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もうすぐ、聖夜・・・って、まだココんちあたりはこれから朝を迎えます。
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師走12月を迎えてからさえない天気のままこんにち24日を迎えてしまいました。悪天候続きでも「晴れたら気分良く散歩に出よう」を心掛けましたけれども、どういうわけか毎週日曜の午後くらいしか傘要らずの日はなく、ココんちの邪横柄王くろヴぃす(いちおう、犬)を連れて旧市街に行くこと二回。待降節の日曜はフアミリィ、家族のためにあるのだなあ、とつくづく思いました。

で、昨日。12月23日。
午後遅くなって、またもニオール旧市街の朝市に。もちろん邪な横柄王くろヴぃすも一緒です。いやあ、お子たちだけでなく犬だらけ。軽く200わんことすれ違いました。ふぅ、疲れた。

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昨日はクリスマス市でアルデッシュからやってきた栗屋さんご夫妻のお店に寄りました。私の記憶が確かならばご夫妻がニオールのクリスマス市に参加して3年目です。毎度、上質の栗を売っているのですが、今年はしばらく前にテレビで今年のアルデッシュ産の栗が豊作であり、しかもかなりの上質と紹介されていたので、このチャンスを逃したらココんちではそう簡単に焼き栗に遭えないので、買うしかありません。長雨続きで午前と午後の温度差があまりなく、冬ですのに生温い陽気の日が続いていたのに、昨日の午後はどこか風も冷たく「冬らしさ」を感じることができました。だから、焼き栗を買い、すぐそばの市営立ち飲みカフェでヴァン・ショを求め、その場で小休止。ちょっと遅めのおやつにしました。大粒でほっくほくの栗と熱した赤ワインのマリアージュが最高、とてもおいしくいただけました。ついでに栗餡をひと瓶、買いました。栗餡と言ってもおフランスのペーストなので、ヴァニラ粒が混ざったものです。買う前に味見したら、すこぶるうんまーい。お店の奥さんの手作りです。

で、こんにちは24日。未だ夜が明けきっていませんが、あたしゃ、これからまずココんちから旧市街を縦切って向こうにある教会に行き、今宵のごミサの下準備。そして、そのまま、外環道路を半周して巨大スーパーに明日の正餐の食材を買いに。午後はあれこれ脳を働かせながら雑用して、午後6時からのごミサにあずかる・・・つもりどすえ。ま、臨機応変だな、うん。

みなさま、どうぞよいクリスマスをお迎えくださいませ。


le 24 décembre 2018, Adèle



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by ma_cocotte | 2018-12-24 16:38 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
黄色いチョッキのカッコ悪さ le gilet jaune moche
ココ十日くらい、今週に入ってからはほとんどニュウスを見ていません。というか、見る気がしません。
なぜかと言うと、先週はじめからずっと17日に始まる全国規模の石油価格高騰反対イヴェントの報道がトップニュウスで、今週19日月曜からはそれに続くは毎度、日産のカルロス・ゴーン氏逮捕の報道ばかりだからです。このトップ報道が石油価格高騰反対運動、お次がおカルロス・ゴーンの順番が狂わないまま、週末を迎えることになり、木曜夜あたりから視聴するこちらの心中「あああ、共和国内が平和ってことね」と思うようにもなってはいたのです。

が、しかし、

常にトップニュウスである石油価格高騰反対運動、人呼んで「ジレ・ジョオヌ Gilet jaune」、=黄色いチョッキという名の運動ですが、毎度のことながら規模が大きくなるにつれて、参加者のお祭り騒ぎが過剰になり、暴動と呼んでもいいのではないかと思えるほど公共物の損壊や放火が目立つようになってきました。

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この石油価格高騰反対運動についてなぜ「黄色いチョッキ」と綽名されているのかというと、これ ↑ ね。共和国内では2008年7月1日付で自家用車内にはこの黄色いチョッキを常備する決まりができたのです(確かこのポスターに見える赤い三角立て看板も)。共和国という国ではこのポスターでもわかるとおり、市街を囲む外環道を出たら、外灯の存在しない道路ばかりになります。ですから、そういう道で車の事故、故障に遭ってしまったら、ヒトはこの腰のあたりの白い二本の線が蛍光になっているチョッキを着て行動すれば、真っ暗闇の中で爆走する他車にはねられる確率が低くなるのです。ちなみに、おフランスでは写真のような外環の外の一般道では110km/hで走っていいことになってまふ。中央分離帯がなくて、だよ。

つまり、共和国民で、自動車を使っているひとなら誰もが車内に置いてあるこの黄色いチョッキを着用して、今回の石油高騰について政府に抗議しよう!と誰かが提案したわけです。なぜ「誰か」なのか、というと、この抗議運動のリーダーが「曖昧な存在」で、どこの政党党首でもないし、労働組合のトップでもなく、ウワサではフェイスブックで或る仏人男性が呼びかけたのが始まり・・・という話もあります。

そんな責任者が存在しないこの黄色いチョッキ運動ですが、おそらく政府側にしてみれば想定外の大規模な運動に化けてしまった(としか言いようがないかも)。先週土曜日は各県庁所在地の外環道の出入り箇所に黄色いチョッキを着たひとびとが陣取って交通規制だか交通妨害を実行しており、その行動は土曜の日没前までに終わるのかと思いきや、日曜も、週明けて月曜からもほぼ24時間体制で行われたのです。まあ、決行第三日も過ぎれば、想像できますが、積極的に参加している方々は「ハイになる」。ニュウスで紹介されている彼らの様子も陣取った場所でBBQパーリーでワイワイとどんちゃん騒いでいるようにしか傍目には見えなかったりするのですが、彼ら自身は真剣に反対運動に取り組んでいると信じているのです。

そして、週半ばにはほうぼうで放火や暴動騒ぎが始まり、中には高速道路の料金所をデモ参加者が占拠し、利用者を無料で高速道路内に誘ったり、果ては料金所のボックスから火の手が上がり全焼という現実も。この運動は共和国本土だけでなく7つの海に点在するおフランスの海外領土にも広まったことで、土地によっては参加者が暴徒化し、公共物の損壊や物品の盗みにまで。

まあ、この辺は民衆による「民衆のため」と思い込んだ抗議運動が発生した場合におフランスでは「よくあること」に思えたりしなくもありません。きょうは誰が言い出しっぺかわからないまま、この「黄色いチョッキ」運動に賛同するひとびとが花の都巴里に集結し、抗議集会を開きます。ご想像どおり、責任者が存在しませんから事前に警察に許可なんぞ取っておりまへん。ただ、なんとなく、どんどん参加者が暴徒と化してもいるので、花の都巴里で何が起こってしまうのか・・・あたしだったら今日の、週末の巴里へは行かんぞ。催涙ガスが飛び交いそうな悪寒がするもん。

で、最後に。
ココんちからそんなに遠くないシャラント Charente 県内でも同様の、抗議運動参加者による公道の進路妨害行為が続けられており、週半ばだったか、車の進行を妨害された運転者である婦人が車から出て、「通してください」と懇願したところ、運動参加者から「お前は国へ帰れ!」と大声が多数出たのです。なぜなら、そのご婦人の肌の色がカフェオレ色だったから。オイロッパのひとのように金髪碧眼ぢゃなかったってこと。この様子、France 3のニュウスで一部始終放映されて、肌が黄色くて顔が平たい族のあたしは吐き気を催すほど嫌な、悲しい、いや、どう表していいかわからん気持が心身に走りました。報道の最後にはこの女性と社内にいた配偶者が警察にこの旨、訴えたと結ばれていましたが、なんつーか、ココ数日のカルロス・ゴーン氏逮捕に関しての日本への(主に拘置所の環境や待遇)批判などと混ざりあって、いったいおフランスの民衆って先進してンのか、それとも1789年の大革命当時とたいして変わらんままの停滞国民なのか、わからなくなってもきました。民衆の運動の様子を眺めていると大革命時の第三市民かいな?と思えなくもないし、だったらがムばってほしいと私だって願いもします。だって、共和国の場合、車無しに生活できるのはパリ、リヨン、マルセイユの三大都市や、それらに続くストラスブール、ボルドー、リルの、外環道の中に住居があるひとびとだけぢゃありませんかね? 外環道周辺または外環道より外に住んでいるひとびとは車がなければ生きていけねーよ。そういうひとびとから石油価格を高騰させて税金をふんだくる目論見の大統領閣下とそのお仲間たち。彼らには石油高騰なんてなんら響かない。彼らと違い頭が悪くて、出自不鮮明の貧しい我々自身のせいなのですよね。・・・と、大革命当時と同じ構図が見え隠れしてくるわけさ。

ったく、仏蘭西の偏った中華思想、なんとかならんものかの。

昨日の午前中、教会の雑務を終え、80歳を過ぎたであろう責任者のマダムに退席の挨拶をしたら、正午直前だったこともあり、マダムから「ボナ・ペティ」と一言。その後に「日本人もお昼ご飯を食べるの?」という質問がくっついたのさ。Bof


le 24 novemble 2018, Flora


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by ma_cocotte | 2018-11-24 16:22 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
自分の頭の中の仮説と真理は切ない関係
フェイスブックでつながる知人から読書記録としてこの本を教えられました。

その知人は某耶蘇女学校の宗教科教員なので、読後感想で一例として「平和」を授業でお題にしたとして、多くの人たちは自分が考える「平和」はそこに集う他者が思い描く「平和」と同じだと思ってしまいがちだけれど、実はそれぞれの「平和」は皆違う。だから、授業で教師が「平和」を生徒に教えておしまいではなく、或る程度の定義に導いた後、生徒たちにそれぞれが思い描いた「平和」を言葉にしてもらい、互いに分かち合うことで自分と他者の「平和」の共通点と共通しない点を見出すことがよろしい・・・というようなことを述べておりました。

と、この一個人の読後感想についてだって同意するひともいれば、根本どころか抜本から否定するひともいるでしょうね。私個人はそれが自然だと思うというか信じています。

タイトルにした「自分の頭の中の仮説と真理は切ない関係」については冒頭に紹介した本の見出しから造ったに過ぎませんが、真理についてはココで何度か同じ話題を私から出したことがあります。それは例えば「神はいる」についてココんちの仏人がそう言ったとして私が「えええ?本当?」とつぶやいたとします。すると、彼はこう言います。「いいよ、別にボクが神はいないと否定してもそれ(=神はいる)は何ら変わらぬ事実(=la vérité)だから」と。私は未だこの本を読んでいませんから、果たして筆者の学者先生がココんちの発したところで数秒で消える言の葉と同じ導きをしているのかどうかも存じませんけれど、私はタイトル「自分の頭の中の仮説と真理は切ない関係」の前半である自分の頭の中の仮説ってぇのは多分にそれぞれの成育歴や就労歴によって異なると人生折り返した今では確信に至っていたりもします。

今世紀に入って、仏蘭西に住むようになってから、電脳域で日本語の文章を拾っては読むことを日課にはしていますが、物事の思考の導き方だけでなく美意識など必ずしも話題の提供者と共に頷けることもないし、私のようにこうしてブログを楽しんでコメント交換も続けていると、中には私のコメントでの意見に同意してくださったようで実はそうではなかったということも10年以上前にあり、とてもつらい思いを経験したこともありました。まあ、電脳域ではなく現実の三次元世界でも他者との関わりで価値観やら美意識、金銭感覚など諸々のことで自分の脳内意識と他人様のそれらが違うことも身に染みてわかったというか、これは生涯続くのでしょうね。それがこの世に生きているという現実なのだと私は思うようになりました。

ただ、ここ数年思うことは電脳内の日本語領域を通り過ぎ、垣間見ている限り、誰かが誰かの価値観やスタイルを「それは違う、間違っている」と断定し、ココまではわからなくもないけれど、徹底的に、執拗に叩きのめすかのごとく「あなたは違う、間違っている」と繰り返しながら、自分の意見の同調者を増やそうとしている件が増えているように見ています。

今の私が猛烈に反省している点は「うちのような庶民~」というフレーズで、そのフレーズをきっかけに電脳内で「私も庶民なンですぅ」と知り合ったひとと直に対面したら、その方々は私よりはるかに富裕で、彼らが直で見た私はどンだけド貧民なのだろう?と後になって考えることばかり。この例が何度か続いた時に上に挙げた「平和」ではありませんが「庶民」についてもそれぞれの脳内で思い描く基準もろもろは必ずしも同じではないということにこんな私でもちょびっとは気付けたのでした。それ以降、ブログでもSNSでも私から「うちのような庶民」を口でも手でも表すことは止めました。


ヒトが造った国境、身分を取っ払っても、個々にはそれぞれの成育歴があるし、個々それぞれの死の瞬間まで魂は成育し続けるのですから、みんなが違うのは当然ですし、何を基準にするのかも難しい。自分はフランスに住んでいるから、自分は仏語やら仏文学を学んだから、と他人に決まり事を強いるのも何か違うと私は思うし、そういうことを強いることができるのは公文書においての私利滅却の状態くらいではないかなあと。まあ、こういう私見についても「私はあなたに同意する、しない」に分かれて自然なのです。オトナなンだからTPOによって使い方を調節するのも当然でしょうし。ヒトのノビシロやら自由意志は互いに尊重すっことですわね。天主さまは個人の自由意思を何より尊重するンだよねー(って、カテキズムのどっかに書いてあった)。

ほんと、生きるって難しいですね、はい。


le 3 septembre 2018, Grégoire



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by ma_cocotte | 2018-09-03 18:38 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
ミギもヒダリもわからんぜよ。
9月に野暮用で花の都お巴里に上京することになりましたが、どうしよう? ← イマ、ココで思考停止ちうw

le 27 août 2018, Monique



ヌゥヴェル・アキテエヌ地方最北部ちょい南にあたるココんちあたりは8月末になり、気温が30度近くになったと思えば、翌日には最高気温が20度くらいと10度近い乱高下(とワザと証券用語を使ってみるw)で、いやー、心は兎も角、身体に悪いです。ああ、早く9月になれヴぁ、うぉおおおおお・・・と気温が安定することを祈るばかりです。そして、8月後半になり、急に夜明けが遅くなりました。天気予報を見ていたら、一日に付き3分、日照時間が短くなっているとのこと。だとすると、一か月で90分ですものね。そして、そして、きょう、週明けの月曜日は久しぶりに恵みの雨の一日となりました。雨音が聞こえるくらい午前中に雨が降りました。この夏の異常気象でどこのおうちの庭の芝生も茶色に変色してしまっているので、本当にありがたい降雨です。ではでは。





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by ma_cocotte | 2018-08-27 20:47 | 『?』なたわ言 | Comments(2)
またもや、金曜日。
昨日は理由あって朝からココんちと旧市街の間を数度往復。午前中の野暮用のあと、ココんちに戻り、テレビに火ぃ入れたら、テロがカルカッソンヌ周辺で発生したという報道。
「また、金曜日ですか・・・」
これが、正直な私の最初の一言。いつのまにかテロ慣れしている自分に嫌気がさしますが、毎度、毎度、「イスラム国兵士」と名乗る方々によるテロは金曜日に発生するわけで(と、突然の純くん)。お昼ご飯を慌ただしくかっこんで、再び旧市街のむこうまで外出。午後5時すぎに帰宅し、テレビをつけると、犠牲者は二名から三名に増え、犯人さんは警察により射殺されたとのこと。これまた、毎度のオチですかねぇ。唯一、自爆もせず、射殺もされなかった容疑者さんについて今回の犯人さんは釈放を要求していたのでした。兎にも角にも、善意のひとびとが想定外のできごとで生命を失うということに私は猛烈な怒りやら情けなさを覚えます。うろ覚えですが、イスラームのひとびとにとって金曜日は(聖なる)祈祷日であって、午前中にモスクで礼拝にあずかり、イマム(=イスラームのひとびとを導く立場)の説教を聞き、市井に戻るのです。が、イスラム国兵士さんたちはそーゆー祈祷集会の後、なぜか平和を求めるのではなくヨソの宗教やら生活文化の中に生きるひとびとに攻撃をしかける・・・。こういう面も私のようなヨソ者、部外者には納得いかねー「こころの、思考の進め方」なンですなあ。と、ここまでタイプしたところで思い出してしまった。それは、3週間くらい前でしたか、おフランスの民放テレビ局でシリア国内のイスラム国がシリア政府軍ではなく民間の「民主軍(?だったかな?」に追いつめられていくドキュメンタリー番組を私は見たのでした。正味30分くらい。その民間のグループには銃をスマートに使う女性兵士も多々参加しており、彼女たちは前線で男性に混ざって銃撃戦に参加する一方で、逃亡するイスラム国の男性兵士に見捨てられた女子供のケアにも関わっていました。その「イスラム国兵士」の旦那(←ダンナという表現について私は好きではありませんが、あえてココでは使わせていただきます。)にほっぽらかされた女性たちの多くがシリア人ではなく、北アフリカ(マグレブ諸国ですな)を中心としたアフリカ大陸のイスラム教で育った女性や旧ソヴィエトのチェチェン(ココはイスラム教徒がマジョリティ)、旧ユーゴスラヴィアのコソボ(ココもイスラム教徒が多い)、アルバニアからシリアに「イスラム国兵士の花嫁」としてやって来た・・・表現が悪いですが「出稼ぎさん」なのです。難民キャンプで生活している彼女たちの中には(心の)目が覚めて、母国に戻ることを願っているひともいますが、ココで難問。それは彼女たちの子供なのです。イスラム国は独善解釈の教条原理主義者の集団なので、この国家の女性は働けない、ただただ悪い意味での内助の功をひとつでも多く達成する義務ではなく悪務が押し付けられるので、シリア国内で陥落する前の「イスラム国」内でそれは多くの新しい生命が誕生しました。ですが、その子供たちはシリアの国籍をもらってはいません。はい、現在、幼い子供たちは「無国籍」なのです。だから、母親が母国に戻りたくても子供たちは無国籍ですから母親と一緒にそう簡単には入国できないのです。← ココまで番組で見た自分。目が覚めましたね。ああ、そういう次元をまったく知らずに今日まで来た私、情けないやら恥ずかしいやら。で、無国籍の子供たちの母親にご自分の子供の国籍は?と質問すると彼女たちは口をそろえて「イスラム国です」と返事をします。おそらく、まだ洗脳が心身の方々に残っているので、こんな返答をするのでしょうね。世界規模の、または欧米の主だった慈善団体が彼らの生活や今後の生き方の援助に関わっていますが、そう簡単に取り残された、捨てられたかもしれないオンナコドモを成人女性の母国に戻せない。知れば知るほど多くの問題が山積みになっているのですね。昨日は午前中からカルカッソンヌでテロ事件(犯人さんは三か所移動しながら犯行を繰り返しました)がありましたが、私は旧市街のカトリック教会に寄っても警官ゼロ、憲兵隊ゼロという現実。この町はたいちょぷとでも過信しているンですかねぇ。そして、この週末、土曜の日没からおカトリック教会では枝の主日に始まる聖週間に突入します。明日ではなくその次の日曜日、4月1日が今年の復活祭なンですわ(と、突然の名古屋弁)。連日連夜、いろいろな行事が教会聖堂で行われますが、日一日と心清らかに、おだやかに、より強く平和を求められるひとに私もなれますように。おあとよろしいようで。みんなたち、どうぞよい週末を。よい聖週間をおすごしくださいませ。そんぢゃ。


と、タイプを終えたココで、昨日のテロで人質となった一般市民の身代わりとなった憲兵隊隊員が息を引き取ったとのこと。合掌。


le 24 mars 2018, Oscar Romero





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by ma_cocotte | 2018-03-24 15:33 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
流石にくたびれたようなので、
もう四半世紀も前、東京は広尾の明治屋さんの右隣りのお店で買った四角い傘がくたびれてきたので、こんにち、外出ついでにバーゲンで見つけたビニール傘を買いました。左が新さん、右が旧の四角い傘。
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こうして見ると、四角い傘はまだまだ現役。使いますのことよ、もちろん。ただ、直に見ると、骨のあたる部分の布や縫い目がほつれていたり、布の色が褪せてもいるし、金具にひびも入っているのです。愛用四半世紀ですものね。日本でも仏蘭西でもよく働いてくださいました。感謝。(って、まだ使うけれどもさ)

さっき購入した新しい傘は数ある柄の中から最も地味目な柄を選びました。エッフェル塔も見つけられるでよ。
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こういう「パリ柄」って地方の田舎者の私だから選ぶのかも。ま、ごもっとも。


le 7 février 2018, Colette


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by ma_cocotte | 2018-02-07 22:06 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)
感涙。うんままままま。
クリスマスとお正月のために買った和テイストのおつまみあられが切れたので、先週の半ば、仏蘭西はリヨンにある日本食材通販店に注文。昨日の朝、小包が届いて、その中に入っていたのがコチラでござあます。
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もう数か月前、そう、秋に入ってからずぅうううっと食べたかった焼き芋。甘いおいもはココんちあたりの超ウルトラスーパーど田舎でも買えなくはありませんが、日本のサツマイモとは違い、繊維質の少ない、水っぽいおいもが主流です。だから、蒸かさずにオーヴンで焼いても、どこかビチャーとした感じ。
日本のほっくほくした焼き芋が食べたいよー。
と嘆いたところで、日本食材通販屋さんのHPで見つけたのが「おさつどきっ」でした。キャラメル味とあるのでいかがなものかとちょと思いましたけれど、届いてすぐ開封し、口にほうばったところで「これはなかなかのグー」でございました。焼き芋というよりは歯ごたえは厚切りのポテトチップスに近いですけれど、もう既に半万年恋い焦がれたサツマイモの焼き芋ですから、いんやー、涙がこぼれそうでした。二袋、買って良かった。・・・買いだめすりゃ良かった・・・後悔。そうそう、写真の「おさつどきっ」の右に写っているのはおまけの紅茶二袋です。さくら味の紅茶。昨日は昼食後にさっそくいただいてみましたが、なかなかおいしい。一緒にこし餡入りのたい焼き(のようなもの)と、栗の粒が入った白あん入りの栗まん(のようなもの)でいただいたせいでしょうか。一口いただくと普通の紅茶ですが、餡の後にお茶をすすると鼻に桜の薫りが抜ける錯覚にとらわれます。「ああ、しゃーわせ」と同時に思えど、すぐ儚くも消えるのでした。さくらの紅茶はあと一袋。もったいなくて飲めないや。さてと、今日は火曜日。買い出しだ。le 30 janvier 2018, Bathilde
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by ma_cocotte | 2018-01-30 15:23 | The ou Cafe? | Comments(0)
買ってみた。
ココんちの近所の Intermarché で、話題の
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70%オフのヌテラ。950gだぜ。
4.70ユーロのところ、70%オフ。3.29ユーロ引きと来たもんだ。


le 27 janvier 2018, Angèle Merici







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by ma_cocotte | 2018-01-27 19:15 | The ou Cafe? | Comments(0)
新年明けて第26日目にしてようやく
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夜明けと共に初日の出を拝むことができました。
めでたし、めでたし。


le 26 janvier 2018, Paulette


今朝のラジオ・クラシックではずぅううっとモーツアルトが流れているのですが、彼のお誕生日が近いから? もそっと冬らしい曲を耳にしたいものである。


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by ma_cocotte | 2018-01-26 18:09 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
満を持してやってきた、だヴぃどぉ。

「だヴぃどぉ」はアルファベト化すると、David でおます。
カルメン、エレアノールに続きおフランスに上陸の台風、その名は「だヴぃど David」

一部の方には「あらま、偶然」なネタですが、ココんところのカトリック教¨会平日の聖書朗読箇所の第一朗読がさ、連日のサムエル記で美少年だヴぃどがサウロ王を嫉妬させるお話など読んでいるわけ。そんな時にダヴィドという「強い」台風が上陸したとなると、これは地においては偶然だけれど天においては必然のサイコロ転がしなのだろうとワクワクしたり・・・なぁんて、こんな話を一緒に笑える方は年々減り、天国では大いに盛り上がっているだろうから、私もそろそろあちらに行って一緒にみんなたちと笑いたいなあ、と思います。

・・・なんてついうっかり思っちゃうほどの連日の大風と大雨。
今年に入ってお天道様をちらり見たのは三日ほど。ああ、朝から晩まで快晴の一日っちゅうもんを味わいたいですわ(と、なぜか名古屋っぽい語尾)。そんな悪天候でもチラリ晴れ間が見えたり、風が止んだり、小雨になったら、すかさずココんちの犬の散歩に出、その時は片手に山羊のべぇちゃんへの貢ぎ物(←庭の草木花)を持って行くのですが、流石に月の半分が風雨と確定したこの頃になり、気持ちが沈みがちになっていくのがわかるのですね。「こりゃ、ヤバいぜ、べいべ」と心中でつぶやくも、天候は一向に好転せず、こうしてきょうの朝もまた台風だヴぃど上陸の報道が繰り返されるばかりです。

冬であっても台風ですので、気温が上昇するのです。連日朝から10度超え。こうゆう気温も冬らしくなく調子悪くなります。一月ですのに、汗をよくかくというのはちょっと。毛穴全開なんて肌によくありません。やっぱり一月は冬らしくキリっと肌が痛いほどの気温と湿度で肌を冷却によって向上してもらいたいものです。

あー、ヤんなっちゃった、あーあ

驚きはしませんが、こんな悪天候なので、出会う人誰もが「まったく鬱ですよ」と互いに言うようになってしまい、まるで挨拶の言葉がこれ。こんな時、南仏で過ごした時代を思い出したりしますが、あちらでは新年が明けると既に太陽は春のように照り輝き、朝市のお花屋さんには一斉にミモザが出ちゃうという感じ。冬が一か月あるかなあ?だけれども、突然、降雪があったりするのね。アルプスがすぐそこだから。マルセイユとアルプスの玄関口が長距離バスで3時間かからないというだけで、土地の高低差がどんだけ?と驚きつつ簡単に推測できたり。面白いよね、共和国の大地。

あっと言う間に金曜日となりました。
今週末、太陽を拝みたいです。

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ココんちの玄関先の沈丁花も花をつけ、鼻に薫りが届くようになりました。けれども、お天道様、カッモ~ンヌ!


le 19 janvier 2018, Marius





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by ma_cocotte | 2018-01-19 15:24 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)