシスコにお召しいただいたのでしょうかね?(そうだとしたら、それはそれで面白いかもヾ(`◇´)

我こそはフランシスコ会正統派と名乗る昆布ではやはりフランチエスコやアントーニオの聖像は黒いお召し物が希望でありましょうね。なぜこうも茶色が普及しているのか何も知らない私にはよくわからなかったりしますが。

ご参考までに、フランチエスコがこの世に存命中に描かれたといわれる肖像画におかれましては
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微 妙 だったりしゅるるるる。ヾ(o゚ω゚o)ノ゙


le 4 octobre 2007, François d'Assise
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by ma_cocotte | 2007-10-04 00:09 | 『?』なKTOりっくん | Comments(7)
Commented by Leonie at 2007-10-05 22:06 x
うはは!Cocotteさまったら、私が20年「これいいたいけど、いったらPratiquantな信者さんに怒られる」とおもってず~~っと我慢していた「ねずみ男」をさらっと書いちゃうんだから!
しょふぁいゆの幼きイエズス会の誓願式にたくさんいらした「ねずみ男」さんたちはふもとの○川学院のブラザーたちだったのですねぇ。

KTOのLienをありがとうございます。いつも思うのですが、Papa Mobileのそばでお仕えしているガードマンがスキンヘッドでコワモテなんでコワいのですが(笑)

Le BecはBenedictineなんですが、まっしろけなんです、修道服が。外出時に黒い外套を羽織るのでよくドミニカンと間違えられていました。

しかし、微妙に違う修道服っていっぱいありますねぇ。修道服辞典ってのがあったらマニアな私はうれしくなるのですが。

フランシスコ様のオリジナル修道服の色はびみょ~ですね。そこらへんにあった黒い布でつくった服がよごれて茶色に見えるって感じでしょうか?

Commented by ma_cocotte at 2007-10-06 04:16
>Leonie さま、麓のねずみ男会をご存知なのですね。( ̄ー ̄) ニヤリ

教皇さまの周りの黒服さん達ですが、漏れ伺った話では元スイス兵さん
だそうです。ゴツいですよね。
真っ白けの修道服というとシャルトルゥ(カルトジオ会)のようですね。
もしまだ Le Grand Silence をご覧になってませんでしたら、どんな
手段を使っても(爆笑)、お手元に置かれることお勧めいたします。
感涙の世界でございます。

http://www.legrandsilence-lefilm.com/

修道女服でしたらこれが楽しくご覧になれると思います。

http://www.blessings-catalog.com/

マニアにはたまらーんな世界です。

フランシスコの服もそうですが、上のLe Grand Silence の中で
修道服を作る作業が映ります。大感動ですよ。

Commented by Leonie at 2007-10-07 13:52 x
Cocotteさま
>http://www.blessings-catalog.com/
これは鼻血もののお品でござりまする~~。
最近娘がリカちゃん人形にハマっています。
「リカちゃんまま、パパ、妹、ボーイフレンドすべてお人形を集めるの!」と鼻息荒く申しております。
私も対抗してこのシスター人形たちをそろえていこうかな?すごい光景になりそうだわ。
毎日ながめて楽しみます。ありがとうございました。
Commented by ma_cocotte at 2007-10-07 20:15
> Leonie さま、鼻血でしょ?(^_^)
私も見つけた時には感涙で鼻水が垂れました。
修道女の顔がなぜかサンダーバードのペネロープ様というのがまた
爆笑だったりしますが。第二ヴァチカン公会議中の制服が多いように
思います。(私の母校のシスター装束はまさにそうでした)。
Leonie さんにご縁ある修道女方の制服は見つかりましたか?
日本で創立された修道女会はないと思いますが、宣教修道女会は
ほぼたいちょぷ。日本発祥も写真を送ればオーダーメイドしてくださる
みたいですね。

10月6日付けで聖ブルーノとカルトジオ会についてエントリーしました。
映画にも触れましたのでぜひご笑覧くださいませ。
Commented by ma_cocotte at 2007-10-08 17:14
> Leonie さま、今朝突然思い立ったのですが、Le Bec の白装束は
シトー会 Cisterciens 装束ではありませんか?リギュジェの博物館に
ベネディクタンとシステルシアンの装束人形が置いてあったことを思い
出しました。
Commented by マルグリット・マリー at 2008-06-06 15:08 x
大変、遅ればせながら失礼~
仁川の修道会の方々はブラザーではなく皆様、ファーザーですよ。

皆様、ずっと疑問をお持ちのようなので。
コンベンツアル会はもともとグレーの修道服でございました。
フランス革命後、大修道院が激しく迫害された時期があったと伺いました。
グレーの修道服は目立つので、一般の修道服やスータンとあまりかわらないように黒の修道服をお召しになりました。
そしてフランスでの苦難を偲んで、他国の兄弟も黒をお召しになるようになったそうでございます。
本来は、グレーですので、そちらをお召しの方も多いのですが、殉教されたコルベ神父様が黒の修道服をお召しでしたので、特に日本やポーランドでは黒に愛着が強いようでございます。
暑い国での宣教には、グレーの修道服をお召しですが。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-06 17:06
☆ マルグリット・マリーさま
現在、私の地元にある改革派(=カルヴァン派)教会は大革命まで
フランシスコ会聖堂で、接収後、改革派に譲られた建物です。
中はステンドグラスははがされちゃったけれど、内装や備品はそこはかとなく
カトリック時代を感じさせるものばかりです。
現在、仏蘭西にはOFMもOFM conv.もあまりいないというか、conv。は
ルルドくらいかもしれません。フランスが宣教国ではないからでしょうかね。
(とはいえ、ポーランドから司祭派遣を願っているのは一般ニュウスで
流れましたけど)

スータンをお召しのOFM conv. も珍しくなりつつあるかもしれません。
江戸の某所も前回の帰国時に私は参りましたが、ローマンどころか私服
でらっしゃいましたよ。
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