カテゴリ:『?』なたわ言( 135 )
またもや、金曜日。
昨日は理由あって朝からココんちと旧市街の間を数度往復。午前中の野暮用のあと、ココんちに戻り、テレビに火ぃ入れたら、テロがカルカッソンヌ周辺で発生したという報道。
「また、金曜日ですか・・・」
これが、正直な私の最初の一言。いつのまにかテロ慣れしている自分に嫌気がさしますが、毎度、毎度、「イスラム国兵士」と名乗る方々によるテロは金曜日に発生するわけで(と、突然の純くん)。お昼ご飯を慌ただしくかっこんで、再び旧市街のむこうまで外出。午後5時すぎに帰宅し、テレビをつけると、犠牲者は二名から三名に増え、犯人さんは警察により射殺されたとのこと。これまた、毎度のオチですかねぇ。唯一、自爆もせず、射殺もされなかった容疑者さんについて今回の犯人さんは釈放を要求していたのでした。兎にも角にも、善意のひとびとが想定外のできごとで生命を失うということに私は猛烈な怒りやら情けなさを覚えます。うろ覚えですが、イスラームのひとびとにとって金曜日は(聖なる)祈祷日であって、午前中にモスクで礼拝にあずかり、イマム(=イスラームのひとびとを導く立場)の説教を聞き、市井に戻るのです。が、イスラム国兵士さんたちはそーゆー祈祷集会の後、なぜか平和を求めるのではなくヨソの宗教やら生活文化の中に生きるひとびとに攻撃をしかける・・・。こういう面も私のようなヨソ者、部外者には納得いかねー「こころの、思考の進め方」なンですなあ。と、ここまでタイプしたところで思い出してしまった。それは、3週間くらい前でしたか、おフランスの民放テレビ局でシリア国内のイスラム国がシリア政府軍ではなく民間の「民主軍(?だったかな?」に追いつめられていくドキュメンタリー番組を私は見たのでした。正味30分くらい。その民間のグループには銃をスマートに使う女性兵士も多々参加しており、彼女たちは前線で男性に混ざって銃撃戦に参加する一方で、逃亡するイスラム国の男性兵士に見捨てられた女子供のケアにも関わっていました。その「イスラム国兵士」の旦那(←ダンナという表現について私は好きではありませんが、あえてココでは使わせていただきます。)にほっぽらかされた女性たちの多くがシリア人ではなく、北アフリカ(マグレブ諸国ですな)を中心としたアフリカ大陸のイスラム教で育った女性や旧ソヴィエトのチェチェン(ココはイスラム教徒がマジョリティ)、旧ユーゴスラヴィアのコソボ(ココもイスラム教徒が多い)、アルバニアからシリアに「イスラム国兵士の花嫁」としてやって来た・・・表現が悪いですが「出稼ぎさん」なのです。難民キャンプで生活している彼女たちの中には(心の)目が覚めて、母国に戻ることを願っているひともいますが、ココで難問。それは彼女たちの子供なのです。イスラム国は独善解釈の教条原理主義者の集団なので、この国家の女性は働けない、ただただ悪い意味での内助の功をひとつでも多く達成する義務ではなく悪務が押し付けられるので、シリア国内で陥落する前の「イスラム国」内でそれは多くの新しい生命が誕生しました。ですが、その子供たちはシリアの国籍をもらってはいません。はい、現在、幼い子供たちは「無国籍」なのです。だから、母親が母国に戻りたくても子供たちは無国籍ですから母親と一緒にそう簡単には入国できないのです。← ココまで番組で見た自分。目が覚めましたね。ああ、そういう次元をまったく知らずに今日まで来た私、情けないやら恥ずかしいやら。で、無国籍の子供たちの母親にご自分の子供の国籍は?と質問すると彼女たちは口をそろえて「イスラム国です」と返事をします。おそらく、まだ洗脳が心身の方々に残っているので、こんな返答をするのでしょうね。世界規模の、または欧米の主だった慈善団体が彼らの生活や今後の生き方の援助に関わっていますが、そう簡単に取り残された、捨てられたかもしれないオンナコドモを成人女性の母国に戻せない。知れば知るほど多くの問題が山積みになっているのですね。昨日は午前中からカルカッソンヌでテロ事件(犯人さんは三か所移動しながら犯行を繰り返しました)がありましたが、私は旧市街のカトリック教会に寄っても警官ゼロ、憲兵隊ゼロという現実。この町はたいちょぷとでも過信しているンですかねぇ。そして、この週末、土曜の日没からおカトリック教会では枝の主日に始まる聖週間に突入します。明日ではなくその次の日曜日、4月1日が今年の復活祭なンですわ(と、突然の名古屋弁)。連日連夜、いろいろな行事が教会聖堂で行われますが、日一日と心清らかに、おだやかに、より強く平和を求められるひとに私もなれますように。おあとよろしいようで。みんなたち、どうぞよい週末を。よい聖週間をおすごしくださいませ。そんぢゃ。


と、タイプを終えたココで、昨日のテロで人質となった一般市民の身代わりとなった憲兵隊隊員が息を引き取ったとのこと。合掌。


le 24 mars 2018, Oscar Romero





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by ma_cocotte | 2018-03-24 15:33 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
ダメな人間ほど誰かを見下したくなる。
それがボクだ。
以上、今日の「越路吹雪物語」より。なんだかなあ。とてもタイムリィな台詞なので耳に入ると同時にドキリとしました。こんなことも私には偶然であっても、天においては必然であり、今の私に気づきを与えることを天主さまが許可したのでしょう。

ココ一週間、ヨソ様のブログでの炎上をきっかけに、というか、その炎上より前からうすうす気付いていたことだけれど、或るブログ主さんが発信するエントリー全てから伝わってくるものが異常なほど自己中心、自己賛美であり、一方でその方が他人を文章に乗せると必ず先ずは欠点を紹介し、ご自分との出会いを境に他人様が良く向上したということばかり。「なんだか、このひと、様子がおかしいぞ」と感づいてまもなくの炎上。炎上に気づいてすぐ両者の言い分を見ましたが(読んだ、と言えるかどうかわからない。何せあたしには読解力がない。だから「見た」)、一方はあるコメント交換がきっかけでブログ主さんからブロックされたこととそれについての私見がエントリーされており、私が「様子がおかしいのでは?」と感づいた件の方は昨日まで一日に2~3本のエントリーを繰り返しており、その内容はいずれも一方のエントリーを見たひとが気付く「それについての反論」であり「私は間違っていない、ポワンっ」なのでした。ブロックされちゃった方は半日もしないうちにその事実について触れたエントリーを消去してしまい、いつものエントリー送信に戻っていました。

私のような傍観者かつ員数外には、この ↑ 炎上とそれについての感想を半日掲載後に消去、気持新たにいつもどおりのエントリーに戻った方に安心を覚えますが、延々と自分はなんら間違っていないと相手の言い分の端々に触れてはアグレッシヴにブログ更新している方に不安を覚えます。一般論と言えないかもしれませんが、自分の計画や意向に反する方が現れて「ブロック」の行いに出るのは自分を安心させる手段に過ぎません。ご自分の心身が疲弊している表れです。だから、アグレッシヴな内容をいくら公開しても、傍観者にはブログ主さんの不安定さがどんどん見えてくるわけです。炎上があって後、一方がアグレッシヴになってからのエントリーのひとつひとつのロジックが崩壊するのも特徴なので、読み手は「何が言いたいのかわからない」と距離を置くのも毎度です。なんだかなあ。「一方聞いて沙汰するな」だから勝敗なんぞ傍観者が付けてはならないので「安心」と「不安」で表現してはみたけれど。アグレッシヴさん、気の毒と言うか、あわれと言うか。こちらも下手にRSSリーダーを利用しているのでブログ更新があればチェックするので一週間経っても日に2、3回のブログ更新で「私は正しい」を繰り返すオップレスに降参したところできょうの朝のRSSチェックでようやくそのブログの更新が止まっていたのでホっとしてまもなく、ドラマ「越路吹雪物語」での表題に挙げたこの台詞。・・・実に見事な時系列でありんす。

流石、天主さま、なんでもご存知、全知全能w
ヒトが何より恐れるのは自らが傲慢になることです。
自分の傲慢に気づけないひとほど気の毒で滑稽な存在はありません。
「主よ、あわれみたまえ」でがんす。
ですが、ヒトが傲慢に陥るのはあまりに容易いことも事実。
何より、誰よりも、私、傲慢について気を付けましょう。

さーて、きょうもはれやかに過ごすぞ。
明日の午後、灰をかぶって四旬節に入るだで。

・・・と、こんにち、マルディ・グラ Mardi gras。脂の火曜日です。明日は灰の水曜日、Les Cendres。明日の「灰の水曜日」を境に復活祭(今年は4月1日)まで節制するので、前日の今日は油脂たっぷりの食事をとる習慣が「ありました」。過去形にしておくわね。私もドーナツを買おうかな。鳥のから揚げもいいね。

le 13 février 2018, Mardi gras




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by ma_cocotte | 2018-02-13 17:01 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
立つ鳥跡を濁さず、そして黙って巣に帰り、
庭に穴を掘り、「王様の耳はロバの耳ぃ」と叫ぶのであった・・・・。昨日の午後はちょっとツラい経験をしました。事の始まりは先の土曜の夕ミサ。一年半ほど前、席が近くなったことをきっかけにごミサ前にあいさつするようになったマダムからご自宅でのお茶に誘われました。その土曜の夕ミサに集う常連さんの中でもそのマダムは品も話し方も装いもよその方々とは違い、私は勝手に「マダム・ヂェットセット」と綽名していました。彼女から渡されたご自宅の住所はココんちから旧市街を挟んで向こうにある運河沿いの邸宅です。教会聖堂のごミサでの環境だからマダムは日本でも仏蘭西でも「どこの馬の骨?」である私をご自宅にいざなってしまったのでした。もし教会ではなく市井でしたら、たとえ隣席であっても彼女は私を完璧に無視ですのに、聖堂内で知り合ってしまったからこんなことになってしまいました。本当に申し訳ないことです。昨日の午後はあいにくの雨になってしまいましたが、私は事前にお誘いを断る勇気が持てないままマダムのご自宅にお邪魔してしまいました。そこには土曜の夕ミサに必ずあずかってらっしゃるマダムもいらっしゃいました。彼女もまた、装いもお話の仕方も雰囲気もそんぢょそこらから飛びぬけてらっしゃる。お茶の時間はほぼ三時間に及び、その三時間の話題は私にとって別世界のことばかりでよくわかりませんでした。フランス語の聞き取りだけでもハンデなのに、お話の中身もまったくなんら共通点が見つかりません。お開きの頃には小雨がしっかりした雨になりました。お礼の御挨拶はしましたが、私が発する仏蘭西語が彼女たちに通じたかどうか、私にはわかりません。でも、「立つ鳥、後を濁さず」を心して行えた・・・かも、私の常識がそうであっても、彼女たちの常識では「ありえない」かもしれません。私にはわかりません。ただひとつ、三時間の間になんとなくわかったことは彼女たちはココんちあたりで有名な日本人女性と私を間違えたのかな?ということ。私はその日本人女性ではありませんので、共通の話題もまったくなく、本当に申し訳ないことになりました。私としては跡を濁さずに、まとまった雨の降る中、無事帰宅しましたが、いただいた美味しいお茶もお菓子も胃の中で上手におさまってくれたのかどうかもわからないくらい、胃がキリキリとしました。白髪も増えたかもしれません。子供ならまだしも、成人にとって別世界に長居は禁物だし、お互いのために、というかこういう状況で傷つくのは「馬の骨」側が常ですから、自分の心身のために気をつけねばとあらためて思いました。聡明なマダム方ですから、もう私に声をかけることもないでしょう。ほ。昨日の午後のお茶については「いい夢、見たぜ」です。さあてと、台所に行こう。ココんちあたりは昨日から一夜明け、今日は青空が広がりました。観ろよ、青い空、白い雲、そのうちなんとかなるだろう!です。le 1er février 2018, Brigitte de Kildare
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by ma_cocotte | 2018-02-01 18:19 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
今 コ コ、
と、タイトルの「今ココ」をタイプしつつ、「今ココ」の後は 。 ではなく 、 だよね、とぼんやり。「、」の方が「まだ続く」という感を持ってもらえそうな気がしないでもありません。ああ、そうか。もし「。」を使ったら、語り部はファイナル、終点間近にいるという印象を与えるかしら? うぅうううん。このような楽しみがあるのも日本語でござるな、しかし。


・・・と新年明けて第二日となり、ココんちの周辺は通常に戻っております。今、午前8時過ぎで、外は未だ真っ暗ですが、6時45分過ぎには始発のバスがココんちの横腹を通り過ぎた音が聞こえたし、通勤に向かう車が雨水で濡れた道路を滑っていく音も耳にしました。そう、もしかすると日本国でも報道されたかもしれませんが、共和国本土を冬の嵐が襲い、ココんちも元旦は大嵐の中で過ごすことになりました。あたくしは一歩も家から出ず、一日の歩数100歩に満ちたかどうかw この冬の嵐、カルメン Carmen と名付けられていました。冬の嵐はフランス語のタンペット tempête、英語のテンペスト tempest ですから、2018年の元旦を表すにはBGMをビゼーのカルメン、語りを円形舞台のシェイクスピアでイメージするなんてどうでしょう。

話は年末大晦日に戻りますが、31日の午前中、ココんちあたりは台風が訪れる直前だったせいか、それは陽気うららか、お空は真っ青という状況に恵まれました。小間使いのワタクシは31日午前中に旧市街の朝市で買い物をせねばならず、天気予報の台風上陸にびくびくしておりましたが、その時間にこの天気に恵まれたことはさいわい。もし実家にいたのならば、こういう陽気ならば明治神宮あたりの散策、それが1月2日だったら皇居に行きたいと思いました。ああ、お正月は日本の慣習が一番です。

というのも、こんにち1月2日。ワタクシは午後遅くにお医者様の外来予約が入っております。はい、おフランスでは1月2日から世間はほぼ平常営業となります。日本のようにお正月三が日はゆったりのんべんだらりと過ごすなんて概念が微塵もありません。これ、日本で生まれ育ったミーにはとてつもなくつらいし、こうして10年以上フランスという国に住んでもまったく心身がなじまず、というか、馴染まないというより拒んでいる感覚があります。

本当に正月三が日をだらだら過ごし、1月4日にいやいや出勤したところで半ドンで返してもらえたりしてね。帰りに銀座の初売りを冷かしたり。ああ、当時に戻りたいですわ(となぜか名古屋弁w)。ココで思い出すのが、初売り。私が子供の頃の東京あたりは正月三が日をしっかり休業するお店がほとんどで、そんな不便にも拘わらず、正月三が日に親戚縁者にご挨拶の訪問と(私の実家だけかもしれませんが)お墓参りをせねばなりませんでした。お店が全て閉まっているのにバスや電車の運転手さんが働いていること、子供ながらにとても気になっていたことも思い出します。でも、そんな不便さが「お正月らしさ」でもあったので、今でもなつくかしくなります。実家は辺鄙な土地にあったので、プロパンガスを使っており、なぜか年末年始にプロパンガスが空になったことがあった記憶も蘇ります。どうやってお店が開店するまで過ごしていたのだろう?そこが思い出せないけれど、今、こうして私は生きているので、何とかなったのでしょう。

正月三が日の閉店と言えば、日本橋室町の三井越後屋さんがこのお正月の実行を提案して却下されたという報道もありましたよね。なんだかなあ。室町の三井越後屋さんの初売りが四日というのは私にはなんら不思議ではないし、復活した方が良いような気もしていたのですが。そうは問屋が卸さない・・・とシャレになんねーぢゃんw

フランスでの新年はあまりにあっけなく、優美雅なんて実感する時間も与えてくれません。
ヤだねぇ、本当に。
「ポケ森」で寝正月のイメージをこさえて、元旦に余った食材をつまみつつ、我が心身を慰める・・・しくしくしく


le 2 janvier 2018, Basil



ところで、テレビ。
31日に「キタサンブラック 日本一への道」を最初に視聴してしまい、大感動とその余韻でしばらく動けませんでした。その後続いて視聴したのが「ガキ使」で、なんだろうね、普段の私の笑い声以外の笑い声を何度も発しました。ガキ使を見終えたのが元旦の朝で、続いてようやくの紅白歌合戦。椎名林檎さんのお気に入りドラマが「カルテット」だと知り、こちらは聴くと同時にムチ打ち級の頷き。私は今でも「カルテット」の余韻の中にあって、昨年春から今に至るまであれ以上のドラマに出会っていないンだもの。だったらさー、そこに松たか子に高橋一生にアリスちゃんがいるのだから、すずめちゃんを呼んで「おとなの掟」を唄ってよ、と思いましたよ。ああ、カルテットのDVD、欲しい・・・



元旦は「~ながら視聴」で紅白歌合戦を見終え、「笑点」を視聴しようと思ったところで睡眠。目覚めて、今ココなンですけれど、いえ、「今ココ」なのですけれど(註:私は書き言葉での「ん」が嫌いなのでわざと自分の文章では「ン」とカタカナに変換していたりします)、きょうはできれば「風雲児たち」を視聴できたらと考えています。これ、きっと、三谷さんが子供の頃にNHK金曜ドラマ「天下御免」をご覧になっていて、あのワクワクとした気持をご自分の脚本で復活させたのではないかと期待しているのです。私も三谷さんより年下なれどあの「天下御免」の面白さ、未だに日本一です。

ココまでタイプし終えても、未だ夜が明けない・・・。初日の出を拝める日はいつになるのだろう。


あ、2017年の晦日の夜、ココんちのお台所の電球が突然、爆発後他界し、翌日の大晦日に「これでは縁起が悪い」と電球を買いに出たことを思い出しました。その電球がLEDで、しかも進化したものを選んだので、想定外の出費となりました。と、わたくしの人生における年末の状況、あまり変化無し。おそらく今後もこのような年末の突然の出来事が繰り返されるのでしょう。でお・ぐらあしあすw

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by ma_cocotte | 2018-01-02 16:32 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
r の 発 声、rrrrr
今年2017年、平成29年も余すところ二日と数時間となりました。
一身上の都合により、今年十月の終わりから口腔のリハビリに通うようになりました。昨日(28日)は今年最後のリハビリで、第六回目。
学生時代に日本でも仏蘭西でも音声学をかぢった私には口腔のリハビリはなかなか興味深いです。というのも、私(のため)のリハビリの中に発音矯正訓練が含まれているからです。訓練している最中に音声文字が脳内をかけめぐることも毎度です。ワクワクしちゃいます。

こうして私が口腔のリハビリで発音矯正を経験しているのはフランス共和国内ですので、発音やら発声もフランス語のためのものになります。このあたりも非常に興味深いし、日本語との違いを訓練のたびに改めて知ることにもなります。抜本的なことになりますが、仏蘭西語と日本語では舌の定位置が違うのです。これに気づいた時は驚きました。そして、基本の母音ですが日本語は5音(アエイオウ)ですが、フランス語は6音(ア a オ o ユ u イ i エ é ウ e )です。カタカナでユと書き表しましたが、ユが最も近い音で正確な音を日本語のかなで充てることはできません)。フランス語の母音は確か鼻濁音を含め16音ですが、基本はこの6音。これに子音やら舌の位置が組み合わさってフランス語の響きになるのです。

口腔のリハビリでは舌の位置を改善するためにしばらく L, N, D, T に6母音を添えて訓練します。初回から5回目までかなりの優等生で来た私でしたが、第六回目で見事つまづきを覚えました。なぜかというと r と6母音の組み合わせの発声訓練に入ったからです。日本語には R と L の違いがないことを一応、担当医にお話しましたが、わかってらっしゃるのか、どうでもよいことなのか・・・それは私にはわかりませぬ。が、しかし、音声学をかぢったヒトとしては今回の R の発声について苦労を楽しんでいます。

日本語は「らりるれろ」のみですし、R については厄介なことに英語、ドイツ語(わたすの日本での学生時代の第二外国語)、イタリア語(高校時代に習った)、フランス語それぞれの発音発声が異なるのです。大昔、ドイツ語の先生が r の発声について説明された時、確か私の記憶が確かならば仏語より手前でのどを鳴らす、とおっしゃっていたような(逆だったかしら?あれ?)。そして、昨日の訓練でも先生が私の目の前で R のみの発声の見本を見せてくださる。文字に表すと、

rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr

です。見本を見たら、すぐに真似をするのが私の立場ですから、すぐに聞こえた音を私の頭蓋骨やら顎やらのどやらを動かして作り出してみましたが、どうも「違う」ようなのです。再び先生の発声「rrrrrrrrrrrr」を目の前にしてすぐ私も音を出しましたが、意識し過ぎたせいなのか鼻腔が動いているのがわかるのです。先生にそれを話したら、鼻腔を使ってはならぬとのこと。フランス語のRはのどのどこかの筋肉が震えるというか動いて音となるそうで舌は動かさないで、s子音と同じく下位置固定らしい。以上を伺って、舌の位置を固定し、鼻腔を動かさずに、rrrrrの音を出すのですが、今の私には上手にできません。先生が優しい方で次回には今より良くなっているだろうから、と私を見送ってはくださいましたが、その後ずっと、思い出してはrrrrrrの音を発声していますが、いかがなものでしょうか。素人ながら思うに、ですけれど、日本人の私には概念にない音ですから、もしかすると私ののどにはrの音を出すための筋肉がまだ無いに等しいのかもしれません。となると、やはりこの機会に先生の指導で私ののどにrの音を産み出すための筋肉をつけなければならないのでしょう。

できればrを発声できるようになりたいです。

この年末はrrrrrrrrrrrを口からこぼしながら雑務に励むことになりそうです。
私が口腔リハビリにめげたり、飽きたりして、途中放棄なんてことになりませんように。





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by ma_cocotte | 2017-12-29 22:31 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
散文で、
どうにも散文で小刻みに同じ音が繰り返されるのは読み難い。
私だけでしょうか。
和文だけでなく英語の論文でも、例えば一度 But を使ったら、以降は別の単語を選ぶよう指導されます。
韻を踏むのは詩歌であり、散文は読み手に広がりを持たせつつ主題から逸れないチカラを求められるのではないでしょうか。散文で小刻みに同じ音の繰り返しというのは読み続けるのがいやはや何とも、正直クドさが先に立ちます。「また?また?またあ???」と読み続けるのが難しくなります。

以上、ワタクシの場合、中高で繰り返し、そして、大学の基礎課程で習った、まる

小論文だろうが論文だろうが基本中の基本ぢゃないのかね・・・ったく。

でも、どうしたって、日常の中で口癖が常に生まれ、それが文章に出るのもまた必然です。だからこそ、詩歌ではなく、散文にそれが影響するわけで。先日、ココで愚痴った漢字の用い方はじめ「レ抜き」や「ん」の多用なども含め、文章そのものの組み立ても忘れないよう、私は気を付けなけれヴぁ。

こうして今になって国文学を選択すればよかったと悔やむことが増えました。学生時代の友人が(今もフェイスブックでつながっておりますが)、ご夫君の海外駐在を終えて帰国後、東京都内の大学に復学。各国語訳を比較しながらの国文学を専攻し、この着眼にはたいしたもんだと思いました。外国に住んではいても、美しい日本語を表現したいものです。


le 26 décembre 2017, Etienne


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24日は日没後まもなくのごミサにあずかりました。ちょいとしたお役をいただいたせいで最前列に座ることになりましてね。地元の市長閣下もお出ましで緊張いたしました。いつものごミサと異なり献香があったので、久しぶりに抹香の薫りを覚え、うれしくなりました。我が体内の悪魔よ、去れw 


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by ma_cocotte | 2017-12-26 16:36 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ
崇徳院ざますよ、崇徳院。
この9月から始まったNHKの朝の連ドラ「わろてんか」。
NETぢゃないテレ朝の連ドラ「トットちゃん!」が最高に面白過ぎるせいか、「わろてんか」については挫折寸前の私でしたが、今週の「われても末に」は意外にもハマりました。だって、崇徳院ですもの、崇徳院。

崇徳院で私が思い出してしまうのが、2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」での崇徳院です。井浦新サマ演じる崇徳院。最後の妖怪っぷりは怪演とはまさにこのサマと思ってしまったのはワタクシだけではあるまい(え?ワタクシだけですか?)。

百人一首でも、落語でも、崇徳院の歌が、何でしょうね、心にしみいります。
詠み終えて、自分の呼吸をおぼえるとでも申しましょうか。余韻。

朝の連ドラはハッピーエンドの土曜となり、めでたし、めでたし。
来週も続けて視聴する気になれました。


le 16 décembre 2017, Alice


余談ですけれど、私、大河「平清盛」のオープニングが大好きで、元気が欲しい時に聴きたくなります。
太鼓がたまらんとですなのです。




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by ma_cocotte | 2017-12-16 21:07 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
ご存知、紀貫之は土左日記の冒頭でありんす。
女学校での国語、大学での国文学の授業で私は古文、漢文を楽しみ学びましたが、この紀貫之の土左日記は数多の古典の中でも未だに愛着ある作品です。日の本初の日記文学だそうですが、その内容だけでなく、男性である紀貫之が漢文ではなく女性に倣ってかなで文を綴ったことに、当時、女学生の私はとてつもなく感動しました。確かに紀貫之の時代から千年以上経った今でも、鉛筆だろうと、万年筆の深い青色のインクだろうと、筆であろうと、ひらがなの流れゆく様は本当に美しいし、それが縦書きだといっそう美しさを増します。これが千年以上も前の日本では女性の特権だったわけです。やっぱ女性の才や力って武家の誕生のせいでどんどん弱められるというか、内に籠るよう仕向けられてしまった気がしてなりません。再び平安中期以前の女性の強さが日本に蘇ることはあるのでしょうかしら。

と、ココ数年、四次元のブログ世界を徘徊していては土左日記の冒頭と女学校時代の古文の先生が教えてくださったこの日記が誕生した伏線の話題をやたら思い出していたワタクシ。

というのも、ツルツル脳の私には理解に至らないままなのが、ご自分は美しくエレガントになりたいと公開で宣言しているのに、そのブログに書き綴られる日本語が漢なンですわ。そう、男なのです。どうしてそういう印象を私が筆者に対して持ってしまうのか拝読していてもしばらく気づかなかったけれど、ようやくわかったのは漢字が多いというか、(日本の)女性らしくない漢字使いをなさる。例えば、「ございます」を「御座います」と充てたり、「ごきげんよう」に「御機嫌よう」と表したり。それはまるで歌舞伎の女形さんはたまたお水の世界の方のよう。ああ、お目にかかったことはありませんから、もしかしたらそのブログの筆者は実は女性ではなく男性なのかもしれません。日本語の文章はまこと不思議なもので漢字の使い方、充て方を間違えると、その言の葉の表現者についてごっつい、いかつい印象がまとわりついてしまいます。紀貫之さんが漢文の才がバリバリであってもなぜかな遣いを選んだのか、ご自分の才をなぜわざと引いたのか。女性のようなたおやかな丸みある印象を醸し出す文章でご自分が見聞した世の中を描き伝えたかったからでしょうね。漢文でも情景描写はできなくもないのに、それでもひらがなを文章に散らばすことを選ばれた。確かに現代文学でも記事でも漢字が多いとゴツゴツした岩のイメージに近くなります。ひらがなを上手に使うことで岩は丸く、手に取りやすい石となります。なるほどねぇ。

そんなことをココ数年、つらつら思い巡らしている私がしばらく好んで視聴しているのが「プレバト」の俳句でして、先生が漢字の充て方、ひらがなへの書き換えなど読み手がどう想像を広げていくのか、それを書き手の伝えたいこととどう合致させていくのかを俳句の添削を通して教えてくださる。先生は時に漢字はやはり読み手に誤解を与えかねないとおっしゃる。もちろん、逆に、雄々しいバックグラウンドならばひらがなを漢字に換えれば効果ありとなります。俳句でもブログのような場所でも、読み手にどのような印象を与え、想像を広げさせるのかは発信者のチカラなのでせう。

つくづく漢字、ひらがな、カタカナがあり、凝り固まった文法ではなく、倒置や省略あっても通じる日本語は美しいし、それらの使い方、用い方について使い手の自由意思やら意志が重んじられることもすばらしいです。でも、そのせいで文才やら文章のセンスがそれぞれの個性のひとつになってしまう。誰一人として同じ重さにはならないという神秘。善くも悪くも日本人に生まれ育った運命だか宿命に、でお・ぐらあしあす。

今世紀に入ってからずっと日本國の外で生活している私の日本語はどうなのだろう?とこの頃よく考えるようになりました。

オノ・ヨーコさんが長く日本を離れ、NYCにお住まいだったことで、学習院女子部育ちの彼女の日本語は美しいよ、とウワサが私の耳にも届いていたりもしますが、そんなことを思っていたら、数日前のゆりやんレトリィヴァちゃんの「昭和の女優」やらドラマ「トットちゃん!」の徹子さんのお話っぷりが脳内滑走してしまい、笑いが止まらない・・・あたしゃ、爆笑ヨーグルト婆さんですわ。結局、オチはそこですか・・・。

美しい日本語が恋しや、ほーやれほ。

ゆりやんの「昭和の女優」、見直そうw 
ぢゃなくて、本棚から美しい日本語を見つけだそうではありませんか。三島さんや太宰さんの小説での女性の台詞はまっこと美しい。昭和の、原節子さんやら久我美子さんを思い出しては重ねる感じ? とかなんとか書き連ねつつ、身の程知らずの自分と向き合い、泣けるわな。あのお話のテンポや発声はそう簡単に身に付かぬ。けど、ゆりやんの「昭和の女優」モノマネに「もしかして私も身につけられるかしら?」と勇気付けられるわね。うふふ。


le 15 décembre 2017, Ninon






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by ma_cocotte | 2017-12-15 21:45 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
この世界の片隅に、トットちゃん。
昨日の午後遅く、ココんちから車で20分ほどの町まで映画「この世界の片隅に」を観に行ってまいりました。
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これが映画館。なんだか良い感じでしょう?
本当は日本語のまま上映で仏蘭西語字幕のはずだったのに、なぜか仏蘭西語吹き替え版が上映されることになってしまいました。突然私に襲ったハンデではありましたが、ニフォンで産まれ育った私には既に戦前戦中の知識や情報が脳に刻まれていたのでかなりの理解に至れたのではないかと思いました・・・けど、どうかなあ・・・。偶然ですが、2011年1月の里帰りの時、私は広島と呉を訪問していたので、それも今回の映画鑑賞の大きな助けになりました。それこそ大和ミュージアムで当時の資料を丁寧に拝見し、心よぢれ、涙目になったことも映画を見ながらどんどん混ざり合いました。

そして、一夜明けてきょうの朝ですよ。(って、ただ今、午前9時半を周ったばかりですが)
昼ドラ「トットちゃん!」を視聴しつつ、泣けた、泣けた、泣けたあ・・・。週明けすぐにこんなにドラマチックで良いの? 病院に慰問に行ったトットちゃんの歌声に号泣する兵隊さんたち、そして帰宅して愛犬ロッキーが徴用されたことを知ったトットちゃんの号泣に視聴しているこちらも涙、涙、な~みだあでございました。偶然とは言え、昨日の夜の「この世界の片隅に」から「トットちゃん!」の流れに乗ってしまったわたくし・・・ハアドすぎまする。ただ、よくわかることは国の言いなりになる、国を信じて疑わないひとびとが戦時中にいたこと。それは事実です。

そんな思いに浸っている中、昨日日曜、日本国内で行われた選挙結果を知り、我が心身よぢれる思いを実感している今現在です。
なんかをかしくないかい?
週末から投票日当日に超ウルトラ大型台風がぶつかると事前に予報を聞いていたので、これは自民&公明党が優勢だとわかっちゃいたけれど、大勝ってゆーのがどうにも納得行きません。首相続投なのでしょ?例の大阪の開校予定だった私立小学校で児童に教えることって教育勅語も含まれていましたよね。戦時中のトモエ学園で拒んだ当時の教育が21世紀から16年も経った日本国内で美化されているってどうかしていませんかね?

ほんと、気持ち悪い、まる


le 23 octobre 2017, Odeline




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by ma_cocotte | 2017-10-23 16:46 | 『?』なたわ言 | Comments(2)
祈りに祈って、天に聞き届けられて
おとといの結婚式。

新郎の親族は誰一人参列しませんでした。母上は隣町にお住まいなのにまったく現れず。
新婦の親族は2歳半になるお二人の息子のベビーシッターも兼ねてパリ近郊在住の実の妹さんがひとり。グアドループに住む母上は欠席でした。
だから、聖堂には主に新婦が地元のカトリック共同体で関わるひとびとが集まっていました。地には善意のひとに平和あれ、ですな。
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↑婚姻式が終わった直後、縄紐を引っ張り手動の鐘を鳴らす司式司祭↑

そもそもなぜ私がこの結婚式に関わったのかと言うと、一か月ちょい前にたまたま「久しぶりにココんち近所の教会のミサに行ってみようか」という気持になり、久しぶりの近所のミサで新婦に会ったのです。彼女とはしばらく前から挨拶を交わす程度の間柄でしたが、その彼女が近寄ってきて近々、教会で結婚することになったので婚姻ミサに参加してくれるよう私ども夫婦に話してきたのでした。その時の雑談で、彼女がひとりで結婚準備をしていること、彼女は地元出身ではないのでお店を見つけるだけでも大変でインターネットを頼りにしていることがわかりました。そこで「私にできることは何かないかな?」と思い巡らして、私から聖堂内装飾やブケーなどお花について手伝えるかもしれない、と話し、その場で私の連絡先を渡してその日は別れました。

ココんちから最も近い教会は毎月第一、第三日曜しかミサをささげていないし、6月の第三日曜を最後に9月まで閉鎖とのこと。私はこの一年、土曜の夕ミサにあずかることを好んでいるので滅多にココのミサにあずかっていないし、彼女はココで必ず見る顔ではありません。だから、たまたま久しぶりに会ったところで近未来の教会での結婚の話もどこまで本当かどうかもわからず、こちらは連絡先を渡したのだから、あとはなるようになれの気持でした。

それからしばらくして、6月の半ば手前にココんちのポストに結婚式の招待状が入っていたので、それをきっかけに連絡を取ると、新婦からあらためて結婚式のお花についてのお願いがありました。最初の打ち合わせは6月19日の午後4時、彼女の家で。この日の午後、温度計は42度を指していました。だから、この暑さがいつまで続くのか、もし挙式日の7月1日までこの酷暑が続いたらどうしましょう!と先ず悩みました。しかも、昔の聖堂ならば石造りなので外気温より10度近く低く、ひんやりと花を守ってくれますが、結婚式を挙げる教会は最近の建造物だから室内の温度も湿度も外気の影響を強く受けます。これらについては結婚式が午前中ではなく午後の、それも午後遅く16時に行われることになっていたので、前日までに揃えた花はガレージに保存し、もし当日、しおれていたら臨機応変に私が近所の花屋さんを巡って補うことにしました。
そして、ブケーについては花嫁さんの希望や夢はあれど、いちおうこちらからドレスの裾の長さや膨らみ具合を質問しました。

その時に新婦から、ご自分はとうとう教会での結婚が実現することになったのに、何もかもうまく運ばず、そのことを祈りのうちに神さまやマリアさまに相談していたら、突然、あなた(=まここっつぁん)からお花のお手伝いの提案があり驚いた、と。そして、ドレスについては3回ほどあった結婚準備講座に参加し、そこには複数のカップルがいたけれど、講義後の食事会での雑談で他の女性たちからドレスはどこで買うのか?あーだ、こーだと金額が絡む話題ばかりで疲弊してしまい、神父様には講座には参加しても講義後の食事会は欠席することを伝え、そういう気持についても神様やらマリアさまに祈り伝えたそう。すると、突然、彼女の知人からサント Saintes (ユネスコ遺産で有名な大聖堂がある町)に良い花嫁衣裳屋さんがあると情報が届いたのだそう。

そして、お花の話題に戻れば、結婚式の直前になり、いつもお世話になっている修道女から修院の庭に咲くマーガレットの花を根元からごっそり切ってくださった・・・のも祈りのおかげ~だそう。

いや~、お祈りってすごいですね。

それだけで驚いちゃいけない。
私に届いた招待状には結婚式後の披露宴先に国鉄駅そばのレストランの名前がありました。ココはなかなか評判の良いお店で、ココんちでも誕生日や結婚記念日に何度か選んだお店です。けれども、このお店、確か土曜日は完全休業ではありませんでしたっけ?・・・と、そのことも私が彼女に話したら、それもお祈りが通じて実現したのだそう。なんでも新郎新婦お二人でこのお店でお食事をしたらあまりのおいしさに感動し、その場でお店に7月1日土曜の夜のパーティーをお願いしたけれど、その時は「その日は休業日だし、調理人がヴァカンスに入るので」とやんわり断られた。ところが、数日後にお店から電話があり、調理人さんのヴァカンスを一日繰り延べしたので土曜の夜、特別に開けましょう、と話があったのだそうです。

これには私もヴぃっくりざます。彼女曰く、これもお祈りのおかげ。
こういうことってあるンですね。
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↑お店の立て看板に Soirée Privée の文字↑

もし私だったらこういうことがあっても「らっきぃ」としか思わないけれど、何事にも祈りが聞き届けられた、と思えるのは凄いことだと思います。
そんな新婦が結婚式の準備で子供のように駄々をこねたことがひとつ。
それは聖堂内の聖母像に飾る花を祭壇下の花より豪華にしたいということ。

これはダメ、ダメ、ダーメでしょう。
私が断ったら、彼女は「だって私は神様より聖母に向けていつも祈っているから」と。私は彼女に「でも、あたし、聖母教ぢゃない」
聖母は我々の祈りを神さまに取り次ぐのであって、実現を決めるのは神さま唯おひとりってことを忘れちゃいけねーよ。そもそも結婚式だって聖母像の前でなく、祭壇の前で行われるのにさ。ぶつぶつぶつ。

それでも、新婦は頑なに譲らず、百合の花は聖母だけに飾ることになりました・・・・
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私が最初、聖母像の花を最も華やかにすることに意見したことで、装飾の準備に取り掛かった金曜午後の初っ端に彼女から聖母像の花はご自分で造ると強い申し出があったので「どうぞ、お好きなように」と返事し、私は自分の仕事に取り掛かっていたのですが、ほどなく彼女からギブアップの声があり、イチから私が生け直したのでした・・・。これは祈りのおかげなのかなあ・・・違う気がするけど。

いずれにせよ、結婚式も披露パーリーも無事に終わり、このヴァカンスの間に新婚旅行を兼ねてルルドに旅をする。もちろんそれは聖母へのお礼参りというのは彼女の中でロジックだろうし、彼女のすべての望みと願いを拒まずに助けたご夫君はたいしたもんだと思います。残るは彼の洗礼のみとなりましたぜ。祈りはいつ届き、取り次がれ、聞き入れられ、実現するのだろう。楽しみ、楽しみ。


le 3 juillet 2017, Thomas


余談、
偶然ですが、こんにち7月3日は聖トマの記念日。このトマはじーざっさんの弟子のひとりの疑り深いトマです。だから、今日の典礼の福音朗読はヨハネ26章の24から29節なンですね。なーんだか、本文のなんちゃらに通じる気がしてならない。私はほんと、見ないと信じないひとだなあ。
ヨハネによる福音
20・24十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。25そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」26さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。27それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」28トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。29イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」




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by ma_cocotte | 2017-07-03 20:31 | 『?』なたわ言 | Comments(0)