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神の名をみだりに唱えることなかれ。
こんにちは木曜日。
3月第一週の後半に入りました。
先日、ココに書き散らかしましたとおり、今週前半はカトリックヲールドでの修道女が鍵語のスキャンダルでおフランスでは大騒ぎとなり、そして、こんにちは朝一番のニュウスからトップはリヨン大司教であるバルバラン枢機卿に判決がまもなく下る、というもの。そして、お昼手前にはフェイスブックの私のヲールには次々とバルバラン枢機卿におかれましては司祭による性暴行について報告を怠った罪で、執行猶予ありとは言え有罪と知らせが届きました。

午後になって、バルバラン枢機卿がヴァティカンにおわします教皇に辞任願いを届けたとかなんとか。

んで、今週の前半の「司祭による修道女への性被害」と今日から騒ぎになっているバルバラン枢機卿への有罪判決で、共通していることは司祭が青少年、修道女にやたら神の名を出して命令を繰り返しながら行為に至ること。さらに、映画にもなったリヨン大司教区でのペドフィルスキャンダルでは高位聖職者に事を訴えた家族、知人に対してもやはり「神(の恩寵)において」とかなんとか先ず口から出して、目の前で涙にくれる世俗を弱らせ、追い払う。

なんなんだよ、これ?

と、ついうっかりボヤいてしまう私がおり、そのつぶやきと同時に十戒の「汝、紙の名をみだりに唱えることなかれ」の一文が脳のどこかからよみがえったのでした。確か小学4年の時に生まれて初めて暗記しました。だから、「~なかれ」と当時の文のまんま、脳から出てきた。この十戒なるものはモーセが神からいただいた啓示で、ユダヤ教、キリスト教、イスラームで信じられ、大切にされているものです。キリスト教だけぢゃないのだよ。

で、話戻って、カトリックスキャンダールs。
どうにも聖職者がやたら「神」の単語を口から出すことに引っ掛かりを覚えます。「神」の名を出して、行為を「強いる」「命じる」の繰り返しって洗脳の方法のひとつではないかしら?と。でも、そーいや、私が耶蘇女学校に在籍していた当時はシスターがやたら「マリアさまが」と先ずおっしゃってから、あれこれせよ、それが善行よ~♪みたいな流れが慢性していたかも・・・。
もうひとつは今世紀のはじめだったか、南仏でユダヤんやミュジュルマんの方々と交流あったので、彼らが「カトリックはやたら神の名を口にする」と批判しながら、改宗に誘っていたことも思い出しました。今になって彼らの意見に「だよねぇ」と相槌打てる私がいます。ユダヤんも、ミュヂュルマンもその点に気を使っているひとびとは安心で、やたら「アッラーアクバル (神は偉大なり)」とか「エンッシャッラー (神に感謝)」をお口から出すミュジュルマンさんに警戒すること、多いものね。この二つのフレーズ、特に「アッラーアクバル」はイスラーム原理教条主義過激派のお決まり文句だもん。

兎にも角にも、次々と明らかになるカトリックスキャンダルを見聞しながら、正直、胸糞悪い、吐き気をもよおす感覚に襲われている私です。同時に次のスキャンダルの波はいつ、どんな内容なのだろう?と、早けりゃ来週はじめには新しいスキャンダルが明らかになりますね。今年のペースだと。

バルバラン枢機卿の件ですが、以前、どこかにも書き殴ったかもしれませんが、リヨン大司教区の上長として、俗世っぽく言えば部下の性癖を見聞したら、その部下を異動もせず、現職のままと放置したのは明らかにマズいことだと傍観している私の感想です。被害者の家族や知人または小教区のおエラいさんから話があったとして、それをすぐ公言せずとも、加害者と被害者の間に距離を置き、一生会わずに済むような人事も長上さまならできたでしょうに・・・と思うのですが、はい。バルバラン枢機卿の場合は聞いたところでなーんもしない、動かなかったそうで。そりゃ、ゆるされないよ、でしょ。

以上、尻切れトンボに閉めます。


le 8 mars 2019, Jean de Dieu

by ma_cocotte | 2019-03-08 00:44 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
お話にならないお話
こんにちは2019年3月6日。
仏蘭西の暦でこの日を見ると Cendres サンドルとあり、これは和訳すると「灰(の水曜日)」というキリスト教につながる儀式を行う日です。この日から日曜を除く40日間、四旬節(←これはカトリック用語で、聖公会では大斎節と呼ぶそう)という節制期間となります。特にこんにち灰の水曜日は西方教会においては断食を行う習慣があるので、前日(つまり、昨日)は仏蘭西だと「Mardi gras マルディ・グラ」、=油脂の火曜日と呼んで、人民は脂で揚げたものを食べ尽くして、翌日の断食に挑む伝統がありました。四半世紀ちょい前まで、仏蘭西ではこのマルディ・グラの日に仮装したお子たちが近隣を周ってお菓子をいただいていましたが、今はもうそれはほぼ真っ白で、誰もが察するとおり、今は10月31日のハロウヰンに替わってしまいました。が、地中海側の市町村では今もこの時季にカルナヴァルを催してもいます。どうか、廃れませんように。

で、昨日。油脂の火曜日の夜、仏蘭西と独逸の共同運営テレビ局ARTE アルテで、こんなドキュメンタリ&調査番組が放映されました。


ヒトが決めた国境を取っ払らった、「カトリック教会」の世界の中であった司祭による修道女への強制性愛についての報告集です。番組は全編97分。今週に入ってから、この番組について話題にするテレビやラジオ番組、雑誌、新聞が多々あり、昨晩の放映が実行されました。

内容は非常に視聴者側の心身苦しくなる・・・これは私の印象ですから、ヨソのひとびとの中には快感を覚えるひともいるのかもしれません。ココんちあたりはアテ(無神論ちゅうか否神論者)がゴロゴロいるので、きょうあたりは飽食しながら高笑いで教会批判すンだろうと容易に想像もつきます。それもまた夜も明けていない現時点ではあたしの妄想w

司祭と修道女が性関係に至るまでの証言についてはほぼ万民のご想像通りのうちで、万事、司祭が神の名を安易に出して「命じる」ことの繰り返しです。番組の中であたしが耳にするなりムっとなったことは妊娠した修道女に向かって相手の司祭が堕胎を「命じた」という点です。これ、堕胎について、ヨソの宗派ではそれぞれ解釈が異なりますが、カトリック教会では瞬時破門であり、堕胎幇助した第三者も破門です。てか、表向き、「我は牧者なり」の司祭なら御身をもって生涯かけての信仰生活の見本を我々に示すことも務めでしょうに。あーた、裏では貞潔も守らず、果ては堕胎命令っていったい。

そこに、神さまはいないよね。

「神の不在」が彼のいる聖堂にも住まう司祭館にも明らかとなります。
今世紀のはじめだったか、我が知人である修道女から「今は司祭、修道者の格好をした悪魔が存在するので、気をつけなさい」と注意されたことを思い出しました。たまたま「悪魔」という存在を認め、日常でその語が飛ぶ環境の修道会だから彼女はそう私におっしゃったけれど、もし私が同様に「悪魔」の語を用いてヨソのカトリック環境で話したり、タイプしたら、あからさまに不快感を私に言ってくるひとびとも現実では多々います。私は一度、これで大失敗をし、「気持ち悪い」など言葉をたくさんもらったので、それ以降、悪魔についてカトリック環境で話す時はTPOをよくよく見、考えるようになりました。今になって思うと、神の万民救済が絶対なら悪魔は存在しませんからね。Bof

兎にも角にも、昨日の午後には仏蘭西のカトリック司教団がこの番組放映について公式見解を発表。犠牲者の悲しみと怒りと我々は共にある、とのこと。ですが、次々と届くこの番組の関連記事には、先日から話題になっている幼児性愛以上に司祭と修道者のスキャンダルについては沈黙が守られていることが「当たり前」とありました。

この番組で告白した方々はかつての事実を「墓場に持って行く」ことを止めた。そう気持が変わったのも、近年の聖職者による青少年についての諸スキャンダルがどんどん明らかになっているという世間の変容を感じ取ったからなのだと拝察します。

この番組の作成者チームは、ヴァティカンが次に取り組むのは修道者への暴行についてだろう、と予言しています。


le 6 mars 2019, Colette






by ma_cocotte | 2019-03-06 16:08 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
矛先の向きが替わってしまった。
何が?って、黄色いチョッキ運動でピチピチしているひとびとにとっての敵が明らかにマクロン大統領から富裕なユダヤびとびとに代わってしまったのであります。
その黄色いチョッキ運動によるパリでの抗議集会開催も今週末(3月2日&3日)で第16週目に突入。継続しているものの、ココんちのようにヌウヴェルアキテエヌの北部、おそらく仏蘭西共和国内で最もミギが潜んでいるであろうヴァンデ県と目鼻の位置に住んでいる者にとりましては2月最終週からガソリン代がびよーんと値上がりした事実を既に実感しておりまして、黄色いチョッキ運動の過激化が目立ち始めてまもなく政府がガソリン税の値上げを3か月先に延ばすとかなんとかおっさって鎮圧に努めたところで、そんな3か月なんてあっと言う間なのだと改めて実感もしています。

で、話は冒頭に戻り、彼ら、黄色いチョッキ運動と名乗ってピチピチ活動している方々の武器の矛先の的が2月あたりからマクロン大統領ではなく、共和国内に生きるユダヤ系のひとびとにほぼ変わってしまったという印象が強くなりました。先ず目立ったのはパリ市内に点在するユダヤ系の商店に向けての破壊行為で、続いては公共におけるユダヤ関連備品への損壊で、これには個人の墓石にひどい文章だけでなくエスエス、つまりナチスのトレードマークも描いて、墓石を倒すという行いも含まれます。

なんだろねー。墓を荒らす行為って宗教革命直後も金髪碧眼のひとびとがやらかした常套手段ですから、あたしのように共和国内では肌が黄色くて顔が平たいガイジンには「白人が野蛮である」としか見えないのです。宗教革命での言動をまったく反省せず、今、21世紀に入って18年が過ぎても実践してるってどんだけ成長のない人種なんですかねぇ。← ラシスト発言w 
兎に角、昨晩もストラスブールの市井でユダヤ関係モニュメントが悪意をもって見るに堪えない姿と化している映像も私は見ちゃいましたが、正直、こーゆーことを行い、世間に見てもらったところで、どーゆー結果をこんなことを実行する連中は想定してンだろ?と、まるで脳内ですごろくの駒を進めるようにひとつひとつ前に進もうとしても、ゴールが何も見つかりません。

おそらく仏蘭西の地方で親せき一同、そんなに遠くない土地に代々生きている方々がこの黄色いチョッキ運動がきっかけで生まれて初めてパリに上京。凱旋門周辺で抗議運動しつつも通り両脇には地元で見たこともない華やかさを醸し出す店が並び、耳に入ってくることはそれら店舗のオーナーの多くが「ユダヤ」という話。それだけで何と表現してよいかわからない感情が芽生えて、こういう行為を表してしまう・・・っちゅうのは、旧約聖書のカインとアベルの話と似通っていなくもありません。

もうひと昔前になりますが、当時の共和国大統領サルコぢ(=神聖賢愚帝w)がコミュノタリズムを肯定したことがあり、彼の出自が父親は東欧、正確にはハンガリーの移民第一世代で、母親はスファラディのユダヤんだったり、彼の息子がユダヤ系女性と結婚したことでユダヤ教に改宗したこともあるので、世間がサルコぢのこの提案に反発したけれど、現在の現実を目の当たりにすると毎週末、パリで嬉しそうにユダヤ系店舗などを攻撃している金髪碧眼の男女について「もうパリに来るな。お前の巣に籠ってろ」とボヤきたくなる自分と、かつてのサルコぢの提案が共和国の移民難民についてではなく土着の彼らのためにあるのでは?と思い始めてもいます。今となっては税金高騰についての抗議なんて彼らの抗議運動目的の二の次、三の次にしか見えません。「黄色いチョッキ運動」を隠れ蓑に極右(=っちゅうかウヨク)と極左(=政府転覆が目的)が集い、そこに破壊行為で快感を得る趣味を持つひとびとも加わっているのが現状ではないでしょうか。で、悲しいことにこの運動の本来の目的のために動くひとびとにおかれましては「騙されやすい、流されやすいひと」が多いのも悲しむべき現実だと思います。

で、仏蘭西に住むユダヤんについてですが、たまたま私が知っていることは、フランスの国土の、地中海沿岸にはイエス・キリストさんの誕生よりはるか前にすでにユダヤんが移住しており、シナゴーグとそれを囲む集落が点在していたそうです。最初、これについて教わった時は「ウソぉ」と疑いましたが、少し考えれば地中海は内海だから、海を横切らずとも沿岸を歩けば、自ずと移住は紀元前だって可能なのです。キリスト教を中心に見るならば、マグダラのマリアが地中海を船で横切って現在のフランスの土地に着いた後、宣教を始めたという話も仏蘭西ではまことしやかにあるし、パウロは地中海沿岸を歩いて宣教、それはシナゴーグ訪問を兼ねていたので現在のスペイン国内までパウロは宣教したとも伝えられています。ふむ、もしこれが本当だとすると、マグダラのマリアは仏蘭西、マルセイユ近辺から上陸後、北上続けての宣教活動であり、パウロはイタリア方面から地中海沿いのシナゴーグを訪問しながらスペイン国内まで南下したことになります。ひとりは北上、ひとりは南下と、実に効率良く、聖霊降臨の恵みにあずかったひとびとは福音宣教に動いたのですねぇ。
話ズレたような一見ですが、ズレてねーよ。ユダヤんは紀元前から共和国内の土地で既に「生まれては死に」を繰り返していたのに、地方の田舎もんの金髪碧眼がユダヤんをまるで新参者のように邪魔に扱うというのは、無知による過ちとしか言いようがありません。「バカだなあ、アホだなあ」とまるで志らくさんのようにつぶやきつつ、黄色いチョッキ運動の目的が初心に戻り、税金高騰に強く抗議することに集中してくれないかしら?と思う、日曜の朝なのでした。

嫉妬ほど恐ろしい爆薬はないね。


le 3 mars 2019, Guénolé

by ma_cocotte | 2019-03-03 18:47 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
今度の水曜日から節制するもンね。
できるかなあ? できないだろうなあ・・・。

2019年。早くも第三の月となりました。こんにちで二日目。
昨日、弥生ついたちの朝はいつもの金曜なのでココんちから旧市街向こうの教会聖堂にお昼までおボランティ~ア。責任者のマダムから来週水曜は「灰の水曜」なので、しばらくはお地味な日々を過ごすことになるわね、とお話。ああ、今度の水曜が灰の水曜だと、前日火曜日は「マルディ・グラ、Mardi gras」、油脂の火曜日と来たもんだ。火曜日の買い出しで油で揚げたもんを買い込んで食い尽くすか・・・と目先のことばかりに気を取られ、数分後に新たな思考の波が押し寄せて、四旬節かあ、今年の復活祭は4月の第三日曜(正確には前日土曜の日没後から始まる)で、例年よりかなり遅いご復活なのよねー。だったら、もう暖かくて、庭でドンチャカぐびぐびできるよね・・・と結局、飽食の妄想にたどり着いてしまう自分。その前の節制を忘れンなよー!です。
で、フェイスブックの某所からこんなわかりやすい表が届き、ありがたく思う週末の朝。
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灰の水曜日からご復活までの間、みんなが心がけることの一覧。これはわかりやすい。わかりやすすぎるくん。
今までわからなかったこと、其処此処で疑問をつぶやいても誰からも答えをもらえなかったことがピクトグラムと単純かつ短い英語で記してある。まあ、できることはして、できないことは無理してしない方針で行くことにします。


le 2 mars 2019, Charles le Bon



以下、余談。西方教会ネタなのでもうココでは触れたくないのですが、ちょいと。
先週の半ばだったかヴァティカン本丸でカトリックヲールド内でのペドフィルの件について司教会議が数日に渡ってあり、その会期半ばにオーストラリアのエラい聖職者(かつてヴァティカン上層部のナンバー3だったそう)がそのペドフィルの罪科で御年77歳だけれど実刑だ云々。ああ、この件より前に既にドイツで立派な賞を受賞したフランス映画、その内容はリヨン大司教区内でのペドフィル事件について描いているもので、この映画をフランス共和国内で上映するか否か裁判所判断が下る~という報道もありました。それは確かヴァティカンでの司教会議の2、3日前のことで、結果、裁判所は共和国内上映にGoサインを出しました。
で、これまた思い出したことに、そのヴァティカンでの会議の後半だったか、おフランスで同性愛の話題で主にヴァティカンのエラい聖職者方にアンケート調査したことをまとめた本が出版されることになったと、主だった全国紙が報道し始めて、今週に入り、テレビやラジオでこの本の著者がナマで登場し、結果、宣伝ですかねぇ。

と、以上、2月19日月曜から3月初めまでどんだけカトリック教会がキーワードの高波が次から次にマスコミ方面から押し寄せてます?

でも、ちょいと冷静になると、毎年、四旬節直前からカトリックスキャンダルは次々と明らかになるのも恒例で、例外的に何もなかった年は「ない」ンですわ。これ、まじ、ほんと。で、上にくっつけたわかりやすい四旬節の過ごし方の表の中の、上から三番目にお手手とお手手の間にコインがきら~りのピクトグラムがありますが、これは四旬節中に日ごろお世話になってる教会に何かしらのご寄付を~という勧めでして、なんちゅうか、アンチ・カトリックの万民がこのお金の流れを阻もうと必死こくわけです。21世紀の今、そのお金の流れを食い止める手っ取り早い方法はフェイク ニュウスを世間に知らしめることであります。別に今、21世紀に限らず、今であろうと昔であろうと教会を憎む、疎ましく思うひとびとはそこいら中にゴマンといるし、ほれ、例のシャルリ・エブドの連中もそうです。彼らは毎年、四旬節になるとピチピチするのです。

で、話戻って同性愛についての聖職者スキャンダル本を執筆したひとは仏蘭西びとの男性で、ご自身も同性愛者(と、某テレビ番組に彼がナマでそうおっしゃってた)。見た目、欧州系の方なのでおそらく幼児洗礼を受けたでしょうけれど、ご本人がおっしゃるには12歳でカトリックを棄てたのだとか。ああ、堅信受け終わったところで「ボクはもうミサに行きません」と家族に告白して、ほっぽらかされてそのまんまなのだろうなあ、と私の印象。幼児洗礼者が7歳頃の初聖体、12,3歳で受ける堅信の秘跡を済ませたら、もうこの世の親の義務は果たされたことになり、堅信を受けてカトリック世界での成人となった青少年が何事も自分で祈り、考えて、動くことが求められるのだから、この世の親は神様からあずかった子の意思やら意志を尊重しなければなりません。まあ、これについてはカトリック世界においてはカテキズムのどこかに天主さまは我々の自由意志を第一に尊重するのです、と明言されているのだから、親も堅信終えていっちょまいになった子の自由意志を何より尊重し、糸が切れた凧みたいに目の届かないところまで消えてしまったそいつがいつ目の見えるところに戻ってきても「放蕩息子の帰還」の話を思い出してマネしろよ、というこってす。
だぁかぁらぁ、このスキャンダル本の著者の言い分は教会においては「屁の河童」で、どうぞご自由に、としか言いようがないし、あなたには死の直前に最後の告解という機会もありますからねー、なのです。話を我が地元に持ってくと、80歳過ぎて堅信を希望した、幼児洗礼は受けたけれど共産思想に心酔したおぢいちゃんがいたという話を漏れ聞いたことがあります。年取って教会に背を向けるより、死を前に向き合う人の方が救われてるかもしんない。
このスキャンダル本。私の耳が確かならば、ヴァティカンの高位聖職者含めて50例の同性愛について書かれているそうです。

昨晩はカトリック聖職者に身体を売っているイタリア語を話す男性がボカしてあるとは言え隠し撮りの写真ともどもテレビに登場しましたが、相手が同性だろうが異性だろうが性愛はカトリック聖職者にはイケないことですね。叙階の秘跡での誓約を本人が忘れてしまっているのが大問題。つまり、そこに「神の不在」があるわけです。

ものすごく底辺な話ですが、私個人は高校時代、倫理の授業で「愛」には「エロース、フィリエ、アガペー」の三種あり、それは「性愛、友愛、究極の愛」であり、アガペーのみが神との関係と教わったこともあり、ココ半月のヴァティカンねたは「エロース」の域のみなので、てめーら、裁かれて当然だし、ココ数日のおフランスでのスキャンダル本の話題についても著者や彼におべっか使っているひとびとの脳は「エロース」で儲けようという思考で止まっているので、ま、こんなもんで、ひと昔前の聖俗問答にもならんという印象しか持てませんでした、まる

ま、兎に角「あんたの自由意志を尊重する」で、オシマイ。



by ma_cocotte | 2019-03-02 17:01 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
新年早々、「NHKなンで」なお話をひとつ
2019年が始まって第なぬか目。
日出づる國日本国では七草かゆをいただく日でありますが、日本国から遅れること8時間のココおフランスで朝一番に、日本語を母国語とする者が電脳域を徘徊しますと、昨日1月6日から始まったNHK大河ドラマ「いだてん」の話題がいくつも見つかり、こうして日本から10000kmも遠くに住むニッポンびとにとってはおそらく日本国内に住むひとびとよりはるかに興味津々の心情となりました。

現時点では「いだてん、天狗倶楽部」でしょうかしらね?
で、興味を持ったワタクシはインターネットでNHKの「いだてん」公式ホームページに飛んでみる。
https://www.nhk.or.jp/idaten/ex.html 


ところが、です。
たった二週間前まで、おフランスでも拝見できたNHK大河ドラマの公式ホームページ。
「いだてん」については開いたところで真っ白い背景に、

The program website of The Taiga Drama‟ IDATEN” is limited to browsing in Japan only.

大河ドラマ「いだてん」の番組サイトの閲覧は日本国内のみに限定しています。

と文字が並ぶのみです。
つまり、おフランスからでは「いだてん」の公式ホームページを微塵も見ることができないのです。おそらく「日本国内のみ」とありますから、欧米やアフリカ、南米、オセアニア諸国はもちろん、日本国と海を挟んで隣り合わせの国々でも「いだてん」の公式ホームページを見ることができないのだと思います。

私がこれに気付いたのは先週末でした。
確か金曜の午後だったか、2019年度の大河ドラマの公式ページだけ観れないことに気付き、他のNHKの番組や過去の大河ドラマの公式ホームページについては現在もフランスで開き、見ることができることを確認してから、勇気を出して、NHK online に問い合わせメールを出してみました。先週金曜日は4日だったので、返答は7日以降になります、と注意書きがありました。が、日曜(6日)にNHKから返答が私にありました。そこには、以下のとおり。

NHKの番組をご視聴いただき、ありがとうございます。
お問い合わせの件についてご連絡いたします。
大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」の番組サイトの視聴範囲は
NHKは、IOC(国際オリンピック委員会)との取り決めにより、日本国内に限定されています。
海外在住の視聴者の皆様にはご不便をお掛けして心苦しい限りですがご了承ください。
今後ともNHKの放送事業をどうぞよろしくお願い申しあげます。
今後とも、NHKをご支援いただきますようお願いいたします。
お便りありがとうございました。
NHKふれあいセンター(放送)


読むなり、まるで「相棒」の水谷さんのように、「はぁいぃいい???」です。
次に思ったことはIOC(国際オリンピック委員会)のどこが「国際」なのだあ?と。

ドラマ本編が視聴できない外国住まいの日本人にとっては、定期、不定期であれ、ホームページであらすじを読んだり、登場人物を調べたり、撮影裏話や出演者からのコメントを読めること、とてつもなく楽しかったりします。どうゆう取り決めがNHKとIOCの間にあるのか存じませんが、部外の員数外である私が思うに、ホームページのどこに「国際社会に漏らしてはならない問題」があるのでしょう? 素朴な疑問です。

と、あたしゃ、視聴者ではありませんけれど、視聴できずともホームページを読めるだけでもしあわせだったのに・・・そんなしゃーわせを国際オリンピック委員会が奪いやがってからに。国際の名を掲げていても、鎖国を貫いているぢゃんね。ああ、タイプしているうちにまたもムカついてきた。ざっけんな、であります、まる

こうなったらNHKゼネラル・エグゼクティヴ・プレミアム・マーベラスディレクター三津谷寛治氏に改善を願う直訴状を送るしかないw


le 7 janvier 2019, Raymond










by ma_cocotte | 2019-01-07 20:42 | 『?』な日本國 | Comments(0)
出たあっ、いんぼうろん

確かに黄色いチョッキ運動員のシュプレヒコールからは「マクロン、辞任」も聞こえてはきますが、ハイテンションマックスな彼らとは違い、市井のひとびとは普通、「マクロンの任期は残り何年だったっけ?」とか「マクロンに次はない」とかそういうことが口からこぼれており、真顔で「これでマクロンも辞任だな」と話す共和国民、私は黄色いチョッキさんたちのシュプレヒコール以外に未だ聞いていません。

というか、ココんところ、ココでつぶやいたとおり、先週後半にエドゥアル・フィリプ首相がクビになるかも、と報道が繰り返され、理由はマクロン大統領が世の中こんな騒動になっちゃってフィリプ首相の内政に問題があるとご立腹だからだ、と説明が私の耳に聞こえてきて、もしそれが本当になったら、マクロン大統領のご立腹で「去らざるを得なくなったひと」はこれで何人目だろう?と、ふと。

先日もココで書き散らかしましたが、超ウルトラスーパーど田舎に住む私の周辺ではマクロン大統領について「彼は未だ若すぎるのだ」と遠慮がちに語る仏蘭西びとが多いです。マクロン大統領について誰もクビだ、退任だ、とは大声で叫んでもパリまで届かないのに、誰も小声でも言いません。なぜだろう?としばし思いめぐらしたら、ああ、大統領選挙の決選はマクロンvs極右政党党首のマリィヌ・ル・ペンの二択だったから、ほとんどの仏蘭西びとはマクロンに票を投じるしか道はなかったのです。ご自分が一票を投げた人物が現在のフランス共和国大統領であり、彼がいくら40歳でも国家元首であり、ひと昔前なら国父なのだから「即刻辞任」とは言えない・・・というか、仏蘭西の場合、大統領が選ばれた首相職が内政の長上で、大統領が共和国内を不安定にしてしまった首相にご不満、ご立腹、だっから、クビ!というのはマクロンに限ったことではないのだけれど。何せ、マクロンは大統領の座に着いてから、ギリシャ神話のジュピターに譬えられたり、ナポレオンの再来と誰かが言わされたのか、言ったのか。なんというか不要なほどのチカラの入った強権者ですから・・・いやはや。

そんな妄想が私の脳内を巡った時に思い出したのが、M-1グランプリ。
確か決勝は二択ではなく三択だったなあ、と。フランスでは今世紀に入ってから、何度か最終決戦候補のひとりが極右政党の人物になり、そうなってしまうと極右以外の共和国民は極右政党ではない方の人物にしか投票《できなくなる》。この最終決戦は米国の真似・・・と言っても、米国は二党だから、2候補というか、ベースがまるでフランスのそれとは違うので、最終決戦は三択が良いのではないかと選挙権もないガイジンながらそう考えました。もし前回の大統領選の決戦で三択だったら、マクロン、ル・ペン、フィヨンの三名ですからね。事実上、マクロンvsフィヨンで勝負だったのだろうなあ。選挙中にフィヨン家のスキャンダルを流したのはマクロン陣営の圧しだろうけれど、それでも結果はフィヨンが勝ったかも。

まあ、次の大統領選挙は2021年? はー、その時、私はこの世にいるのだろうか?
おんりぃ・がっど・のおず。

le 13 décembre 2018, Lucie




by ma_cocotte | 2018-12-13 23:29 | actualite 現時点の現場から | Comments(0)
ヴぁっかにしないでよ。そっちのせいよ。


ちょっと待って。プレイバック!プレイバック!
今の言葉ぁ プレイバック! プレイバック!
なんだろねぇ、懐かしい歌が脳内ヂュウクボックスから流れてきたぜ、べいべ。

ココの前回のエントリィを送信した直後にココんちあたりは夜明けを迎え、ほぼそれと同時に背後のテレビのスピーカーからもしかするとエドゥアル・フィリプ首相が退任となる(いや、おマクロン神からクビを言い渡される)らしいと流れ始めました。それを聞いたところで、こんなおマクロン神のもとでだーれが首相の座に就くンだろ?と。共和国でガイジンのまんま棲息している私の脳では誰も思い浮かびません。これはちょいと前の内務大臣が自ら政権を去った直後の人選でもまンるで想像つかなかった時以上の「ぽっか~ん(口で息している顔つき)」なのでした。で、誰が選ばれたとしても私欲で生きているヒト以外はおマクロン神の下なんて「たまったもんぢゃねぇよなあ」とついうっかり、口で息したまんま思っちゃったのでしたあ、まる

上に貼ったリンクは昨日の夜、共和国内で放映されたおマクロン神の共和国民に向けた演説の映像でごわす。
バイアスのかかったあたしの目から頭に送信されたこのご尊影は、「どこのガキ?」です。これから思春期を迎える少年のような人相ぢゃああありませんか。先週末、ヂュピタア(現世ではエマニュエル・マクロンと呼ばれている)神は最愛の(現世ではブリヂットと名乗られてる)ヴィヰナスとどうお過ごしあそばされたのでせう。ヴィヰナスにあやされているナルシスに化したおマクロン神というルーヴルあたりに掲げられているどなたかの絵画がなぜか思い出される不思議。てか、これまで歴代のおフランス大統領や政治家について聖書の登場人物になぞらえることが続いていたのに、おマクロン政権になってからギリシャ神話の登場人物に譬えられるのがオカシくもあります。

で、昨日の夜のおマクロン神、いえ、マクロン大統領閣下の登場。
傍観者の立場の私が思うに「遅すぎた」のではないですかねぇ。
黄色いチョッキ運動でピチピチしているひとびとの怒りは頂点に達し、沸騰し、中には既に爆発している試験管がいくつもあるわけで、そういう状態になっているひとびとに「最低賃金を引き上げますよ」「予告した諸税引き上げの実施日を延期します」「年金生活者の一部(低額支給層)に温情」「ボーナスには税金をかけないよう私企業にも政府から指導す」とか次々と提案したところで、冷ややかにテレビ画面を眺めているミーには「なんだこりゃ。こうゆうのを子供騙しっちゅうンぢゃないの?」「飴玉で騙しているぜ。あっという間に口の中で溶けちゃうべ?」という感想しか出てきませんでした。
偶然なのか、このマクロン大統領閣下の共和国民への「語りかけ」の番組が終わった直後、ほうぼうの黄色いチョッキ着用者から「100ユーロなんぞ給油一回分ではないか!」と具体的な事実を挙げての叫びが言の葉となって口から表れたのでした。「だよねー」としか同意できないわ。やっぱ、怒りが怒髪天衝いて、口腔内が高炉と化してしまっているのだからおマクロン神がエリゼ宮のバルコニィから投げた福飴なんて瞬時に溶けちまう、歯の詰め物が取れると心配して神経集中して飴玉を口腔内で転がす必要もまるで無しなのさw

てなわけで、今度の土曜日も黄色いチョッキ運動者たちによる抗議集会が花の都巴里やら共和国内の県庁所在地と観光地で実施されるらしいです。きょうの朝のニュウス第一報で、ほぼ極左に位置しちゃってるメランション(前回の大統領選に出馬していた)が今週末の総決起を叫んでましたからに。

まあ、おマクロン神は「飴ではなくブリオッシュを投げよう。そうすりゃ、あやつらも咀嚼するから考える余地ができるだろ」と思考が進むだろうなあ・・・と想像はしますけれど、そういう以前にエマニュエル・マクロンというヒトは成功者が好きで、アルカイーダ(=アラビア語で「三角形の底辺」という意味)に棲むひとびとについて(無知な子供のように)嫌いなのだろう、とこんな私でもニオイをかぎ取っているのよね。マクロン大統領って「絶対服従」と「絶対従順」も独善で彼にとって都合のいいところを摘み取って、他人に押し付けているのも、あたしゃなんとなーく気づいています。マクロン大統領より年長の方々が「彼はまだ若い。そのせいだよ」と静かにつぶやく姿も、私は偶然いくつも現実で見てもいます。だから、私室で子供に化けたマクロン大統領をあやす菩薩だか聖母のごときブリジット夫人の「絵」も容易に妄想できるわけです。

先週末にフィリプ首相がクビにされるかも、後任は誰?となった時、黄色いチョッキ運動支援者の中から昨年、マクロン大統領に従えず、クビを言い渡される直前に自ら現場を去った共和国軍の最長上ド・ヴィリエ総大将の名前が何度も出てきたのも、彼らの中に従軍経験者がひとりやふたりいるのは当たり前だのクラッカーですものね。ド・ヴィリエ将軍ご本人はご自分は決して政治家ではなく軍人だからありえない、とはっきりおっしゃってました(彼の実の弟は政治家で、過去に数度、大統領選に立候補してもいます。が、短絡的に申せば弟君は世間でほぼ「極右」扱い)。

と、以上、ながながダベりましたけれど、今の、少年のような人相の大統領さんには宇津救命丸が良薬かしらね。お仏蘭西にはないけどさ。

オランド大統領の御時にか、共和国内の富裕層に税金をかけて、その一部は納税に不満を覚えたので共和国外に移住したのです(富裕層の中には複数国籍者がいる)。ココ数週間の「黄色いチョッキ」騒動を眺めていると、富裕層はいとも簡単に国外脱出できるけれど、黄色いチョッキをまとった人々にはそんな海外逃亡(我が脳内は国外脱出をはかるルイ16世一家@ベルばら)なんてできません。マクロン神にしてみれば海の投網に引っ掛かった魚が三角形底辺に生きるひとびとで、彼らは決して逃げないからアタマ数の多い彼らからの税収が「チリも積もればヤマとなる」という魂胆(いかにも銀行屋さんw)。大金持ちはさー、不満を爆発させないように快楽生活する手段をいくらでも選べるけれど、三角形の底辺のひとびとにはできません。

なんだかなあ。
三歳児くらいの言いっぷりになりますけれど、「マクロンは貧乏が嫌いなンだね」。

マクロンのように頭脳明晰で富裕を得た個人は三角形の頂点から下界を見渡して、「キミがたもアタマ良くなって昇ってこい。そして、手を取り合おう」なのかも。これってエイメリカというか新教の発想であって旧教ではない。フランスは今はアヂャパーでも元々は旧教が国教の国だったのだから、そういう土台の国でマクロンのような上昇志向の押しつけは反発と怒りを招くだけでさあね。

マクロンって「ガッコあたま」の典型かもしんない。



le 11 décembre 2018, Damase


偶然、こんにち12月11日の聖人が「Damase」。これ、仏語読みすると「だます」w 「だまされねーよ」と思いました、まる








by ma_cocotte | 2018-12-11 16:39 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
商売あがったり
明日もまた、花の都おパリで「黄色いチョッキ、Gilets jaunes」の抗議運動があるのだそう。
きょうの朝の報道によりますと、歴史的建造物に彼らを近寄らせないし、運動が実行される地区の商業施設のほとんどが閉店、市内の主要博物館、美術館も閉館を決めたとか。そりゃ、そうだわな。凱旋門の破壊行為はかなりのもので、同様のことが実現しちゃったら、あーた、です。ルーヴルのガラス張りのピラミッドなど割られちゃいそうだものね。明日はいずれの有名建造物、公共美術品の周囲にはおまわりさんやら憲兵隊さんがブツを取り囲んで輩を近寄らせない(と、おマクロンさまが裏で命じているにちゃーないw)

しっかし、毎週土曜の、しっか〜も師走(お仏蘭西的には待降節と言い表した方がよろしいかも)のクリスマス&新年商戦の書き入れ時に三週連続で黄色いチョッキを羽織ったひとびとが尋常でない大騒ぎをするのです。それも、パリの商業地区を中心に。たまったもんぢゃござあませんわね。なぜ土曜日なのだろう?としばし目玉をきょろきょろ動かしてみたら、土曜日だったら地方在住の支援者も休業日の場合が多いので上京、参加しやすいからかしら、と。この騒動に乗じて、単に「公共物を破壊してのスリリングがたまらん」という気持ちだけで満タンのひとびとも隠れているだろうからタチが悪いし、彼らと向き合う警官や憲兵隊員が全員パリ生まれ育ちのウルトラフロンセでもなけりゃ、盲目的保守でもないし、ましてマクロン神崇拝者でもなく、地方に住む実家や親せき、友人知人たちがガソリン税の高騰やら電気代値上げについての嘆きに同情している者もいるのが現実。

ったくね、昨日の夜は共和国首相にド・ヴィリエ将軍(去年だったかマクロン神の思し召しに従えず、クビを言い渡される前に自ら退任をされた方)を!と強く求める黄色いチョッキさんが紹介され、生番組にそのド・ヴィリエ将軍がご自身の著書の番宣も兼ねて登場なんてこともありました。黄色いチョッキさんたちが「マクロンに毛嫌いされているひとびと」を集めて理想政権を夢想したい気持ちがガイジンの私にもわからなくはありません(あたくしはド・ヴィリエ将軍贔屓です。別にヴァンデ県(註 この県はド・ヴィリエ家の本拠地)の目鼻の位置に私が住んでいることが理由ではありませんが)。

兎にも角にも、「マクロンに次はない」は私が常々、この一か月は毎日、口から言の葉となって飛び出てしまっているつぶやきです。今週に入ってからは、マクロンには人心がない、嫌われ者ってこういうひとのことだ、と確信に至っています。これは今年の秋に入ってから、閣僚が次々と政権から離れる道を潔く選んでいるあたりから思っちゃいたけれど、決定打はやはり今の、目の前で繰り広げられている民衆の運動の勢いですね。イチナナハチク大革命だかロクハチ学生革命だか今世紀に入ってのラカイユ騒動だかの再来に譬えられても仕方ありません。

明日は死傷者が出ませんように、まる

あたしゃ、超ウルトラスーパーど田舎で粛々と・・・ナニ?
あ、思い出した。12月8日の午後1時からアルジェリアはオランで19殉教者の列福式だ。オランはココんちの仏人♂の母方の祖父母が生まれ育った町だし、明日の列福者のひとりはココんちからほど近い町の出身者。縁あるなあ。生中継を見なくっちゃ!と願いつつも、午後2時から高齢者施設での奉仕だ・・・ぢゃんねぇえん。




by ma_cocotte | 2018-12-07 15:34 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
パリに住まなきゃ意味がない。

昨日、師走ついたちの土曜日。
お仏蘭西では先の土曜に続いて第二回目のパリはシャンゼリゼ通りを中心にした黄色いチョッキ運動の集会、デモ行進が実行されました。第一回目の「暴動」と呼んでもかまわないかもしれないほどの騒動でしたから、昨日の第二回目もある程度の先週と同様であろう騒ぎを想像はできましたが、先週はシャンゼリゼの坂の下の方で大騒ぎとなり、今回はシャンゼリゼの坂の上の方での騒動となりました。シャンゼリゼの坂の上の方とは凱旋門がござるあたりです。今となってはなぜ凱旋門周辺で騒ぐことを政府やらパリ市が甘く眺めていたのか不思議ですが、運動実行者側が凱旋門をまるで乗っ取ったかのような状況となり、あの凱旋門にいたずら書きだけでなく、凱旋門そのものの彫刻を破壊するに至ったのでした。

いや~、テレビ画面の向こうとは言え、その様子にガイジンのあたくしは(既に死語でしょうけれど)ドン引きでした。私はおそらく共和国内で最も地味な零細県庁所在地の、外環道の際に住んでいるので、ガソリン税高騰には文句たらたらであり、黄色いチョッキ運動には同情しています。が、彼らがパリだけでなく、各地の公共物や店舗をデモを理由に破壊している現実にはなんら共感を覚えません。今日まで十日近く、共和国内各地の黄色いチョッキ運動の活動報告をテレビ画面を通して見てはいますが、ココのいくつか前のエントリーにもつぶやいたとおり、日数が増えるにつれて参加者がハイになっている?お祭り騒ぎはたまたパーリー状態?と集会先の様子に疑問を持ち、先週末と昨日のパリ集会の破壊行為を見て、彼らの精神状態はどうなってるのかね?とそぼくな疑問を持ったのです。この件も歴史上の過去の出来事のなんらかにリンク付けできるというか、あの破壊を嬉々と実行するひとびとを傍観しているとどうしても「ああ、だから大革命がこの国であったのね」と妙に私は納得しました。それも高学歴の方々にしてみれば、「ま・ここっとって本当に・・・(失笑)」でしょうけれど、どうにも国王を処刑したり、新政府に従わないひとびとを残酷に迫害したご先祖様からのDNAが今に未だ生きているような気がしてなりません。でも、これまた以前、ココで書きなぐったとおり、仏蘭西と言う国はアングロサクソンやゲルマン、スラヴなど民族で語ることは既にできない共和国民構成です。にもかかわらず、まるで大革命当時もこういう騒ぎ方だったのでは?とリンクできるとするならば、それはもしかして仏蘭西語の何かがひとびとの心理に作用するのか、それとも教育なのか、ガイジンの私には何の手掛かりもありませんが、もしかしたら社会学の先生方はそういうあたりからもアプロオチしていらっさるのかもしれません。

こういう破壊行為を眺めても微塵も同情できないし、「私も一緒に壊したい」と私が思えないのも、私自身が「武士の娘の孫」でもない馬の骨だからですね。あんな破壊をしての結果って何か見えますか?私には上から嘲笑しながら冷たい目線を向けるひとびとしか目に浮かびません。

昨日の騒動では凱旋門からほうぼうにのびるシャンゼリゼ通り以外の大通りでも黄色いチョッキ運動参加者が破壊行為を実行したとのこと。私のように田舎のはずれでテレビ画面からパリの様子を見てこんなエントリーをしたところでこれまた「巴里の日本人」方には冷笑されて当然です。すみません。

タイトルにした「パリに住まなきゃ意味がない」というのは、前世紀の終わりに私が江戸城お堀端の会社に通っていた当時、同時期にどういうわけか地球はこんなに大きくて広いのに仏蘭西に長期滞在することになった女性が私を含めて複数おり、南仏に向かう私を前にパリに移住する女性がそれは美しいお顔ですずやかにおっしゃった一言です。今回の黄色いチョッキ運動騒動でも、ひと昔前のサルコぢがおっさる「ラカイユ」騒動でも、パリに住んでいなければ何も真実は見えない、事実はわからないのでしょう。

では、この辺で。

le 2 décembre 2018, Vivien

by ma_cocotte | 2018-12-02 20:55 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
「バレなきゃいい」

もう14年もココで私はないこと、ないこと、書きなぐっているそうなので、今回のタイトルもおそらく過去に何回か掲げたかもしれません。何せ、わたくし、デキの悪い鶏アタマなので三歩歩けば忘れるどころの身体ではありません。タイトルが重なっているかどうか調べる気もまるでありませんし。

でぇ、既に十日を過ぎたと思われるおカルロス・ゴーン氏のあれこれそれ、どれ?でござる。
私事でココんちの次男猫が不治の病を宣告されたこともあり日常でない予定がいくつかカレンダアに書き込まれてはいるものの、日々、日仏英語の主だった記事の大見出しと小見出しには目を通すようにしています。この習慣は中学一年生の時、担任のシスターから教え込まれたことで、老体になった私でも未だに日課となっています。今週に入り、勢いがかなり納まった(仏蘭西側はね。日本側では今もかなりのゴーン関連報道量ですな)とは言え、読み、いえ、眺め続けていると、こんな私でもいろいろ照合したり、考えたり、ちっぽけな自分であっても内省したりといろいろ心中に何かが駆け巡り、本当ならばその「何か」をすぐにココに書き殴れば楽だろうに、貯めこんでしまっている量のせいで面倒くさくなり記録できないという悪循環。思えば、14年前にココで何かを投稿していた当時は一日に3つ、4つエントリーしていたこともありましたっけ。

アルカイーダ、=三角形の底辺に凄むちっぽけな私の過去などどうでもよい。話は世界的な天上びとであるおカルロス・ゴーンサマについてであります。こうして、今も昼食を終えた後、懲りずに、飽きずにゴーンサマのネタ拾い。私個人のバイアスに引っ掛かりまくっていることはどうにも、前から書いているとおり、事のあれこれについて過去の歴史に似通ったことがあったとド素人のパーなりに重ねて連想できてしまうことです。私の希望では過去にまったく例を見ない新生の事件であって欲しいのです。これまでにつぶやいたとおり、どうにもご維新前後の欧米列強と後進国とレッテル貼られている日本との不平等、日本に不利を擦り付けるやり方とか、ルノーの筆頭株主が仏蘭西政府であることでエラい大臣の意見がこれまたウソもつき続ければいつかは真実に大化けするような話ばかりで呆れるけれど、そういう過去があるのだから、オチもある程度予想つくわけで。ゴーン氏と副社長のケリー(アイルランド系の米人だろ?)はいずれ互いに罪を擦り付け合うだろうとか、その副シャチョさんは元弁護士だから当然、勝訴見越しての無罪主張のために何でも口から言葉を飛び出させるだろうとか容易に想像できます。しかも、先週末あたりからお仏蘭西大使やらレバノン大使がゴーン氏は無罪であるとおっしゃってるそうで、これもまた既に想定内な発言であります。あたしゃ、いずれゴーン氏は無罪主張のまま、仏蘭西またはレバノン大使が彼を公邸に引き取り(公邸は治外法権ですからに)、そのまま仏蘭西またはレバノンに移動し、二度と日本には入国しない、という結末ではないかと妄想してもいます。兎にも角にもレバノン国内に住むアラブ・クリスチャンは現在もヘズボラはじめとするイスラム教徒側から迫害を受けており、カルロス・ゴーンの実家もアラブ・クリスチャンですからレバノンからブラジルに移住したのも当たり前だのクラッカー。現在もレバノンを離れるアラブ・クリスチャン家庭は世界に散らばっており、現在のところ、移住先はカナダまたはオーストラリアが人気というか、それらの国側も富裕層で高学歴のアラブ・クリスチャンを欲しいので相思相愛の花いちもんめなわけです。ゴーン氏の生家はアラブ・クリスチャン家庭の海外移住の先駆けなのかもしれません。が、移住先のブラジルが大問題だったのだろうなあ、と。何せ南米一の中華思想国で、傲慢が蔓延というか、国民は自らの傲慢にまったく気づかないまま、またブラジルから世界に飛び出てもいるわけで。そういうブラジル人が欧州一の中華思想国であるお仏蘭西に移住して地位を極めたらどーしよーもない生き物になりますよね。

ここ数日、お仏蘭西とレバノンの大使閣下方がゴーン氏の無実を主張していると知り、私の脳内からは「こんなん出ましたあ」とかつてのお仏蘭西とマグレブ(=北アフリカ)の旧仏領の関係がひょっこり出てきました。ココんちの仏人♂の母方の家族はアルジェリア戦争をきっかけに仏蘭西本国に帰還した欧州人で、共和国内ではピエ・ノワール(黒い足)と綽名されるひとびとですが、こうして今は仏蘭西に安住していてもかつての植民地で「仏蘭西人はよいことをした。(野蛮で後進の)現地人の職、生活なにもかも改善し、救ったのだ」と先ず口にするのです。救ったのだから、何をしてもいい、悪さをしても免れる、という思い込みはどうにも今につながっているのではありませんかね? と、「ゴーンは日本を救った、日産を救った」と聞こえてくるたびに「だから、何?」とぼそぼそ言い返している私なのでした。そもそも「バレなきゃいい」と思い込んで悪さをしているのは既にクリスチャンではありません。悪魔にそそのかされちゃったンだろうなあ。聖水、ぶっかけたら緑色の何かを吐くのではないかしら、ね?




by ma_cocotte | 2018-11-29 21:15 | 『?』なたわ言 | Comments(0)