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カトリック教¨会分裂の予兆でせうか。
昨晩から次々と飛び込んで来るこの話題。


ヌゥヴェル・アキテエヌ地方にはボルドー大司教区、ポワティエ大司教区という二つの大司教さまがおわします教区がありますが、ヌゥヴェル・アキテエヌ地方の北部に位置するポワティエ大司教区の長上様がこのたび、カトリック司祭の妻帯について賛成であると表明したのだそうです。

うへぇ。

あくまでもカトリック傍観者である私の冷ややかな眺めでは、ヒトが決めた国境を取っ払ったカトリックヲールドに生きるエラいお坊さんはもちろん、そういうエラい身分にはなることがないひとびとの中には相当数、「司祭の妻帯について《絶対》反対」と智を持って叫ぶ方々がいるので、どこぞの大司教様がフランス語だかなんだか知りませんけれども、兎にも角にも「司祭の妻帯について賛成」と公言したことはスキャンダアルになる可能性大かもしれません。

しっかし、カトリック2千年と数年の歴史において、教会分裂を連想される事件はアヴィニヨンと言い、ルフェエヴリストと言い、仏語圏で生じる率が高過ぎではないでしょうか。そうだからこそ、「カトリックの長女」と綽名されるのかもしれません。こんにち廃れつつありますが、長女=大姫さんの発言はどんなにとんちんかんでも絶対だったりしますものね。

・・・とはいえ、なんだかな。

ヴァティカン、どーなっちゃうンでしょー。


le 12 mars 2019, Justine

by ma_cocotte | 2019-03-12 00:01 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
神の名をみだりに唱えることなかれ。
こんにちは木曜日。
3月第一週の後半に入りました。
先日、ココに書き散らかしましたとおり、今週前半はカトリックヲールドでの修道女が鍵語のスキャンダルでおフランスでは大騒ぎとなり、そして、こんにちは朝一番のニュウスからトップはリヨン大司教であるバルバラン枢機卿に判決がまもなく下る、というもの。そして、お昼手前にはフェイスブックの私のヲールには次々とバルバラン枢機卿におかれましては司祭による性暴行について報告を怠った罪で、執行猶予ありとは言え有罪と知らせが届きました。

午後になって、バルバラン枢機卿がヴァティカンにおわします教皇に辞任願いを届けたとかなんとか。

んで、今週の前半の「司祭による修道女への性被害」と今日から騒ぎになっているバルバラン枢機卿への有罪判決で、共通していることは司祭が青少年、修道女にやたら神の名を出して命令を繰り返しながら行為に至ること。さらに、映画にもなったリヨン大司教区でのペドフィルスキャンダルでは高位聖職者に事を訴えた家族、知人に対してもやはり「神(の恩寵)において」とかなんとか先ず口から出して、目の前で涙にくれる世俗を弱らせ、追い払う。

なんなんだよ、これ?

と、ついうっかりボヤいてしまう私がおり、そのつぶやきと同時に十戒の「汝、紙の名をみだりに唱えることなかれ」の一文が脳のどこかからよみがえったのでした。確か小学4年の時に生まれて初めて暗記しました。だから、「~なかれ」と当時の文のまんま、脳から出てきた。この十戒なるものはモーセが神からいただいた啓示で、ユダヤ教、キリスト教、イスラームで信じられ、大切にされているものです。キリスト教だけぢゃないのだよ。

で、話戻って、カトリックスキャンダールs。
どうにも聖職者がやたら「神」の単語を口から出すことに引っ掛かりを覚えます。「神」の名を出して、行為を「強いる」「命じる」の繰り返しって洗脳の方法のひとつではないかしら?と。でも、そーいや、私が耶蘇女学校に在籍していた当時はシスターがやたら「マリアさまが」と先ずおっしゃってから、あれこれせよ、それが善行よ~♪みたいな流れが慢性していたかも・・・。
もうひとつは今世紀のはじめだったか、南仏でユダヤんやミュジュルマんの方々と交流あったので、彼らが「カトリックはやたら神の名を口にする」と批判しながら、改宗に誘っていたことも思い出しました。今になって彼らの意見に「だよねぇ」と相槌打てる私がいます。ユダヤんも、ミュヂュルマンもその点に気を使っているひとびとは安心で、やたら「アッラーアクバル (神は偉大なり)」とか「エンッシャッラー (神に感謝)」をお口から出すミュジュルマンさんに警戒すること、多いものね。この二つのフレーズ、特に「アッラーアクバル」はイスラーム原理教条主義過激派のお決まり文句だもん。

兎にも角にも、次々と明らかになるカトリックスキャンダルを見聞しながら、正直、胸糞悪い、吐き気をもよおす感覚に襲われている私です。同時に次のスキャンダルの波はいつ、どんな内容なのだろう?と、早けりゃ来週はじめには新しいスキャンダルが明らかになりますね。今年のペースだと。

バルバラン枢機卿の件ですが、以前、どこかにも書き殴ったかもしれませんが、リヨン大司教区の上長として、俗世っぽく言えば部下の性癖を見聞したら、その部下を異動もせず、現職のままと放置したのは明らかにマズいことだと傍観している私の感想です。被害者の家族や知人または小教区のおエラいさんから話があったとして、それをすぐ公言せずとも、加害者と被害者の間に距離を置き、一生会わずに済むような人事も長上さまならできたでしょうに・・・と思うのですが、はい。バルバラン枢機卿の場合は聞いたところでなーんもしない、動かなかったそうで。そりゃ、ゆるされないよ、でしょ。

以上、尻切れトンボに閉めます。


le 8 mars 2019, Jean de Dieu

by ma_cocotte | 2019-03-08 00:44 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
お話にならないお話
こんにちは2019年3月6日。
仏蘭西の暦でこの日を見ると Cendres サンドルとあり、これは和訳すると「灰(の水曜日)」というキリスト教につながる儀式を行う日です。この日から日曜を除く40日間、四旬節(←これはカトリック用語で、聖公会では大斎節と呼ぶそう)という節制期間となります。特にこんにち灰の水曜日は西方教会においては断食を行う習慣があるので、前日(つまり、昨日)は仏蘭西だと「Mardi gras マルディ・グラ」、=油脂の火曜日と呼んで、人民は脂で揚げたものを食べ尽くして、翌日の断食に挑む伝統がありました。四半世紀ちょい前まで、仏蘭西ではこのマルディ・グラの日に仮装したお子たちが近隣を周ってお菓子をいただいていましたが、今はもうそれはほぼ真っ白で、誰もが察するとおり、今は10月31日のハロウヰンに替わってしまいました。が、地中海側の市町村では今もこの時季にカルナヴァルを催してもいます。どうか、廃れませんように。

で、昨日。油脂の火曜日の夜、仏蘭西と独逸の共同運営テレビ局ARTE アルテで、こんなドキュメンタリ&調査番組が放映されました。


ヒトが決めた国境を取っ払らった、「カトリック教会」の世界の中であった司祭による修道女への強制性愛についての報告集です。番組は全編97分。今週に入ってから、この番組について話題にするテレビやラジオ番組、雑誌、新聞が多々あり、昨晩の放映が実行されました。

内容は非常に視聴者側の心身苦しくなる・・・これは私の印象ですから、ヨソのひとびとの中には快感を覚えるひともいるのかもしれません。ココんちあたりはアテ(無神論ちゅうか否神論者)がゴロゴロいるので、きょうあたりは飽食しながら高笑いで教会批判すンだろうと容易に想像もつきます。それもまた夜も明けていない現時点ではあたしの妄想w

司祭と修道女が性関係に至るまでの証言についてはほぼ万民のご想像通りのうちで、万事、司祭が神の名を安易に出して「命じる」ことの繰り返しです。番組の中であたしが耳にするなりムっとなったことは妊娠した修道女に向かって相手の司祭が堕胎を「命じた」という点です。これ、堕胎について、ヨソの宗派ではそれぞれ解釈が異なりますが、カトリック教会では瞬時破門であり、堕胎幇助した第三者も破門です。てか、表向き、「我は牧者なり」の司祭なら御身をもって生涯かけての信仰生活の見本を我々に示すことも務めでしょうに。あーた、裏では貞潔も守らず、果ては堕胎命令っていったい。

そこに、神さまはいないよね。

「神の不在」が彼のいる聖堂にも住まう司祭館にも明らかとなります。
今世紀のはじめだったか、我が知人である修道女から「今は司祭、修道者の格好をした悪魔が存在するので、気をつけなさい」と注意されたことを思い出しました。たまたま「悪魔」という存在を認め、日常でその語が飛ぶ環境の修道会だから彼女はそう私におっしゃったけれど、もし私が同様に「悪魔」の語を用いてヨソのカトリック環境で話したり、タイプしたら、あからさまに不快感を私に言ってくるひとびとも現実では多々います。私は一度、これで大失敗をし、「気持ち悪い」など言葉をたくさんもらったので、それ以降、悪魔についてカトリック環境で話す時はTPOをよくよく見、考えるようになりました。今になって思うと、神の万民救済が絶対なら悪魔は存在しませんからね。Bof

兎にも角にも、昨日の午後には仏蘭西のカトリック司教団がこの番組放映について公式見解を発表。犠牲者の悲しみと怒りと我々は共にある、とのこと。ですが、次々と届くこの番組の関連記事には、先日から話題になっている幼児性愛以上に司祭と修道者のスキャンダルについては沈黙が守られていることが「当たり前」とありました。

この番組で告白した方々はかつての事実を「墓場に持って行く」ことを止めた。そう気持が変わったのも、近年の聖職者による青少年についての諸スキャンダルがどんどん明らかになっているという世間の変容を感じ取ったからなのだと拝察します。

この番組の作成者チームは、ヴァティカンが次に取り組むのは修道者への暴行についてだろう、と予言しています。


le 6 mars 2019, Colette






by ma_cocotte | 2019-03-06 16:08 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
時間がない、時間がない
と、アリスのうさぎさんではありませんが、野暮用あってココんちからパリまで日帰り旅をしてまいりました。

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今回、聖堂訪問はコチラのみ。はい、不思議のおメダイ聖堂です。
いつもでしたら、巡礼者が右往左往と上手に歩を進めることが難しいのに、この日は午後三時半開祭のごミサ直前でしたので、みなさま、このように既にご着席。周囲を見回すと、ロザリオを片手に祈ってらっさる方が多ござあました。


le 13 septembre 2018, Aimé




あ、書き忘れました。
この日帰り旅の午前中お昼近く、セーヌ川に浮かぶ船からロシア正教会のカテドラルをお見上げ申し上げましたよ。ツルッツルでキンキラキンの屋根は本物のたまねぎのようでした。って、お昼前の空腹のせいでそう見えたのだな、うん。

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by ma_cocotte | 2018-09-13 14:16 | 『旅』 Rien de special | Comments(0)
薄くて、軽いし、

旅の友の邪魔にもなりませぬ。
どうにも日常で見聞するカトリック用語と異なる表現を見ると残念に思う私なのでした。
信憑性やら信頼が薄まる。

私個人は十年近く前に再会した中学一年当時の担任シスターから、私が仏蘭西の地方の超ウルトラスーパーど田舎に日本人たったひとり、ぽっつーんでは困ることが多いだろうとこの本をくださったので、今に至るまで頼っています。聖堂内装飾や司祭服、聖職者階位もろもろ、いろいろなカトリック用語が日本語、ラテン語で紹介されているので、ラテン語についてはほとんどがフランス語用語の派生ということもあり、本当に助かっています。(ほぼ)同じことやらものでもカトリックと正教、聖公会では和訳が異なることが多すぎくん。ですので、

お、す、す、め。


le 28 août 2018, Augustin




by ma_cocotte | 2018-08-28 17:13 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
// vendredi saint - chemin de croix //
2018年の聖金曜日--- 十字架の道行
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第12留 イエス、十字架上で息を引き取る、引き取った。↑



le 30 mars 2018, vendredi saint

by ma_cocotte | 2018-03-30 23:59 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
この世は儚いものですからパライソの全き幸福を失わぬよう努力なさいますように。
神の御助けにより、この数行をしたためます。パードレたち以下、われヽ二十四名は列の先頭を行く高札に書かれた判決文のように長崎で磔刑を受けるため、ここまでまいりました。わたくしのこと、またミゲル父上のことご心配くださいませんように。パライソ(天国)で、すぐにお会いできることを希望しています。お待ちしています。たとえ、パードレが居なくても臨終には熱心に罪を痛悔し、イエス・キリストの幾多の御恵みを感謝なされば救われます。

この世ははかないものですからパライソのまったき幸福を失わぬよう努力なさいますように。
人からどんな迷惑をかけられても堪え忍び、すべての人に大いなる愛徳を施されますように。

わたくしのふたりの弟マンシオとフェリペを、どうか異教徒の手に渡されぬようご尽力ください。わたくしは母上のことをわれらの主にお願いいたします。母上からわたくしの知っている人々によろしく申し上げてください。罪を痛悔するのを忘れぬよう、再び重ねて申し上げます。なぜなら唯一の重大なことなのですから。アダムは神にそむき罪を犯しましたが、痛悔とあがないによって救われました。 

十二の月二日 安芸の國 三原城にて
以上、日本二十六聖殉教者のひとり聖トマス小崎が京都から長崎に向かう途中、三原城のどこかで母親にあてた手紙です。こんにち2月5日はカトリック教会の典礼暦において日本二十六聖殉教者の記念日とされています。そのため、前日あたりからほうぼうで彼らの生きざまについてのエントリーがあり、私も見聞に励んでおり、この手紙に出会いました。

私個人が日本二十六聖殉教者について知ったのは小学校4年の時の父親参観日に女子パウロ会が臨時書店を校内に開いてくださり、参観後、校舎を出てすぐその書店の前で父が本を買ってくれると私に言ってくれたので数ある本から選んだものが天正の少年使節と日本二十六聖殉教者についての本でした。開いて最初に思ったことは今まで自分が読んだ本の中で最も漢字が多いということ。それでも、父が珍しく本を買ってくれたのだから、と読みました。

彼ら日本二十六聖殉教者は京都から長崎の刑場まで800㎞を徒歩で移動しますが、それには見世物の要素も加わっていたので、途中で耳をそがれたり、冬場だったので素足がみるみるしもやけになり、悪化し、歩くことも難しくなったそうです。確かこの手紙を書いた時、トマス小崎少年は14歳だったと記憶しています。三原には京都を出てから2週間後に入ったそうです。その2週間、彼が何を見、何を聴いたのか。想像する前に「おお、こわ」と思考を止めてしまう自分に情けなくなるばかりですが、私は今のシリア国内に残る善良なひとびとと重なってしまいます。そういう残酷なことを目の当たりにすると、トマス小崎少年の文中にあるように「異教徒になってしまおう」など安楽な道を選んでしまうのもヒトが弱いということなのでしょう。でも、「この世は儚い」ことが絶対的な事実でもあります。この世のすべてはいずれ塵となるわけで。霊魂だけは形を変えることもなく息絶えることもないのさ。

しっかし、私は初老ですのに、今でもこれだけの文章は書けないな。

le 5 février 2018, Louis Ibaraki





by ma_cocotte | 2018-02-05 20:59 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
前進あるのみ、うん。

昨年12月の第一日曜日から長年親しまれてきた主祷文の一部が変更となりましたが、今度は主日ミサやロザリオで唱える信仰宣言の仏訳が変更になるとのこと。ラテン語の原文を仏訳すること15年目にしてようやくヴァティカン本丸から認められたそうで。
10年ほど前、私がロオマ巡礼した折にヴァティカンの翻訳の部署で働かれる高位聖職者にお目にかかったことがあります。彼は今も毎週水曜の一般謁見の時、仏語圏担当紹介司祭として壇上で活躍されています。事務所で彼の机の隣チームが日本語訳だそうで、彼曰く、和訳に比べたら仏語訳などそれほど大変ではないとのこと。それでも、先の12月の主祷文や今回のクレド(Credo、=信仰宣言)の変更と、それに要した年月を知ると、いやいや、おフランス語だってかなり訳に苦労されたのでしょう、と拝察いたします。

和訳に関わるみなさま方もどうぞ祈り、がむヴぁってください。


le 24 janvier 2018, Timoteo Giaccardo





by ma_cocotte | 2018-01-24 00:13 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
こうしてカトリックで生まれたからにゃ、カトリックで死ぬンだろう。
的な?w

« Comme je suis né catholique, et mourrai catholique »

この台詞は先の土曜に行われたヂャニ・アリデ Johnny Hallyday の葬儀での数ある弔辞の途中で私の耳に届いたものです。別にこれは生前のヂャニの言の葉ではなく、お仏蘭西のそれは壮大で麗しい歴史の中で多くの偉人が口にしたり、書き残したのだそうだ。カトリック家庭に生まれたのでもなく、今後果たしてカトリックとして死ぬかどうかもあやふやである員数外の私でしたが、この一文を耳にすると同時に、なぜか良心が喜び踊る感覚におそわれました。まるで聖母を迎えたエリザベトのように。ヂャニ・アリデの棺は仏蘭西時間の月曜夜にカリブ海に浮かぶサン・バルテレミ島の墓地に埋葬されたのでヂャニについての報道は昨日火曜の夜まで繰り返されました。ですから、こんにち水曜の朝から共和国内は「ほぼ平常運転」に戻るのではないかと期待しています。まぢ、本当に「もう勘弁しちくり」レベルのヂャニアリデ関連ネタの波で、あたしゃ、降参です。というのもですね、月曜の夕方遅く、義母から電話。なんでもヂャニ他界をきっかけに30年も前に離婚した元夫、つまりココんちの仏蘭西びと♂の父親に電話をかけ、二人で平和に語り合ったのだそう。このお二人はまさにヂャニ・アリデとシルヴィ・バルタンと同世代で、彼らの歌をBGMに出会い、恋愛し、結婚し・・・そして、彼らと同じように離婚しての今です。父親は再婚したけれど、母親は再婚しないまま現在に至る。双方とも、ヂャニ他界をきっかけに半世紀近く前のロマンスを思い出してしまったのでしょうねぃ。
はー、そこまでの影響力ですか。
こればかりはガイジンで員数外のあたしにはなんら「分かち合い」できないな・・・と改めて実感しました。

で、土曜のマドレエヌ寺院(なぜ寺院と和訳されているのか存じませんが、ココはヴァティカンにつながるローマ・カトリック教会聖堂のひとつ)でのヂャニの葬儀。マクロン大統領夫妻、オランド前大統領と現在の恋人さん、サルコぢ元大統領と現在の妻であるカルラ・ブル~ニに、現在のフィリプ首相が棺に近い席に並んで座ってらっしゃいました。参列者にはヂャン・レノさんやらキャロル・ブケーさんなど日本でも知られる俳優さんも多々。そして、家族席には亡くなったヂャニ・アリデの最初の妻であるシルヴィ・バルタン、元恋人でヂャニとの間に一女を産んだナタリ・バイェ、そして現在の妻であるレティシアが揃い、それぞれの子供、孫も列席。レティシアと結婚後、養子縁組したヴェトナム人の女児二人ももちろんおりました。おそらく、このお三方だけではなく他の元恋人さんもいらしたのかもしれません。ヂャニ・アリデとレティシアの市民婚を司式したのは当時、ヌイィ市長だったサルコぢ。

こうしてカトリックの聖堂で司祭方が登場してのヂャニ・アリデの葬儀でしたが、ミサではなく、カトリック用語で引っ張ると「みことばの祭儀」のみ。聖書朗読や仏訳を改訂したばかりの主の祈りは唱えても、信仰宣言は唱えず。みことばの祭儀のみだから聖体拝領も無し。聖体拝領がないことに気づいた時にココんちの仏蘭西びと♂は「ユダヤ人が多いから?」とつぶやいていましたが、ヂャン・レノさんや歌手のパトリック・ブリュエルさんはユダヤんなれど、ヂャニ・アリデとレティシアの最初の養女のカトリック洗礼の代父(仏蘭西では洗礼時、本人の性別がなんであれ代父母を選べるし、代父母以外に数名の代父母を選ぶこと、その代父母が異教徒でも可能なので日本のカトリックの習慣と異なります)だったし・・・とこちらの脳を動かしてみると、ああ、もしかして、家族席も政治家さんや芸能人さんのほとんどがカトリック教¨会では「聖体拝領禁止」のお立場だから?と邪推←第八戒に触れまくるw

葬儀のBGMは生前のヂャニ・アリデのコンサートのギタリストたちがエレキではなくアコースティックギタアで次々とヒット曲を弾かれ、ココ数日の追悼番組でうんざりしつつもヂャニ・アリデの歌がそんなに嫌いではない私には好感が持てました。聴いているうちに既に前世紀のことではあるけれど、ダイアナ妃の葬儀礼拝の音楽とどこか重なりを覚えました。ヂャニのヒット曲の合間にクラシックもチェロとピアノ、時には歌唱を交えてありましたし、聖歌隊がイグナチオ・デ・ロヨラのアニマ・クリスティを唄ったのも良かったです。

そうそうそう、葬儀中のどこだったか、カトリックの十字を右手で切るところで、オランド元大統領やマクロン大統領はまったく右手を動かさなかったけれど、オランドさんの恋人さんもマクロン夫人も十字を切ってたよ(笑。翌日だったか、カトリックの葬儀の習慣で式の最後に参列者が棺を聖水棒を持ちつつ十字を切り清めるというものがあるけれど、マクロン大統領がそれをしなかったと報道していました。棺に手を置いただけだったンですと。まあ、そんなマクロンちゃんもヴァティカンと仏蘭西との間の伝統で国家最高権力者に教皇から与えられる勲章はしっかりもらうらしいからね。たいしたもんだと思います。

葬儀をテレビでヲッチしながらつくづく葬儀っちゅうもんはこの世に残された者者の心を慰めるためにあるようにまず思えたし、いやいや、(ヂャニさんの奥様方とお子たちを眺めつつ)ヂャニさんの霊魂は未だ練獄にいるかもしれないからこうしてこの世に残る縁者がヂャニさんの少しでも早い天国入りをこうして祈っているのだと思ったりもしましたが、そうではなく、肺がんと闘い亡くなったヂャニさんは生きながらにして練獄を闘病のうちに経験したのだから既に天国にいるのさ、と想像したり。私だけかもしれませんが、ヂャニ・アリデが今の奥さんレティシアさんと結婚後、ヴェトナムの極貧の環境に生まれた女児を二人引き取り育てていることや、この晩年の数年間は磔刑の十字架の首飾りを常に胸の真ん中の位置に露わに見せていたことなど、ご自分の回心を我々にアピールしていたようにも思えました。放蕩息子のたとえが私のツルツル脳を滑走しました。そして、「カトリックとして生まれ、カトリックとして死ぬ」に至る、と。

ヂャニさんは養女に迎えた二人のカトリック洗礼もしっかり行いました。それを受け付けた教会側もたいしたもんです。私たちの目に見えない、知らない、わからないところで真剣な関りがカトリック教会とヂャニさんの間で続いていたのでしょうね。ヂャニの葬儀で、レティシアさんの首に磔刑の十字架の大きな首飾りがかかっていたけれど、あれはきっとヂャニが生前身に着けていた首飾りだと思いました。あんなに大きな十字架、きょうび高位聖職者が御身につけるくらいで、シスター方の十字架はどんどんちっこくなっているのにね。

ヂャニさんのお葬式、良かったと思いました、まる

RIP


書き忘れそうになりましたが、ヂャニ・アリデの棺が仏蘭西共和国本土からカリブ海のサン・バルテレミ島に移動しましたが、埋葬の前にはサン・バルテレミ島の教会でもう一度葬儀ミサがおこなわれました。二度も見送られるなんて、ヂャニさんって。やっぱ、葬儀っちゅうもんはこの世に残されたひとびとの心を穏やかにするためにあるのかもしれません。


le 13 décembre 2017, Lucie

by ma_cocotte | 2017-12-13 18:40 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
我らを試みに引きたまわざれ
土曜の夜、旧市街のおクリスマスエヴェントを冷かす前に夕ミサに参りましたら、入り口でこのような印刷物を頂戴いたしました。
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なんでも、お仏蘭西のカトリック教会ではこの待降節第一主日(2017年12月3日)から主祷文の一部が変更になるので、このような御絵を教区が我々世俗末端にまで行き渡るようにと用意してくださったらしい。変更箇所は写真の下から三行目。2017年12月2日の夕方日没までは Et ne nous soumets pas à la tentation でしたのに、お天道様が隠れて以降は写真にあるがごとく Et ne nous laisse pas entrer en tentation と唱えることになりました。拙訳が正しいかどうかわかりませんが、今までは「私たちを試みに服従させないでください」で、これからは「私たちを試みに入らせないでください」でしょうか。なんかよくわからないけれど、「服従」というのはアタマを使わないので「従順」とは異なる。あんまりカトリックっぽくないという私見です。新しい「試みに入らせないで」ならば自分で入るか、入らないか考える様子が想像できなくもないので、個々の自由意志を何より尊重するカトリックっぽいと思いました。やっぱヒトに生まれたからにゃ、自らの知やら智を善く使うことが天主さんへの御恩返しですからね。

さて、カトリック教会の中ではありますが、こうしてフランス語の主祷文の文面変更は1969年12月29日以降、初めてだそうです。そのせいなのか、昨日12月3日はニュウスでもこの話題が紹介されていました。日本ぢゃ、ありえねぇ。

私、新しい、変更された一行を暗記できるかなあ・・・

日本語の主祷文なんぞ、私は今でも小学生の時に暗記した文章しか唱えられないのでした。こんにちのこのエントリーのタイトルもその当時の主祷文で、口が回らず唱えるのに苦労して、実のところ、漢字やひらがなをどうあてがうのかも知らないまま現在に至っております。高校生の時に習った古文を頼りに文字で表すと、おそらくタイトルのとおりではないかと思うのですが、間違っているかもしンない。ご寛恕のほど。


le 4 décembre 2017, Barbara


by ma_cocotte | 2017-12-04 17:33 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)