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行く川の流れに乗った気持であるとは言え、
しばらく前から何度か電脳域で某『窓』社のソフト「V」が日本國の幾多の企業で未だ受け入れられておらず、「XP」が今も愛用されており、おそらく後継の「7」にダイレクトに移行するであろうという記事を見てはいました。ココんちのこんぴーたは昨年11月後半に突然、ハードディスクが昇天したことで「V」が搭載されたこんぴーたを使うようになりましたが、使い始めて十日後になぜか突然、某フリーメールサーヴィル(G)と某SNSの2つに限って長文や写真をココんちから送信できなくなってしまいました。そのたびに出るメッセージを某SNS社に知らせたところ、こんぴーたに搭載されているアンチウイルスに問題があるのでそちらで聞いてくれ、という返事をいただきました。こんぴーたはココんちの地元で購入した物ですが、アンチウイルスは言語違えど国際企業の物だったので、日本語環境で問い合わせたところ、フランス語だから日本では対応しないという返事。面倒臭くなったので、そのアンチウイルスを抜き、以前から拝借していた無料アンチウイルスをインストールしましたが、何等状況は改善せず、某メールサーヴィスも某SNSも送信不可のままでした。ところが、数度、夜9時以降に突然、これらの問題がまるでなくなるシンデレラ・タイムがあることに気付きましたが、それは連日夜の決まった時間ではなく、気まぐれに送信可能になることに過ぎないこともなんとなくわかりました。それならそれで「まっいっか」のまま、時は流れ・・・

こんなことがありました。
それは冬時間から夏時間に変更された第一日目、3月27日朝のことです。まい・こんぴーたに火を入れたところ、何か様子がおかしい。某『窓』社の「V」とココんちが契約しているプロヴァイダ「A」との相性がどうも悪いことで数日前に買ったばかりの外付けハードディスクがカッチカッチ...と絶えず変な軽い音をたてているのです。しかも、画面右下の時計を頼りに外出の準備をしていたら、何かをかしい・・・¢( ・_・) ン? なんと実家からの電話で気付けたことですが、「V」が冬時間から夏時間に自動変更するにあたり、二時間ずらしていたのです。つまり、前日まで日仏間は8時間の時差だったのに六時間に変更したのです。ヽ(`Д´)ノ 本当は冬時間の八時間差から夏時間の七時間差と一時間の変更なのです。確か私の記憶が確かならば「98」は夏冬時間変更時に問い合わせ画面が出、こちらが確認を兼ねてクリックすると時間変更が成され、後継の「XP」から自動変更になり、当日朝にこんぴーたに火ぃ入れれば時間変更が完了していました。と、こ、ろ、が、「XP」の後継で、「XP」より優れているであろう「V」がこんな間違いをしたのです。しかも、同時に外付けハードディスクが破損。翌日、購入したばかりのお店に修理を頼んだところ、2週間後に返還という話だったのに実際、ココんちに戻ってきたのは一か月と数日過ぎてからでありました。

素人ながら、おそらく『窓』社の「V」とココんちのプロヴァイダ「A」社との相性が悪いとなるとモデムに問題があるのだろうと電脳域でこれらの鍵語たちを用いて検索したところ、なぜか「A」社と「V」の関係に触れている公式レベルの話題に引っかからず、それどころか「A」社がどうも未だに「V」に何等対応していないような個人間情報交換をいくつか見つけられました。「A」社には無料の問い合わせシステムがありますが、少し前、電話したところ、私の「日本名」を読み上げて笑い始めた女性が1分近く笑ったまま対応せずに電話を切ったことがあり、それに懲りた私は2箇所だけ送信に不自由しても他はほとんど問題がないことで「まっいっか」で、時の流れに身を任せていました。

その流れが突然止まったのは、今から十日ほど前、6月30日のお昼過ぎでした。
ここ ↓ に行き、神父さまからオートリザシオン Autolisation 、つまり認可をいただいて、
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美味しそうなさくらんぼの写真の撮影と味見(!)をして帰宅したところ、こんぴーたがインターネットにつながらず、しかもインターフェースの名前が無効であるというようなメサーヂュを「V」がフランス語で告げて来たのです。これまで使っていたモデムが「A」社から無料提供のものでインターフェースの旧名を新名称に換える作業はこれまで何度か経験していたので、同じことを試みましたが何度やってもダメだーめ。久しぶりのお手上げとなり、かけたくはないけれど例の「A」社の無料電話相談所に電話をしたところ、最初の電話は途中で切られ、次の電話では的外れな回答をもらい、こんな私でもそれはまったく修理に当たらないとわかったので話したところ、解決策はこれしかないと電話を切られてしまいました。困り果てたまま就寝し、翌朝思いついたことは、
そうだ!新しいモデムを買ってまえ!
と、近所のモデム取扱店に練馬大根足を運んだところ、知ってしまった新事実。それはこの「A」社が既に2年前、「F」社に買い取られ、今は名称のみの幽霊会社の状態だということです。故に「A」社のモデムはどこの店にも存在しません。例の無料相談所は失業対策で移民青年に任せているので、しばしば話がかみ合わないことがあるとのこと。いちおう私から前夜に電話で指導された対策について3つのお店の店員それぞれに話しましたが、どの店員からもその返答はなんら修理の解決につながらない、と私の判断とビンゴになってしまいました。

私はA5サイズ、64MBだったかのラップトップPC片手に日本から仏蘭西に引越し、その後、クラスメートが利用していた「W」という無料メールサーヴィスに登録したのが今から10年近く前、その後、電脳の急速な進化と共に「W」は「T」という会社に合併され、程なく「T」はイタリア資本の「A」社に吸収合併。私のモデムのインターフェースは初期化すると「T」の名前になってしまうことで、なぜかその名を「A」ではなく、「A」社が吸収した別のプロヴァイダー会社の「LS」という名に変更することでインターネットとIP電話を使用することができました。おそらく先日6月30日をもってその「LS」という名も使われなくなった(?)ので、ココんちの「V」が「その名称は無効です」と突然、画面上で訴えて来たのかもかも??

兎にも角にもこんなことで疲れるのはくだらないので、A社が幽霊とわかってしまったからにゃ、とっとと縁を切るのがよろし、と判断した私は、かの神聖賢愚帝の第一王子が改宗してマスオとなった某家電量産チェーン店「D」が展開し始めたプロヴァイダー「DB」についうっかり登録してしまったのです。それが7月1日。
3~5日で開通の手紙が届くからそれでOK!当社の電話相談先の社員は移民ではありません、と金髪碧眼の美青年店員が私に断言するし(そりゃそうだわな、だって「D」社はユダヤんだもの)、なんとこの「DB」に登録すると日本國への電話が無料なんですのよ、マダーム。タダほどうれしい言葉はにゃい・・・というかタダという言葉に心の目がくらんでサルがどっかにはじき飛んでしまったとゆーか。どーせ私には選挙権がないからおはじきも簡単とゆーか。モゴモゴ。3日目は土曜日だからまず手紙を受け取ることはないだろうと予想したら、手紙が届いたのは7日火曜日。すぐインストール作業を行ったものの、つながらない。_| ̄|○ これまた重たい気持でDB社の電話相談にかけてみると(註:DB社の電話相談は有料です)、モデムの作動確認を24時間後に行い、それでも動かなかったら、また電話をよこせ、とおっさる。翌日になり、やはりウンともスンとも動かないモデムを確かめて電話をかけたところ、インストール用DVDが指導する場所とは違う場所に線をつなげとか言い始めたのです。それでも何等解決しないので、「こりゃ、解約ですかねぃ?」とつぶやいたところ、今度はこの「DB」社とお仏蘭西の電電公社「FT」との間の問題であるのでもうしばらく待たれよ、と言って来た。なぜ最初からそう言わないのだろう?ただし、金曜日まで猶予をくれたまえ、とおっさる。それで解決しなかったら解約に応じると。これが7月8日。
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こんぴーたが使えないとは言え、時は7月。買出しの際、美味しそうな果実を見つけては念願の果実酒造りに勤しみ、6月24日から始まった夏のバーゲンをひやかし、日差しが強すぎない時間には庭作業に励み、日差しの強い午後はテレビ画面から流れるツール・ド・フランスの中継を眺めては美しい自然と史跡にうっとり。そうそう、ヂャイケル・マクソンの葬儀生中継でほろっとしもしました。

そして金曜日前日の木曜日。午前中の買出しからココんちに戻るとポストの中にお仏蘭西電電公社「FT」から作業終了通知があり、早速、DVDを使ってインストール作業をしてみたら、
使 え た 。
のでした。ひえぇえええ、長かった!と思う反面、プロヴァイダーを変えたことでどこか自分の中で今月一杯は無理だろうという覚悟もしていたので「DB」社が金曜日までの猶予と言いつつ前日に作業が完了したことは、「DB」社の宣伝文句「Contrat de Confiance 信頼の契約」のマジックに私もかかっちゃってる?なーんて疑い始めてもいるのでした。

・・・で、「A」社。
7月1日の午後、配達証明の形で解約申請を行い、翌日の消印で配達が無事済んだという返信も戻って来ましたが、これまで「A」社と解約した人々から聞いた話によりますと自動引き落としを停止しないケースがあるとのこと。超ウルトラスーパーどケチの私には刺激的な情報になりますが、前もって銀行に引き落とし拒否願いを出すと引き落としはもちろん止められますが、なーんと「A」社から逆切れ申告があったケースもあるとか。となると、裁判所申請になるらしいっすよ、お仏蘭西でわ・・・。そんな情報が先行してしまうと実にガイジンの私としては面倒臭く、こんな国からヴぁっくれたくなるのでした。
ああ、そうめん、冷やし中華が恋しや、ほーやれほ。
今のところ、「DB」社は快適ざます。昨年11月末に「V」になってから送信できなかった2方面にも問題なく送信できるようになりました。やっほーい ゚+。:.゚ヽ(=´▽`=)ノ゚.:。+゚

残るは、引き落とし問題ぢゃ。
なーんでヴぁかんすシーズンにこんな問題を抱えることになるんぢゃあああ。
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酒だ、酒だ、酒持って来ぉいっ! と卓袱台ひっくり返したくもなりますが、これら果実酒の飲み時は一年後だそうです。

le 9 juillet 2009, Amandine
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by ma_cocotte | 2009-07-09 23:56 | 『?』なたわ言 | Comments(6)
地ニハ善意ノ人ニ平和アレ。
去年の3月23日。母の永眠の知らせからちょうど一ヵ月にあたるその日、私は或るところに行きました。週日の日中ならば二千人前後の人々が集うそこは、日曜日なのでしんと静まり返っていました。平日ならば開いている通用門は閉ざされていたので、高い塀づたいに坂道を登り、突き当たりの正門へ。正門はいつもどおり右横の、人がひとり通れるほどの幅の門だけが開けられていました。私がそこを抜けて数歩歩いたところで、少し離れたところから声をかけられました。振り返ると受付前に男性が一人、身を前に屈めつつ、こちらに向かって「記帳はココですよ」と。その方も記帳されている最中でした。久しぶりに足を運んだところとは言え、私にとっては勝手知ったる場でもあったので、その男性に軽く会釈して、ふらふらと思い出を辿るかのように散歩がてら歩いてみました。約束までの時間が少しあったので、この塀の中の世界について隅々裏裏まで知ってはいるものの、実は一方向だけ私があまりよく知らない西北方面へ足を向けました。右手のテニスコートと左手のバレーボールコートの間の並木道を歩くと突き当たり手前左にひとつの玄関。玄関の向こうに先ほど私に声をかけられた男性と他の数名の方がいらっしゃいました。どうやら日曜日のこの日、この玄関の向こうの世界のためにやって来た方々だったようです。この玄関の向こうの世界は社会福祉法人で、家庭の事情があって親家族と一緒に住むことが難しい子供たちが生活している世界です。日曜日ですから、面会に来る親御さんもいれば、休日という貴重な時間をここで子供たちと共に費やしてくださるしあわせな方々が次々と現れるのが常のようです。

====== 十 ======

この日から遡ること一年と10か月ほど。その日もやはり日曜日、この施設を訪れた一家族がありました。その当日より少し前、外国から日本に観光に来ているが(自分の)子ども達が退屈しているので一緒に遊べるとうれしいのだが、と連絡があったとも聞いています。世知辛いことに少々疎い職員たちは、ただただ善意を喜んで受け入れ当日を迎えました。依頼してきた家族を乗せた白いワゴン車のために普段は閉ざされている正門の大きな門が開き、車は正門を左に曲がり二番目の並木道を右に折れ、突き当たり手前の玄関の前に停まりました。ワゴン車から現れたのはこちらのご一行サマ ↓ そう、ぢゃいける・まくそん ( ̄ー ̄) ニヤリ
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こうしてマイコーにお目にかかったところで「この方、どなた?」と思いつつも決して詮索しない職員と、一目見るなり「うぉっ!?」と驚いた子どもは一部であって決して全員ではないというどこか浮世離れしたココの環境です。ここに住むお子達はガイコクからわざわざ遊びにいらしてくださったお客様方に日頃習っているお琴や日本舞踊を披露し、「日曜の来訪者」のひとりであるこの一家の主(あるじ)は「さくらさくら」を子どもたちと職員のために唄い、どんな紙の切れ端であろうと子供たちからサインを求められれば嬉しそうにサインしたのだそうです。
それこそ神から与えられたまふタレントで比類なき一輪の花を咲き誇らせたマイコーが「退屈している幼い(私の)家族のために」と、自らを滅して日曜の閑散とした環境に現れました。そこでの数時間、大輪の花も、子どもたちも、ボディーガーズも屈託のない笑いを絶やさずにいられたと。
一夜明け、朝からこの一家の主が江戸のハズレまでお忍びしたことが話題となり、この家族の善意を受け入れた園長さまもテレビ画面に登場。興奮気味に「マイケルが来てどうでしたかあ?」などの質問に「わたくしは修道女ですのであの方が有名とも何とも存じませんでしたが、あの方々はとても喜んでくださり、こちらの子どもたちも大変喜び、ですからわたくしもうれしうございました。」と落ち着いた声での返答。時同じくして、この場に集った誰もがみな疑いのない幸せの中にあったのかも。凄いことだな。

====== 十 ======

マイコーの来訪から2年と4か月ちょい後。私は東京都下の某所でこの園長さまにお目にかかりました。午後1時を過ぎており、応接室に現れた園長さま、いえ、スォルMは私たちの顔を見るなり「あなたがた、お腹がすいているのではありません?私が何か見てきましょう」と。数分後に美味しく茹でら、水で引き締められた日本そばが私たちの前に出て来ました。シスターは相変わらず相手の心を見透かされているというか、私の顔に「シスター、お腹すいた」と文字が浮かんでいたのか。スォルMは数年前から大病を患っているものの、それさえ神さまからいただいたものと喜ばれ、ご自分の肉の痛みさえも捧げて他人にばかり気を使っている、とはその席にいらした他のスォルお二人が小声でおっしゃる。他者に気をつかってばかりの園長さまにとって、いつも気になっているのは早い子ならば赤ん坊の時から預かり、寝食を共にしつつ育て、世に送り出した子どもたちのことです。そして、その子供たちのために善意を示してくださった方々への感謝と祈り。今のスォルMは責任ありすぎる立場から離れられ、祈り、祈られの毎日を過ごされています。この都下の修道院で、年齢を重ねども心が健やかで魂が発育中のスォル方に「私たちの分までお願いね」と私が頼まれたのが昨年晩秋のルルド詣ですわい。

====== 十 ======

この施設に訪れる人々は時に知られた名の花であったりもします。が、花の名が有名であろうと無名であろうと、その花から施設に届けられる善意に変わりはなく、ただただその花が勇気を持って動いて作り出し、捧げてくれた善意に感謝するばかりなのです。マイコーが遊びにいらしたように、2002年には こんなこと もあり、最近は こんなこと もありました。こうしたあらゆる善意を知り、私が思い出す言葉はイエズス会総長アドルフォ・ニコラス師の言葉です。以下、再掲 になりますが、一部分だけ。


神の夢を抱いて


 私たちの周りを見回すと、夢を売る商売をしている人々が数多くいます。しかし彼らの売る夢ははかなく消えてゆく夢、ちっぽけな夢です。今日の世界で一番強く求められているものは、もっと壮大な夢を見てその実現を目指す才能です。お金では買うことができない夢、言い尽くすことができない夢を生み出す力です。きっと私に求められていることがある、きっと私が心をこめて、力を尽くして貢献できることがある、という夢を抱く力です。その夢は、心の渇きをいやす夢、人間らしい生き方を追求する夢、正義を求める夢、自分が受けた素晴らしいものを分け与える夢、愛と平和の共同体を創り上げていく夢、一人ひとりが神の子として大切にされる社会を構築する夢です。しかし、このような夢を実現することは容易なことではありません。(中略)この希望に生きる人の特徴の一つは、自分だけが希望を持つのではなく、他の人にも希望のともしびが点るように奉仕することです。(中略)たとえばソーシャルワーカーとして働くならば、その働きによって自分自身も変えられながら、現場で接する人が変えられて行くように働く。自分にとらわれず、もっと共同体を大切にする人、物心両面で分かち合いを大切にする人に変容するように促すのです。(以下、略)



マイコー、ありがとう。
マイコーは「神の夢」を示したひとりだと思います。Michael Jackson という名が冠せられたタレントで得たものを、自らが無名と化して、分け続けた。何も無名にしなければ、自らの名にいっそうの箔を貼れたでしょうに。
スォルMが信頼する聖人がこのような言葉を残しています。
この世では、私たち自身の、また、他の多くの霊魂を救うために絶え間なく働こう。休むのは幸いなる永遠の世界で。
マイコーは永眠する前夜もロンドン公演の練習に励んでいたと聞きました。マイコーの噂は数あれど、もしかしたら真実はその逆で、マイコーは他人を思いやりすぎて、自分の心身に厳しすぎたのではないか、と。どこか不器用に生命とタレントを他人のために消耗してしまったのではありませんか?マイコーの善意にどれほど天地の花々が今も感謝していることか。
マイコー、どうぞゆっくり休んでください、幸いなる永遠の世界で。

le 28 juin 2009, Irénée
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by ma_cocotte | 2009-06-28 23:32 | 『?』なたわ言 | Comments(2)
さあ、きょうもはりきって生きましょう。
聖域の朝は早い。
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ローマの宿舎にて。午前8時手前。

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ヴァチカンの聖ピエトロの回廊にて。午前9時手前。
自然光の中、仕事に向かわれる人々の美しいこと。

こうして人前に現れる前、各自が開眼一番、
朝まだきに我が心、主をあこがれて目覚む。
神よ、私の口を開いてください。
と唱え、身支度を整え、
私の神よ、あなたを礼拝いたします。
心からあなたを愛します。
きょう一日の行いをすべてあなたにお捧げいたします。
この行いがみ旨にかない、
あなたの光栄のためになるようにしてください。
わたしを罪から、そして、あらゆる悪からお守りください。
あなたの恵みが常に私の上に、
そして、わたしの愛するすべての人の上にありますように。
と祈って、公に飛び出る!
そのような人々が集う職場に悪が凄んでいるのだろうか?

午前9時半頃だったか、イエズス会管轄のジェズ教会 Chiesa del Gesù にて。
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朝の陽光の下、告解 ing 中


週日だと言うのに小聖堂の小ミサにはたくさんのローマっ子が集まっていた。
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ココ ↑ は小聖堂だと言うのに天井は、地に集う人々を眺めています。
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すんばらすぃ・・・手抜き無しのことよ。


人がひとりでいるのは良くないほど、人は強いのか、弱いのか。
朝一番に祈った人々は就寝前にはこう唱えて横になるそうだ。
わたしの神よ、あなたを礼拝いたします。
心からあなたを愛します。
わたしを造り、キリスト者とし、そして昼間もお守りくださいましたことを、あなたに感謝いたします。
わたしの犯した罪をおゆるしください。
そして、もし何かよいことをしたのならばお受け取りください。
眠っている間も危険からわたしを守り、あなたの恵みが常にわたしの上に、そして、わたしの愛するすべての人の上にもありますように。
と。そして、眠りから目覚めたら、上に挙げた祈りを唱え、身支度を整え、公に出る。これを毎日、毎日、目が覚めなくなる日まで繰り返すとな。ふむぅ、
人 は 弱 い 。
と、この一日のうち12時間ちょい、朝の希望→夕の反省の言葉の流れを眺めてはそう思うけれど、この毎朝晩の祈りの繰り返しで 心は強くなっていく のだろう。

このように朝晩の祈りを繰り返している方々を裁ける人々は毎朝毎晩どのような祈りを唱えているのだろう。こんな朝晩の祈りを唱えない方が、むしろ人は他人に 力で強くなれる のかもしれない。ふと、そう思った。

le 24 juin 2009, Jean-Baptiste
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by ma_cocotte | 2009-06-24 23:34 | 『巡礼』 Rien de special | Comments(0)
受け入れられたのは全てを受け入れられるから
6月18日あたりから仏蘭西共和國の世間で再びイスラーム女性の装束についての話題で大騒ぎになっています。今から5年前の3月15日、当時のラファラン内閣が1905年の徹底政教分離法(ライシテ、La laïcité)の原理に基づき、公立高校、中学、小学校<仏蘭西では幼稚園は小学校付属扱い> で宗教と一目でわかる物を持ち込むことを制限する法が施行 la Loi n° 2004-228 されたことは記憶に新しいというか、世間であらゆる面から揉めに揉め、考えに考えさせられた件なので脳内フロッピーからそう簡単に消えもしなければ、こちらから消せない話題なンでありますが、こうしてまた「イスラーム女性の装束の問題」が突出したことでどういう騒ぎに発展していくのだろうと「心配」になって来ました。仏語版ウヰキですけれど、共和国内公立校におけるスカーフ問題をご参考までに、
Voile islamique dans les écoles en France
http://fr.wikipedia.org/wiki/Voile_islamique_dans_les_%C3%A9coles_en_France
2004年3月の法制定から更に数か月遡り、2003年10月だったと記憶しています。パリ近郊のオベルヴィリエ Aubervilliers の公立高校 lycée Henri-Wallon からリラ Lila とアルマ Alma という当時18歳と16歳の姉妹が9月の新学期からスカーフ(仏蘭西語ではフラー Foulard、アラビア語ではヒジャブ Hijab )をイスラーム風に頭部に巻いて登校するようになり、翌月退学処分になったという事件がありました。ココまでの報道は日本國にも流れ、中道よりヒダリの方々が仏蘭西という政府が弱者を差別したと捉え、共和国内でイスラーム女性がスカーフをかぶることに疑問を呈した人々を力づくで裁いていたこともまだ私は忘れていません。cf. 仏蘭西共産党系全国紙 リュマニテ の2003年10月9日掲載記事 ↓
Foulard Conseil de discipline pour Alma et Lila
http://www.humanite.fr/2003-10-09_Societe_Foulard-Conseil-de-discipline-pour-Alma-et-Lila
ところが、この退学に至るまでのストーリーは本当に表面に過ぎず、実は更に深い真相があったことで、仏蘭西ではまた新たな面からこの事件を眺めるようになりました。表面の段階では共和国内のイスラーム宗教関係者や欧州系の中道左派よりヒダリがこの公立校を退学になった姉妹に同情してデモなど抗議運動を活発に行ったのに、それは続きませんでした。その続かなかった理由というのが、この姉妹の父親ローラン・レヴィ Laurent Lévy (写真左の左)はユダヤんでヒダリ突き当たりに相当する活動家で、このレヴィ父も他の極左系ユダヤん男子に多いイスラームのマグレブ・アラブ女性と結婚し、家庭を持ったンですな。

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そのユダヤ♂とマグレブ・アラブ♀の間に生まれたのがリラちゃん(写真右の左)とアルマちゃん姉妹です。レヴィ父はヒダリ巻き切れですからユダヤんアイデンティティを自らの中から追い出すことが生涯の闘争でもありますし、レヴィ妻はイスラームであるなら無論レヴィ氏との結婚で改宗を強く求めているはずで、アルマ&リラちゃんがユダヤよりはマグレブ・アラブの慣習が織り込まれたイスラームの生活道徳で育ったであろうことは容易に想像がつきます。が、どうも新学期と同時にスカーフをかぶって学業に励めと娘二人をそそのかしたのは父親であり、娘たち本人の意思とは言い切れないことがわかってきたのです。となりますと、無神論者であると公言しているレヴィ父の信念であろう「宗教を省いた闘争」のために娘二人が愛するパパのために兵卒となって公共社会に飛び出たにすぎないわけで、必ずしも信仰の自由や共和国におけるイスラーム文化の平らに等しい尊重が目的ではないとするなら・・・と中道保守のイスラームさん達がこのレヴィ姉妹への同情やら擁護運動からさっさと撤廃してしまったんですな。そんなわけで今に至るまでレヴィ一家は左傾の方々の「理想体」のひとつとして持ち上げ崇められています。中道よりミギはシラ~。生活文化の尊重や融合を考えるにしても左傾が選んだこの方法とは違います。

そんなことから早5年。
この数日、話題のイスラーム女性の装束について批判的見解を国会で報告したのは、なんと仏蘭西共産党の議員アンドレ・ゲラン le député PCF de Vénissieux (Rhône) André Gerin 氏でした。氏曰く、5年前にも増してイスラーム女性の装束が一般社会を威圧している、と Une forme d'"oppression"。氏が指摘するイスラーム女性の装束はスカーフやヘジャブではなくブルカ la burqa (en arabe, برقع) やチャドルなど頭の天辺から足のつま先まで隠すような装束です ↓ 。___φ( ̄^ ̄ )
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なるほど、なるほど。たった五年とは言え、約1800日の間に仏蘭西の移民事情も大きく変わり、5年前はイスラームと聞けば「マグレブ(=アルジェリア、モロッコ、チュニジア)」が真っ先に出て来たものが、ここ数年はコソボやチェチェン紛争、イライラ戦争やアフガニスタン内戦で仏蘭西に難民として移住した人々が共和国各国の移民居留区に分散し、仏蘭西のイスラーム文化に新しい力と香りを醸し出し始めました。移民居留区で先住のトルコ系やマグレブ系と新参の彼らとの生活文化摩擦が勃発しているのはココんち地元だけの問題ではありますまい。というか、イスラームの中は信仰とアラブの血で一致しているようで、実は祖国の違い(マルクス主義+イスラームの国か原理主義の国か)やアラブ系の血の混ざり具合の加減などで細分しているがゆえに互いの批判が絶えることがありません。
そして、彼らを傍観していて面白い点がもうひとつあります。それはトルコ系やマグレブ系に多い労働移民やチェチェン、コソボ、アフガンなど戦争や政治難民がこうして仏蘭西共和国の手厚い、いや、手厚すぎる過保護の下、仏蘭西で生活を始めたところで、仏蘭西風に生きていくヒトと祖国の風習に回帰するヒトに分かれます。それも、仏蘭西に入国してすぐは一目でイスラームとわかる女子が数か月後にはスカーフも取り、短めのスカートをはいたり、パンツで現れることもあれば、逆に入国すぐは仏蘭西風だった女性が一年近く経ってから再びスカーフをかぶり始めたりするのです。それは当初は一緒に移住した家族の意見を中心にしていた女性がしばらくして近所づきあいによる情報交換で装束が左右されるようです。戦争難民については何も持たずに祖国を離れているので、仏蘭西入国当初はフランス側の赤十字やスクールカトリック(=カリタス)、スクールポピュレールなどから与えられた衣服で生活が始まることで、当初、傍観している私たちには移住したばかりのイスラーム文化圏育ちの彼らが「仏蘭西に馴染んでいる」ように見えるだけなのかもしれません。こちら ↓ 、6月18日、国営放送で報じられたパリ近郊の最近の様子です。
France 3 : Port de la burqa: polémique
http://jt.france3.fr/player/1213/index-fr.php?jt=20090618&timeStamp=445
France 2 : Paroles de femmes voilées
http://info.francetelevisions.fr/video-info/?id-video=MAM_1500000000003638_200906191017_F2&id-categorie=A_LA_UNE
一夜明け19日に流れたニュウス ↓ によりますと、
France 3 : Port du voile : Luc Chatel envisage une loi
http://jt.france3.fr/player/1213/index-fr.php?jt=20090619&timeStamp=412
2005年3月の法(la Loi n° 2004-228)に、ブルカやチャドルを着たままでのアイデンティティカードの写真は一切受け付けず、病院・役所で受給による労働者のこれら装束を着用したままでの労働を厳禁することを明記することになるそうです。確か大英帝國では公務員や銀行などの窓口でイスラーム女性が目のみが確認できるかできないかの装束で就労できましたね(今は改められたかもしれませんが)。隣国に比べるとフランスの就労条件は厳しいようです。

この件についてニュウス検索をすると、どの全国紙のHP版も印象的な衣装をお召しの女性の写真が掲載されていますが、年々増加傾向にあるんですと。それ故に、頭の天辺から足のつま先まで布に覆われて動く彼(女)らは優美な黒いおばけ un “élégant fantôme noir”と表現するヒトもいれば、教条主義、原理主義の体現 "l'expression visible et physique des fondamentalistes et des intégristes"と厳しく言う人もいます。ココんちあたりではまだマダム・オバQを一度も見ていませんが、かつて南仏に住んでいた頃はそこいら中にゴロゴロと世界各国のあらゆるイスラーム女性の装束を見ることができました。こちら ↓ はマルセイユ2区のスークあたり。右の女性はヘジャブ、左の女性は目のみが他者に見える形。
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http://malicieuse.exblog.jp/2896345

ニュウスを見聞するとウルトラサンシーブル(Ultra sensible)、つまり究極過敏な話題だと繰り返されていますが、パリの大モスクの長上さんがおっしゃるにはこの装束の歴史はイスラームというより土着習慣だそうで、イスラームが女性にこのような装束をするように命じていないそうですが、上のビデオなんか見ますとマダム・オバQが「コーランを見りゃわかるでしょ」とイスラーム男女の常套句で切り替えしています。この件に限らず、イスラームさんがこの台詞を口にしたことについて本当に書いてあるかどうか疑わしいのが常だったりします。とどのつまり、どっかのレヴィ親父みたいに国家転覆手段の地道な一歩で無知な男女を扇動していたりもしますからね。

一凡女がふと思うことは、宗教が理由にない生活文化となると仏蘭西に移住した時点で法をもって祖国の装束を禁じ、仏蘭西の習慣を圧して推すというのはそれもまた Une forme d'"oppression" ではないかと。故に執行猶予が必要でしょうけれど、現実において各自の選択が「フランス風」「祖国」と二分するのも見ていますし、右利き左利きは矯正しなければ五分五分であろうことも理。そうかと言って異なる生活文化をどう認め合い、許し合うのかも知をもって動かねばならないことです。その過程は決して勝ち負けではないので、その道の途中での変化を傍観者が勝敗優劣で眺めたら「一方が妥協した」という言葉が見え始め、飲んだ飲まれた、等どんどんあらぬ方向に印象付けられてしまいそうです。私はそれを恐れます。ヒトというアイデンティティを受け入れるにしても、何もかも無条件で受け入れることは難しいです、本当に。

兎にも角にも、共産党議員からイスラーム女性の装束が仏蘭西一般社会を威圧しているという議題が出されたことで、議員の意見はほぼ二分、世間は日毎にそりゃ大騒ぎ ┐(-д-`;)┌ ということもあり、来週月曜日に神聖賢愚帝サルコぢ一世サマがこの件について朝から一発おかましあそばすのだそうです。どうなりますことやら。

le 20 juin 2009, Silvère

わたくしにとりまして「ブルカ、アフガン」のキーワーズで思い出すのはこちら ↓



もう5年以上前、クリスマス前にギニョル番組 Les Guignols de l'info で流れた Barbie spice di counasse バービーいすぴすでぃくなす 。
あまりにブラック過ぎて日本國では放映されるのが難しいでしょう。貞淑な妻が玄関から一歩出ただけで夫ケン・ラディンに見つかり、DV、そして石打ちの刑。ただし、石ころは別売りです。なーんてバービー人形をお嬢ちゃまにいかが?というCMパロディです。
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by ma_cocotte | 2009-06-20 17:18 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(5)
あ、そこには触れないで!..._| ̄|○ ソウイウコトダッタノカ
久しぶりに、ウヰリアムソン師。

教皇さまからの求め に未だお返事なさらないFSSPX の司教 リシャアル・ウヰリアムソン Richard Williamson 師がブログを始められました。
Dinoscopus
http://dinoscopus.blogspot.com/
ブログから拝察するにウヰリアムソン師は大英帝國は倫敦市内にいらっさるようです。
数日前偶然知ったことですが、このウヰリアムソン師が2004年8月に日本國内にお住まいの聖ピオ十世会の信者8名の堅信、いえ、堅振 のために来日されていたのですね。

ところで、ウヰリアムソン師の来日の件について書かれたHPの最後に、ピオ会の礼拝にあずかる「兄弟姉妹への3つのお願い」が掲載されていました。今になって興味深いことに、司祭から兄弟姉妹への願いの文面の中には
「担当司祭の承認 Authorization や許可 Permission 」
「担当司祭から公式に任命 appointment」
「原則的に禁止 Forbidden 」
「理由によってお望みの方は、その都度担当司祭の許可 permission を得て下さい。事情により許可 Permission は必ず与えられるとは限りません」
とあり、はて?どこかでほんの数日前に見聞したお話 が思い起こされます。以上の注意事項を英語に訳す際、カトリックの世界でも世間でも法律に関わる単語があてられることは高等教育で語学を学ばれた方なら「コメント交換やら会話に用いる語」を当てはめません。ピオ会の神父さまもカトリックの慣習をご存知だからこそ実践され、羊に求めていらっしゃるこのような具体例があるのに、なぜピオ会とヴァチカンの完全な一致を心待ちにする世俗の方々が分断し、このカトリックで受け継がれてきた習慣を軽んじるのでしょう。

指針あがないの秘跡の第104項 だけ に限って、以上の単語の関連と用法が別の文書における解釈と異なるとヴァチカンも教会もおっしゃったことはありません。現状で第104項に限って単語の用法を例外と日本語で断言するなら、それは読み手が世俗とするなら個人の事情あって一般論を否定したいだけのことであり、もしカトリックの聖域に住まう方々が「この項に限っては例外である」とおっしゃったら、世俗は考えずに従うのみです。本物の伝統主義者 Traditionaliste なら尚更のこと。伝統主義どころか教条主義者 intégriste だったら逆にたった一冊の本の中の第104項だけの例外なんてあるめぇ。

読み手である市井に生きる人間が世間一般の定型を自分だけの信念をもって変えるにしても、例えばお仏蘭西だったらアカデミ・フォンセーズ L'Académie française に認められるまで、決められた書類に本人による「理由によってお望み」を明記し、決められた段取りを守って提出し、何年かかってもお上の沙汰を待つしかありません。生きているうちに自分の願望が受け入れられたら「運が良い」。あれれ、カトリックの世界の中と同じぢゃん。ひとつだけ違うことはアカデミ・フォンセーズは祈らずに最終決定を出しますが、カトリックの聖職者は最後に祈りをもって「アーメン」とします。ただし、教皇B16 さまはアカデミ・フォンセーズの海外在住者会員であり、仏蘭西はアングレーム Angoulême の司教クロード・ダヂャン Claude DAGENS 師もアカデミ・フォンセーズ会員であります。つまり、アカデミ・フォンセーズ全体が祈らずに最終決定を発表するのではなく、会員の中には極一部かもしれませんが、祈って答えを見定める方々もいるということです。

そっれにしても、カトリック世界の英文公文書において Be permitted (語幹は permi-)なる、宗教を抜きに世間一般の法律用語が「あがないの秘跡 第104項」のみでしか使われていないのか、日本語環境の騒ぎっぷりで不思議でしたが、調べてみたら、騒いでらっさる方々がしばしば話題、2007年7月7日付けの自発教令 Motu Proprio Summorum Pontificum から探し出すことができました。以下、一目瞭然の例をいくつか。
Art. 2. In Masses celebrated without the people, each Catholic priest of the Latin rite, whether secular or regular, may use the Roman Missal published by Bl. Pope John XXIII in 1962, or the Roman Missal promulgated by Pope Paul VI in 1970, and may do so on any day with the exception of the Easter Triduum. For such celebrations, with either one Missal or the other, the priest has no need for permission from the Apostolic See or from his Ordinary.
第2項 会衆なしに行われるミサでは、ラテン典礼のカトリック教会の司祭は皆、教区司祭と修道司祭の別にかかわらず、過越の聖なる3日間を除くすべての日に、1962年に教皇福者ヨハネ二十三世が発布したローマ・ミサ典礼書と、1970年に教皇パウロ六世が発布したローマ・ミサ典礼書のいずれをも用いることができる。いずれのミサ典礼書に従ってこのような典礼を行うにせよ、司祭はそのために使徒座ないし自らの裁治権者から許可を得る必要はない。

§ 5 In churches that are not parish or conventual churches, it is the duty of the Rector of the church to grant the above permission.
§5 小教区教会でも修道会付属教会でもない教会堂では、教会主管者司祭が上記の許可を与えなければならない。

Art. 9. § 1 The pastor, having attentively examined all aspects, may also grant permission to use the earlier ritual for the administration of the Sacraments of Baptism, Marriage, Penance, and the Anointing of the Sick, if the good of souls would seem to require it.
第9項 §1 小教区の主任司祭は、すべてのことがらを十分に考慮した上で、霊魂の善益が求める場合に、洗礼、結婚、ゆるし、病者の塗油の秘跡を執行する際に、以前の典礼を使用する許可を与えることができる。
ここ ↑ に書かれているカトリック教会内の聖俗間における「申請 application → (権能の)委任 autholization / 免許 permission 」という動作と書類の流れは教会生活全てにおける基本で、ささいなことでもこの動作を聖俗の間で常に求められているということは、ミサにもあずかり、典礼や社会司牧の手伝いもなさる方ならば、信者であろうがなかろうが、気付けることです。文頭に述べたピオ会の司祭が世俗に求めていることも同じ流れのひとつです。小さな決まりも大きな決まりもこの基本所作の応用にすぎないのだからして。ですから、「カトリック知識が司祭よりはるかに豊富なカトリック信者」といくら第三者に褒め称えられてもこのカトリック生活における基本を軽んじ、無知の羊をそそのかしているような言動を取るなら、他の第三者に「もしかしてこの方は生きたカトリック教会の中で生きていない方なのでは?」と思われたところで、それは自らご自身の教会での立場を公で表明したに過ぎません。誰のせいでもありません。まず、自分が実世界のカトリック教会で「生きる」、それしか心身をもって2000年の間、ヒトからヒトに、ヒトが決めた国境を越えて伝えられたカトリック慣習を体得する道はないし、その道は死の瞬間まで自分の魂の足で歩まねばならないのだからして。
教皇さまはじめ、こういう方々 ↑ にカトリック伝統の生活慣習を無視されている聖域の方々、お気の毒です。
教皇さまは2009年2月4日付文書の中で以下のとおりおっしゃっています。
The lifting of the excommunication has freed the four bishops from a most grave canonical penalty, but it has not changed in any way the juridical situation of the Fraternity of St. Pius X, which for the moment does not enjoy any canonical recognition in the Catholic Church. Neither do the four bishops, though liberated from the excommunication, have a canonical function in the Church and they do not licitly exercise a ministry in it.
四司教の破門解除のみであり、聖ピオ十世会の法的立場は今も解除以前と変わらず、カトリック教会内の基本手続きを無視しての秘跡執行は一切ヴァチカンに認められていないのです。世界に散らばるピオ会の聖俗信者さんがこの言葉 ↑ を無視していることが問題なのです。本当に自他共に認め合うほどの聖座直結ならば、教皇さまが求めていることが理解できるひとりひとりがまず守らなくっちゃ。

ピオ会から追放されたラゲリ師がFSSPXを何と譬えたか、教皇さまもご存知でしょう。
だって、今はしっかりつながっているお二人だもの。

le 11 juin 2009, Barnabé
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by ma_cocotte | 2009-06-11 17:03 | 破門→波紋→和解→破壊 | Comments(0)
Perinde ac cadaver
昨晩、友人より一通のメール。
なんでも拙ブログの内容がちりばめられた意見文章が電脳域で公開されているとのことで、私も拝見することができました。以下の二つのエントリーです。
'09.06.02 (火) 彼女はそれを 「常識」 と言い続ける
http://gokyo.ganriki.net/diary2009/d-2009-06-02.html
'09.06.03 (水) 典礼秘跡省に訊くことにします
http://gokyo.ganriki.net/diary2009/d-2009-06-03.html
以下、一凡女の拙なるたわ言を書き連ねます。
が、その前に。上に挙げました2エントリーにつきまして何かご存知のことがありましたら、無知の私に教えてください。

先月、聖地巡礼にいらした教皇さまが 12日にエルサレムで司式された野外ミサ の生中継ビデオをどうぞ ↓
Messe célébrée dans la Vallée de Josaphat
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00044914&vl=video_nouveautes
このビデオの一時間45分目あたりから聖体拝領の様子が映りますが、1時間46分31秒以降、両形態の拝領側のSelf intinction も、授与者(つまり司祭)がホスチアをカリスに浸して拝領者の舌に乗せているのもしっかり拝見できます。
教区長方は教皇さまの下、平等のお立場ですから、他教区内におみ足を運ばれたところでその教区に「改善も改悪も」求められません。が、ローマ教区長、すなわちローマ教皇のみが世界中どこの教区におみ足運ばれても「改善も改悪も」その教区の聖俗信者に求めることができると私はかつて神父さまから習いました。これを前提にするなら、教皇さまはエルサレムで教区長に両形態を禁じることができますのになさいませんでした。おそらくエルサレム教区では両形態が認められており、このごミサにおいても両形態についてローマ教区長である教皇さまはL'autorisation (許可)、Permis (免許)を発していることになります。英語で表現するなら、
The Pope permitted to intinct the host himself in the chalice, or to receive the intincted host in the hand.
permit (動詞:許す、名詞:許可/免許)の派生語には permission (許可/免許)、permissive 随意などありますが、動詞は動作を表わすので、希望する団体や本人が委任認可 authorization の免状 permission をもらえるよう書類を集め省庁(教会)を訪ねるなり動かねばなりません。まだ人がなんら動かないままの時点なら、Forbidden だろうが not be permitted だろうが「してはならない禁止行為」であるということくらい、ネイティヴスピーカーなら感覚的にわかっています。ただし、委任認可を求める事務手続きの時間経緯において、免状を手にする前からその行為を始められるか否かは各環境の両者の契約条件によります。
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http://malicieuse.exblog.jp/9075715

さて、ここで今一度、指針あがないの秘跡 Redemptionis Sacramentum の第104項全文を各国語で見てみましょう。
羅典語104. Ne permittatur communicando per seipsum hostiam in calicem intingere nec hostiam intinctam manu accipere. Quoad hostiam intingendam, sit hæc e materia valida confecta necnon consecrata, omnino vetito usu panis non consecrati aliusve materiæ.

英語[104.] The communicant must not be permitted to intinct the host himself in the chalice, nor to receive the intincted host in the hand. As for the host to be used for the intinction, it should be made of valid matter, also consecrated; it is altogether forbidden to use non-consecrated bread or other matter.

仏語104 - Il n’est pas permis à celui qui reçoit la communion de tremper lui-même l’hostie dans le calice, ni de recevoir dans la main l’hostie, qui a été trempée dans le Sang du Christ. De même, il faut que l’hostie, destinée à la communion par intinction, soit confectionnée en employant une matière valide, et qu’elle soit consacrée ; il est donc absolument interdit d’utiliser du pain non consacré ou fabriqué avec une autre matière.

西語
[104.] No se permita al comulgante mojar por sí mismo la hostia en el cáliz, ni recibir en la mano la hostia mojada. Por lo que se refiere a la hostia que se debe mojar, esta debe hacerse de materia válida y estar consagrada; está absolutamente prohibido el uso de pan no consagrado o de otra materia.

獨語104. Es ist dem Kommunikanten nicht erlaubt, selbst die Hostie in den Kelch einzutauchen oder die eingetauchte Hostie mit der Hand zu empfangen. Die Hostie, die eingetaucht wird, muß aus gültiger Materie bereitet und konsekriert sein; streng verboten ist die Verwendung von nicht konsekriertem Brot oder anderer Materie.

伊語[104.] Non si permetta al comunicando di intingere da sé l’ostia nel calice, né di ricevere in mano l’ostia intinta. Quanto all’ostia da intingere, essa sia fatta di materia valida e sia consacrata, escludendo del tutto l’uso di pane non consacrato o di altra materia.

日本語 104. 拝領者は自分でホスティアを御血に浸すことや、御血に浸されたホスティアを手で拝領することを許されてはならない。御血に浸すために用いられるホスティアについては、有効な材料で作られており、聖別されていなければならない。聖別されていないパンやその他のものを用いることは絶対に禁じられる。
さして長い文章ぢゃないのに、104項の中から前半だけのつまみ出しでは、後半部分で使われている語句と簡単に比較できるのに、それを書き手が個人の意図あって敢えて読者に認めさせないようにしていると判断されかねません。しかも、ラテン語とイタリア語においては禁止事項全文がNe permittaturNon si permetta al にかかっているようなので、否定のNe、Nonを省けば Permit- または permet- の語幹となり、他の言語より禁止事項が甘く表現されていると言えるかもしれません。

そもそもこの項で用いられ判断の決め手となる単語 forbid(仏語の interdire)、permit(仏語の permettre ) は宗教用語ではなく、一般生活において法律や規則に用いられることが多く、無神論者でも感覚的に違いはわかります。私たちの日常でこれらの語を見聞するのは、身近なところでは交通規則です。Interdire にはそれを消す手段はなく、n’est pas permis (許されない)を用いての禁止事項なら、それが許される具体的な数値や事柄など条件があります。例えば、飲酒運転なら血中濃度が100mlの血液中80g以下なら罰せられません。携帯電話も絶対禁止ではなくヘッドフォンなら許されます。フランスでは自転車に乗る者にも自動車と同じ標識 Sécurité routière に従うので、小学校低学年の学童はこれらの単語と標識を用いての公共マナーを学び、従います。だから常識なのです。
英語だったら forbid より更に強い prohibit (禁止)という単語があり、問答無用の絶対禁止だったらヴァチカンの英語担当者も prohibit を用いるだろうけど、この「両形態」の行為で当事者が破門になることはないから forbid を選んだのでしょう。英和辞書だとどちらも日本語では「禁じる」ですが、微妙な違いがあることはご存知の方はご存知です。maybe < perhaps < probably の違いのようなものでしょうか。

そのような「生きた言語が生かされる大地と人間社会関係」の中で育ったネイティヴスピーカーズによる電脳上の会話を、日本語と日本國の常識と個人の知識で解釈し、事実が歪められてしまうなら?
「手による拝領は冒涜、両形態は絶対禁止」という話がいつどなたが日本語で話し始められたのか私は存じません。が、それぞれ個人に事情があって神父さまに事実を確認することができず、自分で集めた本の読解と電脳域の日本語情報のみに頼らなければならないなら、それは気の毒なことだと思います。神父さまに質問しましょうよ。

上に紹介した URL に以下のことが書かれていました。
もしま・ここっとさんが、「慣用の世界のことは別にして、学問的な場、すなわちここでは教会の公文書ということですが、そこでは must not be permitted という表現と be forbidden という表現との間には画然たる別があるものです」 という言い方をなさるなら、また話は別であります。そうでなく、「それは西欧人にとっては常識、一般常識です。彼らはその別を感覚で明確に分かっています」 という言い方をなさるから、非常に間違っている、全く間違っているのです。

断定しておきます。
ε= (´∞` ) Bof.  こそこそと断言
以下、いただいた断定をそのままお返しいたします。
「無意識的」 に、ご自分のある種の傾向や嗜好に引きずられて物事を歪めながら (誰にでもその傾向があるものですが) 慣用的な場では、must not be permitted という表現と be forbidden という表現が非常に近いものになる場合が大いにあることをおっしゃっておられるなら、「間違い」 と言われるべきものであります。
個人の願望を実現するためにヒトひとりをひねりつぶし、ご自分の発想を断定したからとて、歴史の中でヒトビトによって育まれている生きた言語の成り立ち(派生語や接頭接尾語、語幹や文法)も、各社会がヒトビトのために決めた慣習や規則も、その個人がもくろむ都合のために変えられることはありません。それはカトリック教会も同じではないでしょうか。いくら文面を各自の脳が、各自の願望と照らし合わせつつ願望の都合良く読み取ったところで、両形態による聖体拝領が絶対禁止ではないことは教皇さまが司式されたごミサでの聖体拝領の様子を見れば一目瞭然、明らかです。

「両形態が絶対禁止」であることを信じ続けたい方は、先にあげたエルサレムでのごミサ中継ビデオは見ない方がいいですよ。Σ( ̄△ ̄; あ、最初に書くべきでした。m(_ _"m)

le 4 juin 2009, Clotilde

自分にとって黒に見えても、カトリック教会が白であると宣言するならそれを信じよう。

先方の日記にはコメント欄はなく、掲示板も閉鎖。日記、掲示板いずれもトラックバック機能がありませんので、このような公開の形を取りましたので、あしからず。
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by ma_cocotte | 2009-06-04 19:13 | 『?』なKTOりっくん | Comments(26)
蜥蜴の尾ならば切り捨てられるのに、
2009年5月21日。今年はきょうが昇天祭 L'ascension、カトリックのお祭り日ですが、仏蘭西の国定移動祝祭日でもあります。
こちら ↓ はルルド Lourdes の大聖堂内のモザイク壁画、キリストの昇天を表したものです。
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石のかけらで描く絵画で、ヒトの表情もヒトがまとう衣の美しさも柔らかく表現できる。凄いことです。Bravo!

神の子イエズス・キリストは天に帰られたものの、
神なき残された大地では昨日の夜から新たなカトリックスキャンダールが流れ始めました。
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ルルドの大聖堂の中段からルルド旧市街を眺める

それはきょうび欧州国内でカトリック濃度の一、二位を常にポーランドと争っているアイルランドで、1930年から1990年までの60年間にアイルランド国内のカトリッック系教育施設216校で、司祭や修道者によって児童、学童、生徒に行われたあらゆる暴力の記録が昨日2009年5月20日、公表されたことです。ニュウス映像の一例はこちら ↓ 。




仏蘭西での関連報道の一例は以下、国営放送France 2 のニュウスビデオをご覧ください。
Des milliers d'enfants irlandais violés
http://info.francetelevisions.fr/video-info/?id-video=MAM_1500000000003181_200905211313_F2&ids=MAM_1500000000003181_200905211313_F2&id-categorie=REPORTAGES_INFO_MONDE


France 2 の関連記事はこちら ↓
Enfance maltraitée: un rapport accable l'Eglise
http://info.france2.fr/europe/54540788-fr.php
60年に渡るアイルランド国内のカトリック校における事件簿ですが全5巻、約2600ページにもなり、昨日の一般への公開・発表まで9年間調査し続けた結果でもあるそうです。

一夜明け、きょうの朝、英語「Catholic Ireland」の鍵語でググると、この件について1074件ヒット します。仏蘭西語「Catholique Irlande」の鍵語でググると、95件。日本國ではいかがでしょう?

こういう事件が公になって短絡的にカトリック批判を始める方がほうぼうから湧き出るだろうことは容易に想像つきますが、声を張り上げる前にひとつ気をつけねばならない点があり、それはアイルランドの場合、国家とカトリックの関係が密のためアイルランド政府の教育機関への批判も同時にあがっているためカトリックだけのせいにできない点です。

きょうの朝はカトリックにまつわる国定祭日の朝でもあるので、恒例というか国営放送France 2で毎朝流れる生トーク番組 Les 4 Vérités (四つの真理・誠意)のゲストは仏蘭西カトリック司教団の広報担当ポドヴァン司教 Mgr. Bernard Podvin でした。内容はまたも教皇のアフリカ発言、ブラジルでの堕胎についての破門、FSSPX 司教のウヰリアムソン問題に加えて、昨日、世間に投げられたアイルランドスキャンダルという餌についてでした。いい加減、ひつこい。今年発生したカトリックスキャンダルズが蜥蜴の尻尾なら切ってしまえるのに、どうもヂャアナリスト側はこれらのスキャンダルを牛の涎はたまたスライムのように扱いたいようです。なんつうか、この広報担当の司教さまは今年からこのミッションを受け入れられていますが、運命的に踏んだり蹴ったりつうか、「堕胎が破門なのに、幼児性愛者や小児に暴力を振るう者が破門にならず観想修道院で司祭や修道者のままでいるのはおかしい」とカトリック教会に裁きを具体的にさせようという魂胆見え見えの意地悪くて無知なヂャアナリストの攻撃の矢面になってしまっても、こうして生きている司教さまそのものが矢を直に受ける「信仰の盾」と化して、ヂャアナリストの愚か、いや、無知な質問にズバっと言い返し、諭すところは天晴れでござんす。直接だろうが、間接だろうが、
事実を知ったヂャアナリストよ。
以降、同じ質問をしたら罪だぞぃ。
それとも、番組を見なかったことにしてとぼけるかい?ヽ(`Д´)ノ

どんな問題、スキャンダルにせよ、カトリックを知らない者、時には「我こそはカトリック I'm Catholic / Je suis catholique.」と名乗る者が、この世の悪事についてカトリックという三次元に「裁き」を求め、その思考で止まってしまったり、勝手にピリオドを打っていることが問題なのです。カトリックの世界の中に自分が存在していると自覚するなら、その「裁き」の先に何があるのか。「裁き」という浅瀬で見限ったり、陸に自分だけが戻る。浅瀬の先の深みには「赦し」があり、そこに至るまでの道程は決して安楽でなく、そこに至るまで罪を犯したヒトが歩む様子を傍観するなら「償い」という言葉があてはまるのかもしれません。その他者による償いの過程を自分が嘲笑するのか、手を差し伸べるのかは私たちひとりひとりが考えねばならないことでしょう。

le 21 mai 2009, L'Ascension

昨晩から繰り返しこの事件に関するニュウス映像を眺めていると、司法に貢献した犠牲者のひとりが自分は神を信じているけれどカトリックはもう御免だ、と言い、こうして長年に渡る聖職者、修道者の悪行が公になったことで使命を果たしたかのようなコメントを残していますが、もし彼が本当に本当のクリスチャンだったら司法が結審した時点から先を慮るのではないでしょうか。凡女ながら彼の主張には矛盾を感じます。
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by ma_cocotte | 2009-05-21 15:42 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)
自分で眼鏡をかけられます。
こうして跪いて祈っても、
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こうして献香しても、
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こうして聖母子画を祭壇横に置き、こうべを深々と下げても、
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こうしてパテナを添えて世俗の舌の上にご聖体を置いても、右から二人目の司祭をご覧くだされ。
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この方、第30代イエズス会総長 アドルフォ・ニコラス Adolfo Nicolás 師がかつて日本國にお住まいだったことで、この方のミッシオンの一部が解放の神学研究だったことで、面識のまったくない人々からこれら上述の行いをこの方が否定し、前を歩く者、後に続く者にこれらの行い(聖俗双方の典礼所作や聖母崇敬)を否定せよと強く指導していると電脳域において日本語で喧伝されています。が、事実はこのとおり違います。

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世界にちらばる「羊飼いのリーダーズ」のザ・リーダーは世界から集まった羊飼いのリーダー方の最前列中央で見本を示すものです。何を根拠にこういう作り話が日本語で飛び交うようになったのでしょうか?電脳という徹底政教分離世界で喧伝され続けている事実無根の作り話と、この写真で拝察できる事実のどちらを信じるかは個人の自由です。が、世間は兎も角、カトリックわーるどにおいては、復活したキリストの傷口に指を突っ込むまで疑ったトマ Thomas という前例があるので、何事も自分の目で確認してから事実の要約を他人に述べるよう各自が気をつけるものです。ところが、いったいどなたが事実確認もせず、こういう話を作って、吹聴し始めたのでしょう?カトリックを知らない人でしょうね。なぜなら、電脳域で喧伝されているニコラス神父さまにまつわる作り話についてカトリックわーるどの玄人さんが聞けば、解放の神学と社会司牧の両者の関係は必ずしも必要十分条件を満たせないことくらい知っていることです。ご自身の野望達成のためにニコラス神父さまがカトリックの伝統を軽視、はたまた破壊していると命をかけて宣伝している方は、本当のところは解放の神学についてロクに知らずに上澄みだけで学び取った気分になり、野望達成のために有利な独善解釈でカトリックのようでカトリックでない作り話を電脳を悪用して宣伝していると思われます。そんな自らヴァチカンにつながる本流から外れている物を見つけ出すつもりはさらさらありませんが、こういう無責任な作り話を発信したモノの野心のせいで、塗られた汚泥を拭うのはご本人しかおらず、その払拭を手伝うのは実際にこの方がどういう方なのか知る人々の善意です。自身の心の渇望を実現するために手段を選ばず、電脳域とは言え公衆でツバをはいて、清掃は他人任せという遊びをする「子供オトナ」を信用する成人はいますか?
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イエズス会を創立したイグナチオ・デ・ロヨラは「自分にとって黒に見えても、カトリック教会が白であると宣言するならそれを信じよう。」という言葉を遺し、確かイエズス会の会憲の中に「Perinde ac cadaver 死人のごとき従順」という一文があったと記憶しています。そもそも教皇立の修道会なのに、エンもユカリもない人々から教区や他の修道会と平らに等しい形に変えられ、彼らの無知による想像だけでイエズス会に「あり得ない中身」を語られても、根も葉もない誤解だけが世間にはびこり、無知の人々がそれを信じるか信じないか選択することになります。

なぜ無知の羊たちに色眼鏡をかけることに必死な 知ったかぶりの羊 がこんなにもいるのでしょう?彼らは無垢な羊が羊飼いを真っ直ぐに見れなくなるように、羊飼いを疑うよういろいろ仕掛けています。
逆に、羊の皮をかぶった山羊を羊の群れから見つけるのは羊飼いの役目ですが、羊飼いがその使命を怠っているとするなら、ヴァチカンにおわします世界にちらばる羊飼いのザ・リーダーはまず羊飼いたちを指導します。羊飼いはそれぞれ、ザ・リーダーからの思し召しを羊の群れに分け隔てなく、わかりやすく伝えますから、群れの中のたった一匹の偽羊のために他の羊たちが共にうなだれることになるのだな。いい加減、こんな挑発が延々と数年にわたって群れの中から発生し続けると、真面目に根性いるよね、中間管理職も、善良な羊ちゃんたちも。それに、山羊は乳しかヒトに与えないってとこもミソよねー。偽羊と知らずに山羊が出す乳を飲み続けたら、自分の心身にどう染み渡るか。あなおそろしや。

ニコラス総長さまだけでなく、個人が解放の神学を授業で取っただけでも要らぬ偏見をべっとり塗った繰られる日本國。こんな形で事実無根の作り話が多くの人々に信用されてしまう日本という国は、カトリックわーるどにおいては本物の辺境で、ガリレオ・ガリレイの説を伝統に則って否定するなら、それこそ羊飼いを疑う日本人はこの世の大地の縁(へり)で嘘、噂と名付けられた濁流の勢いに圧されるまま奈落に落ちますよね。天に昇れません。

le 19 mai 2009, Yves
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by ma_cocotte | 2009-05-19 16:34 | 『?』なKTOりっくん | Comments(3)
丘を越え、行こうよ。
口笛吹きつつ...空は澄 むどころか、雨空。
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土曜日の午後、用あって進路を北北東に。道を進めば進むほど雨脚が強くなり、久しぶりの遠出なのに心寂しくもなりました。

共和国内の高速道路の制限速度は130km/h、雨天の場合は110km/hが最高速度となります。高速道路を前へ前へと進みながらも、ココんちの小型車は常に右車線。左右はなだらかな丘陵地で、牛や羊が放牧されており、天気の良い日ならばのどかな景色を目に、スメル・オブ・カウントリィを鼻に感じつつドライブを楽しめますが、強い雨のせいで視界がさえぎられるほどの天候の中での移動となりました。

これだけ雨脚が強く、時速100km強での小型車運転は気を緩めたらハンドルが取られてしまうのでかなり緊張しながらの右側車線をびゅうううんですが、こんな気の小さい人間に操られているココんちの車を左から次々と追い越していく車が後を断ちません。フランスに住んでいるとどうしても自動車についているナンバープレートで地理の勉強に励まざるを得なくなりますが、共和国内なら県番号宛、欧州の車ならプレートの印象で国宛を楽しめます。

で、土曜日ですが、高速道路で俺様の車を抜きやがった車のほとんどが異人が運転する国外車両だったのですよ。共和国内のナンバープレートの車は10台未満でした。ベルギー、独逸、西班牙・・・特に大英帝國の車の爆走が恐ろしいほどで、彼らは数字やアルファベットが読めないわけないでしょうに150km/hくらい平気で出して、右ハンドルで右車線にいる車を威圧しながらの走行。彼らが追い抜くたびにタイヤと道路の間から飛び散る水しぶきでこちらの視界は瞬時に0となります。その恐ろしさと言ったら。紳士淑女の国と知られる大英帝國民はいつでもどこでも異国ではハメを外すことがここでまた確認されましたわい。

それにしてもなぜにこんなにも白の楕円にGBと黒文字をあしらったシールを後部に張った英國ナンバー車が大量にこんなフランス中西部ド田舎の高速道路を次々と走り抜けていったのであらふか?しばし考えて脳内豆電球が点灯した第一事項は今度の木曜日が昇天祭の祝日で、更に10日後には聖霊降臨の祭日となるので連休を取った大英帝國民の大量流入ですわな。それを思いつくと、第二事項に大西洋側のどこぞの商港に着いたフェリーから一時(いっとき)に彼らが降り立ち、東に進路を取ったのでこうも次々と大英帝國ナンバー車両が高速道路に躍り出、間抜けな仏蘭西人が運転する車を涼やかに抜く遊びを楽しんだ、と二つ目の脳内豆電球が点灯。この高速道路が通っているあたりは
百年戦争やら薔薇戦争の戦地
だから、アングロ・サクソンの血がうっかり騒ぐのかもしれません。
こういう暴走車の挑発にだけは乗らないように心を落ち着けませんと。
既に5月も半ばを過ぎたのでガイコク車両が日に日に増える季節となりました。
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それにしても休んでばかりの仏蘭西びと。
今度の木曜日の昇天祭から聖霊降臨直後の月曜日の国定祭日まで10日間のプチ・ヴァカンスを決め込んでいる共和国民がゴロゴロおります。彼らの脳内は既に7月からのヴァカンスのことばかりで、このプチヴァカンスに夏のヴァカンスの下準備を始めたりするのです。

le 18 mai 2009, Eric
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by ma_cocotte | 2009-05-18 17:07 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
壁のムコウ と 壁のコチラ
きのう、5月13日の教皇さまは丸一日、シ・ヂョルダニィ Cisjordanie、日本語で訳すとヨルダン西岸地区であろうか、ベトレヘム Bethléem を基点にして過ごされました。cf. Benoit XVI a franchi un mur symbolique 午前中はマリアさまがイエズスさまを出産した馬小屋があったであろう場所で野外ミサがあげられ、約5000人が集ったそうです。
Messe sur la place de la Mangeoire à Bethléem
Diffusé le 13/05/2009 / Durée 90 mn
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00044916
このビデオ ↑ の最後のお知らせでは、このごミサ後、教皇さまはベトレヘムのフランシスコ会修道院でお昼食。午後は難民キャンプや病院などの慰問という、カトリックで用いられる言葉を選ぶなら社会司牧にあてられました。
Visite au camp de réfugiés d'Aida de Bethléem
Diffusé le 13/05/2009 / Durée 60 mn
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00044917
この午後の計画は前もって決まり、公に発表もされていたので、仏蘭西共和国内のニュウス番組では数日前から中東事情無知の共和国民に少しでも予備知識を与えようとしてくらしゃったのか、国営放送でも民放でもイスラエルやパレスチナ自治区におけるカトリック社会司牧活動について聖域側、世俗側両面から紹介しました。
いや~、知ってしまったことで、考えさせられてしまいました。
今の自分にできることって何だろう?と、素直にそういう思考の世界にいざなわれたとでも申しましょうか。
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Le pape Benoît XVI dans le camp de réfugiés d'Aïda, près de Bethléem, où il a jugé « tragique » le Mur de séparation construit par Israël. : AFP

昨日13日夕方、難民キャンプで式典 ↑ が行われましたが、教皇さまの背後に見える分断壁は高さ8mあります。イスラエル側はこの8mの高さの分断壁をイスラエルとヨルダン西岸の境、約650kmに渡って築いています。パレスチナ政府のアッバス Mahmoud Abbas 議長はこの壁をアパルトヘイト壁 le mur de l'« apartheid » と名付けて、教皇さまの御前で訴えられています。結局のところ、今日14日の夜明けと共に、教皇さまがこの壁を悲劇的と判断され jugé « tragique »、この分断壁を取り除く気持になってくれまいか、とイスラエル側のナタニエフ Benyamin Netanyahou 氏に求めたところ、ナタニエフ氏がその案に反対した、すなわち-パレスチナ国家建国を拒否- dont le gouvernement refuse la création d'un Etat palestinien -という報道が流れていますし、この交渉決裂についての記事を掲載した仏蘭西国内の有名全国紙HP版の一般投稿欄には、教皇さまの提案は「(間に立つ者として)美しいけれど、現実から少し逃避していないか。C'est beau mais un peu décalé de la réalité」「教皇さまは精神的、知的に戦っている。Un pape de combat...spirituel 」など、中立かつ冷静な意見が分刻みで増えています。投稿の中に「どちらを贔屓する、味方する」「どちらが正しい、間違っている」など、安直で愚かしいコメントがないことは、仏蘭西に住む成人の成熟具合を垣間見れて、ガイジンの私には安心かつ信頼のきっかけになります。中東問題において、傍観する私たちが、カトリック精神を知る者がしてはならないことは「裁判ゴッコ」という遊びです。私はそう思います。

こんな分断壁はいつか取り払われるべきです。でも、平和を武力で得ようとしている者や、一方の要求を実現することが平和だと勘違いしている連中がいるなら、安全治安上、この壁は必要であり、両国を結ぶ壁の隙間には検問所も置くべきでしょう。例えば、お腹にダイナマイトを巻いた赤ん坊を乗せた車が天国への片道切符に値するなんて話はまったく美談になりません。教皇さまもご自身の求めが実現するために綿密なプロセスが必要であることは、こうして現場におみ足を運ばれているのですから、五感で感じ取られていることです。教皇さまがふと見せる疲労の表情を気遣うニュウスがどれほど多いことか。

ところで、昨日、教皇さまが訪問された難民キャンプ『アイィダ』 camp de réfugiés palestiniens d'Aïdaには約4,600人のパレスチナ人が住んでいます。パレスチナ人全員がイスラームではなく、キリスト教徒もいます。どうしても中東から遠く離れた者が中東事情を眺めるにあたり、ユダヤ教徒(イスラエル人)vsイスラーム(パレスチナ人)という二対立ばかり強調されますが、現実においてはキリスト教徒のパレスチナ人(フランス語だとアラブ・クレチアン Arabes chrétiens と呼ばれ、彼らはこの中に含まれます)もいれば、イスラエル国籍のキリスト教徒であるパレスチナ人もかなりいるのです。彼らはイスラエルであろうと、イスラエル近隣のイスラーム諸国であろうと「伸び伸びと生活している」とは笑顔でいえない立場ではありますが、ユダヤ教とイスラームの間の立場であることも間違いありません。ヨルダン西岸側に住むキリスト教徒のパレスチナ(アラブ)人は約45,000人です。
Que avenir pour les chrétiens d' Israël?
こちら ↑ はイスラエル国籍の先祖代々キリスト教徒のパレスチナ人のお宅の様子。運命とは言え、ご自分の敷地内に電流が流れる鉄条網やらトンネルをイスラエル軍に設置されちゃいました。が、住まいの様子をご覧になればわかるとおり、このお宅は中流より上と思われる家庭であり、兄弟親戚がカナダ、米国、スウェーデンに既に移住していることも紹介されています。キリスト教を宗旨とするパレスチナ人家庭のほとんどがブルヂョワであり(例えばアラファト夫人やヨルダン国王妃などもそう)、それが原因で同じ血筋であっても異教の同胞に差区別されるという問題が地中海東岸の国々で問題になっています。例えばレバノンではキリスト教徒国民に対して就職妨害を行っていることも知られています。cf. http://malicieuse.exblog.jp/8590037
分断壁ができる前からエルサレム市内に続く道に検問所が既にあったとは言え相互の往来は活発で、ヨルダン西岸に住まいを持つパレスチナ人がイスラエルに仕事を持っていたり、行商を行ってもいました。カトリックは第二ヴァチカン公会議以降、聖俗が力を合わせての社会司牧活動に力を入れていることもあり、ヨルダン西岸にもイスラエルにも教育や養育、病院奉仕を目的に掲げる修道会や世俗会を次々と派遣しています(現在進行形)。
Les chrétiens de Cisjordanie
こちら ↑ 、イスラエル側にあるカトリック修道女会が持つホスピス兼高齢者施設と、ここに母を預けているひとり息子ヂョルヂュ Georges 、彼はヨルダン西岸に住むキリスト教徒であるパレスチナ人です。こうして壁のムコウとコチラを往復しています。現状ではヨルダン側の住人がイスラエル側に自家用車と共に入国することができず、シスターの証言では以前なら10分で通えた人が今は片道3時間を要するとのこと。
このように高齢者のために働くカトリック修道会もあれば、
こちら ↓ 、ヨルダン西岸のカトリック修道女会が持つ孤児院の様子です。
L'orphelinat de Bethléem
この修道女会では0~6歳の乳幼児を育てています。年々、赤ん坊の養育を諦めるヨルダン西岸のイスラーム家庭が増え、特に障害児の養育拒否が目立っているそうです。ビデオで最初に紹介される坊やは路上でお父さんを何日も待ち続けていたところ引き取られ、今もお父さんが迎えに来るのを待っています。二番目に紹介された一歳の女の子(エナちゃん)は生まれながら呼吸障害があり、屋根に放置されていたそうです。すぐには引き取れず、放置第3日目にシスターがヨルダン西岸側の社会事務所に連絡を取ったところ、この子を殺すという返事をもらい引き取りました。シスターがエナちゃんの治療のため、イスラエル側の病院に向かう様子も流れますが、シスターはイスラエル側のスタッフたちがこの子の「本当のママン une vrai maman 」だとおっしゃっています。
昨年8月から数えただけで、この乳児院に引き取られた子供は26人。イスラームに生まれた子供の養子縁組は難しく、この子供たちもイスラーム家庭が後見人になるに留まっているようです。「障害を持つヒトの価値」についても、互いの宗旨とそれに基づく生活信条を第一にレスペクトするなら、イスラームのこの決断に異教徒が断罪を下す労力を費やすより、キリスト教徒もユダヤ教徒もこのイスラーム家庭に障害を理由に諦められた子供たちのために「できることをしている」ことになります。彼らの生まれた家庭の宗旨を理由に、ユダヤ教徒もキリスト教徒も彼らの生命を軽んじてはいません。ひとりひとりの魂の価値をやがては朽ちる肉体で判断してよいものでしょうか?「判断できる」宗教もあるのです。
分断壁の話に戻りますが、今回のB16聖地巡礼において、教皇さまが直にお目にかかったイスラエル政府関係者もパレスチナ自治政府関係者もヴァチカン政府関係者もこの壁がなぜ存在するのか、たったひとつの理由をわかっているのです。こうして真面目に、互いの生命を大切にし合って生きている人々にこんな壁なんか必要ないこともわかっている。けど、本当にごく、ごく一部の人々が欲する言動から「平和を願っている人々の生命」を守るには現時点でこの壁を崩すのは難しいのです。
さーてさて、私たちひとりひとりができることって何でしょう?

le 14 mai 2009, Matthias


フランスのカトリック系全国紙ラ・クロワ La Croix にこんな記事。
A Gaza : « Pourquoi ne vient-il pas ? »
『どうして教皇さまはガザにいらっしゃらないの?』
いやはやなんとも、どんなに守っても守りきれる保障がないと、イスラエルからもパレスチナ自治政府からも返答があったと言う話ですぐゎ。とは言え、記事の中に、かのガザ地区にもアルゼンチン人のカトリック司祭が住んでおり、今回のB16聖地巡礼に際し、ガザ地区内の約200人のキリスト教信者についてのイスラエル入国許可を申請したものの、95人のみに許可証がおり、彼らは水曜日午前にあげられたベトレヘムのごミサにあずかれることになった、とあります。『ガザも聖地のひとつなのに。"C’est aussi la Terre sainte ici"』という小見出しもこの記事の中にありますが、本当にごくごく一部の人々がねぇ。
地には善意のひとに平和あれ。
...って、善意のひとの心はいつも平和なのに。
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by ma_cocotte | 2009-05-14 16:43 | 『?』なメディテらねぇ | Comments(2)