カテゴリ:『?』な、お!?仏蘭西( 211 )
テレビ婆さんにとってつまらない日
こんにち2018年7月15日があたくし「テレビ婆さん」にとってつっまんなぁあい一日なンであります。
朝、起床してテレビに火ぃ入れたところでどこのチャンネルも、今夕のサッカーワールドカップ決勝の話題です。だから、24時間ニュウス専門チャンネルに換えたら・・・いずれもサッカーワールドカップ決勝の話題。まあ、そういうことはフランスの世の中平和という表れなのだ、と私自身の気持に「どうどうどう」となだめ、言い聞かせて、まもなくお昼。

きょうの朝から目に入るテレビでのこの話題。
ヒジョーに不思議に思うのは、テレビ局がインターネットで拾ったであろう(おそらく)フランス国籍の、齢一桁と思われるお子たちがフランスの国歌(ラ・マルセイェエズ)を嬉々と唄う様子を次々と紹介していることです。子供たちの中にはまるで米国民のように右掌を心の臓あたりに置いて国歌斉唱しています。

式典をまったく行わない、学問だけ教えて道徳は教えないフランスの初等中等教育ですのに、この幼い子供たちはどこで国歌を覚えて、こういう所作で唄いあげるのでしょうね? 素朴な疑問だわあ。

もし、万が一、今宵、フランスが勝利したら、テレビの枠だけでなく、巷の様子が尋常でなくなることはフランスの理だと思われるので、テレビ婆さんはいっそう憂鬱になることでせう。



le 15 juillet 2018, Bonaventure

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by ma_cocotte | 2018-07-15 18:44 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(1)
朕を「マニュ」と呼ぶべからず。
昨夜から三次元やら電脳域の仏語圏で飛び交っているニュウス。


こうしてココでタイプしている今も、背後のテレヴィヂョンからこれと同じビデオの音声が聞こえています。
「さヴぁ、マニュ?」と、フランス語の世界で大統領のファーストネームであるエマニュエル Emmanuel の愛称は「マニュ」、それにタメ口の「サヴァ」を添えた形でマクロン大統領閣下に握手を求めた青年に対し、マクロン大統領がご自分について「マニュ」ではなく「ムッシュウ」または「ムッシュウ・ル・プレジドン」を添えるよう諭したわけで。マクロン大統領がココは公式の場であることもきちんと理由付けしていたことはたいしたもんです。

この様子は中道より左に行けば行くほど、または自らの居場所が三角形の底辺であればあるほど、喧々囂々と「オートリテールだあっ!」とどよどよと騒がれるのも容易に想像がつきます。きょうび、フランス共和国の公教育では「教育」しか行わないので、もし家庭で行儀作法など教えないといつでもどこでも自分の思うがままにここちよく誰に対しても友達に話す時のように接する未成年がほうぼうにいます。

このビデオを見ていて思い出したのは、共和国内のカトリック教会のヲールドで、今では神父様に対してこのビデオと同じく、市井でポピュラーな愛称で呼び、もちろんTuでの会話をし、神父様より年長の世俗が自分はアンタより年上だから敬語で話せ、とかTuを用いて提案してくるのも当たり前だのクラッカーです。私がココ新天地に越してきてすぐ関わった教会で、世俗の老若男女がミシェルという名の神父様に向かって「ミシュウ」と呼んだり、Tuを用いたタメ口でぺらぺらしゃべる様子に私はヴぃっくらこいた過去があります。それまでは世俗は年を取っていようが口がようやく動く年ごろであろうが、神父様や修道者には敬語を用いることが私には「当然、自然」だったからです。たとえ、神父様や修道者が私たちに親しみをこめて話し続けたとしても、こちらからは「です、ます」で会話する。フランス語だったら彼らは私たちにTuを用いても、私たちは必ずVousで会話する感じ。神父様に敬称(Mr. ~ または Pr. ~など)用いずに家庭や友人に対してと同様の関りを平気で神父様に提案する高齢者はたいてい1968学生革命の強い影響を受けて、それ以前のカトリック慣習に「反吐が出る」と背中を向けているし、若い者は無論、公教育では授業を受けることしか知らないし、家庭においては親または祖父母が68世代、またはそれ以降という慣習の中で自然に日々を過ごしているひとびとです。だ、か、ら、1968以前の環境に背を向けなかったひとに育てられたり、学校教育で関わったひとたちは21世紀から17年過ぎた今でも神父様には敬語で話します。これはたとえ家族、親戚であっても、です。自分の息子がもし司祭になると我が家を離れたら、そこで親兄弟姉妹は「縁が切れた」というか「関係が変わった」ことを自覚します。だから、実の親が出家した息子に Vous を用いて話すようになることもかつては「当たり前」でした。そういう環境で育ち、現在は司祭、修道者になった方々が市井の小教区で世俗と関わるようになり、初対面の世俗さんから「私は年上だから、です、ます、であなたは話しなさいね」と言われても、内心で「ボクのパパもママンも今の僕には「です、ます」で話しているのにな(苦笑)」でしょうけれど、そういう環境で育った方はスマアトだし、事を荒立てたくないので「あなたのおっしゃるとおりにします。ムッシュウ、マッダ~ム」とそれは美しい顔で返答されるのでしょう。うへぇw

こういう幼少期の家庭環境が自らの出家を境に変化する様子は日本国内のカトリック家庭でもよくあることで、たまに神父様方の自叙伝や回顧録で知ることもできます。たいていは親御さんが自らに言い聞かせて子を聖域に送る、という葛藤も描かれていて、涙無しでは読めなかったりします。(余談、そういう慣習のせいで、以前は出家した司祭、修道者は親の死に目、葬儀にも出られないという話も飛び交ってはいました。)

市井での大統領閣下とのやりとりやら教会という今では限られた小世界でのこういう慣習や関わり方を否定するひとびとも今の世の中、それはたくさんいるし、今ではそちらの勢いの方がマジョリティになっているかもしれません。

で、マクロン大統領におかれましては、未だシジュウになるかならないかのお年ごろですのに、最近のガ・・・いや、お子たちのこういうやりとりについて数秒であっても短く、簡潔に作法を教えたことになります。きっと、たぶん、おそらく、この話題は今週末くらいまで尾を引いて、風刺した漫画や人形劇が次々とこさえられるのでしょうね。ヒダリの突き当りからミギの突き当りまで飛び交ういろいろな意見を眺めつつ、「今のフランス共和国」をガイジンのあたしは楽しむことにします。



le 19 juin 2018, Jude







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by ma_cocotte | 2018-06-19 15:37 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
コ ノ ゴ ガ ツ
今年、2018年の五月。
仏蘭西の暦におかれましては、国定固定祝祭日が5月1日と8日で、8ひくことの1は7ですから、いずれも火曜日になります。そして国定移動祝祭日が2018年の場合、10日と21日です。5月10日はキリスト昇天祭で復活祭の日曜日から40日後なので毎年必ず日付異なれど木曜日になります。5月21日は聖霊降臨の日曜翌日の月曜日という祭日で、こちらもまた毎年必ず日付が違っても聖霊降臨を祝う日曜日の翌月曜日が祭日になります。

で、今年。
固定祝祭日の1日と8日が火曜日になったことで、日曜と火曜の間の月曜日が就業日、そして火曜と木曜の間の水曜日が就業日、そしてそして、木曜と土日の間の金曜日が就業日と、休・働・休・働・休・働・休・休という日の流れになってしまったのです。となりますと、ココはおフランス。いずれの御時にかココで書き殴った記憶がありますが、共和国民は休みと休みの間に一日だけ就労日があるとその日を休んでしまう方が相当数おり、そうすることを「ポン Pont、=橋」と言い表しているのです。今年の場合、一週間のうち月曜と水曜と金曜が休日にはさまった一日きりの就労日になりますので、ポン、ポン、ポンと3つの橋をかけて8日、いや、先の土曜から数えたら9日の休暇を取っちまうひともいるわけで、まあ、月曜休業の店舗が多数を占める共和国内ではありますが、普段月曜開店のお店でも橋をかけて連休にし、「水曜日からお待ちしておりまーす」とフェイスブックでお知らせちょんまげだったりします。

これもまた、生きている長年の間にたまにやってくる「せらヴぃ」と言われれば、「はい、おっしゃるとおりです」とほほ笑むしかありませんが、しかし。

今年はこの暦の流れにちょいと前、ココで話題にした国鉄とおエールおフランスのストライキが乗っかっているという現実。
毎週、週末前の金曜日と週明けの月曜日の朝になると両社のストライキについての情報が報道で流れます。私にとってはこれらのストライキは他人事ながらムっとなることばかり。以前、どこかに書き散らかしたかもしれませんが、ココんちのように首都や大都市ではなく地方の超ウルトラど零細都市だと、週末だけ自宅に戻り、週明けの早朝に列車に乗り、花の都はパリやら日本語の世界史の教科書に登場するような有名都市に移動し、会社勤務やら学校の寮に戻り週末の帰宅まで過ごす老若男女がかなりいます。ですから、金曜と月曜に国鉄がストライキを決行すると、彼らの移動が難しくなったり、不可能になったりするのです。その証拠に4月の毎月曜、ココんち近くの国鉄駅には列車が一本も通りませんでした。地元紙は「駅が死んだ」と第一面に大見出しを載せたほど。

国鉄の労働者は国家や国父さんである大統領閣下に不満があってストライキ決行しているのに、その犠牲になるのは平民(あたしゃ、国民とは言わないよw)というのはこんなに屁理屈で論破を好む民なのに大いなる矛盾なんぢゃないかと思うンですがねぇ。

そして、おエールおフランスのストライキも先週末だったか現社長が退任したけれども、彼が退任して、もしも社員の給与だか待遇が(彼ら好みに)改善されたとしても、国民どころか世界中の旅人のおエールおフランス離れは加速するばかりだとあたしは想定するンですが。前世紀のように国民が母国のナショナルフラッグの航空会社しか使わないということは21世紀に入って17年も経った今は過去であり、地球を旅することに慣れたひとびとはしっかり脳内で料金とサーヴィス、快適さを考えて航空会社を選び、利用するようになりました。で、現在のエールフランスの価格設定、機内サーヴィスと快適・清潔さはバランスよろしいでしょうか。・・・・私見ですけれど、アンバランス極まりない。私の場合、前世紀の終わりはおエールおフランスの愛用者でしたが、どんどんサーヴィスが悪くなり、最後に乗った時は食事を指定したら馬でも食べないような食物がお盆に乗ってきましてね。それを限りに・・・というか、その後も里帰りのたびに複数の航空会社の提示料金を比較してもおエールおフランスがデラ高い・・・で、機内は汚いし、食事はああだし・・・となるわけで。そーゆーこと(ココ ↑ に書いたのは私が経験したトラブルの中のほんの一部です)を知っているだけに、こうして今、連日、テレビやラジオからAFのストライキやAF労働組合の言い分を見聞しても、なぜだかむなしいわあ、なのでした。

デモやストライキは共和国民平等の権利であることは私も知ってはいるつもりですけれど、それらが暴動にヘンゲしたりするのはまったくもって私には理解不能で、そういう点にぶち当たると私はやっぱりフランスではガイジンなのだとあらためて思い知るのでした、まる


さーて、明日は祭日なので、明日することを今日しなくちゃね。ふぅ。


le 7 mai 2018, Domitille

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by ma_cocotte | 2018-05-07 17:50 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
三角形の底辺から頂点まで浮き上がるのは難しい。
「所変われば、品、替わる」

「替わる」がいいのか、「変わる」がいいのか、よくわかンない。
きょうの朝は一番で電脳域散歩し、立ち寄ったブログのエントリーを拝読してヴぃくーり。
仏蘭西共和国内にお住いの日本人女性であろう方のエントリぃでしたが、その方はおそらくパリにお住まいで、私はパリにはちょっとしか住んだことはなく、南仏はマルセイユのはずれと、ココ10年はヌゥヴェル・アキテエヌ地方北部の超ウルトラスーパーど田舎のショボい零細都市の端に住んでいるのでこんなにも人間交流の在り方が違うのか、いえいえ、そもそも根本どころか抜本的に住まう土地の倫理道徳やら概念がまったく違うンだなあ、と叩きのめされるようによぉおおおくわかりました。おかげさまで、ただ今、午前8時過ぎ。ただでさえ黄色い肌の顔が平たい族である私の重たい瞼がスキっと持ち上がったように思えました。

・・・・で、何が?

ココでの数個前のエントリィのタイトル「階級のない国の、特権階級」と方向違いでのそこはかとなくつながる話とでも申しましょうか。

さてさて。

きょうの朝の、わたくしの電脳域徘徊を終えたところで、私の脳内には「仏蘭西共和国では「何々系フランス人」という表現が建前としてない」と刻まれました。が、もしそうだとすると、私がマルセイユで数年通った職業訓練校での授業で面談のシミュレーションにおいて、必ず私のオリジン(←うまく和訳できないけれど、出自というか祖国というかなあ)はどこそこの国、その国の〇×という都市です、と名乗らなければならないと教えられたことが間違っていたことになります。変だな、確か国営の学校なのに・・・それもひとりの先生ではなく、すべての先生がそれを実行し、教えていました。日常でも南仏だろうが、ヌゥヴェルアキテエヌだろうが、必ずと言っていいほど「あなたはどこの出身ですか?」と質問されます。それは私の語学力に問題があるせいであり、フランス人と同じ何ら訛りのないフランス語を話すひとにそんな質問はしないのでしょう。ああ、そもそも共和国の長期滞在許可証にはしっかり出身国が明記されているので、役所や病院などでその点も含んで質問されることは私には当たり前だったンですが。

それに、高学歴の、どんな肌色、どんな外見の仏蘭西びと(というより、フランス語話者)の間ではかつての仏領インドシナと東アジアの違いを常識で、当たり前に知っていても、この仏蘭西の三角形、ヒエラルシアの底辺に棲むヒトビトというかフランス語を日常で自然に使う者が必ずしも世界地図の右端について知っているとは限りません。毎年夏の終わりに市井のほうぼうで始まる学用品の廉売で世界地図を手に取ったところで極東の、日本が必ずしも描かれているとは限りません。南仏に住んでいた時、近所の白い肌の婦人に私の出身を質問されたので「日本」と返事したら、即座に「独裁国家で大変ね。だからフランスに来たのでしょう。もう大丈夫よ」と言われたことがあり、私から「あのー、日本は中国の一部ではありませんし、欧米の植民地になった過去もありません」と言ったら、まるで「あなたは教養がないから知らないのね」と私がウソついていると判断されたようで、こうなったらラチが開かないw

他にも、以前もココで書き殴ったかもしれませんけれど、マルセイユなど、露天商が「日本製だよ」ととんでもない腕時計を売っており、それを買った北アフリカ出身のひとが、私が日本人と知るなり、大声で日本という国と日本人である私をとことん罵倒するなんてこと、私自身が何度も経験しています。私からすれば、本物の日本製品が露店で販売されることはないし、その商品をひと目見たら偽物だとわかります。でも、彼らは売っている方も買った方も「わからない」、なぜなら両者とも本物の日本製品を見たことも、手に取ったこともないから。← こーんな状況だから、露天商の背後にはマフィアがいることなど警察や憲兵隊、税関は既に知っているわけです。だってさ、中国からフランスまで地続きなんですよ。地中海沿いの高速道路を走ってごらんなさい。どんだけ東ヨーロッパナンバーのトラックとすれ違いますか?

ああ、そうそう、こんなこともあった。
或るおフランスのカトリック教会の高位聖職者の義理の伯母様が日本女性で、その高位聖職者も私が日本人ということであらゆる誤解や偏見からかばってくださっていました。或る巡礼旅行の食事の席で私が「〇×高位聖職者さまの義理の伯母様は日本人なのですよ」と話したら、私の目の前の金髪碧眼のマダムが即答で「そんなことあるわけありません。ああ、あてがわれたのね」と言ってきました。・・・従軍慰安婦ですか・・・? 21世紀に入っても、肌が白いヒトビトの世界ではそういう関係があり、そういう白人の家庭に入った黄色い肌のヒトは隠されるのが普通という判断の基準があるンですかね? もしそうだとするならこの仏蘭西共和国という国は国際においてどんだけ発展途上の国、というか傲慢で成り立っている国なンですかね?

私が今世紀に入って、こうして仏蘭西共和国という国に住んで、感づいていること、知っていることは、肌が黄色くて顔が平たい私たちの配偶者が、欧米の白いひとびとの血しか混ざっていないフランスびとと結婚した場合、その人物の身分や家柄によって配偶者である肌が黄色く顔が平たい私たちをオブラートに包んで扱ってくれるということです。ズケズケと、私がこれまでに経験したことを何ら知らずにフランスで生きていけるということ。私が約10年前にココ新天地に引っ越してすぐ、現地の肌の白いひとびとに会うと、やたら苗字を聞かれ、その苗字に「私は知ってる、私は知らない」と目の前で白いひとびとが論じあうのです。で、もし、地元の有名な一族ならば日本人くるめて「良い扱い&優遇」、信用するけれど、誰も知らないならたとえ仏蘭西そのものの苗字でもその仏蘭西人も配偶者の日本人も彼らの社交グループから「遠のかされる」のです。これ、カトリック教会の中でも実行されていますから。私はもちろん後者の立場です。先週からやたら騒がれている緑の党所属で、大臣経験のあるコリア系フランス国籍の政治家の乱行、暴言については彼が立派な職業の肩書を持つ白い肌のフランス国籍者に養子縁組され育ったことでも数行前に私がタイプした点が見えてきます。白い肌のヒトビトの間ではアフリカだろうがアジアだろうが極貧から乳幼児を養子縁組し「あわれんで育てる」ことが美徳にされているので、この政治家の養親は仲間内では常に賛美されるし、彼本人はオブラートがけされているからひどい言葉をもらうことはない。もし彼らの口に飲まれ、体内に入ったらオブラートが溶けて彼らの本音を知れたかもしれませんが。・・・とココまでタイプして思い出したことですが、私の母の急死が日曜早朝に知らされ、夜が明けてまもなく私はココ地元の教会の主日ミサへ。私の母が亡くなったことを知ったひと(=世俗奉献の「立派な」婦人)が「かわいそうに。なかなか日本に帰れなくて」と私の前で眉を八の字にして話し始めました。黙って聞いていると、私の実家が本当に貧しくて、私はフランスに移住することに成功し、日本の親兄弟姉妹に仕送りをしているらしい・・・私、一人っ子だし、いまだかつて仕送りをしたことがない。そもそも、フランスに長期滞在することになったのもフランス国籍者との結婚がきっかけで、もし彼と離婚したらとっとと私は祖国に戻るだよ、と内心でブツブツブツ。その世俗奉献であることを公にしないマダムが息継ぎしたところでようやく「あの、私の実家は貧しくありません。そもそも、日本は仏領インドシナ諸国の環境と何もかも違います」と言ったら、途端にお顔が「怒り」でいっぱい。ご自分の「憐み」の態度が示せないのがそんな怒りにつながるって、どーよ?とその時の私の正直な思いです。

私個人は南仏だろうがヌゥヴェルアキテエヌだろうが白いヒトビトから優遇されないまま、日々を過ごしています。マルセイユの露店での「日本製品」をつかまされたひとびとのように、誤解と偏見あって日本国籍の私にへし折れるほどの言葉を投げられることも普通にあります。

上流社会でのプロトコルや常識は三角形の底辺にまで必ずしも浸透していない。← こういうあたりですよね。かつてウサマ・ベンラディンがアルカイーダ(=アラビア語で「三角形の底辺」)を結成した理由。このベンラディンについて、ウソか本当か知らないけれど、それこそマルセイユの職業訓練校でクラスメートだったアルジェリア系フランス国籍者が私に教えてくれたことです。彼はテロ行為は決して許されないけれど、上流育ちのベンラディンが気付いた、三角形の底辺に凄むひとびとについての救済はすばらしいことだと私に熱く語ってくれました。私もそう思うけど、救済の手段が明らかに間違っているわけで。

なんちゅうか、フランスという国にはかなり、空気にも土壌にも傲慢がはびこっており、その傲慢に至る思考回路は肌の色に関係なく、フランス共和国の中で生活している環境によって脳に刷り込まれているのではないかしら?と思うこの頃。こうして三角形の底辺に暮らしながら、互いの出身国の生活慣習や料理のレシピを交換しあっている方が私個人は幸せだと思うけれど、そういう様子も三角形の頂点や川の流れの上流では失笑なのだから。自分自身が居心地の良い生活環境、三角形の何階だか、ほうぼうに散らばる水玉模様のどの色、どの大きさだか、をひとりひとりが見つけ、定住するしか心身の平安など実感できないのかもしれません。このエントリィの冒頭に戻るけれど、きょうの朝、私がいくつものフランス関連のブログ記事を読んで「同じ仏蘭西共和国というヒトが決めた国境に囲まれた空と大地の中に住んでいても、私の環境と抜本的に違う」と思うのも当たり前だのクラッカア。どちらが正しい、間違っているではなく、どちらも「事実」。水と油、まったく完全分離しているし、無理にふるって混ぜれば混乱や騒動を招くだけです。棲み分けって大切なのかもしれない。と書くと、サルコぢ支持になっちゃうかあ・・・ヤだな。

上に書いたコリア系フランス国籍の政治家さんが市井でやらかした暴言、乱行についても、彼が育った巣に戻れば彼に「あなたは間違っていない」と慰めるひとがひとりやふたりではない。それがおフランスの現実です。


le 12 avril 2018, Jules



これ ↑ が先週から共和国内で飛び交っているコリア系フランス国籍の政治家さんの乱行暴言についての記事のひとつ。全国紙リベラシオンのものを転載してみました。リベラシオンは中道左派なので彼についてクソ意地悪いことは記事にしないと思うので。で、この件、日本語の新聞記事では未だ見つからないし、彼の名前をカタカナにして検索すると養子縁組による立身出世の美談やら、彼のように泥酔による暴言乱行は彼の祖国では無罪放免というエントリィが散らばっていました。私見だけれど、酔った勢いで口から出た言の葉ってそれこそ日常においてオブラートにくるんで隠している思想や本音ではないでしょうか。だから、私は上に「傲慢」と表したのですが。フランス語でこの事件を追うと、逮捕された彼は今、メアクルパ meaculpa の心境なのですと。meaculpaというのは21世紀になった今は「宗教用語」の枠内かもしれませんが、むか~し、カトリック教会の礼拝の典礼文がラテン語だった時、礼拝のはじまりでmeaculpaを全員で唱えることになっていました。それも3度繰り返して絶妙なタイミングで自らの胸を自分の右手こぶしでドンと叩くのね。意味は「我が過ち」、そう、「私が間違ってました」という表現とでもいいましょうか。ですから、きょうの彼は「反省しています」というこってす。本当にそうならば、もうおなじことをしちゃダメよ、まる


【追 記】

フェイスブックでたった今、見た記事。中道右派の全国紙おル・フィガロさんね。

なんだかな。
事件について自らのアル中による事故と話を持って行くのは、私個人はあまり好きになれないな。
アルコールを飲み過ぎると、自分の脳や心にまったく刻まれていない事柄が口から出るということを彼は言いたいのですかね? ふぅうううん。そうなんだ。



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by ma_cocotte | 2018-04-12 16:43 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
2018年3月23日に、
この日は金曜日で、共和国南東部の小都市カルカッソンヌ近郊でテロ事件がありました。
同日、共和国の花の都パリ11区のアパルトマンで火災が発生し、現場から85歳になる婦人の焼死体が見つかりました。そのご遺体を解剖したところ、なんと11か所もの刃物による刺し傷が見つかったのです。老婦人宅の火事から放火殺人と事件に定められた翌日、婦人の隣人男性が容疑者として連行。その犯行を幇助したとされる住所不定(仏語だとSDF エスデェエフと称される)の男性も逮捕されました。彼らの犯行理由のひとつが明らかにされ、それはこの老婦人が「ユダヤ人だから」でした。

「ユダヤ人」を理由に犯罪行為が実行されることはフランス共和国においては「あってはならない」ことであり、85歳にもなる老婦人がそれを理由に刺殺され、証拠隠しのために家を焼かれ、自らの身体も燃やされたとなると、ほうぼうから同情の声が次々とあがり、共和国ではしばしば行われる「沈黙の行進」がパリ市内で実施されることになりました。

その「沈黙の行進」が実施されるにあたり、在仏ユダヤ民団、CRIF からこの行進に極右政党と極左政党の党首、党員が参加することを拒むと発表がありました。極右政党についてはアウシュヴィッツやらガス室を否定する歴史修正を現党首というより、彼女の父親が89歳になった今も「宣教布教している」故とすぐわかりますが、極左はなんでぇ?と、しばし。ああ、イスラエルを否定し、パレスチナ「のみ」認めるからか・・・と。

ところが、CRIFからこの発表があってまもなく、85歳の婦人のご子息から母の死を悼む気持、反ユダヤ主義について抗議する気持があるならば極右だろうが極左だろうが沈黙の行進に参加してください、と公に勧誘がありました。

なるほどなあ。

息子さんの気持ちを知ってすぐ、こんなツルツル脳持ちの私でもちょと考えてしまいました。

というか、私個人にとってフランスそのものだけでなく、フランスのユダヤん世界についてヨソ者ですが、この一件でCRIFという組織はヒジョーに政治色の濃い組織であり、その反対に殺害された犠牲者の息子さんは「今ドキの宗教者」っぽいなあ、と色分けできた気になっています。

この事件。
85歳になるユダヤ人婦人はそんなにユダヤ教の生活宗旨に従って生きていたわけでもなかったようです。つまり、常にカツラをかぶっているわけでもなけりゃ、ストッキングをはいているわけでもないし、自宅のお台所の流し場が二つあるわけでもない(← わかるひとにしかわからないネタですわなw)。そして、彼女を殺めた隣人がイスラーム・マジョリティの国を祖国とする移民男性であるとなると、彼女の住まいは市井の普通のアパルトマン(もしかしたら団地 HLM かもしれない)と想像つきます。ユダヤんでも上流だったり、宗旨生活において厳しく守っていればいるほど「ヨソ」とは交わらずにユダヤとしての生活ができる住居やカルティエに住むのが常です。かといって、報道では「庶民のユダヤ人女性」と繰り返し紹介されても、その彼女の写真の彼女の手元にはシャネルと思われるバッグ。私にはシャネルはまったく別世界なので、写真に映るバッグの真贋はわからず。でも、シャネルのバッグを持てるとするなら、フランスだったら日本以上に「階級」がはっきり「上」になるわけで。うぅうううん。そうだとするなら、多国籍が混ざる住環境で隣人に限らず何らかの「嫉妬」が芽を出してしまうのは仕方ないのではないか、誤解が生じることもあるだろうな、と私が思うのも、私が員数外だからだと思います。

いずれにせよ、CRIFという団体について私は今度ハスった見方しかできないかもなあ。
でも、犠牲となった女性の息子さんに限らず、人が決めた国境や身分を取っ払って、故人を悼む気持、慰霊する行いを一緒に!と呼びかけられるひとはすばらしいと思います。そう簡単にそうはなれない私ではありますが。


Le 9 avril 2018, Annonciation

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by ma_cocotte | 2018-04-09 16:07 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
階級のない国の、特権階級
フランス国鉄(通称 SNCF)がストライキに入り、こんにちで第三日目。
ストライキ実施予告日程数は3か月なので、まだたった三日しか過ぎていないことになります。

兎に角、フランスの中長距離線について日本国内の列車運行システムとはかなり違うので、ガイジンの私にはよくわからないことだらけです。明らかなのはパリや大都市の国鉄の拠点駅ではそれは大騒ぎのパニックになっていることと、私が住んでいるような地方小都市では国鉄駅に丸一日まったく列車が通過せず、地方紙に「国鉄駅が幽霊駅になった」と一面大見出しが目に入ってもきました。このストライキを実行しているひとびとがフランス国鉄の「労働者」と文字にしていいのか、それとも21世紀の今は「職員」と表した方がいいのか、これもまた日本語使用における注意点と仏語使用のそれが異なるので難しいところです。

今回のスト決行の理由は、国鉄職員本人だけでなく家族にまで及ぶ特権を無くしたり、減らしたりするという改革案を「21世紀の軍神ヂュピタア」であり、その名の通り救世主であるエンマニュエル・マクロン大統領が提案したことだそう。で、この騒動が公になって半月が過ぎ、ストライキが現在進行中の今、その国鉄職員と家族が有する特権についてデマだ!と仏国鉄総裁がテレビで声高に発言したり、「それでも本当w」とほうぼうから国鉄職員さんやらその家族が証言したりと、今となっては傍観者の我々にはどれが真実でどれがウソなのかも判断(できるわけがない、よそ者の員数外にw)。

もしマクロン大統領が国鉄職員について「過剰な」特権をあらため、収益に転換しようと言うのなら、こればかりはアンチおマクロンなわたくしでも「マクたん、たまにはいいこと言うぢゃんねー」とつぶやいてしまうわけで。というのも、もし本当に私の耳や目に届いた「国鉄職員とその家族は運賃全額無料」だったら、それは前近代的というか、なんちゃら帝國時代かよ?とついうっかり脳内に言葉が滑走してしまいます。半世紀近くも前、日本の国鉄で「順法闘争」があったことなど思い出したりもします。同時に、ココ、おフランスって何かと1789年の大革命を自慢する国であることも思い出し、あれは確か三部会という三角形やら、その三角形の底辺にいる平民が第一身分の聖職者や第二身分の貴族と立場が逆転した「美談」ぢゃなかったっけー?と・・・あ、そっか。だから平民にたくさんの特権が与えられて今があるのか・・・んなわけあるめぃ・・・ブツブツブツ。

このストライキではもちろん全国規模の労働組合が動いており、そこには極左政党の幹部が応援に訪れていますが、こんな特権を持つ国鉄職員に同情するキャウサウトーって矛盾してないか?と思いつつも、そーいや、コミュニストの世界には独自の外交制度と身分があり、上級の外交員には想像つかないほどの特権があるっぺな、と大昔、南仏でニフォンキャウサントーの上級党員の子弟とお目にかかったことをこれまた思い出しもしました。欧州留学に、海外に散らばる党員の瀟洒な家屋でのステイに、乗馬やらグルマンディーズな優雅な日々ね。まさにアノ女流小説家が書き残した世界さ。

話があっちゃこっちゃに飛び散りましたが、「特別な権利」が万民に平等に与えられることなんて究極の理想であり、それが長年続けば「当たり前」に化けてしまいます。ココんちあたりでは昨年の半ばに市内を走り廻る公営バスの運賃が無料になりました。誰が乗っても無料。そういうことが身近であったこともあり、私個人は国鉄職員とその家族のみに与えられている優待が「古い」と思えてしまうのかもしれません。

でも、なんだかなあ。
このストライキについて遠めに眺めてみると、この件に限らず、フランス共和国内に住む国民にはなんらかの特権が与えられていて、それぞれがそれに甘えて日々暮らしているようにも思えます。優遇、優待、特権で生活している人、ほうぼうで簡単に釣れるもの。そういう数多もらっている優遇や特権について配偶者であるガイジンに教えないフランス人も相当数いるし。そもそも、国父である大統領閣下には大統領特権なんてもんが存在するし。

なにが「自由 平等 博愛」だよ・・・あん?

本当にこのストライキが3か月も続くのか?
そして、職員が特権を手放さないまま終結するのか?

・・・もしそうならば、フランスって国際においてかなりの発展途上国ですわね。日本と比べるとどうだかわからないけれど、大韓民国より遅れている気がしないでもない。ったく、恥を知れ、です。


le 5 avril 2018, Irène

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by ma_cocotte | 2018-04-05 18:02 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(4)
「死んだらそれでオシマイのひとびと」にとっての聖夜
私にとっての今年の年末はなぜだか慌ただしく、それは「ポケ森」で遊ぶようになってしまったせいもありますが、少し立ち止まって考えてみたら、今年の待降節は12月に入ってから始まり、クリスマスイヴが12月24日日曜の日没から始まるので例年に比べ待降節の日数が少ないのですね(おそらく)。ココんちの室内の装飾はなんらしないままこんにちを迎えましたが、確かクリスマス近くになると朝市でヤドリ木が配布されるので、今年はそれを多めにいただくことにしようかしら。親戚縁者がいないヒトのクリスマスってこんなものでしょうか。24日の夜に教会に行けば、普段いらっしゃらない「熱心でないカトリック信者さん」方も多くいらして、どこか華やいだ雰囲気に混ぜてもらいながら、ごミサにあずかれればしあわせかも(と、タイプしている今、脳内には「ブラザーサン・シスタームーン」のサン・ダミア~ノでの礼拝シーンが感動的に。



カトリックヲールドで「熱心でない信者さん」と言うのは年に二回、クリスマスと復活祭にだけ教会に顔を出す信者さんを連想します。日本國で例えるならばお彼岸とお盆しかお墓参りしない感覚に近いかも。仏蘭西だとそういう年に二回しか教会聖堂の敷居を跨がない、いえ、違う、礼拝に参加しないひとびとの中には離婚経験者やら再婚済の方もいらして、カトリック教会での決まり事を知らないので普通に子供の頃に教えてもらったように聖体拝領したりします。ほれ、日本でクリスマスに教会に行ったら、みんなが列を作って何かもらっているので、自分もマネして並んでナニカをもらったよ、という話とほぼ同じ。これは無知による行いだから罪になりませぬw でも、もし該当者さんがカトリックでの離婚やら再婚についての決まり事を知ったら、この行いはアウトでごわす。ひとそれぞれに決して何もかもが同じにならない事情がありますから、私個人はクリスマスや復活祭だからと久しぶりに教会聖堂に足を運んだひとびとがそれをきっかけに「始まり」、いずれ通うようになり、「終わる」ようにひとりでも多くそうなりますように、と願いますけれど、悪魔っちゅう野郎は狡猾ですからね。そう簡単にてめぇの思い通りにはさせねえよっ、といぢ悪く微笑むのです。

ここで、おととい土曜の話。
いつもどおり旧市街の向こうに建つ教会で夕ミサにあずかり、その後、旧市街のクリスマス市を冷かしに行きました。市運営の小屋で1ユーロのヴァン・ショ Vin chaud、hot wine=熱したワインをいただいたところで、私の目の前でその小屋の木戸が閉められてしまいました。はい、閉店。土曜日最後の客がワタクシでありました。たった1ユーロのヴァンショですから、口に含んだところでアルコールが鼻腔に登って上手に飲めないし、ちょっと口に含んだところでワインとお砂糖、シナモンの単純な味を見出せますが、あっと言う間に体内からぽかぽかになり、この温かさを体内に携えているうちに家路につけばよろし、とクリスマス市を背に歩き始めました。

すると、旧市街の広場(ココは10年前は車道がありましたが、今は車道をなくし、ロオマのナヴォナ広場をシャビーにした感じになっています)の中心のドでかいクリスマスツリーの根元にヒトがうぢゃうぢゃいるのを発見。でも、何をしているのか、電飾だけの暗闇の中ではよくわかりません。たまたまそのツリーのそばに宝飾店があり、ガードマンさんがいらしたので「これはなんの集まりですか?」と質問したら、「コミュニストですよ」と即答。ああ、ほー、コミュニストですかあ・・・と脳内に単語が滑走。はい、飛び出てきたのは「共産主義者」。社会主義者ではありません、共産主義者です。

それをきっかけにドバドバ思い出したことは(まるで動かなくなった車のボンネットを叩いたら車が生き返るがごとく)、おフランスにおいて共産主義の世界ではクリスマスは「メシア(救世主)誕生の日」ではなく、「家族(=同胞ねw)と愛と絆を確認、深め合う日」なのです。仏蘭西だと社会主義左派から極左さんは12月24日夜から25日を家族や認め合った友人知人が揃って美酒美食をあおり、快楽と悦を極めます。彼らにとってクリスマスと復活祭は年に2度の「愛と結束を確認する日」で全員集まって互いの愛を確認し合うのね。そもそもコミュニストの概念には天国は存在しないので自らは「死んだらそれでオシマイ」、それゆえ「地上で(宗教を信じるバカどもが信じる)天国を実現する」のです、みんなで。こういうお祭りを広めた極左ユダヤん、たいしたもんですよ。余談だけれど、南仏はマルセイユ北部の小村の廃れた教会建造物を共産主義者が買い取り、そこを集会場にして、周囲に共産主義のひとびとが移住して地上天国を表す集落を造っております。地上ではありませんがパリの地下にある共産主義世界は有名だけれど、マルセイユにこのような地上天国実現村があるくらいですから、共和国内のほうぼうにこういう集落が点在しているのでしょう。

おととい土曜の夜、私が目撃した共産主義者さんたちのクリスマスツリーの下での集会には移民さんが多くいました。寂しい思いを忘れられたかもしれないし、こういう集いの直後にひとりに戻って寂しさが再び襲ってくるのかもしれませんが、今が喜びとしあわせでいっぱい!という気持が地上天国の実現のための石であり、木柱なのでしょうね。

傍観している私には彼らおヒダリさん方の思考がどこか途中で止まってしまっているように思えるし、それは例えるならばパウロの目にこびりついたウロコはたまた雪の女王の心かもしれませんが、もっとご自分の頭と心で智をもって思考を深めてみようよ、と。いくら深めても深めても終点は見えないとは思いますけれど。それもまた楽しいと思えるようにな(りたいですよ、アタシもw)



le 18 décembre 2017, Gatien


【追 記】クリスマスの日に救世主のご降誕を祝わず(または、祝えず)、家族愛をにぎやかに確かめ合うひとびとの家庭にはクリスマスツリーはあれど、プレセピオ(仏語だとクレシュ、日本語だと馬小屋飾りとでも申しましょうか)は飾られておりません。そういうひとびとの中にはクリスマスパーリーだと招かれた家にプレセピオを見つけると失礼にも平気で「気持ち悪い」「吐き気がする」「布でもかけて隠してよ」とおっしゃる方々もおりますので、要注意でありんす。そんな底辺を知っておりますと、ミュヂュルマン(=イスラム教徒)やユダヤんのご家庭でも原理教条主義でなければ、やんわりとクリスマスツリーを飾っているお宅もございます。まあ、ユダヤんの生活慣習だとたいていいずれの年もクリスマスとそんなにズレずにハヌカという光のお祭りがあります。窓辺に独特の蠟燭たてを置き、ハヌカ当日まで一本一本灯す火の数が増えていくというもの。エルサレムは砂漠ですのに、雪が降る。冷たい空気にハヌカの灯りは実にこころを温めてくれます。今年
2017年のハヌカは12月12日の日没からこんにち20日の日没までだそうです。
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by ma_cocotte | 2017-12-18 15:34 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
こうしてカトリックで生まれたからにゃ、カトリックで死ぬンだろう。
的な?w

« Comme je suis né catholique, et mourrai catholique »

この台詞は先の土曜に行われたヂャニ・アリデ Johnny Hallyday の葬儀での数ある弔辞の途中で私の耳に届いたものです。別にこれは生前のヂャニの言の葉ではなく、お仏蘭西のそれは壮大で麗しい歴史の中で多くの偉人が口にしたり、書き残したのだそうだ。カトリック家庭に生まれたのでもなく、今後果たしてカトリックとして死ぬかどうかもあやふやである員数外の私でしたが、この一文を耳にすると同時に、なぜか良心が喜び踊る感覚におそわれました。まるで聖母を迎えたエリザベトのように。ヂャニ・アリデの棺は仏蘭西時間の月曜夜にカリブ海に浮かぶサン・バルテレミ島の墓地に埋葬されたのでヂャニについての報道は昨日火曜の夜まで繰り返されました。ですから、こんにち水曜の朝から共和国内は「ほぼ平常運転」に戻るのではないかと期待しています。まぢ、本当に「もう勘弁しちくり」レベルのヂャニアリデ関連ネタの波で、あたしゃ、降参です。というのもですね、月曜の夕方遅く、義母から電話。なんでもヂャニ他界をきっかけに30年も前に離婚した元夫、つまりココんちの仏蘭西びと♂の父親に電話をかけ、二人で平和に語り合ったのだそう。このお二人はまさにヂャニ・アリデとシルヴィ・バルタンと同世代で、彼らの歌をBGMに出会い、恋愛し、結婚し・・・そして、彼らと同じように離婚しての今です。父親は再婚したけれど、母親は再婚しないまま現在に至る。双方とも、ヂャニ他界をきっかけに半世紀近く前のロマンスを思い出してしまったのでしょうねぃ。
はー、そこまでの影響力ですか。
こればかりはガイジンで員数外のあたしにはなんら「分かち合い」できないな・・・と改めて実感しました。

で、土曜のマドレエヌ寺院(なぜ寺院と和訳されているのか存じませんが、ココはヴァティカンにつながるローマ・カトリック教会聖堂のひとつ)でのヂャニの葬儀。マクロン大統領夫妻、オランド前大統領と現在の恋人さん、サルコぢ元大統領と現在の妻であるカルラ・ブル~ニに、現在のフィリプ首相が棺に近い席に並んで座ってらっしゃいました。参列者にはヂャン・レノさんやらキャロル・ブケーさんなど日本でも知られる俳優さんも多々。そして、家族席には亡くなったヂャニ・アリデの最初の妻であるシルヴィ・バルタン、元恋人でヂャニとの間に一女を産んだナタリ・バイェ、そして現在の妻であるレティシアが揃い、それぞれの子供、孫も列席。レティシアと結婚後、養子縁組したヴェトナム人の女児二人ももちろんおりました。おそらく、このお三方だけではなく他の元恋人さんもいらしたのかもしれません。ヂャニ・アリデとレティシアの市民婚を司式したのは当時、ヌイィ市長だったサルコぢ。

こうしてカトリックの聖堂で司祭方が登場してのヂャニ・アリデの葬儀でしたが、ミサではなく、カトリック用語で引っ張ると「みことばの祭儀」のみ。聖書朗読や仏訳を改訂したばかりの主の祈りは唱えても、信仰宣言は唱えず。みことばの祭儀のみだから聖体拝領も無し。聖体拝領がないことに気づいた時にココんちの仏蘭西びと♂は「ユダヤ人が多いから?」とつぶやいていましたが、ヂャン・レノさんや歌手のパトリック・ブリュエルさんはユダヤんなれど、ヂャニ・アリデとレティシアの最初の養女のカトリック洗礼の代父(仏蘭西では洗礼時、本人の性別がなんであれ代父母を選べるし、代父母以外に数名の代父母を選ぶこと、その代父母が異教徒でも可能なので日本のカトリックの習慣と異なります)だったし・・・とこちらの脳を動かしてみると、ああ、もしかして、家族席も政治家さんや芸能人さんのほとんどがカトリック教¨会では「聖体拝領禁止」のお立場だから?と邪推←第八戒に触れまくるw

葬儀のBGMは生前のヂャニ・アリデのコンサートのギタリストたちがエレキではなくアコースティックギタアで次々とヒット曲を弾かれ、ココ数日の追悼番組でうんざりしつつもヂャニ・アリデの歌がそんなに嫌いではない私には好感が持てました。聴いているうちに既に前世紀のことではあるけれど、ダイアナ妃の葬儀礼拝の音楽とどこか重なりを覚えました。ヂャニのヒット曲の合間にクラシックもチェロとピアノ、時には歌唱を交えてありましたし、聖歌隊がイグナチオ・デ・ロヨラのアニマ・クリスティを唄ったのも良かったです。

そうそうそう、葬儀中のどこだったか、カトリックの十字を右手で切るところで、オランド元大統領やマクロン大統領はまったく右手を動かさなかったけれど、オランドさんの恋人さんもマクロン夫人も十字を切ってたよ(笑。翌日だったか、カトリックの葬儀の習慣で式の最後に参列者が棺を聖水棒を持ちつつ十字を切り清めるというものがあるけれど、マクロン大統領がそれをしなかったと報道していました。棺に手を置いただけだったンですと。まあ、そんなマクロンちゃんもヴァティカンと仏蘭西との間の伝統で国家最高権力者に教皇から与えられる勲章はしっかりもらうらしいからね。たいしたもんだと思います。

葬儀をテレビでヲッチしながらつくづく葬儀っちゅうもんはこの世に残された者者の心を慰めるためにあるようにまず思えたし、いやいや、(ヂャニさんの奥様方とお子たちを眺めつつ)ヂャニさんの霊魂は未だ練獄にいるかもしれないからこうしてこの世に残る縁者がヂャニさんの少しでも早い天国入りをこうして祈っているのだと思ったりもしましたが、そうではなく、肺がんと闘い亡くなったヂャニさんは生きながらにして練獄を闘病のうちに経験したのだから既に天国にいるのさ、と想像したり。私だけかもしれませんが、ヂャニ・アリデが今の奥さんレティシアさんと結婚後、ヴェトナムの極貧の環境に生まれた女児を二人引き取り育てていることや、この晩年の数年間は磔刑の十字架の首飾りを常に胸の真ん中の位置に露わに見せていたことなど、ご自分の回心を我々にアピールしていたようにも思えました。放蕩息子のたとえが私のツルツル脳を滑走しました。そして、「カトリックとして生まれ、カトリックとして死ぬ」に至る、と。

ヂャニさんは養女に迎えた二人のカトリック洗礼もしっかり行いました。それを受け付けた教会側もたいしたもんです。私たちの目に見えない、知らない、わからないところで真剣な関りがカトリック教会とヂャニさんの間で続いていたのでしょうね。ヂャニの葬儀で、レティシアさんの首に磔刑の十字架の大きな首飾りがかかっていたけれど、あれはきっとヂャニが生前身に着けていた首飾りだと思いました。あんなに大きな十字架、きょうび高位聖職者が御身につけるくらいで、シスター方の十字架はどんどんちっこくなっているのにね。

ヂャニさんのお葬式、良かったと思いました、まる

RIP


書き忘れそうになりましたが、ヂャニ・アリデの棺が仏蘭西共和国本土からカリブ海のサン・バルテレミ島に移動しましたが、埋葬の前にはサン・バルテレミ島の教会でもう一度葬儀ミサがおこなわれました。二度も見送られるなんて、ヂャニさんって。やっぱ、葬儀っちゅうもんはこの世に残されたひとびとの心を穏やかにするためにあるのかもしれません。


le 13 décembre 2017, Lucie

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by ma_cocotte | 2017-12-13 18:40 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
こういう時 Assez! を使うのかなあ。
先日12月6日明け方に他界したとされるヂャニ・アリデ Johnny Hallyday の葬儀が土曜にパリで行われ、こんにち11日にはカリブ海に浮かぶ仏領サン・バルテレミ Saint Barthélemy 島の墓地に棺が埋葬されるのだそう。おそらくその埋葬をもって、お仏蘭西のテレビ業界は通常放送に戻るのではないかとガイジンの私は予想しているのですけれども(甘いかなあ・・・)。

土曜日は午前中に買い出しに出、お昼手前に帰宅し、テレビに火ぃ入れてとりあえずFrance 2(日本國に例えたらNHKの総合みたいなチャンネル)を選んだら、なんだか凱旋門を遠くにおシャンゼリゼ通りが大変なことになっているとしか想像できない映像が流れており、それが歌手ヂャニ・アリデの棺を乗せた車が葬式会場のマドレエヌ寺院までパレエドしているのだとわかりました。で、その番組が16時頃まで続いた。13時のニュウスも放映されませんでした。こういうの、個人的にはとても困ります。日々の報道についてはフェイスブックでも日仏全国紙それぞれに「いいね!」を押しているので次々と見れる(必ずしも私は読んでいませんのでw)ようにしていますが、ヂャニ・アリデの他界を境にフェイスブックにはヂャニのネタばかりで、それ以外の報道をそう簡単に見つけることができなくなってしまいました。こういうの、個人的には甚だしく困ります。

私はヂャニ・アリデが嫌いではありません。でも、ヂャニと同世代の義母は食事がのどを通らないほどのショックを覚え、涙も流したそうですし、ココんちの仏蘭西びと♂もテレビ中継を見て、涙ぐんでもいたし、朝から晩までスマホのスピーカーからヂャニ・アリデの歌唱を流すので(週末ってことも私には災いだったわけよw)、いや、もう、本当にサ・スフィ Ça suffit ! アッセ! Assez! 降参です。うんざり。

ちょっとココで小休止。
このネタをタイプしているだけで気分がちょっと。


le 11 décembre 2017, Daniel

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by ma_cocotte | 2017-12-11 19:09 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
昨日の結婚式
七月の第一日目。
昨日は午後4時から知人の結婚式でした。
ニオール市内に十近くある教会の中で最も小さな聖堂にてそのお式があげられました。
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先週後半までココんちあたりでは40度前後の熱暑の日が続き、6月最後の週は挙式前日まで暴風雨の日々。挙式当日の天気が心配でしたが、曇りがちではありましたが風雨は止み、気温も20度ちょっと。誰もが快適に慶事を迎えることができました。ほ。

さて、結婚式。
上の写真で背中を向けているお二人が新郎新婦。
新郎は隣村担当の郵便小包配達員。新婦はフランスの海外県グアドループの出身で、かつてパリのアンヴァリッドで仏軍大将方につくお仕事(事務官みたいなもの?)をなさっていました。このお二人、既に2008年だったか市民婚を済ませており、2歳半になる坊やがいます。市民婚から9年後の今、このお式は教会での婚姻になります。なぜ市民婚と宗教婚を同日に挙げなかったのか。それは新郎が無宗教だからです(今もそう)。彼は幼児洗礼も受けていません。なんと1968年生まれだそうですから、おそらく新郎の親御さんはもろに学生革命の影響をアタマに受けたのでしょう。だから、肌の白い、イスラム国兵士に十把一絡げで十字軍のレッテルをはられてしまいそうな新郎はキリスト教のキの字も知りません。一方のグアドルーペ生まれの新婦はまじめなカトリック信者で、地元のカトリック系の高齢者施設で毎日行われているロザリオ(=カトリックの数珠のようなもの)祈祷会の責任者でもあります。彼女の念願は教会で婚姻の秘跡にあずかることだったので、長年の祈りがようやく天に届き、良き日を迎えることができたのでした。こうして婚姻の秘跡(正確には旦那さまが信者ではないので準秘跡の扱いになるのかもしれませんが)を終えた彼女の次の目標は愛する旦那様がいつか洗礼を受けてくれることだそうです。お二人のひとり息子さんは幼児洗礼をすでに済ませています。昨日、彼女から聞きましたが新婚旅行はルルドに行くのだそうです。

なんとなーくですが、1968年前後に生まれて、それまでのフランスで当たり前だった幼児洗礼も受けずに成長した仏蘭西びとにはカトリックについて食わず嫌い、毛嫌いしているひとが多いので、彼女の旦那さまは子供の洗礼にもOKを出し、こうして10年近く経った今、教会での婚姻を受け入れるというのはかなり珍しいタイプに思えました。私は今回、聖堂内装飾と花嫁さんのブケーを作ることに関わったので、事前に彼に会う機会もあり、この点についてぶっちゃけたところ、ご自分はスピリチュアルやら不思議なことに興味があるので3回の結婚準備講座で指導司祭から聞く話も受け入れられたよ、とのこと。確かに聖書に書いてあることは「ありえねー話」ばかりだし、日本国で人気のアメリ・ノトンbなんぞ「聖書なんか童話ぢゃないの!」と鼻の穴膨らまして声をあらげますもんね。こんなことでも見下したらオシマイよ、なんだとあらためて新郎さんからの言葉を聞いて気づきました。
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↑ごミサの聖変化で跪く新婦と起立のままの新郎↑

挙式の後、場所をかえて、日本で言うところの披露宴があり、私も行きましたが、そこでもまた、日ごろごミサでお目にかかるご婦人方の配偶者に「お初にお目にかかります」という機会がゴロゴロありました。教会では子供を連れてミサにあずかるご婦人が結構いらっしゃっても、必ずしもご夫君がそばにいるとは限りません。もちろん必ず一緒に教会にいらしているご夫妻もいらっしゃいますが。フランスのカトリックの場合、子連れのご婦人であっても必ずしも夫君がいらっしゃると断言できず、彼女がシングルマザー、離婚経験者である可能性も「かなり高い率である」と言ってもいいくらいセンシティヴなポイントです。昨日、結婚したお二人だって、彼女と子供を教会でよく見かけても、彼を見たのは教会で近々婚姻することがわかってからです。よほど当事者と親しくならない限り、私生活がわからないのもフランス的かもしれませんが。兎にも角にも、昨日は教会のミサには絶対に現れなくても、おめでたい結婚式やら披露宴にはしっかり現れるパートナー方に会ったので、私としてはとても面白く愉快でもありました。

と、一夜明けた今日も今にも雨が降りそうな空模様で気温も20度あるかないか、初秋のようなココんちあたりですが、仏蘭西の世の中は7月に入ったのでおヴァカンスの始まり。誰もが互いのヴァカンス日程を確認しあって、次の予定を立てています。私は結婚式のお手伝いを無事終えて、今度は3日の夜にココから900kmくらい遠くのグルノーブルにお引っ越しするご一家の送別会のお手伝いです。仏蘭西では6月が年度末なので6月末日を最後に異動になる成人も多く、6月の終わりから7月はじめは「別れの季節」と呼べるかもしれません。

ちょっとしんみり。カレンダーも裏面にしなくちゃね。2017年後半の始まりです。


le 2 juillet 2017, Martilien




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by ma_cocotte | 2017-07-02 18:35 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)