タグ:仏蘭西 ( 877 ) タグの人気記事
もうすぐ、聖夜・・・って、まだココんちあたりはこれから朝を迎えます。
b0070127_16210094.jpg
師走12月を迎えてからさえない天気のままこんにち24日を迎えてしまいました。悪天候続きでも「晴れたら気分良く散歩に出よう」を心掛けましたけれども、どういうわけか毎週日曜の午後くらいしか傘要らずの日はなく、ココんちの邪横柄王くろヴぃす(いちおう、犬)を連れて旧市街に行くこと二回。待降節の日曜はフアミリィ、家族のためにあるのだなあ、とつくづく思いました。

で、昨日。12月23日。
午後遅くなって、またもニオール旧市街の朝市に。もちろん邪な横柄王くろヴぃすも一緒です。いやあ、お子たちだけでなく犬だらけ。軽く200わんことすれ違いました。ふぅ、疲れた。

b0070127_16203584.jpg
昨日はクリスマス市でアルデッシュからやってきた栗屋さんご夫妻のお店に寄りました。私の記憶が確かならばご夫妻がニオールのクリスマス市に参加して3年目です。毎度、上質の栗を売っているのですが、今年はしばらく前にテレビで今年のアルデッシュ産の栗が豊作であり、しかもかなりの上質と紹介されていたので、このチャンスを逃したらココんちではそう簡単に焼き栗に遭えないので、買うしかありません。長雨続きで午前と午後の温度差があまりなく、冬ですのに生温い陽気の日が続いていたのに、昨日の午後はどこか風も冷たく「冬らしさ」を感じることができました。だから、焼き栗を買い、すぐそばの市営立ち飲みカフェでヴァン・ショを求め、その場で小休止。ちょっと遅めのおやつにしました。大粒でほっくほくの栗と熱した赤ワインのマリアージュが最高、とてもおいしくいただけました。ついでに栗餡をひと瓶、買いました。栗餡と言ってもおフランスのペーストなので、ヴァニラ粒が混ざったものです。買う前に味見したら、すこぶるうんまーい。お店の奥さんの手作りです。

で、こんにちは24日。未だ夜が明けきっていませんが、あたしゃ、これからまずココんちから旧市街を縦切って向こうにある教会に行き、今宵のごミサの下準備。そして、そのまま、外環道路を半周して巨大スーパーに明日の正餐の食材を買いに。午後はあれこれ脳を働かせながら雑用して、午後6時からのごミサにあずかる・・・つもりどすえ。ま、臨機応変だな、うん。

みなさま、どうぞよいクリスマスをお迎えくださいませ。


le 24 décembre 2018, Adèle



by ma_cocotte | 2018-12-24 16:38 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
出たあっ、いんぼうろん

確かに黄色いチョッキ運動員のシュプレヒコールからは「マクロン、辞任」も聞こえてはきますが、ハイテンションマックスな彼らとは違い、市井のひとびとは普通、「マクロンの任期は残り何年だったっけ?」とか「マクロンに次はない」とかそういうことが口からこぼれており、真顔で「これでマクロンも辞任だな」と話す共和国民、私は黄色いチョッキさんたちのシュプレヒコール以外に未だ聞いていません。

というか、ココんところ、ココでつぶやいたとおり、先週後半にエドゥアル・フィリプ首相がクビになるかも、と報道が繰り返され、理由はマクロン大統領が世の中こんな騒動になっちゃってフィリプ首相の内政に問題があるとご立腹だからだ、と説明が私の耳に聞こえてきて、もしそれが本当になったら、マクロン大統領のご立腹で「去らざるを得なくなったひと」はこれで何人目だろう?と、ふと。

先日もココで書き散らかしましたが、超ウルトラスーパーど田舎に住む私の周辺ではマクロン大統領について「彼は未だ若すぎるのだ」と遠慮がちに語る仏蘭西びとが多いです。マクロン大統領について誰もクビだ、退任だ、とは大声で叫んでもパリまで届かないのに、誰も小声でも言いません。なぜだろう?としばし思いめぐらしたら、ああ、大統領選挙の決選はマクロンvs極右政党党首のマリィヌ・ル・ペンの二択だったから、ほとんどの仏蘭西びとはマクロンに票を投じるしか道はなかったのです。ご自分が一票を投げた人物が現在のフランス共和国大統領であり、彼がいくら40歳でも国家元首であり、ひと昔前なら国父なのだから「即刻辞任」とは言えない・・・というか、仏蘭西の場合、大統領が選ばれた首相職が内政の長上で、大統領が共和国内を不安定にしてしまった首相にご不満、ご立腹、だっから、クビ!というのはマクロンに限ったことではないのだけれど。何せ、マクロンは大統領の座に着いてから、ギリシャ神話のジュピターに譬えられたり、ナポレオンの再来と誰かが言わされたのか、言ったのか。なんというか不要なほどのチカラの入った強権者ですから・・・いやはや。

そんな妄想が私の脳内を巡った時に思い出したのが、M-1グランプリ。
確か決勝は二択ではなく三択だったなあ、と。フランスでは今世紀に入ってから、何度か最終決戦候補のひとりが極右政党の人物になり、そうなってしまうと極右以外の共和国民は極右政党ではない方の人物にしか投票《できなくなる》。この最終決戦は米国の真似・・・と言っても、米国は二党だから、2候補というか、ベースがまるでフランスのそれとは違うので、最終決戦は三択が良いのではないかと選挙権もないガイジンながらそう考えました。もし前回の大統領選の決戦で三択だったら、マクロン、ル・ペン、フィヨンの三名ですからね。事実上、マクロンvsフィヨンで勝負だったのだろうなあ。選挙中にフィヨン家のスキャンダルを流したのはマクロン陣営の圧しだろうけれど、それでも結果はフィヨンが勝ったかも。

まあ、次の大統領選挙は2021年? はー、その時、私はこの世にいるのだろうか?
おんりぃ・がっど・のおず。

le 13 décembre 2018, Lucie




by ma_cocotte | 2018-12-13 23:29 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
商売あがったり
明日もまた、花の都おパリで「黄色いチョッキ、Gilets jaunes」の抗議運動があるのだそう。
きょうの朝の報道によりますと、歴史的建造物に彼らを近寄らせないし、運動が実行される地区の商業施設のほとんどが閉店、市内の主要博物館、美術館も閉館を決めたとか。そりゃ、そうだわな。凱旋門の破壊行為はかなりのもので、同様のことが実現しちゃったら、あーた、です。ルーヴルのガラス張りのピラミッドなど割られちゃいそうだものね。明日はいずれの有名建造物、公共美術品の周囲にはおまわりさんやら憲兵隊さんがブツを取り囲んで輩を近寄らせない(と、おマクロンさまが裏で命じているにちゃーないw)

しっかし、毎週土曜の、しっか〜も師走(お仏蘭西的には待降節と言い表した方がよろしいかも)のクリスマス&新年商戦の書き入れ時に三週連続で黄色いチョッキを羽織ったひとびとが尋常でない大騒ぎをするのです。それも、パリの商業地区を中心に。たまったもんぢゃござあませんわね。なぜ土曜日なのだろう?としばし目玉をきょろきょろ動かしてみたら、土曜日だったら地方在住の支援者も休業日の場合が多いので上京、参加しやすいからかしら、と。この騒動に乗じて、単に「公共物を破壊してのスリリングがたまらん」という気持ちだけで満タンのひとびとも隠れているだろうからタチが悪いし、彼らと向き合う警官や憲兵隊員が全員パリ生まれ育ちのウルトラフロンセでもなけりゃ、盲目的保守でもないし、ましてマクロン神崇拝者でもなく、地方に住む実家や親せき、友人知人たちがガソリン税の高騰やら電気代値上げについての嘆きに同情している者もいるのが現実。

ったくね、昨日の夜は共和国首相にド・ヴィリエ将軍(去年だったかマクロン神の思し召しに従えず、クビを言い渡される前に自ら退任をされた方)を!と強く求める黄色いチョッキさんが紹介され、生番組にそのド・ヴィリエ将軍がご自身の著書の番宣も兼ねて登場なんてこともありました。黄色いチョッキさんたちが「マクロンに毛嫌いされているひとびと」を集めて理想政権を夢想したい気持ちがガイジンの私にもわからなくはありません(あたくしはド・ヴィリエ将軍贔屓です。別にヴァンデ県(註 この県はド・ヴィリエ家の本拠地)の目鼻の位置に私が住んでいることが理由ではありませんが)。

兎にも角にも、「マクロンに次はない」は私が常々、この一か月は毎日、口から言の葉となって飛び出てしまっているつぶやきです。今週に入ってからは、マクロンには人心がない、嫌われ者ってこういうひとのことだ、と確信に至っています。これは今年の秋に入ってから、閣僚が次々と政権から離れる道を潔く選んでいるあたりから思っちゃいたけれど、決定打はやはり今の、目の前で繰り広げられている民衆の運動の勢いですね。イチナナハチク大革命だかロクハチ学生革命だか今世紀に入ってのラカイユ騒動だかの再来に譬えられても仕方ありません。

明日は死傷者が出ませんように、まる

あたしゃ、超ウルトラスーパーど田舎で粛々と・・・ナニ?
あ、思い出した。12月8日の午後1時からアルジェリアはオランで19殉教者の列福式だ。オランはココんちの仏人♂の母方の祖父母が生まれ育った町だし、明日の列福者のひとりはココんちからほど近い町の出身者。縁あるなあ。生中継を見なくっちゃ!と願いつつも、午後2時から高齢者施設での奉仕だ・・・ぢゃんねぇえん。




by ma_cocotte | 2018-12-07 15:34 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
生温い師走の始まり
師走に入って第四日目。
ようやくお天道様が雲を割って現れたので、12月4日の午後遅く、ココんちからほど近いニオール市の旧市街で開催されているクリスマス市を冷かしてきました。
b0070127_20354489.jpg
ニオールはアルファベットを並べると Niort となり、ヌゥヴェル・アキテエヌ地方の北端であるドゥ・セーヴル Deux-Sèvres 県の県庁所在地です。まあ、私見ですけれど、ニオールはあまりサエない町で、県庁所在地であっても市内に地下鉄もトラムウェイも通ってもいませんし、まぢ、なんだかな、な町なのですけれども、県庁所在地だからかクリスマス市は(2018年度の場合)12月1日から24日夕刻まで催されているのです。よその町村では待降節に入ってからいずれかの土、日曜のどちらか一日または両日のみにクリスマス市を開催というのがマヂョリティです。

なぜ無職の私が夕方にクリスマス市を訪問したのか。それは電飾見たさで、昨日は17時半を周ってようやく飾りに火が入りました。



b0070127_20441683.jpg

b0070127_20460804.jpg
b0070127_20470475.jpg
b0070127_20473537.jpg
b0070127_20480690.jpg
b0070127_20484466.jpg
きれいやねぇ。

ただし、昨日は日本だけでなくお仏蘭西の、このニオールあたりもとっちらかったような気温上昇で、こうして写真を撮ってもなんだかキリっと冷えた空気が感じ取れない気がするのですが・・・日本国内だけが異常気象だとナニかの前触れではないか、と心配になる私ですが、お仏蘭西でもこんな緩んだ気温でまず安心して、次に「まっさか世紀末の予兆???」と今更善行しこたま実行して命乞いしようと思う自分が情けなく、あわれな地を這う獣のようでなあ。地獄にも行けず、醜い肉体で苦しみ続けるのかなあ。ま、それも天主さまの思し召しでぃ・・・と開き直っても、全然、自分、救われない。

ニオールのクリスマス市は12月24日までなので、何度か訪問できればよいのですが。もうちょっと、こう、肌がしびれるくらいの寒い日に遊びに行きたいです。


le 5 décembre 2018, Gérald





by ma_cocotte | 2018-12-05 20:56 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
パリに住まなきゃ意味がない。

昨日、師走ついたちの土曜日。
お仏蘭西では先の土曜に続いて第二回目のパリはシャンゼリゼ通りを中心にした黄色いチョッキ運動の集会、デモ行進が実行されました。第一回目の「暴動」と呼んでもかまわないかもしれないほどの騒動でしたから、昨日の第二回目もある程度の先週と同様であろう騒ぎを想像はできましたが、先週はシャンゼリゼの坂の下の方で大騒ぎとなり、今回はシャンゼリゼの坂の上の方での騒動となりました。シャンゼリゼの坂の上の方とは凱旋門がござるあたりです。今となってはなぜ凱旋門周辺で騒ぐことを政府やらパリ市が甘く眺めていたのか不思議ですが、運動実行者側が凱旋門をまるで乗っ取ったかのような状況となり、あの凱旋門にいたずら書きだけでなく、凱旋門そのものの彫刻を破壊するに至ったのでした。

いや~、テレビ画面の向こうとは言え、その様子にガイジンのあたくしは(既に死語でしょうけれど)ドン引きでした。私はおそらく共和国内で最も地味な零細県庁所在地の、外環道の際に住んでいるので、ガソリン税高騰には文句たらたらであり、黄色いチョッキ運動には同情しています。が、彼らがパリだけでなく、各地の公共物や店舗をデモを理由に破壊している現実にはなんら共感を覚えません。今日まで十日近く、共和国内各地の黄色いチョッキ運動の活動報告をテレビ画面を通して見てはいますが、ココのいくつか前のエントリーにもつぶやいたとおり、日数が増えるにつれて参加者がハイになっている?お祭り騒ぎはたまたパーリー状態?と集会先の様子に疑問を持ち、先週末と昨日のパリ集会の破壊行為を見て、彼らの精神状態はどうなってるのかね?とそぼくな疑問を持ったのです。この件も歴史上の過去の出来事のなんらかにリンク付けできるというか、あの破壊を嬉々と実行するひとびとを傍観しているとどうしても「ああ、だから大革命がこの国であったのね」と妙に私は納得しました。それも高学歴の方々にしてみれば、「ま・ここっとって本当に・・・(失笑)」でしょうけれど、どうにも国王を処刑したり、新政府に従わないひとびとを残酷に迫害したご先祖様からのDNAが今に未だ生きているような気がしてなりません。でも、これまた以前、ココで書きなぐったとおり、仏蘭西と言う国はアングロサクソンやゲルマン、スラヴなど民族で語ることは既にできない共和国民構成です。にもかかわらず、まるで大革命当時もこういう騒ぎ方だったのでは?とリンクできるとするならば、それはもしかして仏蘭西語の何かがひとびとの心理に作用するのか、それとも教育なのか、ガイジンの私には何の手掛かりもありませんが、もしかしたら社会学の先生方はそういうあたりからもアプロオチしていらっさるのかもしれません。

こういう破壊行為を眺めても微塵も同情できないし、「私も一緒に壊したい」と私が思えないのも、私自身が「武士の娘の孫」でもない馬の骨だからですね。あんな破壊をしての結果って何か見えますか?私には上から嘲笑しながら冷たい目線を向けるひとびとしか目に浮かびません。

昨日の騒動では凱旋門からほうぼうにのびるシャンゼリゼ通り以外の大通りでも黄色いチョッキ運動参加者が破壊行為を実行したとのこと。私のように田舎のはずれでテレビ画面からパリの様子を見てこんなエントリーをしたところでこれまた「巴里の日本人」方には冷笑されて当然です。すみません。

タイトルにした「パリに住まなきゃ意味がない」というのは、前世紀の終わりに私が江戸城お堀端の会社に通っていた当時、同時期にどういうわけか地球はこんなに大きくて広いのに仏蘭西に長期滞在することになった女性が私を含めて複数おり、南仏に向かう私を前にパリに移住する女性がそれは美しいお顔ですずやかにおっしゃった一言です。今回の黄色いチョッキ運動騒動でも、ひと昔前のサルコぢがおっさる「ラカイユ」騒動でも、パリに住んでいなければ何も真実は見えない、事実はわからないのでしょう。

では、この辺で。

le 2 décembre 2018, Vivien

by ma_cocotte | 2018-12-02 20:55 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
黄色いチョッキのカッコ悪さ le gilet jaune moche
ココ十日くらい、今週に入ってからはほとんどニュウスを見ていません。というか、見る気がしません。
なぜかと言うと、先週はじめからずっと17日に始まる全国規模の石油価格高騰反対イヴェントの報道がトップニュウスで、今週19日月曜からはそれに続くは毎度、日産のカルロス・ゴーン氏逮捕の報道ばかりだからです。このトップ報道が石油価格高騰反対運動、お次がおカルロス・ゴーンの順番が狂わないまま、週末を迎えることになり、木曜夜あたりから視聴するこちらの心中「あああ、共和国内が平和ってことね」と思うようにもなってはいたのです。

が、しかし、

常にトップニュウスである石油価格高騰反対運動、人呼んで「ジレ・ジョオヌ Gilet jaune」、=黄色いチョッキという名の運動ですが、毎度のことながら規模が大きくなるにつれて、参加者のお祭り騒ぎが過剰になり、暴動と呼んでもいいのではないかと思えるほど公共物の損壊や放火が目立つようになってきました。

b0070127_15415565.jpg
この石油価格高騰反対運動についてなぜ「黄色いチョッキ」と綽名されているのかというと、これ ↑ ね。共和国内では2008年7月1日付で自家用車内にはこの黄色いチョッキを常備する決まりができたのです(確かこのポスターに見える赤い三角立て看板も)。共和国という国ではこのポスターでもわかるとおり、市街を囲む外環道を出たら、外灯の存在しない道路ばかりになります。ですから、そういう道で車の事故、故障に遭ってしまったら、ヒトはこの腰のあたりの白い二本の線が蛍光になっているチョッキを着て行動すれば、真っ暗闇の中で爆走する他車にはねられる確率が低くなるのです。ちなみに、おフランスでは写真のような外環の外の一般道では110km/hで走っていいことになってまふ。中央分離帯がなくて、だよ。

つまり、共和国民で、自動車を使っているひとなら誰もが車内に置いてあるこの黄色いチョッキを着用して、今回の石油高騰について政府に抗議しよう!と誰かが提案したわけです。なぜ「誰か」なのか、というと、この抗議運動のリーダーが「曖昧な存在」で、どこの政党党首でもないし、労働組合のトップでもなく、ウワサではフェイスブックで或る仏人男性が呼びかけたのが始まり・・・という話もあります。

そんな責任者が存在しないこの黄色いチョッキ運動ですが、おそらく政府側にしてみれば想定外の大規模な運動に化けてしまった(としか言いようがないかも)。先週土曜日は各県庁所在地の外環道の出入り箇所に黄色いチョッキを着たひとびとが陣取って交通規制だか交通妨害を実行しており、その行動は土曜の日没前までに終わるのかと思いきや、日曜も、週明けて月曜からもほぼ24時間体制で行われたのです。まあ、決行第三日も過ぎれば、想像できますが、積極的に参加している方々は「ハイになる」。ニュウスで紹介されている彼らの様子も陣取った場所でBBQパーリーでワイワイとどんちゃん騒いでいるようにしか傍目には見えなかったりするのですが、彼ら自身は真剣に反対運動に取り組んでいると信じているのです。

そして、週半ばにはほうぼうで放火や暴動騒ぎが始まり、中には高速道路の料金所をデモ参加者が占拠し、利用者を無料で高速道路内に誘ったり、果ては料金所のボックスから火の手が上がり全焼という現実も。この運動は共和国本土だけでなく7つの海に点在するおフランスの海外領土にも広まったことで、土地によっては参加者が暴徒化し、公共物の損壊や物品の盗みにまで。

まあ、この辺は民衆による「民衆のため」と思い込んだ抗議運動が発生した場合におフランスでは「よくあること」に思えたりしなくもありません。きょうは誰が言い出しっぺかわからないまま、この「黄色いチョッキ」運動に賛同するひとびとが花の都巴里に集結し、抗議集会を開きます。ご想像どおり、責任者が存在しませんから事前に警察に許可なんぞ取っておりまへん。ただ、なんとなく、どんどん参加者が暴徒と化してもいるので、花の都巴里で何が起こってしまうのか・・・あたしだったら今日の、週末の巴里へは行かんぞ。催涙ガスが飛び交いそうな悪寒がするもん。

で、最後に。
ココんちからそんなに遠くないシャラント Charente 県内でも同様の、抗議運動参加者による公道の進路妨害行為が続けられており、週半ばだったか、車の進行を妨害された運転者である婦人が車から出て、「通してください」と懇願したところ、運動参加者から「お前は国へ帰れ!」と大声が多数出たのです。なぜなら、そのご婦人の肌の色がカフェオレ色だったから。オイロッパのひとのように金髪碧眼ぢゃなかったってこと。この様子、France 3のニュウスで一部始終放映されて、肌が黄色くて顔が平たい族のあたしは吐き気を催すほど嫌な、悲しい、いや、どう表していいかわからん気持が心身に走りました。報道の最後にはこの女性と社内にいた配偶者が警察にこの旨、訴えたと結ばれていましたが、なんつーか、ココ数日のカルロス・ゴーン氏逮捕に関しての日本への(主に拘置所の環境や待遇)批判などと混ざりあって、いったいおフランスの民衆って先進してンのか、それとも1789年の大革命当時とたいして変わらんままの停滞国民なのか、わからなくなってもきました。民衆の運動の様子を眺めていると大革命時の第三市民かいな?と思えなくもないし、だったらがムばってほしいと私だって願いもします。だって、共和国の場合、車無しに生活できるのはパリ、リヨン、マルセイユの三大都市や、それらに続くストラスブール、ボルドー、リルの、外環道の中に住居があるひとびとだけぢゃありませんかね? 外環道周辺または外環道より外に住んでいるひとびとは車がなければ生きていけねーよ。そういうひとびとから石油価格を高騰させて税金をふんだくる目論見の大統領閣下とそのお仲間たち。彼らには石油高騰なんてなんら響かない。彼らと違い頭が悪くて、出自不鮮明の貧しい我々自身のせいなのですよね。・・・と、大革命当時と同じ構図が見え隠れしてくるわけさ。

ったく、仏蘭西の偏った中華思想、なんとかならんものかの。

昨日の午前中、教会の雑務を終え、80歳を過ぎたであろう責任者のマダムに退席の挨拶をしたら、正午直前だったこともあり、マダムから「ボナ・ペティ」と一言。その後に「日本人もお昼ご飯を食べるの?」という質問がくっついたのさ。Bof


le 24 novemble 2018, Flora


by ma_cocotte | 2018-11-24 16:22 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
ご維新で時は止まり
おととい月曜の、日が暮れたあたりからだったか、仏蘭西でも「ごーん、ゴーン」と五月蠅く耳に聞こえ、目に飛び込むようになってまいりました。はい、日産自動車の代表取締役会長カルロス・ゴーン氏の逮捕についてです、はい。個人的には彼がブラジル生まれ、育ちと知っていたので、ブラジル人がいかにもしそうなこったわい、とまず苦笑でした。次に、彼はおフランス国籍者でもあるので、ブラジル中華思想とフランス中華思想が災いとなって日本という極東の、仏蘭西共和国内で安い世界地図を買えば省略されちゃうような(彼らの概念では)小国で悪さをしたのだろうけれど、おそらくご本人は逮捕された今現在でも、なぜブラジルで生まれ育ち、おフランスで最高の教育を受け、世界の超一流会社のザ・トップ・オブ・トップスになったミーが何悪いことしたの?と罪の意識なんぞこれっぱっちも心身が思い浮かばせないままなのだろうなあ、と私は妄想しています。

で、この世ではもちろん偶然ですが、私個人はたまたま毎週日曜に大河ドラマ「西郷どん」を視聴しており、今月に入ってから岩倉と大久保の欧米使節団が欧米諸国で悉く交渉失敗し、不平等を思い知り、大日本帝國に戻った大久保のキャラが怒髪が天衝いても衝き足りずにおひげも天に向くわ、人相変わるは、「昔の一蔵さんはどこ行っちゃったのぉ?」というあたりがドラマで描かれているわけですが、なんだかこの「西郷どん」での話の流れとカルロス・ゴーン氏逮捕をきっかけとした世間の様子が妙に重なり、確か大政奉還は1867年の秋でしたが、それから151年経ったであろう今2018年になっても、おフランス側の日本国に対しての見下し方はてーして変わらんのではないか?とマロは思い始めてしまっているところです。

そもそも、ココんちの仏蘭西びと♂は人種差別主義者なので、今回のゴーン氏逮捕で日産の西川社長の記者会見についてテレビ画面にあらわれたところで「あ、ゴーンをいぢめた奴だ」とつぶやきやがりましたからね。それから、ルノー社は日産株を4割持っているから、日産はルノーの言いなりになるしかない、とも言いやがりました。まあ、アホどころかパーなので何言っても無駄だなあ、と内心思いつつ、「億万長者のくせにセコいことしやがって、ふん」とつぶやいといた。「ったく、夜明け前から働く、もしかしたら土日も出勤しているかもしれないNissanのフランス人社員がゴーンみたいなことをしたら、同情も、憐れみもあっておかしくないとあたしゃ思うが、ゴーンの給料、調べてみろ」とも、ついうっかり我が口から洩れちまったぜ。

細かいことは書かないけれど、ココんちの仏蘭西びと♂のようなヴァカもんにしても、ルノーやらおフランス共和国政府のヒエラルキア頂点の天井びとであろうと、どこかここ数日の対日本、対日産への見下し方、上から目線が、なんというかなあ、時代遅れというか、こいつらいつまで植民地主義やら昔のおフランスの栄華を支えに信じ込んで、極東やら赤道向こうの国やひとびとをバカにし続けるのかしら?と。こうなってしまうと仏蘭西共和国なんか21世紀において後進国ですわね。

日本国も、日産も、三菱も、ルノーに対してガンと強く動いていいのではないでしょうか。

le 21 novembre 2018, Dimitri



あぁ、書き忘れ。
今回の件でカルロス・ゴーン氏が離婚、再婚していたことを知り、驚きました。
確か前夫人は都内のどこかでレバノン料理のレストランを経営していませんでしたっけ?



by ma_cocotte | 2018-11-21 19:09 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
ボヂョレヌーヴォ解禁日翌日に、
b0070127_16313650.jpg
頭にバリカンをあてた後、一杯ひっかけてきました。2ユーロ。
アテはソシソンで、コンテ味を選びました。ボール一杯 4ユーロ。

このお店のフェイスブックページからのお知らせで、ボヂョレ解禁日の夕方6時から開栓パーリーがあると知ってはいたものの、あの手の華やぎが苦手ゆえ、翌日午後遅くなっての訪問となりました。注文と同時にお店のおにいさんが「もうないよ」と返答。毎度のとおり、おおげさに大ショックでよれよれだと表現したら、バアと隣接する小売り店舗(カーヴって言えば格好いいんですかね?)に探しに行き、一本、持ち帰ってきてくらしゃいました。なんでも解禁日18時からの開栓パーリーでボヂョレヌーヴォの瓶を65本開けて、空けたとのこと。こんなウルトラスーパーど田舎の共和国一番の零細県庁所在地でよくもまあ一軒のお店が65本も開け空けたわねぃと感心。

先週末からの長雨の後、今週は火曜日からまるで春が来たかのような陽気に恵まれたけれど、来週には雪の予報が出ているとか。外の水道の元栓を閉めなくっちゃね。


le 17 novembre 2018, Elizabeth
by ma_cocotte | 2018-11-17 16:41 | 『秋』 Rien de special | Comments(0)
これこそ複数国籍の「功罪」ではないのかしらん?
先の日曜日に大相撲九月場所が終わり、一年ほど前からココんちのSFR(=共和国の大手電話通信会社)のチューナー548番でNHK Worldを選んでは連日の大相撲ダイジェストを楽しんでいたワタクシ。今場所は超ウルトラ久しぶりに3横綱が揃ったせいか、全体が引き締まっているというか、単純に力士の勢いが強烈で、興奮する取り組みばかりでした(が、昨日、貴乃花親方の引退発表があり、ちょいと胸中複雑。場所中の親方、美しかった、花があったもんねぇ)。

まあ、それは横に置い・・・いや、置く前に今場所が盛り上がったのは、3横綱の、唯一の日本人横綱である稀勢の里の復帰、復活も盛り上がりの炎をいっそう高く躍らせたのではないかと個人的に思うところ。で、立ち合いの不成立が少なくとも3力士に対してあった横綱白鵬についても彼の贔屓筋とそうでないひとびとの意見が二分したことなども、もう棺桶に片足突っ込んでいる世代の私なんぞは前世紀の大横綱・大鵬やら力士からプロレスラーに転向した力道山や曙などなどにあった批判や誉め言葉諸々がわが脳内フロッピーからひょんに飛び出ても来ました。

そんな脳状態で数日目を迎えた今朝からおフランスの報道を賑わしているのが、かつてフランス社会党のスタアのひとりだったマニュエル・ヴァルスがフランスを去り、祖国スペインに戻り、スペインの政界にデビュウするというスクープ。


記事の中見出しを読んだところでどっちらけの感情しかわかんわな。
彼、マニュエル・ヴァルスについてはココでもかつて何度か話題にしたことがあります。スペイン人の父親とイタリア人の母親との間に誕生し、高校生になる年頃までスペインで育ちました。(もちろんスペイン語、イタリア語は現在もペッラペラ)この彼が確か高校入学をきっかけだったかフランスに移住し、成人を機にフランス共和国の国籍を取得。以前から没頭していた社会党でぴっちぴちと大活躍し、首相の座まで射止めた。で、大統領選に立候補し、なぜだかそン時、ヴァルスは現在の自分は共和国国籍のみであり、スペインやらイタリアの国籍は捨てた、とウワサを広めました。彼が複数国籍者だと知っていたあたしは「ウソ言っちゃいけねーよ」と苦笑いでしたが、彼の陣営が流すその噂を信じたひとびともそりゃ一定数存在しました。まあ、私は先の大統領選の最初っからマニュエル・ヴァルスにはドン引きだったので、冷ややかな目でこの噂を眺めれば、ヴァルス陣営が極右票の一票でもヴァルスに流すための愚策だったのだろうなあ、と思うわけで。

きょう、ココでは当時の話題はそこまで。っちゅうか、大統領選予備選で落選したマニュエル・ヴァルスがそれと同時に雲隠れしたのでした。彼が再びマスコミの前に姿を現したのが、ほれ、スペイン北東部カタルーニャ地方の独立運動というか騒動が欧州連合を巻き込んでようやく沈静したかなあ???と我々が思おうとしたあたりです。私の記憶が確かならば、マニュエル・ヴァルスが立派な顎髭を蓄えて、バルセロナだったか美術館に現れた・・・という、それはvery 文化人となっての「復活」でした。一方、写真週刊誌ではこんにちまで一定のリズムでマニュエル・ヴァルスが大統領候補だった当時のパートナーと別れて新しい愛人とスペインでねっとり蜜月だということが繰り返されてもいました。そういうどうでもいい話と同時進行で、バルセロナ市長選にマニュエル・ヴァルスが立候補するらしいよ、とも既に流れてはいた・・・

けど、本当に(ほぼ確定で)彼はバルセロナ市長選挙に立候補すると今日の朝、報道が飛び交った・・・

大統領選の時にはさ、フランス共和国が第一、唯一です、と繰り返していたマニュエル・ヴァルスが(そんなに心酔していない我々にとっては)あっさりと「今のボカぁ、スペインしかありまっしぇん。カタルーニャ独立なんてさせまっしぇん」ですからね。二枚舌と断定できなくもない。

私は以前、マルセイユの近郊に住んでいたので、イタリア国境からスペイン国境までフランスの地中海海岸沿いを車で6時間あれば十分ということもよく知っているし、近所はフランスオリジナルの苗字よりイタリア、スペイン、ユダヤん、アラブんの苗字の家庭の方がおマヂョリティだったことも現実だったし、彼らがそれぞれの母国の親戚の家庭とあまりにも気軽に行き来しているのも目の当たりにしていたので、今更、ヴァルスがフランス捨ててスペインに戻るのも「よくあること」ではあっても、彼の場合はさー、なんだろね。そんぢゃ、もし、万が一というレベルだけれど、先の大統領選挙でヴァルスが大統領に選ばれ、今、共和国の首長、長上、国父であり、エリゼ宮殿の殿様だったら、ヴァルスは今日、フランスを捨てて母国スペインに戻るンですかね?(今日の時点で共和国大統領のマクロンくんはエイメリカはニュウヨオクの国連で演説中w)

ったく、マニュエル・ヴァルス個人のとてつもない野心が表面で煮えくり返っていて、あたしゃ、すこぶる気分悪いです。

バルセロナ市民も、市長選で当選するためにあっさり「僕の第一の母国おフランスぅ」を捨てた人物に市の長上の座を任せるンですかね? ヤだわあ。

お相撲の世界で力士が親方になるためには日本国籍取得が義務と幼い頃に知り、単純に「大変だなあ」と思ってはいましたし、オトナになってから日本国籍を取得するためには生まれながらの国籍を破棄せねばならないという厳しさも知りました。だから、私はフランスびとと結婚した今も日本国籍者であり、フランスには仏人配偶者としての長期滞在許可証を10年単位で更新する形です。
最近はテニスの大坂さんが複数国籍者で、おそらく21歳時に国籍選択の義務が課せられ始めるので、それもまた他人事とは言え大変だろうと予想しますが、今日になって複数国籍者であるマニュエル・ヴァルスがあまりにも軽々と母国スペインとフランスの間をふーらふらしているので、二重国籍も考え物だなあ、と思った次第。本人のモティベーション次第で優先順位を替えられることはよくわかりました、まる


le 26 septembre 2018, Côme et Damien



by ma_cocotte | 2018-09-26 17:45 | 『?』なオイロッパ | Comments(0)
ハ ジ メ テ ヅ ク シ

先日の花の都おパリ日帰り旅。
「本日のメインエヴェント」を夕刻に終えた後、私にとって初めてパリ1区、2区をまたぐサンタンヌ通り rue Sainte Anne に行きました。ここは日本の食材や雑貨店だけでなくレストランも多々あることで知られています。私は凱旋門のそばの駅から、これまた初めて利用となったRERに乗り、オペラ座近くへ。そこからサンタンヌ方面に向かいましたが、何せあたしゃ生粋の田舎者ですンで、道を迷いながらなんとかサンタンヌ通りにたどり着くことができました。

で、サンタンヌ通りに入ってすぐ、日本を連想するカフェを見つけました。その名は Aki 。日本でも、仏蘭西でも、Ovni 紙を開いたことがあれば、Aki さんの広告をご覧になっているかと思います。

ちょうど午後4時も過ぎ、いえいえ、午後5時手前になってしまっていたので、遅めのキャトルール(Quatre heure,=おやつ)。なにしろいつもより遅めに昼食を終えたこともあり、この時間まで飲まず食わず。入ったお店にはそれはそれは美味しそうな食べ物がだだだだぁああっとありまして、全部いただきたく思いましたが、私が選んだのはあんぱんと抹茶オ・レ。

b0070127_14272896.jpg
おいしかったあああ。あんぱんも、抹茶も何年ぶりだろう? 5年? いえいえ、それ以上?
ココんちの田舎者仏蘭西びと♂が食べた苺ショートケーキを私はひと口いただきましたが、うぅううううん、うまいっ。仏蘭西の都会は存じませんが、私が住む超ウルトラスーパーど田舎の零細市ではショートケーキが「ない」ので、本当に涙が出そうになりました。(私は昔から初めてのケーキ屋さんでは必ずショートケーキとシュークリームを買うことにしています)

ココで小休止後、サンタンヌ通りで歩を進めると、同じ系列のパン屋さんがあり、そちらでは持ち帰りでねじりパン、メロンパン、どらやきを買いました。いずれもココんちに戻ってからいただきましたけれど、おいしうございました。メロンパン、ぐぅううううっど!

今後またパリに行く機会が私にあるのか(ないだろうな、と思いつつも)、もし次のチャンスにはまたここ、Aki さんに寄りたい、いえ、寄ります。


le 15 septembre 2018, Dolorès

by ma_cocotte | 2018-09-15 14:39 | 『旅』 Rien de special | Comments(0)