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言いだしっぺは
2008年1月13日にシスティナ礼拝堂にて、背中を向けてかっくんかっくんなさいましたとさ。
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Photo par Maurizio Brambatti/Pool


蝋燭7本。
美しいやね。(^_^)
この日、13人のベイビィに教皇さまが洗礼 を授けられました。щ(゚Д゚)щ ウラメシカァアア

ヲッチャーとしては祭服に注目かにゃあ。新しい背面ミサ誕生の予感。

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.....と、新しい背面ミサ誕生の予感、と上に書きましたが、どうやら本当に新しい典礼(rites)のようです。イタリア語による新しい形の共同司式ミサ(nouveau rit concélébré en italien) だそうです。司式者は常に祭壇、つまりオリエント(l'orient、 東)向き、故に背中を会衆に見せたままになります、はい。記録によりますとルーテルが改革を主張する以前の典礼様式だとか....
教皇さま、戻り過ぎではございませんか? ヾ(`◇´)
時代をUターンし過ぎざます。もそっと手前でおみ足を止めませんと。怒髪天衝く某団体が見えます
この古式ゆかしいごミサの形は教皇さまが既にプライヴェートであげられていたかもしれませんが、公では今回が初のお披露目だったそうです。古すぎるけど新しいミサなんですと。___φ( ̄^ ̄ ) シテヤラレタリィ。

le 16 janvier 2008, Marcel

【追記】 CTV で流れた背面ミサのニュースビデオを見つけました。
http://www.youtube.com/watch?v=bijooEnWL0w

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by ma_cocotte | 2008-01-16 21:49 | 『?』なKTOりっくん | Comments(52)
Commented by 塩梅 at 2008-01-18 20:05 x
しかしー、神事とか仏事とかは完全に背面じゃーん、と思ったんです。
それを思うと、何で背面が特別なのかのう?とか思うこともありまする。それとも神事や仏事とかが特別なのかなあ、とか。
Commented by ma_cocotte at 2008-01-19 01:31
❒ 塩梅さま、ほんとだ。そういえば神事も仏事も背中を見ますね。
上の記事を書く際に調べた資料には「東」への拘りも書かれていました。
対面が特別だから特別でない背面に戻すのかしら????
上の初披露のごミサは「キリスト教がひとつだった時代の典礼」らしいです。
Commented by 伊望 at 2008-01-19 09:16 x
<その1>

ルター以前というと、トリエント・ミサ以前のミサということですか?トリエント・ミサ以前のローマ・ミサ?
でも、それだとトリエント・ミサ支持者の支持をどこまで得られるのでしょうか興味があります。典文、どこかに出ていますか?

>「キリスト教がひとつだった時代の典礼」

というと正教会や東方諸教会は「キリスト教」には含まれないのですね(笑)
僕(正教会)は良いとしても、ローマ・カトリック教会に属する東方典礼カトリック諸派の人たちには可哀想過ぎるコメントです。

またラテン典礼にしてもトリエント・ミサの成立前は、ある程度まとまっていても地方ごとにかなり独自色が残る典礼を行っていたと思いますから、『トリエント・ミサ以前の唯一の(ラテン式)典礼』などというものが果たして存在したのでしょうか?ちょっと疑問です。ですから色々な意味でちょっと強引過ぎるコメントでもあると思います。
Commented by 伊望 at 2008-01-19 09:17 x
<その2>

>対面が特別だから特別でない背面に戻すのかしら????

キリスト教の典礼の歴史は複雑で、どれが元といえるものはありませんが、
背面対面どちらが古いかと言えば、聖体祭儀に限っては初代教会の初期(ヘンな表現ですが)では粗間違いなく現行のローマ典礼のように対面式であったでしょうね。これは聖書の記述、聖体祭儀の原型がユダヤの過越祭、或は金曜晩餐を見れば明からです(そこではテーブルを囲み家長がパンを裂き杯を祝福します)。

>「東」への拘り

これも、東方の伝統では古くから教会は東に向けて建てられ、人々は東に向き『東の君』に祈る。でも初期のローマの伝統では、昇る日が祭壇を照らすように西向きに建てられた、というものもあります。
Commented by 伊望 at 2008-01-19 09:18 x
<その3>

僕が経験と学習を通して学んだのは、どのような様式の典礼であれ本質は同じであって、ただ表現方法が違うということで、後は個人の好みということ(笑)。大切なのは典礼を通じて神を讃え、神と人とコミュニオンを祝うこと。
ですから、嫌であっても典礼の多様性を受け容れて、お互いを批判せず後は時の判断に任せるのが一番だと思います。

また現ローマ教皇の方針というのは(一部の人が歓迎し一部の人が警戒している)復古というより、ラテン典礼内における多様性を実現しようとしているのではと思います、もっとも僕は回勅その他を読んでいないので詳しいことは何もいえませんが。。。
Commented by Leonie at 2008-01-19 10:00 x
こんにちは!
ある信者さんが「背面のミサときのほうが、なにやっているかわからんかったけど、なんかありがた~い感じがしてよかったわ。対面になったらなんかすべてが見えてありがたさがなくなったわ」っていってました。(笑)

このごろ建て直したお聖堂は祭壇を「食卓を輪になってかこむ」感じに配置されています。

私は背面を経験したことがないのでどちらがどういいか、私の好みかわかりませんが、「天主公教会祈祷書」になじんでいる人は背面がなつかしいでしょうね。一度経験したいです。

オリエント向きというのは日の出に向いているということなのですか?それともヨーロッパからエルサレムにむいているということなのでしょうか?

しすてぃーなで幼児洗礼ですか!うらやましいです。

いえいえ私の憧れは、ほたてがいこんぽすてーらの大香炉のお香に焚き染められる事。(笑)あれを経験せずに帰天したくないです。(笑)





Commented by ma_cocotte at 2008-01-19 15:35
❒ 伊望さま、
1962ミサのみしか認めない某団体においては「アウト」だと思います。
というのも、ルターの破門は1521年、トリエント公会議は1545年です。
「キリスト教がひとつだった時代の典礼」ですが、某所には以下のように
書かれていました。

le Saint Père a célébré la messe (nouveau rit concélébré
en italien), à l’ancien autel de la Chapelle Sixtine, face
à Dieu, tourné vers l’Orient (donc dos au peuple),
selon la manière antique attestée universellement dans
tout l’univers chrétien (jusqu’aux prétendues réformes
de Martin Luther qui a voulu célébrer sa cène face au peuple).

ルーテルの改革運動直前を指しているのではないと思いますが、現地語
(この13日のミサはイタリア語)で東向きの背面ミサという抜本を指しての
「キリスト教がひとつの時代」、つまり正教会や東方典礼カトリックも
含まれるかと思いますが。伊望さんがご推察されるとおりだと思いますよ。
Commented by ma_cocotte at 2008-01-19 15:46
❒ 伊望さま、<その2>の話題はミサの中でもカトリックでいうところの
聖変化~聖体拝領ですね。両形態の問題にも触れる部分かも。
(カトリックの場合、口でいただく、手でいただく、という2方法があり、
トリエントミサのみ支持される方は「お口でホスチアのみ」ですね。

この点はガシっと伊望さんのお手を取り合いたいお話です。

 >これは聖書の記述、聖体祭儀の原型がユダヤの過越祭、或は金曜
 >晩餐を見れば明からです(そこではテーブルを囲み家長がパンを裂き
 >杯を祝福します)。

ユダヤんのシャバットの晩餐などを知ると(奥方の準備段階から)、
文化派生や関連性でかなり(私個人としては)ワクワクだったりします。
聖書に照らし合わせれば、イエズスがパンを「割き」、仰せになった、ので
あって、パンを弟子の口に入れたという記述はぬぁい。フランスの場合、
パンを切り落とさない習慣が残っている家庭もありますよ。夫など理由を
知らないままバゲットは首の皮一枚残す切り方をします。家長が必ず
パンを切るカトリック家庭も多いです(特に来客時)。
Commented by ma_cocotte at 2008-01-19 15:59
❒ 伊望さま、ついでにもいっちょ、南仏では蝋燭を吹いて消すのがタブーです。
2本の指でうまく消します。私にはできないけど。

教会建築はカトリックも東向きが多いですよ。現在の地元は聖ヒラリオ
がフランスに東方文化を持ち込んだ本拠地でもあるせいでしょうか。
西向きの祭壇というとイグナチオの旧聖堂がそうだったかも。

伊望さんの<その3>コメントも飛雄馬と伴です。ただ、教皇さまの
Sacramentum Caritatis を拝読しますと、荘厳さをあらためて考えるように
というお話があります。フォークミサや子供ミサが苦手な私としましては
やはり主日は荘厳あるミサがいいなあ。あたりはずれのない正教会が
うらやましいです。(もちろん『大切なのは典礼を通じて神を讃え、神と人と
コミュニオンを祝うこと』が第一です)
Commented by ma_cocotte at 2008-01-19 16:00
❒ 伊望さまにはSacramentum Caritatis がお勧めです。
日本語版はまだ出版されていませんが、以下、英文で全文をご覧になれます。
http://www.vatican.va/holy_father/benedict_xvi/apost_exhortations/documents/hf_ben-xvi_exh_20070222_sacramentum-caritatis_en.html

第一章は聖職者向け、第二章は世俗向け、第三章が聖俗全ての「生活
の中での聖体の神秘」について書かれています。わかりやすいし、面白いです。
ぜひぜひ。
Commented by ma_cocotte at 2008-01-19 16:09
❒ Leonie さま、祭壇を世俗席が楕円に囲む配置は実は私は苦手だったりします。
が、最近、こちらの方がマジョリティですよね。教会建築そのものが
変わってしまったこともあるけれど、やっぱりヘリコプターで空を飛んだら
十字架の形で教会がひとめでわかるという文化は残して欲しかったどす。
世俗席も祭壇に垂直、両脇並行のベンチシートが好きです。なんか気が
引き締まります。

祭壇が東向きというのは世俗も東を向いている形ですね。古い教会で
祭壇上にステンドグラスがあると午前中、祭壇上に美しい世界が作られます。
あの様々な色の光線が抹香に当たるとうっとりしちゃいます。

システィナでは13人のべべが洗礼だったのですよ。うらやまぢい。
たまに結婚の祝福もなさいますよね。っきしょーっヽ(`Д´)ノ
私もあのサン・ジャックの大香炉で抹香まみれを味わいたいです。

Leonie さんにはこのひとつ下のエントリーのビデオをぜひ。
ヴァントワさんと皇帝さまのカトリックについてのスピーチがご覧になれます。
Commented by 匿名 at 2009-03-05 07:29 x
まここっと様

次の動画をご覧ください。〝感謝の賛歌〟の最後から撮影されています。パウロ6世のミサの典礼文「第2奉献文」が祈られているところです。
http://www.youtube.com/watch?v=aGzExgJRfiA&NR=1

共同司式されている方とともに、祭壇向かって左の「典礼書」を、ご覧になっています。この立派な典礼書、トリエント公会議以前のイタリア語の典礼文がのせられた特別なものでしょうか?現在の第2奉献文が載っている、パウロ6世のミサ典礼書以外ではないでしょうか?
Commented by 匿名 at 2009-03-05 07:39 x

次の動画は、説教の一部と、最後に、パウロ6世が導入した「平和の挨拶」が映っています。

この記事の上の写真左側ですが、ご公現後のこの時期に、「復活のろうそく」があるのも、パウロ6世ミサの特徴です。
Commented by 匿名 at 2009-03-05 07:39 x

http://www.youtube.com/watch?v=Q0aPU57zx6Q&NR=1
Commented by 匿名 at 2009-03-05 07:46 x

       教皇様の朝ミサについて
日本のカトリック新聞は、2007年7月29日(3917号)2面に「教皇ベネディクト16世 朝のミサはイタリア語」というタイトルで取り上げています。

【引用開始】
 教皇ベネディクト16世は毎朝のミサをイタリア語で、
現行のローマ・ミサ典礼書によって共同司式している、
とバチカンの報道担当者が明らかにした。

 教皇が個人的なミサをトリエント公会議の典礼でささげているとする説は誤っている、と7月17日、教皇庁広報局長のフェデリコ・ロンバルディ神父(イエズス会)が語った。

 トリエント公会議ミサは第二バチカン公会議前のラテン語による典礼で、1962年に最後の改訂版ローマ・ミサ典礼書が公布された。

 教皇が7月7日、自発教令でトリエント公会議ミサについての規制を緩和して十日もたたないうちに、教皇が個人的に古い典礼でミサをささげてきたとする報道が相次いだ。

Commented by 匿名 at 2009-03-05 07:47 x

【引用続き】

 「こうした混乱はおそらく、教皇が祭壇に向かってミサをささげている姿の映像によって起こったと思われるが」、教皇専用の礼拝堂では、「祭壇が壁に向かっていることによるためだ」とロンバルディ神父は説明した。
 礼拝堂の祭壇が壁に向かっているために、司式者たちは奉献文を唱える間、会衆に背を向ける事になる。朝のミサに参加する会衆は主に教皇の随員や教皇居室棟で働く修道女からなっている。

 ロンバルディ神父が言及した映像は、バチカンが4月16日に教皇の誕生日に合わせて公開したミサの模様。同神父はこの映像を制作したバチカン・テレビ・センターと、教皇庁広報局、バチカン放送の責任者を務めている。

 ロンバルディ神父はさらに、教皇の二人の秘書が毎朝、教皇と共同司式していることからも、「明らかに教皇が新しいミサ典礼書を使っていることが分かる」と付け加えた。トリエント公会議ミサは厳しく共同司式を制限しているためだ。
Commented by 匿名 at 2009-03-05 07:50 x

【引用続き】
国際的な会衆を伴う公のミサでは、教皇は第二バチカン公会議後のミサを主司式し、ほとんどの祈りをラテン語で唱えている。しかしローマ教区の行事としてささげられる「キリストの聖体」の祭日のミサでは、会衆が国際的でも、教皇はイタリア語で祈りを唱える。【引用終了】

2007年4月の朝ミサの動画です。
http://www.dailymotion.com/video/x1tzu2_la-messe-privee-du-pape-benoit-xv_events
「自発教令」の3か月前の動画です。

Commented by 匿名 at 2009-03-05 08:04 x

上の「カトリック新聞」の記事の元記事です。
http://www.catholicnews.com/data/stories/cns/0704072.htm

ここまでで、ま・ここっとさんならご理解いただけると思います。
1993年の典礼秘跡省の文書については、後日にいたします。

★メアクルパについては、要点を記すと、
1962年ミサ典礼書の「R」は「会衆:ポプルス」ではなくて、
「Minister(英:server)」なのです。普通のミサなら、「侍者」が、〝隣にいる司祭に聞こえる程度の声の大きさで〟唱えます。荘厳ミサなら、「R」は、助祭と副助祭が努めます。

司祭とMinisterがメアクルパを唱えるとき、同時進行で、聖堂内ではイントロイトゥスが歌われています。

★「集う者全員が」メアクルパを胸を打ちつつ唱えるのは、
パウロ6世のミサにおいてなのです。(日本の翻訳では省略・・・)
Commented by 匿名 at 2009-03-05 08:22 x

「司祭が背面祭壇に向かうこと」
“Turning Towards The Lord”
“ad orientem versus”

が、

トリエント公会議以前からの古い様式で、

その姿勢(向き)で、

共同司式の「新しいミサ(ノヴスオルド)」ささげられている、

ということです。

「新しいミサ」とは、「①パウロ6世のミサ典礼書によるものでもなく、②トリエントミサ典礼書によるものでもなく、③トリエント以前のイタリア語のミサである」のではなく、

パウロ6世の新しいミサ典礼書によりささげられる「新しいミサ」です。

〝versus populum(会衆に対面する)〟しないことを、古い伝統・様式・姿勢と言っているのです。
Commented by 匿名 at 2009-03-05 08:30 x
ま・ここっと様

三箇所にわたり、長文失礼いたしました。ご理解いただけると幸いです。
Commented by 飛び入り失礼いたします at 2009-03-05 10:24 x
匿名様の一連のコメントを読み、専門用語なり基礎用語(?)なりを日本語にしてくださり、またよく話題に上っている典礼の解説もすっきりと整理され、素人の私には大変道筋がはっきりして参りました。
もちろん、ま・ここっと様の豊富なフランス発信ニュースも時間のあるときに拝見しています。 ありがとうございます。
Commented by 飛び入り失礼いたします(再度) at 2009-03-05 15:36 x
上記私のコメントですが、誤解を招かないようにもう一言。
私の上記コメント内の「匿名様」は、こちらの他の日のブログニコメントしている匿名さんではなく、この日の『匿名」様に限ってです。
同じかたなのか、そうでないのかわかりませんが、ややこしいことです。

また、日付が離れますが、上記伊望様のコメントも大変参考になりました。 まここっと様は研究熱心で、そのコメントにも大いに関心を持ちました。 次回私がコメントをさせていただくときは、ちゃんとしたHNをつける所存です。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-05 16:54
★ 匿名さま、
だから?としか返答できません。
最初っから申し上げておりますが、OR紙のスタッフを相手にご自論を
お話したらよろしいのでは?

教皇さまですが、これから背面ミサを受け入れるとしても何もかも
第二ヴァチカン前に戻すつもりはないこと。ですから私は以前から
冗談で近い将来BXVIミサと呼ばれる典礼が誕生するのではと
何度か書いています。
Paul VI ミサを第二ヴァチカン公会議で生み出されたものと考える
匿名さんと、Paul VI ミサはトリエントミサが制定される前のRITE Romain
に基づいたミサ(第二ヴァチカン公会議によって再度陽の目を見たミサ)と
する世論と違うだけですし、匿名さんがここで同意を求めても、別コメント
に書きましたとおり、私はB16が司式されるミサならどんな典礼でも
構いません。ルルドで教皇さまが式長のお口に乗せようとしたご聖体が
地べたに落ちたけど、だから何?です。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-05 17:20
★ 匿名さま、

selon la manière antique attestée universellement dans
tout l’univers chrétien (jusqu’aux prétendues réformes
de Martin Luther qui a voulu célébrer sa cène face au peuple).

・・・・_| ̄|○  まー、いいや。
匿名さんとOR紙で話し合ってください。
匿名さんが拙ブログでこういう言動を続けねばならない理由は
ちょっと知りたい気もしますが、私にはまったく関係ないことなので。
典礼の正誤については友人を通じて本物の式長に伺うことにします。

当貸しステージは観客が多いのでどうぞしばらくご利用くださいませ。

Commented by ma_cocotte at 2009-03-05 17:22
★ 飛び入り失礼いたします さま、はじめまして。
ぜひ次回は電脳上とは言え、歓談を共に楽しみましょう。
再会を楽しみにしております。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-05 18:24
★ 匿名さま、

そもそも、メアクルパの件ですが、報道各社がこの語を用いているのは
典礼所作や典礼の違いではなく、ウヰリアムソン師の真の回心そのものに
メア・クルパという単語を充てているに過ぎません。

匿名さまが丁寧に説明してくださいましたけれど、私が愚かなことで
匿名様が生き生きとここまで突き詰められたこと、ウヰリアムソン師の
件にもFSSPX 師の件にも現状ではなんら関係ありません。

誰もトリエントミサについてこの1箇月のヴァチカンの動きに絡めて
否定も批判もしていません。フランスの場合、政治思想が左右どちらでも、
カトリック生活習慣を守っていようがいまいが、60%を越える国民が
1962ミサ復活に賛同しています。

匿名さま、ご自分の知識披露への意欲が強すぎて、エントリーにおいて
キーワード起爆に近いことまで披露していませんか?
カトリック新聞の内容が匿名さまのご持論には都合が良かった。
それだけだと思います。Rite Romain の流れを読み取れませんから。
Commented by 匿名 at 2009-03-06 00:21 x

ま・ここっと様

★Rite Romain ・・・Roman Rite(英)、ローマ典礼(日)については、私は昨日今日とふれてませんよ。今初めて触れます。

教皇様の手紙(2007.7.7)に書かれているとおりの理解をしています。
日本語訳で重要な部分のみ引用すると、

・ローマ典礼の使用に関する二つの形式は相互を豊かにし合うことができるものです。

・パウロ六世のミサ典礼書に従って行われるミサは、多くの人の心をかつてのミサ典礼書の使用へと引きつけた神聖性を、これまでにない力強いしかたで示すことができます。

・ローマ・ミサ典礼書の二つの版の間には何の矛盾もありません。典礼史には、成長や発展はあっても、決して断絶はありません。過去の人々にとって神聖だったものは、わたしたちにとっても神聖であり、偉大なものであり続けます。それが突然すべて禁じられることも、さらには有害なものと考えられることもありえません。
【引用終了】

このとおりの理解をしています。


Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 01:09
★ 匿名さま、私がずーーっと触れているのですよ>Rite Romain
匿名さんの知識の披露が私のエントリーの内容からどんどん外れて
行っていることになぜ気付かれないのですか?
教皇さまの手紙をなぜここで引用され、匿名さんが「このとおり理解を
しています」と書かれるのもなぜですか?こう書かれたところで、
「だから何でしょう?」としかお返事申し上げられません。



Commented by 匿名 at 2009-03-06 01:10 x

ま・ここっと様

>匿名さんとOR紙で話し合ってください。

そんな必要はありません。(ただ、文書を示されれば読みますよ。)
今回示した動画と写真を見れば、システィナ礼拝堂のミサが、
「パウロ6世の公布したローマ・ミサ典礼書」を使用していることは、
誰にでも分かります。

★ローマ・ミサ典礼書
①16世紀にトリエント公会議に基づいて公布されたローマ・ミサ典礼書
②パウロ6世が公布したローマ・ミサ典礼書(現行のミサ典礼書)
が、カトリック教会の公の典礼で使用されます。

★「パウロ6世の公布したローマ・ミサ典礼書」を使用している
即ち、「パウロ6世のミサ(=現行のミサ、ノヴス・オルド)」をささげている、
ということなのです。

★ささげる司祭の方向が、会衆に背を向けて、背面祭壇に向かっている、ということなのです。

★司祭がその方向(姿勢)で、ミサをささげることは、トリエント公会議よりずっと以前からの古い慣習だと、報道記事は言っているわけです。

(裏付けにになる文書が1993年に典礼秘跡省から出されています)
Commented by 匿名 at 2009-03-06 01:12 x
11

★「トリエント公会議より古いローマ・ミサ典礼書」を教皇様が使っておられると、今も考えておられるのですか?

私の教会では、2008年1月、これについて話題になり、カトリック新聞の朝ミサの記事と同じだという見方を司祭はしています。

★カトリック新聞による教皇様の朝ミサの記事ですが、
「現行のミサ」を背面祭壇に向かってあげていると明言しています。
記事の内容と動画を見れば明らかでしょう。

★①②以外のローマミサ典礼書、
ま・ここっとさんの記述される、それ以外の①より古い典礼書を、
会衆のいる、2008.1.13.にもし使われたら、大変なことです。
まず、会衆は、応答できないでしょう。

ま・ここっとさん、
報道記事だけでなく、実際に執行された典礼(2008.1.13)の種類を見分けるには、人に聞いたり、話し合ったり、動画を見たり、式文を付き合わせたりしないと・・・・、見誤りますよ。
信頼してま・ここっとさんの記事を読んでいる方もいるのだから・・・。

上の伊望さんのコメント、
>典文どこかに出ていますか?
と記事の内容(①②以外の典礼書によるミサがささげられた)を信用されています。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 01:28
★ 匿名さま、だから何なんですか?
私の立場で申し上げれば、いただいたお話は私にはどうでもいいことです。
私の立場では教区長認可をいただいた聖堂と司祭によるミサであれば、
どの典礼でも構いません、としか言えません。真贋判断し、この場で
「匿名さんのおっしゃるとおりです」と申し上げられる立場ではありません。
匿名さん、この場と相手を抜本的に勘違いされていませんか?

教皇さまはまだ公でトリエントの典礼でのミサをあげていませんが、
ベルトーネ師もゼン師もバルベラン師もリカール師も他の高位聖職者の
多くが既にトリエント式のミサをあげられています。

  >「パウロ6世の公布したローマ・ミサ典礼書」を使用していることは、
  >誰にでも分かります。

私にはわからなかったということにしてください。
私は「誰にでも分かる方々」の外にいるのです。
これ以上、何を書かれても「はー、そうですか」と相槌しか打てません。
Commented by 匿名 at 2009-03-06 01:29 x
12

ローマ典礼に触れたのは、

★この手紙が出された段階で(2007.7.7.)、
・ローマ典礼の使用に関する二つの形式
・ローマ・ミサ典礼書の二つの版
と、二つ(すなわち①②)しか認められていない。

ま・ここっとさんがこのエントリー記事に書かれた
>どうやら本当に新しい典礼
>教皇さま、戻り過ぎではございませんか
ような、①より古い、①②以外のものは想定しておられないことを言いたかったこと。

★もう一つは、ま・ここっとさんが私のローマ典礼に対する理解を憶測されてコメントされた箇所があったからです。(パウロ6世ミサが分断・・云々と、御記憶でしょう?)
Commented by 匿名 at 2009-03-06 01:38 x
13

ま・ここっと様

>私にはわからなかったということにしてください。
>私は「誰にでも分かる方々」の外にいるのです。
>これ以上、何を書かれても「はー、そうですか」と相槌しか打てません。

よく分かりました。了解です。

典礼の記事は慎重な記述を、とお願いしたいです。

お読みくださり、ありがとうございました。

Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 01:42
★ 匿名さま、だから何なんですか?

  >報道記事だけでなく、実際に執行された典礼(2008.1.13)の種類を
  >見分けるには、人に聞いたり、話し合ったり、動画を見たり、式文を
  >付き合わせたりしないと・・・・、見誤りますよ。
  >信頼してま・ここっとさんの記事を読んでいる方もいるのだから・・・。

匿名さん、もういいでしょう。
お立場は拝察いたしますが、この場は神学校でも神学部でもなく、
このブログは神学に的を定めたものではないのにここまでなさいますか?
現状を例えれば、幼稚園で大学教授が大人の言葉を使って講義を延々と
しているようなものなんですが。ブログ主の私はそういう状況が続くことを
希望しておりません。
匿名さまは私について何かご自身の都合の良い勘違いをされたまま、
ご自分の知識をお披露目なさっていませんか?
私の立場では匿名さんからいただいた調べる術を全て持っていません。

匿名さんがここまで書かれたら誰もこのブログを信頼しないだけです。
このエントリーの本文について、匿名さんが全て訂正してくださいましたこと、
感謝いたします。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 03:43
★ 匿名さま、

  >ローマ典礼に触れたのは、

私が先に触れています。
ローマ典礼は1570~1970年にまるで闇に閉じ込められたような
立場だったものを第二ヴァチカン公会議をきっかけに再度陽の目を見、
Paul VI ミサという形になったことです。
匿名さんが1970年以降のパウロ6世ミサ=ローマ典礼と限定してしまうと、
これまで匿名さんがエントリーを読まずにご持論を強く主張されたことで
トリエント典礼が伝統のごとき捉え方になります。

  >教皇さま、戻り過ぎではございませんか
   ような、①より古い、①②以外のものは想定しておられないことを
   言いたかったこと。

典礼文がローマ典礼であっても、他は1570年以前なら「戻りすぎ」です。
なぜ典礼文にそこまでこだわって、ミサ全体を眺められないのですか?
誰もが教皇がトリエントミサ(1570-1970)をあげることを期待している。
背面だけれども、それはトリエントではない、と伝えるために各報道が
力を入れたのではありませんか。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 03:53
★ 匿名さんが私宛におっしゃったこと

   >典礼の記事は慎重な記述を、とお願いしたいです。

私の立場では限界があります。
私は司祭でありませんし、典礼オタクでもありません。還俗者でもない。
現在の世俗に多くの自由や権利があっても、私個人は神学生、いずれ
叙階される立場の方々が読まれる書物を自分で購入したり、単独で読む
つもりは匿名さんにこのような形で勧められても、現状で実行するつもりは
ありません。
匿名さんがこれまでいろいろ想像されて私の立場を変えてここで意見を
述べられましたが、私はイタリア語典礼文をまったく存じませんし、式文
比較を簡単にできるような図書館を持つ住まいにおりません。
それを「聞けばわかるでしょう」「(司祭の所作を)見ればわかるでしょう」
といかにも私ができるかのようにおっしゃるとは何を前提になさっていますか?
私の立場では教区長に認可をいただいた司祭によるミサなら典礼が
何であろうとあずかるしかないのです。例え司祭方の間でミサの中身に
優劣つけたり、式文の真贋が重要でも、私から見た祭壇の情景は
単純にミサに過ぎません。
Commented by 匿名 at 2009-03-06 04:05 x
14

ま・ここっと様

>匿名さんがここまで書かれたら誰もこのブログを信頼しないだけです。
>このエントリーの本文について、匿名さんが全て訂正してくださいましたこと、感謝いたします。

だから、非公開にしてほしいとお願いしたのです。

こちらこそ感謝です。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 04:16
★ 匿名さま、ついでに。

Rites liturgiques en vigueur カトリックで認められている典礼文

 -Rite romain
 -Rite tridentin
 -Rite ambrosien
 -Rite de Braga
 -Rite dominicain
 -Rite cartusien

 >会衆のいる、2008.1.13.にもし使われたら、大変なことです。
 >まず、会衆は、応答できないでしょう。

大げさです。世俗側は式次第で十分です。
少しこちら↓でもご覧になって視野を広げられてはいかがですか。
http://www.schola-sainte-cecile.com/
Commented by 匿名 at 2009-03-06 04:16 x
15

ま・ここっと様

>匿名さんが1970年以降のパウロ6世ミサ=ローマ典礼と限定してしまうと

★?????どこで、限定したでしょうか?????


ま・ここっと様の質問にお答えすべきか、(お答えする用意はあります)

>匿名さん、もういいでしょう。

のお言葉に従うべきか悩んでおります。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 04:33
★ 匿名さま、

非公開コメントの使い方が私の使い方とは異なります。
もし匿名さんの非公開が続いて私のみの公開コメントになるなら、ここに
集う第三者の方々がどういう印象を持たれるか少し慮っていただけませんか?
匿名さんはこの場を匿名さんの世界に変えてしまっています。
どこかに書きましたが、匿名さんのお立場がこの場では不明瞭ですから、私は友人を通じて式長である神父さまに伺います、と申し上げました。
匿名さんが聖域の方とはっきりするなら私からの返答も違うでしょう。ここまで
追い詰められるような形にならずに済んだでしょう。

拙ブログはたまたま報道でカトリック関連が掲載されればそれを素人
ヲッチャーの私が見聞してエントリーしているに過ぎません。このブログの
レベルはその程度ですし、読者にカトリック信者はほとんどいません。
FSSPX関連についても世間の報道で流れなければ拙ブログではエントリー
することもありません。
匿名さんが強く主張されたこと、何かFSSPXとの一致のために役立ち
ますか。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 04:57
★ 匿名さま、

このコメント頭についている番号は何でしょうか?

  >?????どこで、限定したでしょうか?????

ご自分でこれまでの100近いコメントをおさらいすればよろしいでしょう。
ご自身がそう思ってらっしゃらなくても、読み手がそう取る文章が
いくらでもあります。内側での当たり前の会話を外の人間にしても
曲解誤解が多いのが常。拙ブログでのフォローをどう考えてらっしゃるのですか?
何よりFSSPX関連のニュウスを元にしたエントリーなのにご自分の
主張したい世界を作ることに懸命になり、主題がぼやけてしまいました。
この件においてRite Romain の歴史(400年の遮断という事実)を無視して
Paul VI の典礼文一点しか語らず、ミサ全体の融合を語れないって、
どういう印象や誤解を日本語環境の読者に与えるかわかっているのですか?
匿名さんが拙ブログ内では世俗である可能性があるので、この場で匿名さんの
主張を私が認めるという形はなんらカトリックのための良い見本にならず、
寧ろ悪い手本になること。少し考えてください。司祭を仲介すべき正誤判断の域に既に入っています。
Commented by 匿名 at 2009-03-06 04:59 x
16

ま・ここっと様

>匿名さんが強く主張されたこと、何かFSSPXとの一致のために役立ち
ますか。

私の目的は〝事実の確認のみ〟です。

それ以上でも、それ以下でもありません。

最初から申し上げているように、

①2008.1.13.のシスティナ礼拝堂でのミサは、「パウロ6世の名で公布されたローマ・ミサ典礼書」が使用されていること

②教皇様の朝ミサも、同じ典礼書が使用されていること

③メアクルパを「集う者全員」で声をそろえて唱えるのは、「パウロ6世のミサ」においてだということ

の確認のみです。

>私は友人を通じて式長である神父さまに伺います、と申し上げました。

そうしてくださると、私としてはありがたいです。感謝です。

今日は初金、こちらでは、十字架の道行、ロザリオ、ベネディクション、ミサ、初金の祈り、と続きます。

ま・ここっとさんとご家族のためにもお祈りしましょう。
美しい写真のブログは、時々拝見させていただきます。ではまた。





Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 05:35
★ 匿名さま、
何度も同じ文章をおそれいります。

それでもトリエントミサ以前の典礼様式なんですよ。
教皇さまの司式ミサは戻りすぎだったのです。
どうして典礼文にのみばかりこだわりますか?
たとえ典礼文が1970年の改訂版だとしても元は1570年以前のものを
改めたものであり、2008年1月13日の典礼様式は1570年以前に
基づくものです。
各新聞が教皇さまの背面ミサがトリエント典礼ではないことを証明するのに
懸命だった理由が何であるか考えてください。世俗のためです。

事実確認のそれ以上も以下も私が書いたエントリーテーマを無視しての
自己主張に変わっています。(このエントリーではなく他のエントリーを指します)
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 05:36
★ W師関連記事でメアクルパの所作の違いをどこの新聞が重要視
していますか?
教皇さまも、新聞もW師のメアクルパの中身にこだわっているのです。
所作でもなければ、典礼でもない。
報道が引用したメアクルパという単語がPaul VI の典礼文から引いたとしても
なんら影響ありません。
「私の過ち」という意味になんら変化なく、ラテン語。それだけ。
そもそもフランスの生活文化でメアクルパという単語はまだ生きた語です。
宗教用語の域を出ています。一例は以下のとおり。

http://www.lefigaro.fr/actualite-france/2009/02/18/01016-20090218ARTFIG00050-reforme-du-lycee-darcos-fait-son-mea-culpa-.php

ご指摘の部分、他のエントリーになりますがタイトル含め全て訂正いたしました。
Commented by 匿名 at 2009-03-06 08:18 x
ま・ここっと様

(繰り返しですが)

>それでもトリエントミサ以前の典礼様式なんですよ。


★「トリエントミサ以前から続いてきた様式」とは、

司祭が背面祭壇の方を向いて=会衆に背を向けて

ミサをささげること、を

指しています。


司祭の向き(立つ姿勢、祈る方向)が、

「トリエントミサ以前から続いてきた様式」なのです。


そして、使われているローマ・ミサ典礼書は、

「パウロ6世によって公布されたローマミサ典礼書」なのです。


この場合、
司祭は、「パウロ6世によって公布されたローマミサ典礼書」によって、
ミサをささげることになるのです。(背面祭壇の方に向かって)
(カト新聞の理解の通り)

では、良い四旬節をお過ごしくださいね。 





Commented by at 2009-03-06 10:32 x
教会の座席の話。
シナイ山の聖エカテリナ修道院の主聖堂・主の顕栄聖堂(Basilica of the Transfiguration of Our Lord)、聖所(内陣)の中にさらに柵のようなものがあって回の字のようになっていて、主壁とその柵の内側に椅子がすえつけられていました。なのでかなりがらんとした感じがします。正教の教会では他ではみたことのない配置だったので、珍しく思いました。「楕円形の配置」はこちらに近いのかもしれませんね。ま・ここっとさんのコメントでそのことを思い出しましたので、書き留めておきます。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 13:16
★ 匿名さま、
まだわかってらっしゃいませんね。
もう十回以上、拙ブログ内ほうぼうに同じことを書いてらっしゃる。
ご自分が

  >「トリエントミサ以前から続いてきた様式」とは、
  >司祭が背面祭壇の方を向いて=会衆に背を向けて
  >ミサをささげること、を指しています。
  >司祭の向き(立つ姿勢、祈る方向)が、
  >「トリエントミサ以前から続いてきた様式」なのです。

だ、か、ら、トリエントミサ以前で「戻りすぎ」なんです。
2007年7月のモツ・プロプリオ以降、ずっとB16がいつおんみずから
Pie Vミサをあげるか、世間でひそひそ話になっていたのですよ。
それは、このモツ・プロプリオがFSSPXの方で司教認可なしで自由に
会衆前であげられるという真実でない噂が先行したこともあります。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 13:43
★ 鰤 さま、
東の聖堂内の造りがもっともシナゴーグの造りに近いそうです。
カーテンのしつらえなども似ていますよね。

カトリックの聖堂建築や聖堂内備品については「もう、だめだー」と
口から出てしまうこともしばしばあります。逆にいくら聖堂建築や聖堂内
備品が歴史あるものでも、集うヒトが信心業を怠ったりしていると、聖堂が
朽ちていくという不思議もありますよ。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 13:45
★ 世の中、匿名さんのお立場の方はどれほどいますか?
それに典礼書の厚さや教会内の備品の置き方でわかるなど、それは
教会に入った世俗や未信者がわかったところで批判や揚げ足の材料を
与えるに過ぎません。このブログは神学校でもなければ、修道院の食卓でも、
香部屋でもありません。そして匿名さんは養成や長上の立場でもありません。
この件について私に対してイタリア語典礼を聞けばPaul VIミサだと
わからないのか?となぜ最初に書いて来ましたか。1993年の典礼秘跡省の
文書を私なら知っているはずですと?私は知りません。
このミサが背面だからと言って、トリエントミサではないこと。だが、トリエント
ミサ以前の典礼であること。だから、教皇さまはトリエントミサの歴史より
前のミサをあげられた、ということがどういう影響になるか。
少しは考えてください。

世俗にとっては「トリエントミサではない背面ミサでトリエントミサ以前の
典礼」ということ、これを知ってもらうことが大切です。
匿名さんがずっとここで問い詰めて納得させようとしていること、侍者を
相手にされるべきです。召命が増えますよ。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 13:45
★ 匿名さま、つまり他者を思うならウヰリアムソン関連で自論展開を
控え、
ここでのみご自身が何らかの理由でつけている⑧まで、で十分です。
第三者から感謝の言葉もいただいたではありませんか。
匿名さんご自身が2007年のモツ・プロプリオからの抜粋を掲載しましたが、
第三点についてはFSSPXが曲解して「トリエントミサの断絶」を教皇が
哀れんだとなっています。トリエントミサは日本では断絶しても海外では
断絶していません。むしろ過去に断絶したのはローマ典礼であり、手による
拝領です。

ここで匿名さんはご自分はそう考えてない、と反論されても、第三者に
混乱の種を撒きかねない。どうか羊の立場を慮ってください。
Commented by at 2009-03-06 17:30 x
ま・ここっと様
シナゴーグとの関連は大事なことなのですが、わたしはすぐ忘れます。自分がユダヤの伝統に通じていないことが大きいのでしょうが、ご指摘で神殿の聖所の幕について思いだしました。ご教示ありがとうございます。たしかにご指摘どおり、正教の教会には至聖所と聖所の間に、カーテンがございます。

教父たちに、教会を旧約と新約の間を連続であるとする説があること(イスラエルの会衆はそのいみで正に「神の教会」eklesia tou theou であったこと――ヘブライ書とも通じましょうか)、正教のお祈りで生神女マリヤを称えて「光を放てる天の幕」と呼んだりすることも、あわせて思い出されました。こうしたことを思い巡らすきっかけを与えてくださったこと、ありがとう存じます。
Commented by ma_cocotte at 2009-03-06 17:46
★ 鰤さま、
生活文化面からの考察だと各宗教の文化派生など興味深いですね。
このエントリーコメントの最初の方で伊望さんがシャバットの食卓の
話をなさってるでしょ?
ユダヤ家庭の金曜夜の食卓風景というのは仏蘭西でも普通のテレビ番組で
垣間見れたりしますが、装束違えど、ああ、イエズスさまはこんな感じで
会食を始められたのだな、と連想できるし、更には典礼の流れを考察する
助けになったりします。
仏蘭西では今、信仰してなかろうとパンを切り落とさない習慣などを
続けているヒトが多いですよ。必ず家長にパンを任せたりね。
面白いです。
パウロですが一説にはローマからスペインまで旅をしたという話があります。
つまり、イエズス誕生以前に地中海沿岸にはシナゴーグが既にあった
のですよ。聖母はカトリックだと暁の星、海の星ですね。神のみ下まで
正しく安全に導く水先案内人でありまする。
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