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カトリック教¨会分裂の予兆でせうか。
昨晩から次々と飛び込んで来るこの話題。


ヌゥヴェル・アキテエヌ地方にはボルドー大司教区、ポワティエ大司教区という二つの大司教さまがおわします教区がありますが、ヌゥヴェル・アキテエヌ地方の北部に位置するポワティエ大司教区の長上様がこのたび、カトリック司祭の妻帯について賛成であると表明したのだそうです。

うへぇ。

あくまでもカトリック傍観者である私の冷ややかな眺めでは、ヒトが決めた国境を取っ払ったカトリックヲールドに生きるエラいお坊さんはもちろん、そういうエラい身分にはなることがないひとびとの中には相当数、「司祭の妻帯について《絶対》反対」と智を持って叫ぶ方々がいるので、どこぞの大司教様がフランス語だかなんだか知りませんけれども、兎にも角にも「司祭の妻帯について賛成」と公言したことはスキャンダアルになる可能性大かもしれません。

しっかし、カトリック2千年と数年の歴史において、教会分裂を連想される事件はアヴィニヨンと言い、ルフェエヴリストと言い、仏語圏で生じる率が高過ぎではないでしょうか。そうだからこそ、「カトリックの長女」と綽名されるのかもしれません。こんにち廃れつつありますが、長女=大姫さんの発言はどんなにとんちんかんでも絶対だったりしますものね。

・・・とはいえ、なんだかな。

ヴァティカン、どーなっちゃうンでしょー。


le 12 mars 2019, Justine

by ma_cocotte | 2019-03-12 00:01 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
弥生の長雨 « giboulées de mars »
先週半ばまで連日午後には20度近くまで気温が上がり、それは「五月の陽気」だったそうで、ピレネー地方など最高気温が23度と予想された日もありました。が、2月に「5月の陽気」って、そりゃあ、冬を耐え忍んで春をひたすら待つひとびとにとってはうれしいもので、ココんちも連日、軽装で犬の散歩にウキウキ出てもいました。

でも、やっぱりそれは二月の異常気象であり、弥生三月に入ってまもなく天候は冬に逆戻りし、先の週末などココんちあたりはテンペスト、冬の大嵐でした。一度、その冬の大嵐が静まったものの、この週明け4日の夕方から今にも雷がゴロゴロと鳴りそうな空模様と空気の流れになり、以降、毎日、雨、雨、雨に風。ただでさえ、空き巣被害以降、気持が沈んだままなのに、ココ数日の風雨でいっそうどよ~んです。

今朝、耳にしたのは « giboulées de mars » です。ジブゥレ・ド・マアス、三月の長雨とでも訳しましょうか。
いつだったか、どこかで私がこのジブゥレについて長雨を意味する、とコメントしたら、ジブゥレは氷雨で間違いないと意見をいただいたことがありました。私が初めてこのジブゥレという単語を知ったのは、今の土地、ヌゥヴェル・アキテエヌ地方に引っ越してからで、南仏では聞いたことがありませんでした。なぜ現在の土地で「ジブゥレ」を知ったのか。それはたまたま数か月籍を置いた移民向けの語学校で11月を迎え、連日雨が続いたのです。その時、ポワティエからいらした先生がこの長雨をジブゥレと呼ぶと教えてくださったのでした。そして、今、こうして3月に入り、連日の雨。これをジブゥレと呼ぶのではなく、「de mars 三月の」をジブゥレの後に付けるそうです。


調べてみたら、giboulées de mars に対し、11月の長雨は giboulées en novembre と表すそうです。メモメモメモ

で、今年。
先週にはほうぼうのお庭のアーモンドやアンズ、さくらんぼなどの木が花を咲かせてしまいました。おそらく5月並みの気温が数日続いたことで幹が勘違いしてしまったのでしょう。こういう年の果実はおいしく実るのかしら?

ココんちのサクランボの木は朽ちてしまいましたが、二月の終わりから先ずスイセン、続いてクリスマス・ローズ、ヒヤシンス、ムスカリと次々に大地から顔を出し、花を咲かせています。長雨のせいでうつむきがちになりますが、こういう時は讃美歌の「主にまかせよ」の歌詞を思い出して自ら励まし、春を待つ。ん、そだねー。

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le 7 mars 2019, Félicité



by ma_cocotte | 2019-03-07 01:33 | 『春』 Rien de special | Comments(0)
お話にならないお話
こんにちは2019年3月6日。
仏蘭西の暦でこの日を見ると Cendres サンドルとあり、これは和訳すると「灰(の水曜日)」というキリスト教につながる儀式を行う日です。この日から日曜を除く40日間、四旬節(←これはカトリック用語で、聖公会では大斎節と呼ぶそう)という節制期間となります。特にこんにち灰の水曜日は西方教会においては断食を行う習慣があるので、前日(つまり、昨日)は仏蘭西だと「Mardi gras マルディ・グラ」、=油脂の火曜日と呼んで、人民は脂で揚げたものを食べ尽くして、翌日の断食に挑む伝統がありました。四半世紀ちょい前まで、仏蘭西ではこのマルディ・グラの日に仮装したお子たちが近隣を周ってお菓子をいただいていましたが、今はもうそれはほぼ真っ白で、誰もが察するとおり、今は10月31日のハロウヰンに替わってしまいました。が、地中海側の市町村では今もこの時季にカルナヴァルを催してもいます。どうか、廃れませんように。

で、昨日。油脂の火曜日の夜、仏蘭西と独逸の共同運営テレビ局ARTE アルテで、こんなドキュメンタリ&調査番組が放映されました。


ヒトが決めた国境を取っ払らった、「カトリック教会」の世界の中であった司祭による修道女への強制性愛についての報告集です。番組は全編97分。今週に入ってから、この番組について話題にするテレビやラジオ番組、雑誌、新聞が多々あり、昨晩の放映が実行されました。

内容は非常に視聴者側の心身苦しくなる・・・これは私の印象ですから、ヨソのひとびとの中には快感を覚えるひともいるのかもしれません。ココんちあたりはアテ(無神論ちゅうか否神論者)がゴロゴロいるので、きょうあたりは飽食しながら高笑いで教会批判すンだろうと容易に想像もつきます。それもまた夜も明けていない現時点ではあたしの妄想w

司祭と修道女が性関係に至るまでの証言についてはほぼ万民のご想像通りのうちで、万事、司祭が神の名を安易に出して「命じる」ことの繰り返しです。番組の中であたしが耳にするなりムっとなったことは妊娠した修道女に向かって相手の司祭が堕胎を「命じた」という点です。これ、堕胎について、ヨソの宗派ではそれぞれ解釈が異なりますが、カトリック教会では瞬時破門であり、堕胎幇助した第三者も破門です。てか、表向き、「我は牧者なり」の司祭なら御身をもって生涯かけての信仰生活の見本を我々に示すことも務めでしょうに。あーた、裏では貞潔も守らず、果ては堕胎命令っていったい。

そこに、神さまはいないよね。

「神の不在」が彼のいる聖堂にも住まう司祭館にも明らかとなります。
今世紀のはじめだったか、我が知人である修道女から「今は司祭、修道者の格好をした悪魔が存在するので、気をつけなさい」と注意されたことを思い出しました。たまたま「悪魔」という存在を認め、日常でその語が飛ぶ環境の修道会だから彼女はそう私におっしゃったけれど、もし私が同様に「悪魔」の語を用いてヨソのカトリック環境で話したり、タイプしたら、あからさまに不快感を私に言ってくるひとびとも現実では多々います。私は一度、これで大失敗をし、「気持ち悪い」など言葉をたくさんもらったので、それ以降、悪魔についてカトリック環境で話す時はTPOをよくよく見、考えるようになりました。今になって思うと、神の万民救済が絶対なら悪魔は存在しませんからね。Bof

兎にも角にも、昨日の午後には仏蘭西のカトリック司教団がこの番組放映について公式見解を発表。犠牲者の悲しみと怒りと我々は共にある、とのこと。ですが、次々と届くこの番組の関連記事には、先日から話題になっている幼児性愛以上に司祭と修道者のスキャンダルについては沈黙が守られていることが「当たり前」とありました。

この番組で告白した方々はかつての事実を「墓場に持って行く」ことを止めた。そう気持が変わったのも、近年の聖職者による青少年についての諸スキャンダルがどんどん明らかになっているという世間の変容を感じ取ったからなのだと拝察します。

この番組の作成者チームは、ヴァティカンが次に取り組むのは修道者への暴行についてだろう、と予言しています。


le 6 mars 2019, Colette






by ma_cocotte | 2019-03-06 16:08 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
矛先の向きが替わってしまった。
何が?って、黄色いチョッキ運動でピチピチしているひとびとにとっての敵が明らかにマクロン大統領から富裕なユダヤびとびとに代わってしまったのであります。
その黄色いチョッキ運動によるパリでの抗議集会開催も今週末(3月2日&3日)で第16週目に突入。継続しているものの、ココんちのようにヌウヴェルアキテエヌの北部、おそらく仏蘭西共和国内で最もミギが潜んでいるであろうヴァンデ県と目鼻の位置に住んでいる者にとりましては2月最終週からガソリン代がびよーんと値上がりした事実を既に実感しておりまして、黄色いチョッキ運動の過激化が目立ち始めてまもなく政府がガソリン税の値上げを3か月先に延ばすとかなんとかおっさって鎮圧に努めたところで、そんな3か月なんてあっと言う間なのだと改めて実感もしています。

で、話は冒頭に戻り、彼ら、黄色いチョッキ運動と名乗ってピチピチ活動している方々の武器の矛先の的が2月あたりからマクロン大統領ではなく、共和国内に生きるユダヤ系のひとびとにほぼ変わってしまったという印象が強くなりました。先ず目立ったのはパリ市内に点在するユダヤ系の商店に向けての破壊行為で、続いては公共におけるユダヤ関連備品への損壊で、これには個人の墓石にひどい文章だけでなくエスエス、つまりナチスのトレードマークも描いて、墓石を倒すという行いも含まれます。

なんだろねー。墓を荒らす行為って宗教革命直後も金髪碧眼のひとびとがやらかした常套手段ですから、あたしのように共和国内では肌が黄色くて顔が平たいガイジンには「白人が野蛮である」としか見えないのです。宗教革命での言動をまったく反省せず、今、21世紀に入って18年が過ぎても実践してるってどんだけ成長のない人種なんですかねぇ。← ラシスト発言w 
兎に角、昨晩もストラスブールの市井でユダヤ関係モニュメントが悪意をもって見るに堪えない姿と化している映像も私は見ちゃいましたが、正直、こーゆーことを行い、世間に見てもらったところで、どーゆー結果をこんなことを実行する連中は想定してンだろ?と、まるで脳内ですごろくの駒を進めるようにひとつひとつ前に進もうとしても、ゴールが何も見つかりません。

おそらく仏蘭西の地方で親せき一同、そんなに遠くない土地に代々生きている方々がこの黄色いチョッキ運動がきっかけで生まれて初めてパリに上京。凱旋門周辺で抗議運動しつつも通り両脇には地元で見たこともない華やかさを醸し出す店が並び、耳に入ってくることはそれら店舗のオーナーの多くが「ユダヤ」という話。それだけで何と表現してよいかわからない感情が芽生えて、こういう行為を表してしまう・・・っちゅうのは、旧約聖書のカインとアベルの話と似通っていなくもありません。

もうひと昔前になりますが、当時の共和国大統領サルコぢ(=神聖賢愚帝w)がコミュノタリズムを肯定したことがあり、彼の出自が父親は東欧、正確にはハンガリーの移民第一世代で、母親はスファラディのユダヤんだったり、彼の息子がユダヤ系女性と結婚したことでユダヤ教に改宗したこともあるので、世間がサルコぢのこの提案に反発したけれど、現在の現実を目の当たりにすると毎週末、パリで嬉しそうにユダヤ系店舗などを攻撃している金髪碧眼の男女について「もうパリに来るな。お前の巣に籠ってろ」とボヤきたくなる自分と、かつてのサルコぢの提案が共和国の移民難民についてではなく土着の彼らのためにあるのでは?と思い始めてもいます。今となっては税金高騰についての抗議なんて彼らの抗議運動目的の二の次、三の次にしか見えません。「黄色いチョッキ運動」を隠れ蓑に極右(=っちゅうかウヨク)と極左(=政府転覆が目的)が集い、そこに破壊行為で快感を得る趣味を持つひとびとも加わっているのが現状ではないでしょうか。で、悲しいことにこの運動の本来の目的のために動くひとびとにおかれましては「騙されやすい、流されやすいひと」が多いのも悲しむべき現実だと思います。

で、仏蘭西に住むユダヤんについてですが、たまたま私が知っていることは、フランスの国土の、地中海沿岸にはイエス・キリストさんの誕生よりはるか前にすでにユダヤんが移住しており、シナゴーグとそれを囲む集落が点在していたそうです。最初、これについて教わった時は「ウソぉ」と疑いましたが、少し考えれば地中海は内海だから、海を横切らずとも沿岸を歩けば、自ずと移住は紀元前だって可能なのです。キリスト教を中心に見るならば、マグダラのマリアが地中海を船で横切って現在のフランスの土地に着いた後、宣教を始めたという話も仏蘭西ではまことしやかにあるし、パウロは地中海沿岸を歩いて宣教、それはシナゴーグ訪問を兼ねていたので現在のスペイン国内までパウロは宣教したとも伝えられています。ふむ、もしこれが本当だとすると、マグダラのマリアは仏蘭西、マルセイユ近辺から上陸後、北上続けての宣教活動であり、パウロはイタリア方面から地中海沿いのシナゴーグを訪問しながらスペイン国内まで南下したことになります。ひとりは北上、ひとりは南下と、実に効率良く、聖霊降臨の恵みにあずかったひとびとは福音宣教に動いたのですねぇ。
話ズレたような一見ですが、ズレてねーよ。ユダヤんは紀元前から共和国内の土地で既に「生まれては死に」を繰り返していたのに、地方の田舎もんの金髪碧眼がユダヤんをまるで新参者のように邪魔に扱うというのは、無知による過ちとしか言いようがありません。「バカだなあ、アホだなあ」とまるで志らくさんのようにつぶやきつつ、黄色いチョッキ運動の目的が初心に戻り、税金高騰に強く抗議することに集中してくれないかしら?と思う、日曜の朝なのでした。

嫉妬ほど恐ろしい爆薬はないね。


le 3 mars 2019, Guénolé

by ma_cocotte | 2019-03-03 18:47 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
今度の水曜日から節制するもンね。
できるかなあ? できないだろうなあ・・・。

2019年。早くも第三の月となりました。こんにちで二日目。
昨日、弥生ついたちの朝はいつもの金曜なのでココんちから旧市街向こうの教会聖堂にお昼までおボランティ~ア。責任者のマダムから来週水曜は「灰の水曜」なので、しばらくはお地味な日々を過ごすことになるわね、とお話。ああ、今度の水曜が灰の水曜だと、前日火曜日は「マルディ・グラ、Mardi gras」、油脂の火曜日と来たもんだ。火曜日の買い出しで油で揚げたもんを買い込んで食い尽くすか・・・と目先のことばかりに気を取られ、数分後に新たな思考の波が押し寄せて、四旬節かあ、今年の復活祭は4月の第三日曜(正確には前日土曜の日没後から始まる)で、例年よりかなり遅いご復活なのよねー。だったら、もう暖かくて、庭でドンチャカぐびぐびできるよね・・・と結局、飽食の妄想にたどり着いてしまう自分。その前の節制を忘れンなよー!です。
で、フェイスブックの某所からこんなわかりやすい表が届き、ありがたく思う週末の朝。
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灰の水曜日からご復活までの間、みんなが心がけることの一覧。これはわかりやすい。わかりやすすぎるくん。
今までわからなかったこと、其処此処で疑問をつぶやいても誰からも答えをもらえなかったことがピクトグラムと単純かつ短い英語で記してある。まあ、できることはして、できないことは無理してしない方針で行くことにします。


le 2 mars 2019, Charles le Bon



以下、余談。西方教会ネタなのでもうココでは触れたくないのですが、ちょいと。
先週の半ばだったかヴァティカン本丸でカトリックヲールド内でのペドフィルの件について司教会議が数日に渡ってあり、その会期半ばにオーストラリアのエラい聖職者(かつてヴァティカン上層部のナンバー3だったそう)がそのペドフィルの罪科で御年77歳だけれど実刑だ云々。ああ、この件より前に既にドイツで立派な賞を受賞したフランス映画、その内容はリヨン大司教区内でのペドフィル事件について描いているもので、この映画をフランス共和国内で上映するか否か裁判所判断が下る~という報道もありました。それは確かヴァティカンでの司教会議の2、3日前のことで、結果、裁判所は共和国内上映にGoサインを出しました。
で、これまた思い出したことに、そのヴァティカンでの会議の後半だったか、おフランスで同性愛の話題で主にヴァティカンのエラい聖職者方にアンケート調査したことをまとめた本が出版されることになったと、主だった全国紙が報道し始めて、今週に入り、テレビやラジオでこの本の著者がナマで登場し、結果、宣伝ですかねぇ。

と、以上、2月19日月曜から3月初めまでどんだけカトリック教会がキーワードの高波が次から次にマスコミ方面から押し寄せてます?

でも、ちょいと冷静になると、毎年、四旬節直前からカトリックスキャンダルは次々と明らかになるのも恒例で、例外的に何もなかった年は「ない」ンですわ。これ、まじ、ほんと。で、上にくっつけたわかりやすい四旬節の過ごし方の表の中の、上から三番目にお手手とお手手の間にコインがきら~りのピクトグラムがありますが、これは四旬節中に日ごろお世話になってる教会に何かしらのご寄付を~という勧めでして、なんちゅうか、アンチ・カトリックの万民がこのお金の流れを阻もうと必死こくわけです。21世紀の今、そのお金の流れを食い止める手っ取り早い方法はフェイク ニュウスを世間に知らしめることであります。別に今、21世紀に限らず、今であろうと昔であろうと教会を憎む、疎ましく思うひとびとはそこいら中にゴマンといるし、ほれ、例のシャルリ・エブドの連中もそうです。彼らは毎年、四旬節になるとピチピチするのです。

で、話戻って同性愛についての聖職者スキャンダル本を執筆したひとは仏蘭西びとの男性で、ご自身も同性愛者(と、某テレビ番組に彼がナマでそうおっしゃってた)。見た目、欧州系の方なのでおそらく幼児洗礼を受けたでしょうけれど、ご本人がおっしゃるには12歳でカトリックを棄てたのだとか。ああ、堅信受け終わったところで「ボクはもうミサに行きません」と家族に告白して、ほっぽらかされてそのまんまなのだろうなあ、と私の印象。幼児洗礼者が7歳頃の初聖体、12,3歳で受ける堅信の秘跡を済ませたら、もうこの世の親の義務は果たされたことになり、堅信を受けてカトリック世界での成人となった青少年が何事も自分で祈り、考えて、動くことが求められるのだから、この世の親は神様からあずかった子の意思やら意志を尊重しなければなりません。まあ、これについてはカトリック世界においてはカテキズムのどこかに天主さまは我々の自由意志を第一に尊重するのです、と明言されているのだから、親も堅信終えていっちょまいになった子の自由意志を何より尊重し、糸が切れた凧みたいに目の届かないところまで消えてしまったそいつがいつ目の見えるところに戻ってきても「放蕩息子の帰還」の話を思い出してマネしろよ、というこってす。
だぁかぁらぁ、このスキャンダル本の著者の言い分は教会においては「屁の河童」で、どうぞご自由に、としか言いようがないし、あなたには死の直前に最後の告解という機会もありますからねー、なのです。話を我が地元に持ってくと、80歳過ぎて堅信を希望した、幼児洗礼は受けたけれど共産思想に心酔したおぢいちゃんがいたという話を漏れ聞いたことがあります。年取って教会に背を向けるより、死を前に向き合う人の方が救われてるかもしんない。
このスキャンダル本。私の耳が確かならば、ヴァティカンの高位聖職者含めて50例の同性愛について書かれているそうです。

昨晩はカトリック聖職者に身体を売っているイタリア語を話す男性がボカしてあるとは言え隠し撮りの写真ともどもテレビに登場しましたが、相手が同性だろうが異性だろうが性愛はカトリック聖職者にはイケないことですね。叙階の秘跡での誓約を本人が忘れてしまっているのが大問題。つまり、そこに「神の不在」があるわけです。

ものすごく底辺な話ですが、私個人は高校時代、倫理の授業で「愛」には「エロース、フィリエ、アガペー」の三種あり、それは「性愛、友愛、究極の愛」であり、アガペーのみが神との関係と教わったこともあり、ココ半月のヴァティカンねたは「エロース」の域のみなので、てめーら、裁かれて当然だし、ココ数日のおフランスでのスキャンダル本の話題についても著者や彼におべっか使っているひとびとの脳は「エロース」で儲けようという思考で止まっているので、ま、こんなもんで、ひと昔前の聖俗問答にもならんという印象しか持てませんでした、まる

ま、兎に角「あんたの自由意志を尊重する」で、オシマイ。



by ma_cocotte | 2019-03-02 17:01 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
空き巣に遭いました。
2019年1月20日 日曜の午後に、です。
仏蘭西という国では基本、日曜日は「何もできない一日」で、午前中は朝市やパン屋さんが開いていても、午後はほとんどの店舗が完全休業しているのが現実です(ただし、大都市や観光地の商業店舗には開店許可が下りてはいます)。

で、あてくし。
そんなおフランスですから、毎週日曜の午後は犬の散歩時間以外、家の中にいます。
ところが、です。
この2019年1月20日。
ニオール Niort という町の旧市街にある小さな映画館で、昨年のカンヌ映画祭でパルムドールを取った日本映画「万引き家族」を字幕で上映する、と。開演は午後2時だそうなので、私は早めに昼食を取り、ココんちの仏人♂と二人、午後1時半にココんちを出ました。私たちにとって3年ぶりの映画鑑賞で、日曜午後の外出ももちろん今年はじめてです。夫婦二人の遠出は昨年9月のパリ日帰り以来で、大雑把に言えば、去年の9月から買い出し、犬の散歩、医者、教会の1~2時間の外出以外、この日まで「していません」。鑑賞を終えても日曜だからどこのお店も開いていないのでまっすぐ自宅へ。ココんちに帰宅は午後4時半頃。

帰宅し、当たり前ですが玄関から家の中に入る。留守番していたココんちの犬が出迎えてくれました。
いつもどおりです。
家の中も、いつもどおり。
私はコートを脱いで、玄関扉近くにそれを収め、ココんちのこんぴーた部屋へ。なぜなら、そこに私の雑貨があるからです。で、ココんちのこんぴーた部屋も、いつもどおり。

外出時に写真を何枚か撮ったので、こんぴーたに取り込もうとしたところで、背後からココんちの仏人♂の大声が聞こえました。「うわあああ! 猫があああ」と。夫Pの雑貨はこんぴーた部屋対面の寝室にあるので、夫Pは室内着に着替えようと寝室に入ってすぐ、こんな大声を出したのです。私はそれを聞いて、また猫がベッドの上にそそうしたのだとまず想像しました。ところが、です。彼がさらにこう叫んだのです。

「窓が大開き、全開になっている!」

えええええええええ? ココんちの猫が窓を開けた??? それは神業です。私が寝室に飛んで行くと、窓が開いていました。そして、目線をベッドに移すと、私の夏の衣類が散らかっている。これらは枕もとにある小タンスの引き出しに入れていたので、猫が引き出しを開けて、中身を出し、くわえてベッドの上に置いたのか?  んなわけあるわけねー。さらにその衣類を凝視すると、私の亡くなった母の古い宝石ケースが開かれ、裏返しになっていました。

これでもまだ私は半分以上、空き巣にやられたことを理解できませんでした。
恐る恐る宝石ケースを手に取り、裏返して、中身が空っぽ。ようやくココで「空き巣にやられた」と理解できました。

ケースに納められた宝石のうち、金またはプラチナを台にしたダイヤモンド、ルビーの指輪6つが盗まれてしまいました。

ところが、です。
同じケースに納められていた真珠(白、黒)の指輪と白い真珠の連玉の本物のネックレスは「盗んでもらえませんでした」。
そして、ココんちの仏人♂の枕もとの引き出しに入っていた現金も盗まれず。

摩訶不思議です。
ダイヤやルビーと金、プラチナ(今となっては犯人さんが果たしてプラチナと理解しているのか怪しいw)には興味があっても、真珠に犯人はまったく興味がないのね。いちおう、犯人さんが盗まなかった真珠の指輪の台はいずれもプラチナで、その指輪の中には真珠の脇にダイヤをあしらっているものもあります)

腰が抜けそうになるし、そんなことより、問題なのが、こういう状況に直面すると私は声が出なくなります。が、なんとか目の前のココんちの仏人♂に「これは空き巣だ! 警察に電話して!」と声を絞り出しましたが、彼はまだ現実がわかってないというかね。なんだか私に大声をあげた記憶がちらっとまだ脳に残っています。

まあ、それから30分後くらいだったか、3人の警察官(男性二人、女性ひとり)がココんちにやってきて、本当に泥棒であると認めた後、リーダーの警官がどこぞに電話し、我々に「これから鑑識が来ますから、そんぢゃ」と去っていきました。しかも、その鑑識がこれから何分後に来るか、自分たちは知らん、と。その3警官が来た時に私が真珠の首飾りが盗まれなかったとブツを見せたら、即座にその警官が「だってオモチャ」って、ハッキリ言いました。
どわああああああ。こいつ、警官なのに本物の真珠を知らないンだあ!とおいらは内心ヴぃっくり。
この重さ、おめーにはわかるめー、ですよ。しかも、あたしゃ、偽の真珠に見えるアクセサリーは別にまとめて置いているのです。

そして、小一時間もして、外が薄暗くなった頃、鑑識さんがひとりぽっちでココんちにやって来ました。
指紋は見つかりませんでした。

もっともっと、話すことはありますが、今回はココらへんで。

と、締めくくる前に、ひとつだけ。
空き巣は寝室の窓から入り、寝室「だけ」を荒らし、寝室の窓から出て行きました。
たぶん、ですが、私共が帰宅した時、犯人さんは寝室にまだいて、慌てて逃げた可能性があります。(だから、真珠と現金は残っていた・・・?)

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寝室の窓に残っている犯人さんの足跡。実はこのプランターの中央部も彼のかかとの踏み込みでくぼみができています。

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これ ↑ は室内から撮った犯人さんの滑った足跡。
昨日(23日)の朝、ようやく掃除する気になれて、5リットル近い水でまず流したのですが・・・
不思議だ。滑った足跡を洗い流せないのです。なぜ? この写真 ↓ ね。
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まぢ、なぜ? 油脂がこびりついた靴底だったのだろうか?

とりあえず、このエントリーではココまで。(とタイプしたところで、今後、この話題の続きを私が書く気になれるかどうか、ちょっとわかりまへん。ごめんなさい)


以上、もしおフランス共和国内の、地方にお住いの方がこのエントリーをご覧になりましたら、重々、十二分にお気をつけください。こんなこと、私だけで十分です。



le 24 janvier 2019, François la Salle



by ma_cocotte | 2019-01-24 16:27 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
もうすぐ、聖夜・・・って、まだココんちあたりはこれから朝を迎えます。
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師走12月を迎えてからさえない天気のままこんにち24日を迎えてしまいました。悪天候続きでも「晴れたら気分良く散歩に出よう」を心掛けましたけれども、どういうわけか毎週日曜の午後くらいしか傘要らずの日はなく、ココんちの邪横柄王くろヴぃす(いちおう、犬)を連れて旧市街に行くこと二回。待降節の日曜はフアミリィ、家族のためにあるのだなあ、とつくづく思いました。

で、昨日。12月23日。
午後遅くなって、またもニオール旧市街の朝市に。もちろん邪な横柄王くろヴぃすも一緒です。いやあ、お子たちだけでなく犬だらけ。軽く200わんことすれ違いました。ふぅ、疲れた。

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昨日はクリスマス市でアルデッシュからやってきた栗屋さんご夫妻のお店に寄りました。私の記憶が確かならばご夫妻がニオールのクリスマス市に参加して3年目です。毎度、上質の栗を売っているのですが、今年はしばらく前にテレビで今年のアルデッシュ産の栗が豊作であり、しかもかなりの上質と紹介されていたので、このチャンスを逃したらココんちではそう簡単に焼き栗に遭えないので、買うしかありません。長雨続きで午前と午後の温度差があまりなく、冬ですのに生温い陽気の日が続いていたのに、昨日の午後はどこか風も冷たく「冬らしさ」を感じることができました。だから、焼き栗を買い、すぐそばの市営立ち飲みカフェでヴァン・ショを求め、その場で小休止。ちょっと遅めのおやつにしました。大粒でほっくほくの栗と熱した赤ワインのマリアージュが最高、とてもおいしくいただけました。ついでに栗餡をひと瓶、買いました。栗餡と言ってもおフランスのペーストなので、ヴァニラ粒が混ざったものです。買う前に味見したら、すこぶるうんまーい。お店の奥さんの手作りです。

で、こんにちは24日。未だ夜が明けきっていませんが、あたしゃ、これからまずココんちから旧市街を縦切って向こうにある教会に行き、今宵のごミサの下準備。そして、そのまま、外環道路を半周して巨大スーパーに明日の正餐の食材を買いに。午後はあれこれ脳を働かせながら雑用して、午後6時からのごミサにあずかる・・・つもりどすえ。ま、臨機応変だな、うん。

みなさま、どうぞよいクリスマスをお迎えくださいませ。


le 24 décembre 2018, Adèle



by ma_cocotte | 2018-12-24 16:38 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
出たあっ、いんぼうろん

確かに黄色いチョッキ運動員のシュプレヒコールからは「マクロン、辞任」も聞こえてはきますが、ハイテンションマックスな彼らとは違い、市井のひとびとは普通、「マクロンの任期は残り何年だったっけ?」とか「マクロンに次はない」とかそういうことが口からこぼれており、真顔で「これでマクロンも辞任だな」と話す共和国民、私は黄色いチョッキさんたちのシュプレヒコール以外に未だ聞いていません。

というか、ココんところ、ココでつぶやいたとおり、先週後半にエドゥアル・フィリプ首相がクビになるかも、と報道が繰り返され、理由はマクロン大統領が世の中こんな騒動になっちゃってフィリプ首相の内政に問題があるとご立腹だからだ、と説明が私の耳に聞こえてきて、もしそれが本当になったら、マクロン大統領のご立腹で「去らざるを得なくなったひと」はこれで何人目だろう?と、ふと。

先日もココで書き散らかしましたが、超ウルトラスーパーど田舎に住む私の周辺ではマクロン大統領について「彼は未だ若すぎるのだ」と遠慮がちに語る仏蘭西びとが多いです。マクロン大統領について誰もクビだ、退任だ、とは大声で叫んでもパリまで届かないのに、誰も小声でも言いません。なぜだろう?としばし思いめぐらしたら、ああ、大統領選挙の決選はマクロンvs極右政党党首のマリィヌ・ル・ペンの二択だったから、ほとんどの仏蘭西びとはマクロンに票を投じるしか道はなかったのです。ご自分が一票を投げた人物が現在のフランス共和国大統領であり、彼がいくら40歳でも国家元首であり、ひと昔前なら国父なのだから「即刻辞任」とは言えない・・・というか、仏蘭西の場合、大統領が選ばれた首相職が内政の長上で、大統領が共和国内を不安定にしてしまった首相にご不満、ご立腹、だっから、クビ!というのはマクロンに限ったことではないのだけれど。何せ、マクロンは大統領の座に着いてから、ギリシャ神話のジュピターに譬えられたり、ナポレオンの再来と誰かが言わされたのか、言ったのか。なんというか不要なほどのチカラの入った強権者ですから・・・いやはや。

そんな妄想が私の脳内を巡った時に思い出したのが、M-1グランプリ。
確か決勝は二択ではなく三択だったなあ、と。フランスでは今世紀に入ってから、何度か最終決戦候補のひとりが極右政党の人物になり、そうなってしまうと極右以外の共和国民は極右政党ではない方の人物にしか投票《できなくなる》。この最終決戦は米国の真似・・・と言っても、米国は二党だから、2候補というか、ベースがまるでフランスのそれとは違うので、最終決戦は三択が良いのではないかと選挙権もないガイジンながらそう考えました。もし前回の大統領選の決戦で三択だったら、マクロン、ル・ペン、フィヨンの三名ですからね。事実上、マクロンvsフィヨンで勝負だったのだろうなあ。選挙中にフィヨン家のスキャンダルを流したのはマクロン陣営の圧しだろうけれど、それでも結果はフィヨンが勝ったかも。

まあ、次の大統領選挙は2021年? はー、その時、私はこの世にいるのだろうか?
おんりぃ・がっど・のおず。

le 13 décembre 2018, Lucie




by ma_cocotte | 2018-12-13 23:29 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
商売あがったり
明日もまた、花の都おパリで「黄色いチョッキ、Gilets jaunes」の抗議運動があるのだそう。
きょうの朝の報道によりますと、歴史的建造物に彼らを近寄らせないし、運動が実行される地区の商業施設のほとんどが閉店、市内の主要博物館、美術館も閉館を決めたとか。そりゃ、そうだわな。凱旋門の破壊行為はかなりのもので、同様のことが実現しちゃったら、あーた、です。ルーヴルのガラス張りのピラミッドなど割られちゃいそうだものね。明日はいずれの有名建造物、公共美術品の周囲にはおまわりさんやら憲兵隊さんがブツを取り囲んで輩を近寄らせない(と、おマクロンさまが裏で命じているにちゃーないw)

しっかし、毎週土曜の、しっか〜も師走(お仏蘭西的には待降節と言い表した方がよろしいかも)のクリスマス&新年商戦の書き入れ時に三週連続で黄色いチョッキを羽織ったひとびとが尋常でない大騒ぎをするのです。それも、パリの商業地区を中心に。たまったもんぢゃござあませんわね。なぜ土曜日なのだろう?としばし目玉をきょろきょろ動かしてみたら、土曜日だったら地方在住の支援者も休業日の場合が多いので上京、参加しやすいからかしら、と。この騒動に乗じて、単に「公共物を破壊してのスリリングがたまらん」という気持ちだけで満タンのひとびとも隠れているだろうからタチが悪いし、彼らと向き合う警官や憲兵隊員が全員パリ生まれ育ちのウルトラフロンセでもなけりゃ、盲目的保守でもないし、ましてマクロン神崇拝者でもなく、地方に住む実家や親せき、友人知人たちがガソリン税の高騰やら電気代値上げについての嘆きに同情している者もいるのが現実。

ったくね、昨日の夜は共和国首相にド・ヴィリエ将軍(去年だったかマクロン神の思し召しに従えず、クビを言い渡される前に自ら退任をされた方)を!と強く求める黄色いチョッキさんが紹介され、生番組にそのド・ヴィリエ将軍がご自身の著書の番宣も兼ねて登場なんてこともありました。黄色いチョッキさんたちが「マクロンに毛嫌いされているひとびと」を集めて理想政権を夢想したい気持ちがガイジンの私にもわからなくはありません(あたくしはド・ヴィリエ将軍贔屓です。別にヴァンデ県(註 この県はド・ヴィリエ家の本拠地)の目鼻の位置に私が住んでいることが理由ではありませんが)。

兎にも角にも、「マクロンに次はない」は私が常々、この一か月は毎日、口から言の葉となって飛び出てしまっているつぶやきです。今週に入ってからは、マクロンには人心がない、嫌われ者ってこういうひとのことだ、と確信に至っています。これは今年の秋に入ってから、閣僚が次々と政権から離れる道を潔く選んでいるあたりから思っちゃいたけれど、決定打はやはり今の、目の前で繰り広げられている民衆の運動の勢いですね。イチナナハチク大革命だかロクハチ学生革命だか今世紀に入ってのラカイユ騒動だかの再来に譬えられても仕方ありません。

明日は死傷者が出ませんように、まる

あたしゃ、超ウルトラスーパーど田舎で粛々と・・・ナニ?
あ、思い出した。12月8日の午後1時からアルジェリアはオランで19殉教者の列福式だ。オランはココんちの仏人♂の母方の祖父母が生まれ育った町だし、明日の列福者のひとりはココんちからほど近い町の出身者。縁あるなあ。生中継を見なくっちゃ!と願いつつも、午後2時から高齢者施設での奉仕だ・・・ぢゃんねぇえん。




by ma_cocotte | 2018-12-07 15:34 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
生温い師走の始まり
師走に入って第四日目。
ようやくお天道様が雲を割って現れたので、12月4日の午後遅く、ココんちからほど近いニオール市の旧市街で開催されているクリスマス市を冷かしてきました。
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ニオールはアルファベットを並べると Niort となり、ヌゥヴェル・アキテエヌ地方の北端であるドゥ・セーヴル Deux-Sèvres 県の県庁所在地です。まあ、私見ですけれど、ニオールはあまりサエない町で、県庁所在地であっても市内に地下鉄もトラムウェイも通ってもいませんし、まぢ、なんだかな、な町なのですけれども、県庁所在地だからかクリスマス市は(2018年度の場合)12月1日から24日夕刻まで催されているのです。よその町村では待降節に入ってからいずれかの土、日曜のどちらか一日または両日のみにクリスマス市を開催というのがマヂョリティです。

なぜ無職の私が夕方にクリスマス市を訪問したのか。それは電飾見たさで、昨日は17時半を周ってようやく飾りに火が入りました。



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きれいやねぇ。

ただし、昨日は日本だけでなくお仏蘭西の、このニオールあたりもとっちらかったような気温上昇で、こうして写真を撮ってもなんだかキリっと冷えた空気が感じ取れない気がするのですが・・・日本国内だけが異常気象だとナニかの前触れではないか、と心配になる私ですが、お仏蘭西でもこんな緩んだ気温でまず安心して、次に「まっさか世紀末の予兆???」と今更善行しこたま実行して命乞いしようと思う自分が情けなく、あわれな地を這う獣のようでなあ。地獄にも行けず、醜い肉体で苦しみ続けるのかなあ。ま、それも天主さまの思し召しでぃ・・・と開き直っても、全然、自分、救われない。

ニオールのクリスマス市は12月24日までなので、何度か訪問できればよいのですが。もうちょっと、こう、肌がしびれるくらいの寒い日に遊びに行きたいです。


le 5 décembre 2018, Gérald





by ma_cocotte | 2018-12-05 20:56 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)