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斯様な年の瀬に、
2017年もこんにち、明日と二日のみとなり、その二日が週末の土曜日曜に重なるという平成29年。
日常、日曜に市井が機能しない生活を送っている身にとって今年の年末くらい慌ただしく過ごしていることはありません。
そんな年末の残り二日ですのに、ココんちあたりは夜明け前から暴風雨の中におります。ブーフーウー、三匹のこぶたのお話を思い出してしまうくらい、かなりの風雨です。ココんちの邪横柄王と呼ばれる犬もいつもどおりに起床し、朝食を終えたものの、いつもどおりに庭に出るのかと窓を開けたところで、外の風雨を感じ取った彼は外出を拒み、そのまま彼の寝床に戻ってしまいました。

こんにちは土曜日ですので、あてくしも午後から夜にかけて高齢者施設でのご用やら夕ミサにあずかるなど小忙しいことが日常ですが、それに加えて、ひつこく申し上げますとこの土日は2017年最後の二日間ですので、大晦日から新年にかけてのいつもより一品多い程度であっても特別な食事の準備に取り掛からねばなりません。買い忘れている物もあるので、土曜午前に大きく開かれる朝市に行こうと思い描いていたのに、この暴風雨です。幼少から社会人生活に至るまで、常に暴風雨には「サボる」アタクシがこの暴風雨の中、迎春準備のために外出するなんて、ここでは二重廻しを羽織って北風に立ち向かい歩を進めるおば(あ)さんの姿を妄想してしまうのです。・・・でも、あたし、そこまでしてそんなことしない。明日の朝も、なんと元旦の午前中も朝市が開かれるらしいので明日以降にしようと決めたところで、フェイスブックを開いたら地元のこの暴風雨は月曜朝に最大の力となるでしょう、というお天気予報が届いておりまして・・・さあ、どうする?

と、こんなことにあたふたしているところに、お台所の電球が破裂して絶えました・・・。
年末のこんな超ウルトラスーパーど多忙な時にですよ、なぜ電球よ、爆発するのだ。
今は未だ夜明け前ですのに、我が心はどよぉおおん。暴風時には動かないワタクシですから、電球も新年までほっぽらかしだな、こりゃ。なんて、縁起悪いかなあ。だらしのない年の始めは一年ずっとだらしなく過ごしてしまいそうです。でも、外出したくないもん。どうしましょう。


le 30 décembre 2017, Roger

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by ma_cocotte | 2017-12-30 15:39 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
r の 発 声、rrrrr
今年2017年、平成29年も余すところ二日と数時間となりました。
一身上の都合により、今年十月の終わりから口腔のリハビリに通うようになりました。昨日(28日)は今年最後のリハビリで、第六回目。
学生時代に日本でも仏蘭西でも音声学をかぢった私には口腔のリハビリはなかなか興味深いです。というのも、私(のため)のリハビリの中に発音矯正訓練が含まれているからです。訓練している最中に音声文字が脳内をかけめぐることも毎度です。ワクワクしちゃいます。

こうして私が口腔のリハビリで発音矯正を経験しているのはフランス共和国内ですので、発音やら発声もフランス語のためのものになります。このあたりも非常に興味深いし、日本語との違いを訓練のたびに改めて知ることにもなります。抜本的なことになりますが、仏蘭西語と日本語では舌の定位置が違うのです。これに気づいた時は驚きました。そして、基本の母音ですが日本語は5音(アエイオウ)ですが、フランス語は6音(ア a オ o ユ u イ i エ é ウ e )です。カタカナでユと書き表しましたが、ユが最も近い音で正確な音を日本語のかなで充てることはできません)。フランス語の母音は確か鼻濁音を含め16音ですが、基本はこの6音。これに子音やら舌の位置が組み合わさってフランス語の響きになるのです。

口腔のリハビリでは舌の位置を改善するためにしばらく L, N, D, T に6母音を添えて訓練します。初回から5回目までかなりの優等生で来た私でしたが、第六回目で見事つまづきを覚えました。なぜかというと r と6母音の組み合わせの発声訓練に入ったからです。日本語には R と L の違いがないことを一応、担当医にお話しましたが、わかってらっしゃるのか、どうでもよいことなのか・・・それは私にはわかりませぬ。が、しかし、音声学をかぢったヒトとしては今回の R の発声について苦労を楽しんでいます。

日本語は「らりるれろ」のみですし、R については厄介なことに英語、ドイツ語(わたすの日本での学生時代の第二外国語)、イタリア語(高校時代に習った)、フランス語それぞれの発音発声が異なるのです。大昔、ドイツ語の先生が r の発声について説明された時、確か私の記憶が確かならば仏語より手前でのどを鳴らす、とおっしゃっていたような(逆だったかしら?あれ?)。そして、昨日の訓練でも先生が私の目の前で R のみの発声の見本を見せてくださる。文字に表すと、

rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr

です。見本を見たら、すぐに真似をするのが私の立場ですから、すぐに聞こえた音を私の頭蓋骨やら顎やらのどやらを動かして作り出してみましたが、どうも「違う」ようなのです。再び先生の発声「rrrrrrrrrrrr」を目の前にしてすぐ私も音を出しましたが、意識し過ぎたせいなのか鼻腔が動いているのがわかるのです。先生にそれを話したら、鼻腔を使ってはならぬとのこと。フランス語のRはのどのどこかの筋肉が震えるというか動いて音となるそうで舌は動かさないで、s子音と同じく下位置固定らしい。以上を伺って、舌の位置を固定し、鼻腔を動かさずに、rrrrrの音を出すのですが、今の私には上手にできません。先生が優しい方で次回には今より良くなっているだろうから、と私を見送ってはくださいましたが、その後ずっと、思い出してはrrrrrrの音を発声していますが、いかがなものでしょうか。素人ながら思うに、ですけれど、日本人の私には概念にない音ですから、もしかすると私ののどにはrの音を出すための筋肉がまだ無いに等しいのかもしれません。となると、やはりこの機会に先生の指導で私ののどにrの音を産み出すための筋肉をつけなければならないのでしょう。

できればrを発声できるようになりたいです。

この年末はrrrrrrrrrrrを口からこぼしながら雑務に励むことになりそうです。
私が口腔リハビリにめげたり、飽きたりして、途中放棄なんてことになりませんように。





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by ma_cocotte | 2017-12-29 22:31 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
そして、聖夜から第三夜が明け、
と表現したところで、ただ今、午前7時過ぎ。未だお外は真っ暗闇でございます。
昨日は日没後、風が強くなり、風速100km/h近かったようです。石造りの家でも時折、みしっと軋む音が聞こえたほど。たまたまこんにちがゴミの収集日でもあるため、周囲のゴミ箱が強風で倒れる音も何度か耳にしました。が、まもなく夜明けの今は風は収まったようです。雨は未だ降っているかな。庭に出たココんちの犬が濡れて戻って来ましたから。

さて、聖夜から第三日目。
体重は昨日に比べ700g減りました・・・。普通の食事に戻っただけで体重減であります。
昨日は午後遅く、今年最後のくるくるパーみんぐとバリカンぢょりぢょりーのに参りました。
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こうしてそれはクラシックなお釜に入っていると我が母国の美容室に帰りたくなるのは毎度のことです。花の都巴里まで行けば、日本人による日本人向けの美容室も数多あるそうですが、当方、巴里に行くための先立つものがなんら無し・・・まあ、「住めば都はココ」と自分に言い聞かせ、前進あるのみです。

今日はもし天候が良ければ、先週末から行けていない山羊のべぇちゃんに会いに行こうと強く願っております。そして、隣村のパン屋さんに行き、年末年始のケーキとパンを予約しなくてはね、今日が締め切りらしいので。ほんと、私は暇人なのになぜかせわしい時の流れなのでございます。

そうそう、昨晩、お医者さんに予約を入れたら、1月2日を指定されました。仏蘭西には正月三が日の概念がないので、元旦(1月1日)の国定祝祭日の翌日から通常に世の中が動き出すのです。お役所や学校も始業です。たった今、「住めば都はココ」とタイプしたけれど、お正月ばかりは三が日を優雅美にのんべんだら~りと過ごしたいと今も強く思っています。単にワタクシそのものがものぐさたろ子だからですけれどね。



le 27 décembre 2017, Jean-Evangeliste


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by ma_cocotte | 2017-12-27 15:25 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
散文で、
どうにも散文で小刻みに同じ音が繰り返されるのは読み難い。
私だけでしょうか。
和文だけでなく英語の論文でも、例えば一度 But を使ったら、以降は別の単語を選ぶよう指導されます。
韻を踏むのは詩歌であり、散文は読み手に広がりを持たせつつ主題から逸れないチカラを求められるのではないでしょうか。散文で小刻みに同じ音の繰り返しというのは読み続けるのがいやはや何とも、正直クドさが先に立ちます。「また?また?またあ???」と読み続けるのが難しくなります。

以上、ワタクシの場合、中高で繰り返し、そして、大学の基礎課程で習った、まる

小論文だろうが論文だろうが基本中の基本ぢゃないのかね・・・ったく。

でも、どうしたって、日常の中で口癖が常に生まれ、それが文章に出るのもまた必然です。だからこそ、詩歌ではなく、散文にそれが影響するわけで。先日、ココで愚痴った漢字の用い方はじめ「レ抜き」や「ん」の多用なども含め、文章そのものの組み立ても忘れないよう、私は気を付けなけれヴぁ。

こうして今になって国文学を選択すればよかったと悔やむことが増えました。学生時代の友人が(今もフェイスブックでつながっておりますが)、ご夫君の海外駐在を終えて帰国後、東京都内の大学に復学。各国語訳を比較しながらの国文学を専攻し、この着眼にはたいしたもんだと思いました。外国に住んではいても、美しい日本語を表現したいものです。


le 26 décembre 2017, Etienne


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24日は日没後まもなくのごミサにあずかりました。ちょいとしたお役をいただいたせいで最前列に座ることになりましてね。地元の市長閣下もお出ましで緊張いたしました。いつものごミサと異なり献香があったので、久しぶりに抹香の薫りを覚え、うれしくなりました。我が体内の悪魔よ、去れw 


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by ma_cocotte | 2017-12-26 16:36 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
「死んだらそれでオシマイのひとびと」にとっての聖夜
私にとっての今年の年末はなぜだか慌ただしく、それは「ポケ森」で遊ぶようになってしまったせいもありますが、少し立ち止まって考えてみたら、今年の待降節は12月に入ってから始まり、クリスマスイヴが12月24日日曜の日没から始まるので例年に比べ待降節の日数が少ないのですね(おそらく)。ココんちの室内の装飾はなんらしないままこんにちを迎えましたが、確かクリスマス近くになると朝市でヤドリ木が配布されるので、今年はそれを多めにいただくことにしようかしら。親戚縁者がいないヒトのクリスマスってこんなものでしょうか。24日の夜に教会に行けば、普段いらっしゃらない「熱心でないカトリック信者さん」方も多くいらして、どこか華やいだ雰囲気に混ぜてもらいながら、ごミサにあずかれればしあわせかも(と、タイプしている今、脳内には「ブラザーサン・シスタームーン」のサン・ダミア~ノでの礼拝シーンが感動的に。



カトリックヲールドで「熱心でない信者さん」と言うのは年に二回、クリスマスと復活祭にだけ教会に顔を出す信者さんを連想します。日本國で例えるならばお彼岸とお盆しかお墓参りしない感覚に近いかも。仏蘭西だとそういう年に二回しか教会聖堂の敷居を跨がない、いえ、違う、礼拝に参加しないひとびとの中には離婚経験者やら再婚済の方もいらして、カトリック教会での決まり事を知らないので普通に子供の頃に教えてもらったように聖体拝領したりします。ほれ、日本でクリスマスに教会に行ったら、みんなが列を作って何かもらっているので、自分もマネして並んでナニカをもらったよ、という話とほぼ同じ。これは無知による行いだから罪になりませぬw でも、もし該当者さんがカトリックでの離婚やら再婚についての決まり事を知ったら、この行いはアウトでごわす。ひとそれぞれに決して何もかもが同じにならない事情がありますから、私個人はクリスマスや復活祭だからと久しぶりに教会聖堂に足を運んだひとびとがそれをきっかけに「始まり」、いずれ通うようになり、「終わる」ようにひとりでも多くそうなりますように、と願いますけれど、悪魔っちゅう野郎は狡猾ですからね。そう簡単にてめぇの思い通りにはさせねえよっ、といぢ悪く微笑むのです。

ここで、おととい土曜の話。
いつもどおり旧市街の向こうに建つ教会で夕ミサにあずかり、その後、旧市街のクリスマス市を冷かしに行きました。市運営の小屋で1ユーロのヴァン・ショ Vin chaud、hot wine=熱したワインをいただいたところで、私の目の前でその小屋の木戸が閉められてしまいました。はい、閉店。土曜日最後の客がワタクシでありました。たった1ユーロのヴァンショですから、口に含んだところでアルコールが鼻腔に登って上手に飲めないし、ちょっと口に含んだところでワインとお砂糖、シナモンの単純な味を見出せますが、あっと言う間に体内からぽかぽかになり、この温かさを体内に携えているうちに家路につけばよろし、とクリスマス市を背に歩き始めました。

すると、旧市街の広場(ココは10年前は車道がありましたが、今は車道をなくし、ロオマのナヴォナ広場をシャビーにした感じになっています)の中心のドでかいクリスマスツリーの根元にヒトがうぢゃうぢゃいるのを発見。でも、何をしているのか、電飾だけの暗闇の中ではよくわかりません。たまたまそのツリーのそばに宝飾店があり、ガードマンさんがいらしたので「これはなんの集まりですか?」と質問したら、「コミュニストですよ」と即答。ああ、ほー、コミュニストですかあ・・・と脳内に単語が滑走。はい、飛び出てきたのは「共産主義者」。社会主義者ではありません、共産主義者です。

それをきっかけにドバドバ思い出したことは(まるで動かなくなった車のボンネットを叩いたら車が生き返るがごとく)、おフランスにおいて共産主義の世界ではクリスマスは「メシア(救世主)誕生の日」ではなく、「家族(=同胞ねw)と愛と絆を確認、深め合う日」なのです。仏蘭西だと社会主義左派から極左さんは12月24日夜から25日を家族や認め合った友人知人が揃って美酒美食をあおり、快楽と悦を極めます。彼らにとってクリスマスと復活祭は年に2度の「愛と結束を確認する日」で全員集まって互いの愛を確認し合うのね。そもそもコミュニストの概念には天国は存在しないので自らは「死んだらそれでオシマイ」、それゆえ「地上で(宗教を信じるバカどもが信じる)天国を実現する」のです、みんなで。こういうお祭りを広めた極左ユダヤん、たいしたもんですよ。余談だけれど、南仏はマルセイユ北部の小村の廃れた教会建造物を共産主義者が買い取り、そこを集会場にして、周囲に共産主義のひとびとが移住して地上天国を表す集落を造っております。地上ではありませんがパリの地下にある共産主義世界は有名だけれど、マルセイユにこのような地上天国実現村があるくらいですから、共和国内のほうぼうにこういう集落が点在しているのでしょう。

おととい土曜の夜、私が目撃した共産主義者さんたちのクリスマスツリーの下での集会には移民さんが多くいました。寂しい思いを忘れられたかもしれないし、こういう集いの直後にひとりに戻って寂しさが再び襲ってくるのかもしれませんが、今が喜びとしあわせでいっぱい!という気持が地上天国の実現のための石であり、木柱なのでしょうね。

傍観している私には彼らおヒダリさん方の思考がどこか途中で止まってしまっているように思えるし、それは例えるならばパウロの目にこびりついたウロコはたまた雪の女王の心かもしれませんが、もっとご自分の頭と心で智をもって思考を深めてみようよ、と。いくら深めても深めても終点は見えないとは思いますけれど。それもまた楽しいと思えるようにな(りたいですよ、アタシもw)



le 18 décembre 2017, Gatien


【追 記】クリスマスの日に救世主のご降誕を祝わず(または、祝えず)、家族愛をにぎやかに確かめ合うひとびとの家庭にはクリスマスツリーはあれど、プレセピオ(仏語だとクレシュ、日本語だと馬小屋飾りとでも申しましょうか)は飾られておりません。そういうひとびとの中にはクリスマスパーリーだと招かれた家にプレセピオを見つけると失礼にも平気で「気持ち悪い」「吐き気がする」「布でもかけて隠してよ」とおっしゃる方々もおりますので、要注意でありんす。そんな底辺を知っておりますと、ミュヂュルマン(=イスラム教徒)やユダヤんのご家庭でも原理教条主義でなければ、やんわりとクリスマスツリーを飾っているお宅もございます。まあ、ユダヤんの生活慣習だとたいていいずれの年もクリスマスとそんなにズレずにハヌカという光のお祭りがあります。窓辺に独特の蠟燭たてを置き、ハヌカ当日まで一本一本灯す火の数が増えていくというもの。エルサレムは砂漠ですのに、雪が降る。冷たい空気にハヌカの灯りは実にこころを温めてくれます。今年
2017年のハヌカは12月12日の日没からこんにち20日の日没までだそうです。
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by ma_cocotte | 2017-12-18 15:34 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ
崇徳院ざますよ、崇徳院。
この9月から始まったNHKの朝の連ドラ「わろてんか」。
NETぢゃないテレ朝の連ドラ「トットちゃん!」が最高に面白過ぎるせいか、「わろてんか」については挫折寸前の私でしたが、今週の「われても末に」は意外にもハマりました。だって、崇徳院ですもの、崇徳院。

崇徳院で私が思い出してしまうのが、2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」での崇徳院です。井浦新サマ演じる崇徳院。最後の妖怪っぷりは怪演とはまさにこのサマと思ってしまったのはワタクシだけではあるまい(え?ワタクシだけですか?)。

百人一首でも、落語でも、崇徳院の歌が、何でしょうね、心にしみいります。
詠み終えて、自分の呼吸をおぼえるとでも申しましょうか。余韻。

朝の連ドラはハッピーエンドの土曜となり、めでたし、めでたし。
来週も続けて視聴する気になれました。


le 16 décembre 2017, Alice


余談ですけれど、私、大河「平清盛」のオープニングが大好きで、元気が欲しい時に聴きたくなります。
太鼓がたまらんとですなのです。




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by ma_cocotte | 2017-12-16 21:07 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
ご存知、紀貫之は土左日記の冒頭でありんす。
女学校での国語、大学での国文学の授業で私は古文、漢文を楽しみ学びましたが、この紀貫之の土左日記は数多の古典の中でも未だに愛着ある作品です。日の本初の日記文学だそうですが、その内容だけでなく、男性である紀貫之が漢文ではなく女性に倣ってかなで文を綴ったことに、当時、女学生の私はとてつもなく感動しました。確かに紀貫之の時代から千年以上経った今でも、鉛筆だろうと、万年筆の深い青色のインクだろうと、筆であろうと、ひらがなの流れゆく様は本当に美しいし、それが縦書きだといっそう美しさを増します。これが千年以上も前の日本では女性の特権だったわけです。やっぱ女性の才や力って武家の誕生のせいでどんどん弱められるというか、内に籠るよう仕向けられてしまった気がしてなりません。再び平安中期以前の女性の強さが日本に蘇ることはあるのでしょうかしら。

と、ココ数年、四次元のブログ世界を徘徊していては土左日記の冒頭と女学校時代の古文の先生が教えてくださったこの日記が誕生した伏線の話題をやたら思い出していたワタクシ。

というのも、ツルツル脳の私には理解に至らないままなのが、ご自分は美しくエレガントになりたいと公開で宣言しているのに、そのブログに書き綴られる日本語が漢なンですわ。そう、男なのです。どうしてそういう印象を私が筆者に対して持ってしまうのか拝読していてもしばらく気づかなかったけれど、ようやくわかったのは漢字が多いというか、(日本の)女性らしくない漢字使いをなさる。例えば、「ございます」を「御座います」と充てたり、「ごきげんよう」に「御機嫌よう」と表したり。それはまるで歌舞伎の女形さんはたまたお水の世界の方のよう。ああ、お目にかかったことはありませんから、もしかしたらそのブログの筆者は実は女性ではなく男性なのかもしれません。日本語の文章はまこと不思議なもので漢字の使い方、充て方を間違えると、その言の葉の表現者についてごっつい、いかつい印象がまとわりついてしまいます。紀貫之さんが漢文の才がバリバリであってもなぜかな遣いを選んだのか、ご自分の才をなぜわざと引いたのか。女性のようなたおやかな丸みある印象を醸し出す文章でご自分が見聞した世の中を描き伝えたかったからでしょうね。漢文でも情景描写はできなくもないのに、それでもひらがなを文章に散らばすことを選ばれた。確かに現代文学でも記事でも漢字が多いとゴツゴツした岩のイメージに近くなります。ひらがなを上手に使うことで岩は丸く、手に取りやすい石となります。なるほどねぇ。

そんなことをココ数年、つらつら思い巡らしている私がしばらく好んで視聴しているのが「プレバト」の俳句でして、先生が漢字の充て方、ひらがなへの書き換えなど読み手がどう想像を広げていくのか、それを書き手の伝えたいこととどう合致させていくのかを俳句の添削を通して教えてくださる。先生は時に漢字はやはり読み手に誤解を与えかねないとおっしゃる。もちろん、逆に、雄々しいバックグラウンドならばひらがなを漢字に換えれば効果ありとなります。俳句でもブログのような場所でも、読み手にどのような印象を与え、想像を広げさせるのかは発信者のチカラなのでせう。

つくづく漢字、ひらがな、カタカナがあり、凝り固まった文法ではなく、倒置や省略あっても通じる日本語は美しいし、それらの使い方、用い方について使い手の自由意思やら意志が重んじられることもすばらしいです。でも、そのせいで文才やら文章のセンスがそれぞれの個性のひとつになってしまう。誰一人として同じ重さにはならないという神秘。善くも悪くも日本人に生まれ育った運命だか宿命に、でお・ぐらあしあす。

今世紀に入ってからずっと日本國の外で生活している私の日本語はどうなのだろう?とこの頃よく考えるようになりました。

オノ・ヨーコさんが長く日本を離れ、NYCにお住まいだったことで、学習院女子部育ちの彼女の日本語は美しいよ、とウワサが私の耳にも届いていたりもしますが、そんなことを思っていたら、数日前のゆりやんレトリィヴァちゃんの「昭和の女優」やらドラマ「トットちゃん!」の徹子さんのお話っぷりが脳内滑走してしまい、笑いが止まらない・・・あたしゃ、爆笑ヨーグルト婆さんですわ。結局、オチはそこですか・・・。

美しい日本語が恋しや、ほーやれほ。

ゆりやんの「昭和の女優」、見直そうw 
ぢゃなくて、本棚から美しい日本語を見つけだそうではありませんか。三島さんや太宰さんの小説での女性の台詞はまっこと美しい。昭和の、原節子さんやら久我美子さんを思い出しては重ねる感じ? とかなんとか書き連ねつつ、身の程知らずの自分と向き合い、泣けるわな。あのお話のテンポや発声はそう簡単に身に付かぬ。けど、ゆりやんの「昭和の女優」モノマネに「もしかして私も身につけられるかしら?」と勇気付けられるわね。うふふ。


le 15 décembre 2017, Ninon






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by ma_cocotte | 2017-12-15 21:45 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
こうしてカトリックで生まれたからにゃ、カトリックで死ぬンだろう。
的な?w

« Comme je suis né catholique, et mourrai catholique »

この台詞は先の土曜に行われたヂャニ・アリデ Johnny Hallyday の葬儀での数ある弔辞の途中で私の耳に届いたものです。別にこれは生前のヂャニの言の葉ではなく、お仏蘭西のそれは壮大で麗しい歴史の中で多くの偉人が口にしたり、書き残したのだそうだ。カトリック家庭に生まれたのでもなく、今後果たしてカトリックとして死ぬかどうかもあやふやである員数外の私でしたが、この一文を耳にすると同時に、なぜか良心が喜び踊る感覚におそわれました。まるで聖母を迎えたエリザベトのように。ヂャニ・アリデの棺は仏蘭西時間の月曜夜にカリブ海に浮かぶサン・バルテレミ島の墓地に埋葬されたのでヂャニについての報道は昨日火曜の夜まで繰り返されました。ですから、こんにち水曜の朝から共和国内は「ほぼ平常運転」に戻るのではないかと期待しています。まぢ、本当に「もう勘弁しちくり」レベルのヂャニアリデ関連ネタの波で、あたしゃ、降参です。というのもですね、月曜の夕方遅く、義母から電話。なんでもヂャニ他界をきっかけに30年も前に離婚した元夫、つまりココんちの仏蘭西びと♂の父親に電話をかけ、二人で平和に語り合ったのだそう。このお二人はまさにヂャニ・アリデとシルヴィ・バルタンと同世代で、彼らの歌をBGMに出会い、恋愛し、結婚し・・・そして、彼らと同じように離婚しての今です。父親は再婚したけれど、母親は再婚しないまま現在に至る。双方とも、ヂャニ他界をきっかけに半世紀近く前のロマンスを思い出してしまったのでしょうねぃ。
はー、そこまでの影響力ですか。
こればかりはガイジンで員数外のあたしにはなんら「分かち合い」できないな・・・と改めて実感しました。

で、土曜のマドレエヌ寺院(なぜ寺院と和訳されているのか存じませんが、ココはヴァティカンにつながるローマ・カトリック教会聖堂のひとつ)でのヂャニの葬儀。マクロン大統領夫妻、オランド前大統領と現在の恋人さん、サルコぢ元大統領と現在の妻であるカルラ・ブル~ニに、現在のフィリプ首相が棺に近い席に並んで座ってらっしゃいました。参列者にはヂャン・レノさんやらキャロル・ブケーさんなど日本でも知られる俳優さんも多々。そして、家族席には亡くなったヂャニ・アリデの最初の妻であるシルヴィ・バルタン、元恋人でヂャニとの間に一女を産んだナタリ・バイェ、そして現在の妻であるレティシアが揃い、それぞれの子供、孫も列席。レティシアと結婚後、養子縁組したヴェトナム人の女児二人ももちろんおりました。おそらく、このお三方だけではなく他の元恋人さんもいらしたのかもしれません。ヂャニ・アリデとレティシアの市民婚を司式したのは当時、ヌイィ市長だったサルコぢ。

こうしてカトリックの聖堂で司祭方が登場してのヂャニ・アリデの葬儀でしたが、ミサではなく、カトリック用語で引っ張ると「みことばの祭儀」のみ。聖書朗読や仏訳を改訂したばかりの主の祈りは唱えても、信仰宣言は唱えず。みことばの祭儀のみだから聖体拝領も無し。聖体拝領がないことに気づいた時にココんちの仏蘭西びと♂は「ユダヤ人が多いから?」とつぶやいていましたが、ヂャン・レノさんや歌手のパトリック・ブリュエルさんはユダヤんなれど、ヂャニ・アリデとレティシアの最初の養女のカトリック洗礼の代父(仏蘭西では洗礼時、本人の性別がなんであれ代父母を選べるし、代父母以外に数名の代父母を選ぶこと、その代父母が異教徒でも可能なので日本のカトリックの習慣と異なります)だったし・・・とこちらの脳を動かしてみると、ああ、もしかして、家族席も政治家さんや芸能人さんのほとんどがカトリック教¨会では「聖体拝領禁止」のお立場だから?と邪推←第八戒に触れまくるw

葬儀のBGMは生前のヂャニ・アリデのコンサートのギタリストたちがエレキではなくアコースティックギタアで次々とヒット曲を弾かれ、ココ数日の追悼番組でうんざりしつつもヂャニ・アリデの歌がそんなに嫌いではない私には好感が持てました。聴いているうちに既に前世紀のことではあるけれど、ダイアナ妃の葬儀礼拝の音楽とどこか重なりを覚えました。ヂャニのヒット曲の合間にクラシックもチェロとピアノ、時には歌唱を交えてありましたし、聖歌隊がイグナチオ・デ・ロヨラのアニマ・クリスティを唄ったのも良かったです。

そうそうそう、葬儀中のどこだったか、カトリックの十字を右手で切るところで、オランド元大統領やマクロン大統領はまったく右手を動かさなかったけれど、オランドさんの恋人さんもマクロン夫人も十字を切ってたよ(笑。翌日だったか、カトリックの葬儀の習慣で式の最後に参列者が棺を聖水棒を持ちつつ十字を切り清めるというものがあるけれど、マクロン大統領がそれをしなかったと報道していました。棺に手を置いただけだったンですと。まあ、そんなマクロンちゃんもヴァティカンと仏蘭西との間の伝統で国家最高権力者に教皇から与えられる勲章はしっかりもらうらしいからね。たいしたもんだと思います。

葬儀をテレビでヲッチしながらつくづく葬儀っちゅうもんはこの世に残された者者の心を慰めるためにあるようにまず思えたし、いやいや、(ヂャニさんの奥様方とお子たちを眺めつつ)ヂャニさんの霊魂は未だ練獄にいるかもしれないからこうしてこの世に残る縁者がヂャニさんの少しでも早い天国入りをこうして祈っているのだと思ったりもしましたが、そうではなく、肺がんと闘い亡くなったヂャニさんは生きながらにして練獄を闘病のうちに経験したのだから既に天国にいるのさ、と想像したり。私だけかもしれませんが、ヂャニ・アリデが今の奥さんレティシアさんと結婚後、ヴェトナムの極貧の環境に生まれた女児を二人引き取り育てていることや、この晩年の数年間は磔刑の十字架の首飾りを常に胸の真ん中の位置に露わに見せていたことなど、ご自分の回心を我々にアピールしていたようにも思えました。放蕩息子のたとえが私のツルツル脳を滑走しました。そして、「カトリックとして生まれ、カトリックとして死ぬ」に至る、と。

ヂャニさんは養女に迎えた二人のカトリック洗礼もしっかり行いました。それを受け付けた教会側もたいしたもんです。私たちの目に見えない、知らない、わからないところで真剣な関りがカトリック教会とヂャニさんの間で続いていたのでしょうね。ヂャニの葬儀で、レティシアさんの首に磔刑の十字架の大きな首飾りがかかっていたけれど、あれはきっとヂャニが生前身に着けていた首飾りだと思いました。あんなに大きな十字架、きょうび高位聖職者が御身につけるくらいで、シスター方の十字架はどんどんちっこくなっているのにね。

ヂャニさんのお葬式、良かったと思いました、まる

RIP


書き忘れそうになりましたが、ヂャニ・アリデの棺が仏蘭西共和国本土からカリブ海のサン・バルテレミ島に移動しましたが、埋葬の前にはサン・バルテレミ島の教会でもう一度葬儀ミサがおこなわれました。二度も見送られるなんて、ヂャニさんって。やっぱ、葬儀っちゅうもんはこの世に残されたひとびとの心を穏やかにするためにあるのかもしれません。


le 13 décembre 2017, Lucie

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by ma_cocotte | 2017-12-13 18:40 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
こういう時 Assez! を使うのかなあ。
先日12月6日明け方に他界したとされるヂャニ・アリデ Johnny Hallyday の葬儀が土曜にパリで行われ、こんにち11日にはカリブ海に浮かぶ仏領サン・バルテレミ Saint Barthélemy 島の墓地に棺が埋葬されるのだそう。おそらくその埋葬をもって、お仏蘭西のテレビ業界は通常放送に戻るのではないかとガイジンの私は予想しているのですけれども(甘いかなあ・・・)。

土曜日は午前中に買い出しに出、お昼手前に帰宅し、テレビに火ぃ入れてとりあえずFrance 2(日本國に例えたらNHKの総合みたいなチャンネル)を選んだら、なんだか凱旋門を遠くにおシャンゼリゼ通りが大変なことになっているとしか想像できない映像が流れており、それが歌手ヂャニ・アリデの棺を乗せた車が葬式会場のマドレエヌ寺院までパレエドしているのだとわかりました。で、その番組が16時頃まで続いた。13時のニュウスも放映されませんでした。こういうの、個人的にはとても困ります。日々の報道についてはフェイスブックでも日仏全国紙それぞれに「いいね!」を押しているので次々と見れる(必ずしも私は読んでいませんのでw)ようにしていますが、ヂャニ・アリデの他界を境にフェイスブックにはヂャニのネタばかりで、それ以外の報道をそう簡単に見つけることができなくなってしまいました。こういうの、個人的には甚だしく困ります。

私はヂャニ・アリデが嫌いではありません。でも、ヂャニと同世代の義母は食事がのどを通らないほどのショックを覚え、涙も流したそうですし、ココんちの仏蘭西びと♂もテレビ中継を見て、涙ぐんでもいたし、朝から晩までスマホのスピーカーからヂャニ・アリデの歌唱を流すので(週末ってことも私には災いだったわけよw)、いや、もう、本当にサ・スフィ Ça suffit ! アッセ! Assez! 降参です。うんざり。

ちょっとココで小休止。
このネタをタイプしているだけで気分がちょっと。


le 11 décembre 2017, Daniel

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by ma_cocotte | 2017-12-11 19:09 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
今回は多めに。
今年は待降節第一主日前日の12月2日土曜日にココんちから近いニオール Niort 市の城塞前広場にてクリスマス市が始まりました。
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クリスマス市が始まって第二日目の日没を狙って私が動いたのも、築城1000年を迎えた城塞の外壁に映し出される光のショウを見物するため。
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外気温が0度前後をうろついているせいか、とてもきれいだと思えました。これでこれだけ美しいのだから、リヨンの光のお祭りなどどれくらい美しいのでしょうね。そうそう、アミアン大聖堂の光のショウもいつか拝見してみたいです。

さて、話は戻り、クリスマス市。
ココんちでは毎年、買うものが決まっています。
今年もクリスマス市初日の夜にいつものお店を訪問し、いつも購入しているお品があるかどうかを確認。そして、翌日の夕方、こうして第一回買い出しを決行したのでした。そのお品とは、こちら。
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左からフォワグラ・エピセ(200g/瓶×3)、混濁蜂蜜(1kg/瓶×2)、そして赤のピノ酒、以上。
本当はもっと買いたかったのですが、何せ重さの限界。しかも蜂蜜の容器はプラスチックなれど他の物はガラス瓶です。落としたら、オシマイ。ですから、今宵はこれだけにして、それぞれのお店のマダムやムッシュウに「またすぐ来ますから」と言葉を残しての帰宅となりました。
今回の改善点はフォワグラをひと瓶、蜂蜜もひと瓶、多く買ったことです。どうしてかと言うと、フォワグラについては来年春の復活祭の分を前倒しで買いました。鬼が笑ってますね。ですが、昨年、このお店のフォワグラをクリスマスと新年に美味しく平らげ、復活祭には近所のスーパーで有名メーカーのフォワグラを買っていただいたところで臭くて食えねぇンです。私が気に入っているフォワグラ・エピセのエピセ épicée の意味は香辛料を使っていることを表しますが、このお店のエピセはそんなに強烈ではありません。通の仏蘭西びとに邪道だと指摘されたらそれまでですけれど、ヒトの舌にいちゃもんつけンぢゃねーよと内心思いますので、あたしはこれでいいンです。・・・と、それもまた横に置いて、このお店がニオールから南に400㎞以上離れた、それはもうバスクに近い小村にあり、ココからそう簡単に買いに行けるところではないのです。毎年、ニオールのクリスマス市にこのフォワグラ屋さんが出店していますが、そうさな、70歳を過ぎた老男女がそれはけだるそうに、退屈そうに店番をしているという感じ。私のような肌が黄色くて顔が平たい者には最初のうちかなり不愛想でしたが、今はちょっとだけ口角を上げてくれるようになったし、目は合わせてくれないけれど、フォワグラは冷蔵庫に入れれば復活祭まで大丈夫だよ、とも教えてくれました。あたし、メゲない。

そして、続いての蜂蜜は隣県ヴァンデの蜂蜜農家で作られておりますが、これをいただいてしまうと、よその蜂蜜をいただいたところで「蜂蜜の味がしない」のです。と書くと、ローズマリーの蜂蜜の味を思い描いてしまいかねませんが、こちらは混濁の蜂蜜なのでそういう強さではありません。私は紅茶に入れることが多いので、買う前にその旨告げて紹介してもらっていますが、今回は同じ混濁蜂蜜でも混濁加減の2種を取り合えず。

そう、とりあえずです。
24日まで市が開いているので、「またすぐ来ます」がどちらのお店でも締めの挨拶。

食前酒のピノはコニャック醸造所のもので、こちらの出店ではコニャックやら紅白のピノそれぞれ味見して、これまた「とりあえず今日はこれ」と赤ピノを買いました。でも、これを選んだのはココんちの仏蘭西びと♂でして、私は試飲した限りは白ピノが好きぃなので、近いうちに白を買いに行きます。それと、コニャックもねぃ。

とかなんとかかんとか、もう明日は待降節第二主日ではありませんか。
ココんちの飾りつけも何もしていないし、クリスマスの正餐のメニュウなどなーんにも考えておりません。
どうせココんちにヒト二人なので適当にします。飾りつけはたぶんしない。

共和国の世間はきょうのお昼からヂャニ・アリデ Johnny Hallyday の葬儀中継で大騒ぎみたいです。
花の都巴里のマドレエヌ聖堂でお葬式なんてうらやましいわあ。昨日の、作家ヂャン・ドルメソンの葬儀が巴里の聖ルイ聖堂だったこともうらやましすぎたわい。マドレエヌよりよだれダーかも。



le 9 décembre 2017, Léocadie



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by ma_cocotte | 2017-12-09 15:33 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)