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男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
ご存知、紀貫之は土左日記の冒頭でありんす。
女学校での国語、大学での国文学の授業で私は古文、漢文を楽しみ学びましたが、この紀貫之の土左日記は数多の古典の中でも未だに愛着ある作品です。日の本初の日記文学だそうですが、その内容だけでなく、男性である紀貫之が漢文ではなく女性に倣ってかなで文を綴ったことに、当時、女学生の私はとてつもなく感動しました。確かに紀貫之の時代から千年以上経った今でも、鉛筆だろうと、万年筆の深い青色のインクだろうと、筆であろうと、ひらがなの流れゆく様は本当に美しいし、それが縦書きだといっそう美しさを増します。これが千年以上も前の日本では女性の特権だったわけです。やっぱ女性の才や力って武家の誕生のせいでどんどん弱められるというか、内に籠るよう仕向けられてしまった気がしてなりません。再び平安中期以前の女性の強さが日本に蘇ることはあるのでしょうかしら。

と、ココ数年、四次元のブログ世界を徘徊していては土左日記の冒頭と女学校時代の古文の先生が教えてくださったこの日記が誕生した伏線の話題をやたら思い出していたワタクシ。

というのも、ツルツル脳の私には理解に至らないままなのが、ご自分は美しくエレガントになりたいと公開で宣言しているのに、そのブログに書き綴られる日本語が漢なンですわ。そう、男なのです。どうしてそういう印象を私が筆者に対して持ってしまうのか拝読していてもしばらく気づかなかったけれど、ようやくわかったのは漢字が多いというか、(日本の)女性らしくない漢字使いをなさる。例えば、「ございます」を「御座います」と充てたり、「ごきげんよう」に「御機嫌よう」と表したり。それはまるで歌舞伎の女形さんはたまたお水の世界の方のよう。ああ、お目にかかったことはありませんから、もしかしたらそのブログの筆者は実は女性ではなく男性なのかもしれません。日本語の文章はまこと不思議なもので漢字の使い方、充て方を間違えると、その言の葉の表現者についてごっつい、いかつい印象がまとわりついてしまいます。紀貫之さんが漢文の才がバリバリであってもなぜかな遣いを選んだのか、ご自分の才をなぜわざと引いたのか。女性のようなたおやかな丸みある印象を醸し出す文章でご自分が見聞した世の中を描き伝えたかったからでしょうね。漢文でも情景描写はできなくもないのに、それでもひらがなを文章に散らばすことを選ばれた。確かに現代文学でも記事でも漢字が多いとゴツゴツした岩のイメージに近くなります。ひらがなを上手に使うことで岩は丸く、手に取りやすい石となります。なるほどねぇ。

そんなことをココ数年、つらつら思い巡らしている私がしばらく好んで視聴しているのが「プレバト」の俳句でして、先生が漢字の充て方、ひらがなへの書き換えなど読み手がどう想像を広げていくのか、それを書き手の伝えたいこととどう合致させていくのかを俳句の添削を通して教えてくださる。先生は時に漢字はやはり読み手に誤解を与えかねないとおっしゃる。もちろん、逆に、雄々しいバックグラウンドならばひらがなを漢字に換えれば効果ありとなります。俳句でもブログのような場所でも、読み手にどのような印象を与え、想像を広げさせるのかは発信者のチカラなのでせう。

つくづく漢字、ひらがな、カタカナがあり、凝り固まった文法ではなく、倒置や省略あっても通じる日本語は美しいし、それらの使い方、用い方について使い手の自由意思やら意志が重んじられることもすばらしいです。でも、そのせいで文才やら文章のセンスがそれぞれの個性のひとつになってしまう。誰一人として同じ重さにはならないという神秘。善くも悪くも日本人に生まれ育った運命だか宿命に、でお・ぐらあしあす。

今世紀に入ってからずっと日本國の外で生活している私の日本語はどうなのだろう?とこの頃よく考えるようになりました。

オノ・ヨーコさんが長く日本を離れ、NYCにお住まいだったことで、学習院女子部育ちの彼女の日本語は美しいよ、とウワサが私の耳にも届いていたりもしますが、そんなことを思っていたら、数日前のゆりやんレトリィヴァちゃんの「昭和の女優」やらドラマ「トットちゃん!」の徹子さんのお話っぷりが脳内滑走してしまい、笑いが止まらない・・・あたしゃ、爆笑ヨーグルト婆さんですわ。結局、オチはそこですか・・・。

美しい日本語が恋しや、ほーやれほ。

ゆりやんの「昭和の女優」、見直そうw 
ぢゃなくて、本棚から美しい日本語を見つけだそうではありませんか。三島さんや太宰さんの小説での女性の台詞はまっこと美しい。昭和の、原節子さんやら久我美子さんを思い出しては重ねる感じ? とかなんとか書き連ねつつ、身の程知らずの自分と向き合い、泣けるわな。あのお話のテンポや発声はそう簡単に身に付かぬ。けど、ゆりやんの「昭和の女優」モノマネに「もしかして私も身につけられるかしら?」と勇気付けられるわね。うふふ。


le 15 décembre 2017, Ninon






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by ma_cocotte | 2017-12-15 21:45 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
こうしてカトリックで生まれたからにゃ、カトリックで死ぬンだろう。
的な?w

« Comme je suis né catholique, et mourrai catholique »

この台詞は先の土曜に行われたヂャニ・アリデ Johnny Hallyday の葬儀での数ある弔辞の途中で私の耳に届いたものです。別にこれは生前のヂャニの言の葉ではなく、お仏蘭西のそれは壮大で麗しい歴史の中で多くの偉人が口にしたり、書き残したのだそうだ。カトリック家庭に生まれたのでもなく、今後果たしてカトリックとして死ぬかどうかもあやふやである員数外の私でしたが、この一文を耳にすると同時に、なぜか良心が喜び踊る感覚におそわれました。まるで聖母を迎えたエリザベトのように。ヂャニ・アリデの棺は仏蘭西時間の月曜夜にカリブ海に浮かぶサン・バルテレミ島の墓地に埋葬されたのでヂャニについての報道は昨日火曜の夜まで繰り返されました。ですから、こんにち水曜の朝から共和国内は「ほぼ平常運転」に戻るのではないかと期待しています。まぢ、本当に「もう勘弁しちくり」レベルのヂャニアリデ関連ネタの波で、あたしゃ、降参です。というのもですね、月曜の夕方遅く、義母から電話。なんでもヂャニ他界をきっかけに30年も前に離婚した元夫、つまりココんちの仏蘭西びと♂の父親に電話をかけ、二人で平和に語り合ったのだそう。このお二人はまさにヂャニ・アリデとシルヴィ・バルタンと同世代で、彼らの歌をBGMに出会い、恋愛し、結婚し・・・そして、彼らと同じように離婚しての今です。父親は再婚したけれど、母親は再婚しないまま現在に至る。双方とも、ヂャニ他界をきっかけに半世紀近く前のロマンスを思い出してしまったのでしょうねぃ。
はー、そこまでの影響力ですか。
こればかりはガイジンで員数外のあたしにはなんら「分かち合い」できないな・・・と改めて実感しました。

で、土曜のマドレエヌ寺院(なぜ寺院と和訳されているのか存じませんが、ココはヴァティカンにつながるローマ・カトリック教会聖堂のひとつ)でのヂャニの葬儀。マクロン大統領夫妻、オランド前大統領と現在の恋人さん、サルコぢ元大統領と現在の妻であるカルラ・ブル~ニに、現在のフィリプ首相が棺に近い席に並んで座ってらっしゃいました。参列者にはヂャン・レノさんやらキャロル・ブケーさんなど日本でも知られる俳優さんも多々。そして、家族席には亡くなったヂャニ・アリデの最初の妻であるシルヴィ・バルタン、元恋人でヂャニとの間に一女を産んだナタリ・バイェ、そして現在の妻であるレティシアが揃い、それぞれの子供、孫も列席。レティシアと結婚後、養子縁組したヴェトナム人の女児二人ももちろんおりました。おそらく、このお三方だけではなく他の元恋人さんもいらしたのかもしれません。ヂャニ・アリデとレティシアの市民婚を司式したのは当時、ヌイィ市長だったサルコぢ。

こうしてカトリックの聖堂で司祭方が登場してのヂャニ・アリデの葬儀でしたが、ミサではなく、カトリック用語で引っ張ると「みことばの祭儀」のみ。聖書朗読や仏訳を改訂したばかりの主の祈りは唱えても、信仰宣言は唱えず。みことばの祭儀のみだから聖体拝領も無し。聖体拝領がないことに気づいた時にココんちの仏蘭西びと♂は「ユダヤ人が多いから?」とつぶやいていましたが、ヂャン・レノさんや歌手のパトリック・ブリュエルさんはユダヤんなれど、ヂャニ・アリデとレティシアの最初の養女のカトリック洗礼の代父(仏蘭西では洗礼時、本人の性別がなんであれ代父母を選べるし、代父母以外に数名の代父母を選ぶこと、その代父母が異教徒でも可能なので日本のカトリックの習慣と異なります)だったし・・・とこちらの脳を動かしてみると、ああ、もしかして、家族席も政治家さんや芸能人さんのほとんどがカトリック教¨会では「聖体拝領禁止」のお立場だから?と邪推←第八戒に触れまくるw

葬儀のBGMは生前のヂャニ・アリデのコンサートのギタリストたちがエレキではなくアコースティックギタアで次々とヒット曲を弾かれ、ココ数日の追悼番組でうんざりしつつもヂャニ・アリデの歌がそんなに嫌いではない私には好感が持てました。聴いているうちに既に前世紀のことではあるけれど、ダイアナ妃の葬儀礼拝の音楽とどこか重なりを覚えました。ヂャニのヒット曲の合間にクラシックもチェロとピアノ、時には歌唱を交えてありましたし、聖歌隊がイグナチオ・デ・ロヨラのアニマ・クリスティを唄ったのも良かったです。

そうそうそう、葬儀中のどこだったか、カトリックの十字を右手で切るところで、オランド元大統領やマクロン大統領はまったく右手を動かさなかったけれど、オランドさんの恋人さんもマクロン夫人も十字を切ってたよ(笑。翌日だったか、カトリックの葬儀の習慣で式の最後に参列者が棺を聖水棒を持ちつつ十字を切り清めるというものがあるけれど、マクロン大統領がそれをしなかったと報道していました。棺に手を置いただけだったンですと。まあ、そんなマクロンちゃんもヴァティカンと仏蘭西との間の伝統で国家最高権力者に教皇から与えられる勲章はしっかりもらうらしいからね。たいしたもんだと思います。

葬儀をテレビでヲッチしながらつくづく葬儀っちゅうもんはこの世に残された者者の心を慰めるためにあるようにまず思えたし、いやいや、(ヂャニさんの奥様方とお子たちを眺めつつ)ヂャニさんの霊魂は未だ練獄にいるかもしれないからこうしてこの世に残る縁者がヂャニさんの少しでも早い天国入りをこうして祈っているのだと思ったりもしましたが、そうではなく、肺がんと闘い亡くなったヂャニさんは生きながらにして練獄を闘病のうちに経験したのだから既に天国にいるのさ、と想像したり。私だけかもしれませんが、ヂャニ・アリデが今の奥さんレティシアさんと結婚後、ヴェトナムの極貧の環境に生まれた女児を二人引き取り育てていることや、この晩年の数年間は磔刑の十字架の首飾りを常に胸の真ん中の位置に露わに見せていたことなど、ご自分の回心を我々にアピールしていたようにも思えました。放蕩息子のたとえが私のツルツル脳を滑走しました。そして、「カトリックとして生まれ、カトリックとして死ぬ」に至る、と。

ヂャニさんは養女に迎えた二人のカトリック洗礼もしっかり行いました。それを受け付けた教会側もたいしたもんです。私たちの目に見えない、知らない、わからないところで真剣な関りがカトリック教会とヂャニさんの間で続いていたのでしょうね。ヂャニの葬儀で、レティシアさんの首に磔刑の十字架の大きな首飾りがかかっていたけれど、あれはきっとヂャニが生前身に着けていた首飾りだと思いました。あんなに大きな十字架、きょうび高位聖職者が御身につけるくらいで、シスター方の十字架はどんどんちっこくなっているのにね。

ヂャニさんのお葬式、良かったと思いました、まる

RIP


書き忘れそうになりましたが、ヂャニ・アリデの棺が仏蘭西共和国本土からカリブ海のサン・バルテレミ島に移動しましたが、埋葬の前にはサン・バルテレミ島の教会でもう一度葬儀ミサがおこなわれました。二度も見送られるなんて、ヂャニさんって。やっぱ、葬儀っちゅうもんはこの世に残されたひとびとの心を穏やかにするためにあるのかもしれません。


le 13 décembre 2017, Lucie

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by ma_cocotte | 2017-12-13 18:40 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
こういう時 Assez! を使うのかなあ。
先日12月6日明け方に他界したとされるヂャニ・アリデ Johnny Hallyday の葬儀が土曜にパリで行われ、こんにち11日にはカリブ海に浮かぶ仏領サン・バルテレミ Saint Barthélemy 島の墓地に棺が埋葬されるのだそう。おそらくその埋葬をもって、お仏蘭西のテレビ業界は通常放送に戻るのではないかとガイジンの私は予想しているのですけれども(甘いかなあ・・・)。

土曜日は午前中に買い出しに出、お昼手前に帰宅し、テレビに火ぃ入れてとりあえずFrance 2(日本國に例えたらNHKの総合みたいなチャンネル)を選んだら、なんだか凱旋門を遠くにおシャンゼリゼ通りが大変なことになっているとしか想像できない映像が流れており、それが歌手ヂャニ・アリデの棺を乗せた車が葬式会場のマドレエヌ寺院までパレエドしているのだとわかりました。で、その番組が16時頃まで続いた。13時のニュウスも放映されませんでした。こういうの、個人的にはとても困ります。日々の報道についてはフェイスブックでも日仏全国紙それぞれに「いいね!」を押しているので次々と見れる(必ずしも私は読んでいませんのでw)ようにしていますが、ヂャニ・アリデの他界を境にフェイスブックにはヂャニのネタばかりで、それ以外の報道をそう簡単に見つけることができなくなってしまいました。こういうの、個人的には甚だしく困ります。

私はヂャニ・アリデが嫌いではありません。でも、ヂャニと同世代の義母は食事がのどを通らないほどのショックを覚え、涙も流したそうですし、ココんちの仏蘭西びと♂もテレビ中継を見て、涙ぐんでもいたし、朝から晩までスマホのスピーカーからヂャニ・アリデの歌唱を流すので(週末ってことも私には災いだったわけよw)、いや、もう、本当にサ・スフィ Ça suffit ! アッセ! Assez! 降参です。うんざり。

ちょっとココで小休止。
このネタをタイプしているだけで気分がちょっと。


le 11 décembre 2017, Daniel

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by ma_cocotte | 2017-12-11 19:09 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(0)
今回は多めに。
今年は待降節第一主日前日の12月2日土曜日にココんちから近いニオール Niort 市の城塞前広場にてクリスマス市が始まりました。
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クリスマス市が始まって第二日目の日没を狙って私が動いたのも、築城1000年を迎えた城塞の外壁に映し出される光のショウを見物するため。
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外気温が0度前後をうろついているせいか、とてもきれいだと思えました。これでこれだけ美しいのだから、リヨンの光のお祭りなどどれくらい美しいのでしょうね。そうそう、アミアン大聖堂の光のショウもいつか拝見してみたいです。

さて、話は戻り、クリスマス市。
ココんちでは毎年、買うものが決まっています。
今年もクリスマス市初日の夜にいつものお店を訪問し、いつも購入しているお品があるかどうかを確認。そして、翌日の夕方、こうして第一回買い出しを決行したのでした。そのお品とは、こちら。
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左からフォワグラ・エピセ(200g/瓶×3)、混濁蜂蜜(1kg/瓶×2)、そして赤のピノ酒、以上。
本当はもっと買いたかったのですが、何せ重さの限界。しかも蜂蜜の容器はプラスチックなれど他の物はガラス瓶です。落としたら、オシマイ。ですから、今宵はこれだけにして、それぞれのお店のマダムやムッシュウに「またすぐ来ますから」と言葉を残しての帰宅となりました。
今回の改善点はフォワグラをひと瓶、蜂蜜もひと瓶、多く買ったことです。どうしてかと言うと、フォワグラについては来年春の復活祭の分を前倒しで買いました。鬼が笑ってますね。ですが、昨年、このお店のフォワグラをクリスマスと新年に美味しく平らげ、復活祭には近所のスーパーで有名メーカーのフォワグラを買っていただいたところで臭くて食えねぇンです。私が気に入っているフォワグラ・エピセのエピセ épicée の意味は香辛料を使っていることを表しますが、このお店のエピセはそんなに強烈ではありません。通の仏蘭西びとに邪道だと指摘されたらそれまでですけれど、ヒトの舌にいちゃもんつけンぢゃねーよと内心思いますので、あたしはこれでいいンです。・・・と、それもまた横に置いて、このお店がニオールから南に400㎞以上離れた、それはもうバスクに近い小村にあり、ココからそう簡単に買いに行けるところではないのです。毎年、ニオールのクリスマス市にこのフォワグラ屋さんが出店していますが、そうさな、70歳を過ぎた老男女がそれはけだるそうに、退屈そうに店番をしているという感じ。私のような肌が黄色くて顔が平たい者には最初のうちかなり不愛想でしたが、今はちょっとだけ口角を上げてくれるようになったし、目は合わせてくれないけれど、フォワグラは冷蔵庫に入れれば復活祭まで大丈夫だよ、とも教えてくれました。あたし、メゲない。

そして、続いての蜂蜜は隣県ヴァンデの蜂蜜農家で作られておりますが、これをいただいてしまうと、よその蜂蜜をいただいたところで「蜂蜜の味がしない」のです。と書くと、ローズマリーの蜂蜜の味を思い描いてしまいかねませんが、こちらは混濁の蜂蜜なのでそういう強さではありません。私は紅茶に入れることが多いので、買う前にその旨告げて紹介してもらっていますが、今回は同じ混濁蜂蜜でも混濁加減の2種を取り合えず。

そう、とりあえずです。
24日まで市が開いているので、「またすぐ来ます」がどちらのお店でも締めの挨拶。

食前酒のピノはコニャック醸造所のもので、こちらの出店ではコニャックやら紅白のピノそれぞれ味見して、これまた「とりあえず今日はこれ」と赤ピノを買いました。でも、これを選んだのはココんちの仏蘭西びと♂でして、私は試飲した限りは白ピノが好きぃなので、近いうちに白を買いに行きます。それと、コニャックもねぃ。

とかなんとかかんとか、もう明日は待降節第二主日ではありませんか。
ココんちの飾りつけも何もしていないし、クリスマスの正餐のメニュウなどなーんにも考えておりません。
どうせココんちにヒト二人なので適当にします。飾りつけはたぶんしない。

共和国の世間はきょうのお昼からヂャニ・アリデ Johnny Hallyday の葬儀中継で大騒ぎみたいです。
花の都巴里のマドレエヌ聖堂でお葬式なんてうらやましいわあ。昨日の、作家ヂャン・ドルメソンの葬儀が巴里の聖ルイ聖堂だったこともうらやましすぎたわい。マドレエヌよりよだれダーかも。



le 9 décembre 2017, Léocadie



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by ma_cocotte | 2017-12-09 15:33 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
マッチ一本、いかがですか。
ココんちあたりでは11月の終わりからクリスマス直前まで、そう、今年は12月3日が始まりでしたが待降節の時季、太陽が沈んでからすぐ繁華街を冷かすことに私は妙な楽しみを覚えます。
外気温が0度くらいの道を「ううう、寒いっ」とぼやきながら、肩に力を入れてちょっと小走りに歩くと、ほうぼうのお店のウヰンドウの向こうに暖かい光と談笑するひとびとの様子が見え、そのお店の窓から漏れる光にさえこちらの冷え切った心身を温めてもらっているような感覚におそわれます。で、
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こうして外からお店の中を見てしまうと、つい口から「マッチ一本、いかがですか。」と言の葉が漏れてしまいます。ああ、自分、つくづくアンデルセン童話を親しんだ世代なのだと改めて気づかされもします。そして、いつのまにか皺だらけになった手の甲を見る。

ココんちあたりのような共和国の中でも超ウルトラスーパーど田舎ですと繁華街でも19時にはほとんどのお店がシャッターを下ろしてしまいます。19時過ぎても開店しているのはカフェ街のカフェやバア。くるっと旧市街の繁華街を一周した後、日々節約した小銭を確認して、バアに飛び込み、ひと休み。
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待降節に入るとどちらのカフェにもヴァンショ Vin chaud が用意されています。この時季に地元のカフェでヴァンショの味比べをするのもこれまた楽しいです。このお店のヴァンショは5ユーロで、よそのお店に比べてやや高いですけれど、パリだったらありえねー安さなのかもしれません。あたし、パリに行けないからわかんない。

ヴァンショをちびちび飲みながら・・・というのも、熱々のヴァンショはぐいっと飲むことはかなり難しいです。0度の気温の中でしばし冷やした身体に熱いヴァンショを一挙に注ぐと食道や胃がヴぃっくりしてすぐさま具合が悪くなることが多いので注意を要します。気を付けましょうね。

話戻って、ヴァンショをちびりながら、目の前を行き交うひとびとの様子を楽しむ。
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あまりの寒さで何も考えずに入ってしまったバアですが、こうしてテラス席でもストオヴがたかれ、客のためにひざ掛け毛布も用意しています。そして、右を見ても、手前を見ても、なんだかブルヂョワくっさぁああ。この若い子たちなんて(死語かもしンないけれど)BCBG濃厚。この地元の私立校で幼稚園から中学まで育ち、その後はパリやボルドオの寄宿制高校に進学したのだろうなあ、と軽く妄想。それが、ココんちあたりのおブルヂョワやアリストクラットの子女に敷かれた「生きる道ぃ~」♪

そんな妄想を始めると途端に居心地悪くなるのがワタクシです。
「あーあ」と空を見上げると、惨めな気持ちのワタクシにも頭上からストオヴ。
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でお・ぐらあしあす。ありがたいこってす。
こういう頭上からの電気ストオヴを見つけると、どうしても新教女学校に通っていた当時、午後4時半からの「国際」の講義がチャペルで行われ、その授業が体育の授業の後だったことや教授の声がバリトンだったことで頭上からの温風が眠気にいざない・・・当時の国際のノート、私の居眠りよだれ染みでよれよれのガビガビですよ。その教授も今では北の果ての新教校の理事長センセ。ああ、時は止まらないのだな。


テラス席だからそんなに時間かからずに緩んだヴァンショを飲み干し、犬猫待つココんちに帰宅。
こういう楽しみが待降節まで断続的に繰り返されるのでした。いえいっ!


le 8 décembre 2017, Immaculée conception





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by ma_cocotte | 2017-12-08 14:45 | 『冬』 Rien de special | Comments(0)
わかるひとにしかわからないたとえかもしれないけれど、
この件。


ダァナルド・トランプ大統領はまるでヘロデ王で、
ダァナルドの美しすぎる娘イヴァンカちゃんはサロメ姫、
イヴァンカちゃんの愛するダーリンはサロメのママンであるヘロディア姐さん

ぢゃありませんかね? 
クリスマスプレゼントがイスラエルの首都エルサレム承認・・・・おっそろしやー、おっそろしや。

え? そんぢゃ、洗礼者ヨハネは誰?  

誰だろう? 誰かしら?


le 7 décembre 2017, Ambroise




ところで、昨日は想定どおり、一日中、主要テレビ局からはヂャニアリデ他界の報道と特番のみが流れていました。コマアシャルも割愛されてたくらい。一夜まだ明けてないけれど今日7日の早朝のテレビではヂャニアリデねたが限りなく9に近い8.5割、残り1%が米国の首都エルサレム承認という感じ。ったく、トランプ大統領も実は既にユダヤんに改宗しているンですかね? いっくら美しく聡明な娘からのおねだりだとしても、世界を揺るがす大国の国父だったら、地球にちらばる臣民の生命と安全をもう少し大切にしていただきたいものです。エルサレムに限らずクリスマスを無事に我々が過ごせるか、かなり怪しくなってきたぜ。





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by ma_cocotte | 2017-12-07 14:13 | 『?』なエイメリカ | Comments(0)
夜明けに他の世界に旅立つひとが続く
昨日の朝はこんぴーたに火ぃ入れてフェイスブックを開いたら、作家ヂャン・ドルメソン Jean d'Ormesson の帰天を知りました。本を読まない私がなぜ彼を知っているかと言うと、ひと昔前まで住んでいた南仏蘭西の小さな町の公営図書館に彼の名前が冠されていたからです。図書館の名になるくらいだから既に亡くなっているのだろうと当時は想像しましたが、なんの。生きていた。それからしばらくしてテレビを買ったので、この作家が結構テレビ番組に登場する人物であり、フランス・アカデミーの会員であることも知りました。苗字に「ド」が付いているだけに品の良い紳士に私には見えました。


作家ヂャン・ドルメソンは昨日の夜明け前に旅立たれたのに、昨日は夜になってもニュウスだけでなく討論番組のお題もヂャン・ドルメソンの追悼ばかりでした。最新報道が知りたいのにな・・・と不満を持ちつつ就寝。一夜明け、こんにちは(今こうしてタイプしている時点で外は未だ夜明け前の真っ暗闇ですが)、いつもどおり5時に起床して雑務を終えてテレビに火ぃ入れたら様子がおかしい・・・なんと、かのヂャニ・アリデ Johnny Hallyday がこの深夜に他界したというニュウス。・・・・超ウルトラ号泣です。私ぢゃなくて、ココんちの仏人♂が・・・何せ、ヂャニを疑うことなく信仰していましたから。



ただ・・・、先月のはじめあたりからだったか、ヂャニの入院やら転院について報道が繰り返されていたので、その時点でかなり厳しいとは想像していたし、先週だったかヂャニが退院し自宅に戻ったと報道があったので、もしかして・・・と覚悟は決めてはいましたが、こんなに早く。74歳。

今年はこうして待降節に入って、共和国の超有名作家と超ウルトラスーパー大スタアが天国に旅立ちました。
天国では手が足りないほど多忙なので、天の御使いがお二人をお迎えに来たのだと思うことにしました。
特にこんにち12月6日はサンタクロースの愛称で知られる聖ニコラの祝日なので、ヂャニは聖ニコラの集配のお手伝いに呼ばれたのかもしれません。ヂャニの歌でサンタクロースが世界中の屋根もないところで生きている人たちにプレゼントを配るなんて、ヂャニも喜んでお手伝いを引き受けるにちがいありません。

それにしても、ニュウスがヂャニアリデ帰天の話題しか流していない・・・今日一日、この調子なのだろう。それは、困る。


le 6 décembre 2017, Nicolas





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by ma_cocotte | 2017-12-06 15:02 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)
目には見えない、物入り
師走十二月に入ってしまいました。一年、早い。
物騒な報道ばかり見聞するこの頃ですが、霜月の終わりにグリニッヂ標準時計所有の、七つの海を制覇する王国の王位継承権第五位のヘンリー王子さまがエイメリカの女優さんと結婚するという吉報が飛び込みました。ヲソレヲヲクモカシコクモ、祝着至極でござあます(最敬礼)。

で、それについての速報後、少しずつ婚約者である女優さんが再婚であることや王子さまより3歳年上であることを知りました。
速報から二日経って読んではいませんが見た記事がコチラ。

大見出しには「ハリー王子との結婚前に女優メェガン・マルクルは受洗せねばなりません」とある。先ず「この手の話題は日本のペイパアでは話題にならないだろうなあ」と言うこと。で、更に読まずにざーっと見たら、彼女の両親は新教徒で、彼女が7歳の時に離婚。彼女はロサンヂェルスのローマン・カトリックの女子校を卒業しているけれど、彼女自身は洗礼を受けていない。離婚した前夫さんはユダヤ教徒だった、などなどなど。で、大英帝国の国王は英国国教会の最上位なので、メェガンさんはハリー王子との婚姻を前にして英国国教会の洗礼を受けることになりましたとさ。

まあ、ココまでは大英帝国について知るひとびとにとっては「そりは当たり前だのクラッカー」な話題なンですが、この記事であたしなんかの興味を引いたのは、きょうび21世紀に入り16年過ぎた今でも大英帝国の王族はローマ・カトリック教徒と結婚「できない」のだそうだ。1701年制定の法。もし大英帝国の王族がカトリック教徒と結婚したら継承権を放棄せねばならないとのこと。

こんなことを見たら、同時に思い出したのが確かチャアルズ皇太子の今の奥さんであるカミラさんはローマ・カトリック教徒だったことで若かりし頃、互いに惚れてしまったのにケコーンできなかったけれど、この度の再婚時はカミラさんが事前に英国国教会信者になったことで婚姻できたっちゅうこと。一方で、ブレア首相なんぞは奥様が真面目なローマ・カトリック教徒だったことでご自身もカトリックに傾いたけれど在任ちうは改宗せず、退任後にカトリックに改宗したという事実もあり、王族であろうが、平民であろうが、大英帝国というところでのローマ・カトリックってかなり今でも繊細な立場なのだなあ、と改めて思った11月の終わりだったのでした。

とか書くと、大英帝国の中でカトリックって日陰者のようですが、相当量の勢いはなくはありません。19世紀まで同じ人種なのにカトリックを信仰し続けることでひどい差区別を受けていたからですかねぃ。いい加減、大英帝国の王族のヲールドでも1701年の法を改めた方がよろしくありませんか。

東の島国も西の島国もどうにも差区別に絶縁できないまま、時代の波に乗れないままでいるように見えてなりません。

le 1er décembre 2017, Charles de Foucauld
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by ma_cocotte | 2017-12-01 15:26 | 『?』な大英帝國 | Comments(2)
冬時間になりました。
10月最後の日曜日。
こんにちから冬時間となり、日本と仏蘭西の時差は八時間になりました。

今年2017年の晩秋のココんちあたりですが、日中は半袖Tシャツでも汗ばむほど、そうさなあ、25度近くまで気温が上がっても、同じ日に太陽が沈むと凍えるほど寒くなる日が続いています。
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やっぱりというか、いつもどおり、こういう季節の変わり目になるとオイロッパのひとびとは実にうまい着こなしをしてご自分の体温調節をなさる。極東アジア人の私は今世紀のほとんどを仏蘭西で過ごしていてもまだそういう着こなしが身に付かず、冬時間になった今日の朝は「もしかして風邪ひいた?」と不安になる始末です。昨晩の外出で、もう綿やら羽毛が入ったジャケット無しの外出は難しいな、とようやく実感。遅すぎです。

で、話は冬時間。
ココんちには電波時計が3つあります。ひとつは壁掛け時計で、これは乾電池で動く電波時計。
そして、ココんちの仏人♂はカシオのソーラー電波腕時計を使い、私はシチズンのソーラー電波腕時計を愛用しています。
さて、きょうの朝のココんちでは体内時計で動く猫たちが昨日ならば午前6時半ちょうどに私を起こしました。きょうの朝ですから、午前5時半に当たります。寝室の電波時計は見事、午前5時半を差し、私の枕もとの化粧品の景品デジタル時計は午前6時半を差していました。猫の騒ぎで起床したココんちの仏人は自分の腕時計を見て五時半を差していることに大感動。二つの電波時計が我々のノータッチにも拘わらず時間が変更していたことに私も安心しました。そして、猫たちと一緒にこんぴーた部屋に移動し、私のソーラー電波腕時計を見たら、あらま、夏時間のまんまでした。

どーゆーこと?

わかりません。けれど、夏時間のまんま。
竜頭を動かしたけれど、ったく冬時間になりません。
そんなわけで、きょう一日は腕時計と戦う日になりそうです。なんだよ、どこがソーラー電波腕時計だよ。

ま。兎にも角にも冬時間が始まりましたので、外の水道の元栓も閉めなくてはね。



le 29 octobre 2017, Narcisse



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by ma_cocotte | 2017-10-29 17:29 | 『秋』 Rien de special | Comments(0)
この世界の片隅に、トットちゃん。
昨日の午後遅く、ココんちから車で20分ほどの町まで映画「この世界の片隅に」を観に行ってまいりました。
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これが映画館。なんだか良い感じでしょう?
本当は日本語のまま上映で仏蘭西語字幕のはずだったのに、なぜか仏蘭西語吹き替え版が上映されることになってしまいました。突然私に襲ったハンデではありましたが、ニフォンで産まれ育った私には既に戦前戦中の知識や情報が脳に刻まれていたのでかなりの理解に至れたのではないかと思いました・・・けど、どうかなあ・・・。偶然ですが、2011年1月の里帰りの時、私は広島と呉を訪問していたので、それも今回の映画鑑賞の大きな助けになりました。それこそ大和ミュージアムで当時の資料を丁寧に拝見し、心よぢれ、涙目になったことも映画を見ながらどんどん混ざり合いました。

そして、一夜明けてきょうの朝ですよ。(って、ただ今、午前9時半を周ったばかりですが)
昼ドラ「トットちゃん!」を視聴しつつ、泣けた、泣けた、泣けたあ・・・。週明けすぐにこんなにドラマチックで良いの? 病院に慰問に行ったトットちゃんの歌声に号泣する兵隊さんたち、そして帰宅して愛犬ロッキーが徴用されたことを知ったトットちゃんの号泣に視聴しているこちらも涙、涙、な~みだあでございました。偶然とは言え、昨日の夜の「この世界の片隅に」から「トットちゃん!」の流れに乗ってしまったわたくし・・・ハアドすぎまする。ただ、よくわかることは国の言いなりになる、国を信じて疑わないひとびとが戦時中にいたこと。それは事実です。

そんな思いに浸っている中、昨日日曜、日本国内で行われた選挙結果を知り、我が心身よぢれる思いを実感している今現在です。
なんかをかしくないかい?
週末から投票日当日に超ウルトラ大型台風がぶつかると事前に予報を聞いていたので、これは自民&公明党が優勢だとわかっちゃいたけれど、大勝ってゆーのがどうにも納得行きません。首相続投なのでしょ?例の大阪の開校予定だった私立小学校で児童に教えることって教育勅語も含まれていましたよね。戦時中のトモエ学園で拒んだ当時の教育が21世紀から16年も経った日本国内で美化されているってどうかしていませんかね?

ほんと、気持ち悪い、まる


le 23 octobre 2017, Odeline




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by ma_cocotte | 2017-10-23 16:46 | 『?』なたわ言 | Comments(2)